表示設定
表示設定
目次 目次




受け入れがたい今

64/68





「ああ……愛しい月音。息災であったか」  熱でうかされたように、フラフラと朋胤のそばまで歩いていった美月の肩を、朋胤は支えるように優しく抱きとめて、柔らかくそう囁く。 「お逢い……しとうございました。幾星霜……この時をずっと夢に見ておりました」  朋胤の微笑みを、熱に浮かされたような視線で受け止めて、美月はその胸にしなだれかかる。 (やめろ……美月……やめるんだ)  俺は必死にそう叫びたかったのに、何故か声を上げることができず、見たくもないのに視線を外すこともできず、ただその光景を見続けるしかなかった。 「もう……如何なるものも、我らの間を引き裂くことなどできぬ。もう【紛い物】で自らを慰める必要などない……月音」  自分にしなだれかかった月音を、そっと抱きしめる朋胤。  俺の心臓は早鐘を打ち、心は黒い気持ちに侵食されて、内から湧き上がる破壊衝動に囚われそうになってしまう自分に、俺自身が驚いてしまう。 「……どうした【紛い物】。貴様の心に月音は居らぬくせに……1人前に妬心だけは抱くか」  今まで目もくれなかったはずなのに、突然朋胤が俺の方を見て、唇の端を歪めるようにして笑いながら言葉を投げかけてくる。 「月音を愛しても居らぬくせに、それが奪われるとなると醜い嫉妬をあらわにするか。おおよそ我が系譜に連なるものとは思え浅ましさよ」  明らかに侮蔑を込めた視線で俺を見ながら、月音のその美しい髪に顔を埋めて朋胤が言う。 「残念だったな。月音の心は常に我と有り、月音と我は比翼連理ひよくれんり……何人たりとも、たとえ神であっても我らの間に入ることは叶わぬ」    そう言いながら片手で美月の体を俺の方に回転させて、その胸の辺りに己の手を重ねながら朋胤が続ける。  美月の胸の控えめだがきれいな丸みを帯びた豊かさを、堪能するかのようにゆっくりと撫でながら朋胤は俺を睨みつけてくる。 「貴様!」  明らかな挑発行為に、俺の中の感情が爆発しかけて、俺は拳を握り込むと一歩踏み出そうとする。  だがそんな俺の腕を引っ張る人が居た。  邪魔をするなと言いかけて振り向くと、先程までどこに居たのかと思っていた陽女と咲耶がそれぞれに俺の腕を掴んでいた。 「邪魔しないでくれ、陽女。手を離してくれ咲耶。美月は……明らかにおかしい。早く助けないと」 「おかしいのはあなたですよ、智春様」 「どうしたの智春、あなたのやってること意味不明なんだけど……」  美月を救い出そうと、なおも一歩踏み出そうとする俺に、咲耶と陽女が冷たい視線を向けて来る。  その唇から紡がれた言葉は、俺の意表をついてとても冷たいものだった。 「ねぇ智春。あなたは美月を選ぶの? 美月を選ぶからあの男から取り戻したいの?」 「智春様……あの2人は互いに愛し合っている。なのに美月を愛していない貴方様が引き裂こうというのですか?」  重ねて射抜くかのような鋭い視線で俺を見てくる。 「俺……は……おれは……」  何か言い返そうと口を開く俺。  それを遮るかのように、かすかだが妙にはっきりと聞こえる、美月の甘い息が重なる。  俺は弾かれたように美月の吐息のした方に視線を向け、そして絶句した。  美月の白い肌が、美しい乳房が、朋胤の手で複雑に形を変えているのがみえる。  朋胤の手は美月の整った乳房を柔らかく揉み、撫でさすり、その先端で控えめに存在を主張している蕾を指で弾く。  その動きに合わせて、美月が切なげで居ながらどこか色香を伴う息を吐く。 「ああ……朋胤さま……主様あるじさま……あの日のように私を愛してくださいませ」  切なげな声音で美月が喘ぎ、色香の伴った熱のこもった声でそう告げる。 「あの……あの契夜のように、私奪ってください……貴方ではない貴方に魅入られかけた私を、もう一度あなたの色に染めてくださいませ……」  美月は自分の首筋に唇を這わせる朋胤の頬を、そのしなやかな指でなぞりながら荒い息の下で言う。  その言葉を聞いて朋胤は、ひときわ強く美月の胸を掴み、その先端を指で弾くと、美月はまるで雷にでも撃たれたかのように、体をビクッと痙攣させて、次の刹那には力なくその場にへたり込む。  俺はその様子を見て、再度美月の名を叫び駆け寄ろうとするが、陽女と咲耶にしっかりと掴まれた腕を振りほどくことができずに、身動きできないままで居た。  地面にへたり込んだ美月は、しばらく呆然と虚空を見つめていた。  その耳に朋胤が何かを囁く。  すると美月は、一瞬驚いたような顔をして、そして頬を朱に染めると、ゆっくりとした動きで膝たちの姿勢になる。  そして朋胤の袴をゆっくりとした動作で脱がせようとする。  その行動が、その先どの様な行為に結びつくのか……悲しいほどに理解してしまった俺は、何度も美月の名を叫ぶが、そんな俺の声は美月には一切届いていないようで、彼女がその動きを止めることはない。  俺の眼の前で、朋胤のまとっていた袴が地面に滑り落ち、そして禍々しいほどに起立した男が映る。  そしてそれに対して一切の躊躇もなく、愛おしいものに頬ずりするかのように頬を寄せる美月。 「たの……む……美月……やめて……くれ……」  胸が痛い、心が苦しい、頭の中が真っ白になり、なのに何故か体の中心からは抑えきれないほどの衝動がこみ上げてくる。  そんな俺の様子など一切気にもとめない様子で、朋胤は促すように美月の後頭部に優しく手を添え、そして美月はわかりましたとでも言うように、小さく一度うなづいてゆっくりと彼の男にその唇を寄せていく。  薄く開かれていた美月の唇が、ゆっくりと開かれていき、その中に朋胤の男が飲み込まれていく。  その時、俺の頭の中でプツリと何かが切れたような音がした。  それと同時に俺の視界が、何故か赤く染まり、頭の中に何者かの声が響いてくる。 (コロセ……ハカイシロ……スベテブチコワセ……)  朋胤の男をその唇に飲み込んだ美月の頭が、ゆっくりと前後に動き始める。  その動きに連動するかのように、俺の中の熱がどんどん増大していく。 「【紛い物】よ、我が精を放ち月音がそれを受け入れた時、この女は俺のものになる。貴様は身動きできぬままそこでそれを見届けるが良い……」  醜悪な顔で朋胤が俺に向かっていう。  そんな言葉を聞けば、美月も我に返るのではないかと思ったが、どうやら彼女の耳にその言葉は聞こえていないようで、先程より速度を上げた動きで美月は朋胤の男を必死に飲み込んでいた。  そんな安っぽい挑発で、しかし俺の怒りはどんどんと増していき、知らぬ間に俺をとどめていたはずの陽女と咲耶を引きずるようにして、俺は一歩、また一歩と朋胤に近づいていく。   「ほう……動ける……か。だが残念だが……もうすぐこの女は俺のものとなる……少しばかり遅かったようだな」  いつの間にか美月の頭にその手を添えて、より激しくその頭を動かしながら朋胤は顔を歪めて笑う。   (ちがう……美月が、月音が愛し慕っていた朋胤は、こんな男ではない……ならば……)  視界が赤く染まるほどの怒りを覚えながら、しかしどこか冷静な頭で俺はそう感じていた。  だからこそ、心のなかに浮かび上がるもう一つの声に従うことに決めた。 「清浄なる月の光……遍く世を包む陽の光……その清めの力にて我……邪なるを祓う」  心に湧き上がる言葉が、そのまま唇より漏れる。  心に命じられるまま、胸の前で手を合わせ、それをゆっくりと開く。  次の瞬間、俺の手の中には一振りの刀が生まれていた。  夜の闇を切り裂く、月の光のような冷え冷えとした銀色の刀身。  その刃は薄くそして鋭利な輝きを放っている。  柄は紫色の糸で見事に編み込まれ、しっかりと握ると吸い付くように俺の手に馴染む。 「ばかな……それは……邪切じゃきり。とうに失われたはずの……何故それが」  俺の手の中に生まれでた刀を見て、朋胤が顔色を変える。  それと同時に、先程まで一心不乱に男を口で含み愛撫していたはずの美月の動きが止まる。 「……成る程……、俺はずいぶんと虚仮こけにされていたようだな……」  静かに俺は言う。  先程まで俺の体を支配していた、炎のような怒りは鳴りを潜め、冷たくそして深い怒りが俺の体を包む。 「たとえ……虚像だとしても、俺の目に美月のその様な姿を見せるとはな……恐れを知らないのかただの愚者か」  自分でも恐ろしく感じるほどの、冷え切った声で俺は朋胤に告げる。  空気がピンと張り詰めて、触れれば切れるかと思う程に俺と朋胤の間に緊張が走る。  俺が一歩踏み込む。  朋胤はなりふり構わず、その手で抑え込んでいた美月の頭から手を離し、彼女を突き飛ばすかのようにして俺からの距離を取ろうとする。 「今更……逃げ場などあるか……。虚像だろうが幻覚であろうが……美月を汚した報い、受けるが良い」    更に一歩、先程より大きく踏み込む。  朋胤は先程の余裕はどこに消えたのかと言いたくなるほどに、完全に腰が引けてしまっている。 「ちがう……俺はただ盟約に従って……」  朋胤が無様に命乞いの言葉を口に仕掛けた瞬間、俺の手の中の刀が空気を一閃した。  俺を包む闇が切り裂かれ、途端に景色が変わる。  そこは先程まで俺達のいたあの和室だった。  違うのは、畳の上に転がっている、餓鬼の様に腹の膨れた黒い何かだけ。 「全てが幻覚だった……のか」  俺はゆっくりと息を吐き、そう呟く。  と同時に、他の三人はどうなったのかと心配になりあたりを見回す。  そこには床の上で放心したように座り込んでいる、彼女たちの姿があった。  彼女たちもまた、先程の俺のように幻覚の世界に囚われてしまっているのか。  そう思うと同時に、これほどまでに入念な罠を仕掛けてくる須佐之男に対し、恐ろしさを感じてしまう。 (本当にこんなヤツ相手に俺達は勝てるのか……)    無意識に湧き上がってくる不安を押し殺しながら、俺は彼女たちを助けるにはどうすればいいかを思案を巡らせ始めた。  



write-comment-iconコメントを書く
write-comment-iconレビューを書く



comment-icon新着コメント



コメントはありません。投稿してみようっ!


表示設定 表示設定
ツール 目次
ツール ツール
前のエピソード 悪夢

受け入れがたい今

64/68

「ああ……愛しい月音。息災であったか」  熱でうかされたように、フラフラと朋胤のそばまで歩いていった美月の肩を、朋胤は支えるように優しく抱きとめて、柔らかくそう囁く。 「お逢い……しとうございました。幾星霜……この時をずっと夢に見ておりました」  朋胤の微笑みを、熱に浮かされたような視線で受け止めて、美月はその胸にしなだれかかる。 (やめろ……美月……やめるんだ)  俺は必死にそう叫びたかったのに、何故か声を上げることができず、見たくもないのに視線を外すこともできず、ただその光景を見続けるしかなかった。 「もう……如何なるものも、我らの間を引き裂くことなどできぬ。もう【紛い物】で自らを慰める必要などない……月音」  自分にしなだれかかった月音を、そっと抱きしめる朋胤。  俺の心臓は早鐘を打ち、心は黒い気持ちに侵食されて、内から湧き上がる破壊衝動に囚われそうになってしまう自分に、俺自身が驚いてしまう。 「……どうした【紛い物】。貴様の心に月音は居らぬくせに……1人前に妬心だけは抱くか」  今まで目もくれなかったはずなのに、突然朋胤が俺の方を見て、唇の端を歪めるようにして笑いながら言葉を投げかけてくる。 「月音を愛しても居らぬくせに、それが奪われるとなると醜い嫉妬をあらわにするか。おおよそ我が系譜に連なるものとは思え浅ましさよ」  明らかに侮蔑を込めた視線で俺を見ながら、月音のその美しい髪に顔を埋めて朋胤が言う。 「残念だったな。月音の心は常に我と有り、月音と我は比翼連理ひよくれんり……何人たりとも、たとえ神であっても我らの間に入ることは叶わぬ」    そう言いながら片手で美月の体を俺の方に回転させて、その胸の辺りに己の手を重ねながら朋胤が続ける。  美月の胸の控えめだがきれいな丸みを帯びた豊かさを、堪能するかのようにゆっくりと撫でながら朋胤は俺を睨みつけてくる。 「貴様!」  明らかな挑発行為に、俺の中の感情が爆発しかけて、俺は拳を握り込むと一歩踏み出そうとする。  だがそんな俺の腕を引っ張る人が居た。  邪魔をするなと言いかけて振り向くと、先程までどこに居たのかと思っていた陽女と咲耶がそれぞれに俺の腕を掴んでいた。 「邪魔しないでくれ、陽女。手を離してくれ咲耶。美月は……明らかにおかしい。早く助けないと」 「おかしいのはあなたですよ、智春様」 「どうしたの智春、あなたのやってること意味不明なんだけど……」  美月を救い出そうと、なおも一歩踏み出そうとする俺に、咲耶と陽女が冷たい視線を向けて来る。  その唇から紡がれた言葉は、俺の意表をついてとても冷たいものだった。 「ねぇ智春。あなたは美月を選ぶの? 美月を選ぶからあの男から取り戻したいの?」 「智春様……あの2人は互いに愛し合っている。なのに美月を愛していない貴方様が引き裂こうというのですか?」  重ねて射抜くかのような鋭い視線で俺を見てくる。 「俺……は……おれは……」  何か言い返そうと口を開く俺。  それを遮るかのように、かすかだが妙にはっきりと聞こえる、美月の甘い息が重なる。  俺は弾かれたように美月の吐息のした方に視線を向け、そして絶句した。  美月の白い肌が、美しい乳房が、朋胤の手で複雑に形を変えているのがみえる。  朋胤の手は美月の整った乳房を柔らかく揉み、撫でさすり、その先端で控えめに存在を主張している蕾を指で弾く。  その動きに合わせて、美月が切なげで居ながらどこか色香を伴う息を吐く。 「ああ……朋胤さま……主様あるじさま……あの日のように私を愛してくださいませ」  切なげな声音で美月が喘ぎ、色香の伴った熱のこもった声でそう告げる。 「あの……あの契夜のように、私奪ってください……貴方ではない貴方に魅入られかけた私を、もう一度あなたの色に染めてくださいませ……」  美月は自分の首筋に唇を這わせる朋胤の頬を、そのしなやかな指でなぞりながら荒い息の下で言う。  その言葉を聞いて朋胤は、ひときわ強く美月の胸を掴み、その先端を指で弾くと、美月はまるで雷にでも撃たれたかのように、体をビクッと痙攣させて、次の刹那には力なくその場にへたり込む。  俺はその様子を見て、再度美月の名を叫び駆け寄ろうとするが、陽女と咲耶にしっかりと掴まれた腕を振りほどくことができずに、身動きできないままで居た。  地面にへたり込んだ美月は、しばらく呆然と虚空を見つめていた。  その耳に朋胤が何かを囁く。  すると美月は、一瞬驚いたような顔をして、そして頬を朱に染めると、ゆっくりとした動きで膝たちの姿勢になる。  そして朋胤の袴をゆっくりとした動作で脱がせようとする。  その行動が、その先どの様な行為に結びつくのか……悲しいほどに理解してしまった俺は、何度も美月の名を叫ぶが、そんな俺の声は美月には一切届いていないようで、彼女がその動きを止めることはない。  俺の眼の前で、朋胤のまとっていた袴が地面に滑り落ち、そして禍々しいほどに起立した男が映る。  そしてそれに対して一切の躊躇もなく、愛おしいものに頬ずりするかのように頬を寄せる美月。 「たの……む……美月……やめて……くれ……」  胸が痛い、心が苦しい、頭の中が真っ白になり、なのに何故か体の中心からは抑えきれないほどの衝動がこみ上げてくる。  そんな俺の様子など一切気にもとめない様子で、朋胤は促すように美月の後頭部に優しく手を添え、そして美月はわかりましたとでも言うように、小さく一度うなづいてゆっくりと彼の男にその唇を寄せていく。  薄く開かれていた美月の唇が、ゆっくりと開かれていき、その中に朋胤の男が飲み込まれていく。  その時、俺の頭の中でプツリと何かが切れたような音がした。  それと同時に俺の視界が、何故か赤く染まり、頭の中に何者かの声が響いてくる。 (コロセ……ハカイシロ……スベテブチコワセ……)  朋胤の男をその唇に飲み込んだ美月の頭が、ゆっくりと前後に動き始める。  その動きに連動するかのように、俺の中の熱がどんどん増大していく。 「【紛い物】よ、我が精を放ち月音がそれを受け入れた時、この女は俺のものになる。貴様は身動きできぬままそこでそれを見届けるが良い……」  醜悪な顔で朋胤が俺に向かっていう。  そんな言葉を聞けば、美月も我に返るのではないかと思ったが、どうやら彼女の耳にその言葉は聞こえていないようで、先程より速度を上げた動きで美月は朋胤の男を必死に飲み込んでいた。  そんな安っぽい挑発で、しかし俺の怒りはどんどんと増していき、知らぬ間に俺をとどめていたはずの陽女と咲耶を引きずるようにして、俺は一歩、また一歩と朋胤に近づいていく。   「ほう……動ける……か。だが残念だが……もうすぐこの女は俺のものとなる……少しばかり遅かったようだな」  いつの間にか美月の頭にその手を添えて、より激しくその頭を動かしながら朋胤は顔を歪めて笑う。   (ちがう……美月が、月音が愛し慕っていた朋胤は、こんな男ではない……ならば……)  視界が赤く染まるほどの怒りを覚えながら、しかしどこか冷静な頭で俺はそう感じていた。  だからこそ、心のなかに浮かび上がるもう一つの声に従うことに決めた。 「清浄なる月の光……遍く世を包む陽の光……その清めの力にて我……邪なるを祓う」  心に湧き上がる言葉が、そのまま唇より漏れる。  心に命じられるまま、胸の前で手を合わせ、それをゆっくりと開く。  次の瞬間、俺の手の中には一振りの刀が生まれていた。  夜の闇を切り裂く、月の光のような冷え冷えとした銀色の刀身。  その刃は薄くそして鋭利な輝きを放っている。  柄は紫色の糸で見事に編み込まれ、しっかりと握ると吸い付くように俺の手に馴染む。 「ばかな……それは……邪切じゃきり。とうに失われたはずの……何故それが」  俺の手の中に生まれでた刀を見て、朋胤が顔色を変える。  それと同時に、先程まで一心不乱に男を口で含み愛撫していたはずの美月の動きが止まる。 「……成る程……、俺はずいぶんと虚仮こけにされていたようだな……」  静かに俺は言う。  先程まで俺の体を支配していた、炎のような怒りは鳴りを潜め、冷たくそして深い怒りが俺の体を包む。 「たとえ……虚像だとしても、俺の目に美月のその様な姿を見せるとはな……恐れを知らないのかただの愚者か」  自分でも恐ろしく感じるほどの、冷え切った声で俺は朋胤に告げる。  空気がピンと張り詰めて、触れれば切れるかと思う程に俺と朋胤の間に緊張が走る。  俺が一歩踏み込む。  朋胤はなりふり構わず、その手で抑え込んでいた美月の頭から手を離し、彼女を突き飛ばすかのようにして俺からの距離を取ろうとする。 「今更……逃げ場などあるか……。虚像だろうが幻覚であろうが……美月を汚した報い、受けるが良い」    更に一歩、先程より大きく踏み込む。  朋胤は先程の余裕はどこに消えたのかと言いたくなるほどに、完全に腰が引けてしまっている。 「ちがう……俺はただ盟約に従って……」  朋胤が無様に命乞いの言葉を口に仕掛けた瞬間、俺の手の中の刀が空気を一閃した。  俺を包む闇が切り裂かれ、途端に景色が変わる。  そこは先程まで俺達のいたあの和室だった。  違うのは、畳の上に転がっている、餓鬼の様に腹の膨れた黒い何かだけ。 「全てが幻覚だった……のか」  俺はゆっくりと息を吐き、そう呟く。  と同時に、他の三人はどうなったのかと心配になりあたりを見回す。  そこには床の上で放心したように座り込んでいる、彼女たちの姿があった。  彼女たちもまた、先程の俺のように幻覚の世界に囚われてしまっているのか。  そう思うと同時に、これほどまでに入念な罠を仕掛けてくる須佐之男に対し、恐ろしさを感じてしまう。 (本当にこんなヤツ相手に俺達は勝てるのか……)    無意識に湧き上がってくる不安を押し殺しながら、俺は彼女たちを助けるにはどうすればいいかを思案を巡らせ始めた。  



write-comment-iconコメントを書く
write-comment-iconレビューを書く



comment-icon新着コメント



コメントはありません。投稿してみようっ!