絡まる糸たち
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智春さまから帰れと言われて、私たちはそれに従って家を出た。 隣を歩く美月の顔色は、かわいそうなくらいに青ざめていて、私はかける言葉を失った。 「智春……さまに、嫌われてしまったのでしょうか。あれほどお怒りになるなんて」 弱々しく震える声で美月が呟いた。 私は何も言えず、愛おしい妹の肩をそっと抱き寄せる。 今世の彼は、感情的な人間なのだろうかと、ふと思う。 歴代の彼は穏やかな人で、めったなことで感情を露わにしたことがなかった。 (それほどまでに怒りを覚えるほどの事を私たちがしてしまっているということなのだろうか) 「大丈夫……私たちの縁は、あの程度で壊れたりしないわ。だって……あの黄泉坂祭のあとに、どれほど待ち望んでも、お逢いできなかったのに、ようやくこうして出会えたのよ」 最後の黄泉坂祭。 私と美月……いいえ月音がその命を散らし、朋胤さまも崖の下にその姿を消したあの日。 主役と契人を失ったせいで、祭を行うことが出来ずに村は衰退した。 その後も私たちは何度も生まれ、朋胤さまの生まれ変わりを探していた。 だけれど300年もの間、私たちは遂に朋胤さまに再会することはなかった。 燈月媛との契りの後、その命を極限にまで弱らせてしまった彼は、それでも再び生まれ落ちてくれた。 そして私は約束を守るために、黄泉坂祭を止めるべく奔走した。 しかし結果として、黄泉坂祭を止めることは出来ても、月音……朋胤さまの愛した女、そして私の大切な妹の命を救うことは出来なかった。 その絶望が弱り切った魂にとどめを刺すことになったのだと、半ば諦めの気持ちを抱きつつも、それでも諦めることが出来ないまま私たちは生きていた。 私たちの決意が半ば義務感に変わろうとしていた時、不意にあの人は私たちの前に姿を現した。 私たちの住処である夜弥津神社に。 その外見は私たちの知る朋胤さまとはそれほど似ては居なかった。 穏やかで細面だった朋胤さまと違い、少し気の強そうな目つきのきつい風貌。 だけどすぐに彼がそうなのだとわかった。 やっと待ち望んでいた彼に出会えたのだと。 「美月……聞いて、智春さまは明神を名乗っておられた。明は日と月。今のあの方は日と月の神を名乗っている。こんな偶然があると思う?」 美月がゆっくりと顔を上げて私を見る。 その顔には幾分か生気が戻っているようにも見える。 「確証はない。けれども私はこの長い因縁の終着点は今回だって、そんな気がしている。守藤の”ヒナミ”そして日と月の神と私たち、全ての役者がそろっている今、ようやくこの悪夢が終わる、そんな気がしているの」 「うん……私もそんな気がしている、けれど姉さん、今は守藤の影響力が強すぎる。智春さまは絶対に憑かれている、ヒナミを完成させるために。でも今日見た限りじゃ家の中に呪いを仕掛けている様子はなかったもの……もう少し調べたかったけれど、智春さまはお怒りだったし」 美月のいうとおり、今は守藤の影響力が一番大きいように思う。 かつては私たちの生家であり、黄泉坂祭が行えず衰退した村の中で、唯一生き残った家。 信じられない背任を行い、あまたの犠牲のうえに家名を残した呪われた家。 「今は……待ちましょう。運命が私たちと智春さまをきっと繋げてくれる。その時まで出来る事をして待ちましょう」 私は美月の肩を力強く抱きしめると、そう言った。 半分は自分に言い聞かせる言葉だった。 私たちの絆は本物だと、だからこの程度の苦境は乗り越えられると、強く信じていた。 ++++++++++++++++++++++++++++++++ (守藤家にて) 「ご苦労様、あなたは下がって良いわ。少し考え事をしたいの」 私はそう言いながら、私は邪魔なほこりを払うかのように手を振る。 それを受けて男は一礼だけして、黙って部屋から出て行った。 「邪魔なネズミが二匹……私と智春の邪魔をする気?古びた縁なんて何の役にも立たないのに」 一人きりになったくらい部屋の中で、私は低い声でそう呟く。 智春からのメッセージを受信した後、その発言に小さな違和感を覚えた私は、守藤の家の力を使って彼の今日一日の行動を洗い出した。 この町の至る所に、守藤の息のかかった人間が潜んでいる。 だから情報を集めるなんてこの家の人間にとっては簡単なのだ。 無駄なあがき……。 智春はもうゆっくりと、しかし確実に私の織り上げた糸に絡め取られているのだから。 私は彼が主役であるから欲しいと思っているわけではない。 それはあくまでも理由の1つ。 私の中の女が彼を求めている。 彼のことを考えるだけで、私の女の部分……下腹部の辺りが熱くなり切なくなる。 彼の宿命によって授けられた力が欲しい、そして彼の身体が欲しい。 力なんて私がヒナミになるために必要なだけ。 私がヒナミにさえなればその後はどうでも良い。 ヒナミになった後は、彼をずっと愛し続けるのだ。 昼も夜も離さない。 ヒナミになった私には誰も逆らえない、だから些末なことは全て他の者にまかせて、私は一日中ずっと智春と愛し合うのだ。 何度も何度も、体も心もドロドロに溶けて混ざり合うまで身体を重ね続けるのだ。 クチュッ 立ち上がった私の下の方から、水っぽい音がして私は気がつく。 智春と愛し合うことを想像した私は、濡れているということに。 今すぐにでも智春を受け入れたくて、はしたないほどに雫を垂らしていることに。 「あぁ……智春、智春、智春……好き、好きよ、愛してる、早くあなたのモノにして、あなたのモノをちょうだい」 私の手が雫の源へと伸びる。 チュプッという湿り気を帯びた音、温かくぬかるんだそこは私の指を容易く受け入れる。 生娘なのに、まだ男を知らない身体なのに、私の身体は智春を求めて熱を持っている。 スリットの上の突起物を自分の液で濡れた指で優しくひとなでする。 体中に電気が走ったような衝撃、はしたなく声を上げてしまう。 (ねぇ智春、私はこれほどあなたを愛してる、だから大人しく私のモノになって。愛してる、愛してるわ) 高ぶりを押さえることが出来ず、私はずっと自分の身体を慰めてしまう。 その夜、恥ずかしいけれど私は3回の絶頂を迎えた。
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