歯車は動き始める
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「守藤に……関わっているのですか」 美月に恐ろしい形相で迫られた俺は、なんと答えれば良いのか分らず固まってしまった。 これほどまでに彼女が表情を変えた原因は何なのか全く分らない。 戸惑っている俺を見かねたのか、陽女が美月の肩に手を置いて、いったん落ち着きなさいと言い、それで美月はわれに返ったのか俺にごめんなさいと小さな声で謝罪した。 「えっと……守藤と関わる事ってそんなにだめなことなんですか?今日も家に来るんですけど」 俺の言葉にまた2人がピクリと反応をする。 どうやらこの2人に「守藤」の名は発してはいけないようである。 その理由は全くわからないけれど、反応を見る限り余り良い関係性ではないのかもしれない。 「主様はまだ何も思い出していないのかもしれない……」 「だけど守藤は……いえ、それも導きなのかも」 俺には聞こえないような小さな声で、姉妹が何か言い合っているようだ。 正直に言えば気になるが、俺が立ち入っていい話でもない様子なので、大人しくしていることにした。 程なくして、2人の間で話がまとまったのか、姉の陽女が俺の方を向きゆっくりと口を開き始めた。 「今日お逢いしたばかりで、このようなことを言うのは大変恥ずかしいのですけれど、もし宜しければ私たちも明神様の家に招いていただくわけにはいかないでしょうか。その……お話に出てきた守藤様のことも気にかかりますし」 突然の申し出に、それも予想外の申し出に、俺の方が面食らう。 緖美が来るだけでも面倒なのに、さらに来客を増やす、それも女性ばかり。 俺はどこの世界のラノベの主人公なのかと、一瞬天を仰ぎたい気持ちになった。 だがこの2人が、先ほど示した守藤という名への反応も気になった。 少しばかり迷った後、俺は渋々彼女たちの来訪を許諾したのだった。 2人は準備をしてきますので、しばらくお待ちくださいと言い残すと、俺を置いたまま奥の部屋へと姿を消す。 俺は仕方なくその場に座り、手持ち無沙汰なので辺りを見回してみた。 俺たちが話し込んでいたのは扉から入ってすぐにある、4畳半ほどの小さな部屋。 入り口の扉を開けて数歩進んだだけでたどり着くこの部屋は、休憩室代わりにでもなっているのだろうか、小さなちゃぶ台と、その上に2つ置かれている湯飲みと急須、あとは籠に盛られた煎餅などのおやつくらいしか目立つものはない。 作業を終えて、ここでお茶とお茶菓子を食べながら休憩しているのだろうなと思った。 他に家財道具らしいものはなく、古びた磨りガラスの窓と、奥へ続くふすまくらいしか目につくものはない。 そのふすまの奥が、2人の私室なのだろうか、それともそこは台所とかリビングのような生活空間なのだろうか。 いろいろと想像してみるが、その正体はわからないままだった。 ただ準備すると言って消えた以上は、その先に私室があるのだろう。 そこまで考えてふと思った。 彼女たちは巫女であって、宮司や禰宜と言った立場ではないだろう。 ではこの神社を管理している人はどこに居るのだろう。 彼女たちの両親が務めていて、彼女たちはその手伝いをしているのだろうか。 いろいろと想像してみるが、何も情報がないのだから答えが出るはずもない。 そうやって思案していると、ポケットに入れていたスマホがブルブルと震えて通知を告げた。 なんだろうと思いスマホを取り出してみてみると、メッセンジャーアプリのアイコンの上に朱い丸と1と言う数字があった。 手早くアイコンをタップして、アプリを立ち上げると、緖美からのメッセージだった。 「少し遅くなる18時にはいけると思うから必ず家に居なさいよ」 簡潔明瞭な緖美のメッセージに俺はため息を1つ吐いた。 今日に限っては、本当に緖美に会うのは気が重い。 この間まで普通にご飯を作って貰い、それをありがたいと感じていて、緖美に対しての苦手意識も薄まっていたはずなのに。 なぜ今日に限ってこれほどまでに嫌な感じがするのか分らずに俺は首をかしげる。 「無理に来なくても大丈夫だぞ、忙しいならゆっくりしたらいい」 一応何も返さないのは不自然だろうと思い、メッセージを返しておく。 ちょうどメッセージを返し終わった頃に、襖の開く音がする。 お待たせいたしましたという丁寧な言葉とともに、陽女が姿を現した。 12月あたまの今時分には似合いの、白いリブハイネックのセーターにブラウンのピーコート姿。 スカートは膝丈のチェック柄のプリーツスカートに濃いブラウンのハーフブーツと言う姿が彼女に似合っているなと思った。 少し遅れて出てきた美月は、同じくクリーム色のハイネックニットに真っ白なチェスターコートを合わせていた。 スカートは足首近くまでのキャメルカラーのハイウェストフレアスカートに黒のショートブーツを履いている。 こちらもフェミニンな雰囲気で、彼女に似合っていると思ってしまう。 先ほどまで巫女装束だったのに、全くイメージが違いすぎて、少しドギマギしてしまう。 先ほどまでの雰囲気なら、普段着も着物ですと言われても不思議じゃないように感じていたのだけど。 「どうかなさいましたか?智春様」 陽女が小首をかしげたまま問いかけてくる。 「あ、いや……先ほどの服装からのギャップが凄いというか、でもよく似合っていると思います!」 ドギマギしているのを悟られないようにと意識して、かえってぎこちない返答を返してしまい、思わず頭を抱えそうになる。 「え……そ、そうですか……嬉しいです」 美月が恥ずかしそうに薄く頬を染めて、俯く。 陽女は少し恥ずかしそうなそぶりは見せたものの、それでも柔らかくほほ笑んでありがとうと言った。 この違いはなんなのだろう、陽女の方がモテるとか?男性から言われ馴れているから余裕があるのか。 などとどうでも良いことをふと考えてしまうが、本題はそこじゃないなと思い返す。 「えっと、本当にウチにくるんですか?」 「差し支えがなければぜひ。少し見ておきたいこともありますので」 少し表情を険しくして、陽女が応える。 先ほどまで頬を染めてモジモジとしていたはずの美月の顔も、少し険しいものに変わっていた。 「えっと、全然話しが見えないし、よくわからないんだけど……多分今聞いても、何も教えてもらえない……よね?」 「はい……申し訳ありません、今はまだ何もお話しできることはありません。何も分っていない状態ですから」 「何か分れば、教えてもらえるんですか?」 「智春様が当事者であるなら……必要なことはお話します。ですが……どこまで話せるかは今確約はできません」 陽女が厳しい目つきのままで応える。 真剣なまなざしだ。 俺はなんとなく、彼女たちを信用しても良いのだろうと思った。 理屈ではなく、心の底からそう思ってしまった。 だから曖昧な回答しかもらえなかったのに、俺は彼女たちを自宅へ招くことを了承したのだった。 厳しい顔をしたままの彼女たちを振り返り、さぁ行きましょうと声をかける。 カチリとあたまの中で、何かが填まり込む音を聞いた気がした。
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