守藤家の闇
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緖美は畳の上で転がされていた。 その小さな桜色の唇の端には、赤い血の筋が流れている。 「お前がそこまで使えぬ女だとはな。さっさと事をなして居れば今頃はもう終わっていたであろうに……女の欲を出したか!」 転がっている緖美の腹を着物を着た男が蹴り上げる。 緖美の体は一瞬だけ浮き上がり、そのまま畳に落下して少し転がって止まった。 「邪淫の紋を刻んだのだ、そもまま繋がれば良いものを……、貴様……まさかとは思うが紫眼を愛しておるなどとは言うまいな」 畳の上に倒れたままの緖美の顔を、足袋をはいた足で踏みつけながら、怒気を露わに男が言った。 緖美が何も答えないことに苛立ったのか、顔を踏みつける足に力を込めたため、緖美の口から小さなうめき声が上がる。 「勘違いするなよ!貴様はまだ継身でしかないのだ!ヒナミに最も近いゆえ、ある程度は自由にさせているが、限度があるのだぞ」 「わかって……おります……お爺さま。でも……私はヒナミだから、結ばれるなら……」 「黙れ!この愚か者が!」 緖美の反論が男の逆鱗に触れたのか、男は顔を踏みつけていた足で緖美の顔を蹴り飛ばした。 緖美の鼻からパッと血が噴き出して、そのまま緖美は意識を失った。 「おいおいおい……いくら失態続きの木偶でも、もうちぃっと大事に扱えや。そうそう代わりを作ることも出来ねえからなぁ」 お爺さまと呼ばれた男が、まだ収まらぬ怒りに身体を震わせ世ていると、なれなれしくその肩に寄りかかってきた男がそう言った。 年の頃は30には届かぬ程か。 赤茶けた髪を無造作に後ろで1本にくくっている。 着崩した真っ赤な開襟シャツに紫のジャケットという、水商売か何かかと思うような着こなしをしている。 だがその顔つきは獰猛な肉食獣のようであった。 切れ長の目からは常に殺気のような冷たく鋭い視線が放たれており、のみで削ったかのように鋭利な顎のライン。 病的とも言えるくらいに痩けた頬。 その存在自体が異質なこの男は何者なのだろうか。 「ま、まぁ……貴方様がそう仰られるなら、今回はこれでこの役立たずをゆるすことにしましょう。緖美、このお方に感謝するんだぞ!」 お爺さまと呼ばれた男。 その呼称が似合わぬような外見をしていた。 年の頃は中年、もしくは壮年と呼ばれるくらいでありお爺さまと呼ばれる年齢には見えない。 神経質そうな細面に、蛇のような目つきをした男だ。 正絹の濃い緑の着流し姿で身動き1つせず横たわったままの緖美を冷たい目で見下ろしている。 「まぁまぁ、守藤の頭領ともあろうお方が、そないに短気でどないしますんや……部下の失態には寛大にせなあかんよ」 お爺さまの肩に手を回して、なれなれしくしながら男が言う。 「……あんさんみたいな化け物、もうちぃと優しゅうせな……本物の化け物になってまうで……なぁ……清忠はん」 男の目がすっと細められ、口元が歪む。 「あの災厄から逃れた唯一の村人や……すでにバケモンみたいなもんやけどな。せやかてこの俺が作った木偶を雑に扱われるんは気に入らん。ワイの顔に免じてもうちぃっとばかし、この木偶を大事にあつかったってくれへんかなぁ……たのむわぁ」 発する言葉とは違い、刺すような殺気が身体の中から湧き上がる。 「……仰せの通りに」 男から放たれる殺気に、完全に気圧されたお爺さまはそう言うと、苦虫をかみつぶしたような顔で男に頭を下げる。 「まぁこの木偶は、ちゃあんと教育しなおすさかい、もうあんたは出てってええでぇ。教育現場を視察したいって言うならかまへんけどな」 「いえ、私はそろそろ失礼します。やるべき事も有りますしな。この愚か者の失態の穴埋めもあります」 「さよか、ほな後はまかしとき。ウブな高校男子くらい蕩けさせるような魔性の女に仕立て上げたるわ」 男が邪魔なものを追い払うかのように、手を振るのを視界の隅に捉えて、更に苦々しい表情になりながらお爺さまは部屋から出て行く。 障子を開けて閉める音が響き、そして部屋に静寂が訪れた。 「んで、いつまでタヌキね入りしとるんや緖美はん。おきとるんはわかってんで。命の恩人に感謝の一つもあってええんちゃうんか?」 「大げさですね、あの程度の体罰はいつものことです。あんなことで命を取られることもないし、だから命の恩人ではありませんよね」 男の言葉にこたえながら、緖美がフラフラとそしてゆっくりとその上体を起こす。 鼻と唇から血が流れ出しているがそれを気に止める様子もなく、そして恐れと嫌悪の入り交じった表情で男をにらむ。 「そんなことは、まぁええわ。ならいつもの様に男を虜にする練習やな。今回は……」 男はそう言うと考えを巡らせる様にしばらく視線を漂わせていたが、何かを思い付いたのか口の端をいびつにゆがめる。 「今回……なんや面白そうなことをしとったな。アネキ……いや陽奈美の口に、あのガキのを突っ込まそうとか。人にさせるためには先ずはお前が理解してないとあかんよな。よし今回は俺のを口で愛するんや。陽奈美にさせようとしたみたいにな。お前が馴れておけばあんな青臭いガキなんざそれだけですぐにお前のことを抱くんやないか?」 「わ……私が、あなたのものを?口で……い、いやです!絶対にいや!私の身体は全部、智春のもの。彼以外には」 「ぴーぴーやかましいこというなや。重要なのはお前の『破瓜の血』だけや。それ以外はどうでもええ、関係ない。お前の「女の初めて」を奪いさえせんかったら、後は何してもええんやで?それこそ口を使おうが、後ろを使おうがな。立場、ええかげん理解しいや?ヒナミでないお前は拒絶する権利すら無いんやからな」 男の残酷な言葉に、緖美の目から一筋涙がこぼれる。 自分の全ての初めてを全部、愛する智春に捧げたいと願い続けていたのにと悲しみが心を支配していく。 そんな緖美の様子をみながら、残虐な笑みを浮かべた男がすでに下着も脱ぎ捨て準備万端になっている自分自身を、見せつけるかの様にしながら緖美の元に近づくと、彼女の後頭部に手を添えて緖美が口を開く様促す。 緖美はなんとかそれだけは回避しようと、口を固く閉ざしかぶりを振って抵抗するが、男の残虐な目で見据えられると観念した様に、おずおずと口を開くしかなかった。 緖美の口が開くと、男は緖美の後頭部に添えた手に力を込め、同時に自分の腰を前に突き出した。 口の中、喉に届くまでに侵入してきた異物に対し、条件反射的に嘔吐しそうになる。 (智春……智春……智春……) 吐きそうに、泣きそうに、絶望に押しつぶされそうになりながら、緖美は心の中で愛おしい男の名を呼び続ける。 「あほみたいに口開いとるだけじゃあかんで、男を楽しませるんなら舌をつかうんや。愛しとるって気持ちを舌に込めて、口の中に入ってきとるモノを愛する男自身やと思って、慈しむんや。ほれ、やってみいや」 好き勝手に腰を突き出し、緖美の後頭部を乱暴に押さえてその頭を前後に揺さぶりながら男が言う。 グッ!ウェッ!ムォッ!としか形容の出来ない妙なうめき声様の音を出しながら、涙を流したまま緖美はいわれた様に行動する。 「せや、ちぃとはマシになってきたで。しっかりこれを学んだらそのガキは喜んで精を放って、お前の虜になるやろ。そうしたら抱いてもらえるかもなぁ。ほれ、もっとしっかり愛するんやで……ちゃんとせんと……俺がお前を殺しそうになるからよぉ……」 男の目つきが獰猛さを増し、緖美の頭をつかんでいた手に無意識に力がこもり、突き出した腰も更に力強く動かされていた。 緖美は口の中だけでなく喉の奥まで男のモノに侵入され、息さえ出来ずに目を見開いたままなんとか逃れようと必死に抵抗する。 「お前は……アネキを、あんなガキので汚させようとしたんだ。四肢を引きちぎって腹をぶち抜いて臓物を引きずり出しても飽き足らない……だが、お前がヒナミに最も近い存在だから、今回だけは許してやる。覚えておけ、お前がどんな策を弄しても構わねぇ。だが……陽奈美、いや陽女だけは汚すな。わかったな……。」 異物に喉を圧迫され、胃がせり上がってくる様な吐き気と、気道すら塞がれて息もできない状態で、緖美は必死に男に了解した旨を伝えようと頭を振る。 それでも男は押さえつける手も、突き出した腰の動きも弱めることはせず、限界に達した緖美は口の端からあふれ出してきた粘り気のある唾液を垂れ流し、白目をむいて気を失ってしまった。 身体から力が抜けてしまったからか、失禁もしてしまった様だ。 (今まで上手く立ち回って、気に入らねぇ月だけを汚し続けてきた。アネキだけは絶対に汚させるわけにはいかない。それをこの木偶ごときが!) 収まることのない怒りにまかせて、気を失い全身から力が抜けて人形の様になっている緖美の身体を投げ捨てる。 全く力を加減していなかったからか、緖美の身体は壁に激突してそのまま床に崩れ落ちた。 (だめだ……この木偶を潰しては駄目だ。だが……アネキを……いや、落ち着け) 男は額に手を当てて、荒い息をつきながらなんとか自分の意思で怒りを収めようと努めた。 だがそう簡単に収まらぬ怒りの炎は、男の心を苛み続けていくのだった。
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