散華
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「主様……そろそろ、お気持ちは決まりましたかな」 無感情な声で翁面がいう。 いつの間にか、翁面の男の周りにはそれぞれ火男や狐など様々な面をつけた者達が集まってきていた。 服装などを見る限り、おそらく全員男。 それも荒事になれていそうな男だと、見た目だけでも伝わってきた。 陽奈美に必死に呼びかける月音を、軽く後ろに引き戻して、入れ替わるように自身が一歩前に踏み出して彼女を庇うようにする。 「何度も言う。私は月音を失うことだけは出来ない。そしてお前達の発言が偽りだと知っている」 何が起きても対応できるように、少しだけ腰を落として足を踏ん張る。 「はて、何のことを申されておられるか解りかねますな。おおかた横恋慕したこいつに何か吹き込まれましたかな」 こいつ、といった瞬間に、槍の石突きの部分で地面に倒れたまま身動きすら取らない陽奈美の体を突いて、狐面の男が言う。 「祭の内容、儀式の内容。そのすべては主様も資料を見てご理解しておられましょう。何も危険なことではない」 いいながら面を被った男達は一歩前に出てくる。 私たちを包囲する輪が狭くなる。 「ま、祭は、贄を虚に捧げるもの……虚に捕らわれたものは……戻らぬ」 苦しげな声で陽奈美が言った。 先ほどまで、生きているのか死んでいるのかさえ解らぬほどに、動きも声も発していなかった陽奈美が。 「愚か者が……そのまま捨て置けば良かったものを、気付けになってしまったではないか」 翁面が忌々しそうに叫び、陽奈美を突いた狐面の男が狼狽える。 先ほど石突きで突いたことにより、気を失っていた陽奈美が、意識を取り戻したということか。 「主様……月音、私は手足の筋を切られて、もう逃げられない。せめて二人だけでも……逃げ……」 陽奈美の言葉は最後まで紡がれることはなかった。 陽奈美の行動に苛立っていた翁面の男が、狐面の男から槍を奪い、石突きではなく穂先で。 陽奈美の体を貫いたのだ。 知らぬ間に月明かりが差し込んでいた。 真っ暗な闇の中、冴え冴えとした白い光が雲の隙間から一条の光となってその場を照らしていた。 その光を受けた陽奈美の体には、見事な花が咲き誇っていた。 深紅のそれはまるで椿の花のようだった。 太陽のように朗らかで明るい、誰からも愛された彼女は、その身に椿を宿しそして今その命の灯火をけそうとしてた。 「姉様!姉様!姉様ぁぁぁぁ!」 半狂乱になって叫ぶ月音、今にも男達に飛びかかろうとする月音を、制止しようと手を伸ばした私は、今まで見たこともない月音の姿に畏れを感じてしまいその動きを止めてしまった。 「貴様等!よくも、よくも姉様を!……一人残らず黄泉路へ送り届けて、二度と人界に生まれ落ちぬようにしてやる!」 あの控えめで大人しい月音の姿はそこになかった。 何度も何度も愛でたつややかな黒髪は、まるで意思を持っているかのようにゆらゆらと揺らめきながら、重力に逆らうかのように宙を揺蕩っており、私を愛おしげに見つめていた、切れ長で美しい目は鬼女のごとく眦まで裂けたかのように見開かれていた。 足を痛めていることも気にしていないかのように、一歩また一歩と男達に近寄っていく。 右手と左手にはいつの間にか開いた鉄扇が握られている。 「大切な契人じゃ、殺すでないぞ」 翁面の男が厳命する。 他の男達はそれぞれに応と答えると、槍を逆さまに持ち石突きで月音に打ちかかってくる。 「月音、あぶない!」 私が叫ぶのと、闇の中で月の光を移した銀色の筋が一戦するのは同じ瞬間だった。 月音が右手を横薙ぎに一振りし、銀色の閃光が走ると同時に、赤い柱が立ち上がる。 一瞬遅れて、男の断末魔が聞こえる。 そこからは、今までの状況の真逆、月音による一方的な殺戮劇の場と成り代わる。 月音の鉄扇が閃き、月明かりがそれを反射して銀色の帯が生まれる。 銀色の帯が生まれたところには、幾つもの赤い花が咲き乱れ、その数だけ命が消えていく。 私はその光景を呆然と見つめることしか出来なかった。 陽奈美の死、月音の暴走、繰り広げられる惨劇、そのすべてが自分の日常にあり得ないことで、そして容易に受け入れられることではなくて私の頭が、心がこの光景を認めることを拒絶していた。 「あ、ああ、陽奈美……月音……、何なんだこれは。何故こうなるのだ、私は何を間違えた。何故なんだ!」 私の双眸から涙が流れ落ちる。 悲しい、辛い、苦しい、様々な感情が心を締め付ける。 そして陽奈美が死んだという事実が重くのしかかってくる。 自らの伴侶として、私は月音を選んだけれど、それは陽奈美を好いていないということではない。 私は陽奈美も、良き人だと思っていた。有り体に言えば好いていた。 ただ一生涯を共にする伴侶として選ぶなら、それは月音だと思っていたし、その気持ちは幼少から今に至るまで変わらなかった。 けれども、陽奈美は常に私たちと共に生きてきてくれた、側に居てくれた。 いつも優しく私たちを包み込んでくれていた。 そんな大切な、かけがえのない、陽奈美が……死んだ。 この事実を受け止めるには、今の弱り切った心では無理だった。 私は自分でも気がつかぬうちに、大声を上げて泣いていた。 すくってくれる人が居るはずもない、逃避行の果てのこの断崖で、我を忘れ状況を忘れ、ただ泣いていた。 それがどのような事態を引き起こすかなど、一切解らぬままに。 ただ感情のままに。
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