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膨らむ疑問

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 それから更にギクシャクした関係のまま歩くこと15分。  俺たちはようやく、俺の家へとたどり着いていた。  あの後、美月はあからさまに俺に対して距離を取っているし、陽女はそんな俺と美月をちらちらと見ながらも、時折何かを考え込むようにしていた。  はっきりと言葉にするなら”とても気まずい”状態で歩く15分はかなりの苦痛だった。  これなら素直に、緖美の来訪を受け入れた方が良かったのではないかと思うほどに、俺の精神はすり減っていた。 (なんなんだよ一体、よけいに疲れたよ。人のこと疲れている疲れている言ってたくせに)  絶対に口にはしないけれど、内心で俺はそういった不満をさんざんこぼしていたりする。  だがどういう状況で、俺がどう思っていようとも、家に着いてしまった以上は入らないわけには行かない。  俺は玄関を開けた状態で扉を押さえ、2人に入るように促した。  時間は17時30分になるかならないか。  緖美が来るまでには少し余裕があるし、この後はどうしたら良いものかと思案する。 「智春さま、少し家の中を見せていただいても?」  玄関に入ってくすぐ、陽女がそう言った。 「ん?まぁ別に良いけど……」 「緖美さまは普段、どうされているのですか。その……智春さまのお部屋に上がられていたり」 「ないないないない、それは絶対に無い。つきあっても居ないのにそんな……いつも台所で飯を作ってくれて、リビングで食事しながら話したりするだけだよ、ほんとに」  なぜだかは分からないけれど、凄くいいわけがましい言い方になっているような気がする。  逆に怪しいと思われていないかと思って、ちらっと陽女を盗み見るが俺のそう言ったあらは気にしていないようで、台所とリビングかなどと呟きながら、あちこちに視線を向けていた。  そんな姉の様子を見ながら、美月はしかしやはり何も口を開かずに、ぼうっと立っていた。 「あの美月さん?さっきから様子が変だよ、どうしたの」  あまりにも不審な態度だったので、思い切って声をかけてみる。 「あ、いえ、べつに……」  俺が声をかけたことで我に返ったのか、美月はいつもの冷たい顔に戻って陽女の居る方へと歩いて行く。  やはりあの時から、美月の様子がおかしいと思ってしまう。  陽女が買い物に行き、俺と美月だけになったあの時の会話からずっと、彼女の様子はおかしい。  ”ヒナミ”それが影響しているのは間違いが無い。  それが何かは全く予想できないけれど、緖美が言い美月がこれほどまでに取り乱す、”ヒナミ”と言う言葉にはそれほどの重要で大きな意味があると言うことだけは疑いの余地がない。  あの時、美月はなんて言っていたんだったか……。  会話を思い出そうとしてふと気がつく。  我に返った瞬間に美月が口にした言葉。  朋胤さま……どこかで聞いたことがある、何処だ思い出せ。  自分に言い聞かせながら必死に記憶の海を泳ぐ。  美月の顔……赤い雫……あ!あの時見た夢!  俺は入院した日に見た夢を思い出した。  あの時にみたが言った言葉。    いきて……ください、朋胤さま  あの時確かに彼女は口にした”朋胤さま”と。  美月に似た夢の中の女性は確かにそう言った。    どういうことなのだろうか、その朋胤という人物は美月とどういう関係があるのか。そして俺はその朋胤という人物に似ているとでも言うのだろうか。  もちろんそれは、朋胤という人物を見たこともない俺にはわかることではない。   「陽女、美月。朋胤ってどんな人なんですか」  俺にわからない以上、聞いてみるしか無いと覚悟を決めた。  ”ヒナミ”も”朋胤”もわからない。  だけど何か重要な事態が動き始めている。  なら俺は知らなければならないのではないか。  確信に近い気持ちで俺はそう思った。  だから2人に対して問いを口にしたのだ。  案の定、2人の動きが固まった。  凍り付いたと言っても差し支えがないほどに、今まさに時間停止ボタンが押されたかのように、動きも表情も全てが凍り付いたかのように、2人は俺を見たまま動きを止めていた。 「な……なぜその名前を、と言うかその質問にはどのような意図が」  それでもすぐに持ち直したのは陽女の方だった。  さすがは姉と言うべきなのか、美月がまだ立ち直れていないのに、陽女はぎこちないながらも微笑を浮かべて俺に聞き返してきた。 「質問を質問で返すのは……あまり好きじゃないです。朋胤って誰なんですか。その名前を聞く多義にモヤモヤする。だけど知らなきゃいけないそんな気持ちになるんです」 「……申し訳ありません、それはお答えできません。いえ、私たちに答える権利がありません。」  陽女は出会ってから初めて、冷たい目で俺を見た。  太陽のような……、そんな安易な表現が似合うくらいに朗らかな笑みを浮かべている彼女が、初めて見せた事務的というか感情を全て押し込めて、ただ冷静に対処するかのような冷たい目を俺に向けていた。  その表情がなぜか俺を苛立たせた。  神経を逆なでされたような、理屈ではない不快感と何ともいえないイライラに身を任せてしまう。 「なら誰なら答える権利を持ってるんだ。意味深なことばかり言うくせにこっちがそれを知ろうとすると、答えられないばかりじゃないか。何も答えられず何も言えないなら、あんたらはなぜここに来たんだ」  感情にまかせた激しい言葉で2人に詰め寄る。 「それは……、今は答える状況ではないからです。知るべき時が来たならおのずとわかるようになるはずです」  俺の言葉に美月は少しひるんだ様子を見せたが、陽女は全く動じることなく、先ほどと同じ目で俺を見たままそう答えた。 「思わせぶりなことばかり言って、俺を惑わすだけ惑わして、時期がきたらだと?ふざけるな。もう帰ってくれ。」 「だけどあなたは憑かれているから」  俺の言葉に美月が言葉を被せてくる。  だがそれはオレの怒りに油を注いだだけだった。 「つかれている?それも思わせぶりに言うだけで、内容もどうすればいいかも何も言わないじゃないか、迷惑なんだよ。これ以上俺を振り回さないでくれ。出て行ってくれ、この家から……早く出て行け!」    俺の言葉に美月は更に言い返そうとするが、それを制したのは陽女だった。  美月の肩を強くつかみ、だまって彼女を見つめる陽女。  それで何かを察したのだろう、美月は開きかけた口を閉じて項垂れた。 「智春さま……帰れと仰せなら私たちはお暇します。ただこれだけは覚えておいてください。あなたはあの神社に招かれた。それは因縁と縁によるものだと。私たちは縁が繋がってしまいました。どれほどあなたがそれを拒もうとしても繋がってしまったのです。ですから、また近いうちにおあいすることになるでしょう」  それだけ言うと、陽女は軽く頭を下げて黙って玄関へと歩き始める。  その陽女の様子を見て、口を開きかけて、そして俺をチラリと見て、一瞬だけ逡巡したものの、美月は何も言わないまま姉の後を追いかけて、2人で玄関から出て行った。 「だめだ……もう今日は疲れた。もう寝たい……」  2人の姿が玄関から消えると、俺は脱力感に襲われて、立っていることさえ億劫に感じるほどだった。  なけなしの気力を振り絞ってポケットからスマホを取り出すと、メッセージアプリを立ち上げる。 「今日はもう疲れたので、すぐに寝る。だから家に来るのは明日以降にしてほしい」  必死に文字を入力すると、間髪入れずに送信ボタンを押した。  そのあと俺は、重い身体を引きずるように必死でリビングのソファまでたどり着くと、そのまま身体を投げ出して目を閉じた。  眠りはすぐに訪れた。



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 それから更にギクシャクした関係のまま歩くこと15分。  俺たちはようやく、俺の家へとたどり着いていた。  あの後、美月はあからさまに俺に対して距離を取っているし、陽女はそんな俺と美月をちらちらと見ながらも、時折何かを考え込むようにしていた。  はっきりと言葉にするなら”とても気まずい”状態で歩く15分はかなりの苦痛だった。  これなら素直に、緖美の来訪を受け入れた方が良かったのではないかと思うほどに、俺の精神はすり減っていた。 (なんなんだよ一体、よけいに疲れたよ。人のこと疲れている疲れている言ってたくせに)  絶対に口にはしないけれど、内心で俺はそういった不満をさんざんこぼしていたりする。  だがどういう状況で、俺がどう思っていようとも、家に着いてしまった以上は入らないわけには行かない。  俺は玄関を開けた状態で扉を押さえ、2人に入るように促した。  時間は17時30分になるかならないか。  緖美が来るまでには少し余裕があるし、この後はどうしたら良いものかと思案する。 「智春さま、少し家の中を見せていただいても?」  玄関に入ってくすぐ、陽女がそう言った。 「ん?まぁ別に良いけど……」 「緖美さまは普段、どうされているのですか。その……智春さまのお部屋に上がられていたり」 「ないないないない、それは絶対に無い。つきあっても居ないのにそんな……いつも台所で飯を作ってくれて、リビングで食事しながら話したりするだけだよ、ほんとに」  なぜだかは分からないけれど、凄くいいわけがましい言い方になっているような気がする。  逆に怪しいと思われていないかと思って、ちらっと陽女を盗み見るが俺のそう言ったあらは気にしていないようで、台所とリビングかなどと呟きながら、あちこちに視線を向けていた。  そんな姉の様子を見ながら、美月はしかしやはり何も口を開かずに、ぼうっと立っていた。 「あの美月さん?さっきから様子が変だよ、どうしたの」  あまりにも不審な態度だったので、思い切って声をかけてみる。 「あ、いえ、べつに……」  俺が声をかけたことで我に返ったのか、美月はいつもの冷たい顔に戻って陽女の居る方へと歩いて行く。  やはりあの時から、美月の様子がおかしいと思ってしまう。  陽女が買い物に行き、俺と美月だけになったあの時の会話からずっと、彼女の様子はおかしい。  ”ヒナミ”それが影響しているのは間違いが無い。  それが何かは全く予想できないけれど、緖美が言い美月がこれほどまでに取り乱す、”ヒナミ”と言う言葉にはそれほどの重要で大きな意味があると言うことだけは疑いの余地がない。  あの時、美月はなんて言っていたんだったか……。  会話を思い出そうとしてふと気がつく。  我に返った瞬間に美月が口にした言葉。  朋胤さま……どこかで聞いたことがある、何処だ思い出せ。  自分に言い聞かせながら必死に記憶の海を泳ぐ。  美月の顔……赤い雫……あ!あの時見た夢!  俺は入院した日に見た夢を思い出した。  あの時にみたが言った言葉。    いきて……ください、朋胤さま  あの時確かに彼女は口にした”朋胤さま”と。  美月に似た夢の中の女性は確かにそう言った。    どういうことなのだろうか、その朋胤という人物は美月とどういう関係があるのか。そして俺はその朋胤という人物に似ているとでも言うのだろうか。  もちろんそれは、朋胤という人物を見たこともない俺にはわかることではない。   「陽女、美月。朋胤ってどんな人なんですか」  俺にわからない以上、聞いてみるしか無いと覚悟を決めた。  ”ヒナミ”も”朋胤”もわからない。  だけど何か重要な事態が動き始めている。  なら俺は知らなければならないのではないか。  確信に近い気持ちで俺はそう思った。  だから2人に対して問いを口にしたのだ。  案の定、2人の動きが固まった。  凍り付いたと言っても差し支えがないほどに、今まさに時間停止ボタンが押されたかのように、動きも表情も全てが凍り付いたかのように、2人は俺を見たまま動きを止めていた。 「な……なぜその名前を、と言うかその質問にはどのような意図が」  それでもすぐに持ち直したのは陽女の方だった。  さすがは姉と言うべきなのか、美月がまだ立ち直れていないのに、陽女はぎこちないながらも微笑を浮かべて俺に聞き返してきた。 「質問を質問で返すのは……あまり好きじゃないです。朋胤って誰なんですか。その名前を聞く多義にモヤモヤする。だけど知らなきゃいけないそんな気持ちになるんです」 「……申し訳ありません、それはお答えできません。いえ、私たちに答える権利がありません。」  陽女は出会ってから初めて、冷たい目で俺を見た。  太陽のような……、そんな安易な表現が似合うくらいに朗らかな笑みを浮かべている彼女が、初めて見せた事務的というか感情を全て押し込めて、ただ冷静に対処するかのような冷たい目を俺に向けていた。  その表情がなぜか俺を苛立たせた。  神経を逆なでされたような、理屈ではない不快感と何ともいえないイライラに身を任せてしまう。 「なら誰なら答える権利を持ってるんだ。意味深なことばかり言うくせにこっちがそれを知ろうとすると、答えられないばかりじゃないか。何も答えられず何も言えないなら、あんたらはなぜここに来たんだ」  感情にまかせた激しい言葉で2人に詰め寄る。 「それは……、今は答える状況ではないからです。知るべき時が来たならおのずとわかるようになるはずです」  俺の言葉に美月は少しひるんだ様子を見せたが、陽女は全く動じることなく、先ほどと同じ目で俺を見たままそう答えた。 「思わせぶりなことばかり言って、俺を惑わすだけ惑わして、時期がきたらだと?ふざけるな。もう帰ってくれ。」 「だけどあなたは憑かれているから」  俺の言葉に美月が言葉を被せてくる。  だがそれはオレの怒りに油を注いだだけだった。 「つかれている?それも思わせぶりに言うだけで、内容もどうすればいいかも何も言わないじゃないか、迷惑なんだよ。これ以上俺を振り回さないでくれ。出て行ってくれ、この家から……早く出て行け!」    俺の言葉に美月は更に言い返そうとするが、それを制したのは陽女だった。  美月の肩を強くつかみ、だまって彼女を見つめる陽女。  それで何かを察したのだろう、美月は開きかけた口を閉じて項垂れた。 「智春さま……帰れと仰せなら私たちはお暇します。ただこれだけは覚えておいてください。あなたはあの神社に招かれた。それは因縁と縁によるものだと。私たちは縁が繋がってしまいました。どれほどあなたがそれを拒もうとしても繋がってしまったのです。ですから、また近いうちにおあいすることになるでしょう」  それだけ言うと、陽女は軽く頭を下げて黙って玄関へと歩き始める。  その陽女の様子を見て、口を開きかけて、そして俺をチラリと見て、一瞬だけ逡巡したものの、美月は何も言わないまま姉の後を追いかけて、2人で玄関から出て行った。 「だめだ……もう今日は疲れた。もう寝たい……」  2人の姿が玄関から消えると、俺は脱力感に襲われて、立っていることさえ億劫に感じるほどだった。  なけなしの気力を振り絞ってポケットからスマホを取り出すと、メッセージアプリを立ち上げる。 「今日はもう疲れたので、すぐに寝る。だから家に来るのは明日以降にしてほしい」  必死に文字を入力すると、間髪入れずに送信ボタンを押した。  そのあと俺は、重い身体を引きずるように必死でリビングのソファまでたどり着くと、そのまま身体を投げ出して目を閉じた。  眠りはすぐに訪れた。



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