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陽奈美と緖美と陽女と

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「それで……この女をここに連れてきた……と?」  険しい顔で俺を睨み付ける美月みつき。  その視線はしばらくの間俺を睨み付け、そしてゆっくりと俺から視線を外すと、玉砂利の上で土下座をしている緖美つぐみを睨み付ける。    あのあと俺たちはさして迷うこともなくこの神社にたどり着いたのだが、入り口は入れても何故か鳥居より先に緖美が入ることが出来なかったため、仕方なく俺が社務所に二人を呼びに行くことになり、緖美はギリギリ立ち入れる鳥居の真ん前で待っていることにした。  そうして俺が社務所に向かったところ、陽女ひめの姿はそこにはなくて美月だけが居たので、俺はかなり端折ったものの事情を説明した。    俺の話を聞いた美月は、俺が今まで見たことがないような怒りの表情を浮かべ、黙って社務所から出てくるとそのまままっすぐに鳥居へと向かったのだが、そこで俺たちが見たのは、参道の脇にある玉砂利の上で土下座をしている緖美の姿だった。 「この程度で、許して貰おうなんて思っていない。私は……目的と独占欲のまま、貴方たちを……そして智春を傷つけた。汚した。」  玉砂利の上に素足、それは苦痛を伴う姿勢のはずなのに、緖美は微動だにせずに頭を上げることもないまま、そう言った。 「本当は言いたくなかった……だけど、貴方たちに許しを請う立場だから、言うことが私の……贖罪になるなら話します。私はあの日、あの男に汚されました。といっても私の破瓜の血が守藤の計画には絶対に必要なものだったから、処女おとめを散らされたわけではないけれど」  緖美はそこで言葉を切った。  話すと言ったけれど、どうしても語ることに抵抗があるのだろう。  ましてやここには、美月だけではなくて、緖美が愛していると告げた相手である俺もいるのだ。  そんな俺に自分の身体が汚されたことなど聞かせたくは無いのだろう。  そんな緖美の葛藤を知っているはずなのに、美月は冷たい視線で緖美を睨み付けたまま押し黙っている。   「私が……貴方の姉にさせようとしたこと、それと同じ事をされました……男を籠絡させるための訓練と称して」  独白する緖美の声に、湿り気が混ざってきた。  声が震えている。  泣いているのだと解る。 「自分がそう言う目にあって、初めて私が貴方の姉にしようとしたことが、どれほど酷いことだったかを知りました。でも……そんな状況にありながら私は……仮に同じ事を強要されたとしても、それでも愛する智春のものだったのだからと、彼女をうらやんで……恨んで、妬んでしまう気持ちを持っていました。そんな浅ましくて酷い女が……私です」 「それで……今度は何?強硬手段が使えないと解って、智春さまの優しさにつけ込んで同情を買い、内部からこちらの計画を崩そうとでも思っているのかしら。」 「智春が……言ってくれたんです。私は緖美だと。だから私は……陽奈美の想いを受け止めた上で、一人の女として、守藤家の目的や悲願に関係なく智春を愛したい、好きで居たいと思ったから……だから貴方たちとは敵対したくない。守藤のためにはもう動きたくない」   「今更そのような戯れ言を……」  美月の眦が瞬時につり上がる。  右手を装束のあわせに差し込み、ゆっくりと引き抜くとそこには金属質な輝きを放つ扇があった。  美月は扇を優雅な手つきでゆっくりと開くと、目にもとまらぬような素早い動きであっという間に緖美の眼前にまで迫り、振り上げた右手を土下座したままの姿勢の無防備な姿勢の、緖美の後頭部めがけて振り下ろした。  あの美月が、そこまで直接的な行動をとるなんて全く予想していなかった俺は、身動きを取ることすらできずにただ、とまってくれという願いを込めて美月の名を呼び、避けてくれという願いを込めて緖美の名を叫ぶことしか出来なかった。  美月の扇が、右腕が振り下ろされ、地面から大量の砂埃が舞い上がる。  それは俺たちの視界を覆い尽くし、俺は今の状況を見ることが出来ず、ただ不安な気持ちだけを胸に緖美の名を叫び続ける。  心臓が早鐘のように激しく鼓動を刻み、額を汗が流れ落ちていく。  早く砂埃が落ち着いて、視界が開けてくれと願ってしまう。  無意識に手の平を握りしめてしまう。 「美月は……普段からは想像がつかないほど、激しい気性を持っています。自分が守るべきものと任じたものを傷つけられた時は、鬼のように荒れ狂うこともあります……けれど……」  不意に柔らかく温かい声が聞こえてくる。  言葉はそこで途切れ、俺の肩に優しく手が載せられる。 「けっして理性を失うことはありません、多分一番冷静に物事を見ている子かもしれませんよ。」  だから大丈夫です。  陽女は俺の肩に手を置いたまま、優しくそうささやく。  舞い上がった砂埃が、あるべき場所に落ちていき、ゆっくりと視界が開けていく。  そこには土下座の姿勢を一切崩していない緖美と、緖美の真横の地面を大きく穿っている、扇を握りしめたままの美月の姿があった。 「覚悟……見させて貰いました。緖美さん、社へ入りなさい」  口調は相変わらず冷たいまま、美月が言う。  その言葉に従って、ゆっくりと緖美は立ち上がり、途中で足がふらついて倒れそうになるが、美月がそっと手を伸ばしてそれを支えていた。    美月に支えられて、少しふらつきながら鳥居に歩み寄る。  先ほどは見えない壁に阻まれたかのように、そこから一歩も踏み込めなかったはずだが、今回は先ほどのことが嘘のように普通に緖美は鳥居の下をくぐり抜けことが出来ていた。  あまりにもあっけなさ過ぎて、緖美は呆然とした顔で鳥居を見上げていた。 「ここは招かれたものしか入ることの出来ない聖域。美月と私に認められていなかった緖美さんは、招かれざるものとして鳥居に拒まれていたのです。でも緖美さんはその覚悟と赤心を示して美月を納得させた。だから今は招かれるものになったのです」  不思議そうな顔でお互いを見つめ合っていた俺と緖美に、陽女がそう説明してくれた。  ちなみのこの守護結界陣も美月の技なのだという。 「あの……陽女さん、あの時は酷いことを……そして陽奈美の残りかすなんて言って……」 「……ようこそ、もう一人の私。そして緖美さん」  あの事件以降、初顔合わせとなった陽女に謝罪しようと再び緖美が土下座を仕掛けたのを、右手で制して陽女は優しくそう言った。 「貴方が私を追い詰めたのも、智春さまを操ろうとしたことも……本音を言うと許せないという気持ちはあります。けどね……だけれどね、その想いも解るんです。解ってしまうのです。私もまた……陽奈美なのだから。無理矢理に気持ちに蓋をしていただけで、その気持ちを誰よりも強く抱いていた陽奈美なのだから」    陽女はゆっくりと緖美を立ち上がらせると、その身体をそっと抱きしめた。 「あなたは黄泉坂祭の時、いえ……あの夜逃げ出した私が捕縛された時に、私から切り離された私の……最も強い思い……なのでしょ?」      



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「それで……この女をここに連れてきた……と?」  険しい顔で俺を睨み付ける美月みつき。  その視線はしばらくの間俺を睨み付け、そしてゆっくりと俺から視線を外すと、玉砂利の上で土下座をしている緖美つぐみを睨み付ける。    あのあと俺たちはさして迷うこともなくこの神社にたどり着いたのだが、入り口は入れても何故か鳥居より先に緖美が入ることが出来なかったため、仕方なく俺が社務所に二人を呼びに行くことになり、緖美はギリギリ立ち入れる鳥居の真ん前で待っていることにした。  そうして俺が社務所に向かったところ、陽女ひめの姿はそこにはなくて美月だけが居たので、俺はかなり端折ったものの事情を説明した。    俺の話を聞いた美月は、俺が今まで見たことがないような怒りの表情を浮かべ、黙って社務所から出てくるとそのまままっすぐに鳥居へと向かったのだが、そこで俺たちが見たのは、参道の脇にある玉砂利の上で土下座をしている緖美の姿だった。 「この程度で、許して貰おうなんて思っていない。私は……目的と独占欲のまま、貴方たちを……そして智春を傷つけた。汚した。」  玉砂利の上に素足、それは苦痛を伴う姿勢のはずなのに、緖美は微動だにせずに頭を上げることもないまま、そう言った。 「本当は言いたくなかった……だけど、貴方たちに許しを請う立場だから、言うことが私の……贖罪になるなら話します。私はあの日、あの男に汚されました。といっても私の破瓜の血が守藤の計画には絶対に必要なものだったから、処女おとめを散らされたわけではないけれど」  緖美はそこで言葉を切った。  話すと言ったけれど、どうしても語ることに抵抗があるのだろう。  ましてやここには、美月だけではなくて、緖美が愛していると告げた相手である俺もいるのだ。  そんな俺に自分の身体が汚されたことなど聞かせたくは無いのだろう。  そんな緖美の葛藤を知っているはずなのに、美月は冷たい視線で緖美を睨み付けたまま押し黙っている。   「私が……貴方の姉にさせようとしたこと、それと同じ事をされました……男を籠絡させるための訓練と称して」  独白する緖美の声に、湿り気が混ざってきた。  声が震えている。  泣いているのだと解る。 「自分がそう言う目にあって、初めて私が貴方の姉にしようとしたことが、どれほど酷いことだったかを知りました。でも……そんな状況にありながら私は……仮に同じ事を強要されたとしても、それでも愛する智春のものだったのだからと、彼女をうらやんで……恨んで、妬んでしまう気持ちを持っていました。そんな浅ましくて酷い女が……私です」 「それで……今度は何?強硬手段が使えないと解って、智春さまの優しさにつけ込んで同情を買い、内部からこちらの計画を崩そうとでも思っているのかしら。」 「智春が……言ってくれたんです。私は緖美だと。だから私は……陽奈美の想いを受け止めた上で、一人の女として、守藤家の目的や悲願に関係なく智春を愛したい、好きで居たいと思ったから……だから貴方たちとは敵対したくない。守藤のためにはもう動きたくない」   「今更そのような戯れ言を……」  美月の眦が瞬時につり上がる。  右手を装束のあわせに差し込み、ゆっくりと引き抜くとそこには金属質な輝きを放つ扇があった。  美月は扇を優雅な手つきでゆっくりと開くと、目にもとまらぬような素早い動きであっという間に緖美の眼前にまで迫り、振り上げた右手を土下座したままの姿勢の無防備な姿勢の、緖美の後頭部めがけて振り下ろした。  あの美月が、そこまで直接的な行動をとるなんて全く予想していなかった俺は、身動きを取ることすらできずにただ、とまってくれという願いを込めて美月の名を呼び、避けてくれという願いを込めて緖美の名を叫ぶことしか出来なかった。  美月の扇が、右腕が振り下ろされ、地面から大量の砂埃が舞い上がる。  それは俺たちの視界を覆い尽くし、俺は今の状況を見ることが出来ず、ただ不安な気持ちだけを胸に緖美の名を叫び続ける。  心臓が早鐘のように激しく鼓動を刻み、額を汗が流れ落ちていく。  早く砂埃が落ち着いて、視界が開けてくれと願ってしまう。  無意識に手の平を握りしめてしまう。 「美月は……普段からは想像がつかないほど、激しい気性を持っています。自分が守るべきものと任じたものを傷つけられた時は、鬼のように荒れ狂うこともあります……けれど……」  不意に柔らかく温かい声が聞こえてくる。  言葉はそこで途切れ、俺の肩に優しく手が載せられる。 「けっして理性を失うことはありません、多分一番冷静に物事を見ている子かもしれませんよ。」  だから大丈夫です。  陽女は俺の肩に手を置いたまま、優しくそうささやく。  舞い上がった砂埃が、あるべき場所に落ちていき、ゆっくりと視界が開けていく。  そこには土下座の姿勢を一切崩していない緖美と、緖美の真横の地面を大きく穿っている、扇を握りしめたままの美月の姿があった。 「覚悟……見させて貰いました。緖美さん、社へ入りなさい」  口調は相変わらず冷たいまま、美月が言う。  その言葉に従って、ゆっくりと緖美は立ち上がり、途中で足がふらついて倒れそうになるが、美月がそっと手を伸ばしてそれを支えていた。    美月に支えられて、少しふらつきながら鳥居に歩み寄る。  先ほどは見えない壁に阻まれたかのように、そこから一歩も踏み込めなかったはずだが、今回は先ほどのことが嘘のように普通に緖美は鳥居の下をくぐり抜けことが出来ていた。  あまりにもあっけなさ過ぎて、緖美は呆然とした顔で鳥居を見上げていた。 「ここは招かれたものしか入ることの出来ない聖域。美月と私に認められていなかった緖美さんは、招かれざるものとして鳥居に拒まれていたのです。でも緖美さんはその覚悟と赤心を示して美月を納得させた。だから今は招かれるものになったのです」  不思議そうな顔でお互いを見つめ合っていた俺と緖美に、陽女がそう説明してくれた。  ちなみのこの守護結界陣も美月の技なのだという。 「あの……陽女さん、あの時は酷いことを……そして陽奈美の残りかすなんて言って……」 「……ようこそ、もう一人の私。そして緖美さん」  あの事件以降、初顔合わせとなった陽女に謝罪しようと再び緖美が土下座を仕掛けたのを、右手で制して陽女は優しくそう言った。 「貴方が私を追い詰めたのも、智春さまを操ろうとしたことも……本音を言うと許せないという気持ちはあります。けどね……だけれどね、その想いも解るんです。解ってしまうのです。私もまた……陽奈美なのだから。無理矢理に気持ちに蓋をしていただけで、その気持ちを誰よりも強く抱いていた陽奈美なのだから」    陽女はゆっくりと緖美を立ち上がらせると、その身体をそっと抱きしめた。 「あなたは黄泉坂祭の時、いえ……あの夜逃げ出した私が捕縛された時に、私から切り離された私の……最も強い思い……なのでしょ?」      



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