静かな夜に
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酷く悲しい夢を見た。 どんな夢かは、はっきりと思い出せない。 ただ自分の中でとても大きなものが、一瞬で消えたような 切なく、苦しく、そして例えようのない喪失感だけが残った。 夢だったはずなのに、目を覚ました後もその感情は残っていた。 「━様、如何なさいましたか」 まだ薄暗い6畳ほどの部屋。 真新しい畳の香りが、半覚醒だった頭を少しだけはっきりさせる。 声のした方をちらりと見やると、障子越しに人影が見えた。 宿直番の女官の姿だろうかと思い、なんでもないと声をかける。 「随分とうなされておいででした、本当にお加減は…。」 酷く心配そうな声音で、影の主は言葉を発する。 「心配なら、私の姿を見ますか。なんの問題もありませんよ。」 「お戯れを…我らが主様のお許しなく、部屋に立ち入ることは出来ませぬ。」 そうだったと、ここで漸く状況を思い出した。 私は黄泉坂祭の主役として、この屋敷に逗留しているのだったと。 黄泉坂祭。 私の住むこの村で50年に一度行われている奇祭。 私の家はこの比良山村で代々宮司を務める家柄であり、黄泉坂祭では、その家のものが必ず主役を務めるというしきたりが有った。 主役は3月の間、葦原殿という屋敷に住み続ける。 そして共に祭を執り行う守藤家の娘と共に過ごしその娘のどちらかと契を交わすというものだった。 守藤家には、昔から必ず双子の娘が生まれると言われている。 そして私が知る限り、たしかに双子の娘が生まれていない世代はない。 私と守藤家の娘二人とは親密な関係では有る。 なぜなら彼女たちと私は、所謂幼馴染であり、それこそ物心つく頃より共に学び、遊んでいた間柄だったからだ。 幼い時代、黄泉坂祭もそれに伴う儀式も何も知らなかった私たちは、無邪気にあそび仲を深めて、やがて恋に落ちていた。 恋と呼ぶにはあまりにも弱く、薄く、微かな感情ではあったが。 姉妹の姉の名は守藤陽奈美、妹の名は守藤月音という。 姉は名前の通り、明るく快活で、優しくて誰にも別け隔てなく接する娘だった。 腰まで届くかと言うほど長い、陽の光が当たると淡く茶色に輝く髪をしていた。 姉なのに、月音とくらべ少し丸みがかった幼い顔をしており、目は大きくて目尻が少し下がったところが可愛らしくも見える。 鼻梁は綺麗にすっと通っており、桜色のぷっくりとした唇をしている。 本人は下唇がすこしふっくらしていることを気にしては居るが、男性の目から見ればそれは蠱惑的な色気を感じる部位でも有る。 体つきもどちらかと言うと大人っぽいと言うか、凹凸がはっきりしており、思春期の頃にはドキドキしたことを覚えている。 妹の月音は、本当に双子なのかと疑いたくなるほど、姉とは容姿が違う。 肩より少し下くらいまでで切りそろえられた髪は、漆黒とも言っていいほどに黒く 姉に比べると線の細い鋭利な顔立ちをしている。 切れ長で目尻のつり上がった目は冷たい印象を与えると共に、怜悧な美しさも感じさせる。その切れ長の目は髪と同じく真っ黒な、そして長いまつげに縁取られており、目の印象をさらに強めている。 鼻筋はすっときれいに伸びており、唇は小さく薄い。何処か浮世離れしていると言うかこの世のものではないような美しさと儚さと、そして冷たさを感じさせる。 体つきも、姉とは違いあらゆる意味で細く薄い。 力を入れて抱きしめたらポキリと折れてしまいそうなほどだ。 だがそんな容姿と裏腹に、月音は控えめで大人しく、そして優しい娘だった。 常に姉を立て、姉の一歩後ろで控え、必要であればいかなる尽力も厭わない。 私はそんな月音の心根を知っているから、彼女のことも大切に思っている。 これ程に容姿の違う姉妹では有ったが、姉妹中はとても良いようで彼女たちは常に一緒に行動していた。 そして私は、黄泉坂祭のためとはいえ、この二人のうちから1人を選び、そして男女の契をかわさねばならないのだ。 ともすると、こうなることがわかった上で、私たちはあれ程に交流を持たされていたのではないのだろうかと、疑念を抱くことも有った。 だが、私はもう既に、彼女たちのうちの1人に情愛の気持ちを抱いていた。 まだ祭の本当に意味も、彼女たちのどちらを選ぶかということに、重要な決断が秘められていることも、何も知らない私は、ただ己の心のなかに芽生えた、微かな情念を灯すことだけしか考えていなかったのだ。 そう、私たちはまだ、未熟で、世界を知らず、目の前のことに必死になるだけしか出来ない未熟な存在だったのだと、この時は知ることは出来なかったのだ。
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