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覚悟と決意

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 私たちの立てた作戦は、単純なものだった。  黄泉坂祭の前日、私と月音は正殿から祭殿へと移動する。  そこで一晩をともに過ごすことになっていた。  その移動に伴うのは、契人ちぎりびとである月音の姉の陽奈美と、月音専属の女官4名、そして警護と雑用を兼ねた男衆4人。  移動距離はそれなりに長い。18町(約2km弱)ほどの距離となる。  男衆は長持や対挟箱ついはさみばこなどを持って移動することになる ため、私たちが逃げ出したところで追いかけるのに時間がかかるはず。  そのような計画だった。  果たして上手くいくのだろうかという不安はある。  しかし、ここで手をこまねいていたら月音を失うことは確実。  たとえ分の悪い賭けであっても、それに賭けるしかないのだと覚悟する。 「不安か…」  密会の日より、さらに表情に翳りを浮かべる月音に話しかける。  彼女は何も言わずただ、小さくかぶりを振り、私の胸元にそっと顔を寄せた。 「暫しの間でかまいません…このままで居させて下さいませ…」  弱々しい声で言う。  私は私の胸に顔を埋めている月音の髪を優しくなでる。 「解っては居るのです…解っては…けれど、主様や姉様を危険にさらしてまで、行う必要があるのかとも、迷うのです。」 「陽奈美も私も、月音のことが大切だ。だから失いたくはない。皆で力を合わせれば、必ずなんとかできるはずだ。だから気持ちを強く持つのだ。」  私は半ば自分に言い聞かせるようにそう言った。  失敗するわけにはいかないという重圧はある。  かならず救うという強い決意も。  祭殿に移るまでにそれほど時間の余裕はない。  陽奈美が準備や情報収集に動いてはくれているが、不安が完全に払拭されているわけでもない。しかし私が不安を露わにするわけにはいかない。  月音を安心させる為に。  一部の迷いも入り込む余地がないようにする為に。  私は月音のかたを優しく抱き留め、その髪を撫でることしかできなかった。 ──────  その夜、私は月音と枕をともにした。  ちぎりが終わっている以上、それは必須なことではなかったが、私は今、月音を傍から話すことは出来ないでいた。  失うという怖さを覚えてしまった私の弱い心は、月音に触れている時間だけその弱さを忘れることができていた。   月音のぬくもりを感じている時間だけ、その存在を明確に認識することができていた。    だから離れることはできなかったのだ。  浅い眠りから目覚めると、月音のしなやかで柔らかな温もりを感じる。  小さく細い月音の寝息を耳にして、月音が生きていることを感じる。  そうすることで、私の乱れていた心が落ち着きを取り戻し、やがて薄らとした眠気を感じ目を閉じることができる。  安心しきっているかのように眠る月音の頬に優しく触れてみる。  月音のなじんだ冷たい頬、愛しさがこみ上げてくる。  ぜったいに月音を守り抜く。



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覚悟と決意

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 私たちの立てた作戦は、単純なものだった。  黄泉坂祭の前日、私と月音は正殿から祭殿へと移動する。  そこで一晩をともに過ごすことになっていた。  その移動に伴うのは、契人ちぎりびとである月音の姉の陽奈美と、月音専属の女官4名、そして警護と雑用を兼ねた男衆4人。  移動距離はそれなりに長い。18町(約2km弱)ほどの距離となる。  男衆は長持や対挟箱ついはさみばこなどを持って移動することになる ため、私たちが逃げ出したところで追いかけるのに時間がかかるはず。  そのような計画だった。  果たして上手くいくのだろうかという不安はある。  しかし、ここで手をこまねいていたら月音を失うことは確実。  たとえ分の悪い賭けであっても、それに賭けるしかないのだと覚悟する。 「不安か…」  密会の日より、さらに表情に翳りを浮かべる月音に話しかける。  彼女は何も言わずただ、小さくかぶりを振り、私の胸元にそっと顔を寄せた。 「暫しの間でかまいません…このままで居させて下さいませ…」  弱々しい声で言う。  私は私の胸に顔を埋めている月音の髪を優しくなでる。 「解っては居るのです…解っては…けれど、主様や姉様を危険にさらしてまで、行う必要があるのかとも、迷うのです。」 「陽奈美も私も、月音のことが大切だ。だから失いたくはない。皆で力を合わせれば、必ずなんとかできるはずだ。だから気持ちを強く持つのだ。」  私は半ば自分に言い聞かせるようにそう言った。  失敗するわけにはいかないという重圧はある。  かならず救うという強い決意も。  祭殿に移るまでにそれほど時間の余裕はない。  陽奈美が準備や情報収集に動いてはくれているが、不安が完全に払拭されているわけでもない。しかし私が不安を露わにするわけにはいかない。  月音を安心させる為に。  一部の迷いも入り込む余地がないようにする為に。  私は月音のかたを優しく抱き留め、その髪を撫でることしかできなかった。 ──────  その夜、私は月音と枕をともにした。  ちぎりが終わっている以上、それは必須なことではなかったが、私は今、月音を傍から話すことは出来ないでいた。  失うという怖さを覚えてしまった私の弱い心は、月音に触れている時間だけその弱さを忘れることができていた。   月音のぬくもりを感じている時間だけ、その存在を明確に認識することができていた。    だから離れることはできなかったのだ。  浅い眠りから目覚めると、月音のしなやかで柔らかな温もりを感じる。  小さく細い月音の寝息を耳にして、月音が生きていることを感じる。  そうすることで、私の乱れていた心が落ち着きを取り戻し、やがて薄らとした眠気を感じ目を閉じることができる。  安心しきっているかのように眠る月音の頬に優しく触れてみる。  月音のなじんだ冷たい頬、愛しさがこみ上げてくる。  ぜったいに月音を守り抜く。



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