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告白

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「おはよう!休みは何していた?」  見慣れた制服の男子や女子が、嬉しそうに談笑しながら校門へと続く道を走っていく。  俺はそんな様子を、何処か違う世界のものを見るような目で眺めていた。  正直にいうと、登校することが億劫に感じている自分を自覚する。  あんな事があったあとだ、緖美と顔を合わすのはとても気まずいし、どういう感情を向ければ良いかもわかっていない。  もしかすると彼女と顔を合わせた途端に、なじってしまうかもしれない。  俺は校門の手前で足を止めて、大きく息を吐く。  まだ状況を完全に把握しているわけではないのだから、ひとまず感情を抑えて相手の出方を見る。  陽女と美月と話あって、当面は何もなかったかのように振る舞うということにしていた。  足を止めてぼんやりと校舎を見上げていた俺の横を、滑るようにして黒塗りの高級車が通り抜けていき、校門の前で静かに止まる。  音もなく後部座席のドアが開き、予想していたとおり緖美がそこから降りてきた。  いつもと違うのは、緖美と一緒に柄の悪い男が降りてきたことだろう。  赤茶けた髪を無造作に後ろで1本にくくって、目つきの鋭い一言で言うと柄の悪い男。  年齢は俺たちよりは遙かに上のようだが、中年という雰囲気でもなさそうだ。  着崩した真っ赤な開襟シャツに紫のジャケットという、いかにもな格好をしており、その異様さに全員が足を止めて男を見ている。 「はぁ……緖美はんは、こんな所に通ってんのかいな。なんや上品な学校やなぁ」  男はなれなれしく緖美の肩に手を回して、校舎や周辺にいた生徒達を眺めてそう言う。  緖美はいつもと違い少し強張ったような、しかし人を魅了するような笑顔ではなく冷たい目つきで校舎を睨み付けるようにしている。 「緖美はん、約束……忘れてもろたら困りまっせ、またおいたしたら今度はきっつぅいお仕置きが待ってますからな。ほなあんじょうきばりや。いつまでも待ってられへんってことは、緖美はんもよう分かってるやろしな……」  そういうと男は緖美の肩を軽く2度ほど叩いて、手をひらひらとさせると車に乗り込んでしまう。  男が乗り込むと静かにドアが閉じられて、再び車は音もなく走り出していく。  男の様子や見た目と、緖美に対してのなれなれしすぎる態度に、ずっと足を止めて固唾をのんで見守っていた生徒達が、何やらひそひそと話しているのが聞こえる。  この状況は良くないなと、なんとなく俺はそう思ってしまい、敢えて積極的に関わるつもりがなかったのにいつの間にか緖美のすぐ側まで歩いて行って、その肩を軽く叩いた。  緖美は一瞬だけ身体を強張らせたが、すぐに相手が俺だとわかったのだろう強張っていた表情が少し和らいだ。  しかしその直後で俺が予想もしていない反応を彼女は示した。  俺の顔を見て一瞬微笑みかけたが、次の瞬間には右手で口を押さえて走り去ってしまったのだ。  明らかにおかしい様子の緖美に、俺は戸惑ってしまって後を追いかけることも出来ずただ見送ってしまった。     ◇◇◇  最悪だと思ってしまった。  あの男と居るところを智春に見られてしまった。  あの男にされたことを、智春に気付かれているとは思えないけれど、それでも私は自分が酷く汚れてしまったような気がして、彼の顔をじっと見ることが出来なかった。  彼に肩を叩かれて、彼の顔を見た時に私はそれまで強張っていた気持ちが、すっと和らいでいくのを感じた。  だけど同時に、あの獣に口の中を蹂躙された感覚がよみがえり、胃の中から苦い液体がこみ上げてくるような気がして、思わず彼の前から逃げ出してしまった。  不審に思われていないだろうかと言う不安がよぎる。  私の行動が不審に感じられて、その理由を求められて、その結果あの男にされたことを智春に知られてしまったら。  そう考えると生きた心地がしなかった。  私は必死で走り、1階にある1年の女子トイレに駆け込むと、洗面台に寄りかかるようにして何度も嘔吐くえずく。  身体を襲っていた強烈な吐き気とは裏腹に、私の口からは何も出てこなくて、ただ唾液だけが糸を引いて墜ちていく。  その光景が、あの時に口の中をめちゃくちゃに汚されて、情けなく唾液を垂れ流したまま気を失った自分に重なっていき、今度こそ本当に胃の中のものが口からあふれ出した。  何度も嘔吐を繰り返しながら、涙が溢れてきて止まらなかった。  そしてようやく私は、あの女-陽奈美の残りかす-に自分がどれほど酷いことをさせようとしたのかを悟った。  あの行為が、どれほどに女の尊厳を踏みにじるのかを、今更思い知った。  でも……と思う。  確かに最低で、酷いことを強要したことは理解するし認める。  でも、それでも、あの女は智春のものを受け入れると言う状況だった。  愛してもいないあんな獣のような男に、好き勝手に汚されるのとはわけが違うと思う。    憎い。    やはり私はあの女が憎い。  そしてあの女以上に、智春の……いや『彼ら』の隣に立ち伴侶となりつづけたあの女が憎い。  あの獣は、陽奈美には手を出すなといった。  なら……ずっと『彼ら』の愛を一身に受け続けて、ずっと愛され続けたあの女を、いまいましい月音を苦しめてやる。  自分の置かれた状況、自分が果たすべき目的、そして愛する男を手に入れるため、私は今度こそあの月音……いや、いまは美月と名乗っていたあの女を恥辱に塗れた地獄にたたき落とさねばならない……。  美月への恨みでなんとか今の苦痛を紛らわして、吐き気も収まったので私はゆっくりと女子トイレから出る。  廊下に出たところでふと顔を上げると、そこには鞄を脇に挟んで腕組みをしていた智春が立っていた。  ずっと私を待っていてくれたのかと、胸に温かいものがこみ上げてくる。  しかし再びあの男にされたことが脳裏をよぎり、今の自分は智春の前に立つべき資格がないと思ってしまい、再び逃げ出そうとする。 「緖美、待て!話がある」  いつにない鋭い声が智春から発せられて、私は足を止めてしまう。  これほど真剣な声の智春は見たことがなかった。 「授業なんてどうでも良い、大事な話がある。ついてきてくれ」  再び真剣な声で智春はそう言って、私の方を見ることなく踵を返した。  彼の声に抗いがたいものを感じた私は、その背中を追いかける。  そうしなければならないという強い感情が私の中に芽生えたからだ。  智春は一度も私の方を見ることはなく、どんどんと階段を上っていく。  そのうち私は彼が何処に行こうとしているのかを理解した。  彼は屋上へ向かっているのだと。  この学校の屋上は、鍵こそかけられていないが殆ど誰も近寄らない。  食事をするにも、休憩をするにも設備が整っているこの学校は、わざわざ屋上に足を運ばなくても困らないのだ。  だから屋上は、希に気分転換のために景色を眺めに来るもの、モチーフを求めに来る美術部員など、本当に僅かな人間しか利用しない。  ましてやもうすぐ授業が始まるであろうこの時間帯に、わざわざ屋上にまで足を運ぶ者はいないだろう。  そして私の予想通り、智春の目的地は屋上だった。  屋上に来てからも、智春は足を止めることはなく、出入り口から一番離れたところにある申し訳程度に設置された花壇の辺りまで歩き、私の方を振り返った。  ここなら誰かが万が一屋上に来たとしても、すぐには見つからないだろう。  彼の目的がわからないため、私は少し警戒したままで彼を見る。  この間のことを責め立てられるのだろうか。  そうだとしたら何と誤魔化そうか。  上手く誤魔化さなければ、今後の活動に支障が出るし、嫌悪感を抱かせてしまったら彼をおとすと言う目的に支障が出る。  正直に言うと、守藤家の目的なんて本当はどうでも良いと思っている。  あんな目に遭わされているのに、家のために滅私奉公しようと思えるほど私は世間知らずでも善人でもないから。    だけど私自身が彼を心の底から愛していて、彼と男女の仲になりたいと思っているのは真実。  そして自分の本当の気持ちと、守藤家の目的が重なっている以上は、結果として守藤家の目的のために動くことになる。 「なあ……」  どう話を切り出そうかと迷って、ずっと無言だった智春が意を決したのか、不意に口を開く。  そこからどんな言葉が続くのかと、私は緊張で固くなったまま押し黙っている。  頭の中では必死に、あの日の出来事に対する言い訳を考えながら。 「あの男は……お前の何なんだ。最初は家の人間とかお前の恋人……もしくは許嫁とかそう言う存在かと思ったが、お前の様子が変だったから気になったんだ。お前と出会ってから色々あったが……お前があんな顔をするのは初めて見た。なんか辛いことでもあったのか?」  智春の口から紡がれる言葉は私の予想を完全に裏切っていた。  彼は私がしたことを詰問するつもりでも、責め立てるつもりでもなかったのだ。  声からも本当に私を心配していることが伝わる。  それほどに優しい声で彼は話していた。 「お前の家のことは俺にはわからない。由緒正しい名家だというなら本当に、俺には予想がつかないこともあるんだろう。でもお前がアレほどに辛そうな顔をしているのを見て、ほっとけないんだよ。俺でよければ話してくれないか……あの二人からある程度の話は聞いている。だから普通じゃあり得ないような話でもちゃんと聞く」  彼の優しい声が、私の心にしみこんでいく。  語ってはいけないこと、秘密にしなければならないこと、私が受けた恥辱、その全てを話してしまいたくなるほどに、心が溶かされていく。 「ね……智春。あなたは何処までを知っているの?何を知りたいの?」  聞いてはいけないと心が警告を発しているのに、私の口は勝手に言葉を紡ぎ出していた。 「あなたに理解が出来るのかしら……このくだらない繰り返しの因果を。ふざけているのかと思う程の因縁を」  理解してほしい、分かってほしいと言う気持ちと、絶対に理解できないと言う気持ちが私の中でせめぎ合う。 「お前は……凄い奴で、そしてとても酷い奴だ。だけど……今のお前を放ってはおけない、そう言う気がする。」 「同情?それとも善人ぶりたい?あの姉妹にあんな事をした私を、あなたを操ろうとした私を……許すの?」 「許す……俺にしたことは、俺にも責任があるのだろうと思う。だから俺にしたことは水に流す。そして彼女たちにしたことは許すかどうかは彼女たちが決めることだろう。ただ俺はお前が心配なんだ。そして放っておけないという気持ちがある。おまえが”陽奈美”を名乗る以上」  智春の言葉で彼がどの程度、この因縁について知っているのかをなんとなく悟った。  だから私が言えるべき範囲で、言えるべき言葉を探す。 「私は……あの姉妹巫女の姉、いまは陽女と名乗っているのかしら。彼女の片割れよ。あなただったものにずっと心引かれて、ずっと愛しているのに妹を選び続けるあなたに対して、悲しいほどの思いを背負っていた……陽奈美よ」  



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「おはよう!休みは何していた?」  見慣れた制服の男子や女子が、嬉しそうに談笑しながら校門へと続く道を走っていく。  俺はそんな様子を、何処か違う世界のものを見るような目で眺めていた。  正直にいうと、登校することが億劫に感じている自分を自覚する。  あんな事があったあとだ、緖美と顔を合わすのはとても気まずいし、どういう感情を向ければ良いかもわかっていない。  もしかすると彼女と顔を合わせた途端に、なじってしまうかもしれない。  俺は校門の手前で足を止めて、大きく息を吐く。  まだ状況を完全に把握しているわけではないのだから、ひとまず感情を抑えて相手の出方を見る。  陽女と美月と話あって、当面は何もなかったかのように振る舞うということにしていた。  足を止めてぼんやりと校舎を見上げていた俺の横を、滑るようにして黒塗りの高級車が通り抜けていき、校門の前で静かに止まる。  音もなく後部座席のドアが開き、予想していたとおり緖美がそこから降りてきた。  いつもと違うのは、緖美と一緒に柄の悪い男が降りてきたことだろう。  赤茶けた髪を無造作に後ろで1本にくくって、目つきの鋭い一言で言うと柄の悪い男。  年齢は俺たちよりは遙かに上のようだが、中年という雰囲気でもなさそうだ。  着崩した真っ赤な開襟シャツに紫のジャケットという、いかにもな格好をしており、その異様さに全員が足を止めて男を見ている。 「はぁ……緖美はんは、こんな所に通ってんのかいな。なんや上品な学校やなぁ」  男はなれなれしく緖美の肩に手を回して、校舎や周辺にいた生徒達を眺めてそう言う。  緖美はいつもと違い少し強張ったような、しかし人を魅了するような笑顔ではなく冷たい目つきで校舎を睨み付けるようにしている。 「緖美はん、約束……忘れてもろたら困りまっせ、またおいたしたら今度はきっつぅいお仕置きが待ってますからな。ほなあんじょうきばりや。いつまでも待ってられへんってことは、緖美はんもよう分かってるやろしな……」  そういうと男は緖美の肩を軽く2度ほど叩いて、手をひらひらとさせると車に乗り込んでしまう。  男が乗り込むと静かにドアが閉じられて、再び車は音もなく走り出していく。  男の様子や見た目と、緖美に対してのなれなれしすぎる態度に、ずっと足を止めて固唾をのんで見守っていた生徒達が、何やらひそひそと話しているのが聞こえる。  この状況は良くないなと、なんとなく俺はそう思ってしまい、敢えて積極的に関わるつもりがなかったのにいつの間にか緖美のすぐ側まで歩いて行って、その肩を軽く叩いた。  緖美は一瞬だけ身体を強張らせたが、すぐに相手が俺だとわかったのだろう強張っていた表情が少し和らいだ。  しかしその直後で俺が予想もしていない反応を彼女は示した。  俺の顔を見て一瞬微笑みかけたが、次の瞬間には右手で口を押さえて走り去ってしまったのだ。  明らかにおかしい様子の緖美に、俺は戸惑ってしまって後を追いかけることも出来ずただ見送ってしまった。     ◇◇◇  最悪だと思ってしまった。  あの男と居るところを智春に見られてしまった。  あの男にされたことを、智春に気付かれているとは思えないけれど、それでも私は自分が酷く汚れてしまったような気がして、彼の顔をじっと見ることが出来なかった。  彼に肩を叩かれて、彼の顔を見た時に私はそれまで強張っていた気持ちが、すっと和らいでいくのを感じた。  だけど同時に、あの獣に口の中を蹂躙された感覚がよみがえり、胃の中から苦い液体がこみ上げてくるような気がして、思わず彼の前から逃げ出してしまった。  不審に思われていないだろうかと言う不安がよぎる。  私の行動が不審に感じられて、その理由を求められて、その結果あの男にされたことを智春に知られてしまったら。  そう考えると生きた心地がしなかった。  私は必死で走り、1階にある1年の女子トイレに駆け込むと、洗面台に寄りかかるようにして何度も嘔吐くえずく。  身体を襲っていた強烈な吐き気とは裏腹に、私の口からは何も出てこなくて、ただ唾液だけが糸を引いて墜ちていく。  その光景が、あの時に口の中をめちゃくちゃに汚されて、情けなく唾液を垂れ流したまま気を失った自分に重なっていき、今度こそ本当に胃の中のものが口からあふれ出した。  何度も嘔吐を繰り返しながら、涙が溢れてきて止まらなかった。  そしてようやく私は、あの女-陽奈美の残りかす-に自分がどれほど酷いことをさせようとしたのかを悟った。  あの行為が、どれほどに女の尊厳を踏みにじるのかを、今更思い知った。  でも……と思う。  確かに最低で、酷いことを強要したことは理解するし認める。  でも、それでも、あの女は智春のものを受け入れると言う状況だった。  愛してもいないあんな獣のような男に、好き勝手に汚されるのとはわけが違うと思う。    憎い。    やはり私はあの女が憎い。  そしてあの女以上に、智春の……いや『彼ら』の隣に立ち伴侶となりつづけたあの女が憎い。  あの獣は、陽奈美には手を出すなといった。  なら……ずっと『彼ら』の愛を一身に受け続けて、ずっと愛され続けたあの女を、いまいましい月音を苦しめてやる。  自分の置かれた状況、自分が果たすべき目的、そして愛する男を手に入れるため、私は今度こそあの月音……いや、いまは美月と名乗っていたあの女を恥辱に塗れた地獄にたたき落とさねばならない……。  美月への恨みでなんとか今の苦痛を紛らわして、吐き気も収まったので私はゆっくりと女子トイレから出る。  廊下に出たところでふと顔を上げると、そこには鞄を脇に挟んで腕組みをしていた智春が立っていた。  ずっと私を待っていてくれたのかと、胸に温かいものがこみ上げてくる。  しかし再びあの男にされたことが脳裏をよぎり、今の自分は智春の前に立つべき資格がないと思ってしまい、再び逃げ出そうとする。 「緖美、待て!話がある」  いつにない鋭い声が智春から発せられて、私は足を止めてしまう。  これほど真剣な声の智春は見たことがなかった。 「授業なんてどうでも良い、大事な話がある。ついてきてくれ」  再び真剣な声で智春はそう言って、私の方を見ることなく踵を返した。  彼の声に抗いがたいものを感じた私は、その背中を追いかける。  そうしなければならないという強い感情が私の中に芽生えたからだ。  智春は一度も私の方を見ることはなく、どんどんと階段を上っていく。  そのうち私は彼が何処に行こうとしているのかを理解した。  彼は屋上へ向かっているのだと。  この学校の屋上は、鍵こそかけられていないが殆ど誰も近寄らない。  食事をするにも、休憩をするにも設備が整っているこの学校は、わざわざ屋上に足を運ばなくても困らないのだ。  だから屋上は、希に気分転換のために景色を眺めに来るもの、モチーフを求めに来る美術部員など、本当に僅かな人間しか利用しない。  ましてやもうすぐ授業が始まるであろうこの時間帯に、わざわざ屋上にまで足を運ぶ者はいないだろう。  そして私の予想通り、智春の目的地は屋上だった。  屋上に来てからも、智春は足を止めることはなく、出入り口から一番離れたところにある申し訳程度に設置された花壇の辺りまで歩き、私の方を振り返った。  ここなら誰かが万が一屋上に来たとしても、すぐには見つからないだろう。  彼の目的がわからないため、私は少し警戒したままで彼を見る。  この間のことを責め立てられるのだろうか。  そうだとしたら何と誤魔化そうか。  上手く誤魔化さなければ、今後の活動に支障が出るし、嫌悪感を抱かせてしまったら彼をおとすと言う目的に支障が出る。  正直に言うと、守藤家の目的なんて本当はどうでも良いと思っている。  あんな目に遭わされているのに、家のために滅私奉公しようと思えるほど私は世間知らずでも善人でもないから。    だけど私自身が彼を心の底から愛していて、彼と男女の仲になりたいと思っているのは真実。  そして自分の本当の気持ちと、守藤家の目的が重なっている以上は、結果として守藤家の目的のために動くことになる。 「なあ……」  どう話を切り出そうかと迷って、ずっと無言だった智春が意を決したのか、不意に口を開く。  そこからどんな言葉が続くのかと、私は緊張で固くなったまま押し黙っている。  頭の中では必死に、あの日の出来事に対する言い訳を考えながら。 「あの男は……お前の何なんだ。最初は家の人間とかお前の恋人……もしくは許嫁とかそう言う存在かと思ったが、お前の様子が変だったから気になったんだ。お前と出会ってから色々あったが……お前があんな顔をするのは初めて見た。なんか辛いことでもあったのか?」  智春の口から紡がれる言葉は私の予想を完全に裏切っていた。  彼は私がしたことを詰問するつもりでも、責め立てるつもりでもなかったのだ。  声からも本当に私を心配していることが伝わる。  それほどに優しい声で彼は話していた。 「お前の家のことは俺にはわからない。由緒正しい名家だというなら本当に、俺には予想がつかないこともあるんだろう。でもお前がアレほどに辛そうな顔をしているのを見て、ほっとけないんだよ。俺でよければ話してくれないか……あの二人からある程度の話は聞いている。だから普通じゃあり得ないような話でもちゃんと聞く」  彼の優しい声が、私の心にしみこんでいく。  語ってはいけないこと、秘密にしなければならないこと、私が受けた恥辱、その全てを話してしまいたくなるほどに、心が溶かされていく。 「ね……智春。あなたは何処までを知っているの?何を知りたいの?」  聞いてはいけないと心が警告を発しているのに、私の口は勝手に言葉を紡ぎ出していた。 「あなたに理解が出来るのかしら……このくだらない繰り返しの因果を。ふざけているのかと思う程の因縁を」  理解してほしい、分かってほしいと言う気持ちと、絶対に理解できないと言う気持ちが私の中でせめぎ合う。 「お前は……凄い奴で、そしてとても酷い奴だ。だけど……今のお前を放ってはおけない、そう言う気がする。」 「同情?それとも善人ぶりたい?あの姉妹にあんな事をした私を、あなたを操ろうとした私を……許すの?」 「許す……俺にしたことは、俺にも責任があるのだろうと思う。だから俺にしたことは水に流す。そして彼女たちにしたことは許すかどうかは彼女たちが決めることだろう。ただ俺はお前が心配なんだ。そして放っておけないという気持ちがある。おまえが”陽奈美”を名乗る以上」  智春の言葉で彼がどの程度、この因縁について知っているのかをなんとなく悟った。  だから私が言えるべき範囲で、言えるべき言葉を探す。 「私は……あの姉妹巫女の姉、いまは陽女と名乗っているのかしら。彼女の片割れよ。あなただったものにずっと心引かれて、ずっと愛しているのに妹を選び続けるあなたに対して、悲しいほどの思いを背負っていた……陽奈美よ」  



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