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終わらぬ夢の端緒

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 はぁと小さなため息が思わず口から漏れた。 「あの愚弟は本当に……」  思わず文句が口から出てしまい、ふと我に返った私は慌てて周囲を確認する。  そして見える範囲に誰も居ない事を確認し、今度は安堵のため息を吐く。 「全く、弟が弟なら人間も人間です……母様は火の神を産み落とした際に女陰ほとが焼け爛れてしまい、それが元で亡くなったなど、何というか下世話な話ですね」  妹である月読つくよみが私の隣で同じくため息を吐く。 「そしてそれを真に受けて、黄泉の国まで出向いたあげくに、母に合わせろと大暴れして、そのあげくに死者の国を乗っ取るなど……あの愚弟は本当に」    私は軽く目眩を覚えて、額に手を当てて項垂れる。 「どうするのですか、姉上。弟は中津国の王となれと唆されているようですけれど」 「その暴挙はさすがに看過出来ません、かといって私たちが必要以上に中津国と関わる事も、あまり良いとは言えませんね」  私は妹にそう答えつつ、また頭を抱える。  私たち天津神は高天原と呼ばれる国を治める存在。  人の言葉を借りるなら天上に存在する国となる。  そして中津国とは人が住まう地上世界の事であり、そこを納めるのは古くよりこの国に住まう存在の、国津神たちである。  その国津神たちの領域に、不必要に天津神である我々が干渉する事は、要らぬ問題を引き起こす事になりかねない。    今回問題を起こした愚弟は、高天原で散々に傍若無人な振る舞いをし、多くの罪を犯した事によりこの地より追放されているから、そのことが原因で天津神と国津神の諍いに繋がる事はないと言える事が、唯一の救いと言える。  もっともその愚弟を祭り上げ、おだて上げて問題を起こそうとするものも居るようだが。 「姉上……良案とは言いかねますけれど、1つ案がございます」  山積みの問題に頭を抱えて、気分が悪くなってきたため、再び岩戸に閉じこもろうかと考え始めていた私に、月読が話しかけてくる。  私は口を開く事さえおっくうに感じていたため、目だけで続きを促す。 「天津神われわれが干渉する事が問題であれば、人の手によって根の国と中津国を隔てさせるというのはいかがでしょう。人の力だけでは足りぬ故、私と姉上も思念を人と成して手伝う必要はあるかと思いますけれど」    成る程と思った。  確かに天津神が直接手を出せば、それは国津神との問題に発展する。  しかし同じく中津国の住人である人の手による行為であれば、国津神たちもわざわざ波風を立てるまねはしないであろう。  彼らもまた、人の信仰によってその力を得ている存在なのだから。  問題は、思念を人と成すという所だけだろうか。  そこまで考えて私は、対策と大きな流れを検討し始める。  愚弟が巻き起こした短慮から始まった問題。  ようやく解決の糸口が見つかったと、このとき私は安堵していた。  しかしこの計画が、後々に至るまでのあれほどの悲劇を生み出すとは、神たる我が身でも知る事は出来なかった事を、今でも悔いている。  神たるこの身であれほどの悲しみを、苦しみを、我が身で知る事になるとは思わなかった。  そしてそれほどまでに人という存在に、愛着を持つ事になると言う事も。  始まりは愚弟の暴挙。  妹の計画。  それが長きにわたる、終わらない悪夢の始まりだったなんて -----------------------------------------------------------------------------------------------------------  (後書き的なもの)   古事記や日本書紀の記述をこの小説の内容に合うように かつ安易でわかりやすい形に変更して採用しておりますので 民俗学や神話に詳しい方から見たら、噴飯物の設定となって 居ります事を、お詫び申し上げます。 本来あった様々なエピソードを尺の関係で割愛したり この物語の設定に落とし込むためにかなり大胆にアレンジ 割愛、変更、修正させて頂いたのですが、ざっくりふんわり しすぎたなと反省しております。 ただ、日本神話や古事記をベースとして一部採用しておりますが これはあくまでも娯楽小説でありフィクションですので あまり難しく考えず、そういうものか程度に受け止めていただければ 幸いにございます。



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終わらぬ夢の端緒

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 はぁと小さなため息が思わず口から漏れた。 「あの愚弟は本当に……」  思わず文句が口から出てしまい、ふと我に返った私は慌てて周囲を確認する。  そして見える範囲に誰も居ない事を確認し、今度は安堵のため息を吐く。 「全く、弟が弟なら人間も人間です……母様は火の神を産み落とした際に女陰ほとが焼け爛れてしまい、それが元で亡くなったなど、何というか下世話な話ですね」  妹である月読つくよみが私の隣で同じくため息を吐く。 「そしてそれを真に受けて、黄泉の国まで出向いたあげくに、母に合わせろと大暴れして、そのあげくに死者の国を乗っ取るなど……あの愚弟は本当に」    私は軽く目眩を覚えて、額に手を当てて項垂れる。 「どうするのですか、姉上。弟は中津国の王となれと唆されているようですけれど」 「その暴挙はさすがに看過出来ません、かといって私たちが必要以上に中津国と関わる事も、あまり良いとは言えませんね」  私は妹にそう答えつつ、また頭を抱える。  私たち天津神は高天原と呼ばれる国を治める存在。  人の言葉を借りるなら天上に存在する国となる。  そして中津国とは人が住まう地上世界の事であり、そこを納めるのは古くよりこの国に住まう存在の、国津神たちである。  その国津神たちの領域に、不必要に天津神である我々が干渉する事は、要らぬ問題を引き起こす事になりかねない。    今回問題を起こした愚弟は、高天原で散々に傍若無人な振る舞いをし、多くの罪を犯した事によりこの地より追放されているから、そのことが原因で天津神と国津神の諍いに繋がる事はないと言える事が、唯一の救いと言える。  もっともその愚弟を祭り上げ、おだて上げて問題を起こそうとするものも居るようだが。 「姉上……良案とは言いかねますけれど、1つ案がございます」  山積みの問題に頭を抱えて、気分が悪くなってきたため、再び岩戸に閉じこもろうかと考え始めていた私に、月読が話しかけてくる。  私は口を開く事さえおっくうに感じていたため、目だけで続きを促す。 「天津神われわれが干渉する事が問題であれば、人の手によって根の国と中津国を隔てさせるというのはいかがでしょう。人の力だけでは足りぬ故、私と姉上も思念を人と成して手伝う必要はあるかと思いますけれど」    成る程と思った。  確かに天津神が直接手を出せば、それは国津神との問題に発展する。  しかし同じく中津国の住人である人の手による行為であれば、国津神たちもわざわざ波風を立てるまねはしないであろう。  彼らもまた、人の信仰によってその力を得ている存在なのだから。  問題は、思念を人と成すという所だけだろうか。  そこまで考えて私は、対策と大きな流れを検討し始める。  愚弟が巻き起こした短慮から始まった問題。  ようやく解決の糸口が見つかったと、このとき私は安堵していた。  しかしこの計画が、後々に至るまでのあれほどの悲劇を生み出すとは、神たる我が身でも知る事は出来なかった事を、今でも悔いている。  神たるこの身であれほどの悲しみを、苦しみを、我が身で知る事になるとは思わなかった。  そしてそれほどまでに人という存在に、愛着を持つ事になると言う事も。  始まりは愚弟の暴挙。  妹の計画。  それが長きにわたる、終わらない悪夢の始まりだったなんて -----------------------------------------------------------------------------------------------------------  (後書き的なもの)   古事記や日本書紀の記述をこの小説の内容に合うように かつ安易でわかりやすい形に変更して採用しておりますので 民俗学や神話に詳しい方から見たら、噴飯物の設定となって 居ります事を、お詫び申し上げます。 本来あった様々なエピソードを尺の関係で割愛したり この物語の設定に落とし込むためにかなり大胆にアレンジ 割愛、変更、修正させて頂いたのですが、ざっくりふんわり しすぎたなと反省しております。 ただ、日本神話や古事記をベースとして一部採用しておりますが これはあくまでも娯楽小説でありフィクションですので あまり難しく考えず、そういうものか程度に受け止めていただければ 幸いにございます。



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