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彼女は……俺は……

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「なんかさぁ……変な感じだよね」  女子の心理なのか気遣いなのか、デート場所被りを避けたいとの申し出を受けて、微妙な距離を保ちながら俺と咲耶はとぼとぼと夕映えの町の中を歩く。  海岸線から目的地もなくブラブラと歩きながら、それでも咲耶は一度も俺の方を見ないまま言った。 「私が今の私じゃない状態……そのときはグイグイと私の方から智春にアプローチを掛けて、まぁ色々やらかしたりして……でもさ、今こうして本来の私があなたと一緒に歩いている。だけどあの時ほど距離が近くない」 「俺は避けてないぞ。咲耶が俺から離れて歩こうとしているんだろ」  昨日あれほどに情を交わしあったはずなのに、何故か今日は近寄ろうとしない咲耶の態度に、少しだけいらだちを感じた俺はぶっきらぼうな口調でそう返す。 「うーん……なんだろうね。アレだけさずっと抱いていた、直向な愛情を眼の前にするとさ……私がそこに割って入って良いのかなって……ちょっと思っちゃった」    目は笑っているのに、口元は笑っていない。  そんな複雑な顔で咲耶は言う。 「私のこの気持ちは紛い物なのかもとか、彼女たちほどの年月、あなたを直向に愛しているわけじゃなかったとか……彼女たちの気持ちを知れば知るほど、私が同じ場所に立っていて良いのかなって……不安になる。あはは……おかしいよね。今まで勝手に一方的に割り込んで散々かき乱していたのにさ」 「それは……でもお前じゃない。お前だけどお前じゃない奴のしでかしたことじゃないか」 「ん……どうなんだろうね。どれだけ足掻いても否定しても、私の中に陽奈美がいることは変えることができない事実で、私のこの思いは陽奈美のものなのか私のものなのか……それも明確にわかるわけじゃない。そんな中途半端な私が彼女たちの想いに割り込んで良いのかな」    茜色が薄暮になり、やがて薄暗くなっていく。  そんな時間の移り変わりの中で、咲耶は揺れていたように見える。  正直な気持ちと、一途な姉妹たちの思いと、自分の思いの根源の在り処。  その全てにまどい、悩み、答えが出ないことでもがいている。  俺の目に咲耶はそういうふうに映った。 「もっと、単純なことだよ。多分それは」  俺は足を止めて咲耶に言葉を投げかける。  俺が足を止めたことに気がついた咲耶もまた、その歩みを止めて少し振り返り俺の方を見る。 「根源がどこだとか、誰の思いとか関係ないと思う。そんな事を言いだしたら俺の気持ちだって朋胤のものなのかもって疑わなきゃならなくなるし、彼女たちだって月音の陽奈美の、当時の思いに引きずられてるのかもって疑わなきゃならなくなる。それよりもっと単純に、今自分がどう思っていてどうしたいのかが大事じゃないのかな」 「今の……私の気持ち」  俺の言葉を受けて、自問するようにポツリと咲耶が呟く。  俺は敢えてそれを急かすことなく、黙って咲耶を見つめていた。 「私……はね。智春が好き。陽奈美が持っているようなすべてを壊しても手に入れたいっていう、強い衝動はないけれど……でもあなたを美月さんや陽女さんに取られたくないって思うし、私のものにしたいとも思う……。ね、私彼女たちに割り込んでも良いのかな……この気持ち、抱いたままでいて良いのかな」 「それが咲耶の本当の気持ちなら……なんで他の人に遠慮する必要がある。そりゃすでに俺に特定の相手がいるなら、諦めるなり胸に秘めておかないとだめだろうけどさ」   「智春らしい……答えだね。別にいいことを言ってるわけでも、深いことを言ってるわけでもない。でもね、いつでも智春は……私の心が軽くなる言葉をくれるんだ。だからね……この想いの根源が陽奈美だったとしてもね……それでも私は、あなたが好き。過去の……朋胤でも誰でもなくて、明神智春であるあんたが……好きだよ」  そういって咲耶はゆっくりと近づいて、そっと俺の身体に腕を回す。  勢いがあるわけでも、力強い抱擁でもなくてそっと包むようにして俺を抱きしめる。  咲耶の鼓動が伝わってくる。  激しわけじゃない、だけどしっかりと強く脈打つ彼女の鼓動が俺に伝わる。 「咲耶……俺は……」 「ストップ……、その先はだめだよ智春。全部終わったその時に……きちんと聞かせて。私達3人に。どんな答えでも誰を選ぶとしても、きちんと智春の口から私達3人に伝えて」  咲耶のその言葉は、誰も欠けることを許さないという意味だと思った。  どんな事があっても、どれだけの苦難があっても、絶望にとらわれるとしても、必ず全員が揃っていようと、そんな決意を告げられた気がする。 「そういえば、随分学校もサボっちゃったね、家もなくなっちゃったみたいだし……私はどうなるのかな」  ポツリと弱音を漏らす咲耶。  地元の名家の娘だからこそ作り上げることができた居場所……というものも有るのだろう。  現実的な話として、学費の問題も有る。  全部のことが終わって、それでも咲耶が学校に通い、そしてその先の未来を紡ぐことができるのだろうか。 「なんとかなるさ……学校だってこの世界に星陵大付属しか無いわけじゃない。それに咲耶のほんとうの家……高野宮の家はどうなんだ」 「分からない……もうずっと、高野宮の家とは交流がないし、それに高野宮は守藤の分家だけど、本家があって初めて成り立っていたところもあるから……」 「大丈夫だ、きっと大丈夫。だっていまのお前には、俺も美月も陽女もいるから。みんなで力を合わせればなんとかなる、切り開けるはずだ」  俺はそっと優しく咲耶の頭を胸に抱き寄せる。  頼りなく感じるほど小さな頭が俺の胸に倒れ込んでくる。  そんな頼りな気な咲耶をそっと抱きとめて思う。  俺は本当に誰を求めているのだろうかと。  正直に言えば心は決まっている。  俺がこの先をともに支え合いたいと思う女は……もう決まっている。  その筈なのに、こうして3人の思いをそれぞれに受け止めると、迷いが生じてしまう。  彼女たちは等しく、一途に俺を思ってくれている。  そこには利害や打算や駆け引きなんて言うものはなくて、本当に心の底から俺を慕ってくれていると、そう伝わってくる。  だからこそ、彼女たちのその想いを振り払えるだけの強さを、俺は持てなくて、固めたはずの決意が揺らいでしまうのだ。  彼女たちの想いがひたむきで、一途であれば有るほどに、オレの心は迷う。  そのことが、どれだけ彼女たちにとって不誠実なのか解っているのに、それでもオレの心は乱れてしまう。 「智春……きっと、たぶん、あんたは今思い違いをしてるよ」  オレの心を知ってか知らずか、胸に顔を埋めたままの咲耶がポツリと言う。 「智春はきっと、私達がまっすぐにぶつけた想いの全てに応えないといけない気持ちになって、だから自分で決めたことが揺らいで、悩んじゃってるんだと思う。私の見てきた智春ならきっとそうなってると思うから」  彼女の手が背中から外されて、少しあとになって俺の胸がぽんっと押される。  予想外の行動に俺は2歩ほど後ろにふらついてしまい、自然と咲耶は俺の腕の中から離れる。 「違うんだ……智春は間違ってる。私達は成就したくて告げたわけでも、智春を悩ませたくて伝えたわけでもないの。ただ……明日を前に隠し事を消したいだけ。何が起きても大丈夫なように正直になっただけ」  くるりと俺に背中を向け、いつの間にか星空になった天を見上げるように顔を上げて言葉を続ける咲耶。   「女の子ってね、繊細なの。本当に些細なことで傷ついて砕けちゃうくらいに脆いの。でもねとっても強いんだ。報われなくてもいいの、側にいれるだけでいい。思っているだけでいい。それだけで満たされて幸せになれる力をね、女の子は持ってる。だから智春は智春の気持ちに素直になれば良い。選ばれた子は選ばれた幸せを手に入れる。残された子はそれでもあなたを好きだという気持ち、あなたと過ごした時間、あなたを思えることで幸せなんだ」  俺はその言葉に何も答えることができずに、その場に立ち尽くした。  俺を思ってくれている女の子が、こんなに素敵だったんだと噛みしめる。  強くて……優しくて……そして、それでも俺を救ってくれるんだ……。 「もちろん……智春が私を選んでくれたら……とっても嬉しいって……ごめんこれはアンフェアだ。今のナシね」  こちらを振り返り、いたずらっ子のようにニィっと笑って見せる。  でも咲耶が強がっているっていうのはすぐにわかった。  無理矢理に作った笑顔で閉じられた目から一筋の涙が流れているのだから。 「ね……最後に……キスしてほしいな……私の持ち時間の残り、全部あなたのキスで満たして欲しい」  恥ずかしげに目を伏せ、消え入りそうな声でそういう咲耶を俺は優しく抱きしめた。  昨日とは違い夜空には月が浮かんでいた。  その月から咲耶を隠すように俺は彼女を腕の中に抱きしめて、優しく唇を重ねた。



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「なんかさぁ……変な感じだよね」  女子の心理なのか気遣いなのか、デート場所被りを避けたいとの申し出を受けて、微妙な距離を保ちながら俺と咲耶はとぼとぼと夕映えの町の中を歩く。  海岸線から目的地もなくブラブラと歩きながら、それでも咲耶は一度も俺の方を見ないまま言った。 「私が今の私じゃない状態……そのときはグイグイと私の方から智春にアプローチを掛けて、まぁ色々やらかしたりして……でもさ、今こうして本来の私があなたと一緒に歩いている。だけどあの時ほど距離が近くない」 「俺は避けてないぞ。咲耶が俺から離れて歩こうとしているんだろ」  昨日あれほどに情を交わしあったはずなのに、何故か今日は近寄ろうとしない咲耶の態度に、少しだけいらだちを感じた俺はぶっきらぼうな口調でそう返す。 「うーん……なんだろうね。アレだけさずっと抱いていた、直向な愛情を眼の前にするとさ……私がそこに割って入って良いのかなって……ちょっと思っちゃった」    目は笑っているのに、口元は笑っていない。  そんな複雑な顔で咲耶は言う。 「私のこの気持ちは紛い物なのかもとか、彼女たちほどの年月、あなたを直向に愛しているわけじゃなかったとか……彼女たちの気持ちを知れば知るほど、私が同じ場所に立っていて良いのかなって……不安になる。あはは……おかしいよね。今まで勝手に一方的に割り込んで散々かき乱していたのにさ」 「それは……でもお前じゃない。お前だけどお前じゃない奴のしでかしたことじゃないか」 「ん……どうなんだろうね。どれだけ足掻いても否定しても、私の中に陽奈美がいることは変えることができない事実で、私のこの思いは陽奈美のものなのか私のものなのか……それも明確にわかるわけじゃない。そんな中途半端な私が彼女たちの想いに割り込んで良いのかな」    茜色が薄暮になり、やがて薄暗くなっていく。  そんな時間の移り変わりの中で、咲耶は揺れていたように見える。  正直な気持ちと、一途な姉妹たちの思いと、自分の思いの根源の在り処。  その全てにまどい、悩み、答えが出ないことでもがいている。  俺の目に咲耶はそういうふうに映った。 「もっと、単純なことだよ。多分それは」  俺は足を止めて咲耶に言葉を投げかける。  俺が足を止めたことに気がついた咲耶もまた、その歩みを止めて少し振り返り俺の方を見る。 「根源がどこだとか、誰の思いとか関係ないと思う。そんな事を言いだしたら俺の気持ちだって朋胤のものなのかもって疑わなきゃならなくなるし、彼女たちだって月音の陽奈美の、当時の思いに引きずられてるのかもって疑わなきゃならなくなる。それよりもっと単純に、今自分がどう思っていてどうしたいのかが大事じゃないのかな」 「今の……私の気持ち」  俺の言葉を受けて、自問するようにポツリと咲耶が呟く。  俺は敢えてそれを急かすことなく、黙って咲耶を見つめていた。 「私……はね。智春が好き。陽奈美が持っているようなすべてを壊しても手に入れたいっていう、強い衝動はないけれど……でもあなたを美月さんや陽女さんに取られたくないって思うし、私のものにしたいとも思う……。ね、私彼女たちに割り込んでも良いのかな……この気持ち、抱いたままでいて良いのかな」 「それが咲耶の本当の気持ちなら……なんで他の人に遠慮する必要がある。そりゃすでに俺に特定の相手がいるなら、諦めるなり胸に秘めておかないとだめだろうけどさ」   「智春らしい……答えだね。別にいいことを言ってるわけでも、深いことを言ってるわけでもない。でもね、いつでも智春は……私の心が軽くなる言葉をくれるんだ。だからね……この想いの根源が陽奈美だったとしてもね……それでも私は、あなたが好き。過去の……朋胤でも誰でもなくて、明神智春であるあんたが……好きだよ」  そういって咲耶はゆっくりと近づいて、そっと俺の身体に腕を回す。  勢いがあるわけでも、力強い抱擁でもなくてそっと包むようにして俺を抱きしめる。  咲耶の鼓動が伝わってくる。  激しわけじゃない、だけどしっかりと強く脈打つ彼女の鼓動が俺に伝わる。 「咲耶……俺は……」 「ストップ……、その先はだめだよ智春。全部終わったその時に……きちんと聞かせて。私達3人に。どんな答えでも誰を選ぶとしても、きちんと智春の口から私達3人に伝えて」  咲耶のその言葉は、誰も欠けることを許さないという意味だと思った。  どんな事があっても、どれだけの苦難があっても、絶望にとらわれるとしても、必ず全員が揃っていようと、そんな決意を告げられた気がする。 「そういえば、随分学校もサボっちゃったね、家もなくなっちゃったみたいだし……私はどうなるのかな」  ポツリと弱音を漏らす咲耶。  地元の名家の娘だからこそ作り上げることができた居場所……というものも有るのだろう。  現実的な話として、学費の問題も有る。  全部のことが終わって、それでも咲耶が学校に通い、そしてその先の未来を紡ぐことができるのだろうか。 「なんとかなるさ……学校だってこの世界に星陵大付属しか無いわけじゃない。それに咲耶のほんとうの家……高野宮の家はどうなんだ」 「分からない……もうずっと、高野宮の家とは交流がないし、それに高野宮は守藤の分家だけど、本家があって初めて成り立っていたところもあるから……」 「大丈夫だ、きっと大丈夫。だっていまのお前には、俺も美月も陽女もいるから。みんなで力を合わせればなんとかなる、切り開けるはずだ」  俺はそっと優しく咲耶の頭を胸に抱き寄せる。  頼りなく感じるほど小さな頭が俺の胸に倒れ込んでくる。  そんな頼りな気な咲耶をそっと抱きとめて思う。  俺は本当に誰を求めているのだろうかと。  正直に言えば心は決まっている。  俺がこの先をともに支え合いたいと思う女は……もう決まっている。  その筈なのに、こうして3人の思いをそれぞれに受け止めると、迷いが生じてしまう。  彼女たちは等しく、一途に俺を思ってくれている。  そこには利害や打算や駆け引きなんて言うものはなくて、本当に心の底から俺を慕ってくれていると、そう伝わってくる。  だからこそ、彼女たちのその想いを振り払えるだけの強さを、俺は持てなくて、固めたはずの決意が揺らいでしまうのだ。  彼女たちの想いがひたむきで、一途であれば有るほどに、オレの心は迷う。  そのことが、どれだけ彼女たちにとって不誠実なのか解っているのに、それでもオレの心は乱れてしまう。 「智春……きっと、たぶん、あんたは今思い違いをしてるよ」  オレの心を知ってか知らずか、胸に顔を埋めたままの咲耶がポツリと言う。 「智春はきっと、私達がまっすぐにぶつけた想いの全てに応えないといけない気持ちになって、だから自分で決めたことが揺らいで、悩んじゃってるんだと思う。私の見てきた智春ならきっとそうなってると思うから」  彼女の手が背中から外されて、少しあとになって俺の胸がぽんっと押される。  予想外の行動に俺は2歩ほど後ろにふらついてしまい、自然と咲耶は俺の腕の中から離れる。 「違うんだ……智春は間違ってる。私達は成就したくて告げたわけでも、智春を悩ませたくて伝えたわけでもないの。ただ……明日を前に隠し事を消したいだけ。何が起きても大丈夫なように正直になっただけ」  くるりと俺に背中を向け、いつの間にか星空になった天を見上げるように顔を上げて言葉を続ける咲耶。   「女の子ってね、繊細なの。本当に些細なことで傷ついて砕けちゃうくらいに脆いの。でもねとっても強いんだ。報われなくてもいいの、側にいれるだけでいい。思っているだけでいい。それだけで満たされて幸せになれる力をね、女の子は持ってる。だから智春は智春の気持ちに素直になれば良い。選ばれた子は選ばれた幸せを手に入れる。残された子はそれでもあなたを好きだという気持ち、あなたと過ごした時間、あなたを思えることで幸せなんだ」  俺はその言葉に何も答えることができずに、その場に立ち尽くした。  俺を思ってくれている女の子が、こんなに素敵だったんだと噛みしめる。  強くて……優しくて……そして、それでも俺を救ってくれるんだ……。 「もちろん……智春が私を選んでくれたら……とっても嬉しいって……ごめんこれはアンフェアだ。今のナシね」  こちらを振り返り、いたずらっ子のようにニィっと笑って見せる。  でも咲耶が強がっているっていうのはすぐにわかった。  無理矢理に作った笑顔で閉じられた目から一筋の涙が流れているのだから。 「ね……最後に……キスしてほしいな……私の持ち時間の残り、全部あなたのキスで満たして欲しい」  恥ずかしげに目を伏せ、消え入りそうな声でそういう咲耶を俺は優しく抱きしめた。  昨日とは違い夜空には月が浮かんでいた。  その月から咲耶を隠すように俺は彼女を腕の中に抱きしめて、優しく唇を重ねた。



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