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本当に大切なものは

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「私は……あの姉妹巫女の姉、いまは陽女と名乗っているのかしら。彼女の片割れよ。あなただったものにずっと心引かれて、ずっと愛しているのに妹を選び続けるあなたに対して、悲しいほどの思いを背負っていた……陽奈美よ」  緖美の言葉をそのまま受け止めることが出来ず、俺はしばし呆然としてしまった。  うっすらと予想していたこと、あり得ないと思っていたこと、最悪だと思っていたこと。  俺たちが立てていた憶測のその全てを絶妙にすり抜け、しかしその全てに絶妙に該当する。  そんな言葉だった。 「陽奈美が月音にたいして持っていた感情、愛情と嫉妬。そのうちの愛情を陽女に、嫉妬がお前に分れたとでもいうのか」    内容を飲み込みきれず、喉につかえたままのような感覚を抱いた俺が問う。 「……少し違うわね。陽奈美が持っていた善と、その裏で本人ですら自覚できなかった黒い心が別れた……と言うのが一番近いのかも」  緖美は寂しそうな微笑みを浮かべて俺を見てきた。  全てを語ってしまえば、俺から拒絶されるかもしれないという覚悟を持った微笑みだった。 「燈月媛、月音……ずっと月ばかりを選んできたあなたを、それでも慕う気持ち。大事な妹を慈しむ気持ち。その板挟みになってしまい、行き場を失ってしまって、いつしか心の奥底に封じ込めてしまった気持ち。それが肉を纏った存在……其れが私。守藤家の木偶人形」  最後の言葉を吐く時、緖美の顔に苦痛ともとれる色が浮かぶ。  守藤家の木偶人形という言葉に、すくい取れないほどの暗い気持ちがこもっているのを感じた。 「智春……あなたはこれを聞いてどうするの。あなたを求め欲して、手に入れたいと願う。そんな一切の混じりけのない思いだけを抱いて生まれてきた私は、あなたを手に入れるためなら手段は選ばない。そんな危険な存在。排除する?拒絶する?」  緖美はそう言いながらゆっくりとフェンスに向かって歩き出す。  俺はそんな緖美の行動に危ういものを感じて、彼女を引き留めようとするが、緖美は凍り付くような冷たい視線を俺に向けた。  その視線を真正面から受け止めた俺の足は、俺の意思に反して一歩も動かなくなってしまう。 「ここで引き留めたら……私はあなたを諦めなくなる。それはつまり、あの姉妹たちに手を下すということ……それでも良いの?このままあなたが何もしなければ、汚れた私は居なくなるわ。そうすればあなたは……あの姉妹のどちらかと共に歩める。」    フェンスのそばにたどり着き、その美しく華奢な手をフェンスへとかける。  ゆっくりとだが、確かな動きで手をかけ、足をかけて緖美はフェンスを登り始める。  その動きを見ながら俺は葛藤していた。  緖美がしようとしていることをそのまま見逃せば、緖美は消えて美月と陽女は危険から遠ざかる。  そして実態は分からないけれど、守藤家の目的というのも潰せる可能性がある。  俺を怪しい呪法で操り、美月や陽女を危険に晒した緖美が消えてくれるなら、俺たちの目的達成へと大きく近づくと分かっている。  しかしなぜかそれを良しとできない気持ちが、俺の中には確かに存在していた。  誰が始めて、誰のためになるのかすら分からない。  古の昔よりそれぞれの利害のためだけに歪められ、様々な悲劇を生み出したこの因縁。  その因縁を終わらせるために、緖美を犠牲にして良いのかと、俺の中で俺が問いかけてくる。  目的のためなら犠牲をいとわない。  それは本当に俺なのかと心が叫び声を上げる。 「まて!まってくれ緖美!」  僅かばかりの逡巡。  おれは腹のそこからの声で、緖美を引き留めていた。  緖美はフェンスに手と足をかけたまま、怪訝そうな顔で俺の方を振り返る。 「なぜ……止めるの。貴方たちにとって私は居ない方がいい存在でしょう。美月に成り代われず、陽奈美にもなれず、あなたから愛してももらえない。だけどあなたを諦めるという選択肢を絶対に選ぶことが出来ない。こんな私があなたに必要?」    悲しい声音だと思った。  これがずっと日和媛の、陽奈美の、そして陽女の抱え込んできた思いなのかと思った。  俺……いや俺たちの隣に並び立ちながら、それでも選ばれることなく、だけどもその思いに蓋をすることも出来なかった。  そんな彼女たちの想いだけを抽出されたかのような緖美。  そんな緖美がとても悲しく見えた。   「なぁ、それでもさ、陽奈美の思いを受け継いで、陽奈美の純粋な思いだけのお前だとしてもさ……緖美はそれだけじゃないだろ。陽奈美の思いだけの存在なら、おまえはなんで守藤緖美なんだ。たしかに核になっているのは陽奈美の想いなのかもしれないけど……それでもお前は緖美だろ」  なんといえば良いのか分からないから、まとまっていなくてもいいから心に湧き上がった言葉のまま俺は口から紡いでいく。   「ちがうわ。そんな綺麗な言い方をしないで…。陽奈美の想いに肉を与えられた存在、それだけの存在。それを区別するために与えられた固有名詞が守藤緖美……というだけ。」   「でもお前は……その根底に陽奈美の想いがあったとしても、それでも自分で考えて自分で望んで、自分で行動していた!それはお前の意思じゃないのかよ。全部が全部、陽奈美の想いで気持ちで行動なのか。」 「ごめん……分からない、分からないのよ。陽奈美の心が私にそうさせるのか、それとも守藤緖美と呼ばれる『私』がそれを望むのかさえ」    フェンスを中途半端に上ったままの姿勢で、緖美は上ることも降りることもしないまま、そして俺の方を見ることもないまま、悲しそうな声でどう言った。 「これはさ、俺の勝手な想いかもしれない。……俺だって自分では全く自覚は無いし、お前達と違って記憶もない。だけどお前達と似た感じで朋胤とかそう言う因縁とかそういうのを持って生まれてきてる。確かに時々、美月さんとか、お前に懐かしさとか色々と感じてしまう時もある」  言葉を紡ぎ出しながら、ゆっくりと一歩づつ緖美に近づいていく。 「じゃあ俺は……朋胤の残りかすなのか?……緖美、おまえは朋胤だった俺が欲しいのか、朋胤を愛していて、智春である俺の人格とか性格とかそんなモノはどうでも良いのか」  俺の問いかけに、緖美は俺の方へ顔を向け、そして目を見開いた。  しかしすぐに弱気そうな表情になり、そして俺から目を背ける。 「私……私は、智春が欲しいと、そうおもった。だけどそれは……智春を求めたのか、その中にある朋胤だった魂を求めたのか、それとも……その力を求めたのか……分からない……本当に分からない……わからないの!!」  緖美が叫んだ。  心の底からの叫びだった。  初めて、彼女の全ての仮面がはずれて、その中の本心が視えた気がした。 「今まで信じていなかったけどさ、もし本当に転生ってのがあるなら、誰だって全員元誰々になっちまう。そんなものに縛られて生き方を制限されるなんて間違ってる!おまえは守藤緖美だろ、なら守藤緖美として生きろよ。今お前が抱いている気持ち感情、ぜんぶ誰かのものじゃない、自分のものだって言い切れよ!」  俺の言葉に緖美の身体が震えているのがわかる。  拙い言葉、いいたいことの半分も言えていない俺の言葉でも、彼女の心に触れられている。  そうわかったから俺はひるまない。 「俺が認めてやるから!お前が守藤緖美だと!お前が守藤緖美として生きるというなら、俺はお前に向き合う。ちゃんと向き合ってそして答えを出す。だからそんな勝手に終わらせるな。勝手な気持ちを俺に投げつけたままで、消えるなよ!逃げるなよ!」  フェンスを持つ手が震えている、再び俺を見つめる緖美の目が複雑な感情で乱れ揺れているのがわかる。   「緖美!おまえが緖美であり、俺を愛していると、俺を本当に手に入れたいと思うなら、守藤家の目的のために生きるな!その気持ちに正直に生きろ!そうすれば俺たちは手を取り合えるはずだ……。」 「とも……はる……」  緖美の声が涙に濡れていた。  フェンスを握っていた手から力が抜ける。  ゆっくりと……スローモーションのように緖美の身体が落下してくる。  俺はそれをしっかりと受け止める。 「わたしは……智春を……愛したいて」  彼女の身体を受け止めた俺の首に柔らかく腕を巻き付けて、顔を寄せた緖美は、小さくだけどはっきりとそう告げてくれた。    



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「私は……あの姉妹巫女の姉、いまは陽女と名乗っているのかしら。彼女の片割れよ。あなただったものにずっと心引かれて、ずっと愛しているのに妹を選び続けるあなたに対して、悲しいほどの思いを背負っていた……陽奈美よ」  緖美の言葉をそのまま受け止めることが出来ず、俺はしばし呆然としてしまった。  うっすらと予想していたこと、あり得ないと思っていたこと、最悪だと思っていたこと。  俺たちが立てていた憶測のその全てを絶妙にすり抜け、しかしその全てに絶妙に該当する。  そんな言葉だった。 「陽奈美が月音にたいして持っていた感情、愛情と嫉妬。そのうちの愛情を陽女に、嫉妬がお前に分れたとでもいうのか」    内容を飲み込みきれず、喉につかえたままのような感覚を抱いた俺が問う。 「……少し違うわね。陽奈美が持っていた善と、その裏で本人ですら自覚できなかった黒い心が別れた……と言うのが一番近いのかも」  緖美は寂しそうな微笑みを浮かべて俺を見てきた。  全てを語ってしまえば、俺から拒絶されるかもしれないという覚悟を持った微笑みだった。 「燈月媛、月音……ずっと月ばかりを選んできたあなたを、それでも慕う気持ち。大事な妹を慈しむ気持ち。その板挟みになってしまい、行き場を失ってしまって、いつしか心の奥底に封じ込めてしまった気持ち。それが肉を纏った存在……其れが私。守藤家の木偶人形」  最後の言葉を吐く時、緖美の顔に苦痛ともとれる色が浮かぶ。  守藤家の木偶人形という言葉に、すくい取れないほどの暗い気持ちがこもっているのを感じた。 「智春……あなたはこれを聞いてどうするの。あなたを求め欲して、手に入れたいと願う。そんな一切の混じりけのない思いだけを抱いて生まれてきた私は、あなたを手に入れるためなら手段は選ばない。そんな危険な存在。排除する?拒絶する?」  緖美はそう言いながらゆっくりとフェンスに向かって歩き出す。  俺はそんな緖美の行動に危ういものを感じて、彼女を引き留めようとするが、緖美は凍り付くような冷たい視線を俺に向けた。  その視線を真正面から受け止めた俺の足は、俺の意思に反して一歩も動かなくなってしまう。 「ここで引き留めたら……私はあなたを諦めなくなる。それはつまり、あの姉妹たちに手を下すということ……それでも良いの?このままあなたが何もしなければ、汚れた私は居なくなるわ。そうすればあなたは……あの姉妹のどちらかと共に歩める。」    フェンスのそばにたどり着き、その美しく華奢な手をフェンスへとかける。  ゆっくりとだが、確かな動きで手をかけ、足をかけて緖美はフェンスを登り始める。  その動きを見ながら俺は葛藤していた。  緖美がしようとしていることをそのまま見逃せば、緖美は消えて美月と陽女は危険から遠ざかる。  そして実態は分からないけれど、守藤家の目的というのも潰せる可能性がある。  俺を怪しい呪法で操り、美月や陽女を危険に晒した緖美が消えてくれるなら、俺たちの目的達成へと大きく近づくと分かっている。  しかしなぜかそれを良しとできない気持ちが、俺の中には確かに存在していた。  誰が始めて、誰のためになるのかすら分からない。  古の昔よりそれぞれの利害のためだけに歪められ、様々な悲劇を生み出したこの因縁。  その因縁を終わらせるために、緖美を犠牲にして良いのかと、俺の中で俺が問いかけてくる。  目的のためなら犠牲をいとわない。  それは本当に俺なのかと心が叫び声を上げる。 「まて!まってくれ緖美!」  僅かばかりの逡巡。  おれは腹のそこからの声で、緖美を引き留めていた。  緖美はフェンスに手と足をかけたまま、怪訝そうな顔で俺の方を振り返る。 「なぜ……止めるの。貴方たちにとって私は居ない方がいい存在でしょう。美月に成り代われず、陽奈美にもなれず、あなたから愛してももらえない。だけどあなたを諦めるという選択肢を絶対に選ぶことが出来ない。こんな私があなたに必要?」    悲しい声音だと思った。  これがずっと日和媛の、陽奈美の、そして陽女の抱え込んできた思いなのかと思った。  俺……いや俺たちの隣に並び立ちながら、それでも選ばれることなく、だけどもその思いに蓋をすることも出来なかった。  そんな彼女たちの想いだけを抽出されたかのような緖美。  そんな緖美がとても悲しく見えた。   「なぁ、それでもさ、陽奈美の思いを受け継いで、陽奈美の純粋な思いだけのお前だとしてもさ……緖美はそれだけじゃないだろ。陽奈美の思いだけの存在なら、おまえはなんで守藤緖美なんだ。たしかに核になっているのは陽奈美の想いなのかもしれないけど……それでもお前は緖美だろ」  なんといえば良いのか分からないから、まとまっていなくてもいいから心に湧き上がった言葉のまま俺は口から紡いでいく。   「ちがうわ。そんな綺麗な言い方をしないで…。陽奈美の想いに肉を与えられた存在、それだけの存在。それを区別するために与えられた固有名詞が守藤緖美……というだけ。」   「でもお前は……その根底に陽奈美の想いがあったとしても、それでも自分で考えて自分で望んで、自分で行動していた!それはお前の意思じゃないのかよ。全部が全部、陽奈美の想いで気持ちで行動なのか。」 「ごめん……分からない、分からないのよ。陽奈美の心が私にそうさせるのか、それとも守藤緖美と呼ばれる『私』がそれを望むのかさえ」    フェンスを中途半端に上ったままの姿勢で、緖美は上ることも降りることもしないまま、そして俺の方を見ることもないまま、悲しそうな声でどう言った。 「これはさ、俺の勝手な想いかもしれない。……俺だって自分では全く自覚は無いし、お前達と違って記憶もない。だけどお前達と似た感じで朋胤とかそう言う因縁とかそういうのを持って生まれてきてる。確かに時々、美月さんとか、お前に懐かしさとか色々と感じてしまう時もある」  言葉を紡ぎ出しながら、ゆっくりと一歩づつ緖美に近づいていく。 「じゃあ俺は……朋胤の残りかすなのか?……緖美、おまえは朋胤だった俺が欲しいのか、朋胤を愛していて、智春である俺の人格とか性格とかそんなモノはどうでも良いのか」  俺の問いかけに、緖美は俺の方へ顔を向け、そして目を見開いた。  しかしすぐに弱気そうな表情になり、そして俺から目を背ける。 「私……私は、智春が欲しいと、そうおもった。だけどそれは……智春を求めたのか、その中にある朋胤だった魂を求めたのか、それとも……その力を求めたのか……分からない……本当に分からない……わからないの!!」  緖美が叫んだ。  心の底からの叫びだった。  初めて、彼女の全ての仮面がはずれて、その中の本心が視えた気がした。 「今まで信じていなかったけどさ、もし本当に転生ってのがあるなら、誰だって全員元誰々になっちまう。そんなものに縛られて生き方を制限されるなんて間違ってる!おまえは守藤緖美だろ、なら守藤緖美として生きろよ。今お前が抱いている気持ち感情、ぜんぶ誰かのものじゃない、自分のものだって言い切れよ!」  俺の言葉に緖美の身体が震えているのがわかる。  拙い言葉、いいたいことの半分も言えていない俺の言葉でも、彼女の心に触れられている。  そうわかったから俺はひるまない。 「俺が認めてやるから!お前が守藤緖美だと!お前が守藤緖美として生きるというなら、俺はお前に向き合う。ちゃんと向き合ってそして答えを出す。だからそんな勝手に終わらせるな。勝手な気持ちを俺に投げつけたままで、消えるなよ!逃げるなよ!」  フェンスを持つ手が震えている、再び俺を見つめる緖美の目が複雑な感情で乱れ揺れているのがわかる。   「緖美!おまえが緖美であり、俺を愛していると、俺を本当に手に入れたいと思うなら、守藤家の目的のために生きるな!その気持ちに正直に生きろ!そうすれば俺たちは手を取り合えるはずだ……。」 「とも……はる……」  緖美の声が涙に濡れていた。  フェンスを握っていた手から力が抜ける。  ゆっくりと……スローモーションのように緖美の身体が落下してくる。  俺はそれをしっかりと受け止める。 「わたしは……智春を……愛したいて」  彼女の身体を受け止めた俺の首に柔らかく腕を巻き付けて、顔を寄せた緖美は、小さくだけどはっきりとそう告げてくれた。    



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