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新たな陰謀

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「ほぉん……中々おもろい状況になってまんなぁ……これ、どないしますんや?清忠きよただはん」  応接間とおぼしき豪華な部屋、お爺さまと向き合って座っている派手な男が口を開く。  男の眼光ににらまれて、守藤家当主であるお爺さまこと守藤清忠は顔を蒼くしたまま俯いている。 (大丈夫だ、この男がまだうさんくさい関西弁で話している間はまだ大丈夫だ)  額から流れる汗を袖で拭いながら、必死で弁解の言葉を考える。   「勘違いしてもろたら困りますで、俺は何もあんさんを責めに来たんやおまへん。ただこの状況はなかなかおもろいなぁと、んでこっからあんさんがどういう風に動くんか……興味があったからわざわざ足を運んだんですわ……」  男の目がスゥっと補足なり、相対する清忠を見据える。 「あやつが我々を裏切るとは到底思えぬ。それこそアレを本家に引き取って以来ずっとしてきたのだしな。そう容易く心情が変わるとは思えぬ。それに貴方のことだ、仕掛けもしておられるのでしょう」  冷や汗を流しながら、必死に清忠は答えた。  答えを間違ってはならない、失望させてもいけない。  この男の価値観は、目的を果たすことと楽しいか否かが重要なのだから。 「仕掛け……ねぇ。まぁ無い事は無いっちゅう範囲で、それほど決定的なもんやおまへんで。まぁしかし、ちょうど相手さんのテリトリーに入ってるんなら、かき回してやるのもそれはそれでおもろいかもしれへんなぁ」  男は心底面白そうに、下品に大口を開けてゲラゲラと笑って見せた。 「仕掛けがどのようなものか、残念ながら我らには解りかねますからな。お任せしても?」  問いかけると言うよりは依頼する色の強い言い方で清忠は言う。 「まぁ……ええやろ。混ぜっ返すまでは俺がやったるわ。そのあとをどうするかはあんさん次第やで。守藤家の悲願とやらを果たすのか……それとも俺との契約を優先するんか。まぁ忠誠心って奴をしっかり見せて貰いましょか」  再び男の目に獰猛な光が宿る。  何か一つ選択肢を誤れば、すぐにでも命を奪われてしまうという恐怖を清忠は感じていた。 「俺にとって正味な話し、守藤の悲願なんて、どうでも良いことなんですわ。ただお互いの目的の中で協力し合える部分があった。それだけや。俺の手を煩わせる分はきっちりと仕事はして貰いまっせ」 「貴方の目的……陽奈美を手に入れること……でしたかな」 「陽奈美を手に入れる、もしくは中津国を俺のものにする。そのどっちでもかまへんで。結果は同じになるからな」  清忠はチラリと男の表情を盗み見る。  怒りではないかと、その感情を推し量り少し安堵のため息を吐く。 (守藤の悲願も大事だが、この男の機嫌を損ねるわけにはいかぬ。どう立ち回るが正解か)  心中で今後のなすべき事を考える。 (優先すべきは緖美を再び我らの元に戻すこと、そしてこの男の目的を果たさせることか。口惜しいが守藤の悲願は後回しにするしかないようだな。まぁ緖美さえ戻ればいかようにでもなろう) 「我々の契約と、貴方様の助力に対して守藤は必ずお役に立つよう尽力しますぞ」 「あぁその言葉に嘘偽りがないことを、ほんまに願ってますで……俺もそうそう暴れたくないさかいに、よろしゅう頼んますで……な、清忠はん。お互いのためにも……」  男の身体から黒々とした気のようなモノがあふれ出す。  それに気圧されて、清忠は全身が震えるのを自覚した。  それは生物が本能的に感じる死の恐怖。  次はない、これが最後の機会だと、清忠は感じた。  あまりの圧に清忠は口を開くことさえ出来ず、椅子から転がり落ちるようにして地面に手をつくと、恭順の意思を示すべく、平身低頭して男に相対した。 「うんうん、解ってもらえたようで良かったですわ。じゃあ俺は仕掛けを動かすんで、奥の間をちぃとの間だけ借りますで。もちろん誰も近寄らんようにしてや?」  清忠の行動に満足したのか、男はウンウンと言いたげに2度3度頷くと、そう言いながら席を立った。  そして清忠の返辞も待たずに障子に手をかけて、自分の家の中を歩くかのように別の部屋に向かっていく。  (あんな小物の手を借りなければならないとは、月の奴の仕掛けた陣てのも中々にやっかいだな)  男の瞳が鈍い金色の輝きを浮かべる。  本当に忌々しい存在だと、心中で怒りがわき上がるのを、必死に押さえ込もうとする。  いつもいつもアネキのそばには月が居る。  居るも俺の邪魔をする。  本当に忌々しい存在だ。  だが、それももう終わりにする。  この面倒くさくてやっかいな縁はここで終わらせる。  そのためにあの木偶を生み出したのだから。 「覚悟しろよ……美月、今度こそ俺の勝ちだ」  暗く低い声が、人気のない渡り廊下に響く。  それはまるで冥府の底から聞こえてくる、亡者達のうめきのようでもあった。  幾重にも重なり、その濃さを増した黒い暗い呪詛にもにたその言葉は、誰の耳にも届くことはなく、ただ虚空に消えていった。      



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「ほぉん……中々おもろい状況になってまんなぁ……これ、どないしますんや?清忠きよただはん」  応接間とおぼしき豪華な部屋、お爺さまと向き合って座っている派手な男が口を開く。  男の眼光ににらまれて、守藤家当主であるお爺さまこと守藤清忠は顔を蒼くしたまま俯いている。 (大丈夫だ、この男がまだうさんくさい関西弁で話している間はまだ大丈夫だ)  額から流れる汗を袖で拭いながら、必死で弁解の言葉を考える。   「勘違いしてもろたら困りますで、俺は何もあんさんを責めに来たんやおまへん。ただこの状況はなかなかおもろいなぁと、んでこっからあんさんがどういう風に動くんか……興味があったからわざわざ足を運んだんですわ……」  男の目がスゥっと補足なり、相対する清忠を見据える。 「あやつが我々を裏切るとは到底思えぬ。それこそアレを本家に引き取って以来ずっとしてきたのだしな。そう容易く心情が変わるとは思えぬ。それに貴方のことだ、仕掛けもしておられるのでしょう」  冷や汗を流しながら、必死に清忠は答えた。  答えを間違ってはならない、失望させてもいけない。  この男の価値観は、目的を果たすことと楽しいか否かが重要なのだから。 「仕掛け……ねぇ。まぁ無い事は無いっちゅう範囲で、それほど決定的なもんやおまへんで。まぁしかし、ちょうど相手さんのテリトリーに入ってるんなら、かき回してやるのもそれはそれでおもろいかもしれへんなぁ」  男は心底面白そうに、下品に大口を開けてゲラゲラと笑って見せた。 「仕掛けがどのようなものか、残念ながら我らには解りかねますからな。お任せしても?」  問いかけると言うよりは依頼する色の強い言い方で清忠は言う。 「まぁ……ええやろ。混ぜっ返すまでは俺がやったるわ。そのあとをどうするかはあんさん次第やで。守藤家の悲願とやらを果たすのか……それとも俺との契約を優先するんか。まぁ忠誠心って奴をしっかり見せて貰いましょか」  再び男の目に獰猛な光が宿る。  何か一つ選択肢を誤れば、すぐにでも命を奪われてしまうという恐怖を清忠は感じていた。 「俺にとって正味な話し、守藤の悲願なんて、どうでも良いことなんですわ。ただお互いの目的の中で協力し合える部分があった。それだけや。俺の手を煩わせる分はきっちりと仕事はして貰いまっせ」 「貴方の目的……陽奈美を手に入れること……でしたかな」 「陽奈美を手に入れる、もしくは中津国を俺のものにする。そのどっちでもかまへんで。結果は同じになるからな」  清忠はチラリと男の表情を盗み見る。  怒りではないかと、その感情を推し量り少し安堵のため息を吐く。 (守藤の悲願も大事だが、この男の機嫌を損ねるわけにはいかぬ。どう立ち回るが正解か)  心中で今後のなすべき事を考える。 (優先すべきは緖美を再び我らの元に戻すこと、そしてこの男の目的を果たさせることか。口惜しいが守藤の悲願は後回しにするしかないようだな。まぁ緖美さえ戻ればいかようにでもなろう) 「我々の契約と、貴方様の助力に対して守藤は必ずお役に立つよう尽力しますぞ」 「あぁその言葉に嘘偽りがないことを、ほんまに願ってますで……俺もそうそう暴れたくないさかいに、よろしゅう頼んますで……な、清忠はん。お互いのためにも……」  男の身体から黒々とした気のようなモノがあふれ出す。  それに気圧されて、清忠は全身が震えるのを自覚した。  それは生物が本能的に感じる死の恐怖。  次はない、これが最後の機会だと、清忠は感じた。  あまりの圧に清忠は口を開くことさえ出来ず、椅子から転がり落ちるようにして地面に手をつくと、恭順の意思を示すべく、平身低頭して男に相対した。 「うんうん、解ってもらえたようで良かったですわ。じゃあ俺は仕掛けを動かすんで、奥の間をちぃとの間だけ借りますで。もちろん誰も近寄らんようにしてや?」  清忠の行動に満足したのか、男はウンウンと言いたげに2度3度頷くと、そう言いながら席を立った。  そして清忠の返辞も待たずに障子に手をかけて、自分の家の中を歩くかのように別の部屋に向かっていく。  (あんな小物の手を借りなければならないとは、月の奴の仕掛けた陣てのも中々にやっかいだな)  男の瞳が鈍い金色の輝きを浮かべる。  本当に忌々しい存在だと、心中で怒りがわき上がるのを、必死に押さえ込もうとする。  いつもいつもアネキのそばには月が居る。  居るも俺の邪魔をする。  本当に忌々しい存在だ。  だが、それももう終わりにする。  この面倒くさくてやっかいな縁はここで終わらせる。  そのためにあの木偶を生み出したのだから。 「覚悟しろよ……美月、今度こそ俺の勝ちだ」  暗く低い声が、人気のない渡り廊下に響く。  それはまるで冥府の底から聞こえてくる、亡者達のうめきのようでもあった。  幾重にも重なり、その濃さを増した黒い暗い呪詛にもにたその言葉は、誰の耳にも届くことはなく、ただ虚空に消えていった。      



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