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はじまりの時

44/68





「我らが神格を糧と成し、肉を纏いて人と成し、幾重にも重なる輪廻の輪、繰り返しいずるさだめを刻む」  高天原の外れ、天照の寝所のある区画にて、月読が舞い踊っている。  紡がれる言葉は鈴の音のような音を伴い、踊る仕草は風に揺れる稲穂のようにしなやかだった。  満天の星空、その中央に己こそが夜の支配者であると主張するように居座る満月。  月読が司り、その力の源とする月。  そんな彼女の様子を、天照は少し離れた場所から見ていた。  傍らに控える天宇受賣あめのうずめは、時折うっとりとした表情で月読の舞を見つめながら、黙って杯を差し出す天照に酒を注いでいた。  素戔嗚との一件があった際、何もかもがいやになり天岩戸に閉じこもった天照を、岩戸から引きずり出すために一計を案じて、また見事な舞を舞って見せたことから、芸事の神としてあがめられることもある立派な一柱の神でもあるのだが、不思議と天照と馬が合いその側近のようにそばに仕えている。  そんな芸事の神とも崇められ、見事な舞を舞った者として評される天宇受賣から見ても、今宵の月読の舞は見事であった。  濃紺の空に煌めく無数の星と、その星達を睥睨へいげいするかのように居座る月の光を受けて、全身を淡く輝かせている月読の、流れるようなしなやかな舞姿は、奇跡とも言えるほどの美しさを誇っている。 「そなたが見惚れるほどか?それほどのものなのか我が妹の舞は」 「左様でございます、私ごときが千年の修練を積んでも遠く及ばないかもしれませぬ」 「はは……、岩戸より我を引きずり出せし舞を行った其方が言うとはな。だが悔しいが見惚れてしまう」  杯に注がれた酒の香りを、軽く1度吸い込んだあと、その朱色の唇をそっと白い陶器の杯に触れさせ、天照はコクコクとその酒を喉に流し込む。 「今宵は……酒に酔うたか、舞に酔うたか、解らぬな……」  少し目を細めて天照はそう呟く。  そんな彼女の嬉しそうでいて誇らしげでもある横顔をみて、天宇受賣は心中で、相変わらず妹御を愛でておられる。天照様のこの愛情の深さが僅かばかりに妬ましやと思うのだった。  ピーンと空気が張り詰める。  辺りの空気が質量を持ったかのように、その場にいた三人を包む。  空気が変わったと天宇受賣は思った。  儀式が終わると天照は確信した。  踊り疲れたのか、地面に崩れ落ちた月読の両側に淡い光が姿を現す。  その光はゆっくりと人型に変わっていく。  月読の右に現れた光は、暖かさを感じさせる金色こんじきに光を放ちながらやがて女性の形へと変わっていく。  月読の左柄の光は、青白い輝きを発しながらやはり女性の形へと変化する。 「天照様……あれは……」  その光景を、瞬きすら忘れたように見つめていた天宇受賣が声を出す。 「我と妹の神格の一部を切り離して、魂の形を作り肉を与え人と成したのだ。この先の中津国で起こるであろう出来事に対しての対抗策として……の。それゆえ我と月読はしばらくの間、あまり動けぬようになる。細々とした用向きは全て任せるぞ天宇受賣」  天照の言う言葉の半分ほどしか、天宇受賣は理解していなかったが、何かの目的のために神格を持って人と成す儀式を行い、そしてそれによって喪失した神格が戻るまでの間はあまり動けないのだということは理解した。  しかし高天原はそんな天照の状況などお構いなく、日々忙しく動く世界である。  それらを天照の代役として、見事に裁いてくれと天照は天宇受賣に託したのだろう。 「貴方様を岩戸より出したのは私です、なればそのお力になるために全てを尽くすのは、私の役目です」  天宇受賣は天照に柔らかく微笑むと、はっきりとした口調でそう答えた。 「夫君ふくんとの逢瀬が遠のくな……すまぬ」  少し申し訳なさそうに眉尻を下げると、天照はそう言って薄く微笑む。    天宇受賣はその昔、瓊瓊杵尊ににぎのみことが地上に降りる際に、中津国から高天原へと向かってきた一柱の神と出会い。そしてその男神と夫婦になった。  その男神の名を猿田毘古さるたひこという。  猿田毘古は中津国の神として、地上にて活動をしており、天照の側近のように従う天宇受賣は夫と共に過ごすこともなく日々を送っている。  そのことを申し訳なく思っていた天照が漏らした言葉に、天宇受賣は無性に嬉しいと感じていた。  いいのですよ……と心で言う。  私が望んで、貴方様のそばに居るのですから。貴方様が私を認め必要とし、頼ってくださることが嬉しいのです。  口に出すことがはばかられる言葉のため、心の中で思う。  神格が違いすぎるため、本来は天宇受賣は天照の側近たり得ないのだ。  岩戸から出すことに成功した功績と、天照自身が気に入っているという理由で側仕えを許されている。  だから天照に頼られ必要とされることは、天宇受賣にとって喜び以外の何物でもない。  だから天宇受賣は、ゆったりとした足取りで倒れたままの月読のそばに歩いて行く天照の姿を優しい眼差しを向けたまま見送った。 「月読……我が妹よ、見事だな。これほどまでに練り上げるとは」  地面に膝をつき、辛うじて上体を起こしたままで荒い息を吐く月読の肩にそっと手を置いて、天照はその労をねぎらう。 「いいえ、姉君。まだです……まだ魂入たまいれの儀が残って……」 「案ずるな。お主がここまで仕上げてくれたのだから、あとは我が引き継ごう。ゆっくり休め」  月読に優しくそう語りかけると、天照は金色に輝く女性に近づいていき、何やら聞き慣れない鳥のさえずりにもにた柔らかで澄んだ音を口から発する。  それに合わせて天照の手から、七色に輝く光の球が現れて、それはゆっくりと金色の女性に吸い込まれるようにはいっていき、そして消えた。  次に天照は青白く輝く女性の前に立ち、やはり同じように光の球を与える。 「残るはあれか。これらの対となり、転生の鍵となる男子おのこか。いかにするかな」 「程なく来るかと思います、姉君に仕えし宮の敬虔なる者が、役に立ちたいと志願しております故」 「ほう……人であることを捨てると申すのか、その男子は。われらが形代と共に何度も巡る因果に関わるということは、それはもう人ではない存在になる。それを解っているというのか」 「はい……全てではありませんが、必要なことは伝え、それでも良いと言っております」  そう答えた月読は、一瞬だけ彼方を見やり小さな声で来たようですとだけ言い、左手で複雑な印を刻みながら手を大きく横に薙いだ。  その動きに合わさるかのように、天照と月読の目の前にぼんやりと白く輝く男の姿が現れた。  優しげな眼差しをした線の細い男であった。 「跡部あとべ氏の守代もりやと申します。御前を失礼いたします」  そう言うと男は地面に跪き頭を垂れた。 「この先、其方は通常の輪廻の輪から外れ、二度と人としての輪廻に戻ることは出来なくなります。そして神格を持たない貴方は、輪廻を繰り返してもその記憶を引き継ぐことは出来ません。我々にとってはさほど長くもない時間、されど人の身においては永劫にもにた長い時間を、因果が止まるまで繰り返すことになりますが、覚悟は出来ていますか」  月読がその覚悟を試すためなのか、かなり厳しい口調で男に言う。  男は一切の躊躇もなく、首肯した。   「貴方が共に過ごすのは、我々の神格の一部をその核としてはいますが、我々ではない存在。それでも貴方は共に過ごし支え合い、尽力すると誓えますか?」  今度は少し優しい声音で天照が問う。  やはり男ははいと即答した。 「解りました……では貴方にも刻印を」  そう言うと月読はフラフラと立ち上がり、右手で空中に何か文字を書く仕草をしたあと、男の否定に触れる。  神格を核として生み出された二人の女性と対になる刻印。  これがある限り、必ず同じ時代同じ場所にて巡り会うための印。  それを月読は男に刻み込んだのである。 「最後の仕上げは……あの男にこの書状を届け、目的のための下地を作らせることですね」  月読が天照を見つめて言う。  天照はそれに黙って頷き返す。  いよいよ動き始める。  この計画の成否と行く先はどのようになるのだろうか。  僅かばかりの不安と感じながら、しかし成功させるしかないと自分に言い聞かせ目を閉じる。  この先がどのように紡がれていくのか、行く先はどのような未来なのか。  神とてそれはわからないものだなと苦笑を浮かべ、それでも期待する天照はそっと月を見上げた。  ◇◇◇◇◇ 「ご苦労……下がって良いぞ」  男はそう言うと、太ももに頭を預けたまま目を閉じる。  俺の邪魔をするとは、相変わらず気に入らないやつだと内心毒づく。  姉から与えられた任を拒否し、母に会いたいと切望し、その罪を問われたことがある。  その弁明のために高天原にあがろうとしたら、姉に不満があるため武力を持って攻め上がってきたという根も葉もない噂が広まり、危うく命を失いかけたことがあった。  そしてその噂を広めたのが、忌々しい月読であると聞かされた。  姉のそばに侍り、俺を排除して姉を独占しようとする、忌々しい月読。  俺の事で根も葉もない悪行を振りまいて、姉との仲を引き裂いた極悪人と彼は思っている。  高天原にも、彼を慕う派閥があり、そこから色々と情報が流れてきていた。  もっとも、月読と天照は細心の注意を払って行動しているようで、詳細な情報は手に入らないが、それでも何かの動きがあることは解っていた。    何を考えているかは解らんが、月読の魂胆をすべて打ち砕き、そして芦原中津国の全てを掌握し、国津神の全てを姉上の支配下に置くことで、着せられた罪を雪ぎ、姉の隣に戻るのだと強く思う。  首を洗って待っていろ月読、今度こそ俺の勝ちだと心の中で暗い炎を燃え上がらせる。 「素戔嗚様、もうお酒はよろしいのですか」  太ももに乗せられた男の髪を優しく撫でながら女が声をかける。 「気が利くな櫛名田くしなだよ。そうだな前祝いとして飲む。お前もつきあえ」  そう言うと素戔嗚は上体を起こし、床にどっかりと座り込み大杯を手にして答えた。  自分が高天原に返り咲く姿を思い描き、豪快に笑いを発しながら彼は注がれた酒を痛飲した。      こうして全ての物語が始まる。  因縁と因果と思惑が複雑に絡まり合い、それぞれの思惑が更なる波乱を呼び、何度も繰り返す。  その物語がいよいよ始まろうとしていた。  そしてその行く先は。神たる彼らにも解らないままそれでも糸は紡がれ始めるのである。  



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「我らが神格を糧と成し、肉を纏いて人と成し、幾重にも重なる輪廻の輪、繰り返しいずるさだめを刻む」  高天原の外れ、天照の寝所のある区画にて、月読が舞い踊っている。  紡がれる言葉は鈴の音のような音を伴い、踊る仕草は風に揺れる稲穂のようにしなやかだった。  満天の星空、その中央に己こそが夜の支配者であると主張するように居座る満月。  月読が司り、その力の源とする月。  そんな彼女の様子を、天照は少し離れた場所から見ていた。  傍らに控える天宇受賣あめのうずめは、時折うっとりとした表情で月読の舞を見つめながら、黙って杯を差し出す天照に酒を注いでいた。  素戔嗚との一件があった際、何もかもがいやになり天岩戸に閉じこもった天照を、岩戸から引きずり出すために一計を案じて、また見事な舞を舞って見せたことから、芸事の神としてあがめられることもある立派な一柱の神でもあるのだが、不思議と天照と馬が合いその側近のようにそばに仕えている。  そんな芸事の神とも崇められ、見事な舞を舞った者として評される天宇受賣から見ても、今宵の月読の舞は見事であった。  濃紺の空に煌めく無数の星と、その星達を睥睨へいげいするかのように居座る月の光を受けて、全身を淡く輝かせている月読の、流れるようなしなやかな舞姿は、奇跡とも言えるほどの美しさを誇っている。 「そなたが見惚れるほどか?それほどのものなのか我が妹の舞は」 「左様でございます、私ごときが千年の修練を積んでも遠く及ばないかもしれませぬ」 「はは……、岩戸より我を引きずり出せし舞を行った其方が言うとはな。だが悔しいが見惚れてしまう」  杯に注がれた酒の香りを、軽く1度吸い込んだあと、その朱色の唇をそっと白い陶器の杯に触れさせ、天照はコクコクとその酒を喉に流し込む。 「今宵は……酒に酔うたか、舞に酔うたか、解らぬな……」  少し目を細めて天照はそう呟く。  そんな彼女の嬉しそうでいて誇らしげでもある横顔をみて、天宇受賣は心中で、相変わらず妹御を愛でておられる。天照様のこの愛情の深さが僅かばかりに妬ましやと思うのだった。  ピーンと空気が張り詰める。  辺りの空気が質量を持ったかのように、その場にいた三人を包む。  空気が変わったと天宇受賣は思った。  儀式が終わると天照は確信した。  踊り疲れたのか、地面に崩れ落ちた月読の両側に淡い光が姿を現す。  その光はゆっくりと人型に変わっていく。  月読の右に現れた光は、暖かさを感じさせる金色こんじきに光を放ちながらやがて女性の形へと変わっていく。  月読の左柄の光は、青白い輝きを発しながらやはり女性の形へと変化する。 「天照様……あれは……」  その光景を、瞬きすら忘れたように見つめていた天宇受賣が声を出す。 「我と妹の神格の一部を切り離して、魂の形を作り肉を与え人と成したのだ。この先の中津国で起こるであろう出来事に対しての対抗策として……の。それゆえ我と月読はしばらくの間、あまり動けぬようになる。細々とした用向きは全て任せるぞ天宇受賣」  天照の言う言葉の半分ほどしか、天宇受賣は理解していなかったが、何かの目的のために神格を持って人と成す儀式を行い、そしてそれによって喪失した神格が戻るまでの間はあまり動けないのだということは理解した。  しかし高天原はそんな天照の状況などお構いなく、日々忙しく動く世界である。  それらを天照の代役として、見事に裁いてくれと天照は天宇受賣に託したのだろう。 「貴方様を岩戸より出したのは私です、なればそのお力になるために全てを尽くすのは、私の役目です」  天宇受賣は天照に柔らかく微笑むと、はっきりとした口調でそう答えた。 「夫君ふくんとの逢瀬が遠のくな……すまぬ」  少し申し訳なさそうに眉尻を下げると、天照はそう言って薄く微笑む。    天宇受賣はその昔、瓊瓊杵尊ににぎのみことが地上に降りる際に、中津国から高天原へと向かってきた一柱の神と出会い。そしてその男神と夫婦になった。  その男神の名を猿田毘古さるたひこという。  猿田毘古は中津国の神として、地上にて活動をしており、天照の側近のように従う天宇受賣は夫と共に過ごすこともなく日々を送っている。  そのことを申し訳なく思っていた天照が漏らした言葉に、天宇受賣は無性に嬉しいと感じていた。  いいのですよ……と心で言う。  私が望んで、貴方様のそばに居るのですから。貴方様が私を認め必要とし、頼ってくださることが嬉しいのです。  口に出すことがはばかられる言葉のため、心の中で思う。  神格が違いすぎるため、本来は天宇受賣は天照の側近たり得ないのだ。  岩戸から出すことに成功した功績と、天照自身が気に入っているという理由で側仕えを許されている。  だから天照に頼られ必要とされることは、天宇受賣にとって喜び以外の何物でもない。  だから天宇受賣は、ゆったりとした足取りで倒れたままの月読のそばに歩いて行く天照の姿を優しい眼差しを向けたまま見送った。 「月読……我が妹よ、見事だな。これほどまでに練り上げるとは」  地面に膝をつき、辛うじて上体を起こしたままで荒い息を吐く月読の肩にそっと手を置いて、天照はその労をねぎらう。 「いいえ、姉君。まだです……まだ魂入たまいれの儀が残って……」 「案ずるな。お主がここまで仕上げてくれたのだから、あとは我が引き継ごう。ゆっくり休め」  月読に優しくそう語りかけると、天照は金色に輝く女性に近づいていき、何やら聞き慣れない鳥のさえずりにもにた柔らかで澄んだ音を口から発する。  それに合わせて天照の手から、七色に輝く光の球が現れて、それはゆっくりと金色の女性に吸い込まれるようにはいっていき、そして消えた。  次に天照は青白く輝く女性の前に立ち、やはり同じように光の球を与える。 「残るはあれか。これらの対となり、転生の鍵となる男子おのこか。いかにするかな」 「程なく来るかと思います、姉君に仕えし宮の敬虔なる者が、役に立ちたいと志願しております故」 「ほう……人であることを捨てると申すのか、その男子は。われらが形代と共に何度も巡る因果に関わるということは、それはもう人ではない存在になる。それを解っているというのか」 「はい……全てではありませんが、必要なことは伝え、それでも良いと言っております」  そう答えた月読は、一瞬だけ彼方を見やり小さな声で来たようですとだけ言い、左手で複雑な印を刻みながら手を大きく横に薙いだ。  その動きに合わさるかのように、天照と月読の目の前にぼんやりと白く輝く男の姿が現れた。  優しげな眼差しをした線の細い男であった。 「跡部あとべ氏の守代もりやと申します。御前を失礼いたします」  そう言うと男は地面に跪き頭を垂れた。 「この先、其方は通常の輪廻の輪から外れ、二度と人としての輪廻に戻ることは出来なくなります。そして神格を持たない貴方は、輪廻を繰り返してもその記憶を引き継ぐことは出来ません。我々にとってはさほど長くもない時間、されど人の身においては永劫にもにた長い時間を、因果が止まるまで繰り返すことになりますが、覚悟は出来ていますか」  月読がその覚悟を試すためなのか、かなり厳しい口調で男に言う。  男は一切の躊躇もなく、首肯した。   「貴方が共に過ごすのは、我々の神格の一部をその核としてはいますが、我々ではない存在。それでも貴方は共に過ごし支え合い、尽力すると誓えますか?」  今度は少し優しい声音で天照が問う。  やはり男ははいと即答した。 「解りました……では貴方にも刻印を」  そう言うと月読はフラフラと立ち上がり、右手で空中に何か文字を書く仕草をしたあと、男の否定に触れる。  神格を核として生み出された二人の女性と対になる刻印。  これがある限り、必ず同じ時代同じ場所にて巡り会うための印。  それを月読は男に刻み込んだのである。 「最後の仕上げは……あの男にこの書状を届け、目的のための下地を作らせることですね」  月読が天照を見つめて言う。  天照はそれに黙って頷き返す。  いよいよ動き始める。  この計画の成否と行く先はどのようになるのだろうか。  僅かばかりの不安と感じながら、しかし成功させるしかないと自分に言い聞かせ目を閉じる。  この先がどのように紡がれていくのか、行く先はどのような未来なのか。  神とてそれはわからないものだなと苦笑を浮かべ、それでも期待する天照はそっと月を見上げた。  ◇◇◇◇◇ 「ご苦労……下がって良いぞ」  男はそう言うと、太ももに頭を預けたまま目を閉じる。  俺の邪魔をするとは、相変わらず気に入らないやつだと内心毒づく。  姉から与えられた任を拒否し、母に会いたいと切望し、その罪を問われたことがある。  その弁明のために高天原にあがろうとしたら、姉に不満があるため武力を持って攻め上がってきたという根も葉もない噂が広まり、危うく命を失いかけたことがあった。  そしてその噂を広めたのが、忌々しい月読であると聞かされた。  姉のそばに侍り、俺を排除して姉を独占しようとする、忌々しい月読。  俺の事で根も葉もない悪行を振りまいて、姉との仲を引き裂いた極悪人と彼は思っている。  高天原にも、彼を慕う派閥があり、そこから色々と情報が流れてきていた。  もっとも、月読と天照は細心の注意を払って行動しているようで、詳細な情報は手に入らないが、それでも何かの動きがあることは解っていた。    何を考えているかは解らんが、月読の魂胆をすべて打ち砕き、そして芦原中津国の全てを掌握し、国津神の全てを姉上の支配下に置くことで、着せられた罪を雪ぎ、姉の隣に戻るのだと強く思う。  首を洗って待っていろ月読、今度こそ俺の勝ちだと心の中で暗い炎を燃え上がらせる。 「素戔嗚様、もうお酒はよろしいのですか」  太ももに乗せられた男の髪を優しく撫でながら女が声をかける。 「気が利くな櫛名田くしなだよ。そうだな前祝いとして飲む。お前もつきあえ」  そう言うと素戔嗚は上体を起こし、床にどっかりと座り込み大杯を手にして答えた。  自分が高天原に返り咲く姿を思い描き、豪快に笑いを発しながら彼は注がれた酒を痛飲した。      こうして全ての物語が始まる。  因縁と因果と思惑が複雑に絡まり合い、それぞれの思惑が更なる波乱を呼び、何度も繰り返す。  その物語がいよいよ始まろうとしていた。  そしてその行く先は。神たる彼らにも解らないままそれでも糸は紡がれ始めるのである。  



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