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陽奈美

30/68





 翌朝目が覚めた俺は、体がひどくだるいことに気づいた。  悪い夢でも見ていたのだろうか、全身が汗にまみれている。  何があったのかを思い出そうとしてみるが、記憶にもやがかかったかのように何も思い出せない。  緖美がいたような気がするのだけど、やはりよく思い出せない。  そもそも前日に、来訪を断っているのだから、緖美が来ることなどありえないかと苦笑を浮かべる。  俺はどれほど緖美に会いたいと思っているのだろうかと。  そう、俺は緖美にとても会いたいと思っている。  今まで散々、めんどくさい、厄介だと思っていたはずなのに、今は無性に緖美に会いたい。  会いたい、抱きしめたい、笑いあいたい。  キスしたい。  そんな気持ちがずっと胸の奥にある。  恋に落ちるのは一瞬ってよく漫画やラノベで言うけれども、本当なんだなと感じる。  俺はいつの間にか緖美がいとおしくて仕方ないようになってしまって居た。  緖美に惚れている。  彼女との恋に落ちてしまったんだと思う。  きっかけはわからないけど、もしかするとかいがいしく世話をしてくれたかもしれないし、まっすぐに思いを告げられたからかもしれないし、もっと他の理由かもしれないけど、今なら迷うことなく緖美の告白を受け入れることができる気がする。  ここでうだうだと考えていても仕方ないなと、俺はゆっくりとベッドから立ち上がった。  体が汗でべたべたしていて気持ち悪いから、シャワーでも浴びることにしよう。  二階の部屋から階段を降り浴室に向かおうとしていると、チャイムの音がした。  緖美か……と思って一瞬で鼓動が早くなる。  シャワーを浴びるつもりだったことも忘れて、慌てて玄関へと走りドアを開く。  そこにいたのは、見覚えのない女だった。  青みがかった黒髪を肩より少し上で切りそろえている緖美と違い、長い茶色がかった髪を腰の辺りまで伸ばした女だ。  目はやや大きめで目尻が少し下がっており、可愛らしい印象の顔立ちなのだけど、鼻筋は綺麗に通っており、美人だとは思う。  だが俺はこんな女に見覚えはない。 「あの……どちらさ」 「智春さま、お変わりはありませんか」  俺が相手の素性を聞こうとしたとき、同じタイミングで相手の女性も口を開いた。  なんでこの女は俺の名前を知っているんだろうかと、一瞬で心の中に猜疑が沸き上がる。 「誰ですか?なんで俺の名前を知っているんですか」  俺は目を細めて相手をにらむ。  口調はとげとげしくなっていることを自覚する。 「え……何をおっしゃっているのですか、稲森です。稲森陽女です。昨日お会いしたではないですか」 「……あの、馴れ馴れしくしないでくれませんか?俺はあなたを知らない」  俺は冷たい視線で相手をにらみつける。  どこの女かは知らないが、玄関先で言い合いをしているところを万が一にでも、緖美に見られたら困る。  浮気だと思われて嫌われたらどうしてくれるのだと、相手に対して怒りがわいてくる。 「何を……昨日お会いしたばかりなのに、何を……」  目の前の女は、目をいっぱいに見開いて俺の顔を凝視してくる。  唇はわなわなと震えている。  いったいなんだというのだろうか、いい加減にシャワーを浴びたいし早く帰ってくれないかと思う。 「あの、用がないなら帰ってくれませんか。俺はシャワーを浴びたんですが」 「……智春様、貴方は……まさか」  女の手が俺の顔へと伸びてくる、俺は無意識にその手を払いのけようとするが、相手の手の方がわずかばかり早かった。  女の手が俺の頬に触れ、俺はそこが焼けるように熱く感じて、思わず声を上げてしまう。 「まさか……邪紋じゃもん!?これほど高度な紋を刻む相手……いったい誰が」  陽女と名乗った女が、なにやらぶつぶつ言っているが、俺はそんなものを聞いている余裕はなかった。  熱と痛み、頬が直接火で焼かれているような感覚に耐え切れず叫び声をあげて暴れようとしてしまう。 「あと少しだけ、あと少しで解けますから!」 「うああああ……痛い……痛い……」 「すみません……ほんとうに、でもこうしないと解けないのです……」  叫び声をあげて暴れる俺、謝りながらも俺を押さえつけて、頬から手を放そうとしない女。  痛みで意識が遠のきそうになった時、また別の女の声が聞こえた。 「せっかく刻んだのに、解かれてしまっては非常に困るのだけど……」 「あ、あなたは……この邪紋はあなたが刻んだのですか!こんな邪法を…」 「ふぅん……一応、大物は釣れたけれど……でも狙っていたものではないわね」 「あなたは一体何を!」 「本命は……あなたの妹だったのだけど、まぁいいわ、貴方でも十分に目的は果たせるでしょうから」  俺にはよくわからないやり取りが繰り広げられる中、俺は不思議とほほの痛みが消えたことに気が付く。  閉じていた眼を開くと、青ざめた顔で奥の方をみている陽女と名乗る女の姿があった。 「そん……な……、守藤はそこまで……」 「ほんとうに……あなたたちは邪魔なのよね。私の、そして守藤の悲願の邪魔はしてほしくないの」 「だからといって、智春様は関係ないでしょう!」 「紫眼が……関係ないですって?耄碌したのかしら”陽奈美”」  陽奈美という単語を聞いた瞬間、あからさまに陽女の様子がおかしくなる。  さっと頬に朱が走り、目にもとまらぬ動作で俺から離れ大きく後ろに跳躍し、何かに備えるように身構える。  俺はもう一人の声の主の姿を確認しようと、家の奥へと視線を向けると、そこにいたのは緖美だった。  しかし緖美は、俺も見たこともないような獰猛な表情を浮かべていた。  そんな緖美と俺の視線が交差する。  すると緖美はいつもの、俺の大好きなふわっとした笑みを浮かべてくれた。 「私と智春の愛を邪魔する女狐なのよ、その女は。だから私たちの邪魔をしないように懲らしめないといけないの」 「何をバカなことを言っているのですか!智春さまは私が守ります。過去の因縁に彼を巻き込まないで」    激しい口調で陽女が緖美に向かって言い放つ。  しかしそんな事を意にも介していないように、緖美は俺を見て微笑みを浮かべたまま口を開いた。 「ね……智春、この邪魔者は要らないわよね。私とあなたが愛し合うためにこの邪魔者を排除しましょう」  その言葉を聞いた途端、俺の中に何か黒い感情が沸き上がってきた。  怒りなのか、体を突き動かす衝動にあらがうことも出来ず、俺は陽女をにらみつけたまま立ち上がる。 「智春さま、正気を保ってください!操られてはいけない」  陽女が何か言ってくるけれど、知ったことではない。  俺と緖美の愛を邪魔するものは、全員消えればいいと心の底から思う。 「ねぇ……陽奈美だったモノ、そんな残りかすのようなあなたに、1つだけ提案してあげる。ここで私たちに駆除されるのと、私たちの味方になってずっと彼を独り占めしてきた、月音を消し去るのとどちらがいい?」 「何をわけのわからないことを。あなたのような邪法に手を染めたものの言うことを聞いて、大事な妹を裏切るなどするはずが」 「いつまで、いい子を続けるつもりなの?それであなたは報われた?いつも、いつも、いつも彼の愛を独占し、彼の横に立ち続けたあの女を、本当に大切な妹だと思っているの?」 「あなたに……守藤のあなたに、他人のあなたに、私たち姉妹の何がわかるというのですか!」  緖美の言葉が逆鱗に触れてしまったのか、陽女はそれまでの穏やかな色を完全に消し去り、全身が炎に包まれているのかと思うほどの激しい気迫をみなぎらせた。  しかしそんな彼女の様子に、緖美は一切ひるむことはなかった。  もちろん俺も、大切な緖美を守るために、相手の動きをじっと観察する。 「あは……あははは……あはははは、あなた本当に言っているの?本当にそう思っているの?」 「何がおかしいのですか!妹と私の事について、貴方に何がわかるというのですか!」 「もちろん分かるわよ……善人の皮をかぶって自分をごまかしているあなた以上にわかっているわ」 「何を、何をわけのわからないことを!」  激昂する陽女をみても、余裕の姿勢を崩すことなく緖美は答えていた。  いつの間にかその表情には、陽女に対するあざけりの色すら浮かんでいる。  緖美はゆっくりとした動作で、陽女を確認するように、値踏みするように見た後、口の端をゆがめた。    「分かるわよ……だって私は……私こそが……あなたのような残りかすではない、本当の陽奈美だもの」



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陽奈美

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 翌朝目が覚めた俺は、体がひどくだるいことに気づいた。  悪い夢でも見ていたのだろうか、全身が汗にまみれている。  何があったのかを思い出そうとしてみるが、記憶にもやがかかったかのように何も思い出せない。  緖美がいたような気がするのだけど、やはりよく思い出せない。  そもそも前日に、来訪を断っているのだから、緖美が来ることなどありえないかと苦笑を浮かべる。  俺はどれほど緖美に会いたいと思っているのだろうかと。  そう、俺は緖美にとても会いたいと思っている。  今まで散々、めんどくさい、厄介だと思っていたはずなのに、今は無性に緖美に会いたい。  会いたい、抱きしめたい、笑いあいたい。  キスしたい。  そんな気持ちがずっと胸の奥にある。  恋に落ちるのは一瞬ってよく漫画やラノベで言うけれども、本当なんだなと感じる。  俺はいつの間にか緖美がいとおしくて仕方ないようになってしまって居た。  緖美に惚れている。  彼女との恋に落ちてしまったんだと思う。  きっかけはわからないけど、もしかするとかいがいしく世話をしてくれたかもしれないし、まっすぐに思いを告げられたからかもしれないし、もっと他の理由かもしれないけど、今なら迷うことなく緖美の告白を受け入れることができる気がする。  ここでうだうだと考えていても仕方ないなと、俺はゆっくりとベッドから立ち上がった。  体が汗でべたべたしていて気持ち悪いから、シャワーでも浴びることにしよう。  二階の部屋から階段を降り浴室に向かおうとしていると、チャイムの音がした。  緖美か……と思って一瞬で鼓動が早くなる。  シャワーを浴びるつもりだったことも忘れて、慌てて玄関へと走りドアを開く。  そこにいたのは、見覚えのない女だった。  青みがかった黒髪を肩より少し上で切りそろえている緖美と違い、長い茶色がかった髪を腰の辺りまで伸ばした女だ。  目はやや大きめで目尻が少し下がっており、可愛らしい印象の顔立ちなのだけど、鼻筋は綺麗に通っており、美人だとは思う。  だが俺はこんな女に見覚えはない。 「あの……どちらさ」 「智春さま、お変わりはありませんか」  俺が相手の素性を聞こうとしたとき、同じタイミングで相手の女性も口を開いた。  なんでこの女は俺の名前を知っているんだろうかと、一瞬で心の中に猜疑が沸き上がる。 「誰ですか?なんで俺の名前を知っているんですか」  俺は目を細めて相手をにらむ。  口調はとげとげしくなっていることを自覚する。 「え……何をおっしゃっているのですか、稲森です。稲森陽女です。昨日お会いしたではないですか」 「……あの、馴れ馴れしくしないでくれませんか?俺はあなたを知らない」  俺は冷たい視線で相手をにらみつける。  どこの女かは知らないが、玄関先で言い合いをしているところを万が一にでも、緖美に見られたら困る。  浮気だと思われて嫌われたらどうしてくれるのだと、相手に対して怒りがわいてくる。 「何を……昨日お会いしたばかりなのに、何を……」  目の前の女は、目をいっぱいに見開いて俺の顔を凝視してくる。  唇はわなわなと震えている。  いったいなんだというのだろうか、いい加減にシャワーを浴びたいし早く帰ってくれないかと思う。 「あの、用がないなら帰ってくれませんか。俺はシャワーを浴びたんですが」 「……智春様、貴方は……まさか」  女の手が俺の顔へと伸びてくる、俺は無意識にその手を払いのけようとするが、相手の手の方がわずかばかり早かった。  女の手が俺の頬に触れ、俺はそこが焼けるように熱く感じて、思わず声を上げてしまう。 「まさか……邪紋じゃもん!?これほど高度な紋を刻む相手……いったい誰が」  陽女と名乗った女が、なにやらぶつぶつ言っているが、俺はそんなものを聞いている余裕はなかった。  熱と痛み、頬が直接火で焼かれているような感覚に耐え切れず叫び声をあげて暴れようとしてしまう。 「あと少しだけ、あと少しで解けますから!」 「うああああ……痛い……痛い……」 「すみません……ほんとうに、でもこうしないと解けないのです……」  叫び声をあげて暴れる俺、謝りながらも俺を押さえつけて、頬から手を放そうとしない女。  痛みで意識が遠のきそうになった時、また別の女の声が聞こえた。 「せっかく刻んだのに、解かれてしまっては非常に困るのだけど……」 「あ、あなたは……この邪紋はあなたが刻んだのですか!こんな邪法を…」 「ふぅん……一応、大物は釣れたけれど……でも狙っていたものではないわね」 「あなたは一体何を!」 「本命は……あなたの妹だったのだけど、まぁいいわ、貴方でも十分に目的は果たせるでしょうから」  俺にはよくわからないやり取りが繰り広げられる中、俺は不思議とほほの痛みが消えたことに気が付く。  閉じていた眼を開くと、青ざめた顔で奥の方をみている陽女と名乗る女の姿があった。 「そん……な……、守藤はそこまで……」 「ほんとうに……あなたたちは邪魔なのよね。私の、そして守藤の悲願の邪魔はしてほしくないの」 「だからといって、智春様は関係ないでしょう!」 「紫眼が……関係ないですって?耄碌したのかしら”陽奈美”」  陽奈美という単語を聞いた瞬間、あからさまに陽女の様子がおかしくなる。  さっと頬に朱が走り、目にもとまらぬ動作で俺から離れ大きく後ろに跳躍し、何かに備えるように身構える。  俺はもう一人の声の主の姿を確認しようと、家の奥へと視線を向けると、そこにいたのは緖美だった。  しかし緖美は、俺も見たこともないような獰猛な表情を浮かべていた。  そんな緖美と俺の視線が交差する。  すると緖美はいつもの、俺の大好きなふわっとした笑みを浮かべてくれた。 「私と智春の愛を邪魔する女狐なのよ、その女は。だから私たちの邪魔をしないように懲らしめないといけないの」 「何をバカなことを言っているのですか!智春さまは私が守ります。過去の因縁に彼を巻き込まないで」    激しい口調で陽女が緖美に向かって言い放つ。  しかしそんな事を意にも介していないように、緖美は俺を見て微笑みを浮かべたまま口を開いた。 「ね……智春、この邪魔者は要らないわよね。私とあなたが愛し合うためにこの邪魔者を排除しましょう」  その言葉を聞いた途端、俺の中に何か黒い感情が沸き上がってきた。  怒りなのか、体を突き動かす衝動にあらがうことも出来ず、俺は陽女をにらみつけたまま立ち上がる。 「智春さま、正気を保ってください!操られてはいけない」  陽女が何か言ってくるけれど、知ったことではない。  俺と緖美の愛を邪魔するものは、全員消えればいいと心の底から思う。 「ねぇ……陽奈美だったモノ、そんな残りかすのようなあなたに、1つだけ提案してあげる。ここで私たちに駆除されるのと、私たちの味方になってずっと彼を独り占めしてきた、月音を消し去るのとどちらがいい?」 「何をわけのわからないことを。あなたのような邪法に手を染めたものの言うことを聞いて、大事な妹を裏切るなどするはずが」 「いつまで、いい子を続けるつもりなの?それであなたは報われた?いつも、いつも、いつも彼の愛を独占し、彼の横に立ち続けたあの女を、本当に大切な妹だと思っているの?」 「あなたに……守藤のあなたに、他人のあなたに、私たち姉妹の何がわかるというのですか!」  緖美の言葉が逆鱗に触れてしまったのか、陽女はそれまでの穏やかな色を完全に消し去り、全身が炎に包まれているのかと思うほどの激しい気迫をみなぎらせた。  しかしそんな彼女の様子に、緖美は一切ひるむことはなかった。  もちろん俺も、大切な緖美を守るために、相手の動きをじっと観察する。 「あは……あははは……あはははは、あなた本当に言っているの?本当にそう思っているの?」 「何がおかしいのですか!妹と私の事について、貴方に何がわかるというのですか!」 「もちろん分かるわよ……善人の皮をかぶって自分をごまかしているあなた以上にわかっているわ」 「何を、何をわけのわからないことを!」  激昂する陽女をみても、余裕の姿勢を崩すことなく緖美は答えていた。  いつの間にかその表情には、陽女に対するあざけりの色すら浮かんでいる。  緖美はゆっくりとした動作で、陽女を確認するように、値踏みするように見た後、口の端をゆがめた。    「分かるわよ……だって私は……私こそが……あなたのような残りかすではない、本当の陽奈美だもの」



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