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乱れ絡まる時

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 建物が倒れるかと思うほどの振動と衝撃、そして豪快な音が立ち上がり、清忠は足を止める。  音がした場所が容易に想像できたので、彼はその場所に急いで向かう。  そこは予想通り、守藤家の最奥にある秘密の祭壇であった。  いや正しくは、秘密の祭壇があったであろう場所と言うべきだろうか。  今そこはただの空洞になっていた。  その空洞の中心に男が立っていた。  見慣れたあの軽薄そうな姿ではない。  上半身は裸になっており、肩や胸など至る所に重厚な筋肉のついた姿だ。  髪も普段の赤茶けた色合いではなく、金色に光を放っている。 「やられた……よもやこのような事態を招くとは。ふは……ふははは、少しばかり軽視しすぎたかあの男を」  男は額に手を当てて、高笑いをする。 「俺の読み違えか……それとも守藤よ、うぬらの仕掛けの甘さか」  男の視線がゆっくりと入り口に向けられ、その鋭い視線が清忠を捉える。  その視線に射貫かれて、恐怖を感じたのか清忠は素早くその場に平伏する。  男が何故、怒りを示しているのか解らないが、そうしなければ殺されるという認識だけはあった。 「言霊が外れたよ……お前達が仕掛けた、緖美という縛りが、あっさりと、容易く、解かれたよ」 「まさかその様な……あれは深層にまで深く食い込ませた暗示、容易く解けるものでは」 「愚かだな……、まぁそれを指摘しなかった俺も愚かか。お前らはあいつの真名を消し去っていなかった。その真名をあの男が告げ、そして緖美の縛りから解放した。」  男の声の温度が下がる。  辺りの空気ごと凍てつかせるような冷たい声。 「このまま、あの神社ごと向こうと繋げてやろうとしたが……鍵となる緖美が消えてしまってそれも出来ない。この失態、どうやって収拾を付けるつもりだ守藤よ。」   「まさか……いや、いくらあの男でも、紫眼であっても、緖美の真名を知ることなど出来るはずが……」  清忠はもう守藤家当主というおのれの立場すら忘れていた。  ただ絶対的恐怖の対象である男に対して、必死に頭を垂れて言い訳をすることしか出来ない。 「さぁな、いかなる仕掛けを用いたのか、あるいは月が手を回したか。それは俺にも解らん。だが結果として真名を残していたからこそ、緖美は呪縛から離れてしまった。そして計画も狂ってしまった」    男の視線が清忠に吸い付いたように離れない。  ゆっらりとその巨体が揺れて、ゆっくりと男が清忠の方へと歩いてくる。 「もう……いいよ。お前の役割は終わりだよ、守藤。最初は高天原に尻尾を振り、根の国と中津国を隔てるための策を弄し、旗色が変われば根の国である俺たちと手を結び生きながらえようとする……」  男の歩みは消して早くはないのだが、それでも確実に清忠の方へと近づいている。  その気配に完全に気圧されてしまい、守藤清忠は身動き一つ取ることができず震えている。 「そんなお前達でも、モノの役には立つかと思って契約してやったが、よもやよもや……このような重要な局面でこれほど大きな失態を演じるとはな。もはやお前達と組む必要はなくなった」  男が清忠の目の前に立つ。  恐怖で頭を上げることが出来ない清忠も、気配でそれは感じていた。 「我らは長きにわたり盟約を交わして、共に協力してきた間柄、何卒お慈悲を」 「その盟約が必要なくなったのだ。何の慈悲をかける必要がある」  震える声で哀訴する清忠に、至極冷静に冷たい声で答える。 「……ふむ、結果的には何も成しては居なかったとは言え、今までご苦労だった……とでも言えば良いか?」  男は目の前で、無様に低頭する清忠を見落として、底冷えするような声で問う。 「最後に一つ教えておこう。俺は月が大嫌いだがな……状況に応じて寝返る奴が一番嫌いなんだ」  男の手がゆっくりと伸ばされて、清忠の頭を掴む。 「利用価値があったから盟を結び、力添えもした。だが……もうそれも必要ない。さらばだ」  ぐちゃりと何かが潰れる音が、その場に響きその後なにかが地面に倒れる音が起こり、やがて無音になった。 「さて……俺が直々に足を運ばねばならないか……。全く手間をかけさせる。やはり俺はお前が嫌いだよ月読」  冷え冷えとした声で男がそう呟いたあと、闇と静寂がその場を支配した。  



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