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月を愛で夜に遊ぶ

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「ええ、私でよろしければ是非に。私の名前を冠するものを主様と共にめでることができるなんて、幸せでございます。」  夕日の加減だけではないだろう、頬をうっすらと種に染めて月音は頷いてくれた。  そんな月音の仕草、そして横顔を見ていると、やはりこの娘を選んでよかったなと、しみじみとそう思えた。  その後少し早めの夕餉を終えると、私は家僕かぼく女官にょかんに、少し月を愛でてくるとだけ告げ て、月音を伴って正殿より外に出かける。    宵宴と契を終えた私たちは、黄泉坂祭よみさかまつりの本祭までは比較的自由に行動することができる。  そのため、取り立ててとがめだてされる事もなく、すんなりと出かけることができた。  右手に行灯あんどんを持ち、左手で月音の白い手を握る。 「足下に気をつけなさい。」  私が優しい声でそういうと、月音は小さく頷いた。  だが何故だろうか、月音の表情がわずかばかり強張っているのが気になる。  薄暮の時間が過ぎたといっても、まだ暗闇と呼ぶほどでもない明るさをかろうじて留めているのに、何をそれほどに気にしているのだろうか。    小さな疑問が湧き上がるが、今それを問いただす必要もないだろうと、私は月音の歩く速さに気を遣いながら進んでいく。  森を奥に進めば進むほどに、月音の歩みは遅くなり、つないだ手が小刻みに震えていることが気になる。 「月音、どうしたのだ?怖いのか。もしそうなら引き返しても…」 「主様…姉様に聞いたのですか…」  私の言葉に被せるかのように月音が言葉を発した。  いつもの弱々しく控えめな月音の声音ではない。  何か心を定めたかのような、強くしっかりとした声だった。  姉に聞いた…という疑問を持つということは、月音も黄泉坂祭の本当の儀式とやらを知っているのだろう、だから今私たちがどこに向かおうとしているかもわかっているのだろう。 「明かされていない本当の儀式がある事、そして契りを結ぶことが本当の儀式の下準備であるとしか聞いていない。そして月音を本当に大切に思うなら、今宵二人で来るようにと言われた。」 「そう…ですか、姉様はそこまで話したのですね。」  月音の顔がさらに暗く沈み込んだ表情へと変わる。 「姉様も、主様の魂を…でも、それは禁忌きんきに触れること…でも…」  月音が小さな声で、何かをつぶやいているが私はほとんど聞き取ることができなかった。  聞き返そうかと一瞬悩んだが、その声は寧ろ月音自身が自分に言い聞かせるかのような色を含んでいたため、私はどうしても尋ねることが出来ずにいた。  その後も、月音の足取りはやはり重く、それに加えて何かを思案している様子でもあり、私たちがあの大木のと頃にたどり着いた頃には行灯の明かりすらも頼りなく感じるほどの闇があたりを包んでいた。  月音の表情をうかがい知る事は出来なかったが、つながれた手が強く握られていることから、かなり緊張していることが伝わってくる。  今宵ここに来るようにといわれたのだが、特に何か変わったところもないように感じて、私は周囲を伺うように視線を巡らす。  その時に、視界の隅に白いモヤのような何かが写った。  万が一に備えて、私は月音を背中で庇うように位置を変える。  しかし月音はとても落ち着いていた。 「姉様…そこにおられるのですね。月音が参りました。」  いつもの小さく、柔らかな月音の声だった。  その声につられるように、大木の脇から白い装束を身にまとった陽奈美がゆっくりと歩み出てきた。 「月音…」  優しい声音で陽奈美が微笑みかける。  闇の中で行灯の温かみのある光に照らされた陽奈美はどこか神秘的に見えた。 「主様に、すべてを話すのですか…それは姉様の命を危険にする行為です。私は大丈夫ですから…姉様、もう何度も繰り返してきたことですから。」  月音の声が震えていた。  大丈夫と何度も繰り返してきたことだからという言葉とは裏腹に、強い悲しみと行き場のない苦しみがその声から溢れていた。 「主様…本祭の時しか、すべてをご覧に入れることはかないませぬ、なれど今お話しできるすべてをお話しします。お覚悟を決めていただけますか。」  見たこともない冷たい目で私を見つめた陽奈美がそういった。



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「ええ、私でよろしければ是非に。私の名前を冠するものを主様と共にめでることができるなんて、幸せでございます。」  夕日の加減だけではないだろう、頬をうっすらと種に染めて月音は頷いてくれた。  そんな月音の仕草、そして横顔を見ていると、やはりこの娘を選んでよかったなと、しみじみとそう思えた。  その後少し早めの夕餉を終えると、私は家僕かぼく女官にょかんに、少し月を愛でてくるとだけ告げ て、月音を伴って正殿より外に出かける。    宵宴と契を終えた私たちは、黄泉坂祭よみさかまつりの本祭までは比較的自由に行動することができる。  そのため、取り立ててとがめだてされる事もなく、すんなりと出かけることができた。  右手に行灯あんどんを持ち、左手で月音の白い手を握る。 「足下に気をつけなさい。」  私が優しい声でそういうと、月音は小さく頷いた。  だが何故だろうか、月音の表情がわずかばかり強張っているのが気になる。  薄暮の時間が過ぎたといっても、まだ暗闇と呼ぶほどでもない明るさをかろうじて留めているのに、何をそれほどに気にしているのだろうか。    小さな疑問が湧き上がるが、今それを問いただす必要もないだろうと、私は月音の歩く速さに気を遣いながら進んでいく。  森を奥に進めば進むほどに、月音の歩みは遅くなり、つないだ手が小刻みに震えていることが気になる。 「月音、どうしたのだ?怖いのか。もしそうなら引き返しても…」 「主様…姉様に聞いたのですか…」  私の言葉に被せるかのように月音が言葉を発した。  いつもの弱々しく控えめな月音の声音ではない。  何か心を定めたかのような、強くしっかりとした声だった。  姉に聞いた…という疑問を持つということは、月音も黄泉坂祭の本当の儀式とやらを知っているのだろう、だから今私たちがどこに向かおうとしているかもわかっているのだろう。 「明かされていない本当の儀式がある事、そして契りを結ぶことが本当の儀式の下準備であるとしか聞いていない。そして月音を本当に大切に思うなら、今宵二人で来るようにと言われた。」 「そう…ですか、姉様はそこまで話したのですね。」  月音の顔がさらに暗く沈み込んだ表情へと変わる。 「姉様も、主様の魂を…でも、それは禁忌きんきに触れること…でも…」  月音が小さな声で、何かをつぶやいているが私はほとんど聞き取ることができなかった。  聞き返そうかと一瞬悩んだが、その声は寧ろ月音自身が自分に言い聞かせるかのような色を含んでいたため、私はどうしても尋ねることが出来ずにいた。  その後も、月音の足取りはやはり重く、それに加えて何かを思案している様子でもあり、私たちがあの大木のと頃にたどり着いた頃には行灯の明かりすらも頼りなく感じるほどの闇があたりを包んでいた。  月音の表情をうかがい知る事は出来なかったが、つながれた手が強く握られていることから、かなり緊張していることが伝わってくる。  今宵ここに来るようにといわれたのだが、特に何か変わったところもないように感じて、私は周囲を伺うように視線を巡らす。  その時に、視界の隅に白いモヤのような何かが写った。  万が一に備えて、私は月音を背中で庇うように位置を変える。  しかし月音はとても落ち着いていた。 「姉様…そこにおられるのですね。月音が参りました。」  いつもの小さく、柔らかな月音の声だった。  その声につられるように、大木の脇から白い装束を身にまとった陽奈美がゆっくりと歩み出てきた。 「月音…」  優しい声音で陽奈美が微笑みかける。  闇の中で行灯の温かみのある光に照らされた陽奈美はどこか神秘的に見えた。 「主様に、すべてを話すのですか…それは姉様の命を危険にする行為です。私は大丈夫ですから…姉様、もう何度も繰り返してきたことですから。」  月音の声が震えていた。  大丈夫と何度も繰り返してきたことだからという言葉とは裏腹に、強い悲しみと行き場のない苦しみがその声から溢れていた。 「主様…本祭の時しか、すべてをご覧に入れることはかないませぬ、なれど今お話しできるすべてをお話しします。お覚悟を決めていただけますか。」  見たこともない冷たい目で私を見つめた陽奈美がそういった。



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