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俺達と女の子達が城に無事到着して作戦の実行と『男の娘ゲーム』をする話(4/4)

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 王は親書を読み終えると、シンシアにそれらを処分するよう命じた。  取るに足らない内容だった、というわけではなく、単に最高機密文書で、保存しておくリスクの方が高かったからだ。すでに王の頭の中には完全に入っているだろう。  シンシアは、ここでは魔法を使いたくないから、報告会後に処分すると返答した。この軟禁状態が『捕らえられた』と判断されると、たとえ精神系の魔法でなくても、詠唱や発動が自害のトリガーになりかねないからだ。  誰に催眠魔法がかけられているかは分からない。だからこそ、シンシアは魔導士団長に対してだけは、即座に斬り殺すと言った。かと言って、軟禁しないとスパイに自由に動かれてしまう。現状をどのように解決するかまでは流石に想像できないだろうが、一日経てば解決することだけは分かる。  つまり、すでに全容をほとんど物語っているのだが、シンシアの返答を聞いて、現時点でそれに辿り着くことができる人物は、間違いなく有能だろう。  この時間を使って、報告会を行わないのも、シンシアへの反論からスパイが炙り出されて、勝手に追い詰められる可能性があるし、このような状態では、まともな議論も判断もできないからだ。 「シンシア、時間を潰すための雑談はしてもいいか?」  玉座の方から声がした。これまでとは別の声なので、宰相だろう。すでに全員に椅子が配られ、腰掛けている。 「私とだけならかまいません。他者との会話は禁止です。また、政務にかかわることはお控えください」 「分かった。私の娘達とレドリー辺境伯の屋敷で会ったと思うが、楽しんでいたかな? 家に帰る時間がなくて、まだ報告を聞いてなくてな」 「はい。アリサ様、サリサ様とは、パーティー翌日の食事中にお話ししましたが、最高の時間を過ごせたとおっしゃっていました。私に対しても、親身に接していただきました。  また、お父様に『良い報告』ができるとおっしゃっていました。もちろん、私はその内容を知っています。楽しみにお待ちください」 「それは良かった。実に楽しみだな。レドリー辺境伯のパーティーには最近招待されていなくてなぁ。私と政務のことを気遣っているのだろうが、あのパーティーに一度参加した者なら何度だって行きたいと思うのは当然だろう? 特に今回は、碁の達人同士の余興があり、盛り上がったというではないか。そのような聡明な者達とは、一度話してみたいと思っている。きっと面白い話が聞けるのではないかな。どう思う?」  宰相……パルミス公爵のこの会話、妙だな。アリサちゃん達が楽しんでいたかは知らなくて、碁が盛り上がったことは知っているのか。決して矛盾する話ではないが、達人と一度話してみたいという話も、わざわざシンシアに意見を聞くようなことだろうかと思ってしまう。話がチグハグで、別の意図さえ感じる。 「そうですね……。それでは今度、その一方と、面白い話ができる人、計二人をご紹介します。それと、これは私の話ですが、私も面白そうな者を二人見つけたので、もう少し話してみたいと思いました。おそらく、仲良くなれると思います」  いや、この会話は難しすぎる。パルミス公爵の話し方の癖を、シンシアが普段から知っていないと会話が成り立たないレベルだ。 「お兄ちゃん、これ、パルミス公爵が言いたいことって、要は財務大臣に代わる優秀な人を知っていたら教えろってこと?」 「よく分かったな。多分そうだ。ただ、おそらく財務大臣に限らないと思う。碁で対局した達人は『二人』だからな。これを機に、大臣にメスを入れることにしたという宣言だろう。  それに対して、シンシアはエトラスフ伯爵の息子とウィルズを紹介することにした。そして、それとは別に、大聖堂の警備兵二人を騎士にするために動くと宣言した。流石に、パルミス公爵側はシンシアの宣言を全て読み取れるわけではない。  いずれにしても、雑談に見せかけて、その中に一見の矛盾を含ませることで、別の意図があることを示唆し、シンシアの意見と今後の動きを聞いた。完全に政務の話題だ。  アリサちゃん達の理解力が優れていることにも納得できるよ。普段からこんな会話をしていたら鍛えられるというものだ。  そして、もう一つ目的があるな。頭のキレる優秀な者を見極めるために、この会話術を使っているはずだ。すぐに理解できなくても、あとで分かれば問題なしという感じだろう。最終的に理解できなくても別に良くて、あくまで一つの評価項目でしかない。他が良ければそれで良しというスタンス。そうじゃないと、みんなから嫌われているはずだし、真っ当な評価にならずに、部下のモチベーションを下げてしまうからな。  まあ、多少ひねくれてはいるが、レドリー辺境伯とは同方向別ベクトルの完全な愛国者だよ」 「多少かなぁ……」  ゆうがパルミス公爵の性格に疑問を抱いていると、王が咳払いをした。 「シンシア、私もよいか? その碁の達人についてだが、その内の一人が、碁の発明者か、その関係者なのではないかと、パルミス公爵と話していた。  発明者の素性を知りたいのは山々だが、本人がそれを望まないのであれば仕方ない。ただ、その者はボードゲーム以外の競技や娯楽も発明できるのではないかと私達は考えている。  例えば、今のような状況に置かれた場合に行えるものだ。距離を保ちつつ、会話またはシンプルな道具のみで成立するものとかな。  もし、何か発明できたのであれば、アイデアを募集していない時でも、パルミス公爵宛にいつでも送ってほしいのだ。シンシアやレドリー辺境伯がその者と知り合いで、次に会う機会があれば、是非私達の意を伝えてほしい」  ボードゲームのアイデアを募集していた『とある公爵』はパルミス公爵だったか。何かどんどんと事実が明らかになっていくが、それほど重要でないことも明らかになっているのは気のせいだろう。 「はっ! かしこまりました……とは申したものの、実は雑談の中で一つだけ、すでにアイデアを聞いております」 「何! まことか!」 「おお!」  王とパルミス公爵が歓喜していた。パーティー前の雑談で俺達が挙げた『アレ』を教えるのか。 「それは、『男の娘ゲーム』と呼びます。最低五人以上の複数人の会話で進行していくゲームで、設定もあります。  純粋な『少年』だけの村に、一人だけ女装に目覚めた少年の『男の娘』が紛れています。他の少年達の内、一人だけを毎夜襲い、女に目覚めさせ、翌朝、女を求めて旅に出るように仕向けます。  その後、少年達は全員で、夜までに誰が『男の娘』かを会議して、投票による多数決をとり、他者を唆す汚れた者として、一人だけをその村から追放します。追放された人は恨み節を述べることができます。 『男の娘』をすべて追放できれば『少年サイド』の勝利です。誰が誰に投票したかは、その人が宣言しない限り公開されませんが、その時のルールによっては一斉公開してもかまいません。前者は面倒ですが、より駆け引きが増します。ルールを柔軟に設定できるのも面白いところですね。  投票数が同じ場合は、その人達で弁明後、決選投票となります。『少年』と『男の娘』が同数になった時点で、『男の娘サイド』の勝利です。  少年達には、役職が設定されており、  一人だけ指名して『男の娘』が誰かを夜に見破ることができる『専門家』、  同様に、少年を守ることができる『人格者』、  『男の娘』が二人以上の場合には、旅に出た少年が『男の娘』だったかどうかを判別できる『未練者』、  『男の娘』の味方で『専門家』や『未練者』からは『少年』と認識される『同志』です。『同志』は『男の娘』が最終的に勝利すれば、自分も勝利となります。  『男の娘』や役職の数は、参加人数によって増減させてかまいません。七人であれば『男の娘』を二人にして、『同志』をゼロ人。十二人であれば『同志』を一人増やすといいでしょう。『男の娘』が複数人の場合は、ターゲットを投票で決めます。  進行役が必要なので、内容を熟知している人が担当することになります。役職付きは真っ先に『男の娘』に狙われるので、自分の役職を宣言するかが駆け引きとなります。『男の娘』は『少年』や役職を偽ります。一日目は襲わないというルールが初心者向けらしいです。一日目をゼロ日目と呼ぶ場合もあります」  以前、俺とゆうが、いわゆる『人狼ゲーム』をマイルドに現代アレンジするとしたらどうするかを議論したことがあり、最終的に決定したのが、シンシアが説明した設定だ。  この設定の面白いところは、『少年』が『男の娘』に目覚める余地を残しているところだ。オリジナルの設定では、参加者は殺されてゲームから排除される他ないが、『男の娘ゲーム』では、そのまま続けられるようにもできる。  村からの追放を行わないようにすることもでき、代わりに『危険人物』の烙印を押される。『危険人物』は、その理不尽な決定に怒りを覚えて、思慮が浅い少年達への復讐心から、『男の娘』に目覚めることもできるし、納得がいく決定であれば、『少年』のままでいてもいい。『危険人物』だけは、両陣営で二回投票することになる。  基本的には『男の娘』有利となるが、それにより、両陣営の疑心暗鬼を誘うこともできる。多人数であっても、ターンを重ねれば重ねるほど、オリジナル以上に『村人サイド』が不利になりつつも、それなりにバランスを保った短期決戦ができるというわけだ。 「『男の娘』のイメージが湧きづらいかもしれませんが、陛下が最初にご覧になった時のヨルンが、女の子の格好をしているとご想像ください。非常に愛らしいと誰もが思うでしょう」 「なるほどな……。私は最初、ヨルンが少年だと思っていたのだが、先程立ち上がった姿を見た時に、私が間違っていたことに気付いた。その感覚に近いのかもしれん。いや、それでも似て非なるものか……。  もしかすると、もっと奥が深いのか……? これ以上考えると深淵を覗き込むことになりそうだから、やめておくとしよう。…………。ふむ、面白そうだ。今ここで、とりあえずこの六名と、シンシアを進行役として、やってみよう。この場合、他者と会話することになるが、問題はないか?」 「はい。ゲーム上の会話であれば問題ありません。私も聞いていますので。そして、私も初めてなので、一つ一つ確かめながら進めて行ければと思います。不慣れをご容赦ください」  男の娘に目覚めたジャスティ王は俺も見たくないが、やはりセンスがあるな。沼に落ちないようにする危機意識も高い。  シンシアは、十分な量の紙と筆記用具、王族用の椅子を一つ、兵士に頼んだ。その後、シンシアが元の位置に戻り、再度、王に向かって跪いたようだ。 「陛下、殿下方、大変恐れながら、他の者と距離のバランスを保ちたいので、私の左手付近までお越しになれるでしょうか。陛下の椅子は、これから用意いたします」 「分かった」  王が移動を了承した。 「ヨルン、すまないが、殿下方の椅子を運んでもらえないだろうか。クリスはそのままでいい」  ヨルンが返事をして、王子、姫、パルミス公爵の三つの椅子を往復して運んだ。兵士に頼んでいたものが届き、王も移動を終えると、シンシアが紙を適切な大きさに破ったり、役職名を書いたりと準備を始めた。 「これ、元の人狼ゲームだったら、スパイ容疑にかけられるのと同義だから、危なかったよね。『危険人物』導入も危ないかもしれないけど、シンシアはそれを知らないから大丈夫だし」  ゆうが言った通りだ。俺達がシンシアやリーディアちゃん達に話した時は、最初に男の娘ゲームを詳しく教えて、そのオリジナルがあることをあとで簡単に教えた。ただ、逆の順序で教えていた場合は、シンシアはこの場で提案をしなかったのではないかと思う。 「そうだな。それに、今のやり取りを聞いて、ジャスティ王がどういう人物か分かった気がするな。緊急事態で、現状で自分達に何もできないことを認め、その中でも何かできないかと考えた。  それは、パルミス公爵も同様だが、王の場合、『威厳が損なわれる』とか『不謹慎だ』と批難する声を、バッサリ切り捨てている。例えば、玉座から下りてはいけない、王が勝負する場面を多くの部下に見せてはいけない、このような大事な時にゲームで楽しむなど以ての外、という声だな。  ジャスティ王にとっては、そんなものは無駄でしかなく、それ自体が国家や王族の危機に関係しなければ、効率や合理性を重視する。新システムの導入に積極的なのも、その一環だろう。  そのことを、シンシアも含めた優秀な人物は全員分かっている。ちゃんと説明すれば、理解してもらえるとな。だからこそ、騎士団長を一時解任されたシンシアはショックを受けたが、イリスちゃんも言った通り、やはりヒントだったんだろう。  一方で、大臣達の地位や威厳は、できるだけ保つようにしている。そういうところで、保守と革新のバランスを取っているんだろうな。同時に、表では無思慮で軽率な王を演じ、裏ではレドリー辺境伯としっかり思案していたりと、ちょっとした道化役、軽い神輿役にもなっている。最初に報告会の進行を始めた時にも感じたが、間違いなく王として優れた器だよ」 「一長一短なところはもちろんあるかもしれないし、何が正しいかなんて言えないけど、これでジャスティ国がどういう国になっていくかは、ほとんど分かったよね。  それにしても、他の大臣達は、どうして王やパルミス公爵が、報告会の結果も出てないのに、これまでのことがなかったかのように、シンシアと仲良く話しているのか理解できてないんじゃない? 茶番だったのかと思うだろうね。まあ、半分茶番だったんだけど」 「そこで、パルミス公爵の出番だろうな。全て終わってから、大臣達に一人一人聞いていく可能性が高い。国力低下回避、シンシアの冤罪、スパイ炙り出し、遠征スパイ調査、大聖堂作戦、王とシンシアの信頼関係、大臣交代人事、その全てが計画の内ということを雑談で遠回しに答えなければならない。  完璧に答えられる人はいないだろうから、加点方式かもしれない。ただし、少しでも登場人物を批判したら解任だ。何が起こったか全く理解できていないことになるし、無能な裏切りの温床となる」 「超難関抜き打ちテスト、こわっ! レドリー辺境伯絶賛の調理大臣も解任されちゃうかもしれないの?」 「必要な人物だと思っている大臣には、ある程度は助け舟を出すかもしれないな。俺がパルミス公爵だったら、調理大臣には『今の雑談のこと、ご息女だったらどうお考えになるのかな』とさり気なく言う。  意図を汲むことができれば、手間をかけても娘に聞くし、娘の政治センスも分かるからだ。娘の意見をそのまま言うのか、自分の意見も言うのかによっても評価項目にできる。  不要な人物は、その雑談が最後通告のようなものだ。この場でわざわざシンシアと雑談したのもヒントで、大臣達に心の準備をさせるためだな。超分かりづらいが。 『その雑談、今必要か? 時間を潰すのもたかが知れてるだろ』と考え、そこから疑問を掘り下げられるか、いわゆる『なぜなぜ』を繰り返す、そういう考え方を普段からしてほしいというメッセージでもある」 「流石、同じ『ひねくれ者』のお兄ちゃん」 「俺は『くねくね者』だよ。触手だけに」 「そのボケ、今必要? 笑える人もたかが知れてるでしょ。あ、ごめん。全くいなかった」 「一体、なぜなんだ……」  俺が『なぜなぜ』を繰り返していると、すでにシンシア達は『男の娘ゲーム』を始めていた。  声の位置から、シンシアから見て時計回りに、クリス、ヨルン、パルミス公爵、姫、王、王子の順に円を描くように並んでいるようだ。シンシア、クリス、ヨルンは反応が遅れないように椅子に座っていない。今回はゼロ日目ではなく、一日目と呼ぶことにしたらしい。  一日目は、姫が『専門家』を告白し、下を向いてメモを取っていたパルミス公爵を判定すると宣言、投票は口数が比較的少なかったクリスに決まり、追放。クリスは『男の娘』ではなく、襲いもなしなので二日目に。  二日目は、公爵が『男の娘』ではないと判明、逆に自分が『専門家』だと告白し、姫を『同志』だと断定した。姫は公爵こそが『同志』だとするも、だとしたら自分も一日目に『専門家』と告白した方が、勝率が高いと公爵が追撃した。なぜ告白しなかったかは、メモの最中に先に姫の告白があったので、出遅れてしまい、『男の娘』か『同志』か見極めることができるか様子を見ていたと弁明した。  そこで、ヨルンが自分は『人格者』だと告白し、誰を守ればいいのかと不安げに聞いた。すると、自分こそが『人格者』だと王が告白した。もうめちゃくちゃだ。  この際、今のターンで勝負が決まるので、王を追放することで、次以降の遠慮をなくすのはどうかと公爵から提案され、王を追放することになった。その夜、王子が襲われ、女を求めて旅に出たところで、『男の娘サイド』の勝利が確定した。  三日目の投票で姫が追放され、結局、ヨルンが『男の娘』、パルミス公爵が『同志』と最後に判明し、一回目の『男の娘ゲーム』が終了した。 「くぅ~、パルミス公爵の二日目での告白も、ヨルンの戸惑いも演技だったか。公爵はヨルンの意図を見抜き、そして、場の混乱に乗じて、私をダシにしたな? 始めからその計画か」  王が悔しがりつつも、楽しそうな表情をしていると、その語り口から分かった。 「流石、陛下。お気付きになりましたか」 「僕の場合は、半々です。パルミス公爵が『同志』だと信じてお任せしました」  公爵もヨルンも満足そうだ。 「私が一日目に『専門家』と告白したのは、間違っていませんよね? そうしないと盛り上がりにも欠けますし」 「ああ、正しいと思う。『人格者』がいるからな。やはり、役職ごとに立ち回りを考える必要があるな。定石もあるのだろう。次は私も何かの役職に就いてみたい」  姫の確認に、王子は同意し、期待を胸に抱いていた。 「私は反省です。わざとらしい『男の娘』を演じて、最初に投票されないように立ち回ってみましたが、『少年』の場合は積極的になった方が良いんですね」 「いや、クリスの考えは、それはそれで面白そうだ。よく知っている者同士だと効果を発揮するかもしれない」  クリスをフォローするシンシア。みんな楽しめたようだ。 「面白い! もう一度やろう! 一日目に襲いありでもやってみたい。シンシア、もう一度進行役を任せられるか? その次からは交代制にしよう」 「はっ! 勝敗表もつけていますので、進行役はそちらもお願いすることになります」  王が意気揚々と身を乗り出したようだ。あと最低二回やることが決まったが、それ以上続きそうだ。  二回目、そんな王が、いきなり襲われて女に目覚めて旅に出てしまった。この展開には俺達も思わず笑ってしまった。しかし、王がいた『少年サイド』が勝利したので、悔しがってはいなかった。ちなみに、またヨルンが『男の娘』だった。 「パルミス公爵は、ゲームの一回目から何を書いていらっしゃるのですか?」  クリスがパルミス公爵の様子を疑問に思ったようだ。 「忘れない内に設定と進め方を書いておこうと思ってね。書き終わったらこれを見ながら進行もできる。進行ができるようになれば、より理解を深められるし、参加者を観察できるから、陣営での作戦にも役立つ。  どうせ全員初心者なのだから、今の内に経験しておいて損はない。と言っていると書き終わった。シンシア、次は私が進行しよう。場所は交代しない方が良いか?」 「ありがとうございます。でしたら、私を除いてシャッフルしましょうか。お互いが見える角度によって、観察の仕方も変わってくるでしょうし」  シンシアの言った通り、みんなで位置をシャッフルし、シンシアの左隣に姫、右隣にヨルンが来た。 「ふふふっ、こうやってシンシアと遊べるなんて、いつ以来でしょうか。懐かしいです。『魔王と姫ごっこ』や、逆の『魔王と騎士ごっこ』とか、やけにリアルに演じたりして……。  本当に良かった。あなたが戻ってきてくれて……。不安だったのです。もしかして、このまま……と。報告会が終わるまで何も言うべきではない、ということは分かっています。でも言わずにはいられませんでした……」  姫は、最初は喜んでいたものの、次第に泣きそうな声になり、シンシアへの気持ちを吐露した。 「それでは、私に投票しないでくださいね」 「それとこれとは話が別です!」  そのやり取りに、ゲーム参加者は全員笑い、緊急事態とはとても思えない時間が過ぎて行った。  シンシア達が『男の娘ゲーム』を続けている間、俺はアースリーちゃんの家に泊まりに来ているイリスちゃんに、敵に天才がいると思うか聞いた。 「可能性は半々じゃないかな。いるとしたら、監視者の魔法使いで、大臣に催眠魔法をかけた魔法使いと同一人物。ユキお姉ちゃんやヨルンくんと同様に二物、あるいは三物を持っていることになる。  戦略を考える人物にはいないと思う。いたらもっと上手くやってるし、ここまで回りくどいことはしない。あるいは、彼女がわざとそうやって上に提案しているか。  その場合は、少なくとも向上心や出世欲はない。別の高い目標があるわけでもない。絶対に自分が死なない、傷付かないことを目的としている。前の作戦の時の話から、小さな戦闘でさえ以ての外、という印象だから。単にシンシアさんとクリスさんが強くて、実力の差があるからという理由だけじゃなかったと思う。  もしそうだとすると、そこからは、彼女の境遇や考え方がさらに見えてくる。戦いを避けたいにもかかわらず、エフリー国の魔導士団に所属しなければならない理由があるはず。周囲への催眠魔法では解決できない状況。たとえば、ジャスティ国内に近親者がいて、戦争に発展させるような小競り合いを避けたいとか」  この世界でも、普通に国外に親戚がいる場合もあるのか。 『アースリーちゃんが前に手紙を送った叔母さんは、ジャスティ国内にいる? 危険になるといけないから』 「え、手紙? いや、送ってないけど……もちろん、書いてもいない……」  え……? いや、確かに書いていた。ユキちゃんが元気になって、もっと仲良くなったこと、自由に移動できるようになったことで、旅に出る意欲まで湧いたことを叔母さんに……。 「シュウちゃん、その時の状況を詳しく教えてくれる?」  イリスちゃんからの要求に、俺は当時のことを伝えた。まさか、そんな日常的なことにまで踏み込んでいたとは……。  だとすると、魔法使いの彼女は間違いなく……。俺はシキちゃんの存在もイリスちゃんに話した。経緯は話していない。 「シュウちゃんの考えている通り、魔法使いはシキさん、もしくはそこに限りなく近い関係者だと思う。今は仮にシキさんとしておくね。  無理矢理繋げると、シキさんはユキお姉ちゃんのことをすでに知っていた。ジャスティ国とエフリー国で戦争が起きた場合、ユキお姉ちゃんのお父さんが出入りする国境付近の町だけでなく、セフ村が矢面に立つ、と言うより、その出自で国内から批判される可能性がある。それを避けるために、ジャスティ国の成長を止めさせ、丁度良く衰退させるのが狙い。衰退させすぎると、エフリー国がジャスティ国を攻めちゃうから、均衡を保つ必要がある。  ただ、たとえ小さな火種でも巻き込みたくなかったから、ユキお姉ちゃんの家族の今後の動向を、催眠魔法をかけたアースリーお姉ちゃんに、ついでに報告させた。架空の叔母をでっち上げ、偽名の自分宛てではあるものの、その記憶を消して……。  だとすれば、シキさんは天才と言っていいかもしれない。あるいは、頭脳関係、交渉関係、予知のチートスキルの可能性もある。アースリーお姉ちゃんをセフ村からの定期報告係とするため、辺境伯の暗殺は完全犯罪で成し遂げる予定だったんじゃないかな。完全犯罪不可能な状況がずっと続くようなら、実行しないとか。アースリーお姉ちゃんが捕まったら、ユキお姉ちゃんも悲しむからね。  シュウちゃん、ユキお姉ちゃんにはこのことは全部言わずに、私と話し合うことで、心当たりを見つけたとだけ言っておくのはどうかな? 二人が対峙した時に、その反応でエフリー国側に関係がバレちゃいけないから。結局、仮説に過ぎないことには変わりないし。  この問題を解決するには、エフリー国にいるであろう、シキさんの大切な人達を、無事にジャスティ国に連れてくる方法が一番良い。住む場所は私に任せて。  元々、ユキお姉ちゃんは、シキさんを探すつもりでいた。お父さんが見つけた手掛かりを辿れば、その人達に行き着くはず。  できれば、その前に魔法使いが本当にシキさんなのかを確認したい。私が天才にしか分からない暗号を考えるから、それをクリスさんの遠距離魔力感知魔法のオンオフで彼女だけに伝えてほしい。解決の手筈が整ったら、ユキお姉ちゃんに全部話していいし、その前に問い詰められても話していい。タイミングは任せるよ。いつだって、お姉ちゃんなら怒らないはずだから」  イリスちゃんのおかげで、シキちゃんの所在は何とかなりそうだ。しかし、イリスちゃんの推察には少し違和感があった。と言うより、俺がシキちゃんの行動とその結果に違和感を覚えていると言った方が正しい。ここは、遠慮なく聞いてみよう。 「今のところ、シキちゃんの行動が全て裏目に出ていて、俺達の結束が強まることで、さらにジャスティ国の力が増してると思うんだけど、逆にそれが意図の可能性はある?  俺達が上手くやっているんじゃなくて、俺達の上を行っていると言うか、それでも俺達が得をしていると言うか」 「…………。流石だよシュウちゃん。私の慢心を諌めてくれてるみたい。クリスタルにデメリットがあると分かった時のように、多分、シュウちゃんがそれを挙げたことに意味があると思う。  考えてはいたけど、あり得ないと思ってた。ううん、正確に言うと、可能性はあるけど、それを選択肢に挙げられるだけの情報が全くなかったから言わなかった。今までがあったかって言うと、それほどなかったんだけど、今回は天才への信頼感だけだからね。  でも、その場合は、責任者が別にいるとは言え、シキさんのエフリー国内での立場も危うくなるから、すでに何らかの対策をしているはず。また、ジャスティ国の力が増大しても、戦争や小競り合いが起きない確信を持っているか、そうならないように動いている。  もしかすると、エフリー国内で問題を起こして、戦争の余力を削っている可能性もある。こっちには他国の情勢が入ってこないから、分からないけどね。  最後に重要なことを二つ。  一つ目。その場合、シキさんはシュウちゃんの存在に気付いている。触手であることまで分かっているかは不明だけど、表に出てこない存在がいることは確信していると思う。  二つ目。ユキお姉ちゃんがシキさんを連れ戻すことが、シキさんの計画を狂わせる可能性があるから、タイミングを見計らって、彼女の意図をユキお姉ちゃんに伝える必要がある。  結局、情報が揃わないと、それを伝えられない。間違ったことを伝えても何とかなるかもしれないけど、ややこしくなりそうだから」  まあ、そうなるよな。より慎重にならざるを得ないだろう。俺はイリスちゃんにお礼を言うと、アースリーちゃんも含めて、二人に現在の玉座の間での状況を話した。 「あはは! あの時の『男の娘ゲーム』かぁ。私からイリスちゃんに説明した方が早いよね」  そう言うと、アースリーちゃんがイリスちゃんに『男の娘ゲーム』の設定とルールを説明した。 「でも、王族とゲームするなんて、すごい状況だよね。イリスちゃんが参加したら全部勝っちゃうのかな?」 「どうだろう。確率もあるし、排除される可能性も高いし、精々、勝率がちょっと良いぐらいになるんじゃないかな。それなら、アースリーお姉ちゃんの方が強いと思う。論理立てや相手の心理を読むのはもちろん、いかに自分に的を絞らせないかが肝だからね。アースリーお姉ちゃんを狙う人はいないよ。あ、でもお姉ちゃんの色々な表情を見たいから、わざと意地悪しても良いかも」  俺もアースリーちゃんと同じ疑問を抱いていたが、イリスちゃんの言う通り、アースリーちゃんの勝率は良さそうだ。 「えー⁉ イリスちゃんにそんなことされたら泣いちゃうー」 「ごめんなさーい、冗談だよ。アースリーお姉ちゃんのこと大好きだから、つい言っちゃった」  イリスちゃんは、アースリーちゃんに正面から抱き付いて、胸の谷間にスリスリしていた。イリスちゃんでさえ甘えたくなるアースリーちゃんの魅力、恐るべし。リーディアちゃんにも、『男の娘ゲーム』が城から流行っていきそうだと教えておくか。  三時間後。玉座の間の『男の娘ゲーム』一同は、やっと一息ついたようで、休憩しながら新しいルールや設定、そこから派生した新しいゲームについて、色々と議論をしていた。  そんな時、扉の兵士が、遠くからシンシアを呼んだ。 「騎士団長! よろしいでしょうか。是非お会いしたいという方が二名いらっしゃいました」 「分かった!」  警戒をヨルンに頼み、シンシアが扉から出ると、一分後に戻ってきた。 「パルミス公爵、アリサ様とサリサ様がいらっしゃり、『私達も中に入ってよいか』と」 「ふむ……。それでは、朝まで私達に付き合う覚悟があるならかまわないと伝えてくれ」 「それはすでにお聞きしました。覚悟しているそうです。それでは、お連れします」  シンシアが離れていった。 「陛下、私はシンシアの著しい成長に感動しています。この一ヶ月で素晴らしい者達に出会ったに違いないと。優秀だった者がさらなる飛躍を遂げたと肌で感じました。クリスと会った時はすでにそうだったのか?」  パルミス公爵が、左隣にいた王に話しかけ、右隣にいたクリスにシンシアのことを尋ねた。 「私がシンシアさんと出会った時は、今の七割ぐらいでしょうか。この一週間、そして今日でさえも、さらに成長していると断言できます。とてつもない才能だと思います。教えられたことをどんどん吸収し、経験することで、完全に昇華させていますから」 「パーティーの日程で、例の達人にゲームを教えられただけで、ここまでの成長はないだろう? 今日の調査もそうだ。明らかに想定の広さと思慮深さが増し、驚くほどの安心感がある。  別の師がいるはずだ。レドリー辺境伯やエトラスフ伯爵が師だと言うならまだ分かるが、それよりも前に会っているとなると、想像ができないな。それとも、碁の達人や発明者に、もっと前から会っているとか?」  パルミス公爵は流石に鋭いな。こういう時は直球で聞いてくるんだな。城外のクリス相手だからだろうか。  いずれにしても、誤魔化しは無理だから、シャットアウトするしかないが、どうやらシンシアがアリサちゃん達を連れて、再度戻ってきたようだ。 「お父様、クリスを困らせないでください」 「お父様の直接の畳み掛けは珍しいですね! 余程、興味があることでないとそんなふうになりませんよね?」  アリサちゃんとサリサちゃんが、パルミス公爵に注意した。娘、強し!  「すまなかった……。何と言うか、君達が面白くてね。出会ってから日が浅いはずなのに、シンシア、クリス、ヨルンの絆が異常に強い気がしたんだ。  シンシアとクリスだけならまだ分かる。レドリー辺境伯のパーティーで仲良くなったからと理由を付けられるのだが、ヨルンまでとなると……」 「お父様! お仕事以外の詮索は嫌われますよ!」  アリサちゃんがさらに怒った。 「すまない……。クリスは私のこと、嫌っていないよな?」 「どうでしょう? 私に投票しないのなら嫌いになりませんが」 「分かった。投票しない」 「あ、パルミス公爵が『男の娘』です! 嘘をつきました!」  クリスの冗談に一同から笑いが出た。アリサちゃん達も笑っているようだ。パルミス公爵は、娘の前では面白くなるのか。 「ご挨拶が遅れ、大変申し訳ありません。先程、シンシアから『男の娘ゲーム』について、少し聞きました。現在の状況も、何となくですが想像できます。このような状況で、このようなゲームを行っているとは、陛下の国王としての器の大きさに感服いたします。私達も是非勉強させてください」  アリサちゃんが改めて挨拶をし、サリサちゃんと一緒にゲーム参加を申し出た。 「歓迎しよう。パーティーの話は、あとでゆっくり聞かせてもらおうか」 「はい!」  アリサちゃんとサリサちゃんが元気良く返事をして、八人村と進行役一人の『男の娘ゲーム』が始まった。  それから二時間、みんなが色々な表情を見せながらゲームを楽しんでくれたようで、シンシアに教えて良かったと俺達は思った。 「これを五時間、黙って遠くから見せられた大臣達は、可哀想。しかも、この意味を理解しなくちゃいけないとか」  ゆうは大臣達に同情していた。 「シンシアを庇わなかった報いだと思ってくれればいいな。王族もシンシアへの償いとして、この軟禁状態をすんなり受け入れたんだと思う」  午後十時を過ぎ、就寝時間になったが、玉座の間は明るいままにしてもらっている。各々は、配られた毛布にくるまったり、下に敷いて横になったりしていた。また、夜中、他人を起こさないように、できるだけ今のうちにトイレを済ませておくようシンシアが促していた。とは言え、一人一人付き添い、時間がかかったので、午後十一時近い。  クリスとヨルンの勧めで、最初にシンシアが仮眠を取るようにした。ゲームや休憩の最中でさえ、常に注意を払っていたから、疲労も溜まっているだろう。  当然ながら、大臣達は椅子に座って微動だにしていなかったわけではなく、時には立ち上がったり、少し動いたりしていたので、その度にシンシアはそちらを向き、警戒していた。それでも、『男の娘ゲーム』の勝率が一番高かったのだ。驚異と言わざるを得ない。  次いで、パルミス公爵や王の勝率が高かった。ちなみに、一番低かったのはヨルンで、それは、明らかにヨルンの『男の娘』の確率が偏っていて、困ったらヨルンを追放すればいいという流れになっていたからだった。事象が見た目の属性に引かれたか。流石に可哀想だと思ったが、ヨルンはクリスから頭を撫でて慰めてもらえるので気にしないと言っていた。  ユキちゃんが到着するのは昼頃。すでに事情は伝えてある。  一方、シキちゃんの判別作戦をシンシア達に話し、ユキちゃんが合流してから彼女に秘密で行うには、どこかのタイミングでクリスとシンシア二人が城外に出て、シキちゃんがまだ近くにいるようであれば、そのまま実行することになった。  また、シンシアからは、兵を通して、明日の城内食堂の昼食メニューにシチューを追加してもらい、さらに約三十人分の取り置きを、早い時点でお願いしてもらっていた。ギリギリに頼んでも、材料の確保や仕込み、調理の時間が必要で、他の人達に全部食べられては元も子もないので、それらを予め伝えておかなければいけない。  パルミス公爵が言った通り、シンシアについては、具体性を伴わない作戦でなくても、方針さえ示せば、あとは安心して任せることができる。それは、クリスやヨルンも同じだ。大聖堂での超一流の仕事を見せられれば、誰でもそう思うだろう。  仮に何かあれば、俺達の正体がバレてでも動くつもりだ。  そう強く思っていたものの、普通に何も起こらず、時は過ぎていった。



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前のエピソード 俺達と女の子達が城に無事到着して作戦の実行と『男の娘ゲーム』をする話(3/4)

俺達と女の子達が城に無事到着して作戦の実行と『男の娘ゲーム』をする話(4/4)

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 王は親書を読み終えると、シンシアにそれらを処分するよう命じた。  取るに足らない内容だった、というわけではなく、単に最高機密文書で、保存しておくリスクの方が高かったからだ。すでに王の頭の中には完全に入っているだろう。  シンシアは、ここでは魔法を使いたくないから、報告会後に処分すると返答した。この軟禁状態が『捕らえられた』と判断されると、たとえ精神系の魔法でなくても、詠唱や発動が自害のトリガーになりかねないからだ。  誰に催眠魔法がかけられているかは分からない。だからこそ、シンシアは魔導士団長に対してだけは、即座に斬り殺すと言った。かと言って、軟禁しないとスパイに自由に動かれてしまう。現状をどのように解決するかまでは流石に想像できないだろうが、一日経てば解決することだけは分かる。  つまり、すでに全容をほとんど物語っているのだが、シンシアの返答を聞いて、現時点でそれに辿り着くことができる人物は、間違いなく有能だろう。  この時間を使って、報告会を行わないのも、シンシアへの反論からスパイが炙り出されて、勝手に追い詰められる可能性があるし、このような状態では、まともな議論も判断もできないからだ。 「シンシア、時間を潰すための雑談はしてもいいか?」  玉座の方から声がした。これまでとは別の声なので、宰相だろう。すでに全員に椅子が配られ、腰掛けている。 「私とだけならかまいません。他者との会話は禁止です。また、政務にかかわることはお控えください」 「分かった。私の娘達とレドリー辺境伯の屋敷で会ったと思うが、楽しんでいたかな? 家に帰る時間がなくて、まだ報告を聞いてなくてな」 「はい。アリサ様、サリサ様とは、パーティー翌日の食事中にお話ししましたが、最高の時間を過ごせたとおっしゃっていました。私に対しても、親身に接していただきました。  また、お父様に『良い報告』ができるとおっしゃっていました。もちろん、私はその内容を知っています。楽しみにお待ちください」 「それは良かった。実に楽しみだな。レドリー辺境伯のパーティーには最近招待されていなくてなぁ。私と政務のことを気遣っているのだろうが、あのパーティーに一度参加した者なら何度だって行きたいと思うのは当然だろう? 特に今回は、碁の達人同士の余興があり、盛り上がったというではないか。そのような聡明な者達とは、一度話してみたいと思っている。きっと面白い話が聞けるのではないかな。どう思う?」  宰相……パルミス公爵のこの会話、妙だな。アリサちゃん達が楽しんでいたかは知らなくて、碁が盛り上がったことは知っているのか。決して矛盾する話ではないが、達人と一度話してみたいという話も、わざわざシンシアに意見を聞くようなことだろうかと思ってしまう。話がチグハグで、別の意図さえ感じる。 「そうですね……。それでは今度、その一方と、面白い話ができる人、計二人をご紹介します。それと、これは私の話ですが、私も面白そうな者を二人見つけたので、もう少し話してみたいと思いました。おそらく、仲良くなれると思います」  いや、この会話は難しすぎる。パルミス公爵の話し方の癖を、シンシアが普段から知っていないと会話が成り立たないレベルだ。 「お兄ちゃん、これ、パルミス公爵が言いたいことって、要は財務大臣に代わる優秀な人を知っていたら教えろってこと?」 「よく分かったな。多分そうだ。ただ、おそらく財務大臣に限らないと思う。碁で対局した達人は『二人』だからな。これを機に、大臣にメスを入れることにしたという宣言だろう。  それに対して、シンシアはエトラスフ伯爵の息子とウィルズを紹介することにした。そして、それとは別に、大聖堂の警備兵二人を騎士にするために動くと宣言した。流石に、パルミス公爵側はシンシアの宣言を全て読み取れるわけではない。  いずれにしても、雑談に見せかけて、その中に一見の矛盾を含ませることで、別の意図があることを示唆し、シンシアの意見と今後の動きを聞いた。完全に政務の話題だ。  アリサちゃん達の理解力が優れていることにも納得できるよ。普段からこんな会話をしていたら鍛えられるというものだ。  そして、もう一つ目的があるな。頭のキレる優秀な者を見極めるために、この会話術を使っているはずだ。すぐに理解できなくても、あとで分かれば問題なしという感じだろう。最終的に理解できなくても別に良くて、あくまで一つの評価項目でしかない。他が良ければそれで良しというスタンス。そうじゃないと、みんなから嫌われているはずだし、真っ当な評価にならずに、部下のモチベーションを下げてしまうからな。  まあ、多少ひねくれてはいるが、レドリー辺境伯とは同方向別ベクトルの完全な愛国者だよ」 「多少かなぁ……」  ゆうがパルミス公爵の性格に疑問を抱いていると、王が咳払いをした。 「シンシア、私もよいか? その碁の達人についてだが、その内の一人が、碁の発明者か、その関係者なのではないかと、パルミス公爵と話していた。  発明者の素性を知りたいのは山々だが、本人がそれを望まないのであれば仕方ない。ただ、その者はボードゲーム以外の競技や娯楽も発明できるのではないかと私達は考えている。  例えば、今のような状況に置かれた場合に行えるものだ。距離を保ちつつ、会話またはシンプルな道具のみで成立するものとかな。  もし、何か発明できたのであれば、アイデアを募集していない時でも、パルミス公爵宛にいつでも送ってほしいのだ。シンシアやレドリー辺境伯がその者と知り合いで、次に会う機会があれば、是非私達の意を伝えてほしい」  ボードゲームのアイデアを募集していた『とある公爵』はパルミス公爵だったか。何かどんどんと事実が明らかになっていくが、それほど重要でないことも明らかになっているのは気のせいだろう。 「はっ! かしこまりました……とは申したものの、実は雑談の中で一つだけ、すでにアイデアを聞いております」 「何! まことか!」 「おお!」  王とパルミス公爵が歓喜していた。パーティー前の雑談で俺達が挙げた『アレ』を教えるのか。 「それは、『男の娘ゲーム』と呼びます。最低五人以上の複数人の会話で進行していくゲームで、設定もあります。  純粋な『少年』だけの村に、一人だけ女装に目覚めた少年の『男の娘』が紛れています。他の少年達の内、一人だけを毎夜襲い、女に目覚めさせ、翌朝、女を求めて旅に出るように仕向けます。  その後、少年達は全員で、夜までに誰が『男の娘』かを会議して、投票による多数決をとり、他者を唆す汚れた者として、一人だけをその村から追放します。追放された人は恨み節を述べることができます。 『男の娘』をすべて追放できれば『少年サイド』の勝利です。誰が誰に投票したかは、その人が宣言しない限り公開されませんが、その時のルールによっては一斉公開してもかまいません。前者は面倒ですが、より駆け引きが増します。ルールを柔軟に設定できるのも面白いところですね。  投票数が同じ場合は、その人達で弁明後、決選投票となります。『少年』と『男の娘』が同数になった時点で、『男の娘サイド』の勝利です。  少年達には、役職が設定されており、  一人だけ指名して『男の娘』が誰かを夜に見破ることができる『専門家』、  同様に、少年を守ることができる『人格者』、  『男の娘』が二人以上の場合には、旅に出た少年が『男の娘』だったかどうかを判別できる『未練者』、  『男の娘』の味方で『専門家』や『未練者』からは『少年』と認識される『同志』です。『同志』は『男の娘』が最終的に勝利すれば、自分も勝利となります。  『男の娘』や役職の数は、参加人数によって増減させてかまいません。七人であれば『男の娘』を二人にして、『同志』をゼロ人。十二人であれば『同志』を一人増やすといいでしょう。『男の娘』が複数人の場合は、ターゲットを投票で決めます。  進行役が必要なので、内容を熟知している人が担当することになります。役職付きは真っ先に『男の娘』に狙われるので、自分の役職を宣言するかが駆け引きとなります。『男の娘』は『少年』や役職を偽ります。一日目は襲わないというルールが初心者向けらしいです。一日目をゼロ日目と呼ぶ場合もあります」  以前、俺とゆうが、いわゆる『人狼ゲーム』をマイルドに現代アレンジするとしたらどうするかを議論したことがあり、最終的に決定したのが、シンシアが説明した設定だ。  この設定の面白いところは、『少年』が『男の娘』に目覚める余地を残しているところだ。オリジナルの設定では、参加者は殺されてゲームから排除される他ないが、『男の娘ゲーム』では、そのまま続けられるようにもできる。  村からの追放を行わないようにすることもでき、代わりに『危険人物』の烙印を押される。『危険人物』は、その理不尽な決定に怒りを覚えて、思慮が浅い少年達への復讐心から、『男の娘』に目覚めることもできるし、納得がいく決定であれば、『少年』のままでいてもいい。『危険人物』だけは、両陣営で二回投票することになる。  基本的には『男の娘』有利となるが、それにより、両陣営の疑心暗鬼を誘うこともできる。多人数であっても、ターンを重ねれば重ねるほど、オリジナル以上に『村人サイド』が不利になりつつも、それなりにバランスを保った短期決戦ができるというわけだ。 「『男の娘』のイメージが湧きづらいかもしれませんが、陛下が最初にご覧になった時のヨルンが、女の子の格好をしているとご想像ください。非常に愛らしいと誰もが思うでしょう」 「なるほどな……。私は最初、ヨルンが少年だと思っていたのだが、先程立ち上がった姿を見た時に、私が間違っていたことに気付いた。その感覚に近いのかもしれん。いや、それでも似て非なるものか……。  もしかすると、もっと奥が深いのか……? これ以上考えると深淵を覗き込むことになりそうだから、やめておくとしよう。…………。ふむ、面白そうだ。今ここで、とりあえずこの六名と、シンシアを進行役として、やってみよう。この場合、他者と会話することになるが、問題はないか?」 「はい。ゲーム上の会話であれば問題ありません。私も聞いていますので。そして、私も初めてなので、一つ一つ確かめながら進めて行ければと思います。不慣れをご容赦ください」  男の娘に目覚めたジャスティ王は俺も見たくないが、やはりセンスがあるな。沼に落ちないようにする危機意識も高い。  シンシアは、十分な量の紙と筆記用具、王族用の椅子を一つ、兵士に頼んだ。その後、シンシアが元の位置に戻り、再度、王に向かって跪いたようだ。 「陛下、殿下方、大変恐れながら、他の者と距離のバランスを保ちたいので、私の左手付近までお越しになれるでしょうか。陛下の椅子は、これから用意いたします」 「分かった」  王が移動を了承した。 「ヨルン、すまないが、殿下方の椅子を運んでもらえないだろうか。クリスはそのままでいい」  ヨルンが返事をして、王子、姫、パルミス公爵の三つの椅子を往復して運んだ。兵士に頼んでいたものが届き、王も移動を終えると、シンシアが紙を適切な大きさに破ったり、役職名を書いたりと準備を始めた。 「これ、元の人狼ゲームだったら、スパイ容疑にかけられるのと同義だから、危なかったよね。『危険人物』導入も危ないかもしれないけど、シンシアはそれを知らないから大丈夫だし」  ゆうが言った通りだ。俺達がシンシアやリーディアちゃん達に話した時は、最初に男の娘ゲームを詳しく教えて、そのオリジナルがあることをあとで簡単に教えた。ただ、逆の順序で教えていた場合は、シンシアはこの場で提案をしなかったのではないかと思う。 「そうだな。それに、今のやり取りを聞いて、ジャスティ王がどういう人物か分かった気がするな。緊急事態で、現状で自分達に何もできないことを認め、その中でも何かできないかと考えた。  それは、パルミス公爵も同様だが、王の場合、『威厳が損なわれる』とか『不謹慎だ』と批難する声を、バッサリ切り捨てている。例えば、玉座から下りてはいけない、王が勝負する場面を多くの部下に見せてはいけない、このような大事な時にゲームで楽しむなど以ての外、という声だな。  ジャスティ王にとっては、そんなものは無駄でしかなく、それ自体が国家や王族の危機に関係しなければ、効率や合理性を重視する。新システムの導入に積極的なのも、その一環だろう。  そのことを、シンシアも含めた優秀な人物は全員分かっている。ちゃんと説明すれば、理解してもらえるとな。だからこそ、騎士団長を一時解任されたシンシアはショックを受けたが、イリスちゃんも言った通り、やはりヒントだったんだろう。  一方で、大臣達の地位や威厳は、できるだけ保つようにしている。そういうところで、保守と革新のバランスを取っているんだろうな。同時に、表では無思慮で軽率な王を演じ、裏ではレドリー辺境伯としっかり思案していたりと、ちょっとした道化役、軽い神輿役にもなっている。最初に報告会の進行を始めた時にも感じたが、間違いなく王として優れた器だよ」 「一長一短なところはもちろんあるかもしれないし、何が正しいかなんて言えないけど、これでジャスティ国がどういう国になっていくかは、ほとんど分かったよね。  それにしても、他の大臣達は、どうして王やパルミス公爵が、報告会の結果も出てないのに、これまでのことがなかったかのように、シンシアと仲良く話しているのか理解できてないんじゃない? 茶番だったのかと思うだろうね。まあ、半分茶番だったんだけど」 「そこで、パルミス公爵の出番だろうな。全て終わってから、大臣達に一人一人聞いていく可能性が高い。国力低下回避、シンシアの冤罪、スパイ炙り出し、遠征スパイ調査、大聖堂作戦、王とシンシアの信頼関係、大臣交代人事、その全てが計画の内ということを雑談で遠回しに答えなければならない。  完璧に答えられる人はいないだろうから、加点方式かもしれない。ただし、少しでも登場人物を批判したら解任だ。何が起こったか全く理解できていないことになるし、無能な裏切りの温床となる」 「超難関抜き打ちテスト、こわっ! レドリー辺境伯絶賛の調理大臣も解任されちゃうかもしれないの?」 「必要な人物だと思っている大臣には、ある程度は助け舟を出すかもしれないな。俺がパルミス公爵だったら、調理大臣には『今の雑談のこと、ご息女だったらどうお考えになるのかな』とさり気なく言う。  意図を汲むことができれば、手間をかけても娘に聞くし、娘の政治センスも分かるからだ。娘の意見をそのまま言うのか、自分の意見も言うのかによっても評価項目にできる。  不要な人物は、その雑談が最後通告のようなものだ。この場でわざわざシンシアと雑談したのもヒントで、大臣達に心の準備をさせるためだな。超分かりづらいが。 『その雑談、今必要か? 時間を潰すのもたかが知れてるだろ』と考え、そこから疑問を掘り下げられるか、いわゆる『なぜなぜ』を繰り返す、そういう考え方を普段からしてほしいというメッセージでもある」 「流石、同じ『ひねくれ者』のお兄ちゃん」 「俺は『くねくね者』だよ。触手だけに」 「そのボケ、今必要? 笑える人もたかが知れてるでしょ。あ、ごめん。全くいなかった」 「一体、なぜなんだ……」  俺が『なぜなぜ』を繰り返していると、すでにシンシア達は『男の娘ゲーム』を始めていた。  声の位置から、シンシアから見て時計回りに、クリス、ヨルン、パルミス公爵、姫、王、王子の順に円を描くように並んでいるようだ。シンシア、クリス、ヨルンは反応が遅れないように椅子に座っていない。今回はゼロ日目ではなく、一日目と呼ぶことにしたらしい。  一日目は、姫が『専門家』を告白し、下を向いてメモを取っていたパルミス公爵を判定すると宣言、投票は口数が比較的少なかったクリスに決まり、追放。クリスは『男の娘』ではなく、襲いもなしなので二日目に。  二日目は、公爵が『男の娘』ではないと判明、逆に自分が『専門家』だと告白し、姫を『同志』だと断定した。姫は公爵こそが『同志』だとするも、だとしたら自分も一日目に『専門家』と告白した方が、勝率が高いと公爵が追撃した。なぜ告白しなかったかは、メモの最中に先に姫の告白があったので、出遅れてしまい、『男の娘』か『同志』か見極めることができるか様子を見ていたと弁明した。  そこで、ヨルンが自分は『人格者』だと告白し、誰を守ればいいのかと不安げに聞いた。すると、自分こそが『人格者』だと王が告白した。もうめちゃくちゃだ。  この際、今のターンで勝負が決まるので、王を追放することで、次以降の遠慮をなくすのはどうかと公爵から提案され、王を追放することになった。その夜、王子が襲われ、女を求めて旅に出たところで、『男の娘サイド』の勝利が確定した。  三日目の投票で姫が追放され、結局、ヨルンが『男の娘』、パルミス公爵が『同志』と最後に判明し、一回目の『男の娘ゲーム』が終了した。 「くぅ~、パルミス公爵の二日目での告白も、ヨルンの戸惑いも演技だったか。公爵はヨルンの意図を見抜き、そして、場の混乱に乗じて、私をダシにしたな? 始めからその計画か」  王が悔しがりつつも、楽しそうな表情をしていると、その語り口から分かった。 「流石、陛下。お気付きになりましたか」 「僕の場合は、半々です。パルミス公爵が『同志』だと信じてお任せしました」  公爵もヨルンも満足そうだ。 「私が一日目に『専門家』と告白したのは、間違っていませんよね? そうしないと盛り上がりにも欠けますし」 「ああ、正しいと思う。『人格者』がいるからな。やはり、役職ごとに立ち回りを考える必要があるな。定石もあるのだろう。次は私も何かの役職に就いてみたい」  姫の確認に、王子は同意し、期待を胸に抱いていた。 「私は反省です。わざとらしい『男の娘』を演じて、最初に投票されないように立ち回ってみましたが、『少年』の場合は積極的になった方が良いんですね」 「いや、クリスの考えは、それはそれで面白そうだ。よく知っている者同士だと効果を発揮するかもしれない」  クリスをフォローするシンシア。みんな楽しめたようだ。 「面白い! もう一度やろう! 一日目に襲いありでもやってみたい。シンシア、もう一度進行役を任せられるか? その次からは交代制にしよう」 「はっ! 勝敗表もつけていますので、進行役はそちらもお願いすることになります」  王が意気揚々と身を乗り出したようだ。あと最低二回やることが決まったが、それ以上続きそうだ。  二回目、そんな王が、いきなり襲われて女に目覚めて旅に出てしまった。この展開には俺達も思わず笑ってしまった。しかし、王がいた『少年サイド』が勝利したので、悔しがってはいなかった。ちなみに、またヨルンが『男の娘』だった。 「パルミス公爵は、ゲームの一回目から何を書いていらっしゃるのですか?」  クリスがパルミス公爵の様子を疑問に思ったようだ。 「忘れない内に設定と進め方を書いておこうと思ってね。書き終わったらこれを見ながら進行もできる。進行ができるようになれば、より理解を深められるし、参加者を観察できるから、陣営での作戦にも役立つ。  どうせ全員初心者なのだから、今の内に経験しておいて損はない。と言っていると書き終わった。シンシア、次は私が進行しよう。場所は交代しない方が良いか?」 「ありがとうございます。でしたら、私を除いてシャッフルしましょうか。お互いが見える角度によって、観察の仕方も変わってくるでしょうし」  シンシアの言った通り、みんなで位置をシャッフルし、シンシアの左隣に姫、右隣にヨルンが来た。 「ふふふっ、こうやってシンシアと遊べるなんて、いつ以来でしょうか。懐かしいです。『魔王と姫ごっこ』や、逆の『魔王と騎士ごっこ』とか、やけにリアルに演じたりして……。  本当に良かった。あなたが戻ってきてくれて……。不安だったのです。もしかして、このまま……と。報告会が終わるまで何も言うべきではない、ということは分かっています。でも言わずにはいられませんでした……」  姫は、最初は喜んでいたものの、次第に泣きそうな声になり、シンシアへの気持ちを吐露した。 「それでは、私に投票しないでくださいね」 「それとこれとは話が別です!」  そのやり取りに、ゲーム参加者は全員笑い、緊急事態とはとても思えない時間が過ぎて行った。  シンシア達が『男の娘ゲーム』を続けている間、俺はアースリーちゃんの家に泊まりに来ているイリスちゃんに、敵に天才がいると思うか聞いた。 「可能性は半々じゃないかな。いるとしたら、監視者の魔法使いで、大臣に催眠魔法をかけた魔法使いと同一人物。ユキお姉ちゃんやヨルンくんと同様に二物、あるいは三物を持っていることになる。  戦略を考える人物にはいないと思う。いたらもっと上手くやってるし、ここまで回りくどいことはしない。あるいは、彼女がわざとそうやって上に提案しているか。  その場合は、少なくとも向上心や出世欲はない。別の高い目標があるわけでもない。絶対に自分が死なない、傷付かないことを目的としている。前の作戦の時の話から、小さな戦闘でさえ以ての外、という印象だから。単にシンシアさんとクリスさんが強くて、実力の差があるからという理由だけじゃなかったと思う。  もしそうだとすると、そこからは、彼女の境遇や考え方がさらに見えてくる。戦いを避けたいにもかかわらず、エフリー国の魔導士団に所属しなければならない理由があるはず。周囲への催眠魔法では解決できない状況。たとえば、ジャスティ国内に近親者がいて、戦争に発展させるような小競り合いを避けたいとか」  この世界でも、普通に国外に親戚がいる場合もあるのか。 『アースリーちゃんが前に手紙を送った叔母さんは、ジャスティ国内にいる? 危険になるといけないから』 「え、手紙? いや、送ってないけど……もちろん、書いてもいない……」  え……? いや、確かに書いていた。ユキちゃんが元気になって、もっと仲良くなったこと、自由に移動できるようになったことで、旅に出る意欲まで湧いたことを叔母さんに……。 「シュウちゃん、その時の状況を詳しく教えてくれる?」  イリスちゃんからの要求に、俺は当時のことを伝えた。まさか、そんな日常的なことにまで踏み込んでいたとは……。  だとすると、魔法使いの彼女は間違いなく……。俺はシキちゃんの存在もイリスちゃんに話した。経緯は話していない。 「シュウちゃんの考えている通り、魔法使いはシキさん、もしくはそこに限りなく近い関係者だと思う。今は仮にシキさんとしておくね。  無理矢理繋げると、シキさんはユキお姉ちゃんのことをすでに知っていた。ジャスティ国とエフリー国で戦争が起きた場合、ユキお姉ちゃんのお父さんが出入りする国境付近の町だけでなく、セフ村が矢面に立つ、と言うより、その出自で国内から批判される可能性がある。それを避けるために、ジャスティ国の成長を止めさせ、丁度良く衰退させるのが狙い。衰退させすぎると、エフリー国がジャスティ国を攻めちゃうから、均衡を保つ必要がある。  ただ、たとえ小さな火種でも巻き込みたくなかったから、ユキお姉ちゃんの家族の今後の動向を、催眠魔法をかけたアースリーお姉ちゃんに、ついでに報告させた。架空の叔母をでっち上げ、偽名の自分宛てではあるものの、その記憶を消して……。  だとすれば、シキさんは天才と言っていいかもしれない。あるいは、頭脳関係、交渉関係、予知のチートスキルの可能性もある。アースリーお姉ちゃんをセフ村からの定期報告係とするため、辺境伯の暗殺は完全犯罪で成し遂げる予定だったんじゃないかな。完全犯罪不可能な状況がずっと続くようなら、実行しないとか。アースリーお姉ちゃんが捕まったら、ユキお姉ちゃんも悲しむからね。  シュウちゃん、ユキお姉ちゃんにはこのことは全部言わずに、私と話し合うことで、心当たりを見つけたとだけ言っておくのはどうかな? 二人が対峙した時に、その反応でエフリー国側に関係がバレちゃいけないから。結局、仮説に過ぎないことには変わりないし。  この問題を解決するには、エフリー国にいるであろう、シキさんの大切な人達を、無事にジャスティ国に連れてくる方法が一番良い。住む場所は私に任せて。  元々、ユキお姉ちゃんは、シキさんを探すつもりでいた。お父さんが見つけた手掛かりを辿れば、その人達に行き着くはず。  できれば、その前に魔法使いが本当にシキさんなのかを確認したい。私が天才にしか分からない暗号を考えるから、それをクリスさんの遠距離魔力感知魔法のオンオフで彼女だけに伝えてほしい。解決の手筈が整ったら、ユキお姉ちゃんに全部話していいし、その前に問い詰められても話していい。タイミングは任せるよ。いつだって、お姉ちゃんなら怒らないはずだから」  イリスちゃんのおかげで、シキちゃんの所在は何とかなりそうだ。しかし、イリスちゃんの推察には少し違和感があった。と言うより、俺がシキちゃんの行動とその結果に違和感を覚えていると言った方が正しい。ここは、遠慮なく聞いてみよう。 「今のところ、シキちゃんの行動が全て裏目に出ていて、俺達の結束が強まることで、さらにジャスティ国の力が増してると思うんだけど、逆にそれが意図の可能性はある?  俺達が上手くやっているんじゃなくて、俺達の上を行っていると言うか、それでも俺達が得をしていると言うか」 「…………。流石だよシュウちゃん。私の慢心を諌めてくれてるみたい。クリスタルにデメリットがあると分かった時のように、多分、シュウちゃんがそれを挙げたことに意味があると思う。  考えてはいたけど、あり得ないと思ってた。ううん、正確に言うと、可能性はあるけど、それを選択肢に挙げられるだけの情報が全くなかったから言わなかった。今までがあったかって言うと、それほどなかったんだけど、今回は天才への信頼感だけだからね。  でも、その場合は、責任者が別にいるとは言え、シキさんのエフリー国内での立場も危うくなるから、すでに何らかの対策をしているはず。また、ジャスティ国の力が増大しても、戦争や小競り合いが起きない確信を持っているか、そうならないように動いている。  もしかすると、エフリー国内で問題を起こして、戦争の余力を削っている可能性もある。こっちには他国の情勢が入ってこないから、分からないけどね。  最後に重要なことを二つ。  一つ目。その場合、シキさんはシュウちゃんの存在に気付いている。触手であることまで分かっているかは不明だけど、表に出てこない存在がいることは確信していると思う。  二つ目。ユキお姉ちゃんがシキさんを連れ戻すことが、シキさんの計画を狂わせる可能性があるから、タイミングを見計らって、彼女の意図をユキお姉ちゃんに伝える必要がある。  結局、情報が揃わないと、それを伝えられない。間違ったことを伝えても何とかなるかもしれないけど、ややこしくなりそうだから」  まあ、そうなるよな。より慎重にならざるを得ないだろう。俺はイリスちゃんにお礼を言うと、アースリーちゃんも含めて、二人に現在の玉座の間での状況を話した。 「あはは! あの時の『男の娘ゲーム』かぁ。私からイリスちゃんに説明した方が早いよね」  そう言うと、アースリーちゃんがイリスちゃんに『男の娘ゲーム』の設定とルールを説明した。 「でも、王族とゲームするなんて、すごい状況だよね。イリスちゃんが参加したら全部勝っちゃうのかな?」 「どうだろう。確率もあるし、排除される可能性も高いし、精々、勝率がちょっと良いぐらいになるんじゃないかな。それなら、アースリーお姉ちゃんの方が強いと思う。論理立てや相手の心理を読むのはもちろん、いかに自分に的を絞らせないかが肝だからね。アースリーお姉ちゃんを狙う人はいないよ。あ、でもお姉ちゃんの色々な表情を見たいから、わざと意地悪しても良いかも」  俺もアースリーちゃんと同じ疑問を抱いていたが、イリスちゃんの言う通り、アースリーちゃんの勝率は良さそうだ。 「えー⁉ イリスちゃんにそんなことされたら泣いちゃうー」 「ごめんなさーい、冗談だよ。アースリーお姉ちゃんのこと大好きだから、つい言っちゃった」  イリスちゃんは、アースリーちゃんに正面から抱き付いて、胸の谷間にスリスリしていた。イリスちゃんでさえ甘えたくなるアースリーちゃんの魅力、恐るべし。リーディアちゃんにも、『男の娘ゲーム』が城から流行っていきそうだと教えておくか。  三時間後。玉座の間の『男の娘ゲーム』一同は、やっと一息ついたようで、休憩しながら新しいルールや設定、そこから派生した新しいゲームについて、色々と議論をしていた。  そんな時、扉の兵士が、遠くからシンシアを呼んだ。 「騎士団長! よろしいでしょうか。是非お会いしたいという方が二名いらっしゃいました」 「分かった!」  警戒をヨルンに頼み、シンシアが扉から出ると、一分後に戻ってきた。 「パルミス公爵、アリサ様とサリサ様がいらっしゃり、『私達も中に入ってよいか』と」 「ふむ……。それでは、朝まで私達に付き合う覚悟があるならかまわないと伝えてくれ」 「それはすでにお聞きしました。覚悟しているそうです。それでは、お連れします」  シンシアが離れていった。 「陛下、私はシンシアの著しい成長に感動しています。この一ヶ月で素晴らしい者達に出会ったに違いないと。優秀だった者がさらなる飛躍を遂げたと肌で感じました。クリスと会った時はすでにそうだったのか?」  パルミス公爵が、左隣にいた王に話しかけ、右隣にいたクリスにシンシアのことを尋ねた。 「私がシンシアさんと出会った時は、今の七割ぐらいでしょうか。この一週間、そして今日でさえも、さらに成長していると断言できます。とてつもない才能だと思います。教えられたことをどんどん吸収し、経験することで、完全に昇華させていますから」 「パーティーの日程で、例の達人にゲームを教えられただけで、ここまでの成長はないだろう? 今日の調査もそうだ。明らかに想定の広さと思慮深さが増し、驚くほどの安心感がある。  別の師がいるはずだ。レドリー辺境伯やエトラスフ伯爵が師だと言うならまだ分かるが、それよりも前に会っているとなると、想像ができないな。それとも、碁の達人や発明者に、もっと前から会っているとか?」  パルミス公爵は流石に鋭いな。こういう時は直球で聞いてくるんだな。城外のクリス相手だからだろうか。  いずれにしても、誤魔化しは無理だから、シャットアウトするしかないが、どうやらシンシアがアリサちゃん達を連れて、再度戻ってきたようだ。 「お父様、クリスを困らせないでください」 「お父様の直接の畳み掛けは珍しいですね! 余程、興味があることでないとそんなふうになりませんよね?」  アリサちゃんとサリサちゃんが、パルミス公爵に注意した。娘、強し!  「すまなかった……。何と言うか、君達が面白くてね。出会ってから日が浅いはずなのに、シンシア、クリス、ヨルンの絆が異常に強い気がしたんだ。  シンシアとクリスだけならまだ分かる。レドリー辺境伯のパーティーで仲良くなったからと理由を付けられるのだが、ヨルンまでとなると……」 「お父様! お仕事以外の詮索は嫌われますよ!」  アリサちゃんがさらに怒った。 「すまない……。クリスは私のこと、嫌っていないよな?」 「どうでしょう? 私に投票しないのなら嫌いになりませんが」 「分かった。投票しない」 「あ、パルミス公爵が『男の娘』です! 嘘をつきました!」  クリスの冗談に一同から笑いが出た。アリサちゃん達も笑っているようだ。パルミス公爵は、娘の前では面白くなるのか。 「ご挨拶が遅れ、大変申し訳ありません。先程、シンシアから『男の娘ゲーム』について、少し聞きました。現在の状況も、何となくですが想像できます。このような状況で、このようなゲームを行っているとは、陛下の国王としての器の大きさに感服いたします。私達も是非勉強させてください」  アリサちゃんが改めて挨拶をし、サリサちゃんと一緒にゲーム参加を申し出た。 「歓迎しよう。パーティーの話は、あとでゆっくり聞かせてもらおうか」 「はい!」  アリサちゃんとサリサちゃんが元気良く返事をして、八人村と進行役一人の『男の娘ゲーム』が始まった。  それから二時間、みんなが色々な表情を見せながらゲームを楽しんでくれたようで、シンシアに教えて良かったと俺達は思った。 「これを五時間、黙って遠くから見せられた大臣達は、可哀想。しかも、この意味を理解しなくちゃいけないとか」  ゆうは大臣達に同情していた。 「シンシアを庇わなかった報いだと思ってくれればいいな。王族もシンシアへの償いとして、この軟禁状態をすんなり受け入れたんだと思う」  午後十時を過ぎ、就寝時間になったが、玉座の間は明るいままにしてもらっている。各々は、配られた毛布にくるまったり、下に敷いて横になったりしていた。また、夜中、他人を起こさないように、できるだけ今のうちにトイレを済ませておくようシンシアが促していた。とは言え、一人一人付き添い、時間がかかったので、午後十一時近い。  クリスとヨルンの勧めで、最初にシンシアが仮眠を取るようにした。ゲームや休憩の最中でさえ、常に注意を払っていたから、疲労も溜まっているだろう。  当然ながら、大臣達は椅子に座って微動だにしていなかったわけではなく、時には立ち上がったり、少し動いたりしていたので、その度にシンシアはそちらを向き、警戒していた。それでも、『男の娘ゲーム』の勝率が一番高かったのだ。驚異と言わざるを得ない。  次いで、パルミス公爵や王の勝率が高かった。ちなみに、一番低かったのはヨルンで、それは、明らかにヨルンの『男の娘』の確率が偏っていて、困ったらヨルンを追放すればいいという流れになっていたからだった。事象が見た目の属性に引かれたか。流石に可哀想だと思ったが、ヨルンはクリスから頭を撫でて慰めてもらえるので気にしないと言っていた。  ユキちゃんが到着するのは昼頃。すでに事情は伝えてある。  一方、シキちゃんの判別作戦をシンシア達に話し、ユキちゃんが合流してから彼女に秘密で行うには、どこかのタイミングでクリスとシンシア二人が城外に出て、シキちゃんがまだ近くにいるようであれば、そのまま実行することになった。  また、シンシアからは、兵を通して、明日の城内食堂の昼食メニューにシチューを追加してもらい、さらに約三十人分の取り置きを、早い時点でお願いしてもらっていた。ギリギリに頼んでも、材料の確保や仕込み、調理の時間が必要で、他の人達に全部食べられては元も子もないので、それらを予め伝えておかなければいけない。  パルミス公爵が言った通り、シンシアについては、具体性を伴わない作戦でなくても、方針さえ示せば、あとは安心して任せることができる。それは、クリスやヨルンも同じだ。大聖堂での超一流の仕事を見せられれば、誰でもそう思うだろう。  仮に何かあれば、俺達の正体がバレてでも動くつもりだ。  そう強く思っていたものの、普通に何も起こらず、時は過ぎていった。



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