俺達と女の子達が勲章受章して魔法生物を救済する話(1/3)

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 二十九日目の午前十時。  シンシア達は、玉座の間で大臣達と一緒に列に並んでいた。俺達は天井、クリスの外套、ユキちゃんの外套にそれぞれ潜んでいる。  式典には、いつもの幹部だけでなく、城内のある一定以上の役職の人達や、招待された城外の貴族達も別の列に並んでおり、俺達が初めて見るほど多くの人達が玉座の間に集まっていた。シンシアとユキちゃんは、本式典の主役であるにもかかわらず、全く着飾らずに普段通りの格好をしている。コリンゼも騎士団長に任命されるので、その内の一人だ。  初めて彼女達を見た城外の貴族達は、玉座の間に入るなり、訝しげな顔をしていたが、並んでいる場所が最も玉座に近いことから、すぐに主役と察して、取り繕った表情になっていた。もちろん、同じく参列しているアリサちゃん、サリサちゃん、レドリー辺境伯、エトラスフ伯爵、フィンスさん、ウィルズは笑顔でシンシア達に挨拶をしていた。  アリサちゃん達の近くには、彼女達の姉である長女と次女もいた。アリサちゃんが話していた通り、その美貌は、ひと目見ただけで虜になってしまうほどだった。正直、第一王子と第二王子が羨ましい。何もしなくても、絶世の金髪美女とあんなことやこんなことができてしまうなんて、その幸運を是非噛み締めて生きてほしいものだ。  いや、もしかしたら、王子達が不甲斐ない場合は、聖女アリシアのように家を出ていっていた可能性もあったのか。 「あ、始まるよ」  ゆうは、王族とパルミス公爵が玉座の間に入ってくるのを視界に捉えたようだ。それに気付いた参列者達もすぐさま跪いた。  王と王妃が玉座の前に立ち、その両脇に左からパルミス公爵、姫、二人を挟んで、第一王子、第二王子の順に並んでいる。処刑時と同じく、王族が勢揃いしているが、これで全員らしい。  こう見ると、ジャスティ王家はレドリー辺境伯と同じ家族構成だ。王家や貴族は、家を反映させるために多くの子孫を残すべく、子どもが多くいるものだと思っていたのだが、少なくともこの二つの家については、そうではないようだ。やはり、子どもが多ければ多いほど、争いの火種になるからだろうか。 「式典を始める前に、まずは陛下のご挨拶から! 陛下、お願いします」  今回はパルミス公爵が式を進めるようだ。 「皆の者、よくぞ集まってくれた。今日は、我が国の英雄を称えるための式典であると同時に、それに相応しい役割を周知することで、皆に同じ未来を見てもらうための場でもある。この式が何のために開かれ、皆が何のために呼ばれ、この場にいるかをよく考えてほしい。移動時間を除いたこの時間を無駄にしてほしくないのだ。  これを境に我が国は生まれ変わる。もちろん、伝統や文化を大事にすることに変わりはない。ただ、その中でも変えていかなければいけないものは多くある。先入観に囚われ、言われるがままにしてきたこともあるだろう。  しかし、英雄達は違った。広い視野で物事を客観的に捉えながらも思慮深く、目の前の問題だけでなく、未来の課題までも解決するために、これまで学んできたことを活かし、全身全霊で我が国に貢献してくれた。  私は誇りに思う。我が国から英雄が生まれ、これからも生まれてくるだろうことに。この場に、あるいは皆の領地に、未来の英雄がきっといることだろう。自分がそうだと思うか思わざるかによらず、決してその者の足を引っ張ってはいけない。背中を押し、肩を組んで、前から手を引っ張って、共に前に進んでほしい。私は必ずそれを評価しよう。  そして皆には、国益とは何かを改めて考えてほしい。自分の考えや行動が、国益になっているかを常に考え、もし分からなければ周囲に相談する。当然、私達に責任があるのは承知しているが、一人の人間には限界がある。だからこそ、国民一人一人が力を合わせる必要があるのだ。そのことを肝に銘じた上で、この時間を過ごしてくれ。以上だ」 「陛下、ありがとうございます。それでは、ただ今より、任命式および叙爵式を行う! シンシア=フォワードソン、コリンゼ=オルフニット、ユキ=リッジ、陛下の御前に進みたまえ! 他の者達は、顔を上げ、立ち上がることを許可する!」  パルミス公爵の声に、三人は、並んでいた列から前に出て、玉座の前まで進み、跪いた。俺はてっきり叙爵式が先だと思っていたのだが、任命式が先に行われるようだ。 「ただ今を以て、シンシア=フォワードソンの騎士団長の任を解き、新たに『最高戦略騎士』を創設、シンシア=フォワードソンを『最高戦略騎士』に任命する! 『最高戦略騎士』とは、陛下、殿下方の次に軍の指揮権力を有し、単独で遠征可能な、その存在と行動自体が戦略となる騎士の役職である。  そして、シンシアの後任として、コリンゼ=オルフニットを騎士団長に任命する! その実力は、城内の者ならすでに聞き及んでいることだろう。騎士団副長については、明日以降に城内に通達する!  次に、ユキ=リッジ、壇上に上がりたまえ! 叙爵と共に、勲章の授与がある」  シンシアとコリンゼの任命が滞りなく終わり、ユキちゃんが玉座のある壇上に上がった。叙爵だけでなく叙勲も行われるようだ。  ユキちゃんが跪くと、王が立ち上がった。 「ユキ=リッジ、そなたに男爵位を授ける。爵位名は『ショクシュウ』。『ショクシュウ男爵』と名乗るがよい」 「ぶっ! ちょっと! お兄ちゃんの影響が強すぎなんだけど!」  ゆうが爵位名を聞いた途端、吹き出したが、ユキちゃんはそんなことも知らずに、『ありがたき幸せ』と言って、次に『王家名誉勲章』を授与されていた。名前からすると、もしかして最高位の勲章ではないだろうか。だとすれば、ユキちゃんの男爵位と釣り合いが取れないはずだ。やはり、みんなをまとめる発想だろう。 「『ショクシュウ』は、此度の英雄であるシンシア、ヨルン、クリス、ユキのそれぞれの名前から取ったものだ。したがって、勲章もその四人分の勲章と思ってほしい。そして、これからも力を合わせ、我が国への貢献に励んでほしい。  領地については、レドリー領内にショクシュウ村を一から興すということだが、城内の相談役にリリアが申し出てくれた。レドリー辺境伯とリリアと、連携を取りながら開拓を進めてくれ」  王が命名の由来と、名誉勲章の理由を語ってくれた。姫はすでに村の相談役を王に伝えていたようだ。 「ねぇ、お兄ちゃん。『ショクシュウ』の『ウ』って、もしかして、あたし達を含めた上で、さらに『ウキ』のこともそこに入れたってこと?」  ゆうも俺と同じ発想をしていたようだ。 「ああ。俺が昨日の夜に考えていたそのまんまのことが、合わさって出てきた感じだな。『勇運』を知らなければ、俺と王とユキちゃんの『予言コラボレーション』と言っても過言ではないだろう。  王が『ウ』を入れたのは、『ショ』にアクセントがあるから、自然に発音でそうなるということだろうが、ここで『疾風の英雄』を名付けた王のネーミングセンスが効いてくるのは面白いな。普通のセンスなら出てこない名前と名付け方だ。  だが、何となく王の名付けに関する考え方が分かった気がする。今回、話していた内容からすると、仮に王が裏で四人に二つ名を付けるとしたら、『四英雄』だろう。一人一人に二つ名は付けない。『疾風の英雄』を加えて『五英雄』にもならない。その場合は、例えば『四英雄のユキ』みたいに呼ばれる。『セフ村のユキ』もユキちゃんの意志で残るから、彼女に限っては、爵位名の組み合わせも考えると呼び名がいっぱいあることになるな」  俺達が話していると、パルミス公爵が勲章を置いていた台を下げ、式の締めに入り始めた。思った以上に早く終わったな。 「以上で、任命式および叙爵式は終了とする! シンシア、コリンゼ、ショクシュウ男爵、クリス、ヨルン、レドリー辺境伯、エトラスフ伯爵は、陛下との打ち合わせのため、私に続きたまえ」  パルミス公爵がシンシアだけでなく、ユキちゃんとクリス達も呼んでくれたので、俺達はシンシアの左手に隠れに行く手間が省けた。 「それでは、エトラスフ伯爵からどうぞ」  いつも見ている姿とは異なり、パルミス公爵がエトラスフ伯爵に丁寧に話を促した。打ち合わせは王の部屋で行うことになり、殿下達はそれぞれの部屋に戻っている。  シンシア達は、応接スペースの王の椅子の前に向かい合うソファーに座り、シンシア、コリンゼ、ユキちゃん、ヨルンが王に向かって左側、エトラスフ伯爵、レドリー辺境伯、クリスが右側のソファーだ。  俺達は触手を増やして、透明化してから天井の梁に移動した。 「私は、クレブに手紙の感想を聞きたいだけだよ。ただ、その前に私から改めてシンシア達に謝らせてほしい。先日のような事態になったのは師である私とクレブの責任だ。本当に申し訳なかった。君達がいなければ、より恐ろしいことになっていたのは間違いない。  そして、お礼も言いたい。本当にありがとう。我が国を救ってくれて。私の名など霞むほどの功績だ。まさしく、英雄中の英雄と呼ぶに相応しい。その誕生の場に居合わることができたのだ。これほど嬉しいことはない」 「とんでもございません。皆様のおかげで、私達は飛躍的な成長を遂げることができました。今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」  代表して、シンシアがエトラスフ伯爵と王の二人に言葉を返した。 「シンシア、お主には言うまでもないと思うが、人は成長すると叱責されることが極端に少なくなる。ましてや、私達王家や他の身分が高い者達は、皆無だろう。だからこそ、私はこの二人との関係を大事にしているのだ。  そのことを二人も分かっているから、親友はいつまでも親友、師匠はいつまでも師匠でいてくれている。だからこそ、私は、ジャスティ国は成長し続けることができるのだ。お主達四人がお互い大切に思っているのであれば、その関係をずっと大切にしてほしいし、他に尊敬できる者がいる場合も同様だ。  そして、コリンゼ。私と二人の関係を初めて知るだろう。なぜお主に教えたか。警備体制の変更を進言したのはお主だろう? 先日の騎士選抜試験での総責任者としての活躍に加えて、その準備を整える上で使用された書類の筆跡が、お主が警備隊長に送った手紙と一致したことから、そう判断した。  緊急事態を裏から支え、私達に我が国の転換点を見せてくれた。『隠れた英雄』と言ってもいいだろう。その行動に敬意を表した結果だ」  王は手紙の差出人がコリンゼであることに気付いていたのか。その言動から、隠し事を詮索しないとばかり思っていたが、筆跡鑑定までするとは思わなかった。それとも、パルミス公爵が念のため調べたとかだろうか。 「はっ! ありがたき幸せ!」  コリンゼは緊張で震えながらも感謝の言葉を言った。いきなりこんなお偉いさんが集まる場所に連れて来られたら緊張するのは当然だ。 「それで、私の手紙についてはどうなんだ? 誤魔化すなよ」  エトラスフ伯爵が王に対して、手紙の感想を促した。ちょっと怖い。王が誤魔化したくなる気持ちも分かる。 「…………。えー、あの手紙についての感想ですが……正直、震え上がりました。しかし、すぐに嬉しさの方が大きくなり、こんなにも我が国や私、シンシアのことを思ってくれる師がいて、身が引き締まる思いでした。改めてこの場でお約束します。私の責任において、我が国を二度と緊急事態にさせないと。あなたも死なせません」  初めて聞く王の口調と宣言の両方に俺達は少し感動した。それにしても、王はちゃんと自分の責任の範囲に言及している。これは、例えば敵国からいきなり攻められて緊急事態になっても、自分が直接の原因ではないために、約束は適用されないということを言っているのだ。 「よし! それでいい。私も今回は傍観しすぎたと思って、実は反省していたのだ。申し訳ない。  その代わりと言ってはなんだが、シンシアを通じて、私とリディルが信頼できる者をパルミス公爵に二人推薦させてもらった。重要な人事は、もちろんクレブに決定権があるが、推薦ぐらいはさせてくれ。その内の一人は私の息子ですまないが、何かあればその二人に話すといい。それこそ、師弟関係のように色々と教えてやってほしい。  『王は孤独』とよく言われるが、その気持ちを推し量ることができる者達も当然いる。これは前にも言ったことだが、その格言を鵜呑みにして自分から孤独になる必要はない。騎士団が王や国の手足なら、私達は頭脳だ。並行して物事を考えられるし、シンシア達やその友人達のような一線を画した頭脳も次々と現れている。それほど、ジャスティ国が素晴らしい国であるという証だろう。  クレブ、ありがとう。君のおかげだ。皆で我が国をさらに良くしていこう!」 「はい! こちらこそありがとうございます!」  王の表情は若い頃に戻ったかのように明るく、そして少し潤んだ瞳をしつつも、嬉しそうだった。エトラスフ伯爵は、その口ぶりから、セフ村に天才がいることについて、いつの間にかレドリー辺境伯から聞いていたようだ。また、自分達が大臣候補の二人を推薦したことも包み隠さず話すのは、流石の関係と言える。シンシアが推薦したことにするというのは、この場以外の人達向けにすぎなかったのだ。 「では、次にレドリー卿から」 「私はショクシュウ領地案を持ってきた。その壁に貼ってある地図を見てほしい」  パルミス公爵がレドリー辺境伯を指名すると、辺境伯はソファーから立ち上がって、大きい大陸地図が貼ってあった横の壁まで歩いていった。 「セフ村の近くが良いということだったので、その北と北西方面に最大約二キロをショクシュウ領とする。森と川を避けるので、扇形のような形になる。セフ村の森は変わらずセフ村管理。森の西は土砂崩れもあり得るので、その近辺には家を建てないように。その境界で問題があった場合は、全てショクシュウ領の責任だ。  また、セフ村よりも川の上流になるので、問題が起こった場合は下流への影響を最小限にするために、速やかに対処すること。現状の治水方法ではなく、特別な治水方法をとる場合、リリア王女を通じて総務大臣に相談すること。ウィルズくんに話しておけば問題ない。  それと、村の開拓について、もしよかったらだが、村から道を北に伸ばして、途中の道で合流させてほしい。そうすれば、私もダリ村を経由しないでショクシュウ村に行きやすくなる。したがって、村を発展させる場合は北方向が良い。  もちろん、これは私の勝手な希望なので、自由にしてもらってかまわないが、その通りにしてくれるのであれば、私が許可した上で、領地を北方向に拡大してかまわない。先程二キロと言ったのは、あくまで現在の領地であって、人口が増えて領地不足になるようであれば、その限りではないということだ。そのための資金が不足するようであれば、相談してほしい。  もう一つ、ショクシュウ領には大きな役割がある。それは、セフ村の沿岸方向からエフリー国が攻めてきた場合、それを殲滅することだ。君達四人の内、一人でもいればそれは容易に可能だろう。現状でも国境付近の監視体制は緩めていないが、予兆があった場合は、ダリ村とセフ村に連絡することになっている。ショクシュウ村とセフ村で連携を取り、君達にも連絡が行くような体制を作ってほしい。  そういう意味でも、セフ村近くに村を作りたいと言ってくれたのは、国防の観点からも実に都合が良いことだった。それも考えの内だったのだろうな。流石だよ。これはシンシアにも話したことだが、率直に言って、これまでセフ村の優先度は高くなかった。  ただ、今回のスパイ事件が明るみになったことで、エフリー国に動きがあるかもしれず、その場合、最も手薄であるセフ村沿岸に、より注意を払う必要が出てきたというわけだ。何より、私の大切な『家族』もいるからね」  レドリー辺境伯の領地案は破格と言っても言い過ぎではない。領地を拡大してもいいなんて普通はあり得ない。やはり、みんなとの信頼関係が為せることだろう。また、それだけレドリー領も広いということでもある。  俺達が前に『レドリー領』と言っていたのは、レドリー邸がある街の近辺を指したものだったが、この地図にも『万象事典』にもある通り、実際はレドリー領の中にセフ村も隣のダリ村も入っているほど広い領地だった。さらに、南西の元魔法使い村の地域も入っているので、中々面白い形をしている。 「あの……質問いいですか? 四人全員が村にいない時はどうすればいいですか? 今もそうですし、私達がセフ村に戻ったり、ショクシュウ領に行くのは、もう少し先になりますが」  ユキちゃんが辺境伯に良い質問をした。 「それはそれでかまわない。元々、監視体制を強化する予定だったのだ。戻ってきたら連絡してくれ。そうすれば、その分の人員を減らすことができる。また四人で外に出る場合は、事前に連絡してほしい。  ただ、君達が今からエフリー国に行くのであれば、それも必要ないかもしれない。君達自体が牽制にもメイン戦力にもなるからだ」  驚いたことに、辺境伯はユキちゃん達がエフリー国に行くことを読んでいた。シンシアがビトーを探しに行くと聞いただけでは、その結論には達しないはずだ。  シキちゃんのことは流石に知らないはずだから、シンシアの役職名から読んだか。ほぼ独断で敵国への介入が許される『最高戦略騎士』。そうでなければ、わざわざ『戦略』という言葉を使わないと。  そんなことを考えていると、シンシアが手を挙げ、パルミス公爵が彼女を指名した。 「陛下、レドリー卿がおっしゃった通りです。私達はエフリー国に行きます。そこでは、戦闘も起きることでしょう。よろしいでしょうか」  シンシアが王に承諾を求めた。 「よかろう。私はこう見えてもエフリー国に心底怒りを覚えている。スパイを潜り込ませたこともそうだが、その者達を簡単に切り捨てたからだ。仮に、その者達からエフリー国のスパイと聞き出せたとしても、向こうから知らないと言われればそれまで。やったもの勝ちだからな。そのような卑怯な国には鉄槌を下す必要がある。  暴れてこい、滅ぼしてこいとは言わないが、お主が必要と思う範囲で損害を与えてかまわない。ただし、シンシアの名前は出さないことにしよう。こちらも対抗して、通りすがりの一般人がやったことにする。変装はしてもしなくてもかまわない。何か言われても私達は知らないふりをして誤魔化す」  王の言葉に、エトラスフ伯爵は少し笑った。 「ふふふ、クレブの得意技だからな。しらばっくれたり誤魔化したりするのは。だから、手紙にも書いて念を押した。  こいつは俺の講義中にしょっちゅう居眠りをしていたのだが、その言い訳が全て別々で、感心するほどだった。おそらく百個ぐらい聞いたな。 『船を漕ぐイメージトレーニングをしていた』なんてのは序の口。 『首を縦に振ることで自分なりに記憶しやすくしていた』 『講義内容が素晴らしすぎて体を震わせてしまった』 『いびきではなく感動の声』 『涎ではなく感動の涙が口から出てしまった』 『目を瞑ることで集中力を高めていた』と次々に言い訳が飛び出してくる。 『じゃあ、俺が何を話していたのか言ってみろ』と言ったら、『私は素晴らしいと思ったことは二度聞きたいのです。一度目は記憶するため、もう一度は素晴らしい師との思い出を作るため。どちらが欠けていてもダメなのです。それが素晴らしい国づくりに繋がると信じています』と言う。 『どう繋がるのかは分からないが、お前、詐欺師の素質あるよ』と俺が言うと、『私は詐欺師が最も嫌いな存在です。取り消してください!』と怒り出すからな。怒りたいのは俺の方なんだが……という感じで誤魔化される」  誤魔化しになっているかは疑問だが、少なくとも昔の王が問題児だったことは伺える。 「懐かしいですね。あの時のクレブは、天才かと思うほどによく舌が回っていましたね。久しぶりにそれを聞いてみたくもなりました」  辺境伯も昔を思い出すようなしみじみとした表情をしていた。シンシア達は笑っていいのかよく分からずにいるようだったが、そこで彼女が話を切り出した。 「大変興味深いお話をお聞かせいただき、嬉しい限りですが、実はまだ大事なことを陛下にお聞きしていないので、その話に移ってもよろしいでしょうか。  これは、法律化されていないことですが、我が国の国益のために、我が国でスパイ活動をする者が処罰の対象となるのかという疑問が生まれたため、陛下にお考えをお聞きしたく存じます。これはビトーのことでは決してありません。例えばの話です。  今回のスパイ事件では、財務大臣が死亡し、他の大臣も処刑され、英雄も生まれました。それは結果的に我が国の転換点を迎え、さらなる成長を遂げる確信を得られることになりました。これが、あるスパイの導きによって、成し遂げられたとしたら、ということです」 「ふむ、なるほどな。そういう場合もあるのか……。考えもしなかった。そのようなことができるとしたら、まさに天才の為せることだろうな。  そうだな……、多大な貢献をした前提で、そのスパイが善良な国民に取り返しが付かない被害を及ぼさなかったのであれば、処罰の対象にはしないだろうな。命令されて仕方なく行った場合は、その責任者を早期に突き出すことで刑を軽くする。  シンシアがそのスパイを保護したとして、私の前に連れてくるかどうかは、お主の判断に任せる。責任者を事前に聞き出すことが望ましいだろう。その責任者まで連れてくる必要はない。そこは、『最高戦略騎士』の権限で、その場で処罰してかまわない」 「はっ! 承知しました!」  王の考えを聞いて、シキちゃんのことは一先ず安心できた。とは言え、彼女に会った時は、それらを聞いてから連れてこなければならない。 「他に議題はあるかな? ……それでは、ショクシュウ男爵」  パルミス公爵がシンシアの話が終わったことを察し、他の議題を求めると、ユキちゃんが手を挙げたので、パルミス公爵がユキちゃんを指した。 「あの、皆さん。私達が怖くないですか? 仮にショクシュウ村が領地を広げていった場合、さらなる野望で、レドリー領を辺境伯の許可なく侵略していったり、独立国家を興したりするかもしれないと」  王がエトラスフ伯爵、レドリー辺境伯、パルミス公爵をそれぞれ順番に見ると、彼らは無言で頷いた。返答内容は王に全て任せるということだろう。 「全く怖くないと言えば嘘になるし、統治者としての資質も疑われるだろうが、その場合の理由としては、私達が至らないから、そのままではお主達の問題が解決できないから、だろう?  優しく賢明なお主達だ。何の話し合いも、お互いの妥協もなく、力で解決するとも思えない。実際、今もそうだ。リディルの提案にそれ以上何の欲も示さず、交渉さえしなかった。お主達の力を以てすれば世界を支配することができるにもかかわらず。  仮に私が、『我が国の武力を以て世界を支配せよ』と突然命令してもお主達であれば拒否して、私を説得するだろう。どうしてもやれと言われたら、私を殺してでも止めるかもしれない。もしかすると、強大な力を持っているからこそ、それに溺れないお主達だからこそ、信頼できるのかもしれないな。  私は先程、シンシアに対して、エフリー国に『鉄槌を下す』と言った。エフリー国の責任で因果応報ではあるものの、力を直接持っていない私でさえ驕ってしまう。何とか自分を律し、『損害を与えてもかまわない』という言い方にしてシンシアに任せたが、危ないところだった。  お主達が自分の信念と道理に従っているのは、執行人を申し出てくれた時や、執行時の様子を見ても分かった。単に平和主義者や戦争反対論者ではない。何より、我が国を大切に想っていることが、少なくとも表に出ている全ての思考と行動から伝わってくるのだ。私達もそれに応えたくなるほどにな。お主達は、国民の感情に寄り添った政策提案をすることはあっても、感情的な政策批判はしないだろう。  だからこそ、リディルはあの領地案と拡大条件を持ってきた。あれほど用心深いリディルが、だ。判断基準がシンプルとは言え、此奴は誰彼構わず『家族』と言い回っているわけではないのだ。  それは、我が師もパルミス公爵も、もちろん私もそうだ。このような短期間で人を信頼する者達ではない。スパイを長らく見過ごしていた私達が言うのは何だが、皆、その者の本質で判断する者達だ。そして、その領地案に対して、何ら反対意見や追加条件を出さなかった。恐怖よりも、むしろ期待だろうな。見てみたいのだ。才能溢れるお主達が今後どのような領地にしていくかを。  もし条件があるとしたら、皆こう言うだろう。『何でも遠慮なく相談してほしい。そして、君達が最高だと思う領地を私達に見せて、是非楽しませてくれ。それが条件だ』と」  王は、俺が前にゆうに言ったことと同じようなことを交え、考えをみんなに披露した。 「ありがとうございます。そのお気持ちが本当に嬉しいです。必ず素晴らしい村にしてみせます!」  ユキちゃんが王に感謝の言葉と強い意志を示した。 「それでは、クレブ。ユキと私で契約書を取り交わすから、この場で承認と署名をしてくれ。領地案を別紙として三通持ってきた。それぞれ、爵位証明書と合わせて保管することになる。少し待たせて悪いが、部屋から持ってくる。それまでは、今回の勲章が与えられるための条件でも話してあげてくれ」  そう言うと、辺境伯は王の部屋を出ていった。式には手ぶらで参加して、そのままここに直接来たから、一度戻るのは仕方がない。 「なるほどな。それでは、『王家名誉勲章』が与えられる条件について話そうか。  まず第一に、その者がいなければ、現在の我が国が存続し得ないと考えられること、これが大前提だ。  第二に、その者に前科がないこと。  そして最後は、ジャスティ国民であること。  この全てを満たしている者が『王家名誉勲章』を与えられる。つまり、お主達はその条件を満たしているということだ。  もし、お主達が自分の生い立ちや環境、これまでの行動に疑問を持ったとしても、現時点ではそれらが私の名において、一切の問題がないことを証明されていると、大手を振って歩いてもらってかまわない。  現時点という意味は、過去の所業がこれから明るみになって問題になる可能性があるということではない。また、未来の行動が問題になるということでもない。その勲章は今後一切、剥奪されることも返上することもできない。それだけの責任が、授与者にも受章者にも与えられる。例を出した方が分かりやすいだろう。  前科の話で言えば、過去に劣悪な家庭環境で育ち、その恨みから両親を殺害し、証拠隠滅のために家に火を放った疑いがかけられていても不問となり、換金するための宝石が盗品ではないかと疑われていても、調査は打ち切られ、同様に不問となる。  念のために言っておくが、疑いはあくまで周囲や関係者の疑いであり、私達がそう考えているわけではない。それに、前者は正当防衛であれば無罪だし、後者は持ち主が見つからないのであればどうしようもない。言いたかったのは、前科が不問になるわけではなく、容疑が不問となり、それが今後一切、立件されないということだ。  そして、極端に言えば、この場でお主達が私を殺したとしても、その勲章は剥奪されない。国民の話で言えば、その者が敵国の出身であっても、現在はジャスティ国民であると認められ、それから別の国に移り住んでもジャスティ国民であることに変わりがないということだな。あくまで例だからな。皆まで言わなくていい」  クリスのことはすでに知っていると思っていたが、王が挙げた例から分かる通り、ヨルンやユキちゃんの身辺調査まで済ませていたのは驚きだ。  本人に探る気がなくても周囲から入ってくるんだろうな。前々から情報が入っていて、今回初めて照合させたのだろう。そうでなければ、調査の時間が足りないはずだ。やはり、国家特殊情報戦略隊は優秀だ。  王が例に挙げたのは、三人を不安にさせたいわけではなく、逆に心配することはないというメッセージだろう。 「それと、これは条件ではないが、願わくは、パルミス公爵含めて『私達四人』が本音で話せる者であってほしいと夢見ていたのだ。『お主達四人』には、私達の夢を一つ叶えてもらった。本当に感謝しているよ。ありがとう」  王の優しい感謝の言葉からは、『その四人』で夢を語り合っていた若かりし頃を想像させてくれた。エトラスフ伯爵もパルミス公爵も感慨深いと言わんばかりの表情をしている。 「コリンゼは偉大な背中を追うことになるかもしれないが、功を焦ることはない。そもそも、内部と外部にいる者では、できることも異なる。能力を言っているのではなく、その機会があるかないかだ。  騎士団長に就任したことで、すでに歴史に名は刻まれている。たとえ刻まれていなくとも、騎士団長でなくとも、自らの役割を果たすことで、我が国に貢献していることに変わりはない。この数日で色々なことを学んだと思う。もちろん、私もだ。  これからは遠慮することはない。会議でもどんどん発言してほしい。お主に限っては、役割に制限を設ける必要もない。逆に、騎士団が関わらない国の仕事はないとさえ思うからな」 「はっ! 一生懸命、誠心誠意、我が国に貢献していく所存です!」  コリンゼが王に返事をしたところで、辺境伯が戻ってくると、書面が三通同一であることとその内容をユキちゃん達にそれぞれ確認してもらっていた。  ユキちゃんは俺達にも見えるように、その内の一通の書類をテーブルに置き、他の三人もそれを少し遠くから覗き込むように確認していた。王も別の一通をエトラスフ伯爵と読んでいて、パルミス公爵も残りの一通をしっかりと読んでいた。 「へぇ、ちゃんと全員が確認するんだね。特に王は署名するだけかと思ってた。読んだ感じだと、この契約書であたし達が危険になることはなさそう」  ゆうの意見には俺も同意だ。文面も詳細に書かれていて、現代の契約書のように、責任の範囲、監査の受け入れ、災害や天変地異時の対応についても書かれていて、文句のつけようもなかった。監査については、全てを見るのではなく、お互い合意の上でその範囲を制限できることにも言及されている。主従関係ではなく、対等に近い関係ということだ。 「『動く機密情報』の俺達が監査条項で守られているのは、『勇運』のおかげかもな。でも、辺境伯がここまでやってくれるんだから、発明品や開発商品ができたら真っ先に持っていってあげよう。それが信頼に対する感謝だ。彼が狙っているとしたら、軍事力とそれだろうしな」 「過去のエトラスフ領への割譲と魔法使い村の領地獲得の話から、家族のためとは言え、タダで動く人じゃないってことね。使ってない領地を与えただけで、何の損もしないからね。策士すぎるでしょ」 「それが私利私欲のためだけだったら憎むべき存在だが、そうじゃないからな。それが家族のためだけでなく、国家のためになると確信しているからこその思案だろう。さらに、それが回り回って自分の所に返ってきて、家族みんなで幸せになれると」 「あたし達にとっても、とりあえずこれで経験値牧場の下地はできたわけだから一安心かな。でも結局、あたし達はあまり女の子を村に誘えてないけど、これからどうするの?  セフ村を出てから、村に来ることが確定しているのは、クリス、ヨルン。一時的には、シンシア、リーディアちゃん、姫、リオちゃんぐらいだよね。その中でリオちゃんはまだ接触できるかどうか分からない。  元々いるユキちゃん、アースリーちゃん、イリスちゃんを入れると合計九人。牧場支部のレドリー邸まで含めると、リーディアちゃんのメイドで最近二人増えたから小計七人、合計十六人。コリンゼが牧場支部を作ってくれるかは分からないけど、それを入れても今は合計十七人。いつになるか分からないけど、シキちゃん確定でも十八人。最低目標の百人までは、まだまだ遠い」 「一ヶ月で十七人なら、十分早いと思うけどな。特にリーディアちゃんの貢献度がハンパないから、彼女のような存在が他にもいると、より早く達成できるだろう。シキちゃんの予知を使えば、より効率的になる。エフリー国に行っても候補者は出てくるかもしれない。いや、ユキちゃんがいるから、きっとそうなる。  のんびりするつもりはないが、焦る必要もない。慢心と油断さえしなければ、必ず上手く行くようになっているはずだ。だから、ゆうは安心しろ。こっちには、イリスちゃんとシキちゃんの天才が二人いて、超戦力で優秀な四人がいて、作戦立案家の俺もいるんだ」 「うん。ありがとう、お兄ちゃん。でも、最後だけ『自称』なのは不安の種なんだけど」 「いや、俺も結構評価されてると思うんだけど」 「少なくとも『作戦立案家』とは言われてないよね。言われてないことをさも言われてるかのように誤魔化そうとしたよね。誤魔化しが得意な人が、ここにもいたってことだよね」 「…………。もしかしたら、俺は人の心が読めるようになったかもしれないんだ。『シューくんは作戦立案家』という言葉がみんなから聞こえてくるんだ」 「じゃあ、あたしの心の声を読んでみて。『願望妄想家シュークン』」 「『お兄ちゃん、しゅきしゅき大好きぃぃ!』だろ? ほら当たった!」 「残念。あたしは『人』じゃなくて『触手』でしたー。お兄ちゃんには読めませーん」 「うざ!」  俺は、ゆうの『きも!』を狙ったんだが、外れてしまった。こういう時もあるか。  ああ、お互いに論点を外しまくっているのは、もちろんわざとだ。今回は『誤魔化し』がテーマだったからな。ゆうの『これからどうするの?』の質問に対して、具体策を示さなかった俺から始まったコミュニケーションだった。実際、それを考えても仕方がなく、ゆうの不安を取り除くことを目的とした答えだったからだ。  これからやれることは、俺達の前に現れた女の子が、触手である俺達を認めてくれるかどうかを判断し、接触するしかない。村を作ってから人を集める方法は、イリスちゃんが前に『いくつか方法がある』と言っていた通り、いや、いくらでもある。  現代知識がある俺達の方が、村の魅力的な宣伝方法を彼女より思い付いているだろう。情報の差というのは、それだけ強力なのだ。同じ天才でも未来を知っているシキちゃんの方が、選択肢が多くあり、自由に動けるのと同じだ。もちろん、シキちゃんが実は悪の心に染まっていて、俺達や人類を絶望の淵に追い込もうとしている可能性もなくはない。  ただ、俺が思う真の天才は、そんなくだらないことはしない。天才は、自分がそこにいる意味をまず考える。だから、『俺は人を絶望させるために今ここにいるんだ!』などと考える『天才(笑)』は、ダサすぎて滑稽という他ない。  そして、真の天才は、より難しいことに挑戦する。実は、人を絶望させるのは容易だ。スケールが小さくて恐縮だが、株取引が良い例だろう。株は、資金が大量にあれば、『売り方』の方が儲かる。圧倒的な売り注文数の前では、多くの個人は将来の株の価値が下がると思い、『狼狽売り』や『失望売り』でその銘柄を簡単に手放してしまう。そして、さらにその価値を加速度的に下げていく。『売り方』はその下がりきった所で買い戻す。  もちろん、その逆の『買い方』の例もあるのだが、ふとした瞬間にそのバブルが弾け、悪材料もないのにストップ安になることが多い。単に『上がりすぎたから』という理由だけで。  株は釣られて誰も売らなければ通常は上がる一方なのだが、個人の心理としてそれができない。がっちりホールドする、いわゆる『株ゴリラ』になるには、損得勘定だけではなく強靭な精神力が必要なのだ。したがって、プロの機関投資家は『売り方』が多い。  閑話休題。そう考えると、人々を『絶望や不幸のどん底に叩き落とす』のと『感動や幸福の渦に巻き込む』のとでは、後者の方が難しい。もし前者を自分の快楽のために行う『天才(笑)』を目の前にしたら、俺はこう言いたい。『え、そんなかっこ悪くて簡単なことで悦に浸っているんですか? 流石、自称天才ですね。あなたは誰がどう見ても平凡な人間……にも満たない下劣な存在ですよ』と。  だからこそ、イリスちゃんも俺も、回りくどい作戦の敵に天才がいると仮定した時に、凡人の俺達が対面さえしなければ、イリスちゃんの戦略で何とかなると思っていたし、その敵の正体であるシキちゃんが、実は俺達のために動いてくれているという可能性も、頭に残すことができた。  決して思い込みはしないし、みんなに危険が及ぶ想定外もしたくない。昼食後は、魔法生物を救いに行くが、それも十分に作戦を練ってから行う。シキちゃんの意志に反して、魔法生物がいきなり暴れることで、みんなや孤児院に被害を及ぼさないためだ。  それまで、俺は自分の作戦に穴がないかをできるだけ反芻していた。 「では、改めてこれからよろしく」 「はい、こちらこそよろしくお願いします」  辺境伯とユキちゃんが契約書を交わし、王も署名をして、お互いが両手を重ね合わせたところで、締結となった。  その後、その場の全員と姫を含めた王族が加わり、王族専用食堂で昼食を済ませた。辺境伯達は、午後にウィルズ達と打ち合わせをしてから明朝に帰宅するらしいので、そのまま別れも済ませた。



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前のエピソード 俺達と女の子が特殊雑談して大臣候補を推薦する話

俺達と女の子達が勲章受章して魔法生物を救済する話(1/3)

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 二十九日目の午前十時。  シンシア達は、玉座の間で大臣達と一緒に列に並んでいた。俺達は天井、クリスの外套、ユキちゃんの外套にそれぞれ潜んでいる。  式典には、いつもの幹部だけでなく、城内のある一定以上の役職の人達や、招待された城外の貴族達も別の列に並んでおり、俺達が初めて見るほど多くの人達が玉座の間に集まっていた。シンシアとユキちゃんは、本式典の主役であるにもかかわらず、全く着飾らずに普段通りの格好をしている。コリンゼも騎士団長に任命されるので、その内の一人だ。  初めて彼女達を見た城外の貴族達は、玉座の間に入るなり、訝しげな顔をしていたが、並んでいる場所が最も玉座に近いことから、すぐに主役と察して、取り繕った表情になっていた。もちろん、同じく参列しているアリサちゃん、サリサちゃん、レドリー辺境伯、エトラスフ伯爵、フィンスさん、ウィルズは笑顔でシンシア達に挨拶をしていた。  アリサちゃん達の近くには、彼女達の姉である長女と次女もいた。アリサちゃんが話していた通り、その美貌は、ひと目見ただけで虜になってしまうほどだった。正直、第一王子と第二王子が羨ましい。何もしなくても、絶世の金髪美女とあんなことやこんなことができてしまうなんて、その幸運を是非噛み締めて生きてほしいものだ。  いや、もしかしたら、王子達が不甲斐ない場合は、聖女アリシアのように家を出ていっていた可能性もあったのか。 「あ、始まるよ」  ゆうは、王族とパルミス公爵が玉座の間に入ってくるのを視界に捉えたようだ。それに気付いた参列者達もすぐさま跪いた。  王と王妃が玉座の前に立ち、その両脇に左からパルミス公爵、姫、二人を挟んで、第一王子、第二王子の順に並んでいる。処刑時と同じく、王族が勢揃いしているが、これで全員らしい。  こう見ると、ジャスティ王家はレドリー辺境伯と同じ家族構成だ。王家や貴族は、家を反映させるために多くの子孫を残すべく、子どもが多くいるものだと思っていたのだが、少なくともこの二つの家については、そうではないようだ。やはり、子どもが多ければ多いほど、争いの火種になるからだろうか。 「式典を始める前に、まずは陛下のご挨拶から! 陛下、お願いします」  今回はパルミス公爵が式を進めるようだ。 「皆の者、よくぞ集まってくれた。今日は、我が国の英雄を称えるための式典であると同時に、それに相応しい役割を周知することで、皆に同じ未来を見てもらうための場でもある。この式が何のために開かれ、皆が何のために呼ばれ、この場にいるかをよく考えてほしい。移動時間を除いたこの時間を無駄にしてほしくないのだ。  これを境に我が国は生まれ変わる。もちろん、伝統や文化を大事にすることに変わりはない。ただ、その中でも変えていかなければいけないものは多くある。先入観に囚われ、言われるがままにしてきたこともあるだろう。  しかし、英雄達は違った。広い視野で物事を客観的に捉えながらも思慮深く、目の前の問題だけでなく、未来の課題までも解決するために、これまで学んできたことを活かし、全身全霊で我が国に貢献してくれた。  私は誇りに思う。我が国から英雄が生まれ、これからも生まれてくるだろうことに。この場に、あるいは皆の領地に、未来の英雄がきっといることだろう。自分がそうだと思うか思わざるかによらず、決してその者の足を引っ張ってはいけない。背中を押し、肩を組んで、前から手を引っ張って、共に前に進んでほしい。私は必ずそれを評価しよう。  そして皆には、国益とは何かを改めて考えてほしい。自分の考えや行動が、国益になっているかを常に考え、もし分からなければ周囲に相談する。当然、私達に責任があるのは承知しているが、一人の人間には限界がある。だからこそ、国民一人一人が力を合わせる必要があるのだ。そのことを肝に銘じた上で、この時間を過ごしてくれ。以上だ」 「陛下、ありがとうございます。それでは、ただ今より、任命式および叙爵式を行う! シンシア=フォワードソン、コリンゼ=オルフニット、ユキ=リッジ、陛下の御前に進みたまえ! 他の者達は、顔を上げ、立ち上がることを許可する!」  パルミス公爵の声に、三人は、並んでいた列から前に出て、玉座の前まで進み、跪いた。俺はてっきり叙爵式が先だと思っていたのだが、任命式が先に行われるようだ。 「ただ今を以て、シンシア=フォワードソンの騎士団長の任を解き、新たに『最高戦略騎士』を創設、シンシア=フォワードソンを『最高戦略騎士』に任命する! 『最高戦略騎士』とは、陛下、殿下方の次に軍の指揮権力を有し、単独で遠征可能な、その存在と行動自体が戦略となる騎士の役職である。  そして、シンシアの後任として、コリンゼ=オルフニットを騎士団長に任命する! その実力は、城内の者ならすでに聞き及んでいることだろう。騎士団副長については、明日以降に城内に通達する!  次に、ユキ=リッジ、壇上に上がりたまえ! 叙爵と共に、勲章の授与がある」  シンシアとコリンゼの任命が滞りなく終わり、ユキちゃんが玉座のある壇上に上がった。叙爵だけでなく叙勲も行われるようだ。  ユキちゃんが跪くと、王が立ち上がった。 「ユキ=リッジ、そなたに男爵位を授ける。爵位名は『ショクシュウ』。『ショクシュウ男爵』と名乗るがよい」 「ぶっ! ちょっと! お兄ちゃんの影響が強すぎなんだけど!」  ゆうが爵位名を聞いた途端、吹き出したが、ユキちゃんはそんなことも知らずに、『ありがたき幸せ』と言って、次に『王家名誉勲章』を授与されていた。名前からすると、もしかして最高位の勲章ではないだろうか。だとすれば、ユキちゃんの男爵位と釣り合いが取れないはずだ。やはり、みんなをまとめる発想だろう。 「『ショクシュウ』は、此度の英雄であるシンシア、ヨルン、クリス、ユキのそれぞれの名前から取ったものだ。したがって、勲章もその四人分の勲章と思ってほしい。そして、これからも力を合わせ、我が国への貢献に励んでほしい。  領地については、レドリー領内にショクシュウ村を一から興すということだが、城内の相談役にリリアが申し出てくれた。レドリー辺境伯とリリアと、連携を取りながら開拓を進めてくれ」  王が命名の由来と、名誉勲章の理由を語ってくれた。姫はすでに村の相談役を王に伝えていたようだ。 「ねぇ、お兄ちゃん。『ショクシュウ』の『ウ』って、もしかして、あたし達を含めた上で、さらに『ウキ』のこともそこに入れたってこと?」  ゆうも俺と同じ発想をしていたようだ。 「ああ。俺が昨日の夜に考えていたそのまんまのことが、合わさって出てきた感じだな。『勇運』を知らなければ、俺と王とユキちゃんの『予言コラボレーション』と言っても過言ではないだろう。  王が『ウ』を入れたのは、『ショ』にアクセントがあるから、自然に発音でそうなるということだろうが、ここで『疾風の英雄』を名付けた王のネーミングセンスが効いてくるのは面白いな。普通のセンスなら出てこない名前と名付け方だ。  だが、何となく王の名付けに関する考え方が分かった気がする。今回、話していた内容からすると、仮に王が裏で四人に二つ名を付けるとしたら、『四英雄』だろう。一人一人に二つ名は付けない。『疾風の英雄』を加えて『五英雄』にもならない。その場合は、例えば『四英雄のユキ』みたいに呼ばれる。『セフ村のユキ』もユキちゃんの意志で残るから、彼女に限っては、爵位名の組み合わせも考えると呼び名がいっぱいあることになるな」  俺達が話していると、パルミス公爵が勲章を置いていた台を下げ、式の締めに入り始めた。思った以上に早く終わったな。 「以上で、任命式および叙爵式は終了とする! シンシア、コリンゼ、ショクシュウ男爵、クリス、ヨルン、レドリー辺境伯、エトラスフ伯爵は、陛下との打ち合わせのため、私に続きたまえ」  パルミス公爵がシンシアだけでなく、ユキちゃんとクリス達も呼んでくれたので、俺達はシンシアの左手に隠れに行く手間が省けた。 「それでは、エトラスフ伯爵からどうぞ」  いつも見ている姿とは異なり、パルミス公爵がエトラスフ伯爵に丁寧に話を促した。打ち合わせは王の部屋で行うことになり、殿下達はそれぞれの部屋に戻っている。  シンシア達は、応接スペースの王の椅子の前に向かい合うソファーに座り、シンシア、コリンゼ、ユキちゃん、ヨルンが王に向かって左側、エトラスフ伯爵、レドリー辺境伯、クリスが右側のソファーだ。  俺達は触手を増やして、透明化してから天井の梁に移動した。 「私は、クレブに手紙の感想を聞きたいだけだよ。ただ、その前に私から改めてシンシア達に謝らせてほしい。先日のような事態になったのは師である私とクレブの責任だ。本当に申し訳なかった。君達がいなければ、より恐ろしいことになっていたのは間違いない。  そして、お礼も言いたい。本当にありがとう。我が国を救ってくれて。私の名など霞むほどの功績だ。まさしく、英雄中の英雄と呼ぶに相応しい。その誕生の場に居合わることができたのだ。これほど嬉しいことはない」 「とんでもございません。皆様のおかげで、私達は飛躍的な成長を遂げることができました。今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」  代表して、シンシアがエトラスフ伯爵と王の二人に言葉を返した。 「シンシア、お主には言うまでもないと思うが、人は成長すると叱責されることが極端に少なくなる。ましてや、私達王家や他の身分が高い者達は、皆無だろう。だからこそ、私はこの二人との関係を大事にしているのだ。  そのことを二人も分かっているから、親友はいつまでも親友、師匠はいつまでも師匠でいてくれている。だからこそ、私は、ジャスティ国は成長し続けることができるのだ。お主達四人がお互い大切に思っているのであれば、その関係をずっと大切にしてほしいし、他に尊敬できる者がいる場合も同様だ。  そして、コリンゼ。私と二人の関係を初めて知るだろう。なぜお主に教えたか。警備体制の変更を進言したのはお主だろう? 先日の騎士選抜試験での総責任者としての活躍に加えて、その準備を整える上で使用された書類の筆跡が、お主が警備隊長に送った手紙と一致したことから、そう判断した。  緊急事態を裏から支え、私達に我が国の転換点を見せてくれた。『隠れた英雄』と言ってもいいだろう。その行動に敬意を表した結果だ」  王は手紙の差出人がコリンゼであることに気付いていたのか。その言動から、隠し事を詮索しないとばかり思っていたが、筆跡鑑定までするとは思わなかった。それとも、パルミス公爵が念のため調べたとかだろうか。 「はっ! ありがたき幸せ!」  コリンゼは緊張で震えながらも感謝の言葉を言った。いきなりこんなお偉いさんが集まる場所に連れて来られたら緊張するのは当然だ。 「それで、私の手紙についてはどうなんだ? 誤魔化すなよ」  エトラスフ伯爵が王に対して、手紙の感想を促した。ちょっと怖い。王が誤魔化したくなる気持ちも分かる。 「…………。えー、あの手紙についての感想ですが……正直、震え上がりました。しかし、すぐに嬉しさの方が大きくなり、こんなにも我が国や私、シンシアのことを思ってくれる師がいて、身が引き締まる思いでした。改めてこの場でお約束します。私の責任において、我が国を二度と緊急事態にさせないと。あなたも死なせません」  初めて聞く王の口調と宣言の両方に俺達は少し感動した。それにしても、王はちゃんと自分の責任の範囲に言及している。これは、例えば敵国からいきなり攻められて緊急事態になっても、自分が直接の原因ではないために、約束は適用されないということを言っているのだ。 「よし! それでいい。私も今回は傍観しすぎたと思って、実は反省していたのだ。申し訳ない。  その代わりと言ってはなんだが、シンシアを通じて、私とリディルが信頼できる者をパルミス公爵に二人推薦させてもらった。重要な人事は、もちろんクレブに決定権があるが、推薦ぐらいはさせてくれ。その内の一人は私の息子ですまないが、何かあればその二人に話すといい。それこそ、師弟関係のように色々と教えてやってほしい。  『王は孤独』とよく言われるが、その気持ちを推し量ることができる者達も当然いる。これは前にも言ったことだが、その格言を鵜呑みにして自分から孤独になる必要はない。騎士団が王や国の手足なら、私達は頭脳だ。並行して物事を考えられるし、シンシア達やその友人達のような一線を画した頭脳も次々と現れている。それほど、ジャスティ国が素晴らしい国であるという証だろう。  クレブ、ありがとう。君のおかげだ。皆で我が国をさらに良くしていこう!」 「はい! こちらこそありがとうございます!」  王の表情は若い頃に戻ったかのように明るく、そして少し潤んだ瞳をしつつも、嬉しそうだった。エトラスフ伯爵は、その口ぶりから、セフ村に天才がいることについて、いつの間にかレドリー辺境伯から聞いていたようだ。また、自分達が大臣候補の二人を推薦したことも包み隠さず話すのは、流石の関係と言える。シンシアが推薦したことにするというのは、この場以外の人達向けにすぎなかったのだ。 「では、次にレドリー卿から」 「私はショクシュウ領地案を持ってきた。その壁に貼ってある地図を見てほしい」  パルミス公爵がレドリー辺境伯を指名すると、辺境伯はソファーから立ち上がって、大きい大陸地図が貼ってあった横の壁まで歩いていった。 「セフ村の近くが良いということだったので、その北と北西方面に最大約二キロをショクシュウ領とする。森と川を避けるので、扇形のような形になる。セフ村の森は変わらずセフ村管理。森の西は土砂崩れもあり得るので、その近辺には家を建てないように。その境界で問題があった場合は、全てショクシュウ領の責任だ。  また、セフ村よりも川の上流になるので、問題が起こった場合は下流への影響を最小限にするために、速やかに対処すること。現状の治水方法ではなく、特別な治水方法をとる場合、リリア王女を通じて総務大臣に相談すること。ウィルズくんに話しておけば問題ない。  それと、村の開拓について、もしよかったらだが、村から道を北に伸ばして、途中の道で合流させてほしい。そうすれば、私もダリ村を経由しないでショクシュウ村に行きやすくなる。したがって、村を発展させる場合は北方向が良い。  もちろん、これは私の勝手な希望なので、自由にしてもらってかまわないが、その通りにしてくれるのであれば、私が許可した上で、領地を北方向に拡大してかまわない。先程二キロと言ったのは、あくまで現在の領地であって、人口が増えて領地不足になるようであれば、その限りではないということだ。そのための資金が不足するようであれば、相談してほしい。  もう一つ、ショクシュウ領には大きな役割がある。それは、セフ村の沿岸方向からエフリー国が攻めてきた場合、それを殲滅することだ。君達四人の内、一人でもいればそれは容易に可能だろう。現状でも国境付近の監視体制は緩めていないが、予兆があった場合は、ダリ村とセフ村に連絡することになっている。ショクシュウ村とセフ村で連携を取り、君達にも連絡が行くような体制を作ってほしい。  そういう意味でも、セフ村近くに村を作りたいと言ってくれたのは、国防の観点からも実に都合が良いことだった。それも考えの内だったのだろうな。流石だよ。これはシンシアにも話したことだが、率直に言って、これまでセフ村の優先度は高くなかった。  ただ、今回のスパイ事件が明るみになったことで、エフリー国に動きがあるかもしれず、その場合、最も手薄であるセフ村沿岸に、より注意を払う必要が出てきたというわけだ。何より、私の大切な『家族』もいるからね」  レドリー辺境伯の領地案は破格と言っても言い過ぎではない。領地を拡大してもいいなんて普通はあり得ない。やはり、みんなとの信頼関係が為せることだろう。また、それだけレドリー領も広いということでもある。  俺達が前に『レドリー領』と言っていたのは、レドリー邸がある街の近辺を指したものだったが、この地図にも『万象事典』にもある通り、実際はレドリー領の中にセフ村も隣のダリ村も入っているほど広い領地だった。さらに、南西の元魔法使い村の地域も入っているので、中々面白い形をしている。 「あの……質問いいですか? 四人全員が村にいない時はどうすればいいですか? 今もそうですし、私達がセフ村に戻ったり、ショクシュウ領に行くのは、もう少し先になりますが」  ユキちゃんが辺境伯に良い質問をした。 「それはそれでかまわない。元々、監視体制を強化する予定だったのだ。戻ってきたら連絡してくれ。そうすれば、その分の人員を減らすことができる。また四人で外に出る場合は、事前に連絡してほしい。  ただ、君達が今からエフリー国に行くのであれば、それも必要ないかもしれない。君達自体が牽制にもメイン戦力にもなるからだ」  驚いたことに、辺境伯はユキちゃん達がエフリー国に行くことを読んでいた。シンシアがビトーを探しに行くと聞いただけでは、その結論には達しないはずだ。  シキちゃんのことは流石に知らないはずだから、シンシアの役職名から読んだか。ほぼ独断で敵国への介入が許される『最高戦略騎士』。そうでなければ、わざわざ『戦略』という言葉を使わないと。  そんなことを考えていると、シンシアが手を挙げ、パルミス公爵が彼女を指名した。 「陛下、レドリー卿がおっしゃった通りです。私達はエフリー国に行きます。そこでは、戦闘も起きることでしょう。よろしいでしょうか」  シンシアが王に承諾を求めた。 「よかろう。私はこう見えてもエフリー国に心底怒りを覚えている。スパイを潜り込ませたこともそうだが、その者達を簡単に切り捨てたからだ。仮に、その者達からエフリー国のスパイと聞き出せたとしても、向こうから知らないと言われればそれまで。やったもの勝ちだからな。そのような卑怯な国には鉄槌を下す必要がある。  暴れてこい、滅ぼしてこいとは言わないが、お主が必要と思う範囲で損害を与えてかまわない。ただし、シンシアの名前は出さないことにしよう。こちらも対抗して、通りすがりの一般人がやったことにする。変装はしてもしなくてもかまわない。何か言われても私達は知らないふりをして誤魔化す」  王の言葉に、エトラスフ伯爵は少し笑った。 「ふふふ、クレブの得意技だからな。しらばっくれたり誤魔化したりするのは。だから、手紙にも書いて念を押した。  こいつは俺の講義中にしょっちゅう居眠りをしていたのだが、その言い訳が全て別々で、感心するほどだった。おそらく百個ぐらい聞いたな。 『船を漕ぐイメージトレーニングをしていた』なんてのは序の口。 『首を縦に振ることで自分なりに記憶しやすくしていた』 『講義内容が素晴らしすぎて体を震わせてしまった』 『いびきではなく感動の声』 『涎ではなく感動の涙が口から出てしまった』 『目を瞑ることで集中力を高めていた』と次々に言い訳が飛び出してくる。 『じゃあ、俺が何を話していたのか言ってみろ』と言ったら、『私は素晴らしいと思ったことは二度聞きたいのです。一度目は記憶するため、もう一度は素晴らしい師との思い出を作るため。どちらが欠けていてもダメなのです。それが素晴らしい国づくりに繋がると信じています』と言う。 『どう繋がるのかは分からないが、お前、詐欺師の素質あるよ』と俺が言うと、『私は詐欺師が最も嫌いな存在です。取り消してください!』と怒り出すからな。怒りたいのは俺の方なんだが……という感じで誤魔化される」  誤魔化しになっているかは疑問だが、少なくとも昔の王が問題児だったことは伺える。 「懐かしいですね。あの時のクレブは、天才かと思うほどによく舌が回っていましたね。久しぶりにそれを聞いてみたくもなりました」  辺境伯も昔を思い出すようなしみじみとした表情をしていた。シンシア達は笑っていいのかよく分からずにいるようだったが、そこで彼女が話を切り出した。 「大変興味深いお話をお聞かせいただき、嬉しい限りですが、実はまだ大事なことを陛下にお聞きしていないので、その話に移ってもよろしいでしょうか。  これは、法律化されていないことですが、我が国の国益のために、我が国でスパイ活動をする者が処罰の対象となるのかという疑問が生まれたため、陛下にお考えをお聞きしたく存じます。これはビトーのことでは決してありません。例えばの話です。  今回のスパイ事件では、財務大臣が死亡し、他の大臣も処刑され、英雄も生まれました。それは結果的に我が国の転換点を迎え、さらなる成長を遂げる確信を得られることになりました。これが、あるスパイの導きによって、成し遂げられたとしたら、ということです」 「ふむ、なるほどな。そういう場合もあるのか……。考えもしなかった。そのようなことができるとしたら、まさに天才の為せることだろうな。  そうだな……、多大な貢献をした前提で、そのスパイが善良な国民に取り返しが付かない被害を及ぼさなかったのであれば、処罰の対象にはしないだろうな。命令されて仕方なく行った場合は、その責任者を早期に突き出すことで刑を軽くする。  シンシアがそのスパイを保護したとして、私の前に連れてくるかどうかは、お主の判断に任せる。責任者を事前に聞き出すことが望ましいだろう。その責任者まで連れてくる必要はない。そこは、『最高戦略騎士』の権限で、その場で処罰してかまわない」 「はっ! 承知しました!」  王の考えを聞いて、シキちゃんのことは一先ず安心できた。とは言え、彼女に会った時は、それらを聞いてから連れてこなければならない。 「他に議題はあるかな? ……それでは、ショクシュウ男爵」  パルミス公爵がシンシアの話が終わったことを察し、他の議題を求めると、ユキちゃんが手を挙げたので、パルミス公爵がユキちゃんを指した。 「あの、皆さん。私達が怖くないですか? 仮にショクシュウ村が領地を広げていった場合、さらなる野望で、レドリー領を辺境伯の許可なく侵略していったり、独立国家を興したりするかもしれないと」  王がエトラスフ伯爵、レドリー辺境伯、パルミス公爵をそれぞれ順番に見ると、彼らは無言で頷いた。返答内容は王に全て任せるということだろう。 「全く怖くないと言えば嘘になるし、統治者としての資質も疑われるだろうが、その場合の理由としては、私達が至らないから、そのままではお主達の問題が解決できないから、だろう?  優しく賢明なお主達だ。何の話し合いも、お互いの妥協もなく、力で解決するとも思えない。実際、今もそうだ。リディルの提案にそれ以上何の欲も示さず、交渉さえしなかった。お主達の力を以てすれば世界を支配することができるにもかかわらず。  仮に私が、『我が国の武力を以て世界を支配せよ』と突然命令してもお主達であれば拒否して、私を説得するだろう。どうしてもやれと言われたら、私を殺してでも止めるかもしれない。もしかすると、強大な力を持っているからこそ、それに溺れないお主達だからこそ、信頼できるのかもしれないな。  私は先程、シンシアに対して、エフリー国に『鉄槌を下す』と言った。エフリー国の責任で因果応報ではあるものの、力を直接持っていない私でさえ驕ってしまう。何とか自分を律し、『損害を与えてもかまわない』という言い方にしてシンシアに任せたが、危ないところだった。  お主達が自分の信念と道理に従っているのは、執行人を申し出てくれた時や、執行時の様子を見ても分かった。単に平和主義者や戦争反対論者ではない。何より、我が国を大切に想っていることが、少なくとも表に出ている全ての思考と行動から伝わってくるのだ。私達もそれに応えたくなるほどにな。お主達は、国民の感情に寄り添った政策提案をすることはあっても、感情的な政策批判はしないだろう。  だからこそ、リディルはあの領地案と拡大条件を持ってきた。あれほど用心深いリディルが、だ。判断基準がシンプルとは言え、此奴は誰彼構わず『家族』と言い回っているわけではないのだ。  それは、我が師もパルミス公爵も、もちろん私もそうだ。このような短期間で人を信頼する者達ではない。スパイを長らく見過ごしていた私達が言うのは何だが、皆、その者の本質で判断する者達だ。そして、その領地案に対して、何ら反対意見や追加条件を出さなかった。恐怖よりも、むしろ期待だろうな。見てみたいのだ。才能溢れるお主達が今後どのような領地にしていくかを。  もし条件があるとしたら、皆こう言うだろう。『何でも遠慮なく相談してほしい。そして、君達が最高だと思う領地を私達に見せて、是非楽しませてくれ。それが条件だ』と」  王は、俺が前にゆうに言ったことと同じようなことを交え、考えをみんなに披露した。 「ありがとうございます。そのお気持ちが本当に嬉しいです。必ず素晴らしい村にしてみせます!」  ユキちゃんが王に感謝の言葉と強い意志を示した。 「それでは、クレブ。ユキと私で契約書を取り交わすから、この場で承認と署名をしてくれ。領地案を別紙として三通持ってきた。それぞれ、爵位証明書と合わせて保管することになる。少し待たせて悪いが、部屋から持ってくる。それまでは、今回の勲章が与えられるための条件でも話してあげてくれ」  そう言うと、辺境伯は王の部屋を出ていった。式には手ぶらで参加して、そのままここに直接来たから、一度戻るのは仕方がない。 「なるほどな。それでは、『王家名誉勲章』が与えられる条件について話そうか。  まず第一に、その者がいなければ、現在の我が国が存続し得ないと考えられること、これが大前提だ。  第二に、その者に前科がないこと。  そして最後は、ジャスティ国民であること。  この全てを満たしている者が『王家名誉勲章』を与えられる。つまり、お主達はその条件を満たしているということだ。  もし、お主達が自分の生い立ちや環境、これまでの行動に疑問を持ったとしても、現時点ではそれらが私の名において、一切の問題がないことを証明されていると、大手を振って歩いてもらってかまわない。  現時点という意味は、過去の所業がこれから明るみになって問題になる可能性があるということではない。また、未来の行動が問題になるということでもない。その勲章は今後一切、剥奪されることも返上することもできない。それだけの責任が、授与者にも受章者にも与えられる。例を出した方が分かりやすいだろう。  前科の話で言えば、過去に劣悪な家庭環境で育ち、その恨みから両親を殺害し、証拠隠滅のために家に火を放った疑いがかけられていても不問となり、換金するための宝石が盗品ではないかと疑われていても、調査は打ち切られ、同様に不問となる。  念のために言っておくが、疑いはあくまで周囲や関係者の疑いであり、私達がそう考えているわけではない。それに、前者は正当防衛であれば無罪だし、後者は持ち主が見つからないのであればどうしようもない。言いたかったのは、前科が不問になるわけではなく、容疑が不問となり、それが今後一切、立件されないということだ。  そして、極端に言えば、この場でお主達が私を殺したとしても、その勲章は剥奪されない。国民の話で言えば、その者が敵国の出身であっても、現在はジャスティ国民であると認められ、それから別の国に移り住んでもジャスティ国民であることに変わりがないということだな。あくまで例だからな。皆まで言わなくていい」  クリスのことはすでに知っていると思っていたが、王が挙げた例から分かる通り、ヨルンやユキちゃんの身辺調査まで済ませていたのは驚きだ。  本人に探る気がなくても周囲から入ってくるんだろうな。前々から情報が入っていて、今回初めて照合させたのだろう。そうでなければ、調査の時間が足りないはずだ。やはり、国家特殊情報戦略隊は優秀だ。  王が例に挙げたのは、三人を不安にさせたいわけではなく、逆に心配することはないというメッセージだろう。 「それと、これは条件ではないが、願わくは、パルミス公爵含めて『私達四人』が本音で話せる者であってほしいと夢見ていたのだ。『お主達四人』には、私達の夢を一つ叶えてもらった。本当に感謝しているよ。ありがとう」  王の優しい感謝の言葉からは、『その四人』で夢を語り合っていた若かりし頃を想像させてくれた。エトラスフ伯爵もパルミス公爵も感慨深いと言わんばかりの表情をしている。 「コリンゼは偉大な背中を追うことになるかもしれないが、功を焦ることはない。そもそも、内部と外部にいる者では、できることも異なる。能力を言っているのではなく、その機会があるかないかだ。  騎士団長に就任したことで、すでに歴史に名は刻まれている。たとえ刻まれていなくとも、騎士団長でなくとも、自らの役割を果たすことで、我が国に貢献していることに変わりはない。この数日で色々なことを学んだと思う。もちろん、私もだ。  これからは遠慮することはない。会議でもどんどん発言してほしい。お主に限っては、役割に制限を設ける必要もない。逆に、騎士団が関わらない国の仕事はないとさえ思うからな」 「はっ! 一生懸命、誠心誠意、我が国に貢献していく所存です!」  コリンゼが王に返事をしたところで、辺境伯が戻ってくると、書面が三通同一であることとその内容をユキちゃん達にそれぞれ確認してもらっていた。  ユキちゃんは俺達にも見えるように、その内の一通の書類をテーブルに置き、他の三人もそれを少し遠くから覗き込むように確認していた。王も別の一通をエトラスフ伯爵と読んでいて、パルミス公爵も残りの一通をしっかりと読んでいた。 「へぇ、ちゃんと全員が確認するんだね。特に王は署名するだけかと思ってた。読んだ感じだと、この契約書であたし達が危険になることはなさそう」  ゆうの意見には俺も同意だ。文面も詳細に書かれていて、現代の契約書のように、責任の範囲、監査の受け入れ、災害や天変地異時の対応についても書かれていて、文句のつけようもなかった。監査については、全てを見るのではなく、お互い合意の上でその範囲を制限できることにも言及されている。主従関係ではなく、対等に近い関係ということだ。 「『動く機密情報』の俺達が監査条項で守られているのは、『勇運』のおかげかもな。でも、辺境伯がここまでやってくれるんだから、発明品や開発商品ができたら真っ先に持っていってあげよう。それが信頼に対する感謝だ。彼が狙っているとしたら、軍事力とそれだろうしな」 「過去のエトラスフ領への割譲と魔法使い村の領地獲得の話から、家族のためとは言え、タダで動く人じゃないってことね。使ってない領地を与えただけで、何の損もしないからね。策士すぎるでしょ」 「それが私利私欲のためだけだったら憎むべき存在だが、そうじゃないからな。それが家族のためだけでなく、国家のためになると確信しているからこその思案だろう。さらに、それが回り回って自分の所に返ってきて、家族みんなで幸せになれると」 「あたし達にとっても、とりあえずこれで経験値牧場の下地はできたわけだから一安心かな。でも結局、あたし達はあまり女の子を村に誘えてないけど、これからどうするの?  セフ村を出てから、村に来ることが確定しているのは、クリス、ヨルン。一時的には、シンシア、リーディアちゃん、姫、リオちゃんぐらいだよね。その中でリオちゃんはまだ接触できるかどうか分からない。  元々いるユキちゃん、アースリーちゃん、イリスちゃんを入れると合計九人。牧場支部のレドリー邸まで含めると、リーディアちゃんのメイドで最近二人増えたから小計七人、合計十六人。コリンゼが牧場支部を作ってくれるかは分からないけど、それを入れても今は合計十七人。いつになるか分からないけど、シキちゃん確定でも十八人。最低目標の百人までは、まだまだ遠い」 「一ヶ月で十七人なら、十分早いと思うけどな。特にリーディアちゃんの貢献度がハンパないから、彼女のような存在が他にもいると、より早く達成できるだろう。シキちゃんの予知を使えば、より効率的になる。エフリー国に行っても候補者は出てくるかもしれない。いや、ユキちゃんがいるから、きっとそうなる。  のんびりするつもりはないが、焦る必要もない。慢心と油断さえしなければ、必ず上手く行くようになっているはずだ。だから、ゆうは安心しろ。こっちには、イリスちゃんとシキちゃんの天才が二人いて、超戦力で優秀な四人がいて、作戦立案家の俺もいるんだ」 「うん。ありがとう、お兄ちゃん。でも、最後だけ『自称』なのは不安の種なんだけど」 「いや、俺も結構評価されてると思うんだけど」 「少なくとも『作戦立案家』とは言われてないよね。言われてないことをさも言われてるかのように誤魔化そうとしたよね。誤魔化しが得意な人が、ここにもいたってことだよね」 「…………。もしかしたら、俺は人の心が読めるようになったかもしれないんだ。『シューくんは作戦立案家』という言葉がみんなから聞こえてくるんだ」 「じゃあ、あたしの心の声を読んでみて。『願望妄想家シュークン』」 「『お兄ちゃん、しゅきしゅき大好きぃぃ!』だろ? ほら当たった!」 「残念。あたしは『人』じゃなくて『触手』でしたー。お兄ちゃんには読めませーん」 「うざ!」  俺は、ゆうの『きも!』を狙ったんだが、外れてしまった。こういう時もあるか。  ああ、お互いに論点を外しまくっているのは、もちろんわざとだ。今回は『誤魔化し』がテーマだったからな。ゆうの『これからどうするの?』の質問に対して、具体策を示さなかった俺から始まったコミュニケーションだった。実際、それを考えても仕方がなく、ゆうの不安を取り除くことを目的とした答えだったからだ。  これからやれることは、俺達の前に現れた女の子が、触手である俺達を認めてくれるかどうかを判断し、接触するしかない。村を作ってから人を集める方法は、イリスちゃんが前に『いくつか方法がある』と言っていた通り、いや、いくらでもある。  現代知識がある俺達の方が、村の魅力的な宣伝方法を彼女より思い付いているだろう。情報の差というのは、それだけ強力なのだ。同じ天才でも未来を知っているシキちゃんの方が、選択肢が多くあり、自由に動けるのと同じだ。もちろん、シキちゃんが実は悪の心に染まっていて、俺達や人類を絶望の淵に追い込もうとしている可能性もなくはない。  ただ、俺が思う真の天才は、そんなくだらないことはしない。天才は、自分がそこにいる意味をまず考える。だから、『俺は人を絶望させるために今ここにいるんだ!』などと考える『天才(笑)』は、ダサすぎて滑稽という他ない。  そして、真の天才は、より難しいことに挑戦する。実は、人を絶望させるのは容易だ。スケールが小さくて恐縮だが、株取引が良い例だろう。株は、資金が大量にあれば、『売り方』の方が儲かる。圧倒的な売り注文数の前では、多くの個人は将来の株の価値が下がると思い、『狼狽売り』や『失望売り』でその銘柄を簡単に手放してしまう。そして、さらにその価値を加速度的に下げていく。『売り方』はその下がりきった所で買い戻す。  もちろん、その逆の『買い方』の例もあるのだが、ふとした瞬間にそのバブルが弾け、悪材料もないのにストップ安になることが多い。単に『上がりすぎたから』という理由だけで。  株は釣られて誰も売らなければ通常は上がる一方なのだが、個人の心理としてそれができない。がっちりホールドする、いわゆる『株ゴリラ』になるには、損得勘定だけではなく強靭な精神力が必要なのだ。したがって、プロの機関投資家は『売り方』が多い。  閑話休題。そう考えると、人々を『絶望や不幸のどん底に叩き落とす』のと『感動や幸福の渦に巻き込む』のとでは、後者の方が難しい。もし前者を自分の快楽のために行う『天才(笑)』を目の前にしたら、俺はこう言いたい。『え、そんなかっこ悪くて簡単なことで悦に浸っているんですか? 流石、自称天才ですね。あなたは誰がどう見ても平凡な人間……にも満たない下劣な存在ですよ』と。  だからこそ、イリスちゃんも俺も、回りくどい作戦の敵に天才がいると仮定した時に、凡人の俺達が対面さえしなければ、イリスちゃんの戦略で何とかなると思っていたし、その敵の正体であるシキちゃんが、実は俺達のために動いてくれているという可能性も、頭に残すことができた。  決して思い込みはしないし、みんなに危険が及ぶ想定外もしたくない。昼食後は、魔法生物を救いに行くが、それも十分に作戦を練ってから行う。シキちゃんの意志に反して、魔法生物がいきなり暴れることで、みんなや孤児院に被害を及ぼさないためだ。  それまで、俺は自分の作戦に穴がないかをできるだけ反芻していた。 「では、改めてこれからよろしく」 「はい、こちらこそよろしくお願いします」  辺境伯とユキちゃんが契約書を交わし、王も署名をして、お互いが両手を重ね合わせたところで、締結となった。  その後、その場の全員と姫を含めた王族が加わり、王族専用食堂で昼食を済ませた。辺境伯達は、午後にウィルズ達と打ち合わせをしてから明朝に帰宅するらしいので、そのまま別れも済ませた。



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