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俺達と女の子達が城に無事到着して作戦の実行と『男の娘ゲーム』をする話(2/4)

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 五十分後、シンシアの報告会までにヨルンに確認したいこともあったので、早々に切り上げて、俺は黒板を使ってメッセージを書いた。 『報告会まで時間もあまりないから、シンシアからクリスタルとチートスキル、現在の自分が置かれている状況を簡単に説明してほしい。ヨルンも報告会に一緒に来てくれると心強い。理由はあとで書く』 「承知しました」 「すごい……。本当に触手の中に人が入っているんですね……」  シンシアは俺が挙げた項目をヨルンに説明した。俺はみんなにヨルンのチートスキル名を追記した上で、ゆうには補足をその都度、黒板に書いてもらった。 「これが原因だったんですか……。おばあちゃんからもらった物で、すごく嬉しかったので、ずっと身に付けていたんです」  ヨルンはネックレスを手で触り、少し寂しげな表情をした。それは、大好きだったおばあちゃんには、二度と会えないことを物語っていた。 『そのクリスタルのせいで、その体になったことは間違いない。ただ、そのおかげで俺達が巡り会えたことも忘れないでほしい。これまでも、ずっと大切に身に付けていよう』 「はい!」  俺のメッセージに、ヨルンは笑顔で返事をしてくれた。俺はヨルンのかわいい表情を見ることができて、改めて嬉しさを噛みしめると、話を続けた。 『クリスタルに関連して、ヨルンに聞きたいことがある。何かの研究家だったりするか?』 「研究家……ですか? うーん、強いて言えば、死の研究家、性的指向と性自認の研究家、そして差別研究家ですかね。補足しておくと、『性的指向』は自分がどの性別を好むのか、『性自認』は自分がどの性別だと考えているのか、です。  自分がどういう存在なのかを考える上で、各地や歴史の中で同じような人がいたかどうか、その人達がどういう扱いをされてきたかを研究していました。その延長で、近親相姦に加えて、獣姦、モンスター姦などを始めとする異種間での恋愛や結婚についても研究対象にしました。基本的に、そういう人達は必ず差別されているのですが、その差別をどうすればなくせたのか、これからなくせるのかをいつも考えていましたね。  結局、どう頑張っても差別は絶対になくせないという結論に至って、自分が悪いのか、自分が変わればいいのか、そんなことを強制する世界なら死を選ぶ、という考えになりました。  基本的に、と言ったのは単に周囲にバレてなかっただけで、死後にその記録が発見されると差別の対象になったからです。死んだ人まで蔑む社会にも絶望しました。もちろん、全員が差別するわけでないことは分かっていましたし、希望はあるとも思っていましたが、ずっとそう思っているのも疲れますからね……。  あ、人種差別や民族差別、階級差別については他の人が研究していると思って、僕は手を出していません」 「この際、聞いておきたいのだが、ヨルンは国家としてはどういう立場を取った方が良いと思う? そのような人達を許容するのか、拒絶するのか」  シンシアが国家運営に関わる者として質問した。 「国家としては拒絶した方が良いと思います。少なくとも『現代』では、国家の成長の要因は人口が全てですので、健康な子どもを増やす必要があります。  また、個性や思考の多様性は国家のためになりますが、国内の人種や民族が多様化すると、有事の際の団結力に関わるため、単に人口や労働力を増やすために、外国からの移民を受け入れるのも止めた方が良いでしょうね。  今、国内で多様性を声高に謳う人がいるとすれば、国力を落とすためのスパイだと思います。国のことを本当に考えている人であれば、心でそう思っていても、権力者に訴えたりはしないはずです。  また、仮に先進国と途上国が分かれていて、先進国はそれを許容すべきだと外圧を作り出している国々も、相手の国力を落とすことが目的です」  俺はヨルンの意見に驚いた。自分が差別される側になる恐れがあるにもかかわらず、とんでもなく冷静な意見を持っていたからだ。まさに、研究者然としていて、自らの立場によらず、第三者的な視点を持っている。 「では、具体的にどうやって拒絶する? 完全な拒絶、もちろん重罰や虐殺ではないだろう?」  シンシアが続けて質問した。 「はい、そのような拒絶ではありません。国内では、表面上は特区を作るのが良いと思います。性関係の場合は、新性倫理特区とでも言いましょうか。そこに集めて、半分隔離状態にする。その方が国としても監視しやすい。独立させても良いと思います。  人を呼び込むために、『差別ではありません、むしろ優遇します』と宣伝します。逆に周囲が『何で変態のあいつらだけ』と差別感を覚えると思うかもしれませんが、優遇はそこで完結する内容にし、その特区を作るために注いだ税金は、そこが経済的に発展したら徐々に返してもらうことにすれば問題ありません。  ただし、僕の予想では特区内でも差別が生じると思っています。色々な理由で破綻したら特区を解除し、過疎地帯と同じ扱いにします。住まいを突然変更する人は少ないので、結果的に隔離に成功します。  そうでもしないと、その人達は、嘘の能力やメリットを並び立てて、自分達の権利と居場所を主張したり、それが通らないと暴動に発展したりします。自分達の立場が弱いと無意識で思っている人ほど、そういう行動をするようです」  まるでヨルン自身が差別主義者と言っても不思議ではないほどの過激で鋭い意見を述べた。おそらく、差別を研究する内に、差別される側の要因を知ったからこその意見だろう。差別する側にも納得できる理由があるということだ。  似たような例で、『いじめ』が挙げられるが、それとは全く異なる。いじめられる方にも原因があるとよく言われるが、『いじめ』は『傷害事件』であり、いじめる方が完全に悪いからだ。差別の先にいじめや迫害があり、差別というだけでは、非暴力の自衛のためという理由もあって、完全な悪とは言い難い。もちろん、『区別』や『公平』がその場合の理想ではある。 「あー、ヨルンの最後に言ったこと分かるー。女性が男性よりマルチタスクが得意って言ってる人と同じだ。絶対そんなことないのに。精々、同じぐらいって言っておけばいいのに、優れてるって言っちゃうんだよね。本当は全てにおいて劣ってるのに。それを認めると、立場が危うくなっちゃうから」  ゆうは、女に恨みでもあるのかと思うほどの持論を展開した。当然、当てはまらない場合もあることは承知だろう。 「一応言っておくけど、女は感情でしか物を言わないって言う男も同じね。論理的に考えられない男もいるから」 「要は、前に言ってた『弁えろ』ってやつか?」 「そう! 今の自分を認めて、本当の自分を相手から認めてもらった上で、共存していく。認めてもらえないようなら、迷惑にならない別の方法を考えるか、さっと引き下がって別の道を行く。それが人間関係において、弁えるってこと」 「そうだな。愛の告白やカミングアウト、それと同列に扱う訳ではないが、セクシャルハラスメント、ストーキングの末の接触にも言えることだろうな。  本来は、相手が迷惑でないことを何度も確認する必要があるのに、過程をすっ飛ばしてそれらの行為をしても、拒絶されるだけだからな。まあ、それは俺達の『接触』も人のことを言えないが、俺達は人間じゃないし、誰も損していないから成り立っているわけで。  とは言え、結果オーライなら何をやってもいいのか、というわけではないからな。その見極めは難しいところだ」 「そういうのって、誰も教えてくれないし、教えられていても子どもの頃で、実感がなくて覚えてもいないと思うんだよね。でも、ある日突然、当事者になっちゃう。  そもそも、なぜ勉強しなきゃいけないか、教育システムがあるか、自分の子にちゃんと説明できる人なんてほとんどいないでしょ。私はお兄ちゃんに教えてもらったけど。というわけで、まだちょっと書かせて」  俺達の会話を待ってもらっていたヨルンに向けて、ゆうは提案のメッセージを書いていた。こいつ、俺と会話しながら、『今の自分を認めて……』のくだりから黒板に書いてやがった。これがマルチタスクというやつか……。本当に人間か? いや、触手だけども……。 『国が主導してそれらの内容を国民に教育し、資格化して定期的に試験を受けるシステムを作るのはどう? 教育だけではダメで、あくまで試験や資格とセット。  資格を持つ人の優遇措置や、破った人の罰則をどうするかは今は置いておくとして。最初は覚えるだけになっちゃうけど、できるだけ実体験に近い試験内容にすれば、いつでも記憶から引き出せる。仮に資格を持っていない極少数の人達がいても、その教育によって差別は生じない』 「なるほど。もし、全員受けるのであれば、ある意味で『国民資格』というわけですか……。ジャスティ国には憲法や国民規範がありますが、それと現在の法律だけでは対応できませんからね。  教育が重要なのは分かっていましたが、それをどう実現するかは、ぼんやりとしか考えていませんでした。やっぱり、トップダウンとシステム設計が大事なんですね。流石シュウ様、広く深いお考えです」  ヨルンが感心していると、シンシアが手を挙げた。 「私も……流石、シュウ様です。ヨルン、私達の仲間以外には黙っていてほしいのだが、シュウ様は場合によっては、ご自身と子孫の触手人間、その経験値源の人間だけが住む集落を、さらに場合によっては国を興すつもりだ。私達はあえて経験値牧場と呼んでいる。  その際は、ヨルンの知見が役立つだろう。イリスにこれまでの気持ちや考えを伝えておけば、上手くやってくれるはずだ。念のために言っておくが、反乱や革命をするわけではなく、できるだけ周辺と調整しながら興す予定だ」 「触手特区、触手国を作るなんて……すごいです! 自ら興すとは、壮大すぎて思ってもいませんでした。どんなことになるのか想像できません。先程申し上げたように、僕の持論ではそういうところは大体破綻すると思っていました。  でも……シュウ様と、お話に出た方々なら可能なように思えます。僕でよければ、是非お手伝いさせてください!」 「ヨルンくん、あなたの考えに、ユキさんや私の魔法の知識が必要であれば、いつでも言ってくださいね」 「ありがとうございます、クリスさん。何だか夢みたいです。さっきまで死ぬつもりだった僕が、こんなに希望を抱いているなんて……。本当に……皆さん、ありがとうございます!」  ヨルンの目からは、また涙が溢れた。  ヨルンはこれまで自分の体のことを誰にも言えなかった。しかし、言いたくもあった。自分の全てをさらけ出せる場所がほしかった。ヨルンの場合は、自分の存在を常に自問自答しなければならず、恐怖さえ覚えただろう。そう思っているのは自分だけではないとも考え、色々思考してみたものの、諦めて行動に移せないでいた。  そこで俺達に出会い、これまで諦めていたことが実現できる可能性を見出だせた。 『ヨルンの気持ち、分かるよ。怖かったんだよね。自分の存在を公表することが。自分で自分の存在を認めることが。もう大丈夫だから安心して。ヨルンはヨルンだよ。あなたの居場所はここにあるから』 「シュウ様……ありがとう……ございます……うぅ……うわあぁぁん!」  ゆうの優しいメッセージがヨルンの心を揺さぶり、さらに涙が溢れ出していた。これでまた一人、大切な人が増えた。みんなもお互いにそう思っていることだろう。  俺達は、ヨルンが落ち着くまで、流れる涙を舐め取っていた。シンシアとクリスも、ヨルンに優しく寄り添って、頭を撫でていた。 『ヨルンには、まだ聞きたいことがある。ヨルンが参加した特別任務とは、大聖堂の作戦のことか?』 「は、はい。でもなぜそのことを知っているんですか? 極一部にしか知らされてないと聞いていましたが……」 「先程話したレドリーお父様の情報網と推測によるものだ。機密情報のはずだが、詳しく聞かせてくれないか? 情報漏洩が問題になった場合は、私が責任を取る」  俺の代わりにシンシアが答えてくれた。普通は責任を取ると言っても取れないものだが、シンシアならできそうだ。なにせ、存在自体が国内最大の戦力なのだから。 「分かりました。大聖堂への魔法使いの出入りが頻繁になってきているという情報を国が入手し、調査したところ、大聖堂の裏の設計図が存在し、隠された階段から地下に消えていく魔法使い達がいることが判明しました。  その出入りのピークの時間を予測して、昨夜午後七時に、地下への突入作戦を遂行し、十四名の魔法使いを、魔導士結集罪の容疑で捕らえました。残りの一人は自害し、さらに残りの三名には、僕達も知らなかった裏の抜け道から逃げられましたが、謀略の阻止には成功しました。  自害した一人は、元魔導士団員だったそうです。尋問の結果はまだ聞いていませんが、その場の魔法陣から、高レベルモンスターの召喚を深夜に向けて行おうとしていたのではないかと、一緒に作戦に参加した魔導士団員達が話していました」 「自害された時と逃げられた時の状況をさらに詳しく教えてくれ」 「僕達が突入した瞬間、僕が速攻で詰め寄ったところに、相手全員で数種類の魔法を打ってきたのですが、『反攻』で全て反射し、相手にダメージを与えて怯ませました。  すると、その元魔導士団員が、僕に勝てないと見るや否や、所持していたナイフで自分の心臓を突き刺しました。本当は捕らえたかったのですが、前に躍り出てきた別の人を僕が相手にしている時だったので、間に合いませんでした。  回復魔法も、ほとんど全員を捕らえてからだったので間に合わず。全員同じ服装だったこともあり、首謀者はそれまで分からなかったのですが、自害したところを見ると、その人が首謀者だったと結論付けられました。  逃げられた状況ですが、僕達の突入後、すぐに逃げられました。地下の奥に扉があって、そこに逃げ込むのを見て、その場の全員を捕らえる目処が立った頃、おそらく一分後ぐらいだったと思います。追いかけて扉を開けると、その小部屋にはもう誰もいなくて、その先に見えた抜け道を進んで外に出ても、もう誰もいませんでした。  念のため、二人の魔導士団員に魔力感知魔法で確認してもらいましたが、小部屋も含めて、その近辺にはすでにいませんでした」 「ヨルンは魔力感知魔法が使えないと思っていいか?」 「はい。僕が使えるのは攻撃魔法の一部だけです。『反攻』さえあれば、それで十分だったので」 「もう一つ確認だが、ヨルン達が小部屋への扉を開けて入ったのだとしたら、逃げ込んだ魔法使いは扉を開け放ったまま逃げたのではなく、一度閉めたのか? 鍵はかかっていたか?」 「えーっと……閉められはしましたが、鍵はかかっていませんでした。そもそも錠前がありませんでした。もしかして、時間稼ぎにもならないのに、どうして扉を閉めたのか疑問に思ったということでしょうか」 「ああ、その通りだ。シュウ様、よろしければご意見をお聞かせ願えないでしょうか。何か引っ掛かっているのですが、これ以上は思い付くまでに時間がかかりそうです」  シンシアが俺達に助けを求めてきた。シンシアにはヨルンからヒントを引き出してもらったが、まだ確認することがある。 『抜け道は一直線だった?』 「いえ、一直線ではありませんでした。何度か曲がり角があったと思いますが、一本道ではありました」 『ありがとう。クリスにも聞きたい。魔力遮断魔法に魔力感知魔法を当てた時に、どう感じるのか。それと、扉を壁に偽装する魔法があるか、それを魔力感知できるかどうか』 「なるほど、それです! 流石シュウ様!」 「え?」  シンシアが、喉に引っ掛かっていた物がとれたかのように、スッキリとした顔をした。一方、ヨルンは不思議そうな顔をしていた。クリスは納得が行った顔をしていたが、そのまま俺の質問に答えてくれた。 「魔力遮断魔法に魔力感知魔法を当てても何も感じません。通常通りということですね。つまり、魔力遮断魔法がかけられているかも分かりませんし、その先に魔法使いがいても分かりません。偽装魔法は変装魔法の応用として存在しますが、それは感知できます。物理的な偽装は分かりません。  シュウ様のお考えをお察しして、壁の向こうに空間があるかを確認する魔法が存在するかについてもお答えします。透過空間認識魔法と呼ばれるもので、存在はしますが、難関魔法の一つです。あまり研究もされておらず、認知度も低いので、発動できる魔法使いは、一握りのはずです。  私は一応使えますが、何となくの空間認識しかできません。発動後魔力の微細な変化と材質による変化を、平面展開で繰り返し自分に伝えて、脳内に空間を構築しなければならず、完全に空間を認識できる魔法使いは存在しないとされています。もちろん、ユキさんに限っては分かりません。空間展開で空間認識をしてしまうかもしれませんね。  最後に重要なことですが、透過空間認識魔法を使えば、攻撃魔法を使わなくても魔力遮断魔法がかけられているかが分かり、その先がどのような空間かも分かります。ただし、魔力感知と同時には、私にとってはあまりに難度が高いので行えません」  なるほど。これで大体想像できた。俺は、考えられることを複数回に分けて黒板に書いた。 『ありがとう。以上のことから、魔法使いが突入部隊の裏をかくとすれば、地下の魔法陣とは別の魔法陣が、どの設計図にも載っていない隠された空間に保険として存在し、そこに彼らは逃げ込んで、突入部隊をやり過ごしたと考えられる。  その場合、隠された空間は、小部屋に隣接しているか、抜け道の途中にある可能性が高い。どちらにもあった場合、小部屋に隣接している方がフェイクで、抜け道途中の方が本物だろう。  そこでは、モンスター召喚の詠唱が継続されていて、二つの魔法陣の進捗が同じだと仮定すると、人数が六分の一になったので、召喚までの時間は六倍かかることになる。早くて、今日の深夜にも召喚に成功するはずだ。  仮に、進捗がもっと早かったり遅かったりしても、昨夜は警戒されていたために、必ず今日以降になるが、何時頃に召喚するかは、ずらしてくる可能性もあるから、すぐにでも阻止に向かった方がいい。  もしかしたら、シンシアが城に戻ってきてもお構いなしに、報告会に合わせてくる可能性もあるな。もちろん、素直にそのまま逃げたのかもしれないが、調査をしに行くに越したことはないだろう。  ヨルンが報告会に参加してもらった方が良いと書いたのはこのためで、スパイ調査に加えて、大聖堂再調査の提案とその結果をシンシアの成果にでき、ヨルンがそれを証明してくれるのが大きいという理由だ』 「何から何まで、本当にありがとうございます、シュウ様。というわけで、ヨルン、クリス、今すぐ向かおう。城に知らせている時間はない。このままでは、ジャスティ国が危険に晒される恐れがある」 「わ、分かりました。それにしても、シュウ様、本当にすごいです……。僕、感動しました! シンシアさんもクリスさんも、改めて尊敬します」 「シュウ様、以上でよろしいでしょうか。作戦の共有はいかがいたしましょうか」  俺が先走る二人を止める前に、クリスから冷静な質問をしてくれた。 『そうだな。ヨルンが仲間に加わったことで、今のことを含めて、報告会での作戦もここで共有しておく必要がある。大聖堂に行ってからは、ここに戻ってくる時間も、話し合う時間もないから』 「申し訳ありません、先走りすぎました。クリス、ありがとう」 「いえ、気持ちは分かりますから。大聖堂の作戦をシュウ様からご説明いただき、報告会での作戦に大きな変更がなければ、シンシアさんと私からヨルンくんに説明し、シュウ様から補足をいただく、という流れでいかがでしょうか」  俺は肯定した。大聖堂での作戦を黒板に書いている間に、みんなには出発の準備を整えてもらった。ヨルンは、胸のさらしをやめたようだ。全てを書ききれないので、結局、数回に分けて書くことにした。 『作戦の目的は、こちらが無傷で、大聖堂内の敵を一人でも多く捕らえること。まず、大聖堂に入る前と地下の道中まではクリスの魔力感知魔法を使った上で進み、小部屋と抜け道の魔力遮断魔法を確認する。  目星がついた方の入口を探し、偽装を解く。どのように偽装しているかは流石にその場に行ってみないと分からないので、今は考えない。  入口でのトラップ対策で、ヨルンを先頭に突入し、クリスはその間に、認識した空間が広ければ水魔法、狭ければ金縛り魔法の詠唱を行う。  続いて、シンシアを先頭にクリスが突入する。クリスは魔法を発動し、敵全員の身動きがとれなくなったかどうかにかかわらず、ヨルンが部屋の真ん中より左側、シンシアが右側を担当し、突入から十秒以内に敵全員を無力化して捕らえる。  どちらか一方の敵がいなくなれば、もう一方の手助けを空間の奥側から挟み打ちをして行う。明らかに強敵がいた場合、雑魚から倒すか、強敵から倒すかは任せる。無力化する最適な方法はクリスに教えてもらおう。その際、自害されてもかまわない。  捕らえたら、催眠魔法がかかっている前提で全て解除する。再度催眠魔法をかけ、自首させた上で、尋問では全て吐かせるようにする。できれば、護送用の馬車が欲しいな。  一方、別の抜け道があって、そこから逃げられそうな時は、対峙している相手を無視してでもヨルンが単独で追う。シンシアとクリスは隠し空間から出ない。  ヨルンは、三分以上追いかけて捕まえられなかった場合は、元の場所に必ず戻ってくる。追いかけた末に待ち伏せされた場合は、全員殺してかまわないが、万が一、明らかに動きが異なり、賢い戦い方をする女魔法使いがいれば、ユキちゃんの双子の姉のシキちゃんの可能性があるので、決して捕らえようとせずに諦めて戻ってくる。無理に捕らえようとすれば、自害される恐れがあるためだ。名前を聞いてもいけない。  待ち伏せ返り討ちの時間を含めて、六分経ってヨルンが戻ってこなかったら、シンシアとクリスはそのまま城に向かう。ヨルンが城にも戻ってこなかった場合は、何らかの方法で捕らえられたものとして、報告会後に探しに行く。  ヨルンは可能なら、連れて行かれる先のメッセージをどこかに残してほしい。これまで抜け道の存在を知らず、監視されていなかったことから、敵が三人とは限らないので注意する。  俺達は、突入前にクリスの足元に増やした触手を下ろし、縮小化して、隠し空間の中が暗いようなら、壁を蔦って天井に張り付き、様子を見る。明るかったらその場で待機するが、隙間から外に灯りが漏れないように暗い可能性が高い。  みんなの戦闘の邪魔はしないつもりだが、敵が怪しい動きをしようとしたら、天井からの毒液で不意を突きつつ、さらに麻痺させる。俺達の存在は知られないようにする。  突入後はシンシアをリーダーとし、不測の事態が起きたら、彼女に指示を仰ぐ。指示には絶対に従う。大聖堂に入ってから出てくるまで、二十分以内を目標とする』 「質問よろしいでしょうか。クリスが空間の広さによって使う魔法ですが、それが逆ではない理由と、ヨルンが魔法を詠唱して突入しない理由を、念のため教えていただけないでしょうか。何となく想像はできるのですが、今後のために確認したいと思いました」  シンシアが良い質問をした。戦術の研究者としては興味があるのだろう。また、クリスとヨルンにも聞かせる意味もある。 『魔法使いに水魔法が効果的なのは知っての通りで、狭い室内であれば超強力だが、逆にこちらの身動きが取りづらくなる。敵を全員溺死させるのではなく、一人でも多く捕らえることが目的なので、クリスが認識しきれなかった抜け道が存在した場合に、逃げられる可能性が高くなる。その判断を突入した瞬間にするのは難しい。  ヨルンが突入時に魔法を使わないのも同じ理由で、不意打ちで水魔法や他の攻撃魔法を叩き込むことはできるが、ヨルンの剣術スピードを活かすには、その判断は不要だし、正確に当てるとなるとスピードも多少落ちるだろう。それなら、そのまま敵に突っ込んで背後を取った方が良い』 「なるほど、ありがとうございます。勉強になりました。本作戦が戦術の延長なのは奥が深いですね」 「シンシアさん、戦術の延長とはどういうことですか? 時間がないのにすみません」  ヨルンがシンシアに質問した。クリスもヨルンと同じく疑問に思ったようだ。 「いや、感動のあまり、シュウ様と自分だけにしか理解できない表現を思わず口にしてしまった。レドリー領での監視者捕獲作戦でも、シュウ様には同じ思いを感じていたのだが、今回の作戦規模でハッキリ分かった。通常、全体の作戦の目的が与えられて、その実行部隊として騎士団や魔導士団が存在するのだが、突入後の戦闘作戦と個々の戦闘、つまり戦術は我々に一任される。突入以前は作戦指揮官が考える場合が多く、それが隊長や団長である場合もあるが、そこまで具体的には考えない。  もちろん、突入直前からどのような突入手段で行くかは、我々が作戦全体の目的に沿って具体的に考えるのだが、シュウ様の場合は、突入前、突入直前、突入時、突入直後、突入後、全てに渡って想定が具体的だ。突入直後については、信頼されている私達でなければ、さらに具体的に掘り下げられていただろう。  これは、シュウ様が戦術、戦略、その間の個別作戦を全て考えられる才能をお持ちであることに他ならない。今回の場合、戦術と作戦をほぼ同時にお考えなのだ。おそらく、シュウ様にとっては戦術も戦略も、境界がないほどに全てを具体的に考慮なさるはずだ。戦術の具体性が作戦全体に表れている、大聖堂再調査作戦自体が戦術と言ってもいい、ということで戦術の延長と表現した」 「な、なるほど……。騎士団長としてのシンシアさんならではのお考えですね。僕も見習いたいです」  ヨルンはシンシアの『具体的な考察』に少しだけ戸惑っていたが、すぐに尊敬の顔に変わった。 「ありがとう。さて、魔法使いを無力化する方法をクリスに聞きたいが、その前にヨルンはどのような方法をとった?」 「僕は部隊の魔導士団員から猿轡をもらっていたので、剣の柄で腹や首を突いて激痛でもがいているところに、それを口に結んだだけでした。他の方法は教えてもらっていません。ということは、シンシアさんも城の魔導士団に猿轡以外の方法を教えてもらったりしてないということですか?」  シンシアの質問にヨルンが答えた。シンプルで良い方法だ。自害も防げる。そして、ヨルンも良い質問をしてくる。 「その通りだ。魔導士団は知っているはずなのだが、教えてくれなかった。想像はできても、それが正しいとは決して認めなかったな。魔法使いとそれ以外で対立した時のことを考えて、明確な弱点を知られたくないのだろう。バレバレなのにそこまでする必要はあるのかと思ったが、もしクリスがそれについても知っているのであれば教えてほしい」 「まず、剣士対魔法使いで、猿轡を持っていない場合に魔法使いを無力化する方法ですが、両腕の骨が飛び出すほど完全に折るか、切断するのが早いです。その人を生かしたい場合は、もちろん止血する必要があります。片腕が正常だったり、骨にヒビが入る程度では、魔法の発動は止められません。  魔法は基本的に手、あるいは手を経由して杖から発動されるものなので、身体の中心から手までの経路が異常な場合には発動できません。ただし、最低一ヶ月の時間が経過して、それが正常な状態であると脳と身体がともに認識すれば、魔法を使えるようになります。  したがって、生まれつき両腕や両手に障害がある場合でも、普通に魔法使いになれます。足から魔法を発動する研究も行われ、実現できる人もいるらしいですが、魔法使いは中距離から遠距離で戦うことがセオリーで、習得難度とメリットが釣り合っていないので、誰もやりません。  第一印象で明らかに奇特な人がいれば、習得している可能性があるので、注意は必要です。その場合は、足を不能にすることなく殺してください。『任意部位魔法発動習得者』の可能性があり、どこから魔法が発動されるか分からず、いつの間にか魔法トラップを仕掛けられている場合もあり得るからです。  次いで、誰でも明らかに分かる通り、喉を潰す方法があります。いずれも高位回復魔法で治ります。もちろん、本人は無力化されているので治せません。ちなみに、私は高位回復魔法を使えないので、ある程度の止血はできますが、完全には治せません。舌の切断もありますが、そこだけ切断するのは難しいので考える必要はありません。  無力化方法を認めないのは、どうやら、魔導士団の歴史が関係しているようです。魔法使い狩りの恐怖に怯えた魔法使いが各国の軍に所属したことがキッカケで魔導士団が設立されたのですが、各国の魔導士団専用図書室には古くからの魔法書があり、そのほとんどに『どんな魔法を使えるかは他者に言ってもいい。ただし、弱点を晒してはならない。認めてはいけない』と記載されていると聞きました。それを忠実に守っているのだと思います。  そこには派閥も存在し、認めない派は『否認派』、認めてもいい派は『認知派』と呼ばれています。野良の魔法使いで、そのことさえ知らないのは、もちろん無派閥ですが、便宜上、『無知派』と呼ばれています。  魔法研究界隈の多くは『認知派』ですが、魔導士団は魔法研究をしていても『否認派』です。その内、王族にも晒していないのは『完全否認派』、晒しているのは『従属否認派』と呼ばれていますが、実際にどうなのかは王族と魔導士団長だけしか知りません。ちなみに、王族と魔導士団の関係性と権力バランスから、ジャスティ国は『完全否認派』、エフリー国は『従属否認派』と噂されています。  これまで色々と述べてきましたが、なぜか猿轡だけは例外で、『否認派』も容認しています。魔法使い狩りの時に明らかになったからとも、当時の恨みを忘れないためとも言われています。  以上のことから、猿轡だけで魔法使いを無力化できる実力を持つ剣士は、魔導士団から見てもありがたい存在です。それができないと、魔法使いを捕虜にもできず、殺すしかありませんからね」  また派閥か。辺境伯だけでなく、クリスも派閥に詳しいんだな。もしかして、魔力量限界の時に話題に挙がった『魔法使用時死亡派』も、ちゃんと存在する派閥だったのだろうか。 「ありがとう。それも戦術を考える上で、勉強になった。騎士達にそれを伝えるかは、陛下からのご指示を賜る必要があるが」 「…………。皆さんには、ただただ感動するばかりですね……」  ヨルンの表情が発言の印象とは異なり、少し曇った。会話の内容が高度で、付いて行くのがやっとのためだろう。それを見て、クリスがヨルンの背中を撫でた。 「大丈夫ですよ。全く気負う必要はありません。私だって、ヨルンくんの意見と考察に感動したんですよ」 「私もだ。これは前にクリスにも言ったことだが、私達は互いに何かをしてほしいとは思っていない。何かしてほしいと言われた時だけ。憧れに近づきたいのであれば、できることはする。ただし、精神的にも肉体的にも無理はしない、というスタンスでいる。悩みがあれば、遠慮せずにすぐに共有してくれ」  シンシアもヨルンをフォローしつつ、俺達流の心得を伝授した。 「分かりました! ありがとうございます!」  ヨルンが元気になったようで良かった。その性格から、切り替えが早いタイプだろう。  その後、シンシアとクリスから報告会での作戦をヨルンに伝えてもらった。俺からは、報告会で起きうることを挙げ、シンシアとクリスだけでは十分にできなかったことをヨルンにしてもらうことにした。  例えば、大臣達からの謂れのない批判に対しての反論だ。当のシンシアではどのような言い方をしても必死さが印象付けられてしまい、クリスではその冷静な物言いでインパクトに欠ける。ヨルンがうってつけだろう。  また、報告会での不測の事態では、大聖堂と同様にシンシアをリーダーとして指示に従い、シンシアが単独で動かざるを得ない場合には、クリスとヨルンがペアで動き、ヨルンがクリスを守る。俺達以外の全員に催眠魔法がかかっている前提で行動し、必要なら、俺がその場でメモを書き、クリスに渡すことにしてある。 『以上だ。行こう! ここからは怒涛だ』 「はい!」  俺のメッセージに、気合いの入った一同の声は一致した。



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 五十分後、シンシアの報告会までにヨルンに確認したいこともあったので、早々に切り上げて、俺は黒板を使ってメッセージを書いた。 『報告会まで時間もあまりないから、シンシアからクリスタルとチートスキル、現在の自分が置かれている状況を簡単に説明してほしい。ヨルンも報告会に一緒に来てくれると心強い。理由はあとで書く』 「承知しました」 「すごい……。本当に触手の中に人が入っているんですね……」  シンシアは俺が挙げた項目をヨルンに説明した。俺はみんなにヨルンのチートスキル名を追記した上で、ゆうには補足をその都度、黒板に書いてもらった。 「これが原因だったんですか……。おばあちゃんからもらった物で、すごく嬉しかったので、ずっと身に付けていたんです」  ヨルンはネックレスを手で触り、少し寂しげな表情をした。それは、大好きだったおばあちゃんには、二度と会えないことを物語っていた。 『そのクリスタルのせいで、その体になったことは間違いない。ただ、そのおかげで俺達が巡り会えたことも忘れないでほしい。これまでも、ずっと大切に身に付けていよう』 「はい!」  俺のメッセージに、ヨルンは笑顔で返事をしてくれた。俺はヨルンのかわいい表情を見ることができて、改めて嬉しさを噛みしめると、話を続けた。 『クリスタルに関連して、ヨルンに聞きたいことがある。何かの研究家だったりするか?』 「研究家……ですか? うーん、強いて言えば、死の研究家、性的指向と性自認の研究家、そして差別研究家ですかね。補足しておくと、『性的指向』は自分がどの性別を好むのか、『性自認』は自分がどの性別だと考えているのか、です。  自分がどういう存在なのかを考える上で、各地や歴史の中で同じような人がいたかどうか、その人達がどういう扱いをされてきたかを研究していました。その延長で、近親相姦に加えて、獣姦、モンスター姦などを始めとする異種間での恋愛や結婚についても研究対象にしました。基本的に、そういう人達は必ず差別されているのですが、その差別をどうすればなくせたのか、これからなくせるのかをいつも考えていましたね。  結局、どう頑張っても差別は絶対になくせないという結論に至って、自分が悪いのか、自分が変わればいいのか、そんなことを強制する世界なら死を選ぶ、という考えになりました。  基本的に、と言ったのは単に周囲にバレてなかっただけで、死後にその記録が発見されると差別の対象になったからです。死んだ人まで蔑む社会にも絶望しました。もちろん、全員が差別するわけでないことは分かっていましたし、希望はあるとも思っていましたが、ずっとそう思っているのも疲れますからね……。  あ、人種差別や民族差別、階級差別については他の人が研究していると思って、僕は手を出していません」 「この際、聞いておきたいのだが、ヨルンは国家としてはどういう立場を取った方が良いと思う? そのような人達を許容するのか、拒絶するのか」  シンシアが国家運営に関わる者として質問した。 「国家としては拒絶した方が良いと思います。少なくとも『現代』では、国家の成長の要因は人口が全てですので、健康な子どもを増やす必要があります。  また、個性や思考の多様性は国家のためになりますが、国内の人種や民族が多様化すると、有事の際の団結力に関わるため、単に人口や労働力を増やすために、外国からの移民を受け入れるのも止めた方が良いでしょうね。  今、国内で多様性を声高に謳う人がいるとすれば、国力を落とすためのスパイだと思います。国のことを本当に考えている人であれば、心でそう思っていても、権力者に訴えたりはしないはずです。  また、仮に先進国と途上国が分かれていて、先進国はそれを許容すべきだと外圧を作り出している国々も、相手の国力を落とすことが目的です」  俺はヨルンの意見に驚いた。自分が差別される側になる恐れがあるにもかかわらず、とんでもなく冷静な意見を持っていたからだ。まさに、研究者然としていて、自らの立場によらず、第三者的な視点を持っている。 「では、具体的にどうやって拒絶する? 完全な拒絶、もちろん重罰や虐殺ではないだろう?」  シンシアが続けて質問した。 「はい、そのような拒絶ではありません。国内では、表面上は特区を作るのが良いと思います。性関係の場合は、新性倫理特区とでも言いましょうか。そこに集めて、半分隔離状態にする。その方が国としても監視しやすい。独立させても良いと思います。  人を呼び込むために、『差別ではありません、むしろ優遇します』と宣伝します。逆に周囲が『何で変態のあいつらだけ』と差別感を覚えると思うかもしれませんが、優遇はそこで完結する内容にし、その特区を作るために注いだ税金は、そこが経済的に発展したら徐々に返してもらうことにすれば問題ありません。  ただし、僕の予想では特区内でも差別が生じると思っています。色々な理由で破綻したら特区を解除し、過疎地帯と同じ扱いにします。住まいを突然変更する人は少ないので、結果的に隔離に成功します。  そうでもしないと、その人達は、嘘の能力やメリットを並び立てて、自分達の権利と居場所を主張したり、それが通らないと暴動に発展したりします。自分達の立場が弱いと無意識で思っている人ほど、そういう行動をするようです」  まるでヨルン自身が差別主義者と言っても不思議ではないほどの過激で鋭い意見を述べた。おそらく、差別を研究する内に、差別される側の要因を知ったからこその意見だろう。差別する側にも納得できる理由があるということだ。  似たような例で、『いじめ』が挙げられるが、それとは全く異なる。いじめられる方にも原因があるとよく言われるが、『いじめ』は『傷害事件』であり、いじめる方が完全に悪いからだ。差別の先にいじめや迫害があり、差別というだけでは、非暴力の自衛のためという理由もあって、完全な悪とは言い難い。もちろん、『区別』や『公平』がその場合の理想ではある。 「あー、ヨルンの最後に言ったこと分かるー。女性が男性よりマルチタスクが得意って言ってる人と同じだ。絶対そんなことないのに。精々、同じぐらいって言っておけばいいのに、優れてるって言っちゃうんだよね。本当は全てにおいて劣ってるのに。それを認めると、立場が危うくなっちゃうから」  ゆうは、女に恨みでもあるのかと思うほどの持論を展開した。当然、当てはまらない場合もあることは承知だろう。 「一応言っておくけど、女は感情でしか物を言わないって言う男も同じね。論理的に考えられない男もいるから」 「要は、前に言ってた『弁えろ』ってやつか?」 「そう! 今の自分を認めて、本当の自分を相手から認めてもらった上で、共存していく。認めてもらえないようなら、迷惑にならない別の方法を考えるか、さっと引き下がって別の道を行く。それが人間関係において、弁えるってこと」 「そうだな。愛の告白やカミングアウト、それと同列に扱う訳ではないが、セクシャルハラスメント、ストーキングの末の接触にも言えることだろうな。  本来は、相手が迷惑でないことを何度も確認する必要があるのに、過程をすっ飛ばしてそれらの行為をしても、拒絶されるだけだからな。まあ、それは俺達の『接触』も人のことを言えないが、俺達は人間じゃないし、誰も損していないから成り立っているわけで。  とは言え、結果オーライなら何をやってもいいのか、というわけではないからな。その見極めは難しいところだ」 「そういうのって、誰も教えてくれないし、教えられていても子どもの頃で、実感がなくて覚えてもいないと思うんだよね。でも、ある日突然、当事者になっちゃう。  そもそも、なぜ勉強しなきゃいけないか、教育システムがあるか、自分の子にちゃんと説明できる人なんてほとんどいないでしょ。私はお兄ちゃんに教えてもらったけど。というわけで、まだちょっと書かせて」  俺達の会話を待ってもらっていたヨルンに向けて、ゆうは提案のメッセージを書いていた。こいつ、俺と会話しながら、『今の自分を認めて……』のくだりから黒板に書いてやがった。これがマルチタスクというやつか……。本当に人間か? いや、触手だけども……。 『国が主導してそれらの内容を国民に教育し、資格化して定期的に試験を受けるシステムを作るのはどう? 教育だけではダメで、あくまで試験や資格とセット。  資格を持つ人の優遇措置や、破った人の罰則をどうするかは今は置いておくとして。最初は覚えるだけになっちゃうけど、できるだけ実体験に近い試験内容にすれば、いつでも記憶から引き出せる。仮に資格を持っていない極少数の人達がいても、その教育によって差別は生じない』 「なるほど。もし、全員受けるのであれば、ある意味で『国民資格』というわけですか……。ジャスティ国には憲法や国民規範がありますが、それと現在の法律だけでは対応できませんからね。  教育が重要なのは分かっていましたが、それをどう実現するかは、ぼんやりとしか考えていませんでした。やっぱり、トップダウンとシステム設計が大事なんですね。流石シュウ様、広く深いお考えです」  ヨルンが感心していると、シンシアが手を挙げた。 「私も……流石、シュウ様です。ヨルン、私達の仲間以外には黙っていてほしいのだが、シュウ様は場合によっては、ご自身と子孫の触手人間、その経験値源の人間だけが住む集落を、さらに場合によっては国を興すつもりだ。私達はあえて経験値牧場と呼んでいる。  その際は、ヨルンの知見が役立つだろう。イリスにこれまでの気持ちや考えを伝えておけば、上手くやってくれるはずだ。念のために言っておくが、反乱や革命をするわけではなく、できるだけ周辺と調整しながら興す予定だ」 「触手特区、触手国を作るなんて……すごいです! 自ら興すとは、壮大すぎて思ってもいませんでした。どんなことになるのか想像できません。先程申し上げたように、僕の持論ではそういうところは大体破綻すると思っていました。  でも……シュウ様と、お話に出た方々なら可能なように思えます。僕でよければ、是非お手伝いさせてください!」 「ヨルンくん、あなたの考えに、ユキさんや私の魔法の知識が必要であれば、いつでも言ってくださいね」 「ありがとうございます、クリスさん。何だか夢みたいです。さっきまで死ぬつもりだった僕が、こんなに希望を抱いているなんて……。本当に……皆さん、ありがとうございます!」  ヨルンの目からは、また涙が溢れた。  ヨルンはこれまで自分の体のことを誰にも言えなかった。しかし、言いたくもあった。自分の全てをさらけ出せる場所がほしかった。ヨルンの場合は、自分の存在を常に自問自答しなければならず、恐怖さえ覚えただろう。そう思っているのは自分だけではないとも考え、色々思考してみたものの、諦めて行動に移せないでいた。  そこで俺達に出会い、これまで諦めていたことが実現できる可能性を見出だせた。 『ヨルンの気持ち、分かるよ。怖かったんだよね。自分の存在を公表することが。自分で自分の存在を認めることが。もう大丈夫だから安心して。ヨルンはヨルンだよ。あなたの居場所はここにあるから』 「シュウ様……ありがとう……ございます……うぅ……うわあぁぁん!」  ゆうの優しいメッセージがヨルンの心を揺さぶり、さらに涙が溢れ出していた。これでまた一人、大切な人が増えた。みんなもお互いにそう思っていることだろう。  俺達は、ヨルンが落ち着くまで、流れる涙を舐め取っていた。シンシアとクリスも、ヨルンに優しく寄り添って、頭を撫でていた。 『ヨルンには、まだ聞きたいことがある。ヨルンが参加した特別任務とは、大聖堂の作戦のことか?』 「は、はい。でもなぜそのことを知っているんですか? 極一部にしか知らされてないと聞いていましたが……」 「先程話したレドリーお父様の情報網と推測によるものだ。機密情報のはずだが、詳しく聞かせてくれないか? 情報漏洩が問題になった場合は、私が責任を取る」  俺の代わりにシンシアが答えてくれた。普通は責任を取ると言っても取れないものだが、シンシアならできそうだ。なにせ、存在自体が国内最大の戦力なのだから。 「分かりました。大聖堂への魔法使いの出入りが頻繁になってきているという情報を国が入手し、調査したところ、大聖堂の裏の設計図が存在し、隠された階段から地下に消えていく魔法使い達がいることが判明しました。  その出入りのピークの時間を予測して、昨夜午後七時に、地下への突入作戦を遂行し、十四名の魔法使いを、魔導士結集罪の容疑で捕らえました。残りの一人は自害し、さらに残りの三名には、僕達も知らなかった裏の抜け道から逃げられましたが、謀略の阻止には成功しました。  自害した一人は、元魔導士団員だったそうです。尋問の結果はまだ聞いていませんが、その場の魔法陣から、高レベルモンスターの召喚を深夜に向けて行おうとしていたのではないかと、一緒に作戦に参加した魔導士団員達が話していました」 「自害された時と逃げられた時の状況をさらに詳しく教えてくれ」 「僕達が突入した瞬間、僕が速攻で詰め寄ったところに、相手全員で数種類の魔法を打ってきたのですが、『反攻』で全て反射し、相手にダメージを与えて怯ませました。  すると、その元魔導士団員が、僕に勝てないと見るや否や、所持していたナイフで自分の心臓を突き刺しました。本当は捕らえたかったのですが、前に躍り出てきた別の人を僕が相手にしている時だったので、間に合いませんでした。  回復魔法も、ほとんど全員を捕らえてからだったので間に合わず。全員同じ服装だったこともあり、首謀者はそれまで分からなかったのですが、自害したところを見ると、その人が首謀者だったと結論付けられました。  逃げられた状況ですが、僕達の突入後、すぐに逃げられました。地下の奥に扉があって、そこに逃げ込むのを見て、その場の全員を捕らえる目処が立った頃、おそらく一分後ぐらいだったと思います。追いかけて扉を開けると、その小部屋にはもう誰もいなくて、その先に見えた抜け道を進んで外に出ても、もう誰もいませんでした。  念のため、二人の魔導士団員に魔力感知魔法で確認してもらいましたが、小部屋も含めて、その近辺にはすでにいませんでした」 「ヨルンは魔力感知魔法が使えないと思っていいか?」 「はい。僕が使えるのは攻撃魔法の一部だけです。『反攻』さえあれば、それで十分だったので」 「もう一つ確認だが、ヨルン達が小部屋への扉を開けて入ったのだとしたら、逃げ込んだ魔法使いは扉を開け放ったまま逃げたのではなく、一度閉めたのか? 鍵はかかっていたか?」 「えーっと……閉められはしましたが、鍵はかかっていませんでした。そもそも錠前がありませんでした。もしかして、時間稼ぎにもならないのに、どうして扉を閉めたのか疑問に思ったということでしょうか」 「ああ、その通りだ。シュウ様、よろしければご意見をお聞かせ願えないでしょうか。何か引っ掛かっているのですが、これ以上は思い付くまでに時間がかかりそうです」  シンシアが俺達に助けを求めてきた。シンシアにはヨルンからヒントを引き出してもらったが、まだ確認することがある。 『抜け道は一直線だった?』 「いえ、一直線ではありませんでした。何度か曲がり角があったと思いますが、一本道ではありました」 『ありがとう。クリスにも聞きたい。魔力遮断魔法に魔力感知魔法を当てた時に、どう感じるのか。それと、扉を壁に偽装する魔法があるか、それを魔力感知できるかどうか』 「なるほど、それです! 流石シュウ様!」 「え?」  シンシアが、喉に引っ掛かっていた物がとれたかのように、スッキリとした顔をした。一方、ヨルンは不思議そうな顔をしていた。クリスは納得が行った顔をしていたが、そのまま俺の質問に答えてくれた。 「魔力遮断魔法に魔力感知魔法を当てても何も感じません。通常通りということですね。つまり、魔力遮断魔法がかけられているかも分かりませんし、その先に魔法使いがいても分かりません。偽装魔法は変装魔法の応用として存在しますが、それは感知できます。物理的な偽装は分かりません。  シュウ様のお考えをお察しして、壁の向こうに空間があるかを確認する魔法が存在するかについてもお答えします。透過空間認識魔法と呼ばれるもので、存在はしますが、難関魔法の一つです。あまり研究もされておらず、認知度も低いので、発動できる魔法使いは、一握りのはずです。  私は一応使えますが、何となくの空間認識しかできません。発動後魔力の微細な変化と材質による変化を、平面展開で繰り返し自分に伝えて、脳内に空間を構築しなければならず、完全に空間を認識できる魔法使いは存在しないとされています。もちろん、ユキさんに限っては分かりません。空間展開で空間認識をしてしまうかもしれませんね。  最後に重要なことですが、透過空間認識魔法を使えば、攻撃魔法を使わなくても魔力遮断魔法がかけられているかが分かり、その先がどのような空間かも分かります。ただし、魔力感知と同時には、私にとってはあまりに難度が高いので行えません」  なるほど。これで大体想像できた。俺は、考えられることを複数回に分けて黒板に書いた。 『ありがとう。以上のことから、魔法使いが突入部隊の裏をかくとすれば、地下の魔法陣とは別の魔法陣が、どの設計図にも載っていない隠された空間に保険として存在し、そこに彼らは逃げ込んで、突入部隊をやり過ごしたと考えられる。  その場合、隠された空間は、小部屋に隣接しているか、抜け道の途中にある可能性が高い。どちらにもあった場合、小部屋に隣接している方がフェイクで、抜け道途中の方が本物だろう。  そこでは、モンスター召喚の詠唱が継続されていて、二つの魔法陣の進捗が同じだと仮定すると、人数が六分の一になったので、召喚までの時間は六倍かかることになる。早くて、今日の深夜にも召喚に成功するはずだ。  仮に、進捗がもっと早かったり遅かったりしても、昨夜は警戒されていたために、必ず今日以降になるが、何時頃に召喚するかは、ずらしてくる可能性もあるから、すぐにでも阻止に向かった方がいい。  もしかしたら、シンシアが城に戻ってきてもお構いなしに、報告会に合わせてくる可能性もあるな。もちろん、素直にそのまま逃げたのかもしれないが、調査をしに行くに越したことはないだろう。  ヨルンが報告会に参加してもらった方が良いと書いたのはこのためで、スパイ調査に加えて、大聖堂再調査の提案とその結果をシンシアの成果にでき、ヨルンがそれを証明してくれるのが大きいという理由だ』 「何から何まで、本当にありがとうございます、シュウ様。というわけで、ヨルン、クリス、今すぐ向かおう。城に知らせている時間はない。このままでは、ジャスティ国が危険に晒される恐れがある」 「わ、分かりました。それにしても、シュウ様、本当にすごいです……。僕、感動しました! シンシアさんもクリスさんも、改めて尊敬します」 「シュウ様、以上でよろしいでしょうか。作戦の共有はいかがいたしましょうか」  俺が先走る二人を止める前に、クリスから冷静な質問をしてくれた。 『そうだな。ヨルンが仲間に加わったことで、今のことを含めて、報告会での作戦もここで共有しておく必要がある。大聖堂に行ってからは、ここに戻ってくる時間も、話し合う時間もないから』 「申し訳ありません、先走りすぎました。クリス、ありがとう」 「いえ、気持ちは分かりますから。大聖堂の作戦をシュウ様からご説明いただき、報告会での作戦に大きな変更がなければ、シンシアさんと私からヨルンくんに説明し、シュウ様から補足をいただく、という流れでいかがでしょうか」  俺は肯定した。大聖堂での作戦を黒板に書いている間に、みんなには出発の準備を整えてもらった。ヨルンは、胸のさらしをやめたようだ。全てを書ききれないので、結局、数回に分けて書くことにした。 『作戦の目的は、こちらが無傷で、大聖堂内の敵を一人でも多く捕らえること。まず、大聖堂に入る前と地下の道中まではクリスの魔力感知魔法を使った上で進み、小部屋と抜け道の魔力遮断魔法を確認する。  目星がついた方の入口を探し、偽装を解く。どのように偽装しているかは流石にその場に行ってみないと分からないので、今は考えない。  入口でのトラップ対策で、ヨルンを先頭に突入し、クリスはその間に、認識した空間が広ければ水魔法、狭ければ金縛り魔法の詠唱を行う。  続いて、シンシアを先頭にクリスが突入する。クリスは魔法を発動し、敵全員の身動きがとれなくなったかどうかにかかわらず、ヨルンが部屋の真ん中より左側、シンシアが右側を担当し、突入から十秒以内に敵全員を無力化して捕らえる。  どちらか一方の敵がいなくなれば、もう一方の手助けを空間の奥側から挟み打ちをして行う。明らかに強敵がいた場合、雑魚から倒すか、強敵から倒すかは任せる。無力化する最適な方法はクリスに教えてもらおう。その際、自害されてもかまわない。  捕らえたら、催眠魔法がかかっている前提で全て解除する。再度催眠魔法をかけ、自首させた上で、尋問では全て吐かせるようにする。できれば、護送用の馬車が欲しいな。  一方、別の抜け道があって、そこから逃げられそうな時は、対峙している相手を無視してでもヨルンが単独で追う。シンシアとクリスは隠し空間から出ない。  ヨルンは、三分以上追いかけて捕まえられなかった場合は、元の場所に必ず戻ってくる。追いかけた末に待ち伏せされた場合は、全員殺してかまわないが、万が一、明らかに動きが異なり、賢い戦い方をする女魔法使いがいれば、ユキちゃんの双子の姉のシキちゃんの可能性があるので、決して捕らえようとせずに諦めて戻ってくる。無理に捕らえようとすれば、自害される恐れがあるためだ。名前を聞いてもいけない。  待ち伏せ返り討ちの時間を含めて、六分経ってヨルンが戻ってこなかったら、シンシアとクリスはそのまま城に向かう。ヨルンが城にも戻ってこなかった場合は、何らかの方法で捕らえられたものとして、報告会後に探しに行く。  ヨルンは可能なら、連れて行かれる先のメッセージをどこかに残してほしい。これまで抜け道の存在を知らず、監視されていなかったことから、敵が三人とは限らないので注意する。  俺達は、突入前にクリスの足元に増やした触手を下ろし、縮小化して、隠し空間の中が暗いようなら、壁を蔦って天井に張り付き、様子を見る。明るかったらその場で待機するが、隙間から外に灯りが漏れないように暗い可能性が高い。  みんなの戦闘の邪魔はしないつもりだが、敵が怪しい動きをしようとしたら、天井からの毒液で不意を突きつつ、さらに麻痺させる。俺達の存在は知られないようにする。  突入後はシンシアをリーダーとし、不測の事態が起きたら、彼女に指示を仰ぐ。指示には絶対に従う。大聖堂に入ってから出てくるまで、二十分以内を目標とする』 「質問よろしいでしょうか。クリスが空間の広さによって使う魔法ですが、それが逆ではない理由と、ヨルンが魔法を詠唱して突入しない理由を、念のため教えていただけないでしょうか。何となく想像はできるのですが、今後のために確認したいと思いました」  シンシアが良い質問をした。戦術の研究者としては興味があるのだろう。また、クリスとヨルンにも聞かせる意味もある。 『魔法使いに水魔法が効果的なのは知っての通りで、狭い室内であれば超強力だが、逆にこちらの身動きが取りづらくなる。敵を全員溺死させるのではなく、一人でも多く捕らえることが目的なので、クリスが認識しきれなかった抜け道が存在した場合に、逃げられる可能性が高くなる。その判断を突入した瞬間にするのは難しい。  ヨルンが突入時に魔法を使わないのも同じ理由で、不意打ちで水魔法や他の攻撃魔法を叩き込むことはできるが、ヨルンの剣術スピードを活かすには、その判断は不要だし、正確に当てるとなるとスピードも多少落ちるだろう。それなら、そのまま敵に突っ込んで背後を取った方が良い』 「なるほど、ありがとうございます。勉強になりました。本作戦が戦術の延長なのは奥が深いですね」 「シンシアさん、戦術の延長とはどういうことですか? 時間がないのにすみません」  ヨルンがシンシアに質問した。クリスもヨルンと同じく疑問に思ったようだ。 「いや、感動のあまり、シュウ様と自分だけにしか理解できない表現を思わず口にしてしまった。レドリー領での監視者捕獲作戦でも、シュウ様には同じ思いを感じていたのだが、今回の作戦規模でハッキリ分かった。通常、全体の作戦の目的が与えられて、その実行部隊として騎士団や魔導士団が存在するのだが、突入後の戦闘作戦と個々の戦闘、つまり戦術は我々に一任される。突入以前は作戦指揮官が考える場合が多く、それが隊長や団長である場合もあるが、そこまで具体的には考えない。  もちろん、突入直前からどのような突入手段で行くかは、我々が作戦全体の目的に沿って具体的に考えるのだが、シュウ様の場合は、突入前、突入直前、突入時、突入直後、突入後、全てに渡って想定が具体的だ。突入直後については、信頼されている私達でなければ、さらに具体的に掘り下げられていただろう。  これは、シュウ様が戦術、戦略、その間の個別作戦を全て考えられる才能をお持ちであることに他ならない。今回の場合、戦術と作戦をほぼ同時にお考えなのだ。おそらく、シュウ様にとっては戦術も戦略も、境界がないほどに全てを具体的に考慮なさるはずだ。戦術の具体性が作戦全体に表れている、大聖堂再調査作戦自体が戦術と言ってもいい、ということで戦術の延長と表現した」 「な、なるほど……。騎士団長としてのシンシアさんならではのお考えですね。僕も見習いたいです」  ヨルンはシンシアの『具体的な考察』に少しだけ戸惑っていたが、すぐに尊敬の顔に変わった。 「ありがとう。さて、魔法使いを無力化する方法をクリスに聞きたいが、その前にヨルンはどのような方法をとった?」 「僕は部隊の魔導士団員から猿轡をもらっていたので、剣の柄で腹や首を突いて激痛でもがいているところに、それを口に結んだだけでした。他の方法は教えてもらっていません。ということは、シンシアさんも城の魔導士団に猿轡以外の方法を教えてもらったりしてないということですか?」  シンシアの質問にヨルンが答えた。シンプルで良い方法だ。自害も防げる。そして、ヨルンも良い質問をしてくる。 「その通りだ。魔導士団は知っているはずなのだが、教えてくれなかった。想像はできても、それが正しいとは決して認めなかったな。魔法使いとそれ以外で対立した時のことを考えて、明確な弱点を知られたくないのだろう。バレバレなのにそこまでする必要はあるのかと思ったが、もしクリスがそれについても知っているのであれば教えてほしい」 「まず、剣士対魔法使いで、猿轡を持っていない場合に魔法使いを無力化する方法ですが、両腕の骨が飛び出すほど完全に折るか、切断するのが早いです。その人を生かしたい場合は、もちろん止血する必要があります。片腕が正常だったり、骨にヒビが入る程度では、魔法の発動は止められません。  魔法は基本的に手、あるいは手を経由して杖から発動されるものなので、身体の中心から手までの経路が異常な場合には発動できません。ただし、最低一ヶ月の時間が経過して、それが正常な状態であると脳と身体がともに認識すれば、魔法を使えるようになります。  したがって、生まれつき両腕や両手に障害がある場合でも、普通に魔法使いになれます。足から魔法を発動する研究も行われ、実現できる人もいるらしいですが、魔法使いは中距離から遠距離で戦うことがセオリーで、習得難度とメリットが釣り合っていないので、誰もやりません。  第一印象で明らかに奇特な人がいれば、習得している可能性があるので、注意は必要です。その場合は、足を不能にすることなく殺してください。『任意部位魔法発動習得者』の可能性があり、どこから魔法が発動されるか分からず、いつの間にか魔法トラップを仕掛けられている場合もあり得るからです。  次いで、誰でも明らかに分かる通り、喉を潰す方法があります。いずれも高位回復魔法で治ります。もちろん、本人は無力化されているので治せません。ちなみに、私は高位回復魔法を使えないので、ある程度の止血はできますが、完全には治せません。舌の切断もありますが、そこだけ切断するのは難しいので考える必要はありません。  無力化方法を認めないのは、どうやら、魔導士団の歴史が関係しているようです。魔法使い狩りの恐怖に怯えた魔法使いが各国の軍に所属したことがキッカケで魔導士団が設立されたのですが、各国の魔導士団専用図書室には古くからの魔法書があり、そのほとんどに『どんな魔法を使えるかは他者に言ってもいい。ただし、弱点を晒してはならない。認めてはいけない』と記載されていると聞きました。それを忠実に守っているのだと思います。  そこには派閥も存在し、認めない派は『否認派』、認めてもいい派は『認知派』と呼ばれています。野良の魔法使いで、そのことさえ知らないのは、もちろん無派閥ですが、便宜上、『無知派』と呼ばれています。  魔法研究界隈の多くは『認知派』ですが、魔導士団は魔法研究をしていても『否認派』です。その内、王族にも晒していないのは『完全否認派』、晒しているのは『従属否認派』と呼ばれていますが、実際にどうなのかは王族と魔導士団長だけしか知りません。ちなみに、王族と魔導士団の関係性と権力バランスから、ジャスティ国は『完全否認派』、エフリー国は『従属否認派』と噂されています。  これまで色々と述べてきましたが、なぜか猿轡だけは例外で、『否認派』も容認しています。魔法使い狩りの時に明らかになったからとも、当時の恨みを忘れないためとも言われています。  以上のことから、猿轡だけで魔法使いを無力化できる実力を持つ剣士は、魔導士団から見てもありがたい存在です。それができないと、魔法使いを捕虜にもできず、殺すしかありませんからね」  また派閥か。辺境伯だけでなく、クリスも派閥に詳しいんだな。もしかして、魔力量限界の時に話題に挙がった『魔法使用時死亡派』も、ちゃんと存在する派閥だったのだろうか。 「ありがとう。それも戦術を考える上で、勉強になった。騎士達にそれを伝えるかは、陛下からのご指示を賜る必要があるが」 「…………。皆さんには、ただただ感動するばかりですね……」  ヨルンの表情が発言の印象とは異なり、少し曇った。会話の内容が高度で、付いて行くのがやっとのためだろう。それを見て、クリスがヨルンの背中を撫でた。 「大丈夫ですよ。全く気負う必要はありません。私だって、ヨルンくんの意見と考察に感動したんですよ」 「私もだ。これは前にクリスにも言ったことだが、私達は互いに何かをしてほしいとは思っていない。何かしてほしいと言われた時だけ。憧れに近づきたいのであれば、できることはする。ただし、精神的にも肉体的にも無理はしない、というスタンスでいる。悩みがあれば、遠慮せずにすぐに共有してくれ」  シンシアもヨルンをフォローしつつ、俺達流の心得を伝授した。 「分かりました! ありがとうございます!」  ヨルンが元気になったようで良かった。その性格から、切り替えが早いタイプだろう。  その後、シンシアとクリスから報告会での作戦をヨルンに伝えてもらった。俺からは、報告会で起きうることを挙げ、シンシアとクリスだけでは十分にできなかったことをヨルンにしてもらうことにした。  例えば、大臣達からの謂れのない批判に対しての反論だ。当のシンシアではどのような言い方をしても必死さが印象付けられてしまい、クリスではその冷静な物言いでインパクトに欠ける。ヨルンがうってつけだろう。  また、報告会での不測の事態では、大聖堂と同様にシンシアをリーダーとして指示に従い、シンシアが単独で動かざるを得ない場合には、クリスとヨルンがペアで動き、ヨルンがクリスを守る。俺達以外の全員に催眠魔法がかかっている前提で行動し、必要なら、俺がその場でメモを書き、クリスに渡すことにしてある。 『以上だ。行こう! ここからは怒涛だ』 「はい!」  俺のメッセージに、気合いの入った一同の声は一致した。



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