俺達と女の子達が情報共有して今後の行動を決定する話(2/2)

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 ユキちゃんの見送りで、俺達はとりあえず解散した。まあ、俺達兄妹はユキちゃんの家に触手を一本残しているので、帰ってはいないが。シンシアには常駐させていないので、少し名残惜しそうにしていた。  しかし、おかげでレベルアップはできた。スキル取得はもう少しあとにする。  と言うのも、イリスちゃんが、午後の話をスムーズにするために、俺達と確認したいことがあるから、太腿に巻き付いてほしいと言って、今は人目に付かない所を通って帰っているからだ。 「シュウちゃん、『勇運』について、私達だけの秘密にしておいた方が良いことを伝えておくね。アースリーお姉ちゃんとシンシアさんには話しても大丈夫だと思うけど念のため。  『勇運』は運の影響が及ぶ範囲であれば、人の意志さえ簡単に変えることができると思う。じゃんけんの時、私は途中から勝敗に関係なくずっとグーを出すぞって決めてたのに、やっぱり別のにしようって、自然に考えを変えた。この『自然に』っていうのがすごくて、普通なら意志を変えられたことに気付かない。私も簡単に気付くと思ってたけど、そうじゃなかった。  じゃあ、なんで私が気付いたかって言うと、勝敗表を私が書いた時に自分だけが分かる目印を付けておいたから。それをあとで見て『何だっけこれ?』って思って、記憶を遡って理由を考えたら、私が私へ書いたメッセージだって思い出した。と言うより、その内容も含めて全部推察したんだけどね。私がつい十五秒前のことを忘れるわけがない。  つまり、一部の記憶を丸ごと、しかも連鎖的に消されていた。もしかしたら、シュウちゃんの記憶も消されてるかも。場合によっては、合理的な記憶に書き換えられることもある。  現に私は、目印を、前に黒板を使った時の単なる消し忘れだと『思わされる』ところだった。シュウちゃんに愛称をつける時も、もしかしたら、私は内心で反対していたのかもしれない。  じゃあ、いつから賛成に転じたのかと考えてみても、もう分からない。いや、厳密には覚えてるけど、それが本当に正しいかが分からない。  でも、推察さえできなかったら、言い換えれば、多段階の記憶改竄まで行われていたら、当然、一生気付かなかった」  イリスちゃんが淡々と話す内容がとんでもないことで、さながらホラーのようだった。俺もいつの間にか記憶が書き換えられていても不思議ではない。  しかし、流石イリスちゃんだ。人の意志を変えられることまで検証するなんて、俺には思い付かなかった。 「もちろん、ユキお姉ちゃんが意識的にやっていることじゃないはず。仮にこのことに気付いたとしても、私はお姉ちゃんを信じてるから悪用することはないと思ってるけど、これが周囲に知られると、少しでも不信感が芽生えることになって、お姉ちゃんが何かしら攻撃される恐れがある。特に、これから建国しようとする時に、魔女狩りのように責められて潰されることもあり得る。  だから、シュウちゃんがユキお姉ちゃんの力を借りたくて何かお願いする時も、あからさまに人の意志を変えるようなことは頼まない方が良いと思う。中には私みたいに気付く人もいるかもしれない。正確には、気付いてずっと覚えてる人、かな。私も気を付ける」  イリスちゃんの危機意識は、これまで学んだこともないだろうし、実体験で失敗したことすらないだろうに、いずれも経験した俺の意識に勝るとも劣らないものだった。  愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ?  違うな。真の天才は学ばない。自ら本質に辿り着き、発想する。俺も見習いたいものだ。  そんな彼女に本気で慕われていることが、誇らしく思えた。  せっかくだから、俺も今しか言えないことを忘れない内に言っておこう。俺は、メッセージを貼り付けられそうな砂のある所までイリスちゃんを連れて行き、それを伝えた。 『催眠魔法について詳しく知りたいから調べてほしい。時間がある時でかまわないから。それと、念のため、シンシアの報告会の日は、いつでも相談できるように、アースリーちゃんの家に泊まってほしい』 「うん、分かった。そっか……やっぱり、シュウちゃんも同じこと考えてたんだね。嬉しいな」  天才がどこまでのことを考えているかは正直分からないが、俺の目的は大きく三つ。  一つ目は、催眠魔法の有効性と恐ろしさを知っておきたいということ。  二つ目は、俺達全員に催眠魔法がかけられていないかを確認する方法があるか。  最後は催眠魔法の延長で、『勇運』のようなチートスキルを、魔法と特別な宝石で再現できるか。つまり、クリスタルを新たに作れるかだ。  いずれも、敵と対峙した際に考慮すべきで、知らない内に俺達の破滅や死に直結するし、逆に有効活用すれば、チートスキルを現在持っていない者でも有利に事を進められるからだ。  イリスちゃんの口ぶりからすると、日常の触手ライフを充実させるためにも使いそうな感じはしなくはないが、単に大目的が一致したことを喜んでいるだけと今は受け取っておこう。  その後、俺達は顕現フェイズに移行した。  触神様には、紫のクリスタルと碧のクリスタルが、朱のクリスタルの代わりにならないことを確認し、朱のクリスタル以外の存在は、この世界の人達には秘密にした方が良いということも確認した。  また、前に話題に挙げたチートスキル持ちを視界に捉えた場合は、『チートスキル:〇〇』『チートスキル:不明』『チートスキル:一部不明』を警告表示し、チートスキル持ちでない場合は、意識した時に『触手未確認』と通常表示するよう変更をお願いし、説明にも反映させた。  自動警告なら『触手未確認』は表示しなくてもいいのではと思うかもしれないが、相手のチートスキルや魔法に、こちらのスキルを封じるようなものがあれば、区別できなくなり危険なのでそのようにした。  さらに、チートスキルを二つ以上持っていた場合には、その全てを表示するようにもお願いした。  触神様には、まだ用がある……のだが、俺は少し迷っていた。細かい事は教えてくれないだろうし、外界でノーリスクで分かることも教えてくれないだろう……。  いや、ゆうを見習ってダメ元で聞いてみよう、と思い立ったのも束の間、俺が何も言っていないのに、ゆうが聞いてくれた。 「触神様、イリスちゃんがただの天才だと思えなくて……何か特別な理由があったりしますか? できれば、『教えられない』と『知らない』を区別していただきたいです。区別したくない場合は、否定の別のジェスチャーで」  触神様は、これまでと同様に教えられないというジェスチャーをした。  これだから、俺は触神様のことが大好きなんだよなぁ。俺達なんかに答えなくてもいいのに、否定でもなく、無視するわけでもなく、『教えられない』という答えをくれる。  それは、答えを言っているようなものだ。俺達の意図を察しているのかもしれないし、答えたところで劇的に何かが変わるわけでもないと思っているのかもしれない。  少なくとも俺達が分かったことは、イリスちゃんは生まれた時に偶々天才だったわけではないということだ。  俺達は彼女を溺愛しているが、その理由次第では、何らかの危険に巻き込まれる可能性があるってことか。直接本人に聞ければいいが、それはそれでリスクだ。 「触神様、ありがとうございました」  俺達はお礼を言って、顕現フェイズを後にした。 「一応、言っておくけど、イリスちゃんがあたし達に害をなすって疑ってるわけじゃないからね。彼女がクリスタルに関わってるとしたら、いつか危険が及ぶかもしれないから、絶対に守りたいって思っただけだから。知ってるのと知らないのとじゃ大きい違いでしょ?」 「そうだな。俺も同じ気持ちだよ。もし、イリスちゃんが俺達に秘密で何かを企んでいたとしたら、彼女こそ完全なる魔王に相応しいよ。是非とも、世界を支配してほしいね。  もちろん、俺達が彼女を利用して、何かしようってわけじゃない。好きだから一緒にいたい、好きだから守りたい、それだけだ。  いずれにしても、彼女は世界にとって鍵となる存在のはずだから、大切にしないといけない。当然、イリスちゃん以外の人達についても言うまでもないな。  そういう意味では、攻撃スキルも今後は取得していきたいんだよなぁ。次は『中縮小化』予定だから、その次かな。『弱毒液』を取得することになると思う。  シンシアやユキちゃんと一緒にいる時はいいけど、そうじゃない時にイリスちゃんやアースリーちゃんを俺達だけで守れる保証はないからな。仮に俺達全員が『勇運』の加護の下にあっても、実際どうなるかは誰にも分からないし」  俺達は改めてみんなを守る決意をし、取得したスキルの検証に移った。  長々と話しているわけにはいかない。午後の打ち合わせまでに終わらせないとな。俺達に休憩は必要ない。疲れないから、どんな労働環境でも問題ないのだ。  かと言って、無意識で精神的に疲労する人もいるだろうから、人間にとってはどんな場合でも休憩は大事だ。 「『影走り』、レベルと同じ数以下の回数、本体の長さ分だけ、素早く移動できる。使用回数に応じて、五分間使用できない」  どれぐらい素早く移動できるかと言うと、本体の長さ以下のどんな距離でもほぼ一瞬だった。正確にはどんな距離でもコンマ五秒。障害物は超えられなかったので、瞬間移動ではない。  そのため、あらかじめ経路も考えておく必要がある。その速度でぶつかった時の衝撃がどうなるのかは危なすぎるので、『触手の尻尾切り』検証時に一緒に行うことにした。  また、最大使用回数について、増やした触手で検証したところ、触手を増やす前の最大使用回数が増やした各触手に適用されるようだった。  例えば、増やす前の触手をAとし、最大使用回数が五回だとする。そのまま触手Bと触手Cを増やすと、それぞれの最大使用回数が五回となる。触手Aや触手Bが一回使ったとしても、触手Cの最大使用回数は五回のまま減らない。触手Aの最大使用回数が四回の時に、触手Bと触手Cを増やすと、それぞれの最大使用回数は四回となる。  総元締め系の『触手数増加』とは異なる性質ではあるものの、触手を増やしながらの無限高速移動のようなことは同様にできない。残り使用回数が表示されるわけでもないので、それぞれ覚えておく必要がある。  連続使用は可能だが、二回使用したら、五分経過で一回分回復するわけではなく、十分待たないと二回分回復しない。途中で一回使用すると、再度そこから十五分、回復に必要だ。  縮小化後は、縮小化後の本体の長さが適用されるので、使うなら縮小化前の方が距離の恩恵を得られる。ちなみに、縮小化スキルも、使用回数ではなく縮小化時間について、同様の制限がある。検証結果はこんなところだ。  午後になって、俺達は再び集まり、これまでの出来事をしっかりと共有しつつ、それぞれが疑問に思ったことも遠慮なく披露した。  これからは、俺の考えた可能性や仮説の真偽を確認する時間だ。これをやらないと、次から次へと可能性が湧いてきて、いつか処理しきれなくなる。  俺からの疑問は次の通り。  ユキちゃん、あるいはセフ村全体が日本のような文化との交流があるか、  紙が貴重なのに魔法書を何冊も持っているのはなぜか、  魔法書は誰がどうやって書いたのか、  五芒星が悪魔召喚に使用されることをどうやって知ったか、  俺達の魔力はゼロなのか、  イリスちゃんには、ハーレムの語源、  シンシアには、どこで他の触手と戦ったかなどを聞いた。  それぞれの回答は次の通り。  交流はなく、母親の正座も自然とそうなった。  拾った宝石を売ったお金で父親から買ってもらった。自分以外にお金は使われていないので裕福とは言えない。  魔法書はそれぞれの魔法使いが最低一冊は書かなければいけない決まりで方法は自筆。  魔法使いの間では五芒星の効力は常識だから自分で考えた。  少なくとも魔力は感じなかった。  ハーレムは西の国から伝わったがその国は滅びているらしく、実現させてはいけないものとして伝わっている。  モンスターの動きが活発になった北東遠征の洞窟、  という回答を得た。  ゆうからは、子孫繁栄に関する質問だった。それは、孫以降の世代についてどうするか。  イリスちゃんからの提案で、近親相姦を避けられないので、できるだけ血を薄めるために、しばらくは俺達の子や孫の一人だけを父親とすることとした。  アースリーちゃんからは、シンシアに対して、レドリー辺境伯がどのような人物として知られているかを聞いていた。  彼とは何度か会ったことがあり、クリスタルに詳しいだけでなく、聡明な魔法歴史家で、他の貴族のように差別意識を持たず、人当たりの良い人だった、という話だった。ただ、最近は軍備を増強していて、様々な憶測を呼んでいるとのことだ。  ユキちゃんからは、もし元首になるのであれば、見聞を広めるためにも、足が完全に動くようになったら、自分も旅に連れて行ってほしいと言われた。 俺達もイリスちゃんも、止める理由はなかったので了承した。  シンシアからは、改めて冤罪を晴らす協力をしてもらえないかと頭を下げられた。 もちろん、俺達全員がそのつもりだったので、快く了承した。  すると、彼女は涙ぐみながら何度も感謝の言葉を言っていた。俺達がシンシアをちゃんと幸せにしようとするだけでなく、周りもそう思ってもらえているようで嬉しい。  最後に、イリスちゃんからは、位置関係の把握に使っていた地図についての意外な質問だった。  その地図では、ジャスティ国の隣国であるエフリー国との国境線の一部が少しだけ薄くなっていて、誰かが何度も触っていた形跡があったのだが、以前から不思議に思っていたので、それはユキちゃんか、そうでなければ母親に聞いてみてほしい、ということだった。  その際、アースリーちゃんが神妙な面持ちだったことを俺は見逃さなかった。俺が彼女の右頬をつんつんと突くと、彼女はハッとしてこちらを振り向いた。 「う、うん……。やっぱり何も言わないのは、いけないよね……。あのね、ユキちゃん、イリスちゃん、私達の村の成り立ちについて、誰かから聞いたりしてる?  多分、誰からも教えてもらってないと思う。私は村長の娘として、お父さんから教えてもらったけど、誰にも話しちゃいけないって言われてる。  イリスちゃんはこの地図からそこに辿り着こうとしているんだよね?  そして、きっと辿り着く。でも……だからと言って、私はお父さんとの約束を破ることはできない。ごめんなさい……。  それと、仮に分かったとしても、そのことは誰にも言わないでほしい」 「いいんだよ、アースリーお姉ちゃん。私も誰にも言わないつもりだから。もう何となく想像はついてるけど、それが私達に何か影響するかというと、別に何もないし……ううん、何もないように動いてくれてる人達がいるのかも」 「そうなんだ……私達の村に秘密が……でも、アーちゃんやイリスちゃんがそう言うなら、それがきっと一番良いんだろうね。うん、分かった。とりあえず、地図のことはお母さんに聞いてみるけど、村のことについて何か聞いてもイリスちゃんだけに話しておくね。  シュウちゃんは、そもそもその場で聞いちゃうから、イリスちゃんからは、必要があればシンシアさんに話すっていうことで」  アースリーちゃん達のやり取りで、俺も何となく想像がつく。村の外部との行き来がある以上、これまで『それ』を隠し通せてきたのも不思議だ。  もしかすると、そのための検問なのか? シンシアに聞けば、検問でどのような質問をされたか分かるが、アースリーちゃんに免じて何も聞かないでおこう。 「ありがとう、ユキお姉ちゃん。それじゃあ、これからの予定を確認するね。  辺境伯邸への出発までの三日間は、シュウちゃんは私達だけで経験値稼ぎ。シンシアさんがシュウちゃんを退治したことになってるから、もう他の村人には接触できないのが理由。  それから、アースリーお姉ちゃんと一緒に辺境伯の屋敷まで同行。  シンシアさんは、アースリーお姉ちゃんと村長さんの護衛で、屋敷に着いたら、辺境伯に朱のクリスタルのことを聞く。  ユキお姉ちゃんは、足を思い通りに動かす練習で、パーティー出発までに間に合えば、屋敷の直前まで同行、間に合わなければ、パーティー後に城下町で合流。  私はユキお姉ちゃんの家で練習手伝いと待機。場合によっては、ユキお姉ちゃんと経験値牧場の資金集め。  パーティー後、シュウちゃんとシンシアさんは城に向かい、朱のクリスタルへの接触と汚名返上。  パーティー後のアースリーお姉ちゃんは、村長さんと一緒にセフ村に戻ってくる。その後、私とアースリーお姉ちゃんで、経験値牧場の具体的な話を進める。  シュウちゃんの触手の配置については、前に言ったものと少し変えて、ユキお姉ちゃんの分を加えたとしても、アースリーお姉ちゃんと同行するから、冒険に五本使えるね。  ユキお姉ちゃんが同行できる場合は六本、同行できない場合は、ユキお姉ちゃんと私の家の前の森に、残り一本ずつ。  それと、さっきは旅で家畜を探すのは時間がかかるって話をしたけど、だからと言って何もしないのは余計に非効率だから、行く先々で積極的に接触してほしい。良い子がいたら、『時間がある時にセフ村のイリスを訪ねて』ってメッセージを伝えて。身分は問わない」  イリスちゃんが、それぞれの女の子の方を向きながら予定を確認し、最後に俺達の方をじっと見て言った。その真っ直ぐな瞳を見ていると、彼女から使命を与えられたような気がした。  そして、その場の全員が、顔を見合わせ頷き、打ち合わせは終了した。  イリスちゃんからユキちゃんへの地図関連の質問は、母親から家族全員揃った時に話すと言われたそうなので、もう少し先になるだろう。  それと、重要なことがもう一つ。ユキちゃんの『魔法創造』はチートスキルではなく、単に一つの才能であることが分かった。ここまで来るとチートスキルでもいい気はするが、明確に区別されているようだ。  つまりは、俺達が名付けた準チート級だ。そうなると、この世界でのチートスキルは、とんでもないスキルという主観に依存するものではなく、クリスタルによって得られる唯一無二のものと仮定することができる。  ユキちゃん以外の準チート級が、剣士や魔法使いの力量だけで、多様でないことを祈るばかりだ。警戒しなければいけないことが増えるからだ。  『鑑定』スキルの取得までは、まだまだ時間がかかる。改めて、経験値の重要性を思い知らされた発見だった。



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 ユキちゃんの見送りで、俺達はとりあえず解散した。まあ、俺達兄妹はユキちゃんの家に触手を一本残しているので、帰ってはいないが。シンシアには常駐させていないので、少し名残惜しそうにしていた。  しかし、おかげでレベルアップはできた。スキル取得はもう少しあとにする。  と言うのも、イリスちゃんが、午後の話をスムーズにするために、俺達と確認したいことがあるから、太腿に巻き付いてほしいと言って、今は人目に付かない所を通って帰っているからだ。 「シュウちゃん、『勇運』について、私達だけの秘密にしておいた方が良いことを伝えておくね。アースリーお姉ちゃんとシンシアさんには話しても大丈夫だと思うけど念のため。  『勇運』は運の影響が及ぶ範囲であれば、人の意志さえ簡単に変えることができると思う。じゃんけんの時、私は途中から勝敗に関係なくずっとグーを出すぞって決めてたのに、やっぱり別のにしようって、自然に考えを変えた。この『自然に』っていうのがすごくて、普通なら意志を変えられたことに気付かない。私も簡単に気付くと思ってたけど、そうじゃなかった。  じゃあ、なんで私が気付いたかって言うと、勝敗表を私が書いた時に自分だけが分かる目印を付けておいたから。それをあとで見て『何だっけこれ?』って思って、記憶を遡って理由を考えたら、私が私へ書いたメッセージだって思い出した。と言うより、その内容も含めて全部推察したんだけどね。私がつい十五秒前のことを忘れるわけがない。  つまり、一部の記憶を丸ごと、しかも連鎖的に消されていた。もしかしたら、シュウちゃんの記憶も消されてるかも。場合によっては、合理的な記憶に書き換えられることもある。  現に私は、目印を、前に黒板を使った時の単なる消し忘れだと『思わされる』ところだった。シュウちゃんに愛称をつける時も、もしかしたら、私は内心で反対していたのかもしれない。  じゃあ、いつから賛成に転じたのかと考えてみても、もう分からない。いや、厳密には覚えてるけど、それが本当に正しいかが分からない。  でも、推察さえできなかったら、言い換えれば、多段階の記憶改竄まで行われていたら、当然、一生気付かなかった」  イリスちゃんが淡々と話す内容がとんでもないことで、さながらホラーのようだった。俺もいつの間にか記憶が書き換えられていても不思議ではない。  しかし、流石イリスちゃんだ。人の意志を変えられることまで検証するなんて、俺には思い付かなかった。 「もちろん、ユキお姉ちゃんが意識的にやっていることじゃないはず。仮にこのことに気付いたとしても、私はお姉ちゃんを信じてるから悪用することはないと思ってるけど、これが周囲に知られると、少しでも不信感が芽生えることになって、お姉ちゃんが何かしら攻撃される恐れがある。特に、これから建国しようとする時に、魔女狩りのように責められて潰されることもあり得る。  だから、シュウちゃんがユキお姉ちゃんの力を借りたくて何かお願いする時も、あからさまに人の意志を変えるようなことは頼まない方が良いと思う。中には私みたいに気付く人もいるかもしれない。正確には、気付いてずっと覚えてる人、かな。私も気を付ける」  イリスちゃんの危機意識は、これまで学んだこともないだろうし、実体験で失敗したことすらないだろうに、いずれも経験した俺の意識に勝るとも劣らないものだった。  愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ?  違うな。真の天才は学ばない。自ら本質に辿り着き、発想する。俺も見習いたいものだ。  そんな彼女に本気で慕われていることが、誇らしく思えた。  せっかくだから、俺も今しか言えないことを忘れない内に言っておこう。俺は、メッセージを貼り付けられそうな砂のある所までイリスちゃんを連れて行き、それを伝えた。 『催眠魔法について詳しく知りたいから調べてほしい。時間がある時でかまわないから。それと、念のため、シンシアの報告会の日は、いつでも相談できるように、アースリーちゃんの家に泊まってほしい』 「うん、分かった。そっか……やっぱり、シュウちゃんも同じこと考えてたんだね。嬉しいな」  天才がどこまでのことを考えているかは正直分からないが、俺の目的は大きく三つ。  一つ目は、催眠魔法の有効性と恐ろしさを知っておきたいということ。  二つ目は、俺達全員に催眠魔法がかけられていないかを確認する方法があるか。  最後は催眠魔法の延長で、『勇運』のようなチートスキルを、魔法と特別な宝石で再現できるか。つまり、クリスタルを新たに作れるかだ。  いずれも、敵と対峙した際に考慮すべきで、知らない内に俺達の破滅や死に直結するし、逆に有効活用すれば、チートスキルを現在持っていない者でも有利に事を進められるからだ。  イリスちゃんの口ぶりからすると、日常の触手ライフを充実させるためにも使いそうな感じはしなくはないが、単に大目的が一致したことを喜んでいるだけと今は受け取っておこう。  その後、俺達は顕現フェイズに移行した。  触神様には、紫のクリスタルと碧のクリスタルが、朱のクリスタルの代わりにならないことを確認し、朱のクリスタル以外の存在は、この世界の人達には秘密にした方が良いということも確認した。  また、前に話題に挙げたチートスキル持ちを視界に捉えた場合は、『チートスキル:〇〇』『チートスキル:不明』『チートスキル:一部不明』を警告表示し、チートスキル持ちでない場合は、意識した時に『触手未確認』と通常表示するよう変更をお願いし、説明にも反映させた。  自動警告なら『触手未確認』は表示しなくてもいいのではと思うかもしれないが、相手のチートスキルや魔法に、こちらのスキルを封じるようなものがあれば、区別できなくなり危険なのでそのようにした。  さらに、チートスキルを二つ以上持っていた場合には、その全てを表示するようにもお願いした。  触神様には、まだ用がある……のだが、俺は少し迷っていた。細かい事は教えてくれないだろうし、外界でノーリスクで分かることも教えてくれないだろう……。  いや、ゆうを見習ってダメ元で聞いてみよう、と思い立ったのも束の間、俺が何も言っていないのに、ゆうが聞いてくれた。 「触神様、イリスちゃんがただの天才だと思えなくて……何か特別な理由があったりしますか? できれば、『教えられない』と『知らない』を区別していただきたいです。区別したくない場合は、否定の別のジェスチャーで」  触神様は、これまでと同様に教えられないというジェスチャーをした。  これだから、俺は触神様のことが大好きなんだよなぁ。俺達なんかに答えなくてもいいのに、否定でもなく、無視するわけでもなく、『教えられない』という答えをくれる。  それは、答えを言っているようなものだ。俺達の意図を察しているのかもしれないし、答えたところで劇的に何かが変わるわけでもないと思っているのかもしれない。  少なくとも俺達が分かったことは、イリスちゃんは生まれた時に偶々天才だったわけではないということだ。  俺達は彼女を溺愛しているが、その理由次第では、何らかの危険に巻き込まれる可能性があるってことか。直接本人に聞ければいいが、それはそれでリスクだ。 「触神様、ありがとうございました」  俺達はお礼を言って、顕現フェイズを後にした。 「一応、言っておくけど、イリスちゃんがあたし達に害をなすって疑ってるわけじゃないからね。彼女がクリスタルに関わってるとしたら、いつか危険が及ぶかもしれないから、絶対に守りたいって思っただけだから。知ってるのと知らないのとじゃ大きい違いでしょ?」 「そうだな。俺も同じ気持ちだよ。もし、イリスちゃんが俺達に秘密で何かを企んでいたとしたら、彼女こそ完全なる魔王に相応しいよ。是非とも、世界を支配してほしいね。  もちろん、俺達が彼女を利用して、何かしようってわけじゃない。好きだから一緒にいたい、好きだから守りたい、それだけだ。  いずれにしても、彼女は世界にとって鍵となる存在のはずだから、大切にしないといけない。当然、イリスちゃん以外の人達についても言うまでもないな。  そういう意味では、攻撃スキルも今後は取得していきたいんだよなぁ。次は『中縮小化』予定だから、その次かな。『弱毒液』を取得することになると思う。  シンシアやユキちゃんと一緒にいる時はいいけど、そうじゃない時にイリスちゃんやアースリーちゃんを俺達だけで守れる保証はないからな。仮に俺達全員が『勇運』の加護の下にあっても、実際どうなるかは誰にも分からないし」  俺達は改めてみんなを守る決意をし、取得したスキルの検証に移った。  長々と話しているわけにはいかない。午後の打ち合わせまでに終わらせないとな。俺達に休憩は必要ない。疲れないから、どんな労働環境でも問題ないのだ。  かと言って、無意識で精神的に疲労する人もいるだろうから、人間にとってはどんな場合でも休憩は大事だ。 「『影走り』、レベルと同じ数以下の回数、本体の長さ分だけ、素早く移動できる。使用回数に応じて、五分間使用できない」  どれぐらい素早く移動できるかと言うと、本体の長さ以下のどんな距離でもほぼ一瞬だった。正確にはどんな距離でもコンマ五秒。障害物は超えられなかったので、瞬間移動ではない。  そのため、あらかじめ経路も考えておく必要がある。その速度でぶつかった時の衝撃がどうなるのかは危なすぎるので、『触手の尻尾切り』検証時に一緒に行うことにした。  また、最大使用回数について、増やした触手で検証したところ、触手を増やす前の最大使用回数が増やした各触手に適用されるようだった。  例えば、増やす前の触手をAとし、最大使用回数が五回だとする。そのまま触手Bと触手Cを増やすと、それぞれの最大使用回数が五回となる。触手Aや触手Bが一回使ったとしても、触手Cの最大使用回数は五回のまま減らない。触手Aの最大使用回数が四回の時に、触手Bと触手Cを増やすと、それぞれの最大使用回数は四回となる。  総元締め系の『触手数増加』とは異なる性質ではあるものの、触手を増やしながらの無限高速移動のようなことは同様にできない。残り使用回数が表示されるわけでもないので、それぞれ覚えておく必要がある。  連続使用は可能だが、二回使用したら、五分経過で一回分回復するわけではなく、十分待たないと二回分回復しない。途中で一回使用すると、再度そこから十五分、回復に必要だ。  縮小化後は、縮小化後の本体の長さが適用されるので、使うなら縮小化前の方が距離の恩恵を得られる。ちなみに、縮小化スキルも、使用回数ではなく縮小化時間について、同様の制限がある。検証結果はこんなところだ。  午後になって、俺達は再び集まり、これまでの出来事をしっかりと共有しつつ、それぞれが疑問に思ったことも遠慮なく披露した。  これからは、俺の考えた可能性や仮説の真偽を確認する時間だ。これをやらないと、次から次へと可能性が湧いてきて、いつか処理しきれなくなる。  俺からの疑問は次の通り。  ユキちゃん、あるいはセフ村全体が日本のような文化との交流があるか、  紙が貴重なのに魔法書を何冊も持っているのはなぜか、  魔法書は誰がどうやって書いたのか、  五芒星が悪魔召喚に使用されることをどうやって知ったか、  俺達の魔力はゼロなのか、  イリスちゃんには、ハーレムの語源、  シンシアには、どこで他の触手と戦ったかなどを聞いた。  それぞれの回答は次の通り。  交流はなく、母親の正座も自然とそうなった。  拾った宝石を売ったお金で父親から買ってもらった。自分以外にお金は使われていないので裕福とは言えない。  魔法書はそれぞれの魔法使いが最低一冊は書かなければいけない決まりで方法は自筆。  魔法使いの間では五芒星の効力は常識だから自分で考えた。  少なくとも魔力は感じなかった。  ハーレムは西の国から伝わったがその国は滅びているらしく、実現させてはいけないものとして伝わっている。  モンスターの動きが活発になった北東遠征の洞窟、  という回答を得た。  ゆうからは、子孫繁栄に関する質問だった。それは、孫以降の世代についてどうするか。  イリスちゃんからの提案で、近親相姦を避けられないので、できるだけ血を薄めるために、しばらくは俺達の子や孫の一人だけを父親とすることとした。  アースリーちゃんからは、シンシアに対して、レドリー辺境伯がどのような人物として知られているかを聞いていた。  彼とは何度か会ったことがあり、クリスタルに詳しいだけでなく、聡明な魔法歴史家で、他の貴族のように差別意識を持たず、人当たりの良い人だった、という話だった。ただ、最近は軍備を増強していて、様々な憶測を呼んでいるとのことだ。  ユキちゃんからは、もし元首になるのであれば、見聞を広めるためにも、足が完全に動くようになったら、自分も旅に連れて行ってほしいと言われた。 俺達もイリスちゃんも、止める理由はなかったので了承した。  シンシアからは、改めて冤罪を晴らす協力をしてもらえないかと頭を下げられた。 もちろん、俺達全員がそのつもりだったので、快く了承した。  すると、彼女は涙ぐみながら何度も感謝の言葉を言っていた。俺達がシンシアをちゃんと幸せにしようとするだけでなく、周りもそう思ってもらえているようで嬉しい。  最後に、イリスちゃんからは、位置関係の把握に使っていた地図についての意外な質問だった。  その地図では、ジャスティ国の隣国であるエフリー国との国境線の一部が少しだけ薄くなっていて、誰かが何度も触っていた形跡があったのだが、以前から不思議に思っていたので、それはユキちゃんか、そうでなければ母親に聞いてみてほしい、ということだった。  その際、アースリーちゃんが神妙な面持ちだったことを俺は見逃さなかった。俺が彼女の右頬をつんつんと突くと、彼女はハッとしてこちらを振り向いた。 「う、うん……。やっぱり何も言わないのは、いけないよね……。あのね、ユキちゃん、イリスちゃん、私達の村の成り立ちについて、誰かから聞いたりしてる?  多分、誰からも教えてもらってないと思う。私は村長の娘として、お父さんから教えてもらったけど、誰にも話しちゃいけないって言われてる。  イリスちゃんはこの地図からそこに辿り着こうとしているんだよね?  そして、きっと辿り着く。でも……だからと言って、私はお父さんとの約束を破ることはできない。ごめんなさい……。  それと、仮に分かったとしても、そのことは誰にも言わないでほしい」 「いいんだよ、アースリーお姉ちゃん。私も誰にも言わないつもりだから。もう何となく想像はついてるけど、それが私達に何か影響するかというと、別に何もないし……ううん、何もないように動いてくれてる人達がいるのかも」 「そうなんだ……私達の村に秘密が……でも、アーちゃんやイリスちゃんがそう言うなら、それがきっと一番良いんだろうね。うん、分かった。とりあえず、地図のことはお母さんに聞いてみるけど、村のことについて何か聞いてもイリスちゃんだけに話しておくね。  シュウちゃんは、そもそもその場で聞いちゃうから、イリスちゃんからは、必要があればシンシアさんに話すっていうことで」  アースリーちゃん達のやり取りで、俺も何となく想像がつく。村の外部との行き来がある以上、これまで『それ』を隠し通せてきたのも不思議だ。  もしかすると、そのための検問なのか? シンシアに聞けば、検問でどのような質問をされたか分かるが、アースリーちゃんに免じて何も聞かないでおこう。 「ありがとう、ユキお姉ちゃん。それじゃあ、これからの予定を確認するね。  辺境伯邸への出発までの三日間は、シュウちゃんは私達だけで経験値稼ぎ。シンシアさんがシュウちゃんを退治したことになってるから、もう他の村人には接触できないのが理由。  それから、アースリーお姉ちゃんと一緒に辺境伯の屋敷まで同行。  シンシアさんは、アースリーお姉ちゃんと村長さんの護衛で、屋敷に着いたら、辺境伯に朱のクリスタルのことを聞く。  ユキお姉ちゃんは、足を思い通りに動かす練習で、パーティー出発までに間に合えば、屋敷の直前まで同行、間に合わなければ、パーティー後に城下町で合流。  私はユキお姉ちゃんの家で練習手伝いと待機。場合によっては、ユキお姉ちゃんと経験値牧場の資金集め。  パーティー後、シュウちゃんとシンシアさんは城に向かい、朱のクリスタルへの接触と汚名返上。  パーティー後のアースリーお姉ちゃんは、村長さんと一緒にセフ村に戻ってくる。その後、私とアースリーお姉ちゃんで、経験値牧場の具体的な話を進める。  シュウちゃんの触手の配置については、前に言ったものと少し変えて、ユキお姉ちゃんの分を加えたとしても、アースリーお姉ちゃんと同行するから、冒険に五本使えるね。  ユキお姉ちゃんが同行できる場合は六本、同行できない場合は、ユキお姉ちゃんと私の家の前の森に、残り一本ずつ。  それと、さっきは旅で家畜を探すのは時間がかかるって話をしたけど、だからと言って何もしないのは余計に非効率だから、行く先々で積極的に接触してほしい。良い子がいたら、『時間がある時にセフ村のイリスを訪ねて』ってメッセージを伝えて。身分は問わない」  イリスちゃんが、それぞれの女の子の方を向きながら予定を確認し、最後に俺達の方をじっと見て言った。その真っ直ぐな瞳を見ていると、彼女から使命を与えられたような気がした。  そして、その場の全員が、顔を見合わせ頷き、打ち合わせは終了した。  イリスちゃんからユキちゃんへの地図関連の質問は、母親から家族全員揃った時に話すと言われたそうなので、もう少し先になるだろう。  それと、重要なことがもう一つ。ユキちゃんの『魔法創造』はチートスキルではなく、単に一つの才能であることが分かった。ここまで来るとチートスキルでもいい気はするが、明確に区別されているようだ。  つまりは、俺達が名付けた準チート級だ。そうなると、この世界でのチートスキルは、とんでもないスキルという主観に依存するものではなく、クリスタルによって得られる唯一無二のものと仮定することができる。  ユキちゃん以外の準チート級が、剣士や魔法使いの力量だけで、多様でないことを祈るばかりだ。警戒しなければいけないことが増えるからだ。  『鑑定』スキルの取得までは、まだまだ時間がかかる。改めて、経験値の重要性を思い知らされた発見だった。



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