俺と妹が同時連想して女の子(家族と神含む)を幸せにする話(1/3)

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 三十一日目、午前八時三十分頃。  シンシア達が姫の部屋から来客用の部屋に戻ったところで、俺は予め書いておいた作戦を共有した。いよいよ、当初の大目的の一つが達成される瞬間が来るため、慎重に作戦を練ったのだ。この際、『勇運』の力も借りておきたい。  今回は、訳あって『シュークン作戦ノート』は使わず、紙に書いた。コリンゼが早く迎えに来た時に、いつでも隠せるように、というのが理由だ。 『全部書くと長くなりすぎるので、一部を除いて行動だけを書く。それぞれの理由は、よかったらシンシアが推察して補足してほしい。ユキちゃんは勘でいいから、俺達の行動が上手く行くか教えてほしい。  まず、朱のクリスタルの部屋に着いたら、扉を閉めてクリスタルに近づき、俺達が触手を増やして、触れる。何も起きずに石のままだったら、それをクリスがインクの小袋に回収して部屋を出る。ないと思うが、消滅した場合は、そのことを王に報告する。  輝きが戻ったら、俺達の動きが一定時間止まるかもしれない。その時は、そのまま俺達が動き出すまで、心配せずに待機してほしい。もしかすると、その際に俺達が新しいスキルを取得して、みんなと簡単にコミュニケーションができるようになるかもしれない。ただ、その場合でも、シンシアのみと一、二回だけしか会話しないつもりだ。  シンシアは何か聞こえたら、その内容をできるだけ詳しく俺達に伝えてほしい。ただし、その一部は、声を出さずに意識だけで俺達に伝えてほしい。シンシア以外が聞こえた場合は、それぞれ普通に伝えてほしい。コリンゼには、朱のクリスタルの力で奇跡が起きた、力そのもののことも含めて、姫以外には言わないように、と伝えてほしい。  それから午後七時三十分前後まで、俺達はみんなと一切コミュニケーションを取らない。声の有無にかかわらず、俺達にも話しかけないでほしい。意識して対象と話せるようなら、心の中で話すことだけ禁止する。  だから、それまでの行動を予め書いておく。と言っても、自由時間が多い。部屋を出てから、午後二、三時ぐらいまでは、城内で昼食を済ませたあと、出発の挨拶回りをする。その合間は自由だ。暗くなるまでに馬車で隣町まで行きさえすればいい。  宿を前払いで確保して、夕食を済ませ、さっき挙げた時間までに部屋に戻る。その合間も自由。時間になったら、俺達の動きが止まるかもしれないが、同様に心配しなくていい。以上だ』  シンシアが少し考えたあと、口を開いた。 「前提として、朱のクリスタルに輝きが戻ることは、私達含めた大切な人達以外には知られたくない。コリンゼや姫にはチートスキルのことを知らせたくない。朱のクリスタルに限らず、他のチートスキルを得るために、敵に人質や催眠魔法で利用される可能性があるから。  その上で、朱のクリスタル自体は広く認識されており、姫やコリンゼは大切な人達なので、その力や効果については、二人に話してもいい。クリスタルに触れた触手のみに異変が起こった場合を想定し、その保険として触手を増やす。シュウ様が一定時間止まるのは、その時間で触神様と対面し、向こうの世界にメッセージを送るかもしれないから。  その時に送らなかった場合で、かつスキルを取得した場合、私達と会話しすぎると、向こうにメッセージを送る力を失ってしまうかもしれず、特に意識していなくとも会話してしまう可能性があるため、私達とのコミュニケーションを断絶する。  私が何か聞こえた時の状況を詳細に語れば、その一、二回の会話だけでスキルの検証が進み、余計な失敗をせずに済む。  馬車で隣町まで行くのは、夜中から未明にエフリー国に移動するためで、前払いも夜に宿を抜け出すから。夜に城下町から人気の全くない広いスペースまで歩くのは目立ちすぎで、門兵や警備兵に見つかる可能性も高く、それなら隣町から町外れに歩いた方が良いから。  明るい内に城下町から長時間歩くことも考えられるが、その場合は、半分野宿となり、無駄な体力と時間を消費するため、候補から外した。  指定の時間は、おそらくメッセージを送る最適な時間。シュウ様のご両親が揃うため、最も気付きやすく、その現象とシュウ様の安否を受け入れやすい、効果的な時間ということ。  その時間でも送れなかったら、とりあえず延期して、私達とのコミュニケーションを優先する、という感じでしょうか。間違いや不足があればご指摘ください」 『ありがとう、完璧だよ』 「シュウちゃんが一番メッセージを送りたい時間が、今日の午後七時三十分前後なんだよね? それなら、上手く行くと思う。  つまり、朱のクリスタルに輝きは戻るし、シュウちゃんの動きはその時は止まらないし、午後七時十五分に、メッセージを送るためにシュウちゃんの動きが止まる。そのあとは、スキルの検証をすることになるね」  ユキちゃんがそう言ってくれると心強い。しかも、時間まで細かく指定してくれて、メッセージを送ったことでチートスキルが使えなくなることもないらしい。短期視点であれば、シキちゃん並みの予知だな。これも成長なのだろうか。完全にネタバレだ。まあ、ユキちゃんがいる時点で、誰でも想定できることだからいいか。  しかし、コミュニケーションの断絶には触れられていないから、やるべきなのか。念のため、城にいないみんなにも、本日休業と伝えてある。向こうに一度メッセージを送ることで安定化するのだろうか。  いずれにしても、ユキちゃんの言葉を信頼しているとは言え、油断は一切しないつもりだ。 『ユキちゃん、ありがとう。これから、たくさん話せることを楽しみにしてるよ。あたしも!』  ゆうが珍しく割り込んで、俺のメッセージに付け加えてきた。 「ユウちゃん、私もだよ!」  ゆうのメッセージを見て、ユキちゃんがその応えに、ゆうを抱き締めた。正確な時間が分かったので、ウキちゃんへの追加でメッセージを伝えた。 『ウキちゃんは、午後七時過ぎに時計に変身してほしい。今の状態でも正確な時間が分かるのであれば、変身せずに俺達に教えてくれてもかまわない』 「分かった! 『原子時計』に変身する!」  世界一正確な時計という、とんでもない物に変身してくれるようだ。ハヤブサに時計の首輪を付けた時に興味を持ったか。  おそらく最先端技術の原子時計だろうから、大型の物になるはずだ。ユキちゃんが原子時計について何も言わないということは、宿屋の床も重みに耐えられるのだろう。 「俺とゆうは時間になったら、個人フェイズに入り、お互いのプレゼントを持って顕現フェイズに移行する。まだお試し期間内だから可能だ」  俺はゆうとその時の行動を調整した。 「うわぁ、やっぱりそれ利用するんだ。あの時は、そんなことまで考えてなかったのに」 「どうやってメッセージを送るか考えた時に、二人の意識を合わせて、触神様にお願いするのは顕現フェイズしかないからな。強制的に呼び出されない限りは、スキル取得の時しかないが、次のレベルアップまで待たないといけないから、好きなタイミングで入れる方法を探ってたんだ。触神様が俺達の指定した時間に送ってくれるかも分からないし。  ゆうがお試し期間のことを言ってくれて助かったよ。まあ、ゆうが言わなくても俺が言ってたけど」 「なるほどね。だから『ゆうの提案は本当に素晴らしいと思ったんだ』って言ったんだ」 「流石、大好きなお兄ちゃんの言葉を一言一句覚えてるかわいい妹だなぁ」 「うざ!」  俺がゆうの罵倒で気持ち良くなったところで、扉がノックされ、コリンゼが入ってきた。 「それでは、参りましょう」  コリンゼの案内で朱のクリスタルが保管されている部屋に向かった。責任者はシンシアからコリンゼに引き継がれている。  その部屋はパルミス公爵の部屋と同じ三階にあり、まだ輝きを失っていない時は、貴族限定で見学ツアーなどを行っていたらしい。輝きを失ってからは部屋に鍵がかけられ、台座上のクリスタルが置かれた箱にも鍵がかけられているとのことだ。  ウキちゃんは、元の姿に戻れば、何でもすり抜け可能なので、その箱の中身も見ることができた。箱の中は暗闇だと思うが、それでも綺麗だと感じるのは不思議だな。 「どうぞ」  コリンゼに促されて部屋に入り、蝋燭が灯されてから、扉が閉められるのを確認すると、クリスの外套に隠れていた俺達は触手を増やして台座に近づいた。奥の窓は締め切られているので、灯りが少ないと薄暗いままだったはずだ。  コリンゼが台座の箱を解錠し、蓋を開けた。その手付きが滑らかだったので、引き継がれた時に、一度ここに確認に来たのだろう。 「確かに、形が整った石ですね。僕が思っていたより大きいです」  一同がそれを覗き込んだ時にヨルンが口にした台詞は、俺も全く同じように思ったことだった。触神様に見せてもらった時は実感がなかったが、今までのクリスタルの中で一番大きい。一辺三センチの立方体に丁度収まるぐらいの正八面体に近い形だ。箱の中には綿が入ったクッションが置かれて、見やすく置かれている。これが朱く輝いていれば、確かに見学ツアーを組みたくなるのも分かる。 「それでは、シュウ様。どうぞ」 「行くぞ、ゆう」 「うん」  コリンゼの言葉のあと、俺達はそれぞれの頭で、朱のクリスタルに同時に触れた。  すると、次の瞬間、一同の驚嘆の声が溢れた。 『おお!』  クリスタルの外側から徐々に輝きが戻り始め、ついには中心まで綺麗な朱に染まったのだ。まばゆい光が放たれたわけでもなく、地味な輝きの戻り方だったが、そのクリスタルは、間違いなく人々を魅了する美しさだった。  本来なら、中心から輝きが戻りそうな気はするが、俺達の力が供給されたので、外側から戻っていったのだろう。 『あっ!』  突然、誰かが、いや、全員が声を上げた。朱のクリスタルに異変が起こったのだ。  クリスタルの外側から徐々に粒子化して、俺達触手の体に取り込まれ始めた。それに気付いて台座から離れても、その粒子は俺達に付いてくる。クリスタル側から一体化を求めているということだ。  俺達は諦めて、それに従った。二十秒後、クリスタルは完全に俺達と一体化した。 「お兄ちゃん、どうする? 王に報告する?」  ゆうが少しだけ慌てて俺に相談してきた。 「いや……。その前に、クリスタルを体外排出できるか試してみよう。元の形をイメージして台座に置く。力も半分与える感じで」 「えぇ……。流石に無理でしょ……」 「五分経ってダメだったら諦めよう」  ゆうは弱音を吐いたが、すぐに切り替えて俺の動きに合わせた。 「シュウ様……?」  俺達が再び台座に近づいたことを不思議に思って声に出すシンシア。 「行くぞ、ゆう」 「うん」  俺達は念じ始めた。何も起こらないが、そのまま続ける。しかし、思ったよりも早く、それは訪れた。  始めてから十秒後、台座近くの俺達全体から輝く粒子が放出され、箱の中にクリスタルを形取り始めた。二十秒後、完全に朱のクリスタルが輝いた状態で元に戻った。 『おおおお!』  またも驚きの声を上げる一同。やっぱり思った通りだ。 「よし。もう一回取り込むぞ。念のため、『ごめん、やっぱり一つになろう。大好きだよ』という気持ちで」 「えぇ……。分かった……」  またもゆうが諦めかけていたが、俺達は、今度は意識してクリスタルを取り込むようにした。  すると、俺達の想いに応えてくれたのか、クリスタルが三度目の粒子化をして、俺達と一体化した。 「お兄ちゃん、これ確信してたの?」 「ほぼ、な。みんなも疑問に思ってるだろうから、そうだな……シンシアがあとで推察してくれると助かるんだが……」 「シュウ様! 今、声が……! 男の人の声……その印象もシュウイチ様と同じぐらいの年齢。その声で、『シンシアがあとで推察してくれると助かるんだが』と……」  シンシアが驚きつつも、すぐにその内容を詳細に報告してくれた。ただし、俺が言った言葉の部分は彼女の口が動いておらず、『そのまま』聞こえた。  他のみんなには俺達の声が聞こえなかったらしい。俺がゆうと話している時に、意識的にその部分をシンシアだけに向けたからだ。考えたことを勝手に垂れ流されたりしなくて良かった。 「シンシア様、これは朱のクリスタルの力でシュウ様と会話できるようになったということですか?」 「おそらくな。話が早くて助かる。これはシュウ様が予想なさっていたことの一つだ。検証が終わるまで、シュウ様には心の中で話しかけてはいけない。力を消費して、ご両親にメッセージを送れなくなってしまう恐れがあるからだ。  姫には報告してかまわないが、他の者には輝きが戻ったこと、力そのもののことも含めて言わないように。もちろん、姫以外の王族方にもだ。検証は午後七時十五分以降に行われる。  シュウ様が私におっしゃったのは、先程の現象と行動をシンシアに推察してほしいということだった。おそらく、朱のクリスタルが、思いの外、大きかったので簡単に持ち運べないだろうかとお考えになり、クリスタルを吸収してみたところ成功した。  しかし、事前の作戦では、朱のクリスタルが消滅した際は、王に報告するように、とのことだったので、その必要はない、心配いらないということで、一度元に戻したのだろう」 「はっ! 承知しました」  シンシアの命令と推察に、コリンゼは納得し、一同は部屋を出ることにした。シンシアの推察は、半分当たりで半分外れていた。しかし、これはわざとだ。  一同はコリンゼにお礼を言って一旦別れ、来客部屋に戻ってきた。 「先程の私の推察だが、コリンゼの前だからあのような説明をしたが、実際はそうではないと思う。正確にはシュウ様は、『シンシアがあとで推察してくれると助かるんだが』、『あとで』とおっしゃった。コリンゼの前では説明できないということだ。  シュウ様にとっては、あの吸収は予想外だった。クリスタルから一度離れようとしたことが、その証拠だ。しかし、検証の可能性もあるから、コリンゼはそちらの方で理解してくれたようだ。  大事なのはここからだ。シュウ様は、なぜ元に戻せるとお考えになったのか。ユキの『勇運』が根拠だろう。私からの言葉ではあったが、ユキは陛下に朱のクリスタルを調査させてほしいと申し出たことになっている。  それが、二度と元の形に戻せないとなると、ユキが困ることになるから、それでは『勇運』の効果と矛盾することになり、戻せるとシュウ様は確信した。戻せない場合は、そのことでユキが得をすること以外ないからな。  改めて話すと、『勇運』については、チートスキルの中でも特に重要なスキルだから、イリスとアースリーを除いて、所持者以外には絶対に話せない。これがチートスキルを他の者に話せない主な理由になっている。天才であれば、そこから推察されてしまう恐れがあるからな。  今では、『昇華』も『反攻』も、他の者に渡ったら危険なチートスキルだと私は認識している。前者は世界を消滅させる力、後者はユキが前に言った通り、無敵かつ不老不死の効果の可能性があるからだ」  相変わらず完璧な推察だ。いつもなら、紙に書いて褒めてあげたいところだが、今は残念ながらコミュニケーションできない。メッセージを伝えたい思いで、スキルが暴発してしまう可能性がある。  それに、悪いがシンシア達にも話せないことがあるのは、イリスちゃんとの秘密だ。コリンゼがすんなり納得したのも『勇運』の効果のはずだ。 「さて、質問がなければ、挨拶回りの順番を決めておきたい。できれば、姫を最後にして、その余韻のまま城を出たい。調理場も昼食直後は忙しいから最後の方になるかな。城発の馬車は午前中に私が手配しておく。  昼食後、現在城内にいる方々で、出発の挨拶を終えてなくて、お世話になったのは、パルミス公爵、陛下、コリンゼ、リオと料理長、姫だ。この順番に行こう。大体の訪問予定時間は伝えていたが、不在であれば、他の者に伝言を頼んで諦める。  ウキのおかげで、長旅にはならないから、しんみりとする必要はない。もしかしたら、シュウ様の能力で私達も離れた姫と会話できるかもしれないしな」  シンシアが言った通り、離れていても会話できる可能性はあるし、当然、俺が考えた検証項目に入っている。王妃と王子達は、パルミス邸に行っているらしく、今日はいない。ウィルズ達も、昨日すでにシンシアが見送って城を発っている。  それからシンシア達は、昼食までの間、ウキちゃんを講師として、ヘリコプターの乗り降りや注意事項、非常時の対応、使われている技術についての勉強をしていた。  また、リクエストがあれば、簡単な講義も行うことにし、シンシアは剣術や格闘術、クリスとユキちゃんは魔力粒子応用のための化学と量子力学、ヨルンは教育システム設計のための現代教育の特徴と問題点、現代の差別問題の説明を希望していた。  もちろん、全てを説明する時間はないので、ヨルンの希望が比較的早く終わることから、まずそれを説明し、次にシンシアの希望を叶えていた。クリス達の希望は次の機会だ。まあ、これまで何度か基本的なことは教えていたので、焦ることはない。  それにしても、みんな勉強熱心で良いことだ。自分のやりたいことに確実に繋がると分かっているから、覚えも早いだろう。  俺達は、みんなの言葉に反応しないように、無の境地に至っていた。  昼食を終え、挨拶回りが始まると、迎えてくれた人達は皆、寂しそうだったが、シンシア達への期待も高く、最後はお互い笑顔で別れていた。コリンゼは、みんなにたくさん世話になったからか、少し涙ぐんでいたな。  一同は、リオちゃんへの挨拶と店を紹介してくれたお礼を済ませ、最後に姫の部屋に向かった。 「姫、私達はこのあと、午後三時に出発いたします。ウキのおかげで、長い旅にはならないと考えております。どうか、ご心配なさらず、私の帰還と報告をお待ちください」  姫の部屋に入ると、シンシアが早速、姫に出発の挨拶をした。 「午前中のことは、コリンゼから聞きました。もしかしたら、離れ離れでも皆さんとお話しできるかもしれないですね。期待しすぎると、ダメだった時にショックが大きくなるので、あまり考えないようにはします。  ですが……、やはり会えないと寂しいことには変わりありません」  そう言うと、姫はシンシアの胸に飛び込んだ。姫の体は震えていた。その震えを止めるように、シンシアも彼女を強く抱き締めた。 「だって……、昔よりも、一ヶ月前よりも、ずっとずっとシンシアのことを好きになったのですから! 皆さんのこともそうです。大好きな人達と短い間でも別れることが、こんなに辛いなんて……。  以前、ここまでの経緯で、リーディアさんのことを話してくれましたよね。彼女の気持ちが今、本当に理解できました。必ずまた会えると分かっているのに……、次に会えることを楽しみにしているのに……、涙が出てしまう……。本当に不思議な気持ちです。辛いけど、涙が出るけど、笑顔になれる。ありがとう、シンシア、皆さん。ユキちゃんの村には必ず行きますから!」  それまで腕輪だったウキちゃんも含めて、みんなが姫を囲い、黙って彼女を抱き締めた。 「姫、どこにいても私達は一心同体です。あなたが寂しい時、私達も寂しい。ならば、いつでも笑顔でいてください。笑顔でいられない時、私達が笑顔になりましょう。そんな都合の良い一心同体です。  これは『ごっこ遊び』ではありません。だから、終わることはないのです。反省会もありません。周囲から見たら、茶番かもしれませんが、私達には関係ありません。  それに、シュウ様は常に当事者であり、あなたをご覧にもなります。あなたの最高にかわいい笑顔を、シュウ様を通じて私達に届けてください。文字通り、私達は触手で繋がっているのですから」 「……ふふふっ、そうですね。最後を触手で締めるのが面白いです。あなたが戻ってくるまでに、また台本を考えておきますね。今の候補は『信じていた姫が触手に寝取られた話』です」 「それは、脳が破壊される側の演技難度が高すぎます! せめて、『寝取らせ好きの騎士』役にしてください!」  それでいいのか……。  一同は笑顔で姫と別れた。それから、出発の時間になり、シンシアが手配し、城の前で待機していた馬車に乗り込むと、一同は隣町に向かった。



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 三十一日目、午前八時三十分頃。  シンシア達が姫の部屋から来客用の部屋に戻ったところで、俺は予め書いておいた作戦を共有した。いよいよ、当初の大目的の一つが達成される瞬間が来るため、慎重に作戦を練ったのだ。この際、『勇運』の力も借りておきたい。  今回は、訳あって『シュークン作戦ノート』は使わず、紙に書いた。コリンゼが早く迎えに来た時に、いつでも隠せるように、というのが理由だ。 『全部書くと長くなりすぎるので、一部を除いて行動だけを書く。それぞれの理由は、よかったらシンシアが推察して補足してほしい。ユキちゃんは勘でいいから、俺達の行動が上手く行くか教えてほしい。  まず、朱のクリスタルの部屋に着いたら、扉を閉めてクリスタルに近づき、俺達が触手を増やして、触れる。何も起きずに石のままだったら、それをクリスがインクの小袋に回収して部屋を出る。ないと思うが、消滅した場合は、そのことを王に報告する。  輝きが戻ったら、俺達の動きが一定時間止まるかもしれない。その時は、そのまま俺達が動き出すまで、心配せずに待機してほしい。もしかすると、その際に俺達が新しいスキルを取得して、みんなと簡単にコミュニケーションができるようになるかもしれない。ただ、その場合でも、シンシアのみと一、二回だけしか会話しないつもりだ。  シンシアは何か聞こえたら、その内容をできるだけ詳しく俺達に伝えてほしい。ただし、その一部は、声を出さずに意識だけで俺達に伝えてほしい。シンシア以外が聞こえた場合は、それぞれ普通に伝えてほしい。コリンゼには、朱のクリスタルの力で奇跡が起きた、力そのもののことも含めて、姫以外には言わないように、と伝えてほしい。  それから午後七時三十分前後まで、俺達はみんなと一切コミュニケーションを取らない。声の有無にかかわらず、俺達にも話しかけないでほしい。意識して対象と話せるようなら、心の中で話すことだけ禁止する。  だから、それまでの行動を予め書いておく。と言っても、自由時間が多い。部屋を出てから、午後二、三時ぐらいまでは、城内で昼食を済ませたあと、出発の挨拶回りをする。その合間は自由だ。暗くなるまでに馬車で隣町まで行きさえすればいい。  宿を前払いで確保して、夕食を済ませ、さっき挙げた時間までに部屋に戻る。その合間も自由。時間になったら、俺達の動きが止まるかもしれないが、同様に心配しなくていい。以上だ』  シンシアが少し考えたあと、口を開いた。 「前提として、朱のクリスタルに輝きが戻ることは、私達含めた大切な人達以外には知られたくない。コリンゼや姫にはチートスキルのことを知らせたくない。朱のクリスタルに限らず、他のチートスキルを得るために、敵に人質や催眠魔法で利用される可能性があるから。  その上で、朱のクリスタル自体は広く認識されており、姫やコリンゼは大切な人達なので、その力や効果については、二人に話してもいい。クリスタルに触れた触手のみに異変が起こった場合を想定し、その保険として触手を増やす。シュウ様が一定時間止まるのは、その時間で触神様と対面し、向こうの世界にメッセージを送るかもしれないから。  その時に送らなかった場合で、かつスキルを取得した場合、私達と会話しすぎると、向こうにメッセージを送る力を失ってしまうかもしれず、特に意識していなくとも会話してしまう可能性があるため、私達とのコミュニケーションを断絶する。  私が何か聞こえた時の状況を詳細に語れば、その一、二回の会話だけでスキルの検証が進み、余計な失敗をせずに済む。  馬車で隣町まで行くのは、夜中から未明にエフリー国に移動するためで、前払いも夜に宿を抜け出すから。夜に城下町から人気の全くない広いスペースまで歩くのは目立ちすぎで、門兵や警備兵に見つかる可能性も高く、それなら隣町から町外れに歩いた方が良いから。  明るい内に城下町から長時間歩くことも考えられるが、その場合は、半分野宿となり、無駄な体力と時間を消費するため、候補から外した。  指定の時間は、おそらくメッセージを送る最適な時間。シュウ様のご両親が揃うため、最も気付きやすく、その現象とシュウ様の安否を受け入れやすい、効果的な時間ということ。  その時間でも送れなかったら、とりあえず延期して、私達とのコミュニケーションを優先する、という感じでしょうか。間違いや不足があればご指摘ください」 『ありがとう、完璧だよ』 「シュウちゃんが一番メッセージを送りたい時間が、今日の午後七時三十分前後なんだよね? それなら、上手く行くと思う。  つまり、朱のクリスタルに輝きは戻るし、シュウちゃんの動きはその時は止まらないし、午後七時十五分に、メッセージを送るためにシュウちゃんの動きが止まる。そのあとは、スキルの検証をすることになるね」  ユキちゃんがそう言ってくれると心強い。しかも、時間まで細かく指定してくれて、メッセージを送ったことでチートスキルが使えなくなることもないらしい。短期視点であれば、シキちゃん並みの予知だな。これも成長なのだろうか。完全にネタバレだ。まあ、ユキちゃんがいる時点で、誰でも想定できることだからいいか。  しかし、コミュニケーションの断絶には触れられていないから、やるべきなのか。念のため、城にいないみんなにも、本日休業と伝えてある。向こうに一度メッセージを送ることで安定化するのだろうか。  いずれにしても、ユキちゃんの言葉を信頼しているとは言え、油断は一切しないつもりだ。 『ユキちゃん、ありがとう。これから、たくさん話せることを楽しみにしてるよ。あたしも!』  ゆうが珍しく割り込んで、俺のメッセージに付け加えてきた。 「ユウちゃん、私もだよ!」  ゆうのメッセージを見て、ユキちゃんがその応えに、ゆうを抱き締めた。正確な時間が分かったので、ウキちゃんへの追加でメッセージを伝えた。 『ウキちゃんは、午後七時過ぎに時計に変身してほしい。今の状態でも正確な時間が分かるのであれば、変身せずに俺達に教えてくれてもかまわない』 「分かった! 『原子時計』に変身する!」  世界一正確な時計という、とんでもない物に変身してくれるようだ。ハヤブサに時計の首輪を付けた時に興味を持ったか。  おそらく最先端技術の原子時計だろうから、大型の物になるはずだ。ユキちゃんが原子時計について何も言わないということは、宿屋の床も重みに耐えられるのだろう。 「俺とゆうは時間になったら、個人フェイズに入り、お互いのプレゼントを持って顕現フェイズに移行する。まだお試し期間内だから可能だ」  俺はゆうとその時の行動を調整した。 「うわぁ、やっぱりそれ利用するんだ。あの時は、そんなことまで考えてなかったのに」 「どうやってメッセージを送るか考えた時に、二人の意識を合わせて、触神様にお願いするのは顕現フェイズしかないからな。強制的に呼び出されない限りは、スキル取得の時しかないが、次のレベルアップまで待たないといけないから、好きなタイミングで入れる方法を探ってたんだ。触神様が俺達の指定した時間に送ってくれるかも分からないし。  ゆうがお試し期間のことを言ってくれて助かったよ。まあ、ゆうが言わなくても俺が言ってたけど」 「なるほどね。だから『ゆうの提案は本当に素晴らしいと思ったんだ』って言ったんだ」 「流石、大好きなお兄ちゃんの言葉を一言一句覚えてるかわいい妹だなぁ」 「うざ!」  俺がゆうの罵倒で気持ち良くなったところで、扉がノックされ、コリンゼが入ってきた。 「それでは、参りましょう」  コリンゼの案内で朱のクリスタルが保管されている部屋に向かった。責任者はシンシアからコリンゼに引き継がれている。  その部屋はパルミス公爵の部屋と同じ三階にあり、まだ輝きを失っていない時は、貴族限定で見学ツアーなどを行っていたらしい。輝きを失ってからは部屋に鍵がかけられ、台座上のクリスタルが置かれた箱にも鍵がかけられているとのことだ。  ウキちゃんは、元の姿に戻れば、何でもすり抜け可能なので、その箱の中身も見ることができた。箱の中は暗闇だと思うが、それでも綺麗だと感じるのは不思議だな。 「どうぞ」  コリンゼに促されて部屋に入り、蝋燭が灯されてから、扉が閉められるのを確認すると、クリスの外套に隠れていた俺達は触手を増やして台座に近づいた。奥の窓は締め切られているので、灯りが少ないと薄暗いままだったはずだ。  コリンゼが台座の箱を解錠し、蓋を開けた。その手付きが滑らかだったので、引き継がれた時に、一度ここに確認に来たのだろう。 「確かに、形が整った石ですね。僕が思っていたより大きいです」  一同がそれを覗き込んだ時にヨルンが口にした台詞は、俺も全く同じように思ったことだった。触神様に見せてもらった時は実感がなかったが、今までのクリスタルの中で一番大きい。一辺三センチの立方体に丁度収まるぐらいの正八面体に近い形だ。箱の中には綿が入ったクッションが置かれて、見やすく置かれている。これが朱く輝いていれば、確かに見学ツアーを組みたくなるのも分かる。 「それでは、シュウ様。どうぞ」 「行くぞ、ゆう」 「うん」  コリンゼの言葉のあと、俺達はそれぞれの頭で、朱のクリスタルに同時に触れた。  すると、次の瞬間、一同の驚嘆の声が溢れた。 『おお!』  クリスタルの外側から徐々に輝きが戻り始め、ついには中心まで綺麗な朱に染まったのだ。まばゆい光が放たれたわけでもなく、地味な輝きの戻り方だったが、そのクリスタルは、間違いなく人々を魅了する美しさだった。  本来なら、中心から輝きが戻りそうな気はするが、俺達の力が供給されたので、外側から戻っていったのだろう。 『あっ!』  突然、誰かが、いや、全員が声を上げた。朱のクリスタルに異変が起こったのだ。  クリスタルの外側から徐々に粒子化して、俺達触手の体に取り込まれ始めた。それに気付いて台座から離れても、その粒子は俺達に付いてくる。クリスタル側から一体化を求めているということだ。  俺達は諦めて、それに従った。二十秒後、クリスタルは完全に俺達と一体化した。 「お兄ちゃん、どうする? 王に報告する?」  ゆうが少しだけ慌てて俺に相談してきた。 「いや……。その前に、クリスタルを体外排出できるか試してみよう。元の形をイメージして台座に置く。力も半分与える感じで」 「えぇ……。流石に無理でしょ……」 「五分経ってダメだったら諦めよう」  ゆうは弱音を吐いたが、すぐに切り替えて俺の動きに合わせた。 「シュウ様……?」  俺達が再び台座に近づいたことを不思議に思って声に出すシンシア。 「行くぞ、ゆう」 「うん」  俺達は念じ始めた。何も起こらないが、そのまま続ける。しかし、思ったよりも早く、それは訪れた。  始めてから十秒後、台座近くの俺達全体から輝く粒子が放出され、箱の中にクリスタルを形取り始めた。二十秒後、完全に朱のクリスタルが輝いた状態で元に戻った。 『おおおお!』  またも驚きの声を上げる一同。やっぱり思った通りだ。 「よし。もう一回取り込むぞ。念のため、『ごめん、やっぱり一つになろう。大好きだよ』という気持ちで」 「えぇ……。分かった……」  またもゆうが諦めかけていたが、俺達は、今度は意識してクリスタルを取り込むようにした。  すると、俺達の想いに応えてくれたのか、クリスタルが三度目の粒子化をして、俺達と一体化した。 「お兄ちゃん、これ確信してたの?」 「ほぼ、な。みんなも疑問に思ってるだろうから、そうだな……シンシアがあとで推察してくれると助かるんだが……」 「シュウ様! 今、声が……! 男の人の声……その印象もシュウイチ様と同じぐらいの年齢。その声で、『シンシアがあとで推察してくれると助かるんだが』と……」  シンシアが驚きつつも、すぐにその内容を詳細に報告してくれた。ただし、俺が言った言葉の部分は彼女の口が動いておらず、『そのまま』聞こえた。  他のみんなには俺達の声が聞こえなかったらしい。俺がゆうと話している時に、意識的にその部分をシンシアだけに向けたからだ。考えたことを勝手に垂れ流されたりしなくて良かった。 「シンシア様、これは朱のクリスタルの力でシュウ様と会話できるようになったということですか?」 「おそらくな。話が早くて助かる。これはシュウ様が予想なさっていたことの一つだ。検証が終わるまで、シュウ様には心の中で話しかけてはいけない。力を消費して、ご両親にメッセージを送れなくなってしまう恐れがあるからだ。  姫には報告してかまわないが、他の者には輝きが戻ったこと、力そのもののことも含めて言わないように。もちろん、姫以外の王族方にもだ。検証は午後七時十五分以降に行われる。  シュウ様が私におっしゃったのは、先程の現象と行動をシンシアに推察してほしいということだった。おそらく、朱のクリスタルが、思いの外、大きかったので簡単に持ち運べないだろうかとお考えになり、クリスタルを吸収してみたところ成功した。  しかし、事前の作戦では、朱のクリスタルが消滅した際は、王に報告するように、とのことだったので、その必要はない、心配いらないということで、一度元に戻したのだろう」 「はっ! 承知しました」  シンシアの命令と推察に、コリンゼは納得し、一同は部屋を出ることにした。シンシアの推察は、半分当たりで半分外れていた。しかし、これはわざとだ。  一同はコリンゼにお礼を言って一旦別れ、来客部屋に戻ってきた。 「先程の私の推察だが、コリンゼの前だからあのような説明をしたが、実際はそうではないと思う。正確にはシュウ様は、『シンシアがあとで推察してくれると助かるんだが』、『あとで』とおっしゃった。コリンゼの前では説明できないということだ。  シュウ様にとっては、あの吸収は予想外だった。クリスタルから一度離れようとしたことが、その証拠だ。しかし、検証の可能性もあるから、コリンゼはそちらの方で理解してくれたようだ。  大事なのはここからだ。シュウ様は、なぜ元に戻せるとお考えになったのか。ユキの『勇運』が根拠だろう。私からの言葉ではあったが、ユキは陛下に朱のクリスタルを調査させてほしいと申し出たことになっている。  それが、二度と元の形に戻せないとなると、ユキが困ることになるから、それでは『勇運』の効果と矛盾することになり、戻せるとシュウ様は確信した。戻せない場合は、そのことでユキが得をすること以外ないからな。  改めて話すと、『勇運』については、チートスキルの中でも特に重要なスキルだから、イリスとアースリーを除いて、所持者以外には絶対に話せない。これがチートスキルを他の者に話せない主な理由になっている。天才であれば、そこから推察されてしまう恐れがあるからな。  今では、『昇華』も『反攻』も、他の者に渡ったら危険なチートスキルだと私は認識している。前者は世界を消滅させる力、後者はユキが前に言った通り、無敵かつ不老不死の効果の可能性があるからだ」  相変わらず完璧な推察だ。いつもなら、紙に書いて褒めてあげたいところだが、今は残念ながらコミュニケーションできない。メッセージを伝えたい思いで、スキルが暴発してしまう可能性がある。  それに、悪いがシンシア達にも話せないことがあるのは、イリスちゃんとの秘密だ。コリンゼがすんなり納得したのも『勇運』の効果のはずだ。 「さて、質問がなければ、挨拶回りの順番を決めておきたい。できれば、姫を最後にして、その余韻のまま城を出たい。調理場も昼食直後は忙しいから最後の方になるかな。城発の馬車は午前中に私が手配しておく。  昼食後、現在城内にいる方々で、出発の挨拶を終えてなくて、お世話になったのは、パルミス公爵、陛下、コリンゼ、リオと料理長、姫だ。この順番に行こう。大体の訪問予定時間は伝えていたが、不在であれば、他の者に伝言を頼んで諦める。  ウキのおかげで、長旅にはならないから、しんみりとする必要はない。もしかしたら、シュウ様の能力で私達も離れた姫と会話できるかもしれないしな」  シンシアが言った通り、離れていても会話できる可能性はあるし、当然、俺が考えた検証項目に入っている。王妃と王子達は、パルミス邸に行っているらしく、今日はいない。ウィルズ達も、昨日すでにシンシアが見送って城を発っている。  それからシンシア達は、昼食までの間、ウキちゃんを講師として、ヘリコプターの乗り降りや注意事項、非常時の対応、使われている技術についての勉強をしていた。  また、リクエストがあれば、簡単な講義も行うことにし、シンシアは剣術や格闘術、クリスとユキちゃんは魔力粒子応用のための化学と量子力学、ヨルンは教育システム設計のための現代教育の特徴と問題点、現代の差別問題の説明を希望していた。  もちろん、全てを説明する時間はないので、ヨルンの希望が比較的早く終わることから、まずそれを説明し、次にシンシアの希望を叶えていた。クリス達の希望は次の機会だ。まあ、これまで何度か基本的なことは教えていたので、焦ることはない。  それにしても、みんな勉強熱心で良いことだ。自分のやりたいことに確実に繋がると分かっているから、覚えも早いだろう。  俺達は、みんなの言葉に反応しないように、無の境地に至っていた。  昼食を終え、挨拶回りが始まると、迎えてくれた人達は皆、寂しそうだったが、シンシア達への期待も高く、最後はお互い笑顔で別れていた。コリンゼは、みんなにたくさん世話になったからか、少し涙ぐんでいたな。  一同は、リオちゃんへの挨拶と店を紹介してくれたお礼を済ませ、最後に姫の部屋に向かった。 「姫、私達はこのあと、午後三時に出発いたします。ウキのおかげで、長い旅にはならないと考えております。どうか、ご心配なさらず、私の帰還と報告をお待ちください」  姫の部屋に入ると、シンシアが早速、姫に出発の挨拶をした。 「午前中のことは、コリンゼから聞きました。もしかしたら、離れ離れでも皆さんとお話しできるかもしれないですね。期待しすぎると、ダメだった時にショックが大きくなるので、あまり考えないようにはします。  ですが……、やはり会えないと寂しいことには変わりありません」  そう言うと、姫はシンシアの胸に飛び込んだ。姫の体は震えていた。その震えを止めるように、シンシアも彼女を強く抱き締めた。 「だって……、昔よりも、一ヶ月前よりも、ずっとずっとシンシアのことを好きになったのですから! 皆さんのこともそうです。大好きな人達と短い間でも別れることが、こんなに辛いなんて……。  以前、ここまでの経緯で、リーディアさんのことを話してくれましたよね。彼女の気持ちが今、本当に理解できました。必ずまた会えると分かっているのに……、次に会えることを楽しみにしているのに……、涙が出てしまう……。本当に不思議な気持ちです。辛いけど、涙が出るけど、笑顔になれる。ありがとう、シンシア、皆さん。ユキちゃんの村には必ず行きますから!」  それまで腕輪だったウキちゃんも含めて、みんなが姫を囲い、黙って彼女を抱き締めた。 「姫、どこにいても私達は一心同体です。あなたが寂しい時、私達も寂しい。ならば、いつでも笑顔でいてください。笑顔でいられない時、私達が笑顔になりましょう。そんな都合の良い一心同体です。  これは『ごっこ遊び』ではありません。だから、終わることはないのです。反省会もありません。周囲から見たら、茶番かもしれませんが、私達には関係ありません。  それに、シュウ様は常に当事者であり、あなたをご覧にもなります。あなたの最高にかわいい笑顔を、シュウ様を通じて私達に届けてください。文字通り、私達は触手で繋がっているのですから」 「……ふふふっ、そうですね。最後を触手で締めるのが面白いです。あなたが戻ってくるまでに、また台本を考えておきますね。今の候補は『信じていた姫が触手に寝取られた話』です」 「それは、脳が破壊される側の演技難度が高すぎます! せめて、『寝取らせ好きの騎士』役にしてください!」  それでいいのか……。  一同は笑顔で姫と別れた。それから、出発の時間になり、シンシアが手配し、城の前で待機していた馬車に乗り込むと、一同は隣町に向かった。



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