俺と妹が同時連想して女の子(家族と神含む)を幸せにする話(2/3)

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 午後六時四十五分頃。町で宿を確保し、夕食を終えた一同は、宿屋の部屋にいた。すでに、原子時計に変身しているウキちゃんは、その説明をみんなにしていた。  少し広めのツインベッドの部屋だったので、ウキちゃんを除く全員がそれぞれのベッドに乗ればスペース上は問題ない。小型の原子時計も存在するが、どうしても市販の物よりも精度の高い原子時計に変身したかったらしい。それは、三千億年に一秒しかずれない『ストロンチウム光格子時計』だ。市販製品でも利用されているセシウム原子時計の千倍の精度を誇り、三百億年に一秒の精度だったものを、多重化することでさらに精度を上げたという。勉強になるなぁ。  標準時間は日本標準時に合わせたらしい。これは、前にイリスちゃんが言っていた、『両世界が似ていて、特に日本と強い結び付きがあるかもしれない』という説の一つを裏付けるものだ。当然、俺もそれについて『万象事典』で調べていて、だからこそ、この時間帯を選んだ。  これまでのことや、この世界内での時差も考慮すると、ジャスティ国のみが日本と結び付いているのかもしれない。同じ時間の北の国はどうなんだろうな。国の大体の位置関係も同じなのだろうか。それとも、一つの国が引き伸ばされたり、合わさっていたりするのだろうか。 「午後七時十分!」  ウキちゃんが時間を教えてくれた。五分前行動に則った通知で助かる。  俺達は、動きが止まっても、みんなの邪魔にならないように、部屋の隅に移動した。みんななら、自分達の腕の中にいてもいいと言うかもしれないが、何が起こるか分からないしな。  ウキちゃんが一分前、三十秒前、十秒前、と囲碁将棋の秒読み刻みのようにカウントダウンを始めた。 「三、二、一、午後七時十五分!」  そして、俺達は個人フェイズに意識を切り替えた。  予定通り、俺はゆうへのプレゼントに触れ、すぐに顕現フェイズに移行した。ゆうも俺へのプレゼントを持ってくることになっている。本当は、どちらかだけでいいのだが、検証も兼ねて両者が持ってくるようにした。  お、どうやら、ゆうも来たようだ。…………。一目見ただけで意図が分かった。うわぁ、とんでもないプレゼントだな……。 「えーっと、とりあえず、ゆうからそのプレゼントを説明してもらおうか」 「『これ』、『あたし』」  その通りだった。ゆうは自分の分身を具現化して、俺へのプレゼントにしたのだ。まさに、『プレゼントは、あ・た・し』を実現したのだった。 「最高のプレゼントをありがとう、大切にするよ。ちなみに、このゆうには好き放題していいってことか? 空気嫁か?」 「ちょっと! 勘違いしないで! これは、それぞれの個人フェイズにあたし達二人で入れるかっていう検証なんだから。この分身は、分身じゃなくて、あたしそのもの。あたし達が触手を増やせるのと同じだよ。体に影響なく、意識の切り替えもできる。  そして、これなら個人フェイズにいても、現実世界の状況が分かる。それは検証済み。あたしの個人フェイズにも、もう一体いるから」  『二人のゆう』が同じ仕草で同じ言葉を喋っていた。 「それは俺も試した。現実世界から個人フェイズに入ると、意識の切り替えが簡単にできず、現実世界のことは分からないのに、個人フェイズに一人残して現実世界に戻ると、視点一覧に載って、切り替えもできるようになるんだよな。だから、俺達はもう個人フェイズに『入る』ことはない。切り替えるだけだ。時間経過の体感速度もどちらかに合わせられる。  おそらく、個人フェイズに入る時は、俺達触手のそれぞれの意識が全て集められて人体が具現化され、出る時は、それが分散してそれぞれの触手に戻る。個人フェイズで作った分身は、その分散が適用されないということだろう。仮に分散してしまうと、具現化した他の物も分散、あるいは消失させなければいけないことになる。  この対策としては、分身の作成を禁止にするしかないが、それだと、定番の『プレゼントは、あ・た・し』ができなくなってしまう。しかも、様々な姿をした『あ・た・し』をプレゼントするためには、複数体の作成を許可する他ない。結果、触神様はそれを優先した、と俺は考えて確認したら、そうだということだった」 「へぇー。やっぱりお兄ちゃんも試してたんだ。あたしは実現できさえすれば良かったから、その理由までは考えなかったけど。なんでお兄ちゃんは、『プレゼントは、き・も・い・お・れ』をしなかったの?」 「俺は並行して複数の意識を操れないから、個人フェイズの俺に意識を集中してない時に、ゆうに変なことをされても気付かないか、そっちの方に意識を集中して、現実世界が疎かになる恐れがあって、『プレゼントは、お・に・い・ちゃ・ん』をしなかった。お前も、いつの間にか、調教された鼻フック雌豚のような格好を俺にさせられるかもしれないぞ」 「あたしは複数の意識でも問題ないから。それより、お兄ちゃんのプレゼントは何なの? 大きいモニター? スピーカーも付いてるか」  ゆうは、俺がプレゼントとして持ってきた五十五インチのモニターを指した。 「ああ。言っておくが、テレビ番組を見るための物じゃない。これを説明するには、俺達が保留にしていた『あること』を語らなければならない。  『聖女コトリスの悲劇』を最初に聞いた時のことは覚えているな? その時に分かったことがあるんだ。それは、俺達の交通事故の時まで遡る。ゆうは意識を失っていて知らないだろうが、地面に打ち付けられたあとに俺達を助けようとしてくれた女性が二人いる。  『せんじゅさわ』さんと『いちのせめぐる』さんだ。めぐるさんはお前もよく知っているだろう。二ノ宮さんの親戚のめぐるさんだ。偶然はそれだけじゃない。さわさんは、俺の同人誌を買ってくれた人だ。その二人が通りかかって、救助に当たってくれた。二人がその時に話していたことが、実は俺達を転生させるための言葉だということに気付いた。  二人は、『めぐる、力を貸してくれる?』『このままじゃ、コトがあんまりだ……。いいよ、やろう。あの方法、一緒に』と言っていた。俺が極限状態で覚醒状態だったからか、なぜか一言一句覚えていた。  二人は、俺達のことを顔も名前もすでに知っていた。それは、最初に俺達の顔を視認しためぐるさんの反応を思い出して分かったことだ。二人がお互いに情報を共有していても、めぐるさんが俺の顔を知っているわけはない。どこかで見ていたんだ。俺達のことを。俺の視界からめぐるさんを見たら、すぐにその美しさとかっこよさから印象に残るはずだから、その辺で顔を見かけたとは考えづらい。  二人は少なくともあの日、本屋『うおち屋』にいた。おそらく、定期的に通っていたはずだ。俺達や他の者を『ウォッチ』するために。店主の『うおち』さんも二人の知り合いだろう。店主が女性なら名前は推察できる。多分、『ちや』だ。  それとは別にもう一つ。ゆうの言葉とめぐるさんの言葉が重なる部分があった。酷い状況を知って『あんまりだ』と言ったことだ。これは、聖女コトリスの生まれ変わりが、二ノ宮琴子であると知った状況で出た言葉で、前世で酷い目に遭ったのに、現世でも俺達を失って悲しみに暮れてしまう状況を嘆いたものだ。めぐるさんが二ノ宮さんを『コト』と呼んでいたのは、実はその両者、同一存在を指して言っていた呼び名だったというわけだ。  つまり、もう察しの通り、今の話で挙げた三人、『せんじゅさわ』『いちのせめぐる』『うおちちや』は『神』だ。  その名前からさらに推察できることがある。この三人の役割は分かれている。『せんじゅ』は千の手と書いて『千手』、『さわ』は『触る』から、『いちのせ』は一の世界で『一ノ世』、あるいは、人が集まる意味での市で『市ノ世』、『めぐる』はそのまま漢字で『巡る』、『うおちちや』はそのまま『ウォッチャー』。  つまり、さわさんは千の世界を管理し、手を加える役割、めぐるさんは世界をループさせる役割、あるいは人を転生させる役割、つまり、聖女コトリスを転生させたのはめぐるさん、ちやさんは世界を監視する役割だ。  五百年前の魔法使いの一斉出現の出来事から、おそらく、魔力を与える役割の神もいるはずだが、三人だけだとしたら、ちやさんの兼務だろう。  その証拠の一つ、『ウォッチ』するための道具が、『うおち屋』の奥にあったこのモニターだ。電源はないが動く。起動方法は例えば、『聖女コトリスの生まれ変わりである二ノ宮琴子の様子を、昨日の午後八時から等速で映し出せ!』」  俺の言葉に反応して、モニターが起動し、そこには二ノ宮さんの様子が映し出された。カメラは適度な距離と角度を保って、複数の画角を映した状態なので、様子が分かりやすい。 「琴ちゃん!」  俺の話を聞いている最中は複雑な表情をしていたゆうだったが、二ノ宮さんが映し出された途端、食い入るようにモニターを見ていた。  二ノ宮さんは、机に向かって勉強をしていたが、時折、ペンを置いて、立てかけてあった写真を見ては涙ぐみ、その涙を拭いては勉強を再開する動作を繰り返していた。  この時間を映すことは、俺が予め確認しておいたものだが、あれから一ヶ月経っても、彼女は俺達のことをまだ想ってくれている。早く希望を与えてあげたい。 「琴ちゃん……」  二ノ宮さんの涙を見て、ゆうも泣いていた。 「ゆう、切り替えるぞ。あとで笑顔の二ノ宮さんを存分に見られると思う。二人の思い出もな。プライバシーの程度には気を付けること。それと、条件が合わないと表示されないからな。  俺の言葉でこれが表示されたということは、つまり、聖女コトリスの生まれ変わりが二ノ宮さんであると証明していることになり、そのモニターが神の持ち物で、『ウォッチャー』に実在することを証明している。  あの店に監視カメラがなかったのは、置く必要がなかったからだ。これを使えば、万引き犯を簡単に探し出して、天罰を下すことができるからな」 「うん……。お兄ちゃん、最高のプレゼントをありがとう!」 「喜んでくれたようで何よりだよ。だが、そのモニターにはまだ役割が残っている。『二ヶ月以内に交通事故で死亡した相楽修一の家の食卓をリアルタイムで映し出せ!』」  俺の言葉に反応して、画面が俺達の家の食卓に切り替わった。すると、今まさに両親が食卓に揃おうとしているところだった。  しかし、顕現フェイズと現実世界では、時間の進みが百倍異なるので、リアルタイムで映すと向こうの動きはスローモーションになる。まだ俺達が慌てる時間ではない。 「流石、天才のお兄ちゃん! 一つのことに複数の意味を持たせていくぅ! これで最適なタイミングを計れるわけだ」 「ふふっ、俺を褒めても今日のプレゼントはもうないぜ。それじゃあ、準備に入るか……。  触神様、いえ、俺はこう呼びたいです。『さわ』さん、この食卓にメッセージを送る方法を教えてください。俺達はもう会話できるはずです。たとえ朱のクリスタルの力を使った会話だとしても、この顕現フェイズではその力の総量は保たれ、俺達に再度吸収される。  クリスタルが自動的に俺達と一体化しようとしたことから推察できることです。それだけ俺達の力が強くなっている証かもしれない。それはともかく、どうかお願いします!」 「お、お願いします!」  俺のお辞儀に、ゆうも戸惑いながら合わせた。ゆうは、触神様が『千手さわ』さんだということは、話の途中で気付いていただろうが、会話することは想定していなかったらしい。 「…………。はぁ……本当にすごいね。『ちや』の存在と名前まで推察するなんて……。個人フェイズで私に聞いたわけでもなく、『ウォッチャー』で直接確認してたわけでもないのに。  でも、三人で話してたんだよね。私達の存在を論理的に推察できたら、正体を現そうって。そのために分かりやすい名前にしてるんだからって」  聞き覚えのある声で触神様が喋り出すと、白く美しい触手から、やはり見覚えのある美しい女性にその姿を変えた。あのモニターはそのまま『ウォッチャー』と呼ぶらしい。 「うわぁ……、お兄ちゃんが言ってた通り、超美人……。あ、あの、私達を助けようとしてくれて、それに、転生させてくれて、改めてありがとうございました!」 「ううん、二人を助けられなかった私達の責任だから。あなた達が言うように、確かに私達は神のような存在だけど、万能じゃない。それは役割が分かれていることからも分かる通り。  ねぇ、シュークン。今の私の発言から、さらに推察できたことがあるでしょう? 聞かせて。シュークンの話を聞くのが私は好きだから。でも、私から答えは言えない。会話できるようになったとは言え、全てを話せるようになったわけじゃないってことね」  さわさんは、彼女の話を聞いて反応した俺の様子を伺っていたようだ。俺の考えを読めるわけではないらしいが、俺の話が好きと神が言ってくれたのは素直に嬉しい。 「『私達の責任』という発言と、以前から俺達のことを見ていたことを合わせると、いつからか俺達に何らかの役割が与えられていた可能性が考えられます。  もちろん、触手の姿に転生させることは想定外で、交通事故により死亡してしまっては目的を達成できなくなる恐れがある。だから、『私達の責任』。  そして、行き先は前から決まっていた。生きた人間の姿でそこに行くということは、元の世界にも戻れるようにしなければ理不尽となる。したがって、その場合は、こちらとあちらで最低一度の往来が可能であった。  もう一つ可能性がある。クリスタルを集め切って今の世界を救ったあとに、結び付きが強い日本、あるいは前の世界に影響があるかもしれないこと。だから、往来が可能ということも考えられる。  いずれにしても、俺達の役割は両世界、あるいは片方の世界に『手を加えて』、軌道を修正すること。その最適な存在が俺達で、それを『ウォッチャー』で見つけて監視していた。  もしかしたら、もっと早く俺達に声をかける予定だったかもしれない。ただ、それがずれ込んでしまった。そこでも『私達の責任』が意味を持つ。  だとすれば、次に俺達に声をかけるタイミングは、『うおち屋』で確認した丁度その時、俺達が近くを通っていた交通事故の瞬間しかなく、運が良いのか悪いのか、俺が思っていた以上に偶然が重なっていたんだなぁ、ということを推察しました」 「ありがとう。何が正しいかは言えないけど、これだけは伝えておきましょうか。あなたやあなた達が考える通りに進めば、自然と全てが分かるはず。それは、色々な情報で私達やクリスタルの存在を推察してきたことから、あなた達なら必ずできると信じられるということ。  私達は未来を完全に見通すことはできない。でも、あなた達が誰かを救う未来は何となく見える。まだまだたくさんの人を救っていく未来がね。  私から言えるのはここまで。話しすぎたかな。それもあなた達のことが大好きだからかもしれない。贔屓をするつもりはないんだけどね。個人フェイズのことだって、必要だと思ったから作っただけだし。二人がそれを破壊しただけで。まあ、主にウキちゃんの能力を利用したシュークンだけど」  さわさんは、思っていた印象よりも親しみやすく、かわいい仕草と表情で、俺達に愛を囁き、右頬に右手人差し指を当てながら、ちょっとした文句も付け加えた。  非常に魅力的な女性であり、俺の同人誌も買ってくれたし、最高の女性だ。 「俺も、さわさんのことが大好きです! あとで、『個室』で愛を語り合い、イチャイチャしましょう!」 「ちょっと、お兄ちゃん! 個人フェイズを『個室』って言うのやめてくれる⁉ 同人誌買ってもらったぐらいで、ちょろすぎでしょ! それに、あたしもそこにいるんだけど! 神がそんなことするわけもないし!」 「ふふふっ、ゆうちゃん、それはどうかな? ……とまあ、雑談はこれぐらいにして、メッセージを送る方法を教えましょうか。  私が朱のクリスタルの力を使って、食卓に『パス』を通す。きっと、テーブル奥の二人の写真の前が希望だよね。そのあと、二人が息を合わせて、向こうに送るぞという意識をしながら、送りたいメッセージを言うだけ。紙の状態で届いて、今なら十文字のメッセージを書ける。漢字もオーケー。  これを送ったあとは、ある条件を満たすまで、向こうに別のメッセージを再び送ることはできない。ことちゃんにも伝えたいよね。心配しなくていいよ。めぐるがことちゃんを連れて、シュークンの家に行って、ご両親から内容を聞き出すから。めぐるは、ことちゃんが大好きだから、ずっと悲しい気持ちにさせたくない、っていうのは、あなた達と同じ。もし、そのメッセージが色々なことを連想させるものなら、めぐるが推察して、ことちゃんに話してくれると思う」  さわさんは、俺がメッセージを届けたい場所をピッタリと当て、必要な情報を次々と与えてくれた。特に、めぐるさんが協力してくれること、俺もそうしてくれるに違いないと思っていたことだが、それが確定したことが嬉しい。 「ありがとうございます。二ノ宮さんのことが気になっていたので助かります!」 「…………。あのさぁ……お兄ちゃん。まだ時間あるから、ちょっと聞いてもいいかなぁ?」  俺が気分良く、さわさんにお礼を言うと、ゆうが何やら声を低くして、話しかけてきた。俺とさわさんの仲に怒ってるのか、あるいは……。 「『ウォッチャー』見てて気付いたんだけど、なんで琴ちゃんの机にお兄ちゃんの写真が置いてあるわけ?  お兄ちゃんは琴ちゃんに会ったことないはずだよね?  会ってないとデータのやり取りできないはずだよね?  琴ちゃんが家に来た時は部屋から出るなって、あたし言ったよね?」 「えー……っと。ちょっとそのための情報がなくて推察できないな」 「確定情報だからでしょ! 全てを告白しなさい! 神の前で! ……いや、全裸になるな!」  俺が服を脱ごうとすると、即座に止めるゆう。神前での告白の前に誠意を見せたかったのだが……。 「えー、私、相楽修一は、二ノ宮琴子さんが初めてウチに遊びに来た時に、妹に『部屋から絶対に出てこないで! フリじゃないから!』と言われたにもかかわらず、フリだと思い込み、その日の内に、妹が一階に下りている隙を見計らって、彼女に挨拶をしました。  彼女は、『ゆうちゃんから話に聞いていたお兄さんに会えて嬉しいです。私のイメージ通り、いえ、それ以上の方です。よろしければ、連絡先を交換しませんか?』と言ってくれました。  思いの外、積極的だったので驚きましたが、『ゆうにバレたら怒られるから』と私が言うと、『それでは、バレないように登録名を変えて、その都度、消すようにしますから』と言われたので、それならと私の連絡先を教えました。もちろん、私の方でも同様の策を講じていました」 「絶対まだあるでしょ!」 「でも、二ノ宮さんのプライバシーもあるから……」 「もう二度と琴ちゃんには聞けないんだし、そのぐらい許してもらえるから!」 「……。えー、その日はそれで終わりでした。次に遊びに来た時に、夜中、トイレに行くという名目で、妹のベッドから抜け出した二ノ宮さんが私の部屋に来て、えー、いきなり彼女の方からキスをねだってきました」 「はぁ⁉」 「私が『ゆうにバレたら怒られるから。俺が二ノ宮さんに触ったら、その香りとかでもあいつは気付くから』と声を潜めて言うと、『では、唇の部分だけで触れ合えば大丈夫ですよね』と論破されて、キスをすることになりました」 「ちょっ……! どこまでヤったの⁉ いや、でも琴ちゃんは、あたしが死ぬ一週間前までは確実に処女だったから、そこまでは絶対に行ってないし……」 「やっぱりお前、マッサージの時や風呂に一緒に入る時に、二ノ宮さんの処女膜検査とかしてたのか……」 「あたしも全部見せてるから! おあいこだから! それより、どこまで⁉ ヤったこと全部言って! そのキスの続きから!」 「キスは舌を激しく絡めて、その日はそれで終わり。俺のことは一目惚れだと言っていた。外では一切会っていない。その会えない時間が俺への愛を募らせていったらしい。  三回目に会った時は、俺のことを気持ち良くしてあげたいと言われて、えー、手を使わずに口だけで抜いてもらいました。もちろん、匂いが付かないように、一滴残らず飲んでもらいました。『仮にこのことが他の人にバレても、未成年淫行で送検されないように完全に黙秘してくださいね。私も命に懸けてそうしますから』と二ノ宮さんが最後に言って、その日はそれで終わり。  言っておくが、俺からしてほしいとは一言も言ってないからな! むしろ襲われてるから! 未成年淫行には当たらないから!」 「用語を使わない辺りが姑息だけど、次!」 「お前、エロい話を聞いて、ただ興奮したいだけだろ……。四回目は、二ノ宮さんが俺の部屋のハンガーにパジャマをかけて全裸になった上で、今度は私を気持ち良くしてほしいと言われた。キスと下半身なら俺の香りにも気付くことはないということで、その通りにして、満足してもらった。  あとは会う度にそのローテーションだ。ただ、二ノ宮さんが、トイレで会えば芳香剤でお互いの匂いを消してくれるから、密着しても問題ないということに最近気付いて、それは出会い頭でバレるから、リスクが高すぎると俺は断ったんだが、どうしても『修一さん成分』を思う存分に摂取したいということで、一回だけトイレの中で待ち合わせをして、しばらく抱き合いながらキスしてたことがあった。お前も知っての通り、二ノ宮さんはキスが大好きだったからな」 「あのさぁ……。そこまでして、琴ちゃんと付き合ってないってことだよね⁉ 『二ノ宮さん』って呼んでるし。逆になんで付き合ってないの! 完全に身体だけの関係じゃん!」 「『二ノ宮さん』と呼べと言ったのはお前だろ! 俺は最初からことちゃんって呼んでるし。それに、付き合ってなかったのは、ことちゃんも俺も、今はまだその気がなかったからだよ。  その四回目の時に、彼女の方から処女膜を見せてきて、『これは、ゆうちゃんの十八歳の誕生日以降に、ゆうちゃんと一緒に修一さんに捧げるものです。三人で幸せになりましょうね』って言ってきたから確信した。  つまり、ことちゃんはフライングしただけで、お前と同じ考えだったというわけだ。お前はそれが失敗に終わることを避けるために、俺とことちゃんを会わせたくなかったんだろ? 自分が蚊帳の外になるのが嫌だったから。安心しろ。そうはならなかったよ。  ことちゃんは頭が良い子で、性格も本当に良い子だ。お前のことを完全に理解してたし、お前のことが本当に大好きだったんだよ」 「そっか……琴ちゃんが……。あぁ……、でも、私の琴ちゃんへのイメージがぁ……。お兄ちゃんだけならいいけど、他の男にも積極的なイメージが付いてしまう……」 「お前が俺のエピソードをことちゃんに話す時、おそらく良い点、悪い点をバランス良く話して、徐々に俺のことを好きになるように調整していたが、それが思った以上にことちゃんの興味を引いてしまった。  俺への期待が大きく膨らんで、実際に会ったら、その期待を超える存在が目の前に現れ、一目惚れしてしまったから、気持ちを抑えられず、お前の調教もあって、性にも積極的になった。間違いなく俺だけだよ。仮にそうじゃなかったとしても、俺達のメッセージやめぐるさんで彼女を止められるはずだ。  それに、良いことを一つ教えてやろう。あくまで可能性の話だが、さっき俺が言った通り、両世界を自由に往来できるようになるかもしれない。そうすれば、ことちゃんに会えるし、俺達が彼女を直接幸せにできる。それに、さわさん達、神達も幸せにしたいと俺は思っている。いや、できるんだよ。それが俺達の可能性だ」 「うん、ありがと、お兄ちゃん。それはそうと、琴ちゃん、一目惚れだけじゃないと思うんだよね。最初の挨拶で何か刺さること言ったでしょ」 「あの時は、ことちゃんを見た瞬間、指を差して足を震わせながら、『あ、悪魔がいる……。全ての男を魅了するド変態サキュバスがいる……!』って言って、十字架を何度も切ったかな」 「いや、間違いなく『それ』でしょ! 琴ちゃん見て、そんな台詞吐くバカは、どこにもいないから。普通は、『天使』『女神』『聖女』『お姫様』『お嬢様』とかだから。もしかしたら、それに辟易してたのかもね。一応、あたしからは、『お兄ちゃんは、ひねくれてるところがある』とは言ってたけど。完全に『面白い男』判定を下したわけだ。  しかも、その言葉を面白がって、本当にサキュバスみたいな行動をしたと。何となくだけど、姫とアンリさん、積極的なところは覚醒後のリーディアちゃんを合わせたような印象かな」 「なるほどね。アンリさんの名前の由来がどうなのかは分からないが、聖女コトリスなのに、聖女アリシアの系譜の印象ということか。そう言えば、民衆が思い描く聖女アリシアのイメージが、ことちゃんのイメージに全てではないが大体当てはまってるんだよな。何か関係があるかもしれないから、覚えておくか」  俺達の会話が一息つくと、それまで黙って笑顔で俺達を見ていたさわさんが口を開いた。 「ふふっ、やっぱり面白いね、あなた達。ねぇ、送るメッセージは確定してると思うけど、よかったら、それに決めた理由を教えてくれない? 合理的な理由じゃなくて感情の方ね。送れる文字数も分からないのに、かなり早い段階で決めてたでしょ?  あ、でも、その時に言ってた言葉じゃなくて、本音で聞きたいから、それぞれ紙に書いてもらおうかな。本音と一致するなら仕方ないけどね。見るのは私だけ。他の誰にも見せないと神に誓って約束する。二人が嘘を書いたら……どうしようかなぁ?」  さわさんは、神様ジョークと半分脅迫めいたパワハラみたいなことを言うと、紙とペンと台座を俺達の前に具現化した。紙に書く方法はパルミス公爵みたいだ。 「わ、分かりました。絶対、お兄ちゃんには見せないでくださいね!」 「ゆう、今更じゃないか? 俺には、お前の考えてることが手に取るように分かるのに。俺を、頭がキレるのになぜか感情の機微を察せない物語の進行に都合が良いその辺のでくの坊と一緒にするなよ」 「いや、絶対分かってないこともあるし! あたしのポリシーでもあるし!」  ゆうは、俺から絶対に見えないように、紙に理由を書いていた。どうやら、ツンデレがポリシーのようだ。ファッションツンデレということか。  とりあえず、俺もその理由を書き終わると、さわさんがそれらを回収して、読み始めた。俺が何を書いたかは神のみぞ知るということで、秘密にしておこう。ただ、この感じだと、ゆうも似たような答えだな。 「二人とも、ありがとう。すごく興味深かった。それじゃあ、これは処分するね」  さわさんがそう言うと、二枚の紙をその両手から消滅させ、他に具現化したペンと台座も同様に消した。  『ウォッチャー』を見ると、間もなく最適なタイミングが訪れようとしていた。 「さわさん、そろそろいいですか? 両親が食卓の俺達の写真を見てから、母が『いただきます』の『た』を言う瞬間に送ります。『ウォッチャー、音声を出力し、登場人物の字幕も表示しろ』」  俺の声に、『ウォッチャー』はその通り、音声と字幕を出した。これは、音声だけだと雑踏での声を拾えないから、字幕の機能もあるのではと最初の検証で試したところ上手く行ったものだ。 「おっけー。パスは開いたから、いつでもどうぞ」  ゆうのような言い方をして、了承したさわさん。  いよいよ、その時が来た。俺達は息を合わせて同じ言葉を叫んだ。 「『兄妹触手転生幸せだよ』! 『きょうだい』は兄と妹! 『しょくしゅ』はテンタクル! 『しあわせ』までは漢字変換!」  さわさんは、文字をどのように指定するかは言わなかったので、語呂は悪いが、念のため、文字の条件も付け加えている。おそらく、俺達がメッセージを決めた時に挙げた指定方法が正しかったから何も言わなかったのだろう。何も言わなかったらどうなっていたのかは分からない。『きょうだいしょくしゅ』で止まっていたのだろうか。  『ウォッチャー』を確認すると、俺達のメッセージが食卓の写真の前に徐々に具現化し始めていた。実時間だと一秒ほどで具現化するのだろう。顕現フェイズで五十秒、向こうではコンマ五秒ほどすると、メッセージが読めるほどになっており、ちゃんと指定した通りに送られていることを確認できた。 「良かった……。二人とも驚いてる」  メッセージが完全に具現化すると、それを一部始終見ていた両親が驚いた瞬間を見て、ゆうが安堵した。俺もだ。ホッとした。  やっと、俺達が転生して幸せに生きていることを父さん、母さんに伝えられた。あとは、めぐるさんに任せるだけだ。  このメッセージは、にわかには信じられないかもしれない、いや、間違いなく信じられないだろう。ただ、これがあるのとないのとでは大違いだ。推察と同じ、『もしかして』が重要になる。気持ち的には、少しでも先が見えるようになるし、論理的には、あとで繋がるかもしれない。  メッセージの意味としては、転生したこと、二人とも生きていること、幸せであること、本人達が送ったことを盛り込みたかった。『触手』と最後に『だよ』を入れ込めば、『兄妹』をより絞り込めて、触手好きの俺と、語尾でゆうが送ったことが分かる。仮に、『修一とゆうは転生した』『兄妹転生して幸せだよ』『俺達元気心配しないで』みたいなメッセージだと、転生後はどうなったのか、誰が送ったのか、イタズラかを疑うだけでなく、これが偽装で、事故が意図されたものではないか、とさえ思ってしまう。  もっと良いメッセージがあったかもしれないが、すぐに決まったことと、俺達らしいという考えもあって、そのまま行くことにした。俺が書いた遺書の言葉を使えば、一発で俺のメッセージと分かるだろうが、十文字制限では、抜粋して使える特徴的な部分がなかった。  こんなことなら、暗号を決めておけば良かったと思うが、死ぬまで思い付かなかった。『俺達が死んだあとも、俺達がどこかに存在する証として短い暗号を決めておく』なんて書くのは、死の研究者でもない限り、天才でも無理だろう。 「おめでとう。これで、スキルツリーの作成、経験値牧場、シキちゃんとの合流が当面の目標になったのかな」  さわさんが俺達を祝ってくれて、その大目的までまとめてくれた。  俺は、さらにもう一つ、このタイミングだからこそ言えることを、さわさんに話すことにした。 「ありがとうございます。さわさんを始め、これまで支えてきてくれたみんなのおかげです。  それで、さわさん、今後のことで相談があります。現在、レベルアップ時にしか顕現フェイズに移行することができませんが、個人フェイズができて、そこでもさわさんと話せるようになり、さらにさわさんに質問したい項目も少なくなってきて、プレゼントで顕現フェイズに移行できる今、その制約の意味がほとんどなくなっていると思います。  この際、それは取り払い、他にも制約があるのなら、それらを一から見直すというのは、いかがですか? それが贔屓になるとは決して思いません。形骸化したルールは、非効率でしかないということです。そんな中で、それを打開しようとせず、何も考えずにルールに従っているのは、バカと『ゾンビ』だけです。『ゾンビ』が分かりづらいなら『傀儡』『社畜』辺りに置き換えましょうか。  実際、さわさん自身が今の状況を想定し、触手の姿で俺達とやり取りする意味がないと判断したから、めぐるさん達に予め相談してたんですよね。それと同じで、状況が変わったということです。  現在、俺達が分かっている制約で明らかに改善できるのは、さわさんが俺達に言ってはいけないことがあるというものです。回数が徐々に少なくなってきているとは言え、俺達の質問に対して、それは言えない、言えないけど条件があると一回一回やり取りするのは、お互いに時間の無駄です。  そこで、言えないことをリスト化し、その中で条件があるものには三角マークを付け、俺達に渡しておけば効率的です。それが膨大になるのであれば、共通する項目にすれば問題ありません。それこそ、『世界の謎』のように。  ただ、その場合は、何が世界の謎なのかそうでないのか、俺達には分からないので、やはり、ある程度は細分化してほしいです。そこは俺達も協力する必要がありますね。神としてやってはいけない行動もリスト化してもらえると、お互いのリスクを減らせます。  仮に、俺達にメリットがありすぎると言うのであれば、例えば、リスト化したものを改めて質問してしまうと罰を与えるみたいなことも考えられますが、そのような間抜けなことを俺達がするわけはないので、それを考えること自体が無駄になります。  これまで、触神様として、俺達の希望に真摯に向き合ってくれたさわさんであれば、『神の決めたことに対して失礼だぞ』などと絶対に言わないことは分かっています。以上、ご検討ください」 「んー……じゃあ、そうしましょうか。それと、シュークン。私に念押しは必要ないからね。それこそ、その辺のくだらない神や、その他の連中と一緒にしないように」 「はい! ありがとうざいます! そう言ってくれると思ってました。さわさんのこと、大好きです!」  今のやり取りで、もう一つ分かったことがある。触神様の『くねくね』は、やっぱり考えている仕草だったのだ。さわさんの『んー』が、めちゃくちゃかわいかったから分かったことだ。 「お兄ちゃんさぁ……。さわさんに対しては、ひねくれ者にならないんだね。でも、あんまりお調子者だと嫌われるよ?  シンシア達にもそんな感じなら、幻滅されるかもね。『私は、こんなド変態触手マニア未成年淫行お調子者バカをシュウ様、シュウイチ様と崇めていたのか……』ってね」 「未成年淫行については、お前が言うな。それに、今の俺には法律など適用されない。適用されるのは神の制約のみ。名実ともに神の使徒なのだから」 「いや、お兄ちゃんは使徒襲来の方でしょ。イリスちゃんに接触して触手インパクトを引き起こし、女の子触手計画を実行しようとしてるんだから」 「敵味方混ざってるぞ。それに、俺は人類を救おうとしている。言わば、新しい使徒、『シン・使徒』だ」 「いや、そっちは知らないからツッコめないけど」 「俺も知らんけど」 「補完されて死ね!」  俺はシンだ。やはり、無知は罪だな。何の気なしに家出少女を保護したら未成年者誘拐罪で逮捕されるのと同じだ。まあ、その場合は、純粋な善意と故意を区別できない法律と、家庭の問題を解決できない少女の家族にも責任はあるが。 「ふふふっ、『シュウちゃん』の生漫才をこの姿で見ることができて嬉しい。さてと……、それじゃあ、私はシュークンの個人フェイズにお呼ばれしてるから、そのまま行こうかな」  さわさんの発言にゆうが慌てた。 「ちょ……! さわさん、ちょっと待ってください! お兄ちゃんとイチャイチャするのは、せめてもっと遅い時間にしてください! そもそも、お兄ちゃんはこのあとのスキルの検証で、まともに動けないんですから」 「えー⁉ 私も『シュークン成分』を早く摂取してみたーい。ゆうちゃんだって、久しぶりに摂取したいでしょ? 前回は枯渇して大胆になりすぎてたもんね。今回もそうなっちゃう?」 「やっぱり見てたんですか! プライバシーの侵害です!」 「人間の常識は私達に当てはまりませーん。大丈夫、ゆうちゃんのことも、いっぱいかわいがってあげるから。『ゆうちゃん成分』も摂取してみたいんだよねー」  さわさんは、ゆうに近づくと、胸に引き寄せ抱き締めた。 「さわさん、ズルいです。そんなふうに抱き締められたら……」 「それじゃあ、まず私達がシュークンの部屋のベッドで仲良くなるところを、シュークンに全裸正座待機で見てもらおうか」 「あ、お兄ちゃん、やっぱり自分の部屋を再現してたんだ。私もだけど」  思っていた通り、ゆうも元の自分の部屋を再現してたか。俺の場合は、同人誌という宝物があるから当然の帰結だ。ゆうの場合は、部屋に誰も入ることがなくなったから、秘蔵の本をそのまま並べてそうだ。 「さわさん、俺はその百合の花が咲き乱れる光景を意識して見ることができないので、俺にとっては、地獄なんですが……」 「お兄ちゃんは、琴ちゃんへの未成年淫行を隠してたんだから当然でしょ」 「いや、未成年淫行じゃないから! ちゃんと成立要件も調べて、満たしてなかったから! 警察と検察とマスコミが俺を陥れようとしてない限り、問題にさえならないから!」 「あーあ、まさかお兄ちゃんともあろう人が、評価のためならどんなことでもする最も信じられない存在を信じるなんてね。  有罪にもなってないのに、逮捕段階であれだけ報じられるなんて、どう考えてもおかしいのに。間違っても謝らない、謝ってもちょっとだけ。しかも、前科にならないとは言え、不起訴で前歴付いちゃう歪んだシステム」 「誰も信じちゃいないさ。一パーセントの可能性に賭けてただけ。もし、前科前歴が付いたら、ことちゃんかゆうに養ってもらおうとしてた。サキュバスとそれを生み出した親の責任として」 「はい、死刑」  そして俺達は、受け取ったプレゼントをそれぞれの個人フェイズに持ち帰ってから、現実世界に意識を切り替えた。



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 午後六時四十五分頃。町で宿を確保し、夕食を終えた一同は、宿屋の部屋にいた。すでに、原子時計に変身しているウキちゃんは、その説明をみんなにしていた。  少し広めのツインベッドの部屋だったので、ウキちゃんを除く全員がそれぞれのベッドに乗ればスペース上は問題ない。小型の原子時計も存在するが、どうしても市販の物よりも精度の高い原子時計に変身したかったらしい。それは、三千億年に一秒しかずれない『ストロンチウム光格子時計』だ。市販製品でも利用されているセシウム原子時計の千倍の精度を誇り、三百億年に一秒の精度だったものを、多重化することでさらに精度を上げたという。勉強になるなぁ。  標準時間は日本標準時に合わせたらしい。これは、前にイリスちゃんが言っていた、『両世界が似ていて、特に日本と強い結び付きがあるかもしれない』という説の一つを裏付けるものだ。当然、俺もそれについて『万象事典』で調べていて、だからこそ、この時間帯を選んだ。  これまでのことや、この世界内での時差も考慮すると、ジャスティ国のみが日本と結び付いているのかもしれない。同じ時間の北の国はどうなんだろうな。国の大体の位置関係も同じなのだろうか。それとも、一つの国が引き伸ばされたり、合わさっていたりするのだろうか。 「午後七時十分!」  ウキちゃんが時間を教えてくれた。五分前行動に則った通知で助かる。  俺達は、動きが止まっても、みんなの邪魔にならないように、部屋の隅に移動した。みんななら、自分達の腕の中にいてもいいと言うかもしれないが、何が起こるか分からないしな。  ウキちゃんが一分前、三十秒前、十秒前、と囲碁将棋の秒読み刻みのようにカウントダウンを始めた。 「三、二、一、午後七時十五分!」  そして、俺達は個人フェイズに意識を切り替えた。  予定通り、俺はゆうへのプレゼントに触れ、すぐに顕現フェイズに移行した。ゆうも俺へのプレゼントを持ってくることになっている。本当は、どちらかだけでいいのだが、検証も兼ねて両者が持ってくるようにした。  お、どうやら、ゆうも来たようだ。…………。一目見ただけで意図が分かった。うわぁ、とんでもないプレゼントだな……。 「えーっと、とりあえず、ゆうからそのプレゼントを説明してもらおうか」 「『これ』、『あたし』」  その通りだった。ゆうは自分の分身を具現化して、俺へのプレゼントにしたのだ。まさに、『プレゼントは、あ・た・し』を実現したのだった。 「最高のプレゼントをありがとう、大切にするよ。ちなみに、このゆうには好き放題していいってことか? 空気嫁か?」 「ちょっと! 勘違いしないで! これは、それぞれの個人フェイズにあたし達二人で入れるかっていう検証なんだから。この分身は、分身じゃなくて、あたしそのもの。あたし達が触手を増やせるのと同じだよ。体に影響なく、意識の切り替えもできる。  そして、これなら個人フェイズにいても、現実世界の状況が分かる。それは検証済み。あたしの個人フェイズにも、もう一体いるから」  『二人のゆう』が同じ仕草で同じ言葉を喋っていた。 「それは俺も試した。現実世界から個人フェイズに入ると、意識の切り替えが簡単にできず、現実世界のことは分からないのに、個人フェイズに一人残して現実世界に戻ると、視点一覧に載って、切り替えもできるようになるんだよな。だから、俺達はもう個人フェイズに『入る』ことはない。切り替えるだけだ。時間経過の体感速度もどちらかに合わせられる。  おそらく、個人フェイズに入る時は、俺達触手のそれぞれの意識が全て集められて人体が具現化され、出る時は、それが分散してそれぞれの触手に戻る。個人フェイズで作った分身は、その分散が適用されないということだろう。仮に分散してしまうと、具現化した他の物も分散、あるいは消失させなければいけないことになる。  この対策としては、分身の作成を禁止にするしかないが、それだと、定番の『プレゼントは、あ・た・し』ができなくなってしまう。しかも、様々な姿をした『あ・た・し』をプレゼントするためには、複数体の作成を許可する他ない。結果、触神様はそれを優先した、と俺は考えて確認したら、そうだということだった」 「へぇー。やっぱりお兄ちゃんも試してたんだ。あたしは実現できさえすれば良かったから、その理由までは考えなかったけど。なんでお兄ちゃんは、『プレゼントは、き・も・い・お・れ』をしなかったの?」 「俺は並行して複数の意識を操れないから、個人フェイズの俺に意識を集中してない時に、ゆうに変なことをされても気付かないか、そっちの方に意識を集中して、現実世界が疎かになる恐れがあって、『プレゼントは、お・に・い・ちゃ・ん』をしなかった。お前も、いつの間にか、調教された鼻フック雌豚のような格好を俺にさせられるかもしれないぞ」 「あたしは複数の意識でも問題ないから。それより、お兄ちゃんのプレゼントは何なの? 大きいモニター? スピーカーも付いてるか」  ゆうは、俺がプレゼントとして持ってきた五十五インチのモニターを指した。 「ああ。言っておくが、テレビ番組を見るための物じゃない。これを説明するには、俺達が保留にしていた『あること』を語らなければならない。  『聖女コトリスの悲劇』を最初に聞いた時のことは覚えているな? その時に分かったことがあるんだ。それは、俺達の交通事故の時まで遡る。ゆうは意識を失っていて知らないだろうが、地面に打ち付けられたあとに俺達を助けようとしてくれた女性が二人いる。  『せんじゅさわ』さんと『いちのせめぐる』さんだ。めぐるさんはお前もよく知っているだろう。二ノ宮さんの親戚のめぐるさんだ。偶然はそれだけじゃない。さわさんは、俺の同人誌を買ってくれた人だ。その二人が通りかかって、救助に当たってくれた。二人がその時に話していたことが、実は俺達を転生させるための言葉だということに気付いた。  二人は、『めぐる、力を貸してくれる?』『このままじゃ、コトがあんまりだ……。いいよ、やろう。あの方法、一緒に』と言っていた。俺が極限状態で覚醒状態だったからか、なぜか一言一句覚えていた。  二人は、俺達のことを顔も名前もすでに知っていた。それは、最初に俺達の顔を視認しためぐるさんの反応を思い出して分かったことだ。二人がお互いに情報を共有していても、めぐるさんが俺の顔を知っているわけはない。どこかで見ていたんだ。俺達のことを。俺の視界からめぐるさんを見たら、すぐにその美しさとかっこよさから印象に残るはずだから、その辺で顔を見かけたとは考えづらい。  二人は少なくともあの日、本屋『うおち屋』にいた。おそらく、定期的に通っていたはずだ。俺達や他の者を『ウォッチ』するために。店主の『うおち』さんも二人の知り合いだろう。店主が女性なら名前は推察できる。多分、『ちや』だ。  それとは別にもう一つ。ゆうの言葉とめぐるさんの言葉が重なる部分があった。酷い状況を知って『あんまりだ』と言ったことだ。これは、聖女コトリスの生まれ変わりが、二ノ宮琴子であると知った状況で出た言葉で、前世で酷い目に遭ったのに、現世でも俺達を失って悲しみに暮れてしまう状況を嘆いたものだ。めぐるさんが二ノ宮さんを『コト』と呼んでいたのは、実はその両者、同一存在を指して言っていた呼び名だったというわけだ。  つまり、もう察しの通り、今の話で挙げた三人、『せんじゅさわ』『いちのせめぐる』『うおちちや』は『神』だ。  その名前からさらに推察できることがある。この三人の役割は分かれている。『せんじゅ』は千の手と書いて『千手』、『さわ』は『触る』から、『いちのせ』は一の世界で『一ノ世』、あるいは、人が集まる意味での市で『市ノ世』、『めぐる』はそのまま漢字で『巡る』、『うおちちや』はそのまま『ウォッチャー』。  つまり、さわさんは千の世界を管理し、手を加える役割、めぐるさんは世界をループさせる役割、あるいは人を転生させる役割、つまり、聖女コトリスを転生させたのはめぐるさん、ちやさんは世界を監視する役割だ。  五百年前の魔法使いの一斉出現の出来事から、おそらく、魔力を与える役割の神もいるはずだが、三人だけだとしたら、ちやさんの兼務だろう。  その証拠の一つ、『ウォッチ』するための道具が、『うおち屋』の奥にあったこのモニターだ。電源はないが動く。起動方法は例えば、『聖女コトリスの生まれ変わりである二ノ宮琴子の様子を、昨日の午後八時から等速で映し出せ!』」  俺の言葉に反応して、モニターが起動し、そこには二ノ宮さんの様子が映し出された。カメラは適度な距離と角度を保って、複数の画角を映した状態なので、様子が分かりやすい。 「琴ちゃん!」  俺の話を聞いている最中は複雑な表情をしていたゆうだったが、二ノ宮さんが映し出された途端、食い入るようにモニターを見ていた。  二ノ宮さんは、机に向かって勉強をしていたが、時折、ペンを置いて、立てかけてあった写真を見ては涙ぐみ、その涙を拭いては勉強を再開する動作を繰り返していた。  この時間を映すことは、俺が予め確認しておいたものだが、あれから一ヶ月経っても、彼女は俺達のことをまだ想ってくれている。早く希望を与えてあげたい。 「琴ちゃん……」  二ノ宮さんの涙を見て、ゆうも泣いていた。 「ゆう、切り替えるぞ。あとで笑顔の二ノ宮さんを存分に見られると思う。二人の思い出もな。プライバシーの程度には気を付けること。それと、条件が合わないと表示されないからな。  俺の言葉でこれが表示されたということは、つまり、聖女コトリスの生まれ変わりが二ノ宮さんであると証明していることになり、そのモニターが神の持ち物で、『ウォッチャー』に実在することを証明している。  あの店に監視カメラがなかったのは、置く必要がなかったからだ。これを使えば、万引き犯を簡単に探し出して、天罰を下すことができるからな」 「うん……。お兄ちゃん、最高のプレゼントをありがとう!」 「喜んでくれたようで何よりだよ。だが、そのモニターにはまだ役割が残っている。『二ヶ月以内に交通事故で死亡した相楽修一の家の食卓をリアルタイムで映し出せ!』」  俺の言葉に反応して、画面が俺達の家の食卓に切り替わった。すると、今まさに両親が食卓に揃おうとしているところだった。  しかし、顕現フェイズと現実世界では、時間の進みが百倍異なるので、リアルタイムで映すと向こうの動きはスローモーションになる。まだ俺達が慌てる時間ではない。 「流石、天才のお兄ちゃん! 一つのことに複数の意味を持たせていくぅ! これで最適なタイミングを計れるわけだ」 「ふふっ、俺を褒めても今日のプレゼントはもうないぜ。それじゃあ、準備に入るか……。  触神様、いえ、俺はこう呼びたいです。『さわ』さん、この食卓にメッセージを送る方法を教えてください。俺達はもう会話できるはずです。たとえ朱のクリスタルの力を使った会話だとしても、この顕現フェイズではその力の総量は保たれ、俺達に再度吸収される。  クリスタルが自動的に俺達と一体化しようとしたことから推察できることです。それだけ俺達の力が強くなっている証かもしれない。それはともかく、どうかお願いします!」 「お、お願いします!」  俺のお辞儀に、ゆうも戸惑いながら合わせた。ゆうは、触神様が『千手さわ』さんだということは、話の途中で気付いていただろうが、会話することは想定していなかったらしい。 「…………。はぁ……本当にすごいね。『ちや』の存在と名前まで推察するなんて……。個人フェイズで私に聞いたわけでもなく、『ウォッチャー』で直接確認してたわけでもないのに。  でも、三人で話してたんだよね。私達の存在を論理的に推察できたら、正体を現そうって。そのために分かりやすい名前にしてるんだからって」  聞き覚えのある声で触神様が喋り出すと、白く美しい触手から、やはり見覚えのある美しい女性にその姿を変えた。あのモニターはそのまま『ウォッチャー』と呼ぶらしい。 「うわぁ……、お兄ちゃんが言ってた通り、超美人……。あ、あの、私達を助けようとしてくれて、それに、転生させてくれて、改めてありがとうございました!」 「ううん、二人を助けられなかった私達の責任だから。あなた達が言うように、確かに私達は神のような存在だけど、万能じゃない。それは役割が分かれていることからも分かる通り。  ねぇ、シュークン。今の私の発言から、さらに推察できたことがあるでしょう? 聞かせて。シュークンの話を聞くのが私は好きだから。でも、私から答えは言えない。会話できるようになったとは言え、全てを話せるようになったわけじゃないってことね」  さわさんは、彼女の話を聞いて反応した俺の様子を伺っていたようだ。俺の考えを読めるわけではないらしいが、俺の話が好きと神が言ってくれたのは素直に嬉しい。 「『私達の責任』という発言と、以前から俺達のことを見ていたことを合わせると、いつからか俺達に何らかの役割が与えられていた可能性が考えられます。  もちろん、触手の姿に転生させることは想定外で、交通事故により死亡してしまっては目的を達成できなくなる恐れがある。だから、『私達の責任』。  そして、行き先は前から決まっていた。生きた人間の姿でそこに行くということは、元の世界にも戻れるようにしなければ理不尽となる。したがって、その場合は、こちらとあちらで最低一度の往来が可能であった。  もう一つ可能性がある。クリスタルを集め切って今の世界を救ったあとに、結び付きが強い日本、あるいは前の世界に影響があるかもしれないこと。だから、往来が可能ということも考えられる。  いずれにしても、俺達の役割は両世界、あるいは片方の世界に『手を加えて』、軌道を修正すること。その最適な存在が俺達で、それを『ウォッチャー』で見つけて監視していた。  もしかしたら、もっと早く俺達に声をかける予定だったかもしれない。ただ、それがずれ込んでしまった。そこでも『私達の責任』が意味を持つ。  だとすれば、次に俺達に声をかけるタイミングは、『うおち屋』で確認した丁度その時、俺達が近くを通っていた交通事故の瞬間しかなく、運が良いのか悪いのか、俺が思っていた以上に偶然が重なっていたんだなぁ、ということを推察しました」 「ありがとう。何が正しいかは言えないけど、これだけは伝えておきましょうか。あなたやあなた達が考える通りに進めば、自然と全てが分かるはず。それは、色々な情報で私達やクリスタルの存在を推察してきたことから、あなた達なら必ずできると信じられるということ。  私達は未来を完全に見通すことはできない。でも、あなた達が誰かを救う未来は何となく見える。まだまだたくさんの人を救っていく未来がね。  私から言えるのはここまで。話しすぎたかな。それもあなた達のことが大好きだからかもしれない。贔屓をするつもりはないんだけどね。個人フェイズのことだって、必要だと思ったから作っただけだし。二人がそれを破壊しただけで。まあ、主にウキちゃんの能力を利用したシュークンだけど」  さわさんは、思っていた印象よりも親しみやすく、かわいい仕草と表情で、俺達に愛を囁き、右頬に右手人差し指を当てながら、ちょっとした文句も付け加えた。  非常に魅力的な女性であり、俺の同人誌も買ってくれたし、最高の女性だ。 「俺も、さわさんのことが大好きです! あとで、『個室』で愛を語り合い、イチャイチャしましょう!」 「ちょっと、お兄ちゃん! 個人フェイズを『個室』って言うのやめてくれる⁉ 同人誌買ってもらったぐらいで、ちょろすぎでしょ! それに、あたしもそこにいるんだけど! 神がそんなことするわけもないし!」 「ふふふっ、ゆうちゃん、それはどうかな? ……とまあ、雑談はこれぐらいにして、メッセージを送る方法を教えましょうか。  私が朱のクリスタルの力を使って、食卓に『パス』を通す。きっと、テーブル奥の二人の写真の前が希望だよね。そのあと、二人が息を合わせて、向こうに送るぞという意識をしながら、送りたいメッセージを言うだけ。紙の状態で届いて、今なら十文字のメッセージを書ける。漢字もオーケー。  これを送ったあとは、ある条件を満たすまで、向こうに別のメッセージを再び送ることはできない。ことちゃんにも伝えたいよね。心配しなくていいよ。めぐるがことちゃんを連れて、シュークンの家に行って、ご両親から内容を聞き出すから。めぐるは、ことちゃんが大好きだから、ずっと悲しい気持ちにさせたくない、っていうのは、あなた達と同じ。もし、そのメッセージが色々なことを連想させるものなら、めぐるが推察して、ことちゃんに話してくれると思う」  さわさんは、俺がメッセージを届けたい場所をピッタリと当て、必要な情報を次々と与えてくれた。特に、めぐるさんが協力してくれること、俺もそうしてくれるに違いないと思っていたことだが、それが確定したことが嬉しい。 「ありがとうございます。二ノ宮さんのことが気になっていたので助かります!」 「…………。あのさぁ……お兄ちゃん。まだ時間あるから、ちょっと聞いてもいいかなぁ?」  俺が気分良く、さわさんにお礼を言うと、ゆうが何やら声を低くして、話しかけてきた。俺とさわさんの仲に怒ってるのか、あるいは……。 「『ウォッチャー』見てて気付いたんだけど、なんで琴ちゃんの机にお兄ちゃんの写真が置いてあるわけ?  お兄ちゃんは琴ちゃんに会ったことないはずだよね?  会ってないとデータのやり取りできないはずだよね?  琴ちゃんが家に来た時は部屋から出るなって、あたし言ったよね?」 「えー……っと。ちょっとそのための情報がなくて推察できないな」 「確定情報だからでしょ! 全てを告白しなさい! 神の前で! ……いや、全裸になるな!」  俺が服を脱ごうとすると、即座に止めるゆう。神前での告白の前に誠意を見せたかったのだが……。 「えー、私、相楽修一は、二ノ宮琴子さんが初めてウチに遊びに来た時に、妹に『部屋から絶対に出てこないで! フリじゃないから!』と言われたにもかかわらず、フリだと思い込み、その日の内に、妹が一階に下りている隙を見計らって、彼女に挨拶をしました。  彼女は、『ゆうちゃんから話に聞いていたお兄さんに会えて嬉しいです。私のイメージ通り、いえ、それ以上の方です。よろしければ、連絡先を交換しませんか?』と言ってくれました。  思いの外、積極的だったので驚きましたが、『ゆうにバレたら怒られるから』と私が言うと、『それでは、バレないように登録名を変えて、その都度、消すようにしますから』と言われたので、それならと私の連絡先を教えました。もちろん、私の方でも同様の策を講じていました」 「絶対まだあるでしょ!」 「でも、二ノ宮さんのプライバシーもあるから……」 「もう二度と琴ちゃんには聞けないんだし、そのぐらい許してもらえるから!」 「……。えー、その日はそれで終わりでした。次に遊びに来た時に、夜中、トイレに行くという名目で、妹のベッドから抜け出した二ノ宮さんが私の部屋に来て、えー、いきなり彼女の方からキスをねだってきました」 「はぁ⁉」 「私が『ゆうにバレたら怒られるから。俺が二ノ宮さんに触ったら、その香りとかでもあいつは気付くから』と声を潜めて言うと、『では、唇の部分だけで触れ合えば大丈夫ですよね』と論破されて、キスをすることになりました」 「ちょっ……! どこまでヤったの⁉ いや、でも琴ちゃんは、あたしが死ぬ一週間前までは確実に処女だったから、そこまでは絶対に行ってないし……」 「やっぱりお前、マッサージの時や風呂に一緒に入る時に、二ノ宮さんの処女膜検査とかしてたのか……」 「あたしも全部見せてるから! おあいこだから! それより、どこまで⁉ ヤったこと全部言って! そのキスの続きから!」 「キスは舌を激しく絡めて、その日はそれで終わり。俺のことは一目惚れだと言っていた。外では一切会っていない。その会えない時間が俺への愛を募らせていったらしい。  三回目に会った時は、俺のことを気持ち良くしてあげたいと言われて、えー、手を使わずに口だけで抜いてもらいました。もちろん、匂いが付かないように、一滴残らず飲んでもらいました。『仮にこのことが他の人にバレても、未成年淫行で送検されないように完全に黙秘してくださいね。私も命に懸けてそうしますから』と二ノ宮さんが最後に言って、その日はそれで終わり。  言っておくが、俺からしてほしいとは一言も言ってないからな! むしろ襲われてるから! 未成年淫行には当たらないから!」 「用語を使わない辺りが姑息だけど、次!」 「お前、エロい話を聞いて、ただ興奮したいだけだろ……。四回目は、二ノ宮さんが俺の部屋のハンガーにパジャマをかけて全裸になった上で、今度は私を気持ち良くしてほしいと言われた。キスと下半身なら俺の香りにも気付くことはないということで、その通りにして、満足してもらった。  あとは会う度にそのローテーションだ。ただ、二ノ宮さんが、トイレで会えば芳香剤でお互いの匂いを消してくれるから、密着しても問題ないということに最近気付いて、それは出会い頭でバレるから、リスクが高すぎると俺は断ったんだが、どうしても『修一さん成分』を思う存分に摂取したいということで、一回だけトイレの中で待ち合わせをして、しばらく抱き合いながらキスしてたことがあった。お前も知っての通り、二ノ宮さんはキスが大好きだったからな」 「あのさぁ……。そこまでして、琴ちゃんと付き合ってないってことだよね⁉ 『二ノ宮さん』って呼んでるし。逆になんで付き合ってないの! 完全に身体だけの関係じゃん!」 「『二ノ宮さん』と呼べと言ったのはお前だろ! 俺は最初からことちゃんって呼んでるし。それに、付き合ってなかったのは、ことちゃんも俺も、今はまだその気がなかったからだよ。  その四回目の時に、彼女の方から処女膜を見せてきて、『これは、ゆうちゃんの十八歳の誕生日以降に、ゆうちゃんと一緒に修一さんに捧げるものです。三人で幸せになりましょうね』って言ってきたから確信した。  つまり、ことちゃんはフライングしただけで、お前と同じ考えだったというわけだ。お前はそれが失敗に終わることを避けるために、俺とことちゃんを会わせたくなかったんだろ? 自分が蚊帳の外になるのが嫌だったから。安心しろ。そうはならなかったよ。  ことちゃんは頭が良い子で、性格も本当に良い子だ。お前のことを完全に理解してたし、お前のことが本当に大好きだったんだよ」 「そっか……琴ちゃんが……。あぁ……、でも、私の琴ちゃんへのイメージがぁ……。お兄ちゃんだけならいいけど、他の男にも積極的なイメージが付いてしまう……」 「お前が俺のエピソードをことちゃんに話す時、おそらく良い点、悪い点をバランス良く話して、徐々に俺のことを好きになるように調整していたが、それが思った以上にことちゃんの興味を引いてしまった。  俺への期待が大きく膨らんで、実際に会ったら、その期待を超える存在が目の前に現れ、一目惚れしてしまったから、気持ちを抑えられず、お前の調教もあって、性にも積極的になった。間違いなく俺だけだよ。仮にそうじゃなかったとしても、俺達のメッセージやめぐるさんで彼女を止められるはずだ。  それに、良いことを一つ教えてやろう。あくまで可能性の話だが、さっき俺が言った通り、両世界を自由に往来できるようになるかもしれない。そうすれば、ことちゃんに会えるし、俺達が彼女を直接幸せにできる。それに、さわさん達、神達も幸せにしたいと俺は思っている。いや、できるんだよ。それが俺達の可能性だ」 「うん、ありがと、お兄ちゃん。それはそうと、琴ちゃん、一目惚れだけじゃないと思うんだよね。最初の挨拶で何か刺さること言ったでしょ」 「あの時は、ことちゃんを見た瞬間、指を差して足を震わせながら、『あ、悪魔がいる……。全ての男を魅了するド変態サキュバスがいる……!』って言って、十字架を何度も切ったかな」 「いや、間違いなく『それ』でしょ! 琴ちゃん見て、そんな台詞吐くバカは、どこにもいないから。普通は、『天使』『女神』『聖女』『お姫様』『お嬢様』とかだから。もしかしたら、それに辟易してたのかもね。一応、あたしからは、『お兄ちゃんは、ひねくれてるところがある』とは言ってたけど。完全に『面白い男』判定を下したわけだ。  しかも、その言葉を面白がって、本当にサキュバスみたいな行動をしたと。何となくだけど、姫とアンリさん、積極的なところは覚醒後のリーディアちゃんを合わせたような印象かな」 「なるほどね。アンリさんの名前の由来がどうなのかは分からないが、聖女コトリスなのに、聖女アリシアの系譜の印象ということか。そう言えば、民衆が思い描く聖女アリシアのイメージが、ことちゃんのイメージに全てではないが大体当てはまってるんだよな。何か関係があるかもしれないから、覚えておくか」  俺達の会話が一息つくと、それまで黙って笑顔で俺達を見ていたさわさんが口を開いた。 「ふふっ、やっぱり面白いね、あなた達。ねぇ、送るメッセージは確定してると思うけど、よかったら、それに決めた理由を教えてくれない? 合理的な理由じゃなくて感情の方ね。送れる文字数も分からないのに、かなり早い段階で決めてたでしょ?  あ、でも、その時に言ってた言葉じゃなくて、本音で聞きたいから、それぞれ紙に書いてもらおうかな。本音と一致するなら仕方ないけどね。見るのは私だけ。他の誰にも見せないと神に誓って約束する。二人が嘘を書いたら……どうしようかなぁ?」  さわさんは、神様ジョークと半分脅迫めいたパワハラみたいなことを言うと、紙とペンと台座を俺達の前に具現化した。紙に書く方法はパルミス公爵みたいだ。 「わ、分かりました。絶対、お兄ちゃんには見せないでくださいね!」 「ゆう、今更じゃないか? 俺には、お前の考えてることが手に取るように分かるのに。俺を、頭がキレるのになぜか感情の機微を察せない物語の進行に都合が良いその辺のでくの坊と一緒にするなよ」 「いや、絶対分かってないこともあるし! あたしのポリシーでもあるし!」  ゆうは、俺から絶対に見えないように、紙に理由を書いていた。どうやら、ツンデレがポリシーのようだ。ファッションツンデレということか。  とりあえず、俺もその理由を書き終わると、さわさんがそれらを回収して、読み始めた。俺が何を書いたかは神のみぞ知るということで、秘密にしておこう。ただ、この感じだと、ゆうも似たような答えだな。 「二人とも、ありがとう。すごく興味深かった。それじゃあ、これは処分するね」  さわさんがそう言うと、二枚の紙をその両手から消滅させ、他に具現化したペンと台座も同様に消した。  『ウォッチャー』を見ると、間もなく最適なタイミングが訪れようとしていた。 「さわさん、そろそろいいですか? 両親が食卓の俺達の写真を見てから、母が『いただきます』の『た』を言う瞬間に送ります。『ウォッチャー、音声を出力し、登場人物の字幕も表示しろ』」  俺の声に、『ウォッチャー』はその通り、音声と字幕を出した。これは、音声だけだと雑踏での声を拾えないから、字幕の機能もあるのではと最初の検証で試したところ上手く行ったものだ。 「おっけー。パスは開いたから、いつでもどうぞ」  ゆうのような言い方をして、了承したさわさん。  いよいよ、その時が来た。俺達は息を合わせて同じ言葉を叫んだ。 「『兄妹触手転生幸せだよ』! 『きょうだい』は兄と妹! 『しょくしゅ』はテンタクル! 『しあわせ』までは漢字変換!」  さわさんは、文字をどのように指定するかは言わなかったので、語呂は悪いが、念のため、文字の条件も付け加えている。おそらく、俺達がメッセージを決めた時に挙げた指定方法が正しかったから何も言わなかったのだろう。何も言わなかったらどうなっていたのかは分からない。『きょうだいしょくしゅ』で止まっていたのだろうか。  『ウォッチャー』を確認すると、俺達のメッセージが食卓の写真の前に徐々に具現化し始めていた。実時間だと一秒ほどで具現化するのだろう。顕現フェイズで五十秒、向こうではコンマ五秒ほどすると、メッセージが読めるほどになっており、ちゃんと指定した通りに送られていることを確認できた。 「良かった……。二人とも驚いてる」  メッセージが完全に具現化すると、それを一部始終見ていた両親が驚いた瞬間を見て、ゆうが安堵した。俺もだ。ホッとした。  やっと、俺達が転生して幸せに生きていることを父さん、母さんに伝えられた。あとは、めぐるさんに任せるだけだ。  このメッセージは、にわかには信じられないかもしれない、いや、間違いなく信じられないだろう。ただ、これがあるのとないのとでは大違いだ。推察と同じ、『もしかして』が重要になる。気持ち的には、少しでも先が見えるようになるし、論理的には、あとで繋がるかもしれない。  メッセージの意味としては、転生したこと、二人とも生きていること、幸せであること、本人達が送ったことを盛り込みたかった。『触手』と最後に『だよ』を入れ込めば、『兄妹』をより絞り込めて、触手好きの俺と、語尾でゆうが送ったことが分かる。仮に、『修一とゆうは転生した』『兄妹転生して幸せだよ』『俺達元気心配しないで』みたいなメッセージだと、転生後はどうなったのか、誰が送ったのか、イタズラかを疑うだけでなく、これが偽装で、事故が意図されたものではないか、とさえ思ってしまう。  もっと良いメッセージがあったかもしれないが、すぐに決まったことと、俺達らしいという考えもあって、そのまま行くことにした。俺が書いた遺書の言葉を使えば、一発で俺のメッセージと分かるだろうが、十文字制限では、抜粋して使える特徴的な部分がなかった。  こんなことなら、暗号を決めておけば良かったと思うが、死ぬまで思い付かなかった。『俺達が死んだあとも、俺達がどこかに存在する証として短い暗号を決めておく』なんて書くのは、死の研究者でもない限り、天才でも無理だろう。 「おめでとう。これで、スキルツリーの作成、経験値牧場、シキちゃんとの合流が当面の目標になったのかな」  さわさんが俺達を祝ってくれて、その大目的までまとめてくれた。  俺は、さらにもう一つ、このタイミングだからこそ言えることを、さわさんに話すことにした。 「ありがとうございます。さわさんを始め、これまで支えてきてくれたみんなのおかげです。  それで、さわさん、今後のことで相談があります。現在、レベルアップ時にしか顕現フェイズに移行することができませんが、個人フェイズができて、そこでもさわさんと話せるようになり、さらにさわさんに質問したい項目も少なくなってきて、プレゼントで顕現フェイズに移行できる今、その制約の意味がほとんどなくなっていると思います。  この際、それは取り払い、他にも制約があるのなら、それらを一から見直すというのは、いかがですか? それが贔屓になるとは決して思いません。形骸化したルールは、非効率でしかないということです。そんな中で、それを打開しようとせず、何も考えずにルールに従っているのは、バカと『ゾンビ』だけです。『ゾンビ』が分かりづらいなら『傀儡』『社畜』辺りに置き換えましょうか。  実際、さわさん自身が今の状況を想定し、触手の姿で俺達とやり取りする意味がないと判断したから、めぐるさん達に予め相談してたんですよね。それと同じで、状況が変わったということです。  現在、俺達が分かっている制約で明らかに改善できるのは、さわさんが俺達に言ってはいけないことがあるというものです。回数が徐々に少なくなってきているとは言え、俺達の質問に対して、それは言えない、言えないけど条件があると一回一回やり取りするのは、お互いに時間の無駄です。  そこで、言えないことをリスト化し、その中で条件があるものには三角マークを付け、俺達に渡しておけば効率的です。それが膨大になるのであれば、共通する項目にすれば問題ありません。それこそ、『世界の謎』のように。  ただ、その場合は、何が世界の謎なのかそうでないのか、俺達には分からないので、やはり、ある程度は細分化してほしいです。そこは俺達も協力する必要がありますね。神としてやってはいけない行動もリスト化してもらえると、お互いのリスクを減らせます。  仮に、俺達にメリットがありすぎると言うのであれば、例えば、リスト化したものを改めて質問してしまうと罰を与えるみたいなことも考えられますが、そのような間抜けなことを俺達がするわけはないので、それを考えること自体が無駄になります。  これまで、触神様として、俺達の希望に真摯に向き合ってくれたさわさんであれば、『神の決めたことに対して失礼だぞ』などと絶対に言わないことは分かっています。以上、ご検討ください」 「んー……じゃあ、そうしましょうか。それと、シュークン。私に念押しは必要ないからね。それこそ、その辺のくだらない神や、その他の連中と一緒にしないように」 「はい! ありがとうざいます! そう言ってくれると思ってました。さわさんのこと、大好きです!」  今のやり取りで、もう一つ分かったことがある。触神様の『くねくね』は、やっぱり考えている仕草だったのだ。さわさんの『んー』が、めちゃくちゃかわいかったから分かったことだ。 「お兄ちゃんさぁ……。さわさんに対しては、ひねくれ者にならないんだね。でも、あんまりお調子者だと嫌われるよ?  シンシア達にもそんな感じなら、幻滅されるかもね。『私は、こんなド変態触手マニア未成年淫行お調子者バカをシュウ様、シュウイチ様と崇めていたのか……』ってね」 「未成年淫行については、お前が言うな。それに、今の俺には法律など適用されない。適用されるのは神の制約のみ。名実ともに神の使徒なのだから」 「いや、お兄ちゃんは使徒襲来の方でしょ。イリスちゃんに接触して触手インパクトを引き起こし、女の子触手計画を実行しようとしてるんだから」 「敵味方混ざってるぞ。それに、俺は人類を救おうとしている。言わば、新しい使徒、『シン・使徒』だ」 「いや、そっちは知らないからツッコめないけど」 「俺も知らんけど」 「補完されて死ね!」  俺はシンだ。やはり、無知は罪だな。何の気なしに家出少女を保護したら未成年者誘拐罪で逮捕されるのと同じだ。まあ、その場合は、純粋な善意と故意を区別できない法律と、家庭の問題を解決できない少女の家族にも責任はあるが。 「ふふふっ、『シュウちゃん』の生漫才をこの姿で見ることができて嬉しい。さてと……、それじゃあ、私はシュークンの個人フェイズにお呼ばれしてるから、そのまま行こうかな」  さわさんの発言にゆうが慌てた。 「ちょ……! さわさん、ちょっと待ってください! お兄ちゃんとイチャイチャするのは、せめてもっと遅い時間にしてください! そもそも、お兄ちゃんはこのあとのスキルの検証で、まともに動けないんですから」 「えー⁉ 私も『シュークン成分』を早く摂取してみたーい。ゆうちゃんだって、久しぶりに摂取したいでしょ? 前回は枯渇して大胆になりすぎてたもんね。今回もそうなっちゃう?」 「やっぱり見てたんですか! プライバシーの侵害です!」 「人間の常識は私達に当てはまりませーん。大丈夫、ゆうちゃんのことも、いっぱいかわいがってあげるから。『ゆうちゃん成分』も摂取してみたいんだよねー」  さわさんは、ゆうに近づくと、胸に引き寄せ抱き締めた。 「さわさん、ズルいです。そんなふうに抱き締められたら……」 「それじゃあ、まず私達がシュークンの部屋のベッドで仲良くなるところを、シュークンに全裸正座待機で見てもらおうか」 「あ、お兄ちゃん、やっぱり自分の部屋を再現してたんだ。私もだけど」  思っていた通り、ゆうも元の自分の部屋を再現してたか。俺の場合は、同人誌という宝物があるから当然の帰結だ。ゆうの場合は、部屋に誰も入ることがなくなったから、秘蔵の本をそのまま並べてそうだ。 「さわさん、俺はその百合の花が咲き乱れる光景を意識して見ることができないので、俺にとっては、地獄なんですが……」 「お兄ちゃんは、琴ちゃんへの未成年淫行を隠してたんだから当然でしょ」 「いや、未成年淫行じゃないから! ちゃんと成立要件も調べて、満たしてなかったから! 警察と検察とマスコミが俺を陥れようとしてない限り、問題にさえならないから!」 「あーあ、まさかお兄ちゃんともあろう人が、評価のためならどんなことでもする最も信じられない存在を信じるなんてね。  有罪にもなってないのに、逮捕段階であれだけ報じられるなんて、どう考えてもおかしいのに。間違っても謝らない、謝ってもちょっとだけ。しかも、前科にならないとは言え、不起訴で前歴付いちゃう歪んだシステム」 「誰も信じちゃいないさ。一パーセントの可能性に賭けてただけ。もし、前科前歴が付いたら、ことちゃんかゆうに養ってもらおうとしてた。サキュバスとそれを生み出した親の責任として」 「はい、死刑」  そして俺達は、受け取ったプレゼントをそれぞれの個人フェイズに持ち帰ってから、現実世界に意識を切り替えた。



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