俺達と女の子達が情報共有して不眠症の女の子を救済する話(2/4)

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 シンシアが、その辺にいたメイドに辺境伯の部屋の場所を聞き、部屋の前まで案内されると、扉をノックして、中からの掛け声と共に入室した。  部屋までの間、俺達は例のごとく、外套の下にぐるぐる巻きになって隠れていたが、入室直前に縮小化してシンシアの左腕に巻き付いた。  辺境伯の部屋、と言うか書斎兼応接室は、俺達がいた部屋の三割にも満たない広さで、思ったよりもこぢんまりとしていた。しかし、話すには十分な広さで、声が他に漏れることもなさそうだ。  二人は部屋の中央にあったソファーに座った。 「昨日は時間が取れなくて、すまなかったね。それと、ここでは飲み物は出せないから、我慢してほしい。さて、アースリーさんには昼食時にお礼を言いたいが、君にもお礼を言いたい。リーディアと友達になってくれてありがとう。心から感謝する」 「いえ、今回初めてゆっくり話して、容姿だけでなく人格も素晴らしいお嬢様だと思いました。むしろ、私からお願いしたいぐらいでしたよ。これも、レドリー卿の素晴らしい教育の賜物だと思います」 「フォワードソン家の国内随一の英才教育を受けた君にそう言ってもらえると嬉しいよ。その教育を見習った部分は大きいからね。その点でも感謝したい。さて、積もりに積もった話をしようか」  シンシアは、アースリーちゃんがリーディアちゃんに経緯を説明したように、俺達や他のクリスタル、チートスキルのことを避けて、辺境伯にこれまでの経緯を伝えた。  また、クリスからの報告と重複しているかもしれないが、催眠魔法やスパイについての見解も、念のため話した。ちなみに、クリスが偽名を使っていたことは、その報告の際に、自身で辺境伯に伝えていたらしい。 「なるほどな……。これで合点がいったよ。なぜ、『クレブ』が君の処遇を私に伝えなかったのか」 「⁉ レドリー卿、その名は……王の……」 「ああ、ジャスティ国王、クレブ=ジャスティ王と私は旧知の仲でね。周りに信頼できる者しかいない時は、『クレブ』『リディル』と呼び合っているよ」  国王と友達なのか、すごいな。まあ、辺境伯は隣国に接する領地を治める、国にとって重要なポジションだから、十分に納得できる関係だ。  そして、辺境伯の名前は『リディル』というのか。そこから取っての『リーディア』か。フルネームが必ずしも、リディル=レドリーとならないところが、爵位制の難しいところだ。新たに作られた下位の爵位であれば、『セフ』のように、そのままファミリーネームが爵位名と領地名になる場合もあるが、辺境伯の場合は、王が命名してそうだから、別々のような気がするな。パーティーの時にフルネームを名乗るだろうから、その時に分かるはずだ。 「君は、リーディアの件もそうだが、アースリーさんにかけられた催眠魔法を解くために尽力してくれた一人だ。そのままだったら、私はどうなっていたか分からない。  そして、君は相手が誰であってもしっかりと進言できる人物だ。私も大変世話になった。君も我が国が誇る大事な宝であり、私が信頼できる者の一人だよ。君の冤罪を晴らすために、私も力を貸そう」 「ありがとうございます……!」  辺境伯の優しくも熱い言葉に、シンシアは感激していた。もしかすると、涙ぐんでいるかもしれない。 「さて、先程の話に戻ろう。なぜ、君の処遇が私に伝えられなかったかということだが、以前、クレブと私が二人きりになった時に話した内容が関係している。君が身を以て体験したように、ジャスティ国内でスパイによる破壊工作が行われている可能性だ。  西のリベック村の土砂崩れを始め、国内各地だけでなく、城下町でも行われ、さらには、スパイが城にまで入り込んでいる疑いが、すでに濃厚になっていた。私が掴んだ情報もあるし、国家特殊情報戦略隊で掴んでいた情報もある。  クレブと意見交換をした際に、彼が『今回の話もそうだが、重要な作戦をこちらで遂行する場合は、君には伝えないことにする。本当は伝えたいが、その中身の秘匿性もどうなるか分からない上に、連絡自体が相手に情報を与えることになるからだ。その時は、即時性に欠けるが、信頼できる誰かが直接行くかもしれない』と言っていた。シンシア、君のことだ。  ただ、最初から決めていたわけではないはずだ。君が偶然にも事件に巻き込まれたから、それを逆手に取ったにすぎない。疑いのかかった君に、王から直接伝えるわけには行かず、姫から私を訪ねるよう伝える予定だったのだろう。  ほとんど、君の友人が推察した通りだ。とんでもない子だよ。そんな子が我が国にいて、君の大切な友人であることが嬉しくなるよ、本当に」  辺境伯は、その言葉通り、本当に嬉しそうだった。ジャスティ王もレドリー辺境伯も、国のことをちゃんと考えて、国民を大切にしているのだと改めて思った。  辺境伯の話から、クリスが助けた村はリベック村と言うらしい。土砂崩れがスパイの仕業だったとすれば、その村で彼女の偽名を聞いたスパイがいても不思議ではない。 「というわけで、君があまり早く城に戻っても、作戦遂行に当たっては都合が悪い場合がある。ここに来たのは丁度良かったのかもしれないな。  いや、それも考えられているのか、本当にすごいな……。一石何鳥になっているんだ? 絶対に敵に回したくない存在だよ……。もし、その子が私を敵と認識したら、すぐに対話を申し込みたいね。  それはさておき……もちろん、私は作戦の内容を知らない。ただ、これは私の勝手な推測で、君だから話すが、遂行場所は城内や孤児院ではなく、城下町の大聖堂だと睨んでいる。  あそこは、その性質上、最初から魔法使いの出入りが多かったのだが、最近は大聖堂に入ってから出てくるまでの時間が、かなり長くなったみたいだ。密談や何らかの作業が行われている可能性がある。  その内容は……おそらく、高レベルのモンスター召喚による物理的な大規模最終破壊活動。全ての魔法使いが関わっているわけではないと思うが、私なら、君が城下町を出てから、そこを常時監視して、滞在時間の長い魔法使いの入りが、これまでバラバラだったにもかかわらず、足並みが揃ってピークになった頃合いで、少数精鋭の極秘突入作戦を決行する。  大規模破壊を行うためのモンスター召喚には、人数やモンスターのレベルにもよるが、最低三十分から、長くて三時間はかかるから、突入はそれでも遅くない。仮に、モンスター召喚を行っていなくても、魔導士結集罪に問える。クレブもきっとそう考えているだろう」  やはり、辺境伯も相当優秀だ。これまでの話も理路整然としているし、推測や作戦立案も、確度が高く的確だ。それにしても、俺達が会って話を聞く人、みんな優秀なのは何なのだろう。ジャスティ国民の特徴なのか。 「スパイ活動を行っている国の見当はついているのですか? やはり、あの国ですか?」 「ああ、ただし証拠はない。クレブも私も『エフリー国』だと思っている。自慢ではないが、他の国境や辺境伯じゃなくて、むしろ良かったと思っているぐらいだ。その場合は、工作活動と同時に攻められて、良いようにやられていただろう。  エフリー国は、自国の町消失事件をジャスティ国のせいにしてきたり、独自に我々と交流していた小さな村さえも侵略行為で滅ぼした背景があるからな。我が国の国力が、君達のおかげで世界一位になろうとしているのを妬んでいるはずだ。  それに、エフリー国の魔法使いは優秀な者が多いと聞く。破壊工作の規模と全く尻尾を掴ませない辺りが、彼らを連想させる。これは本人にも言ったんだが、最初はコレソ……いや、クリスの自作自演ではないかとも思ったのだが、破壊工作をしても影響がない村や町も回っていたり、アリバイがあったりしたことから、その線は消えた。  丁度、街が手狭になっていたから、居住域拡大のための結界を張ってもらおうと、コレソを名乗った時に声をかけ、その優秀さと人格を確認したあとに、屋敷で寝泊まりしてもらうようにしたんだが、今回の催眠魔法騒動でも役に立ってくれて良かったよ。  しかし、やはり君からの報酬も断ったようだね。彼女の見た目もそうだが、その内、彼女が壊れてしまうんじゃないかと心配になる。何とかしてあげたいとは思うのだが、パーティー参加も断られてしまった。  君と城まで同行する際には、彼女の精神状態には十分注意してくれ。彼女の損失は、君達と同様、我が国にとって非常に大きな損失だ」  なるほど、国民が優秀だから、国力世界一位にもなるわけだ。国力が具体的に何を指すかは定義できないが、シンシアの存在から、軍事力は間違いなく世界一位だろう。  それに、大聖堂の話でも思ったが、辺境伯本人だけでなく、その情報網もすごいようだ。クリスが偽名を使っていたことを以前から知っていたのか。  そして、個人目線でも国家目線でも、彼女を心配している。 「これらのことを踏まえて、念のため、私からクレブに手紙を書こう。それを直接持っていくといい。君達が出発するまでに書いておくことを約束しよう」 「ありがとうございます。この御恩は必ずお返しします」 「ふふっ。君の名と活躍がさらに轟くことが、私にとって最大の返礼品だが、まあ考えておこう。さて、朱のクリスタルの話だったね」 「その前に、レドリー卿が話しっぱなしだったので、休憩を挟んだ方が……。パーティー前に体を壊されては大変です」 「お気遣い感謝する。そうだな、それでは白湯を持ってこよう。少し待っていてくれ」  そう言うと、辺境伯はシンシアを残して部屋から出ていった。自分で飲み物を用意するほど用心深い人間が、部屋に来客を残したということは、彼女を完全に信用している証拠だ。  その間に、俺達は、増やした触手を部屋の左右に置かれた高い本棚の上にそれぞれ配置した。本棚から部屋全体を見渡すと、部屋の手前の扉付近の棚にチェス盤と……碁盤と碁笥のようなものが見えた。十三路盤だろうか。この世界には、囲碁もあるようだ。埃は一切被っていないから、普通に使われていそうだ。俺達の部屋には置かれていなかったな。実際に聞いてみないと、本当に同一かは分からないが、仮に囲碁だとしたら、ルールやコミはどうなっているのだろう。  辺境伯は、部屋を出てから十分後に戻ってきた。家が広いと大変だ。シンシアは出された白湯を迷いなく飲み、辺境伯と五分ほど思い出話をしていた。 「さて、本題に入ろうか」 「あの、もしよろしければ、最新の研究を含めた魔法の歴史もお話しいただけませんか? その辺は、あまり詳しくないもので……。やはり、魔法のことも知っておかなければ、今回のような場合に役に立てなくなる恐れがありますから」  俺は、辺境伯から魔法の歴史を聞かせてもらうよう、事前にシンシアに頼んでいた。彼女が言ったこともそうだが、クリスタルとも関連するかもしれないからだ。 「騎士で魔法に興味があるとは珍しい。流石、騎士団長と言ったところかな。本当はこの白湯も、毒判別魔法で確認してから飲みたいのだが、毒魔法は研究量が物を言うから、その辺の魔法使いに頼んでも、あまり意味はなく、クリスにわざわざ頼むのも気が引けるんだ。  まあ、それはさておき……。では、魔法の歴史から要約して話そうか。  それはいきなり始まる。五百年前のある日、魔法を突然使えるようになった者達が各地で現れた。それと因果関係は不明だが、モンスターも各地で発見されるようになった。  当初は混乱を極め、モンスターに襲われる者、魔法で人々を殺す者、魔法戦争の勃発、魔法使い狩りデモなど様々な出来事が起きたが、早い段階での全世界魔法連合会議の開催、魔法抑止条約や火薬武器抑止条約の締結、モンスター対策としては魔法結界の発明、結集対策も兼ねた魔法使いの分散任用により、各地の被害は急速に縮小していった。  その後、生まれてきて育った子どもも魔力を持つ場合があることが分かり、その共通点も見出された。すなわち、命題『ある人が魔法使いならば、その人は人格者である』が統計と事実によって証明された。逆と裏は成り立たない。  具体的には、魔法の使用不使用によらず、正当な理由なく一方的に人を殺したり、いたぶったり、騙したりすると魔力が喪失することが分かった。それは直接手を下さなくとも当てはまる。  例えば、国の命令による戦争で魔法使いがどれだけ人を殺しても、魔法が使えなくなることはなく、魔法使いがお供に命令して単に嫌いな人をボコボコにした場合は魔法が使えなくなる。  また、魔法使いは必ず十六歳までに魔法が使えるようになり、十七歳以降に魔法が使えるようになった事例はなく、極一部の例外を除いて、魔法と才能という点で二物を与えられない。  つまり、剣技が優れている者は魔法が使えないし、演技や商才、政治や外交等々の才を持つ者も然りだ。勘違いしてはいけないのが、魔法以外の才能を複数持てないわけではないということだ。とは言え、多才な人間は、ほとんどいない。  これは余談だが、魔法が使えない子どもを持った親は何かの才能があるんじゃないかと期待して、貴族であろうとなかろうと色々な習い事をさせるのがもはや文化となっているな。君もさせられただろ? 私もさせられたし、息子達にもさせた」  辺境伯は、やはり理路整然と魔法の歴史を話してくれた。その滑らかさと話の展開に俺は改めて感心した。  魔法使用の正当な理由を判断している存在に心当たりはある。触神様だ。常に判断しているはずはないから、ルールを作ったのだろうな。  そう言えば、イリスちゃんは習い事をしてなかったな。と言うか、監視していた限り、セフ村の子どもは、ただその辺で遊んでいただけで、特に何もしてなかった気がする。やはり、セフ村は特殊なのか。 「二物を与えられない話で、私が習った時は一人もいなかったはずですが、極一部の例外ということは、それが誰か分かっているのでしょうか」  誰もが聞きたかったことをシンシアが聞いてくれた。 「現時点で一人だけ、しかも分かったのが二週間前。歴史的にも魔法研究界隈でも超大発見さ。まだ名前は判明していないが、かなり若くて小さい魔剣士らしい。素早さと剣技に加えて、高威力の魔法を使ったところを国内のとある町で複数人が目撃したとのことだ。  クレブにも報告が行ったので間違いない。その情報と君とは入れ違いかもしれないな。剣の腕だけで言えば君の方が上だろうが、もし戦う機会があれば勝つ自信はあるかな?」  その話を聞いて、最初に思い浮かべたのはユキちゃんだ。彼女は明らかに魔法創造の才能がある。単に知られていないだけか、それとも魔法に関する才能は関係ないのか。  いずれにしても、その魔剣士がチートスキル持ちの可能性はある。リスクはあるが、いや、今後のリスクを抑えるために早めに確認しておきたい。 「私の場合は、相手が誰であっても近づくことができれば勝てるので、スピード重視の相手なら、対魔法使い用戦術の定番として、体力切れや魔力切れを誘うのもありですね。魔法も、当たらなければどうということはありません」 「やはり、『幻影』の異名を持つ騎士は言うことが違うなぁ……。魔法を余裕で躱せるのは、知られている中では、世界で君しかいないからね。  これまでは、魔導士団の規模で軍事力の差がつくと言われていたが、君一人いれば、それが意味を成さなくなるから、他国、特に魔導士団を重視してきたエフリー国が焦っているのだろう。  言おうかどうか迷ったが、そのことも、エフリー国がスパイを派遣していると判断した理由の一つだ。念のために言っておくが、君のせいではない。スパイ国が悪いのは明白だ」 「はい。お気遣い、ありがとうございます。まだ質問よろしいでしょうか。昔は思い付かなかったのですが、魔法と魔法の何らかの才能という点での二物が与えられることはあるのでしょうか」 「素晴らしい質問だ。その場合は二物ではない、というのが定説だ。ただし、そのような存在は確認されていない。  誤解のないように例を挙げると、ただ攻撃魔法が世界一得意というだけでは特別な才能ではないと定義している。君が言った『魔法の何らかの才能』のことを、魔法研究界隈では『天魔才』と呼び、普通の魔法の才能の『魔才』と区別している。  それでは、なぜ定説かというと、魔法結界を発明した者が『天魔才』に該当するからだ。つまり、最初の魔法書、原書の執筆者のことだが、それが誰かは分かっていない。当然、原書もどこにあるか分からないし、すでに存在していない可能性が高い」  定説と天魔才の論理が矛盾していて、よく分からないな。この辺境伯が変な論理を言うとは思えないから、考えられるとしたら……定説となる経緯に魔法研究界隈とどこかの派閥争いでもあったか。 「何かおかしくないですか? 二物ではないのに、なぜ『天魔才』と『魔才』が区別されているのか理解できません。その時点で二物だと思うのですが。天魔才が一人しかいないのであれば、なおさら特別感があります」  俺の疑問はシンシアに任せていれば良さそうだ。 「シンシア……君、研究者の素質あるよ。ある意味で、剣技の専門家であり、研究者だから当然と言えば当然か。  君の疑問は尤もだ。絶対に二物と認めたくない勢力がいて、そこが現状で優位に立っているからさ。二物と認めると何が都合が悪いかは、賢明な君なら考えれば分かることだし、また魔法の歴史に戻ってしまい長くなるから割愛するとして……魔法研究界隈は、フラットに事実を見ているから、『それは二物だろ』と言っているわけだ。『二物論者』『多寡派』とその勢力に批難されているがね。反対にその勢力は『唯物論者』『原始派』と呼ばれている。  ただ、共通しているのは、どちらも原書執筆者を特別視していることだ。神と呼んで崇拝している者もいる。  一方で、魔法が諸悪の根源と考える者も少数だがまだ残っている。魔法とモンスター、鶏と卵の関係のようだが、魔法があるからモンスターが存在するのだ、多才な人間が生まれないのだ、と声高に叫ぶ者達だな。彼らにとっては、原書執筆者は悪魔だろう。実際、その派閥は『悪魔派』と揶揄されている。もちろん、『悪魔派』は自分達のことをそう呼んでいるわけではなく、『人間派』と自称している。  ちなみに、ジャスティ国は『多寡派』、エフリー国は『原始派』なので、ここでも対立しているが、『原始派』優勢の状況で、それはあまり理由になりそうにないと思っていたところに、例の魔剣士の存在が判明したので、今後どうなるか……。魔導士団に力を入れているエフリー国が『原始派』なのは意外かもしれないが、あの国は独自の路線を行っているので、私にも理解できない」  俺が知ってる『唯物論』とは全く違うが、やっぱり派閥闘争があるのか。俺達は実際にユキちゃんを見ているから、どちらかと言うと二物論に賛成だが、仮に二物論が正しいとすると、悪魔派の根拠も一つ怪しくなる。  そう考えると、この闘争の行き着く先はどこにもないな。多寡派と悪魔派が手を組んで、原始派を潰そうとしても、根拠を揺るがす派閥とそもそも組めない。  だからと言って、原始派と悪魔派が組んで多寡派を潰すと、最大勢力の原始派が勢いを増すし、同様に組もうともしないだろう。  多寡派と原始派が組んで悪魔派を潰すと、逆に悪魔派の意見を肯定してしまう。組まずにそれぞれ闘うと時間がかかる。その場合は、悪魔派が徐々に勢いを増すかもしれない。科学技術が進歩して、魔法の価値が相対的に下がるからだ。それを見越して先制される可能性もある。  とりあえず、派閥の存在を知れてよかった。イリスちゃんに火薬武器以外の物を、俺達の現代知識無双で、色々と発明してもらおうと思っていたが、上手い方法を考えないといけないな。 「なるほど、理解しました。話を少し戻して、その魔剣士はなぜ今までバレなかったのか、そして、その見事な情報網から、私達やセフ村もレドリー卿の情報網に引っかかっているのか、が気になります」 「魔剣士については、それまでずっと魔法なら魔法、剣なら剣しか使ってこなかったのだろう。剣を持っていることはすぐに分かるから、後者だ。魔法を使った形跡もなく、一人で十数人の盗賊を壊滅させたという話も聞いている。  だが、魔法を使わざるを得ない状況になった。  盗賊壊滅の翌日、火事で崩れかけた領主の家の天井を魔法で吹き飛ばして、中に取り残された人を素早く救ったんだ。その人格と素晴らしい功績から、剣技もさることながら、魔力量と魔法技術もすごいと周辺で話題になり、判明した。  つまり、事前に張っていたわけではなく、事後の調査で分かったということだ。誰もが仲間に取り込みたいと思っているだろうな。ちなみに、発生した盗賊も火事もスパイの破壊工作と私は見ている。  それと、二つ目の質問だが、正直に言うと、君達にまで手が回っていなかった。回っていたら、君の冒険者姿を見て驚いたりしないさ。最近は、城下町を除けば、私の領地から北東や東を主に見ていたしね。  特にセフ村は、誤解を恐れずに言えば、何かあっても国への影響が少ない村だ。今のところ、監視下に置く予定はない。アースリーさんを含めて、君の友人達の動向は気になるがね」 「大変詳細にお話しいただき、勉強になりました。ありがとうございます。  それでは、本題に入りたいと思います。朱のクリスタルについて、判明していることを全て教えていただけないでしょうか。恥ずかしながら、私は管理責任者でありながら、ほとんど知りませんでした。なぜ、ただの石になったのか、すり替えられたのかさえ分かりません」 「最初に断っておくが、私が朱のクリスタルに詳しいと噂されているのは、あまり正しくない。なぜなら、朱のクリスタルの性質については、ほとんど何も分かっていないに等しいからだ。  私が詳しいのは、朱のクリスタルの歴史だ。と言っても、その歴史はスカスカで、話せることも少ない。その分、細かい所まで話したり、余談を挟んだりするつもりだ。それでもよければ話そう。  ………朱のクリスタルは、見つかった当初、石だった。石にしては形が加工されたように削られて綺麗だったので、教会に通う子どもに見せてあげようと、とある修道女が持ち帰った。それが約五百年前だ。魔法やモンスターの出現から、一、二年後だったらしい。  それからは、ずっと教会に置いてあり、二度の教会の立て直しなども経て、持ち帰ってから百年後、つまり四百年前に、ただの綺麗な石から、朱く輝く宝石に変化した。それは、当時大人気で、そこに務める心優しく美しい修道女だった『コトリス=ファスティラン』が二十歳にして聖女に推薦された時と、ほとんど同時期だったことから、聖女コトリスの慈愛のおかげで、朱のクリスタルの輝きを取り戻したのだと話題沸騰、世界中にその話が広まった。  しかし、その半年後、教会に出入りしていた複数の元騎士が、聖女を強姦した後に殺害、死体もバラバラにされ、各部位が持ち去られた。そして、朱のクリスタルも奪われてしまう。  その後、すぐに犯人達は全員捕まり、動機や盗品の行方を吐かせるための拷問後に処刑されたが、死体の一部やクリスタルの行方は不明のままだった。  聖女の死体の一部を持ち去ったのは、それ自体に価値があること、一部でも一緒にあればクリスタルの輝きを保てると信じられていたことが理由だった。それらは、誰かに吹き込まれた疑いもあったが、自分達だけでやった、の一点張りだったらしい。今思えば、何らかの催眠魔法がかけられていた可能性もあるな。  その凄惨な事件から、『聖女コトリスの悲劇』が全世界で憐れまれ、神格化され、現代ではコトリスの名前から、一部を取って子どもに名付ける親も多い。  その場合、『リ』『ス』『リス』が使われる。それこそ、『クリス』はクリスタルの響きと相まって比較的人気だ。なぜか、『コト』の方は使われない。響きの問題で名前に使いづらいのだろう。私もリーディアに名付ける時は『リ』の方しか使わなかった。逆に、悲劇になるからと全て避ける親もいる。  その悲劇から、空白の四百年があり、いきなり去年に飛ぶのだが、その前に、私が気になっていて、私と隠居した父しか知らないことを話しておく。  約十七年前、身元不明のバラバラ死体の一部、複数の部位が、ジャスティ国東岸部に打ち上げられていたのが発見された。それらが、四百年前に行方不明だった聖女コトリスの死体の一部と全く同じ部位だったのだ。形まで同じだったかは、もちろん分からない。  それらは、ついさっき殺されてバラバラにされたのではないかと思うほど、状態が綺麗だったが、結局、身元が判明することはなく、地元民が焼却、骨は粉々にした後に海に廃棄された。  単なる偶然の一致なのか、はたまた、それらが聖女の一部で、不思議な力で腐乱することもふやけることもなく、世界を彷徨っていたのかは、今となっては分からない。  このことを知ったのが、全て終わったあとだったことを、父と一緒に悔んだものだ。単なる妄想と片付けてもいいが、そんな父が隠居した先が、その東岸部なのだが、話を戻して半年前の去年の冬、そこで朱のクリスタルが、輝く光はそのままに、同様に打ち上げられていたのが発見された。これが奇跡や巡り合わせじゃなくて何なのだろうかと父は興奮したらしい。  すぐに、私の所に連絡が来て、私が直接引き取り、少し触ったあとにクレブに献上したというのが歴史、そして今、ジャスティ城に朱のクリスタルが保管されている経緯だ。  このことから分かる通り、クリスタルが輝きを失う理由は不明だし、輝きを取り戻す理由も眉唾物だ。クレブに渡した際は、そのことを伝えてある。だから、彼がこの件で君を責めることは絶対にない。建前は別にして、ね。  今の話、君の友人にも話して、興味があれば、歴史のさらなる深掘り、引いては真相を解明してほしいね」 「ありがとうございます。話してみます」  ……。確かに歴史に穴はあるものの、随分と濃い内容で、この体でも疲れた気さえする。似ている名前が多い理由も分かった。  また、意外だったのは、辺境伯の『コト』の発音は日本での発音と全く同じだった。英語圏では、最初の『コ』にアクセントを持ってきて、子音を強調した上で、『コートウ』や『コットゥ』としか発音しないはずなのに、俺達が『外』や『鳩』を発音する時と同じように『ト』の母音までしっかり発音していたのだ。  確かにそのままだとこの世界では使いづらい。日本では、それこそ、ことちゃんのように『琴』は普通に使われる……が……十七年前か……。 「ゆう、二ノ宮さんって何歳?」  もちろん、俺はことちゃんの誕生日が四月五日であることを知っているので、年齢も知っている。この質問は、ゆうの心の準備のためだ。 「え? 十七歳だけど……いやいやいや、ないでしょ。ない……よね? だとしたら、あんまりだよ……」  俺の質問をキッカケに、ゆうもその可能性に気付いたようだ。  そして、最後に付け足された言葉は、ある人も言っていた。まるで、この悲劇と俺達の交通事故を知って出た言葉のように……。  結局、あの二人のことは、ゆうに話せていない。だが、今はまだ、それを全て話すべき時ではない。感情も頭も追い付かなくなる。話すとしたら……そうだな、朱のクリスタルを手に入れた時がベストか。 「すまん、今の話は忘れてくれ。切り替えよう」 「う、うん……」  改めて、辺境伯の話で、細かい所だが一つ気になることがあった。  なぜ、『輝きが宿った』ではなく、『輝きを取り戻した』と分かったのか。もっと前から、朱のクリスタルが認識されていなければ出ない言葉だ。単に最初から宝石の形をしていたからという可能性もある。それにしても断定はできないはずだ。 「ちょっと待ってくれ。一応、話し忘れがないか確認する。いつも、何か思い出せないことがあるんだ。年かな」  辺境伯はそう言うと、シンシアの後ろにあった本棚の部屋奥側から、自分でまとめたと思われる薄めの本を手にした。パラパラと捲って、もう一度、最初の見開きに戻って少し読むと、何かに気付いたような反応を見せた。 「あーそうだ。常識すぎて思い出すのも一苦労だが、少なくとも千年前から朱のクリスタルが存在していることは君も知っているだろう?」 「あ、そう言えばそれがありましたね。灯台下暗しってやつですね。ふふっ」  いや、お前も知ってるんかーい……。  うーん、それにしても何か引っ掛かる。聞きたいことがまたさらに増えたが、ゆうもそう思っているだろう。だが、今は直接聞くことができないので、ゆうの意見も合わせた上で、あとでまたシンシアから聞いてもらおう。  それにしても、この世界の『謎』に足を踏み入れかけている気がする……。先程の話と同様に、それを考えている余裕は正直ないのだが、そのことで俺達に危険が及ぶ可能性もあるから無下にはできない。  朱のクリスタル、スキルツリー、経験値牧場だけでもやることは山積みなのに、今では、スパイ捕獲作戦、クリスの睡眠不足、パーティー監視、大聖堂作戦の行方、魔剣士のチートスキル確認、シンシアの帰還報告が控えていて、これからの苦労が目に見える。 「それでは、こんなところかな。昼食時に食堂でまた会おう」 「はい。ありがとうございました。失礼します」  話を終えると、シンシアは辺境伯の部屋を後にし、俺達も本棚に配置した触手を消した。 「ゆう、辺境伯が最後に挙げた『千年前から朱のクリスタルは存在している』って話だが、その時に疑問に思ったことを挙げてみるから、そのあとに過不足があれば指摘してくれ」 「おっけー。」 「千年前からクリスタルが存在していることが『常識』で『誰もが』知っているのはなぜか、  知らない人がいても全くおかしくないのに言い切っているのはなぜか、  千年前の文明レベルはどの程度か、  千年前からそのあとに輝きを失ってもずっと大切にされてきたのか、  千年前に朱のクリスタルと判明しているということは、丁度その時に輝きが戻ったということか、  そうでなければ帰納的にもっと前から知られていないとおかしいが、それも含めて詳細が伝説になっていないのはなぜか。  これらをまずシンシアに聞いてみたい。天才のイリスちゃんがこの疑問に至ったのかも気になる」 「あたしも最初に思ったのは大体そんな感じかなー。でも、お兄ちゃんの方が細かく考えてる。後半は察しの通り、『詳細が伝説になっていないのは~』に集約できるけど……。まあ、順番に聞いてみた方が分かりやすくて自然かな」 「ありがとう。頃合いを見計らって俺から聞いてみる」  昼食まではまだ時間があるので、俺達の部屋に戻り、そのまま扉を開けると、そこには、ベッドに腰掛けて、顔の距離が近いまま、驚いてこちらを向いた様子のアースリーちゃんとリーディアちゃんがいた。二人は舌を突き出し、その間には、糸が引いているように見えた。 「シンシア~、驚かせないでよー」  リーディアちゃんがシンシアに言い放った。 「発情したお嬢様は、我慢できずに、聖母におねだりしてしまったのかな?」 「あら、いけなくて? アーちゃん、もっとしよ?」  シンシアの珍しい言い回しが、さらにリーディアちゃんの興奮を煽り、開き直らせた。 「ふふっ、リーちゃんって、ホントに甘えん坊なんだよ」  アースリーちゃんは、当然困った様子もなく、リーディアちゃんの甘えてくるかわいらしさをシンシアに説いた。  二人は、ゆっくりと、時に激しく、舌を絡めて、お互いの愛情という名の友情を確かめ合っていた。誰かが止めなければ、ずっとしていそうだ。マナー講習の手伝いをしていたメイド達は、すでに部屋にはいないので、昼食までは、やりたい放題できると踏んでのことだ。 「せめて、シュウ様の経験値になるよう、配慮を頼むぞ」 「それはもちろん分かってるけど……シンシア、ほら、あなたもこちらに。一緒に友情を確かめ合いましょう。お父様のお話しを聞くのは、疲れたでしょう?」 「ま、まあ、それは……そうだが……。ふむ、それでは、リーディア、思い切り私を癒してもらおうか」  シンシアも彼女達の乱れた姿を見て、昂ぶったのだろうか。リーディアちゃんの隣に勢い良く座ったシンシアは、即座に彼女にキスをした。シンシアにとっては、やはり珍しい行動だ。余程、疲れたのだろう。  リーディアちゃんは、返事をする代わりにそれに応えて、シンシアを強く抱き締め、激しく舌を絡めた。アースリーちゃんも少しして、羨ましそうに彼女達の間に、舌を突き出すと、シンシアとリーディアちゃんが交互に彼女の舌を吸った。 「おおー。あたしは混ざらないで、見ているだけでいるのも悪くないか」  美少女が繰り広げる舌のダンスパーティーを見て、ゆうは観測者ムーブを決めた。  丁度、イリスちゃんとユキちゃんがトイレ休憩をしようとしていたので、そちらに意識を移して、スパイ捕獲作戦の相談もした。魔法を駆使した作戦だが、イリスちゃんはユキちゃんの本からすでに魔法知識を得ているので、魔法の存在を含め、実現可能性を十分に検討できる。  一方、嬌声と吐息が止まない国賓部屋では、再びメイドが部屋の扉を叩くまで、取っ替え引っ替え舌を絡めていた三人が、満足げな表情でメイドを迎えた。もちろん、俺達も加わって、こちらでも多少の経験値を得ていたが、三人の間に変な友情が芽生えてしまっているような気がするのは、気のせいにしておこう。



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俺達と女の子達が情報共有して不眠症の女の子を救済する話(2/4)

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 シンシアが、その辺にいたメイドに辺境伯の部屋の場所を聞き、部屋の前まで案内されると、扉をノックして、中からの掛け声と共に入室した。  部屋までの間、俺達は例のごとく、外套の下にぐるぐる巻きになって隠れていたが、入室直前に縮小化してシンシアの左腕に巻き付いた。  辺境伯の部屋、と言うか書斎兼応接室は、俺達がいた部屋の三割にも満たない広さで、思ったよりもこぢんまりとしていた。しかし、話すには十分な広さで、声が他に漏れることもなさそうだ。  二人は部屋の中央にあったソファーに座った。 「昨日は時間が取れなくて、すまなかったね。それと、ここでは飲み物は出せないから、我慢してほしい。さて、アースリーさんには昼食時にお礼を言いたいが、君にもお礼を言いたい。リーディアと友達になってくれてありがとう。心から感謝する」 「いえ、今回初めてゆっくり話して、容姿だけでなく人格も素晴らしいお嬢様だと思いました。むしろ、私からお願いしたいぐらいでしたよ。これも、レドリー卿の素晴らしい教育の賜物だと思います」 「フォワードソン家の国内随一の英才教育を受けた君にそう言ってもらえると嬉しいよ。その教育を見習った部分は大きいからね。その点でも感謝したい。さて、積もりに積もった話をしようか」  シンシアは、アースリーちゃんがリーディアちゃんに経緯を説明したように、俺達や他のクリスタル、チートスキルのことを避けて、辺境伯にこれまでの経緯を伝えた。  また、クリスからの報告と重複しているかもしれないが、催眠魔法やスパイについての見解も、念のため話した。ちなみに、クリスが偽名を使っていたことは、その報告の際に、自身で辺境伯に伝えていたらしい。 「なるほどな……。これで合点がいったよ。なぜ、『クレブ』が君の処遇を私に伝えなかったのか」 「⁉ レドリー卿、その名は……王の……」 「ああ、ジャスティ国王、クレブ=ジャスティ王と私は旧知の仲でね。周りに信頼できる者しかいない時は、『クレブ』『リディル』と呼び合っているよ」  国王と友達なのか、すごいな。まあ、辺境伯は隣国に接する領地を治める、国にとって重要なポジションだから、十分に納得できる関係だ。  そして、辺境伯の名前は『リディル』というのか。そこから取っての『リーディア』か。フルネームが必ずしも、リディル=レドリーとならないところが、爵位制の難しいところだ。新たに作られた下位の爵位であれば、『セフ』のように、そのままファミリーネームが爵位名と領地名になる場合もあるが、辺境伯の場合は、王が命名してそうだから、別々のような気がするな。パーティーの時にフルネームを名乗るだろうから、その時に分かるはずだ。 「君は、リーディアの件もそうだが、アースリーさんにかけられた催眠魔法を解くために尽力してくれた一人だ。そのままだったら、私はどうなっていたか分からない。  そして、君は相手が誰であってもしっかりと進言できる人物だ。私も大変世話になった。君も我が国が誇る大事な宝であり、私が信頼できる者の一人だよ。君の冤罪を晴らすために、私も力を貸そう」 「ありがとうございます……!」  辺境伯の優しくも熱い言葉に、シンシアは感激していた。もしかすると、涙ぐんでいるかもしれない。 「さて、先程の話に戻ろう。なぜ、君の処遇が私に伝えられなかったかということだが、以前、クレブと私が二人きりになった時に話した内容が関係している。君が身を以て体験したように、ジャスティ国内でスパイによる破壊工作が行われている可能性だ。  西のリベック村の土砂崩れを始め、国内各地だけでなく、城下町でも行われ、さらには、スパイが城にまで入り込んでいる疑いが、すでに濃厚になっていた。私が掴んだ情報もあるし、国家特殊情報戦略隊で掴んでいた情報もある。  クレブと意見交換をした際に、彼が『今回の話もそうだが、重要な作戦をこちらで遂行する場合は、君には伝えないことにする。本当は伝えたいが、その中身の秘匿性もどうなるか分からない上に、連絡自体が相手に情報を与えることになるからだ。その時は、即時性に欠けるが、信頼できる誰かが直接行くかもしれない』と言っていた。シンシア、君のことだ。  ただ、最初から決めていたわけではないはずだ。君が偶然にも事件に巻き込まれたから、それを逆手に取ったにすぎない。疑いのかかった君に、王から直接伝えるわけには行かず、姫から私を訪ねるよう伝える予定だったのだろう。  ほとんど、君の友人が推察した通りだ。とんでもない子だよ。そんな子が我が国にいて、君の大切な友人であることが嬉しくなるよ、本当に」  辺境伯は、その言葉通り、本当に嬉しそうだった。ジャスティ王もレドリー辺境伯も、国のことをちゃんと考えて、国民を大切にしているのだと改めて思った。  辺境伯の話から、クリスが助けた村はリベック村と言うらしい。土砂崩れがスパイの仕業だったとすれば、その村で彼女の偽名を聞いたスパイがいても不思議ではない。 「というわけで、君があまり早く城に戻っても、作戦遂行に当たっては都合が悪い場合がある。ここに来たのは丁度良かったのかもしれないな。  いや、それも考えられているのか、本当にすごいな……。一石何鳥になっているんだ? 絶対に敵に回したくない存在だよ……。もし、その子が私を敵と認識したら、すぐに対話を申し込みたいね。  それはさておき……もちろん、私は作戦の内容を知らない。ただ、これは私の勝手な推測で、君だから話すが、遂行場所は城内や孤児院ではなく、城下町の大聖堂だと睨んでいる。  あそこは、その性質上、最初から魔法使いの出入りが多かったのだが、最近は大聖堂に入ってから出てくるまでの時間が、かなり長くなったみたいだ。密談や何らかの作業が行われている可能性がある。  その内容は……おそらく、高レベルのモンスター召喚による物理的な大規模最終破壊活動。全ての魔法使いが関わっているわけではないと思うが、私なら、君が城下町を出てから、そこを常時監視して、滞在時間の長い魔法使いの入りが、これまでバラバラだったにもかかわらず、足並みが揃ってピークになった頃合いで、少数精鋭の極秘突入作戦を決行する。  大規模破壊を行うためのモンスター召喚には、人数やモンスターのレベルにもよるが、最低三十分から、長くて三時間はかかるから、突入はそれでも遅くない。仮に、モンスター召喚を行っていなくても、魔導士結集罪に問える。クレブもきっとそう考えているだろう」  やはり、辺境伯も相当優秀だ。これまでの話も理路整然としているし、推測や作戦立案も、確度が高く的確だ。それにしても、俺達が会って話を聞く人、みんな優秀なのは何なのだろう。ジャスティ国民の特徴なのか。 「スパイ活動を行っている国の見当はついているのですか? やはり、あの国ですか?」 「ああ、ただし証拠はない。クレブも私も『エフリー国』だと思っている。自慢ではないが、他の国境や辺境伯じゃなくて、むしろ良かったと思っているぐらいだ。その場合は、工作活動と同時に攻められて、良いようにやられていただろう。  エフリー国は、自国の町消失事件をジャスティ国のせいにしてきたり、独自に我々と交流していた小さな村さえも侵略行為で滅ぼした背景があるからな。我が国の国力が、君達のおかげで世界一位になろうとしているのを妬んでいるはずだ。  それに、エフリー国の魔法使いは優秀な者が多いと聞く。破壊工作の規模と全く尻尾を掴ませない辺りが、彼らを連想させる。これは本人にも言ったんだが、最初はコレソ……いや、クリスの自作自演ではないかとも思ったのだが、破壊工作をしても影響がない村や町も回っていたり、アリバイがあったりしたことから、その線は消えた。  丁度、街が手狭になっていたから、居住域拡大のための結界を張ってもらおうと、コレソを名乗った時に声をかけ、その優秀さと人格を確認したあとに、屋敷で寝泊まりしてもらうようにしたんだが、今回の催眠魔法騒動でも役に立ってくれて良かったよ。  しかし、やはり君からの報酬も断ったようだね。彼女の見た目もそうだが、その内、彼女が壊れてしまうんじゃないかと心配になる。何とかしてあげたいとは思うのだが、パーティー参加も断られてしまった。  君と城まで同行する際には、彼女の精神状態には十分注意してくれ。彼女の損失は、君達と同様、我が国にとって非常に大きな損失だ」  なるほど、国民が優秀だから、国力世界一位にもなるわけだ。国力が具体的に何を指すかは定義できないが、シンシアの存在から、軍事力は間違いなく世界一位だろう。  それに、大聖堂の話でも思ったが、辺境伯本人だけでなく、その情報網もすごいようだ。クリスが偽名を使っていたことを以前から知っていたのか。  そして、個人目線でも国家目線でも、彼女を心配している。 「これらのことを踏まえて、念のため、私からクレブに手紙を書こう。それを直接持っていくといい。君達が出発するまでに書いておくことを約束しよう」 「ありがとうございます。この御恩は必ずお返しします」 「ふふっ。君の名と活躍がさらに轟くことが、私にとって最大の返礼品だが、まあ考えておこう。さて、朱のクリスタルの話だったね」 「その前に、レドリー卿が話しっぱなしだったので、休憩を挟んだ方が……。パーティー前に体を壊されては大変です」 「お気遣い感謝する。そうだな、それでは白湯を持ってこよう。少し待っていてくれ」  そう言うと、辺境伯はシンシアを残して部屋から出ていった。自分で飲み物を用意するほど用心深い人間が、部屋に来客を残したということは、彼女を完全に信用している証拠だ。  その間に、俺達は、増やした触手を部屋の左右に置かれた高い本棚の上にそれぞれ配置した。本棚から部屋全体を見渡すと、部屋の手前の扉付近の棚にチェス盤と……碁盤と碁笥のようなものが見えた。十三路盤だろうか。この世界には、囲碁もあるようだ。埃は一切被っていないから、普通に使われていそうだ。俺達の部屋には置かれていなかったな。実際に聞いてみないと、本当に同一かは分からないが、仮に囲碁だとしたら、ルールやコミはどうなっているのだろう。  辺境伯は、部屋を出てから十分後に戻ってきた。家が広いと大変だ。シンシアは出された白湯を迷いなく飲み、辺境伯と五分ほど思い出話をしていた。 「さて、本題に入ろうか」 「あの、もしよろしければ、最新の研究を含めた魔法の歴史もお話しいただけませんか? その辺は、あまり詳しくないもので……。やはり、魔法のことも知っておかなければ、今回のような場合に役に立てなくなる恐れがありますから」  俺は、辺境伯から魔法の歴史を聞かせてもらうよう、事前にシンシアに頼んでいた。彼女が言ったこともそうだが、クリスタルとも関連するかもしれないからだ。 「騎士で魔法に興味があるとは珍しい。流石、騎士団長と言ったところかな。本当はこの白湯も、毒判別魔法で確認してから飲みたいのだが、毒魔法は研究量が物を言うから、その辺の魔法使いに頼んでも、あまり意味はなく、クリスにわざわざ頼むのも気が引けるんだ。  まあ、それはさておき……。では、魔法の歴史から要約して話そうか。  それはいきなり始まる。五百年前のある日、魔法を突然使えるようになった者達が各地で現れた。それと因果関係は不明だが、モンスターも各地で発見されるようになった。  当初は混乱を極め、モンスターに襲われる者、魔法で人々を殺す者、魔法戦争の勃発、魔法使い狩りデモなど様々な出来事が起きたが、早い段階での全世界魔法連合会議の開催、魔法抑止条約や火薬武器抑止条約の締結、モンスター対策としては魔法結界の発明、結集対策も兼ねた魔法使いの分散任用により、各地の被害は急速に縮小していった。  その後、生まれてきて育った子どもも魔力を持つ場合があることが分かり、その共通点も見出された。すなわち、命題『ある人が魔法使いならば、その人は人格者である』が統計と事実によって証明された。逆と裏は成り立たない。  具体的には、魔法の使用不使用によらず、正当な理由なく一方的に人を殺したり、いたぶったり、騙したりすると魔力が喪失することが分かった。それは直接手を下さなくとも当てはまる。  例えば、国の命令による戦争で魔法使いがどれだけ人を殺しても、魔法が使えなくなることはなく、魔法使いがお供に命令して単に嫌いな人をボコボコにした場合は魔法が使えなくなる。  また、魔法使いは必ず十六歳までに魔法が使えるようになり、十七歳以降に魔法が使えるようになった事例はなく、極一部の例外を除いて、魔法と才能という点で二物を与えられない。  つまり、剣技が優れている者は魔法が使えないし、演技や商才、政治や外交等々の才を持つ者も然りだ。勘違いしてはいけないのが、魔法以外の才能を複数持てないわけではないということだ。とは言え、多才な人間は、ほとんどいない。  これは余談だが、魔法が使えない子どもを持った親は何かの才能があるんじゃないかと期待して、貴族であろうとなかろうと色々な習い事をさせるのがもはや文化となっているな。君もさせられただろ? 私もさせられたし、息子達にもさせた」  辺境伯は、やはり理路整然と魔法の歴史を話してくれた。その滑らかさと話の展開に俺は改めて感心した。  魔法使用の正当な理由を判断している存在に心当たりはある。触神様だ。常に判断しているはずはないから、ルールを作ったのだろうな。  そう言えば、イリスちゃんは習い事をしてなかったな。と言うか、監視していた限り、セフ村の子どもは、ただその辺で遊んでいただけで、特に何もしてなかった気がする。やはり、セフ村は特殊なのか。 「二物を与えられない話で、私が習った時は一人もいなかったはずですが、極一部の例外ということは、それが誰か分かっているのでしょうか」  誰もが聞きたかったことをシンシアが聞いてくれた。 「現時点で一人だけ、しかも分かったのが二週間前。歴史的にも魔法研究界隈でも超大発見さ。まだ名前は判明していないが、かなり若くて小さい魔剣士らしい。素早さと剣技に加えて、高威力の魔法を使ったところを国内のとある町で複数人が目撃したとのことだ。  クレブにも報告が行ったので間違いない。その情報と君とは入れ違いかもしれないな。剣の腕だけで言えば君の方が上だろうが、もし戦う機会があれば勝つ自信はあるかな?」  その話を聞いて、最初に思い浮かべたのはユキちゃんだ。彼女は明らかに魔法創造の才能がある。単に知られていないだけか、それとも魔法に関する才能は関係ないのか。  いずれにしても、その魔剣士がチートスキル持ちの可能性はある。リスクはあるが、いや、今後のリスクを抑えるために早めに確認しておきたい。 「私の場合は、相手が誰であっても近づくことができれば勝てるので、スピード重視の相手なら、対魔法使い用戦術の定番として、体力切れや魔力切れを誘うのもありですね。魔法も、当たらなければどうということはありません」 「やはり、『幻影』の異名を持つ騎士は言うことが違うなぁ……。魔法を余裕で躱せるのは、知られている中では、世界で君しかいないからね。  これまでは、魔導士団の規模で軍事力の差がつくと言われていたが、君一人いれば、それが意味を成さなくなるから、他国、特に魔導士団を重視してきたエフリー国が焦っているのだろう。  言おうかどうか迷ったが、そのことも、エフリー国がスパイを派遣していると判断した理由の一つだ。念のために言っておくが、君のせいではない。スパイ国が悪いのは明白だ」 「はい。お気遣い、ありがとうございます。まだ質問よろしいでしょうか。昔は思い付かなかったのですが、魔法と魔法の何らかの才能という点での二物が与えられることはあるのでしょうか」 「素晴らしい質問だ。その場合は二物ではない、というのが定説だ。ただし、そのような存在は確認されていない。  誤解のないように例を挙げると、ただ攻撃魔法が世界一得意というだけでは特別な才能ではないと定義している。君が言った『魔法の何らかの才能』のことを、魔法研究界隈では『天魔才』と呼び、普通の魔法の才能の『魔才』と区別している。  それでは、なぜ定説かというと、魔法結界を発明した者が『天魔才』に該当するからだ。つまり、最初の魔法書、原書の執筆者のことだが、それが誰かは分かっていない。当然、原書もどこにあるか分からないし、すでに存在していない可能性が高い」  定説と天魔才の論理が矛盾していて、よく分からないな。この辺境伯が変な論理を言うとは思えないから、考えられるとしたら……定説となる経緯に魔法研究界隈とどこかの派閥争いでもあったか。 「何かおかしくないですか? 二物ではないのに、なぜ『天魔才』と『魔才』が区別されているのか理解できません。その時点で二物だと思うのですが。天魔才が一人しかいないのであれば、なおさら特別感があります」  俺の疑問はシンシアに任せていれば良さそうだ。 「シンシア……君、研究者の素質あるよ。ある意味で、剣技の専門家であり、研究者だから当然と言えば当然か。  君の疑問は尤もだ。絶対に二物と認めたくない勢力がいて、そこが現状で優位に立っているからさ。二物と認めると何が都合が悪いかは、賢明な君なら考えれば分かることだし、また魔法の歴史に戻ってしまい長くなるから割愛するとして……魔法研究界隈は、フラットに事実を見ているから、『それは二物だろ』と言っているわけだ。『二物論者』『多寡派』とその勢力に批難されているがね。反対にその勢力は『唯物論者』『原始派』と呼ばれている。  ただ、共通しているのは、どちらも原書執筆者を特別視していることだ。神と呼んで崇拝している者もいる。  一方で、魔法が諸悪の根源と考える者も少数だがまだ残っている。魔法とモンスター、鶏と卵の関係のようだが、魔法があるからモンスターが存在するのだ、多才な人間が生まれないのだ、と声高に叫ぶ者達だな。彼らにとっては、原書執筆者は悪魔だろう。実際、その派閥は『悪魔派』と揶揄されている。もちろん、『悪魔派』は自分達のことをそう呼んでいるわけではなく、『人間派』と自称している。  ちなみに、ジャスティ国は『多寡派』、エフリー国は『原始派』なので、ここでも対立しているが、『原始派』優勢の状況で、それはあまり理由になりそうにないと思っていたところに、例の魔剣士の存在が判明したので、今後どうなるか……。魔導士団に力を入れているエフリー国が『原始派』なのは意外かもしれないが、あの国は独自の路線を行っているので、私にも理解できない」  俺が知ってる『唯物論』とは全く違うが、やっぱり派閥闘争があるのか。俺達は実際にユキちゃんを見ているから、どちらかと言うと二物論に賛成だが、仮に二物論が正しいとすると、悪魔派の根拠も一つ怪しくなる。  そう考えると、この闘争の行き着く先はどこにもないな。多寡派と悪魔派が手を組んで、原始派を潰そうとしても、根拠を揺るがす派閥とそもそも組めない。  だからと言って、原始派と悪魔派が組んで多寡派を潰すと、最大勢力の原始派が勢いを増すし、同様に組もうともしないだろう。  多寡派と原始派が組んで悪魔派を潰すと、逆に悪魔派の意見を肯定してしまう。組まずにそれぞれ闘うと時間がかかる。その場合は、悪魔派が徐々に勢いを増すかもしれない。科学技術が進歩して、魔法の価値が相対的に下がるからだ。それを見越して先制される可能性もある。  とりあえず、派閥の存在を知れてよかった。イリスちゃんに火薬武器以外の物を、俺達の現代知識無双で、色々と発明してもらおうと思っていたが、上手い方法を考えないといけないな。 「なるほど、理解しました。話を少し戻して、その魔剣士はなぜ今までバレなかったのか、そして、その見事な情報網から、私達やセフ村もレドリー卿の情報網に引っかかっているのか、が気になります」 「魔剣士については、それまでずっと魔法なら魔法、剣なら剣しか使ってこなかったのだろう。剣を持っていることはすぐに分かるから、後者だ。魔法を使った形跡もなく、一人で十数人の盗賊を壊滅させたという話も聞いている。  だが、魔法を使わざるを得ない状況になった。  盗賊壊滅の翌日、火事で崩れかけた領主の家の天井を魔法で吹き飛ばして、中に取り残された人を素早く救ったんだ。その人格と素晴らしい功績から、剣技もさることながら、魔力量と魔法技術もすごいと周辺で話題になり、判明した。  つまり、事前に張っていたわけではなく、事後の調査で分かったということだ。誰もが仲間に取り込みたいと思っているだろうな。ちなみに、発生した盗賊も火事もスパイの破壊工作と私は見ている。  それと、二つ目の質問だが、正直に言うと、君達にまで手が回っていなかった。回っていたら、君の冒険者姿を見て驚いたりしないさ。最近は、城下町を除けば、私の領地から北東や東を主に見ていたしね。  特にセフ村は、誤解を恐れずに言えば、何かあっても国への影響が少ない村だ。今のところ、監視下に置く予定はない。アースリーさんを含めて、君の友人達の動向は気になるがね」 「大変詳細にお話しいただき、勉強になりました。ありがとうございます。  それでは、本題に入りたいと思います。朱のクリスタルについて、判明していることを全て教えていただけないでしょうか。恥ずかしながら、私は管理責任者でありながら、ほとんど知りませんでした。なぜ、ただの石になったのか、すり替えられたのかさえ分かりません」 「最初に断っておくが、私が朱のクリスタルに詳しいと噂されているのは、あまり正しくない。なぜなら、朱のクリスタルの性質については、ほとんど何も分かっていないに等しいからだ。  私が詳しいのは、朱のクリスタルの歴史だ。と言っても、その歴史はスカスカで、話せることも少ない。その分、細かい所まで話したり、余談を挟んだりするつもりだ。それでもよければ話そう。  ………朱のクリスタルは、見つかった当初、石だった。石にしては形が加工されたように削られて綺麗だったので、教会に通う子どもに見せてあげようと、とある修道女が持ち帰った。それが約五百年前だ。魔法やモンスターの出現から、一、二年後だったらしい。  それからは、ずっと教会に置いてあり、二度の教会の立て直しなども経て、持ち帰ってから百年後、つまり四百年前に、ただの綺麗な石から、朱く輝く宝石に変化した。それは、当時大人気で、そこに務める心優しく美しい修道女だった『コトリス=ファスティラン』が二十歳にして聖女に推薦された時と、ほとんど同時期だったことから、聖女コトリスの慈愛のおかげで、朱のクリスタルの輝きを取り戻したのだと話題沸騰、世界中にその話が広まった。  しかし、その半年後、教会に出入りしていた複数の元騎士が、聖女を強姦した後に殺害、死体もバラバラにされ、各部位が持ち去られた。そして、朱のクリスタルも奪われてしまう。  その後、すぐに犯人達は全員捕まり、動機や盗品の行方を吐かせるための拷問後に処刑されたが、死体の一部やクリスタルの行方は不明のままだった。  聖女の死体の一部を持ち去ったのは、それ自体に価値があること、一部でも一緒にあればクリスタルの輝きを保てると信じられていたことが理由だった。それらは、誰かに吹き込まれた疑いもあったが、自分達だけでやった、の一点張りだったらしい。今思えば、何らかの催眠魔法がかけられていた可能性もあるな。  その凄惨な事件から、『聖女コトリスの悲劇』が全世界で憐れまれ、神格化され、現代ではコトリスの名前から、一部を取って子どもに名付ける親も多い。  その場合、『リ』『ス』『リス』が使われる。それこそ、『クリス』はクリスタルの響きと相まって比較的人気だ。なぜか、『コト』の方は使われない。響きの問題で名前に使いづらいのだろう。私もリーディアに名付ける時は『リ』の方しか使わなかった。逆に、悲劇になるからと全て避ける親もいる。  その悲劇から、空白の四百年があり、いきなり去年に飛ぶのだが、その前に、私が気になっていて、私と隠居した父しか知らないことを話しておく。  約十七年前、身元不明のバラバラ死体の一部、複数の部位が、ジャスティ国東岸部に打ち上げられていたのが発見された。それらが、四百年前に行方不明だった聖女コトリスの死体の一部と全く同じ部位だったのだ。形まで同じだったかは、もちろん分からない。  それらは、ついさっき殺されてバラバラにされたのではないかと思うほど、状態が綺麗だったが、結局、身元が判明することはなく、地元民が焼却、骨は粉々にした後に海に廃棄された。  単なる偶然の一致なのか、はたまた、それらが聖女の一部で、不思議な力で腐乱することもふやけることもなく、世界を彷徨っていたのかは、今となっては分からない。  このことを知ったのが、全て終わったあとだったことを、父と一緒に悔んだものだ。単なる妄想と片付けてもいいが、そんな父が隠居した先が、その東岸部なのだが、話を戻して半年前の去年の冬、そこで朱のクリスタルが、輝く光はそのままに、同様に打ち上げられていたのが発見された。これが奇跡や巡り合わせじゃなくて何なのだろうかと父は興奮したらしい。  すぐに、私の所に連絡が来て、私が直接引き取り、少し触ったあとにクレブに献上したというのが歴史、そして今、ジャスティ城に朱のクリスタルが保管されている経緯だ。  このことから分かる通り、クリスタルが輝きを失う理由は不明だし、輝きを取り戻す理由も眉唾物だ。クレブに渡した際は、そのことを伝えてある。だから、彼がこの件で君を責めることは絶対にない。建前は別にして、ね。  今の話、君の友人にも話して、興味があれば、歴史のさらなる深掘り、引いては真相を解明してほしいね」 「ありがとうございます。話してみます」  ……。確かに歴史に穴はあるものの、随分と濃い内容で、この体でも疲れた気さえする。似ている名前が多い理由も分かった。  また、意外だったのは、辺境伯の『コト』の発音は日本での発音と全く同じだった。英語圏では、最初の『コ』にアクセントを持ってきて、子音を強調した上で、『コートウ』や『コットゥ』としか発音しないはずなのに、俺達が『外』や『鳩』を発音する時と同じように『ト』の母音までしっかり発音していたのだ。  確かにそのままだとこの世界では使いづらい。日本では、それこそ、ことちゃんのように『琴』は普通に使われる……が……十七年前か……。 「ゆう、二ノ宮さんって何歳?」  もちろん、俺はことちゃんの誕生日が四月五日であることを知っているので、年齢も知っている。この質問は、ゆうの心の準備のためだ。 「え? 十七歳だけど……いやいやいや、ないでしょ。ない……よね? だとしたら、あんまりだよ……」  俺の質問をキッカケに、ゆうもその可能性に気付いたようだ。  そして、最後に付け足された言葉は、ある人も言っていた。まるで、この悲劇と俺達の交通事故を知って出た言葉のように……。  結局、あの二人のことは、ゆうに話せていない。だが、今はまだ、それを全て話すべき時ではない。感情も頭も追い付かなくなる。話すとしたら……そうだな、朱のクリスタルを手に入れた時がベストか。 「すまん、今の話は忘れてくれ。切り替えよう」 「う、うん……」  改めて、辺境伯の話で、細かい所だが一つ気になることがあった。  なぜ、『輝きが宿った』ではなく、『輝きを取り戻した』と分かったのか。もっと前から、朱のクリスタルが認識されていなければ出ない言葉だ。単に最初から宝石の形をしていたからという可能性もある。それにしても断定はできないはずだ。 「ちょっと待ってくれ。一応、話し忘れがないか確認する。いつも、何か思い出せないことがあるんだ。年かな」  辺境伯はそう言うと、シンシアの後ろにあった本棚の部屋奥側から、自分でまとめたと思われる薄めの本を手にした。パラパラと捲って、もう一度、最初の見開きに戻って少し読むと、何かに気付いたような反応を見せた。 「あーそうだ。常識すぎて思い出すのも一苦労だが、少なくとも千年前から朱のクリスタルが存在していることは君も知っているだろう?」 「あ、そう言えばそれがありましたね。灯台下暗しってやつですね。ふふっ」  いや、お前も知ってるんかーい……。  うーん、それにしても何か引っ掛かる。聞きたいことがまたさらに増えたが、ゆうもそう思っているだろう。だが、今は直接聞くことができないので、ゆうの意見も合わせた上で、あとでまたシンシアから聞いてもらおう。  それにしても、この世界の『謎』に足を踏み入れかけている気がする……。先程の話と同様に、それを考えている余裕は正直ないのだが、そのことで俺達に危険が及ぶ可能性もあるから無下にはできない。  朱のクリスタル、スキルツリー、経験値牧場だけでもやることは山積みなのに、今では、スパイ捕獲作戦、クリスの睡眠不足、パーティー監視、大聖堂作戦の行方、魔剣士のチートスキル確認、シンシアの帰還報告が控えていて、これからの苦労が目に見える。 「それでは、こんなところかな。昼食時に食堂でまた会おう」 「はい。ありがとうございました。失礼します」  話を終えると、シンシアは辺境伯の部屋を後にし、俺達も本棚に配置した触手を消した。 「ゆう、辺境伯が最後に挙げた『千年前から朱のクリスタルは存在している』って話だが、その時に疑問に思ったことを挙げてみるから、そのあとに過不足があれば指摘してくれ」 「おっけー。」 「千年前からクリスタルが存在していることが『常識』で『誰もが』知っているのはなぜか、  知らない人がいても全くおかしくないのに言い切っているのはなぜか、  千年前の文明レベルはどの程度か、  千年前からそのあとに輝きを失ってもずっと大切にされてきたのか、  千年前に朱のクリスタルと判明しているということは、丁度その時に輝きが戻ったということか、  そうでなければ帰納的にもっと前から知られていないとおかしいが、それも含めて詳細が伝説になっていないのはなぜか。  これらをまずシンシアに聞いてみたい。天才のイリスちゃんがこの疑問に至ったのかも気になる」 「あたしも最初に思ったのは大体そんな感じかなー。でも、お兄ちゃんの方が細かく考えてる。後半は察しの通り、『詳細が伝説になっていないのは~』に集約できるけど……。まあ、順番に聞いてみた方が分かりやすくて自然かな」 「ありがとう。頃合いを見計らって俺から聞いてみる」  昼食まではまだ時間があるので、俺達の部屋に戻り、そのまま扉を開けると、そこには、ベッドに腰掛けて、顔の距離が近いまま、驚いてこちらを向いた様子のアースリーちゃんとリーディアちゃんがいた。二人は舌を突き出し、その間には、糸が引いているように見えた。 「シンシア~、驚かせないでよー」  リーディアちゃんがシンシアに言い放った。 「発情したお嬢様は、我慢できずに、聖母におねだりしてしまったのかな?」 「あら、いけなくて? アーちゃん、もっとしよ?」  シンシアの珍しい言い回しが、さらにリーディアちゃんの興奮を煽り、開き直らせた。 「ふふっ、リーちゃんって、ホントに甘えん坊なんだよ」  アースリーちゃんは、当然困った様子もなく、リーディアちゃんの甘えてくるかわいらしさをシンシアに説いた。  二人は、ゆっくりと、時に激しく、舌を絡めて、お互いの愛情という名の友情を確かめ合っていた。誰かが止めなければ、ずっとしていそうだ。マナー講習の手伝いをしていたメイド達は、すでに部屋にはいないので、昼食までは、やりたい放題できると踏んでのことだ。 「せめて、シュウ様の経験値になるよう、配慮を頼むぞ」 「それはもちろん分かってるけど……シンシア、ほら、あなたもこちらに。一緒に友情を確かめ合いましょう。お父様のお話しを聞くのは、疲れたでしょう?」 「ま、まあ、それは……そうだが……。ふむ、それでは、リーディア、思い切り私を癒してもらおうか」  シンシアも彼女達の乱れた姿を見て、昂ぶったのだろうか。リーディアちゃんの隣に勢い良く座ったシンシアは、即座に彼女にキスをした。シンシアにとっては、やはり珍しい行動だ。余程、疲れたのだろう。  リーディアちゃんは、返事をする代わりにそれに応えて、シンシアを強く抱き締め、激しく舌を絡めた。アースリーちゃんも少しして、羨ましそうに彼女達の間に、舌を突き出すと、シンシアとリーディアちゃんが交互に彼女の舌を吸った。 「おおー。あたしは混ざらないで、見ているだけでいるのも悪くないか」  美少女が繰り広げる舌のダンスパーティーを見て、ゆうは観測者ムーブを決めた。  丁度、イリスちゃんとユキちゃんがトイレ休憩をしようとしていたので、そちらに意識を移して、スパイ捕獲作戦の相談もした。魔法を駆使した作戦だが、イリスちゃんはユキちゃんの本からすでに魔法知識を得ているので、魔法の存在を含め、実現可能性を十分に検討できる。  一方、嬌声と吐息が止まない国賓部屋では、再びメイドが部屋の扉を叩くまで、取っ替え引っ替え舌を絡めていた三人が、満足げな表情でメイドを迎えた。もちろん、俺達も加わって、こちらでも多少の経験値を得ていたが、三人の間に変な友情が芽生えてしまっているような気がするのは、気のせいにしておこう。



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