俺達と女の子が試行尋問して女の子を救済する話(2/2)

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『ごめん。急に俺達が出ていっちゃって』 「いえ、素晴らしいご判断だと思います。あのままでは、コリンゼに接触する機会はまだ先だったはずですし、シュウ様への愛情も薄かったでしょうから。それに、彼女の良い教育の場になったと思います。シュウ様のおかげで、彼女は一層、成長しそうです」  シンシアは今の時間で、俺が想定していなかった『コリンゼの教育』を一部行ったようだ。決め付けではなく、その場その場で柔軟な思考を行うための訓練をついでにした、と言ったところだろう。  しばらくして、ソファーに寝かせていたコリンゼが目を覚ました。 「さて、コリンゼ。早速ですまないが、今の時間で違和感を覚えたことがあれば、答えてみてくれ」  起き上がって座り直したコリンゼが、ソファーで向かい合ったシンシアの方を向いた。 「団……長…………。は、はい、お答えします! その時に思ったのではなく、今思えばですが、シュウ様と団長のご関係が、もしかすると私が最初に抱いた印象と違うのではないかと思いました。  団長がシュウ様を使役なさっているのかと思っていましたが、どちらかと言うとその逆で、団長がシュウ様を崇めていらっしゃると言いますか、本当に『シュウ様』とお呼びしている気がして、それでいて意思疎通がしっかり取れており、何かを示し合わせていたような感じがしました。そのことから、二つのことが考えられました。  一つは、シュウ様には人間の魂が宿っている、あるいは通話媒体を兼ねているのではないかと思いました。団長がおっしゃっていた『尊敬する方々』のお一人が、その方ということでしょうか。  それともう一つは……、あの時間は……演技……だったのでしょうか……。私はそう思いたくありません。先程申し上げた通り、私の想いは本物です! どうかお二方のお考えをお聞かせください!」 「まず、安心してほしい。私の想いも真実だ。演技をしていたのも事実だが、それはシュウ様の存在をできるだけ自然に見せるためにすぎない。そして、よく気付いた。途中から私がシュウ様に敬意を払っていたことに。思考の軌道修正ができているということだ。  また、演技だと決め付ける前に私達に聞いた。これらは君が成長している証に他ならない。その内、リアルタイムで思考、推察できるようになるだろう。  シュウ様の詳細については、すぐにでも話したいところだが、すまないが、四日後まで待ってほしい。今言えることは、君が考えた通り、シュウ様には人間の兄妹の魂が宿っていて、私の尊敬する方々であることだけだ。もちろん、誰にも話してはいけない。  それともう一つ。これは臨時騎士選抜試験の件だが、準備開始を皆に報告する際に行わなければいけないことがある。それは、コリンゼのことを心配していた団員達に、心配をかけてすまなかったと謝ることだ。団長に相談に乗ってもらって元気になった、どういう悩みだったかは秘密、ということにでもしておけばいい。きっと、君が元気になったことを喜んでくれるはずだ。私からは以上だ」 「はっ! 承知しました! 追加でよろしいでしょうか。臨時騎士選抜試験の準備について、私が休暇中の代理または補佐に、ある男性騎士を指名してもよろしいでしょうか。その候補者は、私の提案をお手伝いいただいた先輩の一人です。妻子持ちであるためか、後輩の面倒をしっかり見て、団のムードメーカーでもありましたが、ビトーに冷遇されていました。  にもかかわらず、心が折れることなく、皆のために一生懸命働いていました。彼であれば、私以上に皆を引っ張っていくことができ、様々な役割もこなしてくれると確信しております」 「問題ない。各役割の人選は男女問わない。それも含めて君に全て任せる。私への報告は準備完了後にまとめてでかまわない」 「はっ! それでは直ちに団員へ報告に向かいます! …………あの、プライペートについては……」  コリンゼは、シンシアや俺達にプライベートで会えるかを恐る恐る聞いた。 「そうだな……。すまないが、それも四日後まで待ってもらえないだろうか。夜はほとんど姫の部屋にいるんだ。その代わり、四日後は今日以上の幸福を約束しよう。具体的な理由もその時に話す」 「しょ、承知しました! シュウ様、団長、この度はありがとうございました。最高の幸せを感じることができました!」  コリンゼはソファーから立ち上がると、服と鎧を急いで着て、部屋を後にした。  それから、俺達が机にばらまいた砂をゴミ箱に捨てていると、寝室のドアが開き、中からクリス達が出てきた。 「防音魔法を使っておいて良かったですね。あの声が騎士団長室から聞こえたら、城中で噂になっていましたよ。でも、彼女のおかげで私も尋問されてみたいと思いました。よろしければ今夜、姫とシンシアさんが尋問官になり、私を尋問してください」 「じゃあ、私が魔法を使うしかないね。それともヨルンくん、練習してみる? そうすれば、私も魔導士尋問官に集中できるし、クリスさんを色々な方法で尋問できるかな」  ユキちゃんは、複数の魔法を同時に使えて、維持もできるが、彼女にとっても難易度の高いことらしい。 「分かった、やってみるよ。僕は昨日、二人に散々尋問されたようなものだからね」 「甘いな、ヨルン。姫は今夜、君をターゲットにしている。あとで絶対にクリスと交代させられる。姉弟の『悲劇の尋問官ごっこ』と言ったところか」 「えー⁉」  シンシアの予想は間違いなく当たるだろう。ヨルンは驚きつつも、満更でもない様子だった。コリンゼのあの声を聞いて、興味を持たない人はいないということだ。 「防音魔法、めちゃくちゃ便利だよね。ノックが聞こえるように、絶妙に扉の外まで張るのが難しそうだけど」 「そうだな。俺の部屋にノックしないで入るゆうが、俺の机の同人誌を見て、我を忘れて声を上げながら机の角でいやらしいことをしていても聞こえないんだもんな」 「でっち上げも甚だしすぎて呆れるね。それを言うなら、お兄ちゃんの方でしょ。同人誌ほっぽり出して、全裸で寝てるような変態なんだから」 「おい。でっち上げならまだしも、話を微妙に盛るな。全裸ではなかっただろ。靴下は履いてたから」 「いや、なんであの状況で靴下だけ履いてたのかも謎だったんだけど……。変態であることに変わりはないじゃん」 「ゆうもまだまだだな。お前がこっそり読んだ『緊縛母娘の脅迫日記~校舎裏から始まった地獄の日々~』の娘が同じ格好で不良共に陵辱されてただろ。そのあと、母親も同じ格好にさせられて、並べられるシーンが良かった。  しかし、欲を言えば、娘の方は制服を着せたままにして、母親の方は娘の中学生時代の制服を着させるべきだったが、青二才の不良のオツムではそこに思い至ることもないというのもリアルさがあって、それはそれで良いだろう」 「えぇ……。陵辱される女の子側に感情移入して、同じ格好してたわけ? きも……」 「本気で引くなよ……。説明が足りなかったな。あれは、感情移入してたんじゃなくて、母娘がその格好で不良に土下座してたシーンがあっただろ。靴下を履いたままの土下座と脱いだ土下座のどちらが効果があるのかと、自分もその姿になってみて、ベッドで横になって考えてたら寝てしまったんだ。  結論としては、脱いだ方が良いということになった。だから、それでお前に土下座しただろ」 「そんなどうでもいい伏線回収いらないから! きも!」  その後、俺達はシンシアから大陸地図を見せてもらい、王妃達が外交に行ったと思われる国の位置関係を予習した。部屋には世界地図もあって、それも見せてもらったが、やはり不正確らしい。  大陸地図は、モンスターの生息域の把握という理由もあるため、各国正確で、それを合わせて大陸地図とした経緯があったとのことだ。ただし、どれだけ詳細かは防衛にも関わってくるため、公開地図で信じられるのは、結局国境近辺だけらしい。  では、この大陸以外はなぜ不正確なのか、モンスターがいないからか、というとそうではなく、海の向こうの人達のことをお互い信じられないとのことで地図が共有されなかった歴史がある。  したがって、大陸間で貿易を行っている国は限られており、既得権益となっているという話だ。  俺は疑問に思って、その既得権益国が大陸外の国との交渉の窓口になっていて、それも独占しているのかとシンシアに聞いたところ、少なくとも彼女には分からないということだった。  仮にそうだとしても、ジャスティ国は長距離航行の造船技術を持っていないので、それを無視して大陸外に行くことはできず、今のところは行く理由もないので、そのままになっている。海洋を担当する専門の省は城に存在せず、総務省と経済省が片手間で別々に管理していたらしい。スパイさんのお手柄というわけだ。  別に既得権益自体が悪いわけではない。先見の明があり、早くから投資してきたのだから、それに見合う利益を得るべきだ。ただ、この場合はそれ以外の国に、外交上、防衛上のリスクがある。大陸内の国と同盟を結んだ大陸外の国、内陸と外洋から同時に攻め込まれた場合に、極めて不利な状況に追い込まれてしまうのだ。  特にジャスティ国は南から東にかけて、海洋に広く面しているから、そのリスクも高い。しかも、その面している場所がセフ村やエトラスフ領なので、絶対に避けねばならない危機だ。  俺達は、シンシアと議論を交わして、その課題を明らかにし、午後に機会があればそれを王に進言するということで一致した。  昼食を終え、午後になってからしばらくして、王妃と第二王子が戻ってきたとの連絡をパルミス公爵から受け、王妃の部屋まで全員で向かった。  そこでは、軽い自己紹介に留め、二人が長旅だったということもあって、体を休めたあとの晩餐でゆっくり話そうとパルミス公爵が提案し、シンシア達もそれに従った。晩餐まで待って自己紹介しなかったのは、国を救った英雄とは言え、帰還時に挨拶するのが王族への礼儀だということだった。  一同は、それから部屋に戻り、シンシアは後任への引き継ぎ事項のまとめを今の内から作成したり、先程の海洋防衛についての提案書を俺と相談しながら作成したりと、騎士団長としての仕事をし、他のみんなは、それを邪魔しないように寝室で防音魔法を使った上で、クリスとユキちゃんで研究の共有をしたり、ヨルンに魔法を教えたりしていた。  また、晩餐のために、クリスが二人に食事マナーを教えていた。ゆうは魔法の勉強をしたいということで、寝室での話を重点的に聞いていた。  本当はユキちゃんの家で、魔法書を熟読できれば良かったのだが、彼女のリハビリを優先していたので、あえてしなかった。イリスちゃんと違って、俺達は読む時間も相当必要になるし、机上でその時その時に読んでも頭に入らないしな。  俺達が魔法を使えるようになるには、三十レベルまで上がる必要がある。今の俺達は九レベルなので、まだまだ先だが、今から勉強しておけば、魔法が使えるようになった途端に、上級魔法使いレベルになっているはずで、確実な投資と言える。  これは、スキルツリーを表示できる俺達の最大の有利な点だ。この世界では、魔法を使えるかどうかは、成長してからでないと分からないため、『魔法勉強』という先行投資ができない。  だから、その才能の判明する年齢が、若ければ若いほどメリットになる。俺達は生後間もなくそれが分かっているので、将来の天才魔法使いが約束されていると言っても過言ではない。触手が魔法を使えるようになったら、詠唱はどうするのかという疑問はあるが、その時になったら検証して考えればいいだろう。  ちなみに、イリスちゃんは、俺かゆうのどちらかさえ詠唱すれば、複数に増やした触手から同時に魔法を発動できるのではないかと予想していた。俺とゆうが別々に詠唱すれば、個別の同時魔法発動になり、戦闘では圧倒的に有利になるということだ。魔法使いのロマンだな。  とは言え、魔法粒子理論を応用すれば、普通の魔法使いでもそれは可能な気はする。今度、ユキちゃんに聞いてみるか。いや、もしかするとこの時間に、クリスかゆうから質問があるかもしれないな。彼女達に任せよう。  晩餐の時間になり、シンシア達は王族専用の食堂にいた。俺達は、レドリー邸にいた時のように、すでにテーブルの下に入り込み、同時に天井の梁の上にもいた。  前者はクリスの外套に戻る用、後者は食堂全体の状況を伺う用で、スキル『短透明化』により、移動中に見られることがないので安心だ。絨毯が全面に敷かれていたら、絨毛が変形してバレていたかもしれないが、床はフローリングだったので問題なかった。  効果時間等は『短縮小化』と同じ。しかし、どのように『透明』を実現しているかは全く分からなかった。動いている最中も、みんなから見えていないことは確認し、擬態ではないことは分かった。当然、影もできない。  みんなに目を瞑ってもらって、俺達にしか分からないメッセージを書いた紙の上に俺達が乗ってそれを隠したが、みんなからはそのメッセージが完全に見えていたことから、視認者に催眠魔法のようなものがかけられ、周囲を完全に記憶の上、補間していたわけでもない。  理屈で考えると、俺達の意識とは関係なく、視認者と俺達を結ぶ直線上の反対方向の物体を全て認識し、光の反射角度と吸収率、透過光の選別、その全てを体表面で随時変更しているとしか思えないのだが、そんなことは現代技術でも未来技術でも不可能だ。  では、俺達がそこに存在しないことになっているのかというと、みんなは俺達に触れることができたし、俺達からも周囲の物体に干渉できたので、確実に存在していた。  考えられる可能性は、光が異次元を通過しているのではないかということだ。そして、異次元と聞いて、思い出されるのが触神スペースだ。  つまり、俺達の意識のように、光のみが体表面を境界として触神スペースを経由し、そのまま反射、その反射光も触神スペースを経由して、視認者の目に届いているのではないかと考えた。その場合は、仮に光攻撃魔法があったとしても、透明化している間は俺達には効かないことになる。改めて、触神スペースの可能性を感じた。 「今宵は、我が国を危機から救ってくれた英雄達への敬意と感謝のための宴だ。先日のゲームの時のように無礼講と行こうじゃないか。おかわりも遠慮しなくてよい。我が城自慢の料理を是非、堪能してくれ。それでは、乾杯!」  王の乾杯の音頭で晩餐が始まった。着席のフルコース形式で、参加者は報告会にいた王族、王妃、第二王子、パルミス公爵、アリサちゃん、サリサちゃん、そしてシンシア達だ。  調理場に繋がっているこの食堂から、すぐに料理が運ばれてきた。ここは、王族専用食堂の名の通り、一般食堂とは繋がっておらず、王族や国賓しか通れない廊下から入る。  したがって、一般の人がここに来るためには、一度四階に上がって王族専用階段を通ってその廊下に出るか、玉座の間を通って、奥の王族専用扉から廊下に出るか、王族専用避難口から廊下に入ってくるしかない。俺達は、姫の案内でここに来たので、四階経由だ。  国賓が来た時は玉座の間経由とのことだ。当たり前だが、調理場は通らせてくれないらしい。食事前は『戦場』で、衛生面でも対策をしているからという理由だ。  ちなみに、食事前の雑談で話題になったのだが、調理場がこの城の中で最も出入口が多い空間らしい。王族専用食堂、一般食堂、料理長室、調理師休憩室、食材搬入口の五つと繋がっている。確かに、機能を考えればそれぐらい必要だ。  調理師は、料理長室前の通路から休憩室に入り、その奥の更衣室で着替えて調理場に入る。厳密に言えば、休憩室は空間が仕切られていて、休憩室から調理場、または調理場から『休憩スペース』に直接入ることはできず、更衣室を通って行かなければならないらしい。  経路を制限することで、必ず手を洗って、身なりを整えた上で調理場に入るという衛生ルールを徹底するためだ。食材搬入口も同様。万が一、食中毒が起きたら、それだけで防衛の危機に直結してしまうので、細心の注意を払っていると調理大臣から説明されたとのことだ。  一同は食事が進み、次の料理が出る合間に会話をしていた。特に、クリスが上機嫌で料理の感想を言ったり、リオちゃん含めて、料理を持ってきた調理師に質問をしたりしていた。 「今日は美味しい料理で、お腹いっぱいの幸せを味わうために、こちらに参りました。それにしても、川魚料理ではなく、海の魚料理が干物以外で出るとは思いませんでした。ジャスティ国中央部ではとても貴重と聞いていたのですが」  クリスが半分質問のような料理の感想を王に述べた。 「実際、貴重だな。知っての通り、大量輸送方法が確立されていない。大雪が降る北部の国では、保存していた氷を使って輸送できるらしいが、我が国ではその氷を作れないし、他国から持ってくる手段もない。当然、魔法を使えば作れるのだが、それは条約で禁止されている。  ここに並んだのは、氷がない前提で、少量の色々な輸送方法や経路の最適化を試して、それが成功したものだ。しかし、生魚は未だに難しいから、私でも城では食べたことがない」 「つまり、氷を他国から大量輸送できる手段があれば解決するということですか」  冷凍車があれば全て解決するが、味が落ちる上に、もちろんそんな物はないし、塩漬けにして冷蔵状態で運ぶにしても、冷蔵庫を発明するのに時間がかかりすぎるから、現状ではそれしかないか。 「そういうことだ。我が国に大型船を航行させればそれも可能だが、隣国の『イプスリー国』が協力してくれない。『友好国』とは何なのかと問いたくなる」  王のボヤキに続いて、王妃が口を開いた。 「今回の外交は、それが目的でもあったのです。大型船の造船技術をご提供いただけなくても、大型船が停泊できる港を我が国に作り、その上で高額の手数料もお支払いするので、貴国の輸送物資をこちらに融通していただけないかとお願いに行きましたが、検討しますとだけ言われました。間違いなく無理でしょうね。  イプスリー国に部品を提供している『ギアリー国』にも行きましたが、そちらは友好国の関係ではないこともあり、やはり何も協力してくれなさそうです。しかも、先程耳にしましたが、ギアリー国に至っては、我が国にスパイを送り込んでいたというではありませんか。今回の外交が、全て徒労に終わってしまいました」  王妃は包み隠さず、外交内容を語ってくれた。もちろん国家機密だが、シンシア達には話してもいいことになったのだろう。料理を運んできて、偶然それを耳にした調理師達も口外しないルールのようだ。  実は、追加のスパイ五人の内の二人は、ギアリー国のスパイと内通者で、特に精密技術を盗む目的だった。美しくも親しみやすい王妃をここまでがっかりさせるとは、許せない国々だ。こんな美人にお願いされたら何でも合意してもおかしくないのに。第二王子もイケメンだし、この二人の外交を持ってしても、何の成果も得られないとは、国と国との関係は、やはり難しい。  しかし、この結果は俺が事前に予想して、シンシアに伝えていたことでもある。エフリー国、イプスリー国、ギアリー国は、全て『リー』が後ろに付くので、『リー三国』と呼ばれているらしく、この国々、特にイプスリー国の話を最初に聞いた時、陸で繋がった隣同士の国は同盟を結んでいない限り、大抵仲が悪いはずなのに、中途半端な『友好国』が存在するのはおかしいのではないかと思ったところから疑念は深まった。  造船に関しては、同盟と言ってもいいほどの関係を結んでいるギアリー国とイプスリー国だが、どちらもジャスティ国に対して、戦略的互恵関係どころか歩み寄りが全くないことから、どちらかがどちらかを事実上支配している可能性がある。その場合、どちらの国に外交に行っても意味がない。  これは、当初懸念していた、内陸と外洋からの同時攻撃とは別の問題を孕んでいる。『リー三国』によって、ジャスティ国が大陸から『孤立』させられているのだ。もちろん、現在は外交でも流通でも往来はある。  しかし、『リー三国』をどうにかするか、別の手段を取らなければ、安全に中央や他国にアクセスできないし、いつでも遮断されてしまう。その上でも、大型船の建造や運用に着手するのは危機管理において重要と言える。ジャスティ国は、造船技術自体は持っているので、国が『舵取り』さえすれば、有能な人材により、早期に実現できるだろう。 「陛下、そのことでお話しがございます。今回のスパイ事件と外交結果から察するに、エフリー国だけでなく、『リー三国』全てが我が国を敵国とみなしているとご判断すべきかと。イプスリー国が友好国であることはお忘れください。  その上で、長距離航行および大型造船技術がないことは、我が国の防衛においても大きな課題となります。詳しくは後ほどご説明申し上げます。ただ、ご安心ください。  一点だけ申し上げておくと、政策さえ伴えば、我が国でも大型造船技術はすぐに獲得できるものと推察します。外交結果を織り込んだ提案書も作成済みですので、後ほどパルミス公爵に提出いたします。公爵におかれましては、省の創設と人事をご検討いただくことになります」 「シンシアよ、我々はお主を誇りに思う。まさに、国の叡智と呼ぶに相応しいだろう。さらに、率先して役割外の仕事まで迅速にこなすとは、本当にあの程度の褒美では足りなかったと反省してしまうほどだ。  お主の進言の件、実は私も危機管理上、一部懸念していたのだが、手詰まりに近い状態だった。それを打開しようと、外交政策を進めたのだが、今回の結果になったというわけだ。もしかすると、焦りすぎたのかもしれないな」 「いえ、それも全てスパイに仕組まれたことです。私の提案も幅広いとは言え、スパイ調査の延長ですので、皆様のお立場に抵触するようなでしゃばった真似をしてしまいましたが、何卒ご容赦ください」  シンシアの話に、王妃も第二王子も感心していた。 「話には聞いていましたが、シンシア、本当に見違えましたね。以前も素敵でしたが、今のあなたは他に追随を許さないほどの魅力に溢れています」  王妃はうっとりとした表情をしていた。こう見ると、やはり姫に似てるな。 「僕も母上と同じ意見だ。より一層、気を引き締めていかねば、王族として示しがつかないと自分を改めたよ。兄上もうかうかしていられないのでは?」 「全くだ。しかし、誤解を恐れずに言えば、今回の事件に対するシンシア達の思考や行動を目の当たりにして、とても勉強になった。これまでも父上やパルミス公爵から多くのことを学んできたが、それとは一線を画していて、レドリー辺境伯とも異なる頭脳の質を感じたな。あとでお前にも詳しく教えよう」  王子同士も仲が良いんだな。貴族と同様に、王位継承権を争い、憎しみ合うのが普通らしいのだが、驚いたことに、弟の成長に関わる貴重な情報を積極的に共有しようとしている。  それに感化されたのか、パルミス公爵も語りだした。 「殿下方のご決意には、私も耳が痛いです。本来であれば、宰相として総合的政治戦略を私が陛下に進言すべきなのに、レドリー辺境伯や、此度のように、シンシアに任せきりになってしまっている。  適材適所とは言え、もしもの時に何もできないようでは、忠臣の名折れ。殿下方をお支えする長女、次女と共に、私も精進して参ります」 「お父様、私達をお忘れなく。たとえユニオニル家に嫁ぐとしても、ディルス様、リノス様であれば、将来、我が国へ多大な貢献をなさるはずです。それを私達も支え、時には自らも貢献できるよう、日々励んで行く所存です。それがパルミス家に生まれた私達の使命であり、生き甲斐です。ですよね、サリサ」 「はい! それに、お父様が不甲斐ない政治戦略を陛下に進言した場合は、弾劾裁判を起こす覚悟です!」  アリサちゃんとサリサちゃんも、自分達を奮い立たせ、サリサちゃんに至っては、パルミス公爵を震わせるようだ。 「おいおい。そこは、家族会議を経て、家庭内裁判からまずは頼むよ。プロセスは大事だからな」 「お父様、そこは、『そんな不甲斐ない姿は絶対に見せない』と言い切るところでしょう!」  アリサちゃんの父へのツッコミに、食堂内が笑いに包まれた。 「なんか良いね。レドリー邸でも思ったけど、こういう空気好き」  ゆうがこの空間を見て和んだようだ。 「ああ。この人達を裏切らないように、期待以上の関係になれるように頑張りたいと改めて思える。なんだかんだで、すでに俺達もジャスティ国民みたいなものなんだよな。国内に屋敷を構えるし、結果的にではあるが、国益に結び付くこともしているわけだし。  そして、これからもそうだ。たとえ自分達の国を興すことになっても、それを裏切りとみなされないような、ジャスティ国のために役に立つような国にしたい」 「でもさぁ、イリスちゃんに何か発明してもらうにしても、理論だけなら意味ないでしょ?   例えば、初期の電気でも真空管やフィラメント、電池が必要になるし、じゃあその材料はどうするのとか、実際に作るのはどうするのとか、その一つ一つを産地まで細かくお兄ちゃんは知ってるわけじゃないでしょ?  しかも、この世界にその物質があるのかも分からない。誰が作るのかっていう問題もあるし。技術提携したとしても、ジャスティ国が全部用意することはできないんじゃない?」 「そのことなんだが、ゆうにもっと勉強してもらいたくて、とあるプレゼントを個人フェイズで用意したんだ。  俺の理想のものができあがったんだが、そのページに抜けがないかとか、一つ一つの項目が正しいかとか、画像や動画も見ないといけないし、色々チェックが大変なんだよな。それを終えるまで渡すことができないかもしれない。もちろん、この世界仕様になっているし、全てデータ化されているので重くない」 「え……? もしかしてそれって……百科事典……とか? いや、もうその言い方だと森羅万象事典……」 「サプライズだから、もちろん答えは言わない。まあ、ヒントを出すとしたら、要は『知識』なら、媒体がどうであれ、現実世界に持ち込めるということだ。超便利だぞ。  例えば、鉱石ならジャスティ国のどこで何がどのぐらい採れるのか、その際の注意点、応用方法まで動画付きで載っている。  ただし、俺達がいた世界とこの世界の人間が誰も知らない技術などは、詳しく書かれていない。例えば、タイムマシンの『意味』は載っているが、実現方法は書かれていない。そもそも載っていない項目もある。この世界の謎やルールは載っていないし、クリスタルについても載っていない。当然、世界を行き来する方法も、色々な関連語で調べてみたが載っていなかった。  世界地図は載っているから、これさえあれば、現在地やリアルタイムの環境データをどうしても知りたいという場合を除いて、『世界地図』スキルは、俺達には必要なくなる。しかし、他の触手には必要だから無駄なスキルではない」 「いや、チートじゃん! 文字通り! 本当の意味で! 触神様ー! お兄ちゃんがズルしてまーす! 天罰を与えてくださーい! 罰の内容は、どうか私に決めさせてくださーい!」 「ふっふっふ、ざんねーん。触神様も承認済みでーす。しかも、そのあとに再確認したら、その具現化を許可したことは全く後悔していないということだった。そりゃそうだ。子どもへのプレゼントとしても一般的ではあるが、そのままだと宝の持ち腐れになる可能性が高いから、どうしたら読みやすく、実生活で役に立つ情報を記載するか、その改善が俺の工夫であり、プレゼントの醍醐味となるので、是非具現化したいと全裸でお願いされたら、断る理由なんかないだろ?」 「いや、全裸というだけで断るから! キモすぎて!」 「それ以外にも色々試したけど、プレゼントにする可能性もあるから、詳しくは言わないでおこう。大人のおもちゃとかセクサロイドとか」 「言うな! 死ね!」  はい、『死ね』をいただきました。もちろん、俺にとってはサプライズではないが、いつもらっても良いものだから、狙ってもらえると嬉しいなぁ。  俺達が話していると、みんなも食事を終えたようで、シンシア達は、食堂から姫の部屋に向かった。アリサちゃん達は、明朝に帰宅するということで、そこで別れの挨拶をした。今日の内に挨拶をしたのは、明日の死刑執行の心の準備時間を十分に確保するために、アリサちゃん達が気遣ってくれたのだろう。  姫の部屋に入ると、扉の外の兵士に聞こえないように、ユキちゃんが静かに口を開いた。 「すごく楽しかった。死刑執行が明日午前に控えてるとは思えないぐらい」  姫がユキちゃんの両手を握ると、心配そうな表情をしていた。 「やはり緊張していますか? 私は見ているだけですが、いつも緊張します」  死刑執行の際は、王族の責任として、城内にいる王族は全員、二度とこのようなことを起こさせない国にすると決意するため、その瞬間を心に焼き付けるために、最初から最後まで顔を逸らさず見ていなければならない決まりがあるとシンシアから聞いた。  姫が『見ているだけ』と言ったのは、ユキちゃんを安心させるための謙遜だろう。 「はい、少し……。でも、覚悟はできているので、怯むことはありません」 「私でも緊張するだろうな。危害を加えられそうになったわけではなく、全く面識がない者を無抵抗の状態で殺すのは。しかも、城内でのスパイ行為というのは、ユキに直接関わる悪ではない。憎しみなど皆無だろう。だが、大丈夫だ。私達が付いている」  プレッシャーを与えかねない冷静な分析から一転してのシンシアのフォローに、姫は続けた。 「その通りです。特にその場では、王族とあなたは一心同体です。執行人とはそのような存在なのです。ある意味、王の勅命による一任務以上に国家にとって重要な責務と言えるかもしれません。プレッシャーをかけたいのではなく、何が言いたいかというと、国家全体があなたの味方ですので、自信と誇りを持ってくださいということです」 「ありがとうございます! でも、リリア王女、本当に一心同体になれるんでしょうか? 確かめたいです……」  ユキちゃんが姫を誘うような表情をした。姫もそれをすぐに察して、ユキちゃんと向かい合い、顔を近づけた。 「ユキさん、私達だけの時は『リリア』でいいですよ。あなたとはお友達になりたいです。もちろん、皆さんとも」 「じゃあ、リリアちゃん。友達よりも『もっと』、だよね?」  その言葉のあと、ユキちゃんと姫はどちらからともなしにキスをした。二人の熱い抱擁と激しく舌が絡まるキスが続く。 「ユキさんは、誰とでもすぐに仲良くなれるんですね。ヨルンくんともそうでしたが、リーディアともすぐに仲良くなったと聞きましたから」  クリスがユキちゃんに感心して、二人の愛の様子を見守っていた。 「ユキお姉ちゃんは、良い意味で遠慮がないですからね。あのノリで来られたら、誰でも受け入れてしまうでしょうね」  ヨルンもクリスに同意して、同じく二人を見守っていた。 「それでは、ヨルン。防音魔法を頼む。兵士がいるから、より微妙な調整が必要になるだろう」 「分かりました。クリスさんは『あの魔法』を」  『あの魔法』とは、万が一、姫がヨルンへの力加減を間違えた場合に、反発されないようにユキちゃんが晩餐前に創造した魔法だ。  対象に力がかかった場合、全身を覆う魔力粒子で受け流す物理防御魔法だが、その度毎に魔力粒子を消費するので、魔力を供給しないと回数制限がある。外部と対象、両方からの魔力供給が可能だが、魔法使い以外は供給できない。  また、自分自身ならともかく、他者に魔力粒子を纏わせるのはかなり難しく、一般人となるとさらに難しい。ユキちゃんが創造した魔力変換魔法を使い、体内と体外で異なる質の魔力を、時間をかけて緩く結合させる必要があり、それをしないと、魔力抑制魔法のように、魔力が反発してしまう。クリスはユキちゃんの魔法創造の過程を見ることができて、嬉しそうだった。  ヨルンが防音魔法、クリスがヨルンを除く全員に物理防御魔法をかける間に、俺は気になっていたことを机の紙とペンを使って、シンシアに聞いた。 『リリア王女、リーディアちゃん、レドリー辺境伯夫人リーファさんの名前が似てる理由って何かある? 聖女コトリスみたいな逸話とか』 「はい。おそらく、先々代の王妃アリシア様が由来だと思います。私の名前もそこからいただいていますが、多くの場合は『ア』だけを使用したり、発音だけ倣うようです。  ただ、レドリー卿もおっしゃらなかったように、あまり人前では語られません。王妃になる前のアリシア様は、心優しく美しいお方でしたが、親の反対を押し切りパルミス家を出て、私達に出会う前のクリスのように各地の慈善活動をしていました。  そこで、彼女を偶然見かけた当時の第一王子が、出自を知らずにその容姿と性格に惚れ、長期に渡るアプローチで、ついにご結婚なされたのですが、王妃はシュウ様の世界の平均寿命ほどに長命で、後に王を亡くした時にご自分がどれだけ愛されてきたかを自覚することになってしまい、それ以降、長年の悲しみに暮れた末、最期を迎えたと聞きます。  親への反発、家を出たこと、受ける愛に疎い、悲しみに暮れることから、良くないイメージがあり、それが理由で語られませんが、一方で、心優しく美しい、社会への貢献、運命の出会い、必ず家に戻ってくる、健康で長生き、周りから愛されるというイメージから、女性の名前に使われることがあります。  アリシア様は、慈善活動をしていた当時、一部では聖女の生まれ変わりとも言われていたので、聖女コトリスと聖女アリシアの両方の名前に倣ったのが、姫やリーディアや辺境伯夫人というわけです。間違いなく、アリサ様、サリサ様も同じ系譜です。まさに『本家』ですからね。  もちろん、『ア』が付いているからと言って、そうとは限りません。理由が積極的に語られないこともあり、なおさら分からないですからね。アースリーがどうなのかは分かりません」  アースリーちゃんが間違いなく違うことは、セフ村の成り立ちを知っていれば分かる。シンシア達には、シキちゃんの存在しか話していないので、それを知る由はない。ごめん、セフ村のルールで話せないんだ。 「名前の由来から、こういう話が出てくるのって面白いなぁ。物語みたい」  ゆうのいつもの感想だが、俺は同意しかねた。 「でも、歴史上の人物から名前をとることって日本でもよくあるし、大体そういう物語が出てくるだろ」 「そうだけどさ。こういうファンタジー世界でそれが複数出てくるのが新鮮って言うのかな。よくあるでしょ。テキトーに付けられた名前とか。そんな親、ほとんどいないのにさ。ちゃんとした想いがあって、子どもに名付けるのが当たり前なのに、見た目とか能力に従った名前だったり、果てはその子をバカにしたような名前だったり。そういう作品は世界設定がペラペラだから、入り込めないんだよね」  これもいつもの、ゆうの架空の作品批判が始まったが、それには俺も同意する。 「まあ、それも悪いツッコミ要素だからな。変な名前を付けられたキャラが、親から愛されてたら違和感あるし、いじめみたいなあだ名を付けられて、それを本人が平気で受け入れてるとかもそうだな。それに、シリアスな場面で敵味方問わずその名前を呼ばれたら、テンションもテンポも悪くなる。  でもお前、ファンタジー脳すぎない? ここは現実だぞ」 「その話を聞いたからこそ、現実を実感して、『ああ、あの作品って何だったんだろう』って思うわけ。それでも面白い作品はあるし、設定がしっかりしてて面白いのに売れない作品もあるし、売れてても設定が雑で面白くない作品もあるし、それを生み出す作家は大変だよ。ギャンブルだからね」 「その通りだ。特に最近は話題にさえなれば、中身がどうであっても、とまでは言わないが、普通の内容であれば大抵売れる。しかし、話題になっても売れないものもあるから難しい。少なくとも、面白さと、話題性や売上は全くの無関係だ。  結局、好きなように作ればいいんだよ。だから、俺もそうしてるが、少なくとも、しっかりした設定で面白いものを作ろうとはしている」 「いや、お兄ちゃんの同人誌は全く面白くないし、絶対に売れないから。それだけは自信を持って言えるね。女の子が触手に責められる同人誌作るならまあいいよ。マイナージャンルとは言え、別に普通だし。  でもさぁ、『触手そのもの』の同人誌はどう考えてもおかしいでしょ。誰も興味ないから。触手のスキル一覧を見て何が面白いの? 唯一買った『ThSW』だって、『興味深かった』としか言ってなくて、『面白かった』なんて言ってなかったじゃん」 「『さん』を付けろ、『さん』を。『ThSWさん』と呼べ。いや、それよりも、前から思ってたことだが、なんでそんなにコンテンツ制作のノウハウに詳しいんだよ。評論家目線というより、それを装ったクリエイター目線だよな?  お前も何らかの創作活動をしてただろ。と言っても、ゆうの部屋に置いてあるものから考えられるのは、小説しかない。ゆう、お前は小説家。そうだな⁉ 言い逃れはできないぞ。直ちに自首しろ!」 「は……はぁ⁉ 推理小説の探偵役みたいに言っても無駄だから! そんなの推察どころか、ただの妄想でしょ!」 「じゃあ、お望み通り、推察レベルにしてやろう。  『兄妹YOU―GO』、囲碁を題材とした小説で、ある日、家の廊下でぶつかった兄妹が、突如、謎の力で融合してしまう。しかし、融合と言っても、吸収に近く、成長した妹の体に兄妹の魂が共存する形だ。  二人は囲碁を趣味で打っていたが、兄の夢はプロ棋士になり、タイトルホルダーになることだった。妹が兄に協力して、プロ棋士を目指す物語だが、当初は既存作品のパクリだと一部で騒がれた。  しかし、ちゃんと読んでみると全く違うドラマが展開されていて、そのテンポの良さと、見事な伏線回収、禁断の愛や感動、エロもあり、話題になった。累計発行部数は全五巻で五百万部。軽い程度とは言え、エロありの小説で、完結しているにもかかわらず、これは驚異だ。  二週間に一回、妹が融合の影響で苦痛に悶えてしまうため、それを抑える目的であれば、融合を解除できる。ただし、その方法とは二人が愛のある近親相姦をすることだった。それだけ聞くと、とんでもない設定だが、それを説明するまでの展開が自然で、謎の説得力があったため、普通に許されたどころか、それがないと作品が成り立たないとまで言われた。  兄の名前は『修司』、妹の名前は『優子』。当然、この名前は設定にもタイトルにもかかっている。  いや、完全に俺達がモデルやないかい!  次に単巻で発売されたのは、『琴の音色は赴くままに』。超感動の学園百合小説で、単巻三百万部。各賞を総ナメにした。  主人公の名前は『四乃森琴音』。お嬢様学校に通い、麗しの先輩達と色々な体験をするも、心優しい同級生への恋心に気付いてしまい、紆余曲折あるものの、最後はハッピーエンド。  いや、二ノ宮さんがモデルやないかい‼  ちなみに、その同級生は前作『優子』の従姉妹だ。  いや、お前やないかい‼  作者は謎に包まれているが、これまで書き溜めたのを出版社に送っていることは知られている。また、編集者とはメールだけでやり取りしているらしく、原稿料も印税も一年後に受け取ると言って、振込口座も明かしていない。  形式上の契約書はデータで交わしたが、署名箇所に住所はなく、ペンネームだ。それらが週刊誌で明るみになって問題になったが、問題になったからこそ、出版社は逃げることができなくなった。その件は、作者も自分の希望だと出版社経由で声明を出して、騒動は沈静化した。  その作者のペンネームは『楊さあち』。一見、中国ハーフの名前かと思ってしまうが、『ヤンサアチ』『ヤンサーチ』『サーチヤン』『サーチャン』で、小学校の時に一部から呼ばれていたお前のあだ名だ。名字の『相楽』から来ているから、俺も呼ばれていたことはある。  いや、俺の『シュークン』のパクリやないかい!  ちなみに、『楊』は日本語で『よう』と読むので、『YOU』『ゆう』ともかかっていて、『ユーサーチ』または『サーチユー』で『私、ゆうを探せ』となる。  どう考えてもお前やないかぁぁぁぁぁい!」 「……あのさぁ、それだけじゃ私が作者なんて分からないでしょ! そのメールを見たわけでもないだろうし、私達を知る誰かかもしれないでしょ! 大体、なんで触手本でもない小説にそんな詳しいのよ! お兄ちゃんの部屋にはそんな本なかったのに」  ゆうが俺の部屋にある物を全て知っていることに、恐怖と嬉しさで震えているが、この際、それはどうでも良かった。 「俺の部屋になくとも、ゆうの部屋にはあっただろ。しかも、各巻五冊ずつの計三十冊。段ボールとビニール袋に詰められてクローゼットの奥に仕舞われていた。出版社には住所を伝えていないから、完成品を家に送られたわけではない。自分で買ったか、私書箱を利用したかは分からない。  いずれにしても、なぜ五冊も持っているのか。あとで、俺と二ノ宮さんに配った上で、自分で読み返す用と保存用と予備で五冊買ったからだ。ただの熱心なファンとも思えない。なぜなら、その話題は一瞬たりとも挙げたことがないからだ。  内容が恥ずかしくて挙げなかった可能性もあるから保留にしていたが、お前のクリエイター目線や売上の話を何度も聞いて確信した。そもそも、それについては、お前は隠す気がなかった。モデルがあからさますぎる。  理由は、一年後にバラすつもりだったから。正確にはお前の十八歳の誕生日翌日以降だろう。ちなみに、メールは見ようと思えば見ることができた。ルーターのパケットを監視すればいいからな。それをやると流石にブチ切れられそうだったし、メールが暗号化されていれば意味がないからやらなかった。  まあ、それにしても天才としか言いようがないな。理系に進んだとはとても思えないシナリオ作成の才能だ」 「あ、クリスが魔法かけ終わったみたい」 「うわぁ、露骨に話し逸らした……」 「しょうがないでしょ。私達が話している間にも世界は動いてるんだから。それを無視してる作品の多いこと多いこと」  ゆうは半分開き直ったみたいだ。それに、何となくだが、ゆうの機嫌が良くなったような気がした。俺がゆうの部屋を漁っていたことに憤慨もしない。隠す必要がなくなったからか、褒められたからか、別の理由かは分からない。  一応、これで決着はついたが、プレゼントの件もあるし、ゆうにはまだ俺に隠していることがあるはずだ。しかし、前にも言った通り、それについては、今は考えないでおこう。 「それではみなさん、お風呂に入りましょうか」  姫に導かれて、女の子達の宴と演劇が幕を開けた。



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俺達と女の子が試行尋問して女の子を救済する話(2/2)

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『ごめん。急に俺達が出ていっちゃって』 「いえ、素晴らしいご判断だと思います。あのままでは、コリンゼに接触する機会はまだ先だったはずですし、シュウ様への愛情も薄かったでしょうから。それに、彼女の良い教育の場になったと思います。シュウ様のおかげで、彼女は一層、成長しそうです」  シンシアは今の時間で、俺が想定していなかった『コリンゼの教育』を一部行ったようだ。決め付けではなく、その場その場で柔軟な思考を行うための訓練をついでにした、と言ったところだろう。  しばらくして、ソファーに寝かせていたコリンゼが目を覚ました。 「さて、コリンゼ。早速ですまないが、今の時間で違和感を覚えたことがあれば、答えてみてくれ」  起き上がって座り直したコリンゼが、ソファーで向かい合ったシンシアの方を向いた。 「団……長…………。は、はい、お答えします! その時に思ったのではなく、今思えばですが、シュウ様と団長のご関係が、もしかすると私が最初に抱いた印象と違うのではないかと思いました。  団長がシュウ様を使役なさっているのかと思っていましたが、どちらかと言うとその逆で、団長がシュウ様を崇めていらっしゃると言いますか、本当に『シュウ様』とお呼びしている気がして、それでいて意思疎通がしっかり取れており、何かを示し合わせていたような感じがしました。そのことから、二つのことが考えられました。  一つは、シュウ様には人間の魂が宿っている、あるいは通話媒体を兼ねているのではないかと思いました。団長がおっしゃっていた『尊敬する方々』のお一人が、その方ということでしょうか。  それともう一つは……、あの時間は……演技……だったのでしょうか……。私はそう思いたくありません。先程申し上げた通り、私の想いは本物です! どうかお二方のお考えをお聞かせください!」 「まず、安心してほしい。私の想いも真実だ。演技をしていたのも事実だが、それはシュウ様の存在をできるだけ自然に見せるためにすぎない。そして、よく気付いた。途中から私がシュウ様に敬意を払っていたことに。思考の軌道修正ができているということだ。  また、演技だと決め付ける前に私達に聞いた。これらは君が成長している証に他ならない。その内、リアルタイムで思考、推察できるようになるだろう。  シュウ様の詳細については、すぐにでも話したいところだが、すまないが、四日後まで待ってほしい。今言えることは、君が考えた通り、シュウ様には人間の兄妹の魂が宿っていて、私の尊敬する方々であることだけだ。もちろん、誰にも話してはいけない。  それともう一つ。これは臨時騎士選抜試験の件だが、準備開始を皆に報告する際に行わなければいけないことがある。それは、コリンゼのことを心配していた団員達に、心配をかけてすまなかったと謝ることだ。団長に相談に乗ってもらって元気になった、どういう悩みだったかは秘密、ということにでもしておけばいい。きっと、君が元気になったことを喜んでくれるはずだ。私からは以上だ」 「はっ! 承知しました! 追加でよろしいでしょうか。臨時騎士選抜試験の準備について、私が休暇中の代理または補佐に、ある男性騎士を指名してもよろしいでしょうか。その候補者は、私の提案をお手伝いいただいた先輩の一人です。妻子持ちであるためか、後輩の面倒をしっかり見て、団のムードメーカーでもありましたが、ビトーに冷遇されていました。  にもかかわらず、心が折れることなく、皆のために一生懸命働いていました。彼であれば、私以上に皆を引っ張っていくことができ、様々な役割もこなしてくれると確信しております」 「問題ない。各役割の人選は男女問わない。それも含めて君に全て任せる。私への報告は準備完了後にまとめてでかまわない」 「はっ! それでは直ちに団員へ報告に向かいます! …………あの、プライペートについては……」  コリンゼは、シンシアや俺達にプライベートで会えるかを恐る恐る聞いた。 「そうだな……。すまないが、それも四日後まで待ってもらえないだろうか。夜はほとんど姫の部屋にいるんだ。その代わり、四日後は今日以上の幸福を約束しよう。具体的な理由もその時に話す」 「しょ、承知しました! シュウ様、団長、この度はありがとうございました。最高の幸せを感じることができました!」  コリンゼはソファーから立ち上がると、服と鎧を急いで着て、部屋を後にした。  それから、俺達が机にばらまいた砂をゴミ箱に捨てていると、寝室のドアが開き、中からクリス達が出てきた。 「防音魔法を使っておいて良かったですね。あの声が騎士団長室から聞こえたら、城中で噂になっていましたよ。でも、彼女のおかげで私も尋問されてみたいと思いました。よろしければ今夜、姫とシンシアさんが尋問官になり、私を尋問してください」 「じゃあ、私が魔法を使うしかないね。それともヨルンくん、練習してみる? そうすれば、私も魔導士尋問官に集中できるし、クリスさんを色々な方法で尋問できるかな」  ユキちゃんは、複数の魔法を同時に使えて、維持もできるが、彼女にとっても難易度の高いことらしい。 「分かった、やってみるよ。僕は昨日、二人に散々尋問されたようなものだからね」 「甘いな、ヨルン。姫は今夜、君をターゲットにしている。あとで絶対にクリスと交代させられる。姉弟の『悲劇の尋問官ごっこ』と言ったところか」 「えー⁉」  シンシアの予想は間違いなく当たるだろう。ヨルンは驚きつつも、満更でもない様子だった。コリンゼのあの声を聞いて、興味を持たない人はいないということだ。 「防音魔法、めちゃくちゃ便利だよね。ノックが聞こえるように、絶妙に扉の外まで張るのが難しそうだけど」 「そうだな。俺の部屋にノックしないで入るゆうが、俺の机の同人誌を見て、我を忘れて声を上げながら机の角でいやらしいことをしていても聞こえないんだもんな」 「でっち上げも甚だしすぎて呆れるね。それを言うなら、お兄ちゃんの方でしょ。同人誌ほっぽり出して、全裸で寝てるような変態なんだから」 「おい。でっち上げならまだしも、話を微妙に盛るな。全裸ではなかっただろ。靴下は履いてたから」 「いや、なんであの状況で靴下だけ履いてたのかも謎だったんだけど……。変態であることに変わりはないじゃん」 「ゆうもまだまだだな。お前がこっそり読んだ『緊縛母娘の脅迫日記~校舎裏から始まった地獄の日々~』の娘が同じ格好で不良共に陵辱されてただろ。そのあと、母親も同じ格好にさせられて、並べられるシーンが良かった。  しかし、欲を言えば、娘の方は制服を着せたままにして、母親の方は娘の中学生時代の制服を着させるべきだったが、青二才の不良のオツムではそこに思い至ることもないというのもリアルさがあって、それはそれで良いだろう」 「えぇ……。陵辱される女の子側に感情移入して、同じ格好してたわけ? きも……」 「本気で引くなよ……。説明が足りなかったな。あれは、感情移入してたんじゃなくて、母娘がその格好で不良に土下座してたシーンがあっただろ。靴下を履いたままの土下座と脱いだ土下座のどちらが効果があるのかと、自分もその姿になってみて、ベッドで横になって考えてたら寝てしまったんだ。  結論としては、脱いだ方が良いということになった。だから、それでお前に土下座しただろ」 「そんなどうでもいい伏線回収いらないから! きも!」  その後、俺達はシンシアから大陸地図を見せてもらい、王妃達が外交に行ったと思われる国の位置関係を予習した。部屋には世界地図もあって、それも見せてもらったが、やはり不正確らしい。  大陸地図は、モンスターの生息域の把握という理由もあるため、各国正確で、それを合わせて大陸地図とした経緯があったとのことだ。ただし、どれだけ詳細かは防衛にも関わってくるため、公開地図で信じられるのは、結局国境近辺だけらしい。  では、この大陸以外はなぜ不正確なのか、モンスターがいないからか、というとそうではなく、海の向こうの人達のことをお互い信じられないとのことで地図が共有されなかった歴史がある。  したがって、大陸間で貿易を行っている国は限られており、既得権益となっているという話だ。  俺は疑問に思って、その既得権益国が大陸外の国との交渉の窓口になっていて、それも独占しているのかとシンシアに聞いたところ、少なくとも彼女には分からないということだった。  仮にそうだとしても、ジャスティ国は長距離航行の造船技術を持っていないので、それを無視して大陸外に行くことはできず、今のところは行く理由もないので、そのままになっている。海洋を担当する専門の省は城に存在せず、総務省と経済省が片手間で別々に管理していたらしい。スパイさんのお手柄というわけだ。  別に既得権益自体が悪いわけではない。先見の明があり、早くから投資してきたのだから、それに見合う利益を得るべきだ。ただ、この場合はそれ以外の国に、外交上、防衛上のリスクがある。大陸内の国と同盟を結んだ大陸外の国、内陸と外洋から同時に攻め込まれた場合に、極めて不利な状況に追い込まれてしまうのだ。  特にジャスティ国は南から東にかけて、海洋に広く面しているから、そのリスクも高い。しかも、その面している場所がセフ村やエトラスフ領なので、絶対に避けねばならない危機だ。  俺達は、シンシアと議論を交わして、その課題を明らかにし、午後に機会があればそれを王に進言するということで一致した。  昼食を終え、午後になってからしばらくして、王妃と第二王子が戻ってきたとの連絡をパルミス公爵から受け、王妃の部屋まで全員で向かった。  そこでは、軽い自己紹介に留め、二人が長旅だったということもあって、体を休めたあとの晩餐でゆっくり話そうとパルミス公爵が提案し、シンシア達もそれに従った。晩餐まで待って自己紹介しなかったのは、国を救った英雄とは言え、帰還時に挨拶するのが王族への礼儀だということだった。  一同は、それから部屋に戻り、シンシアは後任への引き継ぎ事項のまとめを今の内から作成したり、先程の海洋防衛についての提案書を俺と相談しながら作成したりと、騎士団長としての仕事をし、他のみんなは、それを邪魔しないように寝室で防音魔法を使った上で、クリスとユキちゃんで研究の共有をしたり、ヨルンに魔法を教えたりしていた。  また、晩餐のために、クリスが二人に食事マナーを教えていた。ゆうは魔法の勉強をしたいということで、寝室での話を重点的に聞いていた。  本当はユキちゃんの家で、魔法書を熟読できれば良かったのだが、彼女のリハビリを優先していたので、あえてしなかった。イリスちゃんと違って、俺達は読む時間も相当必要になるし、机上でその時その時に読んでも頭に入らないしな。  俺達が魔法を使えるようになるには、三十レベルまで上がる必要がある。今の俺達は九レベルなので、まだまだ先だが、今から勉強しておけば、魔法が使えるようになった途端に、上級魔法使いレベルになっているはずで、確実な投資と言える。  これは、スキルツリーを表示できる俺達の最大の有利な点だ。この世界では、魔法を使えるかどうかは、成長してからでないと分からないため、『魔法勉強』という先行投資ができない。  だから、その才能の判明する年齢が、若ければ若いほどメリットになる。俺達は生後間もなくそれが分かっているので、将来の天才魔法使いが約束されていると言っても過言ではない。触手が魔法を使えるようになったら、詠唱はどうするのかという疑問はあるが、その時になったら検証して考えればいいだろう。  ちなみに、イリスちゃんは、俺かゆうのどちらかさえ詠唱すれば、複数に増やした触手から同時に魔法を発動できるのではないかと予想していた。俺とゆうが別々に詠唱すれば、個別の同時魔法発動になり、戦闘では圧倒的に有利になるということだ。魔法使いのロマンだな。  とは言え、魔法粒子理論を応用すれば、普通の魔法使いでもそれは可能な気はする。今度、ユキちゃんに聞いてみるか。いや、もしかするとこの時間に、クリスかゆうから質問があるかもしれないな。彼女達に任せよう。  晩餐の時間になり、シンシア達は王族専用の食堂にいた。俺達は、レドリー邸にいた時のように、すでにテーブルの下に入り込み、同時に天井の梁の上にもいた。  前者はクリスの外套に戻る用、後者は食堂全体の状況を伺う用で、スキル『短透明化』により、移動中に見られることがないので安心だ。絨毯が全面に敷かれていたら、絨毛が変形してバレていたかもしれないが、床はフローリングだったので問題なかった。  効果時間等は『短縮小化』と同じ。しかし、どのように『透明』を実現しているかは全く分からなかった。動いている最中も、みんなから見えていないことは確認し、擬態ではないことは分かった。当然、影もできない。  みんなに目を瞑ってもらって、俺達にしか分からないメッセージを書いた紙の上に俺達が乗ってそれを隠したが、みんなからはそのメッセージが完全に見えていたことから、視認者に催眠魔法のようなものがかけられ、周囲を完全に記憶の上、補間していたわけでもない。  理屈で考えると、俺達の意識とは関係なく、視認者と俺達を結ぶ直線上の反対方向の物体を全て認識し、光の反射角度と吸収率、透過光の選別、その全てを体表面で随時変更しているとしか思えないのだが、そんなことは現代技術でも未来技術でも不可能だ。  では、俺達がそこに存在しないことになっているのかというと、みんなは俺達に触れることができたし、俺達からも周囲の物体に干渉できたので、確実に存在していた。  考えられる可能性は、光が異次元を通過しているのではないかということだ。そして、異次元と聞いて、思い出されるのが触神スペースだ。  つまり、俺達の意識のように、光のみが体表面を境界として触神スペースを経由し、そのまま反射、その反射光も触神スペースを経由して、視認者の目に届いているのではないかと考えた。その場合は、仮に光攻撃魔法があったとしても、透明化している間は俺達には効かないことになる。改めて、触神スペースの可能性を感じた。 「今宵は、我が国を危機から救ってくれた英雄達への敬意と感謝のための宴だ。先日のゲームの時のように無礼講と行こうじゃないか。おかわりも遠慮しなくてよい。我が城自慢の料理を是非、堪能してくれ。それでは、乾杯!」  王の乾杯の音頭で晩餐が始まった。着席のフルコース形式で、参加者は報告会にいた王族、王妃、第二王子、パルミス公爵、アリサちゃん、サリサちゃん、そしてシンシア達だ。  調理場に繋がっているこの食堂から、すぐに料理が運ばれてきた。ここは、王族専用食堂の名の通り、一般食堂とは繋がっておらず、王族や国賓しか通れない廊下から入る。  したがって、一般の人がここに来るためには、一度四階に上がって王族専用階段を通ってその廊下に出るか、玉座の間を通って、奥の王族専用扉から廊下に出るか、王族専用避難口から廊下に入ってくるしかない。俺達は、姫の案内でここに来たので、四階経由だ。  国賓が来た時は玉座の間経由とのことだ。当たり前だが、調理場は通らせてくれないらしい。食事前は『戦場』で、衛生面でも対策をしているからという理由だ。  ちなみに、食事前の雑談で話題になったのだが、調理場がこの城の中で最も出入口が多い空間らしい。王族専用食堂、一般食堂、料理長室、調理師休憩室、食材搬入口の五つと繋がっている。確かに、機能を考えればそれぐらい必要だ。  調理師は、料理長室前の通路から休憩室に入り、その奥の更衣室で着替えて調理場に入る。厳密に言えば、休憩室は空間が仕切られていて、休憩室から調理場、または調理場から『休憩スペース』に直接入ることはできず、更衣室を通って行かなければならないらしい。  経路を制限することで、必ず手を洗って、身なりを整えた上で調理場に入るという衛生ルールを徹底するためだ。食材搬入口も同様。万が一、食中毒が起きたら、それだけで防衛の危機に直結してしまうので、細心の注意を払っていると調理大臣から説明されたとのことだ。  一同は食事が進み、次の料理が出る合間に会話をしていた。特に、クリスが上機嫌で料理の感想を言ったり、リオちゃん含めて、料理を持ってきた調理師に質問をしたりしていた。 「今日は美味しい料理で、お腹いっぱいの幸せを味わうために、こちらに参りました。それにしても、川魚料理ではなく、海の魚料理が干物以外で出るとは思いませんでした。ジャスティ国中央部ではとても貴重と聞いていたのですが」  クリスが半分質問のような料理の感想を王に述べた。 「実際、貴重だな。知っての通り、大量輸送方法が確立されていない。大雪が降る北部の国では、保存していた氷を使って輸送できるらしいが、我が国ではその氷を作れないし、他国から持ってくる手段もない。当然、魔法を使えば作れるのだが、それは条約で禁止されている。  ここに並んだのは、氷がない前提で、少量の色々な輸送方法や経路の最適化を試して、それが成功したものだ。しかし、生魚は未だに難しいから、私でも城では食べたことがない」 「つまり、氷を他国から大量輸送できる手段があれば解決するということですか」  冷凍車があれば全て解決するが、味が落ちる上に、もちろんそんな物はないし、塩漬けにして冷蔵状態で運ぶにしても、冷蔵庫を発明するのに時間がかかりすぎるから、現状ではそれしかないか。 「そういうことだ。我が国に大型船を航行させればそれも可能だが、隣国の『イプスリー国』が協力してくれない。『友好国』とは何なのかと問いたくなる」  王のボヤキに続いて、王妃が口を開いた。 「今回の外交は、それが目的でもあったのです。大型船の造船技術をご提供いただけなくても、大型船が停泊できる港を我が国に作り、その上で高額の手数料もお支払いするので、貴国の輸送物資をこちらに融通していただけないかとお願いに行きましたが、検討しますとだけ言われました。間違いなく無理でしょうね。  イプスリー国に部品を提供している『ギアリー国』にも行きましたが、そちらは友好国の関係ではないこともあり、やはり何も協力してくれなさそうです。しかも、先程耳にしましたが、ギアリー国に至っては、我が国にスパイを送り込んでいたというではありませんか。今回の外交が、全て徒労に終わってしまいました」  王妃は包み隠さず、外交内容を語ってくれた。もちろん国家機密だが、シンシア達には話してもいいことになったのだろう。料理を運んできて、偶然それを耳にした調理師達も口外しないルールのようだ。  実は、追加のスパイ五人の内の二人は、ギアリー国のスパイと内通者で、特に精密技術を盗む目的だった。美しくも親しみやすい王妃をここまでがっかりさせるとは、許せない国々だ。こんな美人にお願いされたら何でも合意してもおかしくないのに。第二王子もイケメンだし、この二人の外交を持ってしても、何の成果も得られないとは、国と国との関係は、やはり難しい。  しかし、この結果は俺が事前に予想して、シンシアに伝えていたことでもある。エフリー国、イプスリー国、ギアリー国は、全て『リー』が後ろに付くので、『リー三国』と呼ばれているらしく、この国々、特にイプスリー国の話を最初に聞いた時、陸で繋がった隣同士の国は同盟を結んでいない限り、大抵仲が悪いはずなのに、中途半端な『友好国』が存在するのはおかしいのではないかと思ったところから疑念は深まった。  造船に関しては、同盟と言ってもいいほどの関係を結んでいるギアリー国とイプスリー国だが、どちらもジャスティ国に対して、戦略的互恵関係どころか歩み寄りが全くないことから、どちらかがどちらかを事実上支配している可能性がある。その場合、どちらの国に外交に行っても意味がない。  これは、当初懸念していた、内陸と外洋からの同時攻撃とは別の問題を孕んでいる。『リー三国』によって、ジャスティ国が大陸から『孤立』させられているのだ。もちろん、現在は外交でも流通でも往来はある。  しかし、『リー三国』をどうにかするか、別の手段を取らなければ、安全に中央や他国にアクセスできないし、いつでも遮断されてしまう。その上でも、大型船の建造や運用に着手するのは危機管理において重要と言える。ジャスティ国は、造船技術自体は持っているので、国が『舵取り』さえすれば、有能な人材により、早期に実現できるだろう。 「陛下、そのことでお話しがございます。今回のスパイ事件と外交結果から察するに、エフリー国だけでなく、『リー三国』全てが我が国を敵国とみなしているとご判断すべきかと。イプスリー国が友好国であることはお忘れください。  その上で、長距離航行および大型造船技術がないことは、我が国の防衛においても大きな課題となります。詳しくは後ほどご説明申し上げます。ただ、ご安心ください。  一点だけ申し上げておくと、政策さえ伴えば、我が国でも大型造船技術はすぐに獲得できるものと推察します。外交結果を織り込んだ提案書も作成済みですので、後ほどパルミス公爵に提出いたします。公爵におかれましては、省の創設と人事をご検討いただくことになります」 「シンシアよ、我々はお主を誇りに思う。まさに、国の叡智と呼ぶに相応しいだろう。さらに、率先して役割外の仕事まで迅速にこなすとは、本当にあの程度の褒美では足りなかったと反省してしまうほどだ。  お主の進言の件、実は私も危機管理上、一部懸念していたのだが、手詰まりに近い状態だった。それを打開しようと、外交政策を進めたのだが、今回の結果になったというわけだ。もしかすると、焦りすぎたのかもしれないな」 「いえ、それも全てスパイに仕組まれたことです。私の提案も幅広いとは言え、スパイ調査の延長ですので、皆様のお立場に抵触するようなでしゃばった真似をしてしまいましたが、何卒ご容赦ください」  シンシアの話に、王妃も第二王子も感心していた。 「話には聞いていましたが、シンシア、本当に見違えましたね。以前も素敵でしたが、今のあなたは他に追随を許さないほどの魅力に溢れています」  王妃はうっとりとした表情をしていた。こう見ると、やはり姫に似てるな。 「僕も母上と同じ意見だ。より一層、気を引き締めていかねば、王族として示しがつかないと自分を改めたよ。兄上もうかうかしていられないのでは?」 「全くだ。しかし、誤解を恐れずに言えば、今回の事件に対するシンシア達の思考や行動を目の当たりにして、とても勉強になった。これまでも父上やパルミス公爵から多くのことを学んできたが、それとは一線を画していて、レドリー辺境伯とも異なる頭脳の質を感じたな。あとでお前にも詳しく教えよう」  王子同士も仲が良いんだな。貴族と同様に、王位継承権を争い、憎しみ合うのが普通らしいのだが、驚いたことに、弟の成長に関わる貴重な情報を積極的に共有しようとしている。  それに感化されたのか、パルミス公爵も語りだした。 「殿下方のご決意には、私も耳が痛いです。本来であれば、宰相として総合的政治戦略を私が陛下に進言すべきなのに、レドリー辺境伯や、此度のように、シンシアに任せきりになってしまっている。  適材適所とは言え、もしもの時に何もできないようでは、忠臣の名折れ。殿下方をお支えする長女、次女と共に、私も精進して参ります」 「お父様、私達をお忘れなく。たとえユニオニル家に嫁ぐとしても、ディルス様、リノス様であれば、将来、我が国へ多大な貢献をなさるはずです。それを私達も支え、時には自らも貢献できるよう、日々励んで行く所存です。それがパルミス家に生まれた私達の使命であり、生き甲斐です。ですよね、サリサ」 「はい! それに、お父様が不甲斐ない政治戦略を陛下に進言した場合は、弾劾裁判を起こす覚悟です!」  アリサちゃんとサリサちゃんも、自分達を奮い立たせ、サリサちゃんに至っては、パルミス公爵を震わせるようだ。 「おいおい。そこは、家族会議を経て、家庭内裁判からまずは頼むよ。プロセスは大事だからな」 「お父様、そこは、『そんな不甲斐ない姿は絶対に見せない』と言い切るところでしょう!」  アリサちゃんの父へのツッコミに、食堂内が笑いに包まれた。 「なんか良いね。レドリー邸でも思ったけど、こういう空気好き」  ゆうがこの空間を見て和んだようだ。 「ああ。この人達を裏切らないように、期待以上の関係になれるように頑張りたいと改めて思える。なんだかんだで、すでに俺達もジャスティ国民みたいなものなんだよな。国内に屋敷を構えるし、結果的にではあるが、国益に結び付くこともしているわけだし。  そして、これからもそうだ。たとえ自分達の国を興すことになっても、それを裏切りとみなされないような、ジャスティ国のために役に立つような国にしたい」 「でもさぁ、イリスちゃんに何か発明してもらうにしても、理論だけなら意味ないでしょ?   例えば、初期の電気でも真空管やフィラメント、電池が必要になるし、じゃあその材料はどうするのとか、実際に作るのはどうするのとか、その一つ一つを産地まで細かくお兄ちゃんは知ってるわけじゃないでしょ?  しかも、この世界にその物質があるのかも分からない。誰が作るのかっていう問題もあるし。技術提携したとしても、ジャスティ国が全部用意することはできないんじゃない?」 「そのことなんだが、ゆうにもっと勉強してもらいたくて、とあるプレゼントを個人フェイズで用意したんだ。  俺の理想のものができあがったんだが、そのページに抜けがないかとか、一つ一つの項目が正しいかとか、画像や動画も見ないといけないし、色々チェックが大変なんだよな。それを終えるまで渡すことができないかもしれない。もちろん、この世界仕様になっているし、全てデータ化されているので重くない」 「え……? もしかしてそれって……百科事典……とか? いや、もうその言い方だと森羅万象事典……」 「サプライズだから、もちろん答えは言わない。まあ、ヒントを出すとしたら、要は『知識』なら、媒体がどうであれ、現実世界に持ち込めるということだ。超便利だぞ。  例えば、鉱石ならジャスティ国のどこで何がどのぐらい採れるのか、その際の注意点、応用方法まで動画付きで載っている。  ただし、俺達がいた世界とこの世界の人間が誰も知らない技術などは、詳しく書かれていない。例えば、タイムマシンの『意味』は載っているが、実現方法は書かれていない。そもそも載っていない項目もある。この世界の謎やルールは載っていないし、クリスタルについても載っていない。当然、世界を行き来する方法も、色々な関連語で調べてみたが載っていなかった。  世界地図は載っているから、これさえあれば、現在地やリアルタイムの環境データをどうしても知りたいという場合を除いて、『世界地図』スキルは、俺達には必要なくなる。しかし、他の触手には必要だから無駄なスキルではない」 「いや、チートじゃん! 文字通り! 本当の意味で! 触神様ー! お兄ちゃんがズルしてまーす! 天罰を与えてくださーい! 罰の内容は、どうか私に決めさせてくださーい!」 「ふっふっふ、ざんねーん。触神様も承認済みでーす。しかも、そのあとに再確認したら、その具現化を許可したことは全く後悔していないということだった。そりゃそうだ。子どもへのプレゼントとしても一般的ではあるが、そのままだと宝の持ち腐れになる可能性が高いから、どうしたら読みやすく、実生活で役に立つ情報を記載するか、その改善が俺の工夫であり、プレゼントの醍醐味となるので、是非具現化したいと全裸でお願いされたら、断る理由なんかないだろ?」 「いや、全裸というだけで断るから! キモすぎて!」 「それ以外にも色々試したけど、プレゼントにする可能性もあるから、詳しくは言わないでおこう。大人のおもちゃとかセクサロイドとか」 「言うな! 死ね!」  はい、『死ね』をいただきました。もちろん、俺にとってはサプライズではないが、いつもらっても良いものだから、狙ってもらえると嬉しいなぁ。  俺達が話していると、みんなも食事を終えたようで、シンシア達は、食堂から姫の部屋に向かった。アリサちゃん達は、明朝に帰宅するということで、そこで別れの挨拶をした。今日の内に挨拶をしたのは、明日の死刑執行の心の準備時間を十分に確保するために、アリサちゃん達が気遣ってくれたのだろう。  姫の部屋に入ると、扉の外の兵士に聞こえないように、ユキちゃんが静かに口を開いた。 「すごく楽しかった。死刑執行が明日午前に控えてるとは思えないぐらい」  姫がユキちゃんの両手を握ると、心配そうな表情をしていた。 「やはり緊張していますか? 私は見ているだけですが、いつも緊張します」  死刑執行の際は、王族の責任として、城内にいる王族は全員、二度とこのようなことを起こさせない国にすると決意するため、その瞬間を心に焼き付けるために、最初から最後まで顔を逸らさず見ていなければならない決まりがあるとシンシアから聞いた。  姫が『見ているだけ』と言ったのは、ユキちゃんを安心させるための謙遜だろう。 「はい、少し……。でも、覚悟はできているので、怯むことはありません」 「私でも緊張するだろうな。危害を加えられそうになったわけではなく、全く面識がない者を無抵抗の状態で殺すのは。しかも、城内でのスパイ行為というのは、ユキに直接関わる悪ではない。憎しみなど皆無だろう。だが、大丈夫だ。私達が付いている」  プレッシャーを与えかねない冷静な分析から一転してのシンシアのフォローに、姫は続けた。 「その通りです。特にその場では、王族とあなたは一心同体です。執行人とはそのような存在なのです。ある意味、王の勅命による一任務以上に国家にとって重要な責務と言えるかもしれません。プレッシャーをかけたいのではなく、何が言いたいかというと、国家全体があなたの味方ですので、自信と誇りを持ってくださいということです」 「ありがとうございます! でも、リリア王女、本当に一心同体になれるんでしょうか? 確かめたいです……」  ユキちゃんが姫を誘うような表情をした。姫もそれをすぐに察して、ユキちゃんと向かい合い、顔を近づけた。 「ユキさん、私達だけの時は『リリア』でいいですよ。あなたとはお友達になりたいです。もちろん、皆さんとも」 「じゃあ、リリアちゃん。友達よりも『もっと』、だよね?」  その言葉のあと、ユキちゃんと姫はどちらからともなしにキスをした。二人の熱い抱擁と激しく舌が絡まるキスが続く。 「ユキさんは、誰とでもすぐに仲良くなれるんですね。ヨルンくんともそうでしたが、リーディアともすぐに仲良くなったと聞きましたから」  クリスがユキちゃんに感心して、二人の愛の様子を見守っていた。 「ユキお姉ちゃんは、良い意味で遠慮がないですからね。あのノリで来られたら、誰でも受け入れてしまうでしょうね」  ヨルンもクリスに同意して、同じく二人を見守っていた。 「それでは、ヨルン。防音魔法を頼む。兵士がいるから、より微妙な調整が必要になるだろう」 「分かりました。クリスさんは『あの魔法』を」  『あの魔法』とは、万が一、姫がヨルンへの力加減を間違えた場合に、反発されないようにユキちゃんが晩餐前に創造した魔法だ。  対象に力がかかった場合、全身を覆う魔力粒子で受け流す物理防御魔法だが、その度毎に魔力粒子を消費するので、魔力を供給しないと回数制限がある。外部と対象、両方からの魔力供給が可能だが、魔法使い以外は供給できない。  また、自分自身ならともかく、他者に魔力粒子を纏わせるのはかなり難しく、一般人となるとさらに難しい。ユキちゃんが創造した魔力変換魔法を使い、体内と体外で異なる質の魔力を、時間をかけて緩く結合させる必要があり、それをしないと、魔力抑制魔法のように、魔力が反発してしまう。クリスはユキちゃんの魔法創造の過程を見ることができて、嬉しそうだった。  ヨルンが防音魔法、クリスがヨルンを除く全員に物理防御魔法をかける間に、俺は気になっていたことを机の紙とペンを使って、シンシアに聞いた。 『リリア王女、リーディアちゃん、レドリー辺境伯夫人リーファさんの名前が似てる理由って何かある? 聖女コトリスみたいな逸話とか』 「はい。おそらく、先々代の王妃アリシア様が由来だと思います。私の名前もそこからいただいていますが、多くの場合は『ア』だけを使用したり、発音だけ倣うようです。  ただ、レドリー卿もおっしゃらなかったように、あまり人前では語られません。王妃になる前のアリシア様は、心優しく美しいお方でしたが、親の反対を押し切りパルミス家を出て、私達に出会う前のクリスのように各地の慈善活動をしていました。  そこで、彼女を偶然見かけた当時の第一王子が、出自を知らずにその容姿と性格に惚れ、長期に渡るアプローチで、ついにご結婚なされたのですが、王妃はシュウ様の世界の平均寿命ほどに長命で、後に王を亡くした時にご自分がどれだけ愛されてきたかを自覚することになってしまい、それ以降、長年の悲しみに暮れた末、最期を迎えたと聞きます。  親への反発、家を出たこと、受ける愛に疎い、悲しみに暮れることから、良くないイメージがあり、それが理由で語られませんが、一方で、心優しく美しい、社会への貢献、運命の出会い、必ず家に戻ってくる、健康で長生き、周りから愛されるというイメージから、女性の名前に使われることがあります。  アリシア様は、慈善活動をしていた当時、一部では聖女の生まれ変わりとも言われていたので、聖女コトリスと聖女アリシアの両方の名前に倣ったのが、姫やリーディアや辺境伯夫人というわけです。間違いなく、アリサ様、サリサ様も同じ系譜です。まさに『本家』ですからね。  もちろん、『ア』が付いているからと言って、そうとは限りません。理由が積極的に語られないこともあり、なおさら分からないですからね。アースリーがどうなのかは分かりません」  アースリーちゃんが間違いなく違うことは、セフ村の成り立ちを知っていれば分かる。シンシア達には、シキちゃんの存在しか話していないので、それを知る由はない。ごめん、セフ村のルールで話せないんだ。 「名前の由来から、こういう話が出てくるのって面白いなぁ。物語みたい」  ゆうのいつもの感想だが、俺は同意しかねた。 「でも、歴史上の人物から名前をとることって日本でもよくあるし、大体そういう物語が出てくるだろ」 「そうだけどさ。こういうファンタジー世界でそれが複数出てくるのが新鮮って言うのかな。よくあるでしょ。テキトーに付けられた名前とか。そんな親、ほとんどいないのにさ。ちゃんとした想いがあって、子どもに名付けるのが当たり前なのに、見た目とか能力に従った名前だったり、果てはその子をバカにしたような名前だったり。そういう作品は世界設定がペラペラだから、入り込めないんだよね」  これもいつもの、ゆうの架空の作品批判が始まったが、それには俺も同意する。 「まあ、それも悪いツッコミ要素だからな。変な名前を付けられたキャラが、親から愛されてたら違和感あるし、いじめみたいなあだ名を付けられて、それを本人が平気で受け入れてるとかもそうだな。それに、シリアスな場面で敵味方問わずその名前を呼ばれたら、テンションもテンポも悪くなる。  でもお前、ファンタジー脳すぎない? ここは現実だぞ」 「その話を聞いたからこそ、現実を実感して、『ああ、あの作品って何だったんだろう』って思うわけ。それでも面白い作品はあるし、設定がしっかりしてて面白いのに売れない作品もあるし、売れてても設定が雑で面白くない作品もあるし、それを生み出す作家は大変だよ。ギャンブルだからね」 「その通りだ。特に最近は話題にさえなれば、中身がどうであっても、とまでは言わないが、普通の内容であれば大抵売れる。しかし、話題になっても売れないものもあるから難しい。少なくとも、面白さと、話題性や売上は全くの無関係だ。  結局、好きなように作ればいいんだよ。だから、俺もそうしてるが、少なくとも、しっかりした設定で面白いものを作ろうとはしている」 「いや、お兄ちゃんの同人誌は全く面白くないし、絶対に売れないから。それだけは自信を持って言えるね。女の子が触手に責められる同人誌作るならまあいいよ。マイナージャンルとは言え、別に普通だし。  でもさぁ、『触手そのもの』の同人誌はどう考えてもおかしいでしょ。誰も興味ないから。触手のスキル一覧を見て何が面白いの? 唯一買った『ThSW』だって、『興味深かった』としか言ってなくて、『面白かった』なんて言ってなかったじゃん」 「『さん』を付けろ、『さん』を。『ThSWさん』と呼べ。いや、それよりも、前から思ってたことだが、なんでそんなにコンテンツ制作のノウハウに詳しいんだよ。評論家目線というより、それを装ったクリエイター目線だよな?  お前も何らかの創作活動をしてただろ。と言っても、ゆうの部屋に置いてあるものから考えられるのは、小説しかない。ゆう、お前は小説家。そうだな⁉ 言い逃れはできないぞ。直ちに自首しろ!」 「は……はぁ⁉ 推理小説の探偵役みたいに言っても無駄だから! そんなの推察どころか、ただの妄想でしょ!」 「じゃあ、お望み通り、推察レベルにしてやろう。  『兄妹YOU―GO』、囲碁を題材とした小説で、ある日、家の廊下でぶつかった兄妹が、突如、謎の力で融合してしまう。しかし、融合と言っても、吸収に近く、成長した妹の体に兄妹の魂が共存する形だ。  二人は囲碁を趣味で打っていたが、兄の夢はプロ棋士になり、タイトルホルダーになることだった。妹が兄に協力して、プロ棋士を目指す物語だが、当初は既存作品のパクリだと一部で騒がれた。  しかし、ちゃんと読んでみると全く違うドラマが展開されていて、そのテンポの良さと、見事な伏線回収、禁断の愛や感動、エロもあり、話題になった。累計発行部数は全五巻で五百万部。軽い程度とは言え、エロありの小説で、完結しているにもかかわらず、これは驚異だ。  二週間に一回、妹が融合の影響で苦痛に悶えてしまうため、それを抑える目的であれば、融合を解除できる。ただし、その方法とは二人が愛のある近親相姦をすることだった。それだけ聞くと、とんでもない設定だが、それを説明するまでの展開が自然で、謎の説得力があったため、普通に許されたどころか、それがないと作品が成り立たないとまで言われた。  兄の名前は『修司』、妹の名前は『優子』。当然、この名前は設定にもタイトルにもかかっている。  いや、完全に俺達がモデルやないかい!  次に単巻で発売されたのは、『琴の音色は赴くままに』。超感動の学園百合小説で、単巻三百万部。各賞を総ナメにした。  主人公の名前は『四乃森琴音』。お嬢様学校に通い、麗しの先輩達と色々な体験をするも、心優しい同級生への恋心に気付いてしまい、紆余曲折あるものの、最後はハッピーエンド。  いや、二ノ宮さんがモデルやないかい‼  ちなみに、その同級生は前作『優子』の従姉妹だ。  いや、お前やないかい‼  作者は謎に包まれているが、これまで書き溜めたのを出版社に送っていることは知られている。また、編集者とはメールだけでやり取りしているらしく、原稿料も印税も一年後に受け取ると言って、振込口座も明かしていない。  形式上の契約書はデータで交わしたが、署名箇所に住所はなく、ペンネームだ。それらが週刊誌で明るみになって問題になったが、問題になったからこそ、出版社は逃げることができなくなった。その件は、作者も自分の希望だと出版社経由で声明を出して、騒動は沈静化した。  その作者のペンネームは『楊さあち』。一見、中国ハーフの名前かと思ってしまうが、『ヤンサアチ』『ヤンサーチ』『サーチヤン』『サーチャン』で、小学校の時に一部から呼ばれていたお前のあだ名だ。名字の『相楽』から来ているから、俺も呼ばれていたことはある。  いや、俺の『シュークン』のパクリやないかい!  ちなみに、『楊』は日本語で『よう』と読むので、『YOU』『ゆう』ともかかっていて、『ユーサーチ』または『サーチユー』で『私、ゆうを探せ』となる。  どう考えてもお前やないかぁぁぁぁぁい!」 「……あのさぁ、それだけじゃ私が作者なんて分からないでしょ! そのメールを見たわけでもないだろうし、私達を知る誰かかもしれないでしょ! 大体、なんで触手本でもない小説にそんな詳しいのよ! お兄ちゃんの部屋にはそんな本なかったのに」  ゆうが俺の部屋にある物を全て知っていることに、恐怖と嬉しさで震えているが、この際、それはどうでも良かった。 「俺の部屋になくとも、ゆうの部屋にはあっただろ。しかも、各巻五冊ずつの計三十冊。段ボールとビニール袋に詰められてクローゼットの奥に仕舞われていた。出版社には住所を伝えていないから、完成品を家に送られたわけではない。自分で買ったか、私書箱を利用したかは分からない。  いずれにしても、なぜ五冊も持っているのか。あとで、俺と二ノ宮さんに配った上で、自分で読み返す用と保存用と予備で五冊買ったからだ。ただの熱心なファンとも思えない。なぜなら、その話題は一瞬たりとも挙げたことがないからだ。  内容が恥ずかしくて挙げなかった可能性もあるから保留にしていたが、お前のクリエイター目線や売上の話を何度も聞いて確信した。そもそも、それについては、お前は隠す気がなかった。モデルがあからさますぎる。  理由は、一年後にバラすつもりだったから。正確にはお前の十八歳の誕生日翌日以降だろう。ちなみに、メールは見ようと思えば見ることができた。ルーターのパケットを監視すればいいからな。それをやると流石にブチ切れられそうだったし、メールが暗号化されていれば意味がないからやらなかった。  まあ、それにしても天才としか言いようがないな。理系に進んだとはとても思えないシナリオ作成の才能だ」 「あ、クリスが魔法かけ終わったみたい」 「うわぁ、露骨に話し逸らした……」 「しょうがないでしょ。私達が話している間にも世界は動いてるんだから。それを無視してる作品の多いこと多いこと」  ゆうは半分開き直ったみたいだ。それに、何となくだが、ゆうの機嫌が良くなったような気がした。俺がゆうの部屋を漁っていたことに憤慨もしない。隠す必要がなくなったからか、褒められたからか、別の理由かは分からない。  一応、これで決着はついたが、プレゼントの件もあるし、ゆうにはまだ俺に隠していることがあるはずだ。しかし、前にも言った通り、それについては、今は考えないでおこう。 「それではみなさん、お風呂に入りましょうか」  姫に導かれて、女の子達の宴と演劇が幕を開けた。



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