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俺達と女の子達が建築士と情報共有して茶番作戦の実行と敵勢力を明らかにする話(1/2)

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 三十日目午前十時三十分頃。  ユキちゃんの父親、キールさんが外で待ち合わせをして、一人の女性を家に招き入れた。例の同僚だ。俺達は居間の隅に縮小化して様子を見ている。  キールさんが前に言った通り、体格が良く、重そうな荷物も持っているが、それを全く感じさせない余裕があり、気前も良さそうだ。髪は赤毛で、適度なショートカット。顔だけ見れば、美男と美女の間、どちらかと言うと男寄りの中性的な印象だ。  服装はタンクトップで、日焼け跡のコントラストと、ただでさえ巨乳なのに、小さめのサイズの薄着により、さらに胸が強調されてとんでもないエロさを感じる。同じ空間でアースリーちゃんと並ぶと圧巻だ。チートスキルは持っていなかった。 「まあ、とりあえず座ってくれ。紹介しよう。出張先で同僚だった『マリティ』だ。こちらは、娘のユキの友達、アースリーちゃん、アースリーちゃんの友達のイリスちゃん、そして、よく話に出していた俺の妻だ。ユキは旅に出ている。今は城にいるそうだ」 「よろしくな。あたしの態度は誰が相手でもこんな感じだから気にしないでくれ。それにしても、キールの嫁さん、ホントに美人だったんだな。これなら、『妻一筋』『家族一筋』って言うのも分かるぜ。あ、変な言い方しちまったかな。あたしがキールにアプローチしたとかじゃないからな」  キールさんの紹介に、マリティは豪快さと大胆さと気遣いが混ざったような言葉を発した。声は思ったより高いな。シンシアぐらいだろうか。『ガハハ』とか笑わなさそうだし、似合わなさそうだ。 「あら、ありがとう。でも、それを言うならあなただって、魅力が詰まったような人よ。大工の妻達がみんな心配しちゃうんじゃないかと思うほど」 「いやぁ……それを言うならアースリーだろ。こんな子がこの村にいるなんてな……。きっと、王族のハートも射止めるぜ。あたしでさえ、抱き付きたくなっちまう。なぜか、かわいい子どももいるようだが、一体どういうことなんだ? アースリーが話したいことと関係があるのか?」  ユキちゃんの母親の言葉に、打って変わってアースリーちゃんとイリスちゃんに興味を持ったマリティ。アースリーちゃんがマリティと話したいということは、キールさんから手紙で伝えていたらしい。 「私がイリスちゃんといると安心するので付いて来てもらいました。早速ですが、お話というのは他でもありません。マリティさんは建築設計ができると聞きました。そこで、最低三十人住める屋敷を設計してほしいんです!  できれば、村一つ丸ごとを最初から作るつもりで、最高の村や町にするための設計をお願いします」 「はぁ⁉ なんでそんなこと……。いや、マジでなんでだよ……」  マリティは、想像を超えるアースリーちゃんのお願いに困惑していた。しかし、ただ困っているわけでもないような反応だ。  何と言うか、その言葉がどうして出てきたのか信じられないという反応のように見える。 「ユキちゃんが男爵位を与えられて、領地を持つことになったからです。何もないところからなので、理想の村を作れます。マリティさんは、優秀な大工と聞きました。  これは、私の勝手な推察ですが、設計がただできるわけではなく、しっかりと学んでいるのではないかと思いました。それなら、あなたの理想の『家』があるはずです。優れたデザインで、かつ周囲と調和した『家』が。  周囲があるということは、一つの家を考えるだけでは成り立ちません。その隣、正面、後ろ、全ての家、店、道路、水路、景色を考え、当然、領主の屋敷も考える必要があります。  ユキちゃんは、『優しい村を作りたい。愛と感謝と笑顔で溢れた村を』と言っていました。誰だって、そんな村を作れるなら作りたいじゃないですか。住みたいじゃないですか。もちろん、それは簡単なことではありません。不可能かもしれません。  でも、トップが理想を追い求めなくてどうするんですか。夢を語らなくてどうするんですか。ユキちゃんなら、みんなの夢を叶えてくれる。そういう子なんです。お金はたくさんあります。どうかお願いします!」  マリティを除き、その場の全員が、アースリーちゃんの熱く魂が込められた説得に影響され、真剣な眼差しでマリティを見つめた。  すると、マリティはそれらの視線を切るように俯き、間もなく両手でテーブルをバンと叩き、立ち上がった。 「あたしは、そんなことを聞きたいんじゃない! 『なんであたしの夢を叶えてくれるんだよ』ってことだ!」 「え?」  マリティはそう言うと、キョトンとしたアースリーちゃんを横目に、自分の荷物を漁り始め、細く丸められた紙を数枚取り出して、テーブルに並べた。その一番上には、都市デザイン図のような、一つの村をイメージした絵が詳細に描かれており、残りは、精密な建築設計図のようだった。屋敷大のものから一軒家のものまである。 「こんなことあるのかよ……。それなら『もうできてる』んだよ……。マジで信じられねぇ……。これがあたしの理想の村で、あんたらの理想の村のデザインと図面だよ。屋敷はパーティーホールと宿泊客用の部屋を考慮して、三十人にプラス十人の部屋と広さを確保してある」  マリティは、テーブルに両手を付きながら、最初は戸惑っていたが、その紙についての説明を始めた。 「こっちは宿屋と食堂、こっちは一般家屋、上級家屋、集合住宅、こっちは乗合馬車と馬の厩舎、こっちは公園と広場。居住域拡大の方角優先度の考え方はこれ」  これも『勇運』の力なのか。彼女達が小さい頃に思い描いていた夢がお互いに影響して今に至るということか?  「えー! すっごーい! マリティお姉ちゃん、これ一人で全部書いたってことだよね!」 「マリティ、お前、これいつから書いてたんだよ! 俺には話しすらしなかっただろ!」  イリスちゃんの子どもらしい反応の直後に、キールさんが大きい声で問い詰めた。決して怒ってはいない。 「そりゃあ、恥ずかしいからに決まってるだろ! イメージだけなら小さい頃から。実際に書き始めたのは家を出る前からだ。それから少しずつ図面を引いてった。もちろん、こんな村を作れるなんて思って書いてたわけじゃない。それでも、この中の一つでも任されて、現実に建てられたら、と夢見るぐらいは許してくれよ。  まあ、正直、ただの暇つぶしだった。でも、楽しいから書いてた。それが、いきなり全部現実になるなんて信じられるわけねぇだろ! どうしてだ。どうしてあたしがその夢を持っていることが分かった? コンセプトまで同じなんだぞ? どうしてその話をあたしにしたんだ! 教えてくれ!」  マリティはアースリーちゃんに食って掛かるように質問した。すると、すかさずイリスちゃんが口を開いた。 「ねぇ、マリティお姉ちゃん。そういうのを『運命』って言うんじゃないの? 『奇跡』って言うんじゃないの? 誰にも説明できないことが起こった時、それが今だよね? 偶然すぎて怖いって気持ちは分かるよ。裏で何か調べられてるかもしれないもんね。それで、騙されるかもしれないし。  じゃあ、こういうのはどう? アースリーお姉ちゃんがお金を最初に『全部』、マリティお姉ちゃんに渡す。足りなければさらに渡す。そしたら、本気って信じられるでしょ? 何かあっても、損することはないよね」  イリスちゃんがマリティに『理想』と『現実』の両方を示して、マリティを説得した。 「い、いや、それはダメだ。前金と費用はもらうが、それぞれ建て終わってから報酬をもらう……って、ああ、言っちまった……。…………。ま、いっか……。よし! 面白そうだ、全部やってやろうじゃないか! よろしく頼むぜ!」  マリティは、イリスちゃんの特異な説得をそのまま受け入れ、ユキちゃんの代理であるアースリーちゃんの依頼を受けた。マリティも切り替えが早そうだ。 「ありがとうございます!」 「それじゃあ、キールの旦那。あんたが大工兼現場監督だ。その方が、効率が良い。この屋敷の図面に書いてある資材の確保を頼む。とりあえず、まだ確保できるかの確認だけだ。発注はあたしが現地調査をしたあとだ。  それと、大工屋と土木屋も確保するために、まずは大手に片っ端から連絡だ。必要なら、あたしとあんたの知り合いにも連絡する。  それから、アースリー。現地調査のための護衛をどこかのギルドに依頼してくれ。護衛が来るまでは、あんた達の希望を聞いて、細かい所を詰めていく。  結界を張る魔法使いは、知り合いに優秀な魔法使いがいる領主が用意する場合もあるらしいが、普通は土木屋が用意するから、こっちで依頼する必要はない。  人をかき集めれば、土木の基礎工事開始は、早くて二、三週間後、建築の基礎工事開始は、早くて二ヶ月後ぐらい。竣工は早くても半年後ぐらいだろう」  たとえ半年後でも、十分に早い気がする。一応、効率的な工法も調べておくか。質の良いセメントやコンクリートの作り方も教え、村専用の土木建築業者を抱え込むつもりで進める予定だ。 「あの、実はまだあって……。上下水道施設も作りたいんです。濾過装置、水道管、ポンプ、貯水槽が必要なので、優秀な金属加工職人を知っていたら教えてください。金属で補強して耐震構造にもしたいです」  俺がイリスちゃんに教えた上下水道の仕組みを、アースリーちゃんが簡単にまとめて、要求に追加した。 「え……。職人は知ってるけど、そんな専用施設は城下町にもないんじゃないか? もしかして、未来都市でも作るつもりなのか?」 「はい。私達なら可能です」  アースリーちゃんは自信満々に答えた。 「……。あははは! いいねぇ。建築家としては、もっと面白くなりそうだ。職人が住める村にもしないといけないな。一々移動や運搬をしてたら切りがないから。業者に連絡する時は、『建築、土木、金属加工の最新技術を使った村を作りたくないか?』って書くのもアリかもな。  でも、自然はある程度残すよ。いや、この場合は移植するって言った方が良いか。それが、バランスと調和に繋がる。めちゃくちゃ忙しくなりそうだ」 「マリティお姉ちゃんは、どんなお仕事でセフ村に来たの? そっちの仕事は大丈夫?」  イリスちゃんがマリティに質問した。 「村長の娘との打ち合わせだ。あたし宛に手紙が来て、村の人が家を建てたいと言ってるけど、村の発展方針も含めて、どうしたらいいか分からないから相談したいって。まだ正式な話じゃないから、こっちが先だ」 「⁉」  マリティの回答に、イリスちゃんとアースリーちゃんが驚いた。 「その手紙、見せてもらえますか⁉」 「あ、ああ。まあ、見られてマズイものでもないからな。誰かに話してもいいって書かれてたし」  マリティは荷物から手紙を取り出して、アースリーちゃんに渡した。それを読んで、アースリーちゃんはイリスちゃんの方を見て頷いた。『アースリーちゃんが書いた手紙』で間違いないということか。 「実は、私が村長の娘です。黙っていてすみません。名前を聞いた時には、びっくりしました。マリティさんが、まさかユキちゃんのお父さんの同僚だとは思わなくて」 「そうか……。話の続きをする前に、先に宿屋を確保しておきたい。アースリー、イリス、案内してくれ」  シキちゃんがアースリーちゃんにかけた催眠魔法で、マリティにも手紙を送るようにしていたのか。連絡の時間を短縮してくれて助かった。  ただ、この様子だとマリティに違和感を与えてしまったな。これを機に聞いてくるだろう。 「……で、その手紙について、何か隠してることがあるんだろ? イリス、お前が答えてくれるのか?」  三人がユキちゃんの家を出たあと、宿屋に向かおうと歩みを少し進めると、やはりマリティが聞いてきた。イリスちゃんが異質な存在だということもバレているようだ。手紙はともかく、イリスちゃんにはよく気付いたな。 「ごめんね。宿屋の部屋で話すよ」  イリスちゃんが外では話せないとマリティに伝えた。一同は宿屋に着き、一人用の部屋を長期宿泊割引で確保すると、二階の部屋に向かい、ベッドに腰掛けた。 「マリティお姉ちゃんは、この先ずっとお世話になる、私達にとって色々な意味で大切な人だから、全てを話したいんだけど、今はまだ話せない。でも、少なくとも私のことは話せる。  私は、いわゆる天才と呼ばれている存在。実は、ただそれだけ。私は、自分と私の愛する人達のために行動している。それだけなんだよ。お姉ちゃんが心配する必要はない。その話せないことも、そのことで不利益を被るものじゃないから。  ねぇ、お姉ちゃん。天才と呼ばれる私が書いた上下水道施設のイメージ絵、見てみたくない? それを、村と調和させた建築デザインに洗練させた上で、設計図に起こしてほしい。各装置は私が設計して職人さんに回すけど、きっと私はあなたに『面白さ』を与え続けられると思うよ」 「すごいな……。子どもとは思えないオーラを感じるぜ。本当に目の前に天才がいるんだと実感できる……。なあ、これが偶然だったかだけ教えてくれ。全部イリスが予測したのか?」 「ううん、本当にただの『運』だよ。でも、それを確実に引き寄せることができる最強の『二人』がいる。だから『運命』。そして、その『二人』が慕っている存在がさらに『二人』いる。その存在を中心に全てが回っていると言っても過言じゃない。私もアースリーお姉ちゃんも、それぞれ慕っている内の一人だよ。言えるのはここまで。ほとんど言っちゃったね。それもマリティお姉ちゃんを信頼している証だと思ってね」 「分かった。ありがとよ。いつか聞けるってことで、それじゃあ、ちょっくら天才の絵を見せてもらいますか。ここにないってことはアースリーの家にあるのか? それで、あたしが描いたことにすればいいってことかな?」 「流石、マリティさん。その通りです!」  アースリーちゃんが笑顔でマリティに答えた。その後、一同はアースリーちゃんの家に行き、マリティがイリスちゃんの精密な絵を見て、息を呑んでいたのは言うまでもない。  これで、経験値牧場の話は一気に進んだが、何しろ物理的なものなので、完成までに時間がかかるのは仕方がない。半年という話だったが、上下水道設備を含めると、さらに時間はかかるだろう。プロがどんなに頑張っても、数日や一ヶ月そこらでできるものでもないのだ。急いで建てて、安全性に問題があっても困るしな。  それにしても、だんだん楽しみになってきたな。俺達は、いつの間にか屋敷の完成が待ち遠しくなっていた。 「シンシア……さん……右……手……挙げて……シンシアさん、右手挙げて」  ウキちゃんの『声』を聞いて、シンシアは右手を挙げた。つい先程、魔力音声変換魔法ができあがり、ウキちゃんに試してもらっている。 「とりあえず、ウキちゃんの声じゃなくて、不自然な声と発音だけど、こんな感じになった。思ったより難しいね。まだ、完成と言うには程遠いよ。周波数の再現とそのピークを表した『フォルマント』っていうのを一つ一つ決めなきゃいけないのが大変で、クリスさんとヨルンくんにも手伝ってもらって、シュウちゃんが言う『プログラミング』に近いことをやったんだよね。だから、詠唱がめちゃくちゃ長くなっちゃった。  ウキちゃんなら、そのメモに一度変身すれば理解できるし、無詠唱で一瞬で発動できるから、どんなに長くても平気だと思うけど、私達が使うのは現実的じゃないと思う。  それと、私達の言葉だと子音と母音の数が多くて、その組み合わせだとさらに多くなるから、いっそのこと日本語の発音にした。『L』と『R』の区別がなくて、『ライト』を区別できないけど、それでも十分に通じるから。そこまでやっても、詠唱が長いんだよね」  ユキちゃんでさえ、魔力停止魔法とは別の意味で一苦労の魔法だった。しかし、一度創造してしまえば、俺の『万象事典』にも載るので、長い詠唱を一言一句覚えておく必要はない。  それに、その『万象事典』に、ついにウキちゃんが変身できるようになったのだ。『ついに』と言っても、実は簡単に実現できた。なぜなら、個人フェイズのみとは言え、すでに『存在』しているものだったからだ。  ただ、本と違って、変身しただけでは、『万象事典』の内容を全て理解できるわけではなく、一ページ一ページ表示した項目しか、理解することはできないらしい。記憶装置のデータ内容を読み込むことができないからだ。  しかし、記憶装置の状態は保持できるので、別の物に変身してまた戻っても、閲覧履歴などは前回と同じままだ。 「本当にお疲れ様。気になったことがあるのだが、これで口が塞がれていても魔法の詠唱と発動ができることになるのか?」  シンシアがユキちゃんに質問した。 「できると言えばできるけど、ウキちゃんはともかく、人間には簡単にはできない。魔法使いを無力化するために手を不自由にするのと同じ原理で、魔力の流れが通常と異なるから、訓練しないと魔法を構築できないんだよね。  魔力音声変換魔法は、魔力粒子が魔法発動時に起こる振動を利用してるから、最初に発動してしまえば、そのあとの言葉は詠唱なしで変換できるけどね。そうじゃなかったら、一つの言葉を話すのに、何度も同じ詠唱を繰り返すことになる。いや、そもそも話せないか。  いずれにしても、最難関魔法だね。これなら、宙に水の文字を浮かせる魔法の方が簡単だったよ。元々、コミュニケーションが目的だからね。でも、その内、必要になることだと思ったから挑戦した。魔力を『データ化』する時に必要になるから。それができたら、シュウちゃんがいた世界よりも便利な物が発明できると思う」  ユキちゃんの言う通り、確かに数え切れない応用ができそうだ。入力装置が必要なくなるだけでも画期的だろう。 「ねぇ、シュウちゃん。セフ村に行ってみてもいい? 私が鳥に変身すれば、目立たずに行けるよね。昼食の時はみんなの魔力を食べてもいいとは言われてるけど、基本的に暇だし」  行動が早いな。良いことだと思う。ただ、一時間以内に着くのであれば、俺達も縮小化して背中に乗って行けるが、それでは時間が足りないのではないだろうか。セフ村から城までの経路は、約三百キロあり、直線距離にしても最低二百キロはある。航続速度が時速二百キロの鳥は存在しない。風向き次第では、さらに時間がかかってしまうだろう。  まあ、それは一気に行く場合の話で、十分間休めば、また縮小化できるようになるので、休憩場所を探して下りれば問題ない。  俺はどのようにセフ村に行くかを紙に書いた。 『俺達も行こう。イリスちゃんは俺達と会える部屋を持ってないから、まずはアースリーちゃんに会いに行く。セフ村の一番奥の家の屋根に下りることになる。予め、地図で確認しておこう。  ウキちゃんは後ろに時計が付いた首輪をしたハヤブサに変身してほしい。俺達が縮小化できるのは一時間で、十分間ほど休憩しないと再度縮小化できない。俺達からの肯定否定の合図、方向を指示する合図、地上に下りる合図、外敵から逃げる合図、殺す合図、助ける合図を決めておこう。砂でもメッセージを表せるけど、空中から砂を落としたくないから合図にした。茶番の時間までには余裕を持って帰ってくる』 「うん、ありがとう!」 「この部屋から飛び立つと下に警備兵がいて目立つので、三階のバルコニーに一度行きましょうか。外の窓際からであれば、変身を見られることもありません」  シンシアの提案に俺達も賛成した。早速、みんなでバルコニーに向かい、一度外に出て景色を堪能しているフリをしてから、触手を増やした俺達と元の姿に戻ったウキちゃんを残し、昼食のために食堂に向かった。  そして、ウキちゃんは窓際でハヤブサに変身し、俺達はさらに十センチの大きさまで縮小化して、彼女の背中まで移動して張り付いた。 「じゃあ、行くよ」  ウキちゃんが出発の魔力音声を静かに発した。彼女は手すりまでぴょんぴょんと跳ねるように移動し、その隙間から飛び降りると同時に翼を広げて、大空へ飛び立った。 「おおー! 飛んでるぅー!」  ゆうは初めての飛空に歓喜していた。もちろん、俺も空を直接飛ぶなんて初めてなので、テンションが高くなった。ものすごいスピードで空を飛ぶハヤブサのウキちゃん。  ハヤブサは時速六十キロから百キロほどのスピードで水平飛行できるらしい。獲物を狙う時の降下スピードは時速四百キロにも達する。空気抵抗を限りなく少なくした終端速度と言ってもいいので、それだけ上空を飛んでいるということだろう。  ちなみに、別の方法として、ドラゴンが実在すると仮定して変身しても、その速度が出せるか分からないし、ジェット気流も方角と合っておらず、利用できないので候補から外した。 「風を切るっていうのはこういうことを言うんだな。地上の風向きはよく分からなかったが、上空は追い風だから少し早く着きそうだ。  予定としては、今から四十五分後に休憩して、そこから五十五分後に休憩して、十三時半までには着くか。夜の移動なら、ホバー可能な戦闘機やヘリコプターに変身してもらって、もっと早く移動できるんだがなぁ」 「そこまでやって、飛行機音やプロペラ音は気にしないんだ。て言うか、実現できるの? 電子機器のオンパレードなのに」 「タッチパネル式の簡易操作にすれば、他の計器は無視していい。簡易操作は『万象事典』で実現済みだし、情報なら直接ウキちゃんが教えてくれる。今そうしてないのは、飛行のために、できるだけ重量を軽くしているからだ。  問題なのは、ジェット燃料がどの程度の魔力を消費するか分からないということだな。でも、多分行けると思う。なぜなら、魔力を借りて頑張れば城にも変身できることと、飛行分のジェット燃料を使って城を爆破できる規模を考えた時に、エネルギーの観点から、たとえ半壊しても城の方が大きいからだ。万全を期すなら、超低空のホバー状態を維持して、どれだけ魔力が消費するかを確かめてから、本格的に移動すればいいかな。  まあ、音は噂にはなるだろうな。ただ、それほど頻繁に高速移動する予定はないから、未確認のままいずれ忘れ去られるだろう。バレても誰も信じないだろうし」 「あ、ちょっと雑になってきた。本格的にチートできるようになって浮かれてるんじゃないの?」 「……。そうだな、浮かれるのは良くない。しっかり考えることにしよう。ありがとう、ゆう」 「今のは軽く言ったことだから気にしなくていいのに。あたしの方こそありがとう、お兄ちゃん。あたし達のために一生懸命考えてくれて」  本当に反省しなければいけないな。少し考えれば、空間防音魔法で音を消せることぐらいすぐに分かるのに……。また妹を危険に晒すところだった。やはり、万能感は人を狂わせてしまうな。あとで、このことをみんなにも共有しておこう。それが俺の反省文だ。 『反省文  私、相楽修一は、本日、六月十七日十一時三十分頃、ウキ=リッジさんの類まれなる変身能力により、人生初の非航空機飛行を経験し、その高揚感から、配慮に欠ける対応策を妹である相楽ゆうさんに提案してしまいました。  本来であれば、熟慮に熟慮を重ね、大切な方々の命を守るための思考と行動をすべきところを、自分の能力でないにもかかわらず、不必要な万能感を抱き、あろうことか、他者の忘却を策に組み込み、思考を放棄した言動をしてしまいました。危うく、大切な方々の命を私が奪うところでした。大変申し訳ありません。  本件を猛省し、皆様の安全を第一に考えることを強く誓い、また、自分が成長するための糧とし、二度とこのようなことがないよう、より一層精進していく次第です。  ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、親愛なる皆様あっての私でございます。今後も、皆様の温かい叱咤激励を不肖私にいただけると幸いです。重ね重ね、大変申し訳ありませんでした。以上』  これを二通作成し、ウキちゃんを知るみんなとイリスちゃん達に見せよう。ゆうに全裸で土下座した時に書いた反省文の経験を活かし、スラスラと思い付くことができた。当然、口だけでなく、行動で示すことが重要だ。気を引き締めていきたい。  それから何事もなくセフ村に着き、アースリーちゃんの家の屋根に俺達は下りた。ウキちゃんに疲労はないらしいので、常に全速力で飛んだ結果、予定よりも二十分早く着くことができた。  彼女は元の姿に戻ると、屋根をすり抜けてアースリーちゃんの部屋に行き、俺達は触手を消した。イリスちゃんには、トイレに外に出た時に、アースリーちゃんの家に寄るように伝えてあり、アースリーちゃんと部屋で合流済みだ。  そして、二人が驚かないように、部屋の俺達が合図を送ったあと、ウキちゃんに姿を現してもらった。その姿は猫少女で、午前中もそうだったので、どうやら基本はそれで行くらしい。夜以外では、『ニャ』とは言ってなかった。 「アースリーちゃん! イリスちゃん!」  ウキちゃんが部屋の外に聞こえない程度の声量で、しかし元気良く二人の名前を呼ぶと、すぐに彼女に抱き付いた。 「初めまして、ウキちゃん。本当にかわいいね。昔のユキちゃんみたい」  やっぱりそうなのか。 「えへへ、アースリーちゃん好き!」  ウキちゃんはもうアースリーちゃんのことが大好きになったようだ。魔法生物さえ虜にするアースリーちゃん、恐るべし。  マリティは、キールさん達に村の案内がてら、食事処に連れて行ってもらったようだ。午後二時から打ち合わせを再開するらしいので、少しの間ならイリスちゃんに『万象事典』を読んでもらうことができる。 「よろしくね、ウキお姉ちゃん!」 「私がお姉ちゃん……。イリスちゃん好き!」  ウキちゃんがイリスちゃんに抱き付いた。ちょろすぎない?  「ごめんね、ウキお姉ちゃん。あまり時間がなくて……。早速、見せてもらえるかな?」 「うん、分かった」  ウキちゃんがベッドに座り、『万象事典』に変身すると、それをイリスちゃんがすぐに手に取り、操作を始めた。何も説明しなくても使い方が分かるのは流石だ。  俺の万象事典は、こんなこともあろうかと、日本語と英語を切り替えられるようにしてある。イリスちゃんならもう少し時間があれば、そこに書いてある『日本語』の項目からすぐにマスターしてしまうだろうが、今は英語で読んでいるようだ。  やはり、読むスピードがとんでもなく速い。と言うより、映像記憶をしてからあとで『読む』のか。当然、動画は見ていない。イリスちゃんには全く迷いがなく、操作も正確なので、どの項目を読もうとしているのか目で追うことさえやっとだが、俺達がいた世界での先進国の一般的な生活レベルと移動手段に加え、村を作るために必要な都市設計に関する技術的な項目を主に記憶しているようだ。  また、ジャスティ国内の燃料や鉱物資源マップ、地下水脈マップ、村周辺の水質、土壌成分、海抜の高さまで確認し、さらには過去の天災周期までも確認していた。それらを十五分ほどで済ませて、残りは数学、物理学、化学、生物学、医学、電気工学、電子工学、量子力学、情報工学、機械工学、農業工学の基礎を見ていた。  あ、これもうイリスちゃんは学問で俺達を完全に超えたな。 「ふぅ……。ありがとう、ウキお姉ちゃん。今日はもう大丈夫」  打ち合わせの十分前にイリスちゃんは必要な記憶を終えて、ウキちゃんにお礼を言った。 「イリスちゃん、すごーい! 私より読むの速いよ!」  ウキちゃんが人の姿に戻って、感心していた。 「ううん、私は記憶してただけだよ。あとでゆっくり読ませてもらうね」  分速百ページのウキちゃんを超えるということは、イリスちゃんは四千ページ以上を一瞬で映像記憶していったのか。それを覚えたまま打ち合わせをして、あとで思い出して読み、理解、考察、再度記憶して、その最中でも残りの映像記憶は忘れない。控えめに言っても『神』だろ。  サヴァン症候群などで、代償と引き換えに、映像記憶ができる人はいるが、それでも記憶するためには時間を要する。イリスちゃんほどの速度は、同じ天才でも到達できない領域だろう。しかも、それを自慢せず、当たり前のように振る舞っている。 「よく天才キャラで、全教科テストの点数が満点なことを自慢してるバカいるでしょ? そんなの、お兄ちゃんだって、あたしだって、琴ちゃんだってできるのに、イリスちゃんにとっては、それは一呼吸するぐらい日常的なことなんだよね」  ゆうの意見には同意だ。 「今、俺も改めてそれを考えていた。作者や読者、あるいはイリスちゃんに対する俺達みたいな周囲の物差しが、学校のテストか知能テスト、記憶力、処理能力しかないのが理由の一つだろうが、そんなのは、真の天才にとってはどうでもいいことで、自慢にもならないんだよな。  もしかすると、それだけじゃなく、全てのことについて、一生自慢することはないんじゃないかとも思う。俺はイリスちゃんの才能を目の当たりにする度、いや、常にだけど、彼女が自慢できるようなことをしてあげられないだろうか、今より幸せを感じられるようにできないだろうかと考えている。難しいかもしれないけど」 「その気持ちが大事なんじゃないかな。だから、あたし達のことを好きになってくれてるんだと思うよ。それと、お兄ちゃん。イリスちゃんが天才だからって、一線引いちゃダメだからね。ちゃんと感情がある女の子なんだから」 「ありがとう、ゆう。そうだな、イリスちゃんに対しては、俺自身、憧れも含めて色々な感情があるのは間違いない。彼女もそれに気付いているだろう。  でも、大好きだという気持ちに変わりはない。絶対に後悔させたくないんだ。まあ、それも気負いすぎだと言われるかな。とりあえず、今夜はいっぱいペロペロしてあげるか」 「ペロリスト、きも。」  それはともかく、帰宅時間ということで、俺は机の黒板にメッセージを書いた。 『それじゃあ、ウキちゃん、帰ろうか。森の入口まで来たら村監視用の俺達がいるから拾っていって』 「うん。アースリーちゃん、イリスちゃん、またね!」  ウキちゃんは二人にキスをすると、元の姿に戻り、森の俺達の所まで来て、再びハヤブサになった。  本当はリーディアちゃんにも会わせてあげたいが、魔法生物のことを知る人間が一気に増えてしまうので、今回はパスすることにした。彼女がセフ村に来る時までお預けになるだろうな。ごめん、リーディアちゃん。  それから、ウキちゃんと俺達は、行きとは対照的に、ゆっくりと空の旅を楽しみながら、帰路についた。  午後六時四十分。アドとの『ザ・茶番』の開演が迫っていた。姫達は予定の場所にスタンバイしている。メインストリートから二回路地に入り、人通りが少ない道を進み、さらに建物も少なくなる小道だ。  服装は、いかにもチンピラの格好なのだが、全員中身は女なので違和感は相当ある。しかも、これで城から出てきたから、なおさら面白い。城内の人達も門兵も驚いていたが、姫を通して『国士に協力したい』という理由で、王には許可をもらっているので問題ない。  パルミス公爵からも、『本日午後六時から十五分の間、および同午後九時三十分から三十分の間、怪しい姿の女五人組が城内を徘徊するかもしれないが、見なかったことにするように』と前代未聞の通達があった。  それでも驚いてしまうのだから、非日常の光景だったのだろう。コリンゼはもちろんそれを知っていたので、わざわざ姫達の姿を見に、正面扉の前で孤児院出身の二人と待っていて、見た瞬間にみんなで笑っていた。彼女達は、姫達の向こうの壁を見て笑っていたということにして、通達違反を免れていた。王の誤魔化しがコリンゼに受け継がれてしまったのか……。  門から出たあとは、町民に通報されないように、人通りが皆無の道を進んで今の場所まで来て、仕上げの変装魔法を個別のヨルンと合わせて全員にかけたというわけだ。俺達は、アド達の様子を適宜確認するため、夕日が沈んだ頃に合わせて触手を増やし、いくつかの建物の屋根にそれらを配置している。ウキちゃんは、例のごとくヨルンの腕輪に変身している。自分も参加したいとは言っていたが、アド達に説明できないし、店の予約人数も変更できないため、今回は観客だ。俺達も同じ観客として楽しませてもらおう。 「シュウ様の合図です。前方二百メートルまで来ました」  俺達は、クリスの腕を軽く二回締め付けて合図を送ると、縮小化を温存するために、その場から離れた。そもそも、今の誰も外套を羽織っていないので、隠れる場所がないということもある。  チンピラ一味は、そのままたむろしていると、連れのアンリさんから怪しまれ、道を変えようと言われかねないため、それぞれ距離を取り、直前まで無関係を装った。ぶつかり役の姫だけは道の真ん中に残っている。  アド達が三十メートルほどまで近づいて来た時を見計らって、他の四人が姫の所に集まる。そして、姫達がアド達に向かって歩きだした。アドは向かって左側、アンリさんは右側にいたので、姫は一味の左側に陣取った。おさらいしておくと、三下がヨルン、アネキが姫、知能派子分がクリス、異常者系子分がユキちゃん、ボスがシンシアだ。  二つのグループがすれ違う瞬間、ついにそれは開幕した。 「いってぇぇ! い、いてぇぇよぉぉ! お、折れた……これ折れたわ! いや……砕けてるわ! 完全に砕けてるわこれぇぇぇぇ! ちょ……お前、アタイの体を支えてくれ」 「へい! アネキ! ……おい、てめぇ! アネキになんてことしやがる! アネキ、大丈夫ですかい⁉」  左肩の骨が粉々に砕けたアネキの肩を強く掴んで心配する三下。 「おやおや、これは困ったことになりましたねぇ。私の見積もりでは治療費と慰謝料合わせて、金貨五百枚はもらわないと、メンツが丸潰れですよ」 「ア、アタイ……オンナ……オカシタイ……オカシタイィィィ‼」  知能派の子分が法外な値段を吹っ掛け、異常者の子分が何か言った。 「す、すみません……」  こんなバカみたいな奴らにも律儀に謝るアンリさん。その表情は何が起こっているか分からない様子だった。 「おい、バカも休み休み言えよ。そんな金、払うわけねぇだろうが!」  アドが異常者を無視して、一味の要求を喧嘩腰に拒否した。 「はぁぁぁ⁉ アネキをこんな身体にしておいて金を払えねぇとは、義理も人情もねぇ、とんだ甲斐性なしじゃねぇか! つまらねぇ男だなぁ、おい! こんなつまらねぇ男の連れなら、さぞかしつまらねぇ女なんだろうなぁ! ボス、いかがですか?」 「つまらん……」  ボスが低い声でボソッと一言だけ答えた。 「ほら見やがれ! ボスも『つまらねぇ、こんなつまらねぇカップルは初めて見た。世界中どこを探してもこんなつまらねぇカップルは見たことがねぇ。あー、つまらねぇ。特に女の方がつまらねぇ』とおっしゃってるじゃねぇか!」 「流石ボス。私の天才的な頭脳による分析でも、『女の方はつまらない』という結果が得られました」 「ア、アタイ……ツマラナイ……オンナ……オカシタイ……オカシタイィィィ‼」  アンリさんを寄ってたかって『つまらない女』と罵る三下と他三人。 「どうしてくれるんだよ、アタイの身体……うっ! はぁ……はぁ……アタイはなぁ……『面白い男』『面白い女』って言葉を、加害カップルのそれぞれから本音で聞かないと、折れた骨が治らない体質なんだ……こんなつまらねぇカップルを前にしちゃ、一生治らねぇじゃねぇかよぉ……!」  ぶつかっていない右肩を抑えつつ、息を切らしながら特異体質を告白するアネキ。 「アネキぃ……。おい、お前ら! よく聞け! アネキはなぁ、『面白い男』『面白い女』って言葉を、加害カップルのそれぞれから本音で聞かないと、折れた骨が治らない体質だから、医者に『面白い男』『面白い女』って言葉を、加害カップルのそれぞれから本音で聞かないと、折れた骨が治らないよって言われてるんだ! 分かるか? 『面白い男』『面白い女』って言葉を、加害カップルのそれぞれから本音で聞かないと、折れた骨が治らないアネキの気持ちが!」  しつこいぐらいに、『面白い男』『面白い女』って言葉を、加害カップルのそれぞれから本音で聞かないと、折れた骨が治らないことを強調する三下。  すると、アドが一歩前に出た。 「勝手なことを言ってくれるじゃねぇか。昔はどうだったか分からねぇ。だが、今のアンリはなぁ、俺を楽しませようとしてくれる。時々難解な問いかけやギャグで、俺を試そうとしてくるが、俺にとっては十分楽しめる丁度良いレベルだ。  それに、明るくて気遣いもできて、頭の良さが滲み出てる。仕事に対する姿勢だって、今は前のめりだ。本質を捉えて、どんどん改善しようとする。こいつと日常で話したら、次はどんな言葉が出てくるのか興味が湧いてくるんだ。  もしかしたら、俺を引き上げてくれてるのかもしれねぇ。だから、お前らがどう思おうと関係ねぇ。  俺が面白いと思えば面白いんだよ! アンリは間違いなく『面白い女』だ!」  アドがアンリさんの面白いところを挙げて、ほとんど告白のような熱い台詞を口にした。それを聞いたアンリさんは驚きの表情でアドを見ていた。 「はぁ……はぁ……なるほどね……。この女が『面白い女』だってことは分かったよ。でも、あんたが面白いとは限らないよねぇ! そんな恥ずかしくなるような台詞を言っちゃってさぁ! 『真面目くん』じゃねぇか! とても『面白い男』とは思えないねぇ! つまらな臭がプンプン漂ってくるよ! お前らもそう思うだろ?」  肩が砕かれたはずなのに、両手をバッと勢い良く広げてポーズを取るアネキ。 「流石アネキ。私の分析によると、この男が『つまらない男』の確率、百パーセントです」 「あ、私、男は興味ないんで」  つまらない分析結果をはじき出した知能派と、いきなり素に戻った異常者改め百合好き一般人。 「アネキのおっしゃる通りです! ボス、いかがですか?」 「つまらん……」  ボソが低い声でボスッと一言だけ答えた。あ、間違えた。まあ、いいか。 「ほら見やがれ! ボスも『やっぱり男の方がつまらねぇ』とおっしゃってるじゃねぇか!」  手のひらを鮮やかに返したボスの意見を代弁する三下。 「これで分かっただろ? あんたみたいな『つまらない男』が存在したことが、アタイの不幸だったってわけだ……。とっとと、アタイ達『ファルサー』と、この女に『つまらない男』認定されたことを認めて、惨めに金貨六百枚、置いて帰りな」  金貨の枚数を二割も水増しして請求するアネキ。 「くっ……! これまでかよ……。せめて五百九十枚に……」  悔しそうな表情で『面白い男』認定を諦めかけるアド。 「待ってください!」  その時、アンリさんがアネキに向かって声を上げた。 「アン……リ……?」  アドは、アンリさんの方を見て戸惑いの表情をした。 「本当に……私が『それ』を言ったら、アネキさんの肩が治るんですか?」  アンリさんはぷるぷると震えながら、アネキに確認のための質問をした。 「ああ、約束しよう」  アネキがニヤつきながら答えた。 「アンリ! やめろ! そいつの言うことを聞くな!」 「ごめんね、アド。私、言うよ……。だって、銅貨四百九十枚なんて一生働いても払えないでしょ?」  アンリさんは涙ぐんでアドを見つめ、いつの間にか一気に値下がりして、普通に払えるようになった金額の代わりに自分が犠牲になろうとしていた。  と言うより、いつの間にか一味が脅迫して変なことをさせようとしていることになっていた。当然、台本にはない展開だ。 「楽しみですねぇ。どんな声を聞かせてくれるのか。私の分析では分かりかねますねぇ」 「ジュルリ……オンナ……オカシタイ……オカシタイィィィ‼」 「くっくっく、流石アネキ。この女、もう堕ちる寸前じゃないっすか。ボス、いかかですか?」 「つまらん……」 「ほら見やがれ! ボスも『これは楽しみだ。良い声で鳴いてくれよ』とおっしゃってるじゃねぇか!」  予約の時間、間に合うかな……。まあ、前後すると言ってあるから問題ないけど。 「やめてくれ……アンリ。一生働いてでも、分割してでも払うから……」 「ダメだよ、アド。そんなことしたら、利子だけ払い続けることになって、元本がずっと減らない泥沼に陥っちゃう……。それにね、もう決めたことだから……」 「アンリ……。いやだ……アンリーーーーーー‼」  周りの建物には聞こえない程度の声量に抑えたアドの叫びが微妙に響いた。 「よく聞きなさい! 私にとって、アドの言葉は新鮮で衝撃的だった。アドに言われて気付いたの。私は本当に『つまらない女』だったって。それから私は変わった。自分が面白くする意識を持つようになってからは、環境も話し相手も自分も面白いと感じるようになった。まあ、話し相手と言っても限られてるけど……。普通はすぐに話が終わっちゃう。  でも、アドは違う。話してると楽しく感じて、内容がどんなにくだらなくても、今みたいにもっと続けたくなっちゃう。  それでも、私は怖かった。自分が『つまらない女』のままなんじゃないかって。ただ話に付き合ってくれてるだけなんじゃないかって。今日の誕生日に合わせてアドから食事に誘ってくれたのは嬉しかったけど、怖さもあった。『つまらない女』の烙印を押されて、愛想を尽かされたらどうしようって。こんな気持ち、初めてだった。そんなことをウジウジと考えてたのに、アドは私を『面白い女』って言ってくれた。  私の方こそ言いたいよ。アドは、いつも本質を突いていて、口調は乱暴だけどかっこいいこと言って、頭が良くて、家族思いで優しくて、私を楽しませてくれる。  私の方なんだよ。あなたに引き上げられてるのは。  そして、今日初めて知ったこと。こんなに素敵な人達と楽しい時間を過ごさせてくれる。私もアドの真似していいかな?  誰がどう思おうと関係ない。私にとって間違いなくアドは『面白い男』だよ!」  アンリさんはそう言うと、アドに抱き付いた。アドは少しの驚きのあと、彼女を強く抱き締めた。 「アンリ、好きだ。愛してる」 「私も。アド、愛してるよ」  二人が抱き合っているのをしばらく黙って見ていた一味が、頃合いと見て、茶番を再開した。 「おお! 肩が……肩が治った! 信じらんねぇ! ……どうやら本気みてぇだな。いいだろう、認めてやるよ。今日はアタイ達のおごりだ! 盛大にやろうぜ! ボス、いいですよね?」 「……」  アネキの確認に、ボスは無言でオーケーのサインを出した。ここいる? 「私の分析では、このまま行くと予約時間は確実に過ぎますね」 「リョウリ……クイタイ……クイタイィィィ‼」 「かくして、アネキの快気祝いと、『面白いカップル』の誕生を祝うため、一同は十九時から七名で予約済みの『ラ・ブフロ』に向かうのであった」  最後は三下が締めて、『劇団茶番』の『ザ・茶番』は幕を閉じた。俺達は隠れながらみんなのあとを追い、店の前で一番後ろを歩いているクリスの外套に入ることになっている。 「それでは、変装魔法を一度解除します。店内には他にも客がいるので、髪色だけ直前に変えます」  クリスとヨルンが詠唱したあと、解除魔法を発動した。 「あんたが台本を書いたんだろ? ありがとよ。良い台本だったぜ。演技もすごかったなぁ。圧倒されたぜ」  アドが一味の中で初めて見る一人に声をかけた。 「ふふふっ、ありがとうございます。こちらこそ楽しませていただきました。そして、お二人とも、おめでとうございます。私も台本を書いた甲斐があり、安心しました」 「随分丁寧な口調だな。それに、この気品……、どこかで見たことがあるような……。いや、まさかな……。なあ、まさかそんなことはないよな?」 「そのまさかだ。この方はリリア王女殿下だ」  まさかアネキが姫だったとは思いもよらなかったアドに、シンシアは真実を話した。 「なっ……! 大変失礼いたしました! 王女殿下とは露知らず……」  アドとアンリさんは驚きと同時に、すぐさまその場で跪いた。王家に対しては、流石のアドもいつもの態度とは行かないようだ。 「いえ、お気になさらず、普通にしていただいて結構ですよ。隠していたのは私ですし。これからの食事も、私のことはアネキを演じた一般人だと思って、接してください。二人のお祝いに水を差すことになるのは嫌ですから」 「はっ! 仰せのままに! ……って、アネキからあんな台本が飛び出してくるなんて、マジで夢にも思わなかったぜ。俺に対するサプライズにもなってるじゃねぇか!」 「あの……ということは、騎士団長のシンシアさんですか?」  アンリさんがシンシアに尋ねた。 「ああ。しかし、まだ城下町には情報が行き渡っていないと思うが、私はもう騎士団長ではない。その上の最高戦略騎士に志願して任命された。騎士団長はコリンゼだ」 「は⁉ 貴族でもないのに、大抜擢じゃねぇか! なるほど、だから今日参加できなかったのか。やったなぁ、コリン。俺が『おめでとう』って言ってたって伝えといてくれねぇか?」 「分かった。おそらく、ギルド長には情報が行っているはずだから、明日にはアンリにもそのことが伝えられるだろう」 「承知しました。このような所でアネキさんとシンシアさんにお会いできて嬉しい限りです」  アンリさんが畏まって返事をすると、ユキちゃんが一歩前に出た。 「アドさん、例の猫さんだけど、助けたあとにどこかに行っちゃって……。でも、ついさっきそこで見かけて、『良い子だからここで待っててね』とは言ったんだけど、まだいるかな?」 「僕が行ってきます」  ユキちゃんの言葉のあとに、ヨルンが草葉の陰に行き、しゃがみ込むと、ウキちゃんが腕輪から黒猫に変身した。 「みゃー」  ウキちゃんが鳴き声と共に、アドの前に姿を現した。 「おー、良かったなぁ、お前。心配したんだぜ。って言うか、この茶番を前によく待ってたな。相当賢いんだな」 「わー、かわいい。怪我でもしてたの?」  アンリさんが、予想通りウキちゃんについて聞いてきたが、魔法生物については、アドはすでに知っているので、その内、アンリさんにも伝わるだろうと思い、存在を隠すのをやめた。まあ、アドに任せるということだ。 「ああ、孤児院の近くにいたから、回復魔法で治してもらったんだ」  アドはそれ以上、アンリさんに説明しなかった。説明する必要もないと考えたのだろう。  ウキちゃんは、しゃがんだ二人に撫でられて気持ち良さそうだったが、しばらくすると、ゆっくりと街の方に歩いていった。みんなから見えなくなったところで、元の姿に戻り、後ろに回したヨルンの左腕にまた戻っていった。 「では、行こうか」  そして、シンシアを先頭に、面白いカップル誕生パーティー会場へ向かった。  それから一同は変装魔法をかけた上で『ラ・ブフロ』に入り、国賓用の最高の食事を味わいながら、茶番の反省会を含めて楽しい時間を過ごした。店に入った早々、チンピラ一味の様子を見た他の客が驚いていたことは言うまでもない。  パーティー終了後、一同は店の外に出ると、シンシア達が明日城下町を出発するため、そのままアド達と別れの挨拶を済ませることにした。 「マジで世話になったな。改めて礼を言うぜ。ありがとう。ショクシュウ村にも必ず行くからな!」  アドが一歩前に出て礼を言うと、アンリさんも前に出た。 「私からもお礼を言わせてください。本当にありがとうございました。アドとは絶対に幸せになりますから!」 「ああ、必ずまた会おう。それに、アネキが仲を取り持ったんだ。幸せになってもらわないと困る」 「その通りですよ。これはアネキからの命令です。必ず二人一緒に幸せになるんだよ!」  シンシアとアネキが、アドとアンリさんに念を押すと、二人は少し背中を丸めながら、ゴマすりのポーズをし、息を合わせた。 「へい! アネキ!」  アドとアンリさんがチームメンバーに加入し、三下のような返事をすると、一同は笑い、そのまま手を振って笑顔で別れた。



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前のエピソード 俺達と女の子達が勲章受章して魔法生物を救済する話(3/3)

俺達と女の子達が建築士と情報共有して茶番作戦の実行と敵勢力を明らかにする話(1/2)

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 三十日目午前十時三十分頃。  ユキちゃんの父親、キールさんが外で待ち合わせをして、一人の女性を家に招き入れた。例の同僚だ。俺達は居間の隅に縮小化して様子を見ている。  キールさんが前に言った通り、体格が良く、重そうな荷物も持っているが、それを全く感じさせない余裕があり、気前も良さそうだ。髪は赤毛で、適度なショートカット。顔だけ見れば、美男と美女の間、どちらかと言うと男寄りの中性的な印象だ。  服装はタンクトップで、日焼け跡のコントラストと、ただでさえ巨乳なのに、小さめのサイズの薄着により、さらに胸が強調されてとんでもないエロさを感じる。同じ空間でアースリーちゃんと並ぶと圧巻だ。チートスキルは持っていなかった。 「まあ、とりあえず座ってくれ。紹介しよう。出張先で同僚だった『マリティ』だ。こちらは、娘のユキの友達、アースリーちゃん、アースリーちゃんの友達のイリスちゃん、そして、よく話に出していた俺の妻だ。ユキは旅に出ている。今は城にいるそうだ」 「よろしくな。あたしの態度は誰が相手でもこんな感じだから気にしないでくれ。それにしても、キールの嫁さん、ホントに美人だったんだな。これなら、『妻一筋』『家族一筋』って言うのも分かるぜ。あ、変な言い方しちまったかな。あたしがキールにアプローチしたとかじゃないからな」  キールさんの紹介に、マリティは豪快さと大胆さと気遣いが混ざったような言葉を発した。声は思ったより高いな。シンシアぐらいだろうか。『ガハハ』とか笑わなさそうだし、似合わなさそうだ。 「あら、ありがとう。でも、それを言うならあなただって、魅力が詰まったような人よ。大工の妻達がみんな心配しちゃうんじゃないかと思うほど」 「いやぁ……それを言うならアースリーだろ。こんな子がこの村にいるなんてな……。きっと、王族のハートも射止めるぜ。あたしでさえ、抱き付きたくなっちまう。なぜか、かわいい子どももいるようだが、一体どういうことなんだ? アースリーが話したいことと関係があるのか?」  ユキちゃんの母親の言葉に、打って変わってアースリーちゃんとイリスちゃんに興味を持ったマリティ。アースリーちゃんがマリティと話したいということは、キールさんから手紙で伝えていたらしい。 「私がイリスちゃんといると安心するので付いて来てもらいました。早速ですが、お話というのは他でもありません。マリティさんは建築設計ができると聞きました。そこで、最低三十人住める屋敷を設計してほしいんです!  できれば、村一つ丸ごとを最初から作るつもりで、最高の村や町にするための設計をお願いします」 「はぁ⁉ なんでそんなこと……。いや、マジでなんでだよ……」  マリティは、想像を超えるアースリーちゃんのお願いに困惑していた。しかし、ただ困っているわけでもないような反応だ。  何と言うか、その言葉がどうして出てきたのか信じられないという反応のように見える。 「ユキちゃんが男爵位を与えられて、領地を持つことになったからです。何もないところからなので、理想の村を作れます。マリティさんは、優秀な大工と聞きました。  これは、私の勝手な推察ですが、設計がただできるわけではなく、しっかりと学んでいるのではないかと思いました。それなら、あなたの理想の『家』があるはずです。優れたデザインで、かつ周囲と調和した『家』が。  周囲があるということは、一つの家を考えるだけでは成り立ちません。その隣、正面、後ろ、全ての家、店、道路、水路、景色を考え、当然、領主の屋敷も考える必要があります。  ユキちゃんは、『優しい村を作りたい。愛と感謝と笑顔で溢れた村を』と言っていました。誰だって、そんな村を作れるなら作りたいじゃないですか。住みたいじゃないですか。もちろん、それは簡単なことではありません。不可能かもしれません。  でも、トップが理想を追い求めなくてどうするんですか。夢を語らなくてどうするんですか。ユキちゃんなら、みんなの夢を叶えてくれる。そういう子なんです。お金はたくさんあります。どうかお願いします!」  マリティを除き、その場の全員が、アースリーちゃんの熱く魂が込められた説得に影響され、真剣な眼差しでマリティを見つめた。  すると、マリティはそれらの視線を切るように俯き、間もなく両手でテーブルをバンと叩き、立ち上がった。 「あたしは、そんなことを聞きたいんじゃない! 『なんであたしの夢を叶えてくれるんだよ』ってことだ!」 「え?」  マリティはそう言うと、キョトンとしたアースリーちゃんを横目に、自分の荷物を漁り始め、細く丸められた紙を数枚取り出して、テーブルに並べた。その一番上には、都市デザイン図のような、一つの村をイメージした絵が詳細に描かれており、残りは、精密な建築設計図のようだった。屋敷大のものから一軒家のものまである。 「こんなことあるのかよ……。それなら『もうできてる』んだよ……。マジで信じられねぇ……。これがあたしの理想の村で、あんたらの理想の村のデザインと図面だよ。屋敷はパーティーホールと宿泊客用の部屋を考慮して、三十人にプラス十人の部屋と広さを確保してある」  マリティは、テーブルに両手を付きながら、最初は戸惑っていたが、その紙についての説明を始めた。 「こっちは宿屋と食堂、こっちは一般家屋、上級家屋、集合住宅、こっちは乗合馬車と馬の厩舎、こっちは公園と広場。居住域拡大の方角優先度の考え方はこれ」  これも『勇運』の力なのか。彼女達が小さい頃に思い描いていた夢がお互いに影響して今に至るということか?  「えー! すっごーい! マリティお姉ちゃん、これ一人で全部書いたってことだよね!」 「マリティ、お前、これいつから書いてたんだよ! 俺には話しすらしなかっただろ!」  イリスちゃんの子どもらしい反応の直後に、キールさんが大きい声で問い詰めた。決して怒ってはいない。 「そりゃあ、恥ずかしいからに決まってるだろ! イメージだけなら小さい頃から。実際に書き始めたのは家を出る前からだ。それから少しずつ図面を引いてった。もちろん、こんな村を作れるなんて思って書いてたわけじゃない。それでも、この中の一つでも任されて、現実に建てられたら、と夢見るぐらいは許してくれよ。  まあ、正直、ただの暇つぶしだった。でも、楽しいから書いてた。それが、いきなり全部現実になるなんて信じられるわけねぇだろ! どうしてだ。どうしてあたしがその夢を持っていることが分かった? コンセプトまで同じなんだぞ? どうしてその話をあたしにしたんだ! 教えてくれ!」  マリティはアースリーちゃんに食って掛かるように質問した。すると、すかさずイリスちゃんが口を開いた。 「ねぇ、マリティお姉ちゃん。そういうのを『運命』って言うんじゃないの? 『奇跡』って言うんじゃないの? 誰にも説明できないことが起こった時、それが今だよね? 偶然すぎて怖いって気持ちは分かるよ。裏で何か調べられてるかもしれないもんね。それで、騙されるかもしれないし。  じゃあ、こういうのはどう? アースリーお姉ちゃんがお金を最初に『全部』、マリティお姉ちゃんに渡す。足りなければさらに渡す。そしたら、本気って信じられるでしょ? 何かあっても、損することはないよね」  イリスちゃんがマリティに『理想』と『現実』の両方を示して、マリティを説得した。 「い、いや、それはダメだ。前金と費用はもらうが、それぞれ建て終わってから報酬をもらう……って、ああ、言っちまった……。…………。ま、いっか……。よし! 面白そうだ、全部やってやろうじゃないか! よろしく頼むぜ!」  マリティは、イリスちゃんの特異な説得をそのまま受け入れ、ユキちゃんの代理であるアースリーちゃんの依頼を受けた。マリティも切り替えが早そうだ。 「ありがとうございます!」 「それじゃあ、キールの旦那。あんたが大工兼現場監督だ。その方が、効率が良い。この屋敷の図面に書いてある資材の確保を頼む。とりあえず、まだ確保できるかの確認だけだ。発注はあたしが現地調査をしたあとだ。  それと、大工屋と土木屋も確保するために、まずは大手に片っ端から連絡だ。必要なら、あたしとあんたの知り合いにも連絡する。  それから、アースリー。現地調査のための護衛をどこかのギルドに依頼してくれ。護衛が来るまでは、あんた達の希望を聞いて、細かい所を詰めていく。  結界を張る魔法使いは、知り合いに優秀な魔法使いがいる領主が用意する場合もあるらしいが、普通は土木屋が用意するから、こっちで依頼する必要はない。  人をかき集めれば、土木の基礎工事開始は、早くて二、三週間後、建築の基礎工事開始は、早くて二ヶ月後ぐらい。竣工は早くても半年後ぐらいだろう」  たとえ半年後でも、十分に早い気がする。一応、効率的な工法も調べておくか。質の良いセメントやコンクリートの作り方も教え、村専用の土木建築業者を抱え込むつもりで進める予定だ。 「あの、実はまだあって……。上下水道施設も作りたいんです。濾過装置、水道管、ポンプ、貯水槽が必要なので、優秀な金属加工職人を知っていたら教えてください。金属で補強して耐震構造にもしたいです」  俺がイリスちゃんに教えた上下水道の仕組みを、アースリーちゃんが簡単にまとめて、要求に追加した。 「え……。職人は知ってるけど、そんな専用施設は城下町にもないんじゃないか? もしかして、未来都市でも作るつもりなのか?」 「はい。私達なら可能です」  アースリーちゃんは自信満々に答えた。 「……。あははは! いいねぇ。建築家としては、もっと面白くなりそうだ。職人が住める村にもしないといけないな。一々移動や運搬をしてたら切りがないから。業者に連絡する時は、『建築、土木、金属加工の最新技術を使った村を作りたくないか?』って書くのもアリかもな。  でも、自然はある程度残すよ。いや、この場合は移植するって言った方が良いか。それが、バランスと調和に繋がる。めちゃくちゃ忙しくなりそうだ」 「マリティお姉ちゃんは、どんなお仕事でセフ村に来たの? そっちの仕事は大丈夫?」  イリスちゃんがマリティに質問した。 「村長の娘との打ち合わせだ。あたし宛に手紙が来て、村の人が家を建てたいと言ってるけど、村の発展方針も含めて、どうしたらいいか分からないから相談したいって。まだ正式な話じゃないから、こっちが先だ」 「⁉」  マリティの回答に、イリスちゃんとアースリーちゃんが驚いた。 「その手紙、見せてもらえますか⁉」 「あ、ああ。まあ、見られてマズイものでもないからな。誰かに話してもいいって書かれてたし」  マリティは荷物から手紙を取り出して、アースリーちゃんに渡した。それを読んで、アースリーちゃんはイリスちゃんの方を見て頷いた。『アースリーちゃんが書いた手紙』で間違いないということか。 「実は、私が村長の娘です。黙っていてすみません。名前を聞いた時には、びっくりしました。マリティさんが、まさかユキちゃんのお父さんの同僚だとは思わなくて」 「そうか……。話の続きをする前に、先に宿屋を確保しておきたい。アースリー、イリス、案内してくれ」  シキちゃんがアースリーちゃんにかけた催眠魔法で、マリティにも手紙を送るようにしていたのか。連絡の時間を短縮してくれて助かった。  ただ、この様子だとマリティに違和感を与えてしまったな。これを機に聞いてくるだろう。 「……で、その手紙について、何か隠してることがあるんだろ? イリス、お前が答えてくれるのか?」  三人がユキちゃんの家を出たあと、宿屋に向かおうと歩みを少し進めると、やはりマリティが聞いてきた。イリスちゃんが異質な存在だということもバレているようだ。手紙はともかく、イリスちゃんにはよく気付いたな。 「ごめんね。宿屋の部屋で話すよ」  イリスちゃんが外では話せないとマリティに伝えた。一同は宿屋に着き、一人用の部屋を長期宿泊割引で確保すると、二階の部屋に向かい、ベッドに腰掛けた。 「マリティお姉ちゃんは、この先ずっとお世話になる、私達にとって色々な意味で大切な人だから、全てを話したいんだけど、今はまだ話せない。でも、少なくとも私のことは話せる。  私は、いわゆる天才と呼ばれている存在。実は、ただそれだけ。私は、自分と私の愛する人達のために行動している。それだけなんだよ。お姉ちゃんが心配する必要はない。その話せないことも、そのことで不利益を被るものじゃないから。  ねぇ、お姉ちゃん。天才と呼ばれる私が書いた上下水道施設のイメージ絵、見てみたくない? それを、村と調和させた建築デザインに洗練させた上で、設計図に起こしてほしい。各装置は私が設計して職人さんに回すけど、きっと私はあなたに『面白さ』を与え続けられると思うよ」 「すごいな……。子どもとは思えないオーラを感じるぜ。本当に目の前に天才がいるんだと実感できる……。なあ、これが偶然だったかだけ教えてくれ。全部イリスが予測したのか?」 「ううん、本当にただの『運』だよ。でも、それを確実に引き寄せることができる最強の『二人』がいる。だから『運命』。そして、その『二人』が慕っている存在がさらに『二人』いる。その存在を中心に全てが回っていると言っても過言じゃない。私もアースリーお姉ちゃんも、それぞれ慕っている内の一人だよ。言えるのはここまで。ほとんど言っちゃったね。それもマリティお姉ちゃんを信頼している証だと思ってね」 「分かった。ありがとよ。いつか聞けるってことで、それじゃあ、ちょっくら天才の絵を見せてもらいますか。ここにないってことはアースリーの家にあるのか? それで、あたしが描いたことにすればいいってことかな?」 「流石、マリティさん。その通りです!」  アースリーちゃんが笑顔でマリティに答えた。その後、一同はアースリーちゃんの家に行き、マリティがイリスちゃんの精密な絵を見て、息を呑んでいたのは言うまでもない。  これで、経験値牧場の話は一気に進んだが、何しろ物理的なものなので、完成までに時間がかかるのは仕方がない。半年という話だったが、上下水道設備を含めると、さらに時間はかかるだろう。プロがどんなに頑張っても、数日や一ヶ月そこらでできるものでもないのだ。急いで建てて、安全性に問題があっても困るしな。  それにしても、だんだん楽しみになってきたな。俺達は、いつの間にか屋敷の完成が待ち遠しくなっていた。 「シンシア……さん……右……手……挙げて……シンシアさん、右手挙げて」  ウキちゃんの『声』を聞いて、シンシアは右手を挙げた。つい先程、魔力音声変換魔法ができあがり、ウキちゃんに試してもらっている。 「とりあえず、ウキちゃんの声じゃなくて、不自然な声と発音だけど、こんな感じになった。思ったより難しいね。まだ、完成と言うには程遠いよ。周波数の再現とそのピークを表した『フォルマント』っていうのを一つ一つ決めなきゃいけないのが大変で、クリスさんとヨルンくんにも手伝ってもらって、シュウちゃんが言う『プログラミング』に近いことをやったんだよね。だから、詠唱がめちゃくちゃ長くなっちゃった。  ウキちゃんなら、そのメモに一度変身すれば理解できるし、無詠唱で一瞬で発動できるから、どんなに長くても平気だと思うけど、私達が使うのは現実的じゃないと思う。  それと、私達の言葉だと子音と母音の数が多くて、その組み合わせだとさらに多くなるから、いっそのこと日本語の発音にした。『L』と『R』の区別がなくて、『ライト』を区別できないけど、それでも十分に通じるから。そこまでやっても、詠唱が長いんだよね」  ユキちゃんでさえ、魔力停止魔法とは別の意味で一苦労の魔法だった。しかし、一度創造してしまえば、俺の『万象事典』にも載るので、長い詠唱を一言一句覚えておく必要はない。  それに、その『万象事典』に、ついにウキちゃんが変身できるようになったのだ。『ついに』と言っても、実は簡単に実現できた。なぜなら、個人フェイズのみとは言え、すでに『存在』しているものだったからだ。  ただ、本と違って、変身しただけでは、『万象事典』の内容を全て理解できるわけではなく、一ページ一ページ表示した項目しか、理解することはできないらしい。記憶装置のデータ内容を読み込むことができないからだ。  しかし、記憶装置の状態は保持できるので、別の物に変身してまた戻っても、閲覧履歴などは前回と同じままだ。 「本当にお疲れ様。気になったことがあるのだが、これで口が塞がれていても魔法の詠唱と発動ができることになるのか?」  シンシアがユキちゃんに質問した。 「できると言えばできるけど、ウキちゃんはともかく、人間には簡単にはできない。魔法使いを無力化するために手を不自由にするのと同じ原理で、魔力の流れが通常と異なるから、訓練しないと魔法を構築できないんだよね。  魔力音声変換魔法は、魔力粒子が魔法発動時に起こる振動を利用してるから、最初に発動してしまえば、そのあとの言葉は詠唱なしで変換できるけどね。そうじゃなかったら、一つの言葉を話すのに、何度も同じ詠唱を繰り返すことになる。いや、そもそも話せないか。  いずれにしても、最難関魔法だね。これなら、宙に水の文字を浮かせる魔法の方が簡単だったよ。元々、コミュニケーションが目的だからね。でも、その内、必要になることだと思ったから挑戦した。魔力を『データ化』する時に必要になるから。それができたら、シュウちゃんがいた世界よりも便利な物が発明できると思う」  ユキちゃんの言う通り、確かに数え切れない応用ができそうだ。入力装置が必要なくなるだけでも画期的だろう。 「ねぇ、シュウちゃん。セフ村に行ってみてもいい? 私が鳥に変身すれば、目立たずに行けるよね。昼食の時はみんなの魔力を食べてもいいとは言われてるけど、基本的に暇だし」  行動が早いな。良いことだと思う。ただ、一時間以内に着くのであれば、俺達も縮小化して背中に乗って行けるが、それでは時間が足りないのではないだろうか。セフ村から城までの経路は、約三百キロあり、直線距離にしても最低二百キロはある。航続速度が時速二百キロの鳥は存在しない。風向き次第では、さらに時間がかかってしまうだろう。  まあ、それは一気に行く場合の話で、十分間休めば、また縮小化できるようになるので、休憩場所を探して下りれば問題ない。  俺はどのようにセフ村に行くかを紙に書いた。 『俺達も行こう。イリスちゃんは俺達と会える部屋を持ってないから、まずはアースリーちゃんに会いに行く。セフ村の一番奥の家の屋根に下りることになる。予め、地図で確認しておこう。  ウキちゃんは後ろに時計が付いた首輪をしたハヤブサに変身してほしい。俺達が縮小化できるのは一時間で、十分間ほど休憩しないと再度縮小化できない。俺達からの肯定否定の合図、方向を指示する合図、地上に下りる合図、外敵から逃げる合図、殺す合図、助ける合図を決めておこう。砂でもメッセージを表せるけど、空中から砂を落としたくないから合図にした。茶番の時間までには余裕を持って帰ってくる』 「うん、ありがとう!」 「この部屋から飛び立つと下に警備兵がいて目立つので、三階のバルコニーに一度行きましょうか。外の窓際からであれば、変身を見られることもありません」  シンシアの提案に俺達も賛成した。早速、みんなでバルコニーに向かい、一度外に出て景色を堪能しているフリをしてから、触手を増やした俺達と元の姿に戻ったウキちゃんを残し、昼食のために食堂に向かった。  そして、ウキちゃんは窓際でハヤブサに変身し、俺達はさらに十センチの大きさまで縮小化して、彼女の背中まで移動して張り付いた。 「じゃあ、行くよ」  ウキちゃんが出発の魔力音声を静かに発した。彼女は手すりまでぴょんぴょんと跳ねるように移動し、その隙間から飛び降りると同時に翼を広げて、大空へ飛び立った。 「おおー! 飛んでるぅー!」  ゆうは初めての飛空に歓喜していた。もちろん、俺も空を直接飛ぶなんて初めてなので、テンションが高くなった。ものすごいスピードで空を飛ぶハヤブサのウキちゃん。  ハヤブサは時速六十キロから百キロほどのスピードで水平飛行できるらしい。獲物を狙う時の降下スピードは時速四百キロにも達する。空気抵抗を限りなく少なくした終端速度と言ってもいいので、それだけ上空を飛んでいるということだろう。  ちなみに、別の方法として、ドラゴンが実在すると仮定して変身しても、その速度が出せるか分からないし、ジェット気流も方角と合っておらず、利用できないので候補から外した。 「風を切るっていうのはこういうことを言うんだな。地上の風向きはよく分からなかったが、上空は追い風だから少し早く着きそうだ。  予定としては、今から四十五分後に休憩して、そこから五十五分後に休憩して、十三時半までには着くか。夜の移動なら、ホバー可能な戦闘機やヘリコプターに変身してもらって、もっと早く移動できるんだがなぁ」 「そこまでやって、飛行機音やプロペラ音は気にしないんだ。て言うか、実現できるの? 電子機器のオンパレードなのに」 「タッチパネル式の簡易操作にすれば、他の計器は無視していい。簡易操作は『万象事典』で実現済みだし、情報なら直接ウキちゃんが教えてくれる。今そうしてないのは、飛行のために、できるだけ重量を軽くしているからだ。  問題なのは、ジェット燃料がどの程度の魔力を消費するか分からないということだな。でも、多分行けると思う。なぜなら、魔力を借りて頑張れば城にも変身できることと、飛行分のジェット燃料を使って城を爆破できる規模を考えた時に、エネルギーの観点から、たとえ半壊しても城の方が大きいからだ。万全を期すなら、超低空のホバー状態を維持して、どれだけ魔力が消費するかを確かめてから、本格的に移動すればいいかな。  まあ、音は噂にはなるだろうな。ただ、それほど頻繁に高速移動する予定はないから、未確認のままいずれ忘れ去られるだろう。バレても誰も信じないだろうし」 「あ、ちょっと雑になってきた。本格的にチートできるようになって浮かれてるんじゃないの?」 「……。そうだな、浮かれるのは良くない。しっかり考えることにしよう。ありがとう、ゆう」 「今のは軽く言ったことだから気にしなくていいのに。あたしの方こそありがとう、お兄ちゃん。あたし達のために一生懸命考えてくれて」  本当に反省しなければいけないな。少し考えれば、空間防音魔法で音を消せることぐらいすぐに分かるのに……。また妹を危険に晒すところだった。やはり、万能感は人を狂わせてしまうな。あとで、このことをみんなにも共有しておこう。それが俺の反省文だ。 『反省文  私、相楽修一は、本日、六月十七日十一時三十分頃、ウキ=リッジさんの類まれなる変身能力により、人生初の非航空機飛行を経験し、その高揚感から、配慮に欠ける対応策を妹である相楽ゆうさんに提案してしまいました。  本来であれば、熟慮に熟慮を重ね、大切な方々の命を守るための思考と行動をすべきところを、自分の能力でないにもかかわらず、不必要な万能感を抱き、あろうことか、他者の忘却を策に組み込み、思考を放棄した言動をしてしまいました。危うく、大切な方々の命を私が奪うところでした。大変申し訳ありません。  本件を猛省し、皆様の安全を第一に考えることを強く誓い、また、自分が成長するための糧とし、二度とこのようなことがないよう、より一層精進していく次第です。  ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、親愛なる皆様あっての私でございます。今後も、皆様の温かい叱咤激励を不肖私にいただけると幸いです。重ね重ね、大変申し訳ありませんでした。以上』  これを二通作成し、ウキちゃんを知るみんなとイリスちゃん達に見せよう。ゆうに全裸で土下座した時に書いた反省文の経験を活かし、スラスラと思い付くことができた。当然、口だけでなく、行動で示すことが重要だ。気を引き締めていきたい。  それから何事もなくセフ村に着き、アースリーちゃんの家の屋根に俺達は下りた。ウキちゃんに疲労はないらしいので、常に全速力で飛んだ結果、予定よりも二十分早く着くことができた。  彼女は元の姿に戻ると、屋根をすり抜けてアースリーちゃんの部屋に行き、俺達は触手を消した。イリスちゃんには、トイレに外に出た時に、アースリーちゃんの家に寄るように伝えてあり、アースリーちゃんと部屋で合流済みだ。  そして、二人が驚かないように、部屋の俺達が合図を送ったあと、ウキちゃんに姿を現してもらった。その姿は猫少女で、午前中もそうだったので、どうやら基本はそれで行くらしい。夜以外では、『ニャ』とは言ってなかった。 「アースリーちゃん! イリスちゃん!」  ウキちゃんが部屋の外に聞こえない程度の声量で、しかし元気良く二人の名前を呼ぶと、すぐに彼女に抱き付いた。 「初めまして、ウキちゃん。本当にかわいいね。昔のユキちゃんみたい」  やっぱりそうなのか。 「えへへ、アースリーちゃん好き!」  ウキちゃんはもうアースリーちゃんのことが大好きになったようだ。魔法生物さえ虜にするアースリーちゃん、恐るべし。  マリティは、キールさん達に村の案内がてら、食事処に連れて行ってもらったようだ。午後二時から打ち合わせを再開するらしいので、少しの間ならイリスちゃんに『万象事典』を読んでもらうことができる。 「よろしくね、ウキお姉ちゃん!」 「私がお姉ちゃん……。イリスちゃん好き!」  ウキちゃんがイリスちゃんに抱き付いた。ちょろすぎない?  「ごめんね、ウキお姉ちゃん。あまり時間がなくて……。早速、見せてもらえるかな?」 「うん、分かった」  ウキちゃんがベッドに座り、『万象事典』に変身すると、それをイリスちゃんがすぐに手に取り、操作を始めた。何も説明しなくても使い方が分かるのは流石だ。  俺の万象事典は、こんなこともあろうかと、日本語と英語を切り替えられるようにしてある。イリスちゃんならもう少し時間があれば、そこに書いてある『日本語』の項目からすぐにマスターしてしまうだろうが、今は英語で読んでいるようだ。  やはり、読むスピードがとんでもなく速い。と言うより、映像記憶をしてからあとで『読む』のか。当然、動画は見ていない。イリスちゃんには全く迷いがなく、操作も正確なので、どの項目を読もうとしているのか目で追うことさえやっとだが、俺達がいた世界での先進国の一般的な生活レベルと移動手段に加え、村を作るために必要な都市設計に関する技術的な項目を主に記憶しているようだ。  また、ジャスティ国内の燃料や鉱物資源マップ、地下水脈マップ、村周辺の水質、土壌成分、海抜の高さまで確認し、さらには過去の天災周期までも確認していた。それらを十五分ほどで済ませて、残りは数学、物理学、化学、生物学、医学、電気工学、電子工学、量子力学、情報工学、機械工学、農業工学の基礎を見ていた。  あ、これもうイリスちゃんは学問で俺達を完全に超えたな。 「ふぅ……。ありがとう、ウキお姉ちゃん。今日はもう大丈夫」  打ち合わせの十分前にイリスちゃんは必要な記憶を終えて、ウキちゃんにお礼を言った。 「イリスちゃん、すごーい! 私より読むの速いよ!」  ウキちゃんが人の姿に戻って、感心していた。 「ううん、私は記憶してただけだよ。あとでゆっくり読ませてもらうね」  分速百ページのウキちゃんを超えるということは、イリスちゃんは四千ページ以上を一瞬で映像記憶していったのか。それを覚えたまま打ち合わせをして、あとで思い出して読み、理解、考察、再度記憶して、その最中でも残りの映像記憶は忘れない。控えめに言っても『神』だろ。  サヴァン症候群などで、代償と引き換えに、映像記憶ができる人はいるが、それでも記憶するためには時間を要する。イリスちゃんほどの速度は、同じ天才でも到達できない領域だろう。しかも、それを自慢せず、当たり前のように振る舞っている。 「よく天才キャラで、全教科テストの点数が満点なことを自慢してるバカいるでしょ? そんなの、お兄ちゃんだって、あたしだって、琴ちゃんだってできるのに、イリスちゃんにとっては、それは一呼吸するぐらい日常的なことなんだよね」  ゆうの意見には同意だ。 「今、俺も改めてそれを考えていた。作者や読者、あるいはイリスちゃんに対する俺達みたいな周囲の物差しが、学校のテストか知能テスト、記憶力、処理能力しかないのが理由の一つだろうが、そんなのは、真の天才にとってはどうでもいいことで、自慢にもならないんだよな。  もしかすると、それだけじゃなく、全てのことについて、一生自慢することはないんじゃないかとも思う。俺はイリスちゃんの才能を目の当たりにする度、いや、常にだけど、彼女が自慢できるようなことをしてあげられないだろうか、今より幸せを感じられるようにできないだろうかと考えている。難しいかもしれないけど」 「その気持ちが大事なんじゃないかな。だから、あたし達のことを好きになってくれてるんだと思うよ。それと、お兄ちゃん。イリスちゃんが天才だからって、一線引いちゃダメだからね。ちゃんと感情がある女の子なんだから」 「ありがとう、ゆう。そうだな、イリスちゃんに対しては、俺自身、憧れも含めて色々な感情があるのは間違いない。彼女もそれに気付いているだろう。  でも、大好きだという気持ちに変わりはない。絶対に後悔させたくないんだ。まあ、それも気負いすぎだと言われるかな。とりあえず、今夜はいっぱいペロペロしてあげるか」 「ペロリスト、きも。」  それはともかく、帰宅時間ということで、俺は机の黒板にメッセージを書いた。 『それじゃあ、ウキちゃん、帰ろうか。森の入口まで来たら村監視用の俺達がいるから拾っていって』 「うん。アースリーちゃん、イリスちゃん、またね!」  ウキちゃんは二人にキスをすると、元の姿に戻り、森の俺達の所まで来て、再びハヤブサになった。  本当はリーディアちゃんにも会わせてあげたいが、魔法生物のことを知る人間が一気に増えてしまうので、今回はパスすることにした。彼女がセフ村に来る時までお預けになるだろうな。ごめん、リーディアちゃん。  それから、ウキちゃんと俺達は、行きとは対照的に、ゆっくりと空の旅を楽しみながら、帰路についた。  午後六時四十分。アドとの『ザ・茶番』の開演が迫っていた。姫達は予定の場所にスタンバイしている。メインストリートから二回路地に入り、人通りが少ない道を進み、さらに建物も少なくなる小道だ。  服装は、いかにもチンピラの格好なのだが、全員中身は女なので違和感は相当ある。しかも、これで城から出てきたから、なおさら面白い。城内の人達も門兵も驚いていたが、姫を通して『国士に協力したい』という理由で、王には許可をもらっているので問題ない。  パルミス公爵からも、『本日午後六時から十五分の間、および同午後九時三十分から三十分の間、怪しい姿の女五人組が城内を徘徊するかもしれないが、見なかったことにするように』と前代未聞の通達があった。  それでも驚いてしまうのだから、非日常の光景だったのだろう。コリンゼはもちろんそれを知っていたので、わざわざ姫達の姿を見に、正面扉の前で孤児院出身の二人と待っていて、見た瞬間にみんなで笑っていた。彼女達は、姫達の向こうの壁を見て笑っていたということにして、通達違反を免れていた。王の誤魔化しがコリンゼに受け継がれてしまったのか……。  門から出たあとは、町民に通報されないように、人通りが皆無の道を進んで今の場所まで来て、仕上げの変装魔法を個別のヨルンと合わせて全員にかけたというわけだ。俺達は、アド達の様子を適宜確認するため、夕日が沈んだ頃に合わせて触手を増やし、いくつかの建物の屋根にそれらを配置している。ウキちゃんは、例のごとくヨルンの腕輪に変身している。自分も参加したいとは言っていたが、アド達に説明できないし、店の予約人数も変更できないため、今回は観客だ。俺達も同じ観客として楽しませてもらおう。 「シュウ様の合図です。前方二百メートルまで来ました」  俺達は、クリスの腕を軽く二回締め付けて合図を送ると、縮小化を温存するために、その場から離れた。そもそも、今の誰も外套を羽織っていないので、隠れる場所がないということもある。  チンピラ一味は、そのままたむろしていると、連れのアンリさんから怪しまれ、道を変えようと言われかねないため、それぞれ距離を取り、直前まで無関係を装った。ぶつかり役の姫だけは道の真ん中に残っている。  アド達が三十メートルほどまで近づいて来た時を見計らって、他の四人が姫の所に集まる。そして、姫達がアド達に向かって歩きだした。アドは向かって左側、アンリさんは右側にいたので、姫は一味の左側に陣取った。おさらいしておくと、三下がヨルン、アネキが姫、知能派子分がクリス、異常者系子分がユキちゃん、ボスがシンシアだ。  二つのグループがすれ違う瞬間、ついにそれは開幕した。 「いってぇぇ! い、いてぇぇよぉぉ! お、折れた……これ折れたわ! いや……砕けてるわ! 完全に砕けてるわこれぇぇぇぇ! ちょ……お前、アタイの体を支えてくれ」 「へい! アネキ! ……おい、てめぇ! アネキになんてことしやがる! アネキ、大丈夫ですかい⁉」  左肩の骨が粉々に砕けたアネキの肩を強く掴んで心配する三下。 「おやおや、これは困ったことになりましたねぇ。私の見積もりでは治療費と慰謝料合わせて、金貨五百枚はもらわないと、メンツが丸潰れですよ」 「ア、アタイ……オンナ……オカシタイ……オカシタイィィィ‼」  知能派の子分が法外な値段を吹っ掛け、異常者の子分が何か言った。 「す、すみません……」  こんなバカみたいな奴らにも律儀に謝るアンリさん。その表情は何が起こっているか分からない様子だった。 「おい、バカも休み休み言えよ。そんな金、払うわけねぇだろうが!」  アドが異常者を無視して、一味の要求を喧嘩腰に拒否した。 「はぁぁぁ⁉ アネキをこんな身体にしておいて金を払えねぇとは、義理も人情もねぇ、とんだ甲斐性なしじゃねぇか! つまらねぇ男だなぁ、おい! こんなつまらねぇ男の連れなら、さぞかしつまらねぇ女なんだろうなぁ! ボス、いかがですか?」 「つまらん……」  ボスが低い声でボソッと一言だけ答えた。 「ほら見やがれ! ボスも『つまらねぇ、こんなつまらねぇカップルは初めて見た。世界中どこを探してもこんなつまらねぇカップルは見たことがねぇ。あー、つまらねぇ。特に女の方がつまらねぇ』とおっしゃってるじゃねぇか!」 「流石ボス。私の天才的な頭脳による分析でも、『女の方はつまらない』という結果が得られました」 「ア、アタイ……ツマラナイ……オンナ……オカシタイ……オカシタイィィィ‼」  アンリさんを寄ってたかって『つまらない女』と罵る三下と他三人。 「どうしてくれるんだよ、アタイの身体……うっ! はぁ……はぁ……アタイはなぁ……『面白い男』『面白い女』って言葉を、加害カップルのそれぞれから本音で聞かないと、折れた骨が治らない体質なんだ……こんなつまらねぇカップルを前にしちゃ、一生治らねぇじゃねぇかよぉ……!」  ぶつかっていない右肩を抑えつつ、息を切らしながら特異体質を告白するアネキ。 「アネキぃ……。おい、お前ら! よく聞け! アネキはなぁ、『面白い男』『面白い女』って言葉を、加害カップルのそれぞれから本音で聞かないと、折れた骨が治らない体質だから、医者に『面白い男』『面白い女』って言葉を、加害カップルのそれぞれから本音で聞かないと、折れた骨が治らないよって言われてるんだ! 分かるか? 『面白い男』『面白い女』って言葉を、加害カップルのそれぞれから本音で聞かないと、折れた骨が治らないアネキの気持ちが!」  しつこいぐらいに、『面白い男』『面白い女』って言葉を、加害カップルのそれぞれから本音で聞かないと、折れた骨が治らないことを強調する三下。  すると、アドが一歩前に出た。 「勝手なことを言ってくれるじゃねぇか。昔はどうだったか分からねぇ。だが、今のアンリはなぁ、俺を楽しませようとしてくれる。時々難解な問いかけやギャグで、俺を試そうとしてくるが、俺にとっては十分楽しめる丁度良いレベルだ。  それに、明るくて気遣いもできて、頭の良さが滲み出てる。仕事に対する姿勢だって、今は前のめりだ。本質を捉えて、どんどん改善しようとする。こいつと日常で話したら、次はどんな言葉が出てくるのか興味が湧いてくるんだ。  もしかしたら、俺を引き上げてくれてるのかもしれねぇ。だから、お前らがどう思おうと関係ねぇ。  俺が面白いと思えば面白いんだよ! アンリは間違いなく『面白い女』だ!」  アドがアンリさんの面白いところを挙げて、ほとんど告白のような熱い台詞を口にした。それを聞いたアンリさんは驚きの表情でアドを見ていた。 「はぁ……はぁ……なるほどね……。この女が『面白い女』だってことは分かったよ。でも、あんたが面白いとは限らないよねぇ! そんな恥ずかしくなるような台詞を言っちゃってさぁ! 『真面目くん』じゃねぇか! とても『面白い男』とは思えないねぇ! つまらな臭がプンプン漂ってくるよ! お前らもそう思うだろ?」  肩が砕かれたはずなのに、両手をバッと勢い良く広げてポーズを取るアネキ。 「流石アネキ。私の分析によると、この男が『つまらない男』の確率、百パーセントです」 「あ、私、男は興味ないんで」  つまらない分析結果をはじき出した知能派と、いきなり素に戻った異常者改め百合好き一般人。 「アネキのおっしゃる通りです! ボス、いかがですか?」 「つまらん……」  ボソが低い声でボスッと一言だけ答えた。あ、間違えた。まあ、いいか。 「ほら見やがれ! ボスも『やっぱり男の方がつまらねぇ』とおっしゃってるじゃねぇか!」  手のひらを鮮やかに返したボスの意見を代弁する三下。 「これで分かっただろ? あんたみたいな『つまらない男』が存在したことが、アタイの不幸だったってわけだ……。とっとと、アタイ達『ファルサー』と、この女に『つまらない男』認定されたことを認めて、惨めに金貨六百枚、置いて帰りな」  金貨の枚数を二割も水増しして請求するアネキ。 「くっ……! これまでかよ……。せめて五百九十枚に……」  悔しそうな表情で『面白い男』認定を諦めかけるアド。 「待ってください!」  その時、アンリさんがアネキに向かって声を上げた。 「アン……リ……?」  アドは、アンリさんの方を見て戸惑いの表情をした。 「本当に……私が『それ』を言ったら、アネキさんの肩が治るんですか?」  アンリさんはぷるぷると震えながら、アネキに確認のための質問をした。 「ああ、約束しよう」  アネキがニヤつきながら答えた。 「アンリ! やめろ! そいつの言うことを聞くな!」 「ごめんね、アド。私、言うよ……。だって、銅貨四百九十枚なんて一生働いても払えないでしょ?」  アンリさんは涙ぐんでアドを見つめ、いつの間にか一気に値下がりして、普通に払えるようになった金額の代わりに自分が犠牲になろうとしていた。  と言うより、いつの間にか一味が脅迫して変なことをさせようとしていることになっていた。当然、台本にはない展開だ。 「楽しみですねぇ。どんな声を聞かせてくれるのか。私の分析では分かりかねますねぇ」 「ジュルリ……オンナ……オカシタイ……オカシタイィィィ‼」 「くっくっく、流石アネキ。この女、もう堕ちる寸前じゃないっすか。ボス、いかかですか?」 「つまらん……」 「ほら見やがれ! ボスも『これは楽しみだ。良い声で鳴いてくれよ』とおっしゃってるじゃねぇか!」  予約の時間、間に合うかな……。まあ、前後すると言ってあるから問題ないけど。 「やめてくれ……アンリ。一生働いてでも、分割してでも払うから……」 「ダメだよ、アド。そんなことしたら、利子だけ払い続けることになって、元本がずっと減らない泥沼に陥っちゃう……。それにね、もう決めたことだから……」 「アンリ……。いやだ……アンリーーーーーー‼」  周りの建物には聞こえない程度の声量に抑えたアドの叫びが微妙に響いた。 「よく聞きなさい! 私にとって、アドの言葉は新鮮で衝撃的だった。アドに言われて気付いたの。私は本当に『つまらない女』だったって。それから私は変わった。自分が面白くする意識を持つようになってからは、環境も話し相手も自分も面白いと感じるようになった。まあ、話し相手と言っても限られてるけど……。普通はすぐに話が終わっちゃう。  でも、アドは違う。話してると楽しく感じて、内容がどんなにくだらなくても、今みたいにもっと続けたくなっちゃう。  それでも、私は怖かった。自分が『つまらない女』のままなんじゃないかって。ただ話に付き合ってくれてるだけなんじゃないかって。今日の誕生日に合わせてアドから食事に誘ってくれたのは嬉しかったけど、怖さもあった。『つまらない女』の烙印を押されて、愛想を尽かされたらどうしようって。こんな気持ち、初めてだった。そんなことをウジウジと考えてたのに、アドは私を『面白い女』って言ってくれた。  私の方こそ言いたいよ。アドは、いつも本質を突いていて、口調は乱暴だけどかっこいいこと言って、頭が良くて、家族思いで優しくて、私を楽しませてくれる。  私の方なんだよ。あなたに引き上げられてるのは。  そして、今日初めて知ったこと。こんなに素敵な人達と楽しい時間を過ごさせてくれる。私もアドの真似していいかな?  誰がどう思おうと関係ない。私にとって間違いなくアドは『面白い男』だよ!」  アンリさんはそう言うと、アドに抱き付いた。アドは少しの驚きのあと、彼女を強く抱き締めた。 「アンリ、好きだ。愛してる」 「私も。アド、愛してるよ」  二人が抱き合っているのをしばらく黙って見ていた一味が、頃合いと見て、茶番を再開した。 「おお! 肩が……肩が治った! 信じらんねぇ! ……どうやら本気みてぇだな。いいだろう、認めてやるよ。今日はアタイ達のおごりだ! 盛大にやろうぜ! ボス、いいですよね?」 「……」  アネキの確認に、ボスは無言でオーケーのサインを出した。ここいる? 「私の分析では、このまま行くと予約時間は確実に過ぎますね」 「リョウリ……クイタイ……クイタイィィィ‼」 「かくして、アネキの快気祝いと、『面白いカップル』の誕生を祝うため、一同は十九時から七名で予約済みの『ラ・ブフロ』に向かうのであった」  最後は三下が締めて、『劇団茶番』の『ザ・茶番』は幕を閉じた。俺達は隠れながらみんなのあとを追い、店の前で一番後ろを歩いているクリスの外套に入ることになっている。 「それでは、変装魔法を一度解除します。店内には他にも客がいるので、髪色だけ直前に変えます」  クリスとヨルンが詠唱したあと、解除魔法を発動した。 「あんたが台本を書いたんだろ? ありがとよ。良い台本だったぜ。演技もすごかったなぁ。圧倒されたぜ」  アドが一味の中で初めて見る一人に声をかけた。 「ふふふっ、ありがとうございます。こちらこそ楽しませていただきました。そして、お二人とも、おめでとうございます。私も台本を書いた甲斐があり、安心しました」 「随分丁寧な口調だな。それに、この気品……、どこかで見たことがあるような……。いや、まさかな……。なあ、まさかそんなことはないよな?」 「そのまさかだ。この方はリリア王女殿下だ」  まさかアネキが姫だったとは思いもよらなかったアドに、シンシアは真実を話した。 「なっ……! 大変失礼いたしました! 王女殿下とは露知らず……」  アドとアンリさんは驚きと同時に、すぐさまその場で跪いた。王家に対しては、流石のアドもいつもの態度とは行かないようだ。 「いえ、お気になさらず、普通にしていただいて結構ですよ。隠していたのは私ですし。これからの食事も、私のことはアネキを演じた一般人だと思って、接してください。二人のお祝いに水を差すことになるのは嫌ですから」 「はっ! 仰せのままに! ……って、アネキからあんな台本が飛び出してくるなんて、マジで夢にも思わなかったぜ。俺に対するサプライズにもなってるじゃねぇか!」 「あの……ということは、騎士団長のシンシアさんですか?」  アンリさんがシンシアに尋ねた。 「ああ。しかし、まだ城下町には情報が行き渡っていないと思うが、私はもう騎士団長ではない。その上の最高戦略騎士に志願して任命された。騎士団長はコリンゼだ」 「は⁉ 貴族でもないのに、大抜擢じゃねぇか! なるほど、だから今日参加できなかったのか。やったなぁ、コリン。俺が『おめでとう』って言ってたって伝えといてくれねぇか?」 「分かった。おそらく、ギルド長には情報が行っているはずだから、明日にはアンリにもそのことが伝えられるだろう」 「承知しました。このような所でアネキさんとシンシアさんにお会いできて嬉しい限りです」  アンリさんが畏まって返事をすると、ユキちゃんが一歩前に出た。 「アドさん、例の猫さんだけど、助けたあとにどこかに行っちゃって……。でも、ついさっきそこで見かけて、『良い子だからここで待っててね』とは言ったんだけど、まだいるかな?」 「僕が行ってきます」  ユキちゃんの言葉のあとに、ヨルンが草葉の陰に行き、しゃがみ込むと、ウキちゃんが腕輪から黒猫に変身した。 「みゃー」  ウキちゃんが鳴き声と共に、アドの前に姿を現した。 「おー、良かったなぁ、お前。心配したんだぜ。って言うか、この茶番を前によく待ってたな。相当賢いんだな」 「わー、かわいい。怪我でもしてたの?」  アンリさんが、予想通りウキちゃんについて聞いてきたが、魔法生物については、アドはすでに知っているので、その内、アンリさんにも伝わるだろうと思い、存在を隠すのをやめた。まあ、アドに任せるということだ。 「ああ、孤児院の近くにいたから、回復魔法で治してもらったんだ」  アドはそれ以上、アンリさんに説明しなかった。説明する必要もないと考えたのだろう。  ウキちゃんは、しゃがんだ二人に撫でられて気持ち良さそうだったが、しばらくすると、ゆっくりと街の方に歩いていった。みんなから見えなくなったところで、元の姿に戻り、後ろに回したヨルンの左腕にまた戻っていった。 「では、行こうか」  そして、シンシアを先頭に、面白いカップル誕生パーティー会場へ向かった。  それから一同は変装魔法をかけた上で『ラ・ブフロ』に入り、国賓用の最高の食事を味わいながら、茶番の反省会を含めて楽しい時間を過ごした。店に入った早々、チンピラ一味の様子を見た他の客が驚いていたことは言うまでもない。  パーティー終了後、一同は店の外に出ると、シンシア達が明日城下町を出発するため、そのままアド達と別れの挨拶を済ませることにした。 「マジで世話になったな。改めて礼を言うぜ。ありがとう。ショクシュウ村にも必ず行くからな!」  アドが一歩前に出て礼を言うと、アンリさんも前に出た。 「私からもお礼を言わせてください。本当にありがとうございました。アドとは絶対に幸せになりますから!」 「ああ、必ずまた会おう。それに、アネキが仲を取り持ったんだ。幸せになってもらわないと困る」 「その通りですよ。これはアネキからの命令です。必ず二人一緒に幸せになるんだよ!」  シンシアとアネキが、アドとアンリさんに念を押すと、二人は少し背中を丸めながら、ゴマすりのポーズをし、息を合わせた。 「へい! アネキ!」  アドとアンリさんがチームメンバーに加入し、三下のような返事をすると、一同は笑い、そのまま手を振って笑顔で別れた。



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