俺達と女の子が初回接触してスキルを取得する話(2/3)

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「多分だけど、イリスちゃんってかなり頭良いんじゃないかな」  反省会の開催宣言の前に、ゆうがイリスちゃんの印象を突然語り出した。俺達は、落ち着いて議論できるように、森の中の比較的安全だと思われる場所まで戻ってきている。 「全く噛まれる気配がなかった。今思えば、何が起こったか分からなかったって言うより、もし噛んだら、暴れられて酷いことになるか、逆に舌を噛まれるとすぐに考えたんだと思う。  お兄ちゃんが聖水をほとんど飲み終える時点で、あたし達の目的が体液だけってことを察して、じっとしていれば、従っていれば危害を加えられないと判断した。そのあとに、あたしが口に入ろうとした時、自分から口を開けたし。  これはお兄ちゃんなら言わなくても分かるだろうけど、あたしのジェスチャーもすぐに理解したし、別れ際に手を振ったのも、最後には、あたし達の意図を完全に理解していたから」  俺達の意図、それは彼女の恐怖を完全に取り除いてから立ち去ることだった。そのまま眠れなくなるだけでなく、トラウマになって外に出られなくなってしまう。小さい子ならなおさらだ。それは彼女を苦しませることになってしまい、広く言えば、真綿で首を絞めているのと同じだ。これをあの状況で理解できる子はそうそういないだろう。 「なるほど。自分から口を開けていたのならその通りだな。作戦会議の時にも話したが、このトイレ様式の場合、何かあったらすぐに助けの声を上げるように親から教育されているはずだ。  もちろん、俺達はそれを考慮してあの方法をとったわけだが、それでも声を上げ続けなかったり抵抗したりしなかったのは、その判断力と理解力ゆえだろうな。ゆう、お前イリスちゃんのこと気に入ったんじゃないか?」 「まあ……うん。でも、それはお兄ちゃんもでしょ? 頭の良い子、好きだし。これは願望かもしれないけど、あの子、親にはあたし達のことを言わずに、明日の夜もあたし達が来ると思って待ってるかも」 「それじゃあ、同じ時間に行ってみるか。俺達の願望通りだとすれば、イリスちゃんはウィンウィンだと思っているだろう。ただし、イリスちゃんには入り込んだりしないようにな。アリコンならぬイリコンだけに」 「は? 意味分かんないだけど。きも。」  高度すぎたか。アリコンの意味と由来を知らないと理解できない最高難度教養ギャグだ。 「アリコンっていうのは……ん?」  用語の説明をしようとしていたその時、身体に違和感を覚えた。 「なんか……長くなってないか? 俺達の身体」 「うわ、ホントだ……」  俺達は身体を伸ばして体長を確認した。約二メートル、今までの倍の長さだ。イリスちゃんの体液を摂取したことで成長したのか。彼女と別れて五分ほど経ってから、三秒ほどかけて伸びた。  俺達が超生物であることに間違いはないだろう。今後も摂取を続ければ、さらに伸びるのだろうか。これは単なる成長なのか、異世界よろしくレベルアップなのか。 「これでも大人はまだターゲットにできないな。一文字書きのように手足の自由を奪わないといけないから、長さが足りない」 「まあ、いいんじゃない。イリスちゃんさえいれば」  ゆうは彼女に相当惚れ込んでいるようだ。その気持ちは分かる。 「仮に、俺達の成長が経験値を一定以上得たレベルアップによるものだとすると、そう上手くは行かない場合がある。  前提として、成長すればリスクが減るから、女の子からの摂取は続けるものとしよう。同じ女の子から摂取した時に、得られる経験値が初回の経験値に回数を乗算したものなのか、段々と減少していくものなのか、状況を変えれば増えるものなのか、初回のみなのかによって、ターゲットや状況を変更しなければいけない。  もしかすると、村から出る必要があるかもしれない」 「レベルアップじゃなくて、普通の成長の可能性もあるんでしょ? レベルアップと考える根拠は?」  当然の疑問を投げかけてきたゆう。不服そうな物言いから、イリスちゃんと離れたくない一心で出た質問だろう。 「根拠は薄い。どちらかと言えばってだけだ。超短時間に体長が倍になるという急激な成長を遂げたのが理由だ。消化時間経過による細胞の超分裂と無理矢理こじつけた生物の成長よりも、ステータスアップに近いと感じた。いずれにしても、イリスちゃんとはできるだけ仲良くしたいと俺も思っているから安心しろ」 「分かった。ありがと。」  体長以外にも、締め上げる力や跳躍力の向上の確認、頑健性の再確認もある。レベルアップでステータスやスキルの確認ができるようになっていないかも念のため確かめたい。まず、今すぐにできることをやるか。 「ステータスオープン! …………。プロパティオープン! …………。スペックオープン! …………」  しかし、何も起こらなかった。視界を閉ざして脳内でイメージしてみる。ステータスは表示されない。スキルは……。 「お兄ちゃん、それはもう前にやったでしょ」  ゆうは俺に、まるでおじいちゃんが朝食を食べたことを忘れて朝食はまだかと聞いてきた時のように諭した。 「…………いや、待て」 「は?」  ゆうは俺が冗談を言っているかのような反応をしていた。俺も何かの間違いかと思ったが、俺の脳内に広がるイメージが俺の意思とは無関係に歪みだし、全く新しい空間を映し出していた。  その空間には、『触手希望欄』というタイトルで、枠内に様々な触手タイプと希望後に得られるスキルがツリー状に表示されていた。ご丁寧にも、俺達のツリー状の現在位置がどこなのかも表示されている。  うーん、これは半分ギャグだな。『職種希望欄』の話はしてたけどさぁ……。もっとこうなかったのかな。普通に『タイプ選択』とか『スキルツリー』でいいし、いっそのことタイトルなくてもいいよな。やっぱり、夢なのか?  「ゆう、目を瞑って、自分のスキルを確認するイメージをしてみてくれ。そうだな……自分の趣味や特技を表示するイメージで。何か表示されたら、そのまま目を瞑っていてくれ。それぞれ一度しか表示されない場合に困る。俺ももう一回やってみるから」  俺は目を開けて、何が映ったかを言わずに、ゆうに流れを説明した。 「はぁ? 何なの一体…………あっ! ……え、何これ……」 「何が見える?」 「えっと、『触手希望欄』が……」  俺も再度試したところ、問題なく先程の映像が見え、ゆうの説明とも一致した。二人とも映像を見ていると、外界の危険を察知できないので、時々俺が目を開けるようにする。 「俺も同じものが見えている。ゲームのスキルツリーやスキルマップと同じように、どうやら触手タイプとスキルを選べるらしい。なぜゲーム準拠なのか、俺には心当たりがある」 「え? 実はゲームの世界とか?」 「いや、その可能性は低い。それなら、ステータスをすぐにでも確認できたはずだ。今はゲーム準拠の理由だけ話そう。俺は、触手の神様、触神様に『触手研究本の新作を作りたい』と願ったことがある。その触神様が俺の既存の触手研究本に記載のスキル一覧だけを引用し、俺達が見ているスキルツリーに応用した。  実は、研究本のあとがきに、『今回は触手タイプとスキルマップを分類できなかったので、次はそれらを統合したスキルツリーを作りたい』と書いてたんだ。要は、触神様が俺の願いを叶えてくれて、そんな俺がゲーム脳で、俺に対して部分的に気を利かせてくれたからだな。触神様ありがとう」 「いや、そんなことある? 荒唐無稽で非現実的すぎるでしょ」 「それを言うなら、俺達が触手になっていること自体がそうだろ。その時、俺は触手になりたいとは一言も口に出さなかったし、思ってもいなかった。  このことから、触神様が俺の願いを叶えるには、俺達を一体の触手にすることでしか成し得なかった可能性がある。あるいは、それが最も効率的だったか。つまり、全てに理由があるんだよ。その実現方法が、俺達に理解できない非現実的方法だっただけだ」 「その神様がお兄ちゃんの願いを叶える必要なんてないでしょ。神は人を個人的な理由で助けないんじゃないの?」 「存在するかも怪しい普通の神ならな。でも、触手の神だから。そして俺は触手の第一人者だから。もちろん、この世界に一石を投じる理由もあるかもしれないが、それこそ『触手の神のみぞ知る』だ。いずれにしても、俺達がこうしていることは必然だろう」 「うざ。『自称』第一人者のくせに」 「おいおい、触神様が俺の願いを叶えてくれたとしたら、もう自称じゃないぞ。通称、公称どころか『神称』だ」 「そんな単語ないから。自慢するために勝手に言葉を作らないでくれる? しかもそれ、世間的には自称と変わらないから」  ふぅ、久しぶりにゆうと熱い議論を交わしたぜ。まだまだ気になる点はあるし、話し足りないところだが、このぐらいにしておくか。 「それはそれとして……このスキルツリーはかなり問題だな。全てがバラバラだ。例えば、イソギンチャクタイプには、本来その形と自重から習得できない天井吸着移動スキルがマッピングされている。仮に習得できるとしたら重力操作スキルが必須だが、これはスキルツリーのどこにも存在しない。  つまり、『チートスキル』と言っても過言ではない。一方で、全く必要がない寄生蔦タイプに、天井吸着移動スキルがマッピングされている。死にスキルってやつだ。これらが混在して、全ての枝が、成長と共にチートスキルや死にスキルを交互に習得するような、あべこべ状態になっている」 「うわ、早口で語り出した。きも。」 「俺からすれば、このスキルツリーの方が気持ち悪いな。多分、ほとんどランダムで作成されたものだと思う。時間がなかったんだろうな。触神様の心中、お察しします」  俺は次の言葉を言おうか言うまいか、少しだけ迷って、この際に言わずして、いつ言うのかと思い立ち、声に出した。 「……触神様、俺にこのスキルツリーを最初から作らせてください。そのために、俺達はここにいる、そうなんでしょう? スキルの過不足は相談しながら、ツリーが理不尽な場合はそれぞれの枝ごとに却下してかまいません」 「お兄ちゃん、そんなことできるわけ……」  ゆうは俺がツリーを作れないと思っているわけではない。触神様が俺の言うことを聞くわけがないと思って止めているのだと俺は思った。 「これは俺達のためだけじゃないんだ。この世界に新たに生まれる触手のためでもあるし、別の世界の触手、これから作られる世界の触手のためでもある。そして、それが触神様の求めていたことにもなるはずだし、俺達から触神様への恩返しにもなるはずだ」  俺は強い決意で、触神様に語りかけるように熱弁を振るった。ただし、実現にはある条件が必要だった。 「触神様、もしよろしければ、スキルについての相談の前に、俺達自身のことやこの世界のことについてお聞きしたいので、お話しする機会をいただけないでしょうか。どうか、お願いします!」  俺は全裸で土下座するような気持ちで、触神様にお願いした。俺は本気だった。 「…………」 「…………」  俺もゆうも十秒ほど黙っていた。ゆうも願ってくれたのかな。全裸で土下座はしていないと思うが。 「あっ!」  ゆうが突然声を上げた。スキルツリー上のスキルがグラグラと揺れ始めたのだ。ほどなくして、スキルが『触手希望欄』の枠上まで飛散し、裸のツリーが露わになった。これまで、『触手希望欄』は地面に対して垂直に立っていたが、そこからは三十度ぐらいまで倒れて、空間の奥が見えやすくなった。  すると、そこには、白く美しい蛇、いや、触手が台座と共に現れた。あれがこの空間での触神様の姿だろう。文字通り神々しさがあった。 「お兄ちゃん! あたし達、見えるようになってる!」 「おお……‼」  俺達はお互いの姿を視認できるようになっていた。容姿と服装、立ち位置はあの日と同じだった。ゆうが俺の右腕に手を触れようと、左腕を伸ばした。 「ちゃんと感触ある」 「俺もだ。触られてる感触がある」  肉体が再生したのか、全て具体化されたイメージなのかは、触神様に聞いてみないと分からないが、その前に確認することがある。 「触神様、色々と取り計らっていただき、ありがとうございます。先に確認しておきたいことがあります。この状態で、外界の俺達に危険が迫ることがありますか? 俺達はずっと目を瞑っている状態なので、突然襲われたりすると困ります。  例えば、この空間にいる間は体感時間と外界の時間が違うとかだと嬉しいんですが。これまでのように何度もここに来られるのであれば、それはそれでかまいません」  触神様は微動だにせず、黙ったままだった。もしかして、聞き方が悪かったか? 「ここでの体感時間と外界の時間は違いますか?」  触神様はその体を伸ばし、ジェットコースターの縦回転コースのように、○を作った。触神様かわいいな。おっと、失礼か。  肯定なら○、否定や回答不能ならそのままという感じだろうか。普通に首を縦や横に振るだけではダメなのだろうか。おっと、これも失礼か。番号も表せそうだが、そこまでさせるのは気が引ける。 「外界の時間は止まっていますか?」  触神様は○を解いて、否定した。 「外界との経過速度の差は……百分の一ですか?」  触神様は○を作り、肯定した。 「え、すご……お兄ちゃん、なんで一発で具体的な差が分かったの?」 「俺達の体長が伸びた時の時間を参考にした。イリスちゃんから離れて、体長が伸び始めるまで三百秒、そこから伸び終わるまで三秒だったから百分の一。  仮説の一つとして、経験値を咀嚼するのは外界、その結果のステータスアップがこの空間で処理されつつ、外界に逐次送られるのでは、と考えた。完全に勘だったわけじゃなくて、仮説からの推察だ。  これは、レベルアップによる成長を想定した時にすでに思い付いていたが、確かめようがなく保留にしていた。触神様、俺の仮説は正しいですか?」  触神様は肯定した。 「えぇ……あの時、時間数えてたの? ……ってことは、もしかして植物とか動物とか食べたあとも数えてて、その想定はもっと前……。これまで思い付いた仮説とその証明に必要な事実を……」  ゆうがブツブツ言っているのを余所目に、俺はこの空間にいるリスクを回避するための残りの質問とスキルツリー作成のための『準備』のための質問を次々に触神様にぶつけていった。 時間差があると言っても完璧に安全とは言えないから、ゆっくりとしてはいられない。必要最低限の質問だ。  俺とゆうが話す上でこの空間に名前をつけておいた方が良いだろうということで、俺達は『触神スペース』と呼称するようにした。  触神スペースでは、スキルツリー表示の段階と触神様と俺達が実体化する段階の二段階あり、前者を『表示フェイズ』、後者を『顕現フェイズ』と呼ぶことにもした。  触神スペースについて明らかになったのは、表示フェイズでは、実時間が流れること、スキル習得やタイプ選択、ツリー作成も随時そこで行うこと、触手時の俺とゆうの会話は触神スペースを実時間で経由していて、それゆえに口を動かさなくても会話できたということ、視界も同様だった。  顕現フェイズでは、外界の感覚が及ばず、いつの間にか攻撃されて重傷になっている可能性もあることが分かった。また、顕現フェイズには、レベルアップのスキル習得時のみ、俺達が触神様を呼ぶことで移行でき、二人が終了を了承した時点で表示フェイズに戻ることを触神様と合意した。最初は今回だけの移行という話だったが、それではツリー作成に支障が出ると進言して、そのようになった。言うべき時は言う、大事だ。  ツリー作成の期限は一年。単に元のツリーを再構成するならそこまで時間は必要ないが、元のツリーには『俺達の触手タイプ』が存在せず、どのような順序でスキルを習得すべきか不明だ。ただ、仮にでも作成しておかなければ、俺達はスキルを習得できないことになる。  したがって、実践しながら完成させていく方法が良いだろうということで合意した。必然的に俺達の枝が主軸になるので、ツリー作成よりはブランチ作成になっていくはずだが、そのまま呼ぶ方が分かりやすいだろう。  経験値とレベルアップについても確認した。仕様を知らないままだったり、検証に時間がかかるとツリー作成が非効率になるためだ。  以下、同じ対象から日を変えて、複数回体液を同じ方法で摂取しても、初回の経験値しか入らない。  方法や状況を変えれば、ある程度入るが、細かい値はその時による。まさに経験値と呼ぶものだ。あえて用語にするなら、『同一対象経験値取得限界』、または『経験値減衰』だろうか。  どのぐらいの経験値でレベルアップするかは教えてくれなかった。  俺達の最大レベルは、スキルを全て習得した状態と思っていい。  体液の種類は同じ対象から三種類以上、それぞれと合計が一定量以上となるよう摂取しなければ経験値にならない。  過剰摂取は意味がない。栄養失調、もとい経験値失調で死ぬことはない。  レベルアップする度にスキルを習得できる。レベルアップ時以外は習得できないが、保留して、あとでも習得できる。  スキルはそれまでに全く体験していなくても習得できる。レベルアップのご褒美というわけだ。そのため、これからは習得ではなく『取得』を使うことにする。  触手タイプは選択し直すことができて、その時点までのレベルに戻り、それまでに取得したスキルは、共通スキルを除き使用できなくなる。  この世界と、その住人との邂逅リスクについて。  モンスター用の結界を張るだけでなく、様々な魔法が存在し、主に攻撃魔法、回復魔法、補助魔法、召喚魔法が存在する。ただし、召喚魔法を単体で使える人間は少ない。  無詠唱で魔法を使える人間は存在しない。  モンスターのほとんどは魔法を使えないが、稀に使えるモンスターが存在し、その場合は無詠唱魔法を使う。  魔王のような存在はいないし、過去にもいない。  人間はレベルアップが存在せず、スキルを取得できない。習得はできるが、俺達のようにスキル表示できない。  相手のステータスやスキルが分かるような鑑定スキルを人間は使用できない。魔法による鑑定は、理論的には可能だが誰も使えない。  ヒットポイント制ではないので殴られれば痛いし、痣もできるし、一メートルは一命取る。  前述の例を覆すチートスキルのような、普通の人間であれば習得できない、使用できない強力なスキルを持った人間が存在する。  以上の情報の内、最後に挙げたチートスキルが、致命的になる可能性がある。これは俺達の力ではどうにもできず、出会って三秒以内に殺されたり、気付いたら死んでいた、なんてこともあるかもしれない。流石にそれは避けたい。 「触神様、ツリー作成前に際して、最後のお願いがあります。俺達はこの世界では狩られる側です。最強の力が欲しいとは言いません。せめて、チートスキル持ちの初見殺し対策をしたい。  例えば、魔法を使われないように口を塞いだら、チートスキルの無詠唱魔法を使われて即死、というのは理不尽です。かと言って、魔法使い全員に対して、無詠唱で魔法を使うのを確認するまで付け回していては無駄に時間を浪費するだけ、逃げ回ってばかりいては何もできない恐れがあります。  したがって、チートスキル持ちだけは、俺達が内容含めて認識できるようにしていただけないでしょうか。何らかの条件達成が必要とかでもかまいません」  触神様は、考慮中なのか、五秒ほどかわいくくねくねした後、俺達の目の前に一つのスキルを表示させた。元のツリーにはなかったスキルだ。 「スキル名、『触手の嘆き』。チートスキル持ちとこれまでに邂逅した触手達によって蓄積された情報から、対象のチートスキルを判別する。内容が不明の場合は、チートスキル警告のみが表示される……。触神様、ありがとうございます! これで行けます!」  ここまで触神様とコミュニケーションを取ってみて感じた印象は、理不尽を許さず、論理的思考で判断し、目的達成のためなら許容範囲内で尽力してくれて、隠しきれない優しさが垣間見えるというものだった。  かわいくも見えて、精神的にも癒やされる。この触神様になら、全てを捧げられると思えるほど、俺は信仰心に溢れていた。 「あのさ、魔法使いでギリギリチートじゃない魔力量を持ってる場合とかはどうするの? 攻撃されたら避けられない規模の魔法を使うみたいな」  ゆうもリスク回避の考え方に少し慣れてきたのか、具体的な状況を想定した上で俺に質問してきた。 「そういう奴らは『準チート級』と呼ぶとしようか。準チート級には一度も魔法を使わせない立ち回りをするしかない。凄腕の剣士という場合もあるだろうな。その場合は、一度も剣を振らせないように動く。不利と分かったら即逃げだ。突然出会うのが一番怖いので、普段から人目に付かないよう行動する。  隠蔽や囮のスキルを早めに取得したいが、『触手の嘆き』を取得した今、俺達に都合が良すぎるスキルを最初に取得するのは触神様が許可しないだろう。とは言え、選択肢があることが重要で、対策前にチートスキル持ちに会った場合はそれがなかった」 「うーん、なんか綱渡りみたいで怖くない? まあ、触手になってからこれまでもそうだったけど」  ゆうは不安な表情で俺に問いかけた。 「それは、すまないと思っている。俺だってゆうを怖がらせたくない。ただ、俺達は生まれたての赤ん坊のようなものだ。育ての親がいるいないにかかわらず、赤ん坊はいつ死んでもおかしくない。赤ん坊は自我が芽生えていないから、死と隣り合わせの恐怖はないが、俺達には自我がある。怖いのは仕方がないことだ。  だが、俺達にはその恐怖をできるだけ排除する、抑えるための頭脳と能力がある。綱をどんどん太くすることができるし、鉄骨に変えたり、将来的には頑丈な橋をかけることもできるさ」 「うん……ありがと。」  ゆうは微笑んだ。だが、表情はまだ曇ったままだ。  生死の話をした以上、確認しなければいけないだろう。これまで避けていたこと、認めたくなかったこと。俺達は、二日経った時から、この世界が夢である可能性が完全否定された事実を全く口に出していなかった。  しかし、その事実を確認できるのにしないのは、前に進むどころか、後ろ向きで立ち止まっているようなものだ。そんなのは、『俺達』ではない。 「触神様、あの……俺達兄妹について……聞きたいことがあります」  俺が触神様に声をかけると、ゆうはそれを察したのか、ハッとしたあとに、俺の右袖をギュッと左手で掴んで肩を寄せてきた。 「俺達は…………交通事故で二人とも死んだ……合ってますか?」  触神様は少しだけ間を置いて、肯定した。三途の川のような生死を彷徨っている最中なら否定するだろう。 「…………」  ゆうは俯いて黙ったまま、掴んでいた俺の袖から、力が抜けたように手をダランと離した。ここまで徐々にダメージを軽減しようとしてきたにもかかわらず、そのショックは大きかったようだ。俺も例外ではない。 「そう……ですか……。元の世界とこの世界の時間経過速度の差はゼロですか? …………。俺達が交通事故に遭ったのは夕方。でも、触手として目が覚めたのは昼頃だった。二十時間経って目が覚めて、それから三日経ったということですね?」  俺はまだ確認したいことがあったので、触神様の肯定に質問を続けた。 「俺達の両親は、俺の遺書を見つけて、中身を読みましたか?」 「……えっ⁉」  俺の質問に、ゆうは驚いてこちらを見た。何を言っているのか分からないという表情だ。触神様は肯定した。 「安心しろ、自殺用じゃない。俺や俺達二人が同時に突然死した時のために、あらかじめ書いておいたものだ。俺の起動しっぱなしのパソコンに二十四時間触れないと、机の引き出しに隠してあった遺書を読むようにメッセージを表示する仕掛けにしてあった。『引き出し二段目底に突然死用の遺書二通あり』ってな」 「そ……そこまでして…………なんて……書いたの?」  ゆうは暗い表情のまま、恐る恐る俺に聞いた。 「その前に先に謝っておく。遺書は二つあって、一つは俺だけが死んだ時の遺書で、もう一つと内容も被っているので読む必要のないもの。そのもう一つは、俺とゆうの連名の遺書ってことにしてある。さらに、勝手にゆうの気持ちを代弁している。すまない。後者だけ読んだはずなので、それを話そうか。少しキザったらしいのは許してくれ」 『これを読んでいるということは、俺とゆうが同時に不慮の事故で死んだってことだよな。その場合は、俺がゆうを守れなかったことになる。不甲斐ない、カッコ悪い兄、息子でごめん。  謝っても謝り足りない気持ちだと思う。想像しただけでもこんな気持ちになるのに、かわいい妹を守れなかった死後の俺は、一体どんな顔をしているんだろうな。ボコボコにして表情が見られないようにしてほしい、ぐらいに思っているはずだ。  兄妹仲は良くも悪くもなかったかもしれないけど、今考えても、これだけはハッキリ言える。楽しかった。日々の他愛無い話から、毎日の食事、誕生日パーティー、家族旅行、本当にどれも。ゆうも同じ気持ちじゃないかな。なんだかんだで、ゆうは優しいから、俺との会話も楽しんでたと思う。  ゆうは遺書をあらかじめ書いておくなんてことはしないだろうから、ゆうがもし遺書を書いたらこんな風になるんじゃないかっていう体で俺が勝手に代筆しようと思う。ゆうには後で謝っておくよ』 『お父さんとお母さん、そして琴ちゃん宛に書きます。お兄ちゃんと二人同時に死んじゃうなんて、お父さん、お母さん、本当にごめんなさい。でも、あたしはこの家族に生まれて本当に良かったって思ってるよ。  お兄ちゃんはあんなだけど、あたしにとっては結構面白いお兄ちゃんだと思うし、話してて呆れることも多かったけど、結局最後は楽しく終われるようにしてくれる。あの頭をもっと別の所に使ってほしかったんだけどね。って、お兄ちゃんのことはいいとして、お父さんもお母さんもあたし達のことは忘れて……とは言わないけど、早く立ち直って前に進んでほしい。だって、大好きなお父さんとお母さんだもん。悲しんでる姿をずっとは見たくないよ。  あたしは、ほら、お兄ちゃんがいるからさ。お兄ちゃんのキモい話を聞きながら、二人のこと見守ってるから。お父さん、お母さん、今までありがとう。愛してるよ、ずっと……。  大好きな琴ちゃんへ。ごめんね、いきなりこんなことになっちゃって。琴ちゃんのことだから、私のためにいっぱい泣いてくれたと思う。本当にありがとう。  琴ちゃんは、すごくかわいいし、スタイルも良いし、頭も良いし、何でもできて、人生二周目なんじゃないかって思うほど、優しくて、気配りができて……私の憧れだから、絶対に幸せになってほしい。絶対絶対、変な男に引っかからないようにね!  ホントは高校卒業しても大学卒業しても、それからもずっとずっと琴ちゃんと一緒にいられれば良かったけど……悔しいなぁ……。まあ、こんなこと言ってもしょうがないよね。  私は琴ちゃんが幸せになってくれればそれでいいから。琴ちゃん、出会ってからまだ一年ちょっとしか経ってないのに、こんなに仲良くしてくれてありがとう。運命の出会いだったよね。思い出一つ一つを鮮明に思い出せる。すっごく楽しかった。  最後にもう一度言うね。琴ちゃん、大大大大大好きだよ』  ゆうは、泣いていた。堪えようにも堪えきれずに、肩を震わせ、両手で顔を覆いながら。それでも溢れる涙がポロポロと足元に落ちていた。 『二ノ宮琴子さんへ、兄からもお礼を言わせてください。ゆうと仲良くしてくれてありがとう。君のことを、ゆうはいつも楽しそうに話していたよ。本当に大好きなんだなと傍から見ても明らかなほどに。  君とはもっと話したかったな。そうすれば、ゆうのことをもっと好きになってもらえた気がするよ。そんなゆうが君と離れ離れになってしまったのは俺がゆうを守れなかったせいだ。本当にごめん。  俺を恨んでほしいと言いたいところだけど、ゆうは君にほんの少しでも負の感情を持っていてほしくないと思っているはずだ。悲しみの感情も含めて。  だから、俺からも君の幸せを心から願わせてほしい。ゆうを笑顔にし続けてくれた君だからこそ、君自身を笑顔にしてほしい。勝手すぎるかな。  俺からも最後に……ことちゃん、ごめん。そして、ありがとう』 『ゆうのためにも、二ノ宮琴子さん宛の箇所は、その部分だけ見せてあげてほしい。多分、そんなに外れたことは言っていないはず。他にも伝えたかった人がいるかもしれないけど、俺が知らないから書けなかった。少なくとも、取り乱すほど悲しむ人には伝えられたから良しとしたい。  人が死んだ時、互いに愛した人や残された遺族の時間は止まってしまうっていうけど、俺とゆうは死んだんじゃなくて、世界十周旅行に出たと思ってほしい。便りをよこさないバカ息子って感じで。ゆうはバカじゃないから、俺がゆうに連絡しなくていいって言ってるという設定。俺達の部屋もそのままにしてさ。他の人から言われても、なんか言ってらってスルー。  そうすれば、生きてるのも死んでるのも紙一重だから、日常に戻れないかな。まあ、ぶっちゃけ現実逃避ではあるけど、受け入れるまでの時間は絶対に必要だと思うから。  言っておくけど、俺の言ったことを呪いみたいに思わないでほしい。その辺は任せる。もちろん、加害者との裁判はあって、その度に思い出すことは避けられないから完全に効果があるわけじゃないし。  さて、伝えておきたいことはこんなところかな。思った以上に長くなっちゃったな。俺の悪い癖だ。  ゆう、こんなカッコ悪いお兄ちゃんだけど、もう一度だけチャンスをくれないか?  今度は絶対守るから。一度口にしたことはお兄ちゃん守るから、一緒にいさせてほしい。  しょうがないなぁって? ありがとう。  父さん、母さん、そういうことだから安心していいよ。連絡できたらするからさ。  それじゃあ、バイバイ。最後まで読んでくれて、ありがとう。大好きだよ』  遺書を思い出しながら、一言一句正確ではないにしろ、当時何度も推敲したこともあって、ほとんど再現できたのではないだろうか。  一息ついた時、俺の両頬に涙が流れていることに気が付いた。いつの間に……。左頬の涙を触るや否や、ゆうが俺をギュッと抱きしめた。 「お兄ちゃんはかっこ悪くない‼ すごく……かっこいいよ……。最高のお兄ちゃんだよ! ……いつもありがとう、お兄ちゃん……大好きだよ……」  ゆうは、俺を抱き締めながら、泣きじゃくりながら、声を絞り出すように、それでいて力強く、兄としての俺を肯定してくれた。その言葉に俺の涙はさらに目から溢れた。俺は思わず、ゆうの優しさに甘えて、抱き締め返した。 「ありがとう……ゆう。俺、ずっとあの日の光景が頭から離れなかったんだ。あの時、どうすれば良かったのか、そればかり考えて。  ゆうとあんなに楽しく長く話せて、俺と同じ進路だったことに内心すごく浮かれてて……信号を渡る前からもっと注意してれば……暴走車と故障の可能性を考えていれば……俺が右側を歩いていれば……もっと早く反応できれば……ずっとだ。  時間が止まってるのは俺なんだよ。ゆうを先導する俺と、ずっと後ろで立ち止まって後ろを向いた俺で分裂して。  遺書では死んだ気になって、あんな決意をしておいて、もう一度のチャンスを不意にして、死ぬ気になっても結局守れなくて、情けなくて……。つまり、二回失敗してるってことなんだ。  それを認めたくなくて、ゆうを悲しませたくないって理由を挙げて、可能性、可能性って言って……。自分が死んだことを認めたくなかったわけじゃない。なんだかんだ言って、俺のくだらないプライドのためだったんだよ。  神様に最初にお願いした時は、ゆうは助かったと思っていたから考えなかったけど、ここにゆうがいなかったら、誰が何と言おうと、俺は自分で顔をボコボコにした上で自殺してたさ」  俺は、誰に対してでもない、自分に捲し立てるように、これまでの負の感情を全て吐露した。 「でも……ゆうのおかげだ。ゆうが一緒にいるから前に進める。失敗を受け入れる勇気が湧いてきて、ずっと逃げていた事実と向き合えた。後ろ向きの自分にはサヨナラして、最後のチャンスに全力をかける。ゆうには辛い思いをさせたな、ごめん」 「そんなこと言うなら、あたしだって、死んだことを認めたくなかったわけじゃない……。あの日は琴ちゃんと同じ進路になれて、あそこでお兄ちゃんにも伝えられたことに浮かれてて、目の前に車が来てることに気付かなかっただけじゃなくて、そのまま動けず、挙げ句の果てに、お兄ちゃんを頼って……。お兄ちゃんを死なせたのは、足手まといになったあたしなんじゃないかって、そのことを認めたくなかった。  結局、この世界でもお兄ちゃんに頼りきりで、お兄ちゃんがいるからいいかって甘えて。それなのに、お兄ちゃんにはいつも通り酷いこと言って、そんな気持ちを誤魔化してた。もし夢じゃなかったら……ただのマヌケになっちゃうじゃんって思って。  だから、ずっと見ないふりをしていた。突きつけられた事実も……自分も……。そんなマヌケなあたしを悲しんでくれるお父さんやお母さん、琴ちゃんに顔向けできないって思った。あたしもだよ……くだらないプライド持ってたの」  ゆうは涙に濡れた顔を恥ずかしがることもなく、俺の方を向いて、素直な気持ちを吐き出していたようだった。 「でも……お兄ちゃんのおかげだよ。正直、まだあたしはお兄ちゃんを頼ってる。あたしを前に引っ張ってくれる。今みたいに、あたしが立ち止まっても、お兄ちゃんから踏み出してくれる。辛いことや悲しいことがあっても、きっとその何百倍も面白いこと、楽しいことに変えてくれる。  だから、あたしはその恩を返せるように頑張りたい。それまで、ううん、それからも一緒にいられたら……嬉しい。共依存だなんて誰にも言わせない。お兄ちゃんは、ずっとあたしのお兄ちゃんだから……」 『ありがとう』  俺達は同時に感謝の言葉を言い合って、泣きながら強く抱き締め合った。自分の死と弱さを受け入れ、一緒に前に進むことを誓って……。



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俺達と女の子が初回接触してスキルを取得する話(2/3)

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「多分だけど、イリスちゃんってかなり頭良いんじゃないかな」  反省会の開催宣言の前に、ゆうがイリスちゃんの印象を突然語り出した。俺達は、落ち着いて議論できるように、森の中の比較的安全だと思われる場所まで戻ってきている。 「全く噛まれる気配がなかった。今思えば、何が起こったか分からなかったって言うより、もし噛んだら、暴れられて酷いことになるか、逆に舌を噛まれるとすぐに考えたんだと思う。  お兄ちゃんが聖水をほとんど飲み終える時点で、あたし達の目的が体液だけってことを察して、じっとしていれば、従っていれば危害を加えられないと判断した。そのあとに、あたしが口に入ろうとした時、自分から口を開けたし。  これはお兄ちゃんなら言わなくても分かるだろうけど、あたしのジェスチャーもすぐに理解したし、別れ際に手を振ったのも、最後には、あたし達の意図を完全に理解していたから」  俺達の意図、それは彼女の恐怖を完全に取り除いてから立ち去ることだった。そのまま眠れなくなるだけでなく、トラウマになって外に出られなくなってしまう。小さい子ならなおさらだ。それは彼女を苦しませることになってしまい、広く言えば、真綿で首を絞めているのと同じだ。これをあの状況で理解できる子はそうそういないだろう。 「なるほど。自分から口を開けていたのならその通りだな。作戦会議の時にも話したが、このトイレ様式の場合、何かあったらすぐに助けの声を上げるように親から教育されているはずだ。  もちろん、俺達はそれを考慮してあの方法をとったわけだが、それでも声を上げ続けなかったり抵抗したりしなかったのは、その判断力と理解力ゆえだろうな。ゆう、お前イリスちゃんのこと気に入ったんじゃないか?」 「まあ……うん。でも、それはお兄ちゃんもでしょ? 頭の良い子、好きだし。これは願望かもしれないけど、あの子、親にはあたし達のことを言わずに、明日の夜もあたし達が来ると思って待ってるかも」 「それじゃあ、同じ時間に行ってみるか。俺達の願望通りだとすれば、イリスちゃんはウィンウィンだと思っているだろう。ただし、イリスちゃんには入り込んだりしないようにな。アリコンならぬイリコンだけに」 「は? 意味分かんないだけど。きも。」  高度すぎたか。アリコンの意味と由来を知らないと理解できない最高難度教養ギャグだ。 「アリコンっていうのは……ん?」  用語の説明をしようとしていたその時、身体に違和感を覚えた。 「なんか……長くなってないか? 俺達の身体」 「うわ、ホントだ……」  俺達は身体を伸ばして体長を確認した。約二メートル、今までの倍の長さだ。イリスちゃんの体液を摂取したことで成長したのか。彼女と別れて五分ほど経ってから、三秒ほどかけて伸びた。  俺達が超生物であることに間違いはないだろう。今後も摂取を続ければ、さらに伸びるのだろうか。これは単なる成長なのか、異世界よろしくレベルアップなのか。 「これでも大人はまだターゲットにできないな。一文字書きのように手足の自由を奪わないといけないから、長さが足りない」 「まあ、いいんじゃない。イリスちゃんさえいれば」  ゆうは彼女に相当惚れ込んでいるようだ。その気持ちは分かる。 「仮に、俺達の成長が経験値を一定以上得たレベルアップによるものだとすると、そう上手くは行かない場合がある。  前提として、成長すればリスクが減るから、女の子からの摂取は続けるものとしよう。同じ女の子から摂取した時に、得られる経験値が初回の経験値に回数を乗算したものなのか、段々と減少していくものなのか、状況を変えれば増えるものなのか、初回のみなのかによって、ターゲットや状況を変更しなければいけない。  もしかすると、村から出る必要があるかもしれない」 「レベルアップじゃなくて、普通の成長の可能性もあるんでしょ? レベルアップと考える根拠は?」  当然の疑問を投げかけてきたゆう。不服そうな物言いから、イリスちゃんと離れたくない一心で出た質問だろう。 「根拠は薄い。どちらかと言えばってだけだ。超短時間に体長が倍になるという急激な成長を遂げたのが理由だ。消化時間経過による細胞の超分裂と無理矢理こじつけた生物の成長よりも、ステータスアップに近いと感じた。いずれにしても、イリスちゃんとはできるだけ仲良くしたいと俺も思っているから安心しろ」 「分かった。ありがと。」  体長以外にも、締め上げる力や跳躍力の向上の確認、頑健性の再確認もある。レベルアップでステータスやスキルの確認ができるようになっていないかも念のため確かめたい。まず、今すぐにできることをやるか。 「ステータスオープン! …………。プロパティオープン! …………。スペックオープン! …………」  しかし、何も起こらなかった。視界を閉ざして脳内でイメージしてみる。ステータスは表示されない。スキルは……。 「お兄ちゃん、それはもう前にやったでしょ」  ゆうは俺に、まるでおじいちゃんが朝食を食べたことを忘れて朝食はまだかと聞いてきた時のように諭した。 「…………いや、待て」 「は?」  ゆうは俺が冗談を言っているかのような反応をしていた。俺も何かの間違いかと思ったが、俺の脳内に広がるイメージが俺の意思とは無関係に歪みだし、全く新しい空間を映し出していた。  その空間には、『触手希望欄』というタイトルで、枠内に様々な触手タイプと希望後に得られるスキルがツリー状に表示されていた。ご丁寧にも、俺達のツリー状の現在位置がどこなのかも表示されている。  うーん、これは半分ギャグだな。『職種希望欄』の話はしてたけどさぁ……。もっとこうなかったのかな。普通に『タイプ選択』とか『スキルツリー』でいいし、いっそのことタイトルなくてもいいよな。やっぱり、夢なのか?  「ゆう、目を瞑って、自分のスキルを確認するイメージをしてみてくれ。そうだな……自分の趣味や特技を表示するイメージで。何か表示されたら、そのまま目を瞑っていてくれ。それぞれ一度しか表示されない場合に困る。俺ももう一回やってみるから」  俺は目を開けて、何が映ったかを言わずに、ゆうに流れを説明した。 「はぁ? 何なの一体…………あっ! ……え、何これ……」 「何が見える?」 「えっと、『触手希望欄』が……」  俺も再度試したところ、問題なく先程の映像が見え、ゆうの説明とも一致した。二人とも映像を見ていると、外界の危険を察知できないので、時々俺が目を開けるようにする。 「俺も同じものが見えている。ゲームのスキルツリーやスキルマップと同じように、どうやら触手タイプとスキルを選べるらしい。なぜゲーム準拠なのか、俺には心当たりがある」 「え? 実はゲームの世界とか?」 「いや、その可能性は低い。それなら、ステータスをすぐにでも確認できたはずだ。今はゲーム準拠の理由だけ話そう。俺は、触手の神様、触神様に『触手研究本の新作を作りたい』と願ったことがある。その触神様が俺の既存の触手研究本に記載のスキル一覧だけを引用し、俺達が見ているスキルツリーに応用した。  実は、研究本のあとがきに、『今回は触手タイプとスキルマップを分類できなかったので、次はそれらを統合したスキルツリーを作りたい』と書いてたんだ。要は、触神様が俺の願いを叶えてくれて、そんな俺がゲーム脳で、俺に対して部分的に気を利かせてくれたからだな。触神様ありがとう」 「いや、そんなことある? 荒唐無稽で非現実的すぎるでしょ」 「それを言うなら、俺達が触手になっていること自体がそうだろ。その時、俺は触手になりたいとは一言も口に出さなかったし、思ってもいなかった。  このことから、触神様が俺の願いを叶えるには、俺達を一体の触手にすることでしか成し得なかった可能性がある。あるいは、それが最も効率的だったか。つまり、全てに理由があるんだよ。その実現方法が、俺達に理解できない非現実的方法だっただけだ」 「その神様がお兄ちゃんの願いを叶える必要なんてないでしょ。神は人を個人的な理由で助けないんじゃないの?」 「存在するかも怪しい普通の神ならな。でも、触手の神だから。そして俺は触手の第一人者だから。もちろん、この世界に一石を投じる理由もあるかもしれないが、それこそ『触手の神のみぞ知る』だ。いずれにしても、俺達がこうしていることは必然だろう」 「うざ。『自称』第一人者のくせに」 「おいおい、触神様が俺の願いを叶えてくれたとしたら、もう自称じゃないぞ。通称、公称どころか『神称』だ」 「そんな単語ないから。自慢するために勝手に言葉を作らないでくれる? しかもそれ、世間的には自称と変わらないから」  ふぅ、久しぶりにゆうと熱い議論を交わしたぜ。まだまだ気になる点はあるし、話し足りないところだが、このぐらいにしておくか。 「それはそれとして……このスキルツリーはかなり問題だな。全てがバラバラだ。例えば、イソギンチャクタイプには、本来その形と自重から習得できない天井吸着移動スキルがマッピングされている。仮に習得できるとしたら重力操作スキルが必須だが、これはスキルツリーのどこにも存在しない。  つまり、『チートスキル』と言っても過言ではない。一方で、全く必要がない寄生蔦タイプに、天井吸着移動スキルがマッピングされている。死にスキルってやつだ。これらが混在して、全ての枝が、成長と共にチートスキルや死にスキルを交互に習得するような、あべこべ状態になっている」 「うわ、早口で語り出した。きも。」 「俺からすれば、このスキルツリーの方が気持ち悪いな。多分、ほとんどランダムで作成されたものだと思う。時間がなかったんだろうな。触神様の心中、お察しします」  俺は次の言葉を言おうか言うまいか、少しだけ迷って、この際に言わずして、いつ言うのかと思い立ち、声に出した。 「……触神様、俺にこのスキルツリーを最初から作らせてください。そのために、俺達はここにいる、そうなんでしょう? スキルの過不足は相談しながら、ツリーが理不尽な場合はそれぞれの枝ごとに却下してかまいません」 「お兄ちゃん、そんなことできるわけ……」  ゆうは俺がツリーを作れないと思っているわけではない。触神様が俺の言うことを聞くわけがないと思って止めているのだと俺は思った。 「これは俺達のためだけじゃないんだ。この世界に新たに生まれる触手のためでもあるし、別の世界の触手、これから作られる世界の触手のためでもある。そして、それが触神様の求めていたことにもなるはずだし、俺達から触神様への恩返しにもなるはずだ」  俺は強い決意で、触神様に語りかけるように熱弁を振るった。ただし、実現にはある条件が必要だった。 「触神様、もしよろしければ、スキルについての相談の前に、俺達自身のことやこの世界のことについてお聞きしたいので、お話しする機会をいただけないでしょうか。どうか、お願いします!」  俺は全裸で土下座するような気持ちで、触神様にお願いした。俺は本気だった。 「…………」 「…………」  俺もゆうも十秒ほど黙っていた。ゆうも願ってくれたのかな。全裸で土下座はしていないと思うが。 「あっ!」  ゆうが突然声を上げた。スキルツリー上のスキルがグラグラと揺れ始めたのだ。ほどなくして、スキルが『触手希望欄』の枠上まで飛散し、裸のツリーが露わになった。これまで、『触手希望欄』は地面に対して垂直に立っていたが、そこからは三十度ぐらいまで倒れて、空間の奥が見えやすくなった。  すると、そこには、白く美しい蛇、いや、触手が台座と共に現れた。あれがこの空間での触神様の姿だろう。文字通り神々しさがあった。 「お兄ちゃん! あたし達、見えるようになってる!」 「おお……‼」  俺達はお互いの姿を視認できるようになっていた。容姿と服装、立ち位置はあの日と同じだった。ゆうが俺の右腕に手を触れようと、左腕を伸ばした。 「ちゃんと感触ある」 「俺もだ。触られてる感触がある」  肉体が再生したのか、全て具体化されたイメージなのかは、触神様に聞いてみないと分からないが、その前に確認することがある。 「触神様、色々と取り計らっていただき、ありがとうございます。先に確認しておきたいことがあります。この状態で、外界の俺達に危険が迫ることがありますか? 俺達はずっと目を瞑っている状態なので、突然襲われたりすると困ります。  例えば、この空間にいる間は体感時間と外界の時間が違うとかだと嬉しいんですが。これまでのように何度もここに来られるのであれば、それはそれでかまいません」  触神様は微動だにせず、黙ったままだった。もしかして、聞き方が悪かったか? 「ここでの体感時間と外界の時間は違いますか?」  触神様はその体を伸ばし、ジェットコースターの縦回転コースのように、○を作った。触神様かわいいな。おっと、失礼か。  肯定なら○、否定や回答不能ならそのままという感じだろうか。普通に首を縦や横に振るだけではダメなのだろうか。おっと、これも失礼か。番号も表せそうだが、そこまでさせるのは気が引ける。 「外界の時間は止まっていますか?」  触神様は○を解いて、否定した。 「外界との経過速度の差は……百分の一ですか?」  触神様は○を作り、肯定した。 「え、すご……お兄ちゃん、なんで一発で具体的な差が分かったの?」 「俺達の体長が伸びた時の時間を参考にした。イリスちゃんから離れて、体長が伸び始めるまで三百秒、そこから伸び終わるまで三秒だったから百分の一。  仮説の一つとして、経験値を咀嚼するのは外界、その結果のステータスアップがこの空間で処理されつつ、外界に逐次送られるのでは、と考えた。完全に勘だったわけじゃなくて、仮説からの推察だ。  これは、レベルアップによる成長を想定した時にすでに思い付いていたが、確かめようがなく保留にしていた。触神様、俺の仮説は正しいですか?」  触神様は肯定した。 「えぇ……あの時、時間数えてたの? ……ってことは、もしかして植物とか動物とか食べたあとも数えてて、その想定はもっと前……。これまで思い付いた仮説とその証明に必要な事実を……」  ゆうがブツブツ言っているのを余所目に、俺はこの空間にいるリスクを回避するための残りの質問とスキルツリー作成のための『準備』のための質問を次々に触神様にぶつけていった。 時間差があると言っても完璧に安全とは言えないから、ゆっくりとしてはいられない。必要最低限の質問だ。  俺とゆうが話す上でこの空間に名前をつけておいた方が良いだろうということで、俺達は『触神スペース』と呼称するようにした。  触神スペースでは、スキルツリー表示の段階と触神様と俺達が実体化する段階の二段階あり、前者を『表示フェイズ』、後者を『顕現フェイズ』と呼ぶことにもした。  触神スペースについて明らかになったのは、表示フェイズでは、実時間が流れること、スキル習得やタイプ選択、ツリー作成も随時そこで行うこと、触手時の俺とゆうの会話は触神スペースを実時間で経由していて、それゆえに口を動かさなくても会話できたということ、視界も同様だった。  顕現フェイズでは、外界の感覚が及ばず、いつの間にか攻撃されて重傷になっている可能性もあることが分かった。また、顕現フェイズには、レベルアップのスキル習得時のみ、俺達が触神様を呼ぶことで移行でき、二人が終了を了承した時点で表示フェイズに戻ることを触神様と合意した。最初は今回だけの移行という話だったが、それではツリー作成に支障が出ると進言して、そのようになった。言うべき時は言う、大事だ。  ツリー作成の期限は一年。単に元のツリーを再構成するならそこまで時間は必要ないが、元のツリーには『俺達の触手タイプ』が存在せず、どのような順序でスキルを習得すべきか不明だ。ただ、仮にでも作成しておかなければ、俺達はスキルを習得できないことになる。  したがって、実践しながら完成させていく方法が良いだろうということで合意した。必然的に俺達の枝が主軸になるので、ツリー作成よりはブランチ作成になっていくはずだが、そのまま呼ぶ方が分かりやすいだろう。  経験値とレベルアップについても確認した。仕様を知らないままだったり、検証に時間がかかるとツリー作成が非効率になるためだ。  以下、同じ対象から日を変えて、複数回体液を同じ方法で摂取しても、初回の経験値しか入らない。  方法や状況を変えれば、ある程度入るが、細かい値はその時による。まさに経験値と呼ぶものだ。あえて用語にするなら、『同一対象経験値取得限界』、または『経験値減衰』だろうか。  どのぐらいの経験値でレベルアップするかは教えてくれなかった。  俺達の最大レベルは、スキルを全て習得した状態と思っていい。  体液の種類は同じ対象から三種類以上、それぞれと合計が一定量以上となるよう摂取しなければ経験値にならない。  過剰摂取は意味がない。栄養失調、もとい経験値失調で死ぬことはない。  レベルアップする度にスキルを習得できる。レベルアップ時以外は習得できないが、保留して、あとでも習得できる。  スキルはそれまでに全く体験していなくても習得できる。レベルアップのご褒美というわけだ。そのため、これからは習得ではなく『取得』を使うことにする。  触手タイプは選択し直すことができて、その時点までのレベルに戻り、それまでに取得したスキルは、共通スキルを除き使用できなくなる。  この世界と、その住人との邂逅リスクについて。  モンスター用の結界を張るだけでなく、様々な魔法が存在し、主に攻撃魔法、回復魔法、補助魔法、召喚魔法が存在する。ただし、召喚魔法を単体で使える人間は少ない。  無詠唱で魔法を使える人間は存在しない。  モンスターのほとんどは魔法を使えないが、稀に使えるモンスターが存在し、その場合は無詠唱魔法を使う。  魔王のような存在はいないし、過去にもいない。  人間はレベルアップが存在せず、スキルを取得できない。習得はできるが、俺達のようにスキル表示できない。  相手のステータスやスキルが分かるような鑑定スキルを人間は使用できない。魔法による鑑定は、理論的には可能だが誰も使えない。  ヒットポイント制ではないので殴られれば痛いし、痣もできるし、一メートルは一命取る。  前述の例を覆すチートスキルのような、普通の人間であれば習得できない、使用できない強力なスキルを持った人間が存在する。  以上の情報の内、最後に挙げたチートスキルが、致命的になる可能性がある。これは俺達の力ではどうにもできず、出会って三秒以内に殺されたり、気付いたら死んでいた、なんてこともあるかもしれない。流石にそれは避けたい。 「触神様、ツリー作成前に際して、最後のお願いがあります。俺達はこの世界では狩られる側です。最強の力が欲しいとは言いません。せめて、チートスキル持ちの初見殺し対策をしたい。  例えば、魔法を使われないように口を塞いだら、チートスキルの無詠唱魔法を使われて即死、というのは理不尽です。かと言って、魔法使い全員に対して、無詠唱で魔法を使うのを確認するまで付け回していては無駄に時間を浪費するだけ、逃げ回ってばかりいては何もできない恐れがあります。  したがって、チートスキル持ちだけは、俺達が内容含めて認識できるようにしていただけないでしょうか。何らかの条件達成が必要とかでもかまいません」  触神様は、考慮中なのか、五秒ほどかわいくくねくねした後、俺達の目の前に一つのスキルを表示させた。元のツリーにはなかったスキルだ。 「スキル名、『触手の嘆き』。チートスキル持ちとこれまでに邂逅した触手達によって蓄積された情報から、対象のチートスキルを判別する。内容が不明の場合は、チートスキル警告のみが表示される……。触神様、ありがとうございます! これで行けます!」  ここまで触神様とコミュニケーションを取ってみて感じた印象は、理不尽を許さず、論理的思考で判断し、目的達成のためなら許容範囲内で尽力してくれて、隠しきれない優しさが垣間見えるというものだった。  かわいくも見えて、精神的にも癒やされる。この触神様になら、全てを捧げられると思えるほど、俺は信仰心に溢れていた。 「あのさ、魔法使いでギリギリチートじゃない魔力量を持ってる場合とかはどうするの? 攻撃されたら避けられない規模の魔法を使うみたいな」  ゆうもリスク回避の考え方に少し慣れてきたのか、具体的な状況を想定した上で俺に質問してきた。 「そういう奴らは『準チート級』と呼ぶとしようか。準チート級には一度も魔法を使わせない立ち回りをするしかない。凄腕の剣士という場合もあるだろうな。その場合は、一度も剣を振らせないように動く。不利と分かったら即逃げだ。突然出会うのが一番怖いので、普段から人目に付かないよう行動する。  隠蔽や囮のスキルを早めに取得したいが、『触手の嘆き』を取得した今、俺達に都合が良すぎるスキルを最初に取得するのは触神様が許可しないだろう。とは言え、選択肢があることが重要で、対策前にチートスキル持ちに会った場合はそれがなかった」 「うーん、なんか綱渡りみたいで怖くない? まあ、触手になってからこれまでもそうだったけど」  ゆうは不安な表情で俺に問いかけた。 「それは、すまないと思っている。俺だってゆうを怖がらせたくない。ただ、俺達は生まれたての赤ん坊のようなものだ。育ての親がいるいないにかかわらず、赤ん坊はいつ死んでもおかしくない。赤ん坊は自我が芽生えていないから、死と隣り合わせの恐怖はないが、俺達には自我がある。怖いのは仕方がないことだ。  だが、俺達にはその恐怖をできるだけ排除する、抑えるための頭脳と能力がある。綱をどんどん太くすることができるし、鉄骨に変えたり、将来的には頑丈な橋をかけることもできるさ」 「うん……ありがと。」  ゆうは微笑んだ。だが、表情はまだ曇ったままだ。  生死の話をした以上、確認しなければいけないだろう。これまで避けていたこと、認めたくなかったこと。俺達は、二日経った時から、この世界が夢である可能性が完全否定された事実を全く口に出していなかった。  しかし、その事実を確認できるのにしないのは、前に進むどころか、後ろ向きで立ち止まっているようなものだ。そんなのは、『俺達』ではない。 「触神様、あの……俺達兄妹について……聞きたいことがあります」  俺が触神様に声をかけると、ゆうはそれを察したのか、ハッとしたあとに、俺の右袖をギュッと左手で掴んで肩を寄せてきた。 「俺達は…………交通事故で二人とも死んだ……合ってますか?」  触神様は少しだけ間を置いて、肯定した。三途の川のような生死を彷徨っている最中なら否定するだろう。 「…………」  ゆうは俯いて黙ったまま、掴んでいた俺の袖から、力が抜けたように手をダランと離した。ここまで徐々にダメージを軽減しようとしてきたにもかかわらず、そのショックは大きかったようだ。俺も例外ではない。 「そう……ですか……。元の世界とこの世界の時間経過速度の差はゼロですか? …………。俺達が交通事故に遭ったのは夕方。でも、触手として目が覚めたのは昼頃だった。二十時間経って目が覚めて、それから三日経ったということですね?」  俺はまだ確認したいことがあったので、触神様の肯定に質問を続けた。 「俺達の両親は、俺の遺書を見つけて、中身を読みましたか?」 「……えっ⁉」  俺の質問に、ゆうは驚いてこちらを見た。何を言っているのか分からないという表情だ。触神様は肯定した。 「安心しろ、自殺用じゃない。俺や俺達二人が同時に突然死した時のために、あらかじめ書いておいたものだ。俺の起動しっぱなしのパソコンに二十四時間触れないと、机の引き出しに隠してあった遺書を読むようにメッセージを表示する仕掛けにしてあった。『引き出し二段目底に突然死用の遺書二通あり』ってな」 「そ……そこまでして…………なんて……書いたの?」  ゆうは暗い表情のまま、恐る恐る俺に聞いた。 「その前に先に謝っておく。遺書は二つあって、一つは俺だけが死んだ時の遺書で、もう一つと内容も被っているので読む必要のないもの。そのもう一つは、俺とゆうの連名の遺書ってことにしてある。さらに、勝手にゆうの気持ちを代弁している。すまない。後者だけ読んだはずなので、それを話そうか。少しキザったらしいのは許してくれ」 『これを読んでいるということは、俺とゆうが同時に不慮の事故で死んだってことだよな。その場合は、俺がゆうを守れなかったことになる。不甲斐ない、カッコ悪い兄、息子でごめん。  謝っても謝り足りない気持ちだと思う。想像しただけでもこんな気持ちになるのに、かわいい妹を守れなかった死後の俺は、一体どんな顔をしているんだろうな。ボコボコにして表情が見られないようにしてほしい、ぐらいに思っているはずだ。  兄妹仲は良くも悪くもなかったかもしれないけど、今考えても、これだけはハッキリ言える。楽しかった。日々の他愛無い話から、毎日の食事、誕生日パーティー、家族旅行、本当にどれも。ゆうも同じ気持ちじゃないかな。なんだかんだで、ゆうは優しいから、俺との会話も楽しんでたと思う。  ゆうは遺書をあらかじめ書いておくなんてことはしないだろうから、ゆうがもし遺書を書いたらこんな風になるんじゃないかっていう体で俺が勝手に代筆しようと思う。ゆうには後で謝っておくよ』 『お父さんとお母さん、そして琴ちゃん宛に書きます。お兄ちゃんと二人同時に死んじゃうなんて、お父さん、お母さん、本当にごめんなさい。でも、あたしはこの家族に生まれて本当に良かったって思ってるよ。  お兄ちゃんはあんなだけど、あたしにとっては結構面白いお兄ちゃんだと思うし、話してて呆れることも多かったけど、結局最後は楽しく終われるようにしてくれる。あの頭をもっと別の所に使ってほしかったんだけどね。って、お兄ちゃんのことはいいとして、お父さんもお母さんもあたし達のことは忘れて……とは言わないけど、早く立ち直って前に進んでほしい。だって、大好きなお父さんとお母さんだもん。悲しんでる姿をずっとは見たくないよ。  あたしは、ほら、お兄ちゃんがいるからさ。お兄ちゃんのキモい話を聞きながら、二人のこと見守ってるから。お父さん、お母さん、今までありがとう。愛してるよ、ずっと……。  大好きな琴ちゃんへ。ごめんね、いきなりこんなことになっちゃって。琴ちゃんのことだから、私のためにいっぱい泣いてくれたと思う。本当にありがとう。  琴ちゃんは、すごくかわいいし、スタイルも良いし、頭も良いし、何でもできて、人生二周目なんじゃないかって思うほど、優しくて、気配りができて……私の憧れだから、絶対に幸せになってほしい。絶対絶対、変な男に引っかからないようにね!  ホントは高校卒業しても大学卒業しても、それからもずっとずっと琴ちゃんと一緒にいられれば良かったけど……悔しいなぁ……。まあ、こんなこと言ってもしょうがないよね。  私は琴ちゃんが幸せになってくれればそれでいいから。琴ちゃん、出会ってからまだ一年ちょっとしか経ってないのに、こんなに仲良くしてくれてありがとう。運命の出会いだったよね。思い出一つ一つを鮮明に思い出せる。すっごく楽しかった。  最後にもう一度言うね。琴ちゃん、大大大大大好きだよ』  ゆうは、泣いていた。堪えようにも堪えきれずに、肩を震わせ、両手で顔を覆いながら。それでも溢れる涙がポロポロと足元に落ちていた。 『二ノ宮琴子さんへ、兄からもお礼を言わせてください。ゆうと仲良くしてくれてありがとう。君のことを、ゆうはいつも楽しそうに話していたよ。本当に大好きなんだなと傍から見ても明らかなほどに。  君とはもっと話したかったな。そうすれば、ゆうのことをもっと好きになってもらえた気がするよ。そんなゆうが君と離れ離れになってしまったのは俺がゆうを守れなかったせいだ。本当にごめん。  俺を恨んでほしいと言いたいところだけど、ゆうは君にほんの少しでも負の感情を持っていてほしくないと思っているはずだ。悲しみの感情も含めて。  だから、俺からも君の幸せを心から願わせてほしい。ゆうを笑顔にし続けてくれた君だからこそ、君自身を笑顔にしてほしい。勝手すぎるかな。  俺からも最後に……ことちゃん、ごめん。そして、ありがとう』 『ゆうのためにも、二ノ宮琴子さん宛の箇所は、その部分だけ見せてあげてほしい。多分、そんなに外れたことは言っていないはず。他にも伝えたかった人がいるかもしれないけど、俺が知らないから書けなかった。少なくとも、取り乱すほど悲しむ人には伝えられたから良しとしたい。  人が死んだ時、互いに愛した人や残された遺族の時間は止まってしまうっていうけど、俺とゆうは死んだんじゃなくて、世界十周旅行に出たと思ってほしい。便りをよこさないバカ息子って感じで。ゆうはバカじゃないから、俺がゆうに連絡しなくていいって言ってるという設定。俺達の部屋もそのままにしてさ。他の人から言われても、なんか言ってらってスルー。  そうすれば、生きてるのも死んでるのも紙一重だから、日常に戻れないかな。まあ、ぶっちゃけ現実逃避ではあるけど、受け入れるまでの時間は絶対に必要だと思うから。  言っておくけど、俺の言ったことを呪いみたいに思わないでほしい。その辺は任せる。もちろん、加害者との裁判はあって、その度に思い出すことは避けられないから完全に効果があるわけじゃないし。  さて、伝えておきたいことはこんなところかな。思った以上に長くなっちゃったな。俺の悪い癖だ。  ゆう、こんなカッコ悪いお兄ちゃんだけど、もう一度だけチャンスをくれないか?  今度は絶対守るから。一度口にしたことはお兄ちゃん守るから、一緒にいさせてほしい。  しょうがないなぁって? ありがとう。  父さん、母さん、そういうことだから安心していいよ。連絡できたらするからさ。  それじゃあ、バイバイ。最後まで読んでくれて、ありがとう。大好きだよ』  遺書を思い出しながら、一言一句正確ではないにしろ、当時何度も推敲したこともあって、ほとんど再現できたのではないだろうか。  一息ついた時、俺の両頬に涙が流れていることに気が付いた。いつの間に……。左頬の涙を触るや否や、ゆうが俺をギュッと抱きしめた。 「お兄ちゃんはかっこ悪くない‼ すごく……かっこいいよ……。最高のお兄ちゃんだよ! ……いつもありがとう、お兄ちゃん……大好きだよ……」  ゆうは、俺を抱き締めながら、泣きじゃくりながら、声を絞り出すように、それでいて力強く、兄としての俺を肯定してくれた。その言葉に俺の涙はさらに目から溢れた。俺は思わず、ゆうの優しさに甘えて、抱き締め返した。 「ありがとう……ゆう。俺、ずっとあの日の光景が頭から離れなかったんだ。あの時、どうすれば良かったのか、そればかり考えて。  ゆうとあんなに楽しく長く話せて、俺と同じ進路だったことに内心すごく浮かれてて……信号を渡る前からもっと注意してれば……暴走車と故障の可能性を考えていれば……俺が右側を歩いていれば……もっと早く反応できれば……ずっとだ。  時間が止まってるのは俺なんだよ。ゆうを先導する俺と、ずっと後ろで立ち止まって後ろを向いた俺で分裂して。  遺書では死んだ気になって、あんな決意をしておいて、もう一度のチャンスを不意にして、死ぬ気になっても結局守れなくて、情けなくて……。つまり、二回失敗してるってことなんだ。  それを認めたくなくて、ゆうを悲しませたくないって理由を挙げて、可能性、可能性って言って……。自分が死んだことを認めたくなかったわけじゃない。なんだかんだ言って、俺のくだらないプライドのためだったんだよ。  神様に最初にお願いした時は、ゆうは助かったと思っていたから考えなかったけど、ここにゆうがいなかったら、誰が何と言おうと、俺は自分で顔をボコボコにした上で自殺してたさ」  俺は、誰に対してでもない、自分に捲し立てるように、これまでの負の感情を全て吐露した。 「でも……ゆうのおかげだ。ゆうが一緒にいるから前に進める。失敗を受け入れる勇気が湧いてきて、ずっと逃げていた事実と向き合えた。後ろ向きの自分にはサヨナラして、最後のチャンスに全力をかける。ゆうには辛い思いをさせたな、ごめん」 「そんなこと言うなら、あたしだって、死んだことを認めたくなかったわけじゃない……。あの日は琴ちゃんと同じ進路になれて、あそこでお兄ちゃんにも伝えられたことに浮かれてて、目の前に車が来てることに気付かなかっただけじゃなくて、そのまま動けず、挙げ句の果てに、お兄ちゃんを頼って……。お兄ちゃんを死なせたのは、足手まといになったあたしなんじゃないかって、そのことを認めたくなかった。  結局、この世界でもお兄ちゃんに頼りきりで、お兄ちゃんがいるからいいかって甘えて。それなのに、お兄ちゃんにはいつも通り酷いこと言って、そんな気持ちを誤魔化してた。もし夢じゃなかったら……ただのマヌケになっちゃうじゃんって思って。  だから、ずっと見ないふりをしていた。突きつけられた事実も……自分も……。そんなマヌケなあたしを悲しんでくれるお父さんやお母さん、琴ちゃんに顔向けできないって思った。あたしもだよ……くだらないプライド持ってたの」  ゆうは涙に濡れた顔を恥ずかしがることもなく、俺の方を向いて、素直な気持ちを吐き出していたようだった。 「でも……お兄ちゃんのおかげだよ。正直、まだあたしはお兄ちゃんを頼ってる。あたしを前に引っ張ってくれる。今みたいに、あたしが立ち止まっても、お兄ちゃんから踏み出してくれる。辛いことや悲しいことがあっても、きっとその何百倍も面白いこと、楽しいことに変えてくれる。  だから、あたしはその恩を返せるように頑張りたい。それまで、ううん、それからも一緒にいられたら……嬉しい。共依存だなんて誰にも言わせない。お兄ちゃんは、ずっとあたしのお兄ちゃんだから……」 『ありがとう』  俺達は同時に感謝の言葉を言い合って、泣きながら強く抱き締め合った。自分の死と弱さを受け入れ、一緒に前に進むことを誓って……。



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