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俺達と女の子達がパーティーに一部参加して囲碁とダンスの魅力と女の子の秘密を認知する話(1/5)

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 十五日目の午前、パーティー当日。  昼食前に、俺はイリスちゃんがユキちゃんの部屋に来たことを確認すると、シンシア達にした質問と全く同じことを聞いた。 「イリスちゃん、聞きたいことがある。朱のクリスタルについて、千年前から存在していることは知っているか、知っているとしたら、なぜ知っているか」 「…………え? なんで……だろう……考えたことなかった……いや、違う。思い……出した……初めて……。千年前からって……『初めて』って何? なんで……なんで⁉」  イリスちゃんがその疑念と共に大きな声を出した。彼女のこんな様子は初めて見たし、こんな声は初めて聞いた。今はユキちゃんの母親は外出中なので、大きい声を出しても問題ないが、それにしても突然の出来事に、俺でさえ驚きを隠せない。 「イ、イリスちゃん、落ち着いて!」  ユキちゃんがイリスちゃんの肩を抑えて、なだめた。 「だって、ユキお姉ちゃんがそれを知ってることも、私は知ってるんだよ! おかしいよ! 催眠魔法じゃないんだよ! 触神様のお考えが分からない……」  イリスちゃんが激しく戸惑いながらも、推察しているのは流石と言えるが、落ち着く時間を作るためにも、ユキちゃんには俺から説明した方が良いな。 「……ありがとう、シュウちゃん。そっか……世界の謎か……国を興す以上の壮大さだね……」  ユキちゃんにも戸惑いは見えたが、極力冷静でいようとしてくれている。  すると、これまで黙って動かなかったイリスちゃんが口を開いた。 「ごめんなさい、シュウちゃん、ユキお姉ちゃん。あんなに取り乱すなんて……」  イリスちゃんは明らかに落ち込んでいた。取り乱したことか、あるいは考えた内容に落ち込んでいたのかは分からないが、俺達はイリスちゃんを慰めるために両頬を舐めた。 「ありがとう、シュウちゃん。大好きだよ…………ふぅ……よし! 気を取り直して……。ユキお姉ちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいい? シュウちゃんが朱のクリスタルについて、最初に聞いた内容を覚えてる?」  イリスちゃんは、自分で書き直した黒板を両手に持ち、ユキちゃんには表を見せないようにして、俺が想像もしていなかった質問をした。天才はそこから確認するのか……開いた口が塞がらない。 「え……? 何だっけ……?」 「じゃあ、私がどういう理由で取り乱したかは覚えてる?」 「…………ご、ごめん……覚えてない……もしかして、これが世界の謎なの……?」 「そう。それじゃあ、この黒板に書かれてることを絶対忘れない、いつでも思い出せるという決意をしてから見てくれる? ここで話をする以上、ユキお姉ちゃんを置いてけぼりにできないから」  イリスちゃんはユキちゃんの『勇運』を利用して、忘れないようにさせるつもりだ。 「私もこの黒板がなくて、普段通りにしていたら、すぐに忘れそうになる。想像を絶する世界のルールだよ……」  イリスちゃんは、『勇運』にも同じ効果があることには、もちろん触れなかった。これでユキちゃんでも忘れるようなら、世界のルールが絶対で、『勇運』に勝るということになるが……。 「それじゃあ、ユキお姉ちゃん。シュウちゃんが朱のクリスタルについて、最初に聞いた内容を覚えてる? この黒板に書かれてるんだけど」  イリスちゃんが黒板を隠して、ユキちゃんに改めて質問した。 「質問されたことは覚えてないけど、そこに書かれてることは覚えてる。朱のクリスタルについて、千年前から存在していることは知っているか、知っているとしたらなぜ知っているか、だよね」 『勇運』が世界のルールに勝った。これが『運』と言えるのかは分からない。稀に忘れない人がいるとか?  いや、待てよ。レドリー辺境伯がそれに該当するのか。選ばれた彼でさえ、思い出すことが難しいようだった。  イリスちゃんはユキちゃんに、改めてそのルールを説明しているが、根本さえ覚えていれば、そのあとの話は忘れないようだ。これで話を続けられる。 「私が取り乱した理由の一つは、シュウちゃんが考えている通り、千年より前の歴史が存在しない可能性と、触神様によって、私達が文字通り『作られた』存在である可能性、そして、世界が滅亡の危機にある可能性が頭をよぎったから。  もしかすると、歴史がないのは千年前どころか五百年以前からかもしれない。全部説明するといつも以上に長くなるから、これから話すことは論理を少し飛ばしていくね。  なぜ五百年前かと言うと、ユキお姉ちゃんから魔法の歴史を教えてもらった時に、私が疑問に思ったことと関係しているから。それは、魔法の歴史は五百年前から詳細に伝わっているのに、人類史については、五百年前までの文献が全く残っていないこと。その時、すでに紙と羽ペンがあったにもかかわらず。  人類全体で都合の悪い事があって焚書したのかと私は思ってたけど、五百年前にモンスターや魔法使いが突然現れたんじゃなくて、この世界そのものがその時に一瞬にして作られた、あるいは作り変えられた、とした方が納得できる点は多い。  その場合、モンスターと魔法使い、どちらが先に誕生したかを考えると分かりやすい。文献では、ほぼ同時とあるけど、私はモンスターが先だと思う。その対抗として魔法使いと魔法原書が誕生した。  今では、魔法を使える人は人格者とされているけど、最初の魔法使い達の適正人数は不明だったため、神様によってランダムで割り振られた。触神様と同一の神様かは分からない。  魔法使いが先でない理由は、この世界にとって特にメリットにならないから。魔法使いを滅ぼすためにモンスターがいるとも考えにくい。  シュウちゃんの世界に魔法がないことから、必ずしも魔法の存在が文明の発展に寄与しない、それどころか、悪影響さえあるとも言える。となれば、神様にとって、この世界にとって、モンスターはイレギュラーな存在であると仮定できる。  五百年前に新しい世界と生物達を作った。しかし、モンスターが誕生してしまった。そのために魔法使いを生み出した、という流れ。  千年前の朱のクリスタルの記憶、歴史の空白、五百年を境に誕生したモンスター、そして時は巡り、クリスタルが集まりつつある現在。これらのことから考えられる仮説がある。  もし、全てのクリスタルを集められなかったら、近い内にこの五百年が空白になる恐れがあるということ。その瞬間を、『タイムリミット』とでも呼ぼうか。そうなれば、また新しい世界が始まる。ループの可能性もあるかもしれない。ループの場合はおそらく二周目。私達が条件を満たしたその先に何があるのかは分からない。  なぜ朱のクリスタルの記憶が全員に刻まれるのか、なぜ操作されるのかを考えると、空白になった歴史で犯した罪により、私達が生まれ、生きていくための罰、あるいは僅かな希望で先に向かうための制約なのかもしれない。シュウちゃんはこの世界の存在ではないから、記憶のルールは適用されない。  逆に、クリスタルが集まってしまうと私達に都合が悪い可能性もある。触神様の考えが分からないって言ったのは、五百年前にクリスタルが集まったかどうか分からない以上、それがギャンブルになるから。  ただ、蒼のクリスタルも千年前から存在すると仮定すると、それが魔力と魔法に関するチートスキルであることが気になる。初めて魔法使いが現れたとされる五百年前と齟齬が発生するから。いずれかの仮説や伝説が間違っている場合があるか、全て成り立つ事象が隠れているはず。  加えて、二つ気になることが前からあったんだけど、今回のことで分かった気がする。朱のクリスタルの失った輝きの力はどこに行くのか。そして、輝きが失われているのに、なぜクリスタルが集まりつつあるのか。  その答えは『シュウちゃん』。おそらく触神様は、その時、偶然にも回収されていた朱のクリスタルの力を使って、シュウちゃんをこちらの世界に転生させた。その力が宿っているから、実質、シュウちゃんが朱のクリスタルの代わりになっている。  だから、シュウちゃんも含めてクリスタルが集まっていると考えられる。触神様から朱のクリスタルを探すよう言われたのは、宿った力をそのまま引き出せないので、一度クリスタルに戻す必要があるから。  そう考えると、戻すための条件はあると思う。何も準備をせずに近づくだけとか、触れるだけではないんじゃないかな。クリスタルの力を増やしてないと、シュウちゃん自身にも影響するかもしれないし。  念のため、触神様に確認してほしい。条件は教えてくれないだろうから、力を戻したり、戻した力を使ったりした時に、無事にこの世界にいられるかどうか。  朱のクリスタルを所持、あるいは保管していた場合のデメリットはまだ分からないけど、聖女コトリス惨殺事件とシンシアさん冤罪事件から、『周囲の裏切り』の可能性は高い。  ただ、現時点でシュウちゃんとその周囲には、デメリットが働かないのかもしれない。もちろん、注意は必要だけど、私達の誰かが裏切るとは考えられないから。単に負の力が溜まっていないだけかもしれないけどね。  デメリット発動時には、今回のような記憶操作も起こり得るから、私も心に刻んでおく。絶対に私はあなたを裏切らない。ユキお姉ちゃんも宣言してほしい」 「うん、私もシュウちゃんを絶対に裏切らない。もちろん、仲間の誰一人だって裏切らないし、裏切らせたくない!」  イリスちゃんとユキちゃんの頼もしい言葉に、俺達は心を打たれた。  思わず彼女達に頬擦りしてしまったが、ずっとこうしていたいぐらいだ。イリスちゃんなら、裏切り抑止のために、俺達の評価を下げさせない振る舞いさえしてくれそうだ。  それにしても、俺が持っていなくてイリスちゃんが持っている情報は『五百年より前の人類史の文献が残っていないこと』だが、仮にそれを知っていたら、俺は彼女が立てたような仮説まですぐに辿り着けただろうか。時間があればあるいは……いや、過信か。  ゆうならどうだろう。発想や記憶容量は別にしても、ゆうの平常時の頭の回転の速さはイリスちゃんに匹敵すると俺は思っている。 「ゆう、もし十分な情報があったとしたら、イリスちゃんのような論理を瞬時に展開できるか?」 「いやー、どうだろう。情報とは別に、この世界のこの時代背景で『世界のループ』の発想まで出てくるのは、やっぱりすごいよ。あたし達には馴染みがあるけど。どちらかと言えば、お兄ちゃんの方が得意でしょ」 「なぜこんなことを聞いたかと言うと、イリスちゃんのような天才に、敵として対峙した時に、為す術なく殺されるのを避けたいからだ。俺達は死なないにしても、大切な人達を守るために、俺達の密な脳内連携が必要になる場面があるかもしれない。  これまでは大雑把に決めていたが、これからは詳細に決めておこう。とは言え、今は時間がないから、パーティーが終わって以降だな」 「おっけー。あたし達二人で天才に並べるかどうか分からないけど、やってみないことにはね」 『タイムリミット』の具体的な日時は分からないが、世界が終わってしまっては、女の子を幸せにできないことになる。できることはしよう。  少なくとも、既存の魔王による世界崩壊でないことは触神様に確認済みだから、その他の情報を得る必要はあるだろう。  昼食の前に、俺は顕現フェイズで触神様に質問をした。この際、教えてくれないと分かっていることをわざわざ聞くのはどうか、などと気を遣っている余裕はない。 「触神様、教えていただけないと分かっていることも含めて、全て質問します。  この世界は五百年前にリセットされましたか? …………。  世界の危機を回避する方法がクリスタルを集めることですか? …………。  俺達は朱のクリスタルの力によって転生しましたか?」  いずれも教えてもらえなかった。 「朱のクリスタルを俺達が見つけた場合に、その場ですぐに、その輝きや力を取り戻すための条件が存在しますか?」  触神様は肯定した。やっぱり条件があるのか。 「現段階で、俺達はその条件を満たしていますか?」  触神様は、くねくねしていた。その動きは、いつ見てもかわいいのだが、どういうことだろうか。 「半分ぐらい満たしているということですか? ……。八割ぐらい? ……。九割ぐらい?」  触神様は、『九割』を肯定した。全然教えてくれない時はどうしたものかと思っていたが、触神様のことは、やっぱり好きだ。  それにしても、九割も満たしているのか。残り一割がこれまで通りに満たされれば問題はないが、全く別の要素の場合は、手掛かりがないと困るな。念のため、聞いておくか。 「俺達は今まで通りに進む予定ですが、このまま行けば、いずれ条件を満たしますか?」  触神様は肯定した。まずは、一安心か。  今のように聞けば、条件が何なのかを聞く必要がない。そもそも今の質問さえ聞く必要がなかったのかもな。全く想像もできない条件が存在するのであれば、朱のクリスタルを探しても意味がない。そんなことを触神様が言うはずない。  仮にあるとしても、クリスタルを見つければ、少なくともヒントが分かるようになっているはずだ。イリスちゃんが言及しなかったのは、それが理由か。まあ、確定要素は一つでも多い方が良いから、これはこれで良しとしよう。  俺は最後の質問をした。 「俺達が朱のクリスタルの力で向こうにメッセージを送ったあとも、俺達と俺達の大切な人達、その家族も含めて、無事にこの世界にいられますか?  つまり、そのことが理由で、誰かがそれぞれの主観で悲しい思いをしない、ということを確認したいです」  触神様は肯定した。具体的に言っておかないと、神の主観で変な結末になってしまっても困るからな。それこそ、俺がクリスに言ったように、『死は救済である』と言って、消滅させられたり、別れも言えずに別の世界に転移させられたりしないようにしないと。もちろん、触神様はそんなことしないが、別の神に割り込まれる恐れもある。その場合は、触神様に守ってもらうことも狙いだ。 「ありがとうございました!」  俺達は触神様にお辞儀をして顕現フェイズを後にした。  続いて、取得するスキルを選択した。 「『弱毒液』、口から弱い毒性の液体を噴射する。弱毒液は皮膚に触れる、または摂取すると、五秒後に気分が悪くなり、四肢に中程度の痺れを引き起こす。効果は九分続く。効果切れ前に再度触れても効果は継続しない」 『触手数増加』と比べると、具体的な説明だ。  俺が研究本に書いた説明から、効果時間が短めに変更されている。弱毒液を唾液で薄めるとどうなるかは想定していなかったので、いつか検証したい。  こんな細かいことを想定できるようになったのは、この世界に来て俺の危機意識と当事者意識が強まったことが要因だろう。スキルノートにどう記述していくか、腕の見せどころだ。 「あたしが思ってたより早くレベルアップしたから、やっぱり母乳効果はすごかったのかな。だとしたら、生理の時も別の状況だから減衰は小さいかも。そう言えば、まだ誰も生理来てないね。イリスちゃんは別にして、みんな日が固まってるんだね」 「通常時に加えて、排尿、排便、授乳、排卵時の卵子を含むか含まないかの子宮内膜と血液、のパターンが一人毎にあるとしたら、それぞれ一回ずつでも、合わせて初回の三回分ぐらいにはなるのかもしれない。イリスちゃんの予測通りだ。複数人が絡むと、また別の状況だから、それも合わせると、思ったよりも経験値が入る。  残りは吐瀉物も考えられるが、泥酔した時に手伝う以外は苦しめることになるから避けるとしよう。膿も考えられるが、回復魔法がある世界では日常的ではないな。痰ならあり得るか。  いずれにしても、月経周期は聞いておくか。この際、デリカシーがどうのとかは関係ない。経験値を無駄にしないためだ」 「この状況じゃなかったら、月経周期把握とか完全に変態だけどね」 「俺はお前の月経周期を把握していたぞ」 「うわ、きも‼」 「いや、お前が教えてくれたんじゃないか、昔に……」 「それを覚えてるのがキモいの!」 「それじゃあ、代わりに俺が定期的にお気に入りの触手本を読んでいた周期を教えてやろう。まず、『帝国女兵士……」 「いや、いいから! うざ‼ 『まず』とか言ってるのも、うざいから!」  スッキリしたところで、今後の取得予定スッキルを確認しておくか。 「えーと、この後のスッキルは……」 「『スキル』を『スッキリ』みたいに言わないでくれる? 馴染みすぎてて、文章なら誤字を疑うから」  よく分かったな。ボケもあまりしつこいと嫌われるからこの辺にしておくか。 「次は『短透明化』を取得する予定だ。『精液』スキルを始めとした繁殖タイプに進むための必須スキルを取得する選択肢もあるが、前に言った通り、取得しておきたいスキル、つまり、リスク回避のためのスキルをやはり優先的に取得していく。  まずは、『弱魔法反射』を目標に必須スキルを取得することになる。『短透明化』『短浮力』『短硬化』、『短高温化』または『短低温化』の中から、最低二つ取得しなければならない。体表面の状態を変化させるスキル群が必要ということだな。  その次は、『短浮力』を取得する。ただし、『短硬化』は繁殖タイプに進むために、いつか取得しなければならない」 「こう見ると、触手体タイプの固有スキルがほとんどなくない? 共通スキルばっかりって言うか。『影走り』でさえ、イソギンチャクタイプが取得できるし」 「そうだな。一応、共通スキルは全触手タイプが取得できるものと定義してはいる。まあ、固有スキルと言うよりは、サブタイプ合わせての特徴としか表現できないのかもしれない。  例えば、触手体タイプは影走りを取得すると忍者タイプに進むことになるが、イソギンチャクタイプは忍者タイプになり得ない。単に『遊動タイプ』でしかない。だから、その先のスキルも異なる」 「固有スキルがあればかっこいいと思うけど、確かに思い付かないんだよね。どの触手でも当てはまりそうなスキルになっちゃう」 「俺達の冒険の目的の一つは、スキルツリーの作成だが、実践的かどうかの確認だけでなく、その固有スキルが本当に必要ないかどうかを確認するため、というのも含まれている。机上だけでは、流石の俺でも閃かないからな」 「研究者、発明者の鑑ですねぇ。『触手研究家』も『触手スキル発明家』も聞いたことないけど」 「『触手スキル発明家』か……良いねぇ」 「言い方、うざ!」  昼食後、そのままシンシアに会場の下見をしてもらうことにした。俺達はすでに会場の梁にいるので状況は分かっているが、囲碁スペースでの椅子への腰掛け具合や、その時の天井からの視界の確認をしたかったからだ。  会場となる大部屋は、バスケットコート二つ分の学校の体育館ぐらいはあるだろうか。今回のパーティーの参加者数は五十人ほどなので、かなりのスペースを確保できるだろう。  逆に言えば、広すぎるのではないだろうか、とも思ったが、現在準備中のビュッフェ形式とダンススペースで場所を必要とするからかもしれない。屋敷のメイド達は他にも様々な準備をしており、すでに囲碁スペースは出来上がっているようだ。六人分、三局同時に打てるようで、それぞれ、九路盤、十三路盤、十九路盤が置かれていた。その内の十三路盤は、昼食前に俺達の部屋からメイドが持っていった物だ。 「腰掛けてみてもいいかな?」  シンシアが近くにいたメイドに声をかけると、どうぞと言われたので、すぐに十九路盤の席に腰掛けた。  注文通り高めの椅子で、木製ではあるものの、床に向かって広がった形をしているので重量感があるようだ。腰掛けても、膝がほんの少し曲がる程度で、体重をかけても倒れる気配がなく、問題はなさそうだ。  梁にいる俺達から見ても、シンシアの頭で碁盤が見えなくなることはなかった。シンシアは、念のため、囲碁スペースの全ての椅子に腰掛けて確認をしていた。素晴らしい思慮深さだ。突然、こっちの席で打とうと言われるかもしれないからな。 「ありがとう。それでは、またあとで」  シンシアは、メイドにお礼を言って会場を後にした。朝食時は、辺境伯に言われた通り、カレイドになりきっていたが、流石にメイドの前では普通に話している。  これからは部屋に戻って、アースリーちゃんやリーディアちゃんと一緒に、ドレス等の準備に入る。開始までは四時間ほどだが、辺境伯が、準備ができ次第、その美しい姿を見せてほしいと言っていた。  俺達は特にやることがなかったが、昼食のために帰宅したイリスちゃんから、自宅の裏で呼ばれたので、彼女に近づいた。 「シュウちゃん、少しだけいい? 一方的に話すね。  クリスタルを集めることがギャンブルだって言った話だけど、『勇運』が世界のルールを越えたことから、集めても問題ない、と言うよりは集めなくちゃいけないと思った。多分、『勇運』だけじゃない、クリスタルの力はこの世界の運命を凌駕する。一つも欠けてはいけない理由が、それぞれのチートスキルに秘められているような気がする。  じゃあ、今後どうするべきかだけど、基本的にはユキお姉ちゃんの行動に合わせておけばいいと思う。『勇運』の力で、反対意見は出てこないと思うけど、万が一、どうしてもユキお姉ちゃんと異なる意見を通したい場合は、できるだけ誘導してお姉ちゃんに選択させるようにすれば、全部上手く行くから」  そう言うと、イリスちゃんは手を振って自宅に戻った。  問題は、クリスタルが全部で何個あるか、集めたあとに何をどうすればいいかだが、これらもユキちゃんに勘でいいからどう思うかを聞けば分かるのだろうか。そこまで都合良くは行かないか。  まだ時間はあるので、イリスちゃんが昼食後にユキちゃんの部屋に戻り次第、世間話をすることにした。 『イリスちゃん、碁って知ってる?』  俺が黒板に質問を書くと、イリスちゃんとユキちゃんが顔を見合わせた。 「碁って、もしかして黒と白の石を並べて領地を確保するボードゲームのこと?」  俺は肯定した。予想通り、彼女は知っていた。 『伯爵以上の貴族の間で流行ってるらしくて、今日のパーティーの余興として、俺とシンシアで、ゲストと対局することになっている。  実は、俺達がいた世界にも、同じ名前とルールで碁が存在してるんだけど、内容を考えたのがイリスちゃんで、名付けたのがユキちゃんだったりする?  ただ、一年前に発明されたようで、その時はユキちゃんの能力は発動していないし、イリスちゃんが天才なのも、ユキちゃんに知られていなかったから、もしそうなら、その辺りの経緯を聞いてみたい。大体、予想はできるけど』  すると、最初にユキちゃんが口を開いた。 「すごいね、シュウちゃん。私達、と言うかイリスちゃんだけど、匿名で出したのに、あっさり辿り着くなんて。  それにしても……へー、流行ってるんだ。どうなったのか気にはなっていたけど。イリスちゃん、あの時、ちょっと内容を変えるって言ってたけど、今思えば、やっぱり相当詳しく考えた?」 「うん、実は……。今まで黙っててごめんね、ユキお姉ちゃん。  えっとね、シュウちゃんに説明すると、最初に大枠を思い付いたのは、紫のクリスタルのデメリットを受ける前のユキお姉ちゃんで、名付けもその時にしたみたい。私がここに遊びに来た時に、昔を懐かしむ流れでその話を聞いて、こうしたらもっと面白いんじゃないかって話し合ったりして、でもそこまで詳しくは決めなかったんだよね。  家に帰ってから、私が頭の中で肉付けしていって、現状のルールや道具になったんだけど、それをユキお姉ちゃんに共有するわけにもいかずに、話題はそれっきりで、私はどちらかと言うと、ここにある本のことが気になってたから、その内容について語ることが多かったかな。  でもある日、チェスに代わるゲームのアイデア募集の話が村に回ってきて、ユキお姉ちゃんに『応募してみたら?』って聞いたら、あまり乗り気じゃなかったから、『それじゃあ、私から匿名で応募するのは? 少し内容をアレンジして』って聞いたら、それならいいって言われて、私が詳細に考えた碁を、匿名で応募したっていう経緯」  ユキちゃんが乗り気じゃなかったのは、紫のクリスタルの影響で勇気が出なかったからだろうな。  それにしても、ユキちゃんが原案ということは、ゲームを創造したことになり、『魔法創造』だと思っていたスキルは、もっと汎用的な『創造』である可能性もあるのだろうか。 『ユキちゃんが碁と名付けた理由ってある? 閃き?』 「閃きと言うよりは、その時は、領地を確保しに『行く』、広げに『行く』、攻めに『行く』、でも『行き過ぎないように』って感じで、『ゴー』から『ゴ』にしたかな。スペルは同じだけどね。  他の用語はそういうのと閃きの半々ぐらいだったかな。『ダメ』は『ダーミット』から、『ケイマ』はチェスの『ナイト』の頭文字『K』と『マーク』から、『ツケ』や『ハサミ』は閃き、みたいな。『イゴ』は流石に思い付かなかった」  用語まで一致しているとは、とんでもないな。名付け方については、自然なのか無理矢理なのかよく分からない。 「また改めて、『勇運』のすごさを感じるよ。当時考えた内容だからか、『勇運』が発動していない時でさえ、応募内容がちゃんと理解されて採用されたのはもちろんのこと、少なくとも、シュウちゃんが私達の世界に来て、碁に触れるのを予知してるってことになる。そうじゃなければ、『碁』である必要がないからね」  場合によっては、詳細なルールや道具といったイリスちゃんの考えさえ、『勇運』によって操作されているかもしれないことは、彼女は触れなかった。  それからは、黒有利の調整のための『コミ』をなぜ採用しなかったかも含めて、俺達は碁について語り合い、いつかイリスちゃんに指導碁を打ってもらうことを約束した。  パーティー開始まで、あと一時間半。どうやら、美しき淑女達の準備が整ったようだ。クリスの変装魔法も、最初にシンシアにかけ終わっている。  部屋には参加者数分の鏡台と椅子が用意され、彼女達はそこに座っていたが、メイド達が彼女達から離れ、辺境伯を呼びに行った。  それから、五分後。辺境伯と夫人が俺達の部屋に来た。二人は、彼女達、特にアースリーちゃんを見て固まっていた。辺境伯はシンシアの変装姿やリーディアちゃんの姿には慣れていたが、アースリーちゃんのドレス姿は初めて見る。  先に口を開いたのは夫人だった。 「み……皆さん、何という魅力的な姿でしょう。本当に、美しすぎて言葉を失ったほどです。パーティーであなた達の姿を見た殿方は、全員求婚してしまいますね……。特にアースリー、あなたは犯罪的です! 私でさえ、一目見た瞬間に落ちてしまいました……」  夫人は自分の胸に手を当てて、色っぽい表情をアースリーちゃんに向けていた。  夫人にとっては、アースリーちゃんは同性で、すでに家族同然となった関係にもかかわらず、恋に落ちてしまうほどの魅力がアースリーちゃんにはあったのだ。  アースリーちゃんの髪は後ろで三つ編みにまとめられており、ドレスの色は彼女の髪色より明るめの赤がメインで、それを引き立たせるような白い生地や模様がチラホラと見える。胸元は大きく開いており、赤い髪とドレスの間の白く輝く肌が、長く深い胸の谷間を一層強調している。彼女の首には宝石の付いたネックレス、ドレスの胸元の中央には豪華なブローチがあり、これらが見る者の視線をさらに胸元に惹き付ける。  コルセットか、あるいはマナー講習により、貴族らしい姿勢を習得しているからか、いつも以上に彼女のスタイルが良く見えた。  もちろん、身体だけではなく、顔もかわいく仕上げられている。素材を活かすためのナチュラルメイクだが、唇は艶めかしく見える。赤いドレスが邪魔をせずに、むしろそれより上を引き立たせていると言っていいだろう。  そう言えば、表情の練習もしていたな。リーディアちゃんのプロデュース力、恐るべし。 「ふふっ、ありがとうございますって言っていいんですよね? 私もリーファお母様の美しさに息を呑みました。リディルお父様は大変ですね。必死で守らないと、ダンス相手を取られてしまいますよ」  辺境伯夫人の名前はリーファだが、アースリーちゃんには『リーファお母様』と呼んでほしいと前の食事時に頼んでいたな。どさくさに紛れて、辺境伯も『リディルお父様』と呼んでほしいと言っていた。  言うまでもなく、パーティー用の衣装に身を包んだ二人の姿も美しく、かっこよかった。 「本当に皆、美しいよ。リーディアのことは見慣れているとは言え、アースリーとカレイドの姿は、どうにか息子達には先に見せておきたいな。このままでは、招待客の前で見惚れて鼻の下を伸ばすことになる」  固まっていた辺境伯がやっと口を開いた。シンシアのことは、しっかりと『カレイド』と呼んでいる。 「では、私とリーディアがお連れしたご令嬢二人のお相手をしておきましょうか?」  アースリーちゃんの魅力を前に、俺も完全に同意する懸念事項を挙げた辺境伯に対して、夫人が救いの手を差し伸べた。 「ああ、頼む。とりあえず、息子達が到着したら、この部屋に来させるから、それまでこの主催者用の式次第を読んだり、雑談をしたりしていてほしい。三十分ぐらいはかかると思う。  そのあとは、呼ばれるまでここで待機。リーディアは二十分後ぐらいに、下に降りてきてくれ。クリスは、そろそろ外の警戒を頼む」 「分かりました」  リーディアちゃんとクリスの二人が返事をした。リーディアちゃんは、辺境伯から式次第を受け取り、鏡台の椅子を集め始めると、辺境伯と夫人は、クリスと一緒に退室して、パーティー準備の確認に行った。  俺達は、ベッド下に配置していた触手から一本増やし、シンシアのスカート下の脚に巻き付いた。 「リーちゃん、改めて見ても、すごいかわいい。リーファお母様がおっしゃられた通り、婚約の申し込みが殺到しちゃうよ」 「アーちゃんほどじゃないよ。でも、ありがとう。久しぶりのパーティーの参加だから、少し緊張してるかも。表情が硬かったら、遠慮なく言ってね」 「それじゃあさ、式次第のここで手を繋ごうか」  アースリーちゃんは、主催者用式次第の『アースリーとリーディアの登場と紹介』の箇所を指して言った。 「ふふふ、それ、私も思ってた。アーちゃんと、みんなとなら、絶対に良いパーティーになるって信じてる」  普通なら問題が起こるフラグだが、優秀な辺境伯や俺達に限っては、そういうことはない、させない。本当だ。 「私は目立った登場がなくて良かったです。もちろん、紹介はありますが。流石、レドリー辺境伯。細かい所で、しっかり配慮されていますね」  カレイドになりきったシンシアが安心し、感心していた。カレイドの紹介文も簡単にだが書かれているようだ。ただ、シンシアの、いや、カレイドの美しさは、それはそれで目立つはずだ。 「何言ってるのカレイド。私のプロデュースで十分目立ってるのよ。あなたは、自分の美しさとドレスを着た時の落ち着きとかっこよさ、対局時の凛々しさを自覚しなさい。いや、でも設定上は自覚しない方が良いのかしら……」 「少なくとも、謙虚ではありそうだな。一応、見た目には気を遣ってそうだ。そうじゃないと、可憐にならない。可憐さとかっこよさ、あるいは凛々しさを両立させるのは難しいと思うのだが、リーディアのプロデュースで何とかなっているのかな」  設定を深掘りするリーディアちゃんとシンシア。 「リディルお父様から声をかけられるほどの賢さオーラも出してないといけないんだよね。でも、それもできてると思う。普段のシンシアさんの通りにしていれば、そこからカレイドさんの日常の様子も想像できるから大丈夫だよ」  アースリーちゃんも交えて、設定談義や、碁以外の会話と紙だけでできるゲームを俺達が教えたりしていると、リーディアちゃんが時間に気付き、部屋を出ていった。  残ったアースリーちゃんとカレイドが、パーティー関連で料理についての雑談を十分ほどしていると、部屋の扉がノックされた。 「どうぞ」  アースリーちゃんが立ち上がって返事をすると、二人の男達が入ってきた。辺境伯の息子達だ。アースリーちゃんとカレイドが、その場から動かない二人に近づいていった。 「…………」  予想通り、両親の反応と同じく、二人は口を開けたまま固まっていた。 「あの……」  アースリーちゃんが優しく声をかけても、ビクッと少しだけ反応したが、まだ動かない。  もしかして、かけられたかわいい声と仕草にもやられたのか? この二人も両親と同じく面白いな。 「大丈夫ですか?」  再びアースリーちゃんが声をかけると、二人の内の一人が大きく体を震わせた。 「はっ……! はぁ……はぁ……はぁ……も、申し訳ありません! あまりの美しさに天国にいるかと思ってしまいました。父から心しておくようにと言われたにもかかわらず、想像を絶する魅力をお二人とも放っておられて……。私は長男のディルスです。こちらは、次男のリノスです。…………。おい、リノス!」  まだ固まっていた次男は、長男に小突かれ、声をかけられて、ようやく意識を取り戻したようだ。 「も、申し訳ありません! あまりの美しさに天国にいるかと思ってしまいました」 「それは僕がもう言った」  貴族にもかかわらず、我に返ってもなお、漫才のようなボケとツッコミをしている。余程、衝撃を受けたのだろう。 「わ、私は次男のリノスです。よろしくお願いいたします。まさかこれほどとは……」  次男はまだ現実を受け入れられていないような表情をしていた。長男も次男も、二人の美女のどちらを見ればいいのか、さらに、見たとしても目のやり場にも困っているようだった。 「初めまして、私はアースリー=セフと申します。よろしくお願いします」 「私はカレイド=マーと申します。本日の余興で、ウィルズ様と碁の対局をすることになっています」 「おお……!」  彼女達のシンプルな紹介にも、二人は反応していた。  彼らは両親に似て、かなりの美形で、部屋に入ってきた時は理知的にも見えたが、この様子を見ていると、その印象が正しかったか不安になる。俺は今の方が面白くて好きだが。 「あたし、美女を見てここまで男が挙動不審になるのって、創作の中だけだと思ってたけど、本当になるんだね。この二人の裸見たら、鼻血出して死んじゃうんじゃない?」  ゆうが漫画的な反応をする兄弟達の感想を述べた。 「俺が人間で彼女達と初対面だったら、多分この二人と同じ反応をしてたな。一般人が見たら、マジで人生狂わされるよ。特に今の彼女達は、高嶺の花ではなく、向こうから寄り添ってくれそうな印象を受けるからかな。アースリーちゃんは聖母のオーラを隠しきれないし。  リーディアちゃんも合わせて、三人は間違いなくパーティーの注目の的だろう。居住可能域拡大パーティーという大目的を忘れて。そもそも、お前だって二ノ宮さんと初めて会った時、そうなってただろ」 「いや、あたしは下校してからだし。対面してた時は平静を装ってたし。仲良くなってから裸を見ても鼻血出さなかったし。そもそも、美女だからじゃないし。いや、美女なのはもちろんなんだけど、真のお嬢様だったからだし」  その発言と必死さで、同性なのに動揺していたことを隠しきれていないんだが……。二人はお互いの家に泊まり合って、一緒に風呂も入っていたから、その時のゆうの様子を見てみたかった。 「それでは、私達はこれで」  長男が当たり障りのない世間話を切り上げると、次男と一緒に下の階へ戻っていった。彼らにとっては、会っておいて本当に良かったな。  二人と交代で、リーディアちゃんが戻ってきて、メイドに呼ばれるまで、引き続き三人で雑談をしていた。



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俺達と女の子達がパーティーに一部参加して囲碁とダンスの魅力と女の子の秘密を認知する話(1/5)

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 十五日目の午前、パーティー当日。  昼食前に、俺はイリスちゃんがユキちゃんの部屋に来たことを確認すると、シンシア達にした質問と全く同じことを聞いた。 「イリスちゃん、聞きたいことがある。朱のクリスタルについて、千年前から存在していることは知っているか、知っているとしたら、なぜ知っているか」 「…………え? なんで……だろう……考えたことなかった……いや、違う。思い……出した……初めて……。千年前からって……『初めて』って何? なんで……なんで⁉」  イリスちゃんがその疑念と共に大きな声を出した。彼女のこんな様子は初めて見たし、こんな声は初めて聞いた。今はユキちゃんの母親は外出中なので、大きい声を出しても問題ないが、それにしても突然の出来事に、俺でさえ驚きを隠せない。 「イ、イリスちゃん、落ち着いて!」  ユキちゃんがイリスちゃんの肩を抑えて、なだめた。 「だって、ユキお姉ちゃんがそれを知ってることも、私は知ってるんだよ! おかしいよ! 催眠魔法じゃないんだよ! 触神様のお考えが分からない……」  イリスちゃんが激しく戸惑いながらも、推察しているのは流石と言えるが、落ち着く時間を作るためにも、ユキちゃんには俺から説明した方が良いな。 「……ありがとう、シュウちゃん。そっか……世界の謎か……国を興す以上の壮大さだね……」  ユキちゃんにも戸惑いは見えたが、極力冷静でいようとしてくれている。  すると、これまで黙って動かなかったイリスちゃんが口を開いた。 「ごめんなさい、シュウちゃん、ユキお姉ちゃん。あんなに取り乱すなんて……」  イリスちゃんは明らかに落ち込んでいた。取り乱したことか、あるいは考えた内容に落ち込んでいたのかは分からないが、俺達はイリスちゃんを慰めるために両頬を舐めた。 「ありがとう、シュウちゃん。大好きだよ…………ふぅ……よし! 気を取り直して……。ユキお姉ちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいい? シュウちゃんが朱のクリスタルについて、最初に聞いた内容を覚えてる?」  イリスちゃんは、自分で書き直した黒板を両手に持ち、ユキちゃんには表を見せないようにして、俺が想像もしていなかった質問をした。天才はそこから確認するのか……開いた口が塞がらない。 「え……? 何だっけ……?」 「じゃあ、私がどういう理由で取り乱したかは覚えてる?」 「…………ご、ごめん……覚えてない……もしかして、これが世界の謎なの……?」 「そう。それじゃあ、この黒板に書かれてることを絶対忘れない、いつでも思い出せるという決意をしてから見てくれる? ここで話をする以上、ユキお姉ちゃんを置いてけぼりにできないから」  イリスちゃんはユキちゃんの『勇運』を利用して、忘れないようにさせるつもりだ。 「私もこの黒板がなくて、普段通りにしていたら、すぐに忘れそうになる。想像を絶する世界のルールだよ……」  イリスちゃんは、『勇運』にも同じ効果があることには、もちろん触れなかった。これでユキちゃんでも忘れるようなら、世界のルールが絶対で、『勇運』に勝るということになるが……。 「それじゃあ、ユキお姉ちゃん。シュウちゃんが朱のクリスタルについて、最初に聞いた内容を覚えてる? この黒板に書かれてるんだけど」  イリスちゃんが黒板を隠して、ユキちゃんに改めて質問した。 「質問されたことは覚えてないけど、そこに書かれてることは覚えてる。朱のクリスタルについて、千年前から存在していることは知っているか、知っているとしたらなぜ知っているか、だよね」 『勇運』が世界のルールに勝った。これが『運』と言えるのかは分からない。稀に忘れない人がいるとか?  いや、待てよ。レドリー辺境伯がそれに該当するのか。選ばれた彼でさえ、思い出すことが難しいようだった。  イリスちゃんはユキちゃんに、改めてそのルールを説明しているが、根本さえ覚えていれば、そのあとの話は忘れないようだ。これで話を続けられる。 「私が取り乱した理由の一つは、シュウちゃんが考えている通り、千年より前の歴史が存在しない可能性と、触神様によって、私達が文字通り『作られた』存在である可能性、そして、世界が滅亡の危機にある可能性が頭をよぎったから。  もしかすると、歴史がないのは千年前どころか五百年以前からかもしれない。全部説明するといつも以上に長くなるから、これから話すことは論理を少し飛ばしていくね。  なぜ五百年前かと言うと、ユキお姉ちゃんから魔法の歴史を教えてもらった時に、私が疑問に思ったことと関係しているから。それは、魔法の歴史は五百年前から詳細に伝わっているのに、人類史については、五百年前までの文献が全く残っていないこと。その時、すでに紙と羽ペンがあったにもかかわらず。  人類全体で都合の悪い事があって焚書したのかと私は思ってたけど、五百年前にモンスターや魔法使いが突然現れたんじゃなくて、この世界そのものがその時に一瞬にして作られた、あるいは作り変えられた、とした方が納得できる点は多い。  その場合、モンスターと魔法使い、どちらが先に誕生したかを考えると分かりやすい。文献では、ほぼ同時とあるけど、私はモンスターが先だと思う。その対抗として魔法使いと魔法原書が誕生した。  今では、魔法を使える人は人格者とされているけど、最初の魔法使い達の適正人数は不明だったため、神様によってランダムで割り振られた。触神様と同一の神様かは分からない。  魔法使いが先でない理由は、この世界にとって特にメリットにならないから。魔法使いを滅ぼすためにモンスターがいるとも考えにくい。  シュウちゃんの世界に魔法がないことから、必ずしも魔法の存在が文明の発展に寄与しない、それどころか、悪影響さえあるとも言える。となれば、神様にとって、この世界にとって、モンスターはイレギュラーな存在であると仮定できる。  五百年前に新しい世界と生物達を作った。しかし、モンスターが誕生してしまった。そのために魔法使いを生み出した、という流れ。  千年前の朱のクリスタルの記憶、歴史の空白、五百年を境に誕生したモンスター、そして時は巡り、クリスタルが集まりつつある現在。これらのことから考えられる仮説がある。  もし、全てのクリスタルを集められなかったら、近い内にこの五百年が空白になる恐れがあるということ。その瞬間を、『タイムリミット』とでも呼ぼうか。そうなれば、また新しい世界が始まる。ループの可能性もあるかもしれない。ループの場合はおそらく二周目。私達が条件を満たしたその先に何があるのかは分からない。  なぜ朱のクリスタルの記憶が全員に刻まれるのか、なぜ操作されるのかを考えると、空白になった歴史で犯した罪により、私達が生まれ、生きていくための罰、あるいは僅かな希望で先に向かうための制約なのかもしれない。シュウちゃんはこの世界の存在ではないから、記憶のルールは適用されない。  逆に、クリスタルが集まってしまうと私達に都合が悪い可能性もある。触神様の考えが分からないって言ったのは、五百年前にクリスタルが集まったかどうか分からない以上、それがギャンブルになるから。  ただ、蒼のクリスタルも千年前から存在すると仮定すると、それが魔力と魔法に関するチートスキルであることが気になる。初めて魔法使いが現れたとされる五百年前と齟齬が発生するから。いずれかの仮説や伝説が間違っている場合があるか、全て成り立つ事象が隠れているはず。  加えて、二つ気になることが前からあったんだけど、今回のことで分かった気がする。朱のクリスタルの失った輝きの力はどこに行くのか。そして、輝きが失われているのに、なぜクリスタルが集まりつつあるのか。  その答えは『シュウちゃん』。おそらく触神様は、その時、偶然にも回収されていた朱のクリスタルの力を使って、シュウちゃんをこちらの世界に転生させた。その力が宿っているから、実質、シュウちゃんが朱のクリスタルの代わりになっている。  だから、シュウちゃんも含めてクリスタルが集まっていると考えられる。触神様から朱のクリスタルを探すよう言われたのは、宿った力をそのまま引き出せないので、一度クリスタルに戻す必要があるから。  そう考えると、戻すための条件はあると思う。何も準備をせずに近づくだけとか、触れるだけではないんじゃないかな。クリスタルの力を増やしてないと、シュウちゃん自身にも影響するかもしれないし。  念のため、触神様に確認してほしい。条件は教えてくれないだろうから、力を戻したり、戻した力を使ったりした時に、無事にこの世界にいられるかどうか。  朱のクリスタルを所持、あるいは保管していた場合のデメリットはまだ分からないけど、聖女コトリス惨殺事件とシンシアさん冤罪事件から、『周囲の裏切り』の可能性は高い。  ただ、現時点でシュウちゃんとその周囲には、デメリットが働かないのかもしれない。もちろん、注意は必要だけど、私達の誰かが裏切るとは考えられないから。単に負の力が溜まっていないだけかもしれないけどね。  デメリット発動時には、今回のような記憶操作も起こり得るから、私も心に刻んでおく。絶対に私はあなたを裏切らない。ユキお姉ちゃんも宣言してほしい」 「うん、私もシュウちゃんを絶対に裏切らない。もちろん、仲間の誰一人だって裏切らないし、裏切らせたくない!」  イリスちゃんとユキちゃんの頼もしい言葉に、俺達は心を打たれた。  思わず彼女達に頬擦りしてしまったが、ずっとこうしていたいぐらいだ。イリスちゃんなら、裏切り抑止のために、俺達の評価を下げさせない振る舞いさえしてくれそうだ。  それにしても、俺が持っていなくてイリスちゃんが持っている情報は『五百年より前の人類史の文献が残っていないこと』だが、仮にそれを知っていたら、俺は彼女が立てたような仮説まですぐに辿り着けただろうか。時間があればあるいは……いや、過信か。  ゆうならどうだろう。発想や記憶容量は別にしても、ゆうの平常時の頭の回転の速さはイリスちゃんに匹敵すると俺は思っている。 「ゆう、もし十分な情報があったとしたら、イリスちゃんのような論理を瞬時に展開できるか?」 「いやー、どうだろう。情報とは別に、この世界のこの時代背景で『世界のループ』の発想まで出てくるのは、やっぱりすごいよ。あたし達には馴染みがあるけど。どちらかと言えば、お兄ちゃんの方が得意でしょ」 「なぜこんなことを聞いたかと言うと、イリスちゃんのような天才に、敵として対峙した時に、為す術なく殺されるのを避けたいからだ。俺達は死なないにしても、大切な人達を守るために、俺達の密な脳内連携が必要になる場面があるかもしれない。  これまでは大雑把に決めていたが、これからは詳細に決めておこう。とは言え、今は時間がないから、パーティーが終わって以降だな」 「おっけー。あたし達二人で天才に並べるかどうか分からないけど、やってみないことにはね」 『タイムリミット』の具体的な日時は分からないが、世界が終わってしまっては、女の子を幸せにできないことになる。できることはしよう。  少なくとも、既存の魔王による世界崩壊でないことは触神様に確認済みだから、その他の情報を得る必要はあるだろう。  昼食の前に、俺は顕現フェイズで触神様に質問をした。この際、教えてくれないと分かっていることをわざわざ聞くのはどうか、などと気を遣っている余裕はない。 「触神様、教えていただけないと分かっていることも含めて、全て質問します。  この世界は五百年前にリセットされましたか? …………。  世界の危機を回避する方法がクリスタルを集めることですか? …………。  俺達は朱のクリスタルの力によって転生しましたか?」  いずれも教えてもらえなかった。 「朱のクリスタルを俺達が見つけた場合に、その場ですぐに、その輝きや力を取り戻すための条件が存在しますか?」  触神様は肯定した。やっぱり条件があるのか。 「現段階で、俺達はその条件を満たしていますか?」  触神様は、くねくねしていた。その動きは、いつ見てもかわいいのだが、どういうことだろうか。 「半分ぐらい満たしているということですか? ……。八割ぐらい? ……。九割ぐらい?」  触神様は、『九割』を肯定した。全然教えてくれない時はどうしたものかと思っていたが、触神様のことは、やっぱり好きだ。  それにしても、九割も満たしているのか。残り一割がこれまで通りに満たされれば問題はないが、全く別の要素の場合は、手掛かりがないと困るな。念のため、聞いておくか。 「俺達は今まで通りに進む予定ですが、このまま行けば、いずれ条件を満たしますか?」  触神様は肯定した。まずは、一安心か。  今のように聞けば、条件が何なのかを聞く必要がない。そもそも今の質問さえ聞く必要がなかったのかもな。全く想像もできない条件が存在するのであれば、朱のクリスタルを探しても意味がない。そんなことを触神様が言うはずない。  仮にあるとしても、クリスタルを見つければ、少なくともヒントが分かるようになっているはずだ。イリスちゃんが言及しなかったのは、それが理由か。まあ、確定要素は一つでも多い方が良いから、これはこれで良しとしよう。  俺は最後の質問をした。 「俺達が朱のクリスタルの力で向こうにメッセージを送ったあとも、俺達と俺達の大切な人達、その家族も含めて、無事にこの世界にいられますか?  つまり、そのことが理由で、誰かがそれぞれの主観で悲しい思いをしない、ということを確認したいです」  触神様は肯定した。具体的に言っておかないと、神の主観で変な結末になってしまっても困るからな。それこそ、俺がクリスに言ったように、『死は救済である』と言って、消滅させられたり、別れも言えずに別の世界に転移させられたりしないようにしないと。もちろん、触神様はそんなことしないが、別の神に割り込まれる恐れもある。その場合は、触神様に守ってもらうことも狙いだ。 「ありがとうございました!」  俺達は触神様にお辞儀をして顕現フェイズを後にした。  続いて、取得するスキルを選択した。 「『弱毒液』、口から弱い毒性の液体を噴射する。弱毒液は皮膚に触れる、または摂取すると、五秒後に気分が悪くなり、四肢に中程度の痺れを引き起こす。効果は九分続く。効果切れ前に再度触れても効果は継続しない」 『触手数増加』と比べると、具体的な説明だ。  俺が研究本に書いた説明から、効果時間が短めに変更されている。弱毒液を唾液で薄めるとどうなるかは想定していなかったので、いつか検証したい。  こんな細かいことを想定できるようになったのは、この世界に来て俺の危機意識と当事者意識が強まったことが要因だろう。スキルノートにどう記述していくか、腕の見せどころだ。 「あたしが思ってたより早くレベルアップしたから、やっぱり母乳効果はすごかったのかな。だとしたら、生理の時も別の状況だから減衰は小さいかも。そう言えば、まだ誰も生理来てないね。イリスちゃんは別にして、みんな日が固まってるんだね」 「通常時に加えて、排尿、排便、授乳、排卵時の卵子を含むか含まないかの子宮内膜と血液、のパターンが一人毎にあるとしたら、それぞれ一回ずつでも、合わせて初回の三回分ぐらいにはなるのかもしれない。イリスちゃんの予測通りだ。複数人が絡むと、また別の状況だから、それも合わせると、思ったよりも経験値が入る。  残りは吐瀉物も考えられるが、泥酔した時に手伝う以外は苦しめることになるから避けるとしよう。膿も考えられるが、回復魔法がある世界では日常的ではないな。痰ならあり得るか。  いずれにしても、月経周期は聞いておくか。この際、デリカシーがどうのとかは関係ない。経験値を無駄にしないためだ」 「この状況じゃなかったら、月経周期把握とか完全に変態だけどね」 「俺はお前の月経周期を把握していたぞ」 「うわ、きも‼」 「いや、お前が教えてくれたんじゃないか、昔に……」 「それを覚えてるのがキモいの!」 「それじゃあ、代わりに俺が定期的にお気に入りの触手本を読んでいた周期を教えてやろう。まず、『帝国女兵士……」 「いや、いいから! うざ‼ 『まず』とか言ってるのも、うざいから!」  スッキリしたところで、今後の取得予定スッキルを確認しておくか。 「えーと、この後のスッキルは……」 「『スキル』を『スッキリ』みたいに言わないでくれる? 馴染みすぎてて、文章なら誤字を疑うから」  よく分かったな。ボケもあまりしつこいと嫌われるからこの辺にしておくか。 「次は『短透明化』を取得する予定だ。『精液』スキルを始めとした繁殖タイプに進むための必須スキルを取得する選択肢もあるが、前に言った通り、取得しておきたいスキル、つまり、リスク回避のためのスキルをやはり優先的に取得していく。  まずは、『弱魔法反射』を目標に必須スキルを取得することになる。『短透明化』『短浮力』『短硬化』、『短高温化』または『短低温化』の中から、最低二つ取得しなければならない。体表面の状態を変化させるスキル群が必要ということだな。  その次は、『短浮力』を取得する。ただし、『短硬化』は繁殖タイプに進むために、いつか取得しなければならない」 「こう見ると、触手体タイプの固有スキルがほとんどなくない? 共通スキルばっかりって言うか。『影走り』でさえ、イソギンチャクタイプが取得できるし」 「そうだな。一応、共通スキルは全触手タイプが取得できるものと定義してはいる。まあ、固有スキルと言うよりは、サブタイプ合わせての特徴としか表現できないのかもしれない。  例えば、触手体タイプは影走りを取得すると忍者タイプに進むことになるが、イソギンチャクタイプは忍者タイプになり得ない。単に『遊動タイプ』でしかない。だから、その先のスキルも異なる」 「固有スキルがあればかっこいいと思うけど、確かに思い付かないんだよね。どの触手でも当てはまりそうなスキルになっちゃう」 「俺達の冒険の目的の一つは、スキルツリーの作成だが、実践的かどうかの確認だけでなく、その固有スキルが本当に必要ないかどうかを確認するため、というのも含まれている。机上だけでは、流石の俺でも閃かないからな」 「研究者、発明者の鑑ですねぇ。『触手研究家』も『触手スキル発明家』も聞いたことないけど」 「『触手スキル発明家』か……良いねぇ」 「言い方、うざ!」  昼食後、そのままシンシアに会場の下見をしてもらうことにした。俺達はすでに会場の梁にいるので状況は分かっているが、囲碁スペースでの椅子への腰掛け具合や、その時の天井からの視界の確認をしたかったからだ。  会場となる大部屋は、バスケットコート二つ分の学校の体育館ぐらいはあるだろうか。今回のパーティーの参加者数は五十人ほどなので、かなりのスペースを確保できるだろう。  逆に言えば、広すぎるのではないだろうか、とも思ったが、現在準備中のビュッフェ形式とダンススペースで場所を必要とするからかもしれない。屋敷のメイド達は他にも様々な準備をしており、すでに囲碁スペースは出来上がっているようだ。六人分、三局同時に打てるようで、それぞれ、九路盤、十三路盤、十九路盤が置かれていた。その内の十三路盤は、昼食前に俺達の部屋からメイドが持っていった物だ。 「腰掛けてみてもいいかな?」  シンシアが近くにいたメイドに声をかけると、どうぞと言われたので、すぐに十九路盤の席に腰掛けた。  注文通り高めの椅子で、木製ではあるものの、床に向かって広がった形をしているので重量感があるようだ。腰掛けても、膝がほんの少し曲がる程度で、体重をかけても倒れる気配がなく、問題はなさそうだ。  梁にいる俺達から見ても、シンシアの頭で碁盤が見えなくなることはなかった。シンシアは、念のため、囲碁スペースの全ての椅子に腰掛けて確認をしていた。素晴らしい思慮深さだ。突然、こっちの席で打とうと言われるかもしれないからな。 「ありがとう。それでは、またあとで」  シンシアは、メイドにお礼を言って会場を後にした。朝食時は、辺境伯に言われた通り、カレイドになりきっていたが、流石にメイドの前では普通に話している。  これからは部屋に戻って、アースリーちゃんやリーディアちゃんと一緒に、ドレス等の準備に入る。開始までは四時間ほどだが、辺境伯が、準備ができ次第、その美しい姿を見せてほしいと言っていた。  俺達は特にやることがなかったが、昼食のために帰宅したイリスちゃんから、自宅の裏で呼ばれたので、彼女に近づいた。 「シュウちゃん、少しだけいい? 一方的に話すね。  クリスタルを集めることがギャンブルだって言った話だけど、『勇運』が世界のルールを越えたことから、集めても問題ない、と言うよりは集めなくちゃいけないと思った。多分、『勇運』だけじゃない、クリスタルの力はこの世界の運命を凌駕する。一つも欠けてはいけない理由が、それぞれのチートスキルに秘められているような気がする。  じゃあ、今後どうするべきかだけど、基本的にはユキお姉ちゃんの行動に合わせておけばいいと思う。『勇運』の力で、反対意見は出てこないと思うけど、万が一、どうしてもユキお姉ちゃんと異なる意見を通したい場合は、できるだけ誘導してお姉ちゃんに選択させるようにすれば、全部上手く行くから」  そう言うと、イリスちゃんは手を振って自宅に戻った。  問題は、クリスタルが全部で何個あるか、集めたあとに何をどうすればいいかだが、これらもユキちゃんに勘でいいからどう思うかを聞けば分かるのだろうか。そこまで都合良くは行かないか。  まだ時間はあるので、イリスちゃんが昼食後にユキちゃんの部屋に戻り次第、世間話をすることにした。 『イリスちゃん、碁って知ってる?』  俺が黒板に質問を書くと、イリスちゃんとユキちゃんが顔を見合わせた。 「碁って、もしかして黒と白の石を並べて領地を確保するボードゲームのこと?」  俺は肯定した。予想通り、彼女は知っていた。 『伯爵以上の貴族の間で流行ってるらしくて、今日のパーティーの余興として、俺とシンシアで、ゲストと対局することになっている。  実は、俺達がいた世界にも、同じ名前とルールで碁が存在してるんだけど、内容を考えたのがイリスちゃんで、名付けたのがユキちゃんだったりする?  ただ、一年前に発明されたようで、その時はユキちゃんの能力は発動していないし、イリスちゃんが天才なのも、ユキちゃんに知られていなかったから、もしそうなら、その辺りの経緯を聞いてみたい。大体、予想はできるけど』  すると、最初にユキちゃんが口を開いた。 「すごいね、シュウちゃん。私達、と言うかイリスちゃんだけど、匿名で出したのに、あっさり辿り着くなんて。  それにしても……へー、流行ってるんだ。どうなったのか気にはなっていたけど。イリスちゃん、あの時、ちょっと内容を変えるって言ってたけど、今思えば、やっぱり相当詳しく考えた?」 「うん、実は……。今まで黙っててごめんね、ユキお姉ちゃん。  えっとね、シュウちゃんに説明すると、最初に大枠を思い付いたのは、紫のクリスタルのデメリットを受ける前のユキお姉ちゃんで、名付けもその時にしたみたい。私がここに遊びに来た時に、昔を懐かしむ流れでその話を聞いて、こうしたらもっと面白いんじゃないかって話し合ったりして、でもそこまで詳しくは決めなかったんだよね。  家に帰ってから、私が頭の中で肉付けしていって、現状のルールや道具になったんだけど、それをユキお姉ちゃんに共有するわけにもいかずに、話題はそれっきりで、私はどちらかと言うと、ここにある本のことが気になってたから、その内容について語ることが多かったかな。  でもある日、チェスに代わるゲームのアイデア募集の話が村に回ってきて、ユキお姉ちゃんに『応募してみたら?』って聞いたら、あまり乗り気じゃなかったから、『それじゃあ、私から匿名で応募するのは? 少し内容をアレンジして』って聞いたら、それならいいって言われて、私が詳細に考えた碁を、匿名で応募したっていう経緯」  ユキちゃんが乗り気じゃなかったのは、紫のクリスタルの影響で勇気が出なかったからだろうな。  それにしても、ユキちゃんが原案ということは、ゲームを創造したことになり、『魔法創造』だと思っていたスキルは、もっと汎用的な『創造』である可能性もあるのだろうか。 『ユキちゃんが碁と名付けた理由ってある? 閃き?』 「閃きと言うよりは、その時は、領地を確保しに『行く』、広げに『行く』、攻めに『行く』、でも『行き過ぎないように』って感じで、『ゴー』から『ゴ』にしたかな。スペルは同じだけどね。  他の用語はそういうのと閃きの半々ぐらいだったかな。『ダメ』は『ダーミット』から、『ケイマ』はチェスの『ナイト』の頭文字『K』と『マーク』から、『ツケ』や『ハサミ』は閃き、みたいな。『イゴ』は流石に思い付かなかった」  用語まで一致しているとは、とんでもないな。名付け方については、自然なのか無理矢理なのかよく分からない。 「また改めて、『勇運』のすごさを感じるよ。当時考えた内容だからか、『勇運』が発動していない時でさえ、応募内容がちゃんと理解されて採用されたのはもちろんのこと、少なくとも、シュウちゃんが私達の世界に来て、碁に触れるのを予知してるってことになる。そうじゃなければ、『碁』である必要がないからね」  場合によっては、詳細なルールや道具といったイリスちゃんの考えさえ、『勇運』によって操作されているかもしれないことは、彼女は触れなかった。  それからは、黒有利の調整のための『コミ』をなぜ採用しなかったかも含めて、俺達は碁について語り合い、いつかイリスちゃんに指導碁を打ってもらうことを約束した。  パーティー開始まで、あと一時間半。どうやら、美しき淑女達の準備が整ったようだ。クリスの変装魔法も、最初にシンシアにかけ終わっている。  部屋には参加者数分の鏡台と椅子が用意され、彼女達はそこに座っていたが、メイド達が彼女達から離れ、辺境伯を呼びに行った。  それから、五分後。辺境伯と夫人が俺達の部屋に来た。二人は、彼女達、特にアースリーちゃんを見て固まっていた。辺境伯はシンシアの変装姿やリーディアちゃんの姿には慣れていたが、アースリーちゃんのドレス姿は初めて見る。  先に口を開いたのは夫人だった。 「み……皆さん、何という魅力的な姿でしょう。本当に、美しすぎて言葉を失ったほどです。パーティーであなた達の姿を見た殿方は、全員求婚してしまいますね……。特にアースリー、あなたは犯罪的です! 私でさえ、一目見た瞬間に落ちてしまいました……」  夫人は自分の胸に手を当てて、色っぽい表情をアースリーちゃんに向けていた。  夫人にとっては、アースリーちゃんは同性で、すでに家族同然となった関係にもかかわらず、恋に落ちてしまうほどの魅力がアースリーちゃんにはあったのだ。  アースリーちゃんの髪は後ろで三つ編みにまとめられており、ドレスの色は彼女の髪色より明るめの赤がメインで、それを引き立たせるような白い生地や模様がチラホラと見える。胸元は大きく開いており、赤い髪とドレスの間の白く輝く肌が、長く深い胸の谷間を一層強調している。彼女の首には宝石の付いたネックレス、ドレスの胸元の中央には豪華なブローチがあり、これらが見る者の視線をさらに胸元に惹き付ける。  コルセットか、あるいはマナー講習により、貴族らしい姿勢を習得しているからか、いつも以上に彼女のスタイルが良く見えた。  もちろん、身体だけではなく、顔もかわいく仕上げられている。素材を活かすためのナチュラルメイクだが、唇は艶めかしく見える。赤いドレスが邪魔をせずに、むしろそれより上を引き立たせていると言っていいだろう。  そう言えば、表情の練習もしていたな。リーディアちゃんのプロデュース力、恐るべし。 「ふふっ、ありがとうございますって言っていいんですよね? 私もリーファお母様の美しさに息を呑みました。リディルお父様は大変ですね。必死で守らないと、ダンス相手を取られてしまいますよ」  辺境伯夫人の名前はリーファだが、アースリーちゃんには『リーファお母様』と呼んでほしいと前の食事時に頼んでいたな。どさくさに紛れて、辺境伯も『リディルお父様』と呼んでほしいと言っていた。  言うまでもなく、パーティー用の衣装に身を包んだ二人の姿も美しく、かっこよかった。 「本当に皆、美しいよ。リーディアのことは見慣れているとは言え、アースリーとカレイドの姿は、どうにか息子達には先に見せておきたいな。このままでは、招待客の前で見惚れて鼻の下を伸ばすことになる」  固まっていた辺境伯がやっと口を開いた。シンシアのことは、しっかりと『カレイド』と呼んでいる。 「では、私とリーディアがお連れしたご令嬢二人のお相手をしておきましょうか?」  アースリーちゃんの魅力を前に、俺も完全に同意する懸念事項を挙げた辺境伯に対して、夫人が救いの手を差し伸べた。 「ああ、頼む。とりあえず、息子達が到着したら、この部屋に来させるから、それまでこの主催者用の式次第を読んだり、雑談をしたりしていてほしい。三十分ぐらいはかかると思う。  そのあとは、呼ばれるまでここで待機。リーディアは二十分後ぐらいに、下に降りてきてくれ。クリスは、そろそろ外の警戒を頼む」 「分かりました」  リーディアちゃんとクリスの二人が返事をした。リーディアちゃんは、辺境伯から式次第を受け取り、鏡台の椅子を集め始めると、辺境伯と夫人は、クリスと一緒に退室して、パーティー準備の確認に行った。  俺達は、ベッド下に配置していた触手から一本増やし、シンシアのスカート下の脚に巻き付いた。 「リーちゃん、改めて見ても、すごいかわいい。リーファお母様がおっしゃられた通り、婚約の申し込みが殺到しちゃうよ」 「アーちゃんほどじゃないよ。でも、ありがとう。久しぶりのパーティーの参加だから、少し緊張してるかも。表情が硬かったら、遠慮なく言ってね」 「それじゃあさ、式次第のここで手を繋ごうか」  アースリーちゃんは、主催者用式次第の『アースリーとリーディアの登場と紹介』の箇所を指して言った。 「ふふふ、それ、私も思ってた。アーちゃんと、みんなとなら、絶対に良いパーティーになるって信じてる」  普通なら問題が起こるフラグだが、優秀な辺境伯や俺達に限っては、そういうことはない、させない。本当だ。 「私は目立った登場がなくて良かったです。もちろん、紹介はありますが。流石、レドリー辺境伯。細かい所で、しっかり配慮されていますね」  カレイドになりきったシンシアが安心し、感心していた。カレイドの紹介文も簡単にだが書かれているようだ。ただ、シンシアの、いや、カレイドの美しさは、それはそれで目立つはずだ。 「何言ってるのカレイド。私のプロデュースで十分目立ってるのよ。あなたは、自分の美しさとドレスを着た時の落ち着きとかっこよさ、対局時の凛々しさを自覚しなさい。いや、でも設定上は自覚しない方が良いのかしら……」 「少なくとも、謙虚ではありそうだな。一応、見た目には気を遣ってそうだ。そうじゃないと、可憐にならない。可憐さとかっこよさ、あるいは凛々しさを両立させるのは難しいと思うのだが、リーディアのプロデュースで何とかなっているのかな」  設定を深掘りするリーディアちゃんとシンシア。 「リディルお父様から声をかけられるほどの賢さオーラも出してないといけないんだよね。でも、それもできてると思う。普段のシンシアさんの通りにしていれば、そこからカレイドさんの日常の様子も想像できるから大丈夫だよ」  アースリーちゃんも交えて、設定談義や、碁以外の会話と紙だけでできるゲームを俺達が教えたりしていると、リーディアちゃんが時間に気付き、部屋を出ていった。  残ったアースリーちゃんとカレイドが、パーティー関連で料理についての雑談を十分ほどしていると、部屋の扉がノックされた。 「どうぞ」  アースリーちゃんが立ち上がって返事をすると、二人の男達が入ってきた。辺境伯の息子達だ。アースリーちゃんとカレイドが、その場から動かない二人に近づいていった。 「…………」  予想通り、両親の反応と同じく、二人は口を開けたまま固まっていた。 「あの……」  アースリーちゃんが優しく声をかけても、ビクッと少しだけ反応したが、まだ動かない。  もしかして、かけられたかわいい声と仕草にもやられたのか? この二人も両親と同じく面白いな。 「大丈夫ですか?」  再びアースリーちゃんが声をかけると、二人の内の一人が大きく体を震わせた。 「はっ……! はぁ……はぁ……はぁ……も、申し訳ありません! あまりの美しさに天国にいるかと思ってしまいました。父から心しておくようにと言われたにもかかわらず、想像を絶する魅力をお二人とも放っておられて……。私は長男のディルスです。こちらは、次男のリノスです。…………。おい、リノス!」  まだ固まっていた次男は、長男に小突かれ、声をかけられて、ようやく意識を取り戻したようだ。 「も、申し訳ありません! あまりの美しさに天国にいるかと思ってしまいました」 「それは僕がもう言った」  貴族にもかかわらず、我に返ってもなお、漫才のようなボケとツッコミをしている。余程、衝撃を受けたのだろう。 「わ、私は次男のリノスです。よろしくお願いいたします。まさかこれほどとは……」  次男はまだ現実を受け入れられていないような表情をしていた。長男も次男も、二人の美女のどちらを見ればいいのか、さらに、見たとしても目のやり場にも困っているようだった。 「初めまして、私はアースリー=セフと申します。よろしくお願いします」 「私はカレイド=マーと申します。本日の余興で、ウィルズ様と碁の対局をすることになっています」 「おお……!」  彼女達のシンプルな紹介にも、二人は反応していた。  彼らは両親に似て、かなりの美形で、部屋に入ってきた時は理知的にも見えたが、この様子を見ていると、その印象が正しかったか不安になる。俺は今の方が面白くて好きだが。 「あたし、美女を見てここまで男が挙動不審になるのって、創作の中だけだと思ってたけど、本当になるんだね。この二人の裸見たら、鼻血出して死んじゃうんじゃない?」  ゆうが漫画的な反応をする兄弟達の感想を述べた。 「俺が人間で彼女達と初対面だったら、多分この二人と同じ反応をしてたな。一般人が見たら、マジで人生狂わされるよ。特に今の彼女達は、高嶺の花ではなく、向こうから寄り添ってくれそうな印象を受けるからかな。アースリーちゃんは聖母のオーラを隠しきれないし。  リーディアちゃんも合わせて、三人は間違いなくパーティーの注目の的だろう。居住可能域拡大パーティーという大目的を忘れて。そもそも、お前だって二ノ宮さんと初めて会った時、そうなってただろ」 「いや、あたしは下校してからだし。対面してた時は平静を装ってたし。仲良くなってから裸を見ても鼻血出さなかったし。そもそも、美女だからじゃないし。いや、美女なのはもちろんなんだけど、真のお嬢様だったからだし」  その発言と必死さで、同性なのに動揺していたことを隠しきれていないんだが……。二人はお互いの家に泊まり合って、一緒に風呂も入っていたから、その時のゆうの様子を見てみたかった。 「それでは、私達はこれで」  長男が当たり障りのない世間話を切り上げると、次男と一緒に下の階へ戻っていった。彼らにとっては、会っておいて本当に良かったな。  二人と交代で、リーディアちゃんが戻ってきて、メイドに呼ばれるまで、引き続き三人で雑談をしていた。



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