俺達と女の子が家族と別れて最高の村を実感する話(2/2)

27/54





「シンシアさん!」  食堂に入ると、立ち上がったアリサちゃんからシンシアに声がかけられた。俺達は、いつものようにクリスの外套に隠れていた。 「アリサ様、サリサ様、ご機嫌麗しゅうございます。二ヶ月ぶりでしょうか」  シンシアは、冷静に挨拶をした。 「驚きました。『お父様』から、あなたがここに滞在していると聞いて……」 「申し訳ありません。あまり詮索されたくなかったので、パーティーにも出ず、ご挨拶が遅れました」  お父様? 公爵はシンシアがここにいることを知っていた? いや、時系列的にあり得ない。ということは、もしかすると……。 「いえ、かまいません…………」  シンシアと会話を交わすと、アリサちゃんが突然考え込んだようだ。彼女の様子を見てみたいが、サリサちゃんもいるので、俺達は迂闊に顔を出せない。 「……どうかなさいましたか?」 「お姉様、あのことなら多分……」  シンシアが不思議そうにアリサちゃんに質問すると、サリサちゃんがアリサちゃんに耳打ちした。  俺達には、その内容が聞こえてきた。サリサちゃんは、『シンシアさんのことだと思う』と続けていた。 「ええ、そうね……。シンシアさん、陛下が私達にユニオニル家のパーティーをご推薦なさった際、おっしゃっていたことがあります。『きっと素晴らしいパーティーになるだろう。道中、あるいはその会場では、久しぶりに会う者や、思い掛けない者と会うかもしれない。お主達が心からそう思った者には、私も会いたいから、城に来るように伝えてほしい。歓迎しよう。パーティーで会った者なら、レドリー辺境伯からの紹介状があると、私も体裁を整えやすい』と。  正直なところ、パーティー中にお会いする方々に対しては、あまりピンと来ていなかったのですが、あなたに会って分かりました。陛下は、あなたの顔をご覧になりたいとお考えです。どうか城にお戻りください」  アリサちゃんが、真剣な表情でシンシアを見つめているようだった。すると、辺境伯が近づいてきたようだ。 「ふふっ、なるほど。念には念をということだな。アリサ、心配無用だ。その手筈は整っている。明日、シンシアは私の手紙を持って城へ向かう」 「レドリー卿! アリサ様に対してその言葉遣いは……、もしや……アリサ様の『お父様』とは……」 「ああ」  シンシアの驚いた様子に、辺境伯は返事をすると、ディルスとリノスの方を向いて合図をしたようだ。 「はっ! 私、レドリー辺境伯長男、ディルス=ユニオニルは、パルミス公爵家三女、アリサ=パルミスと結婚を前提としたお付き合いをすることとなりました!」 「同じく、レドリー辺境伯次男、リノス=ユニオニルは、パルミス公爵家四女、サリサ=パルミスと結婚を前提としたお付き合いをすることとなりました!」 「ということだ。よろしく頼む。とりあえず、席に座ってから話そう」  辺境伯が促すと、シンシア達は席に移動した。 「うわー、展開早っ! アリサちゃん達、散策デートで決めてきたのかー」 「まさか、ここまで早いとはなぁ。彼女達の本気は恐ろしいぜ……。昨夜煽って、午前のデート準備と、デートでのコーディネートで、それぞれ煽ったか?」  彼女達の進展の早さにゆうも俺も驚いた。 「加えて、あたしが思ったのは、ディルス達は、彼女達の魅力が増す速度にも驚いたんじゃないかなってこと。そこで、デート中に『こんなものではないでしょう? これからもずっと、私の魅力を引き出してくださいますよね?』とか言われたら、彼らの方から告白してくるでしょ」 「アースリーちゃんがアドバイスした一度目ならまだしも、二度目以降でそれを言えて結果を出したということは、彼らの本質を完全に見抜いたな。常に煽るとウザがられるかもしれないから、適度な言葉とタイミングが重要なはずだ」  俺達が興奮気味に話していると、辺境伯が話し始めた。 「四人が街から帰ってきて、その話を聞いたから、彼女達の気持ちを確認するために、改めて詳しく経緯を聞いたんだ。  その実直さと真剣さ、アースリーからの難解な問いに対する答えを導いた賢明さと柔軟性、姉妹同士の信頼関係から、彼女達のことをすぐに信頼せざるを得なかった。当然、すでに私達の家族という認識だ。  本当は、すぐにでも婚約を取り付けたいのだが、彼女達の間で約束があって、それを果たすまではお預けとのことだ。まあ、それも時間の問題だろう。アースリーには感謝しかないな。彼女も含めて、この短期間で家族がこんなにも増えてしまった」 「…………え? 私も……ですか?」  辺境伯の『家族』の発言に、クリスが反応した。  彼女から積極的に聞いたのではなく、辺境伯が彼女を含んでいるジェスチャーとアイコンタクトをして、信じられないという反応をしたのだろう。おそらく、シンシアも含まれている。 「ああ。リーディアが、『これから二人のことはお姉様と呼ぶことにしました』と言っていた。元々、君達には心を許していたと思うが、アースリー同様、さらに愛が深まったようだ。私も君達が家族であってくれれば嬉しい」 「レドリー卿、ありがとうございます。私も嬉しいです。おっと、いつもの癖で……。ありがとうございます、リディルお父様」 「…………レドリー辺境伯、お言葉は嬉しいのですが、私については、よろしければ明日までお待ちいただけませんか。本日の契約終了を以って、明日の最終報告後に、今のお言葉をいただけたら幸いです」  辺境伯の家族愛を、シンシアが受け入れた一方で、クリスは一旦保留にした。 「分かった。その時を楽しみにしているよ」  クリスは、仕事上の体裁を気にした、というわけではなく、彼女がエフリー国出身だと告白し、その事実を聞いた上で、辺境伯の判断を仰ぎたいということだろう。  その結果によっては、お互い傷つかないように……。真面目で優しい子だ。 「皆さん、今夜はお祝いです! どうぞ、たくさんお召し上がりください!」  夫人の掛け声が合図となり、長テーブルにはコース料理の他にも、多種多様な料理と飲み物が並んだようだ。メイドがそれらを持ってくる度に説明してくれた。  食糧はパーティーでほとんど使ったのかと思っていたが、こんなこともあろうかと、すぐに食材を仕入れるようにしていたらしい。どんだけ用意周到なんだ。  今日の晩餐は少し長くなりそうなので、俺達はクリスの外套から出て、縮小化を解いた上で、長テーブルの裏に張り付くことにした。みんな、和やかに会話と料理を楽しんでいる。  晩餐と言えば、アースリーちゃんがセフ村に帰還したようだ。馬車の上では目立つので、村に入る前には、俺達は底面に移動していた。 「何だ? やけに騒がしいな。祭りか?」  中央広場前に差し掛かったアドが街の様子を見て、独り言を言った。アドの馬も馬車も、停止している。 「御者さん、すみません! ここで降ります! お父さんも降りて!」 「お、おい! アースリー! どうしたんだ⁉ この騒ぎが何か知っているのか? 村長の私でも知らないのに」  アースリーちゃんが大声で御者に下車を伝えると、その声が届いたことと、馬車が動かないことを確認してから、村長と一緒に降りた。 「あと、ダリ村でお話しした通り、明日、ユキちゃんの送迎をお願いします。アドさんも、護衛よろしくお願いします」  アースリーちゃんは、城下町に戻る彼らに、そのついでとして、ユキちゃんの送迎を頼んだ。これは、辺境伯邸出発前に、俺が彼女に頼んだことだ。報酬は辺境伯が出してくれる。 「あいよ」  御者とアドが返事をすると、その場から離れていった。  俺達は、馬車の触手を消すと、監視用の触手に意識を移し、『影走り』でアースリーちゃんの近くの家の屋根まで近づいた。  すると丁度、一人の男が近づいてきた。ユキちゃんの父親だ。 「何だよ、あいつらも参加していけよぉ……」  彼は、離れ行くアド達の後ろ姿を見て、少しふらつきながら残念がっていた。 「お、村長とアースリーちゃん! やっと、帰ってきたかー!」 「キール! これはどういうことなんだ⁉」  ユキちゃんの父親は、名前を『キール』と言う。壮行会では、村人みんなが親しげに彼を呼んでいた。  英語圏では結構攻めた名前だよな。ほとんど、『キル』なんだから。『殺ーす』とか『殺せー』と呼んでいるようなものだ。しかし、『キール』と発音する単語はちゃんとあるから、そちらの意味か、それと合わせて別の意味として名付けられたのだろう。 「私から説明するね。お父さん、ユキちゃんの足が治ったんだよ! これはそのお祝い。でも、彼女は明日から旅に出る。お別れと応援の会でもある。そうだよね、ユキちゃんのお父さん!」 「ユキが? いや、まさか……。しかし、冗談でこんな会を開くわけ……」  村長は戸惑っていたが、その様子を見て、キールさんが村長の肩に勢い良く手を回し、遠くを指差した。 「ほら、あそこ! イリスちゃんといるユキが見えるだろ? すっげぇかわいい笑顔のさぁ! お、手を振ってる! こっちに歩いてきてるだろ? 嘘じゃないんだぜ? 夢じゃないんだぜ? 俺が酔っ払ってるわけでもない! 現実なんだ! 現実なんだよ!」  まるで、自分に言い聞かせているかのようなその言葉は、実はまだ信じ切れていないようにも聞こえたが、その嬉しさは本物だった。彼の目からは、一筋の涙が自然と流れていた。  すると、村長は肩に回された手を振りほどき、改めて彼に向き直り、両肩をガシッと掴んだ。 「良かったな、キール! 本当に良かった! 本当に……!」  見ると、村長も泣いて喜んでいた。それを見たキールさんは、さらに涙が溢れ出した。そして、それを見た村長が、彼を抱き締め、背中をぽんぽんと叩いて慰める。 「村長と、みんなのおかげだ……。みんなのおかげなんだよ。辛かったわけじゃないんだ……。でも……でも、みんなが励ましてくれたから、俺達は……やってこれた。ありがとう、村長。最高の村、最高の村長だ!」  号泣しながら村の人達に感謝するキールさんの姿は、普段の元気な彼からは想像ができないほど、しおらしく見えたが、それが彼らセフ村の一人一人の絆の深さを物語っていた。 「旅ってことは、やっぱり……探しに行くのか?」  少し落ち着くと、村長が改めて質問した。シキちゃんのことを言っているのだろう。 「ああ。城下町に行けば、騎士団長の知り合いが手伝ってくれるそうだ。だから、この壮行会を開いた。勝手にすまないな。  でも、あの頃のことを思い出したかったっていうのもあるかな……。泣いて笑って、最後にはみんなが笑顔で別れる。悲しいはずなのに悲しくない。あの不思議な感情が結構好きでさ。だからと言って、誰か出ていけなんて思ってなかったぜ?  まあ、なんつーか、あの頃と変わらない村を見てみたかったのかな。そして、見ることができた。だから最高なんだよ!」  そう言うと、キールさんは両手をいっぱいに広げた。彼には、いつもの元気な笑顔が戻っていた。 「そうだな。そう思ってくれると、村長としても嬉しい限りだ。しかしな、キール。私からも言わせてくれ。あの頃だけではない、ここでの思い出もある。  特に、あのやんちゃだった頃のユキの笑顔は、みんなを笑顔にしてくれた。彼女が落ち込んでいると、みんなも心配した。その状態が日常になってしまったのは残念だが、逆にそのことが、村の結束をより強固なものとし、彼女への無償の愛を自覚させた。  その状態が良かったというわけでは決してない。私が言いたいのは、間違いなく彼女はセフ村の象徴だった、ということだ。  そして、そんな彼女を素晴らしい子に育ててくれて、ありがとう。村民全員を代表してお礼を言いたい」  村長の言葉に、キールさんは感極まって涙すると、再度二人は抱き合った。  そして、また少し落ち着くと、キールさんが話を続けた。 「酔っ払うと涙脆くなるなぁ……。俺の場合は、疑り深くもなっちまう……。なあ、村長。今の言葉……本当にそう思ってるか? お世辞じゃなくて?」 「何を言ってるんだ。ああ、本当だ。心の底からそう思っている」 「じゃあ、そのお礼として……この会は村長主催で、全額村長持ちってことでいいか?」 「おい! 何を言っている! そんなこと…………」  ユキちゃんにも似た口調の、キールさんの突然の恩着せがましい言葉に、村長は寝耳に水といった反応を示したが……。 「当たり前だろうがぁぁ!」  すぐにそれは前フリだということが分かった。村長は、吠えるようにその要求を一気飲みすると、近づいてくるユキちゃんとイリスちゃんを素通りして、広場中央に向かって歩き出し、さらに大声で叫んだ。 「請求書は全部、私に回せ! 明日は二日酔いに響くから、明後日着で頼む! ただし、酔っ払って路上に寝て、風邪を引いても、治療費は出さんからな!」 「おー!」  広場の全員から了解の返事が上がり、会は最高潮に達した。  村長もみんなもノリが良いな。村長は素通りしたユキちゃんに振り返り、声をかけた。 「ユキ、みんなからの愛、存分に受け取っていると思う。だが、まだ帰らないでくれよ。私も語りたいことが山ほどあるんだ。今、酒を頼んでくる」 「お、じゃあ俺もおかわりしに行ってくる!」  そう言うと、村長とキールさんは食事処に入っていった。それを見て、少し困った表情をしていたアースリーちゃんが、ユキちゃんに歩み寄り、話しかけた。 「ユキちゃん、ごめんね、騒がしくて。お父さんがあんなに嬉しそうにはしゃいでるのは、私も見たことない」 「ううん、私もすごく嬉しい。これが本当のセフ村なんだね。アーちゃんが大好きな村だって言ってた意味が、お父さんとお母さんから話を聞いてハッキリ分かった」 「それと、『あのこと』も黙っていてごめんなさい。ユキちゃんにとっては、とても大事なことなのに……」 『あのこと』とは、シキちゃんのことだろう。 「ううん、謝らなくていいんだよ。今日、村のみんなに挨拶に行った時、私が旅に出るって言ったら、大人はみんな、さっきの村長さんと同じことを言ってた。誰とも言わずに、『探しに行くのか』って。それを知らない年代の子には、それに合わせて、私から『一緒に住みたいと思う人を探しに行く』って伝えてる。結婚相手を探しに行くみたいに聞こえるでしょ?  実は、挨拶回りで時間がなかったから、イリスちゃんには、まだ何も話してなくて……。でも、この会が始まってからの私達の会話で、もうほとんど分かってるよね?」  ユキちゃんは、隣にいたイリスちゃんに、村の成り立ちを推察できているか確認した。 「うん。魔法書が贈り物だったことも分かった。本当は、誰かから全体像を物語形式で聞きたいけど、そしたら私は泣いちゃうな。今の光景を見ても、セフ村に生まれて本当に良かったって思う。私も大好きな村」  魔法書のことまで分かれば、全て分かったに等しい。流石に、探しているのが『双子』の姉とまでは分からないと思うが。 「私はね、みんなが私に『秘密にしてくれたこと』が嬉しい。私のことを考えてくれてるんだなって思えるから。それに、私がそれを知らなくて、損をしたことなんて一度もないし、恥をかいたこともない。  同じ状況で、何で言ってくれなかったのって怒る人も、世の中にいるかもしれないけど、私はありがとうって言いたい。アーちゃん、言わないでくれてありがとう。大好きだよ」 「ユキちゃん、私も大好き」  それから二人は、しばらく何も言わずに抱き合っていた。その空間だけは、周囲の音が届いていないと思えるほど、二人だけの世界が作られているようだった。  酒を受け取って戻ってきた村長とキールさんも、距離を取って微笑みながらそれを見ている。少し離れた所には、村の人達に囲まれたユキちゃんの母親もいて、彼女もそれを見ていたのを確認できた。  少しして、ユキちゃんがアースリーちゃんから離れると、アースリーちゃんとイリスちゃんの手を取った。 「よし! それじゃあ、行こうか! 今日は、楽しんで楽しんで楽しみまくろう!」 「うん!」  二人の返事と共に、三人は手を繋いだまま、村長達の元に向かい、食品の購入をねだっていた。  セフ村のパーティーは、まだ終わらないようだ。



write-comment-iconコメントを書く
write-comment-iconレビューを書く



comment-icon新着コメント



コメントはありません。投稿してみようっ!


前のエピソード 俺達と女の子が家族と別れて最高の村を実感する話(1/2)

俺達と女の子が家族と別れて最高の村を実感する話(2/2)

27/54

「シンシアさん!」  食堂に入ると、立ち上がったアリサちゃんからシンシアに声がかけられた。俺達は、いつものようにクリスの外套に隠れていた。 「アリサ様、サリサ様、ご機嫌麗しゅうございます。二ヶ月ぶりでしょうか」  シンシアは、冷静に挨拶をした。 「驚きました。『お父様』から、あなたがここに滞在していると聞いて……」 「申し訳ありません。あまり詮索されたくなかったので、パーティーにも出ず、ご挨拶が遅れました」  お父様? 公爵はシンシアがここにいることを知っていた? いや、時系列的にあり得ない。ということは、もしかすると……。 「いえ、かまいません…………」  シンシアと会話を交わすと、アリサちゃんが突然考え込んだようだ。彼女の様子を見てみたいが、サリサちゃんもいるので、俺達は迂闊に顔を出せない。 「……どうかなさいましたか?」 「お姉様、あのことなら多分……」  シンシアが不思議そうにアリサちゃんに質問すると、サリサちゃんがアリサちゃんに耳打ちした。  俺達には、その内容が聞こえてきた。サリサちゃんは、『シンシアさんのことだと思う』と続けていた。 「ええ、そうね……。シンシアさん、陛下が私達にユニオニル家のパーティーをご推薦なさった際、おっしゃっていたことがあります。『きっと素晴らしいパーティーになるだろう。道中、あるいはその会場では、久しぶりに会う者や、思い掛けない者と会うかもしれない。お主達が心からそう思った者には、私も会いたいから、城に来るように伝えてほしい。歓迎しよう。パーティーで会った者なら、レドリー辺境伯からの紹介状があると、私も体裁を整えやすい』と。  正直なところ、パーティー中にお会いする方々に対しては、あまりピンと来ていなかったのですが、あなたに会って分かりました。陛下は、あなたの顔をご覧になりたいとお考えです。どうか城にお戻りください」  アリサちゃんが、真剣な表情でシンシアを見つめているようだった。すると、辺境伯が近づいてきたようだ。 「ふふっ、なるほど。念には念をということだな。アリサ、心配無用だ。その手筈は整っている。明日、シンシアは私の手紙を持って城へ向かう」 「レドリー卿! アリサ様に対してその言葉遣いは……、もしや……アリサ様の『お父様』とは……」 「ああ」  シンシアの驚いた様子に、辺境伯は返事をすると、ディルスとリノスの方を向いて合図をしたようだ。 「はっ! 私、レドリー辺境伯長男、ディルス=ユニオニルは、パルミス公爵家三女、アリサ=パルミスと結婚を前提としたお付き合いをすることとなりました!」 「同じく、レドリー辺境伯次男、リノス=ユニオニルは、パルミス公爵家四女、サリサ=パルミスと結婚を前提としたお付き合いをすることとなりました!」 「ということだ。よろしく頼む。とりあえず、席に座ってから話そう」  辺境伯が促すと、シンシア達は席に移動した。 「うわー、展開早っ! アリサちゃん達、散策デートで決めてきたのかー」 「まさか、ここまで早いとはなぁ。彼女達の本気は恐ろしいぜ……。昨夜煽って、午前のデート準備と、デートでのコーディネートで、それぞれ煽ったか?」  彼女達の進展の早さにゆうも俺も驚いた。 「加えて、あたしが思ったのは、ディルス達は、彼女達の魅力が増す速度にも驚いたんじゃないかなってこと。そこで、デート中に『こんなものではないでしょう? これからもずっと、私の魅力を引き出してくださいますよね?』とか言われたら、彼らの方から告白してくるでしょ」 「アースリーちゃんがアドバイスした一度目ならまだしも、二度目以降でそれを言えて結果を出したということは、彼らの本質を完全に見抜いたな。常に煽るとウザがられるかもしれないから、適度な言葉とタイミングが重要なはずだ」  俺達が興奮気味に話していると、辺境伯が話し始めた。 「四人が街から帰ってきて、その話を聞いたから、彼女達の気持ちを確認するために、改めて詳しく経緯を聞いたんだ。  その実直さと真剣さ、アースリーからの難解な問いに対する答えを導いた賢明さと柔軟性、姉妹同士の信頼関係から、彼女達のことをすぐに信頼せざるを得なかった。当然、すでに私達の家族という認識だ。  本当は、すぐにでも婚約を取り付けたいのだが、彼女達の間で約束があって、それを果たすまではお預けとのことだ。まあ、それも時間の問題だろう。アースリーには感謝しかないな。彼女も含めて、この短期間で家族がこんなにも増えてしまった」 「…………え? 私も……ですか?」  辺境伯の『家族』の発言に、クリスが反応した。  彼女から積極的に聞いたのではなく、辺境伯が彼女を含んでいるジェスチャーとアイコンタクトをして、信じられないという反応をしたのだろう。おそらく、シンシアも含まれている。 「ああ。リーディアが、『これから二人のことはお姉様と呼ぶことにしました』と言っていた。元々、君達には心を許していたと思うが、アースリー同様、さらに愛が深まったようだ。私も君達が家族であってくれれば嬉しい」 「レドリー卿、ありがとうございます。私も嬉しいです。おっと、いつもの癖で……。ありがとうございます、リディルお父様」 「…………レドリー辺境伯、お言葉は嬉しいのですが、私については、よろしければ明日までお待ちいただけませんか。本日の契約終了を以って、明日の最終報告後に、今のお言葉をいただけたら幸いです」  辺境伯の家族愛を、シンシアが受け入れた一方で、クリスは一旦保留にした。 「分かった。その時を楽しみにしているよ」  クリスは、仕事上の体裁を気にした、というわけではなく、彼女がエフリー国出身だと告白し、その事実を聞いた上で、辺境伯の判断を仰ぎたいということだろう。  その結果によっては、お互い傷つかないように……。真面目で優しい子だ。 「皆さん、今夜はお祝いです! どうぞ、たくさんお召し上がりください!」  夫人の掛け声が合図となり、長テーブルにはコース料理の他にも、多種多様な料理と飲み物が並んだようだ。メイドがそれらを持ってくる度に説明してくれた。  食糧はパーティーでほとんど使ったのかと思っていたが、こんなこともあろうかと、すぐに食材を仕入れるようにしていたらしい。どんだけ用意周到なんだ。  今日の晩餐は少し長くなりそうなので、俺達はクリスの外套から出て、縮小化を解いた上で、長テーブルの裏に張り付くことにした。みんな、和やかに会話と料理を楽しんでいる。  晩餐と言えば、アースリーちゃんがセフ村に帰還したようだ。馬車の上では目立つので、村に入る前には、俺達は底面に移動していた。 「何だ? やけに騒がしいな。祭りか?」  中央広場前に差し掛かったアドが街の様子を見て、独り言を言った。アドの馬も馬車も、停止している。 「御者さん、すみません! ここで降ります! お父さんも降りて!」 「お、おい! アースリー! どうしたんだ⁉ この騒ぎが何か知っているのか? 村長の私でも知らないのに」  アースリーちゃんが大声で御者に下車を伝えると、その声が届いたことと、馬車が動かないことを確認してから、村長と一緒に降りた。 「あと、ダリ村でお話しした通り、明日、ユキちゃんの送迎をお願いします。アドさんも、護衛よろしくお願いします」  アースリーちゃんは、城下町に戻る彼らに、そのついでとして、ユキちゃんの送迎を頼んだ。これは、辺境伯邸出発前に、俺が彼女に頼んだことだ。報酬は辺境伯が出してくれる。 「あいよ」  御者とアドが返事をすると、その場から離れていった。  俺達は、馬車の触手を消すと、監視用の触手に意識を移し、『影走り』でアースリーちゃんの近くの家の屋根まで近づいた。  すると丁度、一人の男が近づいてきた。ユキちゃんの父親だ。 「何だよ、あいつらも参加していけよぉ……」  彼は、離れ行くアド達の後ろ姿を見て、少しふらつきながら残念がっていた。 「お、村長とアースリーちゃん! やっと、帰ってきたかー!」 「キール! これはどういうことなんだ⁉」  ユキちゃんの父親は、名前を『キール』と言う。壮行会では、村人みんなが親しげに彼を呼んでいた。  英語圏では結構攻めた名前だよな。ほとんど、『キル』なんだから。『殺ーす』とか『殺せー』と呼んでいるようなものだ。しかし、『キール』と発音する単語はちゃんとあるから、そちらの意味か、それと合わせて別の意味として名付けられたのだろう。 「私から説明するね。お父さん、ユキちゃんの足が治ったんだよ! これはそのお祝い。でも、彼女は明日から旅に出る。お別れと応援の会でもある。そうだよね、ユキちゃんのお父さん!」 「ユキが? いや、まさか……。しかし、冗談でこんな会を開くわけ……」  村長は戸惑っていたが、その様子を見て、キールさんが村長の肩に勢い良く手を回し、遠くを指差した。 「ほら、あそこ! イリスちゃんといるユキが見えるだろ? すっげぇかわいい笑顔のさぁ! お、手を振ってる! こっちに歩いてきてるだろ? 嘘じゃないんだぜ? 夢じゃないんだぜ? 俺が酔っ払ってるわけでもない! 現実なんだ! 現実なんだよ!」  まるで、自分に言い聞かせているかのようなその言葉は、実はまだ信じ切れていないようにも聞こえたが、その嬉しさは本物だった。彼の目からは、一筋の涙が自然と流れていた。  すると、村長は肩に回された手を振りほどき、改めて彼に向き直り、両肩をガシッと掴んだ。 「良かったな、キール! 本当に良かった! 本当に……!」  見ると、村長も泣いて喜んでいた。それを見たキールさんは、さらに涙が溢れ出した。そして、それを見た村長が、彼を抱き締め、背中をぽんぽんと叩いて慰める。 「村長と、みんなのおかげだ……。みんなのおかげなんだよ。辛かったわけじゃないんだ……。でも……でも、みんなが励ましてくれたから、俺達は……やってこれた。ありがとう、村長。最高の村、最高の村長だ!」  号泣しながら村の人達に感謝するキールさんの姿は、普段の元気な彼からは想像ができないほど、しおらしく見えたが、それが彼らセフ村の一人一人の絆の深さを物語っていた。 「旅ってことは、やっぱり……探しに行くのか?」  少し落ち着くと、村長が改めて質問した。シキちゃんのことを言っているのだろう。 「ああ。城下町に行けば、騎士団長の知り合いが手伝ってくれるそうだ。だから、この壮行会を開いた。勝手にすまないな。  でも、あの頃のことを思い出したかったっていうのもあるかな……。泣いて笑って、最後にはみんなが笑顔で別れる。悲しいはずなのに悲しくない。あの不思議な感情が結構好きでさ。だからと言って、誰か出ていけなんて思ってなかったぜ?  まあ、なんつーか、あの頃と変わらない村を見てみたかったのかな。そして、見ることができた。だから最高なんだよ!」  そう言うと、キールさんは両手をいっぱいに広げた。彼には、いつもの元気な笑顔が戻っていた。 「そうだな。そう思ってくれると、村長としても嬉しい限りだ。しかしな、キール。私からも言わせてくれ。あの頃だけではない、ここでの思い出もある。  特に、あのやんちゃだった頃のユキの笑顔は、みんなを笑顔にしてくれた。彼女が落ち込んでいると、みんなも心配した。その状態が日常になってしまったのは残念だが、逆にそのことが、村の結束をより強固なものとし、彼女への無償の愛を自覚させた。  その状態が良かったというわけでは決してない。私が言いたいのは、間違いなく彼女はセフ村の象徴だった、ということだ。  そして、そんな彼女を素晴らしい子に育ててくれて、ありがとう。村民全員を代表してお礼を言いたい」  村長の言葉に、キールさんは感極まって涙すると、再度二人は抱き合った。  そして、また少し落ち着くと、キールさんが話を続けた。 「酔っ払うと涙脆くなるなぁ……。俺の場合は、疑り深くもなっちまう……。なあ、村長。今の言葉……本当にそう思ってるか? お世辞じゃなくて?」 「何を言ってるんだ。ああ、本当だ。心の底からそう思っている」 「じゃあ、そのお礼として……この会は村長主催で、全額村長持ちってことでいいか?」 「おい! 何を言っている! そんなこと…………」  ユキちゃんにも似た口調の、キールさんの突然の恩着せがましい言葉に、村長は寝耳に水といった反応を示したが……。 「当たり前だろうがぁぁ!」  すぐにそれは前フリだということが分かった。村長は、吠えるようにその要求を一気飲みすると、近づいてくるユキちゃんとイリスちゃんを素通りして、広場中央に向かって歩き出し、さらに大声で叫んだ。 「請求書は全部、私に回せ! 明日は二日酔いに響くから、明後日着で頼む! ただし、酔っ払って路上に寝て、風邪を引いても、治療費は出さんからな!」 「おー!」  広場の全員から了解の返事が上がり、会は最高潮に達した。  村長もみんなもノリが良いな。村長は素通りしたユキちゃんに振り返り、声をかけた。 「ユキ、みんなからの愛、存分に受け取っていると思う。だが、まだ帰らないでくれよ。私も語りたいことが山ほどあるんだ。今、酒を頼んでくる」 「お、じゃあ俺もおかわりしに行ってくる!」  そう言うと、村長とキールさんは食事処に入っていった。それを見て、少し困った表情をしていたアースリーちゃんが、ユキちゃんに歩み寄り、話しかけた。 「ユキちゃん、ごめんね、騒がしくて。お父さんがあんなに嬉しそうにはしゃいでるのは、私も見たことない」 「ううん、私もすごく嬉しい。これが本当のセフ村なんだね。アーちゃんが大好きな村だって言ってた意味が、お父さんとお母さんから話を聞いてハッキリ分かった」 「それと、『あのこと』も黙っていてごめんなさい。ユキちゃんにとっては、とても大事なことなのに……」 『あのこと』とは、シキちゃんのことだろう。 「ううん、謝らなくていいんだよ。今日、村のみんなに挨拶に行った時、私が旅に出るって言ったら、大人はみんな、さっきの村長さんと同じことを言ってた。誰とも言わずに、『探しに行くのか』って。それを知らない年代の子には、それに合わせて、私から『一緒に住みたいと思う人を探しに行く』って伝えてる。結婚相手を探しに行くみたいに聞こえるでしょ?  実は、挨拶回りで時間がなかったから、イリスちゃんには、まだ何も話してなくて……。でも、この会が始まってからの私達の会話で、もうほとんど分かってるよね?」  ユキちゃんは、隣にいたイリスちゃんに、村の成り立ちを推察できているか確認した。 「うん。魔法書が贈り物だったことも分かった。本当は、誰かから全体像を物語形式で聞きたいけど、そしたら私は泣いちゃうな。今の光景を見ても、セフ村に生まれて本当に良かったって思う。私も大好きな村」  魔法書のことまで分かれば、全て分かったに等しい。流石に、探しているのが『双子』の姉とまでは分からないと思うが。 「私はね、みんなが私に『秘密にしてくれたこと』が嬉しい。私のことを考えてくれてるんだなって思えるから。それに、私がそれを知らなくて、損をしたことなんて一度もないし、恥をかいたこともない。  同じ状況で、何で言ってくれなかったのって怒る人も、世の中にいるかもしれないけど、私はありがとうって言いたい。アーちゃん、言わないでくれてありがとう。大好きだよ」 「ユキちゃん、私も大好き」  それから二人は、しばらく何も言わずに抱き合っていた。その空間だけは、周囲の音が届いていないと思えるほど、二人だけの世界が作られているようだった。  酒を受け取って戻ってきた村長とキールさんも、距離を取って微笑みながらそれを見ている。少し離れた所には、村の人達に囲まれたユキちゃんの母親もいて、彼女もそれを見ていたのを確認できた。  少しして、ユキちゃんがアースリーちゃんから離れると、アースリーちゃんとイリスちゃんの手を取った。 「よし! それじゃあ、行こうか! 今日は、楽しんで楽しんで楽しみまくろう!」 「うん!」  二人の返事と共に、三人は手を繋いだまま、村長達の元に向かい、食品の購入をねだっていた。  セフ村のパーティーは、まだ終わらないようだ。



write-comment-iconコメントを書く
write-comment-iconレビューを書く



comment-icon新着コメント



コメントはありません。投稿してみようっ!