俺達と女の子達が辺境伯邸に無事到着して令嬢と友達になる話(1/3)

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 十二日目の朝八時、村長宅前には、辺境伯から遣わされた送迎用の馬車と護衛の冒険者が乗った馬が停まっていた。  この三日間で、俺達のレベルは一つだけ上がった。それも、昨日の夜ギリギリだ。俺達は新たに『中縮小化』を取得した。 「『中縮小化』、触手ごと自身の体を六十分間だけ小さくする。最小は十センチメートル。体重も合わせて軽くなる。時間経過後は十分間小さくなれない」 「『中縮小化』で大分楽に体を隠せるようになったから、シンシアの馬に乗りやすいよね」  あのあと、『触手の尻尾切り』の検証もすぐに行い、上手く使いこなせるようになった。  やはり、冒険や戦闘には欠かせない便利なスキルだと再認識した。切り捨て対象指定後は、どれだけ時間が経っても、傷を負った際に痛みはないし、『少再生』が使えない時に致命傷を負えば、自動で切り捨てられることが分かった。  あらかじめ全ての触手を指定しておけば、一度に全滅させられない限り、俺達は必ず生き残ることができる。しかも、その全滅は、俺達がこれから各所に分散することから、国が一瞬で消し飛ばない限り、起こり得ない。  本来、増やした触手にだけ適用されるものだが、触手体の場合はその全てが本体であり触手なので、このようなことが可能なのだ。かと言って、油断していると、スキル無効化のステルスチートスキル持ちに会った場合に即死するから、常に危機感は持つつもりだ。  一応、事前に結界の外にも出てみた。問題なく行き来できたので、境界上でも俺達に結界は通じないみたいだ。  ただ、外に出ても人間のように結界の恩恵に預かることはできないみたいで、普通にモンスターに近づかれた。その際は、無用な戦いを避けるべく、飛びかかられた時点で触手は消した。モンスターがモンスターを襲うことはないのに、触手は襲うのか、それとも怪しい触手体だからだろうか。 「あ、護衛の人が出てきた」  遠くで監視していた触手のゆうが声を上げた。村長宅で挨拶でもしていたのか、護衛の冒険者がドアを開け、外に出てきた。  年齢は二十五歳前後だろうか。茶色のツンツンした尖った髪で、体形は普通だが、腕や脚の筋肉はしっかり付いている。シンシアと同じような軽鎧の装備で、剣士のようだ。身長はシンシアよりも高く、百八十センチ以上はありそうだ。  馬車には村長とアースリーちゃんが乗り、護衛には冒険者とシンシアが付くことになっていた。シンシアの護衛は無償だ。付いて行きたいと我儘を言っているのはこちらだし、元々の護衛の人のプライドもあるからだ。  俺達は、丁度良い大きさまで縮小化し、宿屋から途中で合流したシンシアの右腕に巻き付いていた。薄茶色の外套を羽織っているので、外から俺達は見えない。  シンシアが村長宅の前にいた護衛の冒険者に声をかけた。 「おはよう。今日はよろしく。一緒に行くシンシアだ」 「ああ、よろしく。村長から聞いたぜ。俺はアドだ…………ん? あんた、どこかで……シンシア……? 騎士団長じゃねぇか!」  アドが、正直に名乗ったシンシアを指差して、驚きの声を上げた。 「ご高名な騎士団長様が、なんでこんな田舎村にいるんだよ! それに、何だその格好は! 完全に冒険者の身なりじゃねえか!」 「ここにいる理由は聞かないでくれると助かる。念のために言っておくが、騎士団を辞めたわけではない」 「もしかして、大蛇を退治した女冒険者ってのもあんたか! 城下町ギルドに出入りしてる連中は、あんなローリターンじゃ、こんな田舎村には誰一人来ねぇぜ、って村長には言ってやったんだが、運が良かったみたいだな」  アドの言い方はキツイが、村長への指摘は最もだ。  そう言う彼は、少し早めに来て、ついでに大蛇退治をしようとしていたのだろう。セフ村に近づくや否や、護衛していた馬車から離れ、単独で馬を走らせて村長宅に向かってくるのが、朝六時半頃に監視用触手から見えた。  護衛の仕事を途中で放った、というわけではなく、乗客がいない馬車の護衛はあくまで集落間だけ、ということなのだろう。 「まあ、俺の仕事の邪魔さえしなきゃ何だっていいけどよ。下手に指図されても、俺は言うことなんて聞かねぇぜ。逆に俺からも指図しねぇ。急場のチームワークなんて、信用できないしな」 「腕に自信があるようだな。それに、私に全て任せて楽な仕事で報酬だけもらう、ぼったくり冒険者というわけでもなさそうだ。ああ、すまない。今のは冒険者をバカにした発言ではない。そういう話を聞いたことがあるというだけだ」 「知っての通り、そんなことしたらギルドに通報されて、全国に通知されるからな。嫌な世の中だぜ。重罪を犯した指名手配犯のようなものだからな。実際は冤罪の奴もいるとか。ギルドに釈明するのが面倒で、この国を出て行った奴だっているらしいぜ」 「冤罪か……。それは問題だな…………」  シンシアの声のトーンが著しく下がった。他人事ではないからだ。 「ったく……何とかしてくれよ、国家権力様よぉ……。どうせ、下々の意見とか部下の意見なんて聞いてねぇんだろ? 自分の所に上がってこないから、そんな意見は存在しないとか抜かすなよ。だったら、途中で止められてるんだからな。  正しい意見なのに、具体的な手段も書いてるのに、それをクソみてぇな理由で止められたヤツは、さぞ不満だろうよ。直属の部下を信頼して任せてたって、それを監督してなけりゃ、そいつがいる意味ねぇだろうが。  それとも、上の意見だけ聞いてりゃいいってか? なら、どっちもできる優秀なヤツに任せて、仕事の割り振りイエスマン人形でもやってろよ」  シンシアに対して、アドはここぞとばかりに次々と正論をぶつけた。耳が痛い人もいるだろうな。  それにしても、世界でも有名な騎士団長シンシアに対して、アドは全く遠慮がない。 「返す言葉もない……。しかし、まるで不満を抱く当事者を知っているかのようだが……」 「言っとくが俺じゃねぇし、城の内部の人間だとしても、こんな愚痴を情報漏洩だなんて言うんじゃねぇだろうな。だとしたら、責任転嫁もいいところだぜ。そんなクソルールをありがたがるヤツらの顔を見てみたいね」 「いや、それは問題ない。もしそれが騎士団の話なら私の責任だし、進言しようとしている者は、もちろん評価するべきだ。  ただ、そう言われたら、私にも一人、心当たりがいる。その者は、入団してからメキメキと剣の実力を伸ばし、周囲にも自分の夢や、国家や騎士団の改善案を熱心に語っていたが、ある時、パッタリとそれが止まった。  剣に関しては、成長しなくなったのではない。おそらく分かるのは私だけだろうが、実力を隠すようになり、役割も報告係しかやらなくなった。周囲は、スランプか精神的な病で、木製の武器さえ合わせるのが怖くなったのではないかと心配していた。  私が騎士団長になってからは、部下にはもちろん、その者のケアをしてやってくれとは命じたが、それでも状況は変わらなかったから、私が声をかけた。何でも話してほしいと言ったが、何も話してくれなかった。  今だから分かる。私が雑すぎた。話し合うにしても、受け身ではなく、一つ一つ紐解いていくべきだった。『彼女』の考え方や悩みを……」  どうやら、シンシアが言う『その者』は女騎士らしい。  アドの言う通りの不満はあるだろうが、シンシアと同世代であれば、彼女の才能が突出していることから、劣等感を抱いた可能性もある。  アドとの関係も気になるところだ。情報漏洩でないとは言え、国家の尊厳を少しでも損なうような愚痴をこぼすのであれば、二人はとても仲が良く、アドのことを信頼しているに違いない。  とは言え、必ずしもアドの言った人物とシンシアが言った人物が同一人物かは分からない。と言うより、アドは絶対に認めないだろう。 「……。それは知らねぇけどよぉ、まあ今からでも遅くはねぇんじゃねぇか? おっと、出発の時間みたいだぜ」  村長とアースリーちゃんが家から出てきた。  村長は余所行きのシャツ、蝶ネクタイ、チョッキで紳士の装いだ。  アースリーちゃんの服も、いつもより華々しさがある一方で、純朴さもあり、彼女の魅力が十分に引き出されていた。髪型はいつも通りだが、パーティー前には変えるかもしれない。 「アースリーちゃん、めっちゃかわいい……。ドレスに着替えなくても、あれだけで男いっぱい落とせるよ」  ゆうの意見には同意だ。辺境伯が用意するドレスもそうかもしれないが、今の服は体形が強調されるデザインだから、彼女をまともに見てしまった男は全員、思わず感嘆の声を上げるだろう。 「それでは、どうぞ馬車へ」  御者が案内し、村長と彼女は馬車に乗り込んだ。  結局、ユキちゃんの足はまだ万全ではないので、来られなかった。普通に歩けはするものの、思い切り走ることがまだできず、もしもの時に足手まといになるからと言って、自分から断ってきたのだ。 『勇運』があればどうとでもなりそうだが、間に合わせることができなかった彼女のプライドが許さなかったのかもしれない。彼女は非常に残念がっていたので、俺達が昨夜、たっぷりと慰めてあげた。  なぜ『勇運』で『間に合わせることができなかったか』については、ハッキリとは分からないが、チートスキルよりもクリスタルの影響の方が強いからだろうとイリスちゃんと俺は見ている。例えば、どんなに頑張ったとしても万全の状態になるまで一週間かかる、とか。  二人には、見送りに来なくてもいいとアースリーちゃんが断った。単に、朝食時で忙しいだろうからという理由だけで、他の意図はないとのことだった。彼女が言うならそうなのだろう。変に気を遣う必要はもうないのだから。 「俺は馬車の前方に付く。隣村までは、馬を休ませる以外の目的で長時間の休憩はしない」 「了解した。それでは、私が後ろから見張ろう」  二人はそう言って、進み出した馬車の護衛に付いた。  俺達は徐々に縮小化を解き、シンシアの右腕から胴体に移動して、ぐるぐると巻き付くことにした。流石に七メートルの触手の重みを感じさせるのは忍びないが、仕方がない。  ただ、俺達は思ったよりも軽いらしいので、重くても四キログラムぐらいじゃないかと予想している。何かあった時は、また縮小化して右腕に戻る。  隣のダリ村までは、馬車で三時間ほどで、約三十キロ。そこからレドリー領中心部までは、休憩を入れて六時間。ギリギリ夜までに到着する予定だ。  結界の効果でモンスターに襲われることはないし、仮に馬車が壊れても、御者を含めて村長とアースリーちゃんを馬に乗り換えさせればいいだけだ。  また、この近辺で盗賊が出ることもない。国境とレドリー領が比較的近く、盗賊でもやろうものなら、いずれかに駐在しているレドリー領の専属軍が、すぐさま討伐に向かうことが知られているため、今では影も形もないらしい。  そういう意味では、この近辺での馬車の護衛は安全で楽な仕事と言えなくもないが、拘束時間は長く、冒険者にとってはつまらないのに、絶対に失敗できないプレッシャーはあるから、あまり受注する人がいない、とイリスちゃんは言っていた。同時に、人手不足だから、報酬はそれなりに高いんじゃないかとも推察していた。あくまで、この近辺での話で、前にイリスちゃんから聞いた通り、護衛の仕事自体は多いらしい。  そして、特に何事もなく、俺達は予定通りダリ村に到着し、シンシア達は昼食で腹を満たしていた。その間、俺達はシンシアの右腕に縮小化して巻き付いていた。周りは見えなかったが、セフ村よりも人数が多く、活気があったように思えた。 「よし、じゃあレドリー領中心部に向かうぞ。トイレは済ませておけよ」  アドの意外にも親切な声がけのあと、シンシアとアースリーちゃんの出発前のトイレは俺達で済ませ、村長もどこかで用を足してきて、準備は整った。 「なんかシンシアが震えてるような……体調悪くなった?」  ゆうの言葉で、シンシアが確かに震えていることが分かった。馬に乗ってもその震えは収まらず、ダリ村を出て、誰も周りにいないことを確認してから、俺達は彼女の顔を下から覗き込んだ。 「…………」  シンシアは、覗き込んだ俺達に気付いてさえいないようだ。彼女は前を真っ直ぐ見ているが、その顔が少し青ざめているように見えた。  俺達はもう少し彼女の視界に入るように顔を出した。 「あ、シュウ様……どうかしましたか? もしかして、震えているのが伝わってしまいましたか? 申し訳ありません……」  俺達は彼女の両頬を舐めて、質問を肯定した。 「お気持ち、ありがとうございます……。その……おそらく、怖いのです。ジャスティ城に少しでも近づくのが……。頭では大丈夫だと分かっていても、身体が受け付けていないのかもしれません。  これまでは、城から離れるように移動してきて、セフ村からダリ村に行くのも距離では遠ざかっていたので、震えが起きなかったようです。あなた達が一緒にいてくださるのに……。もちろん、信じていないわけではありません。自分が情けなくなります……」  シンシアは、仮説ではあるものの、自分の反応を冷静に分析できていた。分かっていても、どうしようもないこともある。俺達で何とか元気づけてあげたいところだ。 「シンシア、あたしが元気にしてあげるね」  俺と同じことを考えていたのか、ゆうはそう言ってシンシアにキスをした。そして、すぐに口の中に入り込み、舌を絡ませる。 「ん……ふ……ぁ……」  シンシアの吐息が漏れた。口の端から垂れた唾液は俺が舐め取る。  彼女が気を取られて落馬しないように、増やした触手を彼女の体に巻き付かせ、鞍に吸着して支えた。当然その間は、代わりに俺達が周りを警戒するようにした。  キスは約五分続いた。シンシアの体からは、力が完全に抜けていて、俺達で支えておいて良かったと思えるほどだ。  ゆうがついに彼女の口から離れ、最後に軽くキスをした。 「シュウ様……ありがとうございます。文字通り、あなた達に支えていただいて、私は前に進めるのだと実感しています」  シンシアの震えが止まり、笑顔になってくれたようで良かった。そう簡単に克服できるものでもないと思うから、彼女がまた震えだした時には、その美しくもかわいい笑顔を見るためにも、何度でも元気付けてあげたい。 「アースリーは大丈夫でしょうか。彼女も同じように緊張が高まっているかもしれません。私と違って、今の彼女にはシュウ様が付いていないから心配です。休憩の時に聞いてみますね」  自分のことだけでなく、アースリーちゃんにも気を遣えるシンシアは、やはり有能な騎士団長の器だ。 「そうだったんだ……シンシアさんが……私は何とか大丈夫です。怖くないってわけじゃないですけど、少しでも怖くなったら、目を瞑ってシュウちゃんとの日々を思い出してました」  休憩中、街道から少し外れた木陰で、シンシアが道中で無意識に抱いた強迫観念を、アースリーちゃんに吐露したことに対して、彼女は心配した表情でシンシアを気遣うと同時に、恐怖対策を語った。 「なるほど、それは良いアイデアだな。しかし、私は馬に乗っていて目を瞑れないからなぁ……」 「いいじゃないですか。何度だってシュウちゃんに慰めてもらえるんですから。私自身、前よりも不安になりやすくなったと思います。でも、シュウちゃんがいてくれるから、そんな自分を受け入れてもいいんじゃないかと思うようにもなったんです。  だからそういう時は、ハッキリと声に出すようにしました。恥ずかしくたっていいじゃないかって。シュウちゃんには、そういうところも含めて全部見せても大丈夫なんですから。  もちろん、ちゃんと成長はして行きたいと思ってますよ。そうじゃないと、甘えてるだけになっちゃうので……。シュウちゃんならそれでもいいって言ってくれるかもしれないけど、それじゃあ他のみんなみたいに役に立てない私は本当のお荷物になっちゃうから、少しでも、どんなことでも頑張りたいんです。  でも…………シュウちゃん、今は私も慰めてー」  そう言って、シンシアとそこに隠れる俺達に抱き付いてきたアースリーちゃん。  彼女は、豊満なボディと優しい表情から受ける母性の印象が見た目として強いが、甘えたがりの子どもの特性も有しているので、そのギャップとお互いに甘えられる関係が彼女の真の魅力なのだと再認識した。  ゆうは、甘える彼女に周りから見えないようにキスしてあげていた。アースリーちゃんと似たようなことを、ゆうも前に俺達が大号泣した時に言っていたな。  だから、ゆうとアースリーちゃん、二人の相性が良いのか。心の底から共感しているのだ。ゆうと俺、アースリーちゃんと他のみんな、それぞれの構図が同じだったから。 「そうか、確かにそういう考えの方が、気が楽だな。シュウ様のお手を煩わせることになってしまうのは申し訳ないが、その分は誠意を持ってお返しすればいい、か。  ありがとう、アースリー。シュウ様、すでに返しきれない恩ではありますが、どうかご容赦ください!」  抱き付かれて微動だにしないシンシアは、思ったより頭が柔らかいようで、アースリーちゃんの一言で吹っ切れたみたいだ。恩返しを忘れないところは、騎士らしくしっかりしているが、それはそれで堅すぎず柔らかすぎず、バランスが丁度良いのかもな。  このやり取りから、二人とも精神的には大丈夫そうだと感じた。 「そろそろ行くぞー」  アドの掛け声で休憩を終えた俺達は、改めてレドリー領に向けて出発した。



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俺達と女の子達が辺境伯邸に無事到着して令嬢と友達になる話(1/3)

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 十二日目の朝八時、村長宅前には、辺境伯から遣わされた送迎用の馬車と護衛の冒険者が乗った馬が停まっていた。  この三日間で、俺達のレベルは一つだけ上がった。それも、昨日の夜ギリギリだ。俺達は新たに『中縮小化』を取得した。 「『中縮小化』、触手ごと自身の体を六十分間だけ小さくする。最小は十センチメートル。体重も合わせて軽くなる。時間経過後は十分間小さくなれない」 「『中縮小化』で大分楽に体を隠せるようになったから、シンシアの馬に乗りやすいよね」  あのあと、『触手の尻尾切り』の検証もすぐに行い、上手く使いこなせるようになった。  やはり、冒険や戦闘には欠かせない便利なスキルだと再認識した。切り捨て対象指定後は、どれだけ時間が経っても、傷を負った際に痛みはないし、『少再生』が使えない時に致命傷を負えば、自動で切り捨てられることが分かった。  あらかじめ全ての触手を指定しておけば、一度に全滅させられない限り、俺達は必ず生き残ることができる。しかも、その全滅は、俺達がこれから各所に分散することから、国が一瞬で消し飛ばない限り、起こり得ない。  本来、増やした触手にだけ適用されるものだが、触手体の場合はその全てが本体であり触手なので、このようなことが可能なのだ。かと言って、油断していると、スキル無効化のステルスチートスキル持ちに会った場合に即死するから、常に危機感は持つつもりだ。  一応、事前に結界の外にも出てみた。問題なく行き来できたので、境界上でも俺達に結界は通じないみたいだ。  ただ、外に出ても人間のように結界の恩恵に預かることはできないみたいで、普通にモンスターに近づかれた。その際は、無用な戦いを避けるべく、飛びかかられた時点で触手は消した。モンスターがモンスターを襲うことはないのに、触手は襲うのか、それとも怪しい触手体だからだろうか。 「あ、護衛の人が出てきた」  遠くで監視していた触手のゆうが声を上げた。村長宅で挨拶でもしていたのか、護衛の冒険者がドアを開け、外に出てきた。  年齢は二十五歳前後だろうか。茶色のツンツンした尖った髪で、体形は普通だが、腕や脚の筋肉はしっかり付いている。シンシアと同じような軽鎧の装備で、剣士のようだ。身長はシンシアよりも高く、百八十センチ以上はありそうだ。  馬車には村長とアースリーちゃんが乗り、護衛には冒険者とシンシアが付くことになっていた。シンシアの護衛は無償だ。付いて行きたいと我儘を言っているのはこちらだし、元々の護衛の人のプライドもあるからだ。  俺達は、丁度良い大きさまで縮小化し、宿屋から途中で合流したシンシアの右腕に巻き付いていた。薄茶色の外套を羽織っているので、外から俺達は見えない。  シンシアが村長宅の前にいた護衛の冒険者に声をかけた。 「おはよう。今日はよろしく。一緒に行くシンシアだ」 「ああ、よろしく。村長から聞いたぜ。俺はアドだ…………ん? あんた、どこかで……シンシア……? 騎士団長じゃねぇか!」  アドが、正直に名乗ったシンシアを指差して、驚きの声を上げた。 「ご高名な騎士団長様が、なんでこんな田舎村にいるんだよ! それに、何だその格好は! 完全に冒険者の身なりじゃねえか!」 「ここにいる理由は聞かないでくれると助かる。念のために言っておくが、騎士団を辞めたわけではない」 「もしかして、大蛇を退治した女冒険者ってのもあんたか! 城下町ギルドに出入りしてる連中は、あんなローリターンじゃ、こんな田舎村には誰一人来ねぇぜ、って村長には言ってやったんだが、運が良かったみたいだな」  アドの言い方はキツイが、村長への指摘は最もだ。  そう言う彼は、少し早めに来て、ついでに大蛇退治をしようとしていたのだろう。セフ村に近づくや否や、護衛していた馬車から離れ、単独で馬を走らせて村長宅に向かってくるのが、朝六時半頃に監視用触手から見えた。  護衛の仕事を途中で放った、というわけではなく、乗客がいない馬車の護衛はあくまで集落間だけ、ということなのだろう。 「まあ、俺の仕事の邪魔さえしなきゃ何だっていいけどよ。下手に指図されても、俺は言うことなんて聞かねぇぜ。逆に俺からも指図しねぇ。急場のチームワークなんて、信用できないしな」 「腕に自信があるようだな。それに、私に全て任せて楽な仕事で報酬だけもらう、ぼったくり冒険者というわけでもなさそうだ。ああ、すまない。今のは冒険者をバカにした発言ではない。そういう話を聞いたことがあるというだけだ」 「知っての通り、そんなことしたらギルドに通報されて、全国に通知されるからな。嫌な世の中だぜ。重罪を犯した指名手配犯のようなものだからな。実際は冤罪の奴もいるとか。ギルドに釈明するのが面倒で、この国を出て行った奴だっているらしいぜ」 「冤罪か……。それは問題だな…………」  シンシアの声のトーンが著しく下がった。他人事ではないからだ。 「ったく……何とかしてくれよ、国家権力様よぉ……。どうせ、下々の意見とか部下の意見なんて聞いてねぇんだろ? 自分の所に上がってこないから、そんな意見は存在しないとか抜かすなよ。だったら、途中で止められてるんだからな。  正しい意見なのに、具体的な手段も書いてるのに、それをクソみてぇな理由で止められたヤツは、さぞ不満だろうよ。直属の部下を信頼して任せてたって、それを監督してなけりゃ、そいつがいる意味ねぇだろうが。  それとも、上の意見だけ聞いてりゃいいってか? なら、どっちもできる優秀なヤツに任せて、仕事の割り振りイエスマン人形でもやってろよ」  シンシアに対して、アドはここぞとばかりに次々と正論をぶつけた。耳が痛い人もいるだろうな。  それにしても、世界でも有名な騎士団長シンシアに対して、アドは全く遠慮がない。 「返す言葉もない……。しかし、まるで不満を抱く当事者を知っているかのようだが……」 「言っとくが俺じゃねぇし、城の内部の人間だとしても、こんな愚痴を情報漏洩だなんて言うんじゃねぇだろうな。だとしたら、責任転嫁もいいところだぜ。そんなクソルールをありがたがるヤツらの顔を見てみたいね」 「いや、それは問題ない。もしそれが騎士団の話なら私の責任だし、進言しようとしている者は、もちろん評価するべきだ。  ただ、そう言われたら、私にも一人、心当たりがいる。その者は、入団してからメキメキと剣の実力を伸ばし、周囲にも自分の夢や、国家や騎士団の改善案を熱心に語っていたが、ある時、パッタリとそれが止まった。  剣に関しては、成長しなくなったのではない。おそらく分かるのは私だけだろうが、実力を隠すようになり、役割も報告係しかやらなくなった。周囲は、スランプか精神的な病で、木製の武器さえ合わせるのが怖くなったのではないかと心配していた。  私が騎士団長になってからは、部下にはもちろん、その者のケアをしてやってくれとは命じたが、それでも状況は変わらなかったから、私が声をかけた。何でも話してほしいと言ったが、何も話してくれなかった。  今だから分かる。私が雑すぎた。話し合うにしても、受け身ではなく、一つ一つ紐解いていくべきだった。『彼女』の考え方や悩みを……」  どうやら、シンシアが言う『その者』は女騎士らしい。  アドの言う通りの不満はあるだろうが、シンシアと同世代であれば、彼女の才能が突出していることから、劣等感を抱いた可能性もある。  アドとの関係も気になるところだ。情報漏洩でないとは言え、国家の尊厳を少しでも損なうような愚痴をこぼすのであれば、二人はとても仲が良く、アドのことを信頼しているに違いない。  とは言え、必ずしもアドの言った人物とシンシアが言った人物が同一人物かは分からない。と言うより、アドは絶対に認めないだろう。 「……。それは知らねぇけどよぉ、まあ今からでも遅くはねぇんじゃねぇか? おっと、出発の時間みたいだぜ」  村長とアースリーちゃんが家から出てきた。  村長は余所行きのシャツ、蝶ネクタイ、チョッキで紳士の装いだ。  アースリーちゃんの服も、いつもより華々しさがある一方で、純朴さもあり、彼女の魅力が十分に引き出されていた。髪型はいつも通りだが、パーティー前には変えるかもしれない。 「アースリーちゃん、めっちゃかわいい……。ドレスに着替えなくても、あれだけで男いっぱい落とせるよ」  ゆうの意見には同意だ。辺境伯が用意するドレスもそうかもしれないが、今の服は体形が強調されるデザインだから、彼女をまともに見てしまった男は全員、思わず感嘆の声を上げるだろう。 「それでは、どうぞ馬車へ」  御者が案内し、村長と彼女は馬車に乗り込んだ。  結局、ユキちゃんの足はまだ万全ではないので、来られなかった。普通に歩けはするものの、思い切り走ることがまだできず、もしもの時に足手まといになるからと言って、自分から断ってきたのだ。 『勇運』があればどうとでもなりそうだが、間に合わせることができなかった彼女のプライドが許さなかったのかもしれない。彼女は非常に残念がっていたので、俺達が昨夜、たっぷりと慰めてあげた。  なぜ『勇運』で『間に合わせることができなかったか』については、ハッキリとは分からないが、チートスキルよりもクリスタルの影響の方が強いからだろうとイリスちゃんと俺は見ている。例えば、どんなに頑張ったとしても万全の状態になるまで一週間かかる、とか。  二人には、見送りに来なくてもいいとアースリーちゃんが断った。単に、朝食時で忙しいだろうからという理由だけで、他の意図はないとのことだった。彼女が言うならそうなのだろう。変に気を遣う必要はもうないのだから。 「俺は馬車の前方に付く。隣村までは、馬を休ませる以外の目的で長時間の休憩はしない」 「了解した。それでは、私が後ろから見張ろう」  二人はそう言って、進み出した馬車の護衛に付いた。  俺達は徐々に縮小化を解き、シンシアの右腕から胴体に移動して、ぐるぐると巻き付くことにした。流石に七メートルの触手の重みを感じさせるのは忍びないが、仕方がない。  ただ、俺達は思ったよりも軽いらしいので、重くても四キログラムぐらいじゃないかと予想している。何かあった時は、また縮小化して右腕に戻る。  隣のダリ村までは、馬車で三時間ほどで、約三十キロ。そこからレドリー領中心部までは、休憩を入れて六時間。ギリギリ夜までに到着する予定だ。  結界の効果でモンスターに襲われることはないし、仮に馬車が壊れても、御者を含めて村長とアースリーちゃんを馬に乗り換えさせればいいだけだ。  また、この近辺で盗賊が出ることもない。国境とレドリー領が比較的近く、盗賊でもやろうものなら、いずれかに駐在しているレドリー領の専属軍が、すぐさま討伐に向かうことが知られているため、今では影も形もないらしい。  そういう意味では、この近辺での馬車の護衛は安全で楽な仕事と言えなくもないが、拘束時間は長く、冒険者にとってはつまらないのに、絶対に失敗できないプレッシャーはあるから、あまり受注する人がいない、とイリスちゃんは言っていた。同時に、人手不足だから、報酬はそれなりに高いんじゃないかとも推察していた。あくまで、この近辺での話で、前にイリスちゃんから聞いた通り、護衛の仕事自体は多いらしい。  そして、特に何事もなく、俺達は予定通りダリ村に到着し、シンシア達は昼食で腹を満たしていた。その間、俺達はシンシアの右腕に縮小化して巻き付いていた。周りは見えなかったが、セフ村よりも人数が多く、活気があったように思えた。 「よし、じゃあレドリー領中心部に向かうぞ。トイレは済ませておけよ」  アドの意外にも親切な声がけのあと、シンシアとアースリーちゃんの出発前のトイレは俺達で済ませ、村長もどこかで用を足してきて、準備は整った。 「なんかシンシアが震えてるような……体調悪くなった?」  ゆうの言葉で、シンシアが確かに震えていることが分かった。馬に乗ってもその震えは収まらず、ダリ村を出て、誰も周りにいないことを確認してから、俺達は彼女の顔を下から覗き込んだ。 「…………」  シンシアは、覗き込んだ俺達に気付いてさえいないようだ。彼女は前を真っ直ぐ見ているが、その顔が少し青ざめているように見えた。  俺達はもう少し彼女の視界に入るように顔を出した。 「あ、シュウ様……どうかしましたか? もしかして、震えているのが伝わってしまいましたか? 申し訳ありません……」  俺達は彼女の両頬を舐めて、質問を肯定した。 「お気持ち、ありがとうございます……。その……おそらく、怖いのです。ジャスティ城に少しでも近づくのが……。頭では大丈夫だと分かっていても、身体が受け付けていないのかもしれません。  これまでは、城から離れるように移動してきて、セフ村からダリ村に行くのも距離では遠ざかっていたので、震えが起きなかったようです。あなた達が一緒にいてくださるのに……。もちろん、信じていないわけではありません。自分が情けなくなります……」  シンシアは、仮説ではあるものの、自分の反応を冷静に分析できていた。分かっていても、どうしようもないこともある。俺達で何とか元気づけてあげたいところだ。 「シンシア、あたしが元気にしてあげるね」  俺と同じことを考えていたのか、ゆうはそう言ってシンシアにキスをした。そして、すぐに口の中に入り込み、舌を絡ませる。 「ん……ふ……ぁ……」  シンシアの吐息が漏れた。口の端から垂れた唾液は俺が舐め取る。  彼女が気を取られて落馬しないように、増やした触手を彼女の体に巻き付かせ、鞍に吸着して支えた。当然その間は、代わりに俺達が周りを警戒するようにした。  キスは約五分続いた。シンシアの体からは、力が完全に抜けていて、俺達で支えておいて良かったと思えるほどだ。  ゆうがついに彼女の口から離れ、最後に軽くキスをした。 「シュウ様……ありがとうございます。文字通り、あなた達に支えていただいて、私は前に進めるのだと実感しています」  シンシアの震えが止まり、笑顔になってくれたようで良かった。そう簡単に克服できるものでもないと思うから、彼女がまた震えだした時には、その美しくもかわいい笑顔を見るためにも、何度でも元気付けてあげたい。 「アースリーは大丈夫でしょうか。彼女も同じように緊張が高まっているかもしれません。私と違って、今の彼女にはシュウ様が付いていないから心配です。休憩の時に聞いてみますね」  自分のことだけでなく、アースリーちゃんにも気を遣えるシンシアは、やはり有能な騎士団長の器だ。 「そうだったんだ……シンシアさんが……私は何とか大丈夫です。怖くないってわけじゃないですけど、少しでも怖くなったら、目を瞑ってシュウちゃんとの日々を思い出してました」  休憩中、街道から少し外れた木陰で、シンシアが道中で無意識に抱いた強迫観念を、アースリーちゃんに吐露したことに対して、彼女は心配した表情でシンシアを気遣うと同時に、恐怖対策を語った。 「なるほど、それは良いアイデアだな。しかし、私は馬に乗っていて目を瞑れないからなぁ……」 「いいじゃないですか。何度だってシュウちゃんに慰めてもらえるんですから。私自身、前よりも不安になりやすくなったと思います。でも、シュウちゃんがいてくれるから、そんな自分を受け入れてもいいんじゃないかと思うようにもなったんです。  だからそういう時は、ハッキリと声に出すようにしました。恥ずかしくたっていいじゃないかって。シュウちゃんには、そういうところも含めて全部見せても大丈夫なんですから。  もちろん、ちゃんと成長はして行きたいと思ってますよ。そうじゃないと、甘えてるだけになっちゃうので……。シュウちゃんならそれでもいいって言ってくれるかもしれないけど、それじゃあ他のみんなみたいに役に立てない私は本当のお荷物になっちゃうから、少しでも、どんなことでも頑張りたいんです。  でも…………シュウちゃん、今は私も慰めてー」  そう言って、シンシアとそこに隠れる俺達に抱き付いてきたアースリーちゃん。  彼女は、豊満なボディと優しい表情から受ける母性の印象が見た目として強いが、甘えたがりの子どもの特性も有しているので、そのギャップとお互いに甘えられる関係が彼女の真の魅力なのだと再認識した。  ゆうは、甘える彼女に周りから見えないようにキスしてあげていた。アースリーちゃんと似たようなことを、ゆうも前に俺達が大号泣した時に言っていたな。  だから、ゆうとアースリーちゃん、二人の相性が良いのか。心の底から共感しているのだ。ゆうと俺、アースリーちゃんと他のみんな、それぞれの構図が同じだったから。 「そうか、確かにそういう考えの方が、気が楽だな。シュウ様のお手を煩わせることになってしまうのは申し訳ないが、その分は誠意を持ってお返しすればいい、か。  ありがとう、アースリー。シュウ様、すでに返しきれない恩ではありますが、どうかご容赦ください!」  抱き付かれて微動だにしないシンシアは、思ったより頭が柔らかいようで、アースリーちゃんの一言で吹っ切れたみたいだ。恩返しを忘れないところは、騎士らしくしっかりしているが、それはそれで堅すぎず柔らかすぎず、バランスが丁度良いのかもな。  このやり取りから、二人とも精神的には大丈夫そうだと感じた。 「そろそろ行くぞー」  アドの掛け声で休憩を終えた俺達は、改めてレドリー領に向けて出発した。



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