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俺達と女の子達がパーティーに一部参加して囲碁とダンスの魅力と女の子の秘密を認知する話(3/5)

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 アースリーちゃん、リーディアちゃんは、今回は二人だけで、あるいは家族とだけでダンスを踊ると決めていたようなので、他の男性貴族から誘われても、それを理由に全て断っていた。  また、シンシアは踊れるが、カレイドとしては、設定の通り、ダンスを踊れないので、やはり断っていた。他の人達は、演奏隊の曲に合わせて、すでに踊り始めている。 「アーちゃん、行きましょうか」 「うん」  手を繋いだ二人は、リーディアちゃんの先導で中央付近まで進み、タイミングの良いところで踊り始めた。  基本的なリードはリーディアちゃんだが、時折、役目を交代してバランス良く踊っている。短期間の練習にもかかわらず、俺はアースリーちゃんの吸収力と応用力に感心した。  このダンスによって、お互いの魅力を存分に引き出していることが分かる。リーディアちゃんの大胆な動きと、アースリーちゃんの落ち着いた動き、そして、リーディアちゃんの緩急により、アースリーちゃんの胸が大きく揺れ、さらに強調されるポーズを取らせる。  リードを交代しても、終始そのスタイルは一貫しており、二人の華麗な上半身の動き、アイソレーションと、息の合ったステップに、一息ついた周囲も足を止めるほどだった。  リーディアちゃんは主催者側なので、どんな曲が演奏され、どんなアレンジがされるかも熟知している。公開されている式次第には、定番の曲名とアレンジスタイルしか書いていないとのことだ。  一曲目はノーマル、二曲目はアレンジ、そして別の曲へ、曲間はスムーズに繋げられ、長めに演奏されるため、相手を交代する時間もある。その繰り返しだ。アドリブに自信がない人は、それぞれの二曲目で二の足を踏むだろう。  二人の練習では、それを念頭に置いていたので、全ての曲について、アースリーちゃんも自信を持って踊れるというわけだ。主催者有利なのは、招待客も全員理解しているらしい。  リーディアちゃんの狙いは二曲目。さらに二人に視線を集め、観客をアースリーちゃんの虜にし、彼女がどんなパーティーにも招待され、受け入れられやすくする作戦だ。  すでに二曲目に入っていて、曲間でも二人は踊り続けていた。少しアップテンポなアレンジがされているため、二人の動きもそれに合わせて激しめだ。当然、観客はアースリーちゃんに釘付けになる。長男や次男も、迎えに行ったご令嬢とは違う女性とダンスを踊っていて、素人の俺が見てもかなり上手いのだが、魅力という点で、やはりアースリーちゃん達には敵わない。  おそらく、ご令嬢とは最後の方に踊るのだろうが、このままでは逆に兄達の方が見劣りしてしまうのではないか、という不安を拭いきれなかった。リーディアちゃんが彼らの実力を信じている通り、本当に挽回できるのだろうか。  俺も観客になってそう考えていると、二曲目が終わりそうになっていた。リーディアちゃんとアースリーちゃんは、曲の締めでバッチリ決めていた。  そして、それを見ていた観客達によって、曲間の演奏は続いているにもかかわらず、大きな拍手が起こった。俺も拍手を送りたい。  彼女達は、その拍手に応えると、曲に合わせてゆっくりとしたダンスを踊りながら、次男リノスの方へ近づいていった。リーディアちゃんとリノスが、お互いに目で合図をすると、リノスもまた、ダンスを踊りながら、相手と自然に離れ、スムーズにリーディアちゃんと交代して、アースリーちゃんの手を取った。  リーディアちゃんはそのまま一人でステップを踏みながら、レドリー辺境伯と夫人の場所に戻っていく。主催者用式次第にも書いてあったが、実際に見ると非常に面白い演出だ。  実は、場合によっては、その交代が行われない可能性もあった。長男と次男が、リーディアちゃん以上にアースリーちゃんの魅力を引き出せる自信がなければ、交代しなくていい、とその式次第には書いてあったのだ。  煽りとも解釈できる一文と、彼女達の想像以上のダンスに、彼らのやる気にスイッチが入ったようだ。 「アースリーさん、基本的に一曲目の感じでステップを踏んでください。僕のコピーでかまいません。ただ、動きは大きく、ゆったりと。表情は、僕を赤ん坊のように見る感じで。あとは、僕がリードします」  アースリーちゃんへのリノスのディレクションが聞こえた。聴力が高い俺達には聞こえたが、周囲には聞こえていない声量だ。表情の指示までするとは流石だな。その指示で、表現したいことは分かった。  そして、その通りに進んでいる。  彼とアースリーちゃんのダンスに、しばらく見惚れてしまった。 「これは……すごいな。どうやって実現しているか分からない。あの指示だけで、これほど表現できるとは想像できなかった。まさに聖母のダンスだ」  俺は思わず声に出していた。それにゆうも反応した。 「しかも、赤ん坊なんてとんでもないよ。リノスが彼女を守る騎士……ううん、恋人のようにも見える。勇敢で頼もしくて、そして、お互いの優しさが溢れているような感じ」 「上手いとか言うレベルじゃないな。これは、リーディアちゃんが言っていたことも納得できる。別のベクトルでアースリーちゃんの魅力を引き出し、リーディアちゃんの株を落とさない。そして、自分の存在感もアピールできている。  これを見たご令嬢は、やきもちを焼くかもしれないが、同時に彼のかっこよさも感じられ、さらに自分の魅力も引き出してくれるのではないかという期待感を持つことができる。不安にもなるかもしれないが、そこで安心する決め台詞でも言えば、簡単に落ちるだろう。完璧だ」  斜め上からの角度でさえ、このような感想が出るのだから、ちゃんと横から見れば、もっと感動するんだろうな。  それにしても、彼がアースリーちゃんとカレイドを見て、しばらく固まっていたとは、とても思えない。素晴らしい兄だ。  アレンジ曲も終わって、会場は再度大きな拍手に包まれた。  続いて、次男から長男にバトンタッチ、いや、アースリータッチされた。俺もアースリーちゃんにタッチしたい。 「なんか今、サムいこと考えた?」  ゆうが俺の思考を読んだかのように質問してきた。 「触手らしいことなら考えてた」 「うわぁ……どうせ、バトンタッチならぬアースリータッチだな、とか考えてたんでしょ。きも。」  だから、何で分かるんだよ。絶対、お前も同じこと考えてただろ。 「そんなくだらないこと考えるより、ディルスのリード見てよ」 「リーディアちゃんと同じ感じだな。お、リノスみたいだ。二人のスタイルの複合か?」 「でも、何かおかしくない? それぞれのシーンで、技術は上回ってて、すごいなって思うんだけど、ディルスの表情が全く違うと言うか……。必死な感じを出していて、何か表現してるものが違うと言うか……」 「もう少し見ていたら分かるかもな。ディルスのディレクションはあくまで、これまでの二人と同様に、そして曲調が大きく変わったら、感じた通りに踊ってほしい、ということだったからな。この気になる感じも演出だとしたらすごいな。いや、きっとそうなんだろう」  二人のダンスをしばらく見ていると、徐々に分かってきた気がするものの、まだ全容が見えない。しかし、それぞれのダンスシーンは記憶に残るほど美しい。そこで少し考えて、俺は彼が、いや、『彼ら』がとんでもないことをやろうとしているのを直感した。  その直後、曲調が変わる前に、ディルスが大胆な動きを見せて、まるでこれまで以上にアースリーちゃんにアピールするように、手を離してまで、感情に訴えかけるよう、振る舞った。  そして、曲調が激しめに変わると、ディルスのダンスに呼応するように、アースリーちゃんが大胆な動きを見せた。聖母の印象はそのままに、しかし感情が漏れ出すような、そんなダンスだった。  ここで、全てが繋がり、爽快感が頭を駆け巡った。  つまり、こういうことだ。妹弟によって引き出されたアースリーちゃんの素晴らしい魅力、手が届かないほどの魅力を放つ女性。  では、逆に彼女を自分に惹き付けるにはどうすればいいか。必死にダンスの技術を上げても、往なされてしまう。  しかし、そのアピールを続け、自分の全てを曝け出すことで、感情に訴えかけることで、彼女の心を開くことができ、自分を認めてくれた、というストーリーを作り上げたのだ。リーディアちゃん、リノス、それぞれのダンスと、それを想起させる、それ以上のダンスを記憶に残すことで、あとはキッカケさえあれば、全て各自の脳内で繋げられるよう、曲に合わせたカタルシスまで、ディルスは演出したのだ。  劇やミュージカルなら表現できるかもしれない。だが、全く会話のないダンスでここまで表現できるのは、才能と言うしかない。  もちろん、その意図を汲み取り、対応したアースリーちゃんもすごい。観劇しているわけではないが、感激してしまった。俺が人間だったら、涙していただろう。ユニオニル家に、心から拍手を送りたい。 「あたし、琴ちゃんと何度か舞台を見に行ったことあるけど、ダンスだけでこんなに感動したことないよ。本当に面白い舞台は、同じ内容でも何度見ても飽きないって言うけど、この兄弟妹達のダンスは何度だって見てみたい。最高だよ」 「俺もだよ。これに音響効果や舞台演出が加われば、さらに価値が増すだろうな。そして、本当にすごいのは、参加者全員にそれを理解させたことだ。見直した、どころか尊敬に値するよ。これが商業なら、いくらでも金を払いたいぐらいだ。ダンサー、エンターテイナーとしてのユニオニル家のファンになってしまったな」  ディルスとアースリーちゃんは、最後の締めも綺麗に決めて、一息ついた。もちろん、今まで以上の盛大な拍手が会場を包んだことは言うまでもない。  ディルスはご令嬢の側に、アースリーちゃんはリーディアちゃんの側に戻り、それぞれ労われていた。  興奮冷めやらぬ会場の様子を見ていると、レドリー辺境伯が、碁で負けて落ち込んでいたウィルズに近寄っていた。 「ウィルズくん、カレイドをダンスに誘ってみてはいかがかな?」  レドリー辺境伯の突然の提案に、ウィルズは驚いていた。 「は……はぁ? な、何を言っているのですか! 今の僕に、そんな立場などないでしょう!」 「ふふふ、その言い回しから察するに、満更でもないようだ。私はね、こう思っているのだよ。チェスや碁の勝敗に苦悩する気持ちと、日常の気持ちは別だとね。 『ノーサイド』、これがあらゆる競技の原則だと思う。それに、私はパーティーの主催者だ。誰一人として、悲しい気持ちで閉会を迎えてほしくないんだよ。君の名前がユニオニル家と似ているからということもあるかもしれない。  まあ、この際、好き嫌いは置いておこう。君達が踊ることに価値がある。ダンスをしたことがなく、全ての誘いを断っているカレイドが君の誘いに乗ったら、他の貴族もその意味を理解するだろう。  それに、ダンスでは君の方が上だ。どう誘えばいいかは、今から私が言う台詞をそのまま言えばいい。君だって、落ち込んだまま家に帰るのは嫌だろう?」  レドリー辺境伯の主催者魂に俺は感心した。自分で言うのも何だが、感心してばっかりだな。  俺達はパーティーに馴染みがないから、こういう考えは新鮮だ。おもてなし精神は理解しているが、当事者になったことがないからだろう。 「…………じゃあ、断られたら、レドリー辺境伯のせいですからね」  ウィルズの責任転嫁を、レドリー辺境伯は軽く流し、彼に誘い文句を教えた。  しおらしくなっているウィルズを見ていると、根っから悪い奴ではないのかと思ってしまうが、この先次第だろう。  レドリー辺境伯に耳打ちされたウィルズは、壁沿いに配置されていた椅子から立ち上がり、早速カレイドに近づいていった。思った以上に行動力があるな。 「…………ちょっといいか? あー、その、なんだ……『対局は対局、ノーサイド』、と周囲に知らしめるために、僕達が一緒に踊るというのはどうだろうか……。いや……か、勘違いするなよ! 僕はお前のことなんか何とも思ってないんだからな! 本当だぞ! レドリー辺境伯に頼まれただけだし、僕には婚約者がいるんだからな!」  ちなみに、一言一句、レドリー辺境伯がウィルズに教えた通りだ。  ツンデレキャラを理解している辺境伯、恐るべし。ウィルズも、よく演技できたな。少なくとも、短期記憶力は良さそうだ。  俺達は、カレイドのダンスの負担にならないよう、縮小化して左脚だけに巻き付くようにした。  ウィルズの誘いに、キョトンとしていたカレイドが、少しの間を置いて笑った。 「ふふっ、分かりました。それでは、実践形式での指導ダンスをお願いします」  俺達の縮小化と、ウィルズとレドリー辺境伯がコソコソしているのを見て、ダンスを踊らないというカレイドの設定を破ってもいいと認識した上での返事だろう。改めて、レドリー辺境伯の配慮には驚かされる。これで、ウィルズの株も少しは戻るはずだ。  二人は、次のアレンジ曲が終わるタイミング、最後から一つ前の曲でダンスに参加した。ディルスやリノスも、それぞれご令嬢を連れて参加し、見どころの多いターンとなった。  ユニオニル家のダンスは流石だ。これまでのダンスに勝るとも劣らない。これなら、ご令嬢達も満足だろう。ウィルズも、腐っても貴族だ。ダンスは慣れており、カレイドをちゃんとリードできている。  アースリーちゃんとリーディアちゃんが参加しないのは、兄とご令嬢達を立てるためという理由と、その素晴らしいダンスを観客として観ていたいから、というのが理由だろう。  ノーマル曲、アレンジ曲が終わり、またも盛大な拍手が起こると、その間にレドリー辺境伯がステージに立った。  長い拍手を終え、参加者達は彼に注目する。曲間の演奏は、静かなメロディを奏で続けている。 「楽しい時間は、本当にあっという間ですね。次の曲を以て、本パーティーを締めたいと思います。最後は全員参加で踊ろうではありませんか。もちろん、お一人でもかまいません。  お一人の場合は、これまでの私達のパーティーで、シングルダンスを覚えている方もいるかもしれませんが、私とリーファが一人で踊りますので、男性は私、女性はリーファを囲んで、私達をそれぞれ真似てみてください。初参加の方も、私達を囲んでください。皆様、本日はご参加いただき、ありがとうございました!」  一際大きい声で、締めの挨拶まで済ませたレドリー辺境伯に拍手を送りたいが、すぐに最後の曲が始まった。  レドリー辺境伯が踊りながら、ステージを降り、ダンススペースに向かう。言われた通り、シングルダンスをする男性陣は彼を囲み、女性陣は夫人を囲んだ。  しかし、それぞれの輪はくっついて、大きな輪となっていた。しかも、ダンス相手がいる人達でさえ、ディルスやリノスでさえ、男女で分かれている。  結局、ペアでダンスをする人が、誰一人いなかったのだ。どういうことだ?  レドリー辺境伯主催のパーティーに初参加のウィルズも、カレイドと踊って穏やかだった表情が、戸惑いに変わっていた。ご令嬢達も、二人からざっくりと話は聞いているものの、何が起こるか分からない様子だった。  しかし、その戸惑いが間もなく晴れるだろうことがすぐに分かった。 「うわぁ……そういう方向で『上』を行っちゃうんだ……」  ゆうの言葉を聞き流すほど、俺はダンススペースを凝視していた。  レドリー辺境伯と夫人のそれぞれのダンスを見ていると、自然にその通りに体を動かしたくなる。一人一人の目を見つめたその笑顔で、自分も笑顔になる。決して難しいダンスではない。簡単なダンスだからこそ、男女それぞれのダンスが呼応する。  その場の全員が心の底から楽しくなれるダンスを二人は実現させたのだ。笑顔でない者など誰一人としていなかった。ウィルズ、カレイド、アースリーちゃん、リーディアちゃん、エトラスフ伯爵、ディルス、リノス、ご令嬢達、参加者全員が破顔している。もちろん、レドリー辺境伯と夫人も。  上からの輪の形とその様子から、辺境伯と夫人が、囲碁の活き石の『二眼』のように思えた。『眼』があることで、みんな『活き活き』としているからだ。それも狙っているのだとしたら、とんでもないパーティーだ。  まさか、全てを巻き込んで、リーディアちゃん、リノス、そしてディルスの『上』を行くとは……。『この親にしてこの子あり』ということだったか。魔法が使えないのも納得だ。  最後の曲が最終盤を迎えつつあったが、どういう締め方をするのか、俺達も含めてその場の全員が理解していた。レドリー辺境伯と夫人が、輪の男女の境界部分に、対角線上に加わると、まるで一糸乱れぬように、曲の締めに合わせて、全員が手のひらを上に向け、指を揃えた状態で、両手を前に突き出した。  完全に心が一つになった瞬間を、お互いが認識し、より一層笑顔になると、全員から一斉に、これまでで最大の拍手が起こった。それは一分間、鳴り止むことはなく、全員が最高の満足感を得て、その余韻に浸っていた。 「あたしも感動した! ホントにすごいよ、このパーティー!」 「みんなも最高に感動してるのに、不思議と涙は出ない。言葉にするのは野暮だが、笑顔で終わろうっていう思いが一致してるからなんだよな」  俺達は観ていただけで、こんなに満足しているのに、ダンス参加者の満足感は計り知れない。まあ、ある意味、特等席で観ることができたから、それはそれで良いか。  次は、クリスにも参加してほしいな。彼女達、門番のおかげで、素晴らしいパーティーを無事に終えることができたのだから……。  会場の扉がメイドによって開け放たれてから少し経って、参加者の輪が次第に崩れていった。見ると、ウィルズがレドリー辺境伯に挨拶をしていた。 「レドリー辺境伯、本日はご招待いただき、誠にありがとうございました。また、私の度重なる無礼、誠に申し訳ありませんでした。このような素晴らしいパーティーは見たことがありません。  その……大変お恥ずかしいのを承知で申し上げますが、次回以降もご招待いただけないでしょうか。もちろん、『礼』を学んできます」 「ふふっ、良い顔になったね。私からもよろしく頼むよ」 「ありがとうございます! では、失礼します」 「あー、ちょっと待ってくれ。今の君なら問題ないだろう。他の人に挨拶を済ませても、もう少しここに残っていてくれ」 「は、はい。分かりました」  ウィルズはその場から離れると、エトラスフ伯爵に挨拶へ向かった。同じく謝罪しに行ったのだろう。完全に改心したな。目がキラキラしているのが、ここからでも分かる。  それにしても、レドリー辺境伯が待ってくれとはどういうことだろうか。お土産を渡すとか?  「すごいですね、レドリー辺境伯。碁だけでは、彼をあそこまで改心させられませんでした」  カレイドがレドリー辺境伯に話しかけた。 「私はパーティー主催者として振る舞っただけだよ。本当にすごいのは、エトラスフ伯爵さ。今思えば、碁で大敗したのも、わざとなんじゃないかな。勝てはしなくても、良い勝負はできたと思う。あくまで、自分が特別だと思わせ続けないと、一気に改心させられないと踏んで、一芝居打ったのだろう。あの方は演劇好きで、演技好きだからね。パーティーの演出も、父の代から彼に見習った部分が大きい」  エトラスフ伯爵が食わせ者だったのか。衝撃の事実だ。なるほど、だから本人も芝居がかったところがあったのか。『一芝居打つ同士』なのに俺もゆうも分からなかった。 「そうだったんですか。ご興味も含めて、想像もしていませんでした」 「それはそうと……カレイド、君も当然残っていてほしい」  レドリー辺境伯が、ウィルズと同じことをカレイドにも伝えた。  そうは言うものの、もう解散の時間だというのに、誰一人、帰ろうとしていない。他の貴族に謝罪回りをしていたウィルズが、とうとうカレイドの所にも来た。 「最後になってすまない。こういう場合は、貴族優先なのを理解してほしい。改めて、君に非礼を詫びたい。申し訳ない」 「いえ。レドリー辺境伯もおっしゃっていましたが、本当に見違えましたね。棋士の顔になりました」 「また対局してくれるだろうか。その時に棋士として間違っているところがあれば、遠慮なく言ってほしい」 「いつかどこかで会えれば、ですかね。私はレドリー辺境伯にさえ、自分の居場所を言っていませんから」 「金はいくらでも出す! ……という貴族の決まり文句は無意味だろうな。それこそ、『失礼』だろう。そうか……残念だ。いや、落ち込んでいては、せっかくの素晴らしいパーティーを汚すことになってしまうな。笑顔で別れよう。次に会えるのを楽しみにしているよ」  ウィルズが別の場所で待機するつもりでその場を離れようとした時、レドリー辺境伯がステージに上がるのが見えた。 「皆様、これからのここでの時間は何があっても責任を持ちません。口外してもいけません。そして、場合によっては即退場もあります。その上で、残っていると見てよろしいですね?」 「イエス!」  初参加者以外の、メイドを含めた全員が、レドリー辺境伯の問いに答えた。何だ? デスゲームでも始まるのか?  「それでは……残りの食事と飲み物を全て会場に! 全員集合だ! ここにあるのは、食料と敬意のみ! 食料を失えば全員解散、敬意を失えば退場即帰宅! 私でさえ退場する、逃れられない絶対遵守のルール! 全てを喰らい尽くせ!」 「イエス! イエス! イエェェス‼」  初参加者以外の、メイドを含めた全員が、右手を天に掲げて応えた。その声と共に、会場にはメイドと調理場の料理人によって、食料が大量に持ち込まれ、ビュッフェ台に所狭しと次々に置かれた。  帽子を被っていた料理人達は、その帽子をその辺にあった椅子に置いて、自分で料理を取り分けて食べ始めた。メイド達や演奏隊も腹が減っていたのか、遠慮なく食べている。それに混ざった参加者の貴族達も、彼ら彼女らを労ってから、もぐもぐと食べ始めた。 「ふふっ、そういうことですか。それでは、棋士としての『礼』についてだけ、食べながら教えましょうか? 食べながらでは、日常の『礼』を教えても説得力がないので」  カレイドが笑いながら、ウィルズに話しかけた。 「よろしく頼む! あははは! 本当にとんでもなく最高のパーティーだな!」  二人は笑顔で会話しながら、食料を取りに行った。ウィルズは、カレイドの講義を聞きに来たエトラスフ伯爵や他の貴族とも、お互い笑顔でわだかまりなく話せていて、完全に許されているようだ。実際、パーティー後では全てが些細な事のように思えるから不思議だ。 『粋』についても話題に挙がっていた。ディルスやリノスもご令嬢と一緒に食事を楽しんでいる。 「あははは! めっちゃ面白いじゃん。貴族のノリとは思えないよ」 「食べ終わるまで帰れないみたいな企画か。パーティー中の貴族は、紹介や世間話という名の情報収集に忙しく、品位のためにがっついてもいけない。料理人やメイドは、当然忙しく、豪勢な食事を目の前にしても、つまみ食いするわけにいかない。その両方を解決できる。  どちらかと言うと、裏方のまかないと、片付けの並行作業がメインの目的だろうな。屋敷にこのまま宿泊する人も多いから、全てを片付けてからでは対応が遅くなってしまうし、夜遅くなってから片付けると騒音になってしまう。  翌日の朝食もここで食べるから、朝も片付ける時間がない。朝食を各部屋で対応すると、時間差が生じて手間になるし、料理が冷めてしまう」 「敬意を大事にしてるのは、別の目的、『なぜメイドと一緒に食べなければいけないのか』っていう貴族からの差別をなくすためだよね。『君達が頑張ってくれたおかげで良いパーティーになった』と思ってもらうためでもある。  この場合、高すぎる品位は邪魔になるだけだもんね。しかも、ここには嫌々残ってる貴族がいない。食べ終わるまで帰れないみたいな企画に感じるけど、別にいつ帰っても良い雰囲気もある。辺境伯の信頼できる人達は、みんなこの時間を楽しみにしてたってことなんだよね」  実際、貴族とメイド、料理人が混ざって世間話をしているし、貴族から『この料理、美味いぞ』と言って、メイドに取り分ける姿さえ見受けられる。  また、門番の夕食用にと、オススメ料理をいくつか提案していた貴族達もいて、ビュッフェ台の近くにいたメイド三人と彼らが、それぞれ料理を取り分け、一緒に外に持っていったことも分かった。温かいなぁ。  しばらく食事が続いて、料理が残っていないビュッフェ台は、もぐもぐと口を動かしている数人のメイドによって、乗っていた食器が片付けられ、シーツを剥がされ、次々と会場の端に寄せられていった。朝食で使う分は、シーツだけ剥がされているようだ。  囲碁スペースの碁一式やテーブル、椅子も片付けられ、ダンススペースを含めて、近くの灯りは、すでに消されており、明日まで再点灯もされない。 『祭りのあと』を見せられているのに、不思議なワクワク感があって、何だか面白かった。 「最後のワインでーす! 残り、一、二杯ぐらい。飲まれる方いらっしゃいますかー? 料理はもうありませーん!」  初日にリーディアちゃんと一緒にいたメイドの子が、瓶を高く掲げて声を上げると、酒で少しだけ顔が赤くなったレドリー辺境伯が真っ先に手を挙げた。 「おお!」  周りから歓声が上がった。 「最後、決めてくれたまえ、レドリー卿!」  続けて、エトラスフ伯爵が応援の言葉をかけた。口調や爵位名はともかく、もう普通の飲み会のノリだ。  メイドによって、中身が注がれたワイングラスを右手に渡されたレドリー辺境伯は、それを少し高めに上げた。 「ジャスティ国ジャスティ王に、栄光あれ!」  レドリー辺境伯は大きな声でそう言うと、グラスを一気とまでは行かずに、少し早めのペースで飲み干した。ワイングラスとは言え、結構な量のワイン一気は、流石にやばいからな。  全員からパーティー終了時と同じぐらいの盛大な拍手が起こり、グラスを置いたレドリー辺境伯も拍手していた。  彼は本当に国のことを愛しているんだな。なのに、貴族社会にあまり固執していない。保守と革新を併せ持つ、中道バランス思想だ。 「アーちゃんとカレイドは、ここにいてくれる?」  拍手中、リーディアちゃんが、側にいた二人に、同時に耳打ちした。ディルスとリノスもご令嬢に同じことを言ったようだ。  長い拍手が止むと、メイドの一人が右手を挙げて、案内の声を上げた。この子も初日にリーディアちゃんと一緒にいたメイドだ。 「お帰りの方は、玄関前に張り出している到着馬車の一覧をご確認くださーい! 馬車が未到着の方は、玄関前ホールでお寛ぎくださーい! 宿泊の方も同様に、玄関前ホールにお集まりくださーい! 爵位と爵位名順にお部屋にご案内いたしまーす!」  その間に、ユニオニル一家が会場の扉の前まで移動し、一列に横に並んで見送りの準備を整えていた。また、会場外には長テーブルと、その上には、おそらくお土産の袋が人数分用意してあり、近くのメイドから帰り際に渡されるようだ。この気配り度合いから察するに、宿泊者は明日受け取ることもできるだろう。  エトラスフ伯爵やウィルズも、カレイドに改めて別れの挨拶を済ませ、列に並んだ。エトラスフ伯爵はここに宿泊するついでに、明日、レドリー辺境伯と打ち合わせをするそうだ。  しばらく眺めていると、見送られる貴族列の進みが遅かった。素晴らしい主催者に対して、たとえ過去に何度参加していても、心からのお礼をたくさん言いたいからだ。おそらく、この列の順番も爵位と爵位名順に、自主的に並んでいるのだろうが、後ろの人達がイライラしている様子は、もちろんない。ただ、まだ少し時間がかかりそうだ。  そんなことを考えていると、ご令嬢二人が綺麗な金髪を揺らしながら、アースリーちゃんに近づいてきた。 「リーディアさん、お話しよろしいでしょうか?」  ご令嬢の一人がアースリーちゃんに声をかけた。空気を察したカレイドが三人から離れていった。ご令嬢が何か指示やお願いをしたわけでも、怖い顔をしていたわけでもなかったが、他の人の耳には、あまり入れない方が良いと、カレイド自身が考えたようだ。 「あ、はい」  アースリーちゃんが、そのままでも綺麗な姿勢を、より正すような仕草をして返事をした。 「先程は簡単な挨拶のみでしたが、パーティーが終わった今、真剣にお聞きしたいことがあります。ディルス様、リノス様のことをどのように思っているか、お聞かせ願えないでしょうか。  私達姉妹は、このパーティーを通じて、お二人のことをそれぞれ本気でお慕いするようになりました。お二人だけではありません。ユニオニル家を素晴らしい家族、愛すべき家族だとも思いました。  しかし、アースリーさんはその家族から、すでに大きな愛を受けていると感じました。しかも、出会って間もないと言うではありませんか。  ですが、その気持ちも分かるのです。カレイドさんももちろんですが、あなたほど魅力的な女性を、私は見たことがありません。聡明で美しいと名高いお姉様方も敵わない。ダンスも素晴らしかった。私達を含めた参加者全員が、男女年齢問わず、完全にあなたの魅力に落ちてしまったのです。  大変不敬かもしれませんが……あなたの前では、私達のお義兄様となる予定の殿下方でさえ容易に落ち、あなたの一言で我が国を思いのままにすることだって可能でしょう。もちろん、あなたがそんなことをするとは、微塵も思っておりません。それほどあなたは素晴らしいという意味です。  そんなあなたが、仮にディルス様、リノス様をお慕いしているとすれば、お恥ずかしい話ですが、私達に勝ち目はありません。もしかすると、私達を臆病者、諦めが早すぎると叱咤する者もいるかもしれません。しかし、それはあなたの存在を知らないから言えることです。  是非、あなたの気持ちをお聞かせいただき、私達の人生の分岐点を、そしてその先を照らしていただけないでしょうか」 「よろしくお願いします!」  真っ直ぐな瞳をしながら、ご令嬢姉妹、いや、公爵令嬢姉妹はアースリーちゃんに頭を下げた。まるで、アースリーちゃんが王族以上の存在として扱われているようだ。  パーティーでの様々な会話から、二人が公爵令嬢であることは分かっていた。理路整然と、しかし、心のこもった話をしていたのが、三女のアリサちゃんで、明るく元気がある方が四女のサリサちゃんだ。  サリサちゃんは、姉を立てて、できるだけ会話の流れを切らないように、今は一言しか喋らなかったが、パーティー中は積極的にリノスに話しかけて、楽しい会話をしていた印象がある。ちなみに、長女と次女は、ジャスティ国第一王子、第二王子とすでに婚約しているようだ。お姉様方は美しいということだったが、二人もかなりの美人だと思う。サリサちゃんの方は、若干かわいい寄りかもしれないが。  二人の言いたいことは、つまり、斬るならバッサリ斬ってくれ、余計な希望を抱かせずに、この場で恋を諦めさせてくれ、ということだ。 「わわっ、頭を上げてください! それに関しては、全てを申し上げられませんが……今日、お会いして分かったことがあるんです。ディルスさんとリノスさんが、『とても優しい負けず嫌い』だということです。  そして、お二人ともご理解の通り、女性の魅力を引き出すことができる。その前提で一言だけ、私の気持ちとどうすれば良いのかをお伝えします。 『私は何もしないので、私に魅力で勝ってみてください』  どういう意味かは、お二人なら分かるはずです。もし、意味を一つに決められずに悩むのであれば、今日の参加者に、どういうパーティーだったか感想を聞いてもいいかもしれません。行動するのであれば、できるだけ急いでくださいね。お二人、別々の方が良いです」  遠回しな物言いに、謎解き要素があって面白いな。アースリーちゃんは俺達一筋なので、気持ちは決まっているのだが、それを明らかにすると、ディルスとリノスを少しでも傷付けることになるかもしれない。  だから、彼らの方がアリサちゃんとサリサちゃんを選択する必要があるのだが、このままでは選択しない、できない、あるいは妥協の選択になってしまう可能性もある。  そこで、彼らの情報を与えた上で、彼女達に発破をかけた。辺境伯が主催者用式次第で煽ったように、アースリーちゃんが彼女達にしたように、彼らに発破をかけた場合、『とても優しい負けず嫌い』だったらどうするだろうか。  アースリーちゃんは、内容についてのヒントもくれた。俺の感想はすでに述べてある。彼女達に言及している部分に限れば、『ユニオニル家のダンスは流石だ。これまでのダンスに勝るとも劣らない。これなら、ご令嬢達も満足だろう』だ。ユニオニル家のダンスのことだけを言っているのではない。  そう、彼女達の魅力が十分に引き出されれば、『勝るとも劣らない』のだ。俺だけじゃなく、参加者の誰もが思っていただろう。感想を聞かれ、会話相手を褒める部分があれば、普通はそこに言及する。だとすれば、必ず引き出せるワードだし、おそらく、パーティー中に、その言葉をすでに聞いているはずだ。  彼らがアースリーちゃんと踊った時は、それまでの流れを利用したこともあって、力が抑えられていた可能性はある。しかし、アースリーちゃんが彼女達と同じように魅力を引き出してほしいと頼まないのであれば、つまり、『何もしない』のであれば、『魅力で勝てる』のだ。  これらを繋げると、彼女達はディルスとリノスに、それぞれ二人きりになった時に、『ダンス以外の日常で、私の魅力を引き出して、アースリーさん以上にすることができますか? それとも、ダンスだけですか? 流石のあなたもできませんよね』と煽るべき、それがこの先の道標、というのがアースリーちゃんの言葉の意味だ。  しかも、急いでくださいとのことなので、今日中にそれを言わなければならないが、言えば、彼らは『負けず嫌い』なので、今日以降の日常でも魅力を引き出そうとする。『とても優しい』ので、頼みを断らないし、アースリーちゃんさえ傷付けないで、実現させるだろう。  そうなれば、自然に恋人関係になれるし、アースリーちゃんよりも魅力的になった彼女達を選択するはずだ。あとは、婚約の既成事実を作ってしまえばいい。そのために、彼らへの失礼を承知で、あえて勝ち負けの話にしたのだ。  もちろん、本気を出したアースリーちゃんであれば、彼女の武器が魅力だけじゃなく、相手の心に寄り添う話術も持っていることから、既成事実状態でも簡単に奪い取ることができるだろうが、そんなことは絶対にしない。  実はもう一つ、アースリーちゃんの言葉には、目的があるんじゃないかとも思った。発破をかけることで、彼女達自身が、『とても優しい負けず嫌い』になると、彼らとより良い関係を築けるのではないか、ということだ。似た者同士になるし、この場合は反発しないで、お互いに高め合うことができるはずだ。  正直、これらを全て導くのは骨が折れるが、これまでの会話で、この二人なら可能だという信頼がアースリーちゃんにはあったのだろう。 「なる……ほど…………でも……本当に?」 「お姉様……お分かりになりましたか? 私は……まだぼんやりとしか……」  考え込んで独り言を呟いているアリサちゃんに、サリサちゃんが声をかけるも反応は薄い。ぼんやりと分かるだけでもすごいよ。  俺もなぜ理解できたのか分からない。俺達とアースリーちゃんの関係を知っているかどうかで、難易度が変わるからだろうか。  三秒ほど経過してから、アリサちゃんが思い出したかのように一瞬振り返り、見送りの列を確認した。全員が扉を出るまで、まだ三分ぐらいはかかりそうだ。 「アースリーさん、失礼とは存じますが、ほんの少し時間をください。サリサと考えをすり合わせます」  アースリーちゃんの承諾に、二人は後ろを向いて相談を始めた。ヒソヒソと話をしているが、俺達には内容が聞こえてきた。  基本的には、アリサちゃんの考えに対して、サリサちゃんが同意し、不足箇所や疑問があればサリサちゃんから指摘するという、俺とゆうのような感じで話を進めていた。お互い想い合っていて、仲が良さそうに見えた。  二分ほど経過し、最終的に二人はアースリーちゃんの言葉の意味をちゃんと理解できたようだ。  二人が向き直ると、アリサちゃんが笑顔で話し始めた。 「アースリーさん、お気持ちをお聞かせいただき、ありがとうございました。それに、このようにお話ししてみて、本当に素晴らしいお方だと改めて感じました。いえ、今はライバルと言った方が良いのでしょうか。しかし、それでもあなたとは家族のような関係になりたいとも思っています。良い報告ができるよう、頑張りますね」 「カレイドさん、お気遣い、ありがとうございます!」  サリサちゃんの感謝の言葉を聞いたカレイドが、アースリーちゃんの所に戻ってきた。 「実りあるお話しができたようで何よりです。あ、そろそろみたいです」  カレイドの言葉通り、残された俺達以外の参加者が扉の外に出たことを確認したユニオニル一家が、彼女達に近づいてきた。 「アリサ様、私達のパーティー、いかがでしたか? 二次会も含めて、よろしければご意見をお聞かせください」  まずは、ディルスがアリサちゃんにパーティーの感想を求めた。 「本当に素晴らしかったです。皆様だけでなく、ご信頼の参加者の方々のお人柄もよく表れていて、特にダンスタイムのラストシーンは一生忘れません。  また、二次会を通じて、皆様のお考えや理想の形もよく分かりました。とても楽しい未来を容易に想像でき、微力ではありますが、お手伝いしたいとも思いました。参加する度に一生忘れなかったり、未来を想像していたら、それだけで厚めの脳内絵日記ができてしまいそうですね。  皆様と、そして、このパーティーへの参加を勧めてくださった陛下とお父様に、改めて心からの感謝を申し上げたいです。ありがとうございました」 「大変、恐縮です。こちらこそ、お忙しい中、ご参加ありがとうございました。私もアリサ様と長く過ごした今日という日を一生忘れないでしょう」 「サリサ様はいかがでしたか?」  次は、リノスからサリサちゃんだ。 「リノス様! 次回も是非、ご招待ください! まるで夢のような一時でした……。それでもまだ、皆様の優しさが、私達の中に流れ込んできていて、いつも以上に気持ちが昂ぶり、笑顔になってしまいます。この気持ちを忘れないように、日々を過ごして参ります。  本日は、ありがとうございました。それと……そうですね、もし改善点を挙げるとするなら……家に帰りたくなくなってしまうことです! リノス様、どうにかしてください!」 「あははは! 最上級のお褒めのお言葉、ありがとうございます。さらに帰りたくなくなるよう、検討いたします」 「アーちゃん、どうだった? 私達のパーティーと二次会……って、私は久しぶりだけどね。でも、前から思ってたけど、世界一のパーティーとおもてなしだって自負してる」  リーディアちゃんからアースリーちゃん。 「うん、最っっっ高だった! 私、リーちゃんのこと、皆さんのこと、まだまだ知らなかったんだなって思ったけど、それと同時に、この屋敷にいる人、全員のことがもっともっと好きになった。今では、このパーティーの目的が、全員が全員を好きになるためのものなんじゃないかって思えるぐらい。  私は、パーティー自体が初めてだけど、リーちゃんの言う通り、きっと世界一だと思う。だったら、次のパーティーも、もちろん世界一だよね? その場合は、今日のパーティーが世界二位になるのかな? じゃあ、先に言っておくね。世界一のパーティーにご招待いただき、ありがとうございました!」 「アーちゃんが、時々、本質を突いたり、すごく知的な面白いこと言うの大好き! 私もありがとう。心から大切な人達と、このパーティーを無事に終えることができて、本当に嬉しいよ! アーちゃんに倣って、私も先に言うね。世界一を更新し続けるパーティーと、その家族へようこそ!」  ようこそと言って両手を広げたのに、そのままリーディアちゃんの方から我慢できずにアースリーちゃんに抱き付いたのは、面白くもありつつ、感動もした。 「カレイド、聞かせてくれるかな?」  最後に、辺境伯からカレイド。 「私は、感想を述べた皆さんのような、個性的で面白いことは言えません。師匠の言葉をお借りして……と言いたいところですが、ここは私の言葉で申し上げるのが筋であり、『礼儀』だと思います。  私は……このパーティーが終わったら、もうここに来ることはないと、実は最初から強く思っていたのです。だから、住所を誰にも教えていませんでした。しかし、今ではまた来たいと思っている自分がいる。  人の『意志』を簡単に変えてしまったのです。私達を優しさと楽しさで『囲い』、包むことによって……。  ダンスで相手の魅力を引き出す?  とんでもない。最も魅力が引き出され、私達を魅了したのはユニオニル一家と、このパーティーそのものです。  私も皆さんのように『一目置かれる』存在になれるよう、精進したいと思います。本日はご招待いただき、誠にありがとうございました」 「私からもありがとう。君の碁が、私とエトラスフ伯爵を始めとした参加者、ウィルズくん、そしてこのパーティーを救い、『活かし』てくれたんだよ。いくら感謝しても足りない。  そして、素晴らしい『礼』だった。今後、色々な者が君を見習い、君に学びたいと思うだろう。時間がある時ない時、どんな時でも、『一目』でもいいから顔を出してほしいね」  囲碁要素を絡めたカレイドと辺境伯の上手い会話が終わると、夫人が一歩前に出てきた。 「皆さん、ごめんなさいね。個性溢れる魅力的な人達の感想を一人ずつ聞いてみたいって、酔った勢いで言い出して。  でも、皆さんの一言一言が私達の心に染み渡りました。この場でなかったら、全員涙していたことでしょう。それぞれからあった通り、私達の方こそ、皆さんに感謝したいんです。  私達に出会っていただき、誠にありがとうございます。今後も末永く、よろしくお願いいたします。そして、一緒に、『笑顔』の日々を過ごせることを願っています」 『よろしくお願いします!』  夫人の言葉に、みんな感激して、驚くほど一致した返事をしていた。  こういうやり取りまで含めて、非常に素晴らしい会だった。今日だけで、『素晴らしい』という言葉を何回聞いたか分からない。俺もゆうも何度も思った。  この至高の感動を、クリス、イリスちゃん、ユキちゃんにも経験させてあげたい。次は、絶対に全員で参加しよう。 「それでは、アリサ様、サリサ様、私とリノスがそれぞれ、ご宿泊のお部屋にご案内いたします」  ディルスはそう言うと、アリサちゃんの手を、リノスはサリサちゃんの手を取り、扉に向かっていった。 「アーちゃん、私達も部屋に戻ろうか。クリスは戻ってくるまで、もう少しかかりそうなんだよね。ちょっと声かけてから行こうか」  リーディアちゃんがアースリーちゃんと手を繋いで、同じく進んだ。 「こういう時、カレイドが一日限り、そして本当に帰る場所が、実はどこにもないと考えると、少し悲しくなるなぁ」  辺境伯がカレイドの設定を思い出し、しみじみとしていた。自分で生み出した存在だから、余計にそう思っているのだ。設定上は、師匠と一緒に住んでいる家に帰るのだが、生まれ故郷のことを言っているのだろう。 「そう言えば、カレイドは捨てられていた設定ですが、もし彼女が敵国の出身だったらどうしますか? 今回に限らず、他国民が自国に来て、住み着くことは普通にあると思うのですが」  シンシアが、クリスのための例の話を、扉に進みながら切り出した。夫人もその後ろを歩いている。  話の流れからしても、絶妙なタイミングだ。 「ほう……シンシア、すごいな。まさに、カレイドはそういう存在をイメージしていたんだ。少なくとも私の考えとしては、その出身がどうであれ、我が国のために働いたり、忠誠を誓うのであれば、肯定したいと思っている。  ただ、現実的には難しいとも思っている。実際にその者が腹の中で何を考えているか分からないからだ。敵国からの指令があれば、その都度、スパイ活動を行う可能性も高い。国に家族や親戚を人質に取られていて、従わざるを得ない状況になっているからだ。  カレイドのような帰属意識のない純真無垢な者や、私が信頼できる者であれば良いのだが、そのような巡り合わせは中々ないだろうしな。まあしかし、最近の私は幸運だ。短期間に君達のような存在に複数会えたのだから」 「君達、複数というのは、私、アースリー、クリスのことですか?」 「ああ。ここにいない君の友人にも会ってみたい。きっと、信頼できる人達なのだろうな」 「それはもちろんですが、レドリー卿が他者を信用、信頼する瞬間というのはどういう時なのでしょうか。参考までにお聞かせ願えないでしょうか」 「単純だよ。むしろ、『そのまま』と言ってもいいかもしれない。それに、みんな無意識でしていることだ。  お世辞や演技ではなく、本音を言っているかどうか、それに気付いた時。  隠し事は別にあってもいい。そこでその人物を信用して、将来的に我々や我が国のためになるのであれば、信頼する。もちろん、先程言った通り、何を考えているか分からない場合もあるから、難しい。  そういう意味では、覚醒前のウィルズくんのことだって、その言動は信用していた。分かりやすかったからね。信頼に足るかは別の話。しかし、覚醒後の彼は、信頼に足る存在になった。  久しぶりに会う人物は、性格や立場が変わっている場合があるから、その時は信用や信頼をリセットする。実は、ここに来た君についても、ほぼゼロからのスタートだったのだが、アースリーのために私を容赦なく叱咤してくれたことで、信頼感はすぐに頂点に達したよ。単純だろ?」  確かに、辺境伯の言ったことは、当然と言えば当然だし、実にシンプルだ。すると、夫人も話に入ってきた。 「私の場合は、もう一つ。これも当たり前のことです。その人と一緒に、些細な事でも心の底から笑い合えるか、その人の胸の中で思い切り泣けるか。  アースリーは、もちろん初対面の瞬間に信頼できましたが、クリスやあなたは、最初の印象や記憶とは、随分変わって、今ではかけがえのない存在になりました。  特にクリスは、この数日で大きく変わった。あなた達の影響力は本当に凄まじい。とても嬉しいことです。何度も聞いたと思いますが、この人の言葉を、今使うべきでしょうね。  あなた達は、我が家のみならず、我が国の至宝です。どうか、自分自身も大事にしてください」 「ありがとうございます。『お互い』、大事にしましょう」  シンシアの短い返事には、色々な思いが詰まっていただろう。素直な感情と愛が込められた夫人の言葉は、俺達の胸にも染み渡った。みんなが、もう家族なのだ。  ただ、俺達自身は、辺境伯や夫人と直接会っていないし、話してもいない。しかし、何だか俺達も二人の言うその家族に入れてくれているのではないか、という願望にも似た錯覚を起こす。  いつか、本当のことを話す日が来るだろう。その時、二人は俺達を家族と認めるだろうか。人間ではない異形の俺達を……。  いや、この二人ならきっと大丈夫だと信じて、やるべきことをやろう。



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俺達と女の子達がパーティーに一部参加して囲碁とダンスの魅力と女の子の秘密を認知する話(3/5)

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 アースリーちゃん、リーディアちゃんは、今回は二人だけで、あるいは家族とだけでダンスを踊ると決めていたようなので、他の男性貴族から誘われても、それを理由に全て断っていた。  また、シンシアは踊れるが、カレイドとしては、設定の通り、ダンスを踊れないので、やはり断っていた。他の人達は、演奏隊の曲に合わせて、すでに踊り始めている。 「アーちゃん、行きましょうか」 「うん」  手を繋いだ二人は、リーディアちゃんの先導で中央付近まで進み、タイミングの良いところで踊り始めた。  基本的なリードはリーディアちゃんだが、時折、役目を交代してバランス良く踊っている。短期間の練習にもかかわらず、俺はアースリーちゃんの吸収力と応用力に感心した。  このダンスによって、お互いの魅力を存分に引き出していることが分かる。リーディアちゃんの大胆な動きと、アースリーちゃんの落ち着いた動き、そして、リーディアちゃんの緩急により、アースリーちゃんの胸が大きく揺れ、さらに強調されるポーズを取らせる。  リードを交代しても、終始そのスタイルは一貫しており、二人の華麗な上半身の動き、アイソレーションと、息の合ったステップに、一息ついた周囲も足を止めるほどだった。  リーディアちゃんは主催者側なので、どんな曲が演奏され、どんなアレンジがされるかも熟知している。公開されている式次第には、定番の曲名とアレンジスタイルしか書いていないとのことだ。  一曲目はノーマル、二曲目はアレンジ、そして別の曲へ、曲間はスムーズに繋げられ、長めに演奏されるため、相手を交代する時間もある。その繰り返しだ。アドリブに自信がない人は、それぞれの二曲目で二の足を踏むだろう。  二人の練習では、それを念頭に置いていたので、全ての曲について、アースリーちゃんも自信を持って踊れるというわけだ。主催者有利なのは、招待客も全員理解しているらしい。  リーディアちゃんの狙いは二曲目。さらに二人に視線を集め、観客をアースリーちゃんの虜にし、彼女がどんなパーティーにも招待され、受け入れられやすくする作戦だ。  すでに二曲目に入っていて、曲間でも二人は踊り続けていた。少しアップテンポなアレンジがされているため、二人の動きもそれに合わせて激しめだ。当然、観客はアースリーちゃんに釘付けになる。長男や次男も、迎えに行ったご令嬢とは違う女性とダンスを踊っていて、素人の俺が見てもかなり上手いのだが、魅力という点で、やはりアースリーちゃん達には敵わない。  おそらく、ご令嬢とは最後の方に踊るのだろうが、このままでは逆に兄達の方が見劣りしてしまうのではないか、という不安を拭いきれなかった。リーディアちゃんが彼らの実力を信じている通り、本当に挽回できるのだろうか。  俺も観客になってそう考えていると、二曲目が終わりそうになっていた。リーディアちゃんとアースリーちゃんは、曲の締めでバッチリ決めていた。  そして、それを見ていた観客達によって、曲間の演奏は続いているにもかかわらず、大きな拍手が起こった。俺も拍手を送りたい。  彼女達は、その拍手に応えると、曲に合わせてゆっくりとしたダンスを踊りながら、次男リノスの方へ近づいていった。リーディアちゃんとリノスが、お互いに目で合図をすると、リノスもまた、ダンスを踊りながら、相手と自然に離れ、スムーズにリーディアちゃんと交代して、アースリーちゃんの手を取った。  リーディアちゃんはそのまま一人でステップを踏みながら、レドリー辺境伯と夫人の場所に戻っていく。主催者用式次第にも書いてあったが、実際に見ると非常に面白い演出だ。  実は、場合によっては、その交代が行われない可能性もあった。長男と次男が、リーディアちゃん以上にアースリーちゃんの魅力を引き出せる自信がなければ、交代しなくていい、とその式次第には書いてあったのだ。  煽りとも解釈できる一文と、彼女達の想像以上のダンスに、彼らのやる気にスイッチが入ったようだ。 「アースリーさん、基本的に一曲目の感じでステップを踏んでください。僕のコピーでかまいません。ただ、動きは大きく、ゆったりと。表情は、僕を赤ん坊のように見る感じで。あとは、僕がリードします」  アースリーちゃんへのリノスのディレクションが聞こえた。聴力が高い俺達には聞こえたが、周囲には聞こえていない声量だ。表情の指示までするとは流石だな。その指示で、表現したいことは分かった。  そして、その通りに進んでいる。  彼とアースリーちゃんのダンスに、しばらく見惚れてしまった。 「これは……すごいな。どうやって実現しているか分からない。あの指示だけで、これほど表現できるとは想像できなかった。まさに聖母のダンスだ」  俺は思わず声に出していた。それにゆうも反応した。 「しかも、赤ん坊なんてとんでもないよ。リノスが彼女を守る騎士……ううん、恋人のようにも見える。勇敢で頼もしくて、そして、お互いの優しさが溢れているような感じ」 「上手いとか言うレベルじゃないな。これは、リーディアちゃんが言っていたことも納得できる。別のベクトルでアースリーちゃんの魅力を引き出し、リーディアちゃんの株を落とさない。そして、自分の存在感もアピールできている。  これを見たご令嬢は、やきもちを焼くかもしれないが、同時に彼のかっこよさも感じられ、さらに自分の魅力も引き出してくれるのではないかという期待感を持つことができる。不安にもなるかもしれないが、そこで安心する決め台詞でも言えば、簡単に落ちるだろう。完璧だ」  斜め上からの角度でさえ、このような感想が出るのだから、ちゃんと横から見れば、もっと感動するんだろうな。  それにしても、彼がアースリーちゃんとカレイドを見て、しばらく固まっていたとは、とても思えない。素晴らしい兄だ。  アレンジ曲も終わって、会場は再度大きな拍手に包まれた。  続いて、次男から長男にバトンタッチ、いや、アースリータッチされた。俺もアースリーちゃんにタッチしたい。 「なんか今、サムいこと考えた?」  ゆうが俺の思考を読んだかのように質問してきた。 「触手らしいことなら考えてた」 「うわぁ……どうせ、バトンタッチならぬアースリータッチだな、とか考えてたんでしょ。きも。」  だから、何で分かるんだよ。絶対、お前も同じこと考えてただろ。 「そんなくだらないこと考えるより、ディルスのリード見てよ」 「リーディアちゃんと同じ感じだな。お、リノスみたいだ。二人のスタイルの複合か?」 「でも、何かおかしくない? それぞれのシーンで、技術は上回ってて、すごいなって思うんだけど、ディルスの表情が全く違うと言うか……。必死な感じを出していて、何か表現してるものが違うと言うか……」 「もう少し見ていたら分かるかもな。ディルスのディレクションはあくまで、これまでの二人と同様に、そして曲調が大きく変わったら、感じた通りに踊ってほしい、ということだったからな。この気になる感じも演出だとしたらすごいな。いや、きっとそうなんだろう」  二人のダンスをしばらく見ていると、徐々に分かってきた気がするものの、まだ全容が見えない。しかし、それぞれのダンスシーンは記憶に残るほど美しい。そこで少し考えて、俺は彼が、いや、『彼ら』がとんでもないことをやろうとしているのを直感した。  その直後、曲調が変わる前に、ディルスが大胆な動きを見せて、まるでこれまで以上にアースリーちゃんにアピールするように、手を離してまで、感情に訴えかけるよう、振る舞った。  そして、曲調が激しめに変わると、ディルスのダンスに呼応するように、アースリーちゃんが大胆な動きを見せた。聖母の印象はそのままに、しかし感情が漏れ出すような、そんなダンスだった。  ここで、全てが繋がり、爽快感が頭を駆け巡った。  つまり、こういうことだ。妹弟によって引き出されたアースリーちゃんの素晴らしい魅力、手が届かないほどの魅力を放つ女性。  では、逆に彼女を自分に惹き付けるにはどうすればいいか。必死にダンスの技術を上げても、往なされてしまう。  しかし、そのアピールを続け、自分の全てを曝け出すことで、感情に訴えかけることで、彼女の心を開くことができ、自分を認めてくれた、というストーリーを作り上げたのだ。リーディアちゃん、リノス、それぞれのダンスと、それを想起させる、それ以上のダンスを記憶に残すことで、あとはキッカケさえあれば、全て各自の脳内で繋げられるよう、曲に合わせたカタルシスまで、ディルスは演出したのだ。  劇やミュージカルなら表現できるかもしれない。だが、全く会話のないダンスでここまで表現できるのは、才能と言うしかない。  もちろん、その意図を汲み取り、対応したアースリーちゃんもすごい。観劇しているわけではないが、感激してしまった。俺が人間だったら、涙していただろう。ユニオニル家に、心から拍手を送りたい。 「あたし、琴ちゃんと何度か舞台を見に行ったことあるけど、ダンスだけでこんなに感動したことないよ。本当に面白い舞台は、同じ内容でも何度見ても飽きないって言うけど、この兄弟妹達のダンスは何度だって見てみたい。最高だよ」 「俺もだよ。これに音響効果や舞台演出が加われば、さらに価値が増すだろうな。そして、本当にすごいのは、参加者全員にそれを理解させたことだ。見直した、どころか尊敬に値するよ。これが商業なら、いくらでも金を払いたいぐらいだ。ダンサー、エンターテイナーとしてのユニオニル家のファンになってしまったな」  ディルスとアースリーちゃんは、最後の締めも綺麗に決めて、一息ついた。もちろん、今まで以上の盛大な拍手が会場を包んだことは言うまでもない。  ディルスはご令嬢の側に、アースリーちゃんはリーディアちゃんの側に戻り、それぞれ労われていた。  興奮冷めやらぬ会場の様子を見ていると、レドリー辺境伯が、碁で負けて落ち込んでいたウィルズに近寄っていた。 「ウィルズくん、カレイドをダンスに誘ってみてはいかがかな?」  レドリー辺境伯の突然の提案に、ウィルズは驚いていた。 「は……はぁ? な、何を言っているのですか! 今の僕に、そんな立場などないでしょう!」 「ふふふ、その言い回しから察するに、満更でもないようだ。私はね、こう思っているのだよ。チェスや碁の勝敗に苦悩する気持ちと、日常の気持ちは別だとね。 『ノーサイド』、これがあらゆる競技の原則だと思う。それに、私はパーティーの主催者だ。誰一人として、悲しい気持ちで閉会を迎えてほしくないんだよ。君の名前がユニオニル家と似ているからということもあるかもしれない。  まあ、この際、好き嫌いは置いておこう。君達が踊ることに価値がある。ダンスをしたことがなく、全ての誘いを断っているカレイドが君の誘いに乗ったら、他の貴族もその意味を理解するだろう。  それに、ダンスでは君の方が上だ。どう誘えばいいかは、今から私が言う台詞をそのまま言えばいい。君だって、落ち込んだまま家に帰るのは嫌だろう?」  レドリー辺境伯の主催者魂に俺は感心した。自分で言うのも何だが、感心してばっかりだな。  俺達はパーティーに馴染みがないから、こういう考えは新鮮だ。おもてなし精神は理解しているが、当事者になったことがないからだろう。 「…………じゃあ、断られたら、レドリー辺境伯のせいですからね」  ウィルズの責任転嫁を、レドリー辺境伯は軽く流し、彼に誘い文句を教えた。  しおらしくなっているウィルズを見ていると、根っから悪い奴ではないのかと思ってしまうが、この先次第だろう。  レドリー辺境伯に耳打ちされたウィルズは、壁沿いに配置されていた椅子から立ち上がり、早速カレイドに近づいていった。思った以上に行動力があるな。 「…………ちょっといいか? あー、その、なんだ……『対局は対局、ノーサイド』、と周囲に知らしめるために、僕達が一緒に踊るというのはどうだろうか……。いや……か、勘違いするなよ! 僕はお前のことなんか何とも思ってないんだからな! 本当だぞ! レドリー辺境伯に頼まれただけだし、僕には婚約者がいるんだからな!」  ちなみに、一言一句、レドリー辺境伯がウィルズに教えた通りだ。  ツンデレキャラを理解している辺境伯、恐るべし。ウィルズも、よく演技できたな。少なくとも、短期記憶力は良さそうだ。  俺達は、カレイドのダンスの負担にならないよう、縮小化して左脚だけに巻き付くようにした。  ウィルズの誘いに、キョトンとしていたカレイドが、少しの間を置いて笑った。 「ふふっ、分かりました。それでは、実践形式での指導ダンスをお願いします」  俺達の縮小化と、ウィルズとレドリー辺境伯がコソコソしているのを見て、ダンスを踊らないというカレイドの設定を破ってもいいと認識した上での返事だろう。改めて、レドリー辺境伯の配慮には驚かされる。これで、ウィルズの株も少しは戻るはずだ。  二人は、次のアレンジ曲が終わるタイミング、最後から一つ前の曲でダンスに参加した。ディルスやリノスも、それぞれご令嬢を連れて参加し、見どころの多いターンとなった。  ユニオニル家のダンスは流石だ。これまでのダンスに勝るとも劣らない。これなら、ご令嬢達も満足だろう。ウィルズも、腐っても貴族だ。ダンスは慣れており、カレイドをちゃんとリードできている。  アースリーちゃんとリーディアちゃんが参加しないのは、兄とご令嬢達を立てるためという理由と、その素晴らしいダンスを観客として観ていたいから、というのが理由だろう。  ノーマル曲、アレンジ曲が終わり、またも盛大な拍手が起こると、その間にレドリー辺境伯がステージに立った。  長い拍手を終え、参加者達は彼に注目する。曲間の演奏は、静かなメロディを奏で続けている。 「楽しい時間は、本当にあっという間ですね。次の曲を以て、本パーティーを締めたいと思います。最後は全員参加で踊ろうではありませんか。もちろん、お一人でもかまいません。  お一人の場合は、これまでの私達のパーティーで、シングルダンスを覚えている方もいるかもしれませんが、私とリーファが一人で踊りますので、男性は私、女性はリーファを囲んで、私達をそれぞれ真似てみてください。初参加の方も、私達を囲んでください。皆様、本日はご参加いただき、ありがとうございました!」  一際大きい声で、締めの挨拶まで済ませたレドリー辺境伯に拍手を送りたいが、すぐに最後の曲が始まった。  レドリー辺境伯が踊りながら、ステージを降り、ダンススペースに向かう。言われた通り、シングルダンスをする男性陣は彼を囲み、女性陣は夫人を囲んだ。  しかし、それぞれの輪はくっついて、大きな輪となっていた。しかも、ダンス相手がいる人達でさえ、ディルスやリノスでさえ、男女で分かれている。  結局、ペアでダンスをする人が、誰一人いなかったのだ。どういうことだ?  レドリー辺境伯主催のパーティーに初参加のウィルズも、カレイドと踊って穏やかだった表情が、戸惑いに変わっていた。ご令嬢達も、二人からざっくりと話は聞いているものの、何が起こるか分からない様子だった。  しかし、その戸惑いが間もなく晴れるだろうことがすぐに分かった。 「うわぁ……そういう方向で『上』を行っちゃうんだ……」  ゆうの言葉を聞き流すほど、俺はダンススペースを凝視していた。  レドリー辺境伯と夫人のそれぞれのダンスを見ていると、自然にその通りに体を動かしたくなる。一人一人の目を見つめたその笑顔で、自分も笑顔になる。決して難しいダンスではない。簡単なダンスだからこそ、男女それぞれのダンスが呼応する。  その場の全員が心の底から楽しくなれるダンスを二人は実現させたのだ。笑顔でない者など誰一人としていなかった。ウィルズ、カレイド、アースリーちゃん、リーディアちゃん、エトラスフ伯爵、ディルス、リノス、ご令嬢達、参加者全員が破顔している。もちろん、レドリー辺境伯と夫人も。  上からの輪の形とその様子から、辺境伯と夫人が、囲碁の活き石の『二眼』のように思えた。『眼』があることで、みんな『活き活き』としているからだ。それも狙っているのだとしたら、とんでもないパーティーだ。  まさか、全てを巻き込んで、リーディアちゃん、リノス、そしてディルスの『上』を行くとは……。『この親にしてこの子あり』ということだったか。魔法が使えないのも納得だ。  最後の曲が最終盤を迎えつつあったが、どういう締め方をするのか、俺達も含めてその場の全員が理解していた。レドリー辺境伯と夫人が、輪の男女の境界部分に、対角線上に加わると、まるで一糸乱れぬように、曲の締めに合わせて、全員が手のひらを上に向け、指を揃えた状態で、両手を前に突き出した。  完全に心が一つになった瞬間を、お互いが認識し、より一層笑顔になると、全員から一斉に、これまでで最大の拍手が起こった。それは一分間、鳴り止むことはなく、全員が最高の満足感を得て、その余韻に浸っていた。 「あたしも感動した! ホントにすごいよ、このパーティー!」 「みんなも最高に感動してるのに、不思議と涙は出ない。言葉にするのは野暮だが、笑顔で終わろうっていう思いが一致してるからなんだよな」  俺達は観ていただけで、こんなに満足しているのに、ダンス参加者の満足感は計り知れない。まあ、ある意味、特等席で観ることができたから、それはそれで良いか。  次は、クリスにも参加してほしいな。彼女達、門番のおかげで、素晴らしいパーティーを無事に終えることができたのだから……。  会場の扉がメイドによって開け放たれてから少し経って、参加者の輪が次第に崩れていった。見ると、ウィルズがレドリー辺境伯に挨拶をしていた。 「レドリー辺境伯、本日はご招待いただき、誠にありがとうございました。また、私の度重なる無礼、誠に申し訳ありませんでした。このような素晴らしいパーティーは見たことがありません。  その……大変お恥ずかしいのを承知で申し上げますが、次回以降もご招待いただけないでしょうか。もちろん、『礼』を学んできます」 「ふふっ、良い顔になったね。私からもよろしく頼むよ」 「ありがとうございます! では、失礼します」 「あー、ちょっと待ってくれ。今の君なら問題ないだろう。他の人に挨拶を済ませても、もう少しここに残っていてくれ」 「は、はい。分かりました」  ウィルズはその場から離れると、エトラスフ伯爵に挨拶へ向かった。同じく謝罪しに行ったのだろう。完全に改心したな。目がキラキラしているのが、ここからでも分かる。  それにしても、レドリー辺境伯が待ってくれとはどういうことだろうか。お土産を渡すとか?  「すごいですね、レドリー辺境伯。碁だけでは、彼をあそこまで改心させられませんでした」  カレイドがレドリー辺境伯に話しかけた。 「私はパーティー主催者として振る舞っただけだよ。本当にすごいのは、エトラスフ伯爵さ。今思えば、碁で大敗したのも、わざとなんじゃないかな。勝てはしなくても、良い勝負はできたと思う。あくまで、自分が特別だと思わせ続けないと、一気に改心させられないと踏んで、一芝居打ったのだろう。あの方は演劇好きで、演技好きだからね。パーティーの演出も、父の代から彼に見習った部分が大きい」  エトラスフ伯爵が食わせ者だったのか。衝撃の事実だ。なるほど、だから本人も芝居がかったところがあったのか。『一芝居打つ同士』なのに俺もゆうも分からなかった。 「そうだったんですか。ご興味も含めて、想像もしていませんでした」 「それはそうと……カレイド、君も当然残っていてほしい」  レドリー辺境伯が、ウィルズと同じことをカレイドにも伝えた。  そうは言うものの、もう解散の時間だというのに、誰一人、帰ろうとしていない。他の貴族に謝罪回りをしていたウィルズが、とうとうカレイドの所にも来た。 「最後になってすまない。こういう場合は、貴族優先なのを理解してほしい。改めて、君に非礼を詫びたい。申し訳ない」 「いえ。レドリー辺境伯もおっしゃっていましたが、本当に見違えましたね。棋士の顔になりました」 「また対局してくれるだろうか。その時に棋士として間違っているところがあれば、遠慮なく言ってほしい」 「いつかどこかで会えれば、ですかね。私はレドリー辺境伯にさえ、自分の居場所を言っていませんから」 「金はいくらでも出す! ……という貴族の決まり文句は無意味だろうな。それこそ、『失礼』だろう。そうか……残念だ。いや、落ち込んでいては、せっかくの素晴らしいパーティーを汚すことになってしまうな。笑顔で別れよう。次に会えるのを楽しみにしているよ」  ウィルズが別の場所で待機するつもりでその場を離れようとした時、レドリー辺境伯がステージに上がるのが見えた。 「皆様、これからのここでの時間は何があっても責任を持ちません。口外してもいけません。そして、場合によっては即退場もあります。その上で、残っていると見てよろしいですね?」 「イエス!」  初参加者以外の、メイドを含めた全員が、レドリー辺境伯の問いに答えた。何だ? デスゲームでも始まるのか?  「それでは……残りの食事と飲み物を全て会場に! 全員集合だ! ここにあるのは、食料と敬意のみ! 食料を失えば全員解散、敬意を失えば退場即帰宅! 私でさえ退場する、逃れられない絶対遵守のルール! 全てを喰らい尽くせ!」 「イエス! イエス! イエェェス‼」  初参加者以外の、メイドを含めた全員が、右手を天に掲げて応えた。その声と共に、会場にはメイドと調理場の料理人によって、食料が大量に持ち込まれ、ビュッフェ台に所狭しと次々に置かれた。  帽子を被っていた料理人達は、その帽子をその辺にあった椅子に置いて、自分で料理を取り分けて食べ始めた。メイド達や演奏隊も腹が減っていたのか、遠慮なく食べている。それに混ざった参加者の貴族達も、彼ら彼女らを労ってから、もぐもぐと食べ始めた。 「ふふっ、そういうことですか。それでは、棋士としての『礼』についてだけ、食べながら教えましょうか? 食べながらでは、日常の『礼』を教えても説得力がないので」  カレイドが笑いながら、ウィルズに話しかけた。 「よろしく頼む! あははは! 本当にとんでもなく最高のパーティーだな!」  二人は笑顔で会話しながら、食料を取りに行った。ウィルズは、カレイドの講義を聞きに来たエトラスフ伯爵や他の貴族とも、お互い笑顔でわだかまりなく話せていて、完全に許されているようだ。実際、パーティー後では全てが些細な事のように思えるから不思議だ。 『粋』についても話題に挙がっていた。ディルスやリノスもご令嬢と一緒に食事を楽しんでいる。 「あははは! めっちゃ面白いじゃん。貴族のノリとは思えないよ」 「食べ終わるまで帰れないみたいな企画か。パーティー中の貴族は、紹介や世間話という名の情報収集に忙しく、品位のためにがっついてもいけない。料理人やメイドは、当然忙しく、豪勢な食事を目の前にしても、つまみ食いするわけにいかない。その両方を解決できる。  どちらかと言うと、裏方のまかないと、片付けの並行作業がメインの目的だろうな。屋敷にこのまま宿泊する人も多いから、全てを片付けてからでは対応が遅くなってしまうし、夜遅くなってから片付けると騒音になってしまう。  翌日の朝食もここで食べるから、朝も片付ける時間がない。朝食を各部屋で対応すると、時間差が生じて手間になるし、料理が冷めてしまう」 「敬意を大事にしてるのは、別の目的、『なぜメイドと一緒に食べなければいけないのか』っていう貴族からの差別をなくすためだよね。『君達が頑張ってくれたおかげで良いパーティーになった』と思ってもらうためでもある。  この場合、高すぎる品位は邪魔になるだけだもんね。しかも、ここには嫌々残ってる貴族がいない。食べ終わるまで帰れないみたいな企画に感じるけど、別にいつ帰っても良い雰囲気もある。辺境伯の信頼できる人達は、みんなこの時間を楽しみにしてたってことなんだよね」  実際、貴族とメイド、料理人が混ざって世間話をしているし、貴族から『この料理、美味いぞ』と言って、メイドに取り分ける姿さえ見受けられる。  また、門番の夕食用にと、オススメ料理をいくつか提案していた貴族達もいて、ビュッフェ台の近くにいたメイド三人と彼らが、それぞれ料理を取り分け、一緒に外に持っていったことも分かった。温かいなぁ。  しばらく食事が続いて、料理が残っていないビュッフェ台は、もぐもぐと口を動かしている数人のメイドによって、乗っていた食器が片付けられ、シーツを剥がされ、次々と会場の端に寄せられていった。朝食で使う分は、シーツだけ剥がされているようだ。  囲碁スペースの碁一式やテーブル、椅子も片付けられ、ダンススペースを含めて、近くの灯りは、すでに消されており、明日まで再点灯もされない。 『祭りのあと』を見せられているのに、不思議なワクワク感があって、何だか面白かった。 「最後のワインでーす! 残り、一、二杯ぐらい。飲まれる方いらっしゃいますかー? 料理はもうありませーん!」  初日にリーディアちゃんと一緒にいたメイドの子が、瓶を高く掲げて声を上げると、酒で少しだけ顔が赤くなったレドリー辺境伯が真っ先に手を挙げた。 「おお!」  周りから歓声が上がった。 「最後、決めてくれたまえ、レドリー卿!」  続けて、エトラスフ伯爵が応援の言葉をかけた。口調や爵位名はともかく、もう普通の飲み会のノリだ。  メイドによって、中身が注がれたワイングラスを右手に渡されたレドリー辺境伯は、それを少し高めに上げた。 「ジャスティ国ジャスティ王に、栄光あれ!」  レドリー辺境伯は大きな声でそう言うと、グラスを一気とまでは行かずに、少し早めのペースで飲み干した。ワイングラスとは言え、結構な量のワイン一気は、流石にやばいからな。  全員からパーティー終了時と同じぐらいの盛大な拍手が起こり、グラスを置いたレドリー辺境伯も拍手していた。  彼は本当に国のことを愛しているんだな。なのに、貴族社会にあまり固執していない。保守と革新を併せ持つ、中道バランス思想だ。 「アーちゃんとカレイドは、ここにいてくれる?」  拍手中、リーディアちゃんが、側にいた二人に、同時に耳打ちした。ディルスとリノスもご令嬢に同じことを言ったようだ。  長い拍手が止むと、メイドの一人が右手を挙げて、案内の声を上げた。この子も初日にリーディアちゃんと一緒にいたメイドだ。 「お帰りの方は、玄関前に張り出している到着馬車の一覧をご確認くださーい! 馬車が未到着の方は、玄関前ホールでお寛ぎくださーい! 宿泊の方も同様に、玄関前ホールにお集まりくださーい! 爵位と爵位名順にお部屋にご案内いたしまーす!」  その間に、ユニオニル一家が会場の扉の前まで移動し、一列に横に並んで見送りの準備を整えていた。また、会場外には長テーブルと、その上には、おそらくお土産の袋が人数分用意してあり、近くのメイドから帰り際に渡されるようだ。この気配り度合いから察するに、宿泊者は明日受け取ることもできるだろう。  エトラスフ伯爵やウィルズも、カレイドに改めて別れの挨拶を済ませ、列に並んだ。エトラスフ伯爵はここに宿泊するついでに、明日、レドリー辺境伯と打ち合わせをするそうだ。  しばらく眺めていると、見送られる貴族列の進みが遅かった。素晴らしい主催者に対して、たとえ過去に何度参加していても、心からのお礼をたくさん言いたいからだ。おそらく、この列の順番も爵位と爵位名順に、自主的に並んでいるのだろうが、後ろの人達がイライラしている様子は、もちろんない。ただ、まだ少し時間がかかりそうだ。  そんなことを考えていると、ご令嬢二人が綺麗な金髪を揺らしながら、アースリーちゃんに近づいてきた。 「リーディアさん、お話しよろしいでしょうか?」  ご令嬢の一人がアースリーちゃんに声をかけた。空気を察したカレイドが三人から離れていった。ご令嬢が何か指示やお願いをしたわけでも、怖い顔をしていたわけでもなかったが、他の人の耳には、あまり入れない方が良いと、カレイド自身が考えたようだ。 「あ、はい」  アースリーちゃんが、そのままでも綺麗な姿勢を、より正すような仕草をして返事をした。 「先程は簡単な挨拶のみでしたが、パーティーが終わった今、真剣にお聞きしたいことがあります。ディルス様、リノス様のことをどのように思っているか、お聞かせ願えないでしょうか。  私達姉妹は、このパーティーを通じて、お二人のことをそれぞれ本気でお慕いするようになりました。お二人だけではありません。ユニオニル家を素晴らしい家族、愛すべき家族だとも思いました。  しかし、アースリーさんはその家族から、すでに大きな愛を受けていると感じました。しかも、出会って間もないと言うではありませんか。  ですが、その気持ちも分かるのです。カレイドさんももちろんですが、あなたほど魅力的な女性を、私は見たことがありません。聡明で美しいと名高いお姉様方も敵わない。ダンスも素晴らしかった。私達を含めた参加者全員が、男女年齢問わず、完全にあなたの魅力に落ちてしまったのです。  大変不敬かもしれませんが……あなたの前では、私達のお義兄様となる予定の殿下方でさえ容易に落ち、あなたの一言で我が国を思いのままにすることだって可能でしょう。もちろん、あなたがそんなことをするとは、微塵も思っておりません。それほどあなたは素晴らしいという意味です。  そんなあなたが、仮にディルス様、リノス様をお慕いしているとすれば、お恥ずかしい話ですが、私達に勝ち目はありません。もしかすると、私達を臆病者、諦めが早すぎると叱咤する者もいるかもしれません。しかし、それはあなたの存在を知らないから言えることです。  是非、あなたの気持ちをお聞かせいただき、私達の人生の分岐点を、そしてその先を照らしていただけないでしょうか」 「よろしくお願いします!」  真っ直ぐな瞳をしながら、ご令嬢姉妹、いや、公爵令嬢姉妹はアースリーちゃんに頭を下げた。まるで、アースリーちゃんが王族以上の存在として扱われているようだ。  パーティーでの様々な会話から、二人が公爵令嬢であることは分かっていた。理路整然と、しかし、心のこもった話をしていたのが、三女のアリサちゃんで、明るく元気がある方が四女のサリサちゃんだ。  サリサちゃんは、姉を立てて、できるだけ会話の流れを切らないように、今は一言しか喋らなかったが、パーティー中は積極的にリノスに話しかけて、楽しい会話をしていた印象がある。ちなみに、長女と次女は、ジャスティ国第一王子、第二王子とすでに婚約しているようだ。お姉様方は美しいということだったが、二人もかなりの美人だと思う。サリサちゃんの方は、若干かわいい寄りかもしれないが。  二人の言いたいことは、つまり、斬るならバッサリ斬ってくれ、余計な希望を抱かせずに、この場で恋を諦めさせてくれ、ということだ。 「わわっ、頭を上げてください! それに関しては、全てを申し上げられませんが……今日、お会いして分かったことがあるんです。ディルスさんとリノスさんが、『とても優しい負けず嫌い』だということです。  そして、お二人ともご理解の通り、女性の魅力を引き出すことができる。その前提で一言だけ、私の気持ちとどうすれば良いのかをお伝えします。 『私は何もしないので、私に魅力で勝ってみてください』  どういう意味かは、お二人なら分かるはずです。もし、意味を一つに決められずに悩むのであれば、今日の参加者に、どういうパーティーだったか感想を聞いてもいいかもしれません。行動するのであれば、できるだけ急いでくださいね。お二人、別々の方が良いです」  遠回しな物言いに、謎解き要素があって面白いな。アースリーちゃんは俺達一筋なので、気持ちは決まっているのだが、それを明らかにすると、ディルスとリノスを少しでも傷付けることになるかもしれない。  だから、彼らの方がアリサちゃんとサリサちゃんを選択する必要があるのだが、このままでは選択しない、できない、あるいは妥協の選択になってしまう可能性もある。  そこで、彼らの情報を与えた上で、彼女達に発破をかけた。辺境伯が主催者用式次第で煽ったように、アースリーちゃんが彼女達にしたように、彼らに発破をかけた場合、『とても優しい負けず嫌い』だったらどうするだろうか。  アースリーちゃんは、内容についてのヒントもくれた。俺の感想はすでに述べてある。彼女達に言及している部分に限れば、『ユニオニル家のダンスは流石だ。これまでのダンスに勝るとも劣らない。これなら、ご令嬢達も満足だろう』だ。ユニオニル家のダンスのことだけを言っているのではない。  そう、彼女達の魅力が十分に引き出されれば、『勝るとも劣らない』のだ。俺だけじゃなく、参加者の誰もが思っていただろう。感想を聞かれ、会話相手を褒める部分があれば、普通はそこに言及する。だとすれば、必ず引き出せるワードだし、おそらく、パーティー中に、その言葉をすでに聞いているはずだ。  彼らがアースリーちゃんと踊った時は、それまでの流れを利用したこともあって、力が抑えられていた可能性はある。しかし、アースリーちゃんが彼女達と同じように魅力を引き出してほしいと頼まないのであれば、つまり、『何もしない』のであれば、『魅力で勝てる』のだ。  これらを繋げると、彼女達はディルスとリノスに、それぞれ二人きりになった時に、『ダンス以外の日常で、私の魅力を引き出して、アースリーさん以上にすることができますか? それとも、ダンスだけですか? 流石のあなたもできませんよね』と煽るべき、それがこの先の道標、というのがアースリーちゃんの言葉の意味だ。  しかも、急いでくださいとのことなので、今日中にそれを言わなければならないが、言えば、彼らは『負けず嫌い』なので、今日以降の日常でも魅力を引き出そうとする。『とても優しい』ので、頼みを断らないし、アースリーちゃんさえ傷付けないで、実現させるだろう。  そうなれば、自然に恋人関係になれるし、アースリーちゃんよりも魅力的になった彼女達を選択するはずだ。あとは、婚約の既成事実を作ってしまえばいい。そのために、彼らへの失礼を承知で、あえて勝ち負けの話にしたのだ。  もちろん、本気を出したアースリーちゃんであれば、彼女の武器が魅力だけじゃなく、相手の心に寄り添う話術も持っていることから、既成事実状態でも簡単に奪い取ることができるだろうが、そんなことは絶対にしない。  実はもう一つ、アースリーちゃんの言葉には、目的があるんじゃないかとも思った。発破をかけることで、彼女達自身が、『とても優しい負けず嫌い』になると、彼らとより良い関係を築けるのではないか、ということだ。似た者同士になるし、この場合は反発しないで、お互いに高め合うことができるはずだ。  正直、これらを全て導くのは骨が折れるが、これまでの会話で、この二人なら可能だという信頼がアースリーちゃんにはあったのだろう。 「なる……ほど…………でも……本当に?」 「お姉様……お分かりになりましたか? 私は……まだぼんやりとしか……」  考え込んで独り言を呟いているアリサちゃんに、サリサちゃんが声をかけるも反応は薄い。ぼんやりと分かるだけでもすごいよ。  俺もなぜ理解できたのか分からない。俺達とアースリーちゃんの関係を知っているかどうかで、難易度が変わるからだろうか。  三秒ほど経過してから、アリサちゃんが思い出したかのように一瞬振り返り、見送りの列を確認した。全員が扉を出るまで、まだ三分ぐらいはかかりそうだ。 「アースリーさん、失礼とは存じますが、ほんの少し時間をください。サリサと考えをすり合わせます」  アースリーちゃんの承諾に、二人は後ろを向いて相談を始めた。ヒソヒソと話をしているが、俺達には内容が聞こえてきた。  基本的には、アリサちゃんの考えに対して、サリサちゃんが同意し、不足箇所や疑問があればサリサちゃんから指摘するという、俺とゆうのような感じで話を進めていた。お互い想い合っていて、仲が良さそうに見えた。  二分ほど経過し、最終的に二人はアースリーちゃんの言葉の意味をちゃんと理解できたようだ。  二人が向き直ると、アリサちゃんが笑顔で話し始めた。 「アースリーさん、お気持ちをお聞かせいただき、ありがとうございました。それに、このようにお話ししてみて、本当に素晴らしいお方だと改めて感じました。いえ、今はライバルと言った方が良いのでしょうか。しかし、それでもあなたとは家族のような関係になりたいとも思っています。良い報告ができるよう、頑張りますね」 「カレイドさん、お気遣い、ありがとうございます!」  サリサちゃんの感謝の言葉を聞いたカレイドが、アースリーちゃんの所に戻ってきた。 「実りあるお話しができたようで何よりです。あ、そろそろみたいです」  カレイドの言葉通り、残された俺達以外の参加者が扉の外に出たことを確認したユニオニル一家が、彼女達に近づいてきた。 「アリサ様、私達のパーティー、いかがでしたか? 二次会も含めて、よろしければご意見をお聞かせください」  まずは、ディルスがアリサちゃんにパーティーの感想を求めた。 「本当に素晴らしかったです。皆様だけでなく、ご信頼の参加者の方々のお人柄もよく表れていて、特にダンスタイムのラストシーンは一生忘れません。  また、二次会を通じて、皆様のお考えや理想の形もよく分かりました。とても楽しい未来を容易に想像でき、微力ではありますが、お手伝いしたいとも思いました。参加する度に一生忘れなかったり、未来を想像していたら、それだけで厚めの脳内絵日記ができてしまいそうですね。  皆様と、そして、このパーティーへの参加を勧めてくださった陛下とお父様に、改めて心からの感謝を申し上げたいです。ありがとうございました」 「大変、恐縮です。こちらこそ、お忙しい中、ご参加ありがとうございました。私もアリサ様と長く過ごした今日という日を一生忘れないでしょう」 「サリサ様はいかがでしたか?」  次は、リノスからサリサちゃんだ。 「リノス様! 次回も是非、ご招待ください! まるで夢のような一時でした……。それでもまだ、皆様の優しさが、私達の中に流れ込んできていて、いつも以上に気持ちが昂ぶり、笑顔になってしまいます。この気持ちを忘れないように、日々を過ごして参ります。  本日は、ありがとうございました。それと……そうですね、もし改善点を挙げるとするなら……家に帰りたくなくなってしまうことです! リノス様、どうにかしてください!」 「あははは! 最上級のお褒めのお言葉、ありがとうございます。さらに帰りたくなくなるよう、検討いたします」 「アーちゃん、どうだった? 私達のパーティーと二次会……って、私は久しぶりだけどね。でも、前から思ってたけど、世界一のパーティーとおもてなしだって自負してる」  リーディアちゃんからアースリーちゃん。 「うん、最っっっ高だった! 私、リーちゃんのこと、皆さんのこと、まだまだ知らなかったんだなって思ったけど、それと同時に、この屋敷にいる人、全員のことがもっともっと好きになった。今では、このパーティーの目的が、全員が全員を好きになるためのものなんじゃないかって思えるぐらい。  私は、パーティー自体が初めてだけど、リーちゃんの言う通り、きっと世界一だと思う。だったら、次のパーティーも、もちろん世界一だよね? その場合は、今日のパーティーが世界二位になるのかな? じゃあ、先に言っておくね。世界一のパーティーにご招待いただき、ありがとうございました!」 「アーちゃんが、時々、本質を突いたり、すごく知的な面白いこと言うの大好き! 私もありがとう。心から大切な人達と、このパーティーを無事に終えることができて、本当に嬉しいよ! アーちゃんに倣って、私も先に言うね。世界一を更新し続けるパーティーと、その家族へようこそ!」  ようこそと言って両手を広げたのに、そのままリーディアちゃんの方から我慢できずにアースリーちゃんに抱き付いたのは、面白くもありつつ、感動もした。 「カレイド、聞かせてくれるかな?」  最後に、辺境伯からカレイド。 「私は、感想を述べた皆さんのような、個性的で面白いことは言えません。師匠の言葉をお借りして……と言いたいところですが、ここは私の言葉で申し上げるのが筋であり、『礼儀』だと思います。  私は……このパーティーが終わったら、もうここに来ることはないと、実は最初から強く思っていたのです。だから、住所を誰にも教えていませんでした。しかし、今ではまた来たいと思っている自分がいる。  人の『意志』を簡単に変えてしまったのです。私達を優しさと楽しさで『囲い』、包むことによって……。  ダンスで相手の魅力を引き出す?  とんでもない。最も魅力が引き出され、私達を魅了したのはユニオニル一家と、このパーティーそのものです。  私も皆さんのように『一目置かれる』存在になれるよう、精進したいと思います。本日はご招待いただき、誠にありがとうございました」 「私からもありがとう。君の碁が、私とエトラスフ伯爵を始めとした参加者、ウィルズくん、そしてこのパーティーを救い、『活かし』てくれたんだよ。いくら感謝しても足りない。  そして、素晴らしい『礼』だった。今後、色々な者が君を見習い、君に学びたいと思うだろう。時間がある時ない時、どんな時でも、『一目』でもいいから顔を出してほしいね」  囲碁要素を絡めたカレイドと辺境伯の上手い会話が終わると、夫人が一歩前に出てきた。 「皆さん、ごめんなさいね。個性溢れる魅力的な人達の感想を一人ずつ聞いてみたいって、酔った勢いで言い出して。  でも、皆さんの一言一言が私達の心に染み渡りました。この場でなかったら、全員涙していたことでしょう。それぞれからあった通り、私達の方こそ、皆さんに感謝したいんです。  私達に出会っていただき、誠にありがとうございます。今後も末永く、よろしくお願いいたします。そして、一緒に、『笑顔』の日々を過ごせることを願っています」 『よろしくお願いします!』  夫人の言葉に、みんな感激して、驚くほど一致した返事をしていた。  こういうやり取りまで含めて、非常に素晴らしい会だった。今日だけで、『素晴らしい』という言葉を何回聞いたか分からない。俺もゆうも何度も思った。  この至高の感動を、クリス、イリスちゃん、ユキちゃんにも経験させてあげたい。次は、絶対に全員で参加しよう。 「それでは、アリサ様、サリサ様、私とリノスがそれぞれ、ご宿泊のお部屋にご案内いたします」  ディルスはそう言うと、アリサちゃんの手を、リノスはサリサちゃんの手を取り、扉に向かっていった。 「アーちゃん、私達も部屋に戻ろうか。クリスは戻ってくるまで、もう少しかかりそうなんだよね。ちょっと声かけてから行こうか」  リーディアちゃんがアースリーちゃんと手を繋いで、同じく進んだ。 「こういう時、カレイドが一日限り、そして本当に帰る場所が、実はどこにもないと考えると、少し悲しくなるなぁ」  辺境伯がカレイドの設定を思い出し、しみじみとしていた。自分で生み出した存在だから、余計にそう思っているのだ。設定上は、師匠と一緒に住んでいる家に帰るのだが、生まれ故郷のことを言っているのだろう。 「そう言えば、カレイドは捨てられていた設定ですが、もし彼女が敵国の出身だったらどうしますか? 今回に限らず、他国民が自国に来て、住み着くことは普通にあると思うのですが」  シンシアが、クリスのための例の話を、扉に進みながら切り出した。夫人もその後ろを歩いている。  話の流れからしても、絶妙なタイミングだ。 「ほう……シンシア、すごいな。まさに、カレイドはそういう存在をイメージしていたんだ。少なくとも私の考えとしては、その出身がどうであれ、我が国のために働いたり、忠誠を誓うのであれば、肯定したいと思っている。  ただ、現実的には難しいとも思っている。実際にその者が腹の中で何を考えているか分からないからだ。敵国からの指令があれば、その都度、スパイ活動を行う可能性も高い。国に家族や親戚を人質に取られていて、従わざるを得ない状況になっているからだ。  カレイドのような帰属意識のない純真無垢な者や、私が信頼できる者であれば良いのだが、そのような巡り合わせは中々ないだろうしな。まあしかし、最近の私は幸運だ。短期間に君達のような存在に複数会えたのだから」 「君達、複数というのは、私、アースリー、クリスのことですか?」 「ああ。ここにいない君の友人にも会ってみたい。きっと、信頼できる人達なのだろうな」 「それはもちろんですが、レドリー卿が他者を信用、信頼する瞬間というのはどういう時なのでしょうか。参考までにお聞かせ願えないでしょうか」 「単純だよ。むしろ、『そのまま』と言ってもいいかもしれない。それに、みんな無意識でしていることだ。  お世辞や演技ではなく、本音を言っているかどうか、それに気付いた時。  隠し事は別にあってもいい。そこでその人物を信用して、将来的に我々や我が国のためになるのであれば、信頼する。もちろん、先程言った通り、何を考えているか分からない場合もあるから、難しい。  そういう意味では、覚醒前のウィルズくんのことだって、その言動は信用していた。分かりやすかったからね。信頼に足るかは別の話。しかし、覚醒後の彼は、信頼に足る存在になった。  久しぶりに会う人物は、性格や立場が変わっている場合があるから、その時は信用や信頼をリセットする。実は、ここに来た君についても、ほぼゼロからのスタートだったのだが、アースリーのために私を容赦なく叱咤してくれたことで、信頼感はすぐに頂点に達したよ。単純だろ?」  確かに、辺境伯の言ったことは、当然と言えば当然だし、実にシンプルだ。すると、夫人も話に入ってきた。 「私の場合は、もう一つ。これも当たり前のことです。その人と一緒に、些細な事でも心の底から笑い合えるか、その人の胸の中で思い切り泣けるか。  アースリーは、もちろん初対面の瞬間に信頼できましたが、クリスやあなたは、最初の印象や記憶とは、随分変わって、今ではかけがえのない存在になりました。  特にクリスは、この数日で大きく変わった。あなた達の影響力は本当に凄まじい。とても嬉しいことです。何度も聞いたと思いますが、この人の言葉を、今使うべきでしょうね。  あなた達は、我が家のみならず、我が国の至宝です。どうか、自分自身も大事にしてください」 「ありがとうございます。『お互い』、大事にしましょう」  シンシアの短い返事には、色々な思いが詰まっていただろう。素直な感情と愛が込められた夫人の言葉は、俺達の胸にも染み渡った。みんなが、もう家族なのだ。  ただ、俺達自身は、辺境伯や夫人と直接会っていないし、話してもいない。しかし、何だか俺達も二人の言うその家族に入れてくれているのではないか、という願望にも似た錯覚を起こす。  いつか、本当のことを話す日が来るだろう。その時、二人は俺達を家族と認めるだろうか。人間ではない異形の俺達を……。  いや、この二人ならきっと大丈夫だと信じて、やるべきことをやろう。



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