俺達と女の子達が情報共有して下半身不随の女の子を救済する話(2/2)

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 ユキちゃんの家の前、イリスちゃんは身だしなみを確認してから、ドアをノックした。  イリスちゃんとは、家の裏側で合流し、俺達はすでに彼女の太腿に巻き付いている。 「イリスです。お夕飯前にすみません。ユキお姉ちゃんとちょっとお話ししたいことがあって来ました」  ドアが開き、俺達からは見えないが、ユキちゃんの母親らしき人が出てきたようだ。イリスちゃんによると、父親は今は別の村で仕事をしていて、帰ってくるのはもう少し先だそうだ。 「あら、イリスちゃん。ちょっと待っててね」 「はーい」  イリスちゃんは脳内で正確に秒数を刻んでいる。隠れられる場所まで間に合わないようなら、何らかの策を講じて、合図してくれるだろう。念のため、俺の方でも考えているつもりだ。 「どうぞー。イリスちゃんは大蛇のこと怖くなかった?」  ユキちゃんの確認を取ってきた母親が、イリスちゃんを案内し、部屋までのほんの少しの間、世間話を始めた。 「はい、怖くありませんでした。ユキお姉ちゃんは怖がってましたか?」 「全然。退治されたって話を聞いた時も、『へー、そうなんだ』って」  母親と俺達大蛇に関する軽い話をしていると、すぐにユキちゃんの部屋に着いたので、ノックして俺達は入室した。母親は夕飯の支度に戻ったようだ。  なるほど、二人で話すためだけでなく、母親に一瞬でも俺達を見られないようにするための両方の理由で夕飯前に来たのか。流石だ。 「イリスちゃん、どうしたの? 急に話したいことがあるなんて……」 「ごめんなさい、ユキお姉ちゃん。大蛇さんのことをどうしても話しておきたくて……。あまり大きな声で言えないから、そっち行っていい?」  訝しむユキちゃんに、イリスちゃんは謝罪後、声のトーンを落として話しだした。 「うん。それじゃあ、近くで話そうか」  ユキちゃんがイリスちゃんをベッドに誘い、そこで話すことになった。これもイリスちゃんの作戦だ。自然過ぎて怖いくらいだ。  俺達は、ユキちゃんから見えないように、イリスちゃんの脚に沿って下り、ベッドの下に潜り込んだ。ここなら、五メートルに戻っても十分隠れられる。  俺達はユキちゃんにバレないように、ベッド下から顔を出して様子を伺った。 「あのね、実は本物の大蛇さんは退治されてないの。本物の大蛇さんは、良い大蛇さんで、女の子が夜に見たら幸せになれるって噂を聞いて、ユキお姉ちゃんに伝えたいって思ったんだー」  イリスちゃんは、女の子達に触れ回った内容をそのままユキちゃんに話した。 「へー、そうなんだ……」  ユキちゃんの表情は暗く、あまり興味がなさそうな様子だった。 「お姉ちゃん、そこの召喚魔法の本に大蛇さんを召喚する魔法って載ってない? そしたらすぐに見られるよ」  イリスちゃんがベッド横の台の上にある本を取ろうと右手を伸ばした。 「ダメ‼」  ユキちゃんが大きい声で左手を伸ばし、イリスちゃんを制止させた。  イリスちゃんは、その声にビクッとして手を引っ込めた。ドアの向こうには聞こえなかったようだ。 「あ……ごめん……。ちょっとその本、古くなってバラバラになりそうだったから……」  ユキちゃんは、イリスちゃんから少しでも遠ざけるように両手で本をずらした。 「う、うん……。私の方こそごめんなさい。それじゃあ、私は帰るね」  イリスちゃんがユキちゃんに背を向けた。 「イリスちゃん、待って! ……ごめんなさい。気を悪くしないで。イリスちゃんには……たとえ私がどんな状態になっても、ずっと笑っていてほしい。イリスちゃんのこと大好きだから……そのことはこれからも忘れないで……ほしい」 「私もユキお姉ちゃんのこと大好きだよ! だから……お姉ちゃんにも笑っていてほしい!」  イリスちゃんはユキちゃんに再度近づき、笑顔で両手を強く握った。 「ありがとう、イリスちゃん。ごめんね、暗い顔してて。そうだよね。笑顔でお別れしないとね。イリスちゃん、バイバイ」 「うん! ユキお姉ちゃん、またね!」  二人は両手を離し、ユキちゃんが改めてイリスちゃんに手を振って別れ、部屋ではユキちゃん一人になった。イリスちゃんは、家の裏側に戻ってきて、あらかじめ増やしておいた俺達と合流した。 「ユキお姉ちゃん、やっぱり元気なかった。これまでなら、大蛇の話をした時に『へー、そうなんだ』じゃなくて、『ありがとう、イリスちゃん。大事な話を聞かせてくれて』みたいなことを必ず言ってたのに。話の内容にツッコミどころもあったから、そこを掘り下げたりもしたはず。  それと、もう一つ。私が召喚魔法本に手を伸ばしたのは、それを見たかったからじゃなくて、その下に敷かれてた紙を見たかったから。あの反応だと、あの紙を使って何かするはず。触手さんには言わなくても分かるだろうから、ユキお姉ちゃんが行動次第、触手さんも動いてほしい」  俺は、家に入る前にイリスちゃんが壁に立て掛けて置いていた黒板に『Y』と書いた。 「それじゃあ、夜のまた同じ時間に。詳細は明日、アースリーお姉ちゃんと一緒の時に聞くから、その時に結果が分かっていたら、簡単にだけ教えてね」  俺達はイリスちゃんと別れ、時を待つことにした。  ユキちゃんの家裏の触手は消したから、現在の触手の配置状態は、アースリーちゃんの部屋に一本、イリスちゃんへの報告用で森に一本、ユキちゃんの部屋のベッド下に一本ある。隙を見て、ユキちゃんの部屋の天井にもう一本配置する予定だ。もし、必要な時が来れば、アースリーちゃんの所にある触手以外を全て使うことになるだろう。 「お母さん、疲れたからもう眠るね。トイレは大丈夫だから。今日もありがとう、愛してる」 「あら、どうしたの急に。どういたしまして。私も愛してる。おやすみなさい」  夕飯後、ユキちゃんは母親に早めの就寝の挨拶をした。時間は夜七時頃、随分早い。  イリスちゃんと話していた内容を母親から聞かれていたが、ユキちゃんは大蛇退治のことを詳しく聞いただけということに留めていた。  母親が部屋の灯りを消すと、ベッド横の蝋燭だけが残り、周囲には暗闇が舞い降りた。  部屋の窓は村の家々とは反対側にあり、日除けの外窓も閉め切られているので一切の光が入ってこない。  母親が食器を持って退室したことを確認して、俺達は増やした触手を、音を立てずにユキちゃんの死角から部屋の隅をぐるっと回って天井へ移動させた。 「ごめんね、お母さん」  移動中、耳に入れたくない悲しい独り言が聞こえた。俺達に緊張が走る。  やはり今夜、決行するようだ。イリスちゃんにも、まるで今生の別れのような言葉を告げていたし、最後に『またね』とも言わなかった。  母親へも『寝る』ではなく『眠る』だった。細かいことだが、嘘をつきたくないのだろう。そして、別れの言葉も言わずに、一生の別れになるのが嫌だった。  イリスちゃんとも喧嘩別れのようにしたくなかったから、わざわざ引き止めて、それまで元気がなかったのにもかかわらず、しっかりと真っ直ぐな言葉を伝えた。優しい子だ。 「あたし、アースリーちゃんの時も思ったけど、こんなにかわいい子のこんなに悲しい姿は見たくないって思う反面、だからこそ、すごく助けてあげたいって思う。  もし、この場面を見てなかったら、単なるレベルアップの作業になっちゃったかもしれない。そう思うのも、あの常識を捨てるルールに従ってるからなのか、触手になって本当に人間性を失いつつあるからなのか、それとも、人間だった頃もそう思ってたのかな……。  仮に、ユキちゃんの性格が酷かったり、かわいくなかったりしたらどう思ってるんだろう。ちょっとずれるけど、『ヒロインが美少女じゃなかったら成り立ってないよね』って作品とかあるじゃない? あるいは、『いじめっ子や殺人鬼が平気で善の主人公側にいる』『こんな悪い奴は助ける必要ない』とかって叩かれる作品もある。  でも、あたしはそれに同意しちゃうんだよね。ヒロインは美少女でいてほしいし、いじめっ子や殺人鬼は死んでほしいし、悪い奴も助けてほしくない。そうでなければ、作者の価値観や倫理観を疑うほど。当然その時点でもう見ない。これは触手とか関係なくて、ずっと前からそう思ってた。お兄ちゃんはどう思ってる?」 「考えとしては俺も同じさ。ただ、前提として、俺達は聖人ではないし、救うこと自体を仕事としている医者や弁護士でもないし、尊敬されたいと思っているわけでもない。  もし、ユキちゃんがイリスちゃんの知らない裏の顔を持っていて、嫌な奴だということが分かったら、俺ならイリスちゃんとの約束を破ってでも、すぐにこの場から去ってるさ。  でも、ゆうは優しいから、たとえユキちゃんが嫌な奴だったとしても、仕事でもないのにイリスちゃんとの約束を果たし、結果だけは残そうとした。悩むのも無理はない。優しい人ほどそう思ってしまうんだろうな。  結局、『それ』でいいんだよ。悩んでもいい、ただ、その沼に溺れてはいけない。レベルアップ作業と思ってもいい、助けたくないと思ってもいいのさ。ゆう、お前はルール決めの時に、『あたし達の能力で、理不尽な目に遭ってる人を幸せにするとかさ。偽善で傲慢かもしれないけど。でも、どうせ自己満足でしょ?』と言った。まさに、『これ』なんだよ。  相手が嫌な奴だったら、理不尽ではなく自業自得で因果応報だし、かわいくなかったら偽善で傲慢に断ってもいい。それが自己満足だろ?  いいじゃないか、別に酷い奴だと思われたって。そのこと自体は、誰にも損はさせてないんだから。まあ、仮に批判する奴がいたら、そっちの方がよっぽど酷いと俺は思うけどね。そういう時は批判するんじゃなくて、黙って見てるか離れるのが正解だ。俺達は作品じゃないんだから」 「うん……。ありがとう、お兄ちゃん」  鬱の人の側にいる人も鬱になりやすいらしいが、ゆうはそのような影響を受けていないはずだ。たとえそうだとしても、まずは自分優先で物事を考えることが先決だ。自分まで鬱になっては元も子もないからだ。  ゆうが自分の言葉を忘れたわけではない。ただ、不安になったのだ。俺は自分の思想や信念について、以前から何度も自問自答し、それこそ深いレベルでシミュレーションを繰り返していたから、あのような回答ができるのであって、その信念に至ってまだ日が浅いゆうが、少しでも疑念を抱くのは当然のことだ。その信念が正しいか間違っているかは問題ではない。自分で納得できるかどうかだ。  今回は、ゆうがすぐに悩みを吐露してくれたからいいが、事故に遭ってからの俺達のように抱え込む人もいるだろう。やはり、そのような時は解決策など関係なく誰かに話すことが重要だと実感した。  解決策が自分で分かっている場合もあるし、存在しない場合もある。しかし、抱え込んだ荷物が少しは軽くなる。できれば感情的にならずに冷静に話すのが良い。  そして、相手が自分のために話を聞いてくれたことにちゃんと感謝すること。その相手は敵ではないのだから。そうでなければ、せっかく軽くしようとしていた荷物が、さらに重くなってしまう。  ユキちゃんは完全に抱え込むタイプだ。家族にもイリスちゃんにも、悩みの内容を話すどころか、悩んでいることさえ気取られないようにして、自ら精神状態を悪化させた。  アースリーちゃんは家族には悩みを話していたが、協力者と解決策を望むタイプだったため、その両方が得られないと分かり、急激に状態が悪化した。  もしこれが、日常生活における精神疾患ではなく、イリスちゃんが挙げた可能性の一つ、呪いだとしたら、こんな理不尽は許せない。俺達なら、そのいずれであっても、彼女を元気にすることができる。俺達が動かない理由は一つもない。 「ナイフの場合は、手に持つ瞬間に飛びかかる。あとはアースリーちゃんの時と同様だ。ただ、今回はその可能性は低い。  おそらく、召喚魔法を使って悪魔を呼び、血の契約をするつもりだ。本に書いてあったとは考えにくい。なぜなら、それができてしまうと、この世界が悪魔だらけで、望みを叶えた人間ばかりになっているはずだからだ。  だとすれば、ユキちゃんは悪魔召喚魔法を自作したことになる。モンスター召喚魔法をベースに、自分の情報と魔力の媒介として血液を与え、優れた知能と絶大な魔力を持つ改造モンスターを悪魔として召喚し、生誕の褒美として願いを叶えてもらう。その願いには、この世界の人々に手を出さないことが含まれているとは思うが、上手く行くかどうかは俺達には分からない。  いずれにしても、魔法発動に必要なのが、あの隠そうとした紙だが、これまでの彼女の言動や態度を鑑みるに、成功することを確信している様子だ。魔法発動には呪文の詠唱が絶対に必要だから、その時に俺が飛びかかる合図をする。お互いの役割は同じだ。  詠唱の失敗によって起こるリスクも考慮すると、詠唱を始める瞬間になると思う」 「分かった。それにしても、自作魔法って……。ここにも天才がいるの?」 「イリスちゃんが言及していないことから、少なくとも彼女のような天才ではないと思うが、魔法研究の天才かもしれないな。その天才でも実現できない魔法があるから、悪魔召喚に至るわけだ」  そのユキちゃんはと言うと、ベッドで上半身を起こしたまま、ずっと自分の足の方を見て動いていない。アースリーちゃんの時のように、恐怖で震えていたりもしない。ただ、じっと見ている。  そして、その状態のまま、三十分経過した。その間、俺達もただ見守っているだけだったが、ユキちゃんが突然泣き出した。 「なんで……なんで動かないの⁉ 私の……私の足なのに……!」  彼女はこの三十分の間、ずっと足を動かそうとしていたのだ。しかし、ピクリとも動いてはいなかった。  彼女は下半身不随だった。一日中ベッドにいて、イリスちゃんと話していた時も今と同じ状態、夕飯も部屋で母親と一緒に食べていた。その際は、食べやすいように配置された食事のお盆を太腿に乗せ、スープは零さないようにベッド横の台の上に置かれていた。  机と椅子が部屋の隅にあったが、母親はベッド近くの床に小テーブルを置き、その上に自分の食事を置いて、正座して食べていた。  イリスちゃんによると、トイレは座式タイプで、両親のどちらかが外まで彼女を背負っていくらしい。湯浴みも同様だ。力がいるので父親が家にいるのが理想だが、今回の仕事はどうしても外せなかったとのことだ。  彼女がそうなったのは五年前。それまでは、毎日のように探検と称して外に出る活発な女の子だった。  十二歳になってもその性格は変わらず、村人からも元気キャラとして人気があった。特に事故に遭ったわけでもない。  しかし、朝起きたら両足が一切動かなかった。他に異常は全くなく、少しの痛みさえない。ということは、脊椎を損傷したわけでも、脳梗塞になったわけでもないようだ。完全に謎の病だ。  彼女は回復魔法を使えるので、それを試したこともあるが、全く効かなかったらしい。ゆうに言った通り、おそらく自作回復魔法でさえ効かなかった。  この様子だと、自作できるようになったのは最近。これまで魔法の研究を続けてきたが、打つ手なしの現状に絶望したのだろう。優しい子だから、これ以上両親に迷惑をかけたくないと思ってしまったのだろう。たとえ両親がそう思っていなかったとしても……。アースリーちゃんの時と同じだ。他者の考えを勝手に悪い方へ推し量ってしまう。  悪魔への願いは、足を治してほしい、それができなければ殺してほしい、といったところだろう。万が一、召喚にさえ失敗したなら、ナイフか攻撃魔法で自殺。  一縷の望みにかけたが、悪魔の絶大な魔力を持ってしても、できない可能性が高いから別れの挨拶をした。  なぜ神や天使のような存在を召喚しないかは分からないが、すでに試して失敗したか、恐れ多いか、逆に期待していないか、彼女の負の感情の方が強いからかのどれかだろう。  そして、この三十分間は彼女にとっての最後のチャンスだった。 「…………」  ユキちゃんは、本の下から徐ろに例の紙を引っ張り出した。  そこには、魔法陣のようなものが書かれていた。二重円の中に五芒星があり、その二重円の間には英語ではない文章で呪文が書かれていた。五芒星の各スペースにも文字が書かれている。  俺達の常識通りであれば、悪魔召喚を行う際は五芒星、悪魔の力を一方的に受け入れる場合は逆五芒星だから、悪魔と契約するための召喚で確定だ。  筆跡は綺麗で、どのように書かれたかは分からない。なぜなら、それは全て血で書かれていたからだ。自分を傷付ける魔法で血を流し、その血を細かく操って魔法陣を書き、傷付いた箇所は回復魔法で治した、としか思えないが、魔法を細かく操作できるのであれば、日常生活も足のハンデを感じさせないほどに、便利に魔法を使えるのではないかと思う。彼女がそこに思い至らないはずがない。もちろん、世界条約で禁止されている範疇ではないから問題ない。  魔法を使わない方法で書かれたとすれば、血で書けるような筆記用具や型が見当たらないし、そんなことをすればすぐにバレる。綺麗な魔法陣の記述には、血の操作は必須なのだ。  もしかすると、細かい操作は魔力を大量に消費し、日常生活で使えるほどの魔力量を彼女が持っていないから便利に使えないのだろうか。  魔法陣は少しずつ書いていって、今日完成した。疲れたと言ったのはイリスちゃんと会ったからではなく、昼間に母親が外に少しだけ出ていた時間で魔法陣を書いて、さらに魔法で乾かしていたからで、その疲労状態で本の下に雑に差し入れたために、イリスちゃんが僅かにはみ出ていた紙に気付いた。  もちろん、全て俺の勝手な推察だ。真相を知るには、直接聞いてみるしかないだろう。  ただ、俺の考えが正しければ、今は急いで完成させた魔法陣が正しく描かれているかを確認する時間だ。 「…………」  ユキちゃんが紙を見始めてから五分ほど経った頃、彼女の両手が少し震えだした。すぐさま、彼女はその震えを抑えようと、両手を胸の前で組んで何度も深呼吸した。  その様子は、皮肉にも神に祈っているように見えた。 「…………」  ユキちゃんは、これまでに一番大きい深呼吸を終えると、紙を太腿の上に置き、両手をその上にかざした。  すると、魔法陣にじんわりと光が宿り始めた。それを見て、俺達は天井から彼女の背後の壁に移動を完了させた。散らばった触手も回収済みだ。 「われ……」 「いま!」  俺の合図と共に、俺達は彼女に触手を伸ばした。 「⁉」  例のごとく、ユキちゃんは何が起こったか分からず、何の反応もできていない。この隙に、使える触手四本を総動員して、彼女の体を宙に浮かせながら、服を脱がしにかかる。  彼女は基本的に外に出ることがないので、服はとても簡素なものだった。白いシャツに下着のパンツだけ。今の俺達にかかれば、三秒で全裸にできる。  イリスちゃんが言った通り、ユキちゃんは、めちゃくちゃかわいかった。髪は茶色がかった黒色のボブ、肌は一際白いので、そのコントラストが眩しい。一言で表すと、正統派清楚系病弱美少女だ。  首には紫色の宝石がネックレスとしてぶら下がっていた。顔には病弱キャラの儚さがあるとは言え、なぜかスタイルは良い。脚にもなぜか肉が付いている。普通は筋肉が衰えて細くなるんじゃないのか? 身体だけ見ると、五年もの間、足を動かせなかったとは到底思えない。 「…………ぅ……うぅ……」  ユキちゃんは突然泣き出した。泣き声こそ大きく上げていないものの、両目からは涙が溢れ出している。ゆうがそれらを舐め取るが、収まる気配はない。 「これは悔し涙だな。何をやっても上手く行かないことを嘆いている涙だ」 「大丈夫だよ、ユキちゃん。あたし達が上手くイかせてあげるからね」 「上手いことイうな! おっさんか!」  ゆうへの俺の上手いツッコミを皮切りに、ユキちゃんの全身に俺達の体を這わせる。  それまで、いくらシリアスに語っていても、これからの一連のシーンがそれをぶち壊すのは目に見えているので、飛びかかってからは、俺達はすぐにコミカルに切り替えるのだ。 「ネックレスには触れないでおこう。この状況でも身に着けてるってことは、一番大切な物だと思う。それで首が絞まらないように注意しよう」 「おっけー。涙、収まってきたみたい。あたし達がイリスちゃんの言ってた大蛇さんって気付いたのかな?」  ユキちゃんは、足を動かせない分、上半身で抵抗するしかないが、どうやっても逃げられないので、俺達になすがままにされている。大声で叫ぶこともない。悪魔を召喚しようとしていたことが家族にバレるからだ。  俺は試したいことがあって、彼女の足まで体を伸ばすと、足の裏をペロリと舐めた。 「んっ……!」  ユキちゃんがくすぐったそうに反応した。足の感覚はあるのか。末梢神経の内、感覚神経は麻痺していなくて、運動神経が麻痺しているということか?  「へー、感覚はあるんだ。感覚あるのに動かせないと、その感覚を逃がしたり軽減できないから、普通の人より感度高いんじゃないかな」  ゆうの予想は正しかった。ユキちゃんの顔はすでに紅潮していて、その表情からは失神寸前と言っても過言ではなかった。俺は軽く体を這わせて、少し足裏を舐めただけなのに……。  どうやら、ゆうが胸を含めて、上半身に隈なく体を這わせて、所々を舐めていたらしい。仕事が早すぎるのが問題となる良い例だ。 「ここまで高感度の場合、やり過ぎたり、ペースが早かったりすると幸福感を味わえないかもしれない。少し抑えよう」 「おっけー。」  俺達は、アースリーちゃんの時と同様に、ユキちゃんを空中M字開脚状態にした。そして、動きを抑え、優しくゆっくりとユキちゃんの身体を締め上げた。俺は、太腿の付け根から尻にかけて滴る液体が床に落ちないように舐め取った。この瞬間は、いつも楽しみでもあり、怖くもある。その美味さゆえに、自分が自分でなくなる恐れがあるからだ…………。 「……ちゃん! …………お兄ちゃん! やり過ぎないで!」  案の定、俺は記憶を失っていた。そしていつも通り、どのぐらい失っていたのかも分からない。  そこで俺はようやく、ユキちゃんにむしゃぶりついていたことに気付いた。やり過ぎるなと自分で言ったにもかかわらず、ゆうの声がなかったら、ユキちゃんを失神させていただろう。  一体、何度目のことだ。反省しようにも、どうしようもない。酒を飲んで記憶をなくしたから、程々にしようとかいうレベルではないのだ。これほどまでに、他の女の子と味が違うのかと衝撃も受けた。魔力の有無なのか?  もちろん、味に優劣はないのだが、爽快感があるのにガツンと殴られた気分だ。炭酸飲料のシュワシュワが、その大きさや形を常に変えて、舌から脳に上がってくる感覚だ。  そして、そのシュワシュワ全体が脳で弾けて記憶をなくす。一つ一つの泡はそれぞれ味が異なり、味の濃淡が波として押し寄せてくる。和牛ステーキの肉汁のような濃い味もあれば、サッパリとした野菜スープのような淡い味、出汁の効いた洋食ソースのような中間の味もある。それらが弾けたり弾けなかったりして、味をまた複雑にしている。最高だ。 「最高だ」 「今、二回言わなかった? 脳内と口で」 「なんで分かるんだよ。やっぱり俺の脳内を見ているんだな?」 「やっぱり……きも。」 「それはともかく、声をかけてくれてありがとう。この俺の気絶、何度も繰り返しちゃうんだけど、どうしたらいいと思う? このままだと、ゆうに迷惑をかけるかもしれない。いや、今でもそうか」  俺はゆうに意見を聞いた。これは、俺だけの問題ではないからだ。 「別にいいよ。あたしが声かけるから。前も思ったけど、そういうお兄ちゃんを見るのも面白いから、迷惑じゃないし。その代わり、あたしがそうなったら、迷惑がらずにお兄ちゃんから声かけて」 「分かった。ありがとう。迷惑だと思ったら、その時は言ってくれ」  悩みの重さや相談相手との関係の違いはあるだろうが、おそらくこれが理想の悩み相談だろう。  気絶することは何ら解決していないし、解決できるものでもないが、そのことにより迷惑を被るであろう対象が迷惑でないと完全否定した。それをそのまま受け入れ、感謝することで相談を終える。  その後、迷惑だと思われて、それを言われた時にまた考えればいい。ちゃんと言ってくれるのであれば味方だし、そのことに感謝しよう。相手の優しさに甘えていると思ってしまったのなら、その恩をいつか返そうと思えばいい。  恩が返せないほど大きくなったのなら、一生をかけてその一部でも返せばいい。恩を全て返せないことに悩む必要はない。なんなら、それをまた相談すればいい。  自分から離れていった時は、無理に追わなくていい。  これが俺の考え方だ。特に俺は色々考えてしまう方なので、こう割り切ることにした。割り切り大事。 「はぁ……はぁ……」  ユキちゃんは、俺達がペースを落としてからも、顔を赤らめて、口を開けたまま肩で息をしていた。色白の肌も、すでに薄いピンク色に染まっていた。  ゆうが口を塞いでいたのは、本当に最初だけだった。後はキスをしたり、舌を絡めて離してみたり、胸の触手で舌を大きい螺旋からどんどん小さくしていき、頂点に達しようとする時に、あえて元に戻してみたり、いつもの焦らしプレイをしていた。ユキちゃんの涙は完全に止まったようだ。  俺も気を取り直して、感覚のある脚を太腿からふくらはぎにかけて舐めてみたり、尻に吸い付いたり、足の指の間を舐めたり、一貫性のない動きをしてみた。ユキちゃんは、その全てに違う反応を上半身で返してくれて、面白いと思うと同時に、愛おしくもなった。  この子の気持ちを早く楽にしてあげたい。 「私……もう……」  ユキちゃんは、俺達に話しかけるように、自分の限界を伝えてきた。  その言葉に応えて、まずはゆうが口を塞ぎ、同時に上半身についても、これまでより強めに締め上げた。ユキちゃんの感度なら、意図せずとも大声を上げて暴れてもおかしくないからだ。 「…………」  ユキちゃんが頷いて、さらに微笑んだような気がした。俺達が彼女の言葉の意味を理解して行動したことが嬉しかったのだろうか。 「よし。一気に行こう」  俺の声で、ゆうと俺は全ての触手のギアをトップに上げた。  これまで一貫性のなかった動きは、統率が取れたように、這わせる速度も獲物を狙うかのごとく、各所の舌の動きはどこよりも素早く、ムダ毛が一切ないユキちゃんの白いツルツルの全身を光り輝かせるように、そしてこの一瞬で全てを決めるように、俺達は全力を出した。 「んーーー‼」  俺の宣言通り、ユキちゃんは一瞬で果てた。彼女が上半身をのけ反らせて痙攣すると同時に、噴水に勝るとも劣らない勢いで、俺の口に液体が飛び込んでくる。  この大量摂取は、あらかじめ気絶していなければ、朝まで気絶していたかもしれない美味さだ。  その代わりと言ってはなんだが、ユキちゃんが気絶していた。彼女の全身はまだ痙攣しているようだ……。 「ん? …………足の先も痙攣してないか?」 「あ、ホントだ! これって……希望はあるってこと?」  ユキちゃんの両つま先の親指と、よく見るとふくらはぎが少しだけピクついていた。足全体ではないが、確かに動いている。彼女が自分で動かそうとした時は、つま先でさえ動いていなかった。俺達が体を這わせている時も同様だ。締め上げていても反発を全く感じなかった。 「何とも言えないな。無意識下での痙攣の時だけかもしれない。ユキちゃんが起きたら、もう一度やってみようか」 「あのさ、この痙攣が無意識なものとして、足が動かない方が気持ち良いってことが無意識で分かっちゃったら、逆に全く動かなくならない?」  ゆうの指摘に、俺は自分の事前の考えを優先しすぎていたことに気付いた。反省だな。 「それは十分あり得るな……。うーん……、とりあえず原点に戻るか。考え方は二つ。  一つは、俺達は彼女を元気にすることが目的であって、足を動かせるようにすることではないという考え。  もう一つは、彼女を元気にした上で、足のことまで考えて、初めて幸せにすることに繋がるという考えだ」 「その言い方をしたってことは、当然後者を選ぶでしょ? もし、足が少しも動いていなかったら前者だろうけど、もう知っちゃったからね」 「ふふっ、そうだな。よし! とことん面倒見るか!」 「そうこなくっちゃ! でも、具体的にはどうする?」 「王道で行こう。痙攣時の検証は中止にして、まずは俺達の力で彼女を歩かせる。強制ギプスや歩行補助具としてな。俺達がいれば歩けるんだという希望を持たせる。  次に、自分で一歩を踏ませる勇気を持たせるように、俺達は彼女が倒れないような支えになるだけに留める。歩けるようになるまでこれを繰り返す。不思議なことに筋力が衰えているようには見えないから、少なくともリハビリのような辛さはないはずだ。  如何に無意識から意識に引っ張るか、言い換えれば、如何に脳、脊髄、足を直結させるような希望と手段を持たせるかだ。足先が痙攣していたことも彼女に伝えよう。  それでも歩けるようにならなかったら、少しでも希望を持たせた責任として、触手二本を彼女の足に常駐させる。その分、レベルアップしなければいけないし、朱のクリスタルを探しに行くのが遅くなるが、仕方がない。筋力が維持されていることについてはあとで考える」 「おっけー。」  俺達は、ユキちゃんの体を綺麗にした上で、彼女が起きるのを待った。  すでに、足首から腰まで巻き付き、さらに床に力を加えて彼女の下半身を支えられるように、俺達の体をU字型にして、彼女の足の前後左右に置いた。  足首からつま先がダランと下がった場合は、つま先を口で吸い上げて、体と直角にするよう調整する。  シンプルな幼児用歩行器の、足に絡みついた版と思ってもらえればいい。上半身は彼女が起きるまで、垂直になるよう支えている。 「ぅ……ん…………えっ⁉ これ……って……」  ユキちゃんが気付いたようだ。俺達は、彼女の上半身の支えを離し、足に巻き付いた触手で強制的に右足、左足を交互に前に出させて、部屋の中をぐるりと一周させた。 「わっ……わっ…………す、すごい……私を歩かせてくれてるんだね……ありがとう……ぅ……ぅ……」  彼女は泣いていた。それがどういう涙かは、ハッキリと分からなかった。  俺達は隅にあった机の前で、彼女を立ち止まらせ、机の上にあった黒板にチョークで痙攣時のことを伝えた。砂は部屋が暗くて使えない。ユキちゃんは、俺達が文字を書けることに、それほど驚いていないようだった。完全に人間レベルの意思があると思っているからだろう。 「そ、それ、本当? 本当に……だとしたら……ぅ……ありがとう……教えてくれて……私、頑張るね……!」 『一緒に、頑張ろう』 「……うん! 本当にありがとう! 触手さん!」  ユキちゃんの涙はしばらく止まらなかった。彼女が両手で顔を覆っても、その隙間からどんどん溢れてくる。この涙はハッキリと分かる。希望の涙だ。俺達は安堵した。  ユキちゃんが泣き止んだら、早速、歩行チャレンジだ。  そして、彼女が泣き止むまで五分。彼女が前を向いたことを確認し、最初に右足を前に出させた。そのまま、俺達は動かない。 「左足を前に出せってこと……だよね? 待ってね……んっ! …………あっ……え⁉」  ユキちゃんの左足は、引き摺りながらも徐々に前に出ていった。彼女の驚きの声がドアの向こうに聞こえそうなほど、大きく高くなっていた。 「しょ、触手さん、何もしてないよね……? これ、私が動かしてるんだよね? こんなにあっさり? な、なんで?」  ついに、彼女の左足は体より前に、つまり、自分の力で一歩を踏み出すことができた。  彼女は次に、右足も引き摺りながら前に出した。これで二歩目だ。  ユキちゃん含めて、この場の全員が、歩けた感動よりも戸惑いの方が大きかった。ここまで簡単に足を動かせるようになると、流石にアレの存在を信じざるを得ない。  俺達はもう一度、机の前に彼女を移動させた。 『呪いが解けたのかも。明日、この部屋で天才のイリスちゃんと話してほしい』 「呪い? イリスちゃん? う、うん。とりあえず分かった。もう少し歩いてみていい?」  ユキちゃんにとっては、ついさっきまで疑問に思っていた『どうして歩けるようになったか』よりも、『今、歩けること』の方が嬉しいようだ。  俺達は、彼女が歩き疲れるまで付き合うことにした。途中、足から触手を外して、手の支えだけで歩けるようにもなった。引き摺っていた足をできるだけ高く上げるよう、その場で足踏みの練習もした。 「はあ……はあ……はあ……はあ……」  約三十分後、ユキちゃんがベッドに仰向けで倒れ込み、疲れたように肩で息をしていた。  彼女はまだ不安定ながらも、俺達の支えなしで歩けるようになっていた。歩き方とバランスの取り方を徐々に思い出してきたというべきだろうか。  俺達は、彼女に寄り添うように、彼女の両頬に顔を近づけた。 「夢じゃないんだよね……? ホントに、ホントに、夢じゃないんだよね?」  俺達は、彼女の両頬を舐めた。 「ふふっ……触手さんのおかげだよ…………ぅ……うぅ……ありがとう……何度でも言いたいよ! ありがとう、触手さん! 大好き!」  俺達を抱き締めたユキちゃんの目からは、また涙が溢れてきていた。  彼女は、自分の力で歩いたことをようやく実感したのだ。今日まで、いっぱい涙を流してきたに違いない。  これからは、それ以上の嬉し涙を流せるような幸せを感じてくれたら、俺達も嬉しい。 「あはは、私まだ全裸だったんだ。嬉しすぎて全然気付かなかった。ねえ、触手さん、私が歩けるようになったこと、お母さんにどう説明すればいいかな? 呪いが解けたって言っても、信じてもらえないだろうし。黒板持ってくるね」  ユキちゃんがベッドからゆっくりと立ち上がり、机に向かって手でバランスを取りながら歩き出した。 「え⁉」  突然、俺達の前にチートスキル警告が表示された。内容は『不明』。  そのスキル持ちは……ユキちゃんだった。何度確認しても、ユキちゃんの頭上に『チートスキル:不明』が表示されている。一応、自動で表示されるようで安心したが、今はそれどころではない。 「お兄ちゃん、これどういうこと⁉」 「俺にも分からない。なんで今更……」  今この瞬間にチートスキル持ちになったのか?  それとも、呪いが解かれたことによって、五年前に封印されたスキルが目覚めたか?  自分でベッドから立ち上がって、前に進むことが鍵だった?  チートスキルは『魔法創造』じゃないのか?  単に、警告表示のバグか?  全く分からない。 「とりあえず、今は置いておこう。ユキちゃんなら安全だ。イリスちゃんがいる時に話せばいい」 「わ、分かった。それにしても、ビックリしたー。心臓に悪いわ! 心臓ないけど」  あまりの出来事に、ゆうも触手ジョークを披露せざるを得なかったようだ。 「確かに、俺の肝も冷えた。肝はないけど」 「いや、きも。」  我ながら素晴らしい流れを作れた。 「はい、黒板とチョーク」  俺達が驚きのあまり、肝を冷やすほどの寒い漫才をしてるとも知らずに、ユキちゃんがベッドに戻ってきた。  俺は早速、ユキちゃんの母親にどう説明するべきかを黒板に書いた。 『イリスちゃんから希望の暗示をかけられて、勇気を出して自分でベッドから下りて歩こうとしたらできた、暗示の内容は恥ずかしいから自分からは言えない、ということにしておこう』 「うん、分かった。あの……触手さん、朝まで一緒にいてくれる? 朝起きて、私が歩けるようになったのをお母さんに見せたくて……でも、もし朝になって歩けなくなってたらって思うと、怖いから……」  俺は『Y』と書いた。 「ありがとう、触手さん。あなたに出会えて本当に良かった。本当に幸せにしてくれた……。私の一生をかけて、あなたに尽くしたいです」  ユキちゃんは、まるで王様に忠誠を誓う騎士のような台詞を言った。この世界での告白はプロポーズと同義なのだろうか。 「お兄ちゃん、モテモテすぎない? しかも、めちゃくちゃかわいい子が三人、もし女騎士が仲間になったら四人」 「女冒険者または女剣士、な。俺がモテてるってことは、お前もモテてるってことだぞ。それにしても、この世界の人達は、相手が触手だろうがなんだろうが関係ないのかな。まあ、俺にとっては触手に偏見がない理想の人達だが」 「で、どうすんの? 愛人三人作っちゃったら、その分、城への出発が遅れるんじゃない?」 「イリスちゃんに相談しよう。元々、村に二本残す話だったが、それを振り分けるのか、三本にするのか」  俺達は、これからどうするかを含めてイリスちゃんと相談するようユキちゃんに伝え、彼女が寝るまで見守っていた。  魔法陣の紙は、まだ処分せずに本の下に隠した。  イリスちゃんとアースリーちゃんには、ユキちゃんが歩けるようになったことを伝えると、二人とも、自分のことのように嬉し泣きしていた。イリスちゃんからは、最高の称賛を得た。天才から褒められるのは、何度あっても良いものだ。こうして、色々あった七日目の夜を終えた。



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 ユキちゃんの家の前、イリスちゃんは身だしなみを確認してから、ドアをノックした。  イリスちゃんとは、家の裏側で合流し、俺達はすでに彼女の太腿に巻き付いている。 「イリスです。お夕飯前にすみません。ユキお姉ちゃんとちょっとお話ししたいことがあって来ました」  ドアが開き、俺達からは見えないが、ユキちゃんの母親らしき人が出てきたようだ。イリスちゃんによると、父親は今は別の村で仕事をしていて、帰ってくるのはもう少し先だそうだ。 「あら、イリスちゃん。ちょっと待っててね」 「はーい」  イリスちゃんは脳内で正確に秒数を刻んでいる。隠れられる場所まで間に合わないようなら、何らかの策を講じて、合図してくれるだろう。念のため、俺の方でも考えているつもりだ。 「どうぞー。イリスちゃんは大蛇のこと怖くなかった?」  ユキちゃんの確認を取ってきた母親が、イリスちゃんを案内し、部屋までのほんの少しの間、世間話を始めた。 「はい、怖くありませんでした。ユキお姉ちゃんは怖がってましたか?」 「全然。退治されたって話を聞いた時も、『へー、そうなんだ』って」  母親と俺達大蛇に関する軽い話をしていると、すぐにユキちゃんの部屋に着いたので、ノックして俺達は入室した。母親は夕飯の支度に戻ったようだ。  なるほど、二人で話すためだけでなく、母親に一瞬でも俺達を見られないようにするための両方の理由で夕飯前に来たのか。流石だ。 「イリスちゃん、どうしたの? 急に話したいことがあるなんて……」 「ごめんなさい、ユキお姉ちゃん。大蛇さんのことをどうしても話しておきたくて……。あまり大きな声で言えないから、そっち行っていい?」  訝しむユキちゃんに、イリスちゃんは謝罪後、声のトーンを落として話しだした。 「うん。それじゃあ、近くで話そうか」  ユキちゃんがイリスちゃんをベッドに誘い、そこで話すことになった。これもイリスちゃんの作戦だ。自然過ぎて怖いくらいだ。  俺達は、ユキちゃんから見えないように、イリスちゃんの脚に沿って下り、ベッドの下に潜り込んだ。ここなら、五メートルに戻っても十分隠れられる。  俺達はユキちゃんにバレないように、ベッド下から顔を出して様子を伺った。 「あのね、実は本物の大蛇さんは退治されてないの。本物の大蛇さんは、良い大蛇さんで、女の子が夜に見たら幸せになれるって噂を聞いて、ユキお姉ちゃんに伝えたいって思ったんだー」  イリスちゃんは、女の子達に触れ回った内容をそのままユキちゃんに話した。 「へー、そうなんだ……」  ユキちゃんの表情は暗く、あまり興味がなさそうな様子だった。 「お姉ちゃん、そこの召喚魔法の本に大蛇さんを召喚する魔法って載ってない? そしたらすぐに見られるよ」  イリスちゃんがベッド横の台の上にある本を取ろうと右手を伸ばした。 「ダメ‼」  ユキちゃんが大きい声で左手を伸ばし、イリスちゃんを制止させた。  イリスちゃんは、その声にビクッとして手を引っ込めた。ドアの向こうには聞こえなかったようだ。 「あ……ごめん……。ちょっとその本、古くなってバラバラになりそうだったから……」  ユキちゃんは、イリスちゃんから少しでも遠ざけるように両手で本をずらした。 「う、うん……。私の方こそごめんなさい。それじゃあ、私は帰るね」  イリスちゃんがユキちゃんに背を向けた。 「イリスちゃん、待って! ……ごめんなさい。気を悪くしないで。イリスちゃんには……たとえ私がどんな状態になっても、ずっと笑っていてほしい。イリスちゃんのこと大好きだから……そのことはこれからも忘れないで……ほしい」 「私もユキお姉ちゃんのこと大好きだよ! だから……お姉ちゃんにも笑っていてほしい!」  イリスちゃんはユキちゃんに再度近づき、笑顔で両手を強く握った。 「ありがとう、イリスちゃん。ごめんね、暗い顔してて。そうだよね。笑顔でお別れしないとね。イリスちゃん、バイバイ」 「うん! ユキお姉ちゃん、またね!」  二人は両手を離し、ユキちゃんが改めてイリスちゃんに手を振って別れ、部屋ではユキちゃん一人になった。イリスちゃんは、家の裏側に戻ってきて、あらかじめ増やしておいた俺達と合流した。 「ユキお姉ちゃん、やっぱり元気なかった。これまでなら、大蛇の話をした時に『へー、そうなんだ』じゃなくて、『ありがとう、イリスちゃん。大事な話を聞かせてくれて』みたいなことを必ず言ってたのに。話の内容にツッコミどころもあったから、そこを掘り下げたりもしたはず。  それと、もう一つ。私が召喚魔法本に手を伸ばしたのは、それを見たかったからじゃなくて、その下に敷かれてた紙を見たかったから。あの反応だと、あの紙を使って何かするはず。触手さんには言わなくても分かるだろうから、ユキお姉ちゃんが行動次第、触手さんも動いてほしい」  俺は、家に入る前にイリスちゃんが壁に立て掛けて置いていた黒板に『Y』と書いた。 「それじゃあ、夜のまた同じ時間に。詳細は明日、アースリーお姉ちゃんと一緒の時に聞くから、その時に結果が分かっていたら、簡単にだけ教えてね」  俺達はイリスちゃんと別れ、時を待つことにした。  ユキちゃんの家裏の触手は消したから、現在の触手の配置状態は、アースリーちゃんの部屋に一本、イリスちゃんへの報告用で森に一本、ユキちゃんの部屋のベッド下に一本ある。隙を見て、ユキちゃんの部屋の天井にもう一本配置する予定だ。もし、必要な時が来れば、アースリーちゃんの所にある触手以外を全て使うことになるだろう。 「お母さん、疲れたからもう眠るね。トイレは大丈夫だから。今日もありがとう、愛してる」 「あら、どうしたの急に。どういたしまして。私も愛してる。おやすみなさい」  夕飯後、ユキちゃんは母親に早めの就寝の挨拶をした。時間は夜七時頃、随分早い。  イリスちゃんと話していた内容を母親から聞かれていたが、ユキちゃんは大蛇退治のことを詳しく聞いただけということに留めていた。  母親が部屋の灯りを消すと、ベッド横の蝋燭だけが残り、周囲には暗闇が舞い降りた。  部屋の窓は村の家々とは反対側にあり、日除けの外窓も閉め切られているので一切の光が入ってこない。  母親が食器を持って退室したことを確認して、俺達は増やした触手を、音を立てずにユキちゃんの死角から部屋の隅をぐるっと回って天井へ移動させた。 「ごめんね、お母さん」  移動中、耳に入れたくない悲しい独り言が聞こえた。俺達に緊張が走る。  やはり今夜、決行するようだ。イリスちゃんにも、まるで今生の別れのような言葉を告げていたし、最後に『またね』とも言わなかった。  母親へも『寝る』ではなく『眠る』だった。細かいことだが、嘘をつきたくないのだろう。そして、別れの言葉も言わずに、一生の別れになるのが嫌だった。  イリスちゃんとも喧嘩別れのようにしたくなかったから、わざわざ引き止めて、それまで元気がなかったのにもかかわらず、しっかりと真っ直ぐな言葉を伝えた。優しい子だ。 「あたし、アースリーちゃんの時も思ったけど、こんなにかわいい子のこんなに悲しい姿は見たくないって思う反面、だからこそ、すごく助けてあげたいって思う。  もし、この場面を見てなかったら、単なるレベルアップの作業になっちゃったかもしれない。そう思うのも、あの常識を捨てるルールに従ってるからなのか、触手になって本当に人間性を失いつつあるからなのか、それとも、人間だった頃もそう思ってたのかな……。  仮に、ユキちゃんの性格が酷かったり、かわいくなかったりしたらどう思ってるんだろう。ちょっとずれるけど、『ヒロインが美少女じゃなかったら成り立ってないよね』って作品とかあるじゃない? あるいは、『いじめっ子や殺人鬼が平気で善の主人公側にいる』『こんな悪い奴は助ける必要ない』とかって叩かれる作品もある。  でも、あたしはそれに同意しちゃうんだよね。ヒロインは美少女でいてほしいし、いじめっ子や殺人鬼は死んでほしいし、悪い奴も助けてほしくない。そうでなければ、作者の価値観や倫理観を疑うほど。当然その時点でもう見ない。これは触手とか関係なくて、ずっと前からそう思ってた。お兄ちゃんはどう思ってる?」 「考えとしては俺も同じさ。ただ、前提として、俺達は聖人ではないし、救うこと自体を仕事としている医者や弁護士でもないし、尊敬されたいと思っているわけでもない。  もし、ユキちゃんがイリスちゃんの知らない裏の顔を持っていて、嫌な奴だということが分かったら、俺ならイリスちゃんとの約束を破ってでも、すぐにこの場から去ってるさ。  でも、ゆうは優しいから、たとえユキちゃんが嫌な奴だったとしても、仕事でもないのにイリスちゃんとの約束を果たし、結果だけは残そうとした。悩むのも無理はない。優しい人ほどそう思ってしまうんだろうな。  結局、『それ』でいいんだよ。悩んでもいい、ただ、その沼に溺れてはいけない。レベルアップ作業と思ってもいい、助けたくないと思ってもいいのさ。ゆう、お前はルール決めの時に、『あたし達の能力で、理不尽な目に遭ってる人を幸せにするとかさ。偽善で傲慢かもしれないけど。でも、どうせ自己満足でしょ?』と言った。まさに、『これ』なんだよ。  相手が嫌な奴だったら、理不尽ではなく自業自得で因果応報だし、かわいくなかったら偽善で傲慢に断ってもいい。それが自己満足だろ?  いいじゃないか、別に酷い奴だと思われたって。そのこと自体は、誰にも損はさせてないんだから。まあ、仮に批判する奴がいたら、そっちの方がよっぽど酷いと俺は思うけどね。そういう時は批判するんじゃなくて、黙って見てるか離れるのが正解だ。俺達は作品じゃないんだから」 「うん……。ありがとう、お兄ちゃん」  鬱の人の側にいる人も鬱になりやすいらしいが、ゆうはそのような影響を受けていないはずだ。たとえそうだとしても、まずは自分優先で物事を考えることが先決だ。自分まで鬱になっては元も子もないからだ。  ゆうが自分の言葉を忘れたわけではない。ただ、不安になったのだ。俺は自分の思想や信念について、以前から何度も自問自答し、それこそ深いレベルでシミュレーションを繰り返していたから、あのような回答ができるのであって、その信念に至ってまだ日が浅いゆうが、少しでも疑念を抱くのは当然のことだ。その信念が正しいか間違っているかは問題ではない。自分で納得できるかどうかだ。  今回は、ゆうがすぐに悩みを吐露してくれたからいいが、事故に遭ってからの俺達のように抱え込む人もいるだろう。やはり、そのような時は解決策など関係なく誰かに話すことが重要だと実感した。  解決策が自分で分かっている場合もあるし、存在しない場合もある。しかし、抱え込んだ荷物が少しは軽くなる。できれば感情的にならずに冷静に話すのが良い。  そして、相手が自分のために話を聞いてくれたことにちゃんと感謝すること。その相手は敵ではないのだから。そうでなければ、せっかく軽くしようとしていた荷物が、さらに重くなってしまう。  ユキちゃんは完全に抱え込むタイプだ。家族にもイリスちゃんにも、悩みの内容を話すどころか、悩んでいることさえ気取られないようにして、自ら精神状態を悪化させた。  アースリーちゃんは家族には悩みを話していたが、協力者と解決策を望むタイプだったため、その両方が得られないと分かり、急激に状態が悪化した。  もしこれが、日常生活における精神疾患ではなく、イリスちゃんが挙げた可能性の一つ、呪いだとしたら、こんな理不尽は許せない。俺達なら、そのいずれであっても、彼女を元気にすることができる。俺達が動かない理由は一つもない。 「ナイフの場合は、手に持つ瞬間に飛びかかる。あとはアースリーちゃんの時と同様だ。ただ、今回はその可能性は低い。  おそらく、召喚魔法を使って悪魔を呼び、血の契約をするつもりだ。本に書いてあったとは考えにくい。なぜなら、それができてしまうと、この世界が悪魔だらけで、望みを叶えた人間ばかりになっているはずだからだ。  だとすれば、ユキちゃんは悪魔召喚魔法を自作したことになる。モンスター召喚魔法をベースに、自分の情報と魔力の媒介として血液を与え、優れた知能と絶大な魔力を持つ改造モンスターを悪魔として召喚し、生誕の褒美として願いを叶えてもらう。その願いには、この世界の人々に手を出さないことが含まれているとは思うが、上手く行くかどうかは俺達には分からない。  いずれにしても、魔法発動に必要なのが、あの隠そうとした紙だが、これまでの彼女の言動や態度を鑑みるに、成功することを確信している様子だ。魔法発動には呪文の詠唱が絶対に必要だから、その時に俺が飛びかかる合図をする。お互いの役割は同じだ。  詠唱の失敗によって起こるリスクも考慮すると、詠唱を始める瞬間になると思う」 「分かった。それにしても、自作魔法って……。ここにも天才がいるの?」 「イリスちゃんが言及していないことから、少なくとも彼女のような天才ではないと思うが、魔法研究の天才かもしれないな。その天才でも実現できない魔法があるから、悪魔召喚に至るわけだ」  そのユキちゃんはと言うと、ベッドで上半身を起こしたまま、ずっと自分の足の方を見て動いていない。アースリーちゃんの時のように、恐怖で震えていたりもしない。ただ、じっと見ている。  そして、その状態のまま、三十分経過した。その間、俺達もただ見守っているだけだったが、ユキちゃんが突然泣き出した。 「なんで……なんで動かないの⁉ 私の……私の足なのに……!」  彼女はこの三十分の間、ずっと足を動かそうとしていたのだ。しかし、ピクリとも動いてはいなかった。  彼女は下半身不随だった。一日中ベッドにいて、イリスちゃんと話していた時も今と同じ状態、夕飯も部屋で母親と一緒に食べていた。その際は、食べやすいように配置された食事のお盆を太腿に乗せ、スープは零さないようにベッド横の台の上に置かれていた。  机と椅子が部屋の隅にあったが、母親はベッド近くの床に小テーブルを置き、その上に自分の食事を置いて、正座して食べていた。  イリスちゃんによると、トイレは座式タイプで、両親のどちらかが外まで彼女を背負っていくらしい。湯浴みも同様だ。力がいるので父親が家にいるのが理想だが、今回の仕事はどうしても外せなかったとのことだ。  彼女がそうなったのは五年前。それまでは、毎日のように探検と称して外に出る活発な女の子だった。  十二歳になってもその性格は変わらず、村人からも元気キャラとして人気があった。特に事故に遭ったわけでもない。  しかし、朝起きたら両足が一切動かなかった。他に異常は全くなく、少しの痛みさえない。ということは、脊椎を損傷したわけでも、脳梗塞になったわけでもないようだ。完全に謎の病だ。  彼女は回復魔法を使えるので、それを試したこともあるが、全く効かなかったらしい。ゆうに言った通り、おそらく自作回復魔法でさえ効かなかった。  この様子だと、自作できるようになったのは最近。これまで魔法の研究を続けてきたが、打つ手なしの現状に絶望したのだろう。優しい子だから、これ以上両親に迷惑をかけたくないと思ってしまったのだろう。たとえ両親がそう思っていなかったとしても……。アースリーちゃんの時と同じだ。他者の考えを勝手に悪い方へ推し量ってしまう。  悪魔への願いは、足を治してほしい、それができなければ殺してほしい、といったところだろう。万が一、召喚にさえ失敗したなら、ナイフか攻撃魔法で自殺。  一縷の望みにかけたが、悪魔の絶大な魔力を持ってしても、できない可能性が高いから別れの挨拶をした。  なぜ神や天使のような存在を召喚しないかは分からないが、すでに試して失敗したか、恐れ多いか、逆に期待していないか、彼女の負の感情の方が強いからかのどれかだろう。  そして、この三十分間は彼女にとっての最後のチャンスだった。 「…………」  ユキちゃんは、本の下から徐ろに例の紙を引っ張り出した。  そこには、魔法陣のようなものが書かれていた。二重円の中に五芒星があり、その二重円の間には英語ではない文章で呪文が書かれていた。五芒星の各スペースにも文字が書かれている。  俺達の常識通りであれば、悪魔召喚を行う際は五芒星、悪魔の力を一方的に受け入れる場合は逆五芒星だから、悪魔と契約するための召喚で確定だ。  筆跡は綺麗で、どのように書かれたかは分からない。なぜなら、それは全て血で書かれていたからだ。自分を傷付ける魔法で血を流し、その血を細かく操って魔法陣を書き、傷付いた箇所は回復魔法で治した、としか思えないが、魔法を細かく操作できるのであれば、日常生活も足のハンデを感じさせないほどに、便利に魔法を使えるのではないかと思う。彼女がそこに思い至らないはずがない。もちろん、世界条約で禁止されている範疇ではないから問題ない。  魔法を使わない方法で書かれたとすれば、血で書けるような筆記用具や型が見当たらないし、そんなことをすればすぐにバレる。綺麗な魔法陣の記述には、血の操作は必須なのだ。  もしかすると、細かい操作は魔力を大量に消費し、日常生活で使えるほどの魔力量を彼女が持っていないから便利に使えないのだろうか。  魔法陣は少しずつ書いていって、今日完成した。疲れたと言ったのはイリスちゃんと会ったからではなく、昼間に母親が外に少しだけ出ていた時間で魔法陣を書いて、さらに魔法で乾かしていたからで、その疲労状態で本の下に雑に差し入れたために、イリスちゃんが僅かにはみ出ていた紙に気付いた。  もちろん、全て俺の勝手な推察だ。真相を知るには、直接聞いてみるしかないだろう。  ただ、俺の考えが正しければ、今は急いで完成させた魔法陣が正しく描かれているかを確認する時間だ。 「…………」  ユキちゃんが紙を見始めてから五分ほど経った頃、彼女の両手が少し震えだした。すぐさま、彼女はその震えを抑えようと、両手を胸の前で組んで何度も深呼吸した。  その様子は、皮肉にも神に祈っているように見えた。 「…………」  ユキちゃんは、これまでに一番大きい深呼吸を終えると、紙を太腿の上に置き、両手をその上にかざした。  すると、魔法陣にじんわりと光が宿り始めた。それを見て、俺達は天井から彼女の背後の壁に移動を完了させた。散らばった触手も回収済みだ。 「われ……」 「いま!」  俺の合図と共に、俺達は彼女に触手を伸ばした。 「⁉」  例のごとく、ユキちゃんは何が起こったか分からず、何の反応もできていない。この隙に、使える触手四本を総動員して、彼女の体を宙に浮かせながら、服を脱がしにかかる。  彼女は基本的に外に出ることがないので、服はとても簡素なものだった。白いシャツに下着のパンツだけ。今の俺達にかかれば、三秒で全裸にできる。  イリスちゃんが言った通り、ユキちゃんは、めちゃくちゃかわいかった。髪は茶色がかった黒色のボブ、肌は一際白いので、そのコントラストが眩しい。一言で表すと、正統派清楚系病弱美少女だ。  首には紫色の宝石がネックレスとしてぶら下がっていた。顔には病弱キャラの儚さがあるとは言え、なぜかスタイルは良い。脚にもなぜか肉が付いている。普通は筋肉が衰えて細くなるんじゃないのか? 身体だけ見ると、五年もの間、足を動かせなかったとは到底思えない。 「…………ぅ……うぅ……」  ユキちゃんは突然泣き出した。泣き声こそ大きく上げていないものの、両目からは涙が溢れ出している。ゆうがそれらを舐め取るが、収まる気配はない。 「これは悔し涙だな。何をやっても上手く行かないことを嘆いている涙だ」 「大丈夫だよ、ユキちゃん。あたし達が上手くイかせてあげるからね」 「上手いことイうな! おっさんか!」  ゆうへの俺の上手いツッコミを皮切りに、ユキちゃんの全身に俺達の体を這わせる。  それまで、いくらシリアスに語っていても、これからの一連のシーンがそれをぶち壊すのは目に見えているので、飛びかかってからは、俺達はすぐにコミカルに切り替えるのだ。 「ネックレスには触れないでおこう。この状況でも身に着けてるってことは、一番大切な物だと思う。それで首が絞まらないように注意しよう」 「おっけー。涙、収まってきたみたい。あたし達がイリスちゃんの言ってた大蛇さんって気付いたのかな?」  ユキちゃんは、足を動かせない分、上半身で抵抗するしかないが、どうやっても逃げられないので、俺達になすがままにされている。大声で叫ぶこともない。悪魔を召喚しようとしていたことが家族にバレるからだ。  俺は試したいことがあって、彼女の足まで体を伸ばすと、足の裏をペロリと舐めた。 「んっ……!」  ユキちゃんがくすぐったそうに反応した。足の感覚はあるのか。末梢神経の内、感覚神経は麻痺していなくて、運動神経が麻痺しているということか?  「へー、感覚はあるんだ。感覚あるのに動かせないと、その感覚を逃がしたり軽減できないから、普通の人より感度高いんじゃないかな」  ゆうの予想は正しかった。ユキちゃんの顔はすでに紅潮していて、その表情からは失神寸前と言っても過言ではなかった。俺は軽く体を這わせて、少し足裏を舐めただけなのに……。  どうやら、ゆうが胸を含めて、上半身に隈なく体を這わせて、所々を舐めていたらしい。仕事が早すぎるのが問題となる良い例だ。 「ここまで高感度の場合、やり過ぎたり、ペースが早かったりすると幸福感を味わえないかもしれない。少し抑えよう」 「おっけー。」  俺達は、アースリーちゃんの時と同様に、ユキちゃんを空中M字開脚状態にした。そして、動きを抑え、優しくゆっくりとユキちゃんの身体を締め上げた。俺は、太腿の付け根から尻にかけて滴る液体が床に落ちないように舐め取った。この瞬間は、いつも楽しみでもあり、怖くもある。その美味さゆえに、自分が自分でなくなる恐れがあるからだ…………。 「……ちゃん! …………お兄ちゃん! やり過ぎないで!」  案の定、俺は記憶を失っていた。そしていつも通り、どのぐらい失っていたのかも分からない。  そこで俺はようやく、ユキちゃんにむしゃぶりついていたことに気付いた。やり過ぎるなと自分で言ったにもかかわらず、ゆうの声がなかったら、ユキちゃんを失神させていただろう。  一体、何度目のことだ。反省しようにも、どうしようもない。酒を飲んで記憶をなくしたから、程々にしようとかいうレベルではないのだ。これほどまでに、他の女の子と味が違うのかと衝撃も受けた。魔力の有無なのか?  もちろん、味に優劣はないのだが、爽快感があるのにガツンと殴られた気分だ。炭酸飲料のシュワシュワが、その大きさや形を常に変えて、舌から脳に上がってくる感覚だ。  そして、そのシュワシュワ全体が脳で弾けて記憶をなくす。一つ一つの泡はそれぞれ味が異なり、味の濃淡が波として押し寄せてくる。和牛ステーキの肉汁のような濃い味もあれば、サッパリとした野菜スープのような淡い味、出汁の効いた洋食ソースのような中間の味もある。それらが弾けたり弾けなかったりして、味をまた複雑にしている。最高だ。 「最高だ」 「今、二回言わなかった? 脳内と口で」 「なんで分かるんだよ。やっぱり俺の脳内を見ているんだな?」 「やっぱり……きも。」 「それはともかく、声をかけてくれてありがとう。この俺の気絶、何度も繰り返しちゃうんだけど、どうしたらいいと思う? このままだと、ゆうに迷惑をかけるかもしれない。いや、今でもそうか」  俺はゆうに意見を聞いた。これは、俺だけの問題ではないからだ。 「別にいいよ。あたしが声かけるから。前も思ったけど、そういうお兄ちゃんを見るのも面白いから、迷惑じゃないし。その代わり、あたしがそうなったら、迷惑がらずにお兄ちゃんから声かけて」 「分かった。ありがとう。迷惑だと思ったら、その時は言ってくれ」  悩みの重さや相談相手との関係の違いはあるだろうが、おそらくこれが理想の悩み相談だろう。  気絶することは何ら解決していないし、解決できるものでもないが、そのことにより迷惑を被るであろう対象が迷惑でないと完全否定した。それをそのまま受け入れ、感謝することで相談を終える。  その後、迷惑だと思われて、それを言われた時にまた考えればいい。ちゃんと言ってくれるのであれば味方だし、そのことに感謝しよう。相手の優しさに甘えていると思ってしまったのなら、その恩をいつか返そうと思えばいい。  恩が返せないほど大きくなったのなら、一生をかけてその一部でも返せばいい。恩を全て返せないことに悩む必要はない。なんなら、それをまた相談すればいい。  自分から離れていった時は、無理に追わなくていい。  これが俺の考え方だ。特に俺は色々考えてしまう方なので、こう割り切ることにした。割り切り大事。 「はぁ……はぁ……」  ユキちゃんは、俺達がペースを落としてからも、顔を赤らめて、口を開けたまま肩で息をしていた。色白の肌も、すでに薄いピンク色に染まっていた。  ゆうが口を塞いでいたのは、本当に最初だけだった。後はキスをしたり、舌を絡めて離してみたり、胸の触手で舌を大きい螺旋からどんどん小さくしていき、頂点に達しようとする時に、あえて元に戻してみたり、いつもの焦らしプレイをしていた。ユキちゃんの涙は完全に止まったようだ。  俺も気を取り直して、感覚のある脚を太腿からふくらはぎにかけて舐めてみたり、尻に吸い付いたり、足の指の間を舐めたり、一貫性のない動きをしてみた。ユキちゃんは、その全てに違う反応を上半身で返してくれて、面白いと思うと同時に、愛おしくもなった。  この子の気持ちを早く楽にしてあげたい。 「私……もう……」  ユキちゃんは、俺達に話しかけるように、自分の限界を伝えてきた。  その言葉に応えて、まずはゆうが口を塞ぎ、同時に上半身についても、これまでより強めに締め上げた。ユキちゃんの感度なら、意図せずとも大声を上げて暴れてもおかしくないからだ。 「…………」  ユキちゃんが頷いて、さらに微笑んだような気がした。俺達が彼女の言葉の意味を理解して行動したことが嬉しかったのだろうか。 「よし。一気に行こう」  俺の声で、ゆうと俺は全ての触手のギアをトップに上げた。  これまで一貫性のなかった動きは、統率が取れたように、這わせる速度も獲物を狙うかのごとく、各所の舌の動きはどこよりも素早く、ムダ毛が一切ないユキちゃんの白いツルツルの全身を光り輝かせるように、そしてこの一瞬で全てを決めるように、俺達は全力を出した。 「んーーー‼」  俺の宣言通り、ユキちゃんは一瞬で果てた。彼女が上半身をのけ反らせて痙攣すると同時に、噴水に勝るとも劣らない勢いで、俺の口に液体が飛び込んでくる。  この大量摂取は、あらかじめ気絶していなければ、朝まで気絶していたかもしれない美味さだ。  その代わりと言ってはなんだが、ユキちゃんが気絶していた。彼女の全身はまだ痙攣しているようだ……。 「ん? …………足の先も痙攣してないか?」 「あ、ホントだ! これって……希望はあるってこと?」  ユキちゃんの両つま先の親指と、よく見るとふくらはぎが少しだけピクついていた。足全体ではないが、確かに動いている。彼女が自分で動かそうとした時は、つま先でさえ動いていなかった。俺達が体を這わせている時も同様だ。締め上げていても反発を全く感じなかった。 「何とも言えないな。無意識下での痙攣の時だけかもしれない。ユキちゃんが起きたら、もう一度やってみようか」 「あのさ、この痙攣が無意識なものとして、足が動かない方が気持ち良いってことが無意識で分かっちゃったら、逆に全く動かなくならない?」  ゆうの指摘に、俺は自分の事前の考えを優先しすぎていたことに気付いた。反省だな。 「それは十分あり得るな……。うーん……、とりあえず原点に戻るか。考え方は二つ。  一つは、俺達は彼女を元気にすることが目的であって、足を動かせるようにすることではないという考え。  もう一つは、彼女を元気にした上で、足のことまで考えて、初めて幸せにすることに繋がるという考えだ」 「その言い方をしたってことは、当然後者を選ぶでしょ? もし、足が少しも動いていなかったら前者だろうけど、もう知っちゃったからね」 「ふふっ、そうだな。よし! とことん面倒見るか!」 「そうこなくっちゃ! でも、具体的にはどうする?」 「王道で行こう。痙攣時の検証は中止にして、まずは俺達の力で彼女を歩かせる。強制ギプスや歩行補助具としてな。俺達がいれば歩けるんだという希望を持たせる。  次に、自分で一歩を踏ませる勇気を持たせるように、俺達は彼女が倒れないような支えになるだけに留める。歩けるようになるまでこれを繰り返す。不思議なことに筋力が衰えているようには見えないから、少なくともリハビリのような辛さはないはずだ。  如何に無意識から意識に引っ張るか、言い換えれば、如何に脳、脊髄、足を直結させるような希望と手段を持たせるかだ。足先が痙攣していたことも彼女に伝えよう。  それでも歩けるようにならなかったら、少しでも希望を持たせた責任として、触手二本を彼女の足に常駐させる。その分、レベルアップしなければいけないし、朱のクリスタルを探しに行くのが遅くなるが、仕方がない。筋力が維持されていることについてはあとで考える」 「おっけー。」  俺達は、ユキちゃんの体を綺麗にした上で、彼女が起きるのを待った。  すでに、足首から腰まで巻き付き、さらに床に力を加えて彼女の下半身を支えられるように、俺達の体をU字型にして、彼女の足の前後左右に置いた。  足首からつま先がダランと下がった場合は、つま先を口で吸い上げて、体と直角にするよう調整する。  シンプルな幼児用歩行器の、足に絡みついた版と思ってもらえればいい。上半身は彼女が起きるまで、垂直になるよう支えている。 「ぅ……ん…………えっ⁉ これ……って……」  ユキちゃんが気付いたようだ。俺達は、彼女の上半身の支えを離し、足に巻き付いた触手で強制的に右足、左足を交互に前に出させて、部屋の中をぐるりと一周させた。 「わっ……わっ…………す、すごい……私を歩かせてくれてるんだね……ありがとう……ぅ……ぅ……」  彼女は泣いていた。それがどういう涙かは、ハッキリと分からなかった。  俺達は隅にあった机の前で、彼女を立ち止まらせ、机の上にあった黒板にチョークで痙攣時のことを伝えた。砂は部屋が暗くて使えない。ユキちゃんは、俺達が文字を書けることに、それほど驚いていないようだった。完全に人間レベルの意思があると思っているからだろう。 「そ、それ、本当? 本当に……だとしたら……ぅ……ありがとう……教えてくれて……私、頑張るね……!」 『一緒に、頑張ろう』 「……うん! 本当にありがとう! 触手さん!」  ユキちゃんの涙はしばらく止まらなかった。彼女が両手で顔を覆っても、その隙間からどんどん溢れてくる。この涙はハッキリと分かる。希望の涙だ。俺達は安堵した。  ユキちゃんが泣き止んだら、早速、歩行チャレンジだ。  そして、彼女が泣き止むまで五分。彼女が前を向いたことを確認し、最初に右足を前に出させた。そのまま、俺達は動かない。 「左足を前に出せってこと……だよね? 待ってね……んっ! …………あっ……え⁉」  ユキちゃんの左足は、引き摺りながらも徐々に前に出ていった。彼女の驚きの声がドアの向こうに聞こえそうなほど、大きく高くなっていた。 「しょ、触手さん、何もしてないよね……? これ、私が動かしてるんだよね? こんなにあっさり? な、なんで?」  ついに、彼女の左足は体より前に、つまり、自分の力で一歩を踏み出すことができた。  彼女は次に、右足も引き摺りながら前に出した。これで二歩目だ。  ユキちゃん含めて、この場の全員が、歩けた感動よりも戸惑いの方が大きかった。ここまで簡単に足を動かせるようになると、流石にアレの存在を信じざるを得ない。  俺達はもう一度、机の前に彼女を移動させた。 『呪いが解けたのかも。明日、この部屋で天才のイリスちゃんと話してほしい』 「呪い? イリスちゃん? う、うん。とりあえず分かった。もう少し歩いてみていい?」  ユキちゃんにとっては、ついさっきまで疑問に思っていた『どうして歩けるようになったか』よりも、『今、歩けること』の方が嬉しいようだ。  俺達は、彼女が歩き疲れるまで付き合うことにした。途中、足から触手を外して、手の支えだけで歩けるようにもなった。引き摺っていた足をできるだけ高く上げるよう、その場で足踏みの練習もした。 「はあ……はあ……はあ……はあ……」  約三十分後、ユキちゃんがベッドに仰向けで倒れ込み、疲れたように肩で息をしていた。  彼女はまだ不安定ながらも、俺達の支えなしで歩けるようになっていた。歩き方とバランスの取り方を徐々に思い出してきたというべきだろうか。  俺達は、彼女に寄り添うように、彼女の両頬に顔を近づけた。 「夢じゃないんだよね……? ホントに、ホントに、夢じゃないんだよね?」  俺達は、彼女の両頬を舐めた。 「ふふっ……触手さんのおかげだよ…………ぅ……うぅ……ありがとう……何度でも言いたいよ! ありがとう、触手さん! 大好き!」  俺達を抱き締めたユキちゃんの目からは、また涙が溢れてきていた。  彼女は、自分の力で歩いたことをようやく実感したのだ。今日まで、いっぱい涙を流してきたに違いない。  これからは、それ以上の嬉し涙を流せるような幸せを感じてくれたら、俺達も嬉しい。 「あはは、私まだ全裸だったんだ。嬉しすぎて全然気付かなかった。ねえ、触手さん、私が歩けるようになったこと、お母さんにどう説明すればいいかな? 呪いが解けたって言っても、信じてもらえないだろうし。黒板持ってくるね」  ユキちゃんがベッドからゆっくりと立ち上がり、机に向かって手でバランスを取りながら歩き出した。 「え⁉」  突然、俺達の前にチートスキル警告が表示された。内容は『不明』。  そのスキル持ちは……ユキちゃんだった。何度確認しても、ユキちゃんの頭上に『チートスキル:不明』が表示されている。一応、自動で表示されるようで安心したが、今はそれどころではない。 「お兄ちゃん、これどういうこと⁉」 「俺にも分からない。なんで今更……」  今この瞬間にチートスキル持ちになったのか?  それとも、呪いが解かれたことによって、五年前に封印されたスキルが目覚めたか?  自分でベッドから立ち上がって、前に進むことが鍵だった?  チートスキルは『魔法創造』じゃないのか?  単に、警告表示のバグか?  全く分からない。 「とりあえず、今は置いておこう。ユキちゃんなら安全だ。イリスちゃんがいる時に話せばいい」 「わ、分かった。それにしても、ビックリしたー。心臓に悪いわ! 心臓ないけど」  あまりの出来事に、ゆうも触手ジョークを披露せざるを得なかったようだ。 「確かに、俺の肝も冷えた。肝はないけど」 「いや、きも。」  我ながら素晴らしい流れを作れた。 「はい、黒板とチョーク」  俺達が驚きのあまり、肝を冷やすほどの寒い漫才をしてるとも知らずに、ユキちゃんがベッドに戻ってきた。  俺は早速、ユキちゃんの母親にどう説明するべきかを黒板に書いた。 『イリスちゃんから希望の暗示をかけられて、勇気を出して自分でベッドから下りて歩こうとしたらできた、暗示の内容は恥ずかしいから自分からは言えない、ということにしておこう』 「うん、分かった。あの……触手さん、朝まで一緒にいてくれる? 朝起きて、私が歩けるようになったのをお母さんに見せたくて……でも、もし朝になって歩けなくなってたらって思うと、怖いから……」  俺は『Y』と書いた。 「ありがとう、触手さん。あなたに出会えて本当に良かった。本当に幸せにしてくれた……。私の一生をかけて、あなたに尽くしたいです」  ユキちゃんは、まるで王様に忠誠を誓う騎士のような台詞を言った。この世界での告白はプロポーズと同義なのだろうか。 「お兄ちゃん、モテモテすぎない? しかも、めちゃくちゃかわいい子が三人、もし女騎士が仲間になったら四人」 「女冒険者または女剣士、な。俺がモテてるってことは、お前もモテてるってことだぞ。それにしても、この世界の人達は、相手が触手だろうがなんだろうが関係ないのかな。まあ、俺にとっては触手に偏見がない理想の人達だが」 「で、どうすんの? 愛人三人作っちゃったら、その分、城への出発が遅れるんじゃない?」 「イリスちゃんに相談しよう。元々、村に二本残す話だったが、それを振り分けるのか、三本にするのか」  俺達は、これからどうするかを含めてイリスちゃんと相談するようユキちゃんに伝え、彼女が寝るまで見守っていた。  魔法陣の紙は、まだ処分せずに本の下に隠した。  イリスちゃんとアースリーちゃんには、ユキちゃんが歩けるようになったことを伝えると、二人とも、自分のことのように嬉し泣きしていた。イリスちゃんからは、最高の称賛を得た。天才から褒められるのは、何度あっても良いものだ。こうして、色々あった七日目の夜を終えた。



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