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俺達と女の子達が建築士と情報共有して茶番作戦の実行と敵勢力を明らかにする話(2/2)

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 午後九時三十分頃。一味は帰宅途中。いつもより少し遅めだが、寝る前のトイレのために、イリスちゃんが外に出てきたところで、彼女から合図を送られたので、俺達は近づいた。 「シュウちゃん、ごめんね、呼び出して。また一方的に話すね。シュウちゃんも考えていたことだと思うけど、チートスキルの名称について、ウキちゃんの『変化』が今回加わったことで、可能性が少し高くなったことがある。 『勇運』『武神』『昇華』『反攻』『変化』、これらが『タイムリミット』に立ち向かうためのキーワードかもしれない。どの言葉もそんな感じがするし、合わせて考えるとそれっぽいよね。おそらく、シキお姉ちゃんのチートスキルは『先見』とか『予見』みたいな言葉になると思う。  朱のクリスタルについては分からないけど、シュウちゃんの話を聞くと、大きく二通り考えられる。『伝搬』系か『成育』系。どちらかと言うと、前者の可能性が高いかな。後者は影響の方だと思う。  前者については、ある条件の下で、向こうの世界にメッセージを送ることができるっていう話から、もしかすると、今後どこかのタイミングで、と言うか、明日の可能性が高いけど、日常的に私達と今までよりも簡単にコミュニケーションができるようになるかもしれない。  後者については、シュウちゃんの周囲にいる人間の成長が著しいことから、たとえ愛する人からの教えであっても、才能があっても、人はそこまで簡単に成長しないと思ったのが影響として挙げた理由。  なぜ朱のクリスタルだけが、良い影響も悪い影響も与えるのか、その理由が、輝きの維持が他のクリスタルよりも困難なためか、あるいは、城内で裏切りを促進させたことから、それが『あることを促進させる』という共通の影響なのかは分からない。  話したかったのは、そのことではなくて『タイムリミット』に立ち向かう方。さっき挙げたキーワードと相対する存在がいるかもしれないと考えられる。つまり、『負のクリスタル』のようなものをそれぞれ持った人間ということになる。仮に私達側のクリスタルを『正のクリスタル』と呼ぶとすると、『クリスタルを集め切る』イコール『チートスキル所持者が集合する』という意味で、『負のクリスタル』を集め切られるか、『正のクリスタル』を一つでも破壊されたら、世界の終わり。  『正のクリスタル』を集め切って、初めてスタートライン。『負のクリスタル』のチートスキル所持者を一人でも殺したり、チートスキルを所持する前に『負のクリスタル』を一つでも破壊できたら、『タイムリミット』延期、または世界が救われる、かもしれないということをお互いに頭に入れておく必要があるから、このことを話した。  この場合、私達の方が不利なのは、それだけ『正のクリスタル』所持者のチートスキルが強大だからだと思う。また、クリスタルの結び付きは、『正のクリスタル』の方が強いと思う。そこでバランスが保たれているような気がするんだよね。  おそらく、どちらかのクリスタルを集め切った時点で、何らかの全体チートスキルのようなものを所持することになると思う。『負のクリスタル』側は、それを発動して世界終了ってことね。『正のクリスタル』側は『負のクリスタル』密度が高い位置が分かるとかかも。  シキお姉ちゃんは、これについては完全に予知できないか、対処のしようがないんじゃないかな。そうじゃなかったら、お姉ちゃんが何とかして、すでに世界は救われていることになるから、『正のクリスタル』が集まる意味がなくなる。  いずれにしても、『負のクリスタル』のチートスキル所持者らしき人を見つけた時点で、女性や子どもでも容赦なく殺してほしい。ただ、『正のクリスタル』側が女性ばかりということを考えると、『負のクリスタル』側は男性ばかりの可能性はある。その場合でも、中心人物は男女どちらの可能性もある。  あと、これはまだ可能性は低いけど、その人達の名前の最初の発音が『ショクシュウ』に当てはまらない場合も『向こう』側かもしれない。『正のクリスタル』側は全員『ショクシュウ村』に集まるからね。少なくとも、転生者でないことは確実だから、こちらが知識や技術で劣ることはないと思うけど、用心するに越したことはない。  正負を判別できないこともあると思う。実際、スキル名称だけだと、こちら側でさえ『勇運』『先見』以外は判別できない。それに、ヨルンくんのような両性具有や、ウキお姉ちゃんのような魔法生物は男女どちらでもないから、余計に分からない。もちろん、二人ともみんなの所を巡って辿り着いてるから、明らかにこちら側と分かるけどね。  それと、正負が同数じゃなかったり、正が負に置き換えられたり、正負両者が鉢合わせた時点で、集め切ったことになって世界終了というのも避けなければいけない。結構、考えないといけないことが多いんだよね。  まるで、『神々の遊び』みたいな感じだけど、私は少なくとも『遊び』ではないと思う。今の私は二周目ループ説が正しいと思ってるけど、やっぱり最初の世界が理不尽に終わったからこその救済なんじゃないかなって。そして、世界がどちらの道に進むのかを委ねている。つまり、三周目はない。  正直、シュウちゃんがいなかったら、確実に世界が終わってたし、全力を尽くしてまだスタートラインに立っていないのは、圧倒的に分が悪いよね。でも、その状況を覆せるところまで来たのは、やっぱり運命だと思う。もちろん、全部仮定や可能性の話ね。  だから、シキお姉ちゃんに会って、すぐに確認したいのは、『タイムリミット』を予知できているかだけじゃなくて、『負のクリスタル』のチートスキル所持者の存在とその行動を予知できているかも含めたい。お姉ちゃんの行動範囲だけを予知するスキルかもしれないけどね。  その前に、ウキお姉ちゃんに心当たりがないか聞いてみた方が良いかな。『綺麗だなぁ』じゃなくて、『汚いなぁ』『見たくないなあ』と思う宝石があったかどうか。そうでなくても怪しい人物はいる。ウキお姉ちゃんを酷い目に合わせたエフリー王家の人。明らかに異常な行動をしてるからね。  いずれにしても、シキお姉ちゃんに会った時点で『正のクリスタル』が集まったのなら、問題は限定的になる。ただ、お姉ちゃんがシュウちゃんの前に一切姿を現さないのは気になるかな。できるだけ自然なタイミングを計ってるなら良いけどね。不自然に動くと、監視者に不審がられるだろうし。彼女のことだから、いずれ分かることや誤解にならないのであれば、無駄な行動をしたくないってことなのかも。  だとすると、そこは私と少し違うかな。でも、気持ちは分かるよ。  話したいことはこれで終わり。おやすみ、シュウちゃん」  俺達は、イリスちゃんの両頬を舐めて別れた。 「いやぁ……『ザ・茶番』と『面白カップル誕生パーティー』のあとにこんな真面目な話を聞くと、流石のあたしでも感情が追い付かないんだけど。ホントにお兄ちゃんも考えてたの?」  ゆうの意見は最もだが、各拠点に触手を配置している以上、仕方がないことだ。メリットの方が圧倒的にあるからな。 「ある程度はな。世界の謎を考える時は、時間もかかるし、可能性がまだ低いことだから、最近は個人フェイズで考えてるんだ。  イリスちゃんが『可能性が少し高くなった』と言ったのは、多分ウキちゃんの成長を見て、そこから逆算して全体の可能性が高くなったということだろうな。俺も深夜になればそう思っていたかもしれない。何にせよ、早く知ることができるのは良いことだし、イリスちゃんが言ってくれれば警戒心も増す。明日、早速みんなに共有しよう」 「ねぇ、イリスちゃんが言ってた通り、場合によっては、負のクリスタル側の人をホントに誰か殺さなきゃいけないのかな」  ゆうは、その優しさから、できれば人を殺さずに解決できないかを考えているようだ。スパイのように悪に染まっていたり、罪を犯したりしている人だけとも限らないからだろう。 「それは俺も考えてはいたが、難しいだろうな。だからこそ、イリスちゃんが断言したんだ。負のクリスタルが有利であることを、便宜上、『負の優越』と名付けることにしよう。  『負の優越』により、少なくとも、負のクリスタルは一度スキルを所持すれば、たとえクリスタルを手放したとしても失うことはないと見ている。シンシアと最初に会った時やユキちゃんのように、一時的にもだ。もちろん、正のクリスタルでも、クリスの『昇華』のように、一回の効果が永続的に続く場合もある。  実は、そのことは恐ろしいことを引き起こしてしまう。スキル取得までの期間が短ければ、いくらでもピースの予備を複製可能ということだ。例えば、『1』『2』『3』のカードをスキル所持者、『手札』を世界、それらのカードを手札からそれぞれ一枚ずつ『場に揃えること』を『所持者を集め切ること』とすると、『1』が簡単に複製可能であれば、仮に六枚に増やしたとして、手札は『11111123』となり、揃えられる確率が当然高くなる。  しかも、この場合は無作為抽出ではなく、手札を見て場に出せる。揃えるのを妨害するために、『1』を何枚か盗んでも予備の『1』があるし、それを全て盗んでも、取り返しに来る。『1』を六枚全て処分するか、『23』のどちらかを処分しない限り、いつか確実に揃うんだ。もちろん、何もしないでいると『23』も複製されてしまう。  そして、まだもう一つ『負の優越』が適用されている可能性がある。『昇華』のように、チートスキル表示がされない可能性だ。最初の頃に話していた、まさに準チート級の奴らだな。その場合は、『正のクリスタル』側に対抗するため、剣術や魔法のような直接戦闘系のスキルではないはずだ。洗脳系、使役系、間接破壊系、それらを融合させた制約ゲーム系の特殊能力とかだろう」 「制約ゲーム系って、異空間とか特殊なフィールドを具現化して、限られたルールの中で勝負したり、ルールを破ったら死んだりするとかいうヤツでしょ? ゲームの幻を見せて、負けたら自殺させるための洗脳系、使役系ってことだよね。間接破壊系ってどんなの?」 「同じような目的で使われるかな。人体は破壊できないけど、他の物は破壊できて、そのフィールドを破壊することで敗者に岩を降らせるとか。まあ、例えばの話だよ。前二つに比べて、本当にいるとは思っていない。普通の魔法で十分だし、使いどころがないからな。  いずれにしても、この推察の面白い点は、シンシア達チートスキル所持者を一括りに考えて、『タイムリミット』と紐付けただけで、正負両サイドの対立構造が一気に想定できることだ。イリスちゃんは、前に話していた通り、正負が実は逆転している可能性も完全には捨ててないと思う。つまり、俺達が世界を終了させる側という可能性だな。  あるいは、両サイドの可能性もある。その場合は、正負をそれぞれ一人殺害してクリスタルを破壊すれば、何も起きない。でも、流石にそれはないだろう。誰よりも世界の継続を願っている俺達が世界を終了させるのは、あまりにも理不尽だし、皮肉であり悲劇だ。触神様がそれを許すはずがない。何より、イリスちゃんが言った通り、クリスタルの意味がない。  また、負が実は正の可能性、つまり、最初の考えの通り、全員一丸となって世界を救わなければいけない可能性もある。しかし、ウキちゃんを殺そうとした奴や『ショクシュウ』によるチートスキル所持者フィルタの存在を仮定すると、その可能性は比較的低くなるということだろう」 「はぇー。でも、危機感は捨ててないとしても、この推察が面白いって言うのはお兄ちゃんだけじゃない?」 「俺は『面白い男』だからな」 「え? 何か言った?」 「お・も・し・ろ・い、男だからな」 「お・も・て・な・し、みたいに言わないでくれる? お・に・い・ちゃ・ん」 「お・ま・え・も・な」 「う・ざ・す・ぎ・る」 「お・ち・ん・ち・ん」 「き・も・す・ぎ・る・へ・ん・た・い・め・し・に・さ・ら・せ」 「お・れ・の・か・ち」 「つ・ま・ら・な・い」  ゆうが『あー、面白かった。やっぱりお兄ちゃんかっこいいなぁ、お兄ちゃん大好き』と言ったことを確認できて、俺は満足した。そのあと、ゆうが『お兄ちゃんは異常者の方でしょ。まあ、三下でもあるけど』と発言したのは無視した。  一味が城に戻り、正面扉を開けると、多くの人が彼女達の姿を一目見ようと、待機していた。出発の時から噂が大きく広まったのだろう。その中には、見なかったことにするようにと通達を出したパルミス公爵もいた。  一味はせっかくだからと、チンピラ風に歩きながら、その間を通り、『何見てんだよ! どきな!』などと怒声を上げながら、なぜか開け放たれて、中には王族を含めて、多くの人が見物のために待機していた玉座の間を通って、姫の部屋に戻っていった。  この城ってこんなに面白かったっけ?  「ふぅ……。まさか、お父様方まで私達をご覧にいらっしゃるなんて。すごいことになっていましたね」  姫達は部屋に戻ると、やっと一息ついた。そこで、俺は良いことを思い付き、姫の机まで移動して、彼女達が着替え始める前に、メッセージを書いた。 『ウキちゃん、この光景を目に焼き付けて、あとで何度でも思い出したくない? 腕輪に変身してたから、みんなの面白い姿をあまり見られなかったと思うし』 「え、うん。それはそうだけど、何かするの? あ、もしかして、イリスちゃんが生活レベルを確認する時の項目にあった『写真』とか『動画』のことかな?」  猫少女の姿に戻ったウキちゃんが、とんでもない推察力を発揮して答えた。本当によく分かったな。  ついこの前までは絶対にできなかった推察だ。これも『著しい成長』の内なのか。 『すごいよ、その通り。とりあえず、写真を試してみたい。最新の『三脚付きデジタルカメラ』と通常サイズの『デジタルフォトフレーム』に変身して、共通の『記録媒体』の状態をウキちゃんがそのまま記憶すれば、魔力の変換をしなくても、データのやり取りができるんじゃないかな。『万象事典』のデバイスでも撮影できるけど、できるだけ色々な物に変身した方が面白いと思って。もちろん、嫌なら断っていいよ。二つの協力に入ってないから』 「……。ねぇ、シュウちゃん。もうその二つの協力に拘らなくていいよ。遠慮も確認も必要ない。私、シュウちゃんやみんなのこと大好きになったから、どんどん役に立ちたい。私をいっぱい使ってほしい。  みんなが私のことを大切にしてくれてることも、もう分かってる。万が一、嫌になったら、ちゃんと言うから。大丈夫、どんな変身でも楽しいから!」  ウキちゃんは真面目な表情から一転して、俺達に変身の楽しさを元気良くアピールしてくれた。良い子だなぁ……。俺は、ウキちゃんを絶対に幸せにしようと、改めて心に誓った。 『ありがとう、ウキちゃん。俺達もウキちゃんのこと大好きだよ。分かった、遠慮しない。それじゃあ、早速変身をお願いしようかな。撮りたいシーンはウキちゃんが指示していいよ。俺達から希望があれば、その時に伝えるから。  一枚目を撮り終わったら、まずはみんなに確認してもらおう。ついでに、ウキちゃんからみんなに仕組みを軽く説明してもらおうかな。そのあと、フォトフレームに変身して表示できるかを確認して、それからはカメラに戻って連続で撮影する』 「うん、分かった! もうどっちも読んだからすぐに変身できるよ!」  ウキちゃんはそう言うと、部屋の入口の方を向いて三脚付きデジタルカメラに変身した。姫達は、俺とウキちゃんがやり取りしていた専門用語について、当然理解できていないので、これから何が起こるか分からないという表情をしていた。 「みんな、扉の前に並んでそのままにしてて! カウントダウンするから、ゼロになる時に、目は開いたまま、この小さい四角い箱の中心を笑顔で見て! シンシアさん、もう半歩右手側に! ユキちゃんは半歩左手側に!」  ウキちゃんは魔力音声で、まるで写真屋のように慣れた指示を五人に送った。俺はその間に、カメラを操作して、カメラ内蔵ではなく、外部記録媒体に画像データを保存するように設定した。フラッシュは切って撮影する。その方が、あとで画像処理ソフトで編集しやすいからだ。 「シュウちゃん、設定終わったよね? じゃあ、みんな行くよ! 三、二、一、ゼロ! はい、オッケー! みんな、この箱の裏側を見に来て!」  ウキちゃんの集合指示とほぼ同時に、俺はカメラを操作し、つい今しがた撮影した画像のプレビュー画面を表示させた。 「え⁉ 私達の精巧な絵が箱の中に!」  姫を筆頭に、他のみんなも驚いていた。 「これはすごい……。なるほど、これをいつでも見ることができるということか。しかも、おそらく何枚でも……」 「そう! もちろん限界はあるけど、ほとんど気にすることはないよ。この『カメラ』は、正面の丸い部分、『レンズ』から取り込んだ光を一つ一つ細かい情報にして保存する。それを『撮影』と呼ぶよ。  今は抜き差しできる超小型のカードに保存する設定にしてるんだけど、例えばそれを別の『カメラ』や機械に差し込むと、そこに保存された情報を表示できたり、編集できたりするよ。次は、もう少し大きく表示できるようにするね」  シンシアの驚嘆に、ウキちゃんは説明書通りではなく、非常に分かりやすい言葉で、みんなにデジタル撮影の仕組みを説明した。もちろん、完全に理解していないとできないことだ。  そして、ウキちゃんは、机の上でデジタルフォトフレームに変身した。どうやら、ちゃんと表示できているみたいだ。 『おおー!』 「今は一枚しか撮影してないから、それだけを表示してるけど、複数枚撮影して表示させれば、それが順番に、あるいはランダムに表示される。それを『スライドショー』と呼ぶよ。  もちろん、もっと大きく表示できる機械もあるけど、このデジタルフォトフレームは家庭用で、移動や持ち運びも簡単という理由で使われてるらしいよ」  ウキちゃんがフォトフレームの説明を終えると、扉がノックされ、コリンゼが合流した。当然、コリンゼもそのフォトフレームを目の当たりにして驚き、再度、彼女向けにウキちゃんがそれぞれの仕組みを説明した。  それからは、コリンゼも混ざって撮影を再開し、彼女に因縁をつける一味や、反撃を食らう一味、仲良く肩を組んだ一同など、ストーリー性のあるシーンを撮影していた。  俺達からは、カメラにもっと近づいて、世紀末自撮り風にしてもいいのではと提案した。あとで見たら、絶対に笑顔になれる写真になっているだろう。  自撮りなら、カメラを持った人間にウキちゃんが変身すれば、自分も入れるが、万が一にもその画像を他の誰かに見られた時に、『この子、誰?』と聞かれると説明できないので、残念ながら、ウキちゃんは一緒に撮影できない。城の来訪応対者記録には書かれていない存在だからだ。カメラ自体は、ショクシュウ村を興すに当たっての最新技術、と答えればいいだけだ。 『ウキちゃん、今のデータをリリアちゃんとコリンゼの観賞用として、二枚ずつ光沢紙に印刷できる? サイズはフォトフレームと同じぐらいで。印刷した写真はウキちゃんの一部で、魔力でできているだろうから、それを現物に変換する必要がある。  多分、ユキちゃんの魔力具現化魔法が使えると思う。ウキちゃんは元々が魔力粒子だから、すぐに使えるようになるはず』  俺がさらにそのデータを印刷するよう、ウキちゃんにお願いすると、彼女は元気良く返事をして、大きめのカラーレーザープリンタに変身した。すぐに変身できたことを考えると、写真の関連項目に印刷方法も載っていたのだろう。  ユキちゃんからウキちゃんに魔力具現化魔法を教えてもらったあと、俺はプリンタの設定で外部記録媒体からの印刷を選択すると、カラーで印刷を開始した。電源について伝え忘れてしまったが、電源が繋がっていないのに、なぜか動いていた。ウキちゃんが気を利かせて、比較的高い電圧の内部蓄電池を搭載したのだ。  向上心と応用力が高すぎる。これもイリスちゃんが見ていた項目を組み合わせて実現したことなのだろう。 「ありがとうございます。これで、皆さんと離れ離れになっても寂しさを紛らわせることができます。あの……シュウ様は城に残っていただけるのでしょうか。もちろん、シュウ様と離れたくありませんし、皆さんと連絡がとれますし、ショクシュウ村に私が行くまで、村の開拓状況を知るには、その方が効率が良いかと。コリンゼは、これからも私の部屋に来るということにすれば、一本で済むかと思うのですが、いかがでしょうか」  姫が俺達の残留を希望した。もちろん、俺達もそのつもりだが、リーディアちゃんの時と同じお願いをしたい。 『二人がよければ残りたいと思う。ただ、もし他にも経験値候補者を見つけたら、誘ってほしい。旅の最中に増やせる触手は多いほど良いから。もちろん、その人の状況や気持ち、本質を理解してからじゃないと問題になるから難しいけど。無理はしなくていい』 「ありがとうございます。承知しました。コリンゼと相談しながら、人を見極めて参ります」  それから一同は、そのまま寝る準備をして、今日は普通に休んだ。ウキちゃんとは、移動手段について検証したいことがあったので、俺達は触手を増やした上で部屋の窓を開けて抜け出し、彼女には壁を抜けてから地面でハヤブサに変身してもらった上で、縮小化した俺達を背に乗せて、何もない広い原っぱに向けて移動した。これも、部屋の外の近くに警備兵がいないために実現できたことだ。  目的の場所に到着すると、俺達は間違って踏み潰されないように元の大きさに戻った。検証したいことは、みんなが寝る前に条件分岐も含めて、俺が個人フェイズで『シュークン作戦ノート』と称した物を作って、ウキちゃんに変身して読んでもらった。 「じゃあ、始めるね」  ウキちゃんがハヤブサのまま魔力音声で俺達にそう言うと、レッドドラゴンに変身した。  まず前提として、この世界には飛行魔法が存在しない。ユキちゃんでさえ断念した魔法だ。理論上、俺も実現不可能だと思っている。レドリー辺境伯達の親書を処分した時のように、物体をある程度の高さまでなら浮かせることは可能だ。正確には、魔力粒子を使って宙に固定するという方法なのだが、飛行するとなると話は別だ。  例えば、ヘリコプターや小型ドローンの飛行原理をユキちゃんに教えても、ローターの役割を担う魔力の制御が難しい。それに、風の抵抗もあるので、それを防ぎつつ、姿勢を制御して、推進力を維持するのは至難の業だ。  別の方法として、魔力粒子を最大限に使って遥か上空まで浮いたあと、自分に対して横から力を加えつつ、滑空で目的地を目指すようなことも考えられるが、危険なので試せない。もちろん、転移魔法も存在しない。ウキちゃんの時のように、実在モンスターや魔法生物の召喚魔法は触神スペースを利用するから一部可能なのだが、人間は召喚できないらしい。  つまり、ほとんどの場合で、物理的に不可能なことは魔法でも実現できないのだ。だから、魔法での移動はできない。乗り物で移動する他ないことから、色々と試そうとしているわけだ。  今、ウキちゃんはドラゴンに変身したが、これは全くの空想上の生物に変身できるかの検証だ。今までは、どこかに実在する物だったり、それを合体させたり、猫少女のように人間に多少の変化をつけたりしただけだったので、まだ試していなかったことだ。  残念ながら、この世界にドラゴンがいないことは『万象事典』で確認済みだ。ウキちゃんにも部屋を出る前に変身対象について予習してもらっている。  必ずしも俺達が想像するようなファンタジーの世界ではないということだが、とりあえず変身は成功だ。ただ、問題はここからだ。次に、できるだけドラゴンの形を維持しつつ、時速五百キロで飛べるブルードラゴンに変身してもらう。 「あ、変身できない。次、イエロードラゴンね。……。変身できないね」  レッドドラゴンの足元からウキちゃんの魔力音声が聞こえてきた。イエロードラゴンの条件は、速さは不問にして飛行できさえすればいいというものだった。  つまり、ドラゴンは物理的にも魔法理論的にも飛行できないのだ。鳥のように体重が軽くない上に、胸筋は発達しているかもしれないが、翼には十分な揚力を発生させる複雑な羽もない。魔法については、さっき言った通り。  やはり、俺が同人誌を読んでいる時に、『ドラゴンってどうやって飛んでるんだ?』と疑問に思って調べた通りだ。この分だと、魔法なしでは口から炎も吐けないな。魔法が使えるのなら口から出す必要もないし。  少なくともこの世界では、ドラゴンは俺達のロマンが打ち砕かれた完全に見かけだけの生物に成り下がってしまった。たとえ存在していたとしても、飛べず、遠隔攻撃もできず、そして、十分な食料も確保できずに絶滅しているだろう。結界外のモンスターも、普通の物理法則に則っているに違いない。  だが、ちょっとだけ安心してほしい。一応、エルフのような人間やドワーフのような人間もいるらしい。ただし、あくまで見た目だけで、種族は人間なので寿命は変わらない、いや、むしろ短い。部族として、平均的に弓や魔法が得意だったり、鍛冶が得意だったりもしない。だから『ちょっとだけ』。  エルフやドワーフがいない理由も俺が前に調べた通りなんだろうなぁ。人間に近い見た目なのに、人間よりも寿命が圧倒的に長いとか、地下で暮らして食料に満足しつつ病気にもならないとか、進化論的にも生物学的にも説明できないもんな。植物でも水生生物でもあるまいし。  まあ、それはともかく、人が乗れるサイズの飛行生物が無理なら、科学と現代技術で行くしかない。 「じゃあ、高速ヘリコプターに変身するね」  最新の高速ヘリコプターへの変身は無事成功し、俺達は触手を増やして早速その操縦席に乗り込んだ。地上に残した触手は少し離れた所に移動し、ローターの風で飛ばされないように地面に張り付いた。  ウキちゃんがドアにロックがかかっていない状態で変身してくれたので俺達はスムーズに中に入れて、さらにそれを自動的に感知し、内部電源を使って操作画面を表示してくれた。全ての操作がタッチパネル兼表示パネルに集約されているので、飛行前の点検も容易だ。  さらにすごいのが、俺達からウキちゃんへの定型指示や文字入力による任意指示も可能だ。もちろん、こういう操作項目があれば良いと俺から伝えたが、それが分かりやすく完全に再現されている。  俺は早速操作を開始した。まず、日本語で書かれた『検証』ボタンを触手の頭で押した。すると、画面が切り替わり、いくつかの検証項目が表示された。  次に俺は、『ホバリング』ボタンを押した。その一秒後、遠隔の敵からの攻撃魔法対策として、空間魔力遮断魔法と、騒音対策としての空間防音魔法が順番に展開されると、エンジンが始動し、メインローターとテールローターが回転を始めた。進捗状況はパネルに表示されている。  そして、ヘリコプターが浮き上がり、高さ三メートルほどを維持してホバリングを開始した。ライトは遠くからでも目立つので点けていない。パネルには五分のタイマーと『検証中止』ボタン、『緊急指示』ボタンが表示されている。  この低さを安全にずっと維持するのは、操縦桿を握った人間では高度なテクニックが必要だろうが、完全にコンピュータ制御された機体には関係ない。しかも、今は無風で、何かを吊り下げた時に起こる振り子現象で機体が揺さぶられるわけでもない。  万が一、何か異常があれば、すぐに元の姿に戻るよう、ウキちゃんには伝えてある。この高さなら俺達も普通に着地できるからだ。仮にもっと高い位置から落ちても、『触手の尻尾切り』で全く問題ないし、何なら触手を消してもいい。地上に触手を残してあるから、俺達を回収しに城に戻る必要もなく、すぐに検証を再開できる。  その異常についても、変身したもののことをすぐに理解できるウキちゃんだからこそ、一瞬で気付くことができる。もし、みんなを乗せて上空を飛んでいる時に異常があって元の姿に戻ったら、落ちるみんなを下から包むことができる大きな網と深いクッション、それと繋がった大きく開いたパラシュートと付属の自動制御装置にすぐに変身したら、空間魔力遮断魔法を使うように伝えてあり、今日もその練習をする予定だ。非常訓練は大事だからな。 「うん、思ったより全然魔力を消費しないね。最大航続時間四時間の中の五分間だからかもしれないけど、もしかしたら、みんなの魔力を食べて、全魔力量が増えたのかも。機体よりも燃料の方に魔力の比重を置けば、もっと航続距離が伸びるかな。まあ、今のままで十分だと思うけどね」  検証タイマーが終了すると、ヘリコプターはゆっくりと着地し、ウキちゃんが魔力消費についての結果を魔力音声で話してくれた。当然、機体の方の検証結果はパネルに表示され、問題がなかった。  なるほど、彼女の言う通り、魔力の比重を変えられるなら、航続距離を伸ばすことが可能だ。てっきり俺は、機体と燃料に使用する魔力の比率が体積比率と同様に一定だと思っていた。魔法生物だからそれが可能なんだな。人間が『変化』を所持して変身しても、そういうことはできなさそうだ。  それから俺達とウキちゃんは、次々に検証と訓練を行い、試験飛行として、セフ村との往復も五十分で成功させた。ライトは同様に点けていなかったが、現在地の特定と、セフ村の方向、速度と経過時間、赤外線カメラから、それぞれ問題なく到着できた。本人追尾型の空間魔力遮断魔法と空間防音魔法も問題なかった。  あとは、抜け漏れがないかをウキちゃんとしっかり確認してから、未明にハヤブサで城に戻った。  検証に付き合ってくれたお礼をウキちゃんに伝えると、『もっと勉強したい! 楽しい!』とみんなを起こさないように静かに言って、姫の机の上で、バックグラウンドで各ページを高速スライドする機能が付いた『万象事典』に変身した。ユキちゃんが作った魔力粒子を応用した魔法も全て覚えるそうだ。ウキちゃんの気持ちを察するに、今回の検証が、その手順も含めて、とても面白かったらしい。  どうやら、文字通り『知識欲モンスター』を生み出してしまったようだ。頼むから、いきなり『人間は悪。滅ぶべし』とか言わないでくれよ、ウキちゃん。 「お兄ちゃん、ちゃんと考えたんだね」  ゆうが前回の反省を活かした俺の作戦を褒めてくれた。嬉しい。 「ありがとう。と言っても、空間魔力遮断魔法と空間防音魔法を追加しただけだがな」 「そのこともそうだけど、その前とか後のことだよ。ウキちゃんと話し合って、平常時、非常時の対策の穴を自分達で見つけようとしてた。  例えば、誰かが乗り込む時や降りる時は必ずローターが回っていないことを確認する、万が一、ローターが回ってる時に、近づこうとしたり降りようとしたりする仲間がいたら、ウキちゃんがすぐに大きなクッションに変身して全員地面に落とす、変身が間に合わないなら元の姿に戻る。なぜならエンジンを停止してもすぐにローターが停止しないから、とか。  身を屈めてれば問題ないけど、うっかり忘れちゃったり、地面の高低差があったりもするからね。急いで乗り降りするわけじゃないから、その手順が安全なんだよね。もちろん、あたしも穴を見つけようとしてたけど」  ヘリコプターのメインローターに頭部を叩かれて死亡する事故は、過去に何度もあり、その対策で挙げた手順だ。 「そうだな。冷静さと時間さえあれば、俺もちゃんと考えることができるから、それが大事かなって思った。もちろん、無知も危険に繋がるから、他の情報や意見も聞く。  でも、だからと言って、楽しい時に楽しまないのはもったいないからなぁ。ゆうみたいに切り替えをもっと早くできたらなぁと思ったな」 「別にいいんだよ。そのためにあたしもいるんだし。それに、あたしだって浮かれることもあったでしょ? 危険な時に、二人同時に浮かれることがダメなだけだよ。  万全を期した上で、安全な時に浮かれるのは良いと思うけどね。ウキちゃんのハヤブサに乗ってる時だって、あたしが何も言わなくても、そのあと落ち着いて普通に移動手段のことを考えられたと思うよ」 「ありがとう、ゆう。本当に嬉しいよ。でも、反省文は書かせてくれ。同じ理屈で、生きている時に死んだ気になることが大事なんだ」 「いや、同じじゃないでしょ。あたし達の遺書じゃないんだから」 「全裸の時に服を着ている気になるのはダメだろ? それと同じだよ」 「それはダメだけど……もういいや。じゃあ、死ね!」  俺は死んだ。このために、ゆうに『死ね』と言わせているのだ。だから、本当は二回しか死んだ気になったわけではない、数え切れないくらい死んだ気になっていた。それでも失敗する。  正直、シンシア達が羨ましい。俺も朱のクリスタルの影響で著しく成長したい。でも、他の人に渡しても、それはそれで危険だし、俺達はクリスタルの影響を受けないんだよな。  他力本願か、やめておこう。反省文の反省文を書かなければいけなくなる。明日、と言うかもう今日か。朱のクリスタルに接触した時とその後の作戦を改めて確認することにしよう。



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 午後九時三十分頃。一味は帰宅途中。いつもより少し遅めだが、寝る前のトイレのために、イリスちゃんが外に出てきたところで、彼女から合図を送られたので、俺達は近づいた。 「シュウちゃん、ごめんね、呼び出して。また一方的に話すね。シュウちゃんも考えていたことだと思うけど、チートスキルの名称について、ウキちゃんの『変化』が今回加わったことで、可能性が少し高くなったことがある。 『勇運』『武神』『昇華』『反攻』『変化』、これらが『タイムリミット』に立ち向かうためのキーワードかもしれない。どの言葉もそんな感じがするし、合わせて考えるとそれっぽいよね。おそらく、シキお姉ちゃんのチートスキルは『先見』とか『予見』みたいな言葉になると思う。  朱のクリスタルについては分からないけど、シュウちゃんの話を聞くと、大きく二通り考えられる。『伝搬』系か『成育』系。どちらかと言うと、前者の可能性が高いかな。後者は影響の方だと思う。  前者については、ある条件の下で、向こうの世界にメッセージを送ることができるっていう話から、もしかすると、今後どこかのタイミングで、と言うか、明日の可能性が高いけど、日常的に私達と今までよりも簡単にコミュニケーションができるようになるかもしれない。  後者については、シュウちゃんの周囲にいる人間の成長が著しいことから、たとえ愛する人からの教えであっても、才能があっても、人はそこまで簡単に成長しないと思ったのが影響として挙げた理由。  なぜ朱のクリスタルだけが、良い影響も悪い影響も与えるのか、その理由が、輝きの維持が他のクリスタルよりも困難なためか、あるいは、城内で裏切りを促進させたことから、それが『あることを促進させる』という共通の影響なのかは分からない。  話したかったのは、そのことではなくて『タイムリミット』に立ち向かう方。さっき挙げたキーワードと相対する存在がいるかもしれないと考えられる。つまり、『負のクリスタル』のようなものをそれぞれ持った人間ということになる。仮に私達側のクリスタルを『正のクリスタル』と呼ぶとすると、『クリスタルを集め切る』イコール『チートスキル所持者が集合する』という意味で、『負のクリスタル』を集め切られるか、『正のクリスタル』を一つでも破壊されたら、世界の終わり。  『正のクリスタル』を集め切って、初めてスタートライン。『負のクリスタル』のチートスキル所持者を一人でも殺したり、チートスキルを所持する前に『負のクリスタル』を一つでも破壊できたら、『タイムリミット』延期、または世界が救われる、かもしれないということをお互いに頭に入れておく必要があるから、このことを話した。  この場合、私達の方が不利なのは、それだけ『正のクリスタル』所持者のチートスキルが強大だからだと思う。また、クリスタルの結び付きは、『正のクリスタル』の方が強いと思う。そこでバランスが保たれているような気がするんだよね。  おそらく、どちらかのクリスタルを集め切った時点で、何らかの全体チートスキルのようなものを所持することになると思う。『負のクリスタル』側は、それを発動して世界終了ってことね。『正のクリスタル』側は『負のクリスタル』密度が高い位置が分かるとかかも。  シキお姉ちゃんは、これについては完全に予知できないか、対処のしようがないんじゃないかな。そうじゃなかったら、お姉ちゃんが何とかして、すでに世界は救われていることになるから、『正のクリスタル』が集まる意味がなくなる。  いずれにしても、『負のクリスタル』のチートスキル所持者らしき人を見つけた時点で、女性や子どもでも容赦なく殺してほしい。ただ、『正のクリスタル』側が女性ばかりということを考えると、『負のクリスタル』側は男性ばかりの可能性はある。その場合でも、中心人物は男女どちらの可能性もある。  あと、これはまだ可能性は低いけど、その人達の名前の最初の発音が『ショクシュウ』に当てはまらない場合も『向こう』側かもしれない。『正のクリスタル』側は全員『ショクシュウ村』に集まるからね。少なくとも、転生者でないことは確実だから、こちらが知識や技術で劣ることはないと思うけど、用心するに越したことはない。  正負を判別できないこともあると思う。実際、スキル名称だけだと、こちら側でさえ『勇運』『先見』以外は判別できない。それに、ヨルンくんのような両性具有や、ウキお姉ちゃんのような魔法生物は男女どちらでもないから、余計に分からない。もちろん、二人ともみんなの所を巡って辿り着いてるから、明らかにこちら側と分かるけどね。  それと、正負が同数じゃなかったり、正が負に置き換えられたり、正負両者が鉢合わせた時点で、集め切ったことになって世界終了というのも避けなければいけない。結構、考えないといけないことが多いんだよね。  まるで、『神々の遊び』みたいな感じだけど、私は少なくとも『遊び』ではないと思う。今の私は二周目ループ説が正しいと思ってるけど、やっぱり最初の世界が理不尽に終わったからこその救済なんじゃないかなって。そして、世界がどちらの道に進むのかを委ねている。つまり、三周目はない。  正直、シュウちゃんがいなかったら、確実に世界が終わってたし、全力を尽くしてまだスタートラインに立っていないのは、圧倒的に分が悪いよね。でも、その状況を覆せるところまで来たのは、やっぱり運命だと思う。もちろん、全部仮定や可能性の話ね。  だから、シキお姉ちゃんに会って、すぐに確認したいのは、『タイムリミット』を予知できているかだけじゃなくて、『負のクリスタル』のチートスキル所持者の存在とその行動を予知できているかも含めたい。お姉ちゃんの行動範囲だけを予知するスキルかもしれないけどね。  その前に、ウキお姉ちゃんに心当たりがないか聞いてみた方が良いかな。『綺麗だなぁ』じゃなくて、『汚いなぁ』『見たくないなあ』と思う宝石があったかどうか。そうでなくても怪しい人物はいる。ウキお姉ちゃんを酷い目に合わせたエフリー王家の人。明らかに異常な行動をしてるからね。  いずれにしても、シキお姉ちゃんに会った時点で『正のクリスタル』が集まったのなら、問題は限定的になる。ただ、お姉ちゃんがシュウちゃんの前に一切姿を現さないのは気になるかな。できるだけ自然なタイミングを計ってるなら良いけどね。不自然に動くと、監視者に不審がられるだろうし。彼女のことだから、いずれ分かることや誤解にならないのであれば、無駄な行動をしたくないってことなのかも。  だとすると、そこは私と少し違うかな。でも、気持ちは分かるよ。  話したいことはこれで終わり。おやすみ、シュウちゃん」  俺達は、イリスちゃんの両頬を舐めて別れた。 「いやぁ……『ザ・茶番』と『面白カップル誕生パーティー』のあとにこんな真面目な話を聞くと、流石のあたしでも感情が追い付かないんだけど。ホントにお兄ちゃんも考えてたの?」  ゆうの意見は最もだが、各拠点に触手を配置している以上、仕方がないことだ。メリットの方が圧倒的にあるからな。 「ある程度はな。世界の謎を考える時は、時間もかかるし、可能性がまだ低いことだから、最近は個人フェイズで考えてるんだ。  イリスちゃんが『可能性が少し高くなった』と言ったのは、多分ウキちゃんの成長を見て、そこから逆算して全体の可能性が高くなったということだろうな。俺も深夜になればそう思っていたかもしれない。何にせよ、早く知ることができるのは良いことだし、イリスちゃんが言ってくれれば警戒心も増す。明日、早速みんなに共有しよう」 「ねぇ、イリスちゃんが言ってた通り、場合によっては、負のクリスタル側の人をホントに誰か殺さなきゃいけないのかな」  ゆうは、その優しさから、できれば人を殺さずに解決できないかを考えているようだ。スパイのように悪に染まっていたり、罪を犯したりしている人だけとも限らないからだろう。 「それは俺も考えてはいたが、難しいだろうな。だからこそ、イリスちゃんが断言したんだ。負のクリスタルが有利であることを、便宜上、『負の優越』と名付けることにしよう。  『負の優越』により、少なくとも、負のクリスタルは一度スキルを所持すれば、たとえクリスタルを手放したとしても失うことはないと見ている。シンシアと最初に会った時やユキちゃんのように、一時的にもだ。もちろん、正のクリスタルでも、クリスの『昇華』のように、一回の効果が永続的に続く場合もある。  実は、そのことは恐ろしいことを引き起こしてしまう。スキル取得までの期間が短ければ、いくらでもピースの予備を複製可能ということだ。例えば、『1』『2』『3』のカードをスキル所持者、『手札』を世界、それらのカードを手札からそれぞれ一枚ずつ『場に揃えること』を『所持者を集め切ること』とすると、『1』が簡単に複製可能であれば、仮に六枚に増やしたとして、手札は『11111123』となり、揃えられる確率が当然高くなる。  しかも、この場合は無作為抽出ではなく、手札を見て場に出せる。揃えるのを妨害するために、『1』を何枚か盗んでも予備の『1』があるし、それを全て盗んでも、取り返しに来る。『1』を六枚全て処分するか、『23』のどちらかを処分しない限り、いつか確実に揃うんだ。もちろん、何もしないでいると『23』も複製されてしまう。  そして、まだもう一つ『負の優越』が適用されている可能性がある。『昇華』のように、チートスキル表示がされない可能性だ。最初の頃に話していた、まさに準チート級の奴らだな。その場合は、『正のクリスタル』側に対抗するため、剣術や魔法のような直接戦闘系のスキルではないはずだ。洗脳系、使役系、間接破壊系、それらを融合させた制約ゲーム系の特殊能力とかだろう」 「制約ゲーム系って、異空間とか特殊なフィールドを具現化して、限られたルールの中で勝負したり、ルールを破ったら死んだりするとかいうヤツでしょ? ゲームの幻を見せて、負けたら自殺させるための洗脳系、使役系ってことだよね。間接破壊系ってどんなの?」 「同じような目的で使われるかな。人体は破壊できないけど、他の物は破壊できて、そのフィールドを破壊することで敗者に岩を降らせるとか。まあ、例えばの話だよ。前二つに比べて、本当にいるとは思っていない。普通の魔法で十分だし、使いどころがないからな。  いずれにしても、この推察の面白い点は、シンシア達チートスキル所持者を一括りに考えて、『タイムリミット』と紐付けただけで、正負両サイドの対立構造が一気に想定できることだ。イリスちゃんは、前に話していた通り、正負が実は逆転している可能性も完全には捨ててないと思う。つまり、俺達が世界を終了させる側という可能性だな。  あるいは、両サイドの可能性もある。その場合は、正負をそれぞれ一人殺害してクリスタルを破壊すれば、何も起きない。でも、流石にそれはないだろう。誰よりも世界の継続を願っている俺達が世界を終了させるのは、あまりにも理不尽だし、皮肉であり悲劇だ。触神様がそれを許すはずがない。何より、イリスちゃんが言った通り、クリスタルの意味がない。  また、負が実は正の可能性、つまり、最初の考えの通り、全員一丸となって世界を救わなければいけない可能性もある。しかし、ウキちゃんを殺そうとした奴や『ショクシュウ』によるチートスキル所持者フィルタの存在を仮定すると、その可能性は比較的低くなるということだろう」 「はぇー。でも、危機感は捨ててないとしても、この推察が面白いって言うのはお兄ちゃんだけじゃない?」 「俺は『面白い男』だからな」 「え? 何か言った?」 「お・も・し・ろ・い、男だからな」 「お・も・て・な・し、みたいに言わないでくれる? お・に・い・ちゃ・ん」 「お・ま・え・も・な」 「う・ざ・す・ぎ・る」 「お・ち・ん・ち・ん」 「き・も・す・ぎ・る・へ・ん・た・い・め・し・に・さ・ら・せ」 「お・れ・の・か・ち」 「つ・ま・ら・な・い」  ゆうが『あー、面白かった。やっぱりお兄ちゃんかっこいいなぁ、お兄ちゃん大好き』と言ったことを確認できて、俺は満足した。そのあと、ゆうが『お兄ちゃんは異常者の方でしょ。まあ、三下でもあるけど』と発言したのは無視した。  一味が城に戻り、正面扉を開けると、多くの人が彼女達の姿を一目見ようと、待機していた。出発の時から噂が大きく広まったのだろう。その中には、見なかったことにするようにと通達を出したパルミス公爵もいた。  一味はせっかくだからと、チンピラ風に歩きながら、その間を通り、『何見てんだよ! どきな!』などと怒声を上げながら、なぜか開け放たれて、中には王族を含めて、多くの人が見物のために待機していた玉座の間を通って、姫の部屋に戻っていった。  この城ってこんなに面白かったっけ?  「ふぅ……。まさか、お父様方まで私達をご覧にいらっしゃるなんて。すごいことになっていましたね」  姫達は部屋に戻ると、やっと一息ついた。そこで、俺は良いことを思い付き、姫の机まで移動して、彼女達が着替え始める前に、メッセージを書いた。 『ウキちゃん、この光景を目に焼き付けて、あとで何度でも思い出したくない? 腕輪に変身してたから、みんなの面白い姿をあまり見られなかったと思うし』 「え、うん。それはそうだけど、何かするの? あ、もしかして、イリスちゃんが生活レベルを確認する時の項目にあった『写真』とか『動画』のことかな?」  猫少女の姿に戻ったウキちゃんが、とんでもない推察力を発揮して答えた。本当によく分かったな。  ついこの前までは絶対にできなかった推察だ。これも『著しい成長』の内なのか。 『すごいよ、その通り。とりあえず、写真を試してみたい。最新の『三脚付きデジタルカメラ』と通常サイズの『デジタルフォトフレーム』に変身して、共通の『記録媒体』の状態をウキちゃんがそのまま記憶すれば、魔力の変換をしなくても、データのやり取りができるんじゃないかな。『万象事典』のデバイスでも撮影できるけど、できるだけ色々な物に変身した方が面白いと思って。もちろん、嫌なら断っていいよ。二つの協力に入ってないから』 「……。ねぇ、シュウちゃん。もうその二つの協力に拘らなくていいよ。遠慮も確認も必要ない。私、シュウちゃんやみんなのこと大好きになったから、どんどん役に立ちたい。私をいっぱい使ってほしい。  みんなが私のことを大切にしてくれてることも、もう分かってる。万が一、嫌になったら、ちゃんと言うから。大丈夫、どんな変身でも楽しいから!」  ウキちゃんは真面目な表情から一転して、俺達に変身の楽しさを元気良くアピールしてくれた。良い子だなぁ……。俺は、ウキちゃんを絶対に幸せにしようと、改めて心に誓った。 『ありがとう、ウキちゃん。俺達もウキちゃんのこと大好きだよ。分かった、遠慮しない。それじゃあ、早速変身をお願いしようかな。撮りたいシーンはウキちゃんが指示していいよ。俺達から希望があれば、その時に伝えるから。  一枚目を撮り終わったら、まずはみんなに確認してもらおう。ついでに、ウキちゃんからみんなに仕組みを軽く説明してもらおうかな。そのあと、フォトフレームに変身して表示できるかを確認して、それからはカメラに戻って連続で撮影する』 「うん、分かった! もうどっちも読んだからすぐに変身できるよ!」  ウキちゃんはそう言うと、部屋の入口の方を向いて三脚付きデジタルカメラに変身した。姫達は、俺とウキちゃんがやり取りしていた専門用語について、当然理解できていないので、これから何が起こるか分からないという表情をしていた。 「みんな、扉の前に並んでそのままにしてて! カウントダウンするから、ゼロになる時に、目は開いたまま、この小さい四角い箱の中心を笑顔で見て! シンシアさん、もう半歩右手側に! ユキちゃんは半歩左手側に!」  ウキちゃんは魔力音声で、まるで写真屋のように慣れた指示を五人に送った。俺はその間に、カメラを操作して、カメラ内蔵ではなく、外部記録媒体に画像データを保存するように設定した。フラッシュは切って撮影する。その方が、あとで画像処理ソフトで編集しやすいからだ。 「シュウちゃん、設定終わったよね? じゃあ、みんな行くよ! 三、二、一、ゼロ! はい、オッケー! みんな、この箱の裏側を見に来て!」  ウキちゃんの集合指示とほぼ同時に、俺はカメラを操作し、つい今しがた撮影した画像のプレビュー画面を表示させた。 「え⁉ 私達の精巧な絵が箱の中に!」  姫を筆頭に、他のみんなも驚いていた。 「これはすごい……。なるほど、これをいつでも見ることができるということか。しかも、おそらく何枚でも……」 「そう! もちろん限界はあるけど、ほとんど気にすることはないよ。この『カメラ』は、正面の丸い部分、『レンズ』から取り込んだ光を一つ一つ細かい情報にして保存する。それを『撮影』と呼ぶよ。  今は抜き差しできる超小型のカードに保存する設定にしてるんだけど、例えばそれを別の『カメラ』や機械に差し込むと、そこに保存された情報を表示できたり、編集できたりするよ。次は、もう少し大きく表示できるようにするね」  シンシアの驚嘆に、ウキちゃんは説明書通りではなく、非常に分かりやすい言葉で、みんなにデジタル撮影の仕組みを説明した。もちろん、完全に理解していないとできないことだ。  そして、ウキちゃんは、机の上でデジタルフォトフレームに変身した。どうやら、ちゃんと表示できているみたいだ。 『おおー!』 「今は一枚しか撮影してないから、それだけを表示してるけど、複数枚撮影して表示させれば、それが順番に、あるいはランダムに表示される。それを『スライドショー』と呼ぶよ。  もちろん、もっと大きく表示できる機械もあるけど、このデジタルフォトフレームは家庭用で、移動や持ち運びも簡単という理由で使われてるらしいよ」  ウキちゃんがフォトフレームの説明を終えると、扉がノックされ、コリンゼが合流した。当然、コリンゼもそのフォトフレームを目の当たりにして驚き、再度、彼女向けにウキちゃんがそれぞれの仕組みを説明した。  それからは、コリンゼも混ざって撮影を再開し、彼女に因縁をつける一味や、反撃を食らう一味、仲良く肩を組んだ一同など、ストーリー性のあるシーンを撮影していた。  俺達からは、カメラにもっと近づいて、世紀末自撮り風にしてもいいのではと提案した。あとで見たら、絶対に笑顔になれる写真になっているだろう。  自撮りなら、カメラを持った人間にウキちゃんが変身すれば、自分も入れるが、万が一にもその画像を他の誰かに見られた時に、『この子、誰?』と聞かれると説明できないので、残念ながら、ウキちゃんは一緒に撮影できない。城の来訪応対者記録には書かれていない存在だからだ。カメラ自体は、ショクシュウ村を興すに当たっての最新技術、と答えればいいだけだ。 『ウキちゃん、今のデータをリリアちゃんとコリンゼの観賞用として、二枚ずつ光沢紙に印刷できる? サイズはフォトフレームと同じぐらいで。印刷した写真はウキちゃんの一部で、魔力でできているだろうから、それを現物に変換する必要がある。  多分、ユキちゃんの魔力具現化魔法が使えると思う。ウキちゃんは元々が魔力粒子だから、すぐに使えるようになるはず』  俺がさらにそのデータを印刷するよう、ウキちゃんにお願いすると、彼女は元気良く返事をして、大きめのカラーレーザープリンタに変身した。すぐに変身できたことを考えると、写真の関連項目に印刷方法も載っていたのだろう。  ユキちゃんからウキちゃんに魔力具現化魔法を教えてもらったあと、俺はプリンタの設定で外部記録媒体からの印刷を選択すると、カラーで印刷を開始した。電源について伝え忘れてしまったが、電源が繋がっていないのに、なぜか動いていた。ウキちゃんが気を利かせて、比較的高い電圧の内部蓄電池を搭載したのだ。  向上心と応用力が高すぎる。これもイリスちゃんが見ていた項目を組み合わせて実現したことなのだろう。 「ありがとうございます。これで、皆さんと離れ離れになっても寂しさを紛らわせることができます。あの……シュウ様は城に残っていただけるのでしょうか。もちろん、シュウ様と離れたくありませんし、皆さんと連絡がとれますし、ショクシュウ村に私が行くまで、村の開拓状況を知るには、その方が効率が良いかと。コリンゼは、これからも私の部屋に来るということにすれば、一本で済むかと思うのですが、いかがでしょうか」  姫が俺達の残留を希望した。もちろん、俺達もそのつもりだが、リーディアちゃんの時と同じお願いをしたい。 『二人がよければ残りたいと思う。ただ、もし他にも経験値候補者を見つけたら、誘ってほしい。旅の最中に増やせる触手は多いほど良いから。もちろん、その人の状況や気持ち、本質を理解してからじゃないと問題になるから難しいけど。無理はしなくていい』 「ありがとうございます。承知しました。コリンゼと相談しながら、人を見極めて参ります」  それから一同は、そのまま寝る準備をして、今日は普通に休んだ。ウキちゃんとは、移動手段について検証したいことがあったので、俺達は触手を増やした上で部屋の窓を開けて抜け出し、彼女には壁を抜けてから地面でハヤブサに変身してもらった上で、縮小化した俺達を背に乗せて、何もない広い原っぱに向けて移動した。これも、部屋の外の近くに警備兵がいないために実現できたことだ。  目的の場所に到着すると、俺達は間違って踏み潰されないように元の大きさに戻った。検証したいことは、みんなが寝る前に条件分岐も含めて、俺が個人フェイズで『シュークン作戦ノート』と称した物を作って、ウキちゃんに変身して読んでもらった。 「じゃあ、始めるね」  ウキちゃんがハヤブサのまま魔力音声で俺達にそう言うと、レッドドラゴンに変身した。  まず前提として、この世界には飛行魔法が存在しない。ユキちゃんでさえ断念した魔法だ。理論上、俺も実現不可能だと思っている。レドリー辺境伯達の親書を処分した時のように、物体をある程度の高さまでなら浮かせることは可能だ。正確には、魔力粒子を使って宙に固定するという方法なのだが、飛行するとなると話は別だ。  例えば、ヘリコプターや小型ドローンの飛行原理をユキちゃんに教えても、ローターの役割を担う魔力の制御が難しい。それに、風の抵抗もあるので、それを防ぎつつ、姿勢を制御して、推進力を維持するのは至難の業だ。  別の方法として、魔力粒子を最大限に使って遥か上空まで浮いたあと、自分に対して横から力を加えつつ、滑空で目的地を目指すようなことも考えられるが、危険なので試せない。もちろん、転移魔法も存在しない。ウキちゃんの時のように、実在モンスターや魔法生物の召喚魔法は触神スペースを利用するから一部可能なのだが、人間は召喚できないらしい。  つまり、ほとんどの場合で、物理的に不可能なことは魔法でも実現できないのだ。だから、魔法での移動はできない。乗り物で移動する他ないことから、色々と試そうとしているわけだ。  今、ウキちゃんはドラゴンに変身したが、これは全くの空想上の生物に変身できるかの検証だ。今までは、どこかに実在する物だったり、それを合体させたり、猫少女のように人間に多少の変化をつけたりしただけだったので、まだ試していなかったことだ。  残念ながら、この世界にドラゴンがいないことは『万象事典』で確認済みだ。ウキちゃんにも部屋を出る前に変身対象について予習してもらっている。  必ずしも俺達が想像するようなファンタジーの世界ではないということだが、とりあえず変身は成功だ。ただ、問題はここからだ。次に、できるだけドラゴンの形を維持しつつ、時速五百キロで飛べるブルードラゴンに変身してもらう。 「あ、変身できない。次、イエロードラゴンね。……。変身できないね」  レッドドラゴンの足元からウキちゃんの魔力音声が聞こえてきた。イエロードラゴンの条件は、速さは不問にして飛行できさえすればいいというものだった。  つまり、ドラゴンは物理的にも魔法理論的にも飛行できないのだ。鳥のように体重が軽くない上に、胸筋は発達しているかもしれないが、翼には十分な揚力を発生させる複雑な羽もない。魔法については、さっき言った通り。  やはり、俺が同人誌を読んでいる時に、『ドラゴンってどうやって飛んでるんだ?』と疑問に思って調べた通りだ。この分だと、魔法なしでは口から炎も吐けないな。魔法が使えるのなら口から出す必要もないし。  少なくともこの世界では、ドラゴンは俺達のロマンが打ち砕かれた完全に見かけだけの生物に成り下がってしまった。たとえ存在していたとしても、飛べず、遠隔攻撃もできず、そして、十分な食料も確保できずに絶滅しているだろう。結界外のモンスターも、普通の物理法則に則っているに違いない。  だが、ちょっとだけ安心してほしい。一応、エルフのような人間やドワーフのような人間もいるらしい。ただし、あくまで見た目だけで、種族は人間なので寿命は変わらない、いや、むしろ短い。部族として、平均的に弓や魔法が得意だったり、鍛冶が得意だったりもしない。だから『ちょっとだけ』。  エルフやドワーフがいない理由も俺が前に調べた通りなんだろうなぁ。人間に近い見た目なのに、人間よりも寿命が圧倒的に長いとか、地下で暮らして食料に満足しつつ病気にもならないとか、進化論的にも生物学的にも説明できないもんな。植物でも水生生物でもあるまいし。  まあ、それはともかく、人が乗れるサイズの飛行生物が無理なら、科学と現代技術で行くしかない。 「じゃあ、高速ヘリコプターに変身するね」  最新の高速ヘリコプターへの変身は無事成功し、俺達は触手を増やして早速その操縦席に乗り込んだ。地上に残した触手は少し離れた所に移動し、ローターの風で飛ばされないように地面に張り付いた。  ウキちゃんがドアにロックがかかっていない状態で変身してくれたので俺達はスムーズに中に入れて、さらにそれを自動的に感知し、内部電源を使って操作画面を表示してくれた。全ての操作がタッチパネル兼表示パネルに集約されているので、飛行前の点検も容易だ。  さらにすごいのが、俺達からウキちゃんへの定型指示や文字入力による任意指示も可能だ。もちろん、こういう操作項目があれば良いと俺から伝えたが、それが分かりやすく完全に再現されている。  俺は早速操作を開始した。まず、日本語で書かれた『検証』ボタンを触手の頭で押した。すると、画面が切り替わり、いくつかの検証項目が表示された。  次に俺は、『ホバリング』ボタンを押した。その一秒後、遠隔の敵からの攻撃魔法対策として、空間魔力遮断魔法と、騒音対策としての空間防音魔法が順番に展開されると、エンジンが始動し、メインローターとテールローターが回転を始めた。進捗状況はパネルに表示されている。  そして、ヘリコプターが浮き上がり、高さ三メートルほどを維持してホバリングを開始した。ライトは遠くからでも目立つので点けていない。パネルには五分のタイマーと『検証中止』ボタン、『緊急指示』ボタンが表示されている。  この低さを安全にずっと維持するのは、操縦桿を握った人間では高度なテクニックが必要だろうが、完全にコンピュータ制御された機体には関係ない。しかも、今は無風で、何かを吊り下げた時に起こる振り子現象で機体が揺さぶられるわけでもない。  万が一、何か異常があれば、すぐに元の姿に戻るよう、ウキちゃんには伝えてある。この高さなら俺達も普通に着地できるからだ。仮にもっと高い位置から落ちても、『触手の尻尾切り』で全く問題ないし、何なら触手を消してもいい。地上に触手を残してあるから、俺達を回収しに城に戻る必要もなく、すぐに検証を再開できる。  その異常についても、変身したもののことをすぐに理解できるウキちゃんだからこそ、一瞬で気付くことができる。もし、みんなを乗せて上空を飛んでいる時に異常があって元の姿に戻ったら、落ちるみんなを下から包むことができる大きな網と深いクッション、それと繋がった大きく開いたパラシュートと付属の自動制御装置にすぐに変身したら、空間魔力遮断魔法を使うように伝えてあり、今日もその練習をする予定だ。非常訓練は大事だからな。 「うん、思ったより全然魔力を消費しないね。最大航続時間四時間の中の五分間だからかもしれないけど、もしかしたら、みんなの魔力を食べて、全魔力量が増えたのかも。機体よりも燃料の方に魔力の比重を置けば、もっと航続距離が伸びるかな。まあ、今のままで十分だと思うけどね」  検証タイマーが終了すると、ヘリコプターはゆっくりと着地し、ウキちゃんが魔力消費についての結果を魔力音声で話してくれた。当然、機体の方の検証結果はパネルに表示され、問題がなかった。  なるほど、彼女の言う通り、魔力の比重を変えられるなら、航続距離を伸ばすことが可能だ。てっきり俺は、機体と燃料に使用する魔力の比率が体積比率と同様に一定だと思っていた。魔法生物だからそれが可能なんだな。人間が『変化』を所持して変身しても、そういうことはできなさそうだ。  それから俺達とウキちゃんは、次々に検証と訓練を行い、試験飛行として、セフ村との往復も五十分で成功させた。ライトは同様に点けていなかったが、現在地の特定と、セフ村の方向、速度と経過時間、赤外線カメラから、それぞれ問題なく到着できた。本人追尾型の空間魔力遮断魔法と空間防音魔法も問題なかった。  あとは、抜け漏れがないかをウキちゃんとしっかり確認してから、未明にハヤブサで城に戻った。  検証に付き合ってくれたお礼をウキちゃんに伝えると、『もっと勉強したい! 楽しい!』とみんなを起こさないように静かに言って、姫の机の上で、バックグラウンドで各ページを高速スライドする機能が付いた『万象事典』に変身した。ユキちゃんが作った魔力粒子を応用した魔法も全て覚えるそうだ。ウキちゃんの気持ちを察するに、今回の検証が、その手順も含めて、とても面白かったらしい。  どうやら、文字通り『知識欲モンスター』を生み出してしまったようだ。頼むから、いきなり『人間は悪。滅ぶべし』とか言わないでくれよ、ウキちゃん。 「お兄ちゃん、ちゃんと考えたんだね」  ゆうが前回の反省を活かした俺の作戦を褒めてくれた。嬉しい。 「ありがとう。と言っても、空間魔力遮断魔法と空間防音魔法を追加しただけだがな」 「そのこともそうだけど、その前とか後のことだよ。ウキちゃんと話し合って、平常時、非常時の対策の穴を自分達で見つけようとしてた。  例えば、誰かが乗り込む時や降りる時は必ずローターが回っていないことを確認する、万が一、ローターが回ってる時に、近づこうとしたり降りようとしたりする仲間がいたら、ウキちゃんがすぐに大きなクッションに変身して全員地面に落とす、変身が間に合わないなら元の姿に戻る。なぜならエンジンを停止してもすぐにローターが停止しないから、とか。  身を屈めてれば問題ないけど、うっかり忘れちゃったり、地面の高低差があったりもするからね。急いで乗り降りするわけじゃないから、その手順が安全なんだよね。もちろん、あたしも穴を見つけようとしてたけど」  ヘリコプターのメインローターに頭部を叩かれて死亡する事故は、過去に何度もあり、その対策で挙げた手順だ。 「そうだな。冷静さと時間さえあれば、俺もちゃんと考えることができるから、それが大事かなって思った。もちろん、無知も危険に繋がるから、他の情報や意見も聞く。  でも、だからと言って、楽しい時に楽しまないのはもったいないからなぁ。ゆうみたいに切り替えをもっと早くできたらなぁと思ったな」 「別にいいんだよ。そのためにあたしもいるんだし。それに、あたしだって浮かれることもあったでしょ? 危険な時に、二人同時に浮かれることがダメなだけだよ。  万全を期した上で、安全な時に浮かれるのは良いと思うけどね。ウキちゃんのハヤブサに乗ってる時だって、あたしが何も言わなくても、そのあと落ち着いて普通に移動手段のことを考えられたと思うよ」 「ありがとう、ゆう。本当に嬉しいよ。でも、反省文は書かせてくれ。同じ理屈で、生きている時に死んだ気になることが大事なんだ」 「いや、同じじゃないでしょ。あたし達の遺書じゃないんだから」 「全裸の時に服を着ている気になるのはダメだろ? それと同じだよ」 「それはダメだけど……もういいや。じゃあ、死ね!」  俺は死んだ。このために、ゆうに『死ね』と言わせているのだ。だから、本当は二回しか死んだ気になったわけではない、数え切れないくらい死んだ気になっていた。それでも失敗する。  正直、シンシア達が羨ましい。俺も朱のクリスタルの影響で著しく成長したい。でも、他の人に渡しても、それはそれで危険だし、俺達はクリスタルの影響を受けないんだよな。  他力本願か、やめておこう。反省文の反省文を書かなければいけなくなる。明日、と言うかもう今日か。朱のクリスタルに接触した時とその後の作戦を改めて確認することにしよう。



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