俺達と女の子達が催眠魔法を駆使して国家を救済する話

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 二十一日目の昼。  玉座の間の一同は、朝起きてから今まで、飽きずに『男の娘ゲーム』をしていた。一方、ユキちゃんが城門に到着した。 「セフ村のユキ=リッジです。シンシア騎士団長にお会いしに参りました」 「お話しは伺っております。少々お待ちください」  門兵が中に入り、シンシアを呼びに行った。数分後、門兵が戻ってきて、門をそのまま開けると、その先にはシンシアが立っていた。 「ユキ! よく来てくれた。一週間会っていなかっただけだが、何だかとても久しぶりに思える」  二人は手を握って再会を喜んだ。 「ふふふっ、確かにシンシアさんにとって、すごく濃い一週間でしたよね。これからもまだまだやることがあるなんて、信じられないほどです。私にできることがあれば、お手伝いします。行きましょう」 「ありがとう、本当に嬉しいよ。まずは、食堂に向かう。玉座の間に料理を運ぶ時には、中を少し覗いて、広さを確かめておいてくれ」 「分かりました」  シンシアの先導で、来訪応対者記録用紙に名前を書いてから、二人は城の食堂に向かった。  食堂は、玉座の間に向かって右側の通路を真っ直ぐ行った所にあり、丁度昼食時だったので賑わっているようだった。 「明日の昼食は人気メニューだな。みんなには是非食べてもらいたい」  シンシアは通りすがりに、食堂の扉の横に書いてあった献立を確認しているようだった。  さらにその奥には料理長室があり、シンシアがノックして入った。 「私だ。話は聞いている通りだ。玉座の間の前までシチューの手配を頼む。中では私が配給する。せっかく作ってもらった料理の味や温度を落としてしまい申し訳ないが、緊急事態ということで理解してほしい」 「滅相もございません。お気遣い感謝いたします。それでは玉座の間の前でお待ちください」  料理長はそう言うと、料理長室に直結した調理場に入っていった。シンシア達は玉座の間に向かい、その前で待つこと五分ほど。思った以上に早く、シチューの寸胴と食器類が乗った配膳台が二人の調理師によって運ばれてきた。 「寸胴が倒れないように、こちらの鍋つかみを付け、手で押さえながらお運びください。それでは」  女調理師はそう言うと、調理場に戻ろうとした。 「ちょっと待ってくれ。忙しいところすまないが、一人だけここに残って運ぶのを手伝ってほしい。運ぶだけでいい。この子は中に入らないからだ。ただし、中のことは誰にも話してはいけない」  シンシアは、ユキちゃんのことを指して、調理師達に頼んだ。 「それでは、私が残ります」  女調理師が落ち着いた声で立候補した。ユキちゃんが詠唱を始めると、調理師がシンシアに質問した。 「彼女は何をしているのですか?」 「失礼ながら、料理に毒が入っていないかを魔法で確認している」  嘘は言っていない。実際、それを確認してから、遅効性魔力結合型催眠解除魔法をかけている。 「終わりました。どうぞ、お運びください」 「ありがとう。ここで待っていてくれ。また来る」  ユキちゃんの促しに、シンシアと女調理師は、中に配膳台を運んだ。ユキちゃんは中を覗いてから、そのまま扉の外で待機する。  玉座の間では、シチューの匂いにみんなが少しざわついた。 「皆様、申し訳ありませんが、ここに留まっていただく時間が伸びそうなので、食事を用意しました。これまでは、警戒して食事を制限しましたが、このままでは流石に皆様の体調に影響を与えかねないので、私が毒見して、それにご納得いただいた上で、お召し上がりください」  シンシアはそう言うと、自分でシチューをよそい、十分に味わって食べた。 「遅効性の毒を警戒なさる場合は、お待ちいただいてかまいませんが、その分だけ料理が冷めてしまうことをご了承ください。温め直しません。ヨルン、何度も往復させることになってすまないが、配るのを手伝ってほしい」 「いえ、全然かまいません」  シンシアの説明が一段落ついたと見て、女調理師は玉座の間から出ていった。  この調理師、その物腰といい、何か気になるな。本当は料理の感想を聞きたくて残りたかったのだろうが、でしゃばらず、有能の匂いがする。  シンシアがシチューをよそい、ヨルンがスプーンと一緒に二人分の器をそれぞれ手に持って、配っていった。料理を拒否した人は、いなかったようだ。拒否すると、逆に怪しまれるからだろうか。  クリスとヨルンもシチューを食べていた。 「あ、このシチュー、あの店で食べた味と同じです。流石ですね。少し冷めても美味しいです。温かかったらもっと美味しいのでは? もしかすると、あの店よりも……」  本店が一番美味いというやつだろうか。調理する腕の違いか。何となくだが、あの女調理師なら、より美味いものを作れそうな気もする。  だとすると、彼女の正体が『あの娘』の可能性もあるのか……。俺には気になっていることがあった。シンシアの調理大臣の話で、『家にいる娘の言う通りにしているだけ』ということだったが、『本当に家にいるのか』という疑問だ。机上だけで、あそこまでのシステムや各レシピを構築できるのだろうかという疑問でもある。  それぞれの現場を観察し、トレンドも含めて、様々なことを熟知していなければ、たとえ天才のイリスちゃんでも、できないことではないだろうか。また、調理大臣との詳細なやり取りを、手紙だけで完結できるのかとも思った。  味の感想一つとってもそうだ。真の探求者であれば、良い感想も良くない感想も、リアルタイムで聞きたいはずだ。それらを満たすとすると、城内の調理場が最も適している。  そして、休みの日には、研究のため、城下町に繰り出す。調理場の一調理師と、王やパルミス公爵、シンシアとの接点がこれまでなかったからみんな気付かなかったが、今回のことで、もしかすると、そのことに気付いたかもしれないな。 「確かにすごく美味しいです。『あの店』って、城下町にあるんですか?」  ヨルンはシチューの味に感動し、店にも興味津々だ。 「はい。シンシアさんに連れて行ってもらいました。今度、みんなで行きましょう」  クリスとヨルンの称賛に、王が反応した。 「ふふふっ、我が国の料理は素晴らしいだろう。私も城下町の店に色々と行ってみたいのだが、やはり立場上難しくてな。変装魔法をかけてもらっても、結局、護衛付きの集団で行くことになるから、バレてしまうのだ。だから、独自のレシピを教えてもらえない店の場合は、調理師を城に招いて、作ってもらうこともある。もちろん、その分の報酬は相応に上乗せしてな」 「はい。本当に素晴らしい料理ですし、素晴らしいシステムだと思います。国の料理が好きになると、国そのもののことも好きになりますね」  クリスの言葉に、パルミス公爵も身を乗り出して反応した。 「流石、クリス。その通りだ。もちろん、食糧情勢のためということが大きい理由でもあるが、国民の愛国心を育むことも目的だし、各国の我が国への好感度を高める目的もある。  それは料理に限らない。それこそ、碁もそうだし、『男の娘ゲーム』もそうだ。人を喜ばせる、楽しませるものが、どんどん我が国から生まれてくる。そのことが誇りとなり、絆となる。それが陛下のご意思なのだ。おっと、少し政務の話をしてしまったかな?」 「そうは言うが、私も最初から言葉にできたわけではない。パルミス公爵や、調理大臣のクウィーク伯爵の長女によって、言語化してもらったと言っていい」  王は意外にも謙虚だった。 「今のお話しに関連して、私には気になっていることがありました。王は、碁の達人にしろ、調理大臣のご息女にしろ、自らの権力でその存在の詳細をご存知になることも容易だと思うのですが、積極的になさらない。よろしければ、どのような信念をお持ちなのかお聞かせ願えないでしょうか」  出自を公にできないクリスらしい質問だ。 「そうだな。興味がないわけではないのだ。しかし、まず私がそれを知って何になるのかを考える。次に、その者が国家や王族に対して、ある程度の忠誠心や好感を持っていて、かつ、私よりも優秀な者が、その秘密を隠しているのであれば、私にとっても相応のメリットがあるか、その者のデメリットにしかならないのだろうと考える。  クウィーク伯爵の長女の話で言えば、彼女が前面に出て取り仕切るより、正体を隠して別のことをしていた方が、様々なアイデアが生まれ、ジャスティ国にとって国益になるのではないかということだな。正体を隠すことを私が容認するだろうとさえ考えている節がある。それは私への信頼であり、決して裏切りではない。  一方で、正体を隠して裏で悪さを行う者もいて、一見区別はつかないが、表の過程と結果さえ知ることができれば、自ずと判別できる。その場合、その者の態度と行為は、裏切りと受け取る。私は裏切りを許さない。私への裏切りはもちろん、他者への裏切りもだ。  心情的には全く異なるが、裏切った者の顔だけでなく、悲しみにも怒りにも絶望にも取れる裏切られた者の顔を見たくないのだ。結果的に裏切ることになってしまったと言うなら、情状酌量の余地はある。そうでなければ死罪となるのは、詐欺や托卵の判例でお主も知るところだろう。……。怖がらせてしまったかな。  いずれにしても、クリス、今日話してみて分かった。もしかすると、レドリー辺境伯にはすでに明かしたのかもしれないが、仮にお主に隠し事があっても、私に言う必要はない。すでに知っていることかもしれんしな。わっははは!」 「……。陛下の寛大さと聡明さに、心から感動いたしました。今後の私の全ての行動は、ジャスティ国の国益のためとご承知おきください」  少しの間を置いてからのクリスの返事は、感動もさることながら、彼女の出自を知っているかのような王の物言いに驚いたことを表していた。王が言った『裏切られた者の顔』というのは、親友のレドリー辺境伯のことを想像しているのだろうか。  すると、パルミス公爵が王のあとに続いた。 「陛下のみならず、私達貴族はその性質や役職上、他人を簡単に信用できないものだ。しかし、クリスやヨルンのように、裏表を感じることがない人物というのは、私達にとって新鮮だ。  ただ、私達がそのことに心を動かされ、簡単に信用してしまう恐れもある。そのような意味では、貴族とそれ以外とは、心の接点がない方が良いのかもしれない。とは言え、世界を代表する強さを持つ君達のような存在相手に、無駄な警戒をしても仕方がない。それこそ、ヨルンが言った通り、私達を秒殺できるし、それどころか国さえ簡単に滅ぼせるのだ。  であれば、友好関係を築いた方が理にかなっている。幸い、君達はこちらからそれを望みたいほど、好感が持てることが分かったのだから、遠慮している暇などない。  あの時……ヨルンが財務大臣に剣を突き付けて、陛下への口上を述べ、クリスが即座に詠唱を始めた時には、正直震えたよ。恐怖ではない。感動の震えだ。  何者かなどどうでもいい。真っ直ぐな信念を貫き、その賢明さと共に、この場で一切怯むことなく、すぐさま行動に移した。我が国のために。  そのことが嬉しかったのだ。背中を押されたような気もしたよ。ありがとう。これが今の私の、隠すことのない気持ちだ」 「こちらこそ、ありがとうございます」 「パルミス公爵にそうおっしゃっていただけると、僕も嬉しいです」  クリスとヨルンも、素直な気持ちで嬉しそうに言った。 「どうした、パルミス公爵。雑談も交えずに、お主らしくないではないか」 「睡眠をとったとは言え、この事態にまだテンションが抑えきれないのかもしれないですね。陛下もそうでしょう? いつもは、ご自分のお考えを披露することなどないのに」 「ふふっ、そうだな。私も嬉しかったのだな。朱のクリスタルの輝きは失ったが、その代わりに素晴らしい輝きを見つけることができた。これを運命と言わず、何と言おうか。シンシア含め、お主達こそが、我が国の行先を照らしてくれると信じているぞ」 『はい!』  王の言葉に、クリスとヨルンは強く返事をした。すると、アリサちゃん達が続いた。 「陛下、素敵なお言葉でした。我が国は、陛下のご存在があってこそです。まさに、私達の嘘偽りない気持ちです」 「お父様も素敵でした! 普段は雑談ばかりですので、余計にそう思いました!」  父をネタにしたサリサちゃんのオチに、一同は爆笑した。 「おかわりありまーす! 食べる方がいらっしゃらないのであれば、私が食べまーす!」  シチューの残りがまだあるようで、シンシアが大臣達に呼びかけていた。それは、シチューを不審がって、少しずつしか食べない大臣がいた場合の対策とも解釈できる呼びかけであった。受け取ったものの、実際には食べていない大臣がいたのかは分からない。 「シンシアさん、他にいないのであれば、私も食べます」  クリスがシンシアから山盛りのおかわりを受け取り、シンシアも残りを食べて、寸胴は空になったようだ。 「食べ終わったら、食器はご自分の前に出してください。私が回収します。また、昼食前に申し上げた通り、昼寝の時間を九十分ほど設けますので、皆様、横になってください。これは、就寝時間と同様に、他の人の眠りの邪魔をしないための強制です」  横になってもらわないと、あとで睡眠魔法をかけた時に、倒れて頭を打ってしまう恐れがあるからだ。頭を打って無事なのは、ギャグ作品の中だけだからな。  しばらくして、シンシアが食器を回収していった。どうやら全員分、回収できたようだ。  昼食後、そのまま昼寝時間に入ることは事前に伝えていたため、昼食前に全員がトイレを済ませている。つまり、配膳台を片付けるシンシア以外、扉の外に出ることはない。 「クリス、ヨルン、中心で距離を保って警戒してくれ」  そう言うと、シンシアは配膳台を運んで、玉座の間を出た。 「待たせたな。ただ、もう三分ほど待ってほしい。食べるのが遅い人がいた。私はこれを調理場まで運んでいく」  シンシアは扉の横で壁を背に待っていたユキちゃんに話しかけた。 「分かりました。あの女性の調理師さんが、シンシアさんが出てきたら、少し冷めたシチューの味の感想を求めていたと伝えてくれと言ってました」 「分かった。すごいな、そんなことまで聞くのか……。皮肉ではないとすれば、やはり彼女は……」  俺達に聞こえるようにブツブツと呟きながら、シンシアは調理場に向かった。どうやら、シンシアも彼女が調理大臣の長女だと推察したようだ。  その五分後、シンシアが戻ってきた。 「すまない。かなり細かく感想を聞かれたので、時間がかかってしまった。それでは、頼む。クリス達がいる場所は、中心から五メートルほど右に、八メートルほど奥にずれている」 「大丈夫です。それも確認しながら魔法をかけられますから」  頼りになりすぎる。ユキちゃんが詠唱を始め、五秒後に魔法を発動して、さらに五秒後。 「終わりました。中に入りましょう。全員寝ていることも確認済みです。余程、大きな音を出して、体を揺さぶらない限り、三十分起きることはありません」 「あ、ああ。本当にすごいな……」  ユキちゃんのあまりの仕事の早さと手際に戸惑うシンシアが、扉を開けて中に入った。  俺達は、ユキちゃんの言葉を聞いてから、触手を増やし、クリスの外套から下りて玉座の間の天井の梁に向かった。ようやく全体を見渡せる。ユキちゃんに縮小化して巻き付いていた触手は消した。 「紹介しよう。向かって左がクリス、右がヨルンだ」 「初めまして、クリスさん、ヨルンくん。シュウちゃんから話は聞いています。二人とも、本当にかわいいね!」  ユキちゃんの笑顔が眩しい。やっと二人に会えたことが嬉しいのだろう。 「ユキさんこそ……。私のイメージ通り、いえ、それ以上です。今後ともよろしくお願いします」 「クリスさんが尊敬するほどの魔法研究者と聞いていましたが、実際、今の魔法も本当にすごかったです。僕も勉強させてください。よろしくお願いします!」  クリスとヨルンが目を輝かせて、ユキちゃんに挨拶した。 「あははは、畏まらなくていいよ。いっぱい仲良くしようね!」 「私もこの光景を見られて嬉しいよ。まずは、シュウ様とイリスの作戦を済ませようか」  俺もシンシアと同じく、この場面を見ることができて嬉しい。しかも、ここには世界最強が四人揃っているのだ。この台詞、大聖堂に入る前にも言ったな。あの時は、三人だった。  ユキちゃんは、戦い慣れこそしていないものの、『勇運』でどうにでもなるし、今のように、一切中に入らず、外から制圧できるとんでもない魔法を使うことができるので、大聖堂では、もっと簡単に作戦を遂行できたかもしれないのだ。もちろん、対象は魔力遮断魔法で囲まれていたから、そのままでは無理だが、ユキちゃんなら何とかできそうだ。 「それじゃあ、始めますね。三人ともそのまま動かないでください。天井には届かないから、そっちのシュウちゃんは気にしなくていいよ」  ユキちゃんが詠唱を始めた。空間催眠魔法だろう。天井の俺達まで気遣ってくれた。  詠唱後、条件を言っていたが、明らかに全員に届く声量ではなかった。声を魔力に乗せたということか。 「終わりました。魔法をかけられた人達は、全てを自白しますし、問題を起こしたりもしません。逃げもしません」 「これは夢ではないのでしょうか……。にわかには信じられません……。催眠魔法の空間展開に加え、最難関の音声伝達魔法まで、それも空間展開で完璧に発動できるなんて……。あの詠唱なら、確かにできそうだとも思うのですが、部分的にしか理解できないので、それを単に真似ても発動できないでしょうね。おそらく空間展開の根本的な理論が違うような気がします」 「あとで教えますね」 「え⁉ いいんですか? そんなに簡単に教えてもらって……」 「はい。消滅魔法を教えてもらうことになってるし、それに、クリスさんはシュウちゃんにとっても私達にとっても大切な一人でしょ? もちろん、昨日加わったばかりのヨルンくんもね」 『ありがとうございます!』  クリスとヨルンがユキちゃんにお礼を言った。世界最高戦力がさらに増大するみたいだ。 「あたし達の力じゃないけど、みんなと一緒ならチートスキル無双できそうだよね。これからのスキル取得って、もう子孫繁栄のためだけでもいいんじゃないって思える。まあ、イリスちゃんとアースリーちゃんを守るためには、やっぱりちゃんと必要なんだけど」  ゆうの意見も一理ある。 「でも、魔王みたいな強大な敵がいるわけでもないし、世界征服するために俺達が魔王みたいになるのも違うだろ? 理想の国、理想の世界にしたいっていう欲望が生まれるとしても、無双するのは、まだまだ先の話だし、そんなことにはならないだろうな。  そしたら、俺達は彼女達に愛想を尽かされる。俺達の力じゃないことが良いんだ。力に溺れることがない。仮に俺達が慢心しても、イリスちゃんやアースリーちゃんを含めて、賢く冷静な彼女達がブレーキをかけてくれる。もちろん、その逆も然りだ。改めて、良い関係だと思う。  スキル取得は、俺に言わせればまだまだ足りないな。俺達、旅の一行がセフ村に戻れば、そうかもしれないが、少なくともシキちゃんを連れ帰るまでは、危機意識マックスで取得していく。何もなかったらそれで良い。これまでだって、何度もそういうことがあった。でも、無駄だったなんて一度も思ったことはない。絶対に誰も傷付かせたくないんだ。  こう言うと、何か無理してるように聞こえるかもしれないが、そういう精神面で失敗したら元も子もないからな。超一流の仕事を目の当たりにして、俺も見習いたいなと思ったよ。自分にできる範囲を認識して、できないことはみんなに任せる。もちろん、いつものように、ゆうにも任せるさ」 「みんな成長してるんだね。あたしは何か成長してるかな……。前に宣言はしたものの、自信ないんだよね」 「成長したことには、大抵あとから気付くものだ。気にすることはない。もちろん、何もしていないと成長しない。  ただ、ゆうは俺と常にいることで、俺がどういう作戦を立てるか、一人でもほとんど思い付けて、筋道も立てられているはずだ。その証拠に、かなり早い時点で、俺が言った作戦を瞬時に理解でき、行動に移せている。  今思えば、頭の回転速度と理解力に優れているだけでは、到達できない気がするんだ。想像力が増したと思う。その前提があるからこそ、筆記と理解と考察のマルチタスクが実現できているのではないかとも思う。大丈夫だ。お前が成長していなかったら、俺が指摘してやる。だから、俺が成長していなかったら、お前も指摘してくれ」 「うん。ありがと、お兄ちゃん」  俺達兄妹だって、みんなとの関係に負けないぐらい、良い関係でありたいと思う。それが俺達の『チートスキル』であるように……。 「シュウ様、今後の流れを皆と話したので、ご確認よろしいでしょうか。  全員目覚めた後、他国のスパイを引きずり出し、全てを告白させ、ここで完全拘束し、玉座の間を出入り禁止とする。同時に、城への出入りも禁止し、今日の夕食と明日の朝食、調理場のまかない、それぞれにシチュー同様、ユキの魔法をかけ、城内にまだいるかもしれない催眠魔法がかかった者の一斉解除を行う。  朝食後、クリスの魔力を借りたユキが、城全域に空間催眠魔法を展開し、残ったスパイを玉座の間に集め、同様に拘束する。その間に自害された場合は、仕方がないものとして諦める。  その後、拘束された者達を牢屋にまとめて入れ、午後、改めて報告会およびスパイ対策検討会を開催する。牢屋に入れるかどうかにかかわらず、拘束者の死刑をユキが執行できるよう陛下にお願いする、という流れです」  シンシアがまとめた作戦は、文句の付けどころがないほどで、俺が考えていた流れと全く同じだった。なぜ玉座の間で拘束し、牢屋にまとめて入れるのかについては、城内の残党が牢屋に来て、口封じを行うか逃がす恐れがあり、締め切った玉座の間の場合は、外での目撃者も増え、中には俺達が天井にいるので監視しやすいから。拘束しておけば、一緒に逃げ出す際にも時間を稼げる。  ユキちゃんが死刑を執行するのは、彼女がこれまで人を殺したことがないため、今後の戦闘でそのような場面になった時に躊躇しないようにするのが狙いだ。まさか、ユキちゃんのことまで考えるとは思わなかったな。  俺は彼女達の作戦を了承した。 「まだ皆が目覚めるまで時間があるな。ユキに『男の娘ゲーム』の説明でもしておくか。今日は説明だけだが、実際に私達以外と遊ぶ時は五回までとする。ユキが全勝して、その異常性に気付かれてしまうからだ」  シンシアがユキちゃんに、軟禁中に玉座の間で起こったことを話した。ユキちゃんと囲碁で対局するとどうなるんだろうな。考えていたことと違う場所に打ったり、反則負けになる『ハガシ』をしてしまったりするのだろうか。  それからしばらくして、睡眠魔法が解け、寝ていた者達が続々と起き始めた。俺達は、それに合わせて、クリスに巻き付いていた触手を縮小化した。 「陛下、玉座にお戻りください。現時点で、玉座の間の全員に対して、軟禁を解除いたします。このような状況にした経緯と結果報告を含めて、これからの進行は私にお任せください。こちらの者のご紹介もその際に行います。他の者は、いつもの位置に戻るようご命令いただいてかまいません」 「分かった。よろしく頼む。皆、所定の位置に着くように!」  全員が起きると、まず目に飛び込むのがユキちゃんの存在だが、シンシアがそのことを含めて、王に報告することになった。シンシア達は、玉座の正面に戻り、最初の順番に並んで跪いてから、ユキちゃんをクリスの隣に並ばせた。  改めて玉座を見ると、驚くことに、王は王冠を付けていなかった。王らしいマントも付けておらず、服装だけなら、向かって左横のパルミス公爵と同じような貴族の格好だ。ジャスティ王にとっては、王らしい格好も無駄で、そのような物で放つ威厳など、ここでは不要ということだろう。国民の前に姿を見せる時は、流石に付けるだろうか。この王なら分からないな。 「それでは、ご報告申し上げます。財務大臣の自害を目撃したことで、私達は、私とクリス、ヨルンを除いたこの場の全員に催眠魔法がかけられている可能性を考慮しました。  ここから出ていってしまうと、さらなる破壊工作や混乱の火種となりかねなかったため、単独での出入りを禁止しました。その際、監禁のように、完全に拘束されたり、ヨルンが剣を突き付けた時のように、身動きが取れない状態になったりすると、それが自害の合図となる可能性もあるため、軟禁を選択しました。  また、催眠魔法を解除しようとするだけでなく、何らかの魔法を詠唱した時点で、自害される恐れもあるため、あらゆる魔法の詠唱を禁止しました。陛下を始め、一人でも欠けてしまうと、我が国の大損害になると考えた次第です。  一方で、スパイ行為を行った者をそのまま捕らえたいとも考えました。私達が大聖堂で残党を捕らえた際、その者達の記憶が消されていたことを教訓とし、いかに催眠魔法の影響を受けずに、解決できるかを考え、こちらにいる国内随一の魔法研究者である、セフ村のユキ=リッジが私を訪問する予定だったことを幸いとし、事態の解決を依頼しました。  どのように解決したかは、現時点で述べることはできませんが、陛下であれば、ご想像に難くないと拝察いたします。  以上、緊急事態を宣言した経緯ですが、それ自体は、まだ解いておりません。なぜなら、この場での解決には至りましたが、城内全体で見た時には、完全解決したわけではないからです。とは言え、その解決方法もすでに考えておりますので、ご安心ください。  まずは、今この場で、他のスパイを炙り出します。ついでに、スパイだけでなく、裏切り行為を行っている者も炙り出します。もちろん、該当者がいなければ何も起こらないので、その点は失望なさらずに、むしろ喜ばしいことであるとご理解ください」  シンシアが玉座と反対の方向を向いた。 「他国のスパイ、他国と通じている者、陛下を裏切るための画策をしている者、そのいずれかに該当する者は、部屋の中央に歩み出よ!  次に、自分の部下がそれに該当すると考えたことはあるが、証拠や勇気がなかったり、保身のためであったり、好意を寄せてその者をかばう目的で、告白できなかった者は、中央より後ろの扉側に歩み出よ! その後、私の指示に従って供述するように! また、自分の行動が無意識だったかそうでなかったかも述べるように!」  隙間のない広い網で裏切り者を捕らえるようなシンシアの呼びかけに、大臣達はざわついた。三人が中央に、魔導士団長を含む三人がその後ろに、計六人が歩み出たからだ。思ったよりも多かったな。 「では、中央の総務大臣、経済大臣、法務大臣の順に、他国との関係性、これまでのスパイ行為、城外に協力者がいる場合は詳細を、また、それらが分かる証拠を陛下の御前で跪いて述べよ。  後ろの、外務大臣、農水大臣、魔導士団長は、該当者の行為と、積極的な調査の有無と結果、告白しなかった理由を同様に述べよ」  と言うか、主要な組織がほとんど含まれているのか。まさに、スパイ天国だ。  シンシアの指示のあと、次々に各位がその通りに告白していった。簡単にまとめると、総務大臣はエフリー国のスパイ、経済大臣と法務大臣はスパイではないものの、エフリー国に情報を流しており、城外にも協力者がいる。  外務大臣と農水大臣は、部下のスパイ行為に気付いていたものの、保身のために言えず、魔導士団長は調査を進めてはいたが、客観的な証拠がなく、手詰まりだった、とのことだ。  各位、いずれも無意識ではなかった。つまり、自害を除き、催眠魔法による行動ではなかった。魔導士団長には、なぜ該当者に自白魔法や催眠魔法を使わなかったのかとシンシアが聞いたが、思い付かなかったと答えた。  つまり、催眠魔法で『思い付くことを封じられた』わけではないのだ。彼の言で、俺は確信した。この世界の人間は、催眠魔法に対する危機意識が初めから欠落しているとしか考えられない。  しかし、レドリー辺境伯のように一度認識できれば、その意識は芽生える。このことから、朱のクリスタルの記憶と同様、間違いなく世界のルールに関係していると言える。  そして、催眠魔法を使った攻勢を仕掛けていることから、シキちゃんはこのルールに気付いている可能性が高い。ユキちゃんのために彼女を連れ戻すのはもちろんだが、世界のルールとその背後にある謎を知り、危機を回避しなければならない俺達自身のためにもシキちゃんに会う理由ができた。  もしかすると、彼女のチートスキルは世界の真理に近いものかもしれないな。 「以上が、スパイ関係者、および疑惑組織代表者の供述でした。証拠を確認次第、中央の三人に対して、裁判過程省略の陛下直々の処刑命令を、後ろの三人は相応の罰をお与えください。  また、かく言う私自身が、騎士団副長ビトーのスパイ行為に気付かなかった愚か者でございます。本件が完全解決した後には、どのような罰もお受けいたします。ご検討ください。  なお、三人の処刑の際には、今後のためにユキを執行人としてお使いいただけないでしょうか。魔力境界具現化魔法および魔力壁内発動魔法により、清掃を必要とせずに、この場でも処刑が可能です。それでは、今後の流れをご説明します」  シンシアは、俺達に話した内容を、王族とパルミス公爵に伝えた。そして、処刑予定の三人に重りを付けた上で、縄で椅子に拘束後、玉座の間に残し、その場は解散となった。  クリス達は、王から城での宿泊を勧められ、同時にパルミス公爵から来賓用の部屋を勧められたが、それを断り、シンシアの騎士団長室に一緒に泊まることにした。城下町の宿屋でとった部屋は前払い制だったので、そのままにしてある。  一同は、料理長室に行き、シンシアとユキちゃんが夕食と朝食前に再度訪れることを伝えてから、騎士団長室に向かった。  騎士団長室に入ると、執務室と一体となった応接室と、寝室で分かれており、前者は十分に広く、レドリー辺境伯の部屋の三倍はありそうで、後者もスペースに余裕があり、ダブルベッドで豪勢だ。その奥には風呂もあるようだ。 「四人寝るのはキツイかもしれないが、私が応接室のソファーで寝れば問題ない。クリスとヨルンは疲れただろう。十分に休んでくれ。食堂は午後八時まで開いているから、食べる場合は言ってくれ」 「そんな! 仮眠したとは言え、シンシアさんが一番疲れているでしょうから、僕よりもシンシアさんがベッドで休んでください! 僕はそもそも疲れないんです」  シンシアの言葉に、彼女を気遣ったヨルンが申し出た。なるほど、『反攻』は運動による肺や心臓、筋肉への負担さえもなくすのか。 「私も二人ほど動いていないので、シンシアさんが一人でベッドを使ってください。食堂が閉まるまでは六時間ありますから、五時間半ほど休めると思います。それで夜眠れなくなっても、睡眠魔法があるので大丈夫です。私はユキさんに空間展開魔法を教わったり、消滅魔法を教えたりします」  クリスも同様にシンシアを気遣った。 「ありがとう、二人とも。それでは、お言葉に甘えるとしよう。シュウ様、よろしければご一緒いただけませんか? シュウ様がいてくだされば、安心して眠れるような気がするので……」  俺達は触手を増やして、シンシアの体に巻き付くことで、それを肯定した。彼女が俺達にお礼を言ったのを見届けて、クリス達は寝室を出て、その扉を閉めた。  俺達が先にベッドに移動すると、シンシアは装備を外し、下着だけになり、ベッドに身を投げた。その様子とベッドの揺れ具合から、やはり彼女が疲れていたことが分かった。肉体よりは精神的な疲労の方が大きかっただろう。 「シュウ様のおかげで、昨日から今日にかけて乗り切ることができました。本当にありがとうございます」  俺達は、仰向けになったシンシアに近づいて、彼女の上に乗ると、両頬をペロペロと舐めた。それに対して、彼女は俺達の頭を撫でていた。その両腕の動きも次第にゆっくりになり、間もなくベッドのシーツ上にだらんと落ちた。  シンシアの寝息が聞こえてくると、俺達もそのままベッドに頭を付けた。おやすみ、シンシア。 「少なくとも私の空間展開は、『魔力面』が広がっていくんじゃなくて、一つ一つの『魔力粒子』が分裂して結合しながら広がっていくように構成を組むんだよね。それが結果的に面を広げて空間を生成するようになるって言うか。投げた網が広がって、その細かい網が何重にもなって、その網もそれぞれ上下で繋がる、みたいな。  変形空間展開も遠隔空間展開も、途中まで結合させないで、それ以降から結合させるだけ。魔力が足りなければ、自分から繋がっている粒子に魔力を供給したり、粒子間の距離を変える。慣れればその調整は必要なくなるから、今は気にしなくてもいいかな。  魔力粒子なら、お城みたいに色んな高さがある建物の壁に魔力遮断魔法がかけられていても、内部を通って広がっていくから、隣の塔の最上階にいる人にも魔法をかけられるよ。  まずは、魔力粒子を自分のものにすることが大事」  応接室では、ユキちゃんからの要望で、クリスの消滅魔法の詠唱だけは先に教えてもらい、それから、ユキちゃんが寝室に聞こえないような声量で、クリスとヨルンに最新の魔法講義をしていた。  それを聞いて、特にクリスが驚きの表情をしていた。 「完全に目から鱗です。魔力粒子という概念は、魔法研究界隈には存在しませんから……。なるほど、だとしたら、あの詠唱の意味も全て理解できます。  従来の研究では、空間展開の安定性ばかりに気を取られていましたが、『魔力粒子結合』の場合は、むしろ柔軟性を持つことになりますね。『遅効性魔力結合型魔法』への応用も、それを聞けば納得できます」 「流石、クリスさん。もしかしたら、すぐにできちゃうかもね。練習する時は、従来の方法通り、水魔法でやるといいよ。こんなふうに」  そう言うと、ユキちゃんが詠唱を始め、二人に手本を見せた。魔法を発動した瞬間、手のひらに傘のような形の水柱が瞬時に現れた。ただし、手のひらと傘の柄の部分は繋がっていない。おそらく、その間には魔力粒子だけが存在しているのだろう。  ユキちゃんの水魔法を見ていると、魔力の供給量によって、自由にその『傘』の大きさを変えたりもできるようだ。 「魔法の発動と、魔力粒子の放出、分裂、結合は別って考えた方が良いかな。だから、変形も遠隔もできるってこと。『発動後魔力』を『具現化前魔力』と『具現化後魔力』で別々に考えると分かりやすいかも。ねえ、クリスさん。今の私の魔法を見て、見覚え……ううん、聞き覚えはない?  この形、イリスちゃんがクリスさんの暴走時に消滅魔法をこうやって上空に逃がす話をしてたでしょ? その時は、T字型だったよね。  そう、クリスさんの消滅魔法は、その性質からも魔力粒子を応用したものだと思う。私が先に消滅魔法の詠唱を教えてもらったのは、それを確認するためでもあったんだよね。魔力粒子の概念を知らないのに、なぜ発動できるのか詳しくは分からないけど、多分、蒼のクリスタルの力だと思う。  クリスタルが解釈を肩代わりしてくれるのか、翻訳のようなことをしてくれるのかは分からないけど。魔力粒子の概念を知らずに消滅魔法を発動できるのはクリスさんだけで、例えば、その辺の魔法使いに消滅魔法の詠唱と発動方法を教えても、発動できないんじゃないかな。  それと、『昇華』による魔力量の増加は、『発動前魔力』が粒子化して分裂、増幅したんじゃないかって、あとでイリスちゃんが話してたんだよね。でも、流石イリスちゃんだよね。魔力量が増えた要因まで考察するなんて。『発動前魔力』がそもそも最初から粒子で構成されているんじゃないかとも言ってたかな。  それは、前にシュウちゃんから聞いた『原子』と『分子』の構造から推察したらしいけどね。イリスちゃんが言ったことをそのまま言うと、つまり、消滅魔法は魔力粒子が物質の分子間に無理矢理入り込み、分子結合を崩壊させ、全てを原子に帰する魔法なんじゃないかって。  原子崩壊でないことはシュウちゃんに確認した。それは、『放射性崩壊』っていうのを次々に起こして、かなり危険らしいから該当しない。『消滅』した時に、全くゴミが出ないのであれば、常温で固体の『元素』が空気と結びついているはず。 『原子』や『分子』の単語を使わずに正確に呼ぶなら、『崩壊魔法』『分解魔法』『回帰魔法』だけど、それはそれで別の意味にも捉えられるから、『消滅魔法』で差し支えないらしいよ」 「な、なるほど……。原子や分子については、まだ十分に理解できていませんが、魔法に関連する箇所は何となく分かりました。ちょっと、水魔法でやってみます」  そう言うと、ユキちゃんと同じ詠唱をクリスが始め、魔法を発動した。すると、ユキちゃんと同じ形の水が出現した。 「おおー! やっぱりすぐできたね」 「すごいです、クリスさん! 僕もやってみます」  シンシアを起こさないように、声を抑えて驚きを見せるユキちゃんとヨルン。すぐにヨルンが詠唱を始めた。発動後、ヨルンの手のひらには普通の水柱が出現した。 「多分、魔力粒子が大きすぎるね。砂粒以下の感じで、でも核はあって、そこから分裂したり、繋がったりするイメージ。クリスさんは、次は『傘』の上に『傘』を作ってみて。それが網と網を上下に繋げるってことだから」 『はい!』  ユキちゃんの直接指導を受け、クリスとヨルンは意気揚々と小さい声で返事をし、練習を繰り返していた。



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前のエピソード 俺達と女の子達が城に無事到着して作戦の実行と『男の娘ゲーム』をする話(4/4)

俺達と女の子達が催眠魔法を駆使して国家を救済する話

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 二十一日目の昼。  玉座の間の一同は、朝起きてから今まで、飽きずに『男の娘ゲーム』をしていた。一方、ユキちゃんが城門に到着した。 「セフ村のユキ=リッジです。シンシア騎士団長にお会いしに参りました」 「お話しは伺っております。少々お待ちください」  門兵が中に入り、シンシアを呼びに行った。数分後、門兵が戻ってきて、門をそのまま開けると、その先にはシンシアが立っていた。 「ユキ! よく来てくれた。一週間会っていなかっただけだが、何だかとても久しぶりに思える」  二人は手を握って再会を喜んだ。 「ふふふっ、確かにシンシアさんにとって、すごく濃い一週間でしたよね。これからもまだまだやることがあるなんて、信じられないほどです。私にできることがあれば、お手伝いします。行きましょう」 「ありがとう、本当に嬉しいよ。まずは、食堂に向かう。玉座の間に料理を運ぶ時には、中を少し覗いて、広さを確かめておいてくれ」 「分かりました」  シンシアの先導で、来訪応対者記録用紙に名前を書いてから、二人は城の食堂に向かった。  食堂は、玉座の間に向かって右側の通路を真っ直ぐ行った所にあり、丁度昼食時だったので賑わっているようだった。 「明日の昼食は人気メニューだな。みんなには是非食べてもらいたい」  シンシアは通りすがりに、食堂の扉の横に書いてあった献立を確認しているようだった。  さらにその奥には料理長室があり、シンシアがノックして入った。 「私だ。話は聞いている通りだ。玉座の間の前までシチューの手配を頼む。中では私が配給する。せっかく作ってもらった料理の味や温度を落としてしまい申し訳ないが、緊急事態ということで理解してほしい」 「滅相もございません。お気遣い感謝いたします。それでは玉座の間の前でお待ちください」  料理長はそう言うと、料理長室に直結した調理場に入っていった。シンシア達は玉座の間に向かい、その前で待つこと五分ほど。思った以上に早く、シチューの寸胴と食器類が乗った配膳台が二人の調理師によって運ばれてきた。 「寸胴が倒れないように、こちらの鍋つかみを付け、手で押さえながらお運びください。それでは」  女調理師はそう言うと、調理場に戻ろうとした。 「ちょっと待ってくれ。忙しいところすまないが、一人だけここに残って運ぶのを手伝ってほしい。運ぶだけでいい。この子は中に入らないからだ。ただし、中のことは誰にも話してはいけない」  シンシアは、ユキちゃんのことを指して、調理師達に頼んだ。 「それでは、私が残ります」  女調理師が落ち着いた声で立候補した。ユキちゃんが詠唱を始めると、調理師がシンシアに質問した。 「彼女は何をしているのですか?」 「失礼ながら、料理に毒が入っていないかを魔法で確認している」  嘘は言っていない。実際、それを確認してから、遅効性魔力結合型催眠解除魔法をかけている。 「終わりました。どうぞ、お運びください」 「ありがとう。ここで待っていてくれ。また来る」  ユキちゃんの促しに、シンシアと女調理師は、中に配膳台を運んだ。ユキちゃんは中を覗いてから、そのまま扉の外で待機する。  玉座の間では、シチューの匂いにみんなが少しざわついた。 「皆様、申し訳ありませんが、ここに留まっていただく時間が伸びそうなので、食事を用意しました。これまでは、警戒して食事を制限しましたが、このままでは流石に皆様の体調に影響を与えかねないので、私が毒見して、それにご納得いただいた上で、お召し上がりください」  シンシアはそう言うと、自分でシチューをよそい、十分に味わって食べた。 「遅効性の毒を警戒なさる場合は、お待ちいただいてかまいませんが、その分だけ料理が冷めてしまうことをご了承ください。温め直しません。ヨルン、何度も往復させることになってすまないが、配るのを手伝ってほしい」 「いえ、全然かまいません」  シンシアの説明が一段落ついたと見て、女調理師は玉座の間から出ていった。  この調理師、その物腰といい、何か気になるな。本当は料理の感想を聞きたくて残りたかったのだろうが、でしゃばらず、有能の匂いがする。  シンシアがシチューをよそい、ヨルンがスプーンと一緒に二人分の器をそれぞれ手に持って、配っていった。料理を拒否した人は、いなかったようだ。拒否すると、逆に怪しまれるからだろうか。  クリスとヨルンもシチューを食べていた。 「あ、このシチュー、あの店で食べた味と同じです。流石ですね。少し冷めても美味しいです。温かかったらもっと美味しいのでは? もしかすると、あの店よりも……」  本店が一番美味いというやつだろうか。調理する腕の違いか。何となくだが、あの女調理師なら、より美味いものを作れそうな気もする。  だとすると、彼女の正体が『あの娘』の可能性もあるのか……。俺には気になっていることがあった。シンシアの調理大臣の話で、『家にいる娘の言う通りにしているだけ』ということだったが、『本当に家にいるのか』という疑問だ。机上だけで、あそこまでのシステムや各レシピを構築できるのだろうかという疑問でもある。  それぞれの現場を観察し、トレンドも含めて、様々なことを熟知していなければ、たとえ天才のイリスちゃんでも、できないことではないだろうか。また、調理大臣との詳細なやり取りを、手紙だけで完結できるのかとも思った。  味の感想一つとってもそうだ。真の探求者であれば、良い感想も良くない感想も、リアルタイムで聞きたいはずだ。それらを満たすとすると、城内の調理場が最も適している。  そして、休みの日には、研究のため、城下町に繰り出す。調理場の一調理師と、王やパルミス公爵、シンシアとの接点がこれまでなかったからみんな気付かなかったが、今回のことで、もしかすると、そのことに気付いたかもしれないな。 「確かにすごく美味しいです。『あの店』って、城下町にあるんですか?」  ヨルンはシチューの味に感動し、店にも興味津々だ。 「はい。シンシアさんに連れて行ってもらいました。今度、みんなで行きましょう」  クリスとヨルンの称賛に、王が反応した。 「ふふふっ、我が国の料理は素晴らしいだろう。私も城下町の店に色々と行ってみたいのだが、やはり立場上難しくてな。変装魔法をかけてもらっても、結局、護衛付きの集団で行くことになるから、バレてしまうのだ。だから、独自のレシピを教えてもらえない店の場合は、調理師を城に招いて、作ってもらうこともある。もちろん、その分の報酬は相応に上乗せしてな」 「はい。本当に素晴らしい料理ですし、素晴らしいシステムだと思います。国の料理が好きになると、国そのもののことも好きになりますね」  クリスの言葉に、パルミス公爵も身を乗り出して反応した。 「流石、クリス。その通りだ。もちろん、食糧情勢のためということが大きい理由でもあるが、国民の愛国心を育むことも目的だし、各国の我が国への好感度を高める目的もある。  それは料理に限らない。それこそ、碁もそうだし、『男の娘ゲーム』もそうだ。人を喜ばせる、楽しませるものが、どんどん我が国から生まれてくる。そのことが誇りとなり、絆となる。それが陛下のご意思なのだ。おっと、少し政務の話をしてしまったかな?」 「そうは言うが、私も最初から言葉にできたわけではない。パルミス公爵や、調理大臣のクウィーク伯爵の長女によって、言語化してもらったと言っていい」  王は意外にも謙虚だった。 「今のお話しに関連して、私には気になっていることがありました。王は、碁の達人にしろ、調理大臣のご息女にしろ、自らの権力でその存在の詳細をご存知になることも容易だと思うのですが、積極的になさらない。よろしければ、どのような信念をお持ちなのかお聞かせ願えないでしょうか」  出自を公にできないクリスらしい質問だ。 「そうだな。興味がないわけではないのだ。しかし、まず私がそれを知って何になるのかを考える。次に、その者が国家や王族に対して、ある程度の忠誠心や好感を持っていて、かつ、私よりも優秀な者が、その秘密を隠しているのであれば、私にとっても相応のメリットがあるか、その者のデメリットにしかならないのだろうと考える。  クウィーク伯爵の長女の話で言えば、彼女が前面に出て取り仕切るより、正体を隠して別のことをしていた方が、様々なアイデアが生まれ、ジャスティ国にとって国益になるのではないかということだな。正体を隠すことを私が容認するだろうとさえ考えている節がある。それは私への信頼であり、決して裏切りではない。  一方で、正体を隠して裏で悪さを行う者もいて、一見区別はつかないが、表の過程と結果さえ知ることができれば、自ずと判別できる。その場合、その者の態度と行為は、裏切りと受け取る。私は裏切りを許さない。私への裏切りはもちろん、他者への裏切りもだ。  心情的には全く異なるが、裏切った者の顔だけでなく、悲しみにも怒りにも絶望にも取れる裏切られた者の顔を見たくないのだ。結果的に裏切ることになってしまったと言うなら、情状酌量の余地はある。そうでなければ死罪となるのは、詐欺や托卵の判例でお主も知るところだろう。……。怖がらせてしまったかな。  いずれにしても、クリス、今日話してみて分かった。もしかすると、レドリー辺境伯にはすでに明かしたのかもしれないが、仮にお主に隠し事があっても、私に言う必要はない。すでに知っていることかもしれんしな。わっははは!」 「……。陛下の寛大さと聡明さに、心から感動いたしました。今後の私の全ての行動は、ジャスティ国の国益のためとご承知おきください」  少しの間を置いてからのクリスの返事は、感動もさることながら、彼女の出自を知っているかのような王の物言いに驚いたことを表していた。王が言った『裏切られた者の顔』というのは、親友のレドリー辺境伯のことを想像しているのだろうか。  すると、パルミス公爵が王のあとに続いた。 「陛下のみならず、私達貴族はその性質や役職上、他人を簡単に信用できないものだ。しかし、クリスやヨルンのように、裏表を感じることがない人物というのは、私達にとって新鮮だ。  ただ、私達がそのことに心を動かされ、簡単に信用してしまう恐れもある。そのような意味では、貴族とそれ以外とは、心の接点がない方が良いのかもしれない。とは言え、世界を代表する強さを持つ君達のような存在相手に、無駄な警戒をしても仕方がない。それこそ、ヨルンが言った通り、私達を秒殺できるし、それどころか国さえ簡単に滅ぼせるのだ。  であれば、友好関係を築いた方が理にかなっている。幸い、君達はこちらからそれを望みたいほど、好感が持てることが分かったのだから、遠慮している暇などない。  あの時……ヨルンが財務大臣に剣を突き付けて、陛下への口上を述べ、クリスが即座に詠唱を始めた時には、正直震えたよ。恐怖ではない。感動の震えだ。  何者かなどどうでもいい。真っ直ぐな信念を貫き、その賢明さと共に、この場で一切怯むことなく、すぐさま行動に移した。我が国のために。  そのことが嬉しかったのだ。背中を押されたような気もしたよ。ありがとう。これが今の私の、隠すことのない気持ちだ」 「こちらこそ、ありがとうございます」 「パルミス公爵にそうおっしゃっていただけると、僕も嬉しいです」  クリスとヨルンも、素直な気持ちで嬉しそうに言った。 「どうした、パルミス公爵。雑談も交えずに、お主らしくないではないか」 「睡眠をとったとは言え、この事態にまだテンションが抑えきれないのかもしれないですね。陛下もそうでしょう? いつもは、ご自分のお考えを披露することなどないのに」 「ふふっ、そうだな。私も嬉しかったのだな。朱のクリスタルの輝きは失ったが、その代わりに素晴らしい輝きを見つけることができた。これを運命と言わず、何と言おうか。シンシア含め、お主達こそが、我が国の行先を照らしてくれると信じているぞ」 『はい!』  王の言葉に、クリスとヨルンは強く返事をした。すると、アリサちゃん達が続いた。 「陛下、素敵なお言葉でした。我が国は、陛下のご存在があってこそです。まさに、私達の嘘偽りない気持ちです」 「お父様も素敵でした! 普段は雑談ばかりですので、余計にそう思いました!」  父をネタにしたサリサちゃんのオチに、一同は爆笑した。 「おかわりありまーす! 食べる方がいらっしゃらないのであれば、私が食べまーす!」  シチューの残りがまだあるようで、シンシアが大臣達に呼びかけていた。それは、シチューを不審がって、少しずつしか食べない大臣がいた場合の対策とも解釈できる呼びかけであった。受け取ったものの、実際には食べていない大臣がいたのかは分からない。 「シンシアさん、他にいないのであれば、私も食べます」  クリスがシンシアから山盛りのおかわりを受け取り、シンシアも残りを食べて、寸胴は空になったようだ。 「食べ終わったら、食器はご自分の前に出してください。私が回収します。また、昼食前に申し上げた通り、昼寝の時間を九十分ほど設けますので、皆様、横になってください。これは、就寝時間と同様に、他の人の眠りの邪魔をしないための強制です」  横になってもらわないと、あとで睡眠魔法をかけた時に、倒れて頭を打ってしまう恐れがあるからだ。頭を打って無事なのは、ギャグ作品の中だけだからな。  しばらくして、シンシアが食器を回収していった。どうやら全員分、回収できたようだ。  昼食後、そのまま昼寝時間に入ることは事前に伝えていたため、昼食前に全員がトイレを済ませている。つまり、配膳台を片付けるシンシア以外、扉の外に出ることはない。 「クリス、ヨルン、中心で距離を保って警戒してくれ」  そう言うと、シンシアは配膳台を運んで、玉座の間を出た。 「待たせたな。ただ、もう三分ほど待ってほしい。食べるのが遅い人がいた。私はこれを調理場まで運んでいく」  シンシアは扉の横で壁を背に待っていたユキちゃんに話しかけた。 「分かりました。あの女性の調理師さんが、シンシアさんが出てきたら、少し冷めたシチューの味の感想を求めていたと伝えてくれと言ってました」 「分かった。すごいな、そんなことまで聞くのか……。皮肉ではないとすれば、やはり彼女は……」  俺達に聞こえるようにブツブツと呟きながら、シンシアは調理場に向かった。どうやら、シンシアも彼女が調理大臣の長女だと推察したようだ。  その五分後、シンシアが戻ってきた。 「すまない。かなり細かく感想を聞かれたので、時間がかかってしまった。それでは、頼む。クリス達がいる場所は、中心から五メートルほど右に、八メートルほど奥にずれている」 「大丈夫です。それも確認しながら魔法をかけられますから」  頼りになりすぎる。ユキちゃんが詠唱を始め、五秒後に魔法を発動して、さらに五秒後。 「終わりました。中に入りましょう。全員寝ていることも確認済みです。余程、大きな音を出して、体を揺さぶらない限り、三十分起きることはありません」 「あ、ああ。本当にすごいな……」  ユキちゃんのあまりの仕事の早さと手際に戸惑うシンシアが、扉を開けて中に入った。  俺達は、ユキちゃんの言葉を聞いてから、触手を増やし、クリスの外套から下りて玉座の間の天井の梁に向かった。ようやく全体を見渡せる。ユキちゃんに縮小化して巻き付いていた触手は消した。 「紹介しよう。向かって左がクリス、右がヨルンだ」 「初めまして、クリスさん、ヨルンくん。シュウちゃんから話は聞いています。二人とも、本当にかわいいね!」  ユキちゃんの笑顔が眩しい。やっと二人に会えたことが嬉しいのだろう。 「ユキさんこそ……。私のイメージ通り、いえ、それ以上です。今後ともよろしくお願いします」 「クリスさんが尊敬するほどの魔法研究者と聞いていましたが、実際、今の魔法も本当にすごかったです。僕も勉強させてください。よろしくお願いします!」  クリスとヨルンが目を輝かせて、ユキちゃんに挨拶した。 「あははは、畏まらなくていいよ。いっぱい仲良くしようね!」 「私もこの光景を見られて嬉しいよ。まずは、シュウ様とイリスの作戦を済ませようか」  俺もシンシアと同じく、この場面を見ることができて嬉しい。しかも、ここには世界最強が四人揃っているのだ。この台詞、大聖堂に入る前にも言ったな。あの時は、三人だった。  ユキちゃんは、戦い慣れこそしていないものの、『勇運』でどうにでもなるし、今のように、一切中に入らず、外から制圧できるとんでもない魔法を使うことができるので、大聖堂では、もっと簡単に作戦を遂行できたかもしれないのだ。もちろん、対象は魔力遮断魔法で囲まれていたから、そのままでは無理だが、ユキちゃんなら何とかできそうだ。 「それじゃあ、始めますね。三人ともそのまま動かないでください。天井には届かないから、そっちのシュウちゃんは気にしなくていいよ」  ユキちゃんが詠唱を始めた。空間催眠魔法だろう。天井の俺達まで気遣ってくれた。  詠唱後、条件を言っていたが、明らかに全員に届く声量ではなかった。声を魔力に乗せたということか。 「終わりました。魔法をかけられた人達は、全てを自白しますし、問題を起こしたりもしません。逃げもしません」 「これは夢ではないのでしょうか……。にわかには信じられません……。催眠魔法の空間展開に加え、最難関の音声伝達魔法まで、それも空間展開で完璧に発動できるなんて……。あの詠唱なら、確かにできそうだとも思うのですが、部分的にしか理解できないので、それを単に真似ても発動できないでしょうね。おそらく空間展開の根本的な理論が違うような気がします」 「あとで教えますね」 「え⁉ いいんですか? そんなに簡単に教えてもらって……」 「はい。消滅魔法を教えてもらうことになってるし、それに、クリスさんはシュウちゃんにとっても私達にとっても大切な一人でしょ? もちろん、昨日加わったばかりのヨルンくんもね」 『ありがとうございます!』  クリスとヨルンがユキちゃんにお礼を言った。世界最高戦力がさらに増大するみたいだ。 「あたし達の力じゃないけど、みんなと一緒ならチートスキル無双できそうだよね。これからのスキル取得って、もう子孫繁栄のためだけでもいいんじゃないって思える。まあ、イリスちゃんとアースリーちゃんを守るためには、やっぱりちゃんと必要なんだけど」  ゆうの意見も一理ある。 「でも、魔王みたいな強大な敵がいるわけでもないし、世界征服するために俺達が魔王みたいになるのも違うだろ? 理想の国、理想の世界にしたいっていう欲望が生まれるとしても、無双するのは、まだまだ先の話だし、そんなことにはならないだろうな。  そしたら、俺達は彼女達に愛想を尽かされる。俺達の力じゃないことが良いんだ。力に溺れることがない。仮に俺達が慢心しても、イリスちゃんやアースリーちゃんを含めて、賢く冷静な彼女達がブレーキをかけてくれる。もちろん、その逆も然りだ。改めて、良い関係だと思う。  スキル取得は、俺に言わせればまだまだ足りないな。俺達、旅の一行がセフ村に戻れば、そうかもしれないが、少なくともシキちゃんを連れ帰るまでは、危機意識マックスで取得していく。何もなかったらそれで良い。これまでだって、何度もそういうことがあった。でも、無駄だったなんて一度も思ったことはない。絶対に誰も傷付かせたくないんだ。  こう言うと、何か無理してるように聞こえるかもしれないが、そういう精神面で失敗したら元も子もないからな。超一流の仕事を目の当たりにして、俺も見習いたいなと思ったよ。自分にできる範囲を認識して、できないことはみんなに任せる。もちろん、いつものように、ゆうにも任せるさ」 「みんな成長してるんだね。あたしは何か成長してるかな……。前に宣言はしたものの、自信ないんだよね」 「成長したことには、大抵あとから気付くものだ。気にすることはない。もちろん、何もしていないと成長しない。  ただ、ゆうは俺と常にいることで、俺がどういう作戦を立てるか、一人でもほとんど思い付けて、筋道も立てられているはずだ。その証拠に、かなり早い時点で、俺が言った作戦を瞬時に理解でき、行動に移せている。  今思えば、頭の回転速度と理解力に優れているだけでは、到達できない気がするんだ。想像力が増したと思う。その前提があるからこそ、筆記と理解と考察のマルチタスクが実現できているのではないかとも思う。大丈夫だ。お前が成長していなかったら、俺が指摘してやる。だから、俺が成長していなかったら、お前も指摘してくれ」 「うん。ありがと、お兄ちゃん」  俺達兄妹だって、みんなとの関係に負けないぐらい、良い関係でありたいと思う。それが俺達の『チートスキル』であるように……。 「シュウ様、今後の流れを皆と話したので、ご確認よろしいでしょうか。  全員目覚めた後、他国のスパイを引きずり出し、全てを告白させ、ここで完全拘束し、玉座の間を出入り禁止とする。同時に、城への出入りも禁止し、今日の夕食と明日の朝食、調理場のまかない、それぞれにシチュー同様、ユキの魔法をかけ、城内にまだいるかもしれない催眠魔法がかかった者の一斉解除を行う。  朝食後、クリスの魔力を借りたユキが、城全域に空間催眠魔法を展開し、残ったスパイを玉座の間に集め、同様に拘束する。その間に自害された場合は、仕方がないものとして諦める。  その後、拘束された者達を牢屋にまとめて入れ、午後、改めて報告会およびスパイ対策検討会を開催する。牢屋に入れるかどうかにかかわらず、拘束者の死刑をユキが執行できるよう陛下にお願いする、という流れです」  シンシアがまとめた作戦は、文句の付けどころがないほどで、俺が考えていた流れと全く同じだった。なぜ玉座の間で拘束し、牢屋にまとめて入れるのかについては、城内の残党が牢屋に来て、口封じを行うか逃がす恐れがあり、締め切った玉座の間の場合は、外での目撃者も増え、中には俺達が天井にいるので監視しやすいから。拘束しておけば、一緒に逃げ出す際にも時間を稼げる。  ユキちゃんが死刑を執行するのは、彼女がこれまで人を殺したことがないため、今後の戦闘でそのような場面になった時に躊躇しないようにするのが狙いだ。まさか、ユキちゃんのことまで考えるとは思わなかったな。  俺は彼女達の作戦を了承した。 「まだ皆が目覚めるまで時間があるな。ユキに『男の娘ゲーム』の説明でもしておくか。今日は説明だけだが、実際に私達以外と遊ぶ時は五回までとする。ユキが全勝して、その異常性に気付かれてしまうからだ」  シンシアがユキちゃんに、軟禁中に玉座の間で起こったことを話した。ユキちゃんと囲碁で対局するとどうなるんだろうな。考えていたことと違う場所に打ったり、反則負けになる『ハガシ』をしてしまったりするのだろうか。  それからしばらくして、睡眠魔法が解け、寝ていた者達が続々と起き始めた。俺達は、それに合わせて、クリスに巻き付いていた触手を縮小化した。 「陛下、玉座にお戻りください。現時点で、玉座の間の全員に対して、軟禁を解除いたします。このような状況にした経緯と結果報告を含めて、これからの進行は私にお任せください。こちらの者のご紹介もその際に行います。他の者は、いつもの位置に戻るようご命令いただいてかまいません」 「分かった。よろしく頼む。皆、所定の位置に着くように!」  全員が起きると、まず目に飛び込むのがユキちゃんの存在だが、シンシアがそのことを含めて、王に報告することになった。シンシア達は、玉座の正面に戻り、最初の順番に並んで跪いてから、ユキちゃんをクリスの隣に並ばせた。  改めて玉座を見ると、驚くことに、王は王冠を付けていなかった。王らしいマントも付けておらず、服装だけなら、向かって左横のパルミス公爵と同じような貴族の格好だ。ジャスティ王にとっては、王らしい格好も無駄で、そのような物で放つ威厳など、ここでは不要ということだろう。国民の前に姿を見せる時は、流石に付けるだろうか。この王なら分からないな。 「それでは、ご報告申し上げます。財務大臣の自害を目撃したことで、私達は、私とクリス、ヨルンを除いたこの場の全員に催眠魔法がかけられている可能性を考慮しました。  ここから出ていってしまうと、さらなる破壊工作や混乱の火種となりかねなかったため、単独での出入りを禁止しました。その際、監禁のように、完全に拘束されたり、ヨルンが剣を突き付けた時のように、身動きが取れない状態になったりすると、それが自害の合図となる可能性もあるため、軟禁を選択しました。  また、催眠魔法を解除しようとするだけでなく、何らかの魔法を詠唱した時点で、自害される恐れもあるため、あらゆる魔法の詠唱を禁止しました。陛下を始め、一人でも欠けてしまうと、我が国の大損害になると考えた次第です。  一方で、スパイ行為を行った者をそのまま捕らえたいとも考えました。私達が大聖堂で残党を捕らえた際、その者達の記憶が消されていたことを教訓とし、いかに催眠魔法の影響を受けずに、解決できるかを考え、こちらにいる国内随一の魔法研究者である、セフ村のユキ=リッジが私を訪問する予定だったことを幸いとし、事態の解決を依頼しました。  どのように解決したかは、現時点で述べることはできませんが、陛下であれば、ご想像に難くないと拝察いたします。  以上、緊急事態を宣言した経緯ですが、それ自体は、まだ解いておりません。なぜなら、この場での解決には至りましたが、城内全体で見た時には、完全解決したわけではないからです。とは言え、その解決方法もすでに考えておりますので、ご安心ください。  まずは、今この場で、他のスパイを炙り出します。ついでに、スパイだけでなく、裏切り行為を行っている者も炙り出します。もちろん、該当者がいなければ何も起こらないので、その点は失望なさらずに、むしろ喜ばしいことであるとご理解ください」  シンシアが玉座と反対の方向を向いた。 「他国のスパイ、他国と通じている者、陛下を裏切るための画策をしている者、そのいずれかに該当する者は、部屋の中央に歩み出よ!  次に、自分の部下がそれに該当すると考えたことはあるが、証拠や勇気がなかったり、保身のためであったり、好意を寄せてその者をかばう目的で、告白できなかった者は、中央より後ろの扉側に歩み出よ! その後、私の指示に従って供述するように! また、自分の行動が無意識だったかそうでなかったかも述べるように!」  隙間のない広い網で裏切り者を捕らえるようなシンシアの呼びかけに、大臣達はざわついた。三人が中央に、魔導士団長を含む三人がその後ろに、計六人が歩み出たからだ。思ったよりも多かったな。 「では、中央の総務大臣、経済大臣、法務大臣の順に、他国との関係性、これまでのスパイ行為、城外に協力者がいる場合は詳細を、また、それらが分かる証拠を陛下の御前で跪いて述べよ。  後ろの、外務大臣、農水大臣、魔導士団長は、該当者の行為と、積極的な調査の有無と結果、告白しなかった理由を同様に述べよ」  と言うか、主要な組織がほとんど含まれているのか。まさに、スパイ天国だ。  シンシアの指示のあと、次々に各位がその通りに告白していった。簡単にまとめると、総務大臣はエフリー国のスパイ、経済大臣と法務大臣はスパイではないものの、エフリー国に情報を流しており、城外にも協力者がいる。  外務大臣と農水大臣は、部下のスパイ行為に気付いていたものの、保身のために言えず、魔導士団長は調査を進めてはいたが、客観的な証拠がなく、手詰まりだった、とのことだ。  各位、いずれも無意識ではなかった。つまり、自害を除き、催眠魔法による行動ではなかった。魔導士団長には、なぜ該当者に自白魔法や催眠魔法を使わなかったのかとシンシアが聞いたが、思い付かなかったと答えた。  つまり、催眠魔法で『思い付くことを封じられた』わけではないのだ。彼の言で、俺は確信した。この世界の人間は、催眠魔法に対する危機意識が初めから欠落しているとしか考えられない。  しかし、レドリー辺境伯のように一度認識できれば、その意識は芽生える。このことから、朱のクリスタルの記憶と同様、間違いなく世界のルールに関係していると言える。  そして、催眠魔法を使った攻勢を仕掛けていることから、シキちゃんはこのルールに気付いている可能性が高い。ユキちゃんのために彼女を連れ戻すのはもちろんだが、世界のルールとその背後にある謎を知り、危機を回避しなければならない俺達自身のためにもシキちゃんに会う理由ができた。  もしかすると、彼女のチートスキルは世界の真理に近いものかもしれないな。 「以上が、スパイ関係者、および疑惑組織代表者の供述でした。証拠を確認次第、中央の三人に対して、裁判過程省略の陛下直々の処刑命令を、後ろの三人は相応の罰をお与えください。  また、かく言う私自身が、騎士団副長ビトーのスパイ行為に気付かなかった愚か者でございます。本件が完全解決した後には、どのような罰もお受けいたします。ご検討ください。  なお、三人の処刑の際には、今後のためにユキを執行人としてお使いいただけないでしょうか。魔力境界具現化魔法および魔力壁内発動魔法により、清掃を必要とせずに、この場でも処刑が可能です。それでは、今後の流れをご説明します」  シンシアは、俺達に話した内容を、王族とパルミス公爵に伝えた。そして、処刑予定の三人に重りを付けた上で、縄で椅子に拘束後、玉座の間に残し、その場は解散となった。  クリス達は、王から城での宿泊を勧められ、同時にパルミス公爵から来賓用の部屋を勧められたが、それを断り、シンシアの騎士団長室に一緒に泊まることにした。城下町の宿屋でとった部屋は前払い制だったので、そのままにしてある。  一同は、料理長室に行き、シンシアとユキちゃんが夕食と朝食前に再度訪れることを伝えてから、騎士団長室に向かった。  騎士団長室に入ると、執務室と一体となった応接室と、寝室で分かれており、前者は十分に広く、レドリー辺境伯の部屋の三倍はありそうで、後者もスペースに余裕があり、ダブルベッドで豪勢だ。その奥には風呂もあるようだ。 「四人寝るのはキツイかもしれないが、私が応接室のソファーで寝れば問題ない。クリスとヨルンは疲れただろう。十分に休んでくれ。食堂は午後八時まで開いているから、食べる場合は言ってくれ」 「そんな! 仮眠したとは言え、シンシアさんが一番疲れているでしょうから、僕よりもシンシアさんがベッドで休んでください! 僕はそもそも疲れないんです」  シンシアの言葉に、彼女を気遣ったヨルンが申し出た。なるほど、『反攻』は運動による肺や心臓、筋肉への負担さえもなくすのか。 「私も二人ほど動いていないので、シンシアさんが一人でベッドを使ってください。食堂が閉まるまでは六時間ありますから、五時間半ほど休めると思います。それで夜眠れなくなっても、睡眠魔法があるので大丈夫です。私はユキさんに空間展開魔法を教わったり、消滅魔法を教えたりします」  クリスも同様にシンシアを気遣った。 「ありがとう、二人とも。それでは、お言葉に甘えるとしよう。シュウ様、よろしければご一緒いただけませんか? シュウ様がいてくだされば、安心して眠れるような気がするので……」  俺達は触手を増やして、シンシアの体に巻き付くことで、それを肯定した。彼女が俺達にお礼を言ったのを見届けて、クリス達は寝室を出て、その扉を閉めた。  俺達が先にベッドに移動すると、シンシアは装備を外し、下着だけになり、ベッドに身を投げた。その様子とベッドの揺れ具合から、やはり彼女が疲れていたことが分かった。肉体よりは精神的な疲労の方が大きかっただろう。 「シュウ様のおかげで、昨日から今日にかけて乗り切ることができました。本当にありがとうございます」  俺達は、仰向けになったシンシアに近づいて、彼女の上に乗ると、両頬をペロペロと舐めた。それに対して、彼女は俺達の頭を撫でていた。その両腕の動きも次第にゆっくりになり、間もなくベッドのシーツ上にだらんと落ちた。  シンシアの寝息が聞こえてくると、俺達もそのままベッドに頭を付けた。おやすみ、シンシア。 「少なくとも私の空間展開は、『魔力面』が広がっていくんじゃなくて、一つ一つの『魔力粒子』が分裂して結合しながら広がっていくように構成を組むんだよね。それが結果的に面を広げて空間を生成するようになるって言うか。投げた網が広がって、その細かい網が何重にもなって、その網もそれぞれ上下で繋がる、みたいな。  変形空間展開も遠隔空間展開も、途中まで結合させないで、それ以降から結合させるだけ。魔力が足りなければ、自分から繋がっている粒子に魔力を供給したり、粒子間の距離を変える。慣れればその調整は必要なくなるから、今は気にしなくてもいいかな。  魔力粒子なら、お城みたいに色んな高さがある建物の壁に魔力遮断魔法がかけられていても、内部を通って広がっていくから、隣の塔の最上階にいる人にも魔法をかけられるよ。  まずは、魔力粒子を自分のものにすることが大事」  応接室では、ユキちゃんからの要望で、クリスの消滅魔法の詠唱だけは先に教えてもらい、それから、ユキちゃんが寝室に聞こえないような声量で、クリスとヨルンに最新の魔法講義をしていた。  それを聞いて、特にクリスが驚きの表情をしていた。 「完全に目から鱗です。魔力粒子という概念は、魔法研究界隈には存在しませんから……。なるほど、だとしたら、あの詠唱の意味も全て理解できます。  従来の研究では、空間展開の安定性ばかりに気を取られていましたが、『魔力粒子結合』の場合は、むしろ柔軟性を持つことになりますね。『遅効性魔力結合型魔法』への応用も、それを聞けば納得できます」 「流石、クリスさん。もしかしたら、すぐにできちゃうかもね。練習する時は、従来の方法通り、水魔法でやるといいよ。こんなふうに」  そう言うと、ユキちゃんが詠唱を始め、二人に手本を見せた。魔法を発動した瞬間、手のひらに傘のような形の水柱が瞬時に現れた。ただし、手のひらと傘の柄の部分は繋がっていない。おそらく、その間には魔力粒子だけが存在しているのだろう。  ユキちゃんの水魔法を見ていると、魔力の供給量によって、自由にその『傘』の大きさを変えたりもできるようだ。 「魔法の発動と、魔力粒子の放出、分裂、結合は別って考えた方が良いかな。だから、変形も遠隔もできるってこと。『発動後魔力』を『具現化前魔力』と『具現化後魔力』で別々に考えると分かりやすいかも。ねえ、クリスさん。今の私の魔法を見て、見覚え……ううん、聞き覚えはない?  この形、イリスちゃんがクリスさんの暴走時に消滅魔法をこうやって上空に逃がす話をしてたでしょ? その時は、T字型だったよね。  そう、クリスさんの消滅魔法は、その性質からも魔力粒子を応用したものだと思う。私が先に消滅魔法の詠唱を教えてもらったのは、それを確認するためでもあったんだよね。魔力粒子の概念を知らないのに、なぜ発動できるのか詳しくは分からないけど、多分、蒼のクリスタルの力だと思う。  クリスタルが解釈を肩代わりしてくれるのか、翻訳のようなことをしてくれるのかは分からないけど。魔力粒子の概念を知らずに消滅魔法を発動できるのはクリスさんだけで、例えば、その辺の魔法使いに消滅魔法の詠唱と発動方法を教えても、発動できないんじゃないかな。  それと、『昇華』による魔力量の増加は、『発動前魔力』が粒子化して分裂、増幅したんじゃないかって、あとでイリスちゃんが話してたんだよね。でも、流石イリスちゃんだよね。魔力量が増えた要因まで考察するなんて。『発動前魔力』がそもそも最初から粒子で構成されているんじゃないかとも言ってたかな。  それは、前にシュウちゃんから聞いた『原子』と『分子』の構造から推察したらしいけどね。イリスちゃんが言ったことをそのまま言うと、つまり、消滅魔法は魔力粒子が物質の分子間に無理矢理入り込み、分子結合を崩壊させ、全てを原子に帰する魔法なんじゃないかって。  原子崩壊でないことはシュウちゃんに確認した。それは、『放射性崩壊』っていうのを次々に起こして、かなり危険らしいから該当しない。『消滅』した時に、全くゴミが出ないのであれば、常温で固体の『元素』が空気と結びついているはず。 『原子』や『分子』の単語を使わずに正確に呼ぶなら、『崩壊魔法』『分解魔法』『回帰魔法』だけど、それはそれで別の意味にも捉えられるから、『消滅魔法』で差し支えないらしいよ」 「な、なるほど……。原子や分子については、まだ十分に理解できていませんが、魔法に関連する箇所は何となく分かりました。ちょっと、水魔法でやってみます」  そう言うと、ユキちゃんと同じ詠唱をクリスが始め、魔法を発動した。すると、ユキちゃんと同じ形の水が出現した。 「おおー! やっぱりすぐできたね」 「すごいです、クリスさん! 僕もやってみます」  シンシアを起こさないように、声を抑えて驚きを見せるユキちゃんとヨルン。すぐにヨルンが詠唱を始めた。発動後、ヨルンの手のひらには普通の水柱が出現した。 「多分、魔力粒子が大きすぎるね。砂粒以下の感じで、でも核はあって、そこから分裂したり、繋がったりするイメージ。クリスさんは、次は『傘』の上に『傘』を作ってみて。それが網と網を上下に繋げるってことだから」 『はい!』  ユキちゃんの直接指導を受け、クリスとヨルンは意気揚々と小さい声で返事をし、練習を繰り返していた。



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