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俺達と女の子達が城に無事到着して作戦の実行と『男の娘ゲーム』をする話(3/4)

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「緊張してきたぁ……」  俺達が大聖堂の近くまで来た頃、ゆうが呟いた。  大聖堂は、宿屋から城下町の中心部に向かって、五百メートルほど歩いた位置にある。作戦が時間通りに行けば、報告会には十分に間に合うだろう。 「突入作戦なんて、一般人は経験しないからな。それでも、俺達は監視者捕獲作戦を経験しているから、少しは緊張が和らいでいるだろ?」 「そうなんだけどさ。前回は戦闘があるかどうか半々で分からなかったけど、今回は高確率であるわけでしょ? お兄ちゃんは緊張してないの?」 「もちろん、緊張してる。緊張さえ楽しめる自分一人だけの大学受験や就職活動とは、わけが違うからな。だからこそ、想定外が起きないようにしてるんだ。そして、想定外が起きた時は、シンシア達の方が戦闘経験が上だから任せた方が良い。  俺達の緊張は、自分達のことよりも、彼女達が傷付くことへの心配から来ているものだ。今回の場合、子どもの受験当日の親のように、試験中に何もできないわけではない。俺達はその場でサポートできる。たとえ想定外で、シンシア達がピンチになっても、俺達が頭をフル回転させれば何とかなると信じている。  それに、世界最強が三人揃って、数人から高々数十人の敵に軍事被害を受けるようなら、すでにエフリー国が天下を取っているはずだ。シンシア単騎でさえ、恐れを成していたんだぞ。逆に、向こうの方が想定外のはずだ。大丈夫だよ。でも、油断は絶対にしない。三人も超一流だから絶対にしないだろう」 「うん、ありがと」  ゆうの不安も少しは解消されただろうか。 「馬で通り過ぎた時にも確認できたが、兵士が二人、大聖堂前に立っているな。立ち入り禁止になっている」  シンシアが俺達のために、声に出して説明してくれた。一行は、兵士に近づいていった。 「騎士団長のシンシアだ。昨日の作戦部隊のヨルンと共に、中を再調査したい」 「き、騎士団長! どうぞ、お通りください! ちなみに、そちらの方はどなたでしょうか」  警備兵はクリスの氏名もしっかり確認するようだ。 「魔法使いのクリス=アクタースだ。再調査を行うには、彼女の力が必要なので私が連れてきた。中には他に誰かいるか?」 「いえ、中には誰もおりません!」  向かって左側にいた兵士が答えた。 「それでは、どちらか一人、今すぐに十人乗れる護送用の馬車を手配して、ここに待たせておいてくれ。護送用が手配できない場合は、どんな馬車でもいい。私達が出てきたら、それに乗って城に向かう」 「はっ!」  向かって右側にいた兵士が、馬車の調達のために走り去っていった。 「騎士団長、お忙しいところ申し訳ありませんが、お聞きしてもよろしいでしょうか。」  残った兵士がシンシアに質問があるようだ。 「何だ?」 「一日経過してもなお、中に残党がいるということでしょうか。それによって、ここでの警備方法と心構えを変える必要があります」  ここでそれを聞くとは、随分と有能な兵士だな。もう一人の方も仕事が的確で早かった。 「私達は可能性が高いと考えている。もちろん、ここまで取り逃がすつもりはない。君はもしかして騎士志望か? 前に見た時もそうだったが、何となく目つきが違う。もう一人の方もそうだったな」 「は、はい! 私共のような者の顔を覚えていただいており、光栄です! 先程の者も騎士志望です」 「あえて名前は聞かないでおこう。これまでの騎士選抜試験でも顔は見なかったはずだ。次の試験で、是非その名前を轟かせてくれ」 「はっ! ありがとうございます! しかしながら、騎士団長。この場で申し上げるのも恐縮ですが、前回の騎士選抜試験、私共はどういうわけか受けられませんでした。試験担当者に理由を聞いても、資格がないとの一点張りで……」 「何⁉」  シンシアは、その事実に驚いて大きな声を出した。 「たとえ同じ平民であっても、他の者は受けられました。自分達の素行も問題ないと考えているのですが、違うのでしょうか。  あの時は、騎士団長に直訴することも考えましたが、プロセスや責任者のラインを無視するのは騎士としての資質を疑われると思い、泣く泣く身を引きました。申し訳ありません、このような泣き言をこの場で」 「いや、こちらこそ申し訳ない。私の責任だ。すぐに調査した上で、何とかしよう。勇気ある進言に感謝する」 「ありがとうございます!」  兵士は一際大きな声で感謝の言葉を言った。  それから、クリスの魔力感知魔法で大聖堂の中を走査したあと、シンシア達はヨルンを先頭にして大聖堂の中に入っていった。持っていた荷物は兵士に預かってもらうことにした。 「例の副長が止めていた、ということですかね」  あの兵士達が試験を受けられなかった原因について、クリスがシンシアに確認した。 「間違いないだろうな。選抜試験の事実上の最高責任者はビトーだった。私は実技試験と最終面接の評価者の一人だったが、国内の兵士であれば、当然資格など必要ない。素行調査は合格後の内定時に行われる。  プロセスに変更があったとは聞いていないから、ビトーが担当者に、あの二人を受けさせないように圧力をかけたか、担当者もスパイだったのだろう。あの二人が騎士になると、余程都合が悪かったのだろうな。少しでも私の目に触れたら、試験で落としても誤魔化しが効かなくなると踏んで、その前に手を打ったのだろう。  私だけならまだしも、自分より下の者の人生を意図的に狂わせるとは万死に値する。もちろん、私の責任は免れないが」  シンシアの怒りが俺達にも伝わってきた。アースリーちゃんのことで辺境伯に叱咤した時とは、明らかに異なる怒りだ。 「二人とも、私のせいで時間を取らせてすまなかった。これからは切り替えていく」 「いえ、シンシアさんを陥れた奴は、僕も絶対に許しません」 「ヨルンくん、仮に出会っても殺してはダメですよ。死にたくなるほどの苦痛を、絶対に死なないように延々と与え続けるのですから」  ヨルンもクリスも怒りを滲ませている。クリスに至っては、いつか魔法が使えなくなるのではないかというほどの怒りで、どうやら、ビトーの悲惨な結末が確定してしまったようだ。 「ありがとう。まずはシュウ様の作戦を、冷静に、確実に遂行しよう」  大聖堂の右奥の通路を進むと、中部屋が左側にいくつかあり、その一番奥の部屋に俺達は入った。 「ここから地下に行きます。できるだけ音を立てないようにしましょう。詠唱以外に必要があれば筆談で」  ヨルンが部屋の床中央のすでに開かれた階段を指した。再度、クリスが魔力感知魔法を使い、警戒する。部屋にあった蝋燭に火を灯して、それを片手に左右が壁の階段を大聖堂入口側に真っ直ぐ下りると、石畳の広い空間が現れた。  俺達も顔を覗かせて辺りを見回してみると、かなり大きめの魔法陣の痕跡らしきものを見つけることができた。その痕跡から推定してみると、直径二十メートルはあるだろうか。  石畳に描かれた魔法陣を無効化する方法は、いくつかあるらしく、ここでは魔導士団が、魔法陣の形に彫られた溝に入ったインクを水魔法で落とし、溝を土魔法で埋め、その土を火炎魔法で固めたのだろうとクリスが推察していた。  それから、ヨルン達は魔法陣の部屋を突っ切り、小部屋に向かった。扉は開け放たれているので、そのまま中に入ると、正面に抜け道が見えた。  まずは、クリスが小声で詠唱し、透過空間認識魔法で、魔力遮断魔法がかけられた隠し空間を確認した。一分後、クリスが抜け道方向を指差したので、ヨルン、クリス、シンシアの順に先を進んだ。  抜け道の壁は石造りで、三人が並んで通れるぐらいに広い。曲がり角を四回曲がって二メートルほど進んだ所で、クリスがヨルンの右肩を叩き、そのまま右を指した。ここの壁に入口があるらしい。薄暗い中でよく見ると、石が少し綺麗だった。  すると、クリスが紙とペンとインクを取り出し、床を下敷きにしてメッセージを書いた。 『三センチぐらいの薄めの石を、中から横にスライドさせて前に押し出すことで扉代わりにしているようです。中は、横が八メートル、奥行きが十五メートルぐらいで、奥行きに比べて横がそれほど広くないので、金縛り魔法を使います。  こちらからはすぐに開けられないので、一気に突入するには、扉を破壊するか消滅させた方が良いと思いますがどうしますか?』  それに対して、シンシアがペンを取った。 『私が両足で破壊しよう。ヨルンは私を飛び越えて突入してくれ。すぐに私も入る。クリスは魔法の準備ができたら、頷いて合図をしてくれ』  シンシアの力はクリスタルの影響によって増大しているので、たとえ石壁でも、容易に破壊が可能だろう。壁が崩れる音は、抜け道側を警備している兵には、遠すぎて聞こえないはずだ。  シンシアは、どこからか取り出した紐で、髪が邪魔にならないように、前で結んでまとめた。ヨルンが蝋燭を壁際に置いてから、シンシアと一緒に壁から距離を取ると、俺達は増やした触手を縮小化して、地面に下ろした。壁から見て、シンシア、ヨルンの順に並び、クリスと俺達が壁とシンシアの中間で横に避けると、クリスは金縛り魔法の詠唱を開始した。  そして、五秒後。クリスが頷いた。シンシアは全速力で壁に向かって走り出し、剣が下敷きにならないように右向きのドロップキックをした。すると、壁が一気に崩れ、右手で受け身をとったシンシアの下半身に石の破片が降り注いだ。すかさず、シンシアは身体を丸めて、ヨルンがその上を飛び越え、薄暗い隠し部屋に突入した。 「左に二人、右に一人!」  ヨルンが状況を教えてくれた。シンシアもすぐに起き上がって、髪をまとめていた紐を解きながら、後ろのクリスと一緒に突入する。  俺達もそれに続き、天井を目指した。部屋の床には、やはり魔法陣が描かれている。 「ば、バカな⁉ どうしてここが⁉」  狼狽える敵の魔法使い達。危機が迫っているのに、意味のない台詞を言う暇があるということは、戦闘慣れしていない寄せ集めの者達ということだ。  その隙を逃さず、クリスが魔法を発動した。すると、左右前方にいた二人は体が動かせなくなっていた。 「一人、奥に逃げます!」  クリスの声の直後、ヨルンがその一人の前に回り込んだ。その瞬間、左右の魔法使いから、苦痛の悲鳴が上がった。 「ぐあぁぁぁ! あ……う、腕が……腕があああああ!」  その一秒後。逃げようとしていた魔法使いからも同じ悲鳴が聞こえた。文字通り、瞬く間に全員の両腕があらぬ方向に曲がっていたのだ。  そして、クリスは奥の魔法使いに近づきつつ、すでに解除魔法の詠唱をしていた。シンシアはすでにヨルンの近くにいた。念のため、クリスが危なくならないように、俺は奥の魔法使いに毒液を飛ばした。 「⁉」  毒液が付着した魔法使いは体をビクッと震わせたが、腕の痛みでそれどころではなさそうだ。  それより、戦闘があっという間すぎた。この際だから、残りの敵二人にも毒液を飛ばしておいた。 「ゆう、すまん。何が起きたか説明してくれ。天井に向かっている間にほとんど終わっていて、金縛り魔法発動辺りから、よく分からなかった」  俺は、敵の動きや奥の抜け道を警戒しつつも、ゆうに状況を確認した。 「えー……っと。金縛り魔法の発動直後にヨルンが左の敵の両腕を剣の柄で折って、すぐに奥の敵に向かって回り込んだ。  その間に、シンシアが右の敵の両腕を、剣を一切使わずに素手で折って、すぐに、奥の敵に向かった。  その後、すぐにヨルンが奥の敵の両腕を一人目と同じように折った。  クリスは魔法発動後からすぐに解除魔法の詠唱を始め、立ち止まることなく奥の敵に向かった。  そして今、クリスは奥の敵に解除魔法をかけ終わって、毒の痺れで立てなくなったところで、催眠魔法をかけようとしているって感じ。  いやー……予想以上にすごかった。電光石火の動きと判断力だったなぁ」 「ありがとう。俺も予想以上だな。突入から全員無力化まで、五秒ぐらいしか経ってないんじゃないか? まさに、超一流だったな。俺の作戦に従ったとは言え、三流の戦いなら、敵の問いにわざわざ答えた上で、無駄な殺陣を繰り広げ、終いには逃げられ、あの時に始末しておけば良かったと、あとで後悔するのがオチだ」 「あたし、バトル作品のそういう三流の戦いって、見てて腹立つんだよね。それが味方でも敵でも、ただの弱くてバカな奴だよねって。  自分の能力をペラペラ喋ったり、実力差を見極められないで手加減したり、戦ってる最中によそ見したり、強い敵に戦力を逐次投入したり、命のやり取りしてたのに、命乞いされて許したり、悲しき過去を知って許したり。似たような話で、味方を庇うなら……」  ゆうのまくし立てるような架空の作品批判が終わらぬ内に、クリスが最初の催眠魔法をかけ終わった。 「シンシアさん、色々聞いてみてください。私達に全て従います」  そう言うと、クリスは二人目に向かった。ヨルンはクリスを守るために付いて行った。 「この部屋以外で、お前達の仲間はこの大聖堂内にいるか?」 「いえ、いません」  シンシアの質問に即座に答える魔法使い。本当にすごいんだな、催眠魔法って。 「抜け道の先、あるいはその近辺にお前達の仲間が待ち伏せているか?」 「いえ、待ち伏せていません」 「動機は? エフリー国の関係者か? 誰に指示された? この中に首謀者はいるか? それともすでに捕まったか? 自害したか?」 「どれも分かりません」 「どれも記憶にないということか? 記憶にないのに、魔法陣で高レベルモンスターを召喚しようとしていたのか?」 「はい」 「最初から記憶になかったのか? そうでないとしたら、記憶をいつ失った?」 「分かりません」  クリスが催眠魔法をかけ終え、シンシアの所に戻ってきた。 「ほとんど記憶を消されてますね。廃人に近いかもしれません。昨日、大聖堂に入った時点で消されたか、捕まった時点で消されるようになっていたか。おそらく、後者でしょう。  とりあえず、私は魔法陣を消します。どんな魔法陣かは覚えていますのでご心配なく。全員、突入口から部屋を出てもらえますか? 音がうるさければ、耳を塞いでいてください」  クリスは俺達の方も見た。それに従い、天井の触手を消した。外套から様子を見るとしよう。シンシアとヨルンは、四肢が痺れた魔法使い達を引きずって部屋を出た。  クリスが魔法の詠唱を終えると、部屋の床から天井にかけて大きく太い水柱が現れ、その中だけが竜巻のように回転しだした。水流で石の表面を削っているのだろう。回転音も切削音も、その高音が部屋に響く。  それにしても、魔導士団が魔法陣を消した方法よりもずっと効率的だ。しかし、この勢いで誤って水柱に触れでもしたら、確実に中に巻き込まれて死ぬだろうな。労災必至だ。  途中、床から水柱が浮き上がり、床をどの程度削れているかクリスが確認していた。どうやら、十分削れたようだ。  すると、さらにクリスは詠唱を始め、それを終えると、徐々に水柱が小さくなり、最後は蒸発するように消えた。水魔法はそのまま消すことができないから、熱魔法を使って相殺させたか。部屋も何だか蒸し暑くなったように思えた。空気中の水分を発現させて、元に戻したのであれば、湿度も変わらなさそうだが、部屋の外からも水分を引っ張っていそうだ。 「それでは、痺れが消え次第、魔法使いの方々を先頭に、大聖堂の入口まで行きましょうか」  クリスが部屋を出てきた。 「クリスさん、魔法陣の大きさが違っても、高レベルモンスターを召喚できるんですか? あの部屋の魔法陣は、直径四メートルぐらいで、広間は二十メートルぐらいありましたけど」  ヨルンがクリスに質問した。 「はい。召喚対象と大きさは無関係です。魔法陣が大きければ大きいほど、一人当たりの必要とする魔力量は大きくなるのですが、人数を用意すれば、その分だけ効率的になります。  小さい魔法陣に多人数の魔法使いを用意した方が効率的なのではと思うかもしれませんが、実は無意味です。大きさと内容によって、魔法陣に流入する時間当たりの魔力量が決まっているからです。  魔法使いを集めての短期決戦が目的だったため、広間で大きい魔法陣を描き、保険としての隠し部屋では、召喚に時間がかかってもいいから、決まって逃げる人数に合わせた魔法陣を描いたということです。  ちなみに、魔力が込められた血で魔法陣を描くのが最も効率的ですが、時間が経ちすぎると、描いた魔法陣から魔力が失われてしまい、結局、大量の血液が必要となるので、高レベルモンスターの召喚には用いられません」  ユキちゃんが血で魔法陣を描いていたが、効率のためだったのか。しかし、時間は経っていたような気がするな。創造魔法で魔法陣からの魔力の流出を抑えたか。 「ありがとうございます。勉強になりました」  ヨルンは、宿屋でのシンシアと同じ台詞を言った。どうやら、お気に入りの台詞になったようだ。その知識を使うことはないと思うぞ。  七分ほど経ち、痺れが取れた魔法使い達が立ち上がって、先を歩き始めた。それに続いて、ヨルン、クリス、シンシアの順で、大聖堂の入口に向かった。 「お、護送用の馬車が来ているな。兵の一人が剣を構えて、こちらを警戒するように見ている。良い警備だ」  シンシアが入口に停めてある馬車を遠くから見つけたようだ。そして、俺達に説明するように兵を褒めた。 「騎士団長! その者達は……」 「ああ、残党だ。私達が連れて行く」 「しかし、手枷も縄もないのは……。馬車の箱に手枷がありますが、腕が折れている状態では……」  確かに、逮捕者が何も付けずに悠々と歩いているのは驚くだろうな。催眠魔法の前では、手枷も縄も必要ないのだが、建前上、付けた方が良いだろう。 「ありがとう。それでは、使わせてもらおう。腕は回復魔法で治す。二人とも素晴らしい働きだった。警備隊長には、今回のことを評価してもらうよう、私から伝えておこう。もちろん、例の件も忘れていない。連絡を待っていてくれ」 「はっ! ありがとうございます!」  シンシア達は馬車に乗り、城へ向かった。城門に着き、シンシアが門兵に状況を話すと、そのまま中へ通してくれた。さらに、城の扉の前に馬車を停めてもらうと、シンシアが城の中に入っていき、特別任務の部隊長と隊員数名を呼んだ。  その部隊は、一般兵と騎士の混合部隊で、騎士団とは別の独立した部隊らしい。さらに、警備隊長も呼んでいた。 「大聖堂の残党が三人、馬車の中にいる。ヨルンと別の女魔法使いが見張っているから、引き取ってくれ。今なら尋問で何でも喋るが、ほとんどの記憶が消されているようだ。私はこのまま報告会に参加する。その前に、君から陛下に臨時の追加報告をしておいてほしい」  シンシアが部隊長に指示したようだ。 「え⁉ しょ、承知しました。しかし、どこに残党がいたんですか?」 「抜け道の曲がり角を四回曲がった先の右の壁の向こうに隠し部屋があった。抜け道から逃げたと思わせて、そこに入ったんだ。壁を破壊して突入すると、別の魔法陣で召喚が続いていた。  残党を捕らえた後に、魔法陣は床を削って消しておいた。魔法陣の種類を知りたければ、あとで教える。明日、現場を検証するといい。新たな抜け道もあったから、警備兵を置くのであれば、そちらから警備隊長に頼んでくれ」 「はっ! お前達、ヨルンくんから残党を引き取り、牢屋に連れて行け。私は陛下へ報告に伺う」  要点だけをしっかりまとめたシンシアの簡潔な報告を聞き、部隊長は隊員に指示した。ヨルンのことは、まだ正式に騎士団にも魔導士団にも入っていないから、丁寧な呼び方なのだろう。  部隊長はそのまま引き取りの様子を少し伺ったあと、側にいた警備隊長に、兵の追加とその兵達の現場検証への同行を依頼し、報告に向かった。 「警備隊長、待たせてすまない。大聖堂正面入口の二人の警備兵が素晴らしい仕事をしてくれた。良い評価を頼む。  そして後日、私か宰相名義で、騎士団選抜試験について、その二人に連絡をするから、取り次いでほしい。また、これも後日、全兵に通達するが、騎士団選抜試験を一切受けられなかった者について、調査する予定だ。警備隊で他にそのような者がいたら、予め調査しておいてくれ。以上だ」 「はっ! 承知しました!」  警備隊長はその場を離れると、ヨルンとクリスも馬車から降りてきて、シンシアと合流した。 「来訪応対者記録用紙をくれ」 「どうぞ」  シンシアは、扉の近くにいた兵士に記録用紙をもらい、それぞれの名前を記入したようだ。思ったよりも、ちゃんと記録をとっているんだな。スパイ行為を防ぐというより、それがあった時に見直すためだろう。 「それでは、玉座の間に行こう。正面を真っ直ぐだ。中で少し待つことになると思うから、作法を練習しておこう」  シンシアの案内で玉座の間の扉の前まで行き、兵に開けてもらって中に入った。 「まだ誰も来ていないな。今の扉から王族以外が入ってきて、奥の右側から王族がお見えになる。大体、この辺で待っていればいい。扉は報告会が始まるまで開いたままだから、変なことはできない」  誰もいない内に天井に行くことができれば良かったが、無理そうだ。今の俺達は縮小化を維持できる時間がほとんどないので、縮小化は一旦解除し、クリスをぐるぐる巻きにしている状態だ。 「陛下がお見えになったら、右膝を床につけて、このように跪く。クリス、できるか?」  俺達は、クリスの右膝で潰されないように、右脚から撤退した。それから、クリスが試しに跪いてみた。 「外から見てどうですか?」  クリスがシンシアに質問した。俺達が見えていないか、跪く際に見えなかったかを聞いたのだ。 「大丈夫だ。ヨルンはクリスから少しだけ離れて、この辺りで跪いてくれ。私が半歩分前に出て中央、その左後ろにヨルン、右後ろにクリスという配置だ。そして、クリスからヨルンにメモを渡してみてほしい」 「分かりました」  クリスが外套の中で、腰から紙とペンとインクを取り出し、床に置いた。インクの蓋をクリスが外し、倒れないように手で固定する。俺がペンを取り、試しにメッセージを書いた。床は赤絨毯が敷かれているが、紙は何十枚もあって厚みがあるので、大聖堂の地下でも大丈夫だったように、今のところペンが紙を突き抜けてしまうことはない。  メッセージを書き終わると、俺がインクの蓋を閉じ、クリスの手に紙を渡した。まず、クリスが見て、それを左隣で跪いていたヨルンに渡した。そして、ヨルンが立ち上がって、それをシンシアに渡したはずだ。 『頑張ろう』 「ふふふっ、はい。このあとの報告会がなければ、涙が出ていたかもしれません。報告会があるからこそのメッセージですが」  シンシアの声から、少し余裕が生まれたような気がした。  それにしても、まさか玉座の間でメモを書く練習や外套の隙間から俺達が見えないかを確認できるとは思わなかった。これも、騎士団長の地位のおかげか、それともシンシアだからこそなのか。あるいは、単にジャスティ王の心が広いからなのか。  何だか、これからここで起こることが楽しみにもなってきた。 「どうやら、時間が迫ってきたようだ。大臣達が集まりだした。魔導士団長もいる」  扉方向から複数人が入ってくる足音と雑談の声が聞こえた。シンシアと言葉を交わす人はいないようだ。大臣達はどういう表情をしているんだろうな。シンシアを睨みつけたりしているのだろうか。この中にスパイがいる可能性もあるのだ。  数分すると、扉が閉められた。王族以外は全員揃ったようだ。 「正面を向いておこう。私が跪くタイミングに合わせてくれ」  シンシアがクリスとヨルンに小声で話した。間もなく、右奥から扉の開く音と足音がした。四人ぐらいだろうか。  シンシアが跪き、それに合わせて後ろの二人も跪いた。特に兵士が王の到着を声高に叫ぶこともなく、王が静かに玉座まで進み、腰掛けた。玉座方向の三人は立ったままのようだ。 「さて、シンシア。先程の大聖堂の件は報告を受けた。苦労をかけたな。その件も含まれるかもしれないが、まずは、この一ヶ月の調査結果を報告してもらおうか。他の二人がこの場にいる理由はその際でかまわない」  ジャスティ王が報告会の進行を始めた。しかも、進め方が効率的だ。  王の声は、かなり渋いが、覇気も感じ、若々しさも感じる。 「はっ! 恐れながら、そちらの前に、陛下だけにご覧いただきたい物があります。本調査に関連した、レドリー辺境伯とエトラスフ伯爵からの親書です。その上で、ご報告いたします」 「分かった」  王の許可のあと、シンシアが床に置いた荷物から手紙を取り出し、玉座の方に持っていこうとした。 「お待ちください、陛下! 犯罪容疑がかけられた者を陛下の身に近づけるなど、私は黙っていられません! 何をされるか分かったものではありません! その親書も、果たして本物かどうか……」  俺達の左側から物言いの声がした。  すると、その瞬間、ヨルンがそこに向かって床を蹴り、高速で剣を抜く音がした。息を呑む間もなかったからか、誰も声を上げられずにいた。 「国王様、この人、スパイかもしれません。そうじゃなくても、大臣の任を解いた方が良いと思います。シンシアさんなら、この場の全員、十秒以内に殺せるのに、的外れなことを言って……。  親書が本物かなんて、本人に確認すればすぐに分かるでしょう。無能の発言としか言いようがありません。それに、国王様が許可して、自らの身の危険について、何もおっしゃっていないにもかかわらず、口を挟むなど、不敬極まりない。  もちろん、僕も王の御前でこのような無礼なことをしている。敬語だってめちゃくちゃだと思います。ですから、その代わりに先の僕の褒美は辞退します。そんな物より、大切なことがあるので。クリスさん、お願いします」  ヨルンの催促で、クリスが催眠解除魔法を詠唱し始めた。その大臣が本当にスパイだった場合、捕らえる前に自害されるのを防ぐためだ。もちろん、その前に自害される恐れもあるが、この状況では仕方がない。  すると、クリスが詠唱を終える前に、突然周囲から悲鳴が聞こえた。 「うわあぁぁ‼」 「きゃあぁぁ‼」 「なっ……! クリスさんの解除魔法の詠唱が自害の合図……!」 「自ら前に踏み出して、ヨルンの剣を首に刺しにいくとは……」  ヨルンの驚きと、シンシアの落ち着いた状況説明から、俺達にも何が起こったか理解できた。  仮に剣を突き付けられていなくても、舌を噛み切ったり、短剣を隠し持っていたりして、別の方法で自害していただろう。 「クリス、治せるか?」 「いえ、流石にあれは無理です。この場にユキさんがいれば何とかなったかもしれませんが……」  シンシアの質問にクリスが答えた。二人はその場から動いておらず、念のため、周りを警戒しているようだ。シンシアであれば、即座に王を守りに行く覚悟もしているだろう。  それにしても、まさか本当に解除魔法の詠唱段階で自害されるとは……。この手口は間違いなく、俺達を監視していたあの魔法使いのものだろう。つまり、シキちゃんだ。大聖堂の魔法使いが自害しなかったのも前フリだった可能性がある。ここまで考えられていると、先に金縛り魔法をかけようとしても同じことになるだろうな。  スパイの疑いをかけられて、さらに何らかの魔法を自分にかけられることが分かったら、思い付く限り可能な方法で自害しろ、という条件であれば汎用性も柔軟性も高い。罠を利用して魔法をかける方法も考えられるが、それも対策されている可能性が高い。  だとすると、マズイな……相手は慎重なだけじゃない。少なくとも、戦略や戦術については、おそらくイリスちゃんと同じく天才だ。仮に、その天才とシキちゃんが同一人物だとすると、さらにマズイ。ユキちゃんがいれば何とかなるが、いない時に対峙しても臨機応変に対応されて、苦戦するか、あの時のように確実に逃亡されるに違いない。  こればかりは、俺の推察が間違っていることを願う。この催眠がアースリーちゃんにかかっていなくて本当に良かった。もちろん、その時には、俺達が対策をちゃんとしていたが、魔法使いと邂逅した記憶を消していたから、解除時に自害させる必要もなかったのだろう。  大臣の場合は、会議と称して内通者と一緒に会っていた事実があったために、記憶を消すだけではなく、そこからバレることを恐れて自害させる催眠魔法をかけたか。  いずれにしても、国家にダメージを与えられる。 「シンシア、報告の前に、まずはこの場を収める必要があるだろう。騎士団長として命じてかまわない。頼む」  流石に王も動揺しただろうが、彼はギルドでシンシアが言った台詞とほとんど同じ言葉で、彼女に事態の収拾を静かに命じた。  それは、シンシアの調査報告がまだ済んでいないにもかかわらず、彼女を完全に信頼している証でもあった。 「はっ! まずは取り急ぎ、今起きたことを説明いたします。財務大臣が我が国でスパイ活動を行うための催眠魔法にかかっていました。その催眠魔法をこちらのクリスが解除しようとしたところ、催眠内容に解除魔法の詠唱を聞いた瞬間に自害することが条件に含まれていた次第です。おそらく、どのような手段を用いても自害しろという条件だったため、ヨルンが剣を突き付けていなくとも死んでいたでしょう。以上です。  ヨルン、戻ってこい。お前のせいじゃない。扉の兵士達! どちらか一人、医療隊検死班と清掃班を呼べ! もう一人は、扉を閉めて外で待機だ。中で起きたことはまだ誰にも言わないこと。  大臣の方々は玉座から離れて、向かって右横の壁に背をつけ、各自距離を保って並んでください。横の人が不審な動きをしたら、大声で私に伝えて壁から離れてもかまいません。  ただし、扉方向に逃げてください。出てもいけません。玉座方向に逃げたり、扉から出ようとしたら、その場で斬ります。私の指示に反論しても斬ります。  各団長も同様だが、魔導士団長だけは、その場に留まるように。私との間合いを保てないからだ。少しでも魔法の詠唱を始めたら、即座に斬り殺す。  念のため、殿下方も各自距離を保ってください」  シンシアは、悲鳴を聞いて入ってきた扉の二人の兵達に命令し、各位に移動の催促と警告をした。良い指示だ。  レドリー辺境伯が無能の烙印を押した財務大臣が死んだとすると、総務大臣も怪しいか。 「すみません、剣を引くのが間に合いませんでした……。まさか、一度頭を引いてから、あんなに勢い良く前に来るなんて……。他のことには注意していたのですが、想定外すぎました。シンシアさんなら反応できたでしょうね……」  元の場所に戻ってきたヨルンは、しょんぼりとした声でクリスと俺達に向けて言った。殺してしまったことを反省しているというよりは、剣士としての未熟さを悔やんでいるようだ。 「大丈夫ですよ。シンシアさんが言った通りです。誰も悪くありません。もし、少しでも落ち込んだのなら、あとで慰めてもらって、反応速度についての稽古もつけてもらいましょう」  ヨルンを慰める優しいクリスの声を聞きながら、俺はこれからどうするかを考えていた。この場の人間だけでは、ハッキリ言って難しい。俺は、状況が分かった時点で、クリスの左脚を軽く締めて合図をし、紙とペン、インクを取り出してもらって、シンシア宛のメッセージを書いていた。 「シンシアさん、これを」  クリスは俺が渡した紙を外套の中から取り出し、シンシアに渡した。 『敵の中に天才がいた場合、催眠魔法をかけられた時点で詰みだ。その場合は、ユキちゃんの創造魔法による解除に賭けるしかない。  イリスちゃんにもこのことを伝えて、実現可能かどうか聞くから、五分待ってほしい。可能なら、ユキちゃんの到着を待つ。しかし、彼女の存在はまだ隠す。  この場では、これを非常事態とし、王族を含めて全員ここで一日過ごしてもらうことだけを提案してほしい。明日になれば分かるとだけ伝えるんだ。この場の一人でも欠けただけで国にとっては大ダメージだと訴えてもいい。  ここからは、全員を人質に取った犯罪者のような振る舞いをすることになる。トイレは一人ずつ、シンシアが付き添う。クリスやヨルンに付き添いは必要ない。クリスは俺達に言ってくれれば、この場でしてもかまわない。夜の見張りは交代で一人ずつ睡眠をとる。食事は全部抜きだ。  実現不可能なら、そのあとに作戦を改めて書くから、さらに五分待ってほしい。シンシアとクリスで、誰にも聞こえない声量で作戦を検討しているように見せかけてくれ』 「陛下、申し訳ありませんが、これから作戦を検討するので、最大で十分ほど、このままお待ちいただけないでしょうか」 「分かった。皆、これからもシンシアに従うように!」  シンシアの提案に、王はすでに非常事態であることを理解し、すんなり了承した。あらかじめこういう事態を想定していたように思える。もちろん、細かいところまで想定していたわけではないだろうが。 「ヨルン、私も警戒するが、意識を完全に向けられるわけではないから、その間、警戒を頼む」 「分かりました」 「シンシア、その前に、ビトーのことを私から話しておいた方が良いだろう。作戦立案で考慮する必要があるかもしれない」  ヨルンの返事のあと、玉座の方から王とは別の男の声がした。比較的、若い声から、宰相ではなく王子だろうか。しかし、その話をする前にシンシアが先に口を開いた。不敬よりも有能さをアピールするためだ。 「騎士団副長ビトーが失踪した。それも、ついさっき判明した。そうですね?」 「なぜそれを……⁉ もしかして、この場にいないことから推察したか?」 「いえ、もっと前です。城下町に入る前から可能性を考え、調査報告の予定を取り付ける際の今から四時間ほど前に門兵に聞いたところ、ビトーが『王の勅命により、お忍びで城下町の調査に行く』と商人の姿を模して彼らに伝えていたことから、確信しました。  書き置きを残しているとしたら、『現在の役職でさえ重圧を感じているのに、仮に騎士団長が失脚し、自分が繰り上げで任命されたら、それ以上耐えられない、そのような自分は勇敢な騎士団にも相応しくないので、城から消える』といったところでしょうか。私を陥れたことも含めて、間違いなくスパイの行動です。もう城下町にもいないでしょう」 「……書き置きの内容も、その通りだ。この場に呼ぶよう騎士達に声をかけたら、勅命のくだりがあり、父上に確認したらそのような命令はしていないとのことで発覚した。素晴らしい想定と推察だ。君ならこの事態を安心して任せられる。いや、君にしか任せられないだろう最重要任務だ」  裏切りの副長の情報に、周りも流石にざわついたが、そんな中、即座に王子が驚きと称賛の声を上げた。彼のおかげで、シンシアの有能さが際立ち、王一人の信頼と判断ではないことを示してくれた。それが意図だとしたら、王子も有能だ。  しかし、王も含めて有能な人物がいるにもかかわらず、この事態になっている。催眠魔法の想定が甘かったということだが、レドリー辺境伯でさえそうだった。クリスが前に、催眠魔法を使えるだけでもかなり上位で、魔力量を考慮すると世界で百人いるかいないかだと言っていたが、仮に数人しか使えないにしても、人数が少ないだけで、このような甘い想定になるのだろうか。  存在が知られていないわけではない。どのようなことができるのかも知られているのだ。たった一人、入り込んだだけでも大事になる。それでも、想定する必要がなかったのか。あとで理由を明確にしなければならないな。思い当たる節はある。 「ありがたきお言葉です。それは、こちらにいる私の信頼できる、尊敬できる、素晴らしい仲間のおかげでもあるのです。私達で必ずや被害を最小限に、この事態を収拾してみせます」  シンシアはそう言うと、クリスと一緒に、玉座と団長達、大臣達との絶妙な距離の所まで移動し、居合い可能な体勢でしゃがみ込んで、小声で話し始めた。  俺は、シンシアと王子が話している間にも、イリスちゃんに向けたメッセージを書くことができたので、少し時間が短縮できた。改めて書き終わり、アースリーちゃんの部屋にいるイリスちゃんに実現可能性を確認した。  すでに、彼女はユキちゃんの部屋の魔法書を全て読み終わり、魔法創造の理論も二人で共有しているので、移動中のユキちゃんに聞くよりは、彼女に聞けばスムーズに事が進む。 「結論から言うと、可能だよ。いくつか方法があって、そのいずれも魔法創造が必要。一番安全な方法を言うね。  食事に、遅効性魔力結合型催眠解除魔法をかける。対象の魔力を使って、体内から徐々に効果を発揮するから、他者の魔法詠唱や発動、拷問の条件に当てはまらない。しかも、これはユキお姉ちゃんが前に足を治そうとした時に作ったことがあるから、すぐに使える。  通常の催眠魔法では、遅効性も魔力結合も不可能。消化を利用した魔力結合に至っては、完全に新しい概念だよ。毒魔法とも違うからね。もちろん、ユキお姉ちゃんにしか『解除魔法の解除』はできないから、魔導士団長も解除できないし、感知さえできない。安心して料理を確認してもらっていいよ。  シチューのような、大量に作れて、個別に毒見する必要がない食事に魔法をかけ、『拘束時間を延長するから、一旦食事をとってもらう。食事後に眠くなったら、横になってもかまわない』と言って、毒見後に全員に食べさせると良いと思う。ユキお姉ちゃんの研究によると、吐いたり下痢したりしなければ、内容量が百グラム以上、小さなお皿に普通盛りぐらいで、解除までは最低三分かかる。念のため、十分ぐらい待った方が良いかも。  おかわりを用意すれば、最低時間は変わらないけど、最大時間は短縮できる。怪しんで全く食べない人には、食べないと体調に影響するから無理矢理食べさせると言ってもいい。  完全に解除されたと思える時間後に、ユキお姉ちゃんが扉越しに玉座の間に中心箇所を除いた遠隔変形空間睡眠魔法をかける。  その後、睡眠状態の全員に、自害や他者への危害の禁止と、自白のための催眠魔法をかける。遠隔変形空間催眠魔法は、作ってないし時間がかかるから、この手順で」  流石、イリスちゃんだ。いつも通り、全て説明してくれた。こういう魔法があればなぁ、と俺も考えていた方法ではあるが、それを実行するに当たって、細かい懸念点をちゃんと明らかにしてくれる。  一方で、彼女ならユキちゃんの『勇運』を使えば、どうにでもなることを知っていながら、あえて言わなかった。人の意識を変えられることを、側にいるアースリーちゃんにも、ユキちゃん本人にさえも知られてはいけないからだ。  ユキちゃんが全員救うことを決意した上でなら、仮に対象の目の前で解除魔法を使用しても、自害されないだろう。普通に、スパイと繋がりがあるかを質問しても、うっかり口を滑らせて答えてくれそうだ。  とりあえず、シンシア達には、作戦の詳細はあとにして、解除可能であることと、これからの細かい指示を伝えた。  シンシアが呼んだ医療隊は、俺がイリスちゃんの話を聞いている内に、すでに入ってきていた。ヨルンが起こったことを証言し、シンシアからは、検死というよりは所持品を調べること、このことは誰にも言わないことを伝えていた。 「陛下、お待たせいたしました。現在は非常事態です。この場の全員、ここで丸一日過ごしていただきます。それ以外の者も、必要な場合を除き制限します。これ以上、この場の一人でも失うと、我が国の国力が低下してしまいます。それを避けるためです。私達の意図も含めて、全てはそのあとにお話しします。  トイレに行きたい方は、私に申し付けてください。一人ずつ、付き添います。そちらの検死、分析、清掃が済み次第、副大臣と副長を全員一人ずつ扉の外に呼びますので、明日までの個別の指示があれば、各自してください。ただし、私に聞こえるように指示してください。  メモを渡す際も、私に一度見せてください。それができなければ、その指示は明後日以降に回してください。中で起きたことや、軟禁されている状況も話さないでください。怪しい合図を送った場合は、その部下もここに軟禁します。その場合は、もちろん、役職を陛下に解いていただくか、緊急処刑の許可をいただきます。財務大臣の代理は、急ぐのであれば宰相兼務がよろしいかと思います」  少しの間に、王族の小さく頷く声が聞こえた。 「ご承諾、ありがとうございます。後ほど、全員分の椅子と毛布を用意します」  それからシンシアは、扉の兵に必要な物と副大臣達を招集するよう依頼しに行き、すぐに医療隊の方に戻って、遺留品を確認したようだ。 「これは……薬に見せかけた毒か? それに……やはり短剣を持っていたか。王族と騎士、兵士以外は、武器の所持を禁止しているのに。短剣でも自害できない状況の場合、持病の発作を装って毒で自害するつもりだったか……。至急、分析を頼む。  陛下、財務大臣は、禁止のはずの武器を所持していました。殺害にも自害にも使える物ですが、この場の者には、あえて武器の所持については詰問しません。ご了承ください」  そして、この場にいる者達にとっては、これまで経験したことのない、短くも長い軟禁生活が始まるのだった。



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前のエピソード 俺達と女の子達が城に無事到着して作戦の実行と『男の娘ゲーム』をする話(2/4)

俺達と女の子達が城に無事到着して作戦の実行と『男の娘ゲーム』をする話(3/4)

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「緊張してきたぁ……」  俺達が大聖堂の近くまで来た頃、ゆうが呟いた。  大聖堂は、宿屋から城下町の中心部に向かって、五百メートルほど歩いた位置にある。作戦が時間通りに行けば、報告会には十分に間に合うだろう。 「突入作戦なんて、一般人は経験しないからな。それでも、俺達は監視者捕獲作戦を経験しているから、少しは緊張が和らいでいるだろ?」 「そうなんだけどさ。前回は戦闘があるかどうか半々で分からなかったけど、今回は高確率であるわけでしょ? お兄ちゃんは緊張してないの?」 「もちろん、緊張してる。緊張さえ楽しめる自分一人だけの大学受験や就職活動とは、わけが違うからな。だからこそ、想定外が起きないようにしてるんだ。そして、想定外が起きた時は、シンシア達の方が戦闘経験が上だから任せた方が良い。  俺達の緊張は、自分達のことよりも、彼女達が傷付くことへの心配から来ているものだ。今回の場合、子どもの受験当日の親のように、試験中に何もできないわけではない。俺達はその場でサポートできる。たとえ想定外で、シンシア達がピンチになっても、俺達が頭をフル回転させれば何とかなると信じている。  それに、世界最強が三人揃って、数人から高々数十人の敵に軍事被害を受けるようなら、すでにエフリー国が天下を取っているはずだ。シンシア単騎でさえ、恐れを成していたんだぞ。逆に、向こうの方が想定外のはずだ。大丈夫だよ。でも、油断は絶対にしない。三人も超一流だから絶対にしないだろう」 「うん、ありがと」  ゆうの不安も少しは解消されただろうか。 「馬で通り過ぎた時にも確認できたが、兵士が二人、大聖堂前に立っているな。立ち入り禁止になっている」  シンシアが俺達のために、声に出して説明してくれた。一行は、兵士に近づいていった。 「騎士団長のシンシアだ。昨日の作戦部隊のヨルンと共に、中を再調査したい」 「き、騎士団長! どうぞ、お通りください! ちなみに、そちらの方はどなたでしょうか」  警備兵はクリスの氏名もしっかり確認するようだ。 「魔法使いのクリス=アクタースだ。再調査を行うには、彼女の力が必要なので私が連れてきた。中には他に誰かいるか?」 「いえ、中には誰もおりません!」  向かって左側にいた兵士が答えた。 「それでは、どちらか一人、今すぐに十人乗れる護送用の馬車を手配して、ここに待たせておいてくれ。護送用が手配できない場合は、どんな馬車でもいい。私達が出てきたら、それに乗って城に向かう」 「はっ!」  向かって右側にいた兵士が、馬車の調達のために走り去っていった。 「騎士団長、お忙しいところ申し訳ありませんが、お聞きしてもよろしいでしょうか。」  残った兵士がシンシアに質問があるようだ。 「何だ?」 「一日経過してもなお、中に残党がいるということでしょうか。それによって、ここでの警備方法と心構えを変える必要があります」  ここでそれを聞くとは、随分と有能な兵士だな。もう一人の方も仕事が的確で早かった。 「私達は可能性が高いと考えている。もちろん、ここまで取り逃がすつもりはない。君はもしかして騎士志望か? 前に見た時もそうだったが、何となく目つきが違う。もう一人の方もそうだったな」 「は、はい! 私共のような者の顔を覚えていただいており、光栄です! 先程の者も騎士志望です」 「あえて名前は聞かないでおこう。これまでの騎士選抜試験でも顔は見なかったはずだ。次の試験で、是非その名前を轟かせてくれ」 「はっ! ありがとうございます! しかしながら、騎士団長。この場で申し上げるのも恐縮ですが、前回の騎士選抜試験、私共はどういうわけか受けられませんでした。試験担当者に理由を聞いても、資格がないとの一点張りで……」 「何⁉」  シンシアは、その事実に驚いて大きな声を出した。 「たとえ同じ平民であっても、他の者は受けられました。自分達の素行も問題ないと考えているのですが、違うのでしょうか。  あの時は、騎士団長に直訴することも考えましたが、プロセスや責任者のラインを無視するのは騎士としての資質を疑われると思い、泣く泣く身を引きました。申し訳ありません、このような泣き言をこの場で」 「いや、こちらこそ申し訳ない。私の責任だ。すぐに調査した上で、何とかしよう。勇気ある進言に感謝する」 「ありがとうございます!」  兵士は一際大きな声で感謝の言葉を言った。  それから、クリスの魔力感知魔法で大聖堂の中を走査したあと、シンシア達はヨルンを先頭にして大聖堂の中に入っていった。持っていた荷物は兵士に預かってもらうことにした。 「例の副長が止めていた、ということですかね」  あの兵士達が試験を受けられなかった原因について、クリスがシンシアに確認した。 「間違いないだろうな。選抜試験の事実上の最高責任者はビトーだった。私は実技試験と最終面接の評価者の一人だったが、国内の兵士であれば、当然資格など必要ない。素行調査は合格後の内定時に行われる。  プロセスに変更があったとは聞いていないから、ビトーが担当者に、あの二人を受けさせないように圧力をかけたか、担当者もスパイだったのだろう。あの二人が騎士になると、余程都合が悪かったのだろうな。少しでも私の目に触れたら、試験で落としても誤魔化しが効かなくなると踏んで、その前に手を打ったのだろう。  私だけならまだしも、自分より下の者の人生を意図的に狂わせるとは万死に値する。もちろん、私の責任は免れないが」  シンシアの怒りが俺達にも伝わってきた。アースリーちゃんのことで辺境伯に叱咤した時とは、明らかに異なる怒りだ。 「二人とも、私のせいで時間を取らせてすまなかった。これからは切り替えていく」 「いえ、シンシアさんを陥れた奴は、僕も絶対に許しません」 「ヨルンくん、仮に出会っても殺してはダメですよ。死にたくなるほどの苦痛を、絶対に死なないように延々と与え続けるのですから」  ヨルンもクリスも怒りを滲ませている。クリスに至っては、いつか魔法が使えなくなるのではないかというほどの怒りで、どうやら、ビトーの悲惨な結末が確定してしまったようだ。 「ありがとう。まずはシュウ様の作戦を、冷静に、確実に遂行しよう」  大聖堂の右奥の通路を進むと、中部屋が左側にいくつかあり、その一番奥の部屋に俺達は入った。 「ここから地下に行きます。できるだけ音を立てないようにしましょう。詠唱以外に必要があれば筆談で」  ヨルンが部屋の床中央のすでに開かれた階段を指した。再度、クリスが魔力感知魔法を使い、警戒する。部屋にあった蝋燭に火を灯して、それを片手に左右が壁の階段を大聖堂入口側に真っ直ぐ下りると、石畳の広い空間が現れた。  俺達も顔を覗かせて辺りを見回してみると、かなり大きめの魔法陣の痕跡らしきものを見つけることができた。その痕跡から推定してみると、直径二十メートルはあるだろうか。  石畳に描かれた魔法陣を無効化する方法は、いくつかあるらしく、ここでは魔導士団が、魔法陣の形に彫られた溝に入ったインクを水魔法で落とし、溝を土魔法で埋め、その土を火炎魔法で固めたのだろうとクリスが推察していた。  それから、ヨルン達は魔法陣の部屋を突っ切り、小部屋に向かった。扉は開け放たれているので、そのまま中に入ると、正面に抜け道が見えた。  まずは、クリスが小声で詠唱し、透過空間認識魔法で、魔力遮断魔法がかけられた隠し空間を確認した。一分後、クリスが抜け道方向を指差したので、ヨルン、クリス、シンシアの順に先を進んだ。  抜け道の壁は石造りで、三人が並んで通れるぐらいに広い。曲がり角を四回曲がって二メートルほど進んだ所で、クリスがヨルンの右肩を叩き、そのまま右を指した。ここの壁に入口があるらしい。薄暗い中でよく見ると、石が少し綺麗だった。  すると、クリスが紙とペンとインクを取り出し、床を下敷きにしてメッセージを書いた。 『三センチぐらいの薄めの石を、中から横にスライドさせて前に押し出すことで扉代わりにしているようです。中は、横が八メートル、奥行きが十五メートルぐらいで、奥行きに比べて横がそれほど広くないので、金縛り魔法を使います。  こちらからはすぐに開けられないので、一気に突入するには、扉を破壊するか消滅させた方が良いと思いますがどうしますか?』  それに対して、シンシアがペンを取った。 『私が両足で破壊しよう。ヨルンは私を飛び越えて突入してくれ。すぐに私も入る。クリスは魔法の準備ができたら、頷いて合図をしてくれ』  シンシアの力はクリスタルの影響によって増大しているので、たとえ石壁でも、容易に破壊が可能だろう。壁が崩れる音は、抜け道側を警備している兵には、遠すぎて聞こえないはずだ。  シンシアは、どこからか取り出した紐で、髪が邪魔にならないように、前で結んでまとめた。ヨルンが蝋燭を壁際に置いてから、シンシアと一緒に壁から距離を取ると、俺達は増やした触手を縮小化して、地面に下ろした。壁から見て、シンシア、ヨルンの順に並び、クリスと俺達が壁とシンシアの中間で横に避けると、クリスは金縛り魔法の詠唱を開始した。  そして、五秒後。クリスが頷いた。シンシアは全速力で壁に向かって走り出し、剣が下敷きにならないように右向きのドロップキックをした。すると、壁が一気に崩れ、右手で受け身をとったシンシアの下半身に石の破片が降り注いだ。すかさず、シンシアは身体を丸めて、ヨルンがその上を飛び越え、薄暗い隠し部屋に突入した。 「左に二人、右に一人!」  ヨルンが状況を教えてくれた。シンシアもすぐに起き上がって、髪をまとめていた紐を解きながら、後ろのクリスと一緒に突入する。  俺達もそれに続き、天井を目指した。部屋の床には、やはり魔法陣が描かれている。 「ば、バカな⁉ どうしてここが⁉」  狼狽える敵の魔法使い達。危機が迫っているのに、意味のない台詞を言う暇があるということは、戦闘慣れしていない寄せ集めの者達ということだ。  その隙を逃さず、クリスが魔法を発動した。すると、左右前方にいた二人は体が動かせなくなっていた。 「一人、奥に逃げます!」  クリスの声の直後、ヨルンがその一人の前に回り込んだ。その瞬間、左右の魔法使いから、苦痛の悲鳴が上がった。 「ぐあぁぁぁ! あ……う、腕が……腕があああああ!」  その一秒後。逃げようとしていた魔法使いからも同じ悲鳴が聞こえた。文字通り、瞬く間に全員の両腕があらぬ方向に曲がっていたのだ。  そして、クリスは奥の魔法使いに近づきつつ、すでに解除魔法の詠唱をしていた。シンシアはすでにヨルンの近くにいた。念のため、クリスが危なくならないように、俺は奥の魔法使いに毒液を飛ばした。 「⁉」  毒液が付着した魔法使いは体をビクッと震わせたが、腕の痛みでそれどころではなさそうだ。  それより、戦闘があっという間すぎた。この際だから、残りの敵二人にも毒液を飛ばしておいた。 「ゆう、すまん。何が起きたか説明してくれ。天井に向かっている間にほとんど終わっていて、金縛り魔法発動辺りから、よく分からなかった」  俺は、敵の動きや奥の抜け道を警戒しつつも、ゆうに状況を確認した。 「えー……っと。金縛り魔法の発動直後にヨルンが左の敵の両腕を剣の柄で折って、すぐに奥の敵に向かって回り込んだ。  その間に、シンシアが右の敵の両腕を、剣を一切使わずに素手で折って、すぐに、奥の敵に向かった。  その後、すぐにヨルンが奥の敵の両腕を一人目と同じように折った。  クリスは魔法発動後からすぐに解除魔法の詠唱を始め、立ち止まることなく奥の敵に向かった。  そして今、クリスは奥の敵に解除魔法をかけ終わって、毒の痺れで立てなくなったところで、催眠魔法をかけようとしているって感じ。  いやー……予想以上にすごかった。電光石火の動きと判断力だったなぁ」 「ありがとう。俺も予想以上だな。突入から全員無力化まで、五秒ぐらいしか経ってないんじゃないか? まさに、超一流だったな。俺の作戦に従ったとは言え、三流の戦いなら、敵の問いにわざわざ答えた上で、無駄な殺陣を繰り広げ、終いには逃げられ、あの時に始末しておけば良かったと、あとで後悔するのがオチだ」 「あたし、バトル作品のそういう三流の戦いって、見てて腹立つんだよね。それが味方でも敵でも、ただの弱くてバカな奴だよねって。  自分の能力をペラペラ喋ったり、実力差を見極められないで手加減したり、戦ってる最中によそ見したり、強い敵に戦力を逐次投入したり、命のやり取りしてたのに、命乞いされて許したり、悲しき過去を知って許したり。似たような話で、味方を庇うなら……」  ゆうのまくし立てるような架空の作品批判が終わらぬ内に、クリスが最初の催眠魔法をかけ終わった。 「シンシアさん、色々聞いてみてください。私達に全て従います」  そう言うと、クリスは二人目に向かった。ヨルンはクリスを守るために付いて行った。 「この部屋以外で、お前達の仲間はこの大聖堂内にいるか?」 「いえ、いません」  シンシアの質問に即座に答える魔法使い。本当にすごいんだな、催眠魔法って。 「抜け道の先、あるいはその近辺にお前達の仲間が待ち伏せているか?」 「いえ、待ち伏せていません」 「動機は? エフリー国の関係者か? 誰に指示された? この中に首謀者はいるか? それともすでに捕まったか? 自害したか?」 「どれも分かりません」 「どれも記憶にないということか? 記憶にないのに、魔法陣で高レベルモンスターを召喚しようとしていたのか?」 「はい」 「最初から記憶になかったのか? そうでないとしたら、記憶をいつ失った?」 「分かりません」  クリスが催眠魔法をかけ終え、シンシアの所に戻ってきた。 「ほとんど記憶を消されてますね。廃人に近いかもしれません。昨日、大聖堂に入った時点で消されたか、捕まった時点で消されるようになっていたか。おそらく、後者でしょう。  とりあえず、私は魔法陣を消します。どんな魔法陣かは覚えていますのでご心配なく。全員、突入口から部屋を出てもらえますか? 音がうるさければ、耳を塞いでいてください」  クリスは俺達の方も見た。それに従い、天井の触手を消した。外套から様子を見るとしよう。シンシアとヨルンは、四肢が痺れた魔法使い達を引きずって部屋を出た。  クリスが魔法の詠唱を終えると、部屋の床から天井にかけて大きく太い水柱が現れ、その中だけが竜巻のように回転しだした。水流で石の表面を削っているのだろう。回転音も切削音も、その高音が部屋に響く。  それにしても、魔導士団が魔法陣を消した方法よりもずっと効率的だ。しかし、この勢いで誤って水柱に触れでもしたら、確実に中に巻き込まれて死ぬだろうな。労災必至だ。  途中、床から水柱が浮き上がり、床をどの程度削れているかクリスが確認していた。どうやら、十分削れたようだ。  すると、さらにクリスは詠唱を始め、それを終えると、徐々に水柱が小さくなり、最後は蒸発するように消えた。水魔法はそのまま消すことができないから、熱魔法を使って相殺させたか。部屋も何だか蒸し暑くなったように思えた。空気中の水分を発現させて、元に戻したのであれば、湿度も変わらなさそうだが、部屋の外からも水分を引っ張っていそうだ。 「それでは、痺れが消え次第、魔法使いの方々を先頭に、大聖堂の入口まで行きましょうか」  クリスが部屋を出てきた。 「クリスさん、魔法陣の大きさが違っても、高レベルモンスターを召喚できるんですか? あの部屋の魔法陣は、直径四メートルぐらいで、広間は二十メートルぐらいありましたけど」  ヨルンがクリスに質問した。 「はい。召喚対象と大きさは無関係です。魔法陣が大きければ大きいほど、一人当たりの必要とする魔力量は大きくなるのですが、人数を用意すれば、その分だけ効率的になります。  小さい魔法陣に多人数の魔法使いを用意した方が効率的なのではと思うかもしれませんが、実は無意味です。大きさと内容によって、魔法陣に流入する時間当たりの魔力量が決まっているからです。  魔法使いを集めての短期決戦が目的だったため、広間で大きい魔法陣を描き、保険としての隠し部屋では、召喚に時間がかかってもいいから、決まって逃げる人数に合わせた魔法陣を描いたということです。  ちなみに、魔力が込められた血で魔法陣を描くのが最も効率的ですが、時間が経ちすぎると、描いた魔法陣から魔力が失われてしまい、結局、大量の血液が必要となるので、高レベルモンスターの召喚には用いられません」  ユキちゃんが血で魔法陣を描いていたが、効率のためだったのか。しかし、時間は経っていたような気がするな。創造魔法で魔法陣からの魔力の流出を抑えたか。 「ありがとうございます。勉強になりました」  ヨルンは、宿屋でのシンシアと同じ台詞を言った。どうやら、お気に入りの台詞になったようだ。その知識を使うことはないと思うぞ。  七分ほど経ち、痺れが取れた魔法使い達が立ち上がって、先を歩き始めた。それに続いて、ヨルン、クリス、シンシアの順で、大聖堂の入口に向かった。 「お、護送用の馬車が来ているな。兵の一人が剣を構えて、こちらを警戒するように見ている。良い警備だ」  シンシアが入口に停めてある馬車を遠くから見つけたようだ。そして、俺達に説明するように兵を褒めた。 「騎士団長! その者達は……」 「ああ、残党だ。私達が連れて行く」 「しかし、手枷も縄もないのは……。馬車の箱に手枷がありますが、腕が折れている状態では……」  確かに、逮捕者が何も付けずに悠々と歩いているのは驚くだろうな。催眠魔法の前では、手枷も縄も必要ないのだが、建前上、付けた方が良いだろう。 「ありがとう。それでは、使わせてもらおう。腕は回復魔法で治す。二人とも素晴らしい働きだった。警備隊長には、今回のことを評価してもらうよう、私から伝えておこう。もちろん、例の件も忘れていない。連絡を待っていてくれ」 「はっ! ありがとうございます!」  シンシア達は馬車に乗り、城へ向かった。城門に着き、シンシアが門兵に状況を話すと、そのまま中へ通してくれた。さらに、城の扉の前に馬車を停めてもらうと、シンシアが城の中に入っていき、特別任務の部隊長と隊員数名を呼んだ。  その部隊は、一般兵と騎士の混合部隊で、騎士団とは別の独立した部隊らしい。さらに、警備隊長も呼んでいた。 「大聖堂の残党が三人、馬車の中にいる。ヨルンと別の女魔法使いが見張っているから、引き取ってくれ。今なら尋問で何でも喋るが、ほとんどの記憶が消されているようだ。私はこのまま報告会に参加する。その前に、君から陛下に臨時の追加報告をしておいてほしい」  シンシアが部隊長に指示したようだ。 「え⁉ しょ、承知しました。しかし、どこに残党がいたんですか?」 「抜け道の曲がり角を四回曲がった先の右の壁の向こうに隠し部屋があった。抜け道から逃げたと思わせて、そこに入ったんだ。壁を破壊して突入すると、別の魔法陣で召喚が続いていた。  残党を捕らえた後に、魔法陣は床を削って消しておいた。魔法陣の種類を知りたければ、あとで教える。明日、現場を検証するといい。新たな抜け道もあったから、警備兵を置くのであれば、そちらから警備隊長に頼んでくれ」 「はっ! お前達、ヨルンくんから残党を引き取り、牢屋に連れて行け。私は陛下へ報告に伺う」  要点だけをしっかりまとめたシンシアの簡潔な報告を聞き、部隊長は隊員に指示した。ヨルンのことは、まだ正式に騎士団にも魔導士団にも入っていないから、丁寧な呼び方なのだろう。  部隊長はそのまま引き取りの様子を少し伺ったあと、側にいた警備隊長に、兵の追加とその兵達の現場検証への同行を依頼し、報告に向かった。 「警備隊長、待たせてすまない。大聖堂正面入口の二人の警備兵が素晴らしい仕事をしてくれた。良い評価を頼む。  そして後日、私か宰相名義で、騎士団選抜試験について、その二人に連絡をするから、取り次いでほしい。また、これも後日、全兵に通達するが、騎士団選抜試験を一切受けられなかった者について、調査する予定だ。警備隊で他にそのような者がいたら、予め調査しておいてくれ。以上だ」 「はっ! 承知しました!」  警備隊長はその場を離れると、ヨルンとクリスも馬車から降りてきて、シンシアと合流した。 「来訪応対者記録用紙をくれ」 「どうぞ」  シンシアは、扉の近くにいた兵士に記録用紙をもらい、それぞれの名前を記入したようだ。思ったよりも、ちゃんと記録をとっているんだな。スパイ行為を防ぐというより、それがあった時に見直すためだろう。 「それでは、玉座の間に行こう。正面を真っ直ぐだ。中で少し待つことになると思うから、作法を練習しておこう」  シンシアの案内で玉座の間の扉の前まで行き、兵に開けてもらって中に入った。 「まだ誰も来ていないな。今の扉から王族以外が入ってきて、奥の右側から王族がお見えになる。大体、この辺で待っていればいい。扉は報告会が始まるまで開いたままだから、変なことはできない」  誰もいない内に天井に行くことができれば良かったが、無理そうだ。今の俺達は縮小化を維持できる時間がほとんどないので、縮小化は一旦解除し、クリスをぐるぐる巻きにしている状態だ。 「陛下がお見えになったら、右膝を床につけて、このように跪く。クリス、できるか?」  俺達は、クリスの右膝で潰されないように、右脚から撤退した。それから、クリスが試しに跪いてみた。 「外から見てどうですか?」  クリスがシンシアに質問した。俺達が見えていないか、跪く際に見えなかったかを聞いたのだ。 「大丈夫だ。ヨルンはクリスから少しだけ離れて、この辺りで跪いてくれ。私が半歩分前に出て中央、その左後ろにヨルン、右後ろにクリスという配置だ。そして、クリスからヨルンにメモを渡してみてほしい」 「分かりました」  クリスが外套の中で、腰から紙とペンとインクを取り出し、床に置いた。インクの蓋をクリスが外し、倒れないように手で固定する。俺がペンを取り、試しにメッセージを書いた。床は赤絨毯が敷かれているが、紙は何十枚もあって厚みがあるので、大聖堂の地下でも大丈夫だったように、今のところペンが紙を突き抜けてしまうことはない。  メッセージを書き終わると、俺がインクの蓋を閉じ、クリスの手に紙を渡した。まず、クリスが見て、それを左隣で跪いていたヨルンに渡した。そして、ヨルンが立ち上がって、それをシンシアに渡したはずだ。 『頑張ろう』 「ふふふっ、はい。このあとの報告会がなければ、涙が出ていたかもしれません。報告会があるからこそのメッセージですが」  シンシアの声から、少し余裕が生まれたような気がした。  それにしても、まさか玉座の間でメモを書く練習や外套の隙間から俺達が見えないかを確認できるとは思わなかった。これも、騎士団長の地位のおかげか、それともシンシアだからこそなのか。あるいは、単にジャスティ王の心が広いからなのか。  何だか、これからここで起こることが楽しみにもなってきた。 「どうやら、時間が迫ってきたようだ。大臣達が集まりだした。魔導士団長もいる」  扉方向から複数人が入ってくる足音と雑談の声が聞こえた。シンシアと言葉を交わす人はいないようだ。大臣達はどういう表情をしているんだろうな。シンシアを睨みつけたりしているのだろうか。この中にスパイがいる可能性もあるのだ。  数分すると、扉が閉められた。王族以外は全員揃ったようだ。 「正面を向いておこう。私が跪くタイミングに合わせてくれ」  シンシアがクリスとヨルンに小声で話した。間もなく、右奥から扉の開く音と足音がした。四人ぐらいだろうか。  シンシアが跪き、それに合わせて後ろの二人も跪いた。特に兵士が王の到着を声高に叫ぶこともなく、王が静かに玉座まで進み、腰掛けた。玉座方向の三人は立ったままのようだ。 「さて、シンシア。先程の大聖堂の件は報告を受けた。苦労をかけたな。その件も含まれるかもしれないが、まずは、この一ヶ月の調査結果を報告してもらおうか。他の二人がこの場にいる理由はその際でかまわない」  ジャスティ王が報告会の進行を始めた。しかも、進め方が効率的だ。  王の声は、かなり渋いが、覇気も感じ、若々しさも感じる。 「はっ! 恐れながら、そちらの前に、陛下だけにご覧いただきたい物があります。本調査に関連した、レドリー辺境伯とエトラスフ伯爵からの親書です。その上で、ご報告いたします」 「分かった」  王の許可のあと、シンシアが床に置いた荷物から手紙を取り出し、玉座の方に持っていこうとした。 「お待ちください、陛下! 犯罪容疑がかけられた者を陛下の身に近づけるなど、私は黙っていられません! 何をされるか分かったものではありません! その親書も、果たして本物かどうか……」  俺達の左側から物言いの声がした。  すると、その瞬間、ヨルンがそこに向かって床を蹴り、高速で剣を抜く音がした。息を呑む間もなかったからか、誰も声を上げられずにいた。 「国王様、この人、スパイかもしれません。そうじゃなくても、大臣の任を解いた方が良いと思います。シンシアさんなら、この場の全員、十秒以内に殺せるのに、的外れなことを言って……。  親書が本物かなんて、本人に確認すればすぐに分かるでしょう。無能の発言としか言いようがありません。それに、国王様が許可して、自らの身の危険について、何もおっしゃっていないにもかかわらず、口を挟むなど、不敬極まりない。  もちろん、僕も王の御前でこのような無礼なことをしている。敬語だってめちゃくちゃだと思います。ですから、その代わりに先の僕の褒美は辞退します。そんな物より、大切なことがあるので。クリスさん、お願いします」  ヨルンの催促で、クリスが催眠解除魔法を詠唱し始めた。その大臣が本当にスパイだった場合、捕らえる前に自害されるのを防ぐためだ。もちろん、その前に自害される恐れもあるが、この状況では仕方がない。  すると、クリスが詠唱を終える前に、突然周囲から悲鳴が聞こえた。 「うわあぁぁ‼」 「きゃあぁぁ‼」 「なっ……! クリスさんの解除魔法の詠唱が自害の合図……!」 「自ら前に踏み出して、ヨルンの剣を首に刺しにいくとは……」  ヨルンの驚きと、シンシアの落ち着いた状況説明から、俺達にも何が起こったか理解できた。  仮に剣を突き付けられていなくても、舌を噛み切ったり、短剣を隠し持っていたりして、別の方法で自害していただろう。 「クリス、治せるか?」 「いえ、流石にあれは無理です。この場にユキさんがいれば何とかなったかもしれませんが……」  シンシアの質問にクリスが答えた。二人はその場から動いておらず、念のため、周りを警戒しているようだ。シンシアであれば、即座に王を守りに行く覚悟もしているだろう。  それにしても、まさか本当に解除魔法の詠唱段階で自害されるとは……。この手口は間違いなく、俺達を監視していたあの魔法使いのものだろう。つまり、シキちゃんだ。大聖堂の魔法使いが自害しなかったのも前フリだった可能性がある。ここまで考えられていると、先に金縛り魔法をかけようとしても同じことになるだろうな。  スパイの疑いをかけられて、さらに何らかの魔法を自分にかけられることが分かったら、思い付く限り可能な方法で自害しろ、という条件であれば汎用性も柔軟性も高い。罠を利用して魔法をかける方法も考えられるが、それも対策されている可能性が高い。  だとすると、マズイな……相手は慎重なだけじゃない。少なくとも、戦略や戦術については、おそらくイリスちゃんと同じく天才だ。仮に、その天才とシキちゃんが同一人物だとすると、さらにマズイ。ユキちゃんがいれば何とかなるが、いない時に対峙しても臨機応変に対応されて、苦戦するか、あの時のように確実に逃亡されるに違いない。  こればかりは、俺の推察が間違っていることを願う。この催眠がアースリーちゃんにかかっていなくて本当に良かった。もちろん、その時には、俺達が対策をちゃんとしていたが、魔法使いと邂逅した記憶を消していたから、解除時に自害させる必要もなかったのだろう。  大臣の場合は、会議と称して内通者と一緒に会っていた事実があったために、記憶を消すだけではなく、そこからバレることを恐れて自害させる催眠魔法をかけたか。  いずれにしても、国家にダメージを与えられる。 「シンシア、報告の前に、まずはこの場を収める必要があるだろう。騎士団長として命じてかまわない。頼む」  流石に王も動揺しただろうが、彼はギルドでシンシアが言った台詞とほとんど同じ言葉で、彼女に事態の収拾を静かに命じた。  それは、シンシアの調査報告がまだ済んでいないにもかかわらず、彼女を完全に信頼している証でもあった。 「はっ! まずは取り急ぎ、今起きたことを説明いたします。財務大臣が我が国でスパイ活動を行うための催眠魔法にかかっていました。その催眠魔法をこちらのクリスが解除しようとしたところ、催眠内容に解除魔法の詠唱を聞いた瞬間に自害することが条件に含まれていた次第です。おそらく、どのような手段を用いても自害しろという条件だったため、ヨルンが剣を突き付けていなくとも死んでいたでしょう。以上です。  ヨルン、戻ってこい。お前のせいじゃない。扉の兵士達! どちらか一人、医療隊検死班と清掃班を呼べ! もう一人は、扉を閉めて外で待機だ。中で起きたことはまだ誰にも言わないこと。  大臣の方々は玉座から離れて、向かって右横の壁に背をつけ、各自距離を保って並んでください。横の人が不審な動きをしたら、大声で私に伝えて壁から離れてもかまいません。  ただし、扉方向に逃げてください。出てもいけません。玉座方向に逃げたり、扉から出ようとしたら、その場で斬ります。私の指示に反論しても斬ります。  各団長も同様だが、魔導士団長だけは、その場に留まるように。私との間合いを保てないからだ。少しでも魔法の詠唱を始めたら、即座に斬り殺す。  念のため、殿下方も各自距離を保ってください」  シンシアは、悲鳴を聞いて入ってきた扉の二人の兵達に命令し、各位に移動の催促と警告をした。良い指示だ。  レドリー辺境伯が無能の烙印を押した財務大臣が死んだとすると、総務大臣も怪しいか。 「すみません、剣を引くのが間に合いませんでした……。まさか、一度頭を引いてから、あんなに勢い良く前に来るなんて……。他のことには注意していたのですが、想定外すぎました。シンシアさんなら反応できたでしょうね……」  元の場所に戻ってきたヨルンは、しょんぼりとした声でクリスと俺達に向けて言った。殺してしまったことを反省しているというよりは、剣士としての未熟さを悔やんでいるようだ。 「大丈夫ですよ。シンシアさんが言った通りです。誰も悪くありません。もし、少しでも落ち込んだのなら、あとで慰めてもらって、反応速度についての稽古もつけてもらいましょう」  ヨルンを慰める優しいクリスの声を聞きながら、俺はこれからどうするかを考えていた。この場の人間だけでは、ハッキリ言って難しい。俺は、状況が分かった時点で、クリスの左脚を軽く締めて合図をし、紙とペン、インクを取り出してもらって、シンシア宛のメッセージを書いていた。 「シンシアさん、これを」  クリスは俺が渡した紙を外套の中から取り出し、シンシアに渡した。 『敵の中に天才がいた場合、催眠魔法をかけられた時点で詰みだ。その場合は、ユキちゃんの創造魔法による解除に賭けるしかない。  イリスちゃんにもこのことを伝えて、実現可能かどうか聞くから、五分待ってほしい。可能なら、ユキちゃんの到着を待つ。しかし、彼女の存在はまだ隠す。  この場では、これを非常事態とし、王族を含めて全員ここで一日過ごしてもらうことだけを提案してほしい。明日になれば分かるとだけ伝えるんだ。この場の一人でも欠けただけで国にとっては大ダメージだと訴えてもいい。  ここからは、全員を人質に取った犯罪者のような振る舞いをすることになる。トイレは一人ずつ、シンシアが付き添う。クリスやヨルンに付き添いは必要ない。クリスは俺達に言ってくれれば、この場でしてもかまわない。夜の見張りは交代で一人ずつ睡眠をとる。食事は全部抜きだ。  実現不可能なら、そのあとに作戦を改めて書くから、さらに五分待ってほしい。シンシアとクリスで、誰にも聞こえない声量で作戦を検討しているように見せかけてくれ』 「陛下、申し訳ありませんが、これから作戦を検討するので、最大で十分ほど、このままお待ちいただけないでしょうか」 「分かった。皆、これからもシンシアに従うように!」  シンシアの提案に、王はすでに非常事態であることを理解し、すんなり了承した。あらかじめこういう事態を想定していたように思える。もちろん、細かいところまで想定していたわけではないだろうが。 「ヨルン、私も警戒するが、意識を完全に向けられるわけではないから、その間、警戒を頼む」 「分かりました」 「シンシア、その前に、ビトーのことを私から話しておいた方が良いだろう。作戦立案で考慮する必要があるかもしれない」  ヨルンの返事のあと、玉座の方から王とは別の男の声がした。比較的、若い声から、宰相ではなく王子だろうか。しかし、その話をする前にシンシアが先に口を開いた。不敬よりも有能さをアピールするためだ。 「騎士団副長ビトーが失踪した。それも、ついさっき判明した。そうですね?」 「なぜそれを……⁉ もしかして、この場にいないことから推察したか?」 「いえ、もっと前です。城下町に入る前から可能性を考え、調査報告の予定を取り付ける際の今から四時間ほど前に門兵に聞いたところ、ビトーが『王の勅命により、お忍びで城下町の調査に行く』と商人の姿を模して彼らに伝えていたことから、確信しました。  書き置きを残しているとしたら、『現在の役職でさえ重圧を感じているのに、仮に騎士団長が失脚し、自分が繰り上げで任命されたら、それ以上耐えられない、そのような自分は勇敢な騎士団にも相応しくないので、城から消える』といったところでしょうか。私を陥れたことも含めて、間違いなくスパイの行動です。もう城下町にもいないでしょう」 「……書き置きの内容も、その通りだ。この場に呼ぶよう騎士達に声をかけたら、勅命のくだりがあり、父上に確認したらそのような命令はしていないとのことで発覚した。素晴らしい想定と推察だ。君ならこの事態を安心して任せられる。いや、君にしか任せられないだろう最重要任務だ」  裏切りの副長の情報に、周りも流石にざわついたが、そんな中、即座に王子が驚きと称賛の声を上げた。彼のおかげで、シンシアの有能さが際立ち、王一人の信頼と判断ではないことを示してくれた。それが意図だとしたら、王子も有能だ。  しかし、王も含めて有能な人物がいるにもかかわらず、この事態になっている。催眠魔法の想定が甘かったということだが、レドリー辺境伯でさえそうだった。クリスが前に、催眠魔法を使えるだけでもかなり上位で、魔力量を考慮すると世界で百人いるかいないかだと言っていたが、仮に数人しか使えないにしても、人数が少ないだけで、このような甘い想定になるのだろうか。  存在が知られていないわけではない。どのようなことができるのかも知られているのだ。たった一人、入り込んだだけでも大事になる。それでも、想定する必要がなかったのか。あとで理由を明確にしなければならないな。思い当たる節はある。 「ありがたきお言葉です。それは、こちらにいる私の信頼できる、尊敬できる、素晴らしい仲間のおかげでもあるのです。私達で必ずや被害を最小限に、この事態を収拾してみせます」  シンシアはそう言うと、クリスと一緒に、玉座と団長達、大臣達との絶妙な距離の所まで移動し、居合い可能な体勢でしゃがみ込んで、小声で話し始めた。  俺は、シンシアと王子が話している間にも、イリスちゃんに向けたメッセージを書くことができたので、少し時間が短縮できた。改めて書き終わり、アースリーちゃんの部屋にいるイリスちゃんに実現可能性を確認した。  すでに、彼女はユキちゃんの部屋の魔法書を全て読み終わり、魔法創造の理論も二人で共有しているので、移動中のユキちゃんに聞くよりは、彼女に聞けばスムーズに事が進む。 「結論から言うと、可能だよ。いくつか方法があって、そのいずれも魔法創造が必要。一番安全な方法を言うね。  食事に、遅効性魔力結合型催眠解除魔法をかける。対象の魔力を使って、体内から徐々に効果を発揮するから、他者の魔法詠唱や発動、拷問の条件に当てはまらない。しかも、これはユキお姉ちゃんが前に足を治そうとした時に作ったことがあるから、すぐに使える。  通常の催眠魔法では、遅効性も魔力結合も不可能。消化を利用した魔力結合に至っては、完全に新しい概念だよ。毒魔法とも違うからね。もちろん、ユキお姉ちゃんにしか『解除魔法の解除』はできないから、魔導士団長も解除できないし、感知さえできない。安心して料理を確認してもらっていいよ。  シチューのような、大量に作れて、個別に毒見する必要がない食事に魔法をかけ、『拘束時間を延長するから、一旦食事をとってもらう。食事後に眠くなったら、横になってもかまわない』と言って、毒見後に全員に食べさせると良いと思う。ユキお姉ちゃんの研究によると、吐いたり下痢したりしなければ、内容量が百グラム以上、小さなお皿に普通盛りぐらいで、解除までは最低三分かかる。念のため、十分ぐらい待った方が良いかも。  おかわりを用意すれば、最低時間は変わらないけど、最大時間は短縮できる。怪しんで全く食べない人には、食べないと体調に影響するから無理矢理食べさせると言ってもいい。  完全に解除されたと思える時間後に、ユキお姉ちゃんが扉越しに玉座の間に中心箇所を除いた遠隔変形空間睡眠魔法をかける。  その後、睡眠状態の全員に、自害や他者への危害の禁止と、自白のための催眠魔法をかける。遠隔変形空間催眠魔法は、作ってないし時間がかかるから、この手順で」  流石、イリスちゃんだ。いつも通り、全て説明してくれた。こういう魔法があればなぁ、と俺も考えていた方法ではあるが、それを実行するに当たって、細かい懸念点をちゃんと明らかにしてくれる。  一方で、彼女ならユキちゃんの『勇運』を使えば、どうにでもなることを知っていながら、あえて言わなかった。人の意識を変えられることを、側にいるアースリーちゃんにも、ユキちゃん本人にさえも知られてはいけないからだ。  ユキちゃんが全員救うことを決意した上でなら、仮に対象の目の前で解除魔法を使用しても、自害されないだろう。普通に、スパイと繋がりがあるかを質問しても、うっかり口を滑らせて答えてくれそうだ。  とりあえず、シンシア達には、作戦の詳細はあとにして、解除可能であることと、これからの細かい指示を伝えた。  シンシアが呼んだ医療隊は、俺がイリスちゃんの話を聞いている内に、すでに入ってきていた。ヨルンが起こったことを証言し、シンシアからは、検死というよりは所持品を調べること、このことは誰にも言わないことを伝えていた。 「陛下、お待たせいたしました。現在は非常事態です。この場の全員、ここで丸一日過ごしていただきます。それ以外の者も、必要な場合を除き制限します。これ以上、この場の一人でも失うと、我が国の国力が低下してしまいます。それを避けるためです。私達の意図も含めて、全てはそのあとにお話しします。  トイレに行きたい方は、私に申し付けてください。一人ずつ、付き添います。そちらの検死、分析、清掃が済み次第、副大臣と副長を全員一人ずつ扉の外に呼びますので、明日までの個別の指示があれば、各自してください。ただし、私に聞こえるように指示してください。  メモを渡す際も、私に一度見せてください。それができなければ、その指示は明後日以降に回してください。中で起きたことや、軟禁されている状況も話さないでください。怪しい合図を送った場合は、その部下もここに軟禁します。その場合は、もちろん、役職を陛下に解いていただくか、緊急処刑の許可をいただきます。財務大臣の代理は、急ぐのであれば宰相兼務がよろしいかと思います」  少しの間に、王族の小さく頷く声が聞こえた。 「ご承諾、ありがとうございます。後ほど、全員分の椅子と毛布を用意します」  それからシンシアは、扉の兵に必要な物と副大臣達を招集するよう依頼しに行き、すぐに医療隊の方に戻って、遺留品を確認したようだ。 「これは……薬に見せかけた毒か? それに……やはり短剣を持っていたか。王族と騎士、兵士以外は、武器の所持を禁止しているのに。短剣でも自害できない状況の場合、持病の発作を装って毒で自害するつもりだったか……。至急、分析を頼む。  陛下、財務大臣は、禁止のはずの武器を所持していました。殺害にも自害にも使える物ですが、この場の者には、あえて武器の所持については詰問しません。ご了承ください」  そして、この場にいる者達にとっては、これまで経験したことのない、短くも長い軟禁生活が始まるのだった。



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