俺達と女の子達が情報共有して不眠症の女の子を救済する話(1/4)

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 十三日目の朝。  リーディアちゃんと拘束されたアースリーちゃんは、顔の高さをずらして寝るようにしていたので、特に問題は起きなかった。  そして、リーディアちゃんが最後に目覚めると、昨日の出来事が夢じゃなかったことに泣いて喜んでいた。  しばらくして、彼女は自室に戻り、朝食時に再度俺達の部屋に来ると、昨日学んだマナー講習の復習を兼ねて、一緒に食事をした。  朝食後、歓談をしていると、扉をノックする音が聞こえた。俺達はいつもの場所に隠れた。 「どうぞー」  アースリーちゃんの促しに、入ってきたのは、リーディアちゃんの言った通り、目の隈がすごい女魔法使いだった。隈の種類にはいくつかあるが、彼女の場合は睡眠不足による血行不良からくる青い隈だ。  髪の長さはリーディアちゃんぐらいだが、目を引くのは、白い肌以外の髪の色、目の色、服の色、全てが黒。彼女が攻撃魔法の使い手なら、文字通り、黒魔法使いだろう。  俺達が想像する典型的な魔法使いにありがちな三角帽子は身に着けていないものの、黒いローブを身に纏い、腰には杖を携帯するのに丁度良いベルトを付けていた。  魔法を使うだけなら杖は必要ないらしいが、ファッションで持っている人もいるとイリスちゃんから聞いた。  身長はリーディアちゃんより低いが、姿勢が綺麗で、腹筋と背筋のバランスがすごく良さそうだ。年齢は、何となくだが、アースリーちゃんと同じぐらいに見える。  目の隈がなければ、クールオタ系美少女と言えるが、ただの慢性的な睡眠不足とも思えないし、この子にも人知れず深刻な悩みがあるのだろうか。 「辺境伯から話を聞いて参りました。催眠魔法にかかっているかもしれないと。私が助けになれると思います」  見た目の暗さとは裏腹に、女魔法使いの声はかわいく、トーンもその内容も優しかった。 「ありがとうございます。私が当事者のアースリーです。こちらはシンシアさん。リーディアちゃんとは、もう挨拶を済ませていると聞きました。どうかよろしくお願いします」 「よろしくお願いします。私の名前は『コレソ』です」 「なっ⁉」  シンシアが驚きの声を上げるや否や、瞬時に剣を抜いて、コレソとの間合いを一気に詰め、剣先を首に突き付けた。  コレソは、シンシアを陥れた内の一人で、孤児院の経理を担当していた人物だ。 「⁉」  コレソは、シンシアの目にも止まらぬ居合抜きで身動き一つ取れなかった。 「私の質問に答えてもらおう。君は『コレソ=カセーサ』、本名は『クリス』か?」 「なぜそれを……⁉ はい……私の本名は『クリス=アクタース』です」  シンシアの質問に驚きを隠せないクリス。素直に本名を答えてくれた。シンシアもまだ戸惑いを拭いきれていないが、質問を続けた。 「君は、三週間前までジャスティ国城下町の孤児院で働いていたか?」 「……いいえ。三週間前……その頃はもうここにいました。本当はもう少し前から、この街には来ていたのですが、この屋敷で寝泊まりさせてもらえるようになったのが、多分、一ヶ月前ぐらいだと思います。  そちらの……リーディアさんに聞けばすぐに分かります。私は各地のお困りごとを魔法で解決できないかと旅をしています。  城下町は一年ぐらい前に少しだけ立ち寄ったことがありますが、特にどこも困っていることがなかったので……いえ、見つけられなかっただけもしれませんが、すぐに別の場所に移動しました」  クリスは最初こそ焦った表情をしていたものの、自分が濡れ衣だと確信したのか、段々と落ち着いた様子になってきた。回答にも、自身のアリバイ情報をどんどん付け足していく。 「リーディア、三週間前……一ヶ月前の話は本当か?」  シンシアはクリスから目を離さずに、リーディアちゃんに問いかけた。 「ええ、本当よ」 「ありがとう。では、セフ村に行ったことはあるか?」 「セフ村……とはどこにあるのでしょうか。すみませんが、旅で回った各地の村名は全く覚えていません」 「ここから南だ。南西のダリ村を経由しなければ、行けない場所にある」 「であれば、行ったことはありません。私は、この国の西から北にぐるっと回って、一度中央の城下町に行って、また北から東に回って旅をしてきて、そこで声をかけられてここに来たので、まだ南には行っていません」 「……では、『コレソ』を騙る人物に心当たりはあるか?」 「……特定の人物には心当たりありません。『コレソ』を使ったのは西と東で一回ずつだと思いますが、可能性があるとすれば、西の村でしょうか。  土砂崩れで川が堰き止められそうになっていたのを除去して、そのあと、村長に挨拶に行ったら、村人に名前を尋ねられて、その時に五から六人ぐらいの人達に『コレソ=カセーサ』を聞かれています。その内の一人が騙ったのか、そこから漏れて全く別の人が騙ったのかは分かりません。  少なくとも辺境伯は知っていました。東の村で声をかけられたのも、西の村での活躍を聞いたから、ということだったので。普段はどこでどの名前を使ったかは覚えていないのですが、辺境伯からその話を聞いたので語ることができました」 「アースリー、リーディア、彼女が嘘をついていると思うか?」 『いいえ』  二人の声が揃った。二人ともクリスが嘘をついていないと考えているようだ。俺もそう思う。 「そうだな……。クリス、怖がらせてすまなかった。『コレソ』を名乗る者、あるいはその一味に、私が陥れられた経緯があって、今のような行動に出てしまった。理解してもらえると助かる。セフ村の『コレソ』は男だとされていたのだが、男女ペアで動いている可能性もあったから、念のため聞いた」  シンシアが剣を収めて、クリスに謝罪した。 「いえ、かまいません。それは仕方がないことですので。それにしても、その人が私の偽名を騙る理由が分かりませんね。もちろん、魔法使いに悪人はいませんから、それを命じた上の人達の目的のことですが。仮に、一介の魔法使いを陥れて消すことができたところで、大した得にもならないと思うのですが」 「お父様は、あなたのことを優秀だとおっしゃっていました。それは結界を張る作業から分かります。土砂崩れを除去したことも、かなりすごいことだったのでは?」 「いえ、本当に大したことないんです……」  クリスは謙遜して自信なさげに言ったが、実際にどうなのかは分からない。  ところで、魔法使いに悪人はいないっていうのは常識なのか? それとも、この場の空気を少しでも和らげようとしたクリスの小粋な冗談か?  俺達以外の全員が当たり前のように受け入れているが。少なくとも、偽名の使用が悪ではないことは、クリスの存在が直接示している。 「私とクリスをぶつけるにしても、今みたいにちゃんと対話すれば、すぐに誤解は解けるだろうし。確かに意図が分からないな。  他に戦略的に考えられるとすれば……陽動、誘い込みの罠、ぐらいか……いや、この件はあとにしよう。推理や推察は、超優秀な我々の仲間にお任せするとして……クリス、大変失礼なことをしたあとで恐縮だが、予定通り、事を進めてくれないだろうか。改めてお願いしたい」 「お願いします!」  シンシアに続いて、アースリーちゃんも改めてお願いした。 「はい、もちろんです」  クリスはニッコリと笑って、快諾した。確かに良い人だ。 「それで、その進め方なんだが、まず確認したいことがある。アースリーに催眠魔法がかけられているとして、一連の作業中に、催眠魔法をかけた人物にそのことを悟られるかどうか、その術者の場所を特定できるかを聞きたい。私がその者を捕まえたいと思っているからだ。どうだろうか」 「かけられている魔法の種類と数によります。催眠魔法単体では、悟られませんし、こちらから場所も特定できません。今、その種類と数を確認してみますね。変装魔法の確認は、ここにいる時点で済んでいるので行いません」 「その前に……アースリー、目を瞑って口を開けてくれ。もっと大きく」  シンシアに従って、アースリーちゃんがその通りにした。そして、彼女がベッドに近づき、縮小化した俺達を手に取ると、アースリーちゃんの口に巻いた。猿轡だ。  検問の時に反応させなかっただけで、魔法がキッカケで自害される恐れがあるためだ。また、アースリーちゃんにもそのことは黙っていた。自分が催眠魔法を解くために拘束されると分かった途端に、自害させる恐れもあるためだ。 『触手の尻尾切り』の対象にしているから、俺達がたとえ噛まれても問題ない。ただし、意識はそのままなので、動かないように気を遣っている。  もし、俺達の存在が魔法でバレたら、シンシアから正直に話してもらう。クリスの話から、魔法ごとに確認できる魔法が分かれているようだ。それもそのはず、分かれていなければ、検問の時点で判明しているはずだ。  それでも、検問時に催眠魔法の確認をされなかったのは理由があるのだろうか。単に想定していなかっただけか。催眠魔法の確認ができる魔法使いが限られているからか。  クリスが、腰に持っていた五十センチほどの杖を取り出し、アースリーちゃんの前に突き出すと、詠唱を始めた。杖の先端には蒼く輝く宝石が嵌め込まれていた。元来、『蒼色』と言えば、深緑色を指すのだが、その宝石をじっと見ていると、光の反射で紺にも緑にも見える。不思議な色だ。同じ色合いの、シンシアの『碧のクリスタル』とは似て非なるものと言える。 「お兄ちゃん、あれ! クリスタルじゃない?」 「ああ。だが、まだ分からない。クリスがクリスタルを持っていたら、お目々が『クリクリ』になってしまう」 「うざぁ!」  魔法の杖としてはありきたりだが、光る宝石を見ると、全てクリスタルに思えてしまう体に俺達はなってしまった。  当然、可能性はある。彼女は否定していたが、話を聞く限り、人より魔力量が大きいようだし、深い目の隈を見ても、何らかのデメリットを負っていると考えるのは自然だ。チートスキル警告がないのも、シンシア達と同様に、一時的なものの可能性がある。  いずれにしても、彼女のことは何とかしてあげたい。詠唱が十秒程度、そこから二十秒程度、クリスはアースリーちゃんをじっと見つめていた。  そして、ようやく彼女が口を開いた。 「終わりました。確かに催眠魔法がかけられています。どんな催眠かは、かけた本人しか分かりません。他の魔法はかけられていないので、探知、逆探知は共にできません。このまま解除しますね」 「あーっと、ちょっと待ってほしい。三つ、質問がある。魔法については、学校で習うレベルの知識しかないので、教えてほしい。  一つ目は、現時点で相手がどの程度の魔法使いか分かるか。  二つ目は、精神状態が万全になると、催眠魔法が解除される場合があると聞いたことがあるのだが、アースリーがまだかかっているのはなぜか。  最後は、門にいた魔法使いは、催眠魔法の確認をしなかったようだが、なぜか。  もしかすると、これらの質問は関連しているかもしれないが」 「そうですね……。えーっと……」  俺達にとっては素晴らしい質問をしてくれたシンシアだったが、それに対してクリスの歯切れが急に悪くなったように思えた。 「…………」  シンシアはクリスの回答を黙って待っていた。クリスがシンシアの様子を伺うと、諦めたように口を開いた。 「あの……私のことを誰にも言わないと約束していただけるなら、お答えします。…………。  まず、催眠魔法を使えるだけで、魔法使いの中でもかなり上位です。なぜなら、大量の魔力を消費し、技術も要求されるからです。長期催眠であればなおさらで、そこには確認魔法も含まれます。  門番をしていた魔法使いは、その域に達していないので、使っていなかったのでしょう。もしかすると、使い方さえ知らない可能性もあります。魔法書によっては、その著者が使えないために、書かれていないことがあるからです。  確認魔法では、相手がどれだけの魔力を使って催眠をかけたのか分かります。魔力量や技術が足りないと、それを正確に測れませんし、一定レベルに達していないと、感じ取ることさえできません。  また、他者に解除されないように、できるだけ多くの魔力を込めるのが普通で、解除するにはそれを上回る必要があります。先程確認した限りでは、魔法をかけてから今日までの期間も考慮すると、最低でも国家魔導士団の中隊長から大隊長レベル、世界に百人いるかどうかというレベルだと思います。  一般的な一軒家を魔法一発で跡形も無く吹き飛ばせるぐらいの強さ、と考えると分かりやすいかと思います。普通の魔法使いは、こぶし大から子どもが通れるぐらいの穴を開けるぐらいが関の山です。このレベルになると、対象者の精神が不安定な時にかけた催眠魔法が、その精神状態によって解除されることは、逆にありません」 「だとすると、それを軽々と上回っていそうな発言をした君は一体……どこかの魔導士団の団長だったとか? いや、それにしては、私が言うのもなんだが若すぎる。少なくとも、ジャスティ国魔導士団にはいなかった」 「私はどこにも所属したことはありません。これ以上はちょっと……。そう言うあなたは、口ぶりからすると、騎士団長だったのでしょうか? あ、それは聞かない方が良いですね。私が言わない分、不公平ですから」 「いや、話したくないことを話してくれたのだから、私も話そう。そもそも、ここにいる理由を秘密にしているだけで、私が何者なのかは隠していないしな。その秘密も、私の先程の釈明から察せるだろう。君の言う通り、私はジャスティ国騎士団長、シンシア=フォワードソンだ」 「そうでしたか。随分と鋭い指摘をされて、驚くばかりでした。優秀な騎士団長であれば納得です」  クリスの反応を見ると、名前を聞いても驚いている様子はなかったので、世界的な有名人のシンシアのことを知らなかったらしい。これまでの言動からも、クリスは名前に興味がなさそうな印象を受けた。 「しかし、それほどの者が命じられてアースリーに近づいたとすると、やはり他国のスパイ説が濃厚……。この情報を手土産にできるか……。クリス! 私と城へ来てくれないか! アースリーに催眠魔法がかけられていたことを証言してほしい。各地で活躍する君が証言してくれれば、信憑性も信頼度も高い。もちろん、報酬は弾ませてもらう!」  シンシアが下を向いてブツブツ言っていると、ひらめいたかのように顔を上げ、クリスに詰め寄った。 「え、えぇ……、それはかまいませんが、ここでの契約がパーティー翌日までなので、その次の日からであれば……」 「ありがとう! 助かる!」  シンシアの希望に満ちた顔が眩しすぎたのか、クリスは少し戸惑っていた。 「とんでもありません。それと、報酬は結構です。魔法を使わずに、ただ話すだけですから。私は最低限のお金だけあればいいのですが、辺境伯の押しが強くて、契約期間も終了していないのに、すでにもらいすぎています。私が好きで張った追加の結界分まで支払おうとされました」 「仕事の対価はきちんともらうべきだが、どうしてそこまで拒むんだ? それでは、まるで奉仕活動や贖罪のような……いや、やめておこう」 「ありがとうございます。私が受け取るはずだった分は、他の受注者の今後の報酬に少しずつ上乗せしてもらうようにお願いしています。そうすれば、相場の下落を抑えられますし、私が働けば働くほど、逆に上昇するでしょうから」  シンシアの疑問は尤もだ。クリスの異常なまでの奉公精神はどこから来ているのだろう。騎士のように主君を戴いているわけでもないのに。無理した働きからの目の隈なのだろうか。優しい声と口調が余計にその陰影を際立たせる。 「それでは、催眠魔法を解除しますね。念のため、お二人にも同じ解除魔法をかけます。よろしければ、みなさん、近寄ってください」  シンシアとリーディアちゃんがアースリーちゃんに近寄ると、クリスは詠唱を始めた。懸念していたアースリーちゃんの催眠による抵抗は発動しないみたいだ。 「終わりました」 「早っ! 十秒の詠唱で、即座に解除できちゃったの? もっと何か、体から光を放つみたいな演出とかないの?」  クリスの完了宣言に、ゆうが驚き、思わずツッコミを入れていた。俺もそういう演出を期待していたことは黙っておくが、実際に目の当たりにしてみると、仮にそんなことが起きたら、催眠魔法をかける時も起こってないとおかしいからな。それでは、すぐに誰かが魔法を使ったことがバレてしまう。アニメやCGに毒されすぎたか。 「良かったね、アーちゃん!」  リーディアちゃんがアースリーちゃんの口から俺達を剥がし、アースリーちゃんに抱き付いて、頬擦りした。 「うん! クリスさん、ありがとうございました」  リーディアちゃんに頬擦りされながらも、お礼を言うアースリーちゃん。  本当に解除されたか、逆に催眠魔法がかけられていないかは、クリスを信じるしかない。これだけ正直に向かい合って話してくれたのだから、きっと大丈夫だ。  リーディアちゃんは、アースリーちゃんにぶら下がっていた俺達をベッドの横に戻してくれた。  シンシアは、まだ話しを続ける。 「ありがとう、クリス。実は、もう一つお願いがあるんだが、いいだろうか。…………。この近辺に、私達を監視している魔法使いがいるかどうかを確認できないだろうか。私達の友人は、空間魔力感知魔法でそれを実現していた」 「空間……魔力感知ですか……? どのぐらいの規模ですか?」 「え? あー……例えば、結界の大きさぐらい……かな?」  ピンと来ていなかったクリスがシンシアに質問すると、今度はシンシアの歯切れが悪くなった。シンシアは言ってはいけないことを言ってしまい、少し焦った様子を咄嗟に隠していたが、この程度なら問題はない。  と言うか、俺でも言っていただろう。シンシアが言った規模も、ユキちゃんが本気を出せば、その数倍は下らない。 「それは……その話が本当だとすると、その友人は世界でも有数の、いえ、唯一の魔法使いですね。そもそも、空間魔力感知魔法は、実現不可能なものとされているので。  平面で、一方にだけ展開する方法であれば存在します。結界のような魔法があるのなら可能ではないか、と思われがちですが、逆に結界の方が特殊です。それも厳密には、空間境界展開魔法です。それ以外で、空間展開できる魔法は存在しないもの……とされています。  もちろん、これまでにも研究はされてきましたが、実現不可能でした。自分の周りだけ、オーラのように展開することは一応可能ですが、それも一分と保ちません。動きがあると、さらに難しく、当然、結界の大きさに広げるのは無理です。線や平面であれば、そのコントロールが容易なので、普通の魔法使いでもできます。  おそらく、空間展開するには、自分とその展開先の間も魔力を均一に保つ必要があって、その魔力の維持と技術が、人間には不可能、ということだと私は思っています。  感知魔法で言えば、空間展開したあとに、その空間が魔力で満たされていないと、境界面で感知してもその通知が自分に届きません。結界もその理論に忠実で、結界の中でモンスターが活動できることからも分かります。低レベルのモンスターは結界内で召喚できないのですが、その理由はおそらく別にあると思います。  本当は、それを理解した上で結界を張りたいのですが、世の中の全魔法使いは魔法書通りに結界を張り、維持しているだけ、というのが実情です」  クリスの語り口からは、動揺が垣間見えたが、明らかに魔法に精通している者の話の展開だった。若いはずなのに、魔法をかなり研究しているようだ。  そして、ユキちゃんの天才的な、いや、まさに天才の魔法創造スキルのすごさが、改めて浮き彫りになった。  少し気になったのは、前にユキちゃんが、町一つ滅ぼせる魔力を持った人がいると言っていたが、空間展開できないということは、やはり一方向から魔法を放つということなのだろうか。町の中心から爆発的な衝撃波が広がるような感じを想像していた。  クリスの研究熱心さから、その魔力の持ち主の話は聞いたことがありそうだが、微妙に言い淀んだのはそれが頭に浮かんだからだろうか。 「すみません。あまりの驚きに珍しく饒舌になってしまいました。その人には、いつか会ってみたいですね。世界一の魔法研究者だと思います。  さて、監視確認の話ですが、可能です。平面を使用するので、時間がかかったり、ムラがあったりして、常時確認できるわけでもありませんが。確認するのは門壁の外です。  前提として、この屋敷の門と扉を通った時点で、魔法による監視の目は途切れています。門壁と屋敷の壁、二段階の境界で、魔力遮断魔法がかけられているからです。  したがって、境界線上では魔法を使えませんし、外や中からの魔法は境界で無力化されますが、人の中に宿った魔力はそのままなので、催眠魔法系は遮断できません。ここだけの話、実は変装魔法も無力化されるのですが、辺境伯にはいくつかの考えがあって検問時にその確認をしているようです。  あと、一つ注意ですが、相手が魔力感知魔法を自分の周囲に展開している時に走査した場合、こちらのおおよその位置がバレます。ただ、先程の話で、その展開は常時維持できないので、九割九分大丈夫です」 「なるほど、ありがとう。確認するのは、やはり街中の方が良いか。仮にバレても、距離が近い分、監視者を捕まえやすい。  クリス、午後に時間が取れたら、私と一緒に街に出向いてほしいが、いいだろうか。その分の報酬も支払いたいところだが、君が言うなら別の機会に別の人に上乗せする。それと、私の友人のことも秘密にしておいてほしい」 「分かりました。報酬は是非そうしてください。それでは、私は辺境伯へ解除完了の報告に行きますので、これにて失礼します。昼食時にまたお会いしましょう」  クリスが翻って退室したことを確認すると、俺達はソファーに集まった。 「シュウ様、申し訳ありません! ユキの能力の一端を話してしまいました」  シンシアの早速の謝罪に、俺は問題がないことを伝えた。  俺達は、今後の予定を再度確認し、特に監視者の捕獲作戦を練った。慎重な相手だけに、捕まえられるかどうかは正直分からないが、姿を見るぐらいのことは成し遂げたいものだ。イリスちゃんにも俺が考えた作戦を相談したい。 「それでは、そろそろレドリー卿の部屋に行きましょうか。昼食前には一度ここに戻ってくる」 「分かりました。いってらっしゃい」  アースリーちゃんとリーディアちゃんは手を振って俺達を見送った。



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 十三日目の朝。  リーディアちゃんと拘束されたアースリーちゃんは、顔の高さをずらして寝るようにしていたので、特に問題は起きなかった。  そして、リーディアちゃんが最後に目覚めると、昨日の出来事が夢じゃなかったことに泣いて喜んでいた。  しばらくして、彼女は自室に戻り、朝食時に再度俺達の部屋に来ると、昨日学んだマナー講習の復習を兼ねて、一緒に食事をした。  朝食後、歓談をしていると、扉をノックする音が聞こえた。俺達はいつもの場所に隠れた。 「どうぞー」  アースリーちゃんの促しに、入ってきたのは、リーディアちゃんの言った通り、目の隈がすごい女魔法使いだった。隈の種類にはいくつかあるが、彼女の場合は睡眠不足による血行不良からくる青い隈だ。  髪の長さはリーディアちゃんぐらいだが、目を引くのは、白い肌以外の髪の色、目の色、服の色、全てが黒。彼女が攻撃魔法の使い手なら、文字通り、黒魔法使いだろう。  俺達が想像する典型的な魔法使いにありがちな三角帽子は身に着けていないものの、黒いローブを身に纏い、腰には杖を携帯するのに丁度良いベルトを付けていた。  魔法を使うだけなら杖は必要ないらしいが、ファッションで持っている人もいるとイリスちゃんから聞いた。  身長はリーディアちゃんより低いが、姿勢が綺麗で、腹筋と背筋のバランスがすごく良さそうだ。年齢は、何となくだが、アースリーちゃんと同じぐらいに見える。  目の隈がなければ、クールオタ系美少女と言えるが、ただの慢性的な睡眠不足とも思えないし、この子にも人知れず深刻な悩みがあるのだろうか。 「辺境伯から話を聞いて参りました。催眠魔法にかかっているかもしれないと。私が助けになれると思います」  見た目の暗さとは裏腹に、女魔法使いの声はかわいく、トーンもその内容も優しかった。 「ありがとうございます。私が当事者のアースリーです。こちらはシンシアさん。リーディアちゃんとは、もう挨拶を済ませていると聞きました。どうかよろしくお願いします」 「よろしくお願いします。私の名前は『コレソ』です」 「なっ⁉」  シンシアが驚きの声を上げるや否や、瞬時に剣を抜いて、コレソとの間合いを一気に詰め、剣先を首に突き付けた。  コレソは、シンシアを陥れた内の一人で、孤児院の経理を担当していた人物だ。 「⁉」  コレソは、シンシアの目にも止まらぬ居合抜きで身動き一つ取れなかった。 「私の質問に答えてもらおう。君は『コレソ=カセーサ』、本名は『クリス』か?」 「なぜそれを……⁉ はい……私の本名は『クリス=アクタース』です」  シンシアの質問に驚きを隠せないクリス。素直に本名を答えてくれた。シンシアもまだ戸惑いを拭いきれていないが、質問を続けた。 「君は、三週間前までジャスティ国城下町の孤児院で働いていたか?」 「……いいえ。三週間前……その頃はもうここにいました。本当はもう少し前から、この街には来ていたのですが、この屋敷で寝泊まりさせてもらえるようになったのが、多分、一ヶ月前ぐらいだと思います。  そちらの……リーディアさんに聞けばすぐに分かります。私は各地のお困りごとを魔法で解決できないかと旅をしています。  城下町は一年ぐらい前に少しだけ立ち寄ったことがありますが、特にどこも困っていることがなかったので……いえ、見つけられなかっただけもしれませんが、すぐに別の場所に移動しました」  クリスは最初こそ焦った表情をしていたものの、自分が濡れ衣だと確信したのか、段々と落ち着いた様子になってきた。回答にも、自身のアリバイ情報をどんどん付け足していく。 「リーディア、三週間前……一ヶ月前の話は本当か?」  シンシアはクリスから目を離さずに、リーディアちゃんに問いかけた。 「ええ、本当よ」 「ありがとう。では、セフ村に行ったことはあるか?」 「セフ村……とはどこにあるのでしょうか。すみませんが、旅で回った各地の村名は全く覚えていません」 「ここから南だ。南西のダリ村を経由しなければ、行けない場所にある」 「であれば、行ったことはありません。私は、この国の西から北にぐるっと回って、一度中央の城下町に行って、また北から東に回って旅をしてきて、そこで声をかけられてここに来たので、まだ南には行っていません」 「……では、『コレソ』を騙る人物に心当たりはあるか?」 「……特定の人物には心当たりありません。『コレソ』を使ったのは西と東で一回ずつだと思いますが、可能性があるとすれば、西の村でしょうか。  土砂崩れで川が堰き止められそうになっていたのを除去して、そのあと、村長に挨拶に行ったら、村人に名前を尋ねられて、その時に五から六人ぐらいの人達に『コレソ=カセーサ』を聞かれています。その内の一人が騙ったのか、そこから漏れて全く別の人が騙ったのかは分かりません。  少なくとも辺境伯は知っていました。東の村で声をかけられたのも、西の村での活躍を聞いたから、ということだったので。普段はどこでどの名前を使ったかは覚えていないのですが、辺境伯からその話を聞いたので語ることができました」 「アースリー、リーディア、彼女が嘘をついていると思うか?」 『いいえ』  二人の声が揃った。二人ともクリスが嘘をついていないと考えているようだ。俺もそう思う。 「そうだな……。クリス、怖がらせてすまなかった。『コレソ』を名乗る者、あるいはその一味に、私が陥れられた経緯があって、今のような行動に出てしまった。理解してもらえると助かる。セフ村の『コレソ』は男だとされていたのだが、男女ペアで動いている可能性もあったから、念のため聞いた」  シンシアが剣を収めて、クリスに謝罪した。 「いえ、かまいません。それは仕方がないことですので。それにしても、その人が私の偽名を騙る理由が分かりませんね。もちろん、魔法使いに悪人はいませんから、それを命じた上の人達の目的のことですが。仮に、一介の魔法使いを陥れて消すことができたところで、大した得にもならないと思うのですが」 「お父様は、あなたのことを優秀だとおっしゃっていました。それは結界を張る作業から分かります。土砂崩れを除去したことも、かなりすごいことだったのでは?」 「いえ、本当に大したことないんです……」  クリスは謙遜して自信なさげに言ったが、実際にどうなのかは分からない。  ところで、魔法使いに悪人はいないっていうのは常識なのか? それとも、この場の空気を少しでも和らげようとしたクリスの小粋な冗談か?  俺達以外の全員が当たり前のように受け入れているが。少なくとも、偽名の使用が悪ではないことは、クリスの存在が直接示している。 「私とクリスをぶつけるにしても、今みたいにちゃんと対話すれば、すぐに誤解は解けるだろうし。確かに意図が分からないな。  他に戦略的に考えられるとすれば……陽動、誘い込みの罠、ぐらいか……いや、この件はあとにしよう。推理や推察は、超優秀な我々の仲間にお任せするとして……クリス、大変失礼なことをしたあとで恐縮だが、予定通り、事を進めてくれないだろうか。改めてお願いしたい」 「お願いします!」  シンシアに続いて、アースリーちゃんも改めてお願いした。 「はい、もちろんです」  クリスはニッコリと笑って、快諾した。確かに良い人だ。 「それで、その進め方なんだが、まず確認したいことがある。アースリーに催眠魔法がかけられているとして、一連の作業中に、催眠魔法をかけた人物にそのことを悟られるかどうか、その術者の場所を特定できるかを聞きたい。私がその者を捕まえたいと思っているからだ。どうだろうか」 「かけられている魔法の種類と数によります。催眠魔法単体では、悟られませんし、こちらから場所も特定できません。今、その種類と数を確認してみますね。変装魔法の確認は、ここにいる時点で済んでいるので行いません」 「その前に……アースリー、目を瞑って口を開けてくれ。もっと大きく」  シンシアに従って、アースリーちゃんがその通りにした。そして、彼女がベッドに近づき、縮小化した俺達を手に取ると、アースリーちゃんの口に巻いた。猿轡だ。  検問の時に反応させなかっただけで、魔法がキッカケで自害される恐れがあるためだ。また、アースリーちゃんにもそのことは黙っていた。自分が催眠魔法を解くために拘束されると分かった途端に、自害させる恐れもあるためだ。 『触手の尻尾切り』の対象にしているから、俺達がたとえ噛まれても問題ない。ただし、意識はそのままなので、動かないように気を遣っている。  もし、俺達の存在が魔法でバレたら、シンシアから正直に話してもらう。クリスの話から、魔法ごとに確認できる魔法が分かれているようだ。それもそのはず、分かれていなければ、検問の時点で判明しているはずだ。  それでも、検問時に催眠魔法の確認をされなかったのは理由があるのだろうか。単に想定していなかっただけか。催眠魔法の確認ができる魔法使いが限られているからか。  クリスが、腰に持っていた五十センチほどの杖を取り出し、アースリーちゃんの前に突き出すと、詠唱を始めた。杖の先端には蒼く輝く宝石が嵌め込まれていた。元来、『蒼色』と言えば、深緑色を指すのだが、その宝石をじっと見ていると、光の反射で紺にも緑にも見える。不思議な色だ。同じ色合いの、シンシアの『碧のクリスタル』とは似て非なるものと言える。 「お兄ちゃん、あれ! クリスタルじゃない?」 「ああ。だが、まだ分からない。クリスがクリスタルを持っていたら、お目々が『クリクリ』になってしまう」 「うざぁ!」  魔法の杖としてはありきたりだが、光る宝石を見ると、全てクリスタルに思えてしまう体に俺達はなってしまった。  当然、可能性はある。彼女は否定していたが、話を聞く限り、人より魔力量が大きいようだし、深い目の隈を見ても、何らかのデメリットを負っていると考えるのは自然だ。チートスキル警告がないのも、シンシア達と同様に、一時的なものの可能性がある。  いずれにしても、彼女のことは何とかしてあげたい。詠唱が十秒程度、そこから二十秒程度、クリスはアースリーちゃんをじっと見つめていた。  そして、ようやく彼女が口を開いた。 「終わりました。確かに催眠魔法がかけられています。どんな催眠かは、かけた本人しか分かりません。他の魔法はかけられていないので、探知、逆探知は共にできません。このまま解除しますね」 「あーっと、ちょっと待ってほしい。三つ、質問がある。魔法については、学校で習うレベルの知識しかないので、教えてほしい。  一つ目は、現時点で相手がどの程度の魔法使いか分かるか。  二つ目は、精神状態が万全になると、催眠魔法が解除される場合があると聞いたことがあるのだが、アースリーがまだかかっているのはなぜか。  最後は、門にいた魔法使いは、催眠魔法の確認をしなかったようだが、なぜか。  もしかすると、これらの質問は関連しているかもしれないが」 「そうですね……。えーっと……」  俺達にとっては素晴らしい質問をしてくれたシンシアだったが、それに対してクリスの歯切れが急に悪くなったように思えた。 「…………」  シンシアはクリスの回答を黙って待っていた。クリスがシンシアの様子を伺うと、諦めたように口を開いた。 「あの……私のことを誰にも言わないと約束していただけるなら、お答えします。…………。  まず、催眠魔法を使えるだけで、魔法使いの中でもかなり上位です。なぜなら、大量の魔力を消費し、技術も要求されるからです。長期催眠であればなおさらで、そこには確認魔法も含まれます。  門番をしていた魔法使いは、その域に達していないので、使っていなかったのでしょう。もしかすると、使い方さえ知らない可能性もあります。魔法書によっては、その著者が使えないために、書かれていないことがあるからです。  確認魔法では、相手がどれだけの魔力を使って催眠をかけたのか分かります。魔力量や技術が足りないと、それを正確に測れませんし、一定レベルに達していないと、感じ取ることさえできません。  また、他者に解除されないように、できるだけ多くの魔力を込めるのが普通で、解除するにはそれを上回る必要があります。先程確認した限りでは、魔法をかけてから今日までの期間も考慮すると、最低でも国家魔導士団の中隊長から大隊長レベル、世界に百人いるかどうかというレベルだと思います。  一般的な一軒家を魔法一発で跡形も無く吹き飛ばせるぐらいの強さ、と考えると分かりやすいかと思います。普通の魔法使いは、こぶし大から子どもが通れるぐらいの穴を開けるぐらいが関の山です。このレベルになると、対象者の精神が不安定な時にかけた催眠魔法が、その精神状態によって解除されることは、逆にありません」 「だとすると、それを軽々と上回っていそうな発言をした君は一体……どこかの魔導士団の団長だったとか? いや、それにしては、私が言うのもなんだが若すぎる。少なくとも、ジャスティ国魔導士団にはいなかった」 「私はどこにも所属したことはありません。これ以上はちょっと……。そう言うあなたは、口ぶりからすると、騎士団長だったのでしょうか? あ、それは聞かない方が良いですね。私が言わない分、不公平ですから」 「いや、話したくないことを話してくれたのだから、私も話そう。そもそも、ここにいる理由を秘密にしているだけで、私が何者なのかは隠していないしな。その秘密も、私の先程の釈明から察せるだろう。君の言う通り、私はジャスティ国騎士団長、シンシア=フォワードソンだ」 「そうでしたか。随分と鋭い指摘をされて、驚くばかりでした。優秀な騎士団長であれば納得です」  クリスの反応を見ると、名前を聞いても驚いている様子はなかったので、世界的な有名人のシンシアのことを知らなかったらしい。これまでの言動からも、クリスは名前に興味がなさそうな印象を受けた。 「しかし、それほどの者が命じられてアースリーに近づいたとすると、やはり他国のスパイ説が濃厚……。この情報を手土産にできるか……。クリス! 私と城へ来てくれないか! アースリーに催眠魔法がかけられていたことを証言してほしい。各地で活躍する君が証言してくれれば、信憑性も信頼度も高い。もちろん、報酬は弾ませてもらう!」  シンシアが下を向いてブツブツ言っていると、ひらめいたかのように顔を上げ、クリスに詰め寄った。 「え、えぇ……、それはかまいませんが、ここでの契約がパーティー翌日までなので、その次の日からであれば……」 「ありがとう! 助かる!」  シンシアの希望に満ちた顔が眩しすぎたのか、クリスは少し戸惑っていた。 「とんでもありません。それと、報酬は結構です。魔法を使わずに、ただ話すだけですから。私は最低限のお金だけあればいいのですが、辺境伯の押しが強くて、契約期間も終了していないのに、すでにもらいすぎています。私が好きで張った追加の結界分まで支払おうとされました」 「仕事の対価はきちんともらうべきだが、どうしてそこまで拒むんだ? それでは、まるで奉仕活動や贖罪のような……いや、やめておこう」 「ありがとうございます。私が受け取るはずだった分は、他の受注者の今後の報酬に少しずつ上乗せしてもらうようにお願いしています。そうすれば、相場の下落を抑えられますし、私が働けば働くほど、逆に上昇するでしょうから」  シンシアの疑問は尤もだ。クリスの異常なまでの奉公精神はどこから来ているのだろう。騎士のように主君を戴いているわけでもないのに。無理した働きからの目の隈なのだろうか。優しい声と口調が余計にその陰影を際立たせる。 「それでは、催眠魔法を解除しますね。念のため、お二人にも同じ解除魔法をかけます。よろしければ、みなさん、近寄ってください」  シンシアとリーディアちゃんがアースリーちゃんに近寄ると、クリスは詠唱を始めた。懸念していたアースリーちゃんの催眠による抵抗は発動しないみたいだ。 「終わりました」 「早っ! 十秒の詠唱で、即座に解除できちゃったの? もっと何か、体から光を放つみたいな演出とかないの?」  クリスの完了宣言に、ゆうが驚き、思わずツッコミを入れていた。俺もそういう演出を期待していたことは黙っておくが、実際に目の当たりにしてみると、仮にそんなことが起きたら、催眠魔法をかける時も起こってないとおかしいからな。それでは、すぐに誰かが魔法を使ったことがバレてしまう。アニメやCGに毒されすぎたか。 「良かったね、アーちゃん!」  リーディアちゃんがアースリーちゃんの口から俺達を剥がし、アースリーちゃんに抱き付いて、頬擦りした。 「うん! クリスさん、ありがとうございました」  リーディアちゃんに頬擦りされながらも、お礼を言うアースリーちゃん。  本当に解除されたか、逆に催眠魔法がかけられていないかは、クリスを信じるしかない。これだけ正直に向かい合って話してくれたのだから、きっと大丈夫だ。  リーディアちゃんは、アースリーちゃんにぶら下がっていた俺達をベッドの横に戻してくれた。  シンシアは、まだ話しを続ける。 「ありがとう、クリス。実は、もう一つお願いがあるんだが、いいだろうか。…………。この近辺に、私達を監視している魔法使いがいるかどうかを確認できないだろうか。私達の友人は、空間魔力感知魔法でそれを実現していた」 「空間……魔力感知ですか……? どのぐらいの規模ですか?」 「え? あー……例えば、結界の大きさぐらい……かな?」  ピンと来ていなかったクリスがシンシアに質問すると、今度はシンシアの歯切れが悪くなった。シンシアは言ってはいけないことを言ってしまい、少し焦った様子を咄嗟に隠していたが、この程度なら問題はない。  と言うか、俺でも言っていただろう。シンシアが言った規模も、ユキちゃんが本気を出せば、その数倍は下らない。 「それは……その話が本当だとすると、その友人は世界でも有数の、いえ、唯一の魔法使いですね。そもそも、空間魔力感知魔法は、実現不可能なものとされているので。  平面で、一方にだけ展開する方法であれば存在します。結界のような魔法があるのなら可能ではないか、と思われがちですが、逆に結界の方が特殊です。それも厳密には、空間境界展開魔法です。それ以外で、空間展開できる魔法は存在しないもの……とされています。  もちろん、これまでにも研究はされてきましたが、実現不可能でした。自分の周りだけ、オーラのように展開することは一応可能ですが、それも一分と保ちません。動きがあると、さらに難しく、当然、結界の大きさに広げるのは無理です。線や平面であれば、そのコントロールが容易なので、普通の魔法使いでもできます。  おそらく、空間展開するには、自分とその展開先の間も魔力を均一に保つ必要があって、その魔力の維持と技術が、人間には不可能、ということだと私は思っています。  感知魔法で言えば、空間展開したあとに、その空間が魔力で満たされていないと、境界面で感知してもその通知が自分に届きません。結界もその理論に忠実で、結界の中でモンスターが活動できることからも分かります。低レベルのモンスターは結界内で召喚できないのですが、その理由はおそらく別にあると思います。  本当は、それを理解した上で結界を張りたいのですが、世の中の全魔法使いは魔法書通りに結界を張り、維持しているだけ、というのが実情です」  クリスの語り口からは、動揺が垣間見えたが、明らかに魔法に精通している者の話の展開だった。若いはずなのに、魔法をかなり研究しているようだ。  そして、ユキちゃんの天才的な、いや、まさに天才の魔法創造スキルのすごさが、改めて浮き彫りになった。  少し気になったのは、前にユキちゃんが、町一つ滅ぼせる魔力を持った人がいると言っていたが、空間展開できないということは、やはり一方向から魔法を放つということなのだろうか。町の中心から爆発的な衝撃波が広がるような感じを想像していた。  クリスの研究熱心さから、その魔力の持ち主の話は聞いたことがありそうだが、微妙に言い淀んだのはそれが頭に浮かんだからだろうか。 「すみません。あまりの驚きに珍しく饒舌になってしまいました。その人には、いつか会ってみたいですね。世界一の魔法研究者だと思います。  さて、監視確認の話ですが、可能です。平面を使用するので、時間がかかったり、ムラがあったりして、常時確認できるわけでもありませんが。確認するのは門壁の外です。  前提として、この屋敷の門と扉を通った時点で、魔法による監視の目は途切れています。門壁と屋敷の壁、二段階の境界で、魔力遮断魔法がかけられているからです。  したがって、境界線上では魔法を使えませんし、外や中からの魔法は境界で無力化されますが、人の中に宿った魔力はそのままなので、催眠魔法系は遮断できません。ここだけの話、実は変装魔法も無力化されるのですが、辺境伯にはいくつかの考えがあって検問時にその確認をしているようです。  あと、一つ注意ですが、相手が魔力感知魔法を自分の周囲に展開している時に走査した場合、こちらのおおよその位置がバレます。ただ、先程の話で、その展開は常時維持できないので、九割九分大丈夫です」 「なるほど、ありがとう。確認するのは、やはり街中の方が良いか。仮にバレても、距離が近い分、監視者を捕まえやすい。  クリス、午後に時間が取れたら、私と一緒に街に出向いてほしいが、いいだろうか。その分の報酬も支払いたいところだが、君が言うなら別の機会に別の人に上乗せする。それと、私の友人のことも秘密にしておいてほしい」 「分かりました。報酬は是非そうしてください。それでは、私は辺境伯へ解除完了の報告に行きますので、これにて失礼します。昼食時にまたお会いしましょう」  クリスが翻って退室したことを確認すると、俺達はソファーに集まった。 「シュウ様、申し訳ありません! ユキの能力の一端を話してしまいました」  シンシアの早速の謝罪に、俺は問題がないことを伝えた。  俺達は、今後の予定を再度確認し、特に監視者の捕獲作戦を練った。慎重な相手だけに、捕まえられるかどうかは正直分からないが、姿を見るぐらいのことは成し遂げたいものだ。イリスちゃんにも俺が考えた作戦を相談したい。 「それでは、そろそろレドリー卿の部屋に行きましょうか。昼食前には一度ここに戻ってくる」 「分かりました。いってらっしゃい」  アースリーちゃんとリーディアちゃんは手を振って俺達を見送った。



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