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俺達と女の子達がパーティーに一部参加して囲碁とダンスの魅力と女の子の秘密を認知する話(4/5)

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 部屋に戻る途中、玄関前ホールを通った時の話し声の量から察するに、そこにはほとんど参加者が残っていなかった。すでに帰宅者は帰宅し、宿泊者は部屋に通されていたからだ。  とんでもない処理効率だ。パーティー開始前から終了後の隅々まで、計算し尽くされている。  リーディアちゃんとアースリーちゃん、そして夫人は、玄関外のクリスと話しに行った。夫人は料理の感想を聞きたいからとのことだ。  辺境伯とシンシアが二階に上がり、廊下の途中でそれぞれの部屋に別れようとした時、辺境伯が彼女に声をかけた。 「ま、待ってくれ、シン……カレイド!」  焦ったような辺境伯の声に、彼女は少し驚いた様子で振り返った。 「あ……いや……その……」  自分でもどうして引き留めたのか分からない様子で、言葉が続かない辺境伯に、カレイドは近づいた。彼女は、辺境伯を見て、なぜそうなっているか分かっているのだ。  俺達も、このあとに起こることを予想し、あらかじめゆっくりと縮小化して、邪魔にならないようにした。 「私を生み出していただき、ありがとうございました。そして…………さようなら……『お父様』……」  彼女の、静かで、優しく、切ない言葉が聞こえてきた。 「っ……! ありがとう、カレイド……生まれてきてくれて、本当にありがとう……本当に…………さようなら……私の愛する『娘』……」  薄暗い廊下で、辺境伯はカレイドを抱き締めて、体を震わせていた。娘との今生の別れに、泣いていたのかもしれない。  単なる変装と設定だろ、と思うかもしれないが、辺境伯が真剣に愛情を注いで生み出し、シンシアがカレイドに完全に成りきっていたからこそ、『彼女』は間違いなく『そこにいた』のだ。  目の前の愛する娘がこのあといなくなり、一生会えなくなると分かっているのに、冷静でいられる父親などいないだろう。しかし、別れを告げなければいけない、そうじゃないと前に進めない。『親』の深い愛がそこにあるにもかかわらず、『子』の避けられない永遠の旅立ちが、二人の関係を引き裂く。  その『親子』は、ここで終わった。 「……ありがとう、シンシア。もう大丈夫だ。まさか、こんな気持ちになるなんてなぁ…………あー駄目だ。それでも、このまま部屋まで付いて行ってしまいそうだ。おかしな頼みですまないが、私はここから動かないから、振り返らずにそのまま部屋まで戻ってくれ。本当にすまない」  辺境伯がシンシアから離れると、鼻声ではあったが、いつもの彼に戻った……と思いきや、まだ戻りきれていなかった。 「分かりました。それでは、また明日……。『レドリー卿』」  シンシアも、話し方や言葉を元に戻した上で、辺境伯に挨拶をして部屋に戻っていった。  おそらく、それでも辺境伯は、彼女が完全に見えなくなるまでそこにいて、名残惜しそうに後ろ姿を見ていただろう。  今回とは状況が違うが、リーディアちゃんがどこかに嫁ぐとしたら、その時は大丈夫なのだろうか。 「ちょっと感動はしたけど、リーディアちゃんがあたし達の所で一緒に住むって言ったら、辺境伯そのまま付いて来そう」  男女の考えの違いだろうか。俺の気持ちは、辺境伯への同情の方が勝っていたが、ゆうは、厄介さの方が勝っていたらしい。 「まあ、アースリーちゃんの父親も、彼女のためにこの街まで付いて来てくれたことだし、そりゃあ、父親にとっては世界一かわいい娘なんだから、気持ちは分かる。仮にゆうが家を出ていってたら、俺もそこで居候させてもらうつもりだったし」 「いや、あり得ないから! きも!」  何があり得ないのかは分からないが、とにかく、こっちはこれで一段落だ。  夜はどうするか、クリスが戻ったらみんなに希望を聞いてみるか。それとも戻る前に聞いておくか。  いずれにしても、それまでの時間、俺達はまだ休めない。意外にも、まだ午後七時ぐらいだ。  俺達は、ユキちゃんの部屋に意識を移した。彼女の父親が帰ってきたようだ。事前に手紙をもらっていたらしく、母親は帰宅日時に合わせて夕飯を作っていた。  念のため、居間の暗がりにも縮小化した触手を配置した上で、俺達は会話を聞いていた。 「ただいま……って、どうしたんだ? 随分、豪勢な夕飯じゃないか」 「おかえりなさい。やっぱり、久しぶりだからね。あれから、どうだった?」 「ああ、あまり進展はなかったな。突っ込みすぎると、帰ってくるのが遅くなるからな。また次だ」 「手紙読んで、とりあえず安心した。焦らないように、じっくりでかまわないから……。それじゃあ、あなた。ユキに晩ごはん食べるか聞いてきてくれる? 最近、食欲が不安定で食べるかどうか分からなくて」 「そうなのか……。なのに、こんなに作って大丈夫か? まあ、その時は俺が食べるか。お前の料理は久しぶりだから、いくらでも食べられそうだ」  父親がユキちゃんの部屋のドアをノックした。 「どうぞ」  ユキちゃんが入室を促すと、父親が入ってきた。想像していた通り、身体はがっしりとしていて、長身のイケメンだ。 「ユキ、夕飯食べるか?」  父親がベッドに横になっていた彼女に声をかけた。 「どうしようかな……」 「今日は、俺が帰ってきたから、母さんが張り切って豪華な食事を作ってくれてな。美味そうだったぞ。食欲がないなら少しでもいいから、な!」  元気がない声の娘に対して、彼女を励ますような声で母の食事を褒める父。 「ホントに? どのぐらい美味しそうだった?」  ユキちゃんが質問をした。俺達からすれば不自然な質問だ。それは彼女も分かっている。 「そりゃあもう、今すぐパーティーを開いて、この村の全員に食べてほしいぐらいさ。いらないって言う奴にも無理矢理食べさせる!  そしたら、逆に礼を言われるぜ。『こんなに美味しいものを口にねじ込んでくれてありがとうございます』ってな。そしたら、『こんなに美味しいものを毎日食べられるなんて羨ましい』って言われるから、『そうだろ? しかも、俺には超かわいい娘がいるんだぜ。毎日、超幸せさ!』って言うんだ」  なるほど。ユキちゃんが言った通り、素晴らしい父親だ。彼女の妙な質問に対して、淀みなく出てくる言葉は、本当にそう思っているからこそだろう。  今思えば、父親が不在だったことも、ユキちゃんの心神耗弱を早めた要因の一つだったのだ。 「ふふっ、ありがとう、お父さん。それじゃあ、食べようかな……」  ユキちゃんは微笑むと、ベッドからゆっくりと上半身を起こした。すると、父親は心配そうに両手を前に出してベッドに近づいた。 「無理はしなくていいからな。食事を持ってくるまで横になってていいんだぞ」 「大丈夫……お父さん、私のこと愛してる?」 「何を言ってるんだ、当たり前だろ。世界で一番愛してるさ」 「うん……じゃあ、食事を持ってきてくれる?」 「あ、ああ、すぐに持ってくる」  ユキちゃんの突然の質問と素っ気ない切り替えの早さに戸惑いつつも、父親は振り返ってドアの方に歩いていった。 「ごめん、やっぱり持ってこなくていいや。居間で一緒に食べよう!」 「え?」  父親が言葉の意味を理解できないといった様子で振り返ると、ユキちゃんはベッドから降りて、すぐに父親に向かって走り出し、胸に飛び込んだ。 「な……お、お前……なんで……足が……」 「私、歩けるようになったんだよ! ううん、今では全力で走れる。お父さん、私も愛してる。大好きだよ!」  ユキちゃんがベッドにいて、元気がなかったように見せたのは、父親に対してのサプライズだ。彼女が、これまで俺達以外に歩けるようになったことを誰にも言わなかったのはこのためで、母親にも豪勢な食事にしようと提案したあと、演技指導までしていた。 「ゆ、夢なのか……これは」 「夢じゃないよ、ほら!」  ユキちゃんは父親の両頬を強く引っ張った。昔の彼女の活発さが目に映るようだ。 「ほ、ほんとょりゃ……ハ、ハハ……ハハハハ! ひょっひゃにゃ、ゆひぃ!」  頬を引っ張っられながらも、父親はユキちゃんの腰を掴み、彼女の身体を持ち上げながら、部屋の中でくるくると回った。『本当だ。良かったな、ユキ!』と言ったのだろう。彼の顔は、涙と笑顔も合わさり、ぐちゃぐちゃになっていた。  世の中には本当の障害で歩けない人もいるのに、こんなに何度もはしゃいで不謹慎ではないかと思う人もいるかもしれない。当然、全く不謹慎ではない。歩けない本人を目の前にしているならそうだろうが、ユキちゃんは絶対にそんなことはしないし、家族の間だけで喜んでいる。これまでの不自由さと苦しみから解放されたのだから、これぐらい喜んでもいい。むしろ全然足りないぐらいだ。  この光景を見て、不謹慎だ、不快だと喧伝する人より、本当に良かったねと思える人になるべきだろう。 「それにしても、どうして……」  疑問に思った父親に、ユキちゃんはイリスちゃんのおかげだと言った上で、経緯と現状を説明した。サプライズのために演技をしていたことも謝っていたが、俺から言わせれば、謝る必要のないほどのことだ。  サプライズには、良いサプライズと悪いサプライズがある。相手を安堵、喜ばせるために、感情を負のどん底に落とすサプライズをしてはいけない。また、少しでも危険なことをしてはいけない。それは相手を酷く慌てさせることも含む。どのような行動をするか分からないからだ。できれば嘘をつかないようにもしたい。  今回は、演技も過剰ではないし、誰も嘘をついておらず、父親を少しだけ心配させたが、これまでも同じようなことはあったらしく、日常の範囲を越えていないので、事前に相談されたイリスちゃんも俺達も、この計画に同意した。  それに、俺達にユキちゃんの父親の優しさを見せる目的も含まれていると言うから、改めて良い計画だった。『勇運』で記憶の操作はされていない……と思う。 「そうか、イリスちゃんには感謝してもしきれないな。今度、家族ごとウチに呼んで、パーティーしよう!」 「お父さん、そのことも含めて、あとで話したいことがあるの。まずは、晩ごはんね」 「お、おう。分かった」  そのあとは、家族で食事をしながら、話しきれなかった近況や世間話をしているようで、笑いが絶えない時間が続いた。  それから食事を終え、テーブルの上が全て片付き、母親と一緒に洗い物を済ませると、ユキちゃんが両親をテーブルに集めた。  彼女も椅子に座り、改まると、話を切り出した。 「お母さん、まず、あの話を聞かせてくれる? 私から質問した、『なぜ地図の国境が薄くなっているのか』」 「そうか…………よく気付いたなぁ……」  父親が感心した。 「あなた、全部話していいわよね?」  母親が父親に確認をすると、彼は頷いて承諾した。 「それじゃあ……。なぜ、薄くなっているかの答えは、ユキがまだ小さい時に、私がよく触っていたから。こんな国境なくなってしまえばいいのにって。国境がなかったら、『あなたの双子の姉のシキをすぐに探しに行けるのに』って」 「え……⁉ 私が双子の妹で……姉が……いる……?」  ユキちゃんは衝撃を受けていた。俺も同様だ。推察の余地などないほどに、これまで全くヒントがなかったはずだ。イリスちゃんでさえ驚くだろう。両親の父母兄弟姉妹か、親戚ぐらいを想像していた……。  いや、待てよ。何か引っ掛かるぞ。『双子』という単語は、今まで俺とクリスしか使っていないが……この場合は……しかも……。  いや、ダメだ。これ以上考えると、イリスちゃんのように俺も発狂してしまう。あとで考えるのではない。おそらく、二度と考えることはないだろう。 「ええ、お父さんが時々仕事で遠くに行くのは、国境沿いの村が多いでしょ? あれは、あえてそうしていて、そこでエフリー国側国境沿いの村の状況や、シキの情報を得られるんじゃないかって理由から。国境警備隊にも話を聞けるからね」  ユキちゃんの父親は大工をしていて、出張は大工のヘルプで行くらしい。国家の諜報員などではない。 「あなた、この前の手紙のこと含めて、その辺りを詳しく話してくれる?」  母親が父親に手紙の内容を聞いた。帰ってきた時の話から察するに、おそらく、シキちゃんの決定的な手掛かりは掴めていないか、あるいは、決定的ではない情報は掴んだものの、そこから進展がなかったということだろう。 「分かった。今から話すことで確定していることは、一つもないという前提で聞いてほしい。ただ、シキはエフリー国で生きているという可能性は高く、それ以外でも有力な情報はある。それを信じて、情報を集めていた。とりあえず、時系列で列挙してみる。細かい部分は、あとでノートを見せよう。  人身売買をされた形跡は見当たらず、少なくとも飢餓状態ではなかったのではないか、  一つの村に長く留まっていることは少なかったのではないか、  目に障害を負ったのではないか、  魔法使いなのではないか、  エフリー国軍に属しているのではないか、その場合は、魔導士団に属している、  その魔法使いは、エフリー国のとある町に定期的に出入りしているのではないか、  そして、今も生きている。  最近は、出入りしている『とある町』とはどこなのかを調べようとしているが、あまり進展がなかった。まあ、いつも進展はないんだが……。  情報を集め始めてから八年で、たったこれだけだ。まあ、情報収集自体の頻度は決して多くないがな。もし、魔法使いじゃなかったら、全然進んでないことになる」  父親の話に、ユキちゃんは少し考えている様子だ。今の彼女なら、この話を聞いた場合の俺達やイリスちゃんが疑問に思うことも全て思い付くだろうし、必要な質問もできるだろう。 「……今の話で、有力な情報が得られたと思った時って、いつのこと? あ、全然有力じゃないっていう意味じゃないからね。時期を知りたいだけ。それと、今回の情報収集って、いつ切り上げた?」  ユキちゃんがフォローを入れながら、父親に質問した。確かに、フォローがなかったら煽りに聞こえるか。ちょっと面白かった。 「有力な情報だと思った時のことは、よく覚えてるよ。俺が出張に行く時に、また何の成果も得られないんだろうなって考えて元気なかったのを見て、十歳になったユキが励ましてくれてさ。『お父さん、元気ないね。お仕事上手く行くように、お守りあげる。一度きりの効果だからね』って言って、星が書かれた紙をくれたんだ。  そしたら、目に障害を負っているシキという名の少女の話を聞けたんだよ。  で、もう一度同じような状況で、ユキが十一歳の時、盲目の魔法使いの少女の話を聞けた。間違いなく、シキだと思った。  あの時のユキはすごかったからな。『ユキの宝石見つける運を俺にも分けてくれー!』っていう思いでお守りをもらったな。  それから……ユキの足が動かなくなってからは、ほとんど出張に行かなくなったし、行く時に、お守りをもらっても空振りだった。  あとは……いつ切り上げた、だったか。今回は大工の仕事の方が忙しくて、十日前ぐらいには切り上げてたかな」 「他の情報は有力じゃないの? 魔導士団とか、『とある町』とか、生きているとか」  ユキちゃんは追加の質問をした。 「それは情報と言うより、推論だからなぁ。最近、気付いたんだよ。俺の閃きも捨てたもんじゃないだろ? 一週間ぐらい前かな、閃いたのは。『思い出した』に近いかもしれない。仮に情報だとしても、それはユキに教えてもらったことだしな」  マズイな……いや、マズくはないけど、思ったより早くバレてしまったか?  今の質問と答えで、『勇運』が人の記憶に影響を及ぼすことがユキちゃんに知られてしまった可能性がある。そこから、人の考えを変えることさえできる、ということに結び付けられたかどうか……。まあ、いずれにしても仕方がないことだ。  ユキちゃんがなぜそのような質問をしたかは、『勇運』の影響によって、父親が聞き出せた情報は、『有力情報』を越えて、『確定情報』になるからだ。  つまり、シキちゃんは当時、盲目の魔法使いだったことが確定した。また、意味のない情報を思い出すことはないので、今も盲目かは分からないが、魔法使いであることは変わらず、エフリー国魔導士団に所属し、定期的に城下町外に通っていることも確定した。 「そうだね。エフリー国の魔法使いの九割以上は、徴兵されて魔導士団に所属する。特に優秀な魔法使いなら、若い頃から強制。 『とある町』は、いくつか候補があるけど、具体的な場所と町名は他国に公開されていない。おそらく、『魔法訓練施設』のどこかで、定期魔力量検査や定期習得魔法検査を受ける場合や、臨時講師や臨時訓練教官として、定期的に出入りしている可能性が高いってことだよね?  これは通説だけど、『町』っていうのは嘘で、『村』以下の辺鄙な場所にあるとされているかな。盲目の魔法使いが、それ以外の所で今でも目撃されていないとすると、ずっと魔導士団に所属していて、この数年は大きな戦争も起こっていないから、死亡している可能性は低い」 「お、おお……そう……なのか? そこまでは知らなかったし、分からなかった……。なんか……すごいなユキ。本当に見違えた……父親として嬉しいよ。さっき俺に飛び付いた時のようなユキも、かわいくて見たいが」 「ふふっ、ありがとう、お父さん。まだ質問あるんだけどいい? えっと……、『あまり進展がなかった』の『あまり』って?」 「切り上げた段階では、全く進展がなかったんだが、閃いたあとに同僚からヒントをもらって、ちょっとだけ光明が差した。  エフリー国の『とある町』を直接調べられないなら、ジャスティ国を調べればいい、とな。  つまり、定期的に出入りしそうな場所が、ジャスティ国にもあるだろうってことだ。国家が利用する魔法訓練施設なら、どういう所に作って、どういう行き方をするか、主に行くとしたらどういう条件の場所なのかが分かる。すると、ある程度の地理を絞れるから、候補の町をかなり絞れる。  個人的な目的の場合は、当然分からないが、城下町になくて、周辺の町にあるものを探せば、ちょっとは何か分かるかもしれない。  どちらも、調査には時間がかかりそうだがな。まあ、正直に言うと、半分以上そいつの受け売りだ」 「……話を聞く限り、すごく賢い同僚さんだよね。どんな人?」 「話のネタにあとで話そうと思ってたんだが……それが、超珍しく若い女でさぁ、気前が良くて、俺並みに現場の雰囲気を明るくできるような奴だったよ。長身で体格も良いから、重い資材も普通に持ち運べるし、設計もできるって言ってたな。若いのにすげぇじゃねぇかって、常にみんなの中心にいた。  頭良さそうに見えないのに、喋ったら結構本質突いてきたりしてさ。口喧嘩したら、勝てる気はしなかったな。今度、セフ村に仕事で来るって言ってたから、その時に紹介してやるよ」 「ありがとう。その人、宝石は身に付けてた?」 「え? あー……っと、流石に、現場に宝石は持ってきてなかったはずだ。これは俺の考えだが、男女問わず、大工で宝石を日常的に持ち歩いたり、身に付けてる奴はいないんじゃないか?  なぜかって言うと、私物はその辺に置いたまま仕事するし、宿に置いたとしても、盗まれる可能性が高いからだ。身に付けていても、引っ掛かって危ないし、大工姿で着飾る意味もない。持っていても、実家に置いてあるはずだ。誰かの形見だって言うなら、なおさらな。  でも、そんな感じはしなかった。ちなみに、実家はどこだったかな……北の方って言ってたけど、大工とか建築士になるのを反対されて家を出てきたから、全然帰ってないらしい。一応、それで持ち出した可能性はあるにはあるが、多分ない。  つーか、そんな金持ちには見えなかったけどな。ユキみたいに拾えるわけでもあるまいし」 「まあ、そうだよね。もし、持ってたら安く譲ってくれないかなって思って、念のため聞いてみただけ。手紙の話は終わりってことでいいかな?  じゃあ、どうしてシキ……お姉ちゃんと離れ離れになったか、聞かせてくれる?」  ユキちゃんは、宝石コレクターを装って、クリスタルの情報収集を誤魔化し、話を元に戻した。 「それじゃあ、私から。その話をするには、セフ村の成り立ちを話す必要があるんだけど、誰にも言わないって約束してくれる? たとえ、それを知っている人でもダメ。話したこと自体が伝わってしまうかもしれないから。どうして話してはダメなのかは、聞いてると分かると思う。かなり長くなるから、そのつもりで。  ……ユキがまだ生まれたばかりの頃、私達は現在の国境沿い南の小さな村にいた。そこは、ジャスティ国でもエフリー国でもない、どの国にも属していなかった名もなき村。  どうしてそんな村が存在するのか、どうしてそんなことが可能だったのか。答えは、私達が全員、魔法使いだったから。魔法使いだけの村を作って、周囲の森に魔法トラップを仕掛けて、幻影魔法と催眠魔法をかけることによって、私達の村に誰も辿り着けないようにしていたから。  でも、ある日、それらの魔法が全て解除された。何重にもトラップが仕掛けられていたのに。その解除魔法は、外部からだった。使用者は、エフリー国の魔導士団、その中でも選りすぐりのエリート三人。現在の団長も含まれていたんじゃないかと言われてる。  その場は、村の成人男性全員で、何とか無事に追い返したんだけど、森は焼き払われ、トラップも解除されたから、村はほとんど剥き出しの状態になった。しかも、成人男性全員が魔法使いとバレている。そこから、魔法使い村とバレた可能性が高かった。そうでなくても、攻め込まれて、エフリー国領地とされて、強制徴用される可能性が高い。  何もしてこないわけがない。抗戦か、早期降伏か、村を捨てるか。私達は抗戦を選んだ。降伏したら、生殺与奪の権を相手に渡すことになるから、結局どうなるか分からない。村を捨てても、行く場所がない。何より、私達の大好きな村を守りたかった。  それに、私達には自信があった。無傷で追い返せたのだから、たとえ何人来ようと、老若男女全員で地の利を活かして、死ぬ気で戦えば、勝てるんじゃないかって。  とりあえず、再度トラップを仕掛け直したり、村の被害を抑えるために魔力遮断魔法を一部に展開したり、物理的な壁なんかも、もちろん作った。  それが終わったら、全員で何度も作戦を練ったりして、その間にもし攻めて来たらどうしようとも考えてたけど、その時は幸いにも来なくて、万全の状態で戦争に備えることができた。  でも、いつまで経っても、エフリー国は攻めてこなかった。村を監視している様子もなかった。  むしろ、監視していたのはジャスティ国だった。それは、まだトラップを仕掛け直す前のこと。一人の使者が村にやって来て、最初はこちらも何者だと怪しんだけど、話してみたら、『この地帯のことをジャスティ国でも不思議に思っていて、監視を続けていたら、魔法による戦闘と森火事のあとに村が現れたので、状況を聞きに来た。敵意はないし、今後も攻め込むつもりはない』と言われたので、その言葉を信じて状況を話した、ってあとで聞いた。  その使者は、どこかの貴族の息子らしくて、会話のリアクションがやたら大きかったけど、人懐っこく正直者で、『あなた達を救うことで、私に殊勲を立てさせてください!』とハッキリお願いされたから、みんな信じたって言ってたかな。そんなことで信じて大丈夫なのかって当然思うけど、結果的にはそれで良かった。  彼とは、村の外での会談方法を確立した上で、もう一度話す機会を設けることができて、ジャスティ国からは、軍事支援と、もしもの時の疎開先を提供してもらえることになった。それが、村が準備万端になってから一週間後ぐらい。  たった二回の話し合いだけで、ここまでの支援が得られるなんて思ってもみなくて、村は大喜びだった。余程、国王が優秀か、使者やその間に入っている人が優秀だったんだと、みんな思った。  ただ、疎開ルートは普通の兵でも確保可能で、すぐに動けるけど、前線となると、急場の連携では失敗する可能性もあり、万が一にも崩れた時に、お互いの責任転嫁で士気が下がり、持ち直せないということで、ジャスティ国は奇襲で横から叩く作戦をとることになった。  そのためには、辺境軍に加えて、魔法使いと騎士が一定数必要で、ジャスティ城から地形が複雑なこの付近まで移動してくるのに時間がかかるので、それまでに攻撃されたら、持ち堪える必要があるし、いずれにしてもそうなる、ということだった。それでも、十分すぎるぐらいありがたかった。  疎開ルートは途中までは一つで、分岐して二つに別れる。南に大回りして、メインはジャスティ国側南沿岸部に抜け出るルート、それが使えなくなった時は、反対のエフリー国側山間部に身を隠しながら、別ルートに戻る機を待つか、そのまま抜けて、町村を求めて彷徨うか。  さらに一週間経って、ルートの確保と共有は完了し、あとはジャスティ国の奇襲準備が整うのを待つだけになったその時、村の異変に気付いた。引いていた井戸の水が枯れ、作物畑が全て枯れた。まさかとも考えたけど、一時的なものかもしれないと思って、それでも不安だったから、井戸の水ぐらいは魔法で何とかしようと思ったら、魔法で出した水は井戸の底にどんどん吸収されて、原状復帰できなかった。  そう、それはエフリー国の破壊工作だった。事前に魔力感知をしていても無駄。村より外のもっと根っこの所で、工作されたから。しかも、夜に、灯りも焚かず、極少人数で行われていたはずだから、全く気付けなかった。  村人総出で、全力で取り掛かれば、少なくとも水については原状復帰も可能だったけど、その調査だけでも時間がかかるし、魔力を使用しすぎた時に攻められたら困るし、交代制で対応しても、戦力が低下することになる。  一方で、使いすぎない程度に個人の魔法で対応すれば問題ない。  それよりも大きな問題は食料だけど、備蓄は一日一食にすれば一ヶ月分はある。選択肢がある分、困った。まずは、ジャスティ国に食糧支援をお願いするべきだということで一致して、使者と交渉したら断られた。まさか断られるとは思わなかったけど、理由を聞けば納得できた。  ジャスティ国から表立って食糧を村に届けると、両者が同盟を結んで、共同作戦を行おうとしていることを悟られる可能性が高く、奇襲に対応されてしまう。だから、極少人数での会談を行ってきたし、兵達も分散しながら現地に集合しているということだった。  また、物理的に隠れて食糧支援を実現する手段もなかった。一応、定期的に状況を聞きに来る時に、少しだけなら食糧を持ってくることはできるという提案はしてくれた。こうなったら、もう早く攻めてきてくれと思う状況になってしまったけど、一向に攻めてこない。  そして、一ヶ月と少し経ってしまった。こちらからエフリー国側を監視しながら、交代制で少しずつ作物畑の土壌を回復させたものの、十分な食料を得ることはできず、微量の支援も当然足りず、結局、備蓄していた食糧も尽きた。  その前に、こちらから打って出るのもリスクが高すぎた。疎開ルート途中のジャスティ国の兵はすでに後退し、待機していた魔法使いや騎士の士気もおそらく下がっていた。  今、攻められたら村を捨てるしかないという状況、心境になってしまった。あんなに守りたいと思っていた大好きな村なのに……。枯れた大地を見て、敵の嫌らしい作戦に辟易して、絶望感の方が勝ってしまった。  向こうからすれば絶好のタイミング……。まさにその時に、エフリー国が攻めてきた。  ジャスティ国の使者には、『この状況で攻められたら、村を捨てる。時間を稼いでくれたら嬉しいが、全ての作戦は白紙にしていい』とあらかじめ伝えていた。  私達はいくつかのグループに分かれて、でも離れすぎないように疎開ルートを進んだ。  成人男性は全体の先頭と最後尾に、その内のほとんどは追ってくる敵に対処しようと最後尾にいた。先頭グループは家族含めた男女混合、間は女性と子ども、最後尾グループは間の家族男性か独身男性のみ。全員、できるだけ両手を空けて、いつでも魔法を使えるようにしていた。  私は前後にユキとシキを縛り付けて抱えようとも思ったけど、逃げる時に転ぶと、どちらかが無事では済まない、前後どちらか一方に抱えても、お互いが干渉して両者暴れてしまうから、赤ん坊でも比較的大人しいシキの方を近所の女性に預けた。  ユキも知っての通り、私達に両親、兄弟姉妹はいない。付け加えると、村には必然的に一人っ子しかいなかった。家族の一人でも魔法使いじゃないと、村には住めなくなるから、二人以上の子どもを作るリスクを誰も負わなかった。  だから、その人にシキを預ける選択肢しかない。それに、彼女は村でも優秀な魔法使いだった。私はそこそこぐらい。安心して任せられると思った。  結果的には、それがユキとシキを別れさせる要因となってしまった。でも、決して彼女のせいじゃない。  実は、疎開ルートの分岐点近くに、エフリー国魔導士団の一部がすでに回り込んでいた。それに気付いた先頭グループが応戦を開始。私と彼女はどちらも先頭から二番目のグループにいて、村側が少し手こずっているようだから、私達も加勢するために前に出ようとしたけど、魔導士団側が退き始めた。  ここで叩かないと、後続グループが時間差で襲われると考えて、私達もそのまま思い切って前に出た。その時、判断が早く、先に動いていた彼女と、少し遅れた私の真ん中、たった一メートルの間に、濃い煙幕が焚かれた。『先に行って!』と咄嗟に叫んだ私と他の人達は、すぐに風魔法を使い、煙を晴らした。  すると、彼女を含めた先頭グループがどんどん私達のグループから離れていった。もしかして、誘い込まれてるのでは、と思った矢先、さっきの魔導士団員とは別の団員が攻めてきた。そして、同じ状況。違和感があった。単なる誘い込みではないような。そうじゃなかったら、先頭グループはそこまで深追いせず、私達のグループに加勢するために、戻ってきてもおかしくなかったから。  実際、先頭グループが追っていった方向を、またちらっと見たら、もう影さえ見えなくなっていた。それで、私の考えが間違いでないことに気付いた。同じく、魔導士団が退き始めたタイミングで、また同じく、追いかけようとしたグループの人達に、私は、『その場から動かないで! この先に催眠トラップが仕掛けられてる! 誰か確認して!』と叫んだ。  すると、すぐに『本当だ! あるぞ!』という声が聞こえた。催眠の内容は、おそらく、『敵を追ってこの道を素早く進み、その後、エフリー国の近くの町村に行くこと』。それ以外は、不自然過ぎて、すぐに後続に気付かれるし、その内容だと、捕獲や監視の人員を他に割けて効率が良い。  敵も疎開ルートに気付くのが遅れて、必要な罠を十分に仕掛ける工数がなかったから、シンプルで雑な催眠内容と罠の設置になったのだと、後に私達は考えた。  でも、その時は、罠を解除する時間がもったいないから、疎開ルートを少し外れて行くことに決めた。そのことに焦った敵は、それを伝えるためと、応援を呼ぶための合図を上空に放った。敵は、私達と距離を取っていたから、その救援が来る前に、私達は急いで先に進み、敵に牽制して、後続にも案内をしながら、最終的にジャスティ国に抜けることができた。  結局、シキを含む最初の先頭グループは行方不明……。  私達は、もう二度と争いに巻き込まれたくないという理由で、疎開先を国境から離れた場所にしてもらって、仮設テントと食糧の支援を頼りながら、そこで暮らすことにした。  ある程度、落ち着いてきた時、前に使者から、『ジャスティ国だけでなく、全世界には、魔法使いだけの村は存在しない』と聞いていたので、ジャスティ国を信じないわけではないが、このままでは差別も合わさって、二の舞いになる恐れがある、ということで、私達は自分自身の魔力を、結界の作用を利用することで、半永久的に抑えて、魔法使いを辞めた。  ジャスティ王もそれを承諾し、私達にジャスティ国で安心して暮らせるようにと、代表者に爵位を与えて、疎開先を領地として正式に認めてくださった。それがこのセフ村。  最初の会談で、使者には私達のことをあまり広めないでほしいと言っていたこともあって、この経緯と顛末は、ジャスティ国内でもほんの一部の人達しか知らず、大臣でも知らない人がほとんどだって聞いた。  もちろん、戦争自体は隠せるわけないから、他の人達は知ってるけど、その情報源は全て統一されていた。確か、『以前から極秘裏にジャスティ国と交流していた名もなき村の存在がエフリー国に知られ、侵略被害に遭ったので、正義の名の下に、その村人達を守るための戦いとなり、建物は守れなかったものの、人的被害を最小限に留めることに成功し、完全勝利した。その地域を更なる脅威から守るため、我が国の領地とすることに村民と合意し、現在、復興を目指している』、だったかな。  その情報統制力を聞いただけでも、この国は本当にすごいと思った。その内容で十分に納得できるし、エフリー国にそれを知られても問題がない文面だったから。  そして、それと同時に聞いたのは、敵の合図があってから、あそこには、結局、敵の救援は来なかったこと。なぜなら、ジャスティ国軍が、村の辺りで背後からエフリー国魔導士団を奇襲して、退けたから。  情報統制の文面にあった通り、エフリー国は、まさか村を犠牲にしてまで、他国から、それも後ろから狙われると思ってなかったから、大きく撤退することになってしまって、その付近はジャスティ国領地となった。  村はボロボロになったし、文面とは違い、さっき言った理由で、私達がそこに戻ることはもうない。  結局、村を捨てたことになったけど、生存可能性が高い行方不明者が出ただけで、私達もジャスティ国も人的被害を最小限に食い止められたから、全体的には良かったと言えるのかな……」  自らと双子の姉を含めた両親の壮絶な過去に、ユキちゃんは話の途中で静かな涙を流していたが、母親の最後の切ない声と思わず流れた一筋の涙に、さらに決壊した。  そんな二人を見ていた父親も、我慢できずに涙を流していた。 「…………」  俺もゆうも、何一つ言葉が出てこなかった。戦争被害者が語る一部始終は、ここまで心に来るものがあるのか……。当然、本人達の心境は計り知れない。  俺は、戦争反対主義ではなく、戦う時には戦うべき、命よりも大切なものがあるという立場だが、同じ意志を持ち、かつ自分自身が優れた軍事力であった村の人達の心を、完全包囲無しの兵糧攻め一つで簡単にへし折ってくるエフリー国に恐怖を覚えた。  ただ、エフリー国も完璧ではなく、いくつも穴があるようなので、仮に敵対しても、今の俺達であれば希望はある。  今回の話で、セフ村について、細かい疑問がいくつか解決した。  村人が全員優しい理由、  自給自足を大事にしている理由、  セフ村が田舎な理由、  村長宅が屋敷ではなく普通の家と変わりない理由、  一人っ子が多い理由、  習い事に興味がない理由、  ユキちゃんを除いて魔法使いがいないとされていた理由。  最後の理由の、ユキちゃんが特別なのは、クリスタルの魔力量増加メリットで、魔法使いの最低ラインを突破したのだろう。それについても、まだ確認したいことはある。ユキちゃんに任せよう。  しばらくすると、全員落ち着いてきたようで、ユキちゃんから話を切り出した。 「お父さん、お母さん、話してくれてありがとう。まず、ハッキリさせたいことがあるから、聞いていい? その魔法使いの村で、魔法使いになれなかった子どもはどうなったか知りたい……。子どもと言っても十七歳だけど」 「それは安心して。殺したり、その子だけ捨てられたりはしてないから。でも、親子ごと別の村に連れて行かれて、催眠魔法で村の記憶を別の村の記憶に、念入りに改竄される。  無理矢理ではなく、全員了承の上。いつもその直前は、術者も対象者も、お互いに別れと感謝の言葉を言いながら、抱き合って泣いてたって言ってた。嘘じゃないと思う。  実際、私達も村でお別れ会をして、思い出を語って、笑ったり泣いたりしてたから。全員が村のことを愛し、村のために行動してた」 「でも、催眠魔法の持続時間は、たかが知れてるよね? 記憶を消すのであれば、永久的だけど、改竄だと、たとえ超優秀な魔法使いでも、一ヶ月程度が限界」 「少しずつ条件を変えた催眠魔法を定期的に自分自身にかける催眠魔法を使うみたい。一年経てば何もしなくても、完全に記憶が置き換えられる。  ただ、そのままだと、ユキも知っている通り、かけられない。無限循環の催眠魔法は、なぜかかけられないから。条件をある程度、変えればいいけど、その匙加減が限りなく難しい。それを知ってるのは、村でも極一部。  もちろん、村長は知ってる。でも、絶対に教えてくれない。知ってる人は全員墓場まで持っていくって。世界の誰も知ってはいけない秘密として……」  無限循環の催眠魔法をかけられないのは、理不尽を許さない世界のルールだろうか。 「その流れで、『アレ』についても、話した方が良いだろうな。今、話に出た『条件』は除かれているが」  父親がユキちゃんの部屋を顎でクイッと指した。それに頷いた母親が話し始めた。 「村人全員の魔力が抑えられた今のセフ村で、もし、魔法使いが生まれたらどうするかを、結界を張る際に話し合った。  その子は『悪魔の子』……ではなく、『運命の子』。その子のために、その子がどんな苦難も乗り越えられるように、自分達の魔法に関する全ての知識を与えようと一致団結して、村に伝わっていた魔法書と合わせて、改めて全員で魔法書を記した。それが、ユキの部屋にある魔法書。  タイトルも著者名も書かれてないけど、世界のどの魔法書よりも詳しく書かれた、村人全員の愛が詰まった魔法書。みんな喜んで渡してくれた。  ごめんなさい、ユキ。大人はみんな、あなたが魔法使いだって知っていたの。今では、研究を進めたあなたの方が魔法に詳しいと思う。それでも、解決できなかったユキの足だったけど、今のあなたを見たら、みんな泣いて喜んでくれるよ」  ユキちゃんはそれを聞いて、再度、涙が溢れていた。彼女は、ずっと前から、そして今でも、村人みんなから愛をもらっていたのだ。みんなの愛があって、今の、世界一の魔法研究者のユキちゃんがいる。『魔法創造』はそれに裏打ちされたものだった。  両親がこれらの話を、ユキちゃんにこれまで全く話さなかったのは、足が動かなかった彼女の精神状態を不安定にしないためだろう。それをユキちゃんも察しているので、なぜ話してくれなかったのかという質問はしていない。  もし、俺達が間に合わなかったら、彼女は本当に『悪魔の子』になっていたかもしれない。村の人達はそのような批判や差別はしないだろうが、悪魔召喚による自害をしたユキちゃんを知った時の、悲しみに暮れたセフ村は、想像もしたくない。 「もう! お父さん、お母さん! 私を何回泣かせれば気が済むの? お父さんもお母さんも村のみんなも、みんなみんな大好き!」  ユキちゃんは、かわいく笑い、かわいく怒りながら、溢れる嬉し涙を何度も何度も拭いていた。話を聞いていた俺達も、セフ村の人達が大好きになった。 「うふふっ、どんなことがあっても、みんなあなたのことを愛しているからね」 「当然その中でも俺達が世界で一番ユキのことを愛してるからな! 何かあったら、俺達や村に言えば、絶対助けるから! いや、力になれなかった俺達が言うのもなんだが……次は絶対だ!」 「今までも力になってくれてたよ。でも、ありがと!」  家族の眩しい笑顔が、居間をさらに明るく照らしているようだった。当初、思っていた以上に詳細な話になったらしいので、その場は一旦休憩してから、仕切り直した。 「ユキは、まだ聞きたいことがあるんでしょう?」  母親がユキちゃんの様子を察して聞いた。 「うん。さっきの話で、結界の作用を利用して魔力を抑えたって言ったのは、魔法書に書かれてた『結界トラップ融合魔法』のことだよね?  結界を大きな一つのトラップと見立てる概念。空間展開ではなくて、結界の境界逆位相を利用する魔法。でも、魔法研究界隈では、実現不可能とされていた。  それで思ったことが一つ……。もしかして、セフ村に移ったのも含めると、村の歴史がかなり長かったりする?」 『境界逆位相』という用語が何なのかよく分からなかったが、話の流れと字面から、おそらく、結界の境界面から内側に遠距離で作用する効果を与える手法だろう。通常は、境界面の外側のみ、それも超短距離にしか効果を発揮しない。 「ユキの聞きたいこと、分かるよ。そう、長い。五百年。古くから、村に伝わっていた魔法書は、世界では『原書』と呼ばれるもの。  私達の祖先が、モンスターに苦しむ人達を見るに見かねて、『結界というのがあるらしいぞ』と、伝聞で知ったように教えたことで、方法が広まった。  でも、原書は新たな魔法書に差し替えられて、相当昔に処分された。もったいないと思ったかもしれないけど、今まで何回も書き直されてるから、過去の村人は誰も気にしてない。歴史は古くて、伝統や文化は大事にするのに、それに関しては興味がないみたい。みんな、内容を知ってるからだろうけど……。  今、ユキの部屋にあるのが、最新の、そして私達にとっては最後の、唯一の『原書達』。それをどうするかは、あなたに任せる。受け継いで改訂していくのか、改訂せず処分するのか、とりあえず様子見でもいい」 「分かった。単に処分はしない。みんなの愛だから。そこに私の愛も詰め込みたい。そして、私の愛する人や、愛する子どもに伝えたい。とりあえず、まだ部屋には置いておくね。…………それで、お父さん、お母さん、大事な話があるの……聞いてくれる?」  ユキちゃんは、改まって真剣な表情をして、両親を見つめた。 「私、大切な人達と旅に出たいの。久しぶりにお父さんと会ったばかりで、村のみんなから愛されてるって分かったのに、心苦しいけど……。  でも、その人達の力になりたい。そして、今の話を聞いて……お姉ちゃんを探したいと思った。その人達なら、きっと、ううん、絶対に助けてくれる。私のことも、お姉ちゃんのことも。  それに……ジャスティ国や世界を見て回りたい。それは、私達の将来のためでもあるし、大好きなセフ村の将来のためにもなるかもしれない。本当は今すぐにでも出発したいけど、明日、みんなに別れの挨拶を済ませて、明後日の朝に出発するつもり。ずっと戻ってこないわけじゃないよ。一通りの用事が済めば、一度、もしくは何回か帰ってくると思う。そのあとは、セフ村の近くにいるはずだし」 「ユキ、一つ聞かせてくれ。その『大切な人達』って誰なんだ? 男か? でも、この数年、誰とも出会ってないよな? 文通でもしてたのか? でも、そんな様子はなかったし……  お前も受け取ってないよな? もしかして、イリスちゃんが代理で? 歩けるようになってから、知り合ったか? いや、村の奴らにバレずに外で会うのは難しいし……」  父親は、母親に『大切な人達』のことを知っているか、手紙の仲介役をしていないか確認しながら、ユキちゃんに一つと言いつつ、複数の質問を投げかけていた。 「まず、その人達の中に男の人はいない。手紙のやり取りもしてない。どういう人達かは、今は詳しく言えないけど、その内の一人は、ウチにも来たジャスティ国騎士団長のシンシアさん。でも、彼女から誘われたわけじゃない。今は、旅ができる立場ではないから。私の方から行きたいって言った」 「騎士団長って言ったか⁉ 騎士団長と知り合いになったのか、すごいな……。さっき、ユキの現状を聞いた時には出てこなかったから、ビックリした。えーっと、つまり、騎士団長以外の女の人達が旅をしていて、どこかで落ち合って、その人達に付いて行く、今後もその集団に男が加わることはないってことだよな?」 「そんなどうでもいいこと付け加えてどうするの!」  父親の最後の確認の言葉に、母親がツッコミを入れた。 「いや、どうでもいいわけないだろ! 村の奴らならまだしも、ユキの身体を狙うクズが入ったらどうする! 旅での緊張状態を利用して、興奮状態になって、暴走状態になるだろうが!」  父親が韻を踏みながら、興奮して立ち上がると、椅子が床にひっくり返った。 「あなたが暴走状態になってるでしょうが!」  母親の鋭く上手いツッコミに、ユキちゃんはクスクスと笑っていた。 「身体を狙うクズか……気を付けないとな」 「あ、変態だ! ユキちゃんのお父さーん! ここにユキちゃんの身体をすでに弄んでる変態がいますよー!」  ゆうが俺を変態扱いしてきた。納得が行かない。 「お前も弄んでるだろ!」 「あー、今、自分で弄んでるって言ったー。あたしは悦ばせてるの!」 「どうも、変態改め、クズでーす」 「いや、クズは死ね!」



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俺達と女の子達がパーティーに一部参加して囲碁とダンスの魅力と女の子の秘密を認知する話(4/5)

24/54

 部屋に戻る途中、玄関前ホールを通った時の話し声の量から察するに、そこにはほとんど参加者が残っていなかった。すでに帰宅者は帰宅し、宿泊者は部屋に通されていたからだ。  とんでもない処理効率だ。パーティー開始前から終了後の隅々まで、計算し尽くされている。  リーディアちゃんとアースリーちゃん、そして夫人は、玄関外のクリスと話しに行った。夫人は料理の感想を聞きたいからとのことだ。  辺境伯とシンシアが二階に上がり、廊下の途中でそれぞれの部屋に別れようとした時、辺境伯が彼女に声をかけた。 「ま、待ってくれ、シン……カレイド!」  焦ったような辺境伯の声に、彼女は少し驚いた様子で振り返った。 「あ……いや……その……」  自分でもどうして引き留めたのか分からない様子で、言葉が続かない辺境伯に、カレイドは近づいた。彼女は、辺境伯を見て、なぜそうなっているか分かっているのだ。  俺達も、このあとに起こることを予想し、あらかじめゆっくりと縮小化して、邪魔にならないようにした。 「私を生み出していただき、ありがとうございました。そして…………さようなら……『お父様』……」  彼女の、静かで、優しく、切ない言葉が聞こえてきた。 「っ……! ありがとう、カレイド……生まれてきてくれて、本当にありがとう……本当に…………さようなら……私の愛する『娘』……」  薄暗い廊下で、辺境伯はカレイドを抱き締めて、体を震わせていた。娘との今生の別れに、泣いていたのかもしれない。  単なる変装と設定だろ、と思うかもしれないが、辺境伯が真剣に愛情を注いで生み出し、シンシアがカレイドに完全に成りきっていたからこそ、『彼女』は間違いなく『そこにいた』のだ。  目の前の愛する娘がこのあといなくなり、一生会えなくなると分かっているのに、冷静でいられる父親などいないだろう。しかし、別れを告げなければいけない、そうじゃないと前に進めない。『親』の深い愛がそこにあるにもかかわらず、『子』の避けられない永遠の旅立ちが、二人の関係を引き裂く。  その『親子』は、ここで終わった。 「……ありがとう、シンシア。もう大丈夫だ。まさか、こんな気持ちになるなんてなぁ…………あー駄目だ。それでも、このまま部屋まで付いて行ってしまいそうだ。おかしな頼みですまないが、私はここから動かないから、振り返らずにそのまま部屋まで戻ってくれ。本当にすまない」  辺境伯がシンシアから離れると、鼻声ではあったが、いつもの彼に戻った……と思いきや、まだ戻りきれていなかった。 「分かりました。それでは、また明日……。『レドリー卿』」  シンシアも、話し方や言葉を元に戻した上で、辺境伯に挨拶をして部屋に戻っていった。  おそらく、それでも辺境伯は、彼女が完全に見えなくなるまでそこにいて、名残惜しそうに後ろ姿を見ていただろう。  今回とは状況が違うが、リーディアちゃんがどこかに嫁ぐとしたら、その時は大丈夫なのだろうか。 「ちょっと感動はしたけど、リーディアちゃんがあたし達の所で一緒に住むって言ったら、辺境伯そのまま付いて来そう」  男女の考えの違いだろうか。俺の気持ちは、辺境伯への同情の方が勝っていたが、ゆうは、厄介さの方が勝っていたらしい。 「まあ、アースリーちゃんの父親も、彼女のためにこの街まで付いて来てくれたことだし、そりゃあ、父親にとっては世界一かわいい娘なんだから、気持ちは分かる。仮にゆうが家を出ていってたら、俺もそこで居候させてもらうつもりだったし」 「いや、あり得ないから! きも!」  何があり得ないのかは分からないが、とにかく、こっちはこれで一段落だ。  夜はどうするか、クリスが戻ったらみんなに希望を聞いてみるか。それとも戻る前に聞いておくか。  いずれにしても、それまでの時間、俺達はまだ休めない。意外にも、まだ午後七時ぐらいだ。  俺達は、ユキちゃんの部屋に意識を移した。彼女の父親が帰ってきたようだ。事前に手紙をもらっていたらしく、母親は帰宅日時に合わせて夕飯を作っていた。  念のため、居間の暗がりにも縮小化した触手を配置した上で、俺達は会話を聞いていた。 「ただいま……って、どうしたんだ? 随分、豪勢な夕飯じゃないか」 「おかえりなさい。やっぱり、久しぶりだからね。あれから、どうだった?」 「ああ、あまり進展はなかったな。突っ込みすぎると、帰ってくるのが遅くなるからな。また次だ」 「手紙読んで、とりあえず安心した。焦らないように、じっくりでかまわないから……。それじゃあ、あなた。ユキに晩ごはん食べるか聞いてきてくれる? 最近、食欲が不安定で食べるかどうか分からなくて」 「そうなのか……。なのに、こんなに作って大丈夫か? まあ、その時は俺が食べるか。お前の料理は久しぶりだから、いくらでも食べられそうだ」  父親がユキちゃんの部屋のドアをノックした。 「どうぞ」  ユキちゃんが入室を促すと、父親が入ってきた。想像していた通り、身体はがっしりとしていて、長身のイケメンだ。 「ユキ、夕飯食べるか?」  父親がベッドに横になっていた彼女に声をかけた。 「どうしようかな……」 「今日は、俺が帰ってきたから、母さんが張り切って豪華な食事を作ってくれてな。美味そうだったぞ。食欲がないなら少しでもいいから、な!」  元気がない声の娘に対して、彼女を励ますような声で母の食事を褒める父。 「ホントに? どのぐらい美味しそうだった?」  ユキちゃんが質問をした。俺達からすれば不自然な質問だ。それは彼女も分かっている。 「そりゃあもう、今すぐパーティーを開いて、この村の全員に食べてほしいぐらいさ。いらないって言う奴にも無理矢理食べさせる!  そしたら、逆に礼を言われるぜ。『こんなに美味しいものを口にねじ込んでくれてありがとうございます』ってな。そしたら、『こんなに美味しいものを毎日食べられるなんて羨ましい』って言われるから、『そうだろ? しかも、俺には超かわいい娘がいるんだぜ。毎日、超幸せさ!』って言うんだ」  なるほど。ユキちゃんが言った通り、素晴らしい父親だ。彼女の妙な質問に対して、淀みなく出てくる言葉は、本当にそう思っているからこそだろう。  今思えば、父親が不在だったことも、ユキちゃんの心神耗弱を早めた要因の一つだったのだ。 「ふふっ、ありがとう、お父さん。それじゃあ、食べようかな……」  ユキちゃんは微笑むと、ベッドからゆっくりと上半身を起こした。すると、父親は心配そうに両手を前に出してベッドに近づいた。 「無理はしなくていいからな。食事を持ってくるまで横になってていいんだぞ」 「大丈夫……お父さん、私のこと愛してる?」 「何を言ってるんだ、当たり前だろ。世界で一番愛してるさ」 「うん……じゃあ、食事を持ってきてくれる?」 「あ、ああ、すぐに持ってくる」  ユキちゃんの突然の質問と素っ気ない切り替えの早さに戸惑いつつも、父親は振り返ってドアの方に歩いていった。 「ごめん、やっぱり持ってこなくていいや。居間で一緒に食べよう!」 「え?」  父親が言葉の意味を理解できないといった様子で振り返ると、ユキちゃんはベッドから降りて、すぐに父親に向かって走り出し、胸に飛び込んだ。 「な……お、お前……なんで……足が……」 「私、歩けるようになったんだよ! ううん、今では全力で走れる。お父さん、私も愛してる。大好きだよ!」  ユキちゃんがベッドにいて、元気がなかったように見せたのは、父親に対してのサプライズだ。彼女が、これまで俺達以外に歩けるようになったことを誰にも言わなかったのはこのためで、母親にも豪勢な食事にしようと提案したあと、演技指導までしていた。 「ゆ、夢なのか……これは」 「夢じゃないよ、ほら!」  ユキちゃんは父親の両頬を強く引っ張った。昔の彼女の活発さが目に映るようだ。 「ほ、ほんとょりゃ……ハ、ハハ……ハハハハ! ひょっひゃにゃ、ゆひぃ!」  頬を引っ張っられながらも、父親はユキちゃんの腰を掴み、彼女の身体を持ち上げながら、部屋の中でくるくると回った。『本当だ。良かったな、ユキ!』と言ったのだろう。彼の顔は、涙と笑顔も合わさり、ぐちゃぐちゃになっていた。  世の中には本当の障害で歩けない人もいるのに、こんなに何度もはしゃいで不謹慎ではないかと思う人もいるかもしれない。当然、全く不謹慎ではない。歩けない本人を目の前にしているならそうだろうが、ユキちゃんは絶対にそんなことはしないし、家族の間だけで喜んでいる。これまでの不自由さと苦しみから解放されたのだから、これぐらい喜んでもいい。むしろ全然足りないぐらいだ。  この光景を見て、不謹慎だ、不快だと喧伝する人より、本当に良かったねと思える人になるべきだろう。 「それにしても、どうして……」  疑問に思った父親に、ユキちゃんはイリスちゃんのおかげだと言った上で、経緯と現状を説明した。サプライズのために演技をしていたことも謝っていたが、俺から言わせれば、謝る必要のないほどのことだ。  サプライズには、良いサプライズと悪いサプライズがある。相手を安堵、喜ばせるために、感情を負のどん底に落とすサプライズをしてはいけない。また、少しでも危険なことをしてはいけない。それは相手を酷く慌てさせることも含む。どのような行動をするか分からないからだ。できれば嘘をつかないようにもしたい。  今回は、演技も過剰ではないし、誰も嘘をついておらず、父親を少しだけ心配させたが、これまでも同じようなことはあったらしく、日常の範囲を越えていないので、事前に相談されたイリスちゃんも俺達も、この計画に同意した。  それに、俺達にユキちゃんの父親の優しさを見せる目的も含まれていると言うから、改めて良い計画だった。『勇運』で記憶の操作はされていない……と思う。 「そうか、イリスちゃんには感謝してもしきれないな。今度、家族ごとウチに呼んで、パーティーしよう!」 「お父さん、そのことも含めて、あとで話したいことがあるの。まずは、晩ごはんね」 「お、おう。分かった」  そのあとは、家族で食事をしながら、話しきれなかった近況や世間話をしているようで、笑いが絶えない時間が続いた。  それから食事を終え、テーブルの上が全て片付き、母親と一緒に洗い物を済ませると、ユキちゃんが両親をテーブルに集めた。  彼女も椅子に座り、改まると、話を切り出した。 「お母さん、まず、あの話を聞かせてくれる? 私から質問した、『なぜ地図の国境が薄くなっているのか』」 「そうか…………よく気付いたなぁ……」  父親が感心した。 「あなた、全部話していいわよね?」  母親が父親に確認をすると、彼は頷いて承諾した。 「それじゃあ……。なぜ、薄くなっているかの答えは、ユキがまだ小さい時に、私がよく触っていたから。こんな国境なくなってしまえばいいのにって。国境がなかったら、『あなたの双子の姉のシキをすぐに探しに行けるのに』って」 「え……⁉ 私が双子の妹で……姉が……いる……?」  ユキちゃんは衝撃を受けていた。俺も同様だ。推察の余地などないほどに、これまで全くヒントがなかったはずだ。イリスちゃんでさえ驚くだろう。両親の父母兄弟姉妹か、親戚ぐらいを想像していた……。  いや、待てよ。何か引っ掛かるぞ。『双子』という単語は、今まで俺とクリスしか使っていないが……この場合は……しかも……。  いや、ダメだ。これ以上考えると、イリスちゃんのように俺も発狂してしまう。あとで考えるのではない。おそらく、二度と考えることはないだろう。 「ええ、お父さんが時々仕事で遠くに行くのは、国境沿いの村が多いでしょ? あれは、あえてそうしていて、そこでエフリー国側国境沿いの村の状況や、シキの情報を得られるんじゃないかって理由から。国境警備隊にも話を聞けるからね」  ユキちゃんの父親は大工をしていて、出張は大工のヘルプで行くらしい。国家の諜報員などではない。 「あなた、この前の手紙のこと含めて、その辺りを詳しく話してくれる?」  母親が父親に手紙の内容を聞いた。帰ってきた時の話から察するに、おそらく、シキちゃんの決定的な手掛かりは掴めていないか、あるいは、決定的ではない情報は掴んだものの、そこから進展がなかったということだろう。 「分かった。今から話すことで確定していることは、一つもないという前提で聞いてほしい。ただ、シキはエフリー国で生きているという可能性は高く、それ以外でも有力な情報はある。それを信じて、情報を集めていた。とりあえず、時系列で列挙してみる。細かい部分は、あとでノートを見せよう。  人身売買をされた形跡は見当たらず、少なくとも飢餓状態ではなかったのではないか、  一つの村に長く留まっていることは少なかったのではないか、  目に障害を負ったのではないか、  魔法使いなのではないか、  エフリー国軍に属しているのではないか、その場合は、魔導士団に属している、  その魔法使いは、エフリー国のとある町に定期的に出入りしているのではないか、  そして、今も生きている。  最近は、出入りしている『とある町』とはどこなのかを調べようとしているが、あまり進展がなかった。まあ、いつも進展はないんだが……。  情報を集め始めてから八年で、たったこれだけだ。まあ、情報収集自体の頻度は決して多くないがな。もし、魔法使いじゃなかったら、全然進んでないことになる」  父親の話に、ユキちゃんは少し考えている様子だ。今の彼女なら、この話を聞いた場合の俺達やイリスちゃんが疑問に思うことも全て思い付くだろうし、必要な質問もできるだろう。 「……今の話で、有力な情報が得られたと思った時って、いつのこと? あ、全然有力じゃないっていう意味じゃないからね。時期を知りたいだけ。それと、今回の情報収集って、いつ切り上げた?」  ユキちゃんがフォローを入れながら、父親に質問した。確かに、フォローがなかったら煽りに聞こえるか。ちょっと面白かった。 「有力な情報だと思った時のことは、よく覚えてるよ。俺が出張に行く時に、また何の成果も得られないんだろうなって考えて元気なかったのを見て、十歳になったユキが励ましてくれてさ。『お父さん、元気ないね。お仕事上手く行くように、お守りあげる。一度きりの効果だからね』って言って、星が書かれた紙をくれたんだ。  そしたら、目に障害を負っているシキという名の少女の話を聞けたんだよ。  で、もう一度同じような状況で、ユキが十一歳の時、盲目の魔法使いの少女の話を聞けた。間違いなく、シキだと思った。  あの時のユキはすごかったからな。『ユキの宝石見つける運を俺にも分けてくれー!』っていう思いでお守りをもらったな。  それから……ユキの足が動かなくなってからは、ほとんど出張に行かなくなったし、行く時に、お守りをもらっても空振りだった。  あとは……いつ切り上げた、だったか。今回は大工の仕事の方が忙しくて、十日前ぐらいには切り上げてたかな」 「他の情報は有力じゃないの? 魔導士団とか、『とある町』とか、生きているとか」  ユキちゃんは追加の質問をした。 「それは情報と言うより、推論だからなぁ。最近、気付いたんだよ。俺の閃きも捨てたもんじゃないだろ? 一週間ぐらい前かな、閃いたのは。『思い出した』に近いかもしれない。仮に情報だとしても、それはユキに教えてもらったことだしな」  マズイな……いや、マズくはないけど、思ったより早くバレてしまったか?  今の質問と答えで、『勇運』が人の記憶に影響を及ぼすことがユキちゃんに知られてしまった可能性がある。そこから、人の考えを変えることさえできる、ということに結び付けられたかどうか……。まあ、いずれにしても仕方がないことだ。  ユキちゃんがなぜそのような質問をしたかは、『勇運』の影響によって、父親が聞き出せた情報は、『有力情報』を越えて、『確定情報』になるからだ。  つまり、シキちゃんは当時、盲目の魔法使いだったことが確定した。また、意味のない情報を思い出すことはないので、今も盲目かは分からないが、魔法使いであることは変わらず、エフリー国魔導士団に所属し、定期的に城下町外に通っていることも確定した。 「そうだね。エフリー国の魔法使いの九割以上は、徴兵されて魔導士団に所属する。特に優秀な魔法使いなら、若い頃から強制。 『とある町』は、いくつか候補があるけど、具体的な場所と町名は他国に公開されていない。おそらく、『魔法訓練施設』のどこかで、定期魔力量検査や定期習得魔法検査を受ける場合や、臨時講師や臨時訓練教官として、定期的に出入りしている可能性が高いってことだよね?  これは通説だけど、『町』っていうのは嘘で、『村』以下の辺鄙な場所にあるとされているかな。盲目の魔法使いが、それ以外の所で今でも目撃されていないとすると、ずっと魔導士団に所属していて、この数年は大きな戦争も起こっていないから、死亡している可能性は低い」 「お、おお……そう……なのか? そこまでは知らなかったし、分からなかった……。なんか……すごいなユキ。本当に見違えた……父親として嬉しいよ。さっき俺に飛び付いた時のようなユキも、かわいくて見たいが」 「ふふっ、ありがとう、お父さん。まだ質問あるんだけどいい? えっと……、『あまり進展がなかった』の『あまり』って?」 「切り上げた段階では、全く進展がなかったんだが、閃いたあとに同僚からヒントをもらって、ちょっとだけ光明が差した。  エフリー国の『とある町』を直接調べられないなら、ジャスティ国を調べればいい、とな。  つまり、定期的に出入りしそうな場所が、ジャスティ国にもあるだろうってことだ。国家が利用する魔法訓練施設なら、どういう所に作って、どういう行き方をするか、主に行くとしたらどういう条件の場所なのかが分かる。すると、ある程度の地理を絞れるから、候補の町をかなり絞れる。  個人的な目的の場合は、当然分からないが、城下町になくて、周辺の町にあるものを探せば、ちょっとは何か分かるかもしれない。  どちらも、調査には時間がかかりそうだがな。まあ、正直に言うと、半分以上そいつの受け売りだ」 「……話を聞く限り、すごく賢い同僚さんだよね。どんな人?」 「話のネタにあとで話そうと思ってたんだが……それが、超珍しく若い女でさぁ、気前が良くて、俺並みに現場の雰囲気を明るくできるような奴だったよ。長身で体格も良いから、重い資材も普通に持ち運べるし、設計もできるって言ってたな。若いのにすげぇじゃねぇかって、常にみんなの中心にいた。  頭良さそうに見えないのに、喋ったら結構本質突いてきたりしてさ。口喧嘩したら、勝てる気はしなかったな。今度、セフ村に仕事で来るって言ってたから、その時に紹介してやるよ」 「ありがとう。その人、宝石は身に付けてた?」 「え? あー……っと、流石に、現場に宝石は持ってきてなかったはずだ。これは俺の考えだが、男女問わず、大工で宝石を日常的に持ち歩いたり、身に付けてる奴はいないんじゃないか?  なぜかって言うと、私物はその辺に置いたまま仕事するし、宿に置いたとしても、盗まれる可能性が高いからだ。身に付けていても、引っ掛かって危ないし、大工姿で着飾る意味もない。持っていても、実家に置いてあるはずだ。誰かの形見だって言うなら、なおさらな。  でも、そんな感じはしなかった。ちなみに、実家はどこだったかな……北の方って言ってたけど、大工とか建築士になるのを反対されて家を出てきたから、全然帰ってないらしい。一応、それで持ち出した可能性はあるにはあるが、多分ない。  つーか、そんな金持ちには見えなかったけどな。ユキみたいに拾えるわけでもあるまいし」 「まあ、そうだよね。もし、持ってたら安く譲ってくれないかなって思って、念のため聞いてみただけ。手紙の話は終わりってことでいいかな?  じゃあ、どうしてシキ……お姉ちゃんと離れ離れになったか、聞かせてくれる?」  ユキちゃんは、宝石コレクターを装って、クリスタルの情報収集を誤魔化し、話を元に戻した。 「それじゃあ、私から。その話をするには、セフ村の成り立ちを話す必要があるんだけど、誰にも言わないって約束してくれる? たとえ、それを知っている人でもダメ。話したこと自体が伝わってしまうかもしれないから。どうして話してはダメなのかは、聞いてると分かると思う。かなり長くなるから、そのつもりで。  ……ユキがまだ生まれたばかりの頃、私達は現在の国境沿い南の小さな村にいた。そこは、ジャスティ国でもエフリー国でもない、どの国にも属していなかった名もなき村。  どうしてそんな村が存在するのか、どうしてそんなことが可能だったのか。答えは、私達が全員、魔法使いだったから。魔法使いだけの村を作って、周囲の森に魔法トラップを仕掛けて、幻影魔法と催眠魔法をかけることによって、私達の村に誰も辿り着けないようにしていたから。  でも、ある日、それらの魔法が全て解除された。何重にもトラップが仕掛けられていたのに。その解除魔法は、外部からだった。使用者は、エフリー国の魔導士団、その中でも選りすぐりのエリート三人。現在の団長も含まれていたんじゃないかと言われてる。  その場は、村の成人男性全員で、何とか無事に追い返したんだけど、森は焼き払われ、トラップも解除されたから、村はほとんど剥き出しの状態になった。しかも、成人男性全員が魔法使いとバレている。そこから、魔法使い村とバレた可能性が高かった。そうでなくても、攻め込まれて、エフリー国領地とされて、強制徴用される可能性が高い。  何もしてこないわけがない。抗戦か、早期降伏か、村を捨てるか。私達は抗戦を選んだ。降伏したら、生殺与奪の権を相手に渡すことになるから、結局どうなるか分からない。村を捨てても、行く場所がない。何より、私達の大好きな村を守りたかった。  それに、私達には自信があった。無傷で追い返せたのだから、たとえ何人来ようと、老若男女全員で地の利を活かして、死ぬ気で戦えば、勝てるんじゃないかって。  とりあえず、再度トラップを仕掛け直したり、村の被害を抑えるために魔力遮断魔法を一部に展開したり、物理的な壁なんかも、もちろん作った。  それが終わったら、全員で何度も作戦を練ったりして、その間にもし攻めて来たらどうしようとも考えてたけど、その時は幸いにも来なくて、万全の状態で戦争に備えることができた。  でも、いつまで経っても、エフリー国は攻めてこなかった。村を監視している様子もなかった。  むしろ、監視していたのはジャスティ国だった。それは、まだトラップを仕掛け直す前のこと。一人の使者が村にやって来て、最初はこちらも何者だと怪しんだけど、話してみたら、『この地帯のことをジャスティ国でも不思議に思っていて、監視を続けていたら、魔法による戦闘と森火事のあとに村が現れたので、状況を聞きに来た。敵意はないし、今後も攻め込むつもりはない』と言われたので、その言葉を信じて状況を話した、ってあとで聞いた。  その使者は、どこかの貴族の息子らしくて、会話のリアクションがやたら大きかったけど、人懐っこく正直者で、『あなた達を救うことで、私に殊勲を立てさせてください!』とハッキリお願いされたから、みんな信じたって言ってたかな。そんなことで信じて大丈夫なのかって当然思うけど、結果的にはそれで良かった。  彼とは、村の外での会談方法を確立した上で、もう一度話す機会を設けることができて、ジャスティ国からは、軍事支援と、もしもの時の疎開先を提供してもらえることになった。それが、村が準備万端になってから一週間後ぐらい。  たった二回の話し合いだけで、ここまでの支援が得られるなんて思ってもみなくて、村は大喜びだった。余程、国王が優秀か、使者やその間に入っている人が優秀だったんだと、みんな思った。  ただ、疎開ルートは普通の兵でも確保可能で、すぐに動けるけど、前線となると、急場の連携では失敗する可能性もあり、万が一にも崩れた時に、お互いの責任転嫁で士気が下がり、持ち直せないということで、ジャスティ国は奇襲で横から叩く作戦をとることになった。  そのためには、辺境軍に加えて、魔法使いと騎士が一定数必要で、ジャスティ城から地形が複雑なこの付近まで移動してくるのに時間がかかるので、それまでに攻撃されたら、持ち堪える必要があるし、いずれにしてもそうなる、ということだった。それでも、十分すぎるぐらいありがたかった。  疎開ルートは途中までは一つで、分岐して二つに別れる。南に大回りして、メインはジャスティ国側南沿岸部に抜け出るルート、それが使えなくなった時は、反対のエフリー国側山間部に身を隠しながら、別ルートに戻る機を待つか、そのまま抜けて、町村を求めて彷徨うか。  さらに一週間経って、ルートの確保と共有は完了し、あとはジャスティ国の奇襲準備が整うのを待つだけになったその時、村の異変に気付いた。引いていた井戸の水が枯れ、作物畑が全て枯れた。まさかとも考えたけど、一時的なものかもしれないと思って、それでも不安だったから、井戸の水ぐらいは魔法で何とかしようと思ったら、魔法で出した水は井戸の底にどんどん吸収されて、原状復帰できなかった。  そう、それはエフリー国の破壊工作だった。事前に魔力感知をしていても無駄。村より外のもっと根っこの所で、工作されたから。しかも、夜に、灯りも焚かず、極少人数で行われていたはずだから、全く気付けなかった。  村人総出で、全力で取り掛かれば、少なくとも水については原状復帰も可能だったけど、その調査だけでも時間がかかるし、魔力を使用しすぎた時に攻められたら困るし、交代制で対応しても、戦力が低下することになる。  一方で、使いすぎない程度に個人の魔法で対応すれば問題ない。  それよりも大きな問題は食料だけど、備蓄は一日一食にすれば一ヶ月分はある。選択肢がある分、困った。まずは、ジャスティ国に食糧支援をお願いするべきだということで一致して、使者と交渉したら断られた。まさか断られるとは思わなかったけど、理由を聞けば納得できた。  ジャスティ国から表立って食糧を村に届けると、両者が同盟を結んで、共同作戦を行おうとしていることを悟られる可能性が高く、奇襲に対応されてしまう。だから、極少人数での会談を行ってきたし、兵達も分散しながら現地に集合しているということだった。  また、物理的に隠れて食糧支援を実現する手段もなかった。一応、定期的に状況を聞きに来る時に、少しだけなら食糧を持ってくることはできるという提案はしてくれた。こうなったら、もう早く攻めてきてくれと思う状況になってしまったけど、一向に攻めてこない。  そして、一ヶ月と少し経ってしまった。こちらからエフリー国側を監視しながら、交代制で少しずつ作物畑の土壌を回復させたものの、十分な食料を得ることはできず、微量の支援も当然足りず、結局、備蓄していた食糧も尽きた。  その前に、こちらから打って出るのもリスクが高すぎた。疎開ルート途中のジャスティ国の兵はすでに後退し、待機していた魔法使いや騎士の士気もおそらく下がっていた。  今、攻められたら村を捨てるしかないという状況、心境になってしまった。あんなに守りたいと思っていた大好きな村なのに……。枯れた大地を見て、敵の嫌らしい作戦に辟易して、絶望感の方が勝ってしまった。  向こうからすれば絶好のタイミング……。まさにその時に、エフリー国が攻めてきた。  ジャスティ国の使者には、『この状況で攻められたら、村を捨てる。時間を稼いでくれたら嬉しいが、全ての作戦は白紙にしていい』とあらかじめ伝えていた。  私達はいくつかのグループに分かれて、でも離れすぎないように疎開ルートを進んだ。  成人男性は全体の先頭と最後尾に、その内のほとんどは追ってくる敵に対処しようと最後尾にいた。先頭グループは家族含めた男女混合、間は女性と子ども、最後尾グループは間の家族男性か独身男性のみ。全員、できるだけ両手を空けて、いつでも魔法を使えるようにしていた。  私は前後にユキとシキを縛り付けて抱えようとも思ったけど、逃げる時に転ぶと、どちらかが無事では済まない、前後どちらか一方に抱えても、お互いが干渉して両者暴れてしまうから、赤ん坊でも比較的大人しいシキの方を近所の女性に預けた。  ユキも知っての通り、私達に両親、兄弟姉妹はいない。付け加えると、村には必然的に一人っ子しかいなかった。家族の一人でも魔法使いじゃないと、村には住めなくなるから、二人以上の子どもを作るリスクを誰も負わなかった。  だから、その人にシキを預ける選択肢しかない。それに、彼女は村でも優秀な魔法使いだった。私はそこそこぐらい。安心して任せられると思った。  結果的には、それがユキとシキを別れさせる要因となってしまった。でも、決して彼女のせいじゃない。  実は、疎開ルートの分岐点近くに、エフリー国魔導士団の一部がすでに回り込んでいた。それに気付いた先頭グループが応戦を開始。私と彼女はどちらも先頭から二番目のグループにいて、村側が少し手こずっているようだから、私達も加勢するために前に出ようとしたけど、魔導士団側が退き始めた。  ここで叩かないと、後続グループが時間差で襲われると考えて、私達もそのまま思い切って前に出た。その時、判断が早く、先に動いていた彼女と、少し遅れた私の真ん中、たった一メートルの間に、濃い煙幕が焚かれた。『先に行って!』と咄嗟に叫んだ私と他の人達は、すぐに風魔法を使い、煙を晴らした。  すると、彼女を含めた先頭グループがどんどん私達のグループから離れていった。もしかして、誘い込まれてるのでは、と思った矢先、さっきの魔導士団員とは別の団員が攻めてきた。そして、同じ状況。違和感があった。単なる誘い込みではないような。そうじゃなかったら、先頭グループはそこまで深追いせず、私達のグループに加勢するために、戻ってきてもおかしくなかったから。  実際、先頭グループが追っていった方向を、またちらっと見たら、もう影さえ見えなくなっていた。それで、私の考えが間違いでないことに気付いた。同じく、魔導士団が退き始めたタイミングで、また同じく、追いかけようとしたグループの人達に、私は、『その場から動かないで! この先に催眠トラップが仕掛けられてる! 誰か確認して!』と叫んだ。  すると、すぐに『本当だ! あるぞ!』という声が聞こえた。催眠の内容は、おそらく、『敵を追ってこの道を素早く進み、その後、エフリー国の近くの町村に行くこと』。それ以外は、不自然過ぎて、すぐに後続に気付かれるし、その内容だと、捕獲や監視の人員を他に割けて効率が良い。  敵も疎開ルートに気付くのが遅れて、必要な罠を十分に仕掛ける工数がなかったから、シンプルで雑な催眠内容と罠の設置になったのだと、後に私達は考えた。  でも、その時は、罠を解除する時間がもったいないから、疎開ルートを少し外れて行くことに決めた。そのことに焦った敵は、それを伝えるためと、応援を呼ぶための合図を上空に放った。敵は、私達と距離を取っていたから、その救援が来る前に、私達は急いで先に進み、敵に牽制して、後続にも案内をしながら、最終的にジャスティ国に抜けることができた。  結局、シキを含む最初の先頭グループは行方不明……。  私達は、もう二度と争いに巻き込まれたくないという理由で、疎開先を国境から離れた場所にしてもらって、仮設テントと食糧の支援を頼りながら、そこで暮らすことにした。  ある程度、落ち着いてきた時、前に使者から、『ジャスティ国だけでなく、全世界には、魔法使いだけの村は存在しない』と聞いていたので、ジャスティ国を信じないわけではないが、このままでは差別も合わさって、二の舞いになる恐れがある、ということで、私達は自分自身の魔力を、結界の作用を利用することで、半永久的に抑えて、魔法使いを辞めた。  ジャスティ王もそれを承諾し、私達にジャスティ国で安心して暮らせるようにと、代表者に爵位を与えて、疎開先を領地として正式に認めてくださった。それがこのセフ村。  最初の会談で、使者には私達のことをあまり広めないでほしいと言っていたこともあって、この経緯と顛末は、ジャスティ国内でもほんの一部の人達しか知らず、大臣でも知らない人がほとんどだって聞いた。  もちろん、戦争自体は隠せるわけないから、他の人達は知ってるけど、その情報源は全て統一されていた。確か、『以前から極秘裏にジャスティ国と交流していた名もなき村の存在がエフリー国に知られ、侵略被害に遭ったので、正義の名の下に、その村人達を守るための戦いとなり、建物は守れなかったものの、人的被害を最小限に留めることに成功し、完全勝利した。その地域を更なる脅威から守るため、我が国の領地とすることに村民と合意し、現在、復興を目指している』、だったかな。  その情報統制力を聞いただけでも、この国は本当にすごいと思った。その内容で十分に納得できるし、エフリー国にそれを知られても問題がない文面だったから。  そして、それと同時に聞いたのは、敵の合図があってから、あそこには、結局、敵の救援は来なかったこと。なぜなら、ジャスティ国軍が、村の辺りで背後からエフリー国魔導士団を奇襲して、退けたから。  情報統制の文面にあった通り、エフリー国は、まさか村を犠牲にしてまで、他国から、それも後ろから狙われると思ってなかったから、大きく撤退することになってしまって、その付近はジャスティ国領地となった。  村はボロボロになったし、文面とは違い、さっき言った理由で、私達がそこに戻ることはもうない。  結局、村を捨てたことになったけど、生存可能性が高い行方不明者が出ただけで、私達もジャスティ国も人的被害を最小限に食い止められたから、全体的には良かったと言えるのかな……」  自らと双子の姉を含めた両親の壮絶な過去に、ユキちゃんは話の途中で静かな涙を流していたが、母親の最後の切ない声と思わず流れた一筋の涙に、さらに決壊した。  そんな二人を見ていた父親も、我慢できずに涙を流していた。 「…………」  俺もゆうも、何一つ言葉が出てこなかった。戦争被害者が語る一部始終は、ここまで心に来るものがあるのか……。当然、本人達の心境は計り知れない。  俺は、戦争反対主義ではなく、戦う時には戦うべき、命よりも大切なものがあるという立場だが、同じ意志を持ち、かつ自分自身が優れた軍事力であった村の人達の心を、完全包囲無しの兵糧攻め一つで簡単にへし折ってくるエフリー国に恐怖を覚えた。  ただ、エフリー国も完璧ではなく、いくつも穴があるようなので、仮に敵対しても、今の俺達であれば希望はある。  今回の話で、セフ村について、細かい疑問がいくつか解決した。  村人が全員優しい理由、  自給自足を大事にしている理由、  セフ村が田舎な理由、  村長宅が屋敷ではなく普通の家と変わりない理由、  一人っ子が多い理由、  習い事に興味がない理由、  ユキちゃんを除いて魔法使いがいないとされていた理由。  最後の理由の、ユキちゃんが特別なのは、クリスタルの魔力量増加メリットで、魔法使いの最低ラインを突破したのだろう。それについても、まだ確認したいことはある。ユキちゃんに任せよう。  しばらくすると、全員落ち着いてきたようで、ユキちゃんから話を切り出した。 「お父さん、お母さん、話してくれてありがとう。まず、ハッキリさせたいことがあるから、聞いていい? その魔法使いの村で、魔法使いになれなかった子どもはどうなったか知りたい……。子どもと言っても十七歳だけど」 「それは安心して。殺したり、その子だけ捨てられたりはしてないから。でも、親子ごと別の村に連れて行かれて、催眠魔法で村の記憶を別の村の記憶に、念入りに改竄される。  無理矢理ではなく、全員了承の上。いつもその直前は、術者も対象者も、お互いに別れと感謝の言葉を言いながら、抱き合って泣いてたって言ってた。嘘じゃないと思う。  実際、私達も村でお別れ会をして、思い出を語って、笑ったり泣いたりしてたから。全員が村のことを愛し、村のために行動してた」 「でも、催眠魔法の持続時間は、たかが知れてるよね? 記憶を消すのであれば、永久的だけど、改竄だと、たとえ超優秀な魔法使いでも、一ヶ月程度が限界」 「少しずつ条件を変えた催眠魔法を定期的に自分自身にかける催眠魔法を使うみたい。一年経てば何もしなくても、完全に記憶が置き換えられる。  ただ、そのままだと、ユキも知っている通り、かけられない。無限循環の催眠魔法は、なぜかかけられないから。条件をある程度、変えればいいけど、その匙加減が限りなく難しい。それを知ってるのは、村でも極一部。  もちろん、村長は知ってる。でも、絶対に教えてくれない。知ってる人は全員墓場まで持っていくって。世界の誰も知ってはいけない秘密として……」  無限循環の催眠魔法をかけられないのは、理不尽を許さない世界のルールだろうか。 「その流れで、『アレ』についても、話した方が良いだろうな。今、話に出た『条件』は除かれているが」  父親がユキちゃんの部屋を顎でクイッと指した。それに頷いた母親が話し始めた。 「村人全員の魔力が抑えられた今のセフ村で、もし、魔法使いが生まれたらどうするかを、結界を張る際に話し合った。  その子は『悪魔の子』……ではなく、『運命の子』。その子のために、その子がどんな苦難も乗り越えられるように、自分達の魔法に関する全ての知識を与えようと一致団結して、村に伝わっていた魔法書と合わせて、改めて全員で魔法書を記した。それが、ユキの部屋にある魔法書。  タイトルも著者名も書かれてないけど、世界のどの魔法書よりも詳しく書かれた、村人全員の愛が詰まった魔法書。みんな喜んで渡してくれた。  ごめんなさい、ユキ。大人はみんな、あなたが魔法使いだって知っていたの。今では、研究を進めたあなたの方が魔法に詳しいと思う。それでも、解決できなかったユキの足だったけど、今のあなたを見たら、みんな泣いて喜んでくれるよ」  ユキちゃんはそれを聞いて、再度、涙が溢れていた。彼女は、ずっと前から、そして今でも、村人みんなから愛をもらっていたのだ。みんなの愛があって、今の、世界一の魔法研究者のユキちゃんがいる。『魔法創造』はそれに裏打ちされたものだった。  両親がこれらの話を、ユキちゃんにこれまで全く話さなかったのは、足が動かなかった彼女の精神状態を不安定にしないためだろう。それをユキちゃんも察しているので、なぜ話してくれなかったのかという質問はしていない。  もし、俺達が間に合わなかったら、彼女は本当に『悪魔の子』になっていたかもしれない。村の人達はそのような批判や差別はしないだろうが、悪魔召喚による自害をしたユキちゃんを知った時の、悲しみに暮れたセフ村は、想像もしたくない。 「もう! お父さん、お母さん! 私を何回泣かせれば気が済むの? お父さんもお母さんも村のみんなも、みんなみんな大好き!」  ユキちゃんは、かわいく笑い、かわいく怒りながら、溢れる嬉し涙を何度も何度も拭いていた。話を聞いていた俺達も、セフ村の人達が大好きになった。 「うふふっ、どんなことがあっても、みんなあなたのことを愛しているからね」 「当然その中でも俺達が世界で一番ユキのことを愛してるからな! 何かあったら、俺達や村に言えば、絶対助けるから! いや、力になれなかった俺達が言うのもなんだが……次は絶対だ!」 「今までも力になってくれてたよ。でも、ありがと!」  家族の眩しい笑顔が、居間をさらに明るく照らしているようだった。当初、思っていた以上に詳細な話になったらしいので、その場は一旦休憩してから、仕切り直した。 「ユキは、まだ聞きたいことがあるんでしょう?」  母親がユキちゃんの様子を察して聞いた。 「うん。さっきの話で、結界の作用を利用して魔力を抑えたって言ったのは、魔法書に書かれてた『結界トラップ融合魔法』のことだよね?  結界を大きな一つのトラップと見立てる概念。空間展開ではなくて、結界の境界逆位相を利用する魔法。でも、魔法研究界隈では、実現不可能とされていた。  それで思ったことが一つ……。もしかして、セフ村に移ったのも含めると、村の歴史がかなり長かったりする?」 『境界逆位相』という用語が何なのかよく分からなかったが、話の流れと字面から、おそらく、結界の境界面から内側に遠距離で作用する効果を与える手法だろう。通常は、境界面の外側のみ、それも超短距離にしか効果を発揮しない。 「ユキの聞きたいこと、分かるよ。そう、長い。五百年。古くから、村に伝わっていた魔法書は、世界では『原書』と呼ばれるもの。  私達の祖先が、モンスターに苦しむ人達を見るに見かねて、『結界というのがあるらしいぞ』と、伝聞で知ったように教えたことで、方法が広まった。  でも、原書は新たな魔法書に差し替えられて、相当昔に処分された。もったいないと思ったかもしれないけど、今まで何回も書き直されてるから、過去の村人は誰も気にしてない。歴史は古くて、伝統や文化は大事にするのに、それに関しては興味がないみたい。みんな、内容を知ってるからだろうけど……。  今、ユキの部屋にあるのが、最新の、そして私達にとっては最後の、唯一の『原書達』。それをどうするかは、あなたに任せる。受け継いで改訂していくのか、改訂せず処分するのか、とりあえず様子見でもいい」 「分かった。単に処分はしない。みんなの愛だから。そこに私の愛も詰め込みたい。そして、私の愛する人や、愛する子どもに伝えたい。とりあえず、まだ部屋には置いておくね。…………それで、お父さん、お母さん、大事な話があるの……聞いてくれる?」  ユキちゃんは、改まって真剣な表情をして、両親を見つめた。 「私、大切な人達と旅に出たいの。久しぶりにお父さんと会ったばかりで、村のみんなから愛されてるって分かったのに、心苦しいけど……。  でも、その人達の力になりたい。そして、今の話を聞いて……お姉ちゃんを探したいと思った。その人達なら、きっと、ううん、絶対に助けてくれる。私のことも、お姉ちゃんのことも。  それに……ジャスティ国や世界を見て回りたい。それは、私達の将来のためでもあるし、大好きなセフ村の将来のためにもなるかもしれない。本当は今すぐにでも出発したいけど、明日、みんなに別れの挨拶を済ませて、明後日の朝に出発するつもり。ずっと戻ってこないわけじゃないよ。一通りの用事が済めば、一度、もしくは何回か帰ってくると思う。そのあとは、セフ村の近くにいるはずだし」 「ユキ、一つ聞かせてくれ。その『大切な人達』って誰なんだ? 男か? でも、この数年、誰とも出会ってないよな? 文通でもしてたのか? でも、そんな様子はなかったし……  お前も受け取ってないよな? もしかして、イリスちゃんが代理で? 歩けるようになってから、知り合ったか? いや、村の奴らにバレずに外で会うのは難しいし……」  父親は、母親に『大切な人達』のことを知っているか、手紙の仲介役をしていないか確認しながら、ユキちゃんに一つと言いつつ、複数の質問を投げかけていた。 「まず、その人達の中に男の人はいない。手紙のやり取りもしてない。どういう人達かは、今は詳しく言えないけど、その内の一人は、ウチにも来たジャスティ国騎士団長のシンシアさん。でも、彼女から誘われたわけじゃない。今は、旅ができる立場ではないから。私の方から行きたいって言った」 「騎士団長って言ったか⁉ 騎士団長と知り合いになったのか、すごいな……。さっき、ユキの現状を聞いた時には出てこなかったから、ビックリした。えーっと、つまり、騎士団長以外の女の人達が旅をしていて、どこかで落ち合って、その人達に付いて行く、今後もその集団に男が加わることはないってことだよな?」 「そんなどうでもいいこと付け加えてどうするの!」  父親の最後の確認の言葉に、母親がツッコミを入れた。 「いや、どうでもいいわけないだろ! 村の奴らならまだしも、ユキの身体を狙うクズが入ったらどうする! 旅での緊張状態を利用して、興奮状態になって、暴走状態になるだろうが!」  父親が韻を踏みながら、興奮して立ち上がると、椅子が床にひっくり返った。 「あなたが暴走状態になってるでしょうが!」  母親の鋭く上手いツッコミに、ユキちゃんはクスクスと笑っていた。 「身体を狙うクズか……気を付けないとな」 「あ、変態だ! ユキちゃんのお父さーん! ここにユキちゃんの身体をすでに弄んでる変態がいますよー!」  ゆうが俺を変態扱いしてきた。納得が行かない。 「お前も弄んでるだろ!」 「あー、今、自分で弄んでるって言ったー。あたしは悦ばせてるの!」 「どうも、変態改め、クズでーす」 「いや、クズは死ね!」



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