俺達と女の子が初回接触してスキルを取得する話(3/3)

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 しばらくして、落ち着いてきた俺は、ある提案をゆうに切り出した。 「ゆう、提案がある。その……俺と話す時は、これからも今まで通り、『きも。』『うざ。』『死ね。』の感じを頼む。もちろん、たまには本心をぶつけ合うのも良いけど、その方が、多分お互いやりやすいと思う。  特に、『死ね。』ってこっちに来てから使わなくなっただろ。気持ちは分かる。実際に死んだわけだし、認めたくなかったこともあるし、改めて不謹慎だとでも思ったんだろう。いいよ。俺は使ってくれた方が嬉しい。それを引き出せるようにゆうを辱めるから」 「うん、分かった……。って、今のは辱めることを許可したわけじゃないから!」 「よしよし。ゆうはかわいいなぁ」 「死ね!」  ゆうの頭を撫でて、腹にパンチをもらったところで、俺とゆうは定位置に戻った。この切り替えの早さがクセになるんだよな。ゆうの横顔を見ると、涙を拭きながら笑っているようだった。良かった。  触神様はここまでの間、空気を読んで存在感を消していた。なんと素晴らしいお心遣いか。 「はははっ。触神様、どうでした? 感動しましたか?」  触神様は肯定した。触神様って、やけに人間味あるよな。 「あの……! 触神様が向こうの世界のことについて分かるのなら、逆に向こうの世界に対して、こっちから何か送れたりしませんか? さっきお兄ちゃんの遺書にあったような、連絡……とか」  ゆうが思い切ったように、感動の対価とも言えるのだろうか、触神様へ無茶なお願いをした。 「ゆう、流石にそれは……」  俺がゆうの無茶な要求をたしなめようとした瞬間、触神様はくねくねと動き出した。もしかして、迷っているのか? 「⁉」  五秒ほどあとに、突然、ある画像が俺達の目の前に現れた。そこには、『朱のクリスタル』というタイトルと共に赤く、いや、朱く光り輝く美しい宝石が表示されていた。正確に言えば、クリスタル、つまり水晶と宝石は見た目も密度も異なるが、少なくとも表示されたものは、宝石と同じように見えた。 「宝石……? これが一体……これを探せということですか?」  俺の問いに対して、触神様は肯定した。 「この朱のクリスタルがあれば、俺達から、例えば両親にメッセージを送れるということですか?」  触神様は肯定した。俺は続けていくつか質問し、その詳細を得た。  向こうからは俺達にメッセージを送れない。つまり、コミュニケーションはできない。  送れるメッセージの文字数は限られていて、かなり少ない。でも十分だ。いや、それだけでもとんでもないことだ。 「触神様、本当にありがとうございます!」  俺達は深々と頭を下げ、心からの感謝の言葉を述べた。理不尽を許さないはずの触神様が、俺達のような一度死んだ者に特別待遇を与えるとは……。それとも、既定路線だったとか?   迷っていると思っていたのは勘違いで単なる予備動作とか。触神様にも別の目的があるということか?  そもそも、俺が勝手に理不尽を許さないと思い込んでいただけか?  いずれにしても、ゆうのおかげで新たな目的ができた。俺達の当初の目的と合わせると、『朱のクリスタルを探しながら、レベルアップしてスキルツリーを完成させる』ことが俺達の目的となる。 「ゆうもありがとう。何と言うか……吹っ切れたか?」 「うん。お兄ちゃんに言えないことは、あたしが言う。それが今のあたし」 「流石、俺の妹のゆうだ。頼もしいよ。でも、調子に乗って突っ走るなよ」 「はーい」  ゆうのこんな笑顔は久しぶりに見た。俺は目頭が熱くなりつつも、嬉しくて笑みがこぼれた。 「……触神様、もう少しだけ質問させてください。俺達を轢いた人は生きていますか? ……ふむ、生きていない、と……では、その人もこの世界に転生しましたか?」 「あー、それもあるのか」  ゆうは感心したように何度も頷いた。触神様は否定した。それはそうだ。触神様がそんな理不尽を許すはずがない。 「触神様は転生者を全て把握できるということですか?」  触神様は肯定した。また、これまでにこの世界に転生してきた者はおらず、転生してきた者が今後いたとしても、触神様からは教えられないとのことだった。他に転生者がいた場合は、そのためのスキルを早い内に考案する必要があったが、今のところは不要であることが分かった。  さて、これでスキルツリー作成『準備』のための質問を一通りし終えた。  では、スキルツリー作成のための質問とは何かだが、タイプやスキルの過不足があった時にその許可を得たり、スキル説明に問題があったりした場合の変更許可だったりだ。  ここからは、ようやくスキルをツリーにマッピングしていくが、時間を使いすぎているので、俺達のタイプにレベルの低い順から二つ先のスキルをマッピングして外界に戻ることにする。  その内の一つが、今回のレベルアップで取得できるスキルだ。『触手の嘆き』は初期スキルなので含まれない。残りは次回以降だ。触神様も了承してくれた。 「まず、俺達のタイプを体形と初期スキルから『触手体リーダータイプ』とする。通常の『触手体タイプ』も作ろう。この二つのタイプ間で、ツリーの違いはないので、以降は、『触手体タイプ』として話を進める。  レベルアップした現在、取得できるスキルは、触手の基本から『触手数増加』が良いだろう。ただ、他のタイプにも適用でき、元は低レベルで取得できる『体形変化』と内容が被っているから、これを分解する必要がある。  なぜなら、『体形変化』は触手ではなく、本体の形が変化するものだが、俺達は触手が本体であるため、そのスキルは汎用的になってしまい、例えば手を二本伸ばすと、それが『触手数増加』を含んでしまう。 『体形変化』を触手体タイプにマッピングしないようにした上で、『伸縮』『膨張』『部分変形』『自由変形』に分解し、『触手数増加』『伸縮』を同列に並べる。これらは、互いに繋がっていて、いつでも取得できるものとする。 『膨張』『部分変形』『自由変形』は『伸縮』の先に配置し、触手体タイプ内でサブタイプ『変形体タイプ』として分岐する。『自由変形』は、かなりあと後に取得できるスキルとなる。  それから、次に取得できるスキルだが、攻撃系か隠密系か捕食系かの共通スキルが良いと思う。攻撃系なら『弱毒液』『弱酸液』、隠密系なら『短透明化』『短縮小化』、捕食系なら服だけを溶かす『溶繊維液』が候補かな。共通スキルとは、どれかを選んだら、残りはあとで遅れて取得できるスキルだ。触神様、問題ない場合は丸をお願いします」  触神様は○を作り、肯定した。 「触神様、それでは、ありがとうございました!」 「ありがとうございました!」  俺達は、お辞儀をしながらお礼を言い、外界に戻った。 「どうやら無事のようだな」  俺は周囲と体を見回し、触神スペースにいた間に外敵から襲われていなかったことを確認した。  また、すぐに表示フェイズに再度行き、ツリー上の『触手体リーダータイプ』と『触手の嘆き』『触手数増加』が光り輝いていることを確認した。 「触神スペースにいたのってどのぐらい? 三十分もいなかったよね。ってことは十八秒以下だから、かなり余裕ありそう」 「本当は、それを利用して、ピンチに陥った時に十分な思考時間を得るために、顕現フェイズまで行って、対策を練るみたいなことはしたかったが、そこに行けるのはレベルアップ時だけだからなぁ。そうならないようにするしかない。  それじゃあ、『触手数増加』を早速試してみるか」 「おっけー。」  本番でいきなり使用するなんて怖いことはできない。検証と練習は大事だ。俺達は少し開けた場所に移動した。 「『触手数増加』、レベルと同じ数以下の触手を増やすことができる。俺達はレベル二だから、俺達含めて三本まで増やせるはずだ。ゆう、マックスまで増やしてみてくれ。頭の中でスキル名と増やす数を言って、それでダメなら声に出すってことで」 「おっけー。…………って、ええ⁉」  ゆうはスキルを使用した直後、驚きと戸惑いの声を上げた。そこには、俺達と全く同じ触手が二本、分裂したかのように現れた。俺達と増やした触手は繋がっていない。 「まあ、こうなるよな……」 「なんか、イメージと違うんだけど。あたしに手が生えるみたいなのを想像してたんだけど。っていうか、お兄ちゃんそう言ってたよね?」 「いや、おそらくそれもできる。多分、これがデフォルトなんだろう。でも、説明通りだろ? 俺達は触手なんだから、『俺達』が増えるってことだ。つまり……」  俺は増えた触手を自分の意志で動かした。片方ずつ、あるいは両方同時に。あえて、今の場所から見えないほど、遠ざかってみたりした。 「これはすごいな。視界を切り替えられるし、別々の視界を同時に見ることもできる」 「え……うわ、ホントだ。いや、すごすぎない? ってか、切り替えむずっ! 同時見も訳分かんない」 「頭の中に三個の小さな丸を横に並べると良い。リモコンのチャンネル操作みたいに。同時操作は同時押しの感覚。視界は縦か横に三分割。小さいウィンドウにしてもいい。切り替えはお前の得意分野だろ? 俺より上手くなるはずだ」 「分かった。ありがと。やってみる」  しばらくすると、ゆうも複数操作や複数視界に慣れてきたようだ。まだまだ試すことはある。 「増やした方の触手を一本だけ残して、他は消してみる。ゆうは驚かないように」 「おっけー。」  俺は宣言通り、一番遠くの『俺達』を残し、元の『俺達』ともう一方の増やした『俺達』を消した。  どうやら、成功したようだ。それぞれの場所に行っても『俺達』は残っていなかった。しかし、『俺達』はここにいる。 「ねえ、お兄ちゃん……これ、チートじゃないの?『体形変化』みたいに分解した方が良かったんじゃないの?」 「うーん、何とも言えないな。触手体タイプの基本と言えば基本だし。手だけ伸ばすと、さっき言った通り『体形変化』だ。サブタイプ分岐もあるから、それとは絶対に一線を画さなければならない。  つまり、触手体タイプにとっては、現状で他に本数を増やす手段がないんだ。かと言って、あとで取得できるスキルにすると、生まれたてでもないのに、触手っぽくないまま、図体だけ長いままで、長い時間を過ごすことになり、触手としてのアイデンティティが崩壊する。ならば、説明に色々と例外を記載するかというと、それは冗長すぎて、スキルやツリーのデザインを損なう。一応、デメリットはあるから、そこまででもないさ」 「デメリットって……怪我するリスクが高くなるとか? メリットの方が大きくない? 経験値とか倍数になったりするんじゃないの?」 「まず、デメリットについては、その通りだ。実質、表面積が増えるようなものだからな。別々に動かした場合は、その全てに注意を払わなければいけない。  傷付いた触手を消した場合にどうなるかは、リスクがあるから今は検証しない。その時になったらだな。そもそも、一本が傷付いたら全ての触手が傷付くことになるかもしれない。  経験値については、検証してみなければ分からないという前提で言うと、数を増やしてから体液を摂取した場合は、同一対象経験値取得限界の法則から、増やす前と変わらないと思う。  複数人同時の場合は、時間短縮にはなるが、それぞれの作戦通りに実行する必要がある上に、別々の視界での同時操作が難しい。同じ場所にいるなら視界を気にせず動かせるが、それで得られる経験値は同様だろう。  だとすると、俺が考えるこのスキルの裏のメリットは、監視範囲の拡大、移動時間短縮、事前配置からの瞬間移動で、いずれも先のデメリットがあるので、チートではない、という結論だ。結構よくできてると思う。  これが例えば、式神のように、視界共有で自由に飛ばせて、自分との位置を入れ替えられたり、やられてもノーダメージ、みたいになると、低レベルではチートと言える。高レベルならあり得るが」 「なるほどねー。まだ試すことあるよね?」 「ああ。続けよう」  俺達は『触手数増加』の検証を続けた。同時に、スキルの使い方についても確かめた。  自分達から離れた場所に触手を増やすことはできなかった。必ず自分達から分裂するように増える。  触手を手のように増やせるかを試したところ、一本増やすとアルファベットの『H』のように、二本増やすと『王』を横にした形のようになった。いずれも縦軸が俺達で、真ん中でそれぞれ繋がる感じだ。かなり具体的なイメージがないと、そのような形にならず、分裂状態になる。繋がって嬉しいことは、あるにはあるが状況が限られるので、基本的には分裂状態になった方が良いだろう。  スキルについては、ゆうが最初にやったように、内容をイメージできなくてもスキル名を脳内で言えば発動できる。内容を具体的にイメージできれば、スキル名を言わなくても発動できた。  二人が同時に声で発動させようとした場合は、言い終わるのが早かった方、さらに、別々の本数を増やすように指定した場合は、本数の多い方が優先された。俺が触手を増やしたら俺しか消せないみたいな権限を設定できたり、間違って消さないような保護状態にできないかと試したが、それはできなかった。お互いに気を付けるしかない。  とりあえず、基本的には俺がスキルを操作するように、ゆうと取り決めを交わした。 「スキルの検証は、こんなところか。取り決めについてだが、行動方針も決めておいた方が良いと思う。例えば、女の子を襲う場合とか。  イリスちゃんの時は、一つの作戦としての行動だったし、何をやるべきで、何をやっちゃいけないかが曖昧だった。できるだけ苦しませないという思いは一致していたが、『じゃあ何のために?』ってことを決めたい。  結果的には問題なかったものの、それを決めておかないと、暴走して、喧嘩にもなって、俺達のためにならないし、ひいては女の子を悲しませることになる」 「うん。それだけは避けたい。まずは、お兄ちゃんの意見聞かせて。色々考えてるんでしょ? その後に、あたしなりの視点で付け加えたり、文句言ったりするから」  こういう時のゆうの意見はいつもありがたい。俺だけだと男視点もあって絶対に偏るし、ゆうは思考放棄のイエスマンでもないので、ツッコミが鋭い。思考速度も速いから、ツッコミのなかった所は問題なしとして、議論もすぐに終わる。 「触手になった現在、俺には大目的がある。触手で女の子を幸せにすることだ。  では、触手と人との関係における幸せとは何かと言うと、『この触手になら何をされてもいい、むしろありがとう、と笑顔で心から思えること』と定義する。妥協や諦めの気持ちではないってことだ。  さらに言えば、できるなら最初から最後まで、他者から見てもそうだと思えるようにしたい。最初っていうのは当然無理だから、早い段階でと置き換えてかまわない。だから、イリスちゃんは俺のこの考えから見ても最高だったんだ。あの年齢にして、ほぼ最速で境地に至った。俺が人間ならそれを称えて彼女を抱き締めて、通報されていることだろう。  それはさておき、このことから、女の子が喜ぶこと、好かれることをし、可哀想なこと、嫌がることはしないことにする。  また、周りからは、気持ち悪く見えないようにして、逆に羨ましいと思えるように、できるだけシンプルに体液摂取を試みることにする。  一方で、俺達は触手だ。人間だった頃の考えで行動していると、危険な目に遭う恐れがあるし、どう取り繕っても女の子を襲っていることに変わりはない。そこに迷いがあると判断が鈍る。  したがって、簡単ではないだろうが、人間だった頃の常識を捨てることにしたい。とりあえず、以上」 「あたしの意見は三つ。女の子が望まない限り、できれば痛みも与えたくない。仮にそのあと、気持ち良くなるとしても、怖いと思うから。何言ってるか分かるよね? 多分、あたし達なら、将来取得できる触手の能力を使えば、痛みを与えずに幸せにできると思うんだよね。  二つ目、女の子の体を最後は綺麗にしてあげたい。せっかく触手で、女の子の体液を摂取できるんだから、女の子が分泌してくれた体液を無駄にしなければ、女の子からも『私の体液全部吸ってくれて、体を綺麗にしてくれてありがとう』と思ってもらえるかも。これはお兄ちゃんのキモい考えも汲んだ意見ね。過剰摂取が無意味なのは分かってる。  最後三つ目、もう少し対象を広げてもいいんじゃないかと思った。あたし達の能力で、理不尽な目に遭ってる人を幸せにするとかさ。偽善で傲慢かもしれないけど……でも、どうせ『自己満足』でしょ?」  独自の視点で、俺には思い付かなかった考え、あるいは効率優先で排除した案を、ゆうが挙げたのは流石だった。特に最後の意見は、ゆうらしい。  俺も、せんじゅさんやめぐるさんと会ったことにより、誰かをなりふり構わず助けようとしてみたいという憧れは芽生えていた。  また、触神様が理不尽を許さないように、その代わりと言ってはおこがましいが、俺もそういう場面に遭遇したら、何とかしたいと思っていたものの、リスクがあることに加えて、俺にできるのだろうかと二の足を踏んでいた。  ゆうには、せんじゅさんとめぐるさんのことをまだ伝えていないにもかかわらず、すぐにその考えに至れるのは素直にすごいと言える。本当に優しいな、ゆうは。また、引っ張ってもらった。 「ありがとう。その意見は全て入れ込もう。ルール化する時は、多少汎用的な物言いになると思うが、俺達の間で詳細が共有されていれば問題ない。じゃあ、まとめるとするか」  こうして、『俺達兄妹が女の子(例外有)を幸せにするために守るルール』ができあがった。  色々なことがありすぎて、長くもあり短くも感じた四日目の夜、この世界に来てから、俺は検証以外でようやく十分に眠ることができた。  眠る必要がないのに、眠りたくなったのは、新しい一歩を踏み出せた達成感で、一区切りつけたかったからかもしれないな。  五日目の夜、俺達は再度イリスちゃんの家の屋根にいた。 「イリスー、おしっこ行ってきなさーい」 「あの……多分、長くなるから」 「分かった。ちゃんと拭いてきなさいねー」 「はーい」  俺達は、彼女の返事を聞いてから、仕切り板まで移動した。彼女が裏口のドアを開けて出てくると、横から顔をひょこっと覗かせた。彼女は俺達に気付いて、黙って笑みを浮かべた。  服の色合いは昨日と同じ赤色で、デザインが違っていた。この色が好きなのかな。すでに、俺達と会う布石は打っているので、多少時間が長くなっても、両親には不審に思われない。俺達の存在も秘密にしているようだ。  やはり、俺達が見込んだ女の子だ。チートスキルでも持っているのかと思って確認してみても、持っていないようだった。単に他の触手と邂逅していないだけの可能性は高いが。  彼女がトイレスペースまで来たところで、俺達は彼女の首に引っ掛かるように、後ろから前にぶら下がり、両頭を持ち上げて、彼女の顔と向き合った。  成長後の俺達の体重がどれほどかは分からないが、重く感じているようには見えなかったので良かった。 「蛇さん、あの……お、大きい方も大丈夫? 大丈夫だったら、右のほっぺを二回舐めて、そうじゃなかったら、一回だけ舐めて」  イリスちゃんは、俺達にしか聞こえない微かな声で、恥ずかしそうに質問してきた。  それに対して、ゆうは、イリスちゃんが『わざと指した左頬』を無視して、彼女の言葉通り右頬をペロリペロリと大きく二回舐めた。 「すごい……やっぱり分かるんだ……」  イリスちゃんは静かに感嘆の声を上げた。イリスちゃん、君の方がすごいよ、天才か?   言葉を交わせない生き物が自分の言葉を理解しているか、さらに自分の希望を伝えつつ、敵意がないことを確認するための方法としては、簡潔で最適だ。ただ、俺達は蛇じゃなくて触手だけどね。 「お兄ちゃん、あたし、この子のこと絶対に幸せにするから」  ゆうが強い決意を込めたプロポーズをなぜか俺に宣言した。まあ、俺も賛同するよ。 「じゃあ、念のためここでするね」  イリスちゃんはトイレの定位置に下着を下ろしてしゃがみ込んだ。俺は触手を二本増やし、前後両方に配備させた。下半身は俺の担当だ。  流石に三本は重いと感じるかもしれないので、後ろの一本は、片方を仕切りの縦の小口に吸着させた。イリスちゃんは、俺達が成長して体長が大きくなったことや、本数が増えたことに全く驚いていない様子だ。それも想定済みってことなのか? 「い、いくよ……。んっ……!」  ゆっくりと俺の口の中に温かいものが入ってくる。俺は、全部丸呑みするつもりで、吸い付いた口はそのままに、舌をうねらせて、随時奥へ送り込んだ。  この時点ですでに、俺はあまりの美味さに頭がボーッとしていた。舌が少し触れただけで、その感触と味が病みつきになり、いくらでも食べられそうに思える。  最高に甘みがある果物、例えば、食べ頃のメロンを口に含んでいるようで、早く咀嚼したいのにもったいないと感じるもどかしさと期待感を覚える。焦っちゃだめだ。 「ん……ふぅ……」  イリスちゃんが一区切りついたところで、続けざまに聖水が前の俺の口に流れ込んできた。触手を同時操作しているということは……味覚も同時に感じるということだ。 「あ……あ……」  俺は情けない声を出していた。いや、出していたことに気付かなかった。  これは美味しさの暴力と言っても過言ではない。まだ、咀嚼していないのに、飲み込んでいないのにこの状態だ。俺はあえて聖水を飲み込まずに口に溜めておこうと考えた。本当の意味で同時に味わってみたかったのだ。 「ふぅ……終わったよー」  イリスちゃんが俺にささやき声をかけた後、残りの触手を使って前後どちらも全て吸い尽くした上で綺麗に舐め取った。その際、わずかではあるが、三種類の味になっていた。この短時間で、ゆうが上半身で何をやっていたかは大体想像がつく。  それはさておき、俺はついに、舌と喉に鎮座しているものを、これまでと逆に歯の方へ送り出し、噛みしだいた。それと同時に、もう一本の口に含んでいた聖水を少し飲み込んだ。  その途端、脳が痺れたと思うほどの感覚が俺を襲った。俺は食の楽園にいるのだと錯覚する。こんなに美味いものをまだまだ食せる喜び。単独で食しても美味いのに、合わせたらその何倍も美味いのは、物理法則に反しているのではないか。単純に考えて、果物とスープを同時に口に入れたら、不味いのは明らかだ。なのに、なんで美味いんだよ……。  簡単だ。果物とスープじゃないからだ。訳が分からなくなりすぎて、悔し涙すら流せそうな感情が押し寄せてくる。一回噛むと、各層ごとに食感が異なり、食感が異なるということは、それぞれ味が異なり、噛む度に複雑な味になっていく。それを脳でそのまま理解したり、時には紐解いてそれぞれの味を楽しんだりできる。  そこに聖水が加わると、味の染み込む所とそうでない所ができて、より複雑さを増し、全く違う味の表情を見せる。当然その全てが美味い。味のコラボレーションを超えた、味の昇華、サブリメーションだ。ちなみに、聖水は昨日と味が違う。イリスちゃんの食べた物やその時の状態によって味が変わるからだ。一生楽しめるじゃないか。  しかし、初回に言った通り、残念ながら人間ではこれを味わえない。味わうどころか、抗生物質漬けの入院、死亡コースだ。絶対に真似しないように。 「こっち行こうか」  用を足したイリスちゃんは、裏口とは反対の仕切りを超えた先の家壁に進み、前と同じく背を預けた。  今回は時間に比較的余裕があり、母親から声をかけられてもすぐに反応する必要がないので、前回とは違って、ドアを開けられてもバレにくい反対方向に来たのだろう。多分、反応できなかった時の言い訳も考えてるんだろうな。 「こうして……立ってればいいかな?」  イリスちゃんは自ら下着を膝上まで下ろして、両手を少し広げた。どれだけ物分かりが良いのか。  今回の彼女は微塵も怖がっていないので、初回のように恐怖を取り除く必要はないのだが、ノーリスクで体液を摂取させてくれた感謝も込めて、俺達は彼女の身体に体を這わせた。 「は……ぁ……」  俺達は、二本の触手をイリスちゃんのまだ肉付きの少ない両脚の付け根に巻き付けたあと、正面側に出て、そのまま両肩まで上って、後ろから両腋を前に潜り、ゆうの頭がイリスちゃんの服の襟から正面に出るようにした。  すでに、イリスちゃんの上の服はボタンが外されていた。ゆうがトイレにいる間に突っつくなどの指示をして外させたのだろう。  もう一本は、正面から股を通り、同じくゆうが彼女の顔の正面に、俺は臀部側に行き着き、右脚の一本は正面、残りは臀部を見られるようにした。  彼女は、まだ少しくすぐったいようではあるものの、その声からは明らかに別の感覚が開発されているのが分かった。  ゆうは、彼女にキスをして口の中に入っていった。残りは緩んだ上着の襟から中に戻り、腋に体を擦り付けながらも、両胸を優しく舐めているようだった。イリスちゃんもそれに合わせて、上半身をくねらせると共に、下半身を前後に動かし始めた。  俺は、前回と同様に彼女の動きと反対に動き、できるだけ刺激を増幅してあげたり、吸着率を変えて不規則な刺激を与えたりしたところ、彼女はその度に抑えられない声を漏らしていた。  俺はその間も、二本の触手でプリプリの両臀部に吸い付き、色々な方向に引っ張ったり、もう一本の触手は下腹部を舐め回したりしていた。 「ん……あっ……! こ、声……出ちゃう……よぉ……」  ゆうはずっと彼女の口に頭を入れているわけではないので、その時に刺激されると、ちょっとだけ大きめの声になるようだ。多分、家の中には聞こえていないはずだ。  しかし、イリスちゃんは、その声で今の恥ずかしい姿がバレるかもしれないという緊張感と、そのドキドキを味わう興奮とが入り混じり、目は虚ろ、口は開けっ放しで涎が垂れ、放心状態なのに、下半身は一心不乱に激しくグラインドしているという、奇妙な光景になっていた。  いや、待て。この子なら、『声出ちゃう』なんて、必要のない言葉をわざわざ声に出すことはないんじゃないか?  ということは、あえて緊張感と興奮度を高めつつ、さらに少しだけ酸欠状態になることで快感が増すことを知って、ゆうに口を塞ぐよう促しているのでは……。  この世界に転生者がいないことを触神様に確認していなければ、確実にイリスちゃんを転生者だと断定していただろう。俺達はとんでもない性欲モンスターを生み出してしまったのかもしれない。責任は取る覚悟だ。 「蛇さん……おしっこ……また……出る……かも……」  少しばかり時間が経過したあとで、イリスちゃんは俺達にアラートを出した。  俺はすぐに前側の一本の口を大きく開け、股に吸い付かせた。どうやら、そこはすでに水浸しになっているようだった。俺は、排泄を促すように、舌を素早く何度も動かした。 「ぅ……ん……んっ……あっ……あっ‼ …………はぁ……はぁ……は……ぁぁ……」  昂ぶった頃合いを見計らって、舌の吸着率を上げて、擬似的に優しく引っ掻くようにしてやると、イリスちゃんは大きく体を震わせて、家の中に聞こえるか聞こえないかギリギリの大きさの声を上げた。  それと共に、俺の口に水滴がピュピュっと落ちてきて、その後にじわっと溢れるように俺の舌に垂れてきた。  これまでの味とは全く違う。喉がすでに潤っていたのにもかかわらず、砂漠に水を垂らした時のように、俺の喉に潤いが広がると同時に瞬時に吸収され、それをまた渇望する。  もっと、もっと、と先にあるオアシスに舌を伸ばす。何も考えられないのに、舌だけは本能的に潤いを求めて動き回っている。俺の舌ではないみたいだ。  気付けば、もうそこに水はなく、俺の体に微量に付いたものも舐め取り終わり、もっと味わっておけばと後悔したが、おそらくどんなに頑張っても自分自身を抑えられなかっただろう。  今の俺の状態は、美味すぎて半狂乱になったと言っても過言ではない。口に含んだ時の爽快感や満足感は聖水に似ているものの、後味を含めた多幸感が、まるで異なる。最初にこれを味わっていたら、その瞬間に俺は絶頂して、死んでいたのではないかと思えるほどだ。 「イリスちゃん、最高にかわいかったよ」  ゆうは、目から溢れた涙や、垂れた涎を全て舐め上げ、事後のピロートークのように優しく声をかけた。イリスちゃんは完全に壁にもたれかかり、上を見上げて、呼吸をゆっくりと整えようとしていた。  俺達は、汗も含めて残した体液はないか確認するため、彼女の体を軽く一周した。 「私、蛇さんとゆっくりお話ししてみたいな……文字は書ける? 明日、お昼ご飯食べたあとぐらいに森に行ったら会えるかな?」  イリスちゃんの希望と問いかけに、ゆうは右頬を二回舐めた。  俺達にとっても情報収集になるので、ありがたい。特にイリスちゃんなら、一を聞いたら、十教えてくれそうだ。 「どっちも大丈夫ってことだよね。ないと思うけど、もし、私が行けなくなったら、裏口に『N』の印を置いておくね」  本当に彼女の賢さには驚くばかりだ。俺達は彼女の体から下りて、お互いに手を振りながら、その場を後にした。 「よし。それじゃあ、別の家に行こう」  俺達は森に戻ってから五分間待機し、レベルアップしないことを確認して、次の行動に移すことにした。  一応、それまで増やした触手は消さなかったが、仮に三倍の経験値を得られていたとしたら、またレベルアップしてもおかしくなかったはずだ。もちろん、正確な上昇量が分からないので、完全な検証になっていないことは承知している。  とは言え、初回とは状況は変わっていたし、そこまで経験値の減衰はなかったんじゃないかと推察していたので、七割程度なら三倍して二人分の経験値が得られていることになるが、結局のところ何も起こらず。  いずれにしても、淡い期待は捨てて、作戦を練った方が良いことは明白だ。 「まだ寝てないと良いけど……あっ! 明かり見えた!」  ゆうは、目標とする家の窓から漏れる蝋燭の明かりを発見し、声に出した。  この長さになってからは、二人とも前を向きながら移動できるようになったので、俺が先導役ではあるものの、ゆうは前を向きたがる。それはそうだ。後ろ向きに進むのは怖いからな。それでも、後ろの警戒は怠っていないようなので、問題はない。 「少し急ごう」  俺達は、少ない機会を逃さないように、暗闇での歩を早めた。 「取得するのは『短縮小化』にしよう」  俺達は、イリスちゃんの次の候補の女の子から摂取を終え、森に戻ってきていた。  イリスちゃんの時と同じような方法をとったが、あの子は俺達のことを秘密にするだろうか。安全な場所に着いて待機していると、体長が三メートルに伸びていた。これで、一レベル毎に一メートル伸びることが分かった。  確認後すぐに、顕現フェイズに移行し、ツリーを目の前にして俺は取得するスキルを決めた。 「『短縮小化』、触手ごと自身の体を五分間だけ小さくする。最小は十センチメートル。体重も合わせて軽くなる。時間経過後は五分間小さくなれない」  俺は、仮にではあるが、触手体タイプの枝をすでに完成させていた。後は実践で適切かどうか確かめていくだけだ。  他のタイプの枝も同様に完成させたが、おそらくもうほとんど動かさないと思う。動かすとしたら、触手体タイプとの整合性を取るためだろう。うむ、我ながら仕事が早い。  では、研究本を作成する際に、何に時間がかかるかというと、それを文章化する作業だ。俺の脳内のロジックと、誰もが納得できる理由を分かりやすく表現する方法と文章にいつも頭を痛めていた。  今回、触神様には、その文章をツリー内に残せるようにしたいとお願いした。そうでなくては研究にならず、結果のツリーだけ見せて共有しても、その意味を理解できずに間違った運用をしてしまい、俺達の活動が何の意味もなくなってしまう。この機能を『スキルノート』と呼ぶことにした。仮のスキルツリーについては、触神様も了承済みだ。 「隠密系で行くってことだよね。『短透明化』にしない理由は?」 「『短透明化』はいずれ取得するが、まだその時ではない。将来的に俺達は人のいる所を頻繁に移動して獲物を見つけるスタイルになるはずだから、レベルアップ毎に伸びるこの図体を少しでも隠さなければ、リスクなく人と接触するのが難しくなってしまう。  透明化では、狭い場所を通り抜けられなかったり、待機するための場所を確保できなかったりする場合が多いだろう。  また、『短縮小化』は今後取得できるスキルと合わせれば、良い立ち回りが早くできるようになるのも利点だ。特に、次の次で取得できる共通スキル『触手の尻尾切り』と相性が良く、敵から逃げやすくなる。 『長縮小化』はまだ先だが、優先して取得したいスキルだから、隠密系をどんどん伸ばしていく。そうすれば、効率的に探索できて、レベルアップもしやすくなり、攻撃系スキルにも手を伸ばせる。 「なんかそう聞くと、触手体タイプにとっては、スキル取得の順番がほぼ一択のように思えるんだけど、ツリーの意味ある?」 「そう感じるのは、この世界での俺達の成長と経験値の仕組み、そして俺達のスタイルが大きく影響しているからだろうな。  普通の触手は女の子だけを襲うわけじゃない。冒険者の男に加えて、虫や動物、モンスターも対象だから、人里のど真ん中に降りる必要がなく、罠を張って自分の縄張り内に滞在していればいい。  その中で、自分からどんどん攻めていきたいスタイルの触手体もいるはずだし、変形して文字通り柔軟性を高めるスタイルの触手体も十分いるだろうと俺は思う。そして、それはこの世界やこの時代に限る話ではないということだな。あくまで汎用的なツリーを作っているのだから。  俺達は一例に過ぎないが、他に誰も作る人がいないので、最初にどれだけ想像を膨らませて、汎用性を高められるかが重要だ。今後の触手体達のためにな。だからこそ、俺達は『触手体リーダータイプ』なのさ」 「分かった。ありがと。でも、言い方が……うざ。」  とりあえず、今回は時間があるので、触神様に前回聞けなかった質問をしたところ、『朱のクリスタル』の他にも別の色のクリスタルがあるかは教えてくれず、クリスタル以外の他に特殊な力を持つ物質があるかについても秘密だった。  今回で、スキル以外の触神様への質問は終わりにするつもりだ。 「ねえ、お兄ちゃん。早く魔法使ってみたいんだけど、魔法スキルの取得がかなりあとなのって理由あるの?」 「ああ。触手が魔法を使うのはかなり特殊だし、最初から獲物を捕らえる能力に優れているため、どこかを掴んだ瞬間、そこから魔法を直接叩き込めて、強力な武器となる。  したがって、低レベルではチートスキルだ。それでは、逆に魔法使いにはどうやって対抗するかだが、共通スキル『弱魔法反射』を用意してある。無限に何でも反射できるわけではなく、強度あり、回数制限あり、使い切ったらクールタイムありだ。今の俺達からはもう少し先に取得できるスキルだ。ちなみに、魔法反射は魔法で反射しているわけではないので魔法スキルではない」 「そうなんだ……。式神の例でもあったけど、低レベルチートスキルの概念がまだ分かんないよ……」 「それじゃあ、外界に戻ったら教えよう」  俺達は触神様にお辞儀をして、外界に戻った。 「さて、低レベルの定義を、最大レベルの一割から、多くて二割ぐらいまでとしようか。その低レベルにあるという前提で、俺がこれから挙げる条件に一つでも当てはまったら、低レベルチート行為または低レベルチートスキルだ。  弱中強などの段階を踏まずにいきなり強力な能力を得る、  個体属性に全く関係ない能力を得る、  全ての属性を扱える能力を得る、  リスクや制約がなく無制限に使用できる能力を得る、あるいはメリットがデメリットを大きく上回る能力を得る、  発動に時間がかかるものを即時発動できる、  他の能力の多くを内包する能力を得る、  他の能力を得るための超効率化能力を得る、  他者の能力を完全に無効化する能力を得る、  他者を大きく出し抜く能力を得る、  低レベルを維持したまま自分だけ能力の限界を突破する、  世界で自分だけしか使えない能力を特別な理由なく、または偶然得る。  こんなところか。少し重複した内容もあるが、分かりやすさを優先した。ちなみに、転生無双系ファンタジー作品の主人公は全員、これらの低レベルチートに当てはまっている」 「ちなむねぇ……。確かに、ツリーでもそういう風に配置されてるし……あたし達が今持っているスキルは当てはまってないか……。触神様にもらった『触手の嘆き』も、ちゃんと理由があって、個体属性には合ってるし、そこまでのメリットはない……。じゃあ、あたし達の強靭な体は?」 「それも合理的な理由があると思う。俺達が触手として会話できることを前提として、その手段を考えた時に、体内に人並みの脳を埋め込むわけにもいかず、触神スペースを経由するしか方法がなかった。そうなると、感覚や生理現象を外界と分離せざるを得ず、だからと言って、脳とコミュニケーションできないのに体を勝手に不健康な状態にはできない。  ただ、最低でも味覚だけは、現在の状態にしないと、触手として生きる動機やアイデンティティを失うことになるから、少し特別になっている。  触手体の移動も関係していて、その度に体に傷をつけていてはまともに生きられず、それらの整合性や物理現象を成り立たせるには、触手の体の方を頑健な状態にするしかなかった、というところだろう。  素晴らしい采配と生命体創造だよ。それもあって、触神様は論理的に物事を考え、理不尽を許さないはずだと俺は思ったんだ」 「なるほどねぇ……完全に理解した」 「それじゃあ、『短縮小化』を検証して寝るか」  こうして、五日目の夜が過ぎた。



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 しばらくして、落ち着いてきた俺は、ある提案をゆうに切り出した。 「ゆう、提案がある。その……俺と話す時は、これからも今まで通り、『きも。』『うざ。』『死ね。』の感じを頼む。もちろん、たまには本心をぶつけ合うのも良いけど、その方が、多分お互いやりやすいと思う。  特に、『死ね。』ってこっちに来てから使わなくなっただろ。気持ちは分かる。実際に死んだわけだし、認めたくなかったこともあるし、改めて不謹慎だとでも思ったんだろう。いいよ。俺は使ってくれた方が嬉しい。それを引き出せるようにゆうを辱めるから」 「うん、分かった……。って、今のは辱めることを許可したわけじゃないから!」 「よしよし。ゆうはかわいいなぁ」 「死ね!」  ゆうの頭を撫でて、腹にパンチをもらったところで、俺とゆうは定位置に戻った。この切り替えの早さがクセになるんだよな。ゆうの横顔を見ると、涙を拭きながら笑っているようだった。良かった。  触神様はここまでの間、空気を読んで存在感を消していた。なんと素晴らしいお心遣いか。 「はははっ。触神様、どうでした? 感動しましたか?」  触神様は肯定した。触神様って、やけに人間味あるよな。 「あの……! 触神様が向こうの世界のことについて分かるのなら、逆に向こうの世界に対して、こっちから何か送れたりしませんか? さっきお兄ちゃんの遺書にあったような、連絡……とか」  ゆうが思い切ったように、感動の対価とも言えるのだろうか、触神様へ無茶なお願いをした。 「ゆう、流石にそれは……」  俺がゆうの無茶な要求をたしなめようとした瞬間、触神様はくねくねと動き出した。もしかして、迷っているのか? 「⁉」  五秒ほどあとに、突然、ある画像が俺達の目の前に現れた。そこには、『朱のクリスタル』というタイトルと共に赤く、いや、朱く光り輝く美しい宝石が表示されていた。正確に言えば、クリスタル、つまり水晶と宝石は見た目も密度も異なるが、少なくとも表示されたものは、宝石と同じように見えた。 「宝石……? これが一体……これを探せということですか?」  俺の問いに対して、触神様は肯定した。 「この朱のクリスタルがあれば、俺達から、例えば両親にメッセージを送れるということですか?」  触神様は肯定した。俺は続けていくつか質問し、その詳細を得た。  向こうからは俺達にメッセージを送れない。つまり、コミュニケーションはできない。  送れるメッセージの文字数は限られていて、かなり少ない。でも十分だ。いや、それだけでもとんでもないことだ。 「触神様、本当にありがとうございます!」  俺達は深々と頭を下げ、心からの感謝の言葉を述べた。理不尽を許さないはずの触神様が、俺達のような一度死んだ者に特別待遇を与えるとは……。それとも、既定路線だったとか?   迷っていると思っていたのは勘違いで単なる予備動作とか。触神様にも別の目的があるということか?  そもそも、俺が勝手に理不尽を許さないと思い込んでいただけか?  いずれにしても、ゆうのおかげで新たな目的ができた。俺達の当初の目的と合わせると、『朱のクリスタルを探しながら、レベルアップしてスキルツリーを完成させる』ことが俺達の目的となる。 「ゆうもありがとう。何と言うか……吹っ切れたか?」 「うん。お兄ちゃんに言えないことは、あたしが言う。それが今のあたし」 「流石、俺の妹のゆうだ。頼もしいよ。でも、調子に乗って突っ走るなよ」 「はーい」  ゆうのこんな笑顔は久しぶりに見た。俺は目頭が熱くなりつつも、嬉しくて笑みがこぼれた。 「……触神様、もう少しだけ質問させてください。俺達を轢いた人は生きていますか? ……ふむ、生きていない、と……では、その人もこの世界に転生しましたか?」 「あー、それもあるのか」  ゆうは感心したように何度も頷いた。触神様は否定した。それはそうだ。触神様がそんな理不尽を許すはずがない。 「触神様は転生者を全て把握できるということですか?」  触神様は肯定した。また、これまでにこの世界に転生してきた者はおらず、転生してきた者が今後いたとしても、触神様からは教えられないとのことだった。他に転生者がいた場合は、そのためのスキルを早い内に考案する必要があったが、今のところは不要であることが分かった。  さて、これでスキルツリー作成『準備』のための質問を一通りし終えた。  では、スキルツリー作成のための質問とは何かだが、タイプやスキルの過不足があった時にその許可を得たり、スキル説明に問題があったりした場合の変更許可だったりだ。  ここからは、ようやくスキルをツリーにマッピングしていくが、時間を使いすぎているので、俺達のタイプにレベルの低い順から二つ先のスキルをマッピングして外界に戻ることにする。  その内の一つが、今回のレベルアップで取得できるスキルだ。『触手の嘆き』は初期スキルなので含まれない。残りは次回以降だ。触神様も了承してくれた。 「まず、俺達のタイプを体形と初期スキルから『触手体リーダータイプ』とする。通常の『触手体タイプ』も作ろう。この二つのタイプ間で、ツリーの違いはないので、以降は、『触手体タイプ』として話を進める。  レベルアップした現在、取得できるスキルは、触手の基本から『触手数増加』が良いだろう。ただ、他のタイプにも適用でき、元は低レベルで取得できる『体形変化』と内容が被っているから、これを分解する必要がある。  なぜなら、『体形変化』は触手ではなく、本体の形が変化するものだが、俺達は触手が本体であるため、そのスキルは汎用的になってしまい、例えば手を二本伸ばすと、それが『触手数増加』を含んでしまう。 『体形変化』を触手体タイプにマッピングしないようにした上で、『伸縮』『膨張』『部分変形』『自由変形』に分解し、『触手数増加』『伸縮』を同列に並べる。これらは、互いに繋がっていて、いつでも取得できるものとする。 『膨張』『部分変形』『自由変形』は『伸縮』の先に配置し、触手体タイプ内でサブタイプ『変形体タイプ』として分岐する。『自由変形』は、かなりあと後に取得できるスキルとなる。  それから、次に取得できるスキルだが、攻撃系か隠密系か捕食系かの共通スキルが良いと思う。攻撃系なら『弱毒液』『弱酸液』、隠密系なら『短透明化』『短縮小化』、捕食系なら服だけを溶かす『溶繊維液』が候補かな。共通スキルとは、どれかを選んだら、残りはあとで遅れて取得できるスキルだ。触神様、問題ない場合は丸をお願いします」  触神様は○を作り、肯定した。 「触神様、それでは、ありがとうございました!」 「ありがとうございました!」  俺達は、お辞儀をしながらお礼を言い、外界に戻った。 「どうやら無事のようだな」  俺は周囲と体を見回し、触神スペースにいた間に外敵から襲われていなかったことを確認した。  また、すぐに表示フェイズに再度行き、ツリー上の『触手体リーダータイプ』と『触手の嘆き』『触手数増加』が光り輝いていることを確認した。 「触神スペースにいたのってどのぐらい? 三十分もいなかったよね。ってことは十八秒以下だから、かなり余裕ありそう」 「本当は、それを利用して、ピンチに陥った時に十分な思考時間を得るために、顕現フェイズまで行って、対策を練るみたいなことはしたかったが、そこに行けるのはレベルアップ時だけだからなぁ。そうならないようにするしかない。  それじゃあ、『触手数増加』を早速試してみるか」 「おっけー。」  本番でいきなり使用するなんて怖いことはできない。検証と練習は大事だ。俺達は少し開けた場所に移動した。 「『触手数増加』、レベルと同じ数以下の触手を増やすことができる。俺達はレベル二だから、俺達含めて三本まで増やせるはずだ。ゆう、マックスまで増やしてみてくれ。頭の中でスキル名と増やす数を言って、それでダメなら声に出すってことで」 「おっけー。…………って、ええ⁉」  ゆうはスキルを使用した直後、驚きと戸惑いの声を上げた。そこには、俺達と全く同じ触手が二本、分裂したかのように現れた。俺達と増やした触手は繋がっていない。 「まあ、こうなるよな……」 「なんか、イメージと違うんだけど。あたしに手が生えるみたいなのを想像してたんだけど。っていうか、お兄ちゃんそう言ってたよね?」 「いや、おそらくそれもできる。多分、これがデフォルトなんだろう。でも、説明通りだろ? 俺達は触手なんだから、『俺達』が増えるってことだ。つまり……」  俺は増えた触手を自分の意志で動かした。片方ずつ、あるいは両方同時に。あえて、今の場所から見えないほど、遠ざかってみたりした。 「これはすごいな。視界を切り替えられるし、別々の視界を同時に見ることもできる」 「え……うわ、ホントだ。いや、すごすぎない? ってか、切り替えむずっ! 同時見も訳分かんない」 「頭の中に三個の小さな丸を横に並べると良い。リモコンのチャンネル操作みたいに。同時操作は同時押しの感覚。視界は縦か横に三分割。小さいウィンドウにしてもいい。切り替えはお前の得意分野だろ? 俺より上手くなるはずだ」 「分かった。ありがと。やってみる」  しばらくすると、ゆうも複数操作や複数視界に慣れてきたようだ。まだまだ試すことはある。 「増やした方の触手を一本だけ残して、他は消してみる。ゆうは驚かないように」 「おっけー。」  俺は宣言通り、一番遠くの『俺達』を残し、元の『俺達』ともう一方の増やした『俺達』を消した。  どうやら、成功したようだ。それぞれの場所に行っても『俺達』は残っていなかった。しかし、『俺達』はここにいる。 「ねえ、お兄ちゃん……これ、チートじゃないの?『体形変化』みたいに分解した方が良かったんじゃないの?」 「うーん、何とも言えないな。触手体タイプの基本と言えば基本だし。手だけ伸ばすと、さっき言った通り『体形変化』だ。サブタイプ分岐もあるから、それとは絶対に一線を画さなければならない。  つまり、触手体タイプにとっては、現状で他に本数を増やす手段がないんだ。かと言って、あとで取得できるスキルにすると、生まれたてでもないのに、触手っぽくないまま、図体だけ長いままで、長い時間を過ごすことになり、触手としてのアイデンティティが崩壊する。ならば、説明に色々と例外を記載するかというと、それは冗長すぎて、スキルやツリーのデザインを損なう。一応、デメリットはあるから、そこまででもないさ」 「デメリットって……怪我するリスクが高くなるとか? メリットの方が大きくない? 経験値とか倍数になったりするんじゃないの?」 「まず、デメリットについては、その通りだ。実質、表面積が増えるようなものだからな。別々に動かした場合は、その全てに注意を払わなければいけない。  傷付いた触手を消した場合にどうなるかは、リスクがあるから今は検証しない。その時になったらだな。そもそも、一本が傷付いたら全ての触手が傷付くことになるかもしれない。  経験値については、検証してみなければ分からないという前提で言うと、数を増やしてから体液を摂取した場合は、同一対象経験値取得限界の法則から、増やす前と変わらないと思う。  複数人同時の場合は、時間短縮にはなるが、それぞれの作戦通りに実行する必要がある上に、別々の視界での同時操作が難しい。同じ場所にいるなら視界を気にせず動かせるが、それで得られる経験値は同様だろう。  だとすると、俺が考えるこのスキルの裏のメリットは、監視範囲の拡大、移動時間短縮、事前配置からの瞬間移動で、いずれも先のデメリットがあるので、チートではない、という結論だ。結構よくできてると思う。  これが例えば、式神のように、視界共有で自由に飛ばせて、自分との位置を入れ替えられたり、やられてもノーダメージ、みたいになると、低レベルではチートと言える。高レベルならあり得るが」 「なるほどねー。まだ試すことあるよね?」 「ああ。続けよう」  俺達は『触手数増加』の検証を続けた。同時に、スキルの使い方についても確かめた。  自分達から離れた場所に触手を増やすことはできなかった。必ず自分達から分裂するように増える。  触手を手のように増やせるかを試したところ、一本増やすとアルファベットの『H』のように、二本増やすと『王』を横にした形のようになった。いずれも縦軸が俺達で、真ん中でそれぞれ繋がる感じだ。かなり具体的なイメージがないと、そのような形にならず、分裂状態になる。繋がって嬉しいことは、あるにはあるが状況が限られるので、基本的には分裂状態になった方が良いだろう。  スキルについては、ゆうが最初にやったように、内容をイメージできなくてもスキル名を脳内で言えば発動できる。内容を具体的にイメージできれば、スキル名を言わなくても発動できた。  二人が同時に声で発動させようとした場合は、言い終わるのが早かった方、さらに、別々の本数を増やすように指定した場合は、本数の多い方が優先された。俺が触手を増やしたら俺しか消せないみたいな権限を設定できたり、間違って消さないような保護状態にできないかと試したが、それはできなかった。お互いに気を付けるしかない。  とりあえず、基本的には俺がスキルを操作するように、ゆうと取り決めを交わした。 「スキルの検証は、こんなところか。取り決めについてだが、行動方針も決めておいた方が良いと思う。例えば、女の子を襲う場合とか。  イリスちゃんの時は、一つの作戦としての行動だったし、何をやるべきで、何をやっちゃいけないかが曖昧だった。できるだけ苦しませないという思いは一致していたが、『じゃあ何のために?』ってことを決めたい。  結果的には問題なかったものの、それを決めておかないと、暴走して、喧嘩にもなって、俺達のためにならないし、ひいては女の子を悲しませることになる」 「うん。それだけは避けたい。まずは、お兄ちゃんの意見聞かせて。色々考えてるんでしょ? その後に、あたしなりの視点で付け加えたり、文句言ったりするから」  こういう時のゆうの意見はいつもありがたい。俺だけだと男視点もあって絶対に偏るし、ゆうは思考放棄のイエスマンでもないので、ツッコミが鋭い。思考速度も速いから、ツッコミのなかった所は問題なしとして、議論もすぐに終わる。 「触手になった現在、俺には大目的がある。触手で女の子を幸せにすることだ。  では、触手と人との関係における幸せとは何かと言うと、『この触手になら何をされてもいい、むしろありがとう、と笑顔で心から思えること』と定義する。妥協や諦めの気持ちではないってことだ。  さらに言えば、できるなら最初から最後まで、他者から見てもそうだと思えるようにしたい。最初っていうのは当然無理だから、早い段階でと置き換えてかまわない。だから、イリスちゃんは俺のこの考えから見ても最高だったんだ。あの年齢にして、ほぼ最速で境地に至った。俺が人間ならそれを称えて彼女を抱き締めて、通報されていることだろう。  それはさておき、このことから、女の子が喜ぶこと、好かれることをし、可哀想なこと、嫌がることはしないことにする。  また、周りからは、気持ち悪く見えないようにして、逆に羨ましいと思えるように、できるだけシンプルに体液摂取を試みることにする。  一方で、俺達は触手だ。人間だった頃の考えで行動していると、危険な目に遭う恐れがあるし、どう取り繕っても女の子を襲っていることに変わりはない。そこに迷いがあると判断が鈍る。  したがって、簡単ではないだろうが、人間だった頃の常識を捨てることにしたい。とりあえず、以上」 「あたしの意見は三つ。女の子が望まない限り、できれば痛みも与えたくない。仮にそのあと、気持ち良くなるとしても、怖いと思うから。何言ってるか分かるよね? 多分、あたし達なら、将来取得できる触手の能力を使えば、痛みを与えずに幸せにできると思うんだよね。  二つ目、女の子の体を最後は綺麗にしてあげたい。せっかく触手で、女の子の体液を摂取できるんだから、女の子が分泌してくれた体液を無駄にしなければ、女の子からも『私の体液全部吸ってくれて、体を綺麗にしてくれてありがとう』と思ってもらえるかも。これはお兄ちゃんのキモい考えも汲んだ意見ね。過剰摂取が無意味なのは分かってる。  最後三つ目、もう少し対象を広げてもいいんじゃないかと思った。あたし達の能力で、理不尽な目に遭ってる人を幸せにするとかさ。偽善で傲慢かもしれないけど……でも、どうせ『自己満足』でしょ?」  独自の視点で、俺には思い付かなかった考え、あるいは効率優先で排除した案を、ゆうが挙げたのは流石だった。特に最後の意見は、ゆうらしい。  俺も、せんじゅさんやめぐるさんと会ったことにより、誰かをなりふり構わず助けようとしてみたいという憧れは芽生えていた。  また、触神様が理不尽を許さないように、その代わりと言ってはおこがましいが、俺もそういう場面に遭遇したら、何とかしたいと思っていたものの、リスクがあることに加えて、俺にできるのだろうかと二の足を踏んでいた。  ゆうには、せんじゅさんとめぐるさんのことをまだ伝えていないにもかかわらず、すぐにその考えに至れるのは素直にすごいと言える。本当に優しいな、ゆうは。また、引っ張ってもらった。 「ありがとう。その意見は全て入れ込もう。ルール化する時は、多少汎用的な物言いになると思うが、俺達の間で詳細が共有されていれば問題ない。じゃあ、まとめるとするか」  こうして、『俺達兄妹が女の子(例外有)を幸せにするために守るルール』ができあがった。  色々なことがありすぎて、長くもあり短くも感じた四日目の夜、この世界に来てから、俺は検証以外でようやく十分に眠ることができた。  眠る必要がないのに、眠りたくなったのは、新しい一歩を踏み出せた達成感で、一区切りつけたかったからかもしれないな。  五日目の夜、俺達は再度イリスちゃんの家の屋根にいた。 「イリスー、おしっこ行ってきなさーい」 「あの……多分、長くなるから」 「分かった。ちゃんと拭いてきなさいねー」 「はーい」  俺達は、彼女の返事を聞いてから、仕切り板まで移動した。彼女が裏口のドアを開けて出てくると、横から顔をひょこっと覗かせた。彼女は俺達に気付いて、黙って笑みを浮かべた。  服の色合いは昨日と同じ赤色で、デザインが違っていた。この色が好きなのかな。すでに、俺達と会う布石は打っているので、多少時間が長くなっても、両親には不審に思われない。俺達の存在も秘密にしているようだ。  やはり、俺達が見込んだ女の子だ。チートスキルでも持っているのかと思って確認してみても、持っていないようだった。単に他の触手と邂逅していないだけの可能性は高いが。  彼女がトイレスペースまで来たところで、俺達は彼女の首に引っ掛かるように、後ろから前にぶら下がり、両頭を持ち上げて、彼女の顔と向き合った。  成長後の俺達の体重がどれほどかは分からないが、重く感じているようには見えなかったので良かった。 「蛇さん、あの……お、大きい方も大丈夫? 大丈夫だったら、右のほっぺを二回舐めて、そうじゃなかったら、一回だけ舐めて」  イリスちゃんは、俺達にしか聞こえない微かな声で、恥ずかしそうに質問してきた。  それに対して、ゆうは、イリスちゃんが『わざと指した左頬』を無視して、彼女の言葉通り右頬をペロリペロリと大きく二回舐めた。 「すごい……やっぱり分かるんだ……」  イリスちゃんは静かに感嘆の声を上げた。イリスちゃん、君の方がすごいよ、天才か?   言葉を交わせない生き物が自分の言葉を理解しているか、さらに自分の希望を伝えつつ、敵意がないことを確認するための方法としては、簡潔で最適だ。ただ、俺達は蛇じゃなくて触手だけどね。 「お兄ちゃん、あたし、この子のこと絶対に幸せにするから」  ゆうが強い決意を込めたプロポーズをなぜか俺に宣言した。まあ、俺も賛同するよ。 「じゃあ、念のためここでするね」  イリスちゃんはトイレの定位置に下着を下ろしてしゃがみ込んだ。俺は触手を二本増やし、前後両方に配備させた。下半身は俺の担当だ。  流石に三本は重いと感じるかもしれないので、後ろの一本は、片方を仕切りの縦の小口に吸着させた。イリスちゃんは、俺達が成長して体長が大きくなったことや、本数が増えたことに全く驚いていない様子だ。それも想定済みってことなのか? 「い、いくよ……。んっ……!」  ゆっくりと俺の口の中に温かいものが入ってくる。俺は、全部丸呑みするつもりで、吸い付いた口はそのままに、舌をうねらせて、随時奥へ送り込んだ。  この時点ですでに、俺はあまりの美味さに頭がボーッとしていた。舌が少し触れただけで、その感触と味が病みつきになり、いくらでも食べられそうに思える。  最高に甘みがある果物、例えば、食べ頃のメロンを口に含んでいるようで、早く咀嚼したいのにもったいないと感じるもどかしさと期待感を覚える。焦っちゃだめだ。 「ん……ふぅ……」  イリスちゃんが一区切りついたところで、続けざまに聖水が前の俺の口に流れ込んできた。触手を同時操作しているということは……味覚も同時に感じるということだ。 「あ……あ……」  俺は情けない声を出していた。いや、出していたことに気付かなかった。  これは美味しさの暴力と言っても過言ではない。まだ、咀嚼していないのに、飲み込んでいないのにこの状態だ。俺はあえて聖水を飲み込まずに口に溜めておこうと考えた。本当の意味で同時に味わってみたかったのだ。 「ふぅ……終わったよー」  イリスちゃんが俺にささやき声をかけた後、残りの触手を使って前後どちらも全て吸い尽くした上で綺麗に舐め取った。その際、わずかではあるが、三種類の味になっていた。この短時間で、ゆうが上半身で何をやっていたかは大体想像がつく。  それはさておき、俺はついに、舌と喉に鎮座しているものを、これまでと逆に歯の方へ送り出し、噛みしだいた。それと同時に、もう一本の口に含んでいた聖水を少し飲み込んだ。  その途端、脳が痺れたと思うほどの感覚が俺を襲った。俺は食の楽園にいるのだと錯覚する。こんなに美味いものをまだまだ食せる喜び。単独で食しても美味いのに、合わせたらその何倍も美味いのは、物理法則に反しているのではないか。単純に考えて、果物とスープを同時に口に入れたら、不味いのは明らかだ。なのに、なんで美味いんだよ……。  簡単だ。果物とスープじゃないからだ。訳が分からなくなりすぎて、悔し涙すら流せそうな感情が押し寄せてくる。一回噛むと、各層ごとに食感が異なり、食感が異なるということは、それぞれ味が異なり、噛む度に複雑な味になっていく。それを脳でそのまま理解したり、時には紐解いてそれぞれの味を楽しんだりできる。  そこに聖水が加わると、味の染み込む所とそうでない所ができて、より複雑さを増し、全く違う味の表情を見せる。当然その全てが美味い。味のコラボレーションを超えた、味の昇華、サブリメーションだ。ちなみに、聖水は昨日と味が違う。イリスちゃんの食べた物やその時の状態によって味が変わるからだ。一生楽しめるじゃないか。  しかし、初回に言った通り、残念ながら人間ではこれを味わえない。味わうどころか、抗生物質漬けの入院、死亡コースだ。絶対に真似しないように。 「こっち行こうか」  用を足したイリスちゃんは、裏口とは反対の仕切りを超えた先の家壁に進み、前と同じく背を預けた。  今回は時間に比較的余裕があり、母親から声をかけられてもすぐに反応する必要がないので、前回とは違って、ドアを開けられてもバレにくい反対方向に来たのだろう。多分、反応できなかった時の言い訳も考えてるんだろうな。 「こうして……立ってればいいかな?」  イリスちゃんは自ら下着を膝上まで下ろして、両手を少し広げた。どれだけ物分かりが良いのか。  今回の彼女は微塵も怖がっていないので、初回のように恐怖を取り除く必要はないのだが、ノーリスクで体液を摂取させてくれた感謝も込めて、俺達は彼女の身体に体を這わせた。 「は……ぁ……」  俺達は、二本の触手をイリスちゃんのまだ肉付きの少ない両脚の付け根に巻き付けたあと、正面側に出て、そのまま両肩まで上って、後ろから両腋を前に潜り、ゆうの頭がイリスちゃんの服の襟から正面に出るようにした。  すでに、イリスちゃんの上の服はボタンが外されていた。ゆうがトイレにいる間に突っつくなどの指示をして外させたのだろう。  もう一本は、正面から股を通り、同じくゆうが彼女の顔の正面に、俺は臀部側に行き着き、右脚の一本は正面、残りは臀部を見られるようにした。  彼女は、まだ少しくすぐったいようではあるものの、その声からは明らかに別の感覚が開発されているのが分かった。  ゆうは、彼女にキスをして口の中に入っていった。残りは緩んだ上着の襟から中に戻り、腋に体を擦り付けながらも、両胸を優しく舐めているようだった。イリスちゃんもそれに合わせて、上半身をくねらせると共に、下半身を前後に動かし始めた。  俺は、前回と同様に彼女の動きと反対に動き、できるだけ刺激を増幅してあげたり、吸着率を変えて不規則な刺激を与えたりしたところ、彼女はその度に抑えられない声を漏らしていた。  俺はその間も、二本の触手でプリプリの両臀部に吸い付き、色々な方向に引っ張ったり、もう一本の触手は下腹部を舐め回したりしていた。 「ん……あっ……! こ、声……出ちゃう……よぉ……」  ゆうはずっと彼女の口に頭を入れているわけではないので、その時に刺激されると、ちょっとだけ大きめの声になるようだ。多分、家の中には聞こえていないはずだ。  しかし、イリスちゃんは、その声で今の恥ずかしい姿がバレるかもしれないという緊張感と、そのドキドキを味わう興奮とが入り混じり、目は虚ろ、口は開けっ放しで涎が垂れ、放心状態なのに、下半身は一心不乱に激しくグラインドしているという、奇妙な光景になっていた。  いや、待て。この子なら、『声出ちゃう』なんて、必要のない言葉をわざわざ声に出すことはないんじゃないか?  ということは、あえて緊張感と興奮度を高めつつ、さらに少しだけ酸欠状態になることで快感が増すことを知って、ゆうに口を塞ぐよう促しているのでは……。  この世界に転生者がいないことを触神様に確認していなければ、確実にイリスちゃんを転生者だと断定していただろう。俺達はとんでもない性欲モンスターを生み出してしまったのかもしれない。責任は取る覚悟だ。 「蛇さん……おしっこ……また……出る……かも……」  少しばかり時間が経過したあとで、イリスちゃんは俺達にアラートを出した。  俺はすぐに前側の一本の口を大きく開け、股に吸い付かせた。どうやら、そこはすでに水浸しになっているようだった。俺は、排泄を促すように、舌を素早く何度も動かした。 「ぅ……ん……んっ……あっ……あっ‼ …………はぁ……はぁ……は……ぁぁ……」  昂ぶった頃合いを見計らって、舌の吸着率を上げて、擬似的に優しく引っ掻くようにしてやると、イリスちゃんは大きく体を震わせて、家の中に聞こえるか聞こえないかギリギリの大きさの声を上げた。  それと共に、俺の口に水滴がピュピュっと落ちてきて、その後にじわっと溢れるように俺の舌に垂れてきた。  これまでの味とは全く違う。喉がすでに潤っていたのにもかかわらず、砂漠に水を垂らした時のように、俺の喉に潤いが広がると同時に瞬時に吸収され、それをまた渇望する。  もっと、もっと、と先にあるオアシスに舌を伸ばす。何も考えられないのに、舌だけは本能的に潤いを求めて動き回っている。俺の舌ではないみたいだ。  気付けば、もうそこに水はなく、俺の体に微量に付いたものも舐め取り終わり、もっと味わっておけばと後悔したが、おそらくどんなに頑張っても自分自身を抑えられなかっただろう。  今の俺の状態は、美味すぎて半狂乱になったと言っても過言ではない。口に含んだ時の爽快感や満足感は聖水に似ているものの、後味を含めた多幸感が、まるで異なる。最初にこれを味わっていたら、その瞬間に俺は絶頂して、死んでいたのではないかと思えるほどだ。 「イリスちゃん、最高にかわいかったよ」  ゆうは、目から溢れた涙や、垂れた涎を全て舐め上げ、事後のピロートークのように優しく声をかけた。イリスちゃんは完全に壁にもたれかかり、上を見上げて、呼吸をゆっくりと整えようとしていた。  俺達は、汗も含めて残した体液はないか確認するため、彼女の体を軽く一周した。 「私、蛇さんとゆっくりお話ししてみたいな……文字は書ける? 明日、お昼ご飯食べたあとぐらいに森に行ったら会えるかな?」  イリスちゃんの希望と問いかけに、ゆうは右頬を二回舐めた。  俺達にとっても情報収集になるので、ありがたい。特にイリスちゃんなら、一を聞いたら、十教えてくれそうだ。 「どっちも大丈夫ってことだよね。ないと思うけど、もし、私が行けなくなったら、裏口に『N』の印を置いておくね」  本当に彼女の賢さには驚くばかりだ。俺達は彼女の体から下りて、お互いに手を振りながら、その場を後にした。 「よし。それじゃあ、別の家に行こう」  俺達は森に戻ってから五分間待機し、レベルアップしないことを確認して、次の行動に移すことにした。  一応、それまで増やした触手は消さなかったが、仮に三倍の経験値を得られていたとしたら、またレベルアップしてもおかしくなかったはずだ。もちろん、正確な上昇量が分からないので、完全な検証になっていないことは承知している。  とは言え、初回とは状況は変わっていたし、そこまで経験値の減衰はなかったんじゃないかと推察していたので、七割程度なら三倍して二人分の経験値が得られていることになるが、結局のところ何も起こらず。  いずれにしても、淡い期待は捨てて、作戦を練った方が良いことは明白だ。 「まだ寝てないと良いけど……あっ! 明かり見えた!」  ゆうは、目標とする家の窓から漏れる蝋燭の明かりを発見し、声に出した。  この長さになってからは、二人とも前を向きながら移動できるようになったので、俺が先導役ではあるものの、ゆうは前を向きたがる。それはそうだ。後ろ向きに進むのは怖いからな。それでも、後ろの警戒は怠っていないようなので、問題はない。 「少し急ごう」  俺達は、少ない機会を逃さないように、暗闇での歩を早めた。 「取得するのは『短縮小化』にしよう」  俺達は、イリスちゃんの次の候補の女の子から摂取を終え、森に戻ってきていた。  イリスちゃんの時と同じような方法をとったが、あの子は俺達のことを秘密にするだろうか。安全な場所に着いて待機していると、体長が三メートルに伸びていた。これで、一レベル毎に一メートル伸びることが分かった。  確認後すぐに、顕現フェイズに移行し、ツリーを目の前にして俺は取得するスキルを決めた。 「『短縮小化』、触手ごと自身の体を五分間だけ小さくする。最小は十センチメートル。体重も合わせて軽くなる。時間経過後は五分間小さくなれない」  俺は、仮にではあるが、触手体タイプの枝をすでに完成させていた。後は実践で適切かどうか確かめていくだけだ。  他のタイプの枝も同様に完成させたが、おそらくもうほとんど動かさないと思う。動かすとしたら、触手体タイプとの整合性を取るためだろう。うむ、我ながら仕事が早い。  では、研究本を作成する際に、何に時間がかかるかというと、それを文章化する作業だ。俺の脳内のロジックと、誰もが納得できる理由を分かりやすく表現する方法と文章にいつも頭を痛めていた。  今回、触神様には、その文章をツリー内に残せるようにしたいとお願いした。そうでなくては研究にならず、結果のツリーだけ見せて共有しても、その意味を理解できずに間違った運用をしてしまい、俺達の活動が何の意味もなくなってしまう。この機能を『スキルノート』と呼ぶことにした。仮のスキルツリーについては、触神様も了承済みだ。 「隠密系で行くってことだよね。『短透明化』にしない理由は?」 「『短透明化』はいずれ取得するが、まだその時ではない。将来的に俺達は人のいる所を頻繁に移動して獲物を見つけるスタイルになるはずだから、レベルアップ毎に伸びるこの図体を少しでも隠さなければ、リスクなく人と接触するのが難しくなってしまう。  透明化では、狭い場所を通り抜けられなかったり、待機するための場所を確保できなかったりする場合が多いだろう。  また、『短縮小化』は今後取得できるスキルと合わせれば、良い立ち回りが早くできるようになるのも利点だ。特に、次の次で取得できる共通スキル『触手の尻尾切り』と相性が良く、敵から逃げやすくなる。 『長縮小化』はまだ先だが、優先して取得したいスキルだから、隠密系をどんどん伸ばしていく。そうすれば、効率的に探索できて、レベルアップもしやすくなり、攻撃系スキルにも手を伸ばせる。 「なんかそう聞くと、触手体タイプにとっては、スキル取得の順番がほぼ一択のように思えるんだけど、ツリーの意味ある?」 「そう感じるのは、この世界での俺達の成長と経験値の仕組み、そして俺達のスタイルが大きく影響しているからだろうな。  普通の触手は女の子だけを襲うわけじゃない。冒険者の男に加えて、虫や動物、モンスターも対象だから、人里のど真ん中に降りる必要がなく、罠を張って自分の縄張り内に滞在していればいい。  その中で、自分からどんどん攻めていきたいスタイルの触手体もいるはずだし、変形して文字通り柔軟性を高めるスタイルの触手体も十分いるだろうと俺は思う。そして、それはこの世界やこの時代に限る話ではないということだな。あくまで汎用的なツリーを作っているのだから。  俺達は一例に過ぎないが、他に誰も作る人がいないので、最初にどれだけ想像を膨らませて、汎用性を高められるかが重要だ。今後の触手体達のためにな。だからこそ、俺達は『触手体リーダータイプ』なのさ」 「分かった。ありがと。でも、言い方が……うざ。」  とりあえず、今回は時間があるので、触神様に前回聞けなかった質問をしたところ、『朱のクリスタル』の他にも別の色のクリスタルがあるかは教えてくれず、クリスタル以外の他に特殊な力を持つ物質があるかについても秘密だった。  今回で、スキル以外の触神様への質問は終わりにするつもりだ。 「ねえ、お兄ちゃん。早く魔法使ってみたいんだけど、魔法スキルの取得がかなりあとなのって理由あるの?」 「ああ。触手が魔法を使うのはかなり特殊だし、最初から獲物を捕らえる能力に優れているため、どこかを掴んだ瞬間、そこから魔法を直接叩き込めて、強力な武器となる。  したがって、低レベルではチートスキルだ。それでは、逆に魔法使いにはどうやって対抗するかだが、共通スキル『弱魔法反射』を用意してある。無限に何でも反射できるわけではなく、強度あり、回数制限あり、使い切ったらクールタイムありだ。今の俺達からはもう少し先に取得できるスキルだ。ちなみに、魔法反射は魔法で反射しているわけではないので魔法スキルではない」 「そうなんだ……。式神の例でもあったけど、低レベルチートスキルの概念がまだ分かんないよ……」 「それじゃあ、外界に戻ったら教えよう」  俺達は触神様にお辞儀をして、外界に戻った。 「さて、低レベルの定義を、最大レベルの一割から、多くて二割ぐらいまでとしようか。その低レベルにあるという前提で、俺がこれから挙げる条件に一つでも当てはまったら、低レベルチート行為または低レベルチートスキルだ。  弱中強などの段階を踏まずにいきなり強力な能力を得る、  個体属性に全く関係ない能力を得る、  全ての属性を扱える能力を得る、  リスクや制約がなく無制限に使用できる能力を得る、あるいはメリットがデメリットを大きく上回る能力を得る、  発動に時間がかかるものを即時発動できる、  他の能力の多くを内包する能力を得る、  他の能力を得るための超効率化能力を得る、  他者の能力を完全に無効化する能力を得る、  他者を大きく出し抜く能力を得る、  低レベルを維持したまま自分だけ能力の限界を突破する、  世界で自分だけしか使えない能力を特別な理由なく、または偶然得る。  こんなところか。少し重複した内容もあるが、分かりやすさを優先した。ちなみに、転生無双系ファンタジー作品の主人公は全員、これらの低レベルチートに当てはまっている」 「ちなむねぇ……。確かに、ツリーでもそういう風に配置されてるし……あたし達が今持っているスキルは当てはまってないか……。触神様にもらった『触手の嘆き』も、ちゃんと理由があって、個体属性には合ってるし、そこまでのメリットはない……。じゃあ、あたし達の強靭な体は?」 「それも合理的な理由があると思う。俺達が触手として会話できることを前提として、その手段を考えた時に、体内に人並みの脳を埋め込むわけにもいかず、触神スペースを経由するしか方法がなかった。そうなると、感覚や生理現象を外界と分離せざるを得ず、だからと言って、脳とコミュニケーションできないのに体を勝手に不健康な状態にはできない。  ただ、最低でも味覚だけは、現在の状態にしないと、触手として生きる動機やアイデンティティを失うことになるから、少し特別になっている。  触手体の移動も関係していて、その度に体に傷をつけていてはまともに生きられず、それらの整合性や物理現象を成り立たせるには、触手の体の方を頑健な状態にするしかなかった、というところだろう。  素晴らしい采配と生命体創造だよ。それもあって、触神様は論理的に物事を考え、理不尽を許さないはずだと俺は思ったんだ」 「なるほどねぇ……完全に理解した」 「それじゃあ、『短縮小化』を検証して寝るか」  こうして、五日目の夜が過ぎた。



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