俺達と女の子が特殊雑談して大臣候補を推薦する話

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 二十八日目。  午前中は、ユキちゃんの研究の続きと、シンシアによるコリンゼの騎士団長研修が行われた。ユキちゃんは、今日中に魔法創造を終わらせて、明日の叙爵式終了後の午後にでも、魔法生物を助けに行くつもりらしい。シンシアは、コリンゼへの教育を特段急いでいるわけではないが、お互いの時間を無駄にしないように行動すると、明後日中には引き継ぎも教育も自然に完了することになるらしい。  そうすると、シキちゃん捜索への出発は、早くて三日後の午後か。その午前には、朱のクリスタルと対面だ。何があってもいいように作戦を練っておかないとな。  シンシア達が昼食を終え、パルミス公爵の部屋に俺達も行くとしたらどのような方法があるかを話していたところ、警備兵からドアをノックされた。どうやら、ウィルズが到着したらしい。  シンシアが正面扉まで出迎えに行くことになっているが、俺達は話していたことを試すべく、触手を増やした上で、シンシアの左手に収まるぐらいまで縮小化し、外から見えないように手を軽く握って、手のひらで完全に包み込んでもらった。  シンシアは、城内では外套を羽織ってないから、他に隠れる場所がないんだよな。だから、彼女が単独行動で、かつ俺達が透明化せずに付いていく場合はこうするしかない。胸の谷間に隠れる方法も考えられるが、それだと外の様子を気軽に伺えない。仮に握りつぶされても、『触手の尻尾切り』で安心だ。  シンシアが正面扉に着くと、待っていたウィルズから挨拶してきた。 「ご無沙汰しております。本日は、お招きいただき光栄です。騎士団長になってからは初めてお会いしますね…………」 「こちらこそ光栄です。…………どうかしましたか?」  シンシアは、挨拶直後のウィルズの様子が気になったようで、彼に質問をした。 「いえ、どことなく私の尊敬する人に似ていたもので……。申し訳ありません」  ウィルズはカレイドの面影をシンシアに見たようだ。 「そうでしたか。あなたからそのような話し方をされると、何だか不思議な気分になりますが、今は騎士団長として接しましょう。  ……それでは、ウィルズ。今日は、エトラスフ伯爵の長男、『フィンス』と一緒に、手紙に書いた通り、パルミス公爵に会ってもらう。詳しくは彼が来てから話そう。おっと、ほとんど待つことなく彼が来たようだ」  どうやら、フィンスが到着したらしい。 「ご無沙汰しております。最後にお会いしたのは十年ほど前でしょうか。あなたの素晴らしい勇姿は父からよく聞いております」 「ご無沙汰しております。今日は騎士団長として接したいと思います。無礼な口調をお許しください。  こちらは、ウィルズ。二人は会ったことはあるな? まずは、騎士団長室で話そう」  伯爵の息子より、騎士団長の方が偉いということか。貢献度から見れば、当然と言えば当然だが、この世界では伯爵の息子は子爵扱いになっていそうだから、シンシアの話し方から、騎士団長は伯爵と子爵の間ぐらいの地位か。  シンシアが来訪応対者記録用紙に記入を終えると、三人は騎士団長室に向かった。部屋に入ると、荷物を置いた二人とシンシアがソファーに向かい合って座った。ユキちゃん達は寝室にいる。  フィンスさんの容姿は、ウィルズを優しくした感じで、体格は父親に似て、がっしりしている。そして、ウィルズよりも明らかに年上だ。その第一印象は、政策を熱く語るようには見えなかった。 「寝室から声が聞こえるかもしれないが、ウィルズがパーティーの時に門番をしていた魔法使い、クリスが他の魔法使いと一緒に魔法の研究をしている。あとで紹介しよう。  さて、パルミス公爵に会う前に、注意事項を伝えておく。ただ、全てを話すことはできない。その上で、彼は特殊な会話をするため、それに上手く対応する必要がある、とだけ言っておく。  そして、もう一つ。なぜ二人を呼んだかも詳しく言えない。手紙に書いた通り、パルミス公爵が二人と話したいと言っている、とだけしか言えないんだ。ここから全てを察しながら、この面会を乗り切ってくれ」  制約により十分な情報が伝えられないシンシアの説明に戸惑う二人だったが、先に口を開いたのはフィンスさんだった。 「なるほど。私が呼ばれた理由に心当たりがないか父に聞いても『分からない』と言われたのは、そのような理由があったからですか。父が何も分からないはずはないのです」 「フィンス殿。その場合、エトラスフ伯爵は全てをご存知ということでしょうか。私についても、レドリー辺境伯がシンシア殿に私のことをお伝えしたらしいのですが、つまりは、お二人ともご存知だと」 「おそらくは。ウィルズくん、君はここ数日、城内で起こったことをどれだけ知っている? 情報格差があるといけないから、共有しておこう。これは、私達の将来、いや、我が国の未来に関わることだ。お互いに貢献できることも共有しよう」 「は、はい!」  少ない情報から、自分達に何が求められているか、もう辿り着いたのか。フィンスさんはエトラスフ伯爵との普段の会話からも察したのだろう。それでも、有能であることは間違いない。  ウィルズもフィンスさんの言葉から察したが、その様子から、少し遠慮しているようだった。それまでのこともあり、『なぜ自分が』と言うより、『なぜ自分のような若輩者が』という感じが拭えないのだろう。  二人の情報共有が済み、シンシアの方を向き直した。情報格差については、どちらかと言うと、フィンスさんの方が状況を詳しく知っていて、ウィルズの方はそこまで詳しくないが、最近のことまで知っているという違いだった。つまり、バランス良く共有できたことになる。 「お待たせして申し訳ありませんでした」  フィンスさんがシンシアに謝ったが、時間はそれほど経っていない。精々、三分ぐらいか。 「いや、問題ない。これからパルミス公爵のお部屋に伺う前に、追加で二人に言っておきたいことがある。城に『呼ばれた理由』を言うことはできないが、『呼ばれた意味』なら言うことはできる。この場合の謙遜は不要だ。皆の期待に応えることこそが、二人が呼ばれた意味だ。では、行こう」 『はい!』  シンシアの言葉に、しっかりと返事をする二人。ウィルズも決心がついたようだ。三人はパルミス公爵の部屋に向かった。  パルミス公爵の部屋、宰相執務室は三階にあり、騎士団長室と同じで、執務室と応接室が一体となった部屋らしい。  三人が扉をノックして部屋に入ると、ソファーに案内された。俺達は透明化して、シンシアの左手から抜け出し、天井の梁に移動した。パルミス公爵とシンシアが隣同士で座り、その向かいにフィンスさんとウィルズが座っていた。 「ようこそ、フィンスくん、ウィルズくん。おそらく、どこかのパーティーで会ったことはあると思うが、こうやって話すのは初めてだね。よろしく。  ところで、二人は城に来たことはあったかな? もし、来ていたとしても様変わりしてるかもしれないな。よかったら、城内を見た感想を教えてくれ。今後の改善の参考にしたい。まずは、フィンスくんから」  パルミス公爵の雑談タイムが、もう始まったか。二人がどのような視点を持っているかの確認から入ったようだ。 「はい。私が父に連れられて来たのは、最近では三年ほど前です。至る所が輝かしく見えました。また、城内で働く者達は、その輝きの一方で、真剣な表情で必要な時に必要なことをしっかり行っている印象でした。装飾費用や人件費等の維持費も含めて、城ではこのようにお金が使われているのかと勉強させていただきました。  現在については、ここまであまり見る時間はありませんでしたが、お噂は聞き及んでおります。何と申しましょうか。これまでとは逆の印象になりました。  必要だと思ったところにはしっかりお金を使う。これは例えば食堂のシステムであり、全国適用への足掛かりにもしています。従事者については、やる気に満ちていて、様々なことを率先して行うのではないかと思えました。これらが総合的な戦略に基づいているのであれば、素晴らしいことと存じます」 「私も同様に来城しての感想ですが、別の視点で申し上げれば、以前は定められた規則に従い、即座に働く。現在は、それを踏まえて広い視野で動いているように思いました。  将来的には、その動きに基づいた規則が生まれ、さらに先では、それを予測した規則作りになっていくのではないかと考えております。であれば、一つの組織に留まらず、フィンス殿がおっしゃったように、総合的な戦略が必要となるでしょう」  二人の答えから、フィンスさんは財政や経済関連、ウィルズは法務関連の視点を持っていることをパルミス公爵は確認できただろう。 「ありがとう。もう一つ聞いてもいいかな? 今、食堂の話が挙がったが、その日のメニューはいくつかあって、そこから選ぶようになっているのだが、君達の好きなメニューを選べるとしたらどんな料理を選ぶだろうか。  メニューには例えば、定食、メインの一品料理、サイドの一品料理がある。これは口頭ではなく、紙に書いてもらおうかな。理由も頼む」  パルミス公爵は、テーブルに予め置いてあった二組の紙とペンを、それぞれ二人に渡した。  出たぞ、脈絡があるのかないのか分からない雑談が。もう少し続くようだ。 「なんか、心理テストやらされてる気分だよね。お兄ちゃんなら何を選ぶ?」  ゆうが便乗して心理テストの答えを聞いてきた。 「そうだな。俺なら、一番人気シェフのオススメフルコースかな。当然、メニューには載っていない。  この雑談での『メニュー』は慣習や固定観念、『料理』は一つの組織または政策を意味する。また、『調理師』を国または王、調理師に対する『評価』を国民が望むもの、あるいは国益を意味すると考えると、『フルコース』はそれぞれの連携または調和だ。  したがって、俺の答えは、『慣習に囚われず、各組織と連携し、相乗効果があり、かつ国益となる政策を率先して王に提案し、行動に移す』となる。そうすると、別のフルコースを頼んだり、アレンジを自分で考えて提案してもいい」 「じゃあ、あたしもそれで」 「おい、パルミス公爵の対策を無下にするな。何のために二人に答えを書かせたと思ってるんだ」 「だって、あたし達には適用されてないし。つまり、そういうことでしょ?」 「その通りだ。コリンゼが考えた騎士選抜試験の筆記試験、問四では、それが完全に対策されていた。選択肢から選ばなければ不合格だったからな。しかし、今回は違う。  パルミス公爵は『その日のメニュー』『好きなメニュー』『例えば』と、あえて選択肢を限定しない言い方をわざと示していた。公爵のこれまでの雑談もそうだったが、完全に思考の柔軟性を見ている問いかけだよ。まあ、二人とは初雑談だから、難易度は若干易しくなっているな」 「それでも十分、めんどくさいけど」 「めんどくさい人が何か言ってまーす」 「あ、ホントだ。めんどくさい人だ。女剣士を女騎士と言ったら、早口でツッコんでくる『変態全裸土下座触手同人誌収集家オタク兼泡沫マイナージャンル同人作家シュークン』だ」 「それぐらいにしておけ。その希少種は、泣くと余計にめんどくさくなるぞ」  俺が出ない涙を堪えていると、二人が書き終わったようだ。経ったのは五分ぐらいだろうか。 「それでは、シンシア。二人の答えを見比べて、違っている箇所を読み上げたあとに、共通している箇所を読んでくれ。細かい所は省いてもかまわない。そして、それを読んだ君の意見も聞こう。メニューの話ではなく、通常の意見だ」 「はい。…………。まず、違っている点ですが……ありません。次に共通部分ですが、私の言葉に直して申し上げますと、『選ぶのは、高評価レシピを最も多く考える調理師が、自信を持ってオススメするフルコース料理。その時に合った料理のそれぞれをバランス良く、調和の取れた形式で味わうことができるから。別の日には別のコース料理も選びたい。評価が許されるなら、それを評価し、フィードバックした上で、自分達でも再現やアレンジができないかを検討したい』という回答でした。  私は二人のことを、自信を持って推薦しましたが、まだ見くびっていたようです。正直、パルミス公爵の雑談に、ここまで完全に対応できるとは思っていませんでした。この二人であれば、我が国に多大な貢献をしてくれることでしょう。すぐにでも本題に入ることを提案いたします」  シンシアはそう言うと、手に持った紙をパルミス公爵の前のテーブルに置いた。 「ありがとう。まさか、全て共通しているとはな。それはそれで怖い気もするが、おそらく最適解なのだろうな。私自身が、それほど意識していなかった。今度はもう少し別の意見が出るようにするか……。  まあ、それはさておき、すまなかったね、試すような真似をして。それでは、本題に入ろう。まず、フィンスくんから、君が得意とする分野を念のために聞いておきたい。そして、政策改善案や組織改善案をそれぞれ聞きたい。次に、ウィルズくん。君には、それに加えて、我が国に不足している、あるいは実力を発揮できていないと思う組織を全て挙げてもらいたい。ただし、財務、総務、法務、経済は除いてくれ。分かりきっているからだ。その配下に新組織が必要な場合は挙げてもらってかまわない」 「承知しました。私は、財政と経済を専門に研究しておりました。また、常日頃から、それらを一体化させた方が良いと考えておりました。これまで財務省は、税収さえ上がれば、国益を無視して、予算を絞り、さらには城内での権力をほしいままにしていました。本来必要な経済政策に予算が回らず、それさえ実現できれば、税収は自然と上がるにもかかわらず……。  例えば、国家主導で設備やインフラ投資を行えば、国民に貨幣が行き渡り、人手不足の解消のために給与が上がり、それをまた消費し、経済が好循環します。仮に物価が上昇してしまった場合は、通貨発行量や税率で調整します。  我が国は独自の通貨を発行しており、その通貨を以て税金の支払いとしているため、国内での貨幣流通量を調整できるというわけです。ご存知の通り、国が決め、偽造さえ防げば、金貨より価値がないこの紙でさえ最高額の貨幣となります。それだけ通貨発行権とは大きいものです。共通通貨で、かつ通貨発行権を持っていない場合は、そうは行きません。財政について、ほとんど手がつけられていないにもかかわらず、現在の経済が上手く行っているように見えるのは、過去の財産があるからです。  しかし、調理大臣ご提案のシステムは別です。あれを耳にした時、なぜ経済省主導でそれが提案されなかったのか、部外者でありながら悔しく思いました。それほどまでに、様々な点で素晴らしいシステムだったからです。  国内には様々な課題があります。お金さえあれば、制度設計さえ整えば、長期的な投資やアドバイスがもらえれば解決できる課題があるはずです。それを汲み上げて、国益になるように戦略的にハンドリングする、そのような組織が必要と考えます。したがって、財務省と経済省を合併させ、『財経省』の創設をここにご提案いたします。簡単ではありましたが、私からは以上です」 「私は恥ずかしながら、限られた専門分野を持ち合わせておりませんが、父の仕事を手伝っている間、考えていたことがあります。  それは、一部の法律が十分な機能を果たしていないということです。父が中央と地方の橋渡しをしていたのはこれが原因でもあります。父でさえ対応できなかった案件もあります。  例えば、リベック村の土砂災害です。幸いにも、通りすがりの一人の魔法使いが解決しましたが、村からの災害支援要請が各領主や城に届くまで、一週間もかかっていました。  そして、総務省から許可が出て、領主の護衛団が村に着いた頃には、何事もなかったかのように日常に戻っていたというお粗末な話です。それが災害発生から二週間後というから、手に負えません。  他国から見れば、有事の対応がこの程度であるなら、軍事の統率レベルもたかが知れていると思われるでしょう。もちろん、騎士団長の存在がそれを抑止していることは言うまでもありませんが、だからと言って、そのままにしてよいものでもありません。この場合は、領主判断で部隊を動かせる権限が必要でした。  それには、災害や緊急事態の定義、判断基準、権限の範囲、近隣国民の慈善支援の受け入れ基準等を明確にしなければいけませんが、地方と中央で見解が異なる場合があります。なぜかと言うと、お互いの実情を把握できていないためです。橋渡しとは、それを調整する役割です。法律やルールは厳しすぎてもいけませんし、緩すぎてもいけません。  したがって、法務関連については、法務省配下にそれを審議するための第三者的組織、『法制審議委員会』または『国家法制局』の創設をご提案いたします。  また、その他に必要な組織ですが、後に財経省と防衛省の共通下部組織にする前提で、『海洋省』の創設は急務です。戦争を仕掛ける側からすれば、我が国の外洋は、軍事面でも経済面でも、がら空きだからです。  戦争は軍事面だけではありません。経済戦争や情報戦争も含まれます。さらに、そのいずれにも共通する重要な役割として、魔法以外の研究技術開発を支援したり独自で行う『研技開省』も創設すべきと考えます。これは、例の著作権システムにも関連する省となります。料理と同じですね。時間とお金をかけて完成した物が、無断で利用されてしまうと、その制作者が不利益を被ってしまうためです。  さらに、『労務省』の創設も必要です。総務省内の一組織では、創設された省や組織を始め、国家の労務に関して、処理しきれずに不満が募ることになります。また、これからの新生ジャスティ国において、臨時騎士選抜試験をキッカケに、これまでの働き方を見直す良い機会だと存じます。可能であれば、総務省、法務省と連携して、効率的に国家の価値を高める労働基準や育成基準について、法案をまとめていくべきでしょう。  私が現状把握している組織と実務から判断してご提案した組織は以上です。もう少し勉強すれば、さらに思い付くかもしれません」  フィンスさんとウィルズは淀みなくパルミス公爵への要望に応えた。これだけ具体的に考えられるのは、研究や実務を経験していることもあって、普段から課題と思っていなければ出てこない論理展開だから、流石と言える。  俺はシンシアと同じく、政治や政策にはあまり詳しくないが、この世界でも現代的な政策がしっかり考えられているようだ。フィンスさんは経済の本質から政策を考え、ウィルズは国家の実態から政策を考え、共に新省の設立を提案した。  しかも、ウィルズについては、海洋政策に関して、俺と同じような考えも持っており、それだけでなく幅広い見識でそれぞれ異なる複数の組織を提案している。色々な思考ゲームに触れてきたという理由もあるだろうが、間違いなく彼の才能の一つだろう。覚醒後の彼を見くびっていたわけではないが、予想の遥か上を行っていた。 「ありがとう。素晴らしい説明だった。良く分かったよ。  では、本題中の本題に入ろう。フィンスくん、君には『財経省』の案をまとめ、その大臣である『財経大臣』をやってもらいたい。その後、ウィルズくん提案の『研技開省』をまとめ、『研技開大臣』を兼任してもらう。  ウィルズくん、君には『国家法制局』の案をまとめ、『国家法制局長』に就いてもらいたい。その後、『労務省』『海洋省』の案をまとめ、『海洋大臣』を兼任してもらいつつ、法務大臣にもなってもらう。『海洋省』の原案については、シンシアがすでにまとめているので、それを参考にしてくれ。完成度が高いから、そのまま提出してもかまわない。そうすれば、すぐに『海洋大臣』として動ける。あとで渡そう。  法制が整い次第、プレアード伯爵には総務大臣、ウィルズくんにはさらに『労務大臣』を兼任してもらう。それが軌道に乗ったら、プレアード伯爵に引き継ぎをして、彼に総務大臣と労務大臣を兼任してもらう。それまでは、総務大臣と法務大臣、労務大臣は私が兼任する。兼務が多く、とてつもなく忙しくなるとは思うが、無理のない範囲で頑張ってほしい。当然、兼任は次第に解消していく。大臣の任命式は、今回は行わない予定だが、明日午前十時に、我が国を救ったユキの叙爵式と、シンシアの新役職の任命式が行われるから、今後のためにも見学してくれ。以上だ」 「は、はい!」  要職への抜擢に、二人は多少緊張していたものの、すでに覚悟はできている表情だった。 「シンシア、あとは頼む。二人の来客部屋は三番と四番を使ってくれ。エトラスフ伯爵とレドリー辺境伯は今夜着いて、明日の式にも出席するから、その時に私から今のことを伝えておこう」 「承知しました。パルミス公爵、今のお話しとは別に、一つお願いがあるのですがよろしいでしょうか。明日の式典後、陛下のお考えを直接お聞きしたい件がございます。お取り計らいをお願いします」  シンシアが王に聞く内容は、シキちゃんのスパイ行動のことだ。 「分かった。陛下には私から伝えておこう。式典後、私がすぐに君を呼ぶ。それに付いて来い。元々、レドリー辺境伯とエトラスフ伯爵も呼ぶ予定だったから、それに合わせる形にはなるが」 「ありがとうございます」  三人はパルミス公爵の部屋を出て、騎士団長室に戻っていった。俺達はその前にシンシアの左手に戻り、本棚の上の触手を消した。 「シンシア殿、ありがとうございました。あなたのおかげで、私もようやく我が国に貢献できます」 「私からも感謝申し上げます。フィンス殿と共に我が国の未来を切り開いて行く所存です」  フィンスさんとウィルズは、部屋に戻る最中にシンシアに感謝の言葉を伝えた。 「いや、二人の実力だよ。私はキッカケを作ったにすぎないし、いずれこうなっていた。これから二人とは、様々なことで関わりがある。その時はよろしく頼む」  シンシアの言う通り、村を興し、発展させていく過程では、必ず二人の役職と接点がある。この二人なら、ちゃんと説明さえすれば、積極的に協力してくれそうだ。  部屋に着くと、シンシアがユキちゃん達を二人に紹介し、その後、二人を来客部屋に案内した。  夕食は、その二人も合わせて六人で、食堂で食べた。二人ともリオちゃんがいる食堂は初めてだったので、その料理に感動して涙を流していた。初めて食べる人は、男女問わず泣くのか。改めて、とんでもない料理だ。  その後、二人とは別れ、シンシア達はいつも通りの夜を過ごした。そして、重要なことが一つ。ユキちゃんの魔法創造が完成し、クリスとヨルンも実践レベルに使えるようになっていた。三人は、シンシアと姫の前でそれを見せた。  ユキちゃんが魔力粒子から水魔法の発動の瞬間、ヨルンが魔力停止させたあとにクリスが解除。一方、クリスとヨルンが放った別々の魔力粒子を、ユキちゃんが結合させ、一つの水魔法にしたのだ。本番もこの分担で行くそうだ。流石に、その全部をそれぞれが使えるようになったわけではないらしいが、それで十分だろう。明日の午後、孤児院に行くことが確定した。  ちなみに、気が早いと思うが、猫の名前はもう決まっている。ユキちゃんが決めるのが良いだろうということで、彼女が考えた。 「『魔法生物』だから、魔法使い全員の名前を使うのはどうかなって考えて、そして、『クリス』『ヨルン』『ユキ』の三人の名前で共通するものないかなって思って、母音『ウ』の発音があったから、『シキ』と『ユキ』の共通する『キ』と合わせて、『ウキ』にした。ごめんね、シンシアさんの名前が入ってなくて。『シ』と『キ』の母音『イ』で許して」 「ふふふっ、かまわないさ。由来も発音も面白い名前だ」  シンシアの言う通り、確かにその名前にはウキウキする。『イ』も入れたら『ウキィー!』、『シンシア』の『シ』を『ツ』にして間に入れたら、『ウッキィー!』だ。 「言うと思った」 「言ってないぞ」  ゆうは、俺が言ってもいないことを、さも言ったように言った。なんで俺の考えてることが分かるんだよ。前にもそんなことがあったな。 「そりゃあ、くだらないこと考えてそうだし」 「おい、また考えを読むんじゃない!」  触手の匂いくんくん、はぁはぁ。 「変態きも! そこはせめて『パンツ』にしてよ!」 「どっちも変態だろうが! いや、そもそも読むなよ!」  あ、変態と認めてしまった。まあいいか。変態を認める時、変態もまたこちらを認めているのだ。つまり、ゆうも変態だということだ。 「いや、死ね!」  俺の考えって、そんなに単純かなぁ。今度からは、高度なことを考えるようにするか。  そう言えば、名前について、前々から気になっていたことがある。現時点でのクリスタル所持者の名前、『シンシア』『ヨルン』『クリス』『シキ』『ユキ』の最初の一文字目を並べると、『シヨクシユ』『ショクシュ』『触手』になるんだよな。  偶然とは思えないが、別の意味のメッセージの可能性もあるから、保留にしている。仮に、まだ他のクリスタル所持者がいたら、再考することになるしな。流石のイリスちゃんも、日本語を知らないから考えようがなく、相談もできない。  この考えで行くと、『シキ』『ユキ』『ウキ』から、やはり一文字目は『シユウ』『シュウ』で俺達の名前になり、ついでに、将来的に魔法が使えるようになる俺達の名前も『ウキ』に含まれることになる。  だから、『ウキ』という名前は、単なる名前とは考えにくく、複数の意味を持っていることから、別の何かも構成していると考えても不思議ではない。そして、それは別の問題も生じさせる。  以前、イリスちゃんが取り乱した時の、この世界の人間が神によって作られた存在である可能性が高くなるということだ。『ウキ』はともかく、みんなの名前は『勇運』で名付けられたものではない。  にもかかわらず、複数人の名前が合わさることで意味を持ってしまうと、誰がそのように名付け親の意識を誘導したかということを考えざるを得ない。それも結界に刻まれているのだろうか。  それに、明日公開されるユキちゃんの爵位名も気になるところだ。少なからず『勇運』の影響があるに違いない。それなら、明日考えても遅くはないか。  俺は、俺達を巡る名前の重要性について考えつつ、『万象事典』で勉強もしながら、朝になるのを待っていた。



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俺達と女の子が特殊雑談して大臣候補を推薦する話

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 二十八日目。  午前中は、ユキちゃんの研究の続きと、シンシアによるコリンゼの騎士団長研修が行われた。ユキちゃんは、今日中に魔法創造を終わらせて、明日の叙爵式終了後の午後にでも、魔法生物を助けに行くつもりらしい。シンシアは、コリンゼへの教育を特段急いでいるわけではないが、お互いの時間を無駄にしないように行動すると、明後日中には引き継ぎも教育も自然に完了することになるらしい。  そうすると、シキちゃん捜索への出発は、早くて三日後の午後か。その午前には、朱のクリスタルと対面だ。何があってもいいように作戦を練っておかないとな。  シンシア達が昼食を終え、パルミス公爵の部屋に俺達も行くとしたらどのような方法があるかを話していたところ、警備兵からドアをノックされた。どうやら、ウィルズが到着したらしい。  シンシアが正面扉まで出迎えに行くことになっているが、俺達は話していたことを試すべく、触手を増やした上で、シンシアの左手に収まるぐらいまで縮小化し、外から見えないように手を軽く握って、手のひらで完全に包み込んでもらった。  シンシアは、城内では外套を羽織ってないから、他に隠れる場所がないんだよな。だから、彼女が単独行動で、かつ俺達が透明化せずに付いていく場合はこうするしかない。胸の谷間に隠れる方法も考えられるが、それだと外の様子を気軽に伺えない。仮に握りつぶされても、『触手の尻尾切り』で安心だ。  シンシアが正面扉に着くと、待っていたウィルズから挨拶してきた。 「ご無沙汰しております。本日は、お招きいただき光栄です。騎士団長になってからは初めてお会いしますね…………」 「こちらこそ光栄です。…………どうかしましたか?」  シンシアは、挨拶直後のウィルズの様子が気になったようで、彼に質問をした。 「いえ、どことなく私の尊敬する人に似ていたもので……。申し訳ありません」  ウィルズはカレイドの面影をシンシアに見たようだ。 「そうでしたか。あなたからそのような話し方をされると、何だか不思議な気分になりますが、今は騎士団長として接しましょう。  ……それでは、ウィルズ。今日は、エトラスフ伯爵の長男、『フィンス』と一緒に、手紙に書いた通り、パルミス公爵に会ってもらう。詳しくは彼が来てから話そう。おっと、ほとんど待つことなく彼が来たようだ」  どうやら、フィンスが到着したらしい。 「ご無沙汰しております。最後にお会いしたのは十年ほど前でしょうか。あなたの素晴らしい勇姿は父からよく聞いております」 「ご無沙汰しております。今日は騎士団長として接したいと思います。無礼な口調をお許しください。  こちらは、ウィルズ。二人は会ったことはあるな? まずは、騎士団長室で話そう」  伯爵の息子より、騎士団長の方が偉いということか。貢献度から見れば、当然と言えば当然だが、この世界では伯爵の息子は子爵扱いになっていそうだから、シンシアの話し方から、騎士団長は伯爵と子爵の間ぐらいの地位か。  シンシアが来訪応対者記録用紙に記入を終えると、三人は騎士団長室に向かった。部屋に入ると、荷物を置いた二人とシンシアがソファーに向かい合って座った。ユキちゃん達は寝室にいる。  フィンスさんの容姿は、ウィルズを優しくした感じで、体格は父親に似て、がっしりしている。そして、ウィルズよりも明らかに年上だ。その第一印象は、政策を熱く語るようには見えなかった。 「寝室から声が聞こえるかもしれないが、ウィルズがパーティーの時に門番をしていた魔法使い、クリスが他の魔法使いと一緒に魔法の研究をしている。あとで紹介しよう。  さて、パルミス公爵に会う前に、注意事項を伝えておく。ただ、全てを話すことはできない。その上で、彼は特殊な会話をするため、それに上手く対応する必要がある、とだけ言っておく。  そして、もう一つ。なぜ二人を呼んだかも詳しく言えない。手紙に書いた通り、パルミス公爵が二人と話したいと言っている、とだけしか言えないんだ。ここから全てを察しながら、この面会を乗り切ってくれ」  制約により十分な情報が伝えられないシンシアの説明に戸惑う二人だったが、先に口を開いたのはフィンスさんだった。 「なるほど。私が呼ばれた理由に心当たりがないか父に聞いても『分からない』と言われたのは、そのような理由があったからですか。父が何も分からないはずはないのです」 「フィンス殿。その場合、エトラスフ伯爵は全てをご存知ということでしょうか。私についても、レドリー辺境伯がシンシア殿に私のことをお伝えしたらしいのですが、つまりは、お二人ともご存知だと」 「おそらくは。ウィルズくん、君はここ数日、城内で起こったことをどれだけ知っている? 情報格差があるといけないから、共有しておこう。これは、私達の将来、いや、我が国の未来に関わることだ。お互いに貢献できることも共有しよう」 「は、はい!」  少ない情報から、自分達に何が求められているか、もう辿り着いたのか。フィンスさんはエトラスフ伯爵との普段の会話からも察したのだろう。それでも、有能であることは間違いない。  ウィルズもフィンスさんの言葉から察したが、その様子から、少し遠慮しているようだった。それまでのこともあり、『なぜ自分が』と言うより、『なぜ自分のような若輩者が』という感じが拭えないのだろう。  二人の情報共有が済み、シンシアの方を向き直した。情報格差については、どちらかと言うと、フィンスさんの方が状況を詳しく知っていて、ウィルズの方はそこまで詳しくないが、最近のことまで知っているという違いだった。つまり、バランス良く共有できたことになる。 「お待たせして申し訳ありませんでした」  フィンスさんがシンシアに謝ったが、時間はそれほど経っていない。精々、三分ぐらいか。 「いや、問題ない。これからパルミス公爵のお部屋に伺う前に、追加で二人に言っておきたいことがある。城に『呼ばれた理由』を言うことはできないが、『呼ばれた意味』なら言うことはできる。この場合の謙遜は不要だ。皆の期待に応えることこそが、二人が呼ばれた意味だ。では、行こう」 『はい!』  シンシアの言葉に、しっかりと返事をする二人。ウィルズも決心がついたようだ。三人はパルミス公爵の部屋に向かった。  パルミス公爵の部屋、宰相執務室は三階にあり、騎士団長室と同じで、執務室と応接室が一体となった部屋らしい。  三人が扉をノックして部屋に入ると、ソファーに案内された。俺達は透明化して、シンシアの左手から抜け出し、天井の梁に移動した。パルミス公爵とシンシアが隣同士で座り、その向かいにフィンスさんとウィルズが座っていた。 「ようこそ、フィンスくん、ウィルズくん。おそらく、どこかのパーティーで会ったことはあると思うが、こうやって話すのは初めてだね。よろしく。  ところで、二人は城に来たことはあったかな? もし、来ていたとしても様変わりしてるかもしれないな。よかったら、城内を見た感想を教えてくれ。今後の改善の参考にしたい。まずは、フィンスくんから」  パルミス公爵の雑談タイムが、もう始まったか。二人がどのような視点を持っているかの確認から入ったようだ。 「はい。私が父に連れられて来たのは、最近では三年ほど前です。至る所が輝かしく見えました。また、城内で働く者達は、その輝きの一方で、真剣な表情で必要な時に必要なことをしっかり行っている印象でした。装飾費用や人件費等の維持費も含めて、城ではこのようにお金が使われているのかと勉強させていただきました。  現在については、ここまであまり見る時間はありませんでしたが、お噂は聞き及んでおります。何と申しましょうか。これまでとは逆の印象になりました。  必要だと思ったところにはしっかりお金を使う。これは例えば食堂のシステムであり、全国適用への足掛かりにもしています。従事者については、やる気に満ちていて、様々なことを率先して行うのではないかと思えました。これらが総合的な戦略に基づいているのであれば、素晴らしいことと存じます」 「私も同様に来城しての感想ですが、別の視点で申し上げれば、以前は定められた規則に従い、即座に働く。現在は、それを踏まえて広い視野で動いているように思いました。  将来的には、その動きに基づいた規則が生まれ、さらに先では、それを予測した規則作りになっていくのではないかと考えております。であれば、一つの組織に留まらず、フィンス殿がおっしゃったように、総合的な戦略が必要となるでしょう」  二人の答えから、フィンスさんは財政や経済関連、ウィルズは法務関連の視点を持っていることをパルミス公爵は確認できただろう。 「ありがとう。もう一つ聞いてもいいかな? 今、食堂の話が挙がったが、その日のメニューはいくつかあって、そこから選ぶようになっているのだが、君達の好きなメニューを選べるとしたらどんな料理を選ぶだろうか。  メニューには例えば、定食、メインの一品料理、サイドの一品料理がある。これは口頭ではなく、紙に書いてもらおうかな。理由も頼む」  パルミス公爵は、テーブルに予め置いてあった二組の紙とペンを、それぞれ二人に渡した。  出たぞ、脈絡があるのかないのか分からない雑談が。もう少し続くようだ。 「なんか、心理テストやらされてる気分だよね。お兄ちゃんなら何を選ぶ?」  ゆうが便乗して心理テストの答えを聞いてきた。 「そうだな。俺なら、一番人気シェフのオススメフルコースかな。当然、メニューには載っていない。  この雑談での『メニュー』は慣習や固定観念、『料理』は一つの組織または政策を意味する。また、『調理師』を国または王、調理師に対する『評価』を国民が望むもの、あるいは国益を意味すると考えると、『フルコース』はそれぞれの連携または調和だ。  したがって、俺の答えは、『慣習に囚われず、各組織と連携し、相乗効果があり、かつ国益となる政策を率先して王に提案し、行動に移す』となる。そうすると、別のフルコースを頼んだり、アレンジを自分で考えて提案してもいい」 「じゃあ、あたしもそれで」 「おい、パルミス公爵の対策を無下にするな。何のために二人に答えを書かせたと思ってるんだ」 「だって、あたし達には適用されてないし。つまり、そういうことでしょ?」 「その通りだ。コリンゼが考えた騎士選抜試験の筆記試験、問四では、それが完全に対策されていた。選択肢から選ばなければ不合格だったからな。しかし、今回は違う。  パルミス公爵は『その日のメニュー』『好きなメニュー』『例えば』と、あえて選択肢を限定しない言い方をわざと示していた。公爵のこれまでの雑談もそうだったが、完全に思考の柔軟性を見ている問いかけだよ。まあ、二人とは初雑談だから、難易度は若干易しくなっているな」 「それでも十分、めんどくさいけど」 「めんどくさい人が何か言ってまーす」 「あ、ホントだ。めんどくさい人だ。女剣士を女騎士と言ったら、早口でツッコんでくる『変態全裸土下座触手同人誌収集家オタク兼泡沫マイナージャンル同人作家シュークン』だ」 「それぐらいにしておけ。その希少種は、泣くと余計にめんどくさくなるぞ」  俺が出ない涙を堪えていると、二人が書き終わったようだ。経ったのは五分ぐらいだろうか。 「それでは、シンシア。二人の答えを見比べて、違っている箇所を読み上げたあとに、共通している箇所を読んでくれ。細かい所は省いてもかまわない。そして、それを読んだ君の意見も聞こう。メニューの話ではなく、通常の意見だ」 「はい。…………。まず、違っている点ですが……ありません。次に共通部分ですが、私の言葉に直して申し上げますと、『選ぶのは、高評価レシピを最も多く考える調理師が、自信を持ってオススメするフルコース料理。その時に合った料理のそれぞれをバランス良く、調和の取れた形式で味わうことができるから。別の日には別のコース料理も選びたい。評価が許されるなら、それを評価し、フィードバックした上で、自分達でも再現やアレンジができないかを検討したい』という回答でした。  私は二人のことを、自信を持って推薦しましたが、まだ見くびっていたようです。正直、パルミス公爵の雑談に、ここまで完全に対応できるとは思っていませんでした。この二人であれば、我が国に多大な貢献をしてくれることでしょう。すぐにでも本題に入ることを提案いたします」  シンシアはそう言うと、手に持った紙をパルミス公爵の前のテーブルに置いた。 「ありがとう。まさか、全て共通しているとはな。それはそれで怖い気もするが、おそらく最適解なのだろうな。私自身が、それほど意識していなかった。今度はもう少し別の意見が出るようにするか……。  まあ、それはさておき、すまなかったね、試すような真似をして。それでは、本題に入ろう。まず、フィンスくんから、君が得意とする分野を念のために聞いておきたい。そして、政策改善案や組織改善案をそれぞれ聞きたい。次に、ウィルズくん。君には、それに加えて、我が国に不足している、あるいは実力を発揮できていないと思う組織を全て挙げてもらいたい。ただし、財務、総務、法務、経済は除いてくれ。分かりきっているからだ。その配下に新組織が必要な場合は挙げてもらってかまわない」 「承知しました。私は、財政と経済を専門に研究しておりました。また、常日頃から、それらを一体化させた方が良いと考えておりました。これまで財務省は、税収さえ上がれば、国益を無視して、予算を絞り、さらには城内での権力をほしいままにしていました。本来必要な経済政策に予算が回らず、それさえ実現できれば、税収は自然と上がるにもかかわらず……。  例えば、国家主導で設備やインフラ投資を行えば、国民に貨幣が行き渡り、人手不足の解消のために給与が上がり、それをまた消費し、経済が好循環します。仮に物価が上昇してしまった場合は、通貨発行量や税率で調整します。  我が国は独自の通貨を発行しており、その通貨を以て税金の支払いとしているため、国内での貨幣流通量を調整できるというわけです。ご存知の通り、国が決め、偽造さえ防げば、金貨より価値がないこの紙でさえ最高額の貨幣となります。それだけ通貨発行権とは大きいものです。共通通貨で、かつ通貨発行権を持っていない場合は、そうは行きません。財政について、ほとんど手がつけられていないにもかかわらず、現在の経済が上手く行っているように見えるのは、過去の財産があるからです。  しかし、調理大臣ご提案のシステムは別です。あれを耳にした時、なぜ経済省主導でそれが提案されなかったのか、部外者でありながら悔しく思いました。それほどまでに、様々な点で素晴らしいシステムだったからです。  国内には様々な課題があります。お金さえあれば、制度設計さえ整えば、長期的な投資やアドバイスがもらえれば解決できる課題があるはずです。それを汲み上げて、国益になるように戦略的にハンドリングする、そのような組織が必要と考えます。したがって、財務省と経済省を合併させ、『財経省』の創設をここにご提案いたします。簡単ではありましたが、私からは以上です」 「私は恥ずかしながら、限られた専門分野を持ち合わせておりませんが、父の仕事を手伝っている間、考えていたことがあります。  それは、一部の法律が十分な機能を果たしていないということです。父が中央と地方の橋渡しをしていたのはこれが原因でもあります。父でさえ対応できなかった案件もあります。  例えば、リベック村の土砂災害です。幸いにも、通りすがりの一人の魔法使いが解決しましたが、村からの災害支援要請が各領主や城に届くまで、一週間もかかっていました。  そして、総務省から許可が出て、領主の護衛団が村に着いた頃には、何事もなかったかのように日常に戻っていたというお粗末な話です。それが災害発生から二週間後というから、手に負えません。  他国から見れば、有事の対応がこの程度であるなら、軍事の統率レベルもたかが知れていると思われるでしょう。もちろん、騎士団長の存在がそれを抑止していることは言うまでもありませんが、だからと言って、そのままにしてよいものでもありません。この場合は、領主判断で部隊を動かせる権限が必要でした。  それには、災害や緊急事態の定義、判断基準、権限の範囲、近隣国民の慈善支援の受け入れ基準等を明確にしなければいけませんが、地方と中央で見解が異なる場合があります。なぜかと言うと、お互いの実情を把握できていないためです。橋渡しとは、それを調整する役割です。法律やルールは厳しすぎてもいけませんし、緩すぎてもいけません。  したがって、法務関連については、法務省配下にそれを審議するための第三者的組織、『法制審議委員会』または『国家法制局』の創設をご提案いたします。  また、その他に必要な組織ですが、後に財経省と防衛省の共通下部組織にする前提で、『海洋省』の創設は急務です。戦争を仕掛ける側からすれば、我が国の外洋は、軍事面でも経済面でも、がら空きだからです。  戦争は軍事面だけではありません。経済戦争や情報戦争も含まれます。さらに、そのいずれにも共通する重要な役割として、魔法以外の研究技術開発を支援したり独自で行う『研技開省』も創設すべきと考えます。これは、例の著作権システムにも関連する省となります。料理と同じですね。時間とお金をかけて完成した物が、無断で利用されてしまうと、その制作者が不利益を被ってしまうためです。  さらに、『労務省』の創設も必要です。総務省内の一組織では、創設された省や組織を始め、国家の労務に関して、処理しきれずに不満が募ることになります。また、これからの新生ジャスティ国において、臨時騎士選抜試験をキッカケに、これまでの働き方を見直す良い機会だと存じます。可能であれば、総務省、法務省と連携して、効率的に国家の価値を高める労働基準や育成基準について、法案をまとめていくべきでしょう。  私が現状把握している組織と実務から判断してご提案した組織は以上です。もう少し勉強すれば、さらに思い付くかもしれません」  フィンスさんとウィルズは淀みなくパルミス公爵への要望に応えた。これだけ具体的に考えられるのは、研究や実務を経験していることもあって、普段から課題と思っていなければ出てこない論理展開だから、流石と言える。  俺はシンシアと同じく、政治や政策にはあまり詳しくないが、この世界でも現代的な政策がしっかり考えられているようだ。フィンスさんは経済の本質から政策を考え、ウィルズは国家の実態から政策を考え、共に新省の設立を提案した。  しかも、ウィルズについては、海洋政策に関して、俺と同じような考えも持っており、それだけでなく幅広い見識でそれぞれ異なる複数の組織を提案している。色々な思考ゲームに触れてきたという理由もあるだろうが、間違いなく彼の才能の一つだろう。覚醒後の彼を見くびっていたわけではないが、予想の遥か上を行っていた。 「ありがとう。素晴らしい説明だった。良く分かったよ。  では、本題中の本題に入ろう。フィンスくん、君には『財経省』の案をまとめ、その大臣である『財経大臣』をやってもらいたい。その後、ウィルズくん提案の『研技開省』をまとめ、『研技開大臣』を兼任してもらう。  ウィルズくん、君には『国家法制局』の案をまとめ、『国家法制局長』に就いてもらいたい。その後、『労務省』『海洋省』の案をまとめ、『海洋大臣』を兼任してもらいつつ、法務大臣にもなってもらう。『海洋省』の原案については、シンシアがすでにまとめているので、それを参考にしてくれ。完成度が高いから、そのまま提出してもかまわない。そうすれば、すぐに『海洋大臣』として動ける。あとで渡そう。  法制が整い次第、プレアード伯爵には総務大臣、ウィルズくんにはさらに『労務大臣』を兼任してもらう。それが軌道に乗ったら、プレアード伯爵に引き継ぎをして、彼に総務大臣と労務大臣を兼任してもらう。それまでは、総務大臣と法務大臣、労務大臣は私が兼任する。兼務が多く、とてつもなく忙しくなるとは思うが、無理のない範囲で頑張ってほしい。当然、兼任は次第に解消していく。大臣の任命式は、今回は行わない予定だが、明日午前十時に、我が国を救ったユキの叙爵式と、シンシアの新役職の任命式が行われるから、今後のためにも見学してくれ。以上だ」 「は、はい!」  要職への抜擢に、二人は多少緊張していたものの、すでに覚悟はできている表情だった。 「シンシア、あとは頼む。二人の来客部屋は三番と四番を使ってくれ。エトラスフ伯爵とレドリー辺境伯は今夜着いて、明日の式にも出席するから、その時に私から今のことを伝えておこう」 「承知しました。パルミス公爵、今のお話しとは別に、一つお願いがあるのですがよろしいでしょうか。明日の式典後、陛下のお考えを直接お聞きしたい件がございます。お取り計らいをお願いします」  シンシアが王に聞く内容は、シキちゃんのスパイ行動のことだ。 「分かった。陛下には私から伝えておこう。式典後、私がすぐに君を呼ぶ。それに付いて来い。元々、レドリー辺境伯とエトラスフ伯爵も呼ぶ予定だったから、それに合わせる形にはなるが」 「ありがとうございます」  三人はパルミス公爵の部屋を出て、騎士団長室に戻っていった。俺達はその前にシンシアの左手に戻り、本棚の上の触手を消した。 「シンシア殿、ありがとうございました。あなたのおかげで、私もようやく我が国に貢献できます」 「私からも感謝申し上げます。フィンス殿と共に我が国の未来を切り開いて行く所存です」  フィンスさんとウィルズは、部屋に戻る最中にシンシアに感謝の言葉を伝えた。 「いや、二人の実力だよ。私はキッカケを作ったにすぎないし、いずれこうなっていた。これから二人とは、様々なことで関わりがある。その時はよろしく頼む」  シンシアの言う通り、村を興し、発展させていく過程では、必ず二人の役職と接点がある。この二人なら、ちゃんと説明さえすれば、積極的に協力してくれそうだ。  部屋に着くと、シンシアがユキちゃん達を二人に紹介し、その後、二人を来客部屋に案内した。  夕食は、その二人も合わせて六人で、食堂で食べた。二人ともリオちゃんがいる食堂は初めてだったので、その料理に感動して涙を流していた。初めて食べる人は、男女問わず泣くのか。改めて、とんでもない料理だ。  その後、二人とは別れ、シンシア達はいつも通りの夜を過ごした。そして、重要なことが一つ。ユキちゃんの魔法創造が完成し、クリスとヨルンも実践レベルに使えるようになっていた。三人は、シンシアと姫の前でそれを見せた。  ユキちゃんが魔力粒子から水魔法の発動の瞬間、ヨルンが魔力停止させたあとにクリスが解除。一方、クリスとヨルンが放った別々の魔力粒子を、ユキちゃんが結合させ、一つの水魔法にしたのだ。本番もこの分担で行くそうだ。流石に、その全部をそれぞれが使えるようになったわけではないらしいが、それで十分だろう。明日の午後、孤児院に行くことが確定した。  ちなみに、気が早いと思うが、猫の名前はもう決まっている。ユキちゃんが決めるのが良いだろうということで、彼女が考えた。 「『魔法生物』だから、魔法使い全員の名前を使うのはどうかなって考えて、そして、『クリス』『ヨルン』『ユキ』の三人の名前で共通するものないかなって思って、母音『ウ』の発音があったから、『シキ』と『ユキ』の共通する『キ』と合わせて、『ウキ』にした。ごめんね、シンシアさんの名前が入ってなくて。『シ』と『キ』の母音『イ』で許して」 「ふふふっ、かまわないさ。由来も発音も面白い名前だ」  シンシアの言う通り、確かにその名前にはウキウキする。『イ』も入れたら『ウキィー!』、『シンシア』の『シ』を『ツ』にして間に入れたら、『ウッキィー!』だ。 「言うと思った」 「言ってないぞ」  ゆうは、俺が言ってもいないことを、さも言ったように言った。なんで俺の考えてることが分かるんだよ。前にもそんなことがあったな。 「そりゃあ、くだらないこと考えてそうだし」 「おい、また考えを読むんじゃない!」  触手の匂いくんくん、はぁはぁ。 「変態きも! そこはせめて『パンツ』にしてよ!」 「どっちも変態だろうが! いや、そもそも読むなよ!」  あ、変態と認めてしまった。まあいいか。変態を認める時、変態もまたこちらを認めているのだ。つまり、ゆうも変態だということだ。 「いや、死ね!」  俺の考えって、そんなに単純かなぁ。今度からは、高度なことを考えるようにするか。  そう言えば、名前について、前々から気になっていたことがある。現時点でのクリスタル所持者の名前、『シンシア』『ヨルン』『クリス』『シキ』『ユキ』の最初の一文字目を並べると、『シヨクシユ』『ショクシュ』『触手』になるんだよな。  偶然とは思えないが、別の意味のメッセージの可能性もあるから、保留にしている。仮に、まだ他のクリスタル所持者がいたら、再考することになるしな。流石のイリスちゃんも、日本語を知らないから考えようがなく、相談もできない。  この考えで行くと、『シキ』『ユキ』『ウキ』から、やはり一文字目は『シユウ』『シュウ』で俺達の名前になり、ついでに、将来的に魔法が使えるようになる俺達の名前も『ウキ』に含まれることになる。  だから、『ウキ』という名前は、単なる名前とは考えにくく、複数の意味を持っていることから、別の何かも構成していると考えても不思議ではない。そして、それは別の問題も生じさせる。  以前、イリスちゃんが取り乱した時の、この世界の人間が神によって作られた存在である可能性が高くなるということだ。『ウキ』はともかく、みんなの名前は『勇運』で名付けられたものではない。  にもかかわらず、複数人の名前が合わさることで意味を持ってしまうと、誰がそのように名付け親の意識を誘導したかということを考えざるを得ない。それも結界に刻まれているのだろうか。  それに、明日公開されるユキちゃんの爵位名も気になるところだ。少なからず『勇運』の影響があるに違いない。それなら、明日考えても遅くはないか。  俺は、俺達を巡る名前の重要性について考えつつ、『万象事典』で勉強もしながら、朝になるのを待っていた。



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