俺達と女の子達が調査報告して国家の英雄になる話(1/3)

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 二十二日目の昼前。  俺達はクリスの外套に入り、一同は玉座の間の前にいた。あのあと、夕方前に、ユキちゃんが遅効性魔力結合型催眠解除魔法をかけに調理場に行き、食堂が閉じる前にシンシアを起こし、夕食を済ませた。  部屋に戻ってくると、全員で風呂に入ってから、そのまま四人で、ベッドで寝た。身長を考慮しながら、ダブルベッドを斜めに使い、さらに睡眠魔法を使えば、多少狭くても眠れるだろうと、シンシアを除く三人で話し合った結果だ。  全員、いつものリズムに戻ることができたところで、朝食を済ませ、少し部屋で休んでから今に至る。部屋にいた間は、シンシアは報告書を書いていた。  そして、昨日の練習で、早くも空間展開と音声伝達魔法を習得したクリスが、当初予定していたユキちゃんの代わりに、近くの兵士達に聞こえないように、空間催眠魔法を使った。  しばらく待っていると、色々な職務や役職の者達がぞろぞろと集まってきて、扉の前に行列を作ったようだ。やっぱり、思ったよりも多いな。とは言え、全員がスパイではないはずだ。 「集まった者は全員、玉座の間に入り、中央の拘束されている者達を囲め」  シンシアが命令すると同時に扉を開けた。言われた通りに、中央のスパイを囲むスパイ容疑者達。容疑者は二十人か。一度中央を囲んだのは、それ以降の命令がしやすいことと、扉から離れることで、外の兵士達に命令の内容を聞かれないようにするためだろう。 「中央を囲む者達の内、他国のスパイ、他国と通じている者、陛下を裏切るための画策をしている者は一歩前に歩み出よ。それ以外の者は中央より扉側で、玉座を向いて五列に並べ」  すると、五人が前に出て、十五人は五列に並んだ。 「そのまま、私が指示するまで待機しろ」  シンシアは待機命令後、扉の兵士達に五人分の重りと縄を持ってくるように指示した。用意された拘束具で、ヨルンが五人の身動きを封じた。 「ありがとう、ヨルン。それでは、昼食に行こうか。今日は人気メニューだから、早めに並んでおきたい。浮動分を逃さないようにしないとな。と言っても、浮動分も多いし、他の来客はほとんどいないはずだから大丈夫だと思うが、念のためということで」  シンシア達は、玉座の間を出て、扉の兵士達に報告会の時間まで再度出入り禁止にしてもらい、食堂に向かった。  俺達も中で見張っているので心配いらないが、これまで一瞬の油断もできない仕事をしていたとは思えない切り替えの早さで、昼食を楽しみにするシンシア。昨夜と今朝のメニューに満足していたクリスも、ワクワクが抑えられないようだった。俺達は昼食の間、クリスの外套の中で縮小化することにした。 「食堂のシステム一つ取っても、本当によくできていますよね。それだけでも期待感があります」  昨日の夕食で、シンシアが食堂のシステムについて話していたことだ。食堂側で予め献立を公開し、三日前までに整理券を配ることで予約とみなして、その一割を長期間城外にいて予約できなかった人達や来客のための浮動分として、その合計人数分の料理をそれぞれ作る。  それとは別に、給与から天引きされた一ヶ月三食分の食券が存在し、余ったら持ち越して、年度末にそれを返却することで、天引き分の給与が還付される。新メニューは口に合わない可能性があるので、食券不要。来客分の食券も不要。その分の予算は城から出ているから、食堂の経費には影響なし。  食券の大量譲渡による還付金の水増しおよび分配は、国家への詐欺となるので、関係者は全員死刑ということだった。  ヨルンもクリスの意見に同意して頷いていた。 「来客を連れた人が並ぶのに有利なのも面白いですよね。他の予約できなかった人達は決められた時間以降に並ばないといけないですから」 「しかも、ちゃんとした理由で、それが徹底されてるのがすごいよね」  さらに、ユキちゃんもヨルンに同意した。これも昨日のシンシアの説明にあったことだが、上司が予約できなかった人のために気を利かせて、早く並べるように休憩時間を早めることもしてはいけない。  なぜなら、上司目線では、そのことに気を配らないといけないし、それができないと部下からの内面評価に怯えないといけず、負担しか増えないからという、細かい点まで配慮された取り決めだ。予約できなかったのは本人の責任に留めるということでもある。精神面から責任の所在まで考慮されている素晴らしいシステムだ。  シンシアがシチューの感想を求められた時に、システム考案者本人であろう彼女の名前を聞いてくれた。間違いなく偽名だろうが、彼女は『リオ』というらしい。リーディアちゃんの偽名の『リア』に似ているな。年齢はシンシアと同じぐらいに見えたとユキちゃんも言っていた。若いのに組織の全体が見えているのは、一つの才能だろう。 「職務で言えば、労務にも影響しているからな。今後どうなっていくか楽しみだ」  シンシアは、今後創設されるであろう労務組織と労務大臣のことを言っているのだろう。他部署と連携した改革を期待しているのだ。  一同は、すでに食堂に着き、営業再開時間を並んで待っていた。他に並んでいる人はいないようだ。アリサちゃん達は、朝食にも現れなかったので、どうやら王族と食事をしているらしい。もしかすると、来客扱いではないのかもしれないな。  そんなことを考えていると、食堂の扉が開き、中から誰か出てきた。 「残りのお連れ様はいらっしゃらないですね? 四人とも『ジャスティスパゲッティ』でよろしいですか? 違う場合はその料理の番号を指で表してください。ただし、そこに書いてある通り、それぞれ浮動分は一人分しかありません」  声から察するにリオちゃんだ。調理師が直接聞きに来るのか。浮動分が書いてある黒板が扉横に置いてあり、それを指して言っているのだろう。やはり手際が良い。  料理をすぐに出せるように、料理の注文数を予め確認した。それ自体は普通だが、こちらが無言でも成り立つ確認方法だったのが良い。  それにしても、人気メニューとは聞いていたが、ほとんどの人は『ジャスティスパゲッティ』しか頼まないんだな。『超大人気』メニューじゃないか。  リオちゃんが戻ってから約五分後、食堂の扉が開き、シンシア達は中に入った。促された声から、扉を開けたのは別の調理師だった。  シンシア達が『受け取りカウンター』に進み、食券を渡したが、これまでとは様子が違うようだ。 「そちらの食べ方の説明を読む時間がなく、騎士団長以外は『ジャスティスパゲッティ』が初めてだと思うので口頭で説明します。  この『胡椒』がかかってから、二分以内に一口目をお召し上がりください。一口目の前に時間があれば、テーブルにある料理そのものの詳細をご覧ください。順番は最初にサラダを一口、スパゲッティを一口、最後にスープを一口。このローテーションを繰り返してください。ただし、スパゲッティは終始混ぜずに端の方からお召し上がりください。  サラダは先になくなりますが、お気になさらず。スープは残るので、締めに一気に飲んでください。それまでには丁度良く冷めています。会話は全てお召し上がり後にお願いします。時間と共に味が変わるので、会話をしているとその変化が終わってしまい、味を楽しめないからです。それでは、『胡椒』を振ります」  リオちゃんの説明が終わりかける瞬間に、料理が別の調理師によって差し込まれたようだ。完璧なタイミングだ。彼女もこの調理場も、料理に命をかけていると言っても過言ではない。その料理を最高に美味しく食べられる方法を丁寧に教えてくれたし、おそらく、胡椒の加減も、料理一品一品の状態に合わせて、変えているに違いない。リオちゃんならそれが可能だろう。 「食べ方を教えてくれる店、好き。『お好きなようにお召し上がりください』って言われても、『こっちはあなた達の料理を最高に美味しい方法で食べるために来たんだけど』って思うから。逆に、客側で『好きなように食わせろ』って言う人もいるけど、それは味音痴の極みだし、料理人への敬意もないね」  相変わらず辛辣なコメントをするゆうだが、俺も同意だ。味に関しては、俺もうるさい。 「時間がある時は、料理の説明もあると良いな。食材や料理への理解が深まると味の解像度も高くなる。似た食材の料理や、同じ食材の別料理を食べた時に、それぞれの違いが分かるようになる。そうなると、味覚の幅が広がり、美味いものがより美味くなる。多少不味いものは、その中でも美味いところを見つけることができる。それをリオちゃんも分かっているから、テーブルの料理詳細のことを言ったんだろうな。  つまり、この城内では、リオちゃんによって完全に味覚の育成が行われている。味覚は当然、教えられて身に付けられるものではないから、まさに食育の極みと言っていい」  俺達が話している間に、シンシア達は胡椒がかかったスパゲッティのお盆を持って、すぐ近くの席に座った。言われた通り、料理の詳細を三十秒ほど見てから黙々と食べる一同。最後までその手が止まることはなかった。 「…………」  食べ終わってもなお、会話のない一同。この反応、俺には分かる。放心するほど美味かったのだろう。  食堂には続々と城内の兵士達が入ってきて、食事をしたり、済んだりしてもいるようだが、やはり異様なほど静かだ。ちなみに、騎士団員の休憩シフトとは異なる時間帯らしく、これまでも団員に見つかることはなかったから、シンシアが声をかけられることもない。 「シンシアさん、おかわりはできないんですか……? 頭がおかしくなりそうです……。味も量も満足しているのに、まだ欲しがってしまう……。もうおかしくなってるのかも……」 「できない……。そもそも、何も言わずとも最初から特盛だったんだ……。十分に味わえるように……」  クリスが涙声でシンシアに聞き、シンシアも涙声で答えた。もしかして、みんな泣いているのか?  「僕はこんな気持ち初めてです……。満足感、焦燥感、虚無感、絶望感、期待感が全て入り混じっている……。わけが分かりません……」 「この料理、最高で最強の発明品だよ……。これで戦争がなくなるかもしれないし、戦争が起こるかもしれない……。この思い出を催眠魔法で再現し続けたら、記憶を消さずに幸福を与えたまま廃人にできるんじゃないかな……」  やはり涙声のヨルンと、何気に怖いことを涙声で言うユキちゃん。  このみんなの様子から、ヤバイ薬でも入ってるんじゃないかと思ってしまうが、料理に心血を注ぐあの調理師達がそんなことするわけはない。シンシア達は、俺達が体液を摂取する時と同じレベルの感動を味わっているのだ。  それを理解している俺が、ヨルンが言ったことを補足すると、味に満足し尽くしたものの、食べ終わるとその味が次第に消えていってしまい、終いにはなくなり、もう味わえなくなるも、次にいつ味わえるのだろうと思ってしまう、という感情の移り変わりを表した言葉だ。それを言葉で詳細に説明しなくても、全員が理解しているので、誰も聞き返さないのだ。  周りに耳を傾けてみると、同じようにすすり泣きの声が聞こえる。何回食べても感動できる味なのはすごいな。 「大盛りスパゲッティって味にもよるけど、途中で飽きるよね? それが特盛だとすると、三百グラムは最低でもあるだろうから、それでも飽きない味で、さらに泣くほど感動する味っていうのは、一度食べてみたいな」  ゆうが言った通り、俺も涎が出てきて、食べたくなった。 「味の変化を胡椒の絶妙な振り加減で調整してるが、城下町の店とか、普通の調理師は技術的に再現できないんじゃないか? 胡椒が安値で十分量手に入るのかも怪しいし、俺達が知っている胡椒ではないかもしれない」 「胡椒って、インド原産だよね。スパゲッティはイタリア語だし、お兄ちゃんも気付いてると思うけど、これまで使ってきた言葉にも、色々な国の単語が混ざってた。こっちの世界地図を見てみたいよね。ユキちゃんの家の地図は一部だけだったし。まあ、存在しないだろうし、存在してもかなり不正確だと思うけど」 「世界地図か……。触手には不要だと思っていたが、俺達のように大移動する触手体がいて、そのためのスキルを持っていても不思議ではないか。  いや、何で今更思ったかと言うと、今の話と合わせて思い出したのもあるが、シンシアとヨルンが触手討伐の話をしていた時に、仮にそれが触手体だったら、生き延びてどこかに避難しなければならない。安全な場所を探す間に力尽きても困るから、自分に合った場所に、地理的に効率良く移動できるスキルがあってもいいんじゃないかと考えたのが理由だ。  触手にとっては、それほど都合の良いスキルではないから、必要スキルと合わせて、低レベルを抜けた辺りで取得できるぐらいが良いかな。必要スキルは別途考えないとな。今度、両性具有対応のスキルと一緒に追加しよう」 「こんな時まで触手とスキルのこと考えてる……。だったら、触手を調理したらどうなるか、考えてみてほしいね」 「良いこと言うじゃないか。『触手の尻尾切り』『栄養蓄積』『催淫液』から発想して、俺達を食べた対象を虜にする『寄生マリオネット』とかどうだ?」 「うざ! それ、調理じゃなくて生だし! もういいから、リオちゃんに細切れにしてもらって!」  かっこいいスキル名を思い付いたと思ったんだけどな。まあ、実際には他のスキルと被って不採用だな。  ゆうの手のひらドリルとリオちゃんの包丁で粉砕されたら、触手調味料になって、鰹節のようにうねうねと料理の上で踊るしかない。一応、冷たい料理の上でも踊ることができるから、ダンス力では鰹節より勝っているだろう。 「それでは、玉座の間に戻ろうか。ここで香りを堪能して、名残惜しくなることもあるが、最終的には元気になって、これからも頑張ろうという気になるから、心配しなくていい」  シンシアの言葉に、一同は席を立つと、お盆を『返却カウンター』に置き、食堂を出て玉座の間に向かった。 「実は、報告会を今日の午後に再設定したのもそれが理由だ。参加者全員、やる気が出る。おそらく、『ジャスティスパゲッティ』の日は、王族含めて一人残らずそれを食べている。  他の料理の浮動分である一人分というのは、予約者数が十人の一割ではなく、九人以下の場合の最低用意分で、実際の予約者数はゼロ人と言われている。当然、浮動分を頼む者もいない。  なぜ一人分だけ用意するのかは、調理場の練習のためとも、まかないのためとも言われているが、それを調理師に聞いても教えてくれないらしい。まあ、それに関しても、陛下がおっしゃった通り、詮索しない方が私達のためになるだろう。  ついでに言うと、食べ方の説明を事前に私からしなかったのも、彼女の流れるような説明を聞いてほしかったことが理由だな。なぜ今まで彼女の存在に気付けなかったのか……。私が成長したからだろうか。今ならビトーに気付けたのだろうか……」  シンシアは少し考え込んでいるようだった。そう言えば、スパイ候補者の中に、食堂関係者はいなかったな。いたら、簡単に王族を毒殺できるが、調理大臣のクウィーク伯爵かリオちゃんが、そうならないように対策しているのだろうか。催眠魔法に対する危機意識がない中で、どう対応しているのか気になるところだ。  また、毒そのものの対策も気になる。確認魔法を頼んでいるとしても、その魔道士団員が催眠魔法にかかっていたら、嘘を言うだろう。毒見係を常に用意していれば問題ないが、シチューを食べる時に、王族や調理場が特に言及しなかったことから、明確に役割を与えられた者は存在しないか、自明である可能性が高い。後者の場合は、シチューを運んできた過程での調理場の誰か……。  リオちゃんだな。繊細な味覚スキルを用いれば、少し舐めただけでも、毒入り料理の味や香りの変化に気付くだろう。毒が無味無臭の場合は、体調の変化を気にすればいい。大量に料理を作っているので、個人の持ち物を検査さえしていれば、一舐めが致死量に達するようなことはない。あの時の質問は、『彼女は何をしているのですか? 毒見はもう済ませてありますよ』という意味だったか。  王族には調理場の誰が毒見をしたか言う必要はないし、疑われればその場で再度自分が食べればいい。ましてや、シチューの時はシンシアが毒見をしてくれた。いつも毒見をしていると知られれば、調理大臣の長女だとバレてしまう可能性がある。調理場でも上手く理由を付けて、バレていないんだろうな。  毒に対して徹底しているとしたら、もしかすると、浮動分一人分を作る理由は、料理担当者をできるだけ分散させ、味見を兼ねた毒見係と責任の明確化を両立させるためだろうか。大量に作る人気メニューは、たとえ毒が入れられて、リオちゃんが判別できなかったとしても、その毒が薄められることで、被害者数は多くなるが、健康被害を最小限に抑えられる。と言うか、食中毒と違って、大量の毒が盛られない限り、健康被害は起きない。一人分、または少数分を一人の調理師が作る場合は、本人が責任を持って監視や確認、調理をしないと、味見で服毒死することになるし、そのまま出したら犯人となる。  そもそも、今回のように誰も頼まないので、ちょっとした事件にさえならない。リオちゃん以外の担当者をランダムで決めるようにすれば、毒殺計画を立てるのも難しい。  このようなことを食堂に来る人達に話すと、食への不安を与えかねないので、誰も言わないのだろう。あるいは、料理長とリオちゃんしか知らないのかもしれないが、いずれにしても、話すメリットはない。いつものように証拠がない無茶な推察だが、俺もゆう以外には誰にも言わないようにしよう。シンシアは気付くだろうか。しかし、気付かない方が良いこともある。  一同は、すでに玉座の間の扉の前まで来ていた。 「シンシアさんが、もし副長の裏切りに気付いていたら、セフ村にも来てなかったし、私とも出会わなかった。  アーちゃんとクリスさんが今ほど仲良くなることもなかったかもしれない。  リーちゃんやレドリー辺境伯とも今ほど打ち解けられなかったかもしれない。  クリスさんがここに来ることもなかったし、ヨルンくんとも出会わなかった。  シンシアさんとヨルンくんは出会ったかもしれないけど、ここまで仲良くなることはなかった。  もちろん、この場に四人が集まることもなかった。  実は、シンシアさんのおかげで私達は知り合えたんだよ。人生って面白いよね。絶望してたのに、後悔したこともあるのに、その時は人生なんてつまらない、早く終わらせたいって思っていたのに、いつの間にかみんなで笑顔になって、幸せを感じてる。その逆だってあるかもしれない。  本当に、死ぬまで何が起こるか分からない。たとえ寝たきりになっても何かある。待ってるだけで『それ』が来る時もあるし、自分から動かないと来ない時もある。これって奇跡だよ。起こらないから奇跡なんだって言うけど、実はその辺に奇跡っていっぱい落ちてるんだよね。それに気付かない、拾い上げられないだけで。でも、そのことがまた別の奇跡に巡り合わせてくれる。  結局、私達の周りで不幸になった人は、シンシアさん含めて一人もいない。今はそれでいいんじゃないかな。ううん、それこそ、今みたいにあとで気付くんだよ。それに、私達には数々の奇跡を起こしてきた『存在』が付いてることだし、これからいっぱい奇跡を拾い上げていこうよ。将来、あれって奇跡だったんだって思えることを。私の『運』もあるからさ」 『奇跡』を自分が拾い上げてきた『宝石』になぞらえて、ユキちゃんはシンシアを励ました。  ユキちゃんの言う通りだ。ここまでの道のりは、実はシンシアの『軌跡』でもあるのだ。俺達だけではない、彼女を軸にして人が集まり、彼女のために心を結集させて報告会に臨もうとしている。  物語で言うなら、みんなが慕ってくれる俺達を仮に『主人公』とするのであれば、イリスちゃんは『もう一人の主人公』、シンシアは『裏の主人公』と呼ぶべきだろうか。いや、城に来てからのシンシアは『新主人公』か。もちろん、みんな大好きな『ヒロイン』なのは言うまでもない。 「ありがとう、ユキ。みんなに会えて本当に良かった……。このあとは、絶対にみんなで笑い合いたい。泣いて喜びたい。みんな、まだまだよろしく頼む!」 『はい!』  シンシアに向かって、元気よく返事する三人。その話を聞いていた扉の前の兵士達が、感動の拍手をした。 「ふふっ、何だか気恥ずかしいな。君達もありがとう。報告会まではまだ時間があるが、再度この扉を通る時の私の表情に期待していてほしい。では、開けてくれ!」 『はっ!』  二人の兵士が扉を開け、シンシア達は、改めて報告会の舞台、玉座の間に入った。 「では、シンシア。改めて報告を聞こう」  シンシア達が玉座の間に入ってから一時間ほどして、王の進行で報告会が始まった。  それまでは、最終確認をしたり、それが終わると、ユキちゃんメインで雑談をしたり、シンシアがヨルンに囲碁を教えたりしていた。  王族が玉座の間に入ってきた時は、中央のスパイが増えていることに驚いているようだった。 「まず始めに、本報告は私一人の力でまとめられたものではありません。陛下の御前にいるこの者達と、この場にいないセフ村の者達、レドリー辺境伯といった、此度の調査過程によって得られた私の大切な人達のおかげです。  それでは、ご報告いたします。結論から申し上げますと、本件は、私の失脚および処刑、または一時的な領地外追放を目的として、エフリー国スパイである騎士団副長と財務大臣の共謀により、口裏を合わせた上で、陛下へ虚偽の報告がなされ、私に横領の罪を着せようとしたものです。  ご存知の通り、副長は失踪、財務大臣は自害いたしました。スパイと断定した経緯ですが、城下町の孤児院で経理をしていた人物が、セフ村出身であると聞き、向かったところ、それが偽名であり、出身もでたらめであることが分かりました。  一方、朱のクリスタルについての調査を兼ねて、パーティーに参加予定のセフ男爵の娘アースリーの護衛で、レドリー辺境伯邸に向かったところ、クリスと出会い、彼女が各地を慈善活動で回っていた時に使用していた偽名が、先の偽名と一致しました。  レドリー辺境伯のお知恵をお借りし、最近、各地で頻発している災害や事故、事件が、エフリー国による破壊活動だった可能性があることが分かり、それを行っていた者がクリスと居合わせ、その偽名を名乗ったのではないかと思われます。この場合、クリスの自作自演という可能性もあります。  しかし、アースリーに催眠魔法がかけられていることが判明し、レドリー邸でクリスに解除してもらいました。おそらく、その内容は辺境伯の暗殺と推察します。私がジャスティ城や城下町を出る時に合わせて、セフ村で催眠魔法をかけていたと思われます。その時点で、クリスが自作自演のスパイではないと断定しました。  これは、私の動向が監視されている証左でもあり、実際、私がレドリー邸にいる時や、外に出た時、ジャスティ城に向かう時も、常に監視されていました。その監視役は非常に慎重で、捕らえることはできませんでしたが、このことから、ジャスティ城、あるいは城下町内で、私がいない時を見計らって、破壊活動を行う恐れがあると懸念いたしました。  しかし、陛下のご慧眼により、それは事前に食い止められました。  ところが、私達は監視役の慎重さを知っていたので、その計画には保険がかけられている可能性があると見て、偶然にも城下町ギルドで邂逅したヨルンにそのことを伝え、共に大聖堂の再調査を行ったところ、残党により計画が継続されていたので、それを阻止しました。これは、昨日の特別任務隊長の報告にあった通りです。  催眠魔法を扱える上位の魔法使いに命令できる存在がいるとすれば、それは国家レベルということになり、さらに、この一連の計画が、単に陛下への裏切り、反逆、内乱のレベルを超えていると判断し、関係者は他国のスパイに他ならないと結論付けました。  以上が経緯ですが、城内にいるであろうスパイを掃討しなくてはならず、一方で、自らの意志に反して何の疑いもない者に催眠魔法がかけられていた場合に、安全にそれを解除する必要がありました。  幸いにも、その両方を実現できるユキが協力してくれたため、ご覧の通り、中央のスパイを全て炙り出すことに成功しました。その後ろは、昨日と同様に告発できなかった者達です。残りの証拠を見つけ、スパイを処刑することで、此度の『ジャスティ城スパイ事件』は完全解決となります。  ただし、『ジャスティ国スパイ事件』は解決しておりません。騎士団副長ビトーの行方を調査する必要があります。また、催眠魔法により同様の事件が起きないとも限りません。このあとの対策検討会で、その対策案を提示いたします。  以上が、私の調査報告となります。報告書も完成しておりますので、後ほど提出いたします。ご清聴ありがとうございました。三人は私の報告に誤りがあれば指摘してくれ」  クリス達は頷くだけで、特に指摘はなかった。 「ご苦労。素晴らしい報告だった。あらぬ疑いをかけられ、孤独な調査まで命じられ、さぞ辛かっただろう。当然、私にも責任がある。  シンシア、改めてすまなかった。お主は部下のスパイ行為の責任を取ると申したが、此度の実績を以てすれば、一つの勲章や多くの金銀ですら余りあるだろう。  それは、クリス、ヨルン、ユキにも言えることだ。望みのものがあれば、遠慮なく申してみよ。その上で、対策検討会を開催するのが筋だろう」  シンシア達に、王から褒美が与えられることになった。実は全員、何を言うか決めてある。普通なら、どれも一筋縄ではいかないだろう。 「陛下の寛大な御心、尊敬と感謝の念に堪えません。私については、改めて騎士団長の任を解いていただき、それよりも上位の、陛下、殿下方の次に軍の指揮権力を有し、単独で遠征可能な、その存在と行動自体が戦略である騎士の新役職、『最高戦略騎士』を創設の上、私に任命いただきたく存じます。  これは、私自身でビトーの行方を調査、本人や関係者をその場で刑に処すことで、他国への牽制とするためでもあります。後任の騎士団長の推薦と引き継ぎ、教育が必要であるため、すぐにとは申しませんが、それらが済み次第、出発いたします」 「よかろう」  王が意外にもあっさりとシンシアの褒美を認めた。  どうやら、王とパルミス公爵は、このことを読んでいたらしい。対策検討会の前に褒美の希望を聞いたのも、人員配置が判明していないと、対策の議論ができないと見たからだろう。  また、城から最高軍事力がいなくなるのは、中々の決断力が必要だが、信頼するシンシアが考えた対策を講じれば問題ないということだろう。 「ありがたき幸せ! 次に、ユキから順に申し上げます」 「私は男爵位、およびセフ村近辺に領地をいただきたく存じます。レドリー辺境伯とは、すでに交渉済みで、爵位に伴って、領地の一部を実質的に割譲していただけるとのお言葉を頂戴しております。当然のことながら、催眠魔法は使用しておりませんし、脅迫もしておりません」 「まさかそこまで済んでいるとは……。よかろう。爵位名は叙爵式までに考えておく」  王は、彼女達の用意周到さに感心していた。  どうやら、ジャスティ国では女性でも新しく爵位を得ることができるらしい。ユキちゃんは感謝の言葉を王に言って、次はヨルンの番になった。 「僕は、申し訳ありませんが、軍に所属したいという言葉を撤回させてください。実は、僕は死に場所を探していたんです。でも、シンシアさん達と出会って、考えが大きく変わりました。度重なる無礼をお許しください。先の発言通り、褒美は辞退したく存じますが、それもまた大変失礼に当たると、改めて愚考いたしました。  もしいただけるのであれば、僕が今後提案する教育システムを始めとした様々なシステムの導入を、先入観なくご検討いただけないでしょうか。調理大臣ご提案の素晴らしいシステムに、勝るとも劣らない設計をしてみせます。  正直に申し上げますと、僕は大臣でも城の人間でもなく、仮に皆様のご慧眼を以てしても、部外者からの提案、ましてや国家運営に関わるシステムを受け入れるには抵抗があるのではないか、褒美の枠でなら受け入れやすいのではないかと、恐れながら愚考した次第です」 「よかろう。楽しみにしているぞ」  王の表情は、ヨルンの正直な提案とそれによってジャスティ国が今後どのようになっていくかを本当に期待しているようだった。  ヨルンは感謝の言葉を王に言った。最後はクリス。 「私は、ここではほとんど何もしていなかったので恐縮ですが、可能であれば、私が指名する食堂の調理師一人に対して、セフ村とユキさんが興す村への最低一週間の短期出張をご命令いただけないでしょうか。  私とヨルンくんはユキさんの村に住む予定ですが、訪れる旅人や村民のため、食の名産品や独自の料理の可能性について、是非、現地の環境をご確認の上、相談に乗っていただきたいのです。陛下の食に対する素晴らしい理念と実行力に感動を覚え、私も是非学びたいと愚考した次第です。  ただし、出張理由を正確に告げた上で、調理師本人がどうしても嫌だと拒否する場合は結構です。魔法で解決できるような理由があれば、遠慮なくご相談ください。  私が指名するのは、シチューをシンシアさんと一緒に運んできた女性調理師リオさんです。出張可能時期は後日、こちらからご連絡差し上げます」 「よかろう。食堂人事担当は調理大臣だ。クウィーク伯爵、予め伝えておいてくれ。クリスの希望通り、私の勅命と伝えるかどうかは任せる」 「はっ!」  王に対する返事で、やっとクウィーク伯爵の容姿を判別できた。  中肉ではあるが背は高い。肌の艶が良く、丁度良い体型と言えるだろう。リオちゃんによって栄養管理や体重管理もされているからだろうか。年齢は五十歳以上に見えるが、白髪はなく毛量も多い。この世界では、若い長女がいる割には、少し年齢が高めだ。単にそれより上の息子が多い可能性もあるだろう。 「クリスにだけは条件がある。それに関しては、お主達だけの秘密にせず話してもらおう」 「はい……」  突然、王に条件を付けられ、不安げに返事をするクリス。自分から切り出すか迷っている様子だったが、それよりも早く、王が続けた。 「美味い料理ができたら、必ず私に連絡するように! 食堂で再現できないようなら、直接食べに行くことも辞さない!」 「っ……はい!」  クリスが元気良く返事をすると、王も満足そうだった。『粋』なやり取りだ。 「それでは、後ろの十五人から聴取を行うか」 「はっ!」  シンシアが返事をすると、十五人に指示をして、一人ずつ所属と名前、告白できなかった内容と理由を聞いていった。それが終わると、処罰は後日行われるものと告げられ、中央のスパイ達については、牢屋に入れることとなった。追加のスパイ達の証拠が出揃い次第、牢屋に入れられた者達は全員処刑される予定だ。  今回の場合、仮に証拠がなくても処刑するとのことだ。容疑者からの嘘偽りがない完全な自白であって、証拠は単に周囲の納得感を得るためと、今後の調査や対策に役立てるためのものに過ぎないからだ。  それにしても、これだけ自由自在に人を操ることができる催眠魔法の危機意識が、世界のルールによって、欠如を強いられている理由が分からない。いや、正確には思い付きはするが、いつも以上に妄想の域を出ない。  そもそも、世界のルールがどのように適用されるかも分かっていない。生まれた瞬間からなのか、物心ついてからなのか。少なくとも、イリスちゃんという天才がいる以上、その謎に気付くはずだから、それより後天的でないことは確かだろう。それが遺伝子に刻まれているのなら、それ以上考える必要はないのだが、そうでないのなら、推察の余地はある。  『それ』は、人に対して、催眠魔法とは異質の影響を与えるもののはずだ。なぜなら、催眠魔法であれば、解除魔法で簡単にルール適用外になってしまうからだ。また、一度だけに留まらないはずで、永続的にルールを適用するのであれば、常に影響を与え続けている可能性が高い。そのようなものに一つ心当たりがある。  この世界で、生まれてからも物心ついてからも常に身近にあるもの。結界だ。結界内に長く留まっている人間に対して、ルールが永続的に適用されるとすれば、辻褄は合う。結界内に一度も住んだことがない人は適用されないが、そんな人間はいない。結界外に出ても、その効果が切れたとしても、適用は続く。その場合は、結界魔法の詠唱に、催眠魔法とは違う魔法が組み込まれているだろう。  それを仮に『記憶改竄魔法』と呼ぶとして、詠唱を読み解くことができる魔法研究者のユキちゃんでさえも、気付いていない特殊な魔法だ。もちろん、知らなければ確認もできないし、解除もできないのは、シチューにかけた遅効性魔力結合型催眠解除魔法と同様だ。  どのようにして記憶改竄魔法が組み込まれた結界が発明されたのか。それを考えると、結局のところ、『真の原書』の著者に行き着くわけだが、魔法使い村で最初に魔法書を書いたのは、やはり触神様かそれに近い存在なのではないだろうか。  モンスターが現れる以前から存在していた魔法使い村の魔法書に、不要だったはずの結界魔法が記述されている不自然さを想像すれば理解しやすい。動物や害獣ではなく、モンスターのみを排除するというところもミソだろう。  村から非魔法使い家族を追放する際、催眠魔法による記憶改竄を行ったという話だった。それが本当なら、催眠魔法と記憶改竄魔法は同一ではなく、後者は村の代表者ですら知らない魔法となる。  実は嘘を教えられていたとすれば、魔法書には記述されていない既知の魔法だ。しかし、村の人達は、隠すならまだしも、嘘を言える性格ではない。  以上のことから、俺の推察はある程度の信憑性があると思う。あとで、イリスちゃんに聞いてみよう。 「続いて、スパイ対策検討会を開催する。シンシアから提案があるとのことなので、まずはそれを聞く」  スパイや告白できなかった者達は玉座の間からいなくなったが、そのスペースにテーブルや椅子が用意されるわけでもなく、別室に移動するわけでもなかったので、王はこの会がすぐに終わると見ているのだろう。 「それでは申し上げます。現在、城内には牢屋にいる者達を除いて、スパイは一人もおりません。したがって、これから入ってくる者を監視すればいいことになります。  スパイには二種類います。他国から直接命令を受けた外部からのスパイと、その者と共謀する内部のスパイです。後者は反逆者か、脅迫されているか、催眠魔法がかけられています。  その内、外部スパイと催眠魔法がかけられた者への対策としては、城の出入口全てに、ユキの確認変化トラップを設置し、来訪者と応対者の記録はこれまで通り行いますが、記録用紙を二枚用意し、一枚は入口の兵に渡し、もう一枚は帰り際に渡します。そして、全ての応対者は来訪者を正面入口まで見送ることを徹底します。  それにより、たとえ来訪者が応対者に催眠魔法をかけていたとしても、入口に近づいた時点で分かります。記録用紙は、一枚目と二枚目が同内容か、来訪者と応対者の人数が正しいかを確認します。  魔法使い以外が来訪者の場合は、そんなことをしなくてもいいのではないか、とお考えになるかもしれませんが、魔力を抑えている場合があるので、見た目でも魔力感知魔法でも判別不能です。出入口以外の警備はこれまで通りです。  トラップを全て設置次第、城の出入りを解禁します。外部スパイが一時的なものではなく、内部スパイに変化しようとする場合もあるでしょう。その際は、採用面接で催眠魔法や自白魔法をかけて正体を明かしてもらいます。魔法を拒否したら不採用にし、要注意人物として監視します。  問題は、催眠魔法がかけられていない既存の従事者が変貌した内部スパイですが、大臣や組織に少しでも綻びが見られた時点で、その者達全員に催眠魔法や自白魔法をかけます。  その際は、面接時も同様ですが、魔法をかけた者が暴走して不要なことまで聞き出そうとしないように、複数の管理責任者を別途置きます。綻びを見つけることが難しい場合は、定期検査を行うのも一つの手段ですが、ユキやクリスのように空間展開を習得していない限り、時間と負担がかかります。予め、組織の監査基準と、強制監査権限を持つ監査役を設けるべきでしょう。  以上がスパイ対策案ですが、この際、できるだけ危険をなくしたいと考えます。現在、料理の毒見がどのように行われているか分かりませんが、陛下のご信頼を得ているものと拝察します。  しかし、調理大臣ご提案のシステムが導入された今でも、毒見係本人が危険なことには変わりないと私は考えております。また、本人のスキルを疑うわけではありませんが、体調が悪い場合や、得意な者が不在で、いつもとは別の者が行った場合、たとえ複数人で確認したとしても、不安定な結果になるものと考えておりますが、調理大臣、いかがですか?  念のために申し上げておきますが、責めているわけではありません。単なる確認です」  シンシアがクウィーク伯爵の方を向いて、意見を求めた。 「騎士団長のご指摘通りです。しかし、当然のことながら、万全の体制を整えておりますので、王家の方々や食堂利用者におかれましては、ご心配をおかけすることは一切ございません」  クウィーク伯爵が一歩前に出て答えた。それに対して、シンシアが続けた。 「ご回答ありがとうございます。私は、ジャスティ国が誇る調理師達を、毒によって一人も失ってほしくありませんし、健康さえ害してほしくないのです。もしかすると、蓄積された毒の後遺症で味覚に影響するかもしれませんから。  そこで提案ですが、ユキとクリスが毒の判別トラップを、調理場の指定の場所に複数箇所設置します。判別魔法だけでは、未知の毒はすり抜けてしまうため、料理が完成したら、必ずそこを通すことにし、それから毒見をするというのはいかがでしょうか。  ただし、頻繁に物が置かれるテーブルやデシャップのような場所は、すぐに効力を失ってしまうため、設置しないことにします。毒魔法は研究量が物を言うと聞きました。世界最高峰の研究者二人であれば、毒魔法使用者の研究量を優に上回り、既存のあらゆる毒を網羅できるはずです。  未知の毒が発見された場合は、それを判別トラップに追加できるようにします。誰でも追加できるように、ユキが準備をしておくのでご心配には及びません。どのような毒を判別しているか、あるいは既存の毒全てを網羅しているかは、国家機密とします。  本対策により、先程のクリスの希望通り、調理師一人が出張しても、少なくとも毒見に関しての影響はなくなります。是非、ご検討ください」 「騎士団長には、ただただ感服するばかりです。素晴らしいご提案でした。早速、検討いたします。早ければ、明後日には検討結果をご報告できるかと」  リオちゃんとすり合わせるためだろう。本当はすぐにでも話し合えるが、家との手紙のやり取りの時間を余分に含めたようだ。  まさに、国会みたいなやり取りだったが、国会もこれだけスムーズであればなぁとは誰もが思うだろう。 「ありがとうございます。最後に、先日の大聖堂再調査において、私達が具体的にどのように調査したのか、および私達以外がどのように調査すべきかをマニュアル化いたしますので、今後の同様の調査で討伐漏れを防止するためにも、後日提出したいと考えております。  もう一つだけ、これはハッキリとした対策とは言えないので別件ですが、朱のクリスタルをユキに預からせ、長期間の調査をご依頼いただけないでしょうか。  朱のクリスタルが一つの場所に保管されていた『聖女コトリスの悲劇』と今回の『ジャスティ城スパイ事件』、どちらも共通するのは『裏切り』です。クリスタルが心の負の面を増長させている可能性があり、たとえ輝きが戻ったとしても、再度、同様の事件が起こりかねません。あるいは、戻らなくても起こるかもしれません。  いずれにしても、城の危険を排除しつつ、真相を究明できればと考えております。念のために申し上げますが、このことはレドリー辺境伯もご存知ではなく、クリスタルの影響を悪用するために、意図的に陛下へ献上した可能性はありませんので、ご心配には及びません。私からは以上です」 「うむ。シンシアのスパイ対策案と、ユキへの朱のクリスタル調査依頼、この場で承認したいと思う。意見のある者は申してみよ。…………。では、他に提案がなければ、これにて閉会とする。  シンシア、調理場以外は実行に移してかまわない。完了次第、パルミス公爵に報告せよ。  それと、もう一つ。レドリー辺境伯とエトラスフ伯爵の親書は、お主達だけであれば読んでもかまわない。その後は、先日言った通り、処分せよ」 「はっ! 朱のクリスタル調査につきましては、諸々の儀式が済んだ後、ユキの出発に合わせて着手いたします」  なぜ朱のクリスタルを手元に置いておかないか、盗まれたらどうするんだと思うかもしれないが、城内にそのような者がいれば、それは王への裏切り行為に当たるし、他者を招き入れようとしても同様で、その炙り出しに使えるからだ。しかも、その点については、先の催眠魔法ですでに確認済みで、シンシアが挙げた対策でさらにセキュリティが強化されている。それに、深い興味を持っていると知られないようにして、盗みを働きたくなるような心変わりを防いでいることもある。盗まれるとしたら大規模な襲撃に乗じてだが、その場合はそれどころではないので、襲撃を警戒していた方がまだ良い。  いずれにしても、問題はないということだ。もちろん、フラグでもない。



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前のエピソード 俺達と女の子達が催眠魔法を駆使して国家を救済する話

俺達と女の子達が調査報告して国家の英雄になる話(1/3)

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 二十二日目の昼前。  俺達はクリスの外套に入り、一同は玉座の間の前にいた。あのあと、夕方前に、ユキちゃんが遅効性魔力結合型催眠解除魔法をかけに調理場に行き、食堂が閉じる前にシンシアを起こし、夕食を済ませた。  部屋に戻ってくると、全員で風呂に入ってから、そのまま四人で、ベッドで寝た。身長を考慮しながら、ダブルベッドを斜めに使い、さらに睡眠魔法を使えば、多少狭くても眠れるだろうと、シンシアを除く三人で話し合った結果だ。  全員、いつものリズムに戻ることができたところで、朝食を済ませ、少し部屋で休んでから今に至る。部屋にいた間は、シンシアは報告書を書いていた。  そして、昨日の練習で、早くも空間展開と音声伝達魔法を習得したクリスが、当初予定していたユキちゃんの代わりに、近くの兵士達に聞こえないように、空間催眠魔法を使った。  しばらく待っていると、色々な職務や役職の者達がぞろぞろと集まってきて、扉の前に行列を作ったようだ。やっぱり、思ったよりも多いな。とは言え、全員がスパイではないはずだ。 「集まった者は全員、玉座の間に入り、中央の拘束されている者達を囲め」  シンシアが命令すると同時に扉を開けた。言われた通りに、中央のスパイを囲むスパイ容疑者達。容疑者は二十人か。一度中央を囲んだのは、それ以降の命令がしやすいことと、扉から離れることで、外の兵士達に命令の内容を聞かれないようにするためだろう。 「中央を囲む者達の内、他国のスパイ、他国と通じている者、陛下を裏切るための画策をしている者は一歩前に歩み出よ。それ以外の者は中央より扉側で、玉座を向いて五列に並べ」  すると、五人が前に出て、十五人は五列に並んだ。 「そのまま、私が指示するまで待機しろ」  シンシアは待機命令後、扉の兵士達に五人分の重りと縄を持ってくるように指示した。用意された拘束具で、ヨルンが五人の身動きを封じた。 「ありがとう、ヨルン。それでは、昼食に行こうか。今日は人気メニューだから、早めに並んでおきたい。浮動分を逃さないようにしないとな。と言っても、浮動分も多いし、他の来客はほとんどいないはずだから大丈夫だと思うが、念のためということで」  シンシア達は、玉座の間を出て、扉の兵士達に報告会の時間まで再度出入り禁止にしてもらい、食堂に向かった。  俺達も中で見張っているので心配いらないが、これまで一瞬の油断もできない仕事をしていたとは思えない切り替えの早さで、昼食を楽しみにするシンシア。昨夜と今朝のメニューに満足していたクリスも、ワクワクが抑えられないようだった。俺達は昼食の間、クリスの外套の中で縮小化することにした。 「食堂のシステム一つ取っても、本当によくできていますよね。それだけでも期待感があります」  昨日の夕食で、シンシアが食堂のシステムについて話していたことだ。食堂側で予め献立を公開し、三日前までに整理券を配ることで予約とみなして、その一割を長期間城外にいて予約できなかった人達や来客のための浮動分として、その合計人数分の料理をそれぞれ作る。  それとは別に、給与から天引きされた一ヶ月三食分の食券が存在し、余ったら持ち越して、年度末にそれを返却することで、天引き分の給与が還付される。新メニューは口に合わない可能性があるので、食券不要。来客分の食券も不要。その分の予算は城から出ているから、食堂の経費には影響なし。  食券の大量譲渡による還付金の水増しおよび分配は、国家への詐欺となるので、関係者は全員死刑ということだった。  ヨルンもクリスの意見に同意して頷いていた。 「来客を連れた人が並ぶのに有利なのも面白いですよね。他の予約できなかった人達は決められた時間以降に並ばないといけないですから」 「しかも、ちゃんとした理由で、それが徹底されてるのがすごいよね」  さらに、ユキちゃんもヨルンに同意した。これも昨日のシンシアの説明にあったことだが、上司が予約できなかった人のために気を利かせて、早く並べるように休憩時間を早めることもしてはいけない。  なぜなら、上司目線では、そのことに気を配らないといけないし、それができないと部下からの内面評価に怯えないといけず、負担しか増えないからという、細かい点まで配慮された取り決めだ。予約できなかったのは本人の責任に留めるということでもある。精神面から責任の所在まで考慮されている素晴らしいシステムだ。  シンシアがシチューの感想を求められた時に、システム考案者本人であろう彼女の名前を聞いてくれた。間違いなく偽名だろうが、彼女は『リオ』というらしい。リーディアちゃんの偽名の『リア』に似ているな。年齢はシンシアと同じぐらいに見えたとユキちゃんも言っていた。若いのに組織の全体が見えているのは、一つの才能だろう。 「職務で言えば、労務にも影響しているからな。今後どうなっていくか楽しみだ」  シンシアは、今後創設されるであろう労務組織と労務大臣のことを言っているのだろう。他部署と連携した改革を期待しているのだ。  一同は、すでに食堂に着き、営業再開時間を並んで待っていた。他に並んでいる人はいないようだ。アリサちゃん達は、朝食にも現れなかったので、どうやら王族と食事をしているらしい。もしかすると、来客扱いではないのかもしれないな。  そんなことを考えていると、食堂の扉が開き、中から誰か出てきた。 「残りのお連れ様はいらっしゃらないですね? 四人とも『ジャスティスパゲッティ』でよろしいですか? 違う場合はその料理の番号を指で表してください。ただし、そこに書いてある通り、それぞれ浮動分は一人分しかありません」  声から察するにリオちゃんだ。調理師が直接聞きに来るのか。浮動分が書いてある黒板が扉横に置いてあり、それを指して言っているのだろう。やはり手際が良い。  料理をすぐに出せるように、料理の注文数を予め確認した。それ自体は普通だが、こちらが無言でも成り立つ確認方法だったのが良い。  それにしても、人気メニューとは聞いていたが、ほとんどの人は『ジャスティスパゲッティ』しか頼まないんだな。『超大人気』メニューじゃないか。  リオちゃんが戻ってから約五分後、食堂の扉が開き、シンシア達は中に入った。促された声から、扉を開けたのは別の調理師だった。  シンシア達が『受け取りカウンター』に進み、食券を渡したが、これまでとは様子が違うようだ。 「そちらの食べ方の説明を読む時間がなく、騎士団長以外は『ジャスティスパゲッティ』が初めてだと思うので口頭で説明します。  この『胡椒』がかかってから、二分以内に一口目をお召し上がりください。一口目の前に時間があれば、テーブルにある料理そのものの詳細をご覧ください。順番は最初にサラダを一口、スパゲッティを一口、最後にスープを一口。このローテーションを繰り返してください。ただし、スパゲッティは終始混ぜずに端の方からお召し上がりください。  サラダは先になくなりますが、お気になさらず。スープは残るので、締めに一気に飲んでください。それまでには丁度良く冷めています。会話は全てお召し上がり後にお願いします。時間と共に味が変わるので、会話をしているとその変化が終わってしまい、味を楽しめないからです。それでは、『胡椒』を振ります」  リオちゃんの説明が終わりかける瞬間に、料理が別の調理師によって差し込まれたようだ。完璧なタイミングだ。彼女もこの調理場も、料理に命をかけていると言っても過言ではない。その料理を最高に美味しく食べられる方法を丁寧に教えてくれたし、おそらく、胡椒の加減も、料理一品一品の状態に合わせて、変えているに違いない。リオちゃんならそれが可能だろう。 「食べ方を教えてくれる店、好き。『お好きなようにお召し上がりください』って言われても、『こっちはあなた達の料理を最高に美味しい方法で食べるために来たんだけど』って思うから。逆に、客側で『好きなように食わせろ』って言う人もいるけど、それは味音痴の極みだし、料理人への敬意もないね」  相変わらず辛辣なコメントをするゆうだが、俺も同意だ。味に関しては、俺もうるさい。 「時間がある時は、料理の説明もあると良いな。食材や料理への理解が深まると味の解像度も高くなる。似た食材の料理や、同じ食材の別料理を食べた時に、それぞれの違いが分かるようになる。そうなると、味覚の幅が広がり、美味いものがより美味くなる。多少不味いものは、その中でも美味いところを見つけることができる。それをリオちゃんも分かっているから、テーブルの料理詳細のことを言ったんだろうな。  つまり、この城内では、リオちゃんによって完全に味覚の育成が行われている。味覚は当然、教えられて身に付けられるものではないから、まさに食育の極みと言っていい」  俺達が話している間に、シンシア達は胡椒がかかったスパゲッティのお盆を持って、すぐ近くの席に座った。言われた通り、料理の詳細を三十秒ほど見てから黙々と食べる一同。最後までその手が止まることはなかった。 「…………」  食べ終わってもなお、会話のない一同。この反応、俺には分かる。放心するほど美味かったのだろう。  食堂には続々と城内の兵士達が入ってきて、食事をしたり、済んだりしてもいるようだが、やはり異様なほど静かだ。ちなみに、騎士団員の休憩シフトとは異なる時間帯らしく、これまでも団員に見つかることはなかったから、シンシアが声をかけられることもない。 「シンシアさん、おかわりはできないんですか……? 頭がおかしくなりそうです……。味も量も満足しているのに、まだ欲しがってしまう……。もうおかしくなってるのかも……」 「できない……。そもそも、何も言わずとも最初から特盛だったんだ……。十分に味わえるように……」  クリスが涙声でシンシアに聞き、シンシアも涙声で答えた。もしかして、みんな泣いているのか?  「僕はこんな気持ち初めてです……。満足感、焦燥感、虚無感、絶望感、期待感が全て入り混じっている……。わけが分かりません……」 「この料理、最高で最強の発明品だよ……。これで戦争がなくなるかもしれないし、戦争が起こるかもしれない……。この思い出を催眠魔法で再現し続けたら、記憶を消さずに幸福を与えたまま廃人にできるんじゃないかな……」  やはり涙声のヨルンと、何気に怖いことを涙声で言うユキちゃん。  このみんなの様子から、ヤバイ薬でも入ってるんじゃないかと思ってしまうが、料理に心血を注ぐあの調理師達がそんなことするわけはない。シンシア達は、俺達が体液を摂取する時と同じレベルの感動を味わっているのだ。  それを理解している俺が、ヨルンが言ったことを補足すると、味に満足し尽くしたものの、食べ終わるとその味が次第に消えていってしまい、終いにはなくなり、もう味わえなくなるも、次にいつ味わえるのだろうと思ってしまう、という感情の移り変わりを表した言葉だ。それを言葉で詳細に説明しなくても、全員が理解しているので、誰も聞き返さないのだ。  周りに耳を傾けてみると、同じようにすすり泣きの声が聞こえる。何回食べても感動できる味なのはすごいな。 「大盛りスパゲッティって味にもよるけど、途中で飽きるよね? それが特盛だとすると、三百グラムは最低でもあるだろうから、それでも飽きない味で、さらに泣くほど感動する味っていうのは、一度食べてみたいな」  ゆうが言った通り、俺も涎が出てきて、食べたくなった。 「味の変化を胡椒の絶妙な振り加減で調整してるが、城下町の店とか、普通の調理師は技術的に再現できないんじゃないか? 胡椒が安値で十分量手に入るのかも怪しいし、俺達が知っている胡椒ではないかもしれない」 「胡椒って、インド原産だよね。スパゲッティはイタリア語だし、お兄ちゃんも気付いてると思うけど、これまで使ってきた言葉にも、色々な国の単語が混ざってた。こっちの世界地図を見てみたいよね。ユキちゃんの家の地図は一部だけだったし。まあ、存在しないだろうし、存在してもかなり不正確だと思うけど」 「世界地図か……。触手には不要だと思っていたが、俺達のように大移動する触手体がいて、そのためのスキルを持っていても不思議ではないか。  いや、何で今更思ったかと言うと、今の話と合わせて思い出したのもあるが、シンシアとヨルンが触手討伐の話をしていた時に、仮にそれが触手体だったら、生き延びてどこかに避難しなければならない。安全な場所を探す間に力尽きても困るから、自分に合った場所に、地理的に効率良く移動できるスキルがあってもいいんじゃないかと考えたのが理由だ。  触手にとっては、それほど都合の良いスキルではないから、必要スキルと合わせて、低レベルを抜けた辺りで取得できるぐらいが良いかな。必要スキルは別途考えないとな。今度、両性具有対応のスキルと一緒に追加しよう」 「こんな時まで触手とスキルのこと考えてる……。だったら、触手を調理したらどうなるか、考えてみてほしいね」 「良いこと言うじゃないか。『触手の尻尾切り』『栄養蓄積』『催淫液』から発想して、俺達を食べた対象を虜にする『寄生マリオネット』とかどうだ?」 「うざ! それ、調理じゃなくて生だし! もういいから、リオちゃんに細切れにしてもらって!」  かっこいいスキル名を思い付いたと思ったんだけどな。まあ、実際には他のスキルと被って不採用だな。  ゆうの手のひらドリルとリオちゃんの包丁で粉砕されたら、触手調味料になって、鰹節のようにうねうねと料理の上で踊るしかない。一応、冷たい料理の上でも踊ることができるから、ダンス力では鰹節より勝っているだろう。 「それでは、玉座の間に戻ろうか。ここで香りを堪能して、名残惜しくなることもあるが、最終的には元気になって、これからも頑張ろうという気になるから、心配しなくていい」  シンシアの言葉に、一同は席を立つと、お盆を『返却カウンター』に置き、食堂を出て玉座の間に向かった。 「実は、報告会を今日の午後に再設定したのもそれが理由だ。参加者全員、やる気が出る。おそらく、『ジャスティスパゲッティ』の日は、王族含めて一人残らずそれを食べている。  他の料理の浮動分である一人分というのは、予約者数が十人の一割ではなく、九人以下の場合の最低用意分で、実際の予約者数はゼロ人と言われている。当然、浮動分を頼む者もいない。  なぜ一人分だけ用意するのかは、調理場の練習のためとも、まかないのためとも言われているが、それを調理師に聞いても教えてくれないらしい。まあ、それに関しても、陛下がおっしゃった通り、詮索しない方が私達のためになるだろう。  ついでに言うと、食べ方の説明を事前に私からしなかったのも、彼女の流れるような説明を聞いてほしかったことが理由だな。なぜ今まで彼女の存在に気付けなかったのか……。私が成長したからだろうか。今ならビトーに気付けたのだろうか……」  シンシアは少し考え込んでいるようだった。そう言えば、スパイ候補者の中に、食堂関係者はいなかったな。いたら、簡単に王族を毒殺できるが、調理大臣のクウィーク伯爵かリオちゃんが、そうならないように対策しているのだろうか。催眠魔法に対する危機意識がない中で、どう対応しているのか気になるところだ。  また、毒そのものの対策も気になる。確認魔法を頼んでいるとしても、その魔道士団員が催眠魔法にかかっていたら、嘘を言うだろう。毒見係を常に用意していれば問題ないが、シチューを食べる時に、王族や調理場が特に言及しなかったことから、明確に役割を与えられた者は存在しないか、自明である可能性が高い。後者の場合は、シチューを運んできた過程での調理場の誰か……。  リオちゃんだな。繊細な味覚スキルを用いれば、少し舐めただけでも、毒入り料理の味や香りの変化に気付くだろう。毒が無味無臭の場合は、体調の変化を気にすればいい。大量に料理を作っているので、個人の持ち物を検査さえしていれば、一舐めが致死量に達するようなことはない。あの時の質問は、『彼女は何をしているのですか? 毒見はもう済ませてありますよ』という意味だったか。  王族には調理場の誰が毒見をしたか言う必要はないし、疑われればその場で再度自分が食べればいい。ましてや、シチューの時はシンシアが毒見をしてくれた。いつも毒見をしていると知られれば、調理大臣の長女だとバレてしまう可能性がある。調理場でも上手く理由を付けて、バレていないんだろうな。  毒に対して徹底しているとしたら、もしかすると、浮動分一人分を作る理由は、料理担当者をできるだけ分散させ、味見を兼ねた毒見係と責任の明確化を両立させるためだろうか。大量に作る人気メニューは、たとえ毒が入れられて、リオちゃんが判別できなかったとしても、その毒が薄められることで、被害者数は多くなるが、健康被害を最小限に抑えられる。と言うか、食中毒と違って、大量の毒が盛られない限り、健康被害は起きない。一人分、または少数分を一人の調理師が作る場合は、本人が責任を持って監視や確認、調理をしないと、味見で服毒死することになるし、そのまま出したら犯人となる。  そもそも、今回のように誰も頼まないので、ちょっとした事件にさえならない。リオちゃん以外の担当者をランダムで決めるようにすれば、毒殺計画を立てるのも難しい。  このようなことを食堂に来る人達に話すと、食への不安を与えかねないので、誰も言わないのだろう。あるいは、料理長とリオちゃんしか知らないのかもしれないが、いずれにしても、話すメリットはない。いつものように証拠がない無茶な推察だが、俺もゆう以外には誰にも言わないようにしよう。シンシアは気付くだろうか。しかし、気付かない方が良いこともある。  一同は、すでに玉座の間の扉の前まで来ていた。 「シンシアさんが、もし副長の裏切りに気付いていたら、セフ村にも来てなかったし、私とも出会わなかった。  アーちゃんとクリスさんが今ほど仲良くなることもなかったかもしれない。  リーちゃんやレドリー辺境伯とも今ほど打ち解けられなかったかもしれない。  クリスさんがここに来ることもなかったし、ヨルンくんとも出会わなかった。  シンシアさんとヨルンくんは出会ったかもしれないけど、ここまで仲良くなることはなかった。  もちろん、この場に四人が集まることもなかった。  実は、シンシアさんのおかげで私達は知り合えたんだよ。人生って面白いよね。絶望してたのに、後悔したこともあるのに、その時は人生なんてつまらない、早く終わらせたいって思っていたのに、いつの間にかみんなで笑顔になって、幸せを感じてる。その逆だってあるかもしれない。  本当に、死ぬまで何が起こるか分からない。たとえ寝たきりになっても何かある。待ってるだけで『それ』が来る時もあるし、自分から動かないと来ない時もある。これって奇跡だよ。起こらないから奇跡なんだって言うけど、実はその辺に奇跡っていっぱい落ちてるんだよね。それに気付かない、拾い上げられないだけで。でも、そのことがまた別の奇跡に巡り合わせてくれる。  結局、私達の周りで不幸になった人は、シンシアさん含めて一人もいない。今はそれでいいんじゃないかな。ううん、それこそ、今みたいにあとで気付くんだよ。それに、私達には数々の奇跡を起こしてきた『存在』が付いてることだし、これからいっぱい奇跡を拾い上げていこうよ。将来、あれって奇跡だったんだって思えることを。私の『運』もあるからさ」 『奇跡』を自分が拾い上げてきた『宝石』になぞらえて、ユキちゃんはシンシアを励ました。  ユキちゃんの言う通りだ。ここまでの道のりは、実はシンシアの『軌跡』でもあるのだ。俺達だけではない、彼女を軸にして人が集まり、彼女のために心を結集させて報告会に臨もうとしている。  物語で言うなら、みんなが慕ってくれる俺達を仮に『主人公』とするのであれば、イリスちゃんは『もう一人の主人公』、シンシアは『裏の主人公』と呼ぶべきだろうか。いや、城に来てからのシンシアは『新主人公』か。もちろん、みんな大好きな『ヒロイン』なのは言うまでもない。 「ありがとう、ユキ。みんなに会えて本当に良かった……。このあとは、絶対にみんなで笑い合いたい。泣いて喜びたい。みんな、まだまだよろしく頼む!」 『はい!』  シンシアに向かって、元気よく返事する三人。その話を聞いていた扉の前の兵士達が、感動の拍手をした。 「ふふっ、何だか気恥ずかしいな。君達もありがとう。報告会まではまだ時間があるが、再度この扉を通る時の私の表情に期待していてほしい。では、開けてくれ!」 『はっ!』  二人の兵士が扉を開け、シンシア達は、改めて報告会の舞台、玉座の間に入った。 「では、シンシア。改めて報告を聞こう」  シンシア達が玉座の間に入ってから一時間ほどして、王の進行で報告会が始まった。  それまでは、最終確認をしたり、それが終わると、ユキちゃんメインで雑談をしたり、シンシアがヨルンに囲碁を教えたりしていた。  王族が玉座の間に入ってきた時は、中央のスパイが増えていることに驚いているようだった。 「まず始めに、本報告は私一人の力でまとめられたものではありません。陛下の御前にいるこの者達と、この場にいないセフ村の者達、レドリー辺境伯といった、此度の調査過程によって得られた私の大切な人達のおかげです。  それでは、ご報告いたします。結論から申し上げますと、本件は、私の失脚および処刑、または一時的な領地外追放を目的として、エフリー国スパイである騎士団副長と財務大臣の共謀により、口裏を合わせた上で、陛下へ虚偽の報告がなされ、私に横領の罪を着せようとしたものです。  ご存知の通り、副長は失踪、財務大臣は自害いたしました。スパイと断定した経緯ですが、城下町の孤児院で経理をしていた人物が、セフ村出身であると聞き、向かったところ、それが偽名であり、出身もでたらめであることが分かりました。  一方、朱のクリスタルについての調査を兼ねて、パーティーに参加予定のセフ男爵の娘アースリーの護衛で、レドリー辺境伯邸に向かったところ、クリスと出会い、彼女が各地を慈善活動で回っていた時に使用していた偽名が、先の偽名と一致しました。  レドリー辺境伯のお知恵をお借りし、最近、各地で頻発している災害や事故、事件が、エフリー国による破壊活動だった可能性があることが分かり、それを行っていた者がクリスと居合わせ、その偽名を名乗ったのではないかと思われます。この場合、クリスの自作自演という可能性もあります。  しかし、アースリーに催眠魔法がかけられていることが判明し、レドリー邸でクリスに解除してもらいました。おそらく、その内容は辺境伯の暗殺と推察します。私がジャスティ城や城下町を出る時に合わせて、セフ村で催眠魔法をかけていたと思われます。その時点で、クリスが自作自演のスパイではないと断定しました。  これは、私の動向が監視されている証左でもあり、実際、私がレドリー邸にいる時や、外に出た時、ジャスティ城に向かう時も、常に監視されていました。その監視役は非常に慎重で、捕らえることはできませんでしたが、このことから、ジャスティ城、あるいは城下町内で、私がいない時を見計らって、破壊活動を行う恐れがあると懸念いたしました。  しかし、陛下のご慧眼により、それは事前に食い止められました。  ところが、私達は監視役の慎重さを知っていたので、その計画には保険がかけられている可能性があると見て、偶然にも城下町ギルドで邂逅したヨルンにそのことを伝え、共に大聖堂の再調査を行ったところ、残党により計画が継続されていたので、それを阻止しました。これは、昨日の特別任務隊長の報告にあった通りです。  催眠魔法を扱える上位の魔法使いに命令できる存在がいるとすれば、それは国家レベルということになり、さらに、この一連の計画が、単に陛下への裏切り、反逆、内乱のレベルを超えていると判断し、関係者は他国のスパイに他ならないと結論付けました。  以上が経緯ですが、城内にいるであろうスパイを掃討しなくてはならず、一方で、自らの意志に反して何の疑いもない者に催眠魔法がかけられていた場合に、安全にそれを解除する必要がありました。  幸いにも、その両方を実現できるユキが協力してくれたため、ご覧の通り、中央のスパイを全て炙り出すことに成功しました。その後ろは、昨日と同様に告発できなかった者達です。残りの証拠を見つけ、スパイを処刑することで、此度の『ジャスティ城スパイ事件』は完全解決となります。  ただし、『ジャスティ国スパイ事件』は解決しておりません。騎士団副長ビトーの行方を調査する必要があります。また、催眠魔法により同様の事件が起きないとも限りません。このあとの対策検討会で、その対策案を提示いたします。  以上が、私の調査報告となります。報告書も完成しておりますので、後ほど提出いたします。ご清聴ありがとうございました。三人は私の報告に誤りがあれば指摘してくれ」  クリス達は頷くだけで、特に指摘はなかった。 「ご苦労。素晴らしい報告だった。あらぬ疑いをかけられ、孤独な調査まで命じられ、さぞ辛かっただろう。当然、私にも責任がある。  シンシア、改めてすまなかった。お主は部下のスパイ行為の責任を取ると申したが、此度の実績を以てすれば、一つの勲章や多くの金銀ですら余りあるだろう。  それは、クリス、ヨルン、ユキにも言えることだ。望みのものがあれば、遠慮なく申してみよ。その上で、対策検討会を開催するのが筋だろう」  シンシア達に、王から褒美が与えられることになった。実は全員、何を言うか決めてある。普通なら、どれも一筋縄ではいかないだろう。 「陛下の寛大な御心、尊敬と感謝の念に堪えません。私については、改めて騎士団長の任を解いていただき、それよりも上位の、陛下、殿下方の次に軍の指揮権力を有し、単独で遠征可能な、その存在と行動自体が戦略である騎士の新役職、『最高戦略騎士』を創設の上、私に任命いただきたく存じます。  これは、私自身でビトーの行方を調査、本人や関係者をその場で刑に処すことで、他国への牽制とするためでもあります。後任の騎士団長の推薦と引き継ぎ、教育が必要であるため、すぐにとは申しませんが、それらが済み次第、出発いたします」 「よかろう」  王が意外にもあっさりとシンシアの褒美を認めた。  どうやら、王とパルミス公爵は、このことを読んでいたらしい。対策検討会の前に褒美の希望を聞いたのも、人員配置が判明していないと、対策の議論ができないと見たからだろう。  また、城から最高軍事力がいなくなるのは、中々の決断力が必要だが、信頼するシンシアが考えた対策を講じれば問題ないということだろう。 「ありがたき幸せ! 次に、ユキから順に申し上げます」 「私は男爵位、およびセフ村近辺に領地をいただきたく存じます。レドリー辺境伯とは、すでに交渉済みで、爵位に伴って、領地の一部を実質的に割譲していただけるとのお言葉を頂戴しております。当然のことながら、催眠魔法は使用しておりませんし、脅迫もしておりません」 「まさかそこまで済んでいるとは……。よかろう。爵位名は叙爵式までに考えておく」  王は、彼女達の用意周到さに感心していた。  どうやら、ジャスティ国では女性でも新しく爵位を得ることができるらしい。ユキちゃんは感謝の言葉を王に言って、次はヨルンの番になった。 「僕は、申し訳ありませんが、軍に所属したいという言葉を撤回させてください。実は、僕は死に場所を探していたんです。でも、シンシアさん達と出会って、考えが大きく変わりました。度重なる無礼をお許しください。先の発言通り、褒美は辞退したく存じますが、それもまた大変失礼に当たると、改めて愚考いたしました。  もしいただけるのであれば、僕が今後提案する教育システムを始めとした様々なシステムの導入を、先入観なくご検討いただけないでしょうか。調理大臣ご提案の素晴らしいシステムに、勝るとも劣らない設計をしてみせます。  正直に申し上げますと、僕は大臣でも城の人間でもなく、仮に皆様のご慧眼を以てしても、部外者からの提案、ましてや国家運営に関わるシステムを受け入れるには抵抗があるのではないか、褒美の枠でなら受け入れやすいのではないかと、恐れながら愚考した次第です」 「よかろう。楽しみにしているぞ」  王の表情は、ヨルンの正直な提案とそれによってジャスティ国が今後どのようになっていくかを本当に期待しているようだった。  ヨルンは感謝の言葉を王に言った。最後はクリス。 「私は、ここではほとんど何もしていなかったので恐縮ですが、可能であれば、私が指名する食堂の調理師一人に対して、セフ村とユキさんが興す村への最低一週間の短期出張をご命令いただけないでしょうか。  私とヨルンくんはユキさんの村に住む予定ですが、訪れる旅人や村民のため、食の名産品や独自の料理の可能性について、是非、現地の環境をご確認の上、相談に乗っていただきたいのです。陛下の食に対する素晴らしい理念と実行力に感動を覚え、私も是非学びたいと愚考した次第です。  ただし、出張理由を正確に告げた上で、調理師本人がどうしても嫌だと拒否する場合は結構です。魔法で解決できるような理由があれば、遠慮なくご相談ください。  私が指名するのは、シチューをシンシアさんと一緒に運んできた女性調理師リオさんです。出張可能時期は後日、こちらからご連絡差し上げます」 「よかろう。食堂人事担当は調理大臣だ。クウィーク伯爵、予め伝えておいてくれ。クリスの希望通り、私の勅命と伝えるかどうかは任せる」 「はっ!」  王に対する返事で、やっとクウィーク伯爵の容姿を判別できた。  中肉ではあるが背は高い。肌の艶が良く、丁度良い体型と言えるだろう。リオちゃんによって栄養管理や体重管理もされているからだろうか。年齢は五十歳以上に見えるが、白髪はなく毛量も多い。この世界では、若い長女がいる割には、少し年齢が高めだ。単にそれより上の息子が多い可能性もあるだろう。 「クリスにだけは条件がある。それに関しては、お主達だけの秘密にせず話してもらおう」 「はい……」  突然、王に条件を付けられ、不安げに返事をするクリス。自分から切り出すか迷っている様子だったが、それよりも早く、王が続けた。 「美味い料理ができたら、必ず私に連絡するように! 食堂で再現できないようなら、直接食べに行くことも辞さない!」 「っ……はい!」  クリスが元気良く返事をすると、王も満足そうだった。『粋』なやり取りだ。 「それでは、後ろの十五人から聴取を行うか」 「はっ!」  シンシアが返事をすると、十五人に指示をして、一人ずつ所属と名前、告白できなかった内容と理由を聞いていった。それが終わると、処罰は後日行われるものと告げられ、中央のスパイ達については、牢屋に入れることとなった。追加のスパイ達の証拠が出揃い次第、牢屋に入れられた者達は全員処刑される予定だ。  今回の場合、仮に証拠がなくても処刑するとのことだ。容疑者からの嘘偽りがない完全な自白であって、証拠は単に周囲の納得感を得るためと、今後の調査や対策に役立てるためのものに過ぎないからだ。  それにしても、これだけ自由自在に人を操ることができる催眠魔法の危機意識が、世界のルールによって、欠如を強いられている理由が分からない。いや、正確には思い付きはするが、いつも以上に妄想の域を出ない。  そもそも、世界のルールがどのように適用されるかも分かっていない。生まれた瞬間からなのか、物心ついてからなのか。少なくとも、イリスちゃんという天才がいる以上、その謎に気付くはずだから、それより後天的でないことは確かだろう。それが遺伝子に刻まれているのなら、それ以上考える必要はないのだが、そうでないのなら、推察の余地はある。  『それ』は、人に対して、催眠魔法とは異質の影響を与えるもののはずだ。なぜなら、催眠魔法であれば、解除魔法で簡単にルール適用外になってしまうからだ。また、一度だけに留まらないはずで、永続的にルールを適用するのであれば、常に影響を与え続けている可能性が高い。そのようなものに一つ心当たりがある。  この世界で、生まれてからも物心ついてからも常に身近にあるもの。結界だ。結界内に長く留まっている人間に対して、ルールが永続的に適用されるとすれば、辻褄は合う。結界内に一度も住んだことがない人は適用されないが、そんな人間はいない。結界外に出ても、その効果が切れたとしても、適用は続く。その場合は、結界魔法の詠唱に、催眠魔法とは違う魔法が組み込まれているだろう。  それを仮に『記憶改竄魔法』と呼ぶとして、詠唱を読み解くことができる魔法研究者のユキちゃんでさえも、気付いていない特殊な魔法だ。もちろん、知らなければ確認もできないし、解除もできないのは、シチューにかけた遅効性魔力結合型催眠解除魔法と同様だ。  どのようにして記憶改竄魔法が組み込まれた結界が発明されたのか。それを考えると、結局のところ、『真の原書』の著者に行き着くわけだが、魔法使い村で最初に魔法書を書いたのは、やはり触神様かそれに近い存在なのではないだろうか。  モンスターが現れる以前から存在していた魔法使い村の魔法書に、不要だったはずの結界魔法が記述されている不自然さを想像すれば理解しやすい。動物や害獣ではなく、モンスターのみを排除するというところもミソだろう。  村から非魔法使い家族を追放する際、催眠魔法による記憶改竄を行ったという話だった。それが本当なら、催眠魔法と記憶改竄魔法は同一ではなく、後者は村の代表者ですら知らない魔法となる。  実は嘘を教えられていたとすれば、魔法書には記述されていない既知の魔法だ。しかし、村の人達は、隠すならまだしも、嘘を言える性格ではない。  以上のことから、俺の推察はある程度の信憑性があると思う。あとで、イリスちゃんに聞いてみよう。 「続いて、スパイ対策検討会を開催する。シンシアから提案があるとのことなので、まずはそれを聞く」  スパイや告白できなかった者達は玉座の間からいなくなったが、そのスペースにテーブルや椅子が用意されるわけでもなく、別室に移動するわけでもなかったので、王はこの会がすぐに終わると見ているのだろう。 「それでは申し上げます。現在、城内には牢屋にいる者達を除いて、スパイは一人もおりません。したがって、これから入ってくる者を監視すればいいことになります。  スパイには二種類います。他国から直接命令を受けた外部からのスパイと、その者と共謀する内部のスパイです。後者は反逆者か、脅迫されているか、催眠魔法がかけられています。  その内、外部スパイと催眠魔法がかけられた者への対策としては、城の出入口全てに、ユキの確認変化トラップを設置し、来訪者と応対者の記録はこれまで通り行いますが、記録用紙を二枚用意し、一枚は入口の兵に渡し、もう一枚は帰り際に渡します。そして、全ての応対者は来訪者を正面入口まで見送ることを徹底します。  それにより、たとえ来訪者が応対者に催眠魔法をかけていたとしても、入口に近づいた時点で分かります。記録用紙は、一枚目と二枚目が同内容か、来訪者と応対者の人数が正しいかを確認します。  魔法使い以外が来訪者の場合は、そんなことをしなくてもいいのではないか、とお考えになるかもしれませんが、魔力を抑えている場合があるので、見た目でも魔力感知魔法でも判別不能です。出入口以外の警備はこれまで通りです。  トラップを全て設置次第、城の出入りを解禁します。外部スパイが一時的なものではなく、内部スパイに変化しようとする場合もあるでしょう。その際は、採用面接で催眠魔法や自白魔法をかけて正体を明かしてもらいます。魔法を拒否したら不採用にし、要注意人物として監視します。  問題は、催眠魔法がかけられていない既存の従事者が変貌した内部スパイですが、大臣や組織に少しでも綻びが見られた時点で、その者達全員に催眠魔法や自白魔法をかけます。  その際は、面接時も同様ですが、魔法をかけた者が暴走して不要なことまで聞き出そうとしないように、複数の管理責任者を別途置きます。綻びを見つけることが難しい場合は、定期検査を行うのも一つの手段ですが、ユキやクリスのように空間展開を習得していない限り、時間と負担がかかります。予め、組織の監査基準と、強制監査権限を持つ監査役を設けるべきでしょう。  以上がスパイ対策案ですが、この際、できるだけ危険をなくしたいと考えます。現在、料理の毒見がどのように行われているか分かりませんが、陛下のご信頼を得ているものと拝察します。  しかし、調理大臣ご提案のシステムが導入された今でも、毒見係本人が危険なことには変わりないと私は考えております。また、本人のスキルを疑うわけではありませんが、体調が悪い場合や、得意な者が不在で、いつもとは別の者が行った場合、たとえ複数人で確認したとしても、不安定な結果になるものと考えておりますが、調理大臣、いかがですか?  念のために申し上げておきますが、責めているわけではありません。単なる確認です」  シンシアがクウィーク伯爵の方を向いて、意見を求めた。 「騎士団長のご指摘通りです。しかし、当然のことながら、万全の体制を整えておりますので、王家の方々や食堂利用者におかれましては、ご心配をおかけすることは一切ございません」  クウィーク伯爵が一歩前に出て答えた。それに対して、シンシアが続けた。 「ご回答ありがとうございます。私は、ジャスティ国が誇る調理師達を、毒によって一人も失ってほしくありませんし、健康さえ害してほしくないのです。もしかすると、蓄積された毒の後遺症で味覚に影響するかもしれませんから。  そこで提案ですが、ユキとクリスが毒の判別トラップを、調理場の指定の場所に複数箇所設置します。判別魔法だけでは、未知の毒はすり抜けてしまうため、料理が完成したら、必ずそこを通すことにし、それから毒見をするというのはいかがでしょうか。  ただし、頻繁に物が置かれるテーブルやデシャップのような場所は、すぐに効力を失ってしまうため、設置しないことにします。毒魔法は研究量が物を言うと聞きました。世界最高峰の研究者二人であれば、毒魔法使用者の研究量を優に上回り、既存のあらゆる毒を網羅できるはずです。  未知の毒が発見された場合は、それを判別トラップに追加できるようにします。誰でも追加できるように、ユキが準備をしておくのでご心配には及びません。どのような毒を判別しているか、あるいは既存の毒全てを網羅しているかは、国家機密とします。  本対策により、先程のクリスの希望通り、調理師一人が出張しても、少なくとも毒見に関しての影響はなくなります。是非、ご検討ください」 「騎士団長には、ただただ感服するばかりです。素晴らしいご提案でした。早速、検討いたします。早ければ、明後日には検討結果をご報告できるかと」  リオちゃんとすり合わせるためだろう。本当はすぐにでも話し合えるが、家との手紙のやり取りの時間を余分に含めたようだ。  まさに、国会みたいなやり取りだったが、国会もこれだけスムーズであればなぁとは誰もが思うだろう。 「ありがとうございます。最後に、先日の大聖堂再調査において、私達が具体的にどのように調査したのか、および私達以外がどのように調査すべきかをマニュアル化いたしますので、今後の同様の調査で討伐漏れを防止するためにも、後日提出したいと考えております。  もう一つだけ、これはハッキリとした対策とは言えないので別件ですが、朱のクリスタルをユキに預からせ、長期間の調査をご依頼いただけないでしょうか。  朱のクリスタルが一つの場所に保管されていた『聖女コトリスの悲劇』と今回の『ジャスティ城スパイ事件』、どちらも共通するのは『裏切り』です。クリスタルが心の負の面を増長させている可能性があり、たとえ輝きが戻ったとしても、再度、同様の事件が起こりかねません。あるいは、戻らなくても起こるかもしれません。  いずれにしても、城の危険を排除しつつ、真相を究明できればと考えております。念のために申し上げますが、このことはレドリー辺境伯もご存知ではなく、クリスタルの影響を悪用するために、意図的に陛下へ献上した可能性はありませんので、ご心配には及びません。私からは以上です」 「うむ。シンシアのスパイ対策案と、ユキへの朱のクリスタル調査依頼、この場で承認したいと思う。意見のある者は申してみよ。…………。では、他に提案がなければ、これにて閉会とする。  シンシア、調理場以外は実行に移してかまわない。完了次第、パルミス公爵に報告せよ。  それと、もう一つ。レドリー辺境伯とエトラスフ伯爵の親書は、お主達だけであれば読んでもかまわない。その後は、先日言った通り、処分せよ」 「はっ! 朱のクリスタル調査につきましては、諸々の儀式が済んだ後、ユキの出発に合わせて着手いたします」  なぜ朱のクリスタルを手元に置いておかないか、盗まれたらどうするんだと思うかもしれないが、城内にそのような者がいれば、それは王への裏切り行為に当たるし、他者を招き入れようとしても同様で、その炙り出しに使えるからだ。しかも、その点については、先の催眠魔法ですでに確認済みで、シンシアが挙げた対策でさらにセキュリティが強化されている。それに、深い興味を持っていると知られないようにして、盗みを働きたくなるような心変わりを防いでいることもある。盗まれるとしたら大規模な襲撃に乗じてだが、その場合はそれどころではないので、襲撃を警戒していた方がまだ良い。  いずれにしても、問題はないということだ。もちろん、フラグでもない。



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