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俺達と女の子達がパーティーに一部参加して囲碁とダンスの魅力と女の子の秘密を認知する話(2/5)

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 五十分後、会場には、リーディアちゃんとアースリーちゃんを除いて参加者が揃っていた。カレイドは、今から五分ほど前に先にメイドに呼ばれ、会場入りしており、扉付近に待機していた。残る二人も呼ばれて、時間通りに始まりそうだ。  出迎えをしていた辺境伯と夫人が会場内に入り、メイド達によって扉が一度閉められると、二人は扉近くの小高いステージに上がり、レドリー辺境伯が開会の挨拶を始めた。 「本日は、お忙しい中、我がレドリー辺境領居住域拡大パーティーにお集まりいただき、ありがとうございます。リディル=ユニオニルです。これもひとえに皆様のおかげでございます。今後も愛する妻のリーファや子ども達と一緒に、我が国のために邁進したいと考えております。  さて、本日は余興として、今流行りの碁を打てるスペースを振り返って左奥に用意し、そこで皆様が気軽に打てるだけでなく、強者同士の対局をご覧いただけるよう調整しました。その強者をご紹介します。  初めに、プレアード伯爵のご子息、ウィルズ=エクセレルさん! 彼は、チェスでもその実力を発揮し、皆様ご存知の通り、貴族の間では名を轟かせています。そして、その対局者は……」  カレイドがステージに上がり、レドリー辺境伯の向かって左側に並んだ。彼女を見る参加者は男女問わず、息を呑んでいるように見えた。 「カレイド=マーさんです。彼女は、私がウィルズさんに相応しい対局者を探していた時に、街で偶々見つけたのですが、明らかに頭脳強者のオーラを放っていたので、思わず声をかけずにいられませんでした。予想通り、碁を打てることが分かり、心躍ったものです。この二人なら、素晴らしい対局を見せてくれるでしょう」  レドリー辺境伯の紹介に、カレイドはお辞儀をして、囲碁スペースに向かった。  貴族達はお辞儀の意味が分からないだろうな。  辺境伯は話を続ける。 「乾杯までは、もう少々お待ちください。実は、まだお話しすることがあります。  皆様、長女のリーディアには、しばらくお会いしていないことでしょう。お会いしたことがない方々もおられるはずです。長らくご心配をおかけして申し訳ありませんでした。  本日は、彼女が参加いたします。そして、彼女が本パーティーに参加するキッカケを作ってくれた大切な友人も初参加となります。  セフ男爵の長女、アースリー=セフさんです。これも私の直感で、魅力的な彼女を一目見た時に、リーディアの友人になってほしいと思い、その場ですぐに招待許可を取りました。突然のことに驚かせて、迷惑をかけてしまったことは反省ですが、声をかけて本当に良かったと思っています。  今日までの数日、一緒に過ごしてみて、私達家族にとっても大切な存在となりました。もしかすると、皆様も彼女に魅了されるかもしれません。  では、改めてご紹介します。リーディアとアースリーさんです!」  メイド二人が外から扉を開け、二人が入場した。話していた通り、二人は手を繋いで扉から進んで、ステージに上り、アースリーちゃん、リーディアちゃん、レドリー辺境伯、夫人の順に並んだ。さながら、結婚披露宴の入場と両家代表挨拶だ。  参加者を見ると、やはり、リーディアちゃんとアースリーちゃんの魅力に、みんな釘付けだった。男性は全員、口を開けて固まっていて、たとえ女性であっても同じ反応をしている者が多かった。リーディアちゃんの小さい頃を知っている者も、その美しさと淑女然とした様子に驚いただろう。 「初めてご覧になる方々のために、こちらがリーディア、端にいるのがアースリーさんです。今後はこの二人の姿を色々なパーティーでご覧になると思います。どうぞ、よろしくお願いします」  少し遅れて、拍手が起こり始め、どんどん大きくなっていった。  アースリーちゃんにとっては社交界デビュー、リーディアちゃんにとっては再デビューとなったが、良いスタートになったようだ。 「お待たせいたしました。それでは、乾杯に移りたいと思います。その後は、ご遠慮なく料理を召し上がり、お互いにご紹介をお済ませください。お疲れの場合は、椅子も配置しておりますので、どうぞおかけください。少しの時間後に、碁の対局を開始します」  レドリー辺境伯の合図と共に、グラスに入ったワインがメイド達によって扉から持ち込まれ、テーブルに置かれた。それを各自、手に持ったことを確認して、ステージ上の全員にもグラスが渡された。 「我が国の永遠の繁栄、そして、皆様のご多幸とご健勝を祈念いたしまして……乾杯!」 「乾杯!」  レドリー辺境伯の乾杯の挨拶に、参加者の掛け声があり、いよいよ本格的にパーティーが始まった。  この進行と挨拶の内容を聞くと、日本の催事みたいな進め方だな。 「レドリー卿、改めて感謝するよ。彼と対局者の……カレイドさんを招待してくれて」  レドリー辺境伯に近づいてきた男が礼を言っているのが聞こえた。おそらく、ウィルズに碁で負けたエトラスフ伯爵だろう。 「ギリギリまで見つからなくて、どうしようかと思いましたよ」 「そのことだけでも、ちゃんと礼をしたいが……で、どうなのかね。実力のほどは」 「私は忙しくて、直接見たわけではないのですが、リーディアによると、相当強いらしいです。それだけでなく、彼女の振る舞いや話しの内容からも、知性が溢れ出ていると言っていました。安心して対局をご覧ください」 「おお! それは楽しみだ。では、彼女にも早めに挨拶に行ってこようかな……っと思ったら、すでに囲まれているではないか!」  彼の言う通り、意外にもカレイドはすぐに人気者になっていた。  彼女の魅力だけではない。どうやら、ウィルズにやられた人が思ったよりも多かったらしい。ようやく、エトラスフ伯爵の番が回ってきて、二人は挨拶できたようだ。  すると、ウィルズが近づいてきた。 「皆さん、弱者同盟を組んで敵討ちでも頼んでいたのかな? 強者と対局できると聞いて来てみたら、平民の女とはね。参加者のレベルで主催者のレベルが知れると言われているが、いやはや」  なるほど、想像通りの嫌な奴だ。ウィルズは言葉を放ち終わると、そのまま対局席の椅子に腰掛けた。それに続いて、カレイドはお辞儀をしたあとに腰掛けて、ウィルズを真っ直ぐに見た。 「これは、私の尊敬する師匠の言ですが、知力を競う者は、御前試合をすることも多く、そこで礼を失する者は当然いない。そして、その勝負師としての姿は、美しく、尊敬に値し、国家元首を含めたその場の皆が憧れさえする。その者達の存在が、国の『繁栄』と『安寧』を約束してくれると確信できる。『知』と『礼』とはそういうものだ。もちろん、技術を競う者も当てはまる部分はあるが、国の全てを司り、配慮しなければならない国家元首の知への憧れという面では及ばない。だから、とりわけ知力を競う者は、礼を重んじるべきなのだ。一つ一つの所作は丁寧に、発言や行動は謙虚に、主催者や対局相手には最大の敬意を払う。それこそが、その競技の『繁栄』と『安寧』を約束してくれるだろう。貶すなど以ての外だ、とおっしゃっていました」 「ははっ! 笑わせてくれる! それは、お前とボンクラ師匠が勝手に言っているだけだろう。お前達の、それも平民の理想を押し付けないでもらおうか!  僕のような天から才能を与えられた者に、このようなお粗末な者の相手をさせるなど、レドリー辺境伯の目は曇りに曇っているようだな。あのような田舎者を招待し、娘の友人にさせるのもそうか。リーディア嬢の曇りも親譲りなのかな? おっと、今のは独り言だ。独り言が口に出てしまう癖があってね」  内容は異なるものの、おそらく、エトラスフ伯爵にも放ったであろう独り言だが、それで済ませられないほどの悪態だ。  仮に嫌われても、問題がないほど大きい権力を持っているのだろうか。それとも親が余程の人格者か。 「奇遇ですね、私も同じ癖があります。対局中にも出てしまうかもしれませんが、ご容赦ください……。  それと、師匠はこうもおっしゃっていました。『それでも失礼な輩はいるだろう。そういう時は、同じレベルに落ちることはないが、厳しい指導が必要なこともある。静かに怒り、だが冷静に、そして、全力で教えてあげなさい。特に大切な人達をバカにされた時は』、と。  私は皆さんの想いを背負ってここにいます。そして私は……私達は全力であなたと向き合います」  俺が教えた心得を、自分の想いと合わせ、アレンジされた言葉で熱く伝えたカレイドに、俺達は感動した。絶対に負けられない。  二人のやり取りやカレイドの口上を耳にして、ギャラリーもさらに集まってきた。 「どうやら、頭も悪いようだ。独り言にしておいた方が良かったのにな。あとで恥ずかしくて死にたくなるだろうに。ああ、今のは独り言じゃないぞ」  ウィルズはさらに悪態を続けた。頭が良い人ほど、このような初対峙では慎重に言葉を選ぶ。闘志を露わにしているカレイドだって、勝利予告まではしていない。相手の力量が分からないにもかかわらず、ウィルズの自信は限度を超えている。  やはり、自分が天才で、世界一の碁打ちだと思っているのだ。本物の天才、しかも、決して人を見下したりしない謙虚な天才をよく知っている俺達からすれば、彼に怒りを覚えるどころか、逆に哀れに思えた。  しかし、感謝したいこともある。独り言の癖を向こうから言ってくれたことだ。これで、カレイドから俺達への報告が怪しまれ、注意されることはない。 「これ以上、不快な言葉をこの場にいる皆様にお聞かせする必要はないでしょう。始めましょうか。どうぞ、ニギってください」 『ニギリ』は先攻の黒石を持つ側を決める方法だ。上手か目上の人が、白石を適当な個数握って、それが偶数か奇数かを、もう一方が黒石一個から二個で示して、当たると黒、外すと白を持つ。一手三分の持ち時間無制限、コミなしの互先だ。  コミがない理由は、イリスちゃんによると、黒が有利なのは分かっているが、何目半がコミと決めても、それで納得する人はいないので、統計をとってから決定するスタンスを取った方が良いということだった。時間に余裕がある場合は、先後交代することも提案していたそうだ。  対局時計としては、砂時計が一つ、テーブルの横に置いてある。 「僕が黒か。せっかくだ、面白いものを見せてあげないとな」  その言葉から、容易に初手を想像できた。 「お願いします」  カレイドは対局前に礼をした。しかし、ウィルズはふんぞり返って何も言わない。  カレイドが砂時計をひっくり返すと、ウィルズはすぐに初手を打ち、砂時計をひっくり返した。 「うわー、初手天元かー。どうするの? お兄ちゃん」  ゆうがいきなり実況を始めた。初手天元は後半で活かせれば強い手だが、プロでも扱いは難しい。もちろん、それを好んで打つ人もいる。観ている方も興奮する面白い手だ。 「十の十、ど真ん中ですか……」  俺達からは碁盤がちゃんと見えているが、カレイドもちゃんと報告してくれる。 「まずは様子見だな。五五でもいいが、十六の四、星」  通常は、黒番から見て座標を数えるのだが、今回はシンシアに分かりやすいように、彼女から見た座標で統一した。 「えぇ⁉ いきなり、十五の四でツケてきた!」 「なるほどね。三三の手も面白いが、まだ様子見で、十六の三」  数手進んで右上隅が白の俺の地になったところで、上辺中央に俺が回ると、ウィルズの手が少し止まったが、すぐにまたその石にツケてきた。  俺は切り違いを狙い、最序盤でできた右上隅の黒の厚みを消すように、上辺右側で活きを狙った。急場での活きが確定したので、俺は大場の左上隅に周り、次は上辺中央の白を囮に上辺左側を地にしようと立ち回った。  その術中にウィルズは嵌り、この時点で、彼の棋力が判明した。 「お兄ちゃん、ウィルズって……」 「うーん、まあ、高くてもアマチュア一級ぐらいかな。最終手段で、イリスちゃんに助けを頼むことも考えていたが、必要なかったな。  未だに俺のことを舐めてるのか、焦ってるのか、現実を認めたくないのか、ほとんど考えずに反射で打ってるし、ツケに自信があるから、こんな序盤でも連発してるんだろうけど、それは今までの対局者が捌けなかっただけだからな。  俺はそれを利用して、好きな方向に厚みを作れる。ウィルズ相手なら、その石を殺すこともできるな。だから、ツケは大局を見ていないと諸刃の剣になる。そして、ツケの連発は、普通は中盤以降に劣勢の場合の勝負手で使う。もし使うなら、天元を活かしたいが、当然、このまま行けば活かせない。  あとは、俺のポカや指示ミスだけを注意すればいい。白の中押し勝ちだ」  ウィルズもようやくそれを理解したのか、手が遅くなってきた。時間はかけているが、もう手を読んでいないんじゃないだろうか。 「バ……バカな……」  俯いたウィルズの、誰にも聞こえないほど小さい独り言が、俺達には聞こえた。勝敗を察した観客も、少しざわつき始めた。 「これ、どちらが勝っているのですか?」 「おそらく、カレイドさんの方だと思います」 「ウィルズさんは碁が強かったはずでは?」  周りの貴族達の会話が聞こえてくる。 「彼女がそれを圧倒的に上回っているのです! すごいことです!」  それを耳にしたエトラスフ伯爵が、芝居がかった大きめの声で周囲に答えた。 「ぐっ……!」  ウィルズの性格なら、『うるさい! 静かにしろ!』と怒鳴っていてもおかしくないが、大敗が余程悔しいらしい。声も出ず、石に手もつけず、盤上を見ている。  ついには、砂時計が落ち切るまで、そのままにしていた。結局、六十手も行っていないところで、勝負が決まった。  本来、これだけの実力差があれば、指導碁に切り替えるべきだが、今回は礼を失した者に、分からせてやる必要があった。ウィルズもこれで何か変わってくれればいいが、これまでの生き方を変えるのは中々に難しい。あまり期待しないでおこう。 「あなたの時間切れ負けです。対局、ありがとうございました」  カレイドが落ち着いた声で負けを指摘し、礼をした。 「おお、素晴らしい! 実に見事だった! 打ち回しだけではない、その凛とした佇まい。感動を覚えたよ。私に碁の何たるかを、改めて教えてほしいぐらいだ」  エトラスフ伯爵が喜びの声を上げ、カレイドを称賛した。 「も、もう一度だ! い、今のは……それこそ余興で遊びだ! 次は本気でやる!」  ウィルズが声を張り上げ、お決まりの文句で再戦を申し入れた。観客も、『え?』という空気を見せている。 「あなたが負けを認めるなら、もう一度対局してもかまいません。お互いに勝敗を認めて、初めて次に進めるのです。それと、この対局そのものは確かに余興の一部ですが、『私達の対局』が遊びだとは、一言も言っていません。戦場で、相手の実力を見誤り、油断して遊び、ましてや死んだ者は、誰もが愚か者と嘲るでしょう? 肝に銘じてください」 「っ……! くっ…………」  カレイドの説教に、ウィルズはまた声が出なくなった。  観客は彼女の言葉に感心していたり、負けを認めないウィルズの諦めの悪さに声を潜めたりしていた。その状況に気付いたウィルズは、周囲を見回して、焦りの表情を浮かべている。時間をかければかけるほど、元々低かった彼の評価は地の底まで下がっていくだろう。 「…………ぼ……僕の……負けだ……」  微かに周囲にも聞こえる程度の声の大きさで、ウィルズは負けを認めた。 「おー、認めた。これで改心すればいいけどねー」 「こういう場合は、逆恨みされる恐れもあるが、そういう意味でも、変装は良い案だ。パーティー後は、いないことになっているからな」  ゆうと俺が話していると、カレイドとウィルズはすぐに再戦の準備を始めた。  次の決着までは少し時間がかかるかもしれない。観客もその直前までは興味がなさそうな様子で、囲碁スペースから離れていき始めた。  通例通り、次はこちらが黒を持った。初手天元などはせずに、初戦と同様に序盤は手堅く打つように心掛けた。  一方で、ウィルズは初戦とは違い、そこそこ考慮時間を使うようになったが、やはり、俺と彼とでは、布石に大きな差があり、その差を縮めようと彼がもがいても、俺が上手く躱したり、捌いたりするので、ペースは遅くなったものの、初戦と同様の展開で進んで行った。 「なんで……こんな……」  ウィルズの呟きが、現実を受け止めきれない気持ちを物語っていた。上辺から右辺は黒地、左下隅から中央に進出し、白地を消して大差。  すでに決着はついていて、あとは、ウィルズが降参するのを待つだけになっていた。観客も終局を予感して、再度集まってきていて、挨拶が一段落したレドリー辺境伯やリーディアちゃん、アースリーちゃんも見守っている。  それでも、彼はまだ打つことを続け、カレイドの手番が回ってきた。すると彼女は、まだ対局中にもかかわらず、ボヤキではない声量で、口を開いた。 「これは独り言ですが……対局で発声して負けを認める場合、『負けました』と『ありません』の二つのパターンがあります。後者は『もう手はありません』という意味です。発声しないパターンもあります。碁の場合は、アゲハマの石を全て盤上に置く、アゲハマに手をかざしてお辞儀をする、という二つです。  どのパターンでも問題ありませんが、私が負けを認める場合は、『負けました』と発声します。いくら悔しくても、負けたという事実を声に出して潔く認めることで、それを心に刻み、次は絶対に勝つぞ、もう『負けました』なんて言わないぞ、という気になれるからです。  負けることは悪いことでありません。それだけ学びが多いからです。  あなたが子どもの頃には、何と言っていましたか? そして、今ならどれを選びますか?」  カレイドは、それを言い終わると、時間をいっぱいに使って、石を盤上に打った。ウィルズは盤上よりも手前、床をじっと見ている。  あともう少しで、時計の砂が落ち切るというところで、彼がすっと動いた。 「負け……ました……」 「ありがとうございました」  ウィルズとカレイドの互いの発声のあとに、観客の歓声と拍手の音が会場内に響いた。余興としての対局が終わり、観客が散り散りになっても、ウィルズは下を向いたまま、しばらく動かなかった。  その彼に、カレイドは最後の声をかけた。 「良い対局でした。本当は、あなたがこれまでついた悪態を反省し、それぞれの人に謝罪すべきだとは思いますが、独り言だと言い張るなら、仕方がありません。  ただ、あなたは負けを知ったことで、これからまだまだ強くなる、そうでしょう?  心技ともに強くなったあなたが、過去を省みて、その時に何を為すべきか、真剣に考えていることを期待します。そうなったら、あなたも私も、余計な独り言を口に出すことはなくなっているでしょうね。それでは」  カレイドがウィルズから離れて、レドリー辺境伯の元に向かおうとした時、ウィルズが呼び止めた。 「待て! ……次は……次は負けないからな!」  ウィルズは目を潤ませ、カレイドを強く睨んでいたが、彼女は笑顔でぺこりとお辞儀をするだけに留めた。 「まあ、彼らしいですね。果たしてどうなるか……」  彼女は、カレイドとしてではなく、シンシアとして、誰にも聞こえない独り言を、俺達に向けて言った。  これにて、パーティーでの俺達にとっての大きなイベントは終演を迎えた。  とは言え、パーティーはまだ続いており、楽器演奏隊によるライブ、ダンスタイムに式次第を移して行った。



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 五十分後、会場には、リーディアちゃんとアースリーちゃんを除いて参加者が揃っていた。カレイドは、今から五分ほど前に先にメイドに呼ばれ、会場入りしており、扉付近に待機していた。残る二人も呼ばれて、時間通りに始まりそうだ。  出迎えをしていた辺境伯と夫人が会場内に入り、メイド達によって扉が一度閉められると、二人は扉近くの小高いステージに上がり、レドリー辺境伯が開会の挨拶を始めた。 「本日は、お忙しい中、我がレドリー辺境領居住域拡大パーティーにお集まりいただき、ありがとうございます。リディル=ユニオニルです。これもひとえに皆様のおかげでございます。今後も愛する妻のリーファや子ども達と一緒に、我が国のために邁進したいと考えております。  さて、本日は余興として、今流行りの碁を打てるスペースを振り返って左奥に用意し、そこで皆様が気軽に打てるだけでなく、強者同士の対局をご覧いただけるよう調整しました。その強者をご紹介します。  初めに、プレアード伯爵のご子息、ウィルズ=エクセレルさん! 彼は、チェスでもその実力を発揮し、皆様ご存知の通り、貴族の間では名を轟かせています。そして、その対局者は……」  カレイドがステージに上がり、レドリー辺境伯の向かって左側に並んだ。彼女を見る参加者は男女問わず、息を呑んでいるように見えた。 「カレイド=マーさんです。彼女は、私がウィルズさんに相応しい対局者を探していた時に、街で偶々見つけたのですが、明らかに頭脳強者のオーラを放っていたので、思わず声をかけずにいられませんでした。予想通り、碁を打てることが分かり、心躍ったものです。この二人なら、素晴らしい対局を見せてくれるでしょう」  レドリー辺境伯の紹介に、カレイドはお辞儀をして、囲碁スペースに向かった。  貴族達はお辞儀の意味が分からないだろうな。  辺境伯は話を続ける。 「乾杯までは、もう少々お待ちください。実は、まだお話しすることがあります。  皆様、長女のリーディアには、しばらくお会いしていないことでしょう。お会いしたことがない方々もおられるはずです。長らくご心配をおかけして申し訳ありませんでした。  本日は、彼女が参加いたします。そして、彼女が本パーティーに参加するキッカケを作ってくれた大切な友人も初参加となります。  セフ男爵の長女、アースリー=セフさんです。これも私の直感で、魅力的な彼女を一目見た時に、リーディアの友人になってほしいと思い、その場ですぐに招待許可を取りました。突然のことに驚かせて、迷惑をかけてしまったことは反省ですが、声をかけて本当に良かったと思っています。  今日までの数日、一緒に過ごしてみて、私達家族にとっても大切な存在となりました。もしかすると、皆様も彼女に魅了されるかもしれません。  では、改めてご紹介します。リーディアとアースリーさんです!」  メイド二人が外から扉を開け、二人が入場した。話していた通り、二人は手を繋いで扉から進んで、ステージに上り、アースリーちゃん、リーディアちゃん、レドリー辺境伯、夫人の順に並んだ。さながら、結婚披露宴の入場と両家代表挨拶だ。  参加者を見ると、やはり、リーディアちゃんとアースリーちゃんの魅力に、みんな釘付けだった。男性は全員、口を開けて固まっていて、たとえ女性であっても同じ反応をしている者が多かった。リーディアちゃんの小さい頃を知っている者も、その美しさと淑女然とした様子に驚いただろう。 「初めてご覧になる方々のために、こちらがリーディア、端にいるのがアースリーさんです。今後はこの二人の姿を色々なパーティーでご覧になると思います。どうぞ、よろしくお願いします」  少し遅れて、拍手が起こり始め、どんどん大きくなっていった。  アースリーちゃんにとっては社交界デビュー、リーディアちゃんにとっては再デビューとなったが、良いスタートになったようだ。 「お待たせいたしました。それでは、乾杯に移りたいと思います。その後は、ご遠慮なく料理を召し上がり、お互いにご紹介をお済ませください。お疲れの場合は、椅子も配置しておりますので、どうぞおかけください。少しの時間後に、碁の対局を開始します」  レドリー辺境伯の合図と共に、グラスに入ったワインがメイド達によって扉から持ち込まれ、テーブルに置かれた。それを各自、手に持ったことを確認して、ステージ上の全員にもグラスが渡された。 「我が国の永遠の繁栄、そして、皆様のご多幸とご健勝を祈念いたしまして……乾杯!」 「乾杯!」  レドリー辺境伯の乾杯の挨拶に、参加者の掛け声があり、いよいよ本格的にパーティーが始まった。  この進行と挨拶の内容を聞くと、日本の催事みたいな進め方だな。 「レドリー卿、改めて感謝するよ。彼と対局者の……カレイドさんを招待してくれて」  レドリー辺境伯に近づいてきた男が礼を言っているのが聞こえた。おそらく、ウィルズに碁で負けたエトラスフ伯爵だろう。 「ギリギリまで見つからなくて、どうしようかと思いましたよ」 「そのことだけでも、ちゃんと礼をしたいが……で、どうなのかね。実力のほどは」 「私は忙しくて、直接見たわけではないのですが、リーディアによると、相当強いらしいです。それだけでなく、彼女の振る舞いや話しの内容からも、知性が溢れ出ていると言っていました。安心して対局をご覧ください」 「おお! それは楽しみだ。では、彼女にも早めに挨拶に行ってこようかな……っと思ったら、すでに囲まれているではないか!」  彼の言う通り、意外にもカレイドはすぐに人気者になっていた。  彼女の魅力だけではない。どうやら、ウィルズにやられた人が思ったよりも多かったらしい。ようやく、エトラスフ伯爵の番が回ってきて、二人は挨拶できたようだ。  すると、ウィルズが近づいてきた。 「皆さん、弱者同盟を組んで敵討ちでも頼んでいたのかな? 強者と対局できると聞いて来てみたら、平民の女とはね。参加者のレベルで主催者のレベルが知れると言われているが、いやはや」  なるほど、想像通りの嫌な奴だ。ウィルズは言葉を放ち終わると、そのまま対局席の椅子に腰掛けた。それに続いて、カレイドはお辞儀をしたあとに腰掛けて、ウィルズを真っ直ぐに見た。 「これは、私の尊敬する師匠の言ですが、知力を競う者は、御前試合をすることも多く、そこで礼を失する者は当然いない。そして、その勝負師としての姿は、美しく、尊敬に値し、国家元首を含めたその場の皆が憧れさえする。その者達の存在が、国の『繁栄』と『安寧』を約束してくれると確信できる。『知』と『礼』とはそういうものだ。もちろん、技術を競う者も当てはまる部分はあるが、国の全てを司り、配慮しなければならない国家元首の知への憧れという面では及ばない。だから、とりわけ知力を競う者は、礼を重んじるべきなのだ。一つ一つの所作は丁寧に、発言や行動は謙虚に、主催者や対局相手には最大の敬意を払う。それこそが、その競技の『繁栄』と『安寧』を約束してくれるだろう。貶すなど以ての外だ、とおっしゃっていました」 「ははっ! 笑わせてくれる! それは、お前とボンクラ師匠が勝手に言っているだけだろう。お前達の、それも平民の理想を押し付けないでもらおうか!  僕のような天から才能を与えられた者に、このようなお粗末な者の相手をさせるなど、レドリー辺境伯の目は曇りに曇っているようだな。あのような田舎者を招待し、娘の友人にさせるのもそうか。リーディア嬢の曇りも親譲りなのかな? おっと、今のは独り言だ。独り言が口に出てしまう癖があってね」  内容は異なるものの、おそらく、エトラスフ伯爵にも放ったであろう独り言だが、それで済ませられないほどの悪態だ。  仮に嫌われても、問題がないほど大きい権力を持っているのだろうか。それとも親が余程の人格者か。 「奇遇ですね、私も同じ癖があります。対局中にも出てしまうかもしれませんが、ご容赦ください……。  それと、師匠はこうもおっしゃっていました。『それでも失礼な輩はいるだろう。そういう時は、同じレベルに落ちることはないが、厳しい指導が必要なこともある。静かに怒り、だが冷静に、そして、全力で教えてあげなさい。特に大切な人達をバカにされた時は』、と。  私は皆さんの想いを背負ってここにいます。そして私は……私達は全力であなたと向き合います」  俺が教えた心得を、自分の想いと合わせ、アレンジされた言葉で熱く伝えたカレイドに、俺達は感動した。絶対に負けられない。  二人のやり取りやカレイドの口上を耳にして、ギャラリーもさらに集まってきた。 「どうやら、頭も悪いようだ。独り言にしておいた方が良かったのにな。あとで恥ずかしくて死にたくなるだろうに。ああ、今のは独り言じゃないぞ」  ウィルズはさらに悪態を続けた。頭が良い人ほど、このような初対峙では慎重に言葉を選ぶ。闘志を露わにしているカレイドだって、勝利予告まではしていない。相手の力量が分からないにもかかわらず、ウィルズの自信は限度を超えている。  やはり、自分が天才で、世界一の碁打ちだと思っているのだ。本物の天才、しかも、決して人を見下したりしない謙虚な天才をよく知っている俺達からすれば、彼に怒りを覚えるどころか、逆に哀れに思えた。  しかし、感謝したいこともある。独り言の癖を向こうから言ってくれたことだ。これで、カレイドから俺達への報告が怪しまれ、注意されることはない。 「これ以上、不快な言葉をこの場にいる皆様にお聞かせする必要はないでしょう。始めましょうか。どうぞ、ニギってください」 『ニギリ』は先攻の黒石を持つ側を決める方法だ。上手か目上の人が、白石を適当な個数握って、それが偶数か奇数かを、もう一方が黒石一個から二個で示して、当たると黒、外すと白を持つ。一手三分の持ち時間無制限、コミなしの互先だ。  コミがない理由は、イリスちゃんによると、黒が有利なのは分かっているが、何目半がコミと決めても、それで納得する人はいないので、統計をとってから決定するスタンスを取った方が良いということだった。時間に余裕がある場合は、先後交代することも提案していたそうだ。  対局時計としては、砂時計が一つ、テーブルの横に置いてある。 「僕が黒か。せっかくだ、面白いものを見せてあげないとな」  その言葉から、容易に初手を想像できた。 「お願いします」  カレイドは対局前に礼をした。しかし、ウィルズはふんぞり返って何も言わない。  カレイドが砂時計をひっくり返すと、ウィルズはすぐに初手を打ち、砂時計をひっくり返した。 「うわー、初手天元かー。どうするの? お兄ちゃん」  ゆうがいきなり実況を始めた。初手天元は後半で活かせれば強い手だが、プロでも扱いは難しい。もちろん、それを好んで打つ人もいる。観ている方も興奮する面白い手だ。 「十の十、ど真ん中ですか……」  俺達からは碁盤がちゃんと見えているが、カレイドもちゃんと報告してくれる。 「まずは様子見だな。五五でもいいが、十六の四、星」  通常は、黒番から見て座標を数えるのだが、今回はシンシアに分かりやすいように、彼女から見た座標で統一した。 「えぇ⁉ いきなり、十五の四でツケてきた!」 「なるほどね。三三の手も面白いが、まだ様子見で、十六の三」  数手進んで右上隅が白の俺の地になったところで、上辺中央に俺が回ると、ウィルズの手が少し止まったが、すぐにまたその石にツケてきた。  俺は切り違いを狙い、最序盤でできた右上隅の黒の厚みを消すように、上辺右側で活きを狙った。急場での活きが確定したので、俺は大場の左上隅に周り、次は上辺中央の白を囮に上辺左側を地にしようと立ち回った。  その術中にウィルズは嵌り、この時点で、彼の棋力が判明した。 「お兄ちゃん、ウィルズって……」 「うーん、まあ、高くてもアマチュア一級ぐらいかな。最終手段で、イリスちゃんに助けを頼むことも考えていたが、必要なかったな。  未だに俺のことを舐めてるのか、焦ってるのか、現実を認めたくないのか、ほとんど考えずに反射で打ってるし、ツケに自信があるから、こんな序盤でも連発してるんだろうけど、それは今までの対局者が捌けなかっただけだからな。  俺はそれを利用して、好きな方向に厚みを作れる。ウィルズ相手なら、その石を殺すこともできるな。だから、ツケは大局を見ていないと諸刃の剣になる。そして、ツケの連発は、普通は中盤以降に劣勢の場合の勝負手で使う。もし使うなら、天元を活かしたいが、当然、このまま行けば活かせない。  あとは、俺のポカや指示ミスだけを注意すればいい。白の中押し勝ちだ」  ウィルズもようやくそれを理解したのか、手が遅くなってきた。時間はかけているが、もう手を読んでいないんじゃないだろうか。 「バ……バカな……」  俯いたウィルズの、誰にも聞こえないほど小さい独り言が、俺達には聞こえた。勝敗を察した観客も、少しざわつき始めた。 「これ、どちらが勝っているのですか?」 「おそらく、カレイドさんの方だと思います」 「ウィルズさんは碁が強かったはずでは?」  周りの貴族達の会話が聞こえてくる。 「彼女がそれを圧倒的に上回っているのです! すごいことです!」  それを耳にしたエトラスフ伯爵が、芝居がかった大きめの声で周囲に答えた。 「ぐっ……!」  ウィルズの性格なら、『うるさい! 静かにしろ!』と怒鳴っていてもおかしくないが、大敗が余程悔しいらしい。声も出ず、石に手もつけず、盤上を見ている。  ついには、砂時計が落ち切るまで、そのままにしていた。結局、六十手も行っていないところで、勝負が決まった。  本来、これだけの実力差があれば、指導碁に切り替えるべきだが、今回は礼を失した者に、分からせてやる必要があった。ウィルズもこれで何か変わってくれればいいが、これまでの生き方を変えるのは中々に難しい。あまり期待しないでおこう。 「あなたの時間切れ負けです。対局、ありがとうございました」  カレイドが落ち着いた声で負けを指摘し、礼をした。 「おお、素晴らしい! 実に見事だった! 打ち回しだけではない、その凛とした佇まい。感動を覚えたよ。私に碁の何たるかを、改めて教えてほしいぐらいだ」  エトラスフ伯爵が喜びの声を上げ、カレイドを称賛した。 「も、もう一度だ! い、今のは……それこそ余興で遊びだ! 次は本気でやる!」  ウィルズが声を張り上げ、お決まりの文句で再戦を申し入れた。観客も、『え?』という空気を見せている。 「あなたが負けを認めるなら、もう一度対局してもかまいません。お互いに勝敗を認めて、初めて次に進めるのです。それと、この対局そのものは確かに余興の一部ですが、『私達の対局』が遊びだとは、一言も言っていません。戦場で、相手の実力を見誤り、油断して遊び、ましてや死んだ者は、誰もが愚か者と嘲るでしょう? 肝に銘じてください」 「っ……! くっ…………」  カレイドの説教に、ウィルズはまた声が出なくなった。  観客は彼女の言葉に感心していたり、負けを認めないウィルズの諦めの悪さに声を潜めたりしていた。その状況に気付いたウィルズは、周囲を見回して、焦りの表情を浮かべている。時間をかければかけるほど、元々低かった彼の評価は地の底まで下がっていくだろう。 「…………ぼ……僕の……負けだ……」  微かに周囲にも聞こえる程度の声の大きさで、ウィルズは負けを認めた。 「おー、認めた。これで改心すればいいけどねー」 「こういう場合は、逆恨みされる恐れもあるが、そういう意味でも、変装は良い案だ。パーティー後は、いないことになっているからな」  ゆうと俺が話していると、カレイドとウィルズはすぐに再戦の準備を始めた。  次の決着までは少し時間がかかるかもしれない。観客もその直前までは興味がなさそうな様子で、囲碁スペースから離れていき始めた。  通例通り、次はこちらが黒を持った。初手天元などはせずに、初戦と同様に序盤は手堅く打つように心掛けた。  一方で、ウィルズは初戦とは違い、そこそこ考慮時間を使うようになったが、やはり、俺と彼とでは、布石に大きな差があり、その差を縮めようと彼がもがいても、俺が上手く躱したり、捌いたりするので、ペースは遅くなったものの、初戦と同様の展開で進んで行った。 「なんで……こんな……」  ウィルズの呟きが、現実を受け止めきれない気持ちを物語っていた。上辺から右辺は黒地、左下隅から中央に進出し、白地を消して大差。  すでに決着はついていて、あとは、ウィルズが降参するのを待つだけになっていた。観客も終局を予感して、再度集まってきていて、挨拶が一段落したレドリー辺境伯やリーディアちゃん、アースリーちゃんも見守っている。  それでも、彼はまだ打つことを続け、カレイドの手番が回ってきた。すると彼女は、まだ対局中にもかかわらず、ボヤキではない声量で、口を開いた。 「これは独り言ですが……対局で発声して負けを認める場合、『負けました』と『ありません』の二つのパターンがあります。後者は『もう手はありません』という意味です。発声しないパターンもあります。碁の場合は、アゲハマの石を全て盤上に置く、アゲハマに手をかざしてお辞儀をする、という二つです。  どのパターンでも問題ありませんが、私が負けを認める場合は、『負けました』と発声します。いくら悔しくても、負けたという事実を声に出して潔く認めることで、それを心に刻み、次は絶対に勝つぞ、もう『負けました』なんて言わないぞ、という気になれるからです。  負けることは悪いことでありません。それだけ学びが多いからです。  あなたが子どもの頃には、何と言っていましたか? そして、今ならどれを選びますか?」  カレイドは、それを言い終わると、時間をいっぱいに使って、石を盤上に打った。ウィルズは盤上よりも手前、床をじっと見ている。  あともう少しで、時計の砂が落ち切るというところで、彼がすっと動いた。 「負け……ました……」 「ありがとうございました」  ウィルズとカレイドの互いの発声のあとに、観客の歓声と拍手の音が会場内に響いた。余興としての対局が終わり、観客が散り散りになっても、ウィルズは下を向いたまま、しばらく動かなかった。  その彼に、カレイドは最後の声をかけた。 「良い対局でした。本当は、あなたがこれまでついた悪態を反省し、それぞれの人に謝罪すべきだとは思いますが、独り言だと言い張るなら、仕方がありません。  ただ、あなたは負けを知ったことで、これからまだまだ強くなる、そうでしょう?  心技ともに強くなったあなたが、過去を省みて、その時に何を為すべきか、真剣に考えていることを期待します。そうなったら、あなたも私も、余計な独り言を口に出すことはなくなっているでしょうね。それでは」  カレイドがウィルズから離れて、レドリー辺境伯の元に向かおうとした時、ウィルズが呼び止めた。 「待て! ……次は……次は負けないからな!」  ウィルズは目を潤ませ、カレイドを強く睨んでいたが、彼女は笑顔でぺこりとお辞儀をするだけに留めた。 「まあ、彼らしいですね。果たしてどうなるか……」  彼女は、カレイドとしてではなく、シンシアとして、誰にも聞こえない独り言を、俺達に向けて言った。  これにて、パーティーでの俺達にとっての大きなイベントは終演を迎えた。  とは言え、パーティーはまだ続いており、楽器演奏隊によるライブ、ダンスタイムに式次第を移して行った。



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