俺達と女の子達が暗号解読して女の子の想いと魔法生物を発見する話(2/2)

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 シンシアがアド達に作業のことを伝え、魔法の解読が始まってから丁度十分経ち、ユキちゃんとクリスが、魔法陣に書かれていた内容を俺達に見せてくれた。この内容、別のメッセージも含まれてるな……。とりあえず、それは置いておくとして、その内容から俺は作戦を立て、みんなに共有した。  そして、応接室に戻って、アド達にもクリスからそれを話してもらうようにした。 「それでは、あの場の状況をお話しします。まず、あの傷付けられた猫はシキさんが呼び出したもので間違いありませんが、驚くことに、『あの状態』で召喚されたものです。あの魔法陣で召喚する対象の条件は、傷付いた『魔法生物』でした。  私もユキさんも『魔法生物』という存在は初めて知りましたが、どうやら、この世界のどこかに何体か存在するらしいです。モンスター召喚には、世界に存在するモンスターを召喚するか、存在しないモンスターを作り出すかの二通りあります。  後者については、存在しないと言っても、厳密には、過去に存在したが、現在は存在しないモンスターです。つまり、完全に空想のモンスターは召喚できないということです。高レベルモンスターを召喚する場合は、後者一択です。なぜなら、高レベルモンスターは過去にしか存在しないからです。しかし、時間と魔力さえかければ、多くの場合、召喚できます。  話を元に戻して、魔法生物のような、それより高位の存在の場合、どれだけ時間と魔力をかけても、まず召喚は不可能です。ただし、一つだけ可能な方法があったようです。その存在が瀕死の場合は、比較的簡単に召喚できることをシキさんは突き止めていました。それでも高レベルモンスターの数倍の時間と魔力が必要ですが、それを実現したのです。  ただ、召喚はできたものの、肝心の瀕死状態を治すことができませんでした。だから、空間魔力停止魔法を使い、魔法生物の『時間』を停止させたのです。もう少し詳しく言うと、魔法生物の体は全て魔力で構成されているため、その魔力を停止させるということは、時間を停止させることに等しいのです。そして、その治療は私達に託されたということになります。  シキさんがなぜ魔法生物を召喚したのか、なぜ魔法生物が瀕死だったのかは、今は分かりません。また、私達の誰も空間魔力停止魔法を解除できず、治療方法も分からないので、まだそのままにしてあります。催眠魔法トラップは仕掛け直したので、あそこに入れる人はいません。  そこで、今後についてですが、私達があの魔法生物を救うための魔法の研究をして、できれば近い内に再度ここを訪れます。幸い、空間魔力停止魔法が切れるまでは、もう少し時間があるようなので。予定が決まり次第、手紙を送りますので、ご了承ください」  惨殺と聞くと、『聖女コトリスの悲劇』を思い出してしまうが、あっちの方はもっと細かくバラバラにされていた印象だ。  また、瀕死の原因で、ぱっと思い付くのは、魔法生物同士の争いで負けたか、不意を突かれて、悪趣味な人間によりいたぶられたか。それでも生きているのはすごい。しかし、魔法生物なのに血が流れるのは、どのような原理か分からない。血も魔力なのだろうか。なぜ、普通の動物を模しているのかも分からない。普通は幻獣や神獣のようなものを想像してしまう。 「承知しました。お待ちしております」  院長の返事を聞くと、クリス達は席を立ち、部屋を出る準備をした。 「アド、コリンゼ。昼食は城下町の『エビ亭』に行くつもりだが、君達も来るか? リオの紹介で裏メニューを頼む予定なのだが」 「そんなこと聞いたら行きたくなっちまうじゃねぇか。……ちょっと時間が欲しい。弟達、妹達との時間を作りてぇ」 「私もです!」 「分かった。それなら、せっかくだから、貴族の間で流行ろうとしている『男の娘ゲーム』でも教えようか」  シンシア達は、アドとコリンゼと一緒に自由室まで行き、子ども達と『男の娘ゲーム』で遊んだ。  やはり、優秀な子ばかりだ。すぐにルールを覚えて、最善の思考と言動をするようになった。俺達は、クリスの外套から出て部屋の様子を伺いたかったが、部屋の天井が低く、この子達の前では、透明化が切れた時点で気付かれてしまうかもしれないのでやめておいた。  今はいくつかのグループに分かれてゲームをしているが、声から察するに、子ども達の年齢幅は五歳から十四歳ぐらいだろうか。飛び抜けて目立った言動をする子はいなかったが、イリスちゃんのように周囲に合わせて能力を隠している場合もある。将来が楽しみだ。  その時間を利用して、俺はイリスちゃんに現状を報告した。彼女の方でも、魔法生物を救う方法を考えてみるとのことだった。その際、俺の現代知識が、方法をすぐに思い付く上で役に立つかもしれないということで、いくつか質問をされた。  そして、今日と明日は、イリスちゃんの都合が良い時間には俺達の時間が取れないので、もし分かったら、明後日に連絡をくれるよう頼んだ。  その後、昼頃に六人で『エビ亭』に行き、裏メニューを堪能した。六人分を用意してくれるか少し不安だったが、基本的には他の料理と材料が一緒で、味付けのバリエーションが増えたコース料理だったので、材料の面でも手間の面でも問題なく出してくれた。  その名も『エビ三連~卵と牛の野菜サンド~』。コース料理のため、オムレツとビーフシチューの量が通常よりも少なめだが、総量は五割増し。三回出てきて、そのどれも味が全く異なる。合間には次の料理に合わせた少量のサラダとスープが出てくるので、同じ卵と牛の料理でも全く飽きない。最後はパンでそれらを挟んで食べて、スープを一気飲み。  コース料理にもかかわらず、最初の料理が出てきてから、十五分で全て食べられる。満腹感も満足感も半端ないだろう。それを聞くと、リオちゃんが出してくれたサービスメニューと雰囲気が似ているようにも感じた。  価格は、紹介の初回のみ定食と同価格、次回以降に頻繁に裏メニューを頼むのであれば、量に合わせて五割増しとなるそうだが、一ヶ月に一回程度で頼むのであれば、そのままの価格にしてくれるらしい。そこは良心に任せた自己申告制だが、リオちゃんの紹介者であれば信じているとのことだ。  どうやら、ここの店長も料理長も、リオちゃんにはかなりお世話になったらしく、これだけ繁盛しているのは、リオちゃんが色々とアドバイスしてくれたおかげだと、料理が出終わってから挨拶に来た店長が言っていた。  シンシア達は、リオちゃんによろしく伝えてほしいと店長から頼まれて、店を後にした。 「いやー、最高だった。ありがとよ、裏メニューの存在を知れて良かったぜ。コリンは午前半休終わって城に戻るとして、お前らはこれからどうするんだ? 俺はギルドに顔を出すから、一緒には行けねぇが」  アドは自分の腹を叩きながら、料理の感想を言うと、午後の予定をシンシアに質問した。 「私達は少し休んでから食べ歩きをする予定だ。夕食は城で食べる」 「良いねぇ。もしかしたら、すでに知ってるかもしれねぇが、食べ歩きのオススメの店をいくつか教えてやるよ。ただし、いくら美味いからと言っても、ペース配分はちゃんと考えろよ。動けなくなっちまうぞ」  それから、一同はアドとコリンゼと別れ、一息ついてから、シンシアとアドのオススメ店を巡った。ユキちゃんが途中、考え事をしているような様子だったらしいが、食べる時はちゃんと美味しそうに食べていたので、気持ちの切り替えはできているようだ。  イリスちゃんに方法を考えてもらっていることは分かっているはずだが、やはり、自分でもどうすれば魔法生物を救えるかを考えているのだろう。普通なら、天才のイリスちゃんに全て任せていればいいと言うのだが、ユキちゃんの場合は必ずしもそうではない。自分で決断して行動することが、幸運に繋がるからだ。ましてや、双子の姉が残してくれたメッセージだ。自分の力で解決したいと思うのは当然だ。  魔法の知識が乏しい俺が手助けできるかどうかは分からないが、魔力粒子については、クリスと一緒に聞いていたので何となく分かる。その切り口から考えてみるか。  一同が食べ歩きを終え、城に戻り、夕食を済ませて部屋に戻る間、俺は魔力停止方法と魔法生物の回復方法について考えていた。 「ねぇ、シュウちゃん。聞いてもいい? あの猫ちゃんの回復方法から考えようと思うんだけど、物体ってどうやって形を保ってるの? 普通の回復魔法は、人間の治癒力を利用するからそういうことを考えなくていいんだけど、魔法生物の場合は、そういうのはない気がするんだよね。まずは、あの切断された手足をくっつけるにはどうしたらいいのかなって。  それとも、考える順番間違ってるかな? お姉ちゃんができなかったことから考えるなんて無謀かな? 魔力停止魔法から考えるべき?」  部屋に戻って、姫の部屋に行くまでの休憩時間中に、ユキちゃんから質問された。どうやら、ユキちゃんは自分の力『だけ』で解決しようとは思っていないようだ。それなら俺も積極的に手助けできる。  俺は早速、ソファー前のテーブルに紙を置いて、メッセージを書いた。ユキちゃんだけでなく、クリスとヨルンにも見てもらった。 『順番については、多分問題ない。共通する点はあるけど、ある程度は独立したものだと思うから。  それで、形を保っている法則だけど、元素が結合した状態で物質を構成している。比較的強い結合から順に言うと、主に、共有結合、イオン結合、金属結合の三つ。例えば、水は共有結合、食塩はイオン結合、鉄は金属結合。ただし、水については、水分子同士が水素結合で繋がっている。生物は共有結合と水素結合で成り立っている。  この違いは、元素や電子の陽性と陰性によるもので、陽と陰は互いに引かれ合うという前提で、共有結合はお互いの元素が電子を共有したもの、水素結合は電気陰性度が高い原子が水素原子を挟んで結び付いたものだ。イオン結合は元素そのものの陽イオンと陰イオンが結び付いたもの、金属結合は陽イオンが電子を共有したもの。  これを魔力粒子や魔法生物に当てはめるとどうなるかを考えるのが良いかもしれない』  実は、これはイリスちゃんにも説明したことだ。つまり、ユキちゃんはイリスちゃんと同じ質問をし、正解に辿り着こうとしているということだ。 「そうか……。電子の共有……水素による結び付き……。私の魔力粒子を媒介にしてくっつけることができれば……。でも、そんなに単純じゃない。そのためには、私の魔力が反発しないように変換も必要だし、最終的には残らないようにしないといけない。じゃないと手足が伸びた状態になっちゃうから。他に考えることは……」  ユキちゃんはキッカケを掴んだようだ。次は、魔力停止魔法とその解除の方か。 『もう一つ。例えば、金属や結晶は少しぐらい叩いたり押しても変形しない。それは、結晶構造で成り立っているからで、原子間距離の小ささにも関係している。  結晶構造には、主に体心立方格子、面心立方格子、六方最密構造、正四面体構造がある。図に書こう。  ……この中で、正四面体構造が最も硬い。金属結合ではなく、共有結合結晶で見られる構造だ。ユキちゃんに聞きたい。これらの構造の一つを利用して、空間内で対象の魔力を利用して充填させたらどうなる?』 「…………。少なくとも、魔力の流動は止まる……。それなら……。いや、でもそれも単純な話じゃない。魔力の反発を抑えつつ、対象の魔力を粒子化した上で包み込んで、空間内に留める必要がある。両者の魔力の自然消滅を避けるために魔力の変換と供給を常に行う必要もある。  その逆が解除だとすれば、第三者の魔力で魔法使用者の魔力を上書きした上で、その魔力だけを魔法生物の体内では馴染ませて、外部は一瞬で消滅させないといけない。いや、お姉ちゃんならもしかしたら、一般魔力に変換してるかも……。でも、それを頼ってもいけないから……。でも……でも……! 何とかなりそう! ありがとう、シュウちゃん!」  俺の高校化学の知識が役に立ったようで良かった。 「いやー、化学はお兄ちゃんの専門でもないのに、どこで役に立つか分からないもんだね。それまでに勉強してきたことって。てっきり、サイエンスの方の科学の発明の時に使うかと思ってたけど」  ゆうが結構大事なことを言った。 「だからこそ、勉強の大切さを分かってない人が多すぎるよな。やりたいことが決まっていない人ほど勉強するべきなのに。仮に決まっていても、人生はどうなるか分からないしな」 「流石、プロ棋士志望から触手研究家に転向した人の言うことは違うねぇ」 「実は、俺はプロ棋士になりたいと思ったことはないんだよ。『プロ棋士になるんでしょ?』って聞かれても、いつも答えをはぐらかしてただろ? 正直、俺は勝負師に向いてないんだよ。精神を削りたくないからな」 「株で稼いで、そのお金で触手系同人誌を買い漁ってた人の台詞とは思えないんだけど」 「だからすぐに辞めた。その時ばかりは、マイナージャンルで良かったと思ったな。しかも、触手一筋だから、目移りすることもなかった」 「うーん、シンプルにきも!」  俺は、ユキちゃんの笑顔とゆうの罵倒に嬉しくなり、一同が姫の部屋に行っても上機嫌だった。 「なるほど、茶番ですか……。分かりました。私が台本を書きましょう」  午前中の出来事について、シンシアが姫に説明すると、姫がアドのために台本を書いてくれることになった。 「まずは、アドさんの考えと合わせて、思い付いたことを概要だけ。  アドさんと彼女が少し遅めの夕食に向かう途中、私達とすれ違いざまに肩がぶつかります。  私は、その衝撃で肩の骨が砕けます。  私と取り巻きは、彼に治療費と慰謝料を請求するのですが、彼は拒否します。  私達は彼のことを甲斐性なしのつまらない男だと罵り、彼女のことも罵ります。  同時に、私は『面白い男』『面白い女』という言葉をカップルのそれぞれから本音で聞かないと、折れた骨が治らない体質だと言います。  そこで、彼は彼女のことを『面白い女』だと理由を付けて説明し、私はそれならと彼のことを罵り続け、同様に彼女から『面白い男』だという言葉を引き出します。  それで私の肩の骨が治り、一件落着。仲良くみんなで夕食に行きます。  ちなみに、その見た目から、ボスがシンシア、その部下が私、その子分として、知能派子分のクリスさんと異常者系子分のユキさん、ヨルンくんは三下です。  チーム名は『ファルサー』。そして私達の劇団名は『劇団茶番』。演目名は『ザ・茶番』。これでいかがでしょうか」  やっぱり姫は『面白い女』だ。どさくさに紛れて、自分も参加しようとしている。しかも、どんな体質なんだ。茶番中の茶番と言えるだろう。  だが、それで良いと思う。それが茶番だということをすぐに知らしめて、彼女を不安にさせず、姫のような面白くて、アドに協力してくれる知り合いがいるということを理解してもらうのだ。 「姫……。非常にありがたいのですが……。陛下にはご自分で許可をいただいてくださいね」 「薄々気付いてましたが、僕が三下役ですか……。全力で三下ムーブを決めてやりますよ!」  シンシアは姫を守る立場なのにボス役とは改めて面白い。そして、三下ヨルンが拳を握りしめて謎のやる気を見せている。活躍の場が得られて嬉しいのだろうか。 「では今夜は、練習と私のインスピレーションを兼ねて、女役持ち回りの『チンピラ一味ごっこ』でもしましょうか」  姫が今夜の設定を決めて、寝室へ向かおうとしたその時。姫以外の四人が、同時に声をかけた。 『あの……え?』  全員が同じ言葉を発するとは思わず、顔を見合わせて戸惑う四人。 「あ、じゃあ、僕からいいですか。シュウ様はご存知ですが、僕は今日から生理なので、シーツを血で汚してしまうかもしれません」 『私も……え?』  姫とヨルン以外の三人が、またも同じ言葉を発し、顔を見合わせた。  俺達も今日一日で時間帯は違うものの、四人が生理であることに気付いた。流石に偶然とは思えない。なぜなら、四人には明らかに共通する点があるからだ。それは、クリスタル所持者ということだ。  さらに驚愕の事実がある。転生前のゆうの月経周期も全く同じなのだ。これで、イリスちゃんが言った通り、俺達が朱のクリスタルの力で転生し、現在もその力を保持している可能性がより高くなった。  一方で、懸念点もある。例えば、ストレスや病気でその周期が一人でもずれた場合にどうなるのか、それが何らかの現象を引き起こすリスクの可能性もあるということだ。もちろん、そもそもずれないのかもしれない。  いずれにしても、四人に無理はさせたくない。ゆうは、この体になって頑丈になっているし、そんな器官はないし、無理をするという概念もないし、そのリスクはないはずだ。  ちなみに、アースリーちゃんは先週、リーディアちゃんは来週が生理だ。 「すごい偶然です! 皆さんは運命で結ばれているのかもしれませんね。はぁ……私も一緒が良かったです。あ、シーツのことは当然お気になさらず。気分が悪くなるようであれば、今日は早く寝ましょうか」  姫はクリスタルの詳細については教えられていないので、奇妙な偶然に驚きつつ、謎の一体感を求めていた。 「お気遣いありがとうございます。でも、生理魔法があるので大丈夫です。ヨルンくんには必要ないので、シンシアさんとユキさんには、私がかけましょう。血を止めることもできるのですが、それではシュウ様の経験値が減衰してしまうので、そのままにします」  そう言うと、クリスが詠唱を始めた。 「知りませんでした。そのような魔法があることを。もしかすると、あえて教えられなかったのでしょうか」  姫の問いに対して、ユキちゃんが答える。 「そうだね。魔法にあまり依存しちゃうと、それがかけられなかった時に、精神的に参っちゃうからね。私もほとんど使ってこなかったな。ものすごく重たい時は流石に使ったけど。足が動かないと、痛みの逃し所がなかったから。ヨルンくんは本当に痛みを全く感じないんだよね?」 「うん。だから、いつの間にか下着が汚れてて、嫌な気分でそれを洗うことになるんだよね。成長が止まってても、子どもを産めることが分かったのは少し嬉しかったけど、間違いなく相手を吹き飛ばすことになるから、考えるのをやめてた。今はシュウ様の子どもを産める嬉しさで頭がいっぱいだよ」  ヨルンが俺達に抱き付いてきた。俺達もそのお返しにヨルンの両頬を舐めた。 「終わりました。それでは、寝室に行きましょうか」  クリスの言葉で、一同は寝室に向かった。そして、汚い言葉で女役を順番に辱める夜が始まった。



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 シンシアがアド達に作業のことを伝え、魔法の解読が始まってから丁度十分経ち、ユキちゃんとクリスが、魔法陣に書かれていた内容を俺達に見せてくれた。この内容、別のメッセージも含まれてるな……。とりあえず、それは置いておくとして、その内容から俺は作戦を立て、みんなに共有した。  そして、応接室に戻って、アド達にもクリスからそれを話してもらうようにした。 「それでは、あの場の状況をお話しします。まず、あの傷付けられた猫はシキさんが呼び出したもので間違いありませんが、驚くことに、『あの状態』で召喚されたものです。あの魔法陣で召喚する対象の条件は、傷付いた『魔法生物』でした。  私もユキさんも『魔法生物』という存在は初めて知りましたが、どうやら、この世界のどこかに何体か存在するらしいです。モンスター召喚には、世界に存在するモンスターを召喚するか、存在しないモンスターを作り出すかの二通りあります。  後者については、存在しないと言っても、厳密には、過去に存在したが、現在は存在しないモンスターです。つまり、完全に空想のモンスターは召喚できないということです。高レベルモンスターを召喚する場合は、後者一択です。なぜなら、高レベルモンスターは過去にしか存在しないからです。しかし、時間と魔力さえかければ、多くの場合、召喚できます。  話を元に戻して、魔法生物のような、それより高位の存在の場合、どれだけ時間と魔力をかけても、まず召喚は不可能です。ただし、一つだけ可能な方法があったようです。その存在が瀕死の場合は、比較的簡単に召喚できることをシキさんは突き止めていました。それでも高レベルモンスターの数倍の時間と魔力が必要ですが、それを実現したのです。  ただ、召喚はできたものの、肝心の瀕死状態を治すことができませんでした。だから、空間魔力停止魔法を使い、魔法生物の『時間』を停止させたのです。もう少し詳しく言うと、魔法生物の体は全て魔力で構成されているため、その魔力を停止させるということは、時間を停止させることに等しいのです。そして、その治療は私達に託されたということになります。  シキさんがなぜ魔法生物を召喚したのか、なぜ魔法生物が瀕死だったのかは、今は分かりません。また、私達の誰も空間魔力停止魔法を解除できず、治療方法も分からないので、まだそのままにしてあります。催眠魔法トラップは仕掛け直したので、あそこに入れる人はいません。  そこで、今後についてですが、私達があの魔法生物を救うための魔法の研究をして、できれば近い内に再度ここを訪れます。幸い、空間魔力停止魔法が切れるまでは、もう少し時間があるようなので。予定が決まり次第、手紙を送りますので、ご了承ください」  惨殺と聞くと、『聖女コトリスの悲劇』を思い出してしまうが、あっちの方はもっと細かくバラバラにされていた印象だ。  また、瀕死の原因で、ぱっと思い付くのは、魔法生物同士の争いで負けたか、不意を突かれて、悪趣味な人間によりいたぶられたか。それでも生きているのはすごい。しかし、魔法生物なのに血が流れるのは、どのような原理か分からない。血も魔力なのだろうか。なぜ、普通の動物を模しているのかも分からない。普通は幻獣や神獣のようなものを想像してしまう。 「承知しました。お待ちしております」  院長の返事を聞くと、クリス達は席を立ち、部屋を出る準備をした。 「アド、コリンゼ。昼食は城下町の『エビ亭』に行くつもりだが、君達も来るか? リオの紹介で裏メニューを頼む予定なのだが」 「そんなこと聞いたら行きたくなっちまうじゃねぇか。……ちょっと時間が欲しい。弟達、妹達との時間を作りてぇ」 「私もです!」 「分かった。それなら、せっかくだから、貴族の間で流行ろうとしている『男の娘ゲーム』でも教えようか」  シンシア達は、アドとコリンゼと一緒に自由室まで行き、子ども達と『男の娘ゲーム』で遊んだ。  やはり、優秀な子ばかりだ。すぐにルールを覚えて、最善の思考と言動をするようになった。俺達は、クリスの外套から出て部屋の様子を伺いたかったが、部屋の天井が低く、この子達の前では、透明化が切れた時点で気付かれてしまうかもしれないのでやめておいた。  今はいくつかのグループに分かれてゲームをしているが、声から察するに、子ども達の年齢幅は五歳から十四歳ぐらいだろうか。飛び抜けて目立った言動をする子はいなかったが、イリスちゃんのように周囲に合わせて能力を隠している場合もある。将来が楽しみだ。  その時間を利用して、俺はイリスちゃんに現状を報告した。彼女の方でも、魔法生物を救う方法を考えてみるとのことだった。その際、俺の現代知識が、方法をすぐに思い付く上で役に立つかもしれないということで、いくつか質問をされた。  そして、今日と明日は、イリスちゃんの都合が良い時間には俺達の時間が取れないので、もし分かったら、明後日に連絡をくれるよう頼んだ。  その後、昼頃に六人で『エビ亭』に行き、裏メニューを堪能した。六人分を用意してくれるか少し不安だったが、基本的には他の料理と材料が一緒で、味付けのバリエーションが増えたコース料理だったので、材料の面でも手間の面でも問題なく出してくれた。  その名も『エビ三連~卵と牛の野菜サンド~』。コース料理のため、オムレツとビーフシチューの量が通常よりも少なめだが、総量は五割増し。三回出てきて、そのどれも味が全く異なる。合間には次の料理に合わせた少量のサラダとスープが出てくるので、同じ卵と牛の料理でも全く飽きない。最後はパンでそれらを挟んで食べて、スープを一気飲み。  コース料理にもかかわらず、最初の料理が出てきてから、十五分で全て食べられる。満腹感も満足感も半端ないだろう。それを聞くと、リオちゃんが出してくれたサービスメニューと雰囲気が似ているようにも感じた。  価格は、紹介の初回のみ定食と同価格、次回以降に頻繁に裏メニューを頼むのであれば、量に合わせて五割増しとなるそうだが、一ヶ月に一回程度で頼むのであれば、そのままの価格にしてくれるらしい。そこは良心に任せた自己申告制だが、リオちゃんの紹介者であれば信じているとのことだ。  どうやら、ここの店長も料理長も、リオちゃんにはかなりお世話になったらしく、これだけ繁盛しているのは、リオちゃんが色々とアドバイスしてくれたおかげだと、料理が出終わってから挨拶に来た店長が言っていた。  シンシア達は、リオちゃんによろしく伝えてほしいと店長から頼まれて、店を後にした。 「いやー、最高だった。ありがとよ、裏メニューの存在を知れて良かったぜ。コリンは午前半休終わって城に戻るとして、お前らはこれからどうするんだ? 俺はギルドに顔を出すから、一緒には行けねぇが」  アドは自分の腹を叩きながら、料理の感想を言うと、午後の予定をシンシアに質問した。 「私達は少し休んでから食べ歩きをする予定だ。夕食は城で食べる」 「良いねぇ。もしかしたら、すでに知ってるかもしれねぇが、食べ歩きのオススメの店をいくつか教えてやるよ。ただし、いくら美味いからと言っても、ペース配分はちゃんと考えろよ。動けなくなっちまうぞ」  それから、一同はアドとコリンゼと別れ、一息ついてから、シンシアとアドのオススメ店を巡った。ユキちゃんが途中、考え事をしているような様子だったらしいが、食べる時はちゃんと美味しそうに食べていたので、気持ちの切り替えはできているようだ。  イリスちゃんに方法を考えてもらっていることは分かっているはずだが、やはり、自分でもどうすれば魔法生物を救えるかを考えているのだろう。普通なら、天才のイリスちゃんに全て任せていればいいと言うのだが、ユキちゃんの場合は必ずしもそうではない。自分で決断して行動することが、幸運に繋がるからだ。ましてや、双子の姉が残してくれたメッセージだ。自分の力で解決したいと思うのは当然だ。  魔法の知識が乏しい俺が手助けできるかどうかは分からないが、魔力粒子については、クリスと一緒に聞いていたので何となく分かる。その切り口から考えてみるか。  一同が食べ歩きを終え、城に戻り、夕食を済ませて部屋に戻る間、俺は魔力停止方法と魔法生物の回復方法について考えていた。 「ねぇ、シュウちゃん。聞いてもいい? あの猫ちゃんの回復方法から考えようと思うんだけど、物体ってどうやって形を保ってるの? 普通の回復魔法は、人間の治癒力を利用するからそういうことを考えなくていいんだけど、魔法生物の場合は、そういうのはない気がするんだよね。まずは、あの切断された手足をくっつけるにはどうしたらいいのかなって。  それとも、考える順番間違ってるかな? お姉ちゃんができなかったことから考えるなんて無謀かな? 魔力停止魔法から考えるべき?」  部屋に戻って、姫の部屋に行くまでの休憩時間中に、ユキちゃんから質問された。どうやら、ユキちゃんは自分の力『だけ』で解決しようとは思っていないようだ。それなら俺も積極的に手助けできる。  俺は早速、ソファー前のテーブルに紙を置いて、メッセージを書いた。ユキちゃんだけでなく、クリスとヨルンにも見てもらった。 『順番については、多分問題ない。共通する点はあるけど、ある程度は独立したものだと思うから。  それで、形を保っている法則だけど、元素が結合した状態で物質を構成している。比較的強い結合から順に言うと、主に、共有結合、イオン結合、金属結合の三つ。例えば、水は共有結合、食塩はイオン結合、鉄は金属結合。ただし、水については、水分子同士が水素結合で繋がっている。生物は共有結合と水素結合で成り立っている。  この違いは、元素や電子の陽性と陰性によるもので、陽と陰は互いに引かれ合うという前提で、共有結合はお互いの元素が電子を共有したもの、水素結合は電気陰性度が高い原子が水素原子を挟んで結び付いたものだ。イオン結合は元素そのものの陽イオンと陰イオンが結び付いたもの、金属結合は陽イオンが電子を共有したもの。  これを魔力粒子や魔法生物に当てはめるとどうなるかを考えるのが良いかもしれない』  実は、これはイリスちゃんにも説明したことだ。つまり、ユキちゃんはイリスちゃんと同じ質問をし、正解に辿り着こうとしているということだ。 「そうか……。電子の共有……水素による結び付き……。私の魔力粒子を媒介にしてくっつけることができれば……。でも、そんなに単純じゃない。そのためには、私の魔力が反発しないように変換も必要だし、最終的には残らないようにしないといけない。じゃないと手足が伸びた状態になっちゃうから。他に考えることは……」  ユキちゃんはキッカケを掴んだようだ。次は、魔力停止魔法とその解除の方か。 『もう一つ。例えば、金属や結晶は少しぐらい叩いたり押しても変形しない。それは、結晶構造で成り立っているからで、原子間距離の小ささにも関係している。  結晶構造には、主に体心立方格子、面心立方格子、六方最密構造、正四面体構造がある。図に書こう。  ……この中で、正四面体構造が最も硬い。金属結合ではなく、共有結合結晶で見られる構造だ。ユキちゃんに聞きたい。これらの構造の一つを利用して、空間内で対象の魔力を利用して充填させたらどうなる?』 「…………。少なくとも、魔力の流動は止まる……。それなら……。いや、でもそれも単純な話じゃない。魔力の反発を抑えつつ、対象の魔力を粒子化した上で包み込んで、空間内に留める必要がある。両者の魔力の自然消滅を避けるために魔力の変換と供給を常に行う必要もある。  その逆が解除だとすれば、第三者の魔力で魔法使用者の魔力を上書きした上で、その魔力だけを魔法生物の体内では馴染ませて、外部は一瞬で消滅させないといけない。いや、お姉ちゃんならもしかしたら、一般魔力に変換してるかも……。でも、それを頼ってもいけないから……。でも……でも……! 何とかなりそう! ありがとう、シュウちゃん!」  俺の高校化学の知識が役に立ったようで良かった。 「いやー、化学はお兄ちゃんの専門でもないのに、どこで役に立つか分からないもんだね。それまでに勉強してきたことって。てっきり、サイエンスの方の科学の発明の時に使うかと思ってたけど」  ゆうが結構大事なことを言った。 「だからこそ、勉強の大切さを分かってない人が多すぎるよな。やりたいことが決まっていない人ほど勉強するべきなのに。仮に決まっていても、人生はどうなるか分からないしな」 「流石、プロ棋士志望から触手研究家に転向した人の言うことは違うねぇ」 「実は、俺はプロ棋士になりたいと思ったことはないんだよ。『プロ棋士になるんでしょ?』って聞かれても、いつも答えをはぐらかしてただろ? 正直、俺は勝負師に向いてないんだよ。精神を削りたくないからな」 「株で稼いで、そのお金で触手系同人誌を買い漁ってた人の台詞とは思えないんだけど」 「だからすぐに辞めた。その時ばかりは、マイナージャンルで良かったと思ったな。しかも、触手一筋だから、目移りすることもなかった」 「うーん、シンプルにきも!」  俺は、ユキちゃんの笑顔とゆうの罵倒に嬉しくなり、一同が姫の部屋に行っても上機嫌だった。 「なるほど、茶番ですか……。分かりました。私が台本を書きましょう」  午前中の出来事について、シンシアが姫に説明すると、姫がアドのために台本を書いてくれることになった。 「まずは、アドさんの考えと合わせて、思い付いたことを概要だけ。  アドさんと彼女が少し遅めの夕食に向かう途中、私達とすれ違いざまに肩がぶつかります。  私は、その衝撃で肩の骨が砕けます。  私と取り巻きは、彼に治療費と慰謝料を請求するのですが、彼は拒否します。  私達は彼のことを甲斐性なしのつまらない男だと罵り、彼女のことも罵ります。  同時に、私は『面白い男』『面白い女』という言葉をカップルのそれぞれから本音で聞かないと、折れた骨が治らない体質だと言います。  そこで、彼は彼女のことを『面白い女』だと理由を付けて説明し、私はそれならと彼のことを罵り続け、同様に彼女から『面白い男』だという言葉を引き出します。  それで私の肩の骨が治り、一件落着。仲良くみんなで夕食に行きます。  ちなみに、その見た目から、ボスがシンシア、その部下が私、その子分として、知能派子分のクリスさんと異常者系子分のユキさん、ヨルンくんは三下です。  チーム名は『ファルサー』。そして私達の劇団名は『劇団茶番』。演目名は『ザ・茶番』。これでいかがでしょうか」  やっぱり姫は『面白い女』だ。どさくさに紛れて、自分も参加しようとしている。しかも、どんな体質なんだ。茶番中の茶番と言えるだろう。  だが、それで良いと思う。それが茶番だということをすぐに知らしめて、彼女を不安にさせず、姫のような面白くて、アドに協力してくれる知り合いがいるということを理解してもらうのだ。 「姫……。非常にありがたいのですが……。陛下にはご自分で許可をいただいてくださいね」 「薄々気付いてましたが、僕が三下役ですか……。全力で三下ムーブを決めてやりますよ!」  シンシアは姫を守る立場なのにボス役とは改めて面白い。そして、三下ヨルンが拳を握りしめて謎のやる気を見せている。活躍の場が得られて嬉しいのだろうか。 「では今夜は、練習と私のインスピレーションを兼ねて、女役持ち回りの『チンピラ一味ごっこ』でもしましょうか」  姫が今夜の設定を決めて、寝室へ向かおうとしたその時。姫以外の四人が、同時に声をかけた。 『あの……え?』  全員が同じ言葉を発するとは思わず、顔を見合わせて戸惑う四人。 「あ、じゃあ、僕からいいですか。シュウ様はご存知ですが、僕は今日から生理なので、シーツを血で汚してしまうかもしれません」 『私も……え?』  姫とヨルン以外の三人が、またも同じ言葉を発し、顔を見合わせた。  俺達も今日一日で時間帯は違うものの、四人が生理であることに気付いた。流石に偶然とは思えない。なぜなら、四人には明らかに共通する点があるからだ。それは、クリスタル所持者ということだ。  さらに驚愕の事実がある。転生前のゆうの月経周期も全く同じなのだ。これで、イリスちゃんが言った通り、俺達が朱のクリスタルの力で転生し、現在もその力を保持している可能性がより高くなった。  一方で、懸念点もある。例えば、ストレスや病気でその周期が一人でもずれた場合にどうなるのか、それが何らかの現象を引き起こすリスクの可能性もあるということだ。もちろん、そもそもずれないのかもしれない。  いずれにしても、四人に無理はさせたくない。ゆうは、この体になって頑丈になっているし、そんな器官はないし、無理をするという概念もないし、そのリスクはないはずだ。  ちなみに、アースリーちゃんは先週、リーディアちゃんは来週が生理だ。 「すごい偶然です! 皆さんは運命で結ばれているのかもしれませんね。はぁ……私も一緒が良かったです。あ、シーツのことは当然お気になさらず。気分が悪くなるようであれば、今日は早く寝ましょうか」  姫はクリスタルの詳細については教えられていないので、奇妙な偶然に驚きつつ、謎の一体感を求めていた。 「お気遣いありがとうございます。でも、生理魔法があるので大丈夫です。ヨルンくんには必要ないので、シンシアさんとユキさんには、私がかけましょう。血を止めることもできるのですが、それではシュウ様の経験値が減衰してしまうので、そのままにします」  そう言うと、クリスが詠唱を始めた。 「知りませんでした。そのような魔法があることを。もしかすると、あえて教えられなかったのでしょうか」  姫の問いに対して、ユキちゃんが答える。 「そうだね。魔法にあまり依存しちゃうと、それがかけられなかった時に、精神的に参っちゃうからね。私もほとんど使ってこなかったな。ものすごく重たい時は流石に使ったけど。足が動かないと、痛みの逃し所がなかったから。ヨルンくんは本当に痛みを全く感じないんだよね?」 「うん。だから、いつの間にか下着が汚れてて、嫌な気分でそれを洗うことになるんだよね。成長が止まってても、子どもを産めることが分かったのは少し嬉しかったけど、間違いなく相手を吹き飛ばすことになるから、考えるのをやめてた。今はシュウ様の子どもを産める嬉しさで頭がいっぱいだよ」  ヨルンが俺達に抱き付いてきた。俺達もそのお返しにヨルンの両頬を舐めた。 「終わりました。それでは、寝室に行きましょうか」  クリスの言葉で、一同は寝室に向かった。そして、汚い言葉で女役を順番に辱める夜が始まった。



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