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2.猫の征く道ー2

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「あなたは本来、後衛部隊よ」  ため息混じりに、ミンウェイはルイフォンを見やった。  まったくもって戦闘向きではないルイフォンが、救出のみが目的とはいえ、斑目一族の別荘に潜入するというのだ。ミンウェイの心配は当然だった。 「今の仕事で充分、働いているわ」  そう言いながら、彼女は彼から渡された記憶媒体を示す。その中身は、斑目一族の不法行為の証拠である。これを警察隊の緋扇シュアンに渡すことで、斑目一族に経済的な打撃を与えられるのだ。 「俺が行かなきゃ、格好つかないだろ?」  どこ吹く風といったていで、ルイフォンがにやりと笑う。 「……あなたには言っても無駄よね」  ミンウェイは諦めきった顔で、渡された記憶媒体をポケットにしまった。  藤咲家当主――メイシアとハオリュウの父親救出作戦の準備は、着々と進められている。  陽動として大部隊を率いて斑目一族の屋敷に向かうエルファンは、目立つように庭に部下たちを集めていた。付近に隠れているであろう、斑目一族の偵察部隊の目を誘うためである。  その息子のリュイセンは、倭国からの帰路で切望していた風呂、飯を済ませたので、最後の寝るの欲求を満たすべく、自室で仮眠を取っている。  会話が少し途切れたところで、ルイフォンとミンウェイは、ふたりとも表情を改めた。 「ミンウェイ」 「ルイフォン」  ふたりが同時に相手の名を呼んだ。 「先にどうぞ」  片手をルイフォンに向け、ミンウェイが譲る。彼女が少し体を引いた瞬間に、ふわりと草の香が漂った。 「たぶん、お前と俺の話は同じことだと思う」 「……そうね」  長くなりそうだと察したのか、ミンウェイは向かいの机の下に入れてあった丸椅子を、勝手知ったるとばかりに取りに行った。そのときの彼女に、足音はない。  貧民街で会った斑目一族の食客〈ムスカ〉は、ミンウェイのかつての通り名を知っていた。〈ベラドンナ〉という毒使いの暗殺者の名前を――。  彼女が足音を立てないのは、暗殺者としての訓練の賜物だ。リュイセンなども、ある程度、足音や気配を殺せるが、彼女ほど完璧ではない。ちなみに、戦闘員ではないルイフォンは問題外である。  そして彼女が、凶賊ダリジィンにしては言葉遣いが妙に丁寧なのは、主に貴族シャトーアを相手に依頼を引き受けていたため。――裕福な商人の娘を演じることが多かったため。  暗殺者にとっては禁忌とも言える『匂い』を消さずに身に纏っているのは、二度と暗殺者に戻らないため――。  ミンウェイが、持ってきたティーカップに茶を注いだ。色と甘い香りから、濃いめに淹れたチャイだと分かる。疲労回復にと、砂糖多めのやつを用意してくれたようだ。  猫舌のルイフォンに合わせて、ほどよく冷ましてあるそれを受け取り、彼はありがたく一気にあおる。やけに美味しく感じるということは、思っていた以上に疲れていたということか。気遣いに感謝して、ルイフォンは大きく息をついた。 「……さっきの作戦会議のあと、親父に貧民街での出来ごとを詳しく報告してきた」  ゆっくりとルイフォンが切り出すと、ミンウェイの、ごくりと唾を呑む音が聞こえた。華のある顔立ちが、青ざめて精彩を欠いていた。 「メイシアが屋敷に連絡してくれたとき、お前も聞いていたんだってな……」  ルイフォンはミンウェイの顔を正面から見据えた。  貧民街にいるときから、彼女に知らせなければ、と思っていた。だが、どう切り出したものかと悩んでいた。  しかし、既に話は伝わっていた。  それならば、ためらっても仕方ない。単刀直入に言うべきだ。 「俺は、貧民街で〈七つの大罪〉の〈ムスカ〉と名乗る男に会った」  ルイフォンは端然としたテノールで、はっきりと告げた。  ミンウェイの頬がぴくりと動く。 「……ええ。その連絡を受けたのは私だもの。知っているわ」  彼女は目を逸らすことなく、双眸にルイフォンの姿を映す。しかし、つやのあるはずの声が、かすれて色あせていた。  正直なところ、そんな彼女など見たくはなかった。だが、ルイフォンは感情を取り払った〈フェレース〉の顔で言う。 「〈ムスカ〉っていったら、お前の親父のことだろう――?」  ルイフォンの言葉が、温度を低く保たれた、この部屋の冷気のように吹きつける。ミンウェイの顔が人形のように表情を失った。 「でも、お父様は……!」  ミンウェイは少女時代の半ばまでを、父親とふたりで暮らしていた。〈ベラドンナ〉という名前で生きてきた。  彼女は、言葉を途切らせたまま押し黙る。  言いたくないのだ。それが分かるから、ルイフォンが言を継ぐ。 「……ああ。死んだはずだ」  冷酷なルイフォンの声が、空調の風に乗る。豪奢に波打つミンウェイの髪から、草の香を奪っていく。 「ルイフォン、教えて! その人は本当に、私のお父様だった!?」  がたん、と小さな椅子の足がリノリウムの床を強く踏み鳴らした。バランスの悪い丸椅子から滑り落ちるように、ミンウェイは全身で詰め寄った。 「そんなこと言われたって、分からねぇよ。俺はお前の親父に会ったことねぇし」 「ごめんなさい……」  ミンウェイは目線を落とす。女丈夫の彼女の肩が、ずいぶんと小さく見えた。 「……親父と話したんだけど、〈ムスカ〉の身体的特徴や発言内容は、お前の親父、ヘイシャオと似ているらしい。けど、本人ではあり得ないとエルファンが断言している――死んだ、ってな」  ミンウェイは何も言わず、ただ頷いた。 「だから、ヘイシャオの偽者を俺たちの前に出して、鷹刀の動揺を誘っているんじゃないか、という見解だ」 「そう……よね。死んだ人間が生き返るはずないわ……。それにお父様は、お祖父様やエルファン伯父様に害をなす者だもの。生き返ったらいけない……」  ミンウェイの声が震えていた。  ――彼女の父親のことは一族の誰もが知っている。だが、できるだけ話題から避けられていた。  彼女の両親は従兄妹同士だった。母親がイーレオの娘、父親がイーレオの長兄の息子である。  ふたりが結婚したのは、イーレオが総帥に立つ少し前。イーレオの父親であり、彼らふたりの祖父である男が、悪逆非道の限りを尽くしていた時代である。鷹刀という一族は、強く美しい血筋を保つために、代々異常な近親婚を繰り返しており、彼らの婚姻もそんな縁のひとつだった。  数年後、イーレオの悲願だった総帥位略奪計画が成功した。そしてイーレオの父親と、次期総帥であった長兄が殺された。そのとき、長兄の息子であったヘイシャオは、ミンウェイの母親を連れて姿をくらました。  イーレオがミンウェイの誕生と、娘であるミンウェイの母親の死を知ったのは、それから十数年を経てからのことである。  つまり、ミンウェイの父ヘイシャオは、鷹刀一族の正当な後継者の息子――。  本来なら、今、この屋敷を我が物顔で歩いているはずの人物。  現在の鷹刀一族に恨みがあって当然の人間……。 「親父が総帥になる前の鷹刀は、〈七つの大罪〉と組んでいた。だから今、斑目が〈七つの大罪〉と組んでいるのなら、鷹刀の情報が斑目に流れていたとしても不思議じゃない。偽者の〈ムスカ〉を仕立てることも、わけないはずだ」  何故なら、医学、薬学に深い造詣のあったヘイシャオは、鷹刀一族と蜜月関係にあった闇の研究組織〈七つの大罪〉に、研究者を意味する〈悪魔〉の〈ムスカ〉として所属していたから――。 「……貧民街に現れた〈ムスカ〉は、お父様じゃないのね」 「当たり前だ。死んだ人間は生き返らない。ただ気をつけてほしいのが……」 「何?」 「ミンウェイが自白を任された捕虜たちは、俺の会った〈ムスカ〉と口調がそっくりなんだ。わざと奴の真似をして、揺さぶりを掛けようとしているとしか思えない。あいつらは斑目の手の者というよりは、〈七つの大罪〉の関係者だろう」 「お父様のことを知っている……?」 「ああ。だからこそ、奴らが持っている情報は気になるが……」  言葉の途中で、ルイフォンは、はっと顔色を変えた。  ミンウェイの上半身が、背もたれのない丸椅子から倒れ落ちようとしていたのだ。 「おい!」  ルイフォンは慌てて抱きとめる。  ふわりと草の香が鼻をかすめ、温かな体の重さが腕に掛かった。 「大丈夫か!?」 「あ……、ごめんなさい……」 「お前、真っ青だぞ!」  波打つ髪が顔の半分以上を隠していたが――否。だからこそ、黒髪の狭間で白い頬が浮き立ち、光って見えた。  全身を鍛えられた筋肉で覆われている彼女なのに、女性的に柔らかい。そこに色気など感じないが、それが彼女の脆さの象徴のようで、ルイフォンは怖くなった。 「平気よ……」 「平気じゃねぇだろ! お前にとって、父親のことは鬼門だ」 「そうね、そうかもしれない」 「お前は一旦、この件から外れたほうがいい。親父に進言する」  そう、ルイフォンが言った瞬間、弾かれたようにミンウェイが叫んだ。 「駄目よ! これは、私が避けてはいけないことだわ!」 「ミンウェイ……」  不意に、彼女が彼の背中に腕を回してきた。そして、ぎゅっと体を密着させる。草の香りが彼の鼻腔をくすぐった。 「それ以上、何か言うと、可愛い叔父様を誘惑するわよ?」  いつもの調子に戻ったようなミンウェイは、単に無理をしているだけだ。けれど、いつも通りに振る舞ってほしい、という気持ちが伝わってくる。  だから、この話は打ち切る。心配はあるけれど、誰にも引けない時はある。  ルイフォンはミンウェイの体を引き剥がした。もともと冗談で貼り付いているだけなので、回された腕はあっさりと外れた。彼は癖のある前髪をくしゃりと掻き上げた――いつものように。  「あのなぁ……。俺、お前に何か感じるほど飢えてないから」 「メイシアが、いるものね?」 「そうなる予定だ」 「白状したわね?」 「別に隠してねぇし?」  そう言って目を細め、にやりと笑う。そんなルイフォンに一瞬、あっけにとられたミンウェイだが、徐々に穏やかな笑みを浮かべた。 「いつの間にか、いい男に成長したわね。これもメイシアのお陰かしら?」 「何、言ってんだよ? 俺はもともといい男だぜ?」  そして、どちらからともなく、声を上げて笑い出した。



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「あなたは本来、後衛部隊よ」  ため息混じりに、ミンウェイはルイフォンを見やった。  まったくもって戦闘向きではないルイフォンが、救出のみが目的とはいえ、斑目一族の別荘に潜入するというのだ。ミンウェイの心配は当然だった。 「今の仕事で充分、働いているわ」  そう言いながら、彼女は彼から渡された記憶媒体を示す。その中身は、斑目一族の不法行為の証拠である。これを警察隊の緋扇シュアンに渡すことで、斑目一族に経済的な打撃を与えられるのだ。 「俺が行かなきゃ、格好つかないだろ?」  どこ吹く風といったていで、ルイフォンがにやりと笑う。 「……あなたには言っても無駄よね」  ミンウェイは諦めきった顔で、渡された記憶媒体をポケットにしまった。  藤咲家当主――メイシアとハオリュウの父親救出作戦の準備は、着々と進められている。  陽動として大部隊を率いて斑目一族の屋敷に向かうエルファンは、目立つように庭に部下たちを集めていた。付近に隠れているであろう、斑目一族の偵察部隊の目を誘うためである。  その息子のリュイセンは、倭国からの帰路で切望していた風呂、飯を済ませたので、最後の寝るの欲求を満たすべく、自室で仮眠を取っている。  会話が少し途切れたところで、ルイフォンとミンウェイは、ふたりとも表情を改めた。 「ミンウェイ」 「ルイフォン」  ふたりが同時に相手の名を呼んだ。 「先にどうぞ」  片手をルイフォンに向け、ミンウェイが譲る。彼女が少し体を引いた瞬間に、ふわりと草の香が漂った。 「たぶん、お前と俺の話は同じことだと思う」 「……そうね」  長くなりそうだと察したのか、ミンウェイは向かいの机の下に入れてあった丸椅子を、勝手知ったるとばかりに取りに行った。そのときの彼女に、足音はない。  貧民街で会った斑目一族の食客〈ムスカ〉は、ミンウェイのかつての通り名を知っていた。〈ベラドンナ〉という毒使いの暗殺者の名前を――。  彼女が足音を立てないのは、暗殺者としての訓練の賜物だ。リュイセンなども、ある程度、足音や気配を殺せるが、彼女ほど完璧ではない。ちなみに、戦闘員ではないルイフォンは問題外である。  そして彼女が、凶賊ダリジィンにしては言葉遣いが妙に丁寧なのは、主に貴族シャトーアを相手に依頼を引き受けていたため。――裕福な商人の娘を演じることが多かったため。  暗殺者にとっては禁忌とも言える『匂い』を消さずに身に纏っているのは、二度と暗殺者に戻らないため――。  ミンウェイが、持ってきたティーカップに茶を注いだ。色と甘い香りから、濃いめに淹れたチャイだと分かる。疲労回復にと、砂糖多めのやつを用意してくれたようだ。  猫舌のルイフォンに合わせて、ほどよく冷ましてあるそれを受け取り、彼はありがたく一気にあおる。やけに美味しく感じるということは、思っていた以上に疲れていたということか。気遣いに感謝して、ルイフォンは大きく息をついた。 「……さっきの作戦会議のあと、親父に貧民街での出来ごとを詳しく報告してきた」  ゆっくりとルイフォンが切り出すと、ミンウェイの、ごくりと唾を呑む音が聞こえた。華のある顔立ちが、青ざめて精彩を欠いていた。 「メイシアが屋敷に連絡してくれたとき、お前も聞いていたんだってな……」  ルイフォンはミンウェイの顔を正面から見据えた。  貧民街にいるときから、彼女に知らせなければ、と思っていた。だが、どう切り出したものかと悩んでいた。  しかし、既に話は伝わっていた。  それならば、ためらっても仕方ない。単刀直入に言うべきだ。 「俺は、貧民街で〈七つの大罪〉の〈ムスカ〉と名乗る男に会った」  ルイフォンは端然としたテノールで、はっきりと告げた。  ミンウェイの頬がぴくりと動く。 「……ええ。その連絡を受けたのは私だもの。知っているわ」  彼女は目を逸らすことなく、双眸にルイフォンの姿を映す。しかし、つやのあるはずの声が、かすれて色あせていた。  正直なところ、そんな彼女など見たくはなかった。だが、ルイフォンは感情を取り払った〈フェレース〉の顔で言う。 「〈ムスカ〉っていったら、お前の親父のことだろう――?」  ルイフォンの言葉が、温度を低く保たれた、この部屋の冷気のように吹きつける。ミンウェイの顔が人形のように表情を失った。 「でも、お父様は……!」  ミンウェイは少女時代の半ばまでを、父親とふたりで暮らしていた。〈ベラドンナ〉という名前で生きてきた。  彼女は、言葉を途切らせたまま押し黙る。  言いたくないのだ。それが分かるから、ルイフォンが言を継ぐ。 「……ああ。死んだはずだ」  冷酷なルイフォンの声が、空調の風に乗る。豪奢に波打つミンウェイの髪から、草の香を奪っていく。 「ルイフォン、教えて! その人は本当に、私のお父様だった!?」  がたん、と小さな椅子の足がリノリウムの床を強く踏み鳴らした。バランスの悪い丸椅子から滑り落ちるように、ミンウェイは全身で詰め寄った。 「そんなこと言われたって、分からねぇよ。俺はお前の親父に会ったことねぇし」 「ごめんなさい……」  ミンウェイは目線を落とす。女丈夫の彼女の肩が、ずいぶんと小さく見えた。 「……親父と話したんだけど、〈ムスカ〉の身体的特徴や発言内容は、お前の親父、ヘイシャオと似ているらしい。けど、本人ではあり得ないとエルファンが断言している――死んだ、ってな」  ミンウェイは何も言わず、ただ頷いた。 「だから、ヘイシャオの偽者を俺たちの前に出して、鷹刀の動揺を誘っているんじゃないか、という見解だ」 「そう……よね。死んだ人間が生き返るはずないわ……。それにお父様は、お祖父様やエルファン伯父様に害をなす者だもの。生き返ったらいけない……」  ミンウェイの声が震えていた。  ――彼女の父親のことは一族の誰もが知っている。だが、できるだけ話題から避けられていた。  彼女の両親は従兄妹同士だった。母親がイーレオの娘、父親がイーレオの長兄の息子である。  ふたりが結婚したのは、イーレオが総帥に立つ少し前。イーレオの父親であり、彼らふたりの祖父である男が、悪逆非道の限りを尽くしていた時代である。鷹刀という一族は、強く美しい血筋を保つために、代々異常な近親婚を繰り返しており、彼らの婚姻もそんな縁のひとつだった。  数年後、イーレオの悲願だった総帥位略奪計画が成功した。そしてイーレオの父親と、次期総帥であった長兄が殺された。そのとき、長兄の息子であったヘイシャオは、ミンウェイの母親を連れて姿をくらました。  イーレオがミンウェイの誕生と、娘であるミンウェイの母親の死を知ったのは、それから十数年を経てからのことである。  つまり、ミンウェイの父ヘイシャオは、鷹刀一族の正当な後継者の息子――。  本来なら、今、この屋敷を我が物顔で歩いているはずの人物。  現在の鷹刀一族に恨みがあって当然の人間……。 「親父が総帥になる前の鷹刀は、〈七つの大罪〉と組んでいた。だから今、斑目が〈七つの大罪〉と組んでいるのなら、鷹刀の情報が斑目に流れていたとしても不思議じゃない。偽者の〈ムスカ〉を仕立てることも、わけないはずだ」  何故なら、医学、薬学に深い造詣のあったヘイシャオは、鷹刀一族と蜜月関係にあった闇の研究組織〈七つの大罪〉に、研究者を意味する〈悪魔〉の〈ムスカ〉として所属していたから――。 「……貧民街に現れた〈ムスカ〉は、お父様じゃないのね」 「当たり前だ。死んだ人間は生き返らない。ただ気をつけてほしいのが……」 「何?」 「ミンウェイが自白を任された捕虜たちは、俺の会った〈ムスカ〉と口調がそっくりなんだ。わざと奴の真似をして、揺さぶりを掛けようとしているとしか思えない。あいつらは斑目の手の者というよりは、〈七つの大罪〉の関係者だろう」 「お父様のことを知っている……?」 「ああ。だからこそ、奴らが持っている情報は気になるが……」  言葉の途中で、ルイフォンは、はっと顔色を変えた。  ミンウェイの上半身が、背もたれのない丸椅子から倒れ落ちようとしていたのだ。 「おい!」  ルイフォンは慌てて抱きとめる。  ふわりと草の香が鼻をかすめ、温かな体の重さが腕に掛かった。 「大丈夫か!?」 「あ……、ごめんなさい……」 「お前、真っ青だぞ!」  波打つ髪が顔の半分以上を隠していたが――否。だからこそ、黒髪の狭間で白い頬が浮き立ち、光って見えた。  全身を鍛えられた筋肉で覆われている彼女なのに、女性的に柔らかい。そこに色気など感じないが、それが彼女の脆さの象徴のようで、ルイフォンは怖くなった。 「平気よ……」 「平気じゃねぇだろ! お前にとって、父親のことは鬼門だ」 「そうね、そうかもしれない」 「お前は一旦、この件から外れたほうがいい。親父に進言する」  そう、ルイフォンが言った瞬間、弾かれたようにミンウェイが叫んだ。 「駄目よ! これは、私が避けてはいけないことだわ!」 「ミンウェイ……」  不意に、彼女が彼の背中に腕を回してきた。そして、ぎゅっと体を密着させる。草の香りが彼の鼻腔をくすぐった。 「それ以上、何か言うと、可愛い叔父様を誘惑するわよ?」  いつもの調子に戻ったようなミンウェイは、単に無理をしているだけだ。けれど、いつも通りに振る舞ってほしい、という気持ちが伝わってくる。  だから、この話は打ち切る。心配はあるけれど、誰にも引けない時はある。  ルイフォンはミンウェイの体を引き剥がした。もともと冗談で貼り付いているだけなので、回された腕はあっさりと外れた。彼は癖のある前髪をくしゃりと掻き上げた――いつものように。  「あのなぁ……。俺、お前に何か感じるほど飢えてないから」 「メイシアが、いるものね?」 「そうなる予定だ」 「白状したわね?」 「別に隠してねぇし?」  そう言って目を細め、にやりと笑う。そんなルイフォンに一瞬、あっけにとられたミンウェイだが、徐々に穏やかな笑みを浮かべた。 「いつの間にか、いい男に成長したわね。これもメイシアのお陰かしら?」 「何、言ってんだよ? 俺はもともといい男だぜ?」  そして、どちらからともなく、声を上げて笑い出した。



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