【玖ノ弐】

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 それから。ゆうは村人を、おおかみになった村人を食べ続けた。  翔のお父さんにお母さん。美玲のお父さんにお母さん。茜のおじいさん。結花のお父さん。みかのお父さんにお母さん。航のお父さんにお母さん。蒼太のお父さんにお母さん。  角田屋のおばあちゃん。村でたったひとつの郵便局の職員さんに局長さん。村でたったひとつのブティックのおばさん。村でたったひとつの中華料理屋さんの老夫婦。  食べた……食べた。一心不乱に食べまくった。食べれば食べるほど。ベルの声ははっきり、大きく、他の人に聞こえるようになった。新月の目の精度は、どんどんあがっていった。相手の首を切り落とす爪は、どんどんするどくなっていった。  ……  ある日、村役場を襲撃した。もう冬になっていて、雪が降っていた。小さな役場だったけれど、それでも三十人はいた。皆殺しにした。右手を新月の爪にして。全員残らず切り刻んだ。そして、二十七人目を食べ終わった時。  爪が、戻せなくなった。  あれ、おかしいな。そう思ってまばたきをしたら。  相原ゆうとベルベッチカが。 「? きみ、愛しいきみ」  声は聞こえない。両の手を見る。骨ばって、ごつごつしている。相原ゆうの手じゃない。すぐわかった。割れたガラスに顔を映す。金髪の色が薄い。瞳の色も青ではなく水色だ。ゆうには無かったそばかすがある。 (『私』だ……『ベルベッチカ』だ……)  ゆうくん。血まみれで誰もいない庁舎の中を、ベルベッチカは娘の名前を呼び、走り回った。  けれど、愛しい愛しいわが子が、返事をすることはなかった。  ……  おじいちゃんの家に帰るなり、沙羅が叫ぶ。 「えっ、ベルベッチカちゃん? ゆうちゃんは? ゆうちゃんはどこへ行ったの?」  すまない。ベルベッチカは、心からの詫びを口にしてうつむく。 「願いを叶えてしまった。私を取り戻すという。……ゆうと言う男の子は……もうこの世のどこにも居なくなってしまった」  彼女は口を押さえる。 「あんまりだよ! 返してよ、あたしのゆうちゃんを返してよ! ベルベッチカちゃん!」 「魂が上書きされてしまったか」  おじいちゃんが入ってきた。 「どうやら、私の細胞が、ゆうくんの細胞を置き換えてしまったらしい。七百年以上生きてきて、初めて経験する現象だ」  沙羅は泣きながらうったえる。 「ベルベッチカちゃんはいいの? 大事な子供を、自分にしてしまって。それでいいのっ?」  ベルベッチカは涙を散らした。 「いい訳ないじゃないかっ。私がこの世でいちばん大切な……大切な私の子供なんだっ。せっかく、せっかく取り戻せたのに、こんなの……こんなの……」 「……ごめん、ベルベッチカちゃん……」  沙羅は目を伏せ、涙をこぼした。いいんだよ、そう言って幼なじみの少女の涙をぬぐってあげた。  「……すまないね、寂しい思いをさせて」  そして、立ち上がって、宣言する。 「必ずオリジンを倒して、ゆうくんを取り戻す。……あれから百人近いおおかみを食べてきた。力も全盛期より強くなっている。オリジンと刺し違えてでも、必ず、沙羅ちゃんの元へゆうくんを戻してあげる」  再び泣いている沙羅の元にかがんで、手を取った。そして、水色の瞳で少女を見た。 「約束、だ」



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 それから。ゆうは村人を、おおかみになった村人を食べ続けた。  翔のお父さんにお母さん。美玲のお父さんにお母さん。茜のおじいさん。結花のお父さん。みかのお父さんにお母さん。航のお父さんにお母さん。蒼太のお父さんにお母さん。  角田屋のおばあちゃん。村でたったひとつの郵便局の職員さんに局長さん。村でたったひとつのブティックのおばさん。村でたったひとつの中華料理屋さんの老夫婦。  食べた……食べた。一心不乱に食べまくった。食べれば食べるほど。ベルの声ははっきり、大きく、他の人に聞こえるようになった。新月の目の精度は、どんどんあがっていった。相手の首を切り落とす爪は、どんどんするどくなっていった。  ……  ある日、村役場を襲撃した。もう冬になっていて、雪が降っていた。小さな役場だったけれど、それでも三十人はいた。皆殺しにした。右手を新月の爪にして。全員残らず切り刻んだ。そして、二十七人目を食べ終わった時。  爪が、戻せなくなった。  あれ、おかしいな。そう思ってまばたきをしたら。  相原ゆうとベルベッチカが。 「? きみ、愛しいきみ」  声は聞こえない。両の手を見る。骨ばって、ごつごつしている。相原ゆうの手じゃない。すぐわかった。割れたガラスに顔を映す。金髪の色が薄い。瞳の色も青ではなく水色だ。ゆうには無かったそばかすがある。 (『私』だ……『ベルベッチカ』だ……)  ゆうくん。血まみれで誰もいない庁舎の中を、ベルベッチカは娘の名前を呼び、走り回った。  けれど、愛しい愛しいわが子が、返事をすることはなかった。  ……  おじいちゃんの家に帰るなり、沙羅が叫ぶ。 「えっ、ベルベッチカちゃん? ゆうちゃんは? ゆうちゃんはどこへ行ったの?」  すまない。ベルベッチカは、心からの詫びを口にしてうつむく。 「願いを叶えてしまった。私を取り戻すという。……ゆうと言う男の子は……もうこの世のどこにも居なくなってしまった」  彼女は口を押さえる。 「あんまりだよ! 返してよ、あたしのゆうちゃんを返してよ! ベルベッチカちゃん!」 「魂が上書きされてしまったか」  おじいちゃんが入ってきた。 「どうやら、私の細胞が、ゆうくんの細胞を置き換えてしまったらしい。七百年以上生きてきて、初めて経験する現象だ」  沙羅は泣きながらうったえる。 「ベルベッチカちゃんはいいの? 大事な子供を、自分にしてしまって。それでいいのっ?」  ベルベッチカは涙を散らした。 「いい訳ないじゃないかっ。私がこの世でいちばん大切な……大切な私の子供なんだっ。せっかく、せっかく取り戻せたのに、こんなの……こんなの……」 「……ごめん、ベルベッチカちゃん……」  沙羅は目を伏せ、涙をこぼした。いいんだよ、そう言って幼なじみの少女の涙をぬぐってあげた。  「……すまないね、寂しい思いをさせて」  そして、立ち上がって、宣言する。 「必ずオリジンを倒して、ゆうくんを取り戻す。……あれから百人近いおおかみを食べてきた。力も全盛期より強くなっている。オリジンと刺し違えてでも、必ず、沙羅ちゃんの元へゆうくんを戻してあげる」  再び泣いている沙羅の元にかがんで、手を取った。そして、水色の瞳で少女を見た。 「約束、だ」



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