【拾壱ノ陸】

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 沙羅は自分を呼ぶ声に、目が覚める。  目の前には、ふわりとした腰まであるブロンドヘア。青空みたいな青い目。沙羅の大好きなゆうちゃんが目の前にいる。 「ゆう……ちゃん……?」  ここはどこだろうか。……教室みたいに見えるが…… 「ええっ! なにがあったのっ?」  机とイスはぐちゃぐちゃに乱れていて、教室の後ろと廊下側、それに天井には二メートルはある大きさの大穴が空いている。 「えへへ。ちょっとね。親子喧嘩」  そういうと彼は照れくさそうに笑った。なにがあったかなんてわかりっこないけど、このヒトの笑顔を見ていたら、なんだか全部が上手くいったように思えて、ホッとした。  どぎまぎしながら手を伸ばしてきた。沙羅が気付かずにいると、顔を赤くして、言った。 「帰ろう。沙羅のおじいちゃんのところに」  あ、と沙羅が大きな声をあげたから、ゆうちゃんはびっくりした。 「もしかして……あたしを助けに来てくれたの?」  がくっ、ゆうちゃんは下を向いた。 「気づくの、おせえー……」 「えへへ、ごめんごめん! ゆうちゃん?」 「ん? ……ん!」  沙羅は愛しい彼の唇にキスをした。  それから二人は、顔を真っ赤にしながら、お互いそっぽを向いて、手を繋いで帰った。  ……  おじいちゃんの家に、ゆうちゃんのお父さんも呼んだ。  始祖の討伐。ゆうちゃんの口からそれを聞いたおじいちゃんは歓喜の声をあげた。  でも、始祖がゆうちゃんのお母さんだったことを知ると、みな色を失った。 「そうか……静が……ああ、そうか、思い出した。あの日、階段から落ちた時。もう静は死んでいたんだな」 「静さんが……そうか。ゆうくん。つらい思いを強いたね。まことに、申し訳ない」  それから十分間くらい。沙羅も入れてみんな口を閉じて頭を下げたままだった。  そして、彼は思いもよらないことを言った。 「沙羅、おじいちゃん。お父さん。伝えたいことがあるんだ」  …… 「そんな……」  沙羅は涙を零した。 「それが、君が出した答えか……」 「ゆう。そうお前が決めたなら……」  ゆうちゃんはうなずいた。 「うん。もう決めたんだ。お母さんとベルも、賛成してくれてるはずだよ」 「そんな、あたしはいやだよ! ゆうちゃんから離れないといけないなんて!」  沙羅は涙を散らした。 「大丈夫さ。僕はここに残って、沙羅たちは隣の市に引っ越す。それだけだよ」 「でも! 滅多に会えなくなるんでしょ? そんなのやだよ!」 「沙羅。もうゆう君はヒトから遠く離れてしまった。これがいちばんなのだよ」  おじいちゃんは懸命に孫娘をさとす。 「ゆう、後悔は、ないんだな?」  彼のお父さんはメガネをくいっとした。とても、優しい目に感じた。 「うん、ない」  やだよう、やだよう。沙羅は最後まで泣いていたが、結局、おじいちゃんに言いくるめられた。  おじいちゃんのトヨタのミニバンに乗り込んだ。  沙羅、おじいちゃん、ゆうちゃんのお父さん。  この村に残っているは、もうこの三人だけだ。 「それじゃ、ゆう君」 「ゆう、元気でな」 「沙羅」  ゆうちゃんが呼んでいる。でも、沙羅は後部座席に顔をうずめたまま、返事をしない。 「元気でね、沙羅」  涙が、後から後から出てきて止まらない。だからこのまま出して、とおじいちゃんに言った。  クルマが動き出した。それでもまだ未練があって、こっそりリアガラスから覗いた。  あ。  手を振るゆうちゃんの後ろに。  ベルベッチカ・リリヰと、ゆうちゃんのお母さんが、立っているのが見えた。  ような気がした。



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 沙羅は自分を呼ぶ声に、目が覚める。  目の前には、ふわりとした腰まであるブロンドヘア。青空みたいな青い目。沙羅の大好きなゆうちゃんが目の前にいる。 「ゆう……ちゃん……?」  ここはどこだろうか。……教室みたいに見えるが…… 「ええっ! なにがあったのっ?」  机とイスはぐちゃぐちゃに乱れていて、教室の後ろと廊下側、それに天井には二メートルはある大きさの大穴が空いている。 「えへへ。ちょっとね。親子喧嘩」  そういうと彼は照れくさそうに笑った。なにがあったかなんてわかりっこないけど、このヒトの笑顔を見ていたら、なんだか全部が上手くいったように思えて、ホッとした。  どぎまぎしながら手を伸ばしてきた。沙羅が気付かずにいると、顔を赤くして、言った。 「帰ろう。沙羅のおじいちゃんのところに」  あ、と沙羅が大きな声をあげたから、ゆうちゃんはびっくりした。 「もしかして……あたしを助けに来てくれたの?」  がくっ、ゆうちゃんは下を向いた。 「気づくの、おせえー……」 「えへへ、ごめんごめん! ゆうちゃん?」 「ん? ……ん!」  沙羅は愛しい彼の唇にキスをした。  それから二人は、顔を真っ赤にしながら、お互いそっぽを向いて、手を繋いで帰った。  ……  おじいちゃんの家に、ゆうちゃんのお父さんも呼んだ。  始祖の討伐。ゆうちゃんの口からそれを聞いたおじいちゃんは歓喜の声をあげた。  でも、始祖がゆうちゃんのお母さんだったことを知ると、みな色を失った。 「そうか……静が……ああ、そうか、思い出した。あの日、階段から落ちた時。もう静は死んでいたんだな」 「静さんが……そうか。ゆうくん。つらい思いを強いたね。まことに、申し訳ない」  それから十分間くらい。沙羅も入れてみんな口を閉じて頭を下げたままだった。  そして、彼は思いもよらないことを言った。 「沙羅、おじいちゃん。お父さん。伝えたいことがあるんだ」  …… 「そんな……」  沙羅は涙を零した。 「それが、君が出した答えか……」 「ゆう。そうお前が決めたなら……」  ゆうちゃんはうなずいた。 「うん。もう決めたんだ。お母さんとベルも、賛成してくれてるはずだよ」 「そんな、あたしはいやだよ! ゆうちゃんから離れないといけないなんて!」  沙羅は涙を散らした。 「大丈夫さ。僕はここに残って、沙羅たちは隣の市に引っ越す。それだけだよ」 「でも! 滅多に会えなくなるんでしょ? そんなのやだよ!」 「沙羅。もうゆう君はヒトから遠く離れてしまった。これがいちばんなのだよ」  おじいちゃんは懸命に孫娘をさとす。 「ゆう、後悔は、ないんだな?」  彼のお父さんはメガネをくいっとした。とても、優しい目に感じた。 「うん、ない」  やだよう、やだよう。沙羅は最後まで泣いていたが、結局、おじいちゃんに言いくるめられた。  おじいちゃんのトヨタのミニバンに乗り込んだ。  沙羅、おじいちゃん、ゆうちゃんのお父さん。  この村に残っているは、もうこの三人だけだ。 「それじゃ、ゆう君」 「ゆう、元気でな」 「沙羅」  ゆうちゃんが呼んでいる。でも、沙羅は後部座席に顔をうずめたまま、返事をしない。 「元気でね、沙羅」  涙が、後から後から出てきて止まらない。だからこのまま出して、とおじいちゃんに言った。  クルマが動き出した。それでもまだ未練があって、こっそりリアガラスから覗いた。  あ。  手を振るゆうちゃんの後ろに。  ベルベッチカ・リリヰと、ゆうちゃんのお母さんが、立っているのが見えた。  ような気がした。



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