【弐ノ壱】

ー/ー



「食べねえの? それ」

 七月八日、月曜日。みんな大好き、給食の時間。今日の献立は、白身魚のフライ、たまごスープ、もやしナムル、きな粉パン。
 ゆうは、一口手をつけた魚のフライの前で固まっている。ずっとくちゃくちゃかんでいるが、飲み込めない。それを全部を食べ終わった翔に見られた。延々と口の中に残り続ける魚のフライがあるせいで、何も言えない。

「んー、んー」
「そーかそーか、ではおれが食ってやろう」

 そう言われて、好物だったきな粉パンは彼の物になってしまった。けれど、ゆうは今それどころでは無い。かむことはできるのに、飲み込めない……まるで飲み込み方を忘れてしまったかのよう。仕方ないので、逃げるように教室を飛び出して、()()トイレにかけこんで、ぺっ、と魚のフライを吐いた。
 洗面台に立つ。どうにも口の中が気持ちわるいから、水を含んですすいだ。そういえば、昨日の晩ごはんも同じことがあった。大好きなマグロのお刺身が飲み込めなくて、延々とかんでいた。あの時も、トイレにかけこんだ。
 かみ合わせでも悪いのかな……そう思ってカガミを見て、あ然とする。……確かに、今、カガミの前に立っている……それなのに。
 自分が()()()()()()
 いっしゅん、これはただのガラスで、向こう側が見えているだけなのかとも思ったけれど、向こう側なんてそもそもないし、反対側の男子の便器は写っている。ゆうは男子トイレでひとり、途方にくれた。

 ……

 教室に戻る。いつもなら給食がかりが、食器や鍋を片付けている頃だ。ところが、七人の──航を除いた──生徒がゆうの机の周りに集まって人垣を作っている。気になって声をかけると、全員が同時に振り向いた。

「ゆうちゃん……」

 沙羅が声をかけた。人垣の中心にあゆみ先生が居て、ゆうの机の前でかがんで、ほぼ手をつけずに残った給食を見て、固まっている。そしてなにか、ぶつぶつ言っている。

「あの……あゆみ先生」
「おいしくなかったかな?」

 ばっ、と急に振り返って聞いてきた。笑っている……優しい笑顔だ。

「おいしくなかったかな?」
「あ……」
「おいしくなかったかな?」
「いや……ちょっと」
「おいしく、なかった、かな?」
「……ちょっと、お腹へってなくて……」
「……そう!」

 にっこり。いつもの先生の顔に戻った。

「だめよ、給食はきちんと食べないと。翔くんを見習わないと……ねえ」
「おれ、ちょー給食好きだし! おかわり三杯くえるし!」
「……ほら、ね? 明日は給食、食べなきゃだめよ」

 そう言うと、あゆみ先生は職員室に向かったのか、廊下へ出ていった。

 ……

 五時間目が終わった、帰り道。角田屋あたりまで続く田んぼ道を、翔と二人で歩いていた。太陽がぎんぎんに照りつけていて、さえぎるものがなにも無い田んぼの真ん中の道は、歩くだけで汗がびっしょりになる。それに加えて今日はなんだか田んぼを見てるとぞわっとする。カエルの声と遠くのセミの声が合唱のように交互に鳴り響いている。

「めっちゃぞわっとしたな」

 びっくりした。心を読まれたかと思った。

「……あゆみ先生?」
「お残しなんて見逃してくれてたのにな」

 でも、そうでないとわかると、力が抜けた。

「……そうだよね。なんでかな?」
「おれ、きな粉パン食ったのまずかったかな」
「……ちがうと思う」
「ま、アイス買ってやるから元気だせよ、な」

 全然見当はずれなことを言って頭をかく彼を見ていると、ため息が自然と出た。だけど、気持ちはうれしかった。

「ばあちゃん、ソーダ二本!」

 ぺりぺりと、翔がとうめいなセロハンをはいで、ぱくりとかじる。

「うんめー! やっぱ暑い日はこれだよな! ……どした?」

 まただ……()()()()()()()()()

「どーしたんだよー?」
「ごめん、ちょっと……いいや、要らない」
「は? もう買っちゃったんだけど」
「ごめんって。アイスの気分じゃなかったみたい」
「もう、あいつみたいになってんじゃんか」

 びくん、とゆうは身体をこわばらせた。

「そういえば、あいつ、どこ行ったんだろ。今日、来なかったべ?」

 ベルの行方も……ご飯が食べれなかったことも……カガミに写らなかったことも、田んぼを見ていてぞわぞわしたことも。ゆうは、何ひとつとして答えることができなかった。


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「食べねえの? それ」
 七月八日、月曜日。みんな大好き、給食の時間。今日の献立は、白身魚のフライ、たまごスープ、もやしナムル、きな粉パン。
 ゆうは、一口手をつけた魚のフライの前で固まっている。ずっとくちゃくちゃかんでいるが、飲み込めない。それを全部を食べ終わった翔に見られた。延々と口の中に残り続ける魚のフライがあるせいで、何も言えない。
「んー、んー」
「そーかそーか、ではおれが食ってやろう」
 そう言われて、好物だったきな粉パンは彼の物になってしまった。けれど、ゆうは今それどころでは無い。かむことはできるのに、飲み込めない……まるで飲み込み方を忘れてしまったかのよう。仕方ないので、逃げるように教室を飛び出して、|男《・》|子《・》トイレにかけこんで、ぺっ、と魚のフライを吐いた。
 洗面台に立つ。どうにも口の中が気持ちわるいから、水を含んですすいだ。そういえば、昨日の晩ごはんも同じことがあった。大好きなマグロのお刺身が飲み込めなくて、延々とかんでいた。あの時も、トイレにかけこんだ。
 かみ合わせでも悪いのかな……そう思ってカガミを見て、あ然とする。……確かに、今、カガミの前に立っている……それなのに。
 自分が|写《・》|っ《・》|て《・》|い《・》|な《・》|い《・》。
 いっしゅん、これはただのガラスで、向こう側が見えているだけなのかとも思ったけれど、向こう側なんてそもそもないし、反対側の男子の便器は写っている。ゆうは男子トイレでひとり、途方にくれた。
 ……
 教室に戻る。いつもなら給食がかりが、食器や鍋を片付けている頃だ。ところが、七人の──航を除いた──生徒がゆうの机の周りに集まって人垣を作っている。気になって声をかけると、全員が同時に振り向いた。
「ゆうちゃん……」
 沙羅が声をかけた。人垣の中心にあゆみ先生が居て、ゆうの机の前でかがんで、ほぼ手をつけずに残った給食を見て、固まっている。そしてなにか、ぶつぶつ言っている。
「あの……あゆみ先生」
「おいしくなかったかな?」
 ばっ、と急に振り返って聞いてきた。笑っている……優しい笑顔だ。
「おいしくなかったかな?」
「あ……」
「おいしくなかったかな?」
「いや……ちょっと」
「おいしく、なかった、かな?」
「……ちょっと、お腹へってなくて……」
「……そう!」
 にっこり。いつもの先生の顔に戻った。
「だめよ、給食はきちんと食べないと。翔くんを見習わないと……ねえ」
「おれ、ちょー給食好きだし! おかわり三杯くえるし!」
「……ほら、ね? 明日は給食、食べなきゃだめよ」
 そう言うと、あゆみ先生は職員室に向かったのか、廊下へ出ていった。
 ……
 五時間目が終わった、帰り道。角田屋あたりまで続く田んぼ道を、翔と二人で歩いていた。太陽がぎんぎんに照りつけていて、さえぎるものがなにも無い田んぼの真ん中の道は、歩くだけで汗がびっしょりになる。それに加えて今日はなんだか田んぼを見てるとぞわっとする。カエルの声と遠くのセミの声が合唱のように交互に鳴り響いている。
「めっちゃぞわっとしたな」
 びっくりした。心を読まれたかと思った。
「……あゆみ先生?」
「お残しなんて見逃してくれてたのにな」
 でも、そうでないとわかると、力が抜けた。
「……そうだよね。なんでかな?」
「おれ、きな粉パン食ったのまずかったかな」
「……ちがうと思う」
「ま、アイス買ってやるから元気だせよ、な」
 全然見当はずれなことを言って頭をかく彼を見ていると、ため息が自然と出た。だけど、気持ちはうれしかった。
「ばあちゃん、ソーダ二本!」
 ぺりぺりと、翔がとうめいなセロハンをはいで、ぱくりとかじる。
「うんめー! やっぱ暑い日はこれだよな! ……どした?」
 まただ……|舐《・》|め《・》|方《・》|が《・》|わ《・》|か《・》|ら《・》|な《・》|い《・》。
「どーしたんだよー?」
「ごめん、ちょっと……いいや、要らない」
「は? もう買っちゃったんだけど」
「ごめんって。アイスの気分じゃなかったみたい」
「もう、あいつみたいになってんじゃんか」
 びくん、とゆうは身体をこわばらせた。
「そういえば、あいつ、どこ行ったんだろ。今日、来なかったべ?」
 ベルの行方も……ご飯が食べれなかったことも……カガミに写らなかったことも、田んぼを見ていてぞわぞわしたことも。ゆうは、何ひとつとして答えることができなかった。