【参ノ陸】

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「満月の力を減らすことの出来るもの」 「まさか」  ゆうの顔から血の気が引いていく。 「……ゆうくん。そのまさかなんだよ。それは……『新月のモノ』の肉なのだ。祭りの日に出されただろう。あの肉は『新月のモノ』の肉だ」 「嘘だっ! そんな、そんな! だって、だってそれって……」  ゆうは激しく動揺した。心臓が大太鼓みたいに激しく鳴って、耳鳴りがする。 「そうだ。あの肉は、新月のモノ、ベルベッチカ・リリヰのものだ」  ……  トイレの外で、沙羅がゆうの名を呼びながら必死にドアをたたく。 「おええっ。げえええっ」  ゆうは便器を抱いて、吐き続けた。トマトジュースしか飲んでないから、真っ赤な血みたいな色をしている。いや……血を吐いているのかもしれない。  だって、自分が食べたのは。この世で一番好きな、ベルベッチカ・リリヰの舌だったのだから。 『だいじょうぶかい』  ベルの声が聞いてきた。 「大丈夫なもんか。ひどいじゃないか。なにも言わずに居なくなって、何も言わずに死んじゃっていて。何も言わずにベルを食べていたなんて」 「ゆうちゃん?」  沙羅が異変に気付いた。 『……すまない。愛するきみには、ないしょにしておきたかったんだけど』 「どうして言ってくれなかったの? そしたら逃げたのに。二人で、どこへでも」 「ゆうちゃんってば」  扉の外から声をかけている。 『それは……できないんだ。私はここで殺されなければならなかった』 「そんな、おおかみのことなんて知らないよ! 僕にはベルが大切だったのに!」 「ゆうちゃん、だれと話しているの?」  だんだん幼馴染の声が大きくなる。 『膝を折るしかなかったんだ。人質を取られていたから』 「人質?」 「ゆうちゃんっ!」 『私の……大切な人だよ。この世でいちばん』 「……ひどいよ。愛してるのは僕じゃないの?」  ゆうにはベルベッチカの言葉がショックで、沙羅の声は届いていない。 「おじいちゃん、ゆうちゃんがっ!」  ついにはおじいちゃんを呼びだした。 『はは。愛している、の種類が違うよ』 「種類……?」 『ほら、きみを好きな女の子が、心配してる。行ってあげなよ』  …… 「ゆうくん? 大丈夫かね」 「ずっと吐きながらぶつぶつ言ってるの」  ゆうは立ち上がって、トイレのレバーを上げた。じゃー……がちゃり。 「ゆうちゃん! 大丈夫なの? ……誰と話してたの? ねえ、ゆうちゃん!」 「沙羅、やめなさい。ゆうくんは新月のモノだ。心の声が聞こえるんだ」  そういうと、優しく背中をさすった。 「ショックだったろう。……誠に申し訳ない。村を代表して、君に謝罪するよ」 「……もう、いいです……」  そうとだけ言うと、ゆうはリビングの扉を開けた。  お父さんが席を立った。 「大丈夫か」 「……別に……」 「どうでもよくはない。大丈夫かと聞いているんだ……ゆう!」 「あなた」  お母さんが止めてくれた。今は、なにも話したくなかった。 「さて『新月のモノ』について、話しても大丈夫かね」  おじいちゃんがゆうに聞いた。ゆうはこくりとうなずいた。 「わかった。話すとするかね」  …… 「新月のモノ」は、「満月のモノ」とは対極にあるモノたちだ。かむと仲間を増やせる、という点では同じだがね。空を自在に飛び、獲物を見つけるとその長い牙で血を吸う。吸われた者は、新たな新月のモノになる。  こちらは吸血鬼として有名だね。実際には、少し生態が違う。 満月と同じで新月にも「始祖」が存在する。太陽の光に当たると蒸発してしまうコピーと違い、「始祖」は太陽の元、自在に活動が出来る。新月の晩にその能力は開花し、一斉に血を吸いに夜空を飛ぶという。 「満月と新月……どちらもヒトをおそうの?」  沙羅、そうだね、襲う。ただ、この村では、事情が異なる。おおかみ達の能力を制するのに新月のモノの肉を使うというのは、他の国や地域では全く知られていない。どうやら満月の「始祖」が何か詳しいことを知っているものと思われる。だから、この村では、十二年に一度の祭りのため、生贄が必要になる。新月のモノを、生贄にするんだ。今回は、新月の「始祖」ベルベッチカ・リリヰを連れてきた。 「それは、誰ですか」  すまん、ゆうくん。許してくれ。私にもわからんのだ。おそらく満月の「始祖」なのだろうが、巧妙にヒトに擬態していて、おおかみなのかヒトなのかすら、見分けがつかない。  ああ、もうひとつ。新月の「始祖」は、細胞単位での再生が可能だ。どんなに切り刻んでも、焼いても、食べられても。体が揃えば、再生して生まれ変われる。 「ええっ! それって!」  ああ、ゆうくん。君の愛するベルベッチカを、取り戻すことも可能だ。 「えーと……話が色々あってわかんなくなってきた」  沙羅、わかった。まとめると、こうだ。  ひとつ。この村には、ヒト、満月のモノ、新月のモノが混在している。祭りの時、肉を不味そうにしていたヒトがいたはずだ。それは、ヒトの証拠だ。  ふたつ。満月のモノには「始祖」がいて、他のおおかみをコントロールしている。母体を滅することができれば、コピー達もみな滅ぶはずだ。  みっつ。新月のモノは、生贄にされ、満月のモノたちに食われた。が、新月の「始祖」である為、復活も可能だ。  そして、よっつ目。どちらにも、弱点がある。新月のモノは、十字架型の杭で胸を貫くと、刺している間は完全に動きを封じることが出来る。それと、水を恐れる。水に近づきたがらない。これらは新月の「始祖」でも同じだ。満月のモノは、銀の弾丸を打ち込むことで滅ぼすことが出来る。 「それは、満月の始祖にもですか」  だれも試していないからわからないが、そうに違いないと私は考えている。……これをあげよう。君に残された最後の切り札だ。 「おじいちゃん、それって!」 「正夫さん、それは違法です」  毅さん、あんたが教師なのは知っているが……どうかこれだけは大目に見てもらえんかの。この村を救うことが出来るのは、今やゆうくんだけなのだ。 「……わかりました。ゆう、受け取りなさい」 「……はい」  ……  それは、銀色の、西部劇に出てきたような、回転式の古い拳銃だった。ずっしりと、重い。 「銀の弾丸が一発だけ、入っている。もうそれしかないんだ。……きみに始祖を見抜く力があれば、満月のモノを根絶することができる」  そういうと、拳銃を持つゆうの手に、おじいちゃんが手を重ねた。 「私も孫娘も、ヒトだ。祭りでは、可哀想に何百人ものヒトが犠牲になった。……どうか、どうか、この村の呪いを断ち切っておくれ」 「この村に、残っているヒトは、だれ?」  ゆうが拳銃からおじいちゃんに目を移す。 「ほとんどが祭りの日に犠牲になった。おおかみに変えられてしまった。今の時点でヒトと判明しているのは……私と沙羅。毅さんに静さん……君のご両親だね。あと……クラスメイトに橋立という子はいなかったかね。あの子とその両親も……」 「だめです、おじいちゃん。美玲は僕の前でおおかみに食いちぎられました。今日会いに行ったら何事も無かったかのようにいたけど……」 「ああ……だめだったか。その子は手遅れだ。おおかみになってしまった。おそらくご両親も……ダメだろう……」  リビングに沈黙が流る。 「それで……」  ゆうが沈黙を破った。 「なんで僕はトマトジュースしか飲めなくなったの?」 「そうか。それがあったな」  おじいちゃんがゆうを見た。 「それについては私が」  お父さんが声を上げた。 「ゆうに、言わなければならないことがある」  お父さんは、ゆうを見てメガネをクイっとした。



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【参ノ陸】

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「満月の力を減らすことの出来るもの」 「まさか」  ゆうの顔から血の気が引いていく。 「……ゆうくん。そのまさかなんだよ。それは……『新月のモノ』の肉なのだ。祭りの日に出されただろう。あの肉は『新月のモノ』の肉だ」 「嘘だっ! そんな、そんな! だって、だってそれって……」  ゆうは激しく動揺した。心臓が大太鼓みたいに激しく鳴って、耳鳴りがする。 「そうだ。あの肉は、新月のモノ、ベルベッチカ・リリヰのものだ」  ……  トイレの外で、沙羅がゆうの名を呼びながら必死にドアをたたく。 「おええっ。げえええっ」  ゆうは便器を抱いて、吐き続けた。トマトジュースしか飲んでないから、真っ赤な血みたいな色をしている。いや……血を吐いているのかもしれない。  だって、自分が食べたのは。この世で一番好きな、ベルベッチカ・リリヰの舌だったのだから。 『だいじょうぶかい』  ベルの声が聞いてきた。 「大丈夫なもんか。ひどいじゃないか。なにも言わずに居なくなって、何も言わずに死んじゃっていて。何も言わずにベルを食べていたなんて」 「ゆうちゃん?」  沙羅が異変に気付いた。 『……すまない。愛するきみには、ないしょにしておきたかったんだけど』 「どうして言ってくれなかったの? そしたら逃げたのに。二人で、どこへでも」 「ゆうちゃんってば」  扉の外から声をかけている。 『それは……できないんだ。私はここで殺されなければならなかった』 「そんな、おおかみのことなんて知らないよ! 僕にはベルが大切だったのに!」 「ゆうちゃん、だれと話しているの?」  だんだん幼馴染の声が大きくなる。 『膝を折るしかなかったんだ。人質を取られていたから』 「人質?」 「ゆうちゃんっ!」 『私の……大切な人だよ。この世でいちばん』 「……ひどいよ。愛してるのは僕じゃないの?」  ゆうにはベルベッチカの言葉がショックで、沙羅の声は届いていない。 「おじいちゃん、ゆうちゃんがっ!」  ついにはおじいちゃんを呼びだした。 『はは。愛している、の種類が違うよ』 「種類……?」 『ほら、きみを好きな女の子が、心配してる。行ってあげなよ』  …… 「ゆうくん? 大丈夫かね」 「ずっと吐きながらぶつぶつ言ってるの」  ゆうは立ち上がって、トイレのレバーを上げた。じゃー……がちゃり。 「ゆうちゃん! 大丈夫なの? ……誰と話してたの? ねえ、ゆうちゃん!」 「沙羅、やめなさい。ゆうくんは新月のモノだ。心の声が聞こえるんだ」  そういうと、優しく背中をさすった。 「ショックだったろう。……誠に申し訳ない。村を代表して、君に謝罪するよ」 「……もう、いいです……」  そうとだけ言うと、ゆうはリビングの扉を開けた。  お父さんが席を立った。 「大丈夫か」 「……別に……」 「どうでもよくはない。大丈夫かと聞いているんだ……ゆう!」 「あなた」  お母さんが止めてくれた。今は、なにも話したくなかった。 「さて『新月のモノ』について、話しても大丈夫かね」  おじいちゃんがゆうに聞いた。ゆうはこくりとうなずいた。 「わかった。話すとするかね」  …… 「新月のモノ」は、「満月のモノ」とは対極にあるモノたちだ。かむと仲間を増やせる、という点では同じだがね。空を自在に飛び、獲物を見つけるとその長い牙で血を吸う。吸われた者は、新たな新月のモノになる。  こちらは吸血鬼として有名だね。実際には、少し生態が違う。 満月と同じで新月にも「始祖」が存在する。太陽の光に当たると蒸発してしまうコピーと違い、「始祖」は太陽の元、自在に活動が出来る。新月の晩にその能力は開花し、一斉に血を吸いに夜空を飛ぶという。 「満月と新月……どちらもヒトをおそうの?」  沙羅、そうだね、襲う。ただ、この村では、事情が異なる。おおかみ達の能力を制するのに新月のモノの肉を使うというのは、他の国や地域では全く知られていない。どうやら満月の「始祖」が何か詳しいことを知っているものと思われる。だから、この村では、十二年に一度の祭りのため、生贄が必要になる。新月のモノを、生贄にするんだ。今回は、新月の「始祖」ベルベッチカ・リリヰを連れてきた。 「それは、誰ですか」  すまん、ゆうくん。許してくれ。私にもわからんのだ。おそらく満月の「始祖」なのだろうが、巧妙にヒトに擬態していて、おおかみなのかヒトなのかすら、見分けがつかない。  ああ、もうひとつ。新月の「始祖」は、細胞単位での再生が可能だ。どんなに切り刻んでも、焼いても、食べられても。体が揃えば、再生して生まれ変われる。 「ええっ! それって!」  ああ、ゆうくん。君の愛するベルベッチカを、取り戻すことも可能だ。 「えーと……話が色々あってわかんなくなってきた」  沙羅、わかった。まとめると、こうだ。  ひとつ。この村には、ヒト、満月のモノ、新月のモノが混在している。祭りの時、肉を不味そうにしていたヒトがいたはずだ。それは、ヒトの証拠だ。  ふたつ。満月のモノには「始祖」がいて、他のおおかみをコントロールしている。母体を滅することができれば、コピー達もみな滅ぶはずだ。  みっつ。新月のモノは、生贄にされ、満月のモノたちに食われた。が、新月の「始祖」である為、復活も可能だ。  そして、よっつ目。どちらにも、弱点がある。新月のモノは、十字架型の杭で胸を貫くと、刺している間は完全に動きを封じることが出来る。それと、水を恐れる。水に近づきたがらない。これらは新月の「始祖」でも同じだ。満月のモノは、銀の弾丸を打ち込むことで滅ぼすことが出来る。 「それは、満月の始祖にもですか」  だれも試していないからわからないが、そうに違いないと私は考えている。……これをあげよう。君に残された最後の切り札だ。 「おじいちゃん、それって!」 「正夫さん、それは違法です」  毅さん、あんたが教師なのは知っているが……どうかこれだけは大目に見てもらえんかの。この村を救うことが出来るのは、今やゆうくんだけなのだ。 「……わかりました。ゆう、受け取りなさい」 「……はい」  ……  それは、銀色の、西部劇に出てきたような、回転式の古い拳銃だった。ずっしりと、重い。 「銀の弾丸が一発だけ、入っている。もうそれしかないんだ。……きみに始祖を見抜く力があれば、満月のモノを根絶することができる」  そういうと、拳銃を持つゆうの手に、おじいちゃんが手を重ねた。 「私も孫娘も、ヒトだ。祭りでは、可哀想に何百人ものヒトが犠牲になった。……どうか、どうか、この村の呪いを断ち切っておくれ」 「この村に、残っているヒトは、だれ?」  ゆうが拳銃からおじいちゃんに目を移す。 「ほとんどが祭りの日に犠牲になった。おおかみに変えられてしまった。今の時点でヒトと判明しているのは……私と沙羅。毅さんに静さん……君のご両親だね。あと……クラスメイトに橋立という子はいなかったかね。あの子とその両親も……」 「だめです、おじいちゃん。美玲は僕の前でおおかみに食いちぎられました。今日会いに行ったら何事も無かったかのようにいたけど……」 「ああ……だめだったか。その子は手遅れだ。おおかみになってしまった。おそらくご両親も……ダメだろう……」  リビングに沈黙が流る。 「それで……」  ゆうが沈黙を破った。 「なんで僕はトマトジュースしか飲めなくなったの?」 「そうか。それがあったな」  おじいちゃんがゆうを見た。 「それについては私が」  お父さんが声を上げた。 「ゆうに、言わなければならないことがある」  お父さんは、ゆうを見てメガネをクイっとした。



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