【陸ノ伍】

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 小河内翔は最近ずっと、調子が狂いっぱなしだ。一週間とちょっと前、いちばんの友達のゆうが保健室に運ばれたっきり、学校に来なくなってしまった。おまけに沙羅まで来ない。  あの二人、実は付き合ってて、かけおちしたんじゃないかっていうへんなウワサまで立ち始めた。  翔はウワサ話は嫌いじゃない。ゆうがなにかウワサになってたら、いじったりして楽しいし。  さすがに金髪のことは──本気でキレるので──いじる気にはならないけれど……ここ一週間来ない件に関して立つウワサは、がまんできなかった。昼休み、給食の後。 「おい、やめろや、そんなウワサ!」  ウワサしてたのはみかと結花だ。聞いてるフリして、離れていった。どうせまたどこかでウワサするに違いない。 (まったく、女子ってやつはほんといけ好かねえんだもんな。でも、ゆう、どこ行っちまったんだよ……)  ……  あの日。ゆうが保健室に運ばれた、あの日だ。夜、ものすごい叫び声……みたいなのが聞こえたと思ったらたくさんのガラスが、がしゃんと割れる音がした。 「え、なに、爆発?」  翔はご飯中に席を立ったが、かあちゃんととうちゃんには聞こえてないみたいで、ぽかんとするだけ。  翌日、美玲と登校途中にゆうの家に見に行ったらガラスが全部割れていた。ゆうも、ゆうのとうちゃんもかあちゃんも居ないみたいだった。 「何が起きたか、わかるか?」  美玲にそう聞いたけど、ううん、と答えるだけ。彼女も顔色が悪かった。  そして、昨日から。美玲まで来なくなった。  でも、あゆみ先生は「あら、またおやすみ?」とつぶやくだけで、気にも留めない。クラスの皆も九人中三人……つまり三分の一もいなくなったのに、呑気にウワサ話なんかで笑ってる。  なんだよ、なんなんだよ。翔はいらいらした気持ちでいっぱいだった。  ……  その日の放課後。 「しょーちゃんさ。一緒にさ、帰ら……ない?」  渡辺茜だ。茜は……昔から翔のライバルだった。かけっこは、女の子のくせして翔と同じくらい速いし、身長も同じくらい。テストの点も──最下位という意味で──同じくらい。女の子のくせに胸もないし短髪だから男にしか見えない。そんな彼女が一緒に帰ろうと言う。  確かに茜も上町だ。翔の家を過ぎて沙羅の家じゃない方の道を登っていくと、茜の家がある。とうちゃんと同じ、林業をやってるじいちゃんと一緒に住んでいるはずだ。だけど先述のライバル感情があって、今まで一緒に帰ったことはほとんど無い。 「あ、ああ。いいけどよ? べつに……」  ほんのり色付いた田んぼの道を歩く。二人の間は一メートル離れている。下を向いて歩いた。別に翔はそれで構わなかった。こいつと仲良くしたって、いいことなんてない。すぐ喧嘩になるからだ。  でも、今日はとなりの女の子もずっとうつむいてる。なんだろう……ちょっと、気になった。ちらり……向こうも、ちらり。目が合った。  ぼんっ。 (あれ、なんで俺、赤くなってるんだろ)  でも、赤くなってるのはその子もだった。下を向いてなんだかむずむずしている。  あのさ。呼びかけが被った翔は、また下を向いた。でも彼女は翔を見ていた。そして、顔を赤くしながら言った。 「ベルベッチカって子。覚えてる?」  予想すらしていなかった名前に、声がひっくり返る。完全に忘れていた。 「普通忘れないでしょ、あんな目立つ子」  また小言が始まると思って耳をふさごうと思っていると……茜は、怒ってはいないようだ。むしろ顔色は悪くて、そしてこう言った。 「アタシさ……見たんだよね。一昨日。美玲の家から出ていく、ベルベッチカのこと」



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 小河内翔は最近ずっと、調子が狂いっぱなしだ。一週間とちょっと前、いちばんの友達のゆうが保健室に運ばれたっきり、学校に来なくなってしまった。おまけに沙羅まで来ない。  あの二人、実は付き合ってて、かけおちしたんじゃないかっていうへんなウワサまで立ち始めた。  翔はウワサ話は嫌いじゃない。ゆうがなにかウワサになってたら、いじったりして楽しいし。  さすがに金髪のことは──本気でキレるので──いじる気にはならないけれど……ここ一週間来ない件に関して立つウワサは、がまんできなかった。昼休み、給食の後。 「おい、やめろや、そんなウワサ!」  ウワサしてたのはみかと結花だ。聞いてるフリして、離れていった。どうせまたどこかでウワサするに違いない。 (まったく、女子ってやつはほんといけ好かねえんだもんな。でも、ゆう、どこ行っちまったんだよ……)  ……  あの日。ゆうが保健室に運ばれた、あの日だ。夜、ものすごい叫び声……みたいなのが聞こえたと思ったらたくさんのガラスが、がしゃんと割れる音がした。 「え、なに、爆発?」  翔はご飯中に席を立ったが、かあちゃんととうちゃんには聞こえてないみたいで、ぽかんとするだけ。  翌日、美玲と登校途中にゆうの家に見に行ったらガラスが全部割れていた。ゆうも、ゆうのとうちゃんもかあちゃんも居ないみたいだった。 「何が起きたか、わかるか?」  美玲にそう聞いたけど、ううん、と答えるだけ。彼女も顔色が悪かった。  そして、昨日から。美玲まで来なくなった。  でも、あゆみ先生は「あら、またおやすみ?」とつぶやくだけで、気にも留めない。クラスの皆も九人中三人……つまり三分の一もいなくなったのに、呑気にウワサ話なんかで笑ってる。  なんだよ、なんなんだよ。翔はいらいらした気持ちでいっぱいだった。  ……  その日の放課後。 「しょーちゃんさ。一緒にさ、帰ら……ない?」  渡辺茜だ。茜は……昔から翔のライバルだった。かけっこは、女の子のくせして翔と同じくらい速いし、身長も同じくらい。テストの点も──最下位という意味で──同じくらい。女の子のくせに胸もないし短髪だから男にしか見えない。そんな彼女が一緒に帰ろうと言う。  確かに茜も上町だ。翔の家を過ぎて沙羅の家じゃない方の道を登っていくと、茜の家がある。とうちゃんと同じ、林業をやってるじいちゃんと一緒に住んでいるはずだ。だけど先述のライバル感情があって、今まで一緒に帰ったことはほとんど無い。 「あ、ああ。いいけどよ? べつに……」  ほんのり色付いた田んぼの道を歩く。二人の間は一メートル離れている。下を向いて歩いた。別に翔はそれで構わなかった。こいつと仲良くしたって、いいことなんてない。すぐ喧嘩になるからだ。  でも、今日はとなりの女の子もずっとうつむいてる。なんだろう……ちょっと、気になった。ちらり……向こうも、ちらり。目が合った。  ぼんっ。 (あれ、なんで俺、赤くなってるんだろ)  でも、赤くなってるのはその子もだった。下を向いてなんだかむずむずしている。  あのさ。呼びかけが被った翔は、また下を向いた。でも彼女は翔を見ていた。そして、顔を赤くしながら言った。 「ベルベッチカって子。覚えてる?」  予想すらしていなかった名前に、声がひっくり返る。完全に忘れていた。 「普通忘れないでしょ、あんな目立つ子」  また小言が始まると思って耳をふさごうと思っていると……茜は、怒ってはいないようだ。むしろ顔色は悪くて、そしてこう言った。 「アタシさ……見たんだよね。一昨日。美玲の家から出ていく、ベルベッチカのこと」



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