【伍ノ弐】

ー/ー



 消毒液の臭いがつんとする。白くて衛生的な光の蛍光灯。薄いマットのベッドの上で目が覚める。
 沙羅がゆうの名前を呼んで心配そうに覗き込むけれど、ゆうは顔を覆った。

「……がっかりしたろ。僕が……女で」

 見て欲しくなかった……消えたかった。こんな、男らしさのひとかけらもない体なんて。

「がっかりしないよ」

 声がこちらを向いている。彼女はゆうをまっすぐ見ているのだ。

「……うそつき」

 目を背けているのはゆうの方だった。

「うそじゃないよ」

 けれど、まっすぐ見られれば見られるほど、心が締め付けられるように感じた。

「うそつくなよ」
「うそじゃない」

「うそつくな!」

 ゆうはかあっとなった。長い金髪を振り乱してどなった。

「女なんだぞ! わかってるのか! 新月のモノだったんだぞ!」
「それでもいい!」

「それでも、いい。あたしは……ゆうちゃんが、好き……」

 そう言うと、泣き出しながら部屋を飛び出した。

「だめじゃない女の子泣かしちゃ」

 保健の内田ききょう先生がデスクから立ち上がり、声をかけてきた。ゆうはこの時初めて、自分が保健室に居るんだと気付いた。
 赤い縁のメガネ。スラリと高い身長。長い黒髪は、サイドテールにしている。二十半ばくらいの、女子に大人気の先生だ。
 ききょう先生はゆうの枕元にきて、沙羅が座ってた椅子にかけた。

「でもま……ゆうくんには、つらい現実よね」
「先生には、わからないですよ」

 ゆうは背中を向けた。

「最近、胸が出てきて。体は重たくて、翔たちみたいに走れないし。自分が男からどんどん離れていくのが……ほんと、つらくて……」

 最後は息が詰まって言葉にならなかった。
 ききょう先生の手が、さらりとゆうの後頭部をなでた。

「私はゆうくんの味方だよ。どんなに苦しい時も、保健室に来たらどんな話でも聞くからね」

 ゆうは、泣いた。ききょう先生に背中を向けたまま。ずっと、ずっと、ひとり孤独と闘ってきて。

 この世でいちばん好きだった存在は、実のお母さんだった。しかもそのお母さんは切り刻まれて焼かれて知らないうちに食べていた。それでも、それでもゆうは、その存在を求めてしまう。けれどその手に取り戻すには、皆殺しにしないといけないという。知っているクラスメイトたちを。それにゆうたちを常に狙う恐ろしい「始祖」が、まぎれているという。男か女か、子供か大人か。なにもわからないのに、倒さないといけない。そもそも、勝てるかも分からない。
 ……少し、疲れてしまった。

 あああん、ああああん……

 声をあげて大粒の涙を零した。
 沙羅みたいな、声だった。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 【伍ノ参】


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 消毒液の臭いがつんとする。白くて衛生的な光の蛍光灯。薄いマットのベッドの上で目が覚める。
 沙羅がゆうの名前を呼んで心配そうに覗き込むけれど、ゆうは顔を覆った。
「……がっかりしたろ。僕が……女で」
 見て欲しくなかった……消えたかった。こんな、男らしさのひとかけらもない体なんて。
「がっかりしないよ」
 声がこちらを向いている。彼女はゆうをまっすぐ見ているのだ。
「……うそつき」
 目を背けているのはゆうの方だった。
「うそじゃないよ」
 けれど、まっすぐ見られれば見られるほど、心が締め付けられるように感じた。
「うそつくなよ」
「うそじゃない」
「うそつくな!」
 ゆうはかあっとなった。長い金髪を振り乱してどなった。
「女なんだぞ! わかってるのか! 新月のモノだったんだぞ!」
「それでもいい!」
「それでも、いい。あたしは……ゆうちゃんが、好き……」
 そう言うと、泣き出しながら部屋を飛び出した。
「だめじゃない女の子泣かしちゃ」
 保健の内田ききょう先生がデスクから立ち上がり、声をかけてきた。ゆうはこの時初めて、自分が保健室に居るんだと気付いた。
 赤い縁のメガネ。スラリと高い身長。長い黒髪は、サイドテールにしている。二十半ばくらいの、女子に大人気の先生だ。
 ききょう先生はゆうの枕元にきて、沙羅が座ってた椅子にかけた。
「でもま……ゆうくんには、つらい現実よね」
「先生には、わからないですよ」
 ゆうは背中を向けた。
「最近、胸が出てきて。体は重たくて、翔たちみたいに走れないし。自分が男からどんどん離れていくのが……ほんと、つらくて……」
 最後は息が詰まって言葉にならなかった。
 ききょう先生の手が、さらりとゆうの後頭部をなでた。
「私はゆうくんの味方だよ。どんなに苦しい時も、保健室に来たらどんな話でも聞くからね」
 ゆうは、泣いた。ききょう先生に背中を向けたまま。ずっと、ずっと、ひとり孤独と闘ってきて。
 この世でいちばん好きだった存在は、実のお母さんだった。しかもそのお母さんは切り刻まれて焼かれて知らないうちに食べていた。それでも、それでもゆうは、その存在を求めてしまう。けれどその手に取り戻すには、皆殺しにしないといけないという。知っているクラスメイトたちを。それにゆうたちを常に狙う恐ろしい「始祖」が、まぎれているという。男か女か、子供か大人か。なにもわからないのに、倒さないといけない。そもそも、勝てるかも分からない。
 ……少し、疲れてしまった。
 あああん、ああああん……
 声をあげて大粒の涙を零した。
 沙羅みたいな、声だった。